2017年6月26日 (月)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事2立合1行違

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
2)立合 皆相掛
一本目行違
立合 皆相掛
行違
 左脇を行違ひさ満二我か左の手二亭相手の左の手を取り右の足二亭相手の足を蹴類と一拍子二後へ引た於春但た夫婦さを取る処を常ハ肩を取る也
読み
立合 皆相掛 (たちあい みなあいがかり)
行違(ゆきちがい)
 左脇を行き違いさまに 我が左の手にて相手の左の手を取り 右の足にて相手の足を蹴ると一拍子に後ろへ引き倒す 但 たぶさ(髻)を取る処を常は肩を取る也 
*読み解く
 夏原流和之事の二項目は立合です。双方立って歩み行く相掛りの攻防です。
 一本目行違
 此の立合も我から仕掛けています。相手の左脇を行き違い様に左手で相手の左手首を取り、後ろに廻り右足で相手の足を蹴ると同時に右手でたぶさ(もとどり、曲げの集めて結わえてあるところ、てぶさ、)を掴んで後へ引き倒す。
 但し普段の稽古では、たぶさを取らず相手の肩を掴んで後ろへ引き倒す。実戦では、右足で相手の後ろ足を蹴って、右手でたぶさを掴んで、左手も引いて引き倒す。
 引き倒した後のとどめは、記載されていません。

 「左脇を行違さまに」ここでは相掛りですから双方が歩み出合うわけです。従って相手は、我が左脇を行違うのです。左手どうしが行き違いです。

右の足にて相手の足を蹴る」は相手の右足でも左足でもいいのでしょう。

参考
 行違は、行きちがうこと、すれちがうこと、くいちがうこと、手筈が狂うこと・・。行き来する、行き交う、互いに違った方向に行く、すれちがう、物事がうまく行かなくなる・・。
 擦違は、擦れ合って通りすぎる、きわどいところで行き違う。
 摺は、たたむ、ひしぐ、する、すり。紙や布を折りたたむ、ひっぱて折る、印刷する。

 この、夏原流和之事の二項目目の立合についても、前回の捕手和之事同然に、南山大学の榎本鐘司教授の「北信濃における無雙直伝流の伝承について」のレポートから資料Ⅳ「無双流和棒縄居合目録」天明3年1783年大矢蕃昌編述・滝沢登愛所持の目録を見てみます。

 項目は「立合」初めに無双流・・目録、括弧内を夏原流和之事とします。

 行違(行違)・夢相(無想)・爪捕(裾取)・志けん(支剱)・車附(車附)・玉簾(玉簾)・打込(打込 但し7本目燕返の後にあり)・燕返シ(燕返)・廻たおし(杉倒)・天狗たおし(ナシ)・追捕(追捕)・八幡大菩薩(類似業名ナシ 但し11本目水車)以上です。

 これらの業が、長谷川英信、荒井勢哲をへて北信濃に伝わって滝沢登愛が指導していた様です。年代的には土佐の第9代林六太夫守政の生没が寛文2年1667年生~享保17年1732年没ですから、この北信濃の目録は天明3年1783年の事ですから林六大夫の没後50年を経ています。長谷川英信あるいは荒井勢哲に直に指導されていなくともその弟子とは江戸で接触した可能性はあるでしょう。

 業名の似かよった事だけで、推測する事は出来ませんが、北信濃に有るかも知れない業手附と業名を対比し夏原流和之事の土佐への伝播が見えるかもしれません。

 史的考察はここまでとし、総合武術として書き残された土佐の古傳神傳流秘書の業技法を研究し、現代居合では得られないかもしれない武術の心持ちを求めて稽古する事を優先します。

 

 

 

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2017年6月25日 (日)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事2立合1行違

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
2)立合 皆相掛
一本目行違
立合 皆相掛
行違
 左脇を行違ひさ満二我か左の手二亭相手の左の手を取り右の足二亭相手の足を蹴類と一拍子二後へ引た於春但た夫婦さを取る処を常ハ肩を取る也
読み
立合 皆相掛 (たちあい みなあいがかり)
行違(ゆきちがい)
 左脇を行き違いさまに 我が左の手にて相手の左の手を取り 右の足にて相手の足を蹴ると一拍子に後ろへ引き倒す 但 たぶさ(髻)を取る処を常は肩を取る也 

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2017年6月24日 (土)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事1捕手和之事11鐺返

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
十一本目鐺返
鐺返
 相手の左脇を行通り我が左の手二亭相手の左の手を取る右の手二亭小尻を取りう津む希二於した於し堅める
読み
鐺返(こじりかえし)
 相手の左脇を行き通り 我が左の手にて相手の左の手を取る 右の手にて鐺を取り 俯けに押し倒し堅める
読み解く
 相手居合膝に坐す処、我はスカスカと歩み行き、相手の左脇を通りしなに身を屈めて我が左手で相手の左手首を取り、相手の後に廻り込み、右手で相手の小太刀の鐺を取り背中に押付け押し倒して俯けに固める。

 此の業名は「鐺返」こじりかえし、でしょう。濁りたい人は「こじりがえし」でしょう。鐺を取って背中に押付けて押し倒す。捕手和之事の業の一つですから、相手に捕まえに来た事を悟られない様にして、押さえこんでしまう一方的な攻撃です。

 以上十一本

 捕手和之事(使者捕・砂乱・弓返・附入・右転・右詰・抜捨・胸點・向面・遠行・鐺返)を終わります。

 こうして、捕手和之事を稽古して見ますと、現代居合が相手の害意を察して其の機先を制する、と云う精神性が、其ればかりでは無いものであって、何が何でも、与えられた使命を全うする事は、己の信じた事を貫き通す武士道精神に裏打ちされる事を意味するとも思えます。

 したがって、状況に応じ先々を打てなければならないのでしょう。その状況の中で後の先を認識すべきなのでしょう。

 是を一方的な騙し討ち、闇打ち、と云い切れるかどうか疑問です。現代居合の奥居合暇乞の業を、闇打ちだから正式な演武会ではやらないと云う人も居ます。
 たしかに主命を帯びて相手の首を取りに行ったのに、相手の隙が無く、帰り際の僅かな隙に鐺で打ち倒し仕留める心得も土佐の居合の「極意之大事」に暇乞の教えで語られています。これを卑怯な騙し討ちと解釈するのも解らない事も有りませんが、何時でも名乗りをあげてから戦いに挑むという事でいいのでしょうか。

 いや、あれは相手が挨拶の際に抜き付けんとするのを察して機先を制する居合の本領を最も良く伝える業だと云う人も居ます。
 しかし、その様に抜いていると思える演武はめったにお目に掛れません。

 暇乞ではありませんが、古伝神傳流秘書の大森流之事の抜打は「坐して居る所を向より切て懸るを其のまゝ踏ん伸んで請流し打込み開いて納る 尤も請流に非ず 此所筆に及ばず」と有ります。

 それを現代の河野百錬先生の大日本居合道図譜では「正面に対座する敵の害意を認むるや直ちに其の真向より抜打にして勝つ」と古伝の「・・向より切て懸るを・・」の明解な文言を端折ってしまっています。

 それにもかかわらず、一方的に抜いて真向に打ち込んでいて平気な剣士が、暇乞を騙し討ちだからなどと述べる資格は無さそうです。

 そんな術理レベルの事では無く、何の為に刀を抜かざるを得ないのかが先ず有る筈です。
 その後で、身を土壇にしてとか、兵法家伝書の殺人剣や活人剣とか孫子の兵法の兵は詭道なりでも読み直して研究するところでしょう。

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2017年6月23日 (金)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事1捕手和之事11鐺返

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
十一本目鐺返
鐺返
 相手の左脇を行通り我が左の手二亭相手の左の手を取る右の手二亭小尻を取りう津む希二於した於し堅める
鐺返(こじりかえし)
 相手の左脇を行き通り 我が左の手にて相手の左の手を取る 右の手にて鐺を取り 俯けに押し倒し堅める

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2017年6月22日 (木)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事1捕手和之事10遠行

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
十本目遠行
遠行
如前相手の右脇を通り後へ廻り両手に亭合手の肩を一寸叩久相手小太刀を抜かんと春る処を両のひぢの可ゞ美二手を懸背中を膝二て押引カる
読み
遠行(えんこう)
 前の如く 相手の右脇を通り後ろへ廻り 両手にて相手の肩を一寸叩く 相手小太刀を抜かんとする処を 両の肘のかがみに手を懸け 背中を膝にて押し引かる
読み解く
 前の如くですから、相手が居合膝に坐す所へ、我は立って歩み寄るわけです。
 相手居合膝に座して居る所へ、スカスカと歩み寄り、相手の右脇を通り後へ廻り込み、両手で相手の肩を一寸叩く、相手小太刀を抜かんと小太刀に手を掛ける処、後ろから相手の両手の肘のかがみを押え、膝を相手の背中に押付け引き倒す。

 「膝にて押引かる」が判断しずらい処です。相手の背後から両手を廻し相手の肘のかがみを押え、膝を背中に押付けると相手は前屈みにされるので、反撃しようと反り返る処を引き倒すと読んでみました。
 前にうつ伏せに押し倒すのも出来るでしょうが「和やわらぎ」と云う事では一寸強引です。
相手の力を借りるべきかと思います。

 業名の「遠行」は、えんぎょう、えんこう、おんぎょう、いずれにしても、もう聞かされることのない業名です。動作との関連を思って見るのですが心当たりが有りません。

そこで、2017年6月18日の捕手和之事八本目胸點の所で参考にした、南山大学の榎本鐘司教授のレポートを再度引用します。

 参考に、南山大学の榎本鐘司教授による「北信濃における無雙直傳流の伝承について」のレポートによりますと、天明三年1783年大矢蕃昌編述・滝沢登愛所持「無双流和棒縄居合目録」にある「和目録」の業名と「夏原流和之事」の捕手和之事の業名の読み若しくは漢字が一致します。

 北信濃の和目録を先に、括弧内は神傳流秘書の捕手和之事とします。

使者取(使者捕)・五月雨(砂乱)・弓返シ(弓返)・附入(附入)・雨天(右転)・右詰(右詰)・左詰(ナシ)・抜捨(抜捨)・急天(胸點)・向面(向面)・猿猴(遠行)・ゑんはい(ナシ)・鐺返シ(鐺返)

 今回の遠行は猿猴の誤認かも知れません。そうであればこの遠行は「えんこう」と読めばいい筈です。
 北信濃の無雙直傳流の伝承された業手附が明らかになれば、また一つ土佐の居合のルーツが見えてきそうです。

 

 

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2017年6月21日 (水)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事1捕手和之事10遠行

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
十本目遠行
遠行
如前相手の右脇を通り後へ廻り両手に亭合手の肩を一寸叩久相手小太刀を抜かんと春る処を両のひぢの可ゞ美二手を懸背中を膝二て押引カる
読み
遠行(えんこう)
 前の如く 相手の右脇を通り後ろへ廻り 両手にて相手の肩を一寸叩く 相手小太刀を抜かんとする処を 両の肘のかがみに手を懸け 背中を膝にて押し引かる

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2017年6月20日 (火)

野良猫の子育て

野良猫の子育て
 
 一昨年だったか、ブログにも書いたと思いますが、ご近所の門柱の脇から背が黒く、白い腹廻りの母猫が同じような黒白の子猫をくわえてゆっくり出てきます。
 少しも私に気が付かず悠然として歩いています。   
 小川を隔てた畑からこれを見ていた私は、いたずら心で忍び足で小川に近づき頃合いを計って小川を飛び越し母猫の脇に飛び立ちました。母猫は突然な事で子猫を口から落としてしまい、素早く4,5m走って止まりました。
 母猫の目は、我が子と私を交互に見ながら何時でも逃げられる態勢です。
 起こったことも解らないのか子猫は私の足元に寄ってきます。
 私が、母猫に近寄る素振りを見せると、母猫も飛び去る構えに身を低めます。それでもその場を離れようとはしないのです。
 子猫はもう私の足元に居ます。
 
 「ごめんね、何もしないから連れて行きなさい」と勝手なことを言う私。
 言葉など解かるわけもないのに、それでも母猫の体から警戒の気が消えたように思えました。
 子猫を連れ去ろうとする身構えを感じますが、けっしてその距離を近づけません。そこで、母猫を見つめたまま、後に足を引こうと右足をわずかに動かしたとたん、母猫はその距離を一気に飛んで我が子をくわえ反転して走り去りました。10m位走って振り向いて「どうだ」と言わんばかりに悠々と植え込みに消えて行きました。
 その子猫が、母猫から縄張りを譲られたのか昨年から我が家の周辺に居付いていたのです。出合うとなんとなく声を掛けていたのですが、他の野良猫より心なしか距離が近い様な、その上、出会うやさっさと逃げ去るでもない間柄でした。
 
 この春その猫が、一匹の子猫を連れて我が家の廻りにあらわれました。母猫と同じ様に頭からしっぽまで背中が黒で、腹は白です。
 安全距離を保ちながら、私や妻が草むしりなどしていても平気で子猫とじゃれ合っています。側に近づくと子猫はさっさと物陰に逃げ込み母猫はこちらの様子をうかがっているばかりです。
 
 紫陽花が咲き、蕗が地面を覆う様に生えて、梅雨時なのに毎日暑い日が続きます。
 紫陽花に近づこうと蕗のなかに踏み込むと何か黒いものが蕗の下を右に走り去ります。毎年、アオダイショウやシマヘビが出るので蛇嫌いな私は一瞬背筋がビクとします。母猫がフェンスをくぐって安全距離を保ちます。日陰で憩う親子猫でした。
 蕗の葉陰に子猫が行き場を失ってすくんでいます。首をつまみあげると両手両足を突っ張って拡げ硬直しています。
 かわいい眼にじっと見つめられてしまいました。地面に下ろして手を放すと、のこのこその場を離れるのですが母親の居場所が判らずにいます。
 
 それから、数日たっての事。柿の木を登ったり下りたりする猫を居間から見ていました、いつも、柿の木から我が家のベランダに飛び移りベランダで日向ぼっこを楽しんでいるのを見かけていたのですが、ちょっと様子が変です。
 ベランダを見ると子猫がいます。どうやらベランダへ上がったのはいいのですが、子猫は自力では怖くて降りられない様です。
 母猫は「こうやって降りるのよ」と何度も見本を見せているのでしょう。暇人の私もそれを三十分ほども見ていました。
 母猫より私がじれてしまい二階からベランダに出て子猫に近づくと、子猫は箱の陰に逃げ込んで息を潜めています。
 箱を取り除くと私の足元を走り抜け、柿の木の方に向かったのですがそこで立ち止まって私を見上げます。
 柿の木に飛び移れなければ、捕まえようと私は近づきます。手を伸ばそうと屈むや子猫は一気に飛び降りてしまいました。
 「おぬし、本気になればできるな」。
 あんなに何度も母猫が見本を見せていたのにです。その間、母猫は物陰に隠れていたのでした。
 ベランダを飛び降りた子猫は、クリスマスローズの葉陰に隠れています。
 居間に戻って、ふと外を見ると松の木に親子が登っています。
 母猫が子猫を置いて下りてしまうと、子猫はしばらくもじもじしていましたが爪を立てつつ頭から降りて行きました。
 是って、子猫が独り立ちするための訓練だったようです。私は母猫の手助けをしたのか、より厳しい野良猫の生きる世界を早々と子猫に味合わせてあげたのかでしょう。いずれにしても余計なことでした。
 
 それからしばらくして、外から帰って来た妻が笑っています。「母猫が飛び上がって地面に両手から飛び降りるのを、子猫も真似して、飛び上がっては両手から降りているの、何度も同じ動作をやっていて、あれって獲物を捕る訓練みたい」
 そういえば、テレビで狐なんかがやっている捕獲の仕草の様です。猫の糞には蝉やらバッタのかたい殻が随分混じっていたのを思い出しました。
 此処では獲物は、昆虫類、ごちそうは小鳥やネズミや蛇ぐらいです。餌付けする人はいない様です。
 木に自由に昇り降り出来て、動く獲物に素早く飛びつく厳しいですね。
 野良猫親子の訓練を見聞きして、親子の絆にホロリとさせられ、野良猫の生きる厳しさに想いを寄せるのでした。
 
 そう言えば、随分古い話になりますが、子猫をもらってきて飼っていました。当時は外出自由な飼い方が当たり前でした。ある日この猫がネズミを捕えてきたそうです。
 ネズミ嫌いな妻は、猫がネズミをくわえて来て食卓の上に置き、自慢そうに妻を見上げていたそうです。
 大声で「捨ててらっしゃい」としかり飛ばす、ねこも驚いてネズミをくわえて飛び出て行ったそうです。
 それ以来ネズミをくわえて帰って来る事はありませんでした。キット何処かで血の滴る生肉の御馳走を楽しんでいたのでしょう。
 この子の親は飼い猫でのんびりした人懐こい猫でした。親猫から訓練される前に引き取ったような気もします。本能的に獲物を捕らえる能力をもっていたのでしょう。
 しかしこの子は、弱虫で犬に背中を嚙まれてしまい、脊椎損傷で短い命でした。
 
 この処、野良猫親子を見かけません。先日の夜のこと、県道を横切ろうとして道路の半ばまで右から走り込んだ猫が、私の車に気付いて反転して戻りました。急ブレーキで減速すると、左から一回り大きな猫が一気に車道を右に走り抜けて行きました。
 「おいおい、車道を横切る特訓は無謀過ぎるぞ・・」
 
 その後、この親子を数日見ていないのですが・・・・。
 
 
 
 
 

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曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事1捕手和之事9向面

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
9)捕手和之事
九本目向面
向面
 右脇を通り品二此方よりせり懸る相手よりもせり懸る処於した於之如右う津む希二押た於し堅める
読み
向面(むこうめん・むこうつら・むきめん?)
 右脇を通りしなに 此方より競り懸かる 相手よりも競り懸かる処 押し倒し 右の如く俯けに押し倒し堅める
参考
如右う津む希二押た於し堅める(右の如く俯けに押し倒し堅める)
如右は六本目右詰
右詰
 如前歩ミ行て右脇を行違ひ品二相手の右の手を我が右の手二亭取り左の手をひぢ二上亭引伏せ堅める
読み
右詰(みぎつめ)
 前の如く 歩み行きて 右脇を行き違いしなに 相手の右の手を我が右の手にて取り 左の手を肘に上げて 引き伏せかためる
前の如く歩ミ行て
 二本目砂乱まで前は戻ります。
 相手坐し居る処へ我は立って歩み行・・
読み解く
 相手居合膝に坐す処へスカスカと歩み行き相手の右脇を通りしなに、相手の右肩に両手を掛け競り懸ると相手も腰を上げて、倒されまいと下から競り懸って来る。更に強く競り懸って右手で相手の右手首を取って左手を相手の右ひじに乗せ引き倒し俯けに押しかためる。

 相手の「右脇を通りしなに此方より競り懸る」の動作ですが、相手の右脇を通りしなにどの様に競り懸るのかがポイントでしょう。どこにもその方法が述べられていません。 

 「右の如く」は夏原流和之事捕手和之事六本目「右詰」でしょう。
「前の如く 歩み行て 右脇を行違ひにしなに 相手の右の手を我が右の手にて取り 左の手を肘に上て引伏せかためる」

 相手は抗って右手で抵抗して来る処、その右手を右手で取って、其の儘右手を引き体を右に開いて左手を相手の右肘に掛け俯けに引き倒す。

 この業の業名は「向面」です、むこうつら、むこうめん、むきめんどの様に読んだのか解りません。相手が競り懸かられて顔を我が方に向けるのかも知れません。

 古伝の復元はいくつも出来て来そうです。ある大家曰く「古伝の復元など出来る分けは無い」だそうです。古伝はおおらかです、現代居合の様に物差しで測る様な形に嵌め込まれていません。

 師匠に手解きされた、初心者向けの動作、審査用の動作にとらわれた、マニュアル人間の寂しい発想に思えます。

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2017年6月19日 (月)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事1捕手和之事9向面

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
9)捕手和之事
九本目向面
向面
 右脇を通り品二此方よりせり懸る相手よりもせり懸る処於した於之如右う津む希二押た於し堅める
読み
向面(むこうめん・むこうつら・こうめん?)
 右脇を通りしなに 此方より競り懸かる 相手よりも競り懸かる処 押し倒し 右の如く俯けに押し倒し堅める
参考
如右う津む希二押た於し堅める(右の如く俯けに押し倒し堅める)
如右は六本目右詰
右詰
 如前歩ミ行て右脇を行違ひ品二相手の右の手を我が右の手二亭取り左の手をひぢ二上亭引伏せ堅める
読み
右詰(みぎつめ)
 前の如く 歩み行きて 右脇を行き違いしなに 相手の右の手を我が右の手にて取り 左の手を肘に上げて 引き伏せかためる
前の如く歩ミ行て
 二本目砂乱まで前は戻ります。
 相手坐し居る処へ我は立って歩み行・・
 

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2017年6月18日 (日)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事1捕手和之事8胸點

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
8)八本目胸點
胸點
 歩ミ行相手の胸を足二亭蹴る平常の稽古二ハ此業なし子細ハ胸を蹴る故也
読み
胸點(きょうてん)
 歩み行き相手の胸を足にて蹴る 平常の稽古にはこの業なし 仔細は胸を蹴る故也
読み解く
 相手が居合膝に坐すところへスカスカと歩み行き、相手の胸を足で蹴り倒す。平常の稽古には此の業は行わない。その理由は胸を足蹴にするからである。

此の業名「胸點」と読みましたが、其の場合は、きょうてん・むねてん・むねつけとなるでしょう。
「點」の行書の様に書かれていますが「占」と「犬」は同じ様な崩しですから「胸黙」とも読めます。それでは、きょうもく・むねもく・きょうぼく・むねだまり・・。

 河野先生の無双直伝英信流居合兵法叢書では、この業名は「胸蹴」とされています。恐らく「點」か「黙」判断できず、業の有り様から「蹴」に変えてしまったのでしょう。
 この業は後に「本手之移」という中に「支點當」或は「支黙當」と云って鐺を取られて陰嚢を蹴る業がありますので、其処では河野先生も「支点當」と「點」を当用漢字の「点」にしています。何れが正しいかは判りません。

 武士の顔や胸を足蹴にされるのは屈辱です。稽古中だとて心すべきことだったのでしょう。
胸などは簡単に肋骨が折れることもあるでしょうから、稽古では古伝に従うのがよさそうです。

 参考に、南山大学の榎本鐘司教授による「北信濃における無雙直傳流の伝承について」のレポートによりますと、天明三年1783年大矢蕃昌編述・滝沢登愛所持「無双流和棒縄居合目録」にある「和目録」の業名と「夏原流和之事」の捕手和之事の業名の読み若しくは漢字が一致します。

 和目録を先に、括弧内は捕手和之事とします。

使者取(使者捕)・五月雨(砂乱)・弓返シ(弓返)・附入(附入)・雨天(右転)・右詰(右詰)・左詰(ナシ)・抜捨(抜捨)・急天(胸點)・向面(向面)・猿猴(遠行)・ゑんはい(ナシ)・鐺返シ(鐺返)

今回の胸點は急天の誤認かも知れません。この北信濃の無雙直傳流の伝承された業手附が明らかになれば、また一つ土佐の居合のルーツが見えてきそうです。

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2017年6月17日 (土)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事1捕手和之事8胸點

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
8)八本目胸點
胸點
 歩ミ行相手の胸を足二亭蹴る平常の稽古二ハ此業なし子細ハ胸を蹴る故也
読み
胸點(きょうてん)
 歩み行き相手の胸を足にて蹴る 平常の稽古にはこの業なし 仔細は胸を蹴る故也

