2018年2月23日 (金)

無双直伝英信流居合の型 河野百錬先生の作法

河野百錬先生の大日本居合道図譜に依る作法
無双直伝英信流居合道形(太刀打の位)
 当流に古伝せらるゝ太刀打の位十本を基本として編成したるものなり(大江正路先生編成)形は之に依りて姿勢を正確にし、眼を明かにし、技癖を去り、太刀筋を正しく、動作を機敏軽捷にし、刺撃を正確にし、間合を知り、気位ひを高め、気合を練るなど甚だ重要なるものなり。
 形を演ずるに当たりては十分に真剣対敵の気合を罩め、寸毫の油断なく、一呼吸と雖も苟もせず、居合の法則に従ひ確実に演錬すべし。
 形に最も重んずべきは単に其の動作のみならず実に其の精神にして、気合充実せず精神慎重を欠かば、如何に軽妙に之を演ずるとも一の舞踊と択ぶ所なし。学者の心すべきところなり。
相互の礼
 道場の末坐にて約五尺を隔てゝ対坐す。
 正坐の姿勢と同時に端坐して刀は右脇に刃を内に向け鍔を膝の線に置く。
 次にお互に礼をなす。
神殿に礼
 居合と同要領にて刀を左手に提げて立ち、静かに道場の中央に進み互に十尺を隔てゝ神前に向ひ右手に刀を取替へて神座に最敬礼を行ふ。
坐礼
 立礼の所にて向ひ合ひて黙礼し静かに進み約五尺を隔てゝ対坐す。
坐礼
 刀を前に置き居合の要領にて坐礼をなす。
帯刀
 帯刀す。次に左手の拇指を鍔にかけて鞘を握り右足を踏込みて立上がり其足を左足に退きつけて直立し、互に左足より五歩後進して対向す。之より業に移る。
解説
 河野先生は無双直伝英信流居合道形(太刀打の位)と何故に大江先生の独創になる組太刀の名称をいじろうとしたのでしょう。
 河野先生はこの当時、大日本武徳会居合術達士の頃です。宗家ではありませんでした。
 業解説はともかくこの様呼称のな変更は疑問です。
 其の頃第19代福井春政先生は、嶋 専吉に古伝太刀打之位を指導されています。昭和17年1942年の事でした。
 作法です、道場の末坐で1.5mを隔てゝ相互の礼をしてから、道場の中央に移動し、其処で3m隔てゝ神前の礼をし。それからもう一度向かい合って相互の礼を再びさせ、1.5m近寄って帯刀します。
 古伝太刀打之事は10本あって大江先生の組太刀は古伝から一本目出合(出合)、二本目附込(拳取)、四本目請入(絶妙剣)、五本目月影(鍔留)、十本目打込(討込)と括弧内の呼称は大江先生の改変された無双直伝居合の型の名称です。
 独妙剣と請流が加わり業数7本の大江先生の独創に依る組太刀が出来ています。従って飽くまで、古伝とは異なる独創になる組太刀で「無双直伝英信流の型」であると大江先生は表現されていたと思います。
 最後に作法で足捌きの事が抜けています。帯刀し右足を出して立ち上がり右足を左足に引き付け直立する足捌きは同じです。左足から五歩下がるのも同じですが、河野先生は大江先生の五歩目「右足後ろ15cmに左足を置く」が出来ていません。両足揃えた結び立となってしまっています。
 
 
 
 
 

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曽田本その1の3業附口伝原文3大小詰2骨防

曽田本その1
3業付口伝原文
3、大小詰
二本目骨防
互二對坐打ハ両手二テ仕ノ柄ヲ握ル仕ハ右拳ヲ顔二アテ其ノヒルムトキ二乗シ右足ヲ柄越二マタギ右足内側ヨリ右手ヲ柄二添へ右足ニテ敵ノ両手ヲ押拂フと同時二柄ヲ防取ル也此ノ時敵ハ我右腋へ匍ヒ倒ル也
((向フテ居ル両手ニテ柄ヲ押シ付ル時直二右手ニテ面へ當テ其儘二乗り右足ヲフミ込ミ柄へ手ヲカケモグ)
読み
二本目骨防(ほねもぎ 曽田メモ神傳流秘書にあり)
 互に対坐 打は両手にて仕の柄を握る 仕は右拳を顔に当て其の怯む時に乗じ右足を柄越にまたぎ 右足内側より右手を柄に添え 右足にて敵の両手を押し払うと同時に柄を防取る也 此の時敵は我右腋へ匍い倒れる也
(五藤メモ 向うて居る 両手にて柄を押しつける時 直ぐに右手にて面へ当て 其の儘に乗り右足を踏み込み柄へ手をかけもぐ)
古伝神傳流秘書大小詰
二本目骨防扱(ホネモギ 曽田ルビ)
 立合の骨防返に同し故常二なし
古伝神傳流秘書大小立詰
二本目骨防返
 相懸リニ懸りて相手我刀の柄を留めたる時我右の手尓て柄頭を取り振りもぐ也