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2017年6月16日 (金)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事1捕手和之事7抜捨

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
七本目抜捨
抜捨
 相手の左の脇を行通り品二合手の左の手を我が左の手二亭取り後へ廻る相手右之手二亭後へ婦り向小太刀を抜付類を右の手二亭留左の手を放シひぢ二添へて引た於し堅める
読み
抜捨(ぬきすて)
 相手の左の脇を行き通りしなに 相手の左の手を我が左の手にて取り後へ廻る 相手右の手にて後へ振り向き小太刀を抜き付けるを 右の手にて留め 左の手を放し 肘に添えて引き倒し堅める


読み解く
 居合膝に座して居る相手の方にスカスカと歩み寄り、相手の左脇を通りすがりに腰を屈め相手の左手首を我が左手で取り、相手の後に廻り込むと、相手小太刀を右手で抜くや左廻りに振り向き様抜き付けて来る、我は右手で相手の右手首を取ってそれを留め、左手を相手の左手から離し、相手の右肘に掛け左に廻りながら引き倒しかためる。ぐるぐる左廻りをして見ました。

 もう一つ、相手の左手を我が左手で取り後ろに廻って押し付けようとする処、相手右手を逆手に小太刀を抜いて、右脇から我が腹部に突き込んで来るのを右手で相手の右手首を取り、左手を離して相手の右肘に付け右廻りに引き倒しかためる。

 状況に応じ如何様にも応じられて、古伝は生きて来るのでしょう。古伝の手附はおおらかです。

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2017年6月15日 (木)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事1捕手和之事7抜捨

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
七本目抜捨
抜捨
 相手の左の脇を行通り品二合手の左の手を我が左の手二亭取り後へ廻る相手右之手二亭後へ婦り向小太刀を抜付類を右の手二亭留左の手を放シひぢ二添へて引た於し堅める
読み
抜捨(ぬきすて)
 相手の左の脇を行き通りしなに 相手の左の手を我が左の手にて取り後へ廻る 相手右の手にて後へ振り向き小太刀を抜き付けるを 右の手にて留め 左の手を放し 肘に添えて引き倒し堅める
 

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2017年6月14日 (水)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事1捕手和之事6右詰

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
六本目右詰
右詰
 如前歩ミ行て右脇を行違ひ品二相手の右の手を我が右の手二亭取り左の手をひぢ二上亭引伏せ堅める
読み
右詰(みぎつめ)
 前の如く 歩み行きて 右脇を行き違いしなに 相手の右の手を我が右の手にて取り 左の手を肘に上げて 引き伏せかためる
前の如く歩ミ行て
 二本目砂乱まで前は戻ります。
 相手坐し居る処へ我は立って歩み行・・
読み解く
  相手座している処へスカスカと歩み行き、右脇を行き違う時にさりげなく腰を屈め、相手の右手首を我が右手で取り右腰に引き寄せるように静かに引き、伸びた右手のひじの上から左手を押えるように載せ、左膝を付くや右廻りに引き伏せ堅める。

 行き違いざまに相手の右手をさりげなく取る事が出来れば、技は懸りそうです。この業は捕手和之事ですから、主命によって相手を捕縛するために行くわけです。
 和は「やわらぎ」です柔らかい態度で相手が安心して構えて力まない様にするわけです。

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2017年6月13日 (火)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事1捕手和之事6右詰

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
六本目右詰
右詰
 如前歩ミ行て右脇を行違ひ品二相手の右の手を我が右の手二亭取り左の手をひぢ二上亭引伏せ堅める
読み
右詰(みぎつめ)
 前の如く 歩み行きて 右脇を行き違いしなに 相手の右の手を我が右の手にて取り 左の手を肘に上げて 引き伏せかためる
前の如く歩ミ行て
 二本目砂乱まで前は戻ります。
 相手坐し居る処へ我は立って歩み行・・

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2017年6月12日 (月)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事1捕手和之事5右転

曽田本その1
1.神傳流秘書読み解く
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
五本目右転
右転
 如前歩ミ行亭相手手を上る処を両の手尓て指を取りわけ左の方へ引廻し又た於し砂乱の如くう津む希二引廻し亭堅める
読み
右転(うてん)
 前の如く歩み行きて 相手手を上げる処を 両の手にて指を取り分け 左の方へ引き廻し 又 押し 砂乱れの如く 俯けに引き廻して堅める
参考
前の如く:四本目附入に戻ります。
附入
 如前歩ミ寄っ亭右の手二亭相手の胸を突阿於の希ニた於春也
読み
附入(つけいり)
 前の如く歩み寄って右の手にて相手の胸を突き仰のけに倒す也
前の如くですから、二本目砂乱迄戻ります。
砂乱
 相手坐し居る処へ我は立って歩ミ行使者捕の如く引た於さむとする相手た於禮之と春るを支ニ左の手二亭突たおし扨右足を相手の肩へ歩ミ込ミうつむけ二直しかたむる也
読み
砂乱(さみだれ)
 相手坐し居る処へ 我は立って歩み行き 使者捕の如く引き倒さんとする 相手倒れじとするを機に 左の手にて突き倒し 扨 右足を相手の肩へふみこみ俯けに直し固る也
参考
 使者捕の如く引た於さむとする:楽々坐したる時向の右の手を我が右之手二亭取り向の右の膝を足二亭踏我が脇へ引た於してかたむるなり
読み
使者捕(ししゃほ・ししゃとり)
 楽々対し坐したる時 向うの右の手を 我が右の手にて取り 向うの右の膝を足にて踏み 我が右脇へ引き倒して固るなり
読み解く

 「前の如く」は使者捕の四本目附入です「前の如く歩み寄って右の手にて相手の胸を突く・・・」

「砂乱」は使者捕の二本目砂乱「・・相手たおされじとするをきに左の手にて突きたおし扨右足を相手の肩へ歩み込みうつむけに直しかたむる也」

 相手座す処へスカスカと歩み寄り、右足を踏み込み右手で相手の胸を突かんと突き出す処、相手其の手を右手で受け留める。
 我は、其の相手の手を、両手で親指と他の四指と取り分けて握り込み、左に身を開いて引き廻し、相手倒されまいとする処を後ろに押し倒し、右足を相手の肩に踏み込み、こらえ様と踏ん張るのを右脇に引き廻して俯けにして堅める。
 右転が業名です。初めに左の方へ引き廻していますから、次には右へ引き廻す事を指しているのでしょう。

 相手に仕掛てみました、場合によっては相手が「やあ」と右手を上げる時とも考えられそうですが、さて相手は思う様に掴まれた右手に軽々といたぶられるかは、拍子次第とも云えそうです。
力任せでは動かす事は出来そうにありません。

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2017年6月11日 (日)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事1捕手和之事5右転

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
五本目右転
右転
 如前歩ミ行亭相手手を上る処を両の手尓て指を取りわけ左の方へ引廻し又た於し砂乱の如くう津む希二引廻し亭堅める
読み
右転(うてん)
 前の如く歩み行きて 相手手を上げる処を 両の手にて指を取り分け 左の方へ引き廻し 又 押し 砂乱れの如く 俯けに引き廻して堅める
前の如くは四本目附入です。
附入
 如前歩ミ寄っ亭右の手二亭相手の胸を突阿於の希ニた於春也
読み
附入(つけいり)
 前の如く歩み寄って右の手にて相手の胸を突き仰のけに倒す也
参考
前の如く:二本目砂乱まで戻ります。
砂乱
 相手坐し居る処へ我は立って歩ミ行使者捕の如く引た於さむとする相手た於禮之と春るを支ニ左の手二亭突たおし扨右足を相手の肩へ歩ミ込ミうつむけ二直しかたむる也
読み
砂乱(さみだれ)
 相手坐し居る処へ 我は立って歩み行き 使者捕の如く引き倒さんとする 相手倒れじとするを機に 左の手にて突き倒し 扨 右足を相手の肩へふみこみ俯けに直し固る也
参考
 使者捕の如く引た於さむとする:楽々坐したる時向の右の手を我が右之手二亭取り向の右の膝を足二亭踏我が脇へ引た於してかたむるなり
読み
使者捕(ししゃほ・ししゃとり)
 楽々対し坐したる時 向うの右の手を 我が右の手にて取り 向うの右の膝を足にて踏み 我が右脇へ引き倒して固るなり

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2017年6月10日 (土)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事1捕手和之事4附入

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
四本目附入
附入
 如前歩ミ寄っ亭右の手二亭相手の胸を突阿於の希ニた於春也
読み
附入(つけいり)
 前の如く歩み寄って右の手にて相手の胸を突き仰のけに倒す也


読み解く
 相手が坐す処へ、我はスカスカと歩み寄り、右足を踏み、左膝を着くや右手で相手の胸を突き仰向けに倒す。
 随分単純な業です、如何に捕縛に来たと気付かれずに間に入れるかがポイントでしょう。倒した後の始末が書かれていません。当然相手の反撃も有ろうかと思います。
 この業の返し業は六番目の本手之移として相手が附入を外す業が四本目変之弛(へんのはずし)に有ります。
 「附入の業にて突倒さんとするを体を開後へ送る也」要するに筋変えに外せと言うのでしょう。
 夏原流和之事も形ではない事を示唆しています。業の想定を習い稽古し工夫し自由自在に応じられる様に組み立てられています。
 生真面目な知ったかぶりの大人は形を演じられれば変化に容易に対応できると云うのですが、人は自分が危ない場合は本能的に予期せぬ防御と思わぬ攻撃をしてくるものです。約束事の形にこだわれば踊りになってしまいます。

 剣友に合気の達人が居ます。居合を始めて5、6年で英信流の業を全て修得しています。いつの間にか合気の捌きがコラボとなって独特の動作も垣間見られます。それでは元の形は、と問えばすらすらと演じてくれます。
 人が人と対する事は、得物が有る無しに関わらず、武術における人の動きは同じ事なのでしょう。
 相手の居ない居合による運剣動作しか知らない剣士でいたのでは前に進めそうもありません。組太刀・棒・和の手附を齧ってみれば何かに気付く筈です。

 ○×式の試験問題を記憶力を頼りにこなしてきた者には、決められた形がないと不安で仕方がないのでしょう。昇段審査や競技会の課題や演武は形でしょう。課題が変わっただけで悲鳴を上げる情けない指導者が多すぎます。「俺が習った形と違う」だそうです。
 そして、毎年指導要領が変わって困ると言う範士十段も居たりして、平和で戦う事も無い時代のなせる事かも知れません。

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2017年6月 9日 (金)

曽田本その1神傳流秘書原文10夏原流和之事1使者捕4附入

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
四本目附入
附入
 如前歩ミ寄っ亭右の手二亭相手の胸を突阿於の希ニた於春也
読み
附入(つけいり)
 前の如く歩み寄って右の手にて相手の胸を突き仰のけに倒す也
 

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2017年6月 8日 (木)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事1捕手和之事3弓返

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
三本目弓返
弓返
 相手坐処へ如前歩ミ寄って左の手二て相手の左の手を取り右の手にて相手の小太刀の柄を取て脇へねぢた於し其柄を右之足二て歩ミ向の小手をかためたる時相手右の手をもって打込むを我も右之手二て留左の手を相手のひぢ尓そゑ亭うつむ希ニ引直し堅める
読み
弓返(ゆみかえし)
 相手坐す所へ 前の如く歩み寄って 左の手にて相手の左の手を取り 右の手にて相手の小太刀の柄を取って 脇へねじ倒し 其の柄を右の足にて踏み 向うの小手をかためる時 相手右の手をもって打ち込むを 我も右の手にて留め 左の手を相手の肘に添えて俯きに引き直し堅める
読み解く
 相手坐す処へすかすかと歩み寄って、腰を屈め左の手で相手の左手首を取り、右手で相手の小太刀の柄を取って、左に廻り左脇にねじ倒し、柄で相手の左手を押え右足で柄を踏み付け相手の小手をかためる。
 相手右手で打ち込んで来るのを右手で受け留め、手首を取り、左手を相手の右肘に添えて、うつむけに引き直しかためる。

 弓返の意味が解らなかったのですが、矢を射た後、弦を前にくるりと返すあの雰囲気でしょう。相手を左脇にねじ倒し、右に引き直す動作を弓返しに譬えたのでしょう。

 

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2017年6月 7日 (水)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事1捕手和之事3弓返

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
三本目弓返
弓返
 相手坐処へ如前歩ミ寄って左の手二て相手の左の手を取り右の手にて相手の小太刀の柄を取て脇へねぢた於し其柄を右之足二て歩ミ向の小手をかためたる時相手右の手をもって打込むを我も右之手二て留左の手を相手のひぢ尓そゑ亭うつむ希ニ引直し堅める
読み
弓返(ゆみかえし)
 相手坐す所へ 前の如く歩み寄って 左の手にて相手の左の手を取り 右の手にて相手の小太刀の柄を取って 脇へねじ倒し 其の柄を右の足にて踏み 向うの小手をかためる時 相手右の手をもって打ち込むを 我も右の手にて留め 左の手を相手の肘に添えて俯きに引き直し堅める

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2017年6月 6日 (火)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事1捕手和之事2砂乱

曽田本その1
1、神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
二本目砂乱
砂乱
 相手坐し居る処へ我は立って歩ミ行使者捕の如く引た於さむとする相手た於禮之と春るを支ニ左の手二亭突たおし扨右足を相手の肩へ歩ミ込ミうつむけ二直しかたむる也
読み
砂乱(さみだれ)
 相手坐し居る処へ 我は立って歩み行き 使者捕の如く引き倒さんとする 相手倒れじとするを機に 左の手にて突き倒し 扨 右足を相手の肩へふみこみ俯けに直し固る也
参考
 「使者捕の如く引た於さむとする」・・・楽々坐したる時向の右の手を我が右之手二亭取り向の右の膝を足二亭踏我が脇へ引た於してかたむるなり
読み解く
 相手が座している処へ我は立ったまま、すかすかと近付き、腰を屈め相手の右手首を右手で取り、右脇に引き倒そうとするところ、相手は倒されまいと後ろに反るを機に、左手で相手の胸を突き倒し、反身になるところを右足で相手の右肩を踏みつけうつむけに直し固める。

 これも、我から一方的に攻め込んでの捕り物です。居合は相手の無い仮想敵による空間刀法ですから、いつでもどんなへぼでも独りよがりで勝つことはできますが、和は相手次第ですからそうもいきません。
 仲間といろいろ研究して見てはいかがでしょう。この古伝の指定する方法を変えずに試す事が大切で、古伝の要求事項を違えてしまうと、相手との攻防の機や拍子を学べなくなってしまうかもしれません。
 たとえば、相手の右手を我が右手で取るのですが、相手の右手の何処という指定はないのです。最も有効な所は手首なのか、肘なのか、前腕なのか・・。

 使者捕では右手で相手の右手を取っていますが、同じ様に左手で相手の右手を取ったならばどうなるのか、広義に解釈することもできます。

 右足で相手の肩への踏み込みは何処なのか・・。仰向けに反った相手をどのように俯けに直すのか・・。
 夏原流の解説はどこにもありませんので、素手に依る古武術などを参考に研究され復活されればと思います。
 結果が出れば間違いないと云えるでしょうが、古伝の体捌きは現代人が忘れている事も多く、本気で取り組まなければあらぬ方に向って行っているかもしれません。

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2017年6月 5日 (月)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事1捕手和之事2砂乱

曽田本その1
1、神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
二本目砂乱
砂乱
 相手坐し居る処へ我は立って歩ミ行使者捕の如く引た於さむとする相手た於禮之と春るを支ニ左の手二亭突たおし扨右足を相手の肩へ歩ミ込ミうつむけ二直しかたむる也
読み
砂乱(さみだれ)
 相手坐し居る処へ 我は立って歩み行き 使者捕の如く引き倒さんとする 相手倒れじとするを機に 左の手にて突き倒し 扨 右足を相手の肩へふみこみ俯けに直し固る也
参考
使者捕
 楽々坐したる時向の右の手を我が右之手二亭取り向の右の膝を足二亭踏我が脇へ引た於してかたむるなり
読み
 使者捕の如く引き倒さんとする:楽々坐したる時 向うの右の手を我が右の手にて取り 向うの右の膝を足にて踏み 我が脇へ引き倒して堅むるなり
 

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2017年6月 4日 (日)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事1捕手和之事1使者捕

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
一本目使者捕
使者捕
 楽々對し坐したる時向の右の手を我が右の手二亭取り向の右の□(膝)を足に亭踏我が右脇へ引た於してかたむる也
読み
使者捕(ししゃほ・ししゃとり)
 楽々(らくらく)対し坐したる時 向うの右の手を 我が右の手にて取り 向うの右の膝を足にて踏み 我が右脇へ引き倒して固るなり
読み解く
 楽々は相変わらず意味する処は良くわかりません、草書体の楽の文字ですから、ほぼ間違いはない読み方でしょう。
 座仕方ですがここには居合膝とも正座とも指定が有りません。自然体で楽に座すのでしょう。
 三項目の小具足、五項目の小具足割は「左の膝を付き右の膝を浮けて折る八文字に座す」ですから居合膝を指定して居ます。二本目立合、四本目後立合は立っての事です。
 
 この古伝を土佐に伝えたのが第九代目林六太夫守政です。守政は大森流正座を取り入れていますから、第七代長谷川英信の頃に居合和集された夏原流和は、戦国期の面影を残すもので、全て居合膝かも知れません。
 此の業を稽古して見て居合膝でも正座でも出来ると、思います。

 楽々座して相対して居る時、我が方から腰を上げ相手の右手首を右手で取り、右足を踏み込んで相手の右膝を踏み付け、右脇に引き倒しかためる。

 此の業は、我が方から一方的に仕掛けています。それは此の業が捕手和之事使者捕と云う業名に由来します。
 主命を請けて捕り物に行き、取り押さえる事が役目だからです。そうであれば相手を警戒させない楽々座すことも、此方から隙をみて仕掛ける事も納得できるものです。

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2017年6月 3日 (土)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事1捕手和之事1使者捕

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
一本目使者捕
使者捕
 楽々對し坐したる時向の右の手を我が右の手二亭取り向の右の□(膝)を足に亭踏我が右脇へ引た於してかたむる也
読み
使者捕(ししゃほ・ししゃとり)
 楽々対し坐したる時 向うの右の手を 我が右の手にて取り 向うの右の膝を足にて踏み 我が右脇へ引き倒して固るなり

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2017年6月 2日 (金)

春から夏へ

 五月になると、湘南地方は早々とサクランボの佐藤錦が赤い実を輝かせてくれます。 然し早起きの小鳥と食べ頃の見分けの競争です。
 明日の朝一番にと収穫しようと思って行って見ると、残っているのはカメムシに果汁を抜かれ萎んだものや小鳥が試しに啄んだ片割れのサクランボばかりです。
 楽しみにしてくれているご近所のお婆さんに、少しでもお裾分けと心がけるのですが「今年も小鳥にやられました」と言い訳ばかりです。
 
 タマネギもすっかり大きくなって、地面から浮き上がって収穫時です。こちらは小鳥も虫も寄り付かないので「もう少し大きく」などと思っていると夏みかん程になってしまいます。
 大型スーパーの園芸売り場で買った苗では、土地に合わないのか育ちが悪く、農協で仕入れた苗や、種から育てた苗の方が良く育っています。
 
 数年前に苗から育てたイチゴは、勝手に蔓を伸ばして、勝手な所に生えて、九条ネギの畝の脇とか、タマネギの間とか、ミントの群落に大きな赤い実を葉陰にそっと実らせて食べ頃です。毎日数粒ずつ採れて楽しむばかりです。来年はイチゴの畝を作ろうなどとは、少しも思わない怠け者です。
 
 五月の半ばから、コジュケイがけたたましく「チョットコイ・チョットコイ」と鳴いています。わずかに残された里山に命を繋いでいる様です。
 五月も終わる頃から、待ちに待ったホトトギスが「トッキョ キョカキョク」と日の出前から早口言葉です。
 
 実生の枇杷がようやく実を付けて、このところ日増しに黄色が濃くなってきています。一つもいで、口にしました。
 甘さは今一ですが新鮮な甘酸っぱさが口いっぱいに広がってきます。もう少し熟してからと思うのですが、タイワンリスが里山の木々を渡り歩いています。カラスも狙っていそうです。
 効果は解りませんが、紙袋をかけて見たのですが、一昨日夜の土砂降りの雨で破れてしまいました。もういいや、小さな生き物と共生の覚悟です。
 ご近所の庭にある枇杷は今年はブドウの様に実って枝が垂れ下がる程になっています、うちのは、その3倍は大きいと自己満足です。
 
 今年は、3月から4月初めの気候が合わなかったのか、昨年の猛暑にやられたのか、春の蝶の数が少なかったのです。5月半ばから忽ちにぎわい出して楽しませてくれます。ミカンの花に俗名鎌倉蝶のモンキアゲハがナガサキアゲハやクロアゲハと乱舞しています。
 
 風に煽られているアカボシゴマダラのメスが榎の廻りを舞っています。
 
 羽化したばかりで笹に羽を休めるアゲハチョウ。
 
 タイワンホトトギスの葉裏にルリタテハの痛そうな棘をもった幼虫が夢中で柔かそうな葉をむさぼっています。
 そろそろ蛹になりそうなくらい大きくなってきました。
 
 アブラナ科の野菜は、モンシロチョウが集まって来て、「卵を産んで青虫だらけになるからやめたら」と忠告しておいたのに、「昨日はモンシロチョウを36匹捕ったのに今日も捕り切れない程来ている」と言って、蝶を眺めて喜んでいる私に「遊んでないで捕れ」と怒り出すしまつです。とうとうキャベツ畑は、キャベツの芯を露わにしてモンシロチョウの天国になってしまいました。
 
 わずかに残された都会の里山と田園は、小さな生き物が集まって来ています。お陰様で葉先が触れたりして腕はかぶれてかゆい事、かゆい事。
 紫陽花が色づいてきました、夕暮れ時には蝙蝠が燕返しを繰返しています。
 
 
 
 
 
 

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曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事序文

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
序文
従是以上六段之和ハ自夏原氏段々相伝也 長谷川流二至而居合和集うしタル者也

読み
 是より 以上六段の和は 夏原氏より段々相伝なり 長谷川流に至りて 居合和(ヤワラ)集したるものなり
読み解く
 夏原流和は六段と言って1捕手和之事11本・2立合11本・3小具足11本・4後立合11本・5小具足割10本・6本手之移11本、の六段65本がセットされています。
 夏原氏および夏原流和の謂れは明確なものが見当たりません。
 段々相伝して第七代長谷川英信の頃英信流と一体化したものであると言うようです。

 土佐の居合には居合、棒術、仕組(組太刀)、和(やわら)がセットされて第九代目林六太夫守政が土佐に持ち込んだと思われます。この和の術の伝書は神傳流秘書にあるだけで他に見られないものです。

 夏原流和之事を公開されたのは、第二十代河野百錬先生が曽田先生から曽田本の写しを得て、昭和30年1950年に無双直伝英信流居合兵法叢書として発行されて世に出されたものと思われます。

 木村栄寿先生の昭和57年1982年発行の林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流傳書集及び業手付解説には、夏原流和之事は記載がありません。

 ここでは、曽田先生の直筆による夏原流和を稽古してみます。武術はともすると神業のような術を以て良しとする思いがあるようですが、普通の人が、不意の攻撃に自然に応じられる様に手附に則って極自然に稽古してみます。

 夏原流和之事については、神傳流秘書の巻末に手附が残されたのですが、誰が何時これらの業を作り出したのかわかりません。
 本朝武芸小傳巻九の末尾に小具足について世に鳴るのは竹内流だといっています。荒木流、森流などの後に夏原八太夫の名があります。
 夏原八太夫は夢相流小具足の達人也、今川久太夫その傳を継ぐ、武井徳左衛門今川の傳を得、松田彦進武井の芸を傳、鈴木彦左衛門有りて、松田に従い、その宗を得て精妙と為す。
とあります、これが夏原流和であるかはわかりません。

 南山大学の榎本鐘司先生による「北信濃における無雙直伝流の伝承について」の論文から、「無雙流和棒縄居合目録」の和目録には、夏原流和と思しき業名が散見されています。
 例えば、神傳流秘書の夏原流和之事捕手和之事の使者捕は使者取、砂乱は五月雨、弓返は弓返シ、附入は附入、右詰は右詰、抜捨は抜捨、胸点は急天、向面は向面、遠行は猿猴、鐺返は鐺返シ、と対比できます。
 
 同じく、夏原流和之事の立合では、行連は行違、無想は夢相、裾取は爪捕、支剱は志けん、車附は車附、玉簾は玉簾、燕返は燕返シ、打込は打込、杉倒は廻たおしあるいは天狗たをし、追捕は追捕とほぼ同じ業名です。

 業の項目は夏原流和之事と同様に、立合は立合、小具足は小具足、後立合は後立合、小具足割は小具足割などと同じ項目が続きます。

 これは、天明三年1783年の北信濃の大矢蕃昌編述・滝沢登愛所持の資料に依ります。この北信濃の無雙直伝流は、長谷川英信、小菅精哲斎正継(恐らく 荒井兵作勢哲(清鐵))などによって伝承されたものと思われます。
 土佐の居合の第9代林六大夫守政が、江戸勤番中に江戸にて修行したもので、師は誰であったか確証は有りませんが、土佐の居合と北信濃の居合には繋がるものが有りそうです。
 夏原流和之事は北信濃から遡る方がよさそうです。

 此処では、古伝神傳流秘書の巻末に有る夏原流和之事の手附に基づいた業技法を学ぶ事が目的であって、伝承系統の歴史はご興味のある方が、追及されることにお願いしておきます。

 

 

 

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2017年6月 1日 (木)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事序文

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
序文
従是以上六段之和ハ自夏原氏段々相伝也 長谷川流二至而居合和集うしタル者也

読み
是より 以上六段の和は 夏原氏より段々相伝なり 長谷川流に至りて 居合和(ヤワラ)集したるものなり

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2017年5月31日 (水)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く9抜刀心持之事22戦場之大事

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
9、抜刀心持之事
22)二十二本目軍場之大事
軍場之大事
 具足のゆるきを取り押上る心得肝要也故に着料之具足は押上られてものど二つかざる様二仕置べきなり高き所などより飛ふ時おのづとのどにつかゆる事有るもの也 心得二有儀なり
読み
軍場之大事(ぐんばのだいじ、いくさばのだいじ)
 具足の緩きを取り 押し上げる心得肝要也 故に着料の具足は 押し上げられても喉に付かざる様に仕置くべきなり 高き所などより飛ぶ時 自ずと喉に閊ゆる事あるもの也 心得に有る儀なり
読み解く
 軍場之大事についての解説は、具足はしっかり着用して緩い処が無いようにして置け、さもないと、押し上げられたり、飛び降りた時にのどにつかえさせるなという心得です。どこか抜刀心持之事には似つかわしくない心得です。
以上で抜刀心持之事を終了しましす。
現代居合の奥居合居業、立業と抜刀心持之事の業名を対比しておきます。
 
 抜刀心持之事    無双直伝英信流奥居合現代
 一本目 向拂      一本目 霞
 二本目 柄留      二本目 脛囲
 三本目 向詰      七本目 両詰
 四本目 両詰      三本目 戸詰
                四本目 戸脇
 五本目 三角      無し 五本目 四方切 
 六本目 四角      無し 五本目 四方切
 七本目 棚下      六本目 棚下
 八本目 人中      十七本目 壁添
 九本目 行連      十本目   連達
 十本目 連達      十四本目 行違
  十一本目 行違    十五本目 袖摺返
  十二本目 夜之太刀  十三本目 信夫
 十三本目 追懸切   無し
 十四本目 五方切   十一本目 惣捲り
 十五本目 放打     十二本目 總留
 十六本目 虎走     八本目 虎走
 十七本目 抜打上   十九本目 暇乞一
        抜打中   二十一本目 暇乞二
        抜打下   二十本目 暇乞三
 十八本目 抜打    無し
 十九本目 弛抜     無し(十八本目 受け流し)
 二十本目 賢之事    無し(夢想神傳流袖摺返)
 二十一本目 クヽリ捨 無し(夢想神傳流門入)
  二十二本目  軍場之大事 無し

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2017年5月30日 (火)

曽田本その1の1神傳流秘書原文9抜刀心持之事22軍場之大事

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
9、抜刀心持之事
22)二十二本目軍場之大事
軍場之大事
 具足のゆるきを取り押上る心得肝要也故に着料之具足は押上られてものど二つかざる様二仕置べきなり高き所などより飛ふ時おのづとのどにつかゆる事有るもの也 心得二有儀なり
読み
軍場之大事(ぐんばのだいじ、いくさばのだいじ)
 具足の緩きを取り 押し上げる心得肝要也 故に着料の具足は 押し上げられても喉に付かざる様に仕置くべきなり 高き所などより飛ぶ時 自ずと喉に閊ゆる事あるもの也 心得に有る儀なり

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2017年5月29日 (月)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く9抜刀心持之事21クヽリ捨

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
9、抜刀心持之事
21)クゝリ捨
クゝリ捨
 -手附記載なしー
読み
クヽリ捨(くゝリすて)
 -手附記載なしー

読み解く
 クヽリ捨(くゝりすて)
 -手附記載なしーですから読み解くことはできません。

 細川家による、木村栄寿本「林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流・・」でも「神傳流業手付」の抜刀心持之事には「クヽリ捨」には手附の記載は有りません。
 檀崎先生や山蔦先生は大江先生の「門入」を「隠れ捨」の業名として当てておられます。
 大江先生の門入も古伝には相当する業が見当たりませんのでこれも疑問ですが、現代居合として継承されています。
 檀崎先生や山蔦先生は中山博道先生の指導を受けられたという事ですが、中山博道先生の居合は、大森流・長谷川英信流までは手附が残されていますが奥居合に関しては謎です。いずれにしてもその真相は手持ちの資料では不明です。
 
 土佐の居合の手附は神傳流秘書よりも古いものは現存せず、江戸時代末期までの伝書類も乏しく現代居合への変遷は辿れません。
 抜刀心持の両士引連・賢之事・クヽリ捨は、神傳流秘書に於いてー手附記載なしーなので第9代林六大夫守政が江戸から、土佐にもたらした時には既に業名ばかりであったのかも知れません。
 
 流派の業技法は、その時代の指導者の心得違いや、時代の趨勢によって変化して行くのもやむおえない事でしょう。
 然し、現代では、変えた時にはその理由を明らかに示すのも指導者の責任です。
 棒の振方りばかりの指導で、「業手附の解釈は俺はこう考える」だけでは、古参の者から「先代の方が良かった」と言う感情論だけが浮かび上がって本論が見えなくされてしまいます。
 挙句は「居合を学ぶには元より其の流儀の形を重んじ、苟もこれを変改するが如き事無く錬磨すべきである」と言いつつ「其の習熟するに於いては、何等形の末節に拘泥する事無く、各流を一貫する居合本来の精神を悟りて、日夜錬磨の功を積み、心の円成に務め、不浄神武不殺の活人剣の位に至るを以て至極となす(第20代河野百錬先生の無双直伝英信流居合道昭和13年1938年より)」として己の「形の末節」の正統性を云々するのでは、日夜研鑽せずとも時至りて思いもよらぬ允可を得て功成り名遂げたと錯覚する者には「形の末節」ばかり気になるものです。
 

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2017年5月28日 (日)

曽田本その1の1神傳流秘書原文9抜刀心持之事21クヽリ捨

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
9、抜刀心持之事
21)クゝリ捨
クゝリ捨
 -手附記載なしー
読み
クヽリ捨(くゝリすて)
 -手附記載なしー

 

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2017年5月27日 (土)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く9抜刀心持之事20賢之事

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
9、抜刀心持之事
20)ニ十本目賢之事
賢之事
ー手附記載なしー
読み
賢之事(かしこのこと・けんのこと?)
ー手附記載なしー
読み解く
ー手附記載なし・・・によって不明。
 木村栄寿先生の「林崎抜刀術兵法 夢想神傳重信流・・神傳流業手付」にも「賢之事」の手附は記載されていません。
 この木村先生の「神傳流業手付」は天保12年1841年に坪内清助長順より島村右馬亟に授与したものです。ここには、両士引連・賢之事・クゝリ捨の三本がありますが何れも手付は記載されていません。
 夢想神傳流の山蔦重吉先生の昭和47年1972年発行の「夢想神伝流居合道」には、両士引連・賢之事・クゝリ捨の業手附解説がなされています。
 両士引連は、古伝抜刀心持之事の「行違」のような業です。
 賢之事は、無双直伝英信流第17代大江正路先生の奥居合立業の「袖摺返」を当てて居ます。袖摺返は古伝神傳流秘書の「行違」の替え業の様です。
 クゝリ捨は、「隠れ捨」とされ大江正路先生の奥居合立業の「門入」の業名を当てています。
 同様に夢想神伝流の壇崎友影先生の、昭和54年1979年発行の「居合道教本」では賢之事は、大江先生の袖摺返ですから古伝の「行違」ですし、クゝリ捨は「隠れ捨」で大江先生の「門入」と思われます。両士引連は記載がありません。
 此の居合道教本より古い昭和44年1969年発行の夢想神傳流居合では、古伝の業名称を付さずに、大江先生の奥居合の業呼称として「袖摺返」・「門入」として記載しています。この業名の扱い方も居合道教本の前にありながら疑問です。
 夢想神傳流の居合の元が、中山博道先生の居合であれば、奥居合の業手附は何処にもそれらしき、書き物は見当たりません。従って、奥居合を博道先生がお弟子さん方に本当に指導されたのか疑問です。
 譬え、書き付けられた手付が有ったとしても、中山博道先生の居合の指導者は、土佐の居合の谷村派の第16代五藤正亮先生の弟子森本兎久身先生ですから、古伝の業を指導されたかは疑問です。
 谷村派からの古伝の伝書類の公表は見られませんので、抜刀心持之事は現代居合の奥居合との検証も不十分です。
 大江正路先生が明治時代に土佐の居合を改変されたという事実を証明する事すらできない状況です。改変されたならばその改変理由さえも不明です。
 明治の後半以降に習い始めた中山博道先生に森本先生が全業を指導されたとも思えません。たとえ習っていたとしても博道先生がお弟子さん方に伝授されていればその手附がある筈ですがそれも不明です。
 
 抜刀心持之事の両士引連・賢之事・クゝリ捨の業について、現在の段階では業技法を示唆する手附は無いと云えます。
 山蔦先生、檀崎先生の教本の「両士引連・賢之事・クゝリ捨」は、出典若しくは指導者名が明らかにされない限り、追跡しての確証が得られません。
 
 
 

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2017年5月26日 (金)

曽田本その1の1神傳流秘書原文9抜刀心持之事20賢之事

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
9、抜刀心持之事
20)ニ十本目賢之事
賢之事
ー手附記載なしー
読み
賢之事(かしこのこと・けんのこと?)
ー手附記載なしー

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2017年5月25日 (木)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く9抜刀心持之事19弛抜

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
9、抜刀心持之事
19)十九本目弛抜
弛抜
 如前歩ミ行敵より先に打を躰を少し開き弛之て抜打に切也
読み
弛抜(ゆるみぬき・はずしぬき)
 前の如く 歩み行く 敵より先に打つを 躰を少し開き弛して 抜き打ちに切る也
参考 如前の十八本目抜打
 歩み行中に抜打二切敵を先二打心也
読み解く
 この業は、手附をよく読み、現代居合の奥居合立業の「受流」と違う事に気が付きます。それは「敵より先に打を躰を少し開き弛之て抜打に切」の所です。
 敵が斬って来るのを、体を少し開いて敵の刀を弛し(外し)て、敵を抜打つのです。
 双方歩み行き間合いに至るや、相手が抜刀して真向に斬り下ろして来る、我は両手を刀に懸けると同時に、右足右斜め前に少し踏み込み体を開き、右半身となって相手の打ち込みを外し、左足を右足に追い相手の真向に打込む。敵の打ち込みを外してしまえば真向でも片手袈裟でも横一線の抜き付けでも、下からの切上げでも状況次第に応じられるものです。

 稽古ではまず「体を少し開き弛之て」ですから刀を上に抜上げ左足前ならば右に、右足前ならば左に筋を替えて相手の打ち込みを外し同時に斬り下ろすでしょう。
 
 或いは、右足前ならば左足を右足前右にチドリに踏込み右足を右に踏込み体を左に開きつつ刀を抜上げ敵の打ち込みを外すや真向に切り下す。これは奥居合立業の受け流しの「かたち」となりそうです。但し請けて流すのではないと考えます。
 
 夢想神伝流の山蔦先生の居合では「弛抜」を「受流」とされている様ですが、受け流しとは違います。相手の太刀を我が太刀で受けるのでは無いのです。安易に太刀で請ける事は進められません。
 「抜き打ちに切」ですから刀を上に抜き上げ片手でも諸手でも斬り下ろすのでしょう。
 全剣連の制定居合の12本目の場合は「前方の敵が突然切りかかって来るのを刀を抜き上げ乍ら退いて敵に空を切らせて、真向に切下す」ので是は仕掛けられたのに応ずるものです。前回の「抜打」に上げておきましたが、これは「刀を抜き上げ乍ら退いて敵に空を切らせて」ですから後方に退いて敵の刀を外しています。此処では「躰を少し開き弛之」です。退くと開くは違います。
 細川義昌先生の系統と思われる白石元一先生の居合術手引では「弛抜(ゆるみぬき・はずしぬき)」を「馳抜(はせぬき)」としている様でこの出典は解りません。恐らく「弛」と「馳」の弓偏と馬偏の崩し字による取り違いから生み出されたとも思われます。
馳抜(双方駈足にて摺違ひ様に行ふ意)
 正面に対し立姿小走に馳せ摺れ違ひ様右足を中心に左足を斜右前に踏み出して斜右後向きに方向を転じつゝ刀を抜き右足を左足に引きつけ上段に振り冠り、右足を踏み出すと同時に斬りつく。
 是は神傳流秘書の抜刀心持之事の11本目「行違」の替え技の様です。
行違
 行違に左の脇に添へて拂ひ捨冠って打込也
 参考に、敵に真っ向から切って懸られた場合、左足をやや左前に踏み刀を抜き上げ右足を稍々左に踏込み筋を外し、打ち込んで来る敵の右拳に右足通りに打ち込む、新陰流の「斬釘截鉄(ざんていせってつ)が使えそうです。
 

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2017年5月24日 (水)

曽田本その1の1神傳流秘書原文9抜刀心持之事19弛抜

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
9、抜刀心持之事
19)十九本目弛抜
弛抜
 如前歩ミ行敵より先に打を躰を少し開き弛之て抜打に切也
読み
弛抜(ゆるみぬき・はずしぬき)
 前の如く 歩み行く 敵より先に打つを 躰を少し開き弛(はず)して 抜き打ちに切る也
参考 如前の十八本目抜打
 歩み行中に抜打二切敵を先二打心也

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2017年5月23日 (火)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く9抜刀心持之事18抜打

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
9、抜刀心持之事
18)ニ十本目抜打
抜打
歩み行中に抜打二切敵を先二打心也
読み
抜打(ぬきうち)
 歩み行く中(うち)に 抜き打ちに切り 敵を先に打つ心也

読み解く
 前回に続き、業名が「抜打」という事で同じです。前回の抜打は「暇乞上中下」と曽田メモがありますが、曽田先生の書写された古伝神傳流秘書では「抜打上中下」です。
 
 歩み行き敵との間に至れば抜打ちに切る、敵に先に打ち込む心持ちである、と云うのでしょう。是もどうやら不意打ちの心得の様です。特段の業技法の手附けは何も有りません。
 
 歩み行きながら、左足が出た時、鍔に左手を掛け、右手を柄に掛けて、敵の中心に向って抜き出し「敵を先に打つ心」ですから右足を踏込み、横一線に抜き付ける、敵の右肩に片手袈裟切り、上に抜き上げて片手真向。
 刀を抜き上げ、上段に振り冠って左手を柄に掛け両手にて、真向に打ち下すも出来そうです。
 歩み行くうち、間境にて左足で間を越すや、左手を鍔に掛け、左足に右足を踏み揃え、刀を抜き上げ左手を柄に掛けるや、左右に足を踏み開き、真向に打ち下す。人中・現代居合の壁添の抜打ちです。
 いずれでも古伝はおおらかです。

 全剣連の制定居合の12本目の場合は「前方の敵が突然切りかかって来るのを刀を抜き上げ乍ら退いて敵に空を切らせて、真向に切下す」ので是は仕掛けられたのに応ずるものです。

 此の古伝の立っての抜打を伝える業は細川先生系統と思われる白石元一先生の抜打に見られます。
「放打の如く左足にて抜刀用意、右足を踏み出すと同時に右片手にて正面に斬りつけて納刀」
 片手打ちですが真向に打ち下していますし、右足を踏み込んでいますから是はこちらから仕掛けたと読めそうです。

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2017年5月22日 (月)

曽田本その1の1神傳流秘書原文9抜刀心持之事18抜打

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
9、抜刀心持之事
18)ニ十本目抜打
抜打
歩み行中に抜打二切敵を先二打心也
読み
抜打(ぬきうち)
 歩み行く中(うち)に 抜き打ちに切り 敵を先に打つ心也

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2017年5月21日 (日)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く9抜刀心持之事17抜打

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
9、抜刀心持之事
17)抜打 上中下 以上十九本
 
 (暇乞三本)(格ノ低キ者二対スル黙礼ノ時。等輩二対スル礼ノ時。目上ノ者二対スル時ノ礼ノ時 曽田メモ)
読み
 抜打(ぬきうち)上中下(じょうちゅうげ)  以上十九本
 
(暇乞三本(いとまごいさんぼん))(格の低き者に対する黙礼の時。等輩に対する礼の時。目上の者に対する時の礼の時 曽田メモ)
読み解く

*古伝神傳流秘書の抜刀心待之事「抜打」は、現代居合の「暇乞」と同じであったかどうか疑問です。
 曽田先生の書き写しでは、「抜打 上中下 以上十九本」となっていますが、メモでは暇乞三本と書き込まれています。「格ノ低キ者二対スル黙礼ノ時。等輩二対スル礼ノ時。目上ノ者二対スル時ノ礼ノ時」の三本で、虎走までで十六本ですから、暇乞三本を加え抜刀心持之事は十九本と云う事になります。

 抜打上中下については、自分より格が低い者へ、同輩の時、目上の時と有りますが、動作においては特にどの様にするのか何も目安はありません。
 曽田先生のメモでは、自分より「格の低き者に黙礼」ですから順次手を床に着く、頭を低く下げるなどの格式に応じた暇乞いの時の礼法が明確だったので、それに従い礼をした上で不意打ちを仕掛けたものと考えられます。

 現代居合の暇乞その1、その2、その3の方法と変わらなかったかも知れませんが不明です。
 曽田メモの身分による礼の仕方の違いと抜き方との関連についても不明です。礼法の専門家による礼法のありようはあるでしょうが、平成のこの時代では身分格式における礼法は既に失われていると思います。
 現代居合では演武に入る前の神前への礼、刀への礼に最も敬意を表する礼が残されています。それは否定するつもりはありませんが、人と人との礼法を身分格式に応じたものとする礼法は忘れられています。
 高級料亭や旅館で請ける礼は「ゆかしい」反面、日常では違和感を覚えます。


 英信流居合目録秘訣では極意の大事の項目の始めに心得があります。
 暇乞「仕物抔を云付られたる時抔其者之所へ行て四方山の咄抔をして其内に切べし隙無之ときは我が刀を取て又近日と立さまに鐺を以て突き倒し其儘引ぬいて突也又は亭主我を送て出るとき其透間を見て鐺にて突たおして其儘引ぬいて突くべし」


 上意を命じられ、抜刀のチャンスが得られず、場を去り際に暇乞の心得を顕わしたもので、不意打と考えられ、決して相手に仕掛けられたから応じたという風にはとらえられません。

 「暇乞いは上意討ちとも称される。主命を帯びて使者に立ち、敬礼の姿勢より抜き打ちする意にして、彼我挨拶の際、彼の害ある動向を察知し、其の機先を制して行う刀法」とされています。(第22代池田宗家の夢想直伝英信流居合道解説より)

 これは、第17代大江正路先生の「剣道手ほどき」から奥居合立業の部の19番暇乞(黙禮)・20番(頭を下げ禮をする)・21番(中に頭を下、右同様に斬る)によると思われます。
19番暇乞(黙禮)「正座し両手を膝上に置き黙禮し、右手柄に掛かるや刀を斜に抜き付け上段にて斬る」
20番(頭を下げ禮をする)「両手を板の間に付け、頭を板の間近く下して禮をなし、両手を鞘と柄と同一に掛け直ちに上に抜き上段となり、前面を斬る」
21番(中に頭を下、右同様に斬る)「両手を膝上に置き黙禮より稍や低く頭を下げて禮をなし、右手を柄に掛け刀を斜に抜き上段にて斬る」

 現代居合とは、20番と21番が入れ替わっていますが堀田捨次郎先生の誤認か不明です。

 木村栄寿先生の「林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流伝書集及び業手付解説」では「抜刀心持之事」の16番目「虎走」の後に「以上十九本」と有りますが、十七・十八・十九は書き込まれていません。
 曽田先生の原本も同様であったのを、曽田先生が「抜打」だがこれは今の「暇乞」だろうと思われ書き込まれたのでは無いかと思います。

 下村派の細川義昌系統と思われる白石元一先生の長谷川流奥居合20番目の「抜打」
 抜打(互に挨拶をして未だ終らざるに抜き打ちに斬る意)「斬り付け。正面に對して正座し抜刀の用意をなしたる後、両手をつきて坐禮を行ひ頭を上げつゝ刀を抜き上体が起き終るまでに已に敵を抜き打ちに斬りつく・・」

 
この動作は、頭を下げ礼をしてから、抜き打つ現代の暇乞いでしょう。この様な業がどうやら継承されてきたと考えられるのでしょう。

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2017年5月20日 (土)

曽田本その1の1神傳流秘書原文9抜刀心持之事17抜打

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
9、抜刀心持之事
17)抜打上中下 以上十九本
 
 (暇乞三本)(格ノ低キ者二対スル黙礼ノ時。等輩二対スル礼ノ時。目上ノ者二対スル時ノ礼ノ時 曽田メモ)
読み
 抜打(ぬきうち)上中下(じょうちゅうげ)  以上十九本
 
暇乞三本(いとまごいさんぼん)(格の低き者に対する黙礼の時。等輩に対する礼の時。目上の者に対する時の礼の時。 曽田メモ)

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2017年5月19日 (金)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く9抜刀心持之事16虎走