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2018年2月22日 (木)

無双直伝英信流居合の型 大江正路先生の作法

無双直伝英信流居合の型 作法
大正7年1918年は今から100年前の事です。谷村派第17代大江正路先生は無双直伝英信流居合の型を堀田捨次郎と共著で残されています。
その作法から先ず読んでみます。
1、大江正路先生考案の無双直伝英信流居合の型 作法
 刀は左手で鞘を持ち、親指にて鍔を支へ、其握りを腰部に着け、四十五度の傾斜に下げ、右手は横腹に着け不動の姿勢となり、互に十尺程の距離を取り對向し、一禮を行ひ、更に五尺程の距離に進み、神殿に向ひ黙禮をなす、更に向ひ合ひ静に正座す、刀を右手に持ち變へ、前に五寸程離して置き、互に両手を板の間に着けて禮を行ふ、一應両手を膝上に置き、右手に刀を持ち、腰に差し、再び両手を膝上に置き、更に左手にて鞘を握り、拇指を鍔に添へ、右手を膝上に置きたるまま、右足を前に出し、其足を左足に引き揃へて、直立す、直立したる姿勢にて後へ退くこと左足より互に五歩とす、止まるときは右足を前に左足は稍や五寸程引き踏む、此構にて互に進み出でて第一本目を行ふ。
 
解説:
 まず演武の場所に相方並んで進み出、3mの距離を持って向き合い相互の礼をする。
 次に向かい合って1.5m相進み、神殿に向って黙礼をする。
 其の位置で向き合い座して帯刀し、右足を出して立ち上がり、右足を左足に引き付け直立する。
 道場中央へ双方進んでからの作法で、入場する場合の事は何も書かれていません。入場前に座して、あるいは立って相互の礼をする必要は無く、威儀を正し打太刀を先に粛々と歩み行けば良いのでしょう。
 
 其処から互に左足より歩み足で五歩退く、五歩目は左足後ろで右足前、左足は右足の後ろ15cm程に踏む。この足構えは古流剣術の作法になっています。両足を揃えたハの字立ち、結び立ちではありません。日本剣道型でも同様です。
 大江先生も当時の帝国剣道形を意識されたか、この足構えを当然とされたと思われます。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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曽田本その1の3業附く伝読み解く3大小詰1抱詰

曽田本その1の3
業附口伝原文
3、大小詰(朱書(括弧書)ハ五藤正亮先生ノ教示)
一本目抱詰
 互二對坐打ハ仕ノ柄ヲ両手ニテ取ラントススグニ仕ハ両手ニテ打ノ二ノ腕ヲ下ヨリ差シ上グル様二掴ミ我脇二引キ倒ス也
(向フテ居ル敵我刀ノ柄ヲ両手ニテ押付ケル時敵ノ両肘へ手ヲカケウスミ上ヶ左二振リ倒ス)
読み
大小詰(だいしょうづめ)
一本目抱詰(だきづめ)
 互に対座 打は仕の柄を両手にて取らんとす 直ぐに仕は両手にて打の二の腕を下より差し上ぐる様に掴み 我が脇に引き倒す也
(向こうて居る敵 我が刀の柄を両手にて押し付ける時 敵の両肘へ手を懸けウスミ(臼見)上げ左に振り倒す)
古伝神傳流秘書大小詰一本目抱詰
大小詰(是ハ業二あらざる故二前後もなく変化極りな之始終詰合位居合膝二坐春気のり如何様とも春べし先大むね此順二春る)
重信流
一本目抱詰
 楽々居合膝二詰合たる時相手両の手尓て我刀の柄を留る時我両の手を相手の両のひぢ二懸介て躰を浮上り(引て?)其侭左の後の方へ投捨る
読み
一本目抱詰
大小詰
 (是は業にあらざる故に前後もなく変化極りなし 始終詰合位居合膝に坐す 気乗り如何様ともすべし 先ず概ねこの順にする)
 楽々居合膝に詰合たる時 相手両の手にて我が刀の柄を留める時 我両の手を相手の肘に懸けて体を浮き上がり(引いて?)に其の侭左の後ろの方へ投げ捨てる
読み解く

嶋 専吉先生の写した第19代福井春政先生の大小詰一本目 抱詰
 「打太刀は仕太刀の柄を両手にて捉らんとす、
仕太刀は直に両手にて打太刀の二の腕を下より差し上ぐる様に掴み己が左脇に引き倒す。


 嶋先生の謄写された物は曽田先生の書かれた業附口伝と同じ動作です。


 打は小太刀を帯し、仕は太刀を帯して互いに立膝に座して対座する、打は腰を上げ仕の柄を取ろうと腰を上げ乗り出して両手を伸ばしてくる。
 仕はすぐ様、両手で打の二の腕を下から差し上げる様に掴み絞り込んで制し、腰を上げて打を浮かし左脇に引き倒す。