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
9、抜刀心持之事
16)十六本目虎走
虎走
 居合膝二坐して居立って向へ腰をかゞめつかつかと行抜口の外へ見へぬ様二抜付打込納又右の通り腰をかゞめ後へ引抜付打込也
読み
虎走(とらばしり)
 居合膝に坐して居 立って向こうへ腰を屈め つかつかと行き 抜き口の外へ見えぬ様に抜付け打込み納む 又 右の通り腰を屈め後ろへ引き 抜付け打込む也
*
 居合膝は右足膝を立て左足を折り敷いた所謂現代居合の立膝か、左足膝を着き爪立った体構えか判りませんが、「坐し居る」ですから恐らく前者だろうと思います。
 この文面からこの業は、遠間のところに居る相手にも周囲の者にも気付かれない様に抜付けるのですから不意打ちの状態でしょう。掛け声すら掛けていないようです。上意打ちとも読めます。

 立ち上がり、腰をかがめ、つかつかと間に至り、「抜き口の外に見えぬ様に抜付」はどのようにするのでしょう。
 間に至れば、両手を刀に掛け右足を踏み込み首に抜き付け、即座に真向に振り冠って左足を踏み込み打ち下ろす。下から切り上げる。片手袈裟に切る。そしてその場で納刀。
 現代居合ではお目にかかれない抜刀術の妙を言うのかも知れません。或は、柄への手掛かりや抜き始めの柄頭の方向などに有る筈です。如何にも斬るぞとばかりに、抜打つ相手に柄頭を付けて抜き出すのでは、目的は果たせません。

 「」からの処は、現代居合の奥居合居業の八本目虎走の様に、目的を果たした処、討ち果たした相手の味方が前方より走り込んで来るのを、我は腰を屈め後退しつつ相手が間に至れば抜き付け、真向より打ち下し、納刀する。

 此の業のポイントは相手に接近する動作と、抜口を見せない抜き付けにあるのでしょう。
現代居合では失念した動作です。

 英信流居合目録秘訣の上意之大事の最初に虎走の心得があります。
「仕物抔云付られたる時は殊に此心得入用也其外とても此心得肝要也敵二間も三間も隔てて坐して居る時は直に切事不能其上同座し人々居並ぶ時は色に見せては仕損る也さわらぬ躰に向ふえつかつかと腰をかゞめ歩行内抜口の外へ見えぬ様に体の内にて刀を逆さまに抜きつくべし虎の一足の事の如しと知るべし大事とする所は歩みにありはこび滞り無く取合する事不能の位と知るべし」

読み
 「仕物など言い付けられたる時は、殊にこの心得入用なり 其の外とてもこの心得肝要なり 敵が二間も三間も隔てて座している時は 直ぐに切る事あたわず 其の上 同座し 人々居並ぶ時は 色に見せては仕損じる也 障らぬ躰に 向うへつかつかと腰を屈め歩み行くうち   抜き口の外へ見えぬ様に 体の内にて刀を逆さまに抜き付くべし 虎の一足の事の如しと知るべし 大事とする処は歩みにあり 運び滞り無く 取合いする事能えずの位と知るべし」

 ここでも「抜口の外へ見えぬ様に」とあり「体の内にて刀を逆さまに抜きつくべし」そして「虎の一足の事の如し」と言います。
 すでに、失伝している、下からの抜き付けでしょう。
 「同座し人々居並ぶ時・・」ですから、邪魔が入らないように刀に手を掛けるや否や抜刀し刃を下にし低く切り上げるのでしょう。甲冑を付けた股間を斬り上げるなどの刀法も有ったかもしれません。

 現代居合では不意打、闇打は無く、相手の害意を察して抜き付ける様に教えられています。それは教育上の中学生向きの事であって、古伝はしばしば不意打の心得を伝えて来ます。対敵との単なる仕合では無く、主命を帯びての役割を果たすべき心得も伝えているのでしょう。

 「大事とする所は歩みにありはこび滞り無く取合する事不能の位と知るべし」と言う処は、相手にも、廻りの者にも、気付かれないような歩み方に、ポイントがありといいます。
ドタバタ音を荒げた足踏みしたりするのは、古伝は嫌っています。

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2017年5月18日 (木)

曽田本その1の1神傳流秘書原文9抜刀心持之事16虎走

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
9、抜刀心持之事
16)十六本目虎走
虎走
 居合膝二坐して居立って向へ腰をかゞめつかつかと行抜口の外へ見へぬ様二抜付打込納又右の通り腰をかゞめ後へ引抜付打込也
読み
虎走(とらばしり)
 居合膝に坐して居 立って向こうへ腰を屈め つかつかと行き 抜き口の外へ見えぬ様に抜付け打込み納む 又 右の通り腰を屈め後ろへ引き 抜付け打込む也

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2017年5月17日 (水)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く9抜刀心持之事15放打

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
9、抜刀心持之事
15)十五本目放打
放打
行内片手二切納ては又切数きはまりなし
読み
放打(はなれうち・はなしうち)
 行くうち 片手に切り 納めては又切り 数極りなし
読み解く
 歩み行きながら、片手抜き打に切り納刀し、又片手抜き打ちに切り納刀する。これを何度も繰り返す業です。
 敢えて片手打と言っていますから、片手袈裟で敵の右肩下を抜き打ちに切る、と飛躍してもいいかもしれませんが、横一線の抜き付けでも、上に抜き上げ真向打ちでも、刃を返して下から切り上げてもいいかも知れません。

 これも英信流居合目録秘訣を探してみましたが、見当たりません。これは大勢の敵に詰められ我は一人の場合を想定しますが「片手打に切納刀し、又・・」ですから敵は前方から現れるのを切り倒し、刀を納める。するとまた敵が現れるのでそれを仕留めて納める。現代居合の惣留の業を思わせます。

 居合兵法極意巻秘訣に細道之事として
 「両脇難所道も無く行道一筋にて狭きを云うケ様の所にては敵は多勢我は一人の時は利をもとむべし其利は敵大勢有りとも我を前後左右取り廻す事能えず若敵前後より来る時は脇へ開て敵を向うに受我が左の方の敵に合うべし若脇に浅き川池などあらば飛込んで打べし我飛込と敵つづきて飛入物也其間を勝事大事也」
と心得を伝えています。

読み
 「両脇 難所 道も無く 行く道一筋にて狭きを云う 斯様の所にては 敵は多勢 我は一人の時は 利を求むべし 其の利は敵大勢ありとも我を前後左右に取り廻す事与えず もし敵前後より来る時は脇へ開いて敵を向こう(前面)に受け 我が左の方の敵に合うべし もし脇に浅き川池などあらば 飛び込んで打つべし 我れ飛び込むと敵は続きて飛び入るものなり 其の間を勝つ事大事也」
・ 
また「多勢一人之事」として「敵多勢我一人の時は地利を第一と心得べし地利あしくば敵を前一面にうくべしはたらき心得は我左の方の敵を目当てにたたかうべし敵後へ廻らば我も左の敵に付後へ廻るべし真中に取籠られば走りにぐべし敵一度に来ぬもの也其間に先立来る敵を打つべし幾度もにげては打つべし」

読み
 「敵は多勢我は一人の時は 地の利を第一と心得うべし 地の利悪しくば 敵を前一面に受くべし 働き心得は 我が左の方の敵を目当てに戦うべし 敵が後ろへ廻らば我も左の敵に付き 後へ廻るべし 真中に取り籠られれば 走り逃ぐべし 敵一度に来ぬもの也 其の間に  先に立って来る敵を打つべし 幾度も逃げては打つべし」
*
この、居合兵法極意秘訣を読んでいますと、宮本武蔵の五輪書の水之巻多敵の位などが、浮んで来ますが、柳生但馬守の兵法家伝書や宮本武蔵の五輪書や兵法35箇条などは時代的には、参考に読まれたり聞いていたかも知れません。

 細川義昌先生の系統と思われる白石元一先生の放打(暗夜前方より来る敵を抜き打ちに数名連続斬る意)
 「・・右足を出すと同時に右斜前の敵に対し抜き打ちに右片手にて斬り付け(やや半身となる)直ちに納刀と同時に左足を右足に揃え一足となり、更に第二に現れたる敵に対し前と同様斬りつけたる後納刀。又第三の敵に対して斬りつけ納刀(同時に足も一足となる)」

 古伝に業名は忠実です、動作も古伝を思わせます。
 
 放打は、何故か敵を切る度に納刀します。ある竹刀剣道の先生「なぜ一々納刀するのか意味が解らん」

ある大家の教書に、居並ぶ者の首を次々にはねる業とか、何処から聞いて来たのか不思議が一杯の教えです。
 片手袈裟の斬撃を繰り返し稽古する中から、この業の意義を知りたいと思います。 

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2017年5月16日 (火)

曽田本その1の1神傳流秘書原文9抜刀心持之事15放打

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
9、抜刀心持之事
15)十五本目放打
放打
行内片手二切納ては又切数きはまりなし
読み
放打(はなれうち・はなしうち)
 行くうち 片手に切り 納めては又切り 数極りなし

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2017年5月15日 (月)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く9抜刀心持之事14五方切

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
9、抜刀心持之事
14)十四本目五方切
五方切
 歩ミ行内抜て右の肩へ取り切又左より切又右より切又左より切段々切下げ其侭上へ冠り打込也
読み
五方切(ごほうきり)
 歩み行く内に 抜きて 右の肩へ取り切り 又左より切り 又右より切り 又左より切り 段々切り下げ そのまま上へ冠り打込む
*
読み解く
 此の業は現代居合の「惣捲」のようです。
 大江先生の「惣捲り」では、「抜て右の肩へ取り」は間境で右足を踏み出し刀を前に抜出し、右足を引いて八相に構える。
 そして右足を踏み込み、①右から相手の左・②左から相手の右・➂右から相手の左・までの斬り付けです。上段に振り冠って真向に切下します。
 古伝は更に④左から相手の右と「段々切げ」ですから「左面・右肩・左胴・右膝」に歩み足で追い込みながら切り付けて行く。
 この際相手は、我が切込みを刀で受けつつ下がるも、外しながら下がるも、切られつつ下がるもありでしょう。
 「其儘上へ冠り打込」ですから、四刀目の切り付けは左足を踏み込み十分切り払って右から上段に振り冠り右足を踏み込んで打ち込むでしょう。

 英信流居合目録秘訣によれば「惣捲形十」としてあります。
「竪横無尽に打振て敵をまくり切る也故に形十と有也常に稽古の格には抜打に切り夫より首肩腰脛と段々切り下げ又冠り打込也」

読み
 総捲形十(そうまくりかたじゅう)
「縦横 無尽に打ち振りて 敵を捲り切る也 故に形十と有り 常に稽古の格(決まり)には 抜き打ちに切り それより 首肩腰脛と段々切り下げ 又 冠り打込む也」

 ここに「惣捲」の文言があるのでそれを大江先生は業名に引き継いだのでしょう。現代居合の惣捲は左面・右肩・左胴・右腰・真向です。空間刀法の切り替えしです。

 細川義昌先生の系統の白石元一先生の「五方斬」
「右足を出すと同時に左側にて刀を大きく抜くや直ちに上段に取り、先ず右袈裟がけに斬り振り冠り続いて左袈裟掛けに切り、返す刀にて右より胴を払い腰を落して左より足を払い、再び立姿となり右方より上段に取り真向に斬り下ろす」

*それぞれ大いに稽古して見るものです。現代居合は形を限定していますがそれは、大会や審査の形と割り切って確実にそれを演じられることも必要でしょう。

 古伝は一方的に捲り切りして居る様ですが、現代居合の惣捲は、相手に先を取られ、撃ち込まれたのを外して左面に打ち込む・・いい業です。

 古伝の文章を読んでいますと、決して八相から上段に冠り直して斜め切りしていません。構えは通過点に過ぎず体を右に左に筋を替えつつ打ち込んでいるようです。「段々切下げ其侭上へ冠り打込也」と最後は上段に冠って真向に切り下すのです。これは現代居合が明治以降の竹刀剣道に侵されて失伝している運剣法です。

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2017年5月14日 (日)

曽田本その1の1神傳流秘書原文9抜刀心持之事14五方切

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
9、抜刀心持之事
14)十四本目五方切
五方切
 歩ミ行内抜て右の肩へ取り切又左より切又右より切又左より切段々切下げ其侭上へ冠り打込也
読み
五方切(ごほうきり)
 歩み行く内に 抜きて 右の肩へ取り切り 又左より切り 又右より切り 又左より切り 段々切り下げ そのまま上へ冠り打込む

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2017年5月13日 (土)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く9抜刀心持之事13追懸切

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
9、抜刀心持之事
13)十三本目追懸切
追懸切
 抜て向へ突付走り行其侭打込也
読み
追懸切(おいかけきり)
 抜いて向うへ突き付け 走り行 其の侭打込む也
読み解く
 此の業は現代居合では見る事も無い業です。
刀を抜き出し、正面の相手に切先を突き付け、走り込んで間境に至れば上段に振り冠って右足を踏み込んで真向に打ち下すと云う業でしょう。
 相手は抜刀せずに歩み来るのか、抜刀して上段に構えているのか手附は何も指定していません。或は前方を後ろ向きに歩み行くのか、状況を判断し、どのように走りこむのか難しい業です。

 英信流居合目録秘訣の外之物の大事に遂懸切が有ります。
「刀を抜我が左の眼に付け走り行て打込但敵の右の方に付くは悪し急にふり廻りぬきはろうが故也左の方に付て追かくる心得宜し」

 古伝の追懸切を補足している様です。
「刀を抜我が左の眼に付け」ですから左足前の左正眼の構えでしょう。距離が離れていれば左足・右足・左足と常の走り込みでいいでしょうが、間境では左足前にして上段となり右足を大きく踏込んで打ち下す。
 次の「但敵の右の方に付くは悪し」ですが、敵の右側から打ち込まんとすれば「急にふり廻り抜はろう」と云う事は敵は後向きで同方向に歩み行く、それを追いかけて刀を打ち下すと解釈できます。従って敵の左側から追掛けて切れというのでしょう。

 古伝神傳流秘書の抜刀心持之事の追懸切は想定を指定して居ません。英信流居合目録は、一つの想定からの運剣の心得でしょう。此の業は、闇打ちの心得の様です。大江先生の中学生向きの業としては教育上不向きです。

 下村派細川義昌先生系統と思われる白石元一先生には「追掛(前方を行く敵を追い掛けて斬る意)」という業があります
 「・・右足にて刀を抜き刀先を返し柄を手許にし左手を柄に添えて持ち中段に構えたる儘にて数歩小走りに追掛け、左足を踏み出したる時に振り冠り、右足を出すと同時に大きく真向より斬り下す」

 古傳の手附ではカバーできないので色々考案されていったのでしょう。敵は後向きに前方を歩み行くのを追い掛けている想定になっています。現在の正座の部追風(虎一足)との混合の様でもある気分です。

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2017年5月12日 (金)

曽田本その1の1神傳流秘書原文9抜刀心持之事13追懸切

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
9、抜刀心持之事
13)十三本目追懸切
追懸切
 抜て向へ突付走り行其侭打込也
読み
追懸切(おいかけきり)
 抜いて向うへ突き付け 走り行 其の侭打込む也

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2017年5月11日 (木)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く9抜刀心持之事12夜ノ太刀

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
9、抜刀心持之事
12)十二本目夜ノ太刀
夜ノ太刀
 歩み行抜て躰を下り刀を右脇へ出し地をパタと打って打込む闇夜の仕合也
読み
夜ノ太刀(よるのたち)
 歩み行き 抜きて体を下り 刀を右脇に出し地をパタと打って打ち込む 闇夜の仕合也
読み解く
 闇夜の仕合の時の業とも云えるし、心得ともいえるものなのでしょう。月や星のない夜は本当に真っ暗でした。
 最近は山に登っても町明かりが届いて真っ暗闇に出会うこともなくなってしまいました。
 此の業の雰囲気から推測すれば、大江先生の現代居合の奥居合立業の信夫でしょう。

 真っ暗闇で相手の居場所も判らない時、歩み行きて相手の気配を察し、刀を抜き出し、体を沈めて右脇の地面に「ハタ」と刀の切っ先を打ち付け、相手がその音に誘われ打ち込んでくる処を打ち込んで勝。

 足さばき体裁き、運剣法などは、現代居合に準じればいいのでしょう。相手の存在位置を事前に察知して誘いをかけるのか、相手の存在位置を知らずに音を立てて誘うのか、後者はよほどの手慣れでないと難しそうです。相手も我が存在を知るとも云えるでしょう。

 英信流居合目録秘訣では、極意の大事に「地獄捜」そして「夜之太刀」として心得があるのですが、これも業とも心得とも云えるものです。
地獄捜
 「闇りに取籠り者有るときの心得也夫れ巳成らず惣じて闇にて人をさがすの術也刀の身と鞘と半分抜掛て鐺を以て一面にませ捜すべし鐺に物之さわるを證に抜て突べし亦鞘口三寸計に切先を残し居ながら静かに四方へ廻してさぐるべし九尺四方何事も知れ申」

読み解く
 暗がりに取り籠り者が有る時の心得なり 夫れ巳成(?)らず(己からならず) 惣じて闇にて人を捜す術なり 刀身と鞘と半分抜きかけて、(柄を持って)鐺を以って一面に ませ捜す(かきまわしさがす)べし 鐺に物の触るをあかしに 抜いて突くべし 又 鞘口三寸ばかりに切先を残しながら静かに四方へ廻し探るべし 九尺四方何事も分かるものだ

 

夜之太刀
 「夜中の仕合には我は白き物を着べしてきの太刀筋能見ゆるなり場合も能知るゝものなり放れ口もなり安し白き肌着抔を着たらば上着の肩を脱ぐべしかまえは夜中には下段宜し敵の足を薙ぐ心得肝要なり或は不意に下段になして敵に倒れたる見せて足を薙ぐ心得もあるべし」

読み解く
 夜中の仕合には 白き物を着るべし 敵の太刀筋よく見ゆるなり 場合もよく知るゝものなり 放れ口もなり易し(抜刀の機を捉えやすい?) 白い肌着などを着たのならば上衣の肩を脱ぐべし 構えは夜中には下段が良い 敵の足を薙ぐ心得肝要である 或いは不意に下段になして 敵に倒れたと見せて足を薙ぐ心得もあるものだ

 

 更に居合兵法極意巻秘訣には月夜之事・闇夜之事とあって「是従兵術嗜の个條迄先生御註訳」
月夜之事
 「月夜には我は陰の方に居て敵を月に向わすべし我はかくれて敵をあらわす徳有り」

読み
 月夜には 我は影の方に居て 敵を月に向わすべし 我は隠れて 敵を顕わす得あり

闇夜之事
 「闇の夜は我が身をしずめて敵の形を能見透かすべし兵器の色をはかるべし若難所有らば我が前に当て戦うべし敵のすそをなぐる心持よし」

読み
 闇の夜は 我が身を沈めて 敵の形をよく見透かすべし 兵器の色をはかるべし もし難所あらば 我が前に当て戦うべし  敵の裾を薙ぐる心持よし


 敵も、同様の心得をもって相対すると思うと、どうかな、など思ってしまいますが、まずやってみる事が大切でしょう。
 現代居合の奥居合立業の信夫が相当すると思います。この業で敵の位置を360度、何れなり共認識して誘い込むなど、一人稽古で楽しんでみるのもいいかも知れません。

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2017年5月10日 (水)

第六回古伝研究の集い

土佐の居合 古伝神傳流秘書による古伝研究の集い

 

第六回古伝研究の集い

 

 古伝神傳流秘書を曽田虎彦先生の書き写された直筆本から読み解いて同じ思いの仲間を募って、その古伝研究をやってまいりました。

 今回は第六回目の御案内をいたします。

 

内容:古伝神傳流秘書による詰合・大剣取

    古伝英信流目録による小太刀之位

 

 講義とか実演では無く、参加していただき木刀及び小木刀を持って古伝の解釈及び形の稽古をご一緒にさせていただきます。
 異なる伝承の方々と一つの教本から古伝研究を実施する中で、「私はこの『古伝』はこう解釈する」と自由な考え方から幾つもの疑問を解きほぐして見たいと思います。

 ご参加いただいた方が、師匠であるとご認識いただければ幸いです。

 ミツヒラブログの御愛読者に限らせていただきます。

 

1、期日:平成29年6月25日(日) 

 

2、時間:12時00分~15時00分まで

 

3、場所:神奈川県茅ケ崎市総合体育館 オーケストラ室

   (使用会名:(無双直伝流)古伝研究会)*古伝神傳流秘書には無雙神傳英信流居合兵法と有りますが仮称です

 

4、住所:253-0041神奈川県茅ケ崎市茅ヶ崎1-9-63

TEL:0467-82-7175

 

5、アクセス:東海道線茅ヶ崎駅北口下車徒歩8分(駐車場あり)

 

6、費用:会場費割勘のみ(500円以内)

 

7、参加の御連絡はこのブログへコメントしていただくか直接ご来場ください。

8、御案内責任者 ミツヒラ

 

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曽田本その1の1神傳流秘書原文9抜刀心持之事12夜ノ太刀

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
9、抜刀心持之事
12)十二本目夜ノ太刀
夜ノ太刀
 歩み行抜て躰を下り刀を右脇へ出し地をパタと打って打込む闇夜の仕合也
読み
夜ノ太刀(よるのたち)
 歩み行き 抜きて体を下り 刀を右脇に出し地をパタと打って打ち込む 闇夜の仕合也

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2017年5月 9日 (火)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く9抜刀心持之事11行違

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
9、抜刀心持之事
11)十一本目行違
行違
 行違二左の脇二添へて拂ひ捨冠って打込也
読み
行違(ゆきちがい)
 行き違いに 左の脇に添えて 払い捨て 冠って打ち込む也
*
読み解く
  この手附は抜けだらけですが、稽古をしたくなる業です
 「行違二
」ですから、相手が前から歩み来り、行き違う、いわゆる擦違う時に相手の害意を察しての動作でしょう。
 「左の脇二添へて拂い」は相手は前から来て我が左脇を通り過ぎようとするか、我から相手の左脇に外すかは自由です。
 行き違う寸前に刀を前に抜き放ち左脇に刀の棟を当て切先を後ろに刃を外向けて、左腕の上に右腕を乗せて、右足を一歩前に踏み出し、すれ違い様に相手の左胴を引き切る。その足の儘左廻りに相手に振り向き上段に冠り打ち下す。

 此の業の初動は現代居合の奥居合立業袖摺返の動作です。
* 
 英信流居合目録秘訣の上意之大事
 行違「我左脇を通す宜し切る事悪しと知るべし行違さまに抜て突事宜し又敵先に抜んとせば先んじて早く柄にて胸を突くべし行違の詞の掛様の事大事有・・・・」


読み
行違
 「我が左脇を通すよろし 切る事 悪しと知るべし 行き違い様に 抜いて突く事よろし 又 敵先に抜かんとせば 先んじて早く柄にて胸を突くべし 行き違いの詞の掛け様の事大事あり・・・・」

 英信流居合目録では左脇をすれ違う時に突くのが良いと言っています。或は相手の胸を突いてしまえというのです。払い捨てる行違とは相手を左脇を通す様にする処は同じようですが後は、突くべきだと云っています。
 「行違の詞の掛様の事大事有」は不明ですが「上意」の一声でしょうかすれ違うどのタイミングか研究課題でしょう。
 

 英信流秘書は第9代林六大夫守政の居合を本人が書いたのか、第10代林安太夫政詡の記述と思われます。
 しかし、「英信流居合目録秘訣 先生口受ノ侭ヲ記」と書かれ、奥書きがありません。英信流居合目録秘訣の記述者は不明です。第9代の口授を第10代が書いたのかも知れませんが、いずれにしても、第9代が江戸で修行した「抜刀心持之事行違」を「切る事悪し」と批判しています。

 第17代大江正路先生がこの動作を改変して現代の人混みをかき分け敵を切る「袖摺返」とされたと思われますが確証は有りません。土佐の居合は、多くの替え技があった様で、明治期にはどれが元であったか混乱していたかもしれません。土佐に持ちこまれた元は神傳流秘書の教えだけでしょう。
 これとて、始祖林崎甚助重信の居合とは別物のようです。

 細川先生系統と思われる白石先生の摺違
「歩行中摺違ふ際敵を斬る意、歩行中敵と摺れ違う一歩手前に於いて(左足にて鯉口を構え右足を踏み出して)刀を抜き、左足を出すと同時に刀を左側に取る。此時右手は左肘の外に位置し、左手は鯉口を持ちたるまま、右脇腹に取り左右の腕は交叉す。続いて右足を踏み出し摺れ違いざまに敵の胴を横に払い、直ちに振り返り右足を出すと同時に、再び上段より斬り下ろす。」

 この白石先生のテキストは昭和12年の発行大森流長谷川流伯耆流居合術手引きによります。古伝の趣を伝えていると思います。

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2017年5月 8日 (月)

曽田本その1の1神傳流秘書原文9抜刀心持之事11行違

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
9、抜刀心持之事
11)十一本目行違
行違
 行違二左の脇二添へて拂ひ捨冠って打込也
読み
行違(ゆきちがい)
 行き違いに 左の脇に添えて 払い捨て 冠って打ち込む也

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2017年5月 7日 (日)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く9抜刀心持之事10連達

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
9、抜刀心持之事
10)十本目連達
連達
 歩ミ行内前を右の拳尓て突其儘二左廻り後を切り又前へ振向て打込也
読み
連達(つれだち)
歩み行く内に前を右の拳にて突き そのままに左廻り 後ろを切り 又 前へ振り向いて打込也
読み解く
 連達ですから同じ方向に連れだって行くわけです、前を歩いて行く敵の後頭部を右拳で突き、其のまま左廻りに後ろに振り向いて、後ろの敵に抜き打ちに切り付ける、右廻りに振り向いて前の敵に真向から打ち込む。
 後の敵には「後を切り」ですからどの様に抜き付けるか指定されていません。上に抜き上げ真向に斬る、或は袈裟に斬る、廻りながら物打ちまで抜いて横一線に抜き付ける、斬り上げる、如何様にも状況次第です。
 足さばきは、「其儘」の文言に従い前の敵に右足を踏み込み後頭部に拳で突きを入れた右足前で振り返り左足前で斬る。
 振り返って前の敵を斬るのも、足捌きは其の儘右足前で真向に斬る。但し前に振り返るのは右廻りです。
然し、足を踏み替えて左に廻り左足を踏み込んで打ち込むもありでしょう。

此の業は現代居合の奥居合立業の行違の動作の原型の様です。
行違は敵は前方から歩み来り行き違うのが本来です。ここは我を中にして縦に並んで歩み行くのです。
古伝は拳の突きですが、大江先生は柄頭で前方の敵の人中を打ち突くの違いです。

 英信流居合目録秘訣の外之物の大事に連達が有ります。
外之物の大事とは「外の物とは常の表の仕組より外の大事と云う事也」といって其の儘では通常の居合の業技法では無い技法とでも云うのでしょう。

連達「是亦歩行く内に向を刀の柄にて突き左廻りに後ろえふり廻る拍子に抜打に後ろを切又初柄にて突たる方を切是は我前後に敵を連達たる時の事也旅行抔のとき盗賊抔跡先つれ達時此心得肝要也」

読み
連達「これ又、歩み行く内に向うを 刀の柄にて突き 左廻りに後ろへ振り廻る拍子に抜き打ちに後ろを切り 又 初め柄にて突きたる方を切る 是は我が前後に敵を連れ達ちたる時の事也 旅行などの時 盗賊など後先連れ達つ時 此の心得肝要なり」

 これは現代居合の行違と動作は同じですが、敵は同方向に我を中に歩み行くわけで、現代居合では敵が前方から来るのとは敵の想定が異なります。

 大江先生の行違は「進行中正面を柄頭にて打ち、後を斬り又前を斬る」で敵は業名の「行違」から判断すれば前方より歩み来るでしょう。

 細川先生系統と思われる白石元一先生は連立(前後に重なりて歩行中の敵に対して行う)、と前置きして「右足を踏み出すと同時に前方の敵を抜き打ちに右片手にて斬り付け、返す刀にて後方の敵を斬る(両手にて)」と拳で突くとか柄頭で突くとかは無く、さっぱりしています。

 どちらも、古伝の替え技になっています。時代とともにより有効な動作に変化するのは当然ですが、想定を変えてしまった大江先生の場合は、それによって他の古伝もいじることになってしまいます。
 それも、居合が進化したというよりも、明治維新を挟んだ混乱期の為せることと思えばそれまでです。

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2017年5月 6日 (土)

曽田本その1の1神傳流秘書原文9抜刀心持之事10連達

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
9、抜刀心持之事
10)十本目連達
連達
 歩ミ行内前を右の拳尓て突其儘二左廻り後を切り又前へ振向て打込也
読み
連達(つれだち)
歩み行く内に前を右の拳にて突き そのままに左廻り 後ろを切り 又 前へ振り向いて打込也

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2017年5月 5日 (金)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く9抜刀心持之事9行連

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
9、抜刀心持之事
9)九本目行連
行連
 立って歩ミ行内二抜て左を突き右を切る両詰に同事也
読み
行連(ゆきつれ、ゆきづれ)
 立って歩み行くうちに 抜いて左を突き 右を切る 両詰に同じ事也
参考 両詰
 抜て片手尓て左脇を突き直二振向いて右脇を切る
 左脇へ抜打二切り付希左を斬る
読み解く
 抜刀心持之事は七本目からは立業です。
 両詰は抜刀心持之事の四本目「両詰」です。
「抜て片手にて左脇を突き直に振向いて右脇を切る、(右脇へ抜打に切り付け左を切る)」

 立って歩み行くところ、行連れに左右より詰め寄られ害意を察し、右の敵を柄頭で牽制し、左に振り向き、抜刀するや左敵を刺突し、すかさず振り返って右の敵を真向から切下して勝。

 両詰に同じであれば、右敵をまず片手抜き打ちに切り、振り向いて左敵を切る、もありでしょう。

 古伝はあくまでも左右の敵であって、そこから敵の位置関係の変化は説いていません。

 大江先生の現代居合はこれを奥居合立業の「行連」と「連達」の二つの業に改変されています。
 「行連」は右敵に抜き打ち、左敵に振り向いて上段から切り下しています。
 「連達」は左敵を刺突し、右敵を上段から切り下しています。

 大江先生の改変の意図が全く理解できません。この神傳流秘書は第九代林安大夫守政により伝えられたものですから、谷村派、下村派の分離以前の伝書です。
 其れを下村派の山川久蔵幸雅が書き写した物が残ったのです。

 現在の無双直伝英信流の奥居合の手附は、江戸末期には変わって来ていたかもしれません、そうであれば正しい伝承は大江先生の道統には無かったとも思われてしまいます。
 かと言って、大江先生は初めは、下村派の下村茂市定の居合を習い後に谷村派の五藤正亮の居合を習ったと事実は解りませんが教え伝えています。両方の根元之巻を受けていた証しは無さそうです。
 解からない事に捉われず、古伝は古伝、現代居合は現代居合として理解することから得るものを得れば良いのだろうと達観しています。

 古伝の心持ちは英信流居合目録秘訣の上意之大事「両詰」で紹介しておきましたが振り返ります。
 「是又仕物抔言付られ又は乱世の時分抔には使者抔に行左右より詰かけられたる事間々これあるなりケ様の時の心得也尤其外とても入用也左右に詰かけられたる時一人宛切らんとするときはおくれを取るなり故に抜や否や左わきの者を切先にて突すぐに右を切るべし其わざ唯手早きに有亦右脇の者に抜手を留らるべきと思う時は右を片手打に切りすぐに左を切るべし」

読み
 これ又仕物など言い付けられ、又は、乱世の時分などには使者などに行き、左右より詰め懸けられたる事、まゝこれ有るなり、斯様の時の心得也。
 もっとも其の外とても入用也、左右に詰め懸けられたる時、一人宛て切らんとする時は遅れを取る也、故に、抜くや否や左脇の者を切先にて突き、直ぐに右を切るべし。
 その技ただ手早きにあり、又、右脇の者に抜き手を留めらるべきと思う時は、片手打ちに切り、直ぐに左を切るべし。

 この、古伝の教えは「其わざ唯手早きに有亦右脇の者に抜手を留らるべきと思う時は右を片手打に切りすぐに左を切るべし」に、奥居合の抜刀心持が集約されています。
 ゆっくり・大きく・正確にから、手早く、敵との場合を如何に処理できるか、現代居合の評価法では武術を理解するには不可能です。
 振り向いた時、敵は既に上段から打ち込んで来ているのです。 

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2017年5月 4日 (木)

曽田本その1の1神傳流秘書原文9抜刀心持之事9行連

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
9、抜刀心持之事
9)九本目行連
行連
 立って歩ミ行内二抜て左を突き右を切る両詰に同事也
読み
行連(ゆきつれ、ゆきづれ)
 立って歩み行くうちに 抜いて左を突き 右を切る 両詰に同じ事也
参考 両詰
 抜て片手尓て左脇を突き直二振向いて右脇を切る
 左脇へ抜打二切り付希左を斬る

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2017年5月 3日 (水)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く9抜刀心持之事8人中

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
9、抜刀心持之事
8)従是立事也 八本目人中
従是立事也
人中
 足を揃へ立って居る身二そへて上へ抜き手をのべて打込む納るも躰の中尓て納る
読み
是より立つ事也
人中(じんちゅう、にんちゅう、ひとなか)
 足を揃え立って居る身に添えて上へ抜き 手を伸べて打込む 納めるも体の中にて納める
読み解く
 この八本目からの業は立業である、と云います。従って抜刀心持之事の一本目向拂から八本目棚下迄は居業の教えです。

 足を揃え立って、刀を身に添えて上に抜き上げ、足を踏み込まず手を延ばして打ち込む、刀を納めるのも体の内で納める。

 謎めいた手附ですが、人中と云う業名に拘ってみればこれは人ごみの中での運剣操作の教えとも考えられそうです。
 刀を身に密着させて抜き上げるのは、人を傷つけない為の所作で、上に抜き上げ拝み打ちに打ち下ろすのです。

 大江先生による現代居合の奥居合立業の壁添そのものです。
壁添は両側狭い壁などの障害がある場合の運剣操作を理合としています。
 人ごみの中での運剣法は、大江先生の奥居合立業の袖摺返しが相当します。これは神傳流秘書の行違の替業を思わせ、業名は大小立詰の一本目袖摺返からの盗用でしょう。

 英信流居合目録秘訣では上意之大事に「壁添」という教えがあります。
壁に限らず惣て壁に添たる如くの不自由の所にて抜くには猶以腰を開ひねりて躰の内にて抜突くべし切らんとする故毎度壁に切あてかもいに切あてゝ仕損する也突くに越る事なし就中身の振廻し不自由の所にては突く事肝要」

読み
 壁に限らず、総じて壁に添いたる如く不自由の所にて抜くには、猶もって 腰を開き捻りて体の内にて突くべし 切らんとする故 毎度壁に切りあてゝ 仕損ずる也 突くに越したる事なし なかんずく身の振り廻し不自由の所にては 突く事肝要

 こちらは、壁や鴨居に切りあてるから突けと言っています。
これは業というより心得です。

 細川義昌先生系統と思われる白石元一先生の人中は「多人数の中にて前方の敵を斬る意」と言っています。
 神傳流秘書のような伝書が下村派に残り谷村派から出て来ない事や、大江先生の改変により古伝が失伝しているなどから、下村派こそ道統を引き継いだのではないかとの意見を聞いたことがあります。かといって下村派の実態は明治以降消えてしまったようです。
 夢想神伝流は、中山博道亡き後お弟子さん方が、師の教えをまとめたものでこれも正統とは言えそうもないようです。

 古伝の人中を壁添と想定違いの同一動作とすれば、人をかき分けて敵を追う袖摺返しは古伝の行違の替え業で大江先生独創した現代居合となる様です。

 人中の抜刀及び拝み打ちの足捌きは、爪先立って抜刀し、更に伸び上がって拝み打つように指導されます。こんな不安定な動作を要求する意味は何でしょう。抜刀はともかく拝み打ちはグンと踵を沈め膝をエマせば良い筈です。
 古伝「抜刀心持之事(格を放れて早く抜くなり 重信流)」と前書きされています。掟に縛られずに状況を見極め最も良い方法を素早く実施しなさいと、言っています。古伝なんか興味は無いなどと嘯く現代居合の武的演舞派には意味不明な要求事です。
 
 

 

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2017年5月 2日 (火)

曽田本その1の1神傳流秘書原文9抜刀心持之事8人中

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
9、抜刀心持之事
8)従是立事也 八本目人中
従是立事也
人中
 足を揃へ立って居る身二そへて上へ抜き手をのべて打込む納るも躰の中尓て納る
読み
是より立つ事也
人中(じんちゅう、ひとなか)
 足を揃え立って居る身に添えて上へ抜き 手を伸べて打込む 納るも体の中にて納める
 

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2017年5月 1日 (月)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く9抜刀心持之事7棚下

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
9、抜刀心持之事
7)棚下
棚下
 大森流逆刀の如く立て上へ抜打込む時躰をうつむき打込是ハ二階下様の上へ打込ぬ心持也
読み
棚下(たなした)
 大森流逆刀の如く 立って上へ抜き 打ち込む時 躰を俯き打つ 是は二階様の上へ打ち込めぬ心持ち也
読み解く
 此の業は、二階の下などの様に、上に打ち込むと天井に刀がつかえてしまう様な場所では、体を俯けて刀を前に抜出し打ち込む様にすると云って居ます。
「大森流逆刀の如く・・」は「向より切て懸るを先々に廻り抜打に切足を進んで亦打込み足踏み揃へ又右足後へ引冠逆手に取返し前を突逆手に納る也」の「先々に廻り抜き打つ」の部分をさしているのでしょう。
 相手の刀を摺り落す様に左肩を覆う様に上に抜き上げるのを、体を上に上げるのではなく前に俯けろと言うことでしょう。

 英信流目録秘訣によれば上意之大事の九番目に「棚下」が有ります。
「二階下、天井の下抔に於て仕合うには上え切あて毎度不覚を取物也故に打込む拍子に脺(そつ)を突いて打込むべしこの習を心得るときはすねをつかずとも上へ当てざる心持ち有」

 脺(せつ、そつ)は良くわかりません。この対裁きから類推すれば「打ち込む拍子に膝をついて打ち込むべし」とするのが妥当かと思います。原本の誤字と言ってしまえば簡単ですが有識者の判断にお任せせざるを得ません。

 現代居合では大江先生による奥居合居業の「棚下」でしょう。低い棚下や縁の下から抜け出して打ち込むとされたのは場の状況を限定した解釈によるものでしょう。
 棚下などから抜け出さずにその下で勝つ技法の稽古であったのでしょう。
大江先生も「頭を下げて斬る」と前書きされています。

 細川義昌系統と思われる白石元一先生の棚下「左足を十分後方に伸ばしたるまゝ退きて上体を前方に傾け(此時右足太ももに上体を接す)刀を左側にて抜き、直ちに振り冠り上体を起こすことなく前方の敵を斬る」

この場合斬るを突くとすることも工夫すべき事だろうと思います。

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2017年4月30日 (日)

曽田本その1の1神傳流秘書原文9抜刀心持之事7棚下

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
9、抜刀心持之事
7)棚下
棚下
 大森流逆刀の如く立て上へ抜打込む時躰をうつむき打込是ハ二階下様の上へ打込ぬ心持也
読み
棚下(たなした)
 大森流逆刀の如く 立って上へ抜き 打ち込む時 躰を俯き打つ 是は二階様の上へ打ち込めぬ心持ち也

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2017年4月29日 (土)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く9抜刀心持之事6四角

曽田本を読む
1.神傳流秘書を読み解く
9、抜刀心持之事
6)六本目四角
四角
抜左の後の角を突右の後の角を切右の向を請流し左の向を切又右の向を切る也
読み
四角(しかく、よすみ?)
 抜き左の角を突き 右の後ろの角を切り 右の向こうを請け流し 左の向こうを切り 又 右の向こうを切る也
読み解く
 此の業の敵の配置は解りやすい。先ず左の後、右の後。右の前、左の前です。向は前ですから右前、左前で良いはずです。
 我の位置は×の交点に正面向きに座しているのです。敵は我が方に向いて仕掛けんとしているわけです。
 三角と同じ様に、左後の敵を刺突するや、右廻りに左前の敵の紋所を横に払い、右前の敵の紋所を横に払い、右後ろの敵の紋所を払って、右肩を覆う様に上段に振り冠って真向に斬り下し、右肩を覆う様に刀を振り冠りつつ左廻りに、右前の敵を通過し、左前の敵に上段から真向に斬り下し、即座に左肩を覆う様に振り冠りつつ右廻りに右前の敵に振り向き真向に斬り下す。
 此の場合の回転の軸は左膝で、夫々右足を踏み込んで打ち込むでしょう。

追記

 右後方の敵をビクとさせて真向から斬り下す際、回転の余勢に合わせ右肩を覆う様に振り冠りましたが、ここは、右手首を左に折って、切先を左耳の後方を突く気勢を以って振り冠り真向に斬り下ろす、とする事も十分考慮すべきところでしょう。

 尚、足裁きは、左足膝を軸に四方の敵を倒す。或は右後ろの敵を斬り下ろすや左廻りに右肩を覆う様に振り冠りつつ振り向き、同時に右足膝を床に着き左足を踏み込んで左前の敵を真向に斬り下ろす、即座に右前の敵に振り向き左肩を覆う様に振り冠り左膝を床に着いて右足を踏み込んで右前の敵を真向に斬り下し勝。
 無双直伝英信流では、忘れられた足の踏み替えも大いに此の業で研究できるものです。

 四角は四人の敵に囲まれた場合の刀法ですから相手は×も有+も有です。変形の四人だってあるでしょう。
 大江先生の四方切は左後・左前・正面・右前の配置です。この変形はどの様な意図で創作されたのか不思議です。

 英信流居合目録秘訣では上意之大事「四角」は「三角」にかわる事無し是は前後左右に詰合う之心得也故に後へ迄まわって抜付ける也。

*四角は三角と変わらない、是は前後左右に詰め合う時の刀法で、後ろまで廻って抜き付けるのだと云って居ます。其の儘解釈すれば、正面向きに座って、敵の害意を察し、正面に抜きつけるが如く刀を抜き出しつつ後ろに廻って抜き放つと言う様に読めてしまいますが、そこまでは思いつめる事もないとは思いますが、稽古して見る意味は有りそうです。

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2017年4月28日 (金)

曽田本その1の1神傳流秘書原文9抜刀心持之事6四角

曽田本を読む
1.神傳流秘書原文
9、抜刀心持之事
6)六本目四角
四角
抜左の後の角を突右の後の角を切右の向を請流し左の向を切又右の向を切る也
読み
四角(しかく、よすみ?)
 抜き左の角を突き 右の後ろの角を切り 右の向こうを請け流し 左の向こうを切り 又 右の向こうを切る也

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2017年4月27日 (木)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く9抜刀心持之事5三角

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
9、抜刀心持之事
5)五本目三角
三角
 抜て身を添へ右廻り二後へ振り廻りて打込也
読み
三角(さんかく・みすみ)
 抜きて身を添え右廻りに後ろへ振り廻りて打込む也

読み解く
 此の業名は江戸時代前期から中期には何と読んだのでしょう。
さんかく・みすみ。みすみ、では聞いただけでは??です。

 業名もしかと読めず、技はおろか対敵の位置関係も解りません。
 業名の三角から我を囲んで三人の敵と対座していると、勝手に思います。

 次に敵の配置ですが「後へ振り廻りて打込」ですから一人は後ろに座している。
そうであれば、我が左右に一人ずつ、後ろに一人の三角。

 あるいは、我が左前に一人、右前に一人、後ろに一人。我は三角形の中に囲まれた状態など思い描きます。

 正面に一人、右に一人、後ろに一人もありです。右が左でもあるでしょう。後ろに二人、前に一人も想定できそうです。

 いずれにしても、三人の敵に我は囲まれ、挑まれた状況でしょう。
 そこで、左後ろ・右後ろ。前の三人に囲まれた我は、刀を抜き放ち刀に身を添うようにして左後方の敵を刺突し、正面の敵をビクとさせつつ、右廻り右後ろに振り向き、右から上段に振り冠って右後ろの敵を切り、右肩を覆うように上段に冠りつつ左廻りに正面の敵に振り向き真向に打ち下ろし勝。

是は左・右・後の敵の場合も同様に出来ます。先ず左の敵を刺突し、右及び後ろの敵をビクとさせておいて、後の敵に打込み、右の敵に打ち込む。

 英信流居合目録秘訣という伝書があります。これも第十代林安太夫政詡の記述と思われますがそこに上意之大事として「三角」が解説されています。
三角
「三人並居る所を切る心得也ケ様のときふかぶと勝んとする故におくれを取る也、居合の大事は浅く勝事肝要也、三人並居る所を抜打に紋所のあたりを切先はづれにはろうときはビクとするなり其所を仕留る也三人を一人づつ切らんと思う心得なれば必仕損ずる也一度に払ふて其おくれに付込んで勝べし」

 是は、三人が正面、左前、右前と並んでいると想定できます。そこで左前の敵に浅く抜き付ける様に抜き放ち、右に切先を流します。
 三人が同時にビクッとする隙に、右から振り冠って右前の敵に上段から斬り付け、右肩を覆う様に振り冠って左前の敵の斬り付け、左から振り冠って正面の敵に斬り下し勝つ。と、読めます。

 夢想神伝流には此の業名が伝わっていますが山蔦先生の場合は戸詰(三角)としていますし、大江先生の戸詰ですから古伝とは言い難いと思います。檀崎先生は三人の敵を迎え、古伝の趣があります。
 細川義昌系統と思われる広島の白石元一先生の三角も古伝を感じます。

 大江先生はこの三角は捨て去っています。
 大江先生は初め下村派、後に谷村派を習って谷村派第17代を名乗ったと言われていますが、大江先生には伝書が伝わっていなかったかもしれません。
 知っていても、中学生向けに業技法を教育上変更せざるを得なかったかも知れません。 明治も30年代になれば、大江先生の時代にはもう古伝は失伝していたかも知れません。 

 然しその事は同時代を生きた細川先生が古伝を継承していますから言いきれません。時を得て谷村派が脚光を浴びて全国に普及したのですが、古伝伝承は下村派に残って消え去る運命にあったものが中山博道先生によって夢想神伝流として生まれ変わり、古伝を伝える正統下村派は消え去ったのかも知れません。

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2017年4月26日 (水)

曽田本その1の1神傳流秘書原文9抜刀心持之事5三角

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
9、抜刀心持之事
5)五本目三角
三角
 抜て身を添へ右廻り二後へ振り廻りて打込也
読み
三角(さんかく・みすみ)
 抜きて身を添え右廻りに後ろへ振り廻りて打込む也
 

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2017年4月25日 (火)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く9抜刀心持之事4両詰

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
9、抜刀心持之事
4)四本目両詰
両詰
 抜て片手尓て左脇を突き直二振向いて右脇を切る
 右脇へ抜打二切り付希左を斬る(曽田メモ追記)
読み
両詰(りょうづめ)
 抜きて片手にて左脇を突き直ぐに振り向いて右脇を切る
 右脇を抜打ちに切り付け左を斬る(曽田メモ追記)
読み解く
 両詰の業名は大江先生の改変によって、我が左右に障碍物や壁など在って、横一線に抜き付けるのが出来ない様な場の状況で、刀を前に抜出し切先を返して前方の相手を刺突し上段に振り冠って打ち下し勝、障害物に当たらない様に狭めた横への血振り、納刀も半身になって上から落とし込む様な納刀をする業として指導されています。
 是は前回の向詰の動作です。業名が入れ替わってしまっています。

 古伝は、相手は一人では無く、左右に一人ずつ詰め寄って座す場合の運剣を、この業としています。従って、先ず右脇の相手を柄頭で牽制し、刀を右に抜くや、左の敵を見て左の敵を刺突し、右の敵に振り向いて上段から斬り下し勝。左右の敵に応じるものです。左右に障碍物は無く、対敵に対する想定なのです。

 大江先生の居合は、対敵意識が乏しいもので、我の置かれた場の状況が優先しています。対敵との位置関係も場の状況によって固定されます。

 右の敵に片手で抜き打ちに斬り付け、左に振り向き斬り付ける。
この、左の敵を突いてから右敵を斬る技と、右敵を片手で抜き打ち、左の敵を斬る、二つの動作で、左右から詰め寄る敵を倒す技です。

 この動作から、是は現代居合の奥居合居業三本目戸詰、四本目戸脇だと気付きます。現代では戸詰、戸脇と場を表す語句に反応して、本来は敵の位置情報を示していたものを、戸襖の有る場の特定の条件での攻防に変化してしまいました。

 古伝は大らかです、左右の敵は、大まかに左側、右側位に考え、敵の位置を動かして二つの動作を使って運剣を自由自在に出来れば良いのでしょう。

 英信流居合目録秘訣の上意之大事「両詰」では「是又仕物抔言付られ又は乱世の時分抔には使者抔に行左右より詰かけられたる事間々これあるなりケ様の時の心得也尤其外とても入用也左右に詰かけられたる時一人宛切らんとするときはおくれを取るなり故に抜や否や左わきの者を切先にて突すぐに右を切るべし其わざ唯手早きに有亦右脇の者に抜手を留らるべきと思う時は右を片手打に切りすぐに左を切るべし」

 古伝には、敵との関係から如何に自らを処するかが述べられています。ですから大江先生が如何に力強く華麗な運剣をされたとしてもそれは単なる運剣技法であって、古伝の根元とは異なると思います。

 現代居合は、特定の場の状況に応じるだけの業技法に偏って、本来の命を懸けて闘う居合心を学ぶことが失われています。

 決められた形を華麗に演じて武術だというのです。演武では無く、武的演舞、芸に過ぎないのですが、多くの人がそれでも武を論ずるのも愉快です。ですから些細なことに拘って、「先代の居合がいい、いや当代だ」など愚かなことも聞かされるのでしょう。

 

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2017年4月24日 (月)

曽田本その1の1神傳流秘書原文9抜刀心持之事4両詰

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
9、抜刀心持之事
4)四本目両詰
両詰
 右脇へ抜打二切り付希左を斬る
 抜て片手尓て左脇を突き直二振向いて右脇を切る
読み
両詰(りょうづめ)
 右脇を抜打ちに切り付け左を斬る
 抜きて片手にて左脇を突き直ぐに振り向いて右脇を切る
 

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2017年4月23日 (日)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く9抜刀心持之事3向詰

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
9、抜刀心持之事
3)三本目向詰
向詰(むこうづめ)
 抜て諸手を懸け向を突打込也
読み
 抜きて諸手を懸け向うを突き打込む也
読み解く
 居合膝に相対して坐す。相手の害意を察し刀に手を懸け腰を上げ、柄頭を相手の中心に付け前に抜き出し、切先を返して諸手となり、右足を踏み込んで正面の敵を突く。即座に引き抜き上段に振り冠って真向に斬り下ろして勝。
 現代居合の奥居合居業の両詰です。両詰は、両側が狭く障碍物に阻まれて、自由に抜き付けられない様な場での刀の操作法を稽古する業となっています。
 我が体の内で刀を抜き出し突き打込、血振り納刀もやや半身で狭い場所を意識したものです。

 古伝には場の想定は有りません。狭い場などの事は業名を両詰などに改変した為に動作まで制約してしまったのでしょう。
 寧ろ、相対する相手との攻防であるこの流の得意とする横一線のがま口に切る抜き付けをせずに、突きを目的にしています。

 この抜刀の方法は爪先立ち腰を上げて前に刀を抜き出し、相手を牽制するや切先を返し右足を踏み込み上体を乗り出す様にして諸手突きに相手の柄口六寸に摺り込み水月から喉元へ突く心持でしょう。
引き抜き、上段に冠って打ち下す。

 場の想定を思い描くよりも、横一線では不向きと判断し、突き業にしている事に思いを寄せるべき業では無かろうかと思います。
 或は、流の横一線の抜付を知る相手の動作に、横一線を予測させる柄頭で相手の中心線を攻め、相手が下がらんとするか、柄頭を制せんとするやに、抜き出すや切っ先を返して突きで応じるのでしょう。

 其れにしても、何度も言いますが、古伝の業名を改変する理由は何だったのでしょう。
 大江先生の想定は、もともと対敵との想定のみでした。然し「向詰」を「両詰」と業名を変えてしまうと、場の想定が思い描かれてしまいます。
 敵と対する場の周囲の環境が優先され、相手との攻防での状況が置き去りにされてしいます。
 大江先生が改変されたと言われますが、証拠は無く、大江先生に指導された中学生剣士から伝わった言い伝えでしょうか。このような相手を意識させない指導では、一方的な形の繰返しに終わってしまいます。前に対する敵を意識すれば刀の抜き様は自ずから工夫されて然るべきものでしょう。場の想定も当然ですが本末顛倒の観は否めません。
 大江正路先生の「剣道手ほどき」堀田捨次郎共著による「両詰」
「・・右足を少し出して、刀を抜き、柄元を臍下に当て、右足を踏み出して、前方を諸手にて突き、其姿勢のまゝ、上段にて前面真向に斬る」
 
 細川義昌系統の白石元一先生の「大森流長谷川流伯耆流居合術手引」にある「向詰」を稽古して見ましょう。
「・・右足を踏み出して抜刀し、此際刀先が前方に出でざる様、右足を退くと同時に刀尖を先きに返し両手にて柄を握りて臍下前で構へたる後更に右足を踏み出して突き左足を右足踝に引きつけつゝ刀を正面より振り冠り右足を踏み出すと同時に斬り下ろす・・」

「無双神伝居合兵法」の尾形一貫心誠先生の向詰を梅本三男先生が残されています。
「・・例により鯉口を切り右手を柄に掛け、両膝を立つなり右足を少し右前へ踏出し、其の方向へ刀を引抜き、右足を引戻すと共に、刀尖を向ふへ、柄頭を腹部へ引付け諸手となり(刀を水平に構へ)体を少し前へ進め、対手の胸部を突き、更に左足を進ませつつ諸手上段に引冠り、右足を踏込んで斬込み・・」

 先だって、ある人と話している中で、「伝書類は下村派からばかりから出て来て、谷村派からは何も出て来ない、正しい伝承は下村派ではないか」と云われます。
 其の下村派も谷村派と混線してしまい、明治以降はどれがどうとも云えずになっています。
近年は更に、昇段審査の基準などのルールに縛られ特定の形ばかりが稽古されて、古伝の伝えるものは失せつつあるようです。

 谷村派、下村派の分離したのが、第十一代大黒元右衛門清勝からと云われます。この神傳流秘書の筆者が第十代林安太夫政詡かその義父第九代林六太夫守政であれば両派の違いなどは無関係なものです。

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2017年4月22日 (土)

曽田本その1の1神傳流秘書原文9抜刀心持之事3向詰

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
9、抜刀心持之事
3)三本目向詰
向詰
 抜て諸手を懸け向を突打込也
読み
向詰(むこうつめ)
 抜きて諸手を懸け向うを突き打込む也

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2017年4月21日 (金)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く9抜刀心持之事2柄留

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
9、抜刀心持之事
2)二本目柄留
虎之一足の如く下を留て打込
英信流之事二本目虎一足
 左足を引き刀を逆に抜て留め扨打込ミ後前に同し
前に同し(一本目横雲の納め)
 ・・開き足を引て先に坐したる通り二して納る
読み
柄留(つかとめ)
 虎一足の如く下を留て打ち込む
英信流之事二本目虎一足
 左足を引き刀を逆に抜て留め扨打込み後前に同じ
前に同し(一本目横雲の納め)
 ・・開き足を引いて先に坐したる通りにして納る
読み解く
 居合膝に座して対座、相手下に抜き付けて来るを、我は刀に手を懸け、左足を引いて切先を下にして抜き請けに留め、上段に振り冠って左膝を着くや真向に斬り下し、刀を横に開き、右足を引いて座したる様にして刀を納める。

 現代居合の奥居合居業二本目脛囲をイメージして柄留を演じて見ました。対座する相手が同じく座する我が右脛に抜き付けて来るなど有るのでしょうか。

 此処は、相手抜き付けんと刀に手を懸けるを、我刀に手を懸けるや左足を引いて刀を返し刃を下にして相手の柄口六寸に抜き付け、怯む相手を即座に真向から斬り下し勝。
柄口六寸への抜き付けは、逆刀で応じました。
 横一線の低い角度での抜き付けも柄頭を低くして抜き出せばいかようにも状況次第でしょう。手首を折った切っ先のみ低い横一線の抜き付けもあるようですが、手首の弱い私には不向きです。

 第十代林安太夫政詡による英信流居合目録秘訣による雷電霞八相より
雷電霞の二ヶ条当流極秘中の秘にして大事、此外に無、・・・、夢うつつの如くの所よりひらりと勝事有其勝事無疵に勝と思うべからず我身を先ず土壇となして後自然に勝有、其勝所は敵の拳也委しき事は印可に有、・・・詰合には二星につづまる敵の拳也二星一文字と云時は敵のこぶしを抜払ふこと也惣じて拳を勝事極意也」


 この「柄留」は古伝であって現代の「脛囲」ではないはずです。すでに失念した極意業でしょう。同時に一本目の「向払」も「柄口六寸」に抜き付け、更に返す刀で「柄口六寸」の払いでも良いはずです。
 競技会や審査会では指定された理合、術理で演じるのは当然ですが、稽古は幾通りも仮想敵を想定し応じるものでしょう。

 柄留の業名は大小詰の三本目柄留と同じです。此方は相手に柄を制された時の応じ方になります。同じ業名が抜刀心持之事にも存在するのは腑に落ちません。

大小詰三本目柄留
抱詰の通り両の手にて柄を取り下へ押付られたる時向のわきの辺りへ拳にて當扨我右の足にて相手の手を踏み柄をもぐ常の稽古には右の足□□を押膝にてこぜもぐ」

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2017年4月20日 (木)

第五回古伝研究の集いを終えてその7

第五回古伝研究の集いを終えてその7

 この第五回古伝研究会は、稽古を終えての覚書がその1~その7に及ぶ長編になってしまいました。感想だけを楽しそうに書くだけならば数行で終わるのですが、古伝の研究が深まり詰合之位を良く稽古する人が増えれば、その蘊蓄は次々に新しい思い付きが吹き出て来るものです。

 それらは、それぞれが、今の実力でしっかり受け留帰ってから振り返りをする事で完成していくでしょう。気になるのは古伝の神傳流秘書の「詰合」を研究するのですが、ともすると参考にする 、明治以降に表された曽田先生の業附口伝の「詰合之位」と混同してしまう事や、現在師匠から習った事、あるいは大家の解説書から出てこれない居附きの姿勢です。

 仕組の業数は大凡、七本~十本ぐらいですがそれぞれの業が独立して完結していると思うのではなく、全業通しで語りかけて来る様に組み立てられているのが古伝神傳流秘書の特徴の一つです。

 習うには、個々の業の基本を学ぶけれど、奥義に至るには通して学び身に付ける様に工夫されています。従って事前準備も「詰合」ならば全業十本をよく読んで置く心掛けも必要です。

 今回は、「詰合」の五本目鱗形を振り返ります。

古伝神傳流秘書「詰合」五本目鱗形
「如前抜合せ相手打込むを八重垣の如く切先に手を添え請留直に敵の太刀を摺落し胸をさす也」

明治以降の曽田先生の業附口伝「詰合之位」五本目鱗形
「坐り方同前左足を一足引き抜合せ 其時敵すぐに我面へ上より打つ也 我もすぐに太刀の切尖へ左の手を添へて十文字に請て左の足を踏み込み摺込み勝也 刀を合せ血振ひ納刀」

 「詰合」一本目の仕太刀、打太刀が入れ替わっています。受け太刀の方法については学んできました。額前頭上で敵太刀を請けて刀諸共両断されては困ります。請けるや摺落して勝を制する事を学ぶものです。

 演武を見て居ますと仕がしっかり額前頭上で十文字請けして、打も打ち込んで拮抗しています。申し合わせですから打は仕が術を出すまで待っています。

 古伝の文章には「請留直に敵の太刀を摺落し胸をさす」とあって「がちんと受け留め、よいしょと摺り落せ」とは書いてありません。

 然し、業附口伝は「十文字に請て左の足を踏み込み摺込み勝」となっています。現代の詰合之位は、足を踏み替えて、若しくは足を踏み替えながら摺落せと言うのです。
 古伝は、違います。これは「十文字に請けた当り拍子に摺落し打の胸に詰めろ」と解するものでしょう。

 やって見ます。
「前の如く抜き合わせ、相手、上段に振り冠りつつ左足膝を右足踵に引き付け打ち込まんとするを、我右足を引くや、切先に左手を添えて額前頭上にて敵太刀を十文字請けする当り拍子に体を左入身となし切先を敵の眉間に付けると同時に摺落し詰める」

 よいしょとばかりに押落すのとは違います。当り拍子に瞬時に落としてしまいます。

 左右何れにても出来るのですが、右足前の場合は右手を切先に添える必要があるので少々修練が必要です。古伝は坐して十文字に請けろとも立って請けろともいっていません。立った方が多少容易です。
 此の十文字請けを理解出来れば一本目の打太刀の十文字請けも、左手を切先に添えて請ける様にしておくのが良いでしょう。柄を左に両手で持ち切先を右に受け太刀とする教えが横行していますが、請け太刀を嫌う場合を研究しておくべきでしょう。

 第五回の研究会はここまでです。以降は次回の「第六回古伝研究の集い」に譲ります。

 

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曽田本その1の1神傳流秘書原文9抜刀心持之事2柄留

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
9、抜刀心持之事
2)二本目柄留
虎之一足の如く下を留て打込
英信流之事二本目虎一足
 左足を引き刀を逆に抜て留め扨打込ミ後前に同し
前に同し(一本目横雲の納め)
 ・・開き足を引て先に坐したる通り二して納る
読み
柄留(つかとめ)
 虎一足の如く下を留て打ち込む
英信流之事二本目虎一足
 左足を引き刀を逆に抜て留め扨打込み後前に同じ
前に同し(一本目横雲の納め)
 ・・開き足を引いて先に坐したる通りにして納る

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2017年4月19日 (水)

第五回古伝研究の集いを終えてその6

第五回古伝研究の集いを終えてしその6
 
 古伝神傳流秘書の詰合四本目八重垣
「如前抜合たる時相手打込むを我切先に手を懸けて請又敵左より八相に打を切先を上にして留又上より打を請け相手打たむと冠るを直に切先を敵の面へ突詰める」
 
 明治以降の曽田先生の業附口伝詰合之位四本目八重垣
「是も同じく詰合て坐し前の如く左足一足引てさかさまに抜合也 敵其侭我面を打てくるを我又太刀の切尖へ左手を添へて面を請くる也 夫より立て敵敵すぐに我右脇を打つを我其侭刀を右脇にさかさまに取りて此の時右足を一足引き請け留る也 敵又立ちて左の脇を打ち来るを我又左足を一足引きて左脇を刀を直にして請け止むる也 敵又上段より面へ打ち来るを我又右足を引きて上を請て敵かむる処を我右足より附込み勝也 刀を合せ原位置に帰り血振納刀」
 古伝は相手の膝への抜き打ちを請け留めるが、即座に真向に打ち込まれるので柄を右に左手を切先に添えて顔前頭上で十文字に請ける。
 敵すかさず我が左脇より八相に打ち込んで来るのを切先を上にして受け留める、この受け留方は左手は其侭にして右柄手を左脇に引き下ろし切先を上にして刃で請け留る。
 曽田先生の場合は、「・・・夫より立て敵すぐに我右脇を打つを我其侭刀を右脇にさかさまに取りて此の時右足を一足引き請け留る也・・」、相手の打ち込みに我が右脇が追加されています。
 この請け止め方は、頭上で切先を左に十文字受けした左手を右柄手を其の位置に軸として斜め右下に引き下ろし請け留めるのです。
 右手を引き下ろし左手を右に移動して切先を上にして受ける事も可能なのですが、此処では切先を下にしています。
 さらに相手が我が左脇を打って来るので、今度は右手を左脇下に移動し、左手を左肩上方に移動させて切先上がりで請け留めるのです。
 切先下がりの侭右から左へ平行移動する事も可能です。
 曽田先生の詰合之位では左右の脇での請ける方法はこの様に幾つも可能ですが、何故あえて指定しているのでしょう。
 古伝は左脇への打ち込まれるだけですから、切先上がりだけの指定です、これも何故でしょう。
 頭上での十文字受けも、脇腹の受けも、受け太刀のかたちをしっかり取って防禦をせよと言うのでしょう。
 責められて受け太刀だけではいずれ負けとなります、機をとらえて攻撃に転じよという教えでしょう。
 従ってここは打太刀の前に出る攻撃が続き、再び真向に打ち込まれた、打太刀の次の動作が、その場で振り冠ったか、右足を引いて振り冠ったかによる変化を捉えて攻撃に転じています。
 打太刀は、無造作にずんずん攻め立てれば、間近くなって手詰まりになります。その機を捉えるのも一つでしょう。仕太刀に心得あれば、反撃可能な間合いを常に維持しながら受け太刀となるでしょう。
 左右脇での受け太刀の切先下がりや切先上がりはここでは何れでも良い処でしょう。受け太刀にならず当り拍子で反撃するには機を捉える以外にない筈です。
 切先下がりでも、上がりでも、請けるや相手が上段に振り被るので素早く額前で太刀を水平に戻すことの方が重要でしょう。真向でも左右何れでも応じられる態勢です。
 
 この八重垣は幾つも考えさせられる技です。まず詰合の八重垣でも、詰合之位の八重垣でも自論や師の教えがどうであろうとも文字に表された通りに稽古して、その心持ちに親しく味わってみるべきでしょう。
 多少できる様になると、ともすると自論優先の早とちりに陥るものです。
 古伝は打太刀に立って攻め込めとも、其の場で攻め立てろとも、下がってとも、何も指定していません。古伝はおおらかです。それだけ安易な決め事をして居付くなと云っている筈です。
 参考に三谷先生の詰合之位は恐らく政岡先生譲りと思うのですが、右脇の受けは切先上がり、左脇は切先下がりです。
 なお、頭上での受け太刀は、政岡先生の「仕の左手を物打の峯に添えるには四指を揃えてのばし拇指と人差指の基部に峯を当て掌を前に向け五指は充分のばせて刀の安定を計ること」を採用され、拇指は刀の前に出し、四指が内側にあります。
 
 
 

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曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く9抜刀心持之事1向拂

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
9、抜刀心持之事
1)一本目向拂
抜刀心持之事(格を放れて早く抜く也 重信流)
向拂
 向へ抜付返須刀二手を返し又拂ひて打込ミ勝
読み
抜刀心持之事(格を放れて早く抜く也)
向拂(むこうはらい)
 向うへ抜き付け 返す刀に手を返し 又 払いて打込み勝
*
読み解く
   抜刀心持之事は、居合では大森流居合之事・英信流居合之事に続く居業及び立業の居合です。
 (格を放れて早く抜く也 重信流)ということは始祖林崎甚助重信から伝わる重信流であると云っていますですから詰合・大小詰・大小立詰と同様に伝わってきたものと云うのでしょう。格とは掟と形と云った意味合いです。抜刀心持ちは掟や形に捉われずに早く抜くものと云うのでしょう。

 座居か立居なのか仕方などの解説は有りませんが、現代居合では立膝です。抜刀心持之事では、七本目を終ると「従是立事也」と有って八本目人中から立業であると指定されています。現代居合も大方は古伝を引き継いで居ると考えて、居業で立膝に座すとするのが妥当でしょう。

 向拂は、「向へ・・」は立膝に座し正面に相対する相手に、左から右に抜き付け、返す刀で手を返して右から左に切り払い、左から上段に振り冠って打ち込み勝。と読むことが出来ます。

 横一線に抜き打ちに斬り付けたが相手に外され、不十分なので刀を返して、さて、何処に斬り付けるかは相手次第でしょう。

 尤も近いのは相手の出足とも云えるし、踏み込んで抜き打っているでしょうから、相手が後方に退く余裕が無ければ顔面、首も充分狙えるはずです。

 英信流居合目録秘訣では当流申伝之大事に此の業は居合仮名として「向払」が有りますが目録のみで解説は有りません。

 大江先生の奥居合居業の一本目「霞」が相当すると思われます。師伝によって大江先生の霞ですら返す刀の切払う位置はまちまちです。

 参考に、大江先生の霞「正面に座して抜き付け、手を上に返して、左側面水平に刀を打ち返す」

 ここまでの古伝はおおらかですが、現代居合は指定された特定な部位でないと「違う!」の怒声が飛んできます。「格を放れず早く抜く也」ばかりです。

 向払を相手に仕掛けられた場合の応じ方は大剣取の三本目外石に見られます。
大剣取三本目外石」
是無剣の如く放したる時又右より打を留入りてさす

 是は相手居合膝に坐し居る処へ小太刀を下げかくる、相手抜き打つを、出足を引いて外す、相手抜き打ちを外されて手を返し、左膝を右膝に引き付け、右足を踏み込んで右から払って来るのを小太刀で請け留め、即座に中に詰め入って相手の柄を持つ手を制し突く。

 この場合は、我は立業で、相手の「向拂」に応じたものになっています。

 

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2017年4月18日 (火)

第五回古伝研究の集いを終えてその5

第五回古伝研究会を終えてその5
 
 古伝神傳流秘書の詰合三本目の岩浪は、二本目の拳取のように今度は「・・相手より拳を取りたる時」で、拳を取られ制せられそうになった時の攻防です。
 「我よりも前の如く取り我が太刀を放し右の手にて敵のひじのかゞみを取り左脇へ引きたおす」
 相手の拳を同様に取るや拳を取られている右手の太刀を放して、右手を相手から振りもいで自由にし、相手の肘のかゞみに右手を懸けて引き倒すのです。
 
 明治以降の曽田先生の業附口伝も同様業名は「岩浪」です。業名の違いは三谷先生の詳解居合では「波返」、大田先生の土佐英信流は「岩浪」、政岡先生の地之巻は文字違いの「岩波」。
 
 業の部分を敢えて言えば古伝の詰合は「相手より拳を取り・・」ですが、「我が右の手首を左の手にてとる・・」ところでしょう。
 現代の詰合之位では動作は同じですが、この右拳(右手首)を取る時「逆に取る」と付け加えられています。小手を返す様に取るとでも言うのでしょう。
 
 太刀を放すのは、柄の握りを放せば容易ですが、相手に握られた手首を自由にするには柄を放すと同時に拳を後方に引いてやれば簡単に外せます。
 相手を引き倒すには、逆手に取った手首を上に上げる様にして、相手の肘に右手を上から押える様にして掛け右足を踏込み左足を引いて引き倒す。
 また相手の右手首を逆手に返して、我が右手を相手の右ひじの下から差し込み腕を締める様にして右足を踏込み左足を引いて引き倒す。
 
 此処は相手を仰向けに引き倒す方が見栄えが良いでしょうが、俯けに引き倒すも状況次第でしょう。
 
 引き倒した後の始末は古伝にはありませんが、演武では拳で引き倒した相手の顔面でも水月でも短刀を抜いて突くのも古伝ならでわのものです。
 引き倒した相手を引き起こし元の位置に戻る動作は演武のための動作に過ぎずとやかく言わず静かに残心を意識して演ずるものでしょう。
 この岩浪は詰合の業のうち唯一引き倒しのある技です。
 一本目発早で出遅れを取り戻し相手の抜打ちを受け留め、真向打ちで勝負を付ける。
 二本目拳取で引かんとする相手を逃がさずに付け入って制する。
 三本目の岩浪で相手の抜き付けを請けとめたが相手が即座に付け入って我が拳を制しに来るのを逆に攻め引き倒す。
 此処まで稽古する事から一本目の業の有り様を理解させたのでしょう。二本目も三本目も業技法はいかにもですが、この名人であるより一本目の達人でありたいものです。
 どの仕組みでも一本目にその流の極意が秘められていると思えるのです。
 更に一本目の発早を逆に打太刀に攻め込まれた時の対処が八重垣であり、鱗形と考えられます。
 
 
 

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曽田本その1の1神傳流秘書原文9抜刀心持之事1向拂

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
9、抜刀心持之事
1)一本目向拂
抜刀心持之事(格を放れて早く抜く也 重信流)
向拂
 向へ抜付返須刀二手を返し又拂ひて打込ミ勝
読み
抜刀心持之事(格を放れて早く抜く也)
向拂(むこうはらい)
 向うへ抜き付け 返す刀に手を返し 又 払いて打込み勝
 

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2017年4月17日 (月)

第五回古伝研究の集いを終えてその4

第五回古伝研究の集いを終えてその4
 
 第五回古伝研究の集い終えて、その1、その2、その3と続けてきました。
 
 その1は、古伝神傳流秘書の「詰合」と明治以降の曽田虎彦先生に依る「詰合之位」との違いを明らかにしてきました。
 「詰合之位」も古伝かも知れませんが、土佐に持ちこまれた当初の「詰合」とは似て非なるものと云うのは言い過ぎかもしれませんが、違う事を示し古伝研究の集いはあくまでも「詰合」を学ぶ事に拘りました。
 
 その2は、その違いを古伝神傳流秘書「詰合」一本目発早と、明治以降の曽田先生に依る業附口伝にある「詰合之位」一本目八相を比較して武術の形と武的演舞の形の違いを学んでみました。
 同時に、明治以降の先生方の解説書だけに頼れない事も学びました。
 
 その3は、一つの業の要求からいくつもの技法がある事を学び、問題点を洗い出してみました。それが受け太刀の左手の添え方でした。
 その4は、古伝の要求する事を、いたずらに師伝に固執したり、大家の書籍だけで判断したり、個人的に身に付けた武術の力量だけで判断すべきではない事を学んでみました。
 此の事は、その業を認識したその人の武的力量によって大きく差が出るはずです。
 
 先ず、古伝神傳流秘書の「詰合」を原文のまま読み込んで、書かれている要求事項を最も適切と思える方法で演じてみる事です。
 書かれている通り、否定せずに繰返し修錬しているうちにその事の真髄が見えて来るものです
 その一つが、真向に打ち込まれた場合の受け太刀の有り様で、左手の太刀への添え様で学んでみました。
 
 今回は、「詰合」の二本目拳取を考えてみます。
 古伝神傳流秘書の詰合二本目拳取
「如前楽々足を引抜合我左の手にて相手の右の拳を取り刺す」
 
 是だけしか書かれていないのです。抜き合わせる動作は確認済みです。敵の膝への抜き付けを虎一足の如く受け留め、相手の太刀を持つ右拳を取り制して、刺突する。と言うのです。
 相手の右拳をどの様に制するのでしょう。
古伝の太刀打之事の拳取を学んで、更に参考に明治以降に書かれた曽田先生の業附口伝から太刀打之位二本目の附込、詰合之位二本目拳取の両方を参考にして見ます。
*古伝太刀打之事附込
「・・抜合せ相手後へ引かむとするを附け入り左の手にて拳を取る 右の足なれ共拳を取る時は左の足也」
 
*太刀打之位の附込
「・・逆さまに抜き合わせ敵の引かんとする処を我が左の足を一足附込左の手にて敵の右の手首を取る此の時は左下にきて敵の体勢を崩す心持にてなすべし・・」
 
*詰合之位の拳取
「・・さかさまに抜合わすこと前同様也 我其侭左の足を踏み込み敵の右手首(拳ならん 曽田メモ)を左手にて押へる也・・」
 
*政岡先生の地之巻の詰合之位二本目拳取は、手附は古伝の文言に従っていますが、動作は
曽田先生の業附口伝の様です。
「・・打引かんとす 仕左足を打の右足の外側へふみ込み左手で右手首をとって左下に引く、同時に右手を腰に当て剣尖を喉につける」
 
*三谷義里先生の詳解居合の詰合之位(形)の拳取の動作は政岡先生と同じですが、「・・左手で打の右手首を逆にとって左下に引く・・」
 
*太田次吉先生の土佐英信流の詰合之位の拳取は立位から右膝を折り敷いて床に付け「・・仕は打の右外側に左足を踏込み右手首を握り左膝を着いて打を引き付け胸部を突く・・」ですが写真は右膝を床に着いている様です。
古伝は抜き合わせて敵拳を制するのも同じですが、拳の取り方を特定する事も、立っていても、膝を着いても良いのでしょう。
 此処でのポイントは、抜き合わせるや敵にしっかり附け入って、左手で敵の刀を持つ右手を逆手に取って前下に引き落し、その際左膝を床に付けて折敷、敵体を崩し堅めて刺突する事を選んでみました。各々の先生方の思いはそれなりに入ったと思います。
 何故前下に膝を着いて引き落し堅めたかは、非力な女性や老人でも充分応じられる体制である事が大事と見たからです。
 いたずらに剛力を持って制して見ても術とは言えないでしょう。より安易な方法があるのに工夫をしないのでは稽古とは云えそうにありません。
 
 
 

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曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く8大剣取10水月

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
8、大剣取
10)十本目水月
水月
 相手高山我切先を向へさし付行時八相に拂ふを外し拳へ打込ミ勝
以上十本
読み
水月(すいげつ)
 相手高山 我切先を向へさし付け行く時 八相に拂ふを外し拳へ打込み勝つ
以上十本

読み解く
 相手は上段に構え、我は「切先を向へさし付け」ですから正眼に構え切先は相手の喉元又は眉間でしょう。
 正眼に構えスカスカと間境を越すや、切っ先を右に振り左拳に誘い相手我が左小手に八相に払って来るのを、右足を斜め前に踏込み同時に左拳を右肘に引付これを外すや透かさず相手の拳に打ち込み左足を踏み込み詰める。

 柳生新陰流の「くねりうち」をやってみましたが、ここは相手が我が正眼に構えた刀を上段から八相に払って来るのでこれを、刀を上に外し踏み込んで相手の拳に打ち込む。というセオリー通りの方法から研究していけばいいと思います。
 「八相に払う」は何処を八相に払うかは指定されていません。刀など払ってもチャンバラでは無いので意味は無いでしょう、一刀の下に我が戦力を奪える処へダイレクトに打ち込まれるのでなければ此の業は活きて来ません。従って我が拳に打ち込ませる技も学ぶことになります。

 政岡先生は、相手上段、我は正眼に差し出して行く。相手斜めに我が刀を払って来るのを切っ先を下げて外し、ふみこんで小手を取る。

*これは竹刀剣道の常道でしょう。
 相手も太刀で、我が太刀を払う様な方法はどうも好きになれません。
 相手に我が身を土壇となして撃ち込ませそれを外して勝は土佐の居合の根底に流れている様に思っていますがいかがでしょう。

 以上十本

 以上十本で大剣取を終わります。
 太刀打之事十本、詰合十本、大小詰八本、大小立詰七本、大剣取十本、合計四十五本の仕組(組太刀)は現代居合では指導する人も無く、稽古する人も疎らです。
 心ある方は何人かで研究しあって、この「思いつくままに」の仕方を完成させていただければと思います。

 第17代大江宗家の残された形のみに固執し、古伝の形を遺棄する方達も居られます。
 然しその方達は土佐の居合が総合武術であったことを忘れ、他流の形や動作をいかにもそれらしく取り込んでいたりします。
 大江先生の教えだけでは不足と考えられ、総合武術としての修行を目指すとする事には異論などあろうはずは有りません、然し元々あったものを学ぶ事を拒否したのでは先師を蔑ろにする事で恥とすべきものでしょう。
 秘事と称して伝書を公にしてこなかったのか、伝授された方の子孫に其の素養が無かったかは知りません。

 この時代居合に依って人を殺傷するなど論外の事です。日夜弛まず抜きつけていく修行によって己を見つめ直し、あるべき姿を描き出し、其れに向って目指す事が究極の目的でしょう。

 誤りと気づく事があれば素直に直せばよいだけです。いたずらに立場を固執すれば道を外してしまいます。

 弟子を持ち師匠と云われる先生方は文化の伝承を担っていると認識し、たとえそれが己の直近の先師が持ちこんだものであっても、明らかに他流の形や動作であれば、見直して常に古伝と照らした上で古伝に返るべきものと思います。

 古伝は大らかです。自流の古伝を伝える者が無ければ、他流から学んだものを工夫して古伝の大らかな手附から業技法をよみがえらせる事も許されるでしょう。
 現代まで継承される流派は多くは体系的にも充分研究されています。我が国の伝統文化そのものです。
 それが現代風に変化していても決して間違いではない筈です。
 そんな研究を弟子達とフランクに語り合え、稽古する様にならなければこの道は廃れて行くでしょう。
 「俺の習ったものと違う」など当たり前のことなのに、師匠の教えしかやらないなまけものや、不器用な者も所属年数が来れば段位も上がり得々としています。
 あまり意味の無い事で、へぼに任せれば道は外れてしまいます。
 優れた人には自然に人は学びに来るものです。実力がなくとも長年の功績による段位が高く、所属年数が長いだけで道場を任せれば流派は滅び去っていくでしょう。

 個々の指導者に頼らず、統一理論を以て「ルールやかたち」を統一してしまっては、武術を踊りとなしてしまい武的演舞を良しとして伝統文化の破壊ともなりうるものです。一部の管理者によって本質を誤る事も有りうるはずです。

 現代は、この神傳流秘書の様に、誰でもに公開されています。流派の掟は一部の人に隠されたものでは無く、志す万人に公開されて行かないと消えてしまいます。

 一対一の武術など大量殺戮兵器の前に消えてしまっても良いと思われる程に武器の開発が進んでいます。そんな中では日本の武術は意味の無いものと思えるかも知れません。
 剣術から派生していく武術は相手の害意に応じる仕方の手引から始まり、絶えざる修練によって何時如何なる状況でも即座に応じる事が出来る心と柔軟な身体を学ぶものであろうと思うのです。

 古伝などに興味は無いと嘯く古参の人がいます。稽古の度に前に出て、如何にも模範と言う様に得々と演じるのですが何の感動も覚えないのは何故でしょう。

 昨日も今日も何の進化も無い心も見えないかたちだけものです。講習会に行ってきた説明をされても「かたち」ばかりです、その人から何を学べばいいのでしょう。
 審査や大会の演武として教えられただけのことしか出来ない棒振りの弱さが演舞となって出てしまうからでしょう。そこまでです。
 真摯に取り組んだ者だけに武術は微笑みかけてくれると信じています。

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2017年4月16日 (日)

.第五回古伝研究の集いを終えてその3

第五回古伝研究会を終えてその3
 
 古伝神傳流秘書の詰合を研究しますと、フリーな意見が飛び出してきます。
 まず前回の一本目発早で仕太刀は打太刀の膝への抜き付けを受け留ました。このままでは拮抗して双方身動きが取れません。
 古伝の要求は「・・虎一足の如く抜て留め打太刀請る上へ取り打込ミ勝也」で仕は打の真向に打ち下ろし、打はそれを受け太刀となって請ける事です。
 
 ・拮抗している処を、仕は打の太刀を、摺上げて上段に振り被るように意見を出す人もいます。
 ・打は受け止められるや、即座に左足を少し引いて、拮抗を破り上段に振り被ろうする、その機に乗じて仕は振り冠るも有ります。
 ・拮抗したまま仕は附け入って振り冠るも有ります。
 ・仕が上段に振り冠らんと拮抗を破るや、打は突きに行けばいい、と要求外の意見も有ります。
 
 状況次第で変化は如何様にもあるものです、然し手附の要求事項は守らねば詰合の発早ではなくなってしまいます。
 
 詰合の二本目は拳取、三本目は岩浪、四本目は八重垣、五本目は鱗形ですが、この五本目まで一本目の発早の抜き付けが初動になっています。
 その上四本目・五本目は打に攻められ仕は頭上で十文字請けするように要求されています。
 此の事は、詰合は打に抜き付けられた場合の仕の応じ方の変化を示してくれているのです。
 そして、十文字請けによる居着く事を避けよと教えてくれているとも取れます。
 にもかかわらず、十文字請けの方法に拘って、受け太刀として最も斬撃に耐えられる手の裡に拘る人もいます。
 受け太刀は攻め太刀となっていなければならないのです。
 頭上での十文字請けは一本目は指定されていませんが、四本目八重垣では「如前抜合たる時相手打込を我切先二手を懸けて請・・」と指定し五本目も同様です。
 この切先に手を懸けて十文字請けする方法は一本目にも応用できるのです。
 十文字請けするや攻撃に転ずる事を五本目の鱗形が示しています、「切先に手を添へ請留直に敵の太刀を摺落し胸をさす也」となります。
 其の為には、切先に添える手の内は請けても十分であり、攻撃にも容易に応じられる手懸かりであるべきでしょう。
 現在みられる手懸かりは、左手親指を我が方にして拇指と食指の股に刀の棟を乗せる様に添えて四指は敵方を向けています。これでは上段からの斬撃に耐え切れません。
 
 左手拇指を我が方にして拇指と食指の股に刀の棟を乗せ小指邱に棟をあてがう様に掌を上にし切先に添えるのが最も斬撃に耐え、摺落す動作に支障のない方法です。
 
 拇指を敵方に向けて刀の外に出し、拇指と食指との股に棟を乗せて掌を敵方に向ける方法も考えられます。
 これは斬撃力を掌に受けるので受け太刀としては良い方法です。
 残念ながら、敵太刀を摺り落とし刺突するには刃を下に向ける際、拇指を切る可能性もあります。
 欠点を補う修練を要求されますが其れだけの価値も有りそうです。
 
 
 
 
 
 
 

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曽田本その1の1神傳流秘書原文8大剣取10水月

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
8、大剣取
10)十本目水月
水月
 相手高山我切先を向へさし付行時八相に拂ふを外し拳へ打込ミ勝
以上十本
*読み
水月(すいげつ)
 相手高山 我切先を向へさし付け行く時 八相に拂ふを外し拳へ打込み勝つ
 以上十本

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2017年4月15日 (土)

第五回古伝研究の集いを終えてその2

第五回古伝研究の集いを終えてその2

 古伝神傳流秘書の「詰合」の一本目は発早です。明治以降の「詰合之位」の一本目は八相で呼び名は同じで文字違いです。

 この文字違いは、どう考えても古伝の「発早」に業呼称のもつ意味が有りそうです。詰合之位の八相は古伝を知らないへぼが見よう見まねで覚えた業に、呼び名が「はっそう」なので手近にある「八相」の文字を送ったのでしょう。

 古伝神傳流秘書詰合一本目発早
 「楽々居合膝に座したる時相手左の足を引下へ抜付るを我も左の足を引て虎の一足の如く抜て留め打太刀請る上へ取り打込み勝也」

 古伝は、相打ちではありません。敵に抜き付けられ請け止めています。
相手請け止められて上段に冠らんとする処、我は左足膝を右足に引き付け敵の真向に打ち下す、敵頭上にて物打ち下に左手を添えて十文字に之を請ける、仕太刀は刀諸共斬り下ろして勝。

 この技は素早い動作を仕太刀に要求しています。敵に先を越されても負けない勝ち口を「発早」として「素早く発っしなさい」と云って居る様に聞こえます。

 曽田先生の実兄が指導を受けた第16代五藤孫兵衛正亮・谷村樵夫自庸の口伝が曽田先生の業附口伝として残されています。

明治以降の業附口伝 詰合之位
「一本目八相(口伝に発早とあり)
是は互に鞘に納めて詰合て相向い右膝立て座る也互に左足を一足引きて倒様に抜合する也(互に右脛へ抜付ける)
其儘ひざを突き仕太刀はかむりて面へ打込也此の時打太刀は十文字に頭上にて請け止むる也
互に合せ血振い足を引き納刀」

 これでは、先ず双方刀を抜き付け相打ちです。その上、仕太刀が真向に打ち込むのを充分間を持って十文字請けしています。「かたち」は詰合も詰合之位も素人では見分けは付かないかもしれません。然し全く別物でしょう、この判別が出来るかできないかで演武と演舞の違いとなってしまうのです。

 この一本目の業では、敵は刀に手を懸け腰を上げつつ刀を抜きかけてきます。
 我は一瞬遅れて刀に手を懸け腰を上げつつ切先まで抜出し、敵が抜き付けて来る部位を右膝に誘います。この誘いなど無いと言う人もいるかもしれませんが、後の先の鉄則は誘いです。
 無謀な動作を要求するならば抜き付けんとする敵の柄口六寸に抜き付けて、うまくいけばこの業は終了です。

 英信流居合之事の虎一足の様に「左足を引き刀を逆に抜て留」たならば、即座に左膝を右足に引き付け敵を圧する様に上段に振り冠って真向に打ち下す。
 古伝は立ったままでも折り敷いても良さそうです。此処は虎一足の真向打ち下しに習った方が良いでしょう。立ったままでは敵の反撃を許してしまう事も出来てしまいます。
 此処では敵が受け留められて態勢を変えようと下がろうとする場合も、剣先を上げて上段に振り冠ろうとする事も有り得るでしょう。
 我は素早く詰め入って上段に振冠って敵が受け太刀の態勢になれなければ両断してしまう気勢が必要です。
 打太刀は、反撃できないとならば、頭上で十文字請けするのがやっとの筈です。
 

 打太刀の十文字請けの方法を研究すべきところでしょう。左手の剣先への添え方一つで受け太刀のかたちは出来てしまいます。
 武術は受け太刀を嫌います。受け太刀にもかかわらず反撃できる手の内もある筈です。
 
 もし、仕太刀が申し合わせの演舞位の心構えならば、まず、打太刀は先んじて抜き付けたが受け止められた拍子に振り冠り真向に打ち込んでしまえばいいのです。それを仕太刀は制して勝、であればすごいことになります。
 仕太刀がへぼならば、受け太刀となった拍子に、打太刀は仕太刀の太刀を摺落して詰める事も学ぶべきでしょう。発早は其処まで要求していませんが。
 詰合は一本ずつの業の完成と、詰合全業を通す事に依って、武術を学ぶ様に組み立てられているフシがあります。標準の形を工夫出来たらそれをとことん完成させなくとも次の業でヒントをもらえそうです。

 この古伝研究は、古伝をよく読み、書かれている言葉を読み取って技につなげていきます。現代の動作と古伝の文言のギャップを認められる柔軟な包容力も必要です。師の教えは、こうだっただけでは参考に過ぎません。

 そして、それが現代と結び付けられればホットするのですが、どうもそうもいきそうにありません。しばらく古伝研究会は続きそうです。

 
 

 

 

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曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く8大剣取9雷電

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
8、大剣取
9)九本目雷電
雷電
 相手高山我左の脇へ切先を上構へ行時打込む処を留勝又相手車二かまへる時ハ我切先を下げて行也
読み
雷電(らいでん)
 相手高山 我左の脇へ切先を上(へ)構え行く時 打ち込む処を留め勝つ 又 相手車に構える時は切先を下げて行く也

読み解く
 この雷電も抜けだらけで困りました。
 相手は上段に構える、我は「左の脇へ切先を上構え行」、この構えは左青眼に構え行くとも取れます。この場合は相手が真向に打ち込んで来るのを、右足を踏み込み受けるや撥ね上げて相手の面に打込み勝つ。

 或は左手に柄を持ち左腰に付け右手を切っ先に添えて切先を上げ、スカスカと間境を越し、相手が真向に打ち込んで来るのを、左手を上げ右手をやや低く顔前頭上に相手の刀を十文字に受け、体を右入り身となって刀を擦り落とし詰める。

 次の「又相手車にかまえる時は我切先を下げて行也」です。相手は車に構え待ちかけています。
 我は下段に構えスカスカと間境を越します。相手車から我が左小手に打ち込んで来るを左手を右腕に引付相手の打ち込む刀を外し、相手の流れる小手に打ち勝。

 政岡先生は「上段に対しては右足を引いて体を開き物打の峰に左手をかけ右拳を右腰に当て剣尖を高く構。
 車に対しては左足をふみ出して刀を水平に構える意ならん。尚「打込処を留勝」となっているが六本目の如く右足をふみ込んで額前で受止め直ちに左足をふみ込みつつ右にすり落として左足からふみ込んで水月を突くべきである。

 「車に対しては」左足を前にして切先を下げ刀を水平に構え、相手が車から上段に振り冠って真向に打って来るのを六本目の栄目の様に額前で受止め右に摺り落とし水月を突く。というのです。車の構えから上段に振り冠って真向に打ち込むのは明治以降の竹刀剣道の方法です。余り参考にしたい方法では無いでしょう。車から打ち込む方法は幾つにも有る筈です。
我が構えの隙は何処か、其処へ誘いたいものです。

 

 

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2017年4月14日 (金)

第五回古伝研究の集いを終えてその1

 第五回古伝研究の集いを終えて
 
 朝から、春の雨が降っています。
 
 雨脚も強くなって最短の道路が渋滞になりだしています。
 この雨では集まりが少なかろうと、今日は「詰合」の業技法を深く掘り下げてみようと思い、少しばかり遅れたドアを開けると、何時もの見慣れた顔が迎えてくれます。
 
 前回の研究会(2017年2月28日第四回古伝研究の集い)で土佐の居合の仕組(組太刀)「詰合」を研究して来ました。
 今回(2017年4月11日第五回古伝研究の集い)は「詰合」の業10本を、古伝の文言に従って考えられる動作を幾つか前回で稽古して見たので、最もわかりやすく、演じやすく、技の決まりも明解な動作を集まった方々と選択して見ようと云う事で集まりました。
 そして研究会による古伝神傳流秘書の「詰合」の基本的な動作を詰めておこうと思うわけです。
 師伝と称するものでも、個人的な研究による思い付きのものでも、過去の大家の教本にある真似でもなく、我々が古伝神傳流秘書を読み、やって見て、こうであろうと思われる「詰合」の創作です。
 「詰合之位」は習ったり見たりしていても、古伝神傳流秘書の「詰合」は見た事も無く、知らないし、習った事などある人は稀であろうと思います。
 最も古伝に近く信頼できる政岡先生の地之巻ですら古伝の「詰合」と「詰合之位」が混線しています。他の先生方のものは明治以降の「詰合之位」です。
 
 詰合は、前回も述べましたが、第17代大江正路先生が伝承をせずに置き捨てたのか、下村派の下村茂市師匠に習わなかったのか、習ったけれど中学生には無理として伝承しなかったのか、限られた道場で何を手附にしてか判りませんが細々と打たれるばかりです。
 其れも、古伝では無く曽田虎彦先生が実兄土居亀江が第16代五藤孫兵正亮から習ったものを、記録して業附口伝としてまとめた江戸末期から維新へ掛けて打たれたであろう「詰合之位11本」がほとんどです。
 
 古伝神傳流秘書では呼称は「詰合」であって「詰合之位」ではありません。
 業数も古伝は10本、明治以降のもので現在打たれているものは11本です。
 我々は、古伝神傳流秘書の「詰合」を研究する事が目的です。
 「詰合之位」も古伝の趣を残していますが、江戸末期にはどの流派でも陥った「形」が単なる「かたち」を演ずるものになって武的演舞に成り下がったものとは異なるものです。
 
 古伝の復元は現代人には出来ないとも云われます。
 明治以降の直線的動作で決まった箇所しか打突の優劣を判定しない竹刀剣道の教えと、其の教えに流されてしまった現代居合の体捌きが古伝の復元の困難な壁になるのです。
 
しかし、流派の伝承は現代風に変化したとしても初期の片鱗は何処かに残されているものなのです、ですからその動作は全て捨て去ることはできません。
 
 戦国時代から江戸時代前期の日本人の日常動作や、武術のあり方が理解でき、実施できない限り、元へ戻れないかもしれません。
 
 さらに命を懸けて白羽の下をかいくぐって来て、作られた形の神髄は、現代剣道の棒振り打突体操では計り知れないかも知れません。
 
私達は、あえて、それに刃向かってみたいのです。
 
 古流剣術の形を習い、順番通り演じるのですが、何かおかしい。それは、形の順番とかたちは間違いないのですが、少しも術が決まらないように、刀を操作する現代人の不器用がなせるものの様です。
 かたちばかりで実が無い。出来ているように見えても剛力で無理やり決めたつもりになって居付いてしまう。
 真剣を以って稽古すればさらにかたちまでも決まらなくなります。かたちはなんとか決まっても術が決まらないのです。武術とは術が決まって武術なのです。
 現代の大家と言われる先生方の教えや、技の決まった写真や、動画も難点が見えてしまい、参考程度を越えてくれないのです。
 
 
 

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曽田本その1の1神傳流秘書原文8大剣取9雷電

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
8、大剣取
9)九本目雷電
雷電
 相手高山我左の脇へ切先を上構へ行時打込む処を留勝又相手車二かまへる時ハ我切先を下げて行也
読み
雷電(らいでん)
 相手高山 我左の脇へ切先を上(へ)構え行く時 打ち込む処を留め勝つ 又 相手車に構える時は切先を下げて行く也
 
 

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2017年4月13日 (木)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く8大剣取8橇橋

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
8、大剣取
8)八本目橇橋
橇橋
 相手高山我も高山尓て懸る場合尓て車二きっしりとしたる時向の眉間へ切先をさし付手本を上突込ミ勝
読み
橇橋(そりはし)
 相手高山我も高山にて懸かる場合にて 車にきっしりとしたる時 向うの眉間へ切先を指し付け手元を上げ突き込み勝つ

読み解く
 この橇橋は業名も不思議ですが、文章の解読は難解です。
 相手も上段、我も上段にてスカスカと間境に至り、懸っていく場合「車にきっしりとしたる」のは相手か我か解らないのです。
 先ず相手が上段から車に構えを替えた時、我は相手の眉間に上段から切先をさし付け手もとを上げて突き込み勝。
 是では相手は何故車に構えを取ったのか相手の意図が読めません。下手に突き込めば踏み込まれて一刀両断で小手を打たれそうです。

 そこで、車にきっしりとするのは我として見ます。双方上段に構えスカスカと間境に至り我は、車に構える、相手左肩に上段から打込んで来るのを、腰を左に捻って外すと同時に相手の眉間に切先をさし付け手元を上げ突き込み勝。この方がすっきりします。柳生新陰流の一刀両断かとも思えます。

 それでは「車にきっしりとしたる時」が何となくぼけますから、双方車に構え、相手より我が右肩に打ち込んで来るのもいいでしょう。

 いずれにしても抜けだらけの手附けですから、どちらでも勝てる方法を稽古していきます。

 政岡先生は、互いに上段で間に入り、相手引いて車にとるところ、我は透かさず眉間に突き込んで勝。

 相手車に取らんと足を踏み替えんとするを機に、我は剣先を下げて正眼に構え踏み込んで眉間に突き込んで勝でしょう。
 他流の技を心得ていれば、返し技も出てきそうです。申し合わせの形打に終わったのでは古伝が泣きそうです。かと言って独創も憚られます。

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2017年4月12日 (水)

曽田本その1の1神傳流秘書原文8大剣取8橇橋

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
8、大剣取
8)八本目橇橋
橇橋
 相手高山我も高山尓て懸る場合尓て車二きっしりとしたる時向の眉間へ切先をさし付手本を上突込ミ勝
読み
橇橋(そりはし)
 相手高山我も高山にて懸かる場合にて 車にきっしりとしたる時 向うの眉間へ切先を指し付け手元を上げ突き込み勝つ

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2017年4月11日 (火)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く8大剣取7山風

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
8、大剣取
7)七本目山風
山風
 相手高山我切先をさけ前二構へ行時相手打込を左右いずれなり共請請流し拳へ勝
読み
山風(やまかぜ)
 相手高山 我れ切先を下げ前に構え行く時 相手打込むを左右何れなりとも 請け請け流し拳へ勝つ
読み解く
 相手上段、我は「切先を下げ」ですから、下段に構えスカスカと間境を越す、相手は上段から真向に打ち込んで来る、或は右面、左面に打込んで来る、我は左足を左前に踏込み、柄を左に右肩を覆う様に請け留め請け流し拳へ勝。或は右足を右斜め前に踏込み柄を右に左肩を覆う様に請け留め請け流し拳へ勝つ。 
 
 上段からの打ち込みですから真向、左面、右面いずれでも「請請流し」の文言に従って、顔前頭上で十文字に請け留めて、体を躱して摺り落し相手の拳に打ち込み勝。
 十文字請けは真向及び左面へ切込まれても切先を左で請け右に体を躱して打込む、右面の場合は切先を右に十文字に請け体を左に躱して打込む。

 上段からの左右の打ち込みを見分けられない様では応じられず、切先左のみの「請請流す」では不都合も有りそうです。
 出足が右だろうと左だろうと左右いずれにも応じられるようになりたいものです。
 体捌きとそれに付随する足捌きのよい稽古です。
 「請請流し拳へ勝つ」にポイントがある業です。

 真向打ちを誘う様に下段から切先をすっと僅かに上げるのも有でしょう。
 下段からの請け流しは、顔前頭上で正座の部の受流の様にしてみましたが、ここにも幾つもの工夫があってしかるべきものです。例えば、切先を突き上げる様にして請け請け流す。
現代居合の不十分な処を補う良い業です。そして相手の「拳へ勝」ですから、相手は流されて打たしてくれる首や肩ではありません。

 政岡先生は「左右何れなり共請請流し」を左右の足捌きにあてておられます。
「下段に構えて間に入る時、右足の出た時打下されたなら左足を左前にふみ込んで右に請け流し、左足の出た時打下されたなら右足を右前にふみ込んで左に請流すべきならん」
とされています。

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2017年4月10日 (月)

曽田本その1の1神傳流秘書原文8大剣取7山風

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
8、大剣取
7)七本目山風
山風
 相手高山我切先をさけ前二構へ行時相手打込を左右いずれなり共請請流し拳へ勝
読み
山風(やまかぜ)
 相手高山 我れ切先を下げ前に構え行く時 相手打込むを左右何れなりとも 請け請け流し拳へ勝つ

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2017年4月 9日 (日)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く8大剣取6栄月

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
8、大剣取
6)六本目栄月
栄月
相手高山我切先を左へさし胸へ横耳當かまへ行時相手打込を切先に手を添へ請入る
読み
栄月(えいげつ)
相手高山 我れ切先を左へ指し 胸へ横に当て構え行く時 相手打込むを 切先に手を添え 請け入る

読み解く
 栄月とは何とも風流な業名です。
 相手は上段に振り冠り、我は柄を右に、切先を左に、左手で刀の物打ち下に添え、刀の棟を胸に宛て、スカスカと間境を越し、「ふっと」止まるや、相手真向に打ち込んで来るのを両手を上げ顔前頭上に刃を上にして左足を踏込み十文字に請ける。即座に入り身となって相手の刀を右に摺り落とし、左足を踏み込んで相手喉に突き込む。

 是は面白い業です。刀を抜き出して切先を左に向け横にして左手で刀身をささえて刃を上に向けてスカスカ歩み行くのでしょう。
 我の異様な接近に相手がオヤと思う処をチョット立ち止まって相手の打ち気を誘ってみました。
 十文字請けからの摺り落としは太刀打之事や詰合ですでに稽古済みです。

 政岡先生は無双直伝英信流居合兵法地之巻では「栄目」と業名をあげておられますが之は誤植で「栄月」に訂正されています。
 「左足をふみ出して正面向きのまま柄にかけた右手は腹の右前、物打の峯に添えた左手は腹の左前で、刀は水月の前で刃は前に向き、両前膊は水平に構える。間に入るや正面に切り下されたので額前で十文字に受け止める(刃は上向く)直ちに左足をふみ込みつゝ右にすり落し、左足からふみ込んで水月を突く。」

 この業は、どうやら柳生新陰流の九箇之太刀の「捷径」の様です。

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2017年4月 8日 (土)

曽田本その1の1神傳流秘書原文8大剣取6栄月

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
8、大剣取
6)六本目栄月
栄月
相手高山我切先を左へさし胸へ横耳當かまへ行時相手打込を切先に手を添へ請入る
読み
栄月(えいげつ)
相手高山 我れ切先を左へ指し 胸へ横に当て構え行く時 相手打込むを 切先に手を添え 請け入る

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2017年4月 7日 (金)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く8大剣取5栄眼

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
8、大剣取
5)五本目栄眼
従是相寸
栄眼
 相手高山我は左青眼二構へる時相手横耳拂ふを放して拳へ勝
読み
従是相寸(これよりあいすん)
栄眼(えいがん)
 相手高山 我は左青眼に構える時 相手横に拂うを放して拳へ勝
読み解く
 是より相寸、ですから我も相手も太刀を持っての攻防です。
 相手高山ですから上段に構えています。この上段は、太刀を頭上に45度に高く構え、左拳は頭上、又は顔前頭上(額の上)でしょう。顔前頭上は竹刀剣術の統一方法の構えでしょう。

 我は左青眼ですから、太刀の切っ先を相手の左目に付け、又は相手の上段に構えた左肘につけ右足前にしてやや半身に構えます。
*
左青眼・右青眼の定義は、曽田本その1の2英信流目録の小太刀之位を参考にします。
 左青眼:敵の左眼へ切先を付ける、この場合右足を前
 右青眼:敵の右眼へ切先を付ける、この場合左足を前

  高野佐三郎先生の「剣道」に従えば、中青眼が基本で、平青眼が左青眼でしょう。右足前の上段を右上段、左足前の上段を左上段と定義されています。それに従えば古伝の左青眼は右青眼となります。

 此処では、英信流目録を優先します。
 相手上段、我は左青眼に構えスカスカと間に入るや「相手横に払う」、さて相手は我のどこを横に払ってくるかは何も書かれていません。
 左青眼に構えた太刀かも知れません、右拳かも、左拳かも知れません。あるいは肩かもしれません。

 上段から「横に払う」は動作が大きくなりますから、相手も工夫が必要です。相手は上段ですから左右いずれでも打ち下ろせます。

 我は左青眼ですから剣先は右です。左拳が相手に誘う様にあるのですが、初めは、相手は八相から横に我が太刀を払ってくるのを太刀を上に外し即座に相手の拳に打ち込む。

 相手が、左拳を払って来る場合は、左拳を上げ相手太刀をはずすと同時に我が太刀先を下げて相手の拳に切り込む。是は柳生新陰流の三学円之太刀の「半開半向」の「ほうり込み」が使えます。

 政岡先生は相手が太刀を八相から横に払って来るのを切っ先を下に外し、流れた相手の拳に切っ先を挙げて打ち込む。
 太刀を下げて外した場合、上に戻してから、外された相手の拳に打ち込むのは拍子が遅れます、上に上げて下すだけで充分な筈です。

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2017年4月 6日 (木)

曽田本その1の1神傳流秘書原文8大剣取5栄眼

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
8、大剣取
5)五本目栄眼
従是相寸
栄眼
 相手高山我は左青眼二構へる時相手横耳拂ふを放して拳へ勝
読み
従是相寸(これよりあいすん)
栄眼(えいがん)
 相手高山 我は左青眼に構える時 相手横に拂うを放して拳へ勝

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2017年4月 5日 (水)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く8大剣取4鉄石

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
8、大剣取
四本目鉄石
鉄石
 是も前の如く坐し是は廻り寄りて切らんと心得て抜かざる時行なり二小太刀尓て地をハタと叩いて気をうばうて入りてさ春
従是相寸
読み
鉄石(てっせき・てついし?)
 是も前の如く坐し 是は 廻り寄りて 切らんと心得て抜かざる時 行くなりに小太刀にて地をハタと叩いて 気を奪いて 入りて刺す
是れより相寸
読み解く
 是も相手は「前の如く坐し」ですから居合膝に坐す処、我が「廻り寄りて」は、めぐりよりて、めぐってきて、相手はそばに寄ってくれば切ろうとしているが抜こうとしない時、我は小太刀を下げてスカスカと間境に歩み行き、体を低め、小太刀で地をハタと叩き相手の気を奪い、相手が抜こうと抜くまいと体を低めたまま中に入り、相手の柄手を制して刺す。

 いささか、文章が解りずらいのですが、抜こうとしているが、抜く気があっても抜こうとしない相手の気を奪って付け込んで刺す、という業です。
 仕組の稽古でこの気を出せるかは難しいでしょうが、業に成りきって稽古する事も大切な事だろうと思います。

 政岡先生は、相手が抜かないので抜刀して地面をはたと打つと抜きはじめる、そこを飛び込んで右手をおしあげてさす。としています。

 「従是相寸」これより相寸
四本目までは相手は太刀我は小太刀での攻防でした。五本目以降は相寸です。双方太刀を帯して行います。

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2017年4月 4日 (火)

曽田本その1の1神傳流秘書原文8大剣取4鉄石

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
8、大剣取
四本目鉄石
鉄石
 是も前の如く坐し是は廻り寄りて切らんと心得て抜かざる時行なり二小太刀尓て地をハタと叩いて気をうばうて入りてさ春
読み
鉄石(てっせき・てついし?)
 是も前の如く坐し 是は 廻り寄りて 切らんと心得て抜かざる時 行くなりに小太刀にて地をハタと叩いて 気を奪いて 入りて刺す

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2017年4月 3日 (月)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く8大剣取3外石

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
8、大剣取
3)三本目外石
外石
 是無剣の如く放したる時又右より打を留入りてさ春
読み
外石(がいせき・そといし?)
 是 無剣の如く放したる時 又 右より打つを留め入りて刺す
無剣 参考
 相手居合膝二坐し居る処へ小太刀をさけかくる相手抜打つを放し入りて刺す

読み解く
 これは、奥居合居業の一本目現代居合の「霞」古伝の抜刀心持之事の一本目「向払」に応じるものでしょう。

 相手居合膝に座す処へ我はスカスカと小太刀を下げて間境を越す、相手抜き打ちに出足を払って来るので出足を引いてこれを外す。相手は手を返して、進んで我が左方より切り替えして来る、これを踏み込んで小太刀で請け留め、中に入って刺す。

 間境に右足で踏み越える処、相手その右足に抜き付けて来る、我は右足を引いてこれを外す。
 相手抜き払って外されたので手を返し、左足を右足に引き付け右足を踏み込んで我が左足に切り返して来る。
 我は左足に小太刀を接する様にしてこれを請け留め、我れ右足を踏み込んで相手に付け入って刺突する。形にはなりますが、すさまじい技です。

 政岡先生は、打の動作は奥居合「霞」の動作である。相手のぬき付けを引き外し、返す刀を受け留め、跳ね上げて飛び込んでさす。
 相手の太刀を我が小太刀で受け止め、跳ね上げる、とされています。

 

 

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2017年4月 2日 (日)

曽田本その1の1神傳流秘書原文8大剣取3外石

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
8、大剣取
3)外石
外石
 是無剣の如く放したる時又右より打を留入りてさ春
読み
外石(がいせき・そといし?)
 是 無剣の如く放したる時 又 右より打つを留め入りて刺す
無剣 参考
 相手居合膝二坐し居る処へ小太刀をさけかくる相手抜打つを放し入りて刺す
 

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2017年4月 1日 (土)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く8大剣取2水石

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
8、大剣取
2)二本目水石
水石
 如前く待処へ小太刀をさけかくる時相手深く懸って抜付るを小太刀を持ちたるなり尓て止入りてさ春
読み
水石(みずいし・すいせき)
 前の如く待つ処へ 小太刀をさげかくる時 相手深く懸かって抜き付けるを 小太刀を持ちたるなりにて止め 入りて刺す
読み解く
 相手居合膝に座す処、我は小太刀を下げてスカスカと間境を越して行く。相手、我が胴に抜き付けて来るを、踏み込んで小太刀にて請け止めるや、身を低め相手の懐に入り、左手で相手の右肘を制し刺す。
 小太刀で抜き付けられた太刀を請けるには、腰を入れてしっかり刃で請ける、小太刀を体から離して及び腰になればはねられてしまいます。右足に添えるように踏み込んで請ける事も課題です。

 間境にスカスカと入るは、左足で踏み込み相手の打ち気を誘う様にして、抜き付けて来るや右足を踏み込み小太刀で相手の刀を請け止め、左膝を右足踵に引き付け体を下げ、右足を踏み込み相手の中に付け入って、左手で相手の右肘或は右手首を、下に押し付けて制する。
 又は、相手が、請け止められて、即座に上段に振り被るを機に相手の右肘を我が左手で押上げ小太刀で刺突する。

 政岡先生は、相手が抜き付けて来るのを抜請けに留め、小太刀で相手の太刀をはね上げ飛び込んで刺します。

 

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2017年3月31日 (金)

曽田本その1の1神傳流秘書原文8大剣取2水石

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
8、大剣取
2)二本目水石
水石
 如前く待処へ小太刀をさけかくる時相手深く懸って抜付るを小太刀を持ちたるなり尓て止入りてさ春
読み
水石(みずいし・すいせき)
 前の如く待つ処へ 小太刀をさげかくる時 相手深く懸かって抜き付けるを 小太刀を持ちたるなりにて止め 入りて刺す
 

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2017年3月30日 (木)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く8大剣取1無剣

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
8、大剣取
1)一本目無剣
大剣取 (此太刀打ハ和之伝二有也)
無剣
 相手居合膝二坐し居処へ小太刀をさげかくる相手抜打つを放し入てさ春
読み
大剣取(だいけんとり) (此の太刀打は和(やわら)の位の伝に有るなり)
無剣
 相手居合膝に坐し居る処へ 小太刀をさげかくる 相手抜き打つを放し入りて刺す
読み解く
 神傳流秘書に記載されている太刀打は、太刀打之事10本・詰合10本・大小詰8本・大小立詰7本・大剣取10本合計45本あります。
 更に安永五年1776年に第12代林益之丞政誠による英信流目録に小太刀之位六本が記載されています。これを加えると51本が太刀打となります。
 小太刀之位は神傳流秘書には無い太刀打ですが、間と間合いを覚えるには良い業です。

 大剣取は「此の太刀打は和之伝に有也」ですが之は、神傳流秘書の和は夏原流の和です。「和」は「やわらぎ」と読むようです
 夏原流に有る小具足・小具足割に小太刀(短刀)による仕組が有りますからその辺を言うのかも知れません。小具足とは素手による格闘技では無く短刀を用いた格闘技を一般的に云うものです。
 しかし、夏原流和之事には大剣取らしき太刀打は見当たりません。

 大剣取は神傳流秘書のみに記載されているもので、今までの様に曽田先生による五藤先生の業附口伝は存在しません。従って古伝の文章の不充分な抜けた部分を補うものは居合から類推するばかりです。


 相手居合膝に坐している処へ、我は小太刀を右手に下げ、スカスカと間境を越して行く。
 相手抜き打ちに我が出足に抜きつけて来る、出足を引くと同時に小太刀を下げた右手を上げ、抜打ちを「放し」は、外して透かさず、右足を稍々右に踏込み、相手の中に入り左手で相手の右腕を制し、刺す。

 「・・小太刀をさげかくる・・」ですから、此処は小太刀の切先を下に向け右足の前辺りに下げた無形之位で、相手の座す処にあゆみ行く、相手は間境を越した我が出足を払って来るでも、腰を払って来るでもいいでしょう。
 相手は外されて即座に上段に振り被るか、手を返して霞の様に打ち返すかも知れません。

 居合膝はどのようにするのか不明ですが、現在の立膝の座仕方と思えば良いのでしょう。 但し、夏原流の小具足の処に「両方足を爪立左の膝を付き右の膝を浮けて折る八文字に坐す」とあります。居合膝でも腰を浮かし両足爪先立っている様です。

 現存するテキストでは、政岡先生の昭和49年1974年発行の「無双直伝英信流居合兵法地之巻」に有ります。この出典は何処からのものか不明です。
 私は河野百錬先生のものを使用したのではないかと思っています。多少文言に違いがあるところも有るので確証は有りません。

 河野百錬先生の昭和29年1955年発行の「無双直伝英信流居合兵法双書」に大剣取の項目は有りますが、これは曽田本の神伝流秘書を丸写ししたもので、解説もありません。

 細川家から拝借したものを公開された木村栄寿先生の昭和57年1982年発行の「林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流」では「大剣取」は「居合兵法極意之書」として文政12年1829年山川幸雅より坪内清助に授与され、坪内長順の秘書とされる中に「和大剱捕軍馬組附」(やわらぎだいけんどりぐんばくみつけ)と題して記載されています。(P139~140)
 無剱~雷電まで9本で神傳流秘書にある、10本目水月が欠如しています。文言には違いがありますが、概ね同じ手附と判断いたします。
 細川家より拝借したという、木村栄寿本と曽田本の対比により、よりわかりやすいものをと思いましたが「転載・複製を禁ず」との事ですから、当該書籍をお求めの上御確認下さい。

 古伝武術は素晴らしい、世界に誇る日本の伝統文化です。自由に研究させていただければと思いますが、割愛させていただきます。

 政岡先生は「小太刀をさげてかゝる・・」二本目は「持ちたるなりに・・」となっているので、抜刀して正眼とも考えられるが、居合の形として考えて納刀のまゝとしたものである。抜刀して左手を腰に、中段「入身の構」でも可ならん。
「間に入った時払われたので引いて外す、飛び込んでさす」

 政岡先生は、相手が抜き打ちを外され即座に上段に振り被る処、我は踏み込んで左手で相手の右肘を制しています。


 古伝では、ここは「小太刀をさげかくる」ですから、小太刀を抜刀して右手にひっさげて無形の位で間境を越す、此の方が古流の伝らしく、あえて居合の納刀に拘るものでもなさそうです。

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