 五藤先生の教示では、打(敵)は仕(我)の柄を両手で取り押し付ける時打の両肘に両手で下からかけ「うすみ上げ」左へ振り倒す。すでに柄を取られて、押し付けられています。打の肘を両手で少し持ち上げる様に腰を上げて打を浮かし左へ振り倒す。

 我が柄を押さえ様と手を出してきたところか、すでに柄を取られたかの状況の違いです。
 どのように敵の両肘に手を掛けるのが最も有効でしょう。抱き詰めと言う業名を考えれば両腕で敵の両腕肘の辺りを抱き抱える様にするのが実戦では有効でしょう。ここでは業手附に素直に従って稽古します。


 大小詰は我は太刀を差し、敵は小太刀を差して居合膝(立膝)に座す。
そのようにするとは、指定されていません。然し大小詰の呼称から判断します。


 詰合之位は「神傳流秘書の詰合」に(重信流也是より奥之事極意たるに依って確実に稽古する也)とありますから、奥居合は立膝によると現代では常識となっています。
 さらに神傳流秘書の大小詰の括弧書きには(是は業にあらざる故に前後もなく変化極りなし始終詰合居合膝に座す気のり如何様ともすべしまず概ねこの順にする)とはっきり仕様を付けています。
 
 「詰」は詰め合って座すでしょう。立膝の詰め合いで双方の間隔は右爪先または左膝頭間で三尺位であまり広く取らないこと。畳一畳に二人が向き合って座すもっとも自然な位置取りでしょう。

 ここで、この大小詰は「打・仕」と「敵・我」を言い換えてあって前回までの詰合が「敵・我」とは異なる書き方が気になります。この手附は曽田先生が口伝によって書かれたもので太刀打之位・詰合之位とは違う参考文献に依っているかも知れません。是以後の手附はすべて「打・仕」の使い方です。

 五藤メモとした部分は第十六代五島孫兵衛正亮先生の教示であると、曽田先生の注意書きがあります。それでは「敵・我」であらわしています。曽田先生の手附と五藤先生の教示を対比しながら業を稽古していきます。



 詰合は、矢張り重信流と云う事で、奥の事として極意であるから格日(確実)に稽古するものと始めに有りました。
 双方太刀を帯して居合膝に坐したる時の攻防、或は立っての攻防でした。大小詰は相手は小太刀、我は太刀を帯します。

 此の大小詰は、「是は業にあらざる故」と云います。是は業では無いと云うのはどの様な事をさすのか解りません。
 刀を抜いて抜き打つ居合の業技法では無いと言うのでしょうか。内容から見て心得とは云い難いのですが、柔術でも剣術でも無く其の混合とでも言うのでしょうか。

 「前後もなく変化極りなし」は順番はどうでもいいから前後して稽古しても、状況に応じて変化極まりないと考えて工夫しろと言う様です。
 詰合では業を一本目から順次稽古する事で高度の業技法へ導いてくれます。従って順序をわきまえずに稽古するには相当のレベルに達する事も必要です。

 「始終詰合組居合膝に坐す」と座し方は双方詰合って組む。詰合うとは膝詰と云う様に双方の間隔は近く手を伸ばせば容易に相手の胸ぐらを掴める程でしょう。居合膝の名称が出ていますが、どの様であったかは不明です。
 片膝立ちした座仕方として置きます。此の頃すでに居合膝と云ったのか、この武術を習う人達の通称かも知れません。

 この業名は抱詰(だきずめ)でしょう。
 相手は小太刀を差し、我は太刀を差して向かい合って居合膝に坐す。「楽々居合膝に詰合たる時」の楽々をどのように解釈するのか、失伝した大小詰であり当然のようにその「楽々居合膝に詰め合う」仕方も失念しているのでしょう。

 「楽々」の書写が間違っていることもあるでしょうが、そのまま曽田先生に敬意を払って、相手をにっくき敵と意識する事無く貴人と接するが如く、さりとていたずらに緊張せずに作法に従って楽々居合膝に互いに接する。
 相手は腰を上げて、爪立つや我が刀の柄を両手で抜かさないように押えてくる。
 我は相手の両肘に下から両手を掛け絞り上げるように同時に腰を上げ、相手が浮き上がる処、左足を引き体を左に開いて左後方に投げ捨てる。

五藤先生は明治30年1897年に亡くなっています。
曽田先生は明治23年1890年生まれ、行宗先生に師事したのが明治36年1903年です。
曽田先生と五藤先生の直接の接点はありえないでしょう。

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2018年2月21日 (水)

無双直伝英信流居合の型の考察 参考資料

無双直伝英信流居合の型の考察
参考資料
 無双直伝英信流居合の型の考察を進めてゆく前に、参考資料を集めたいと思います。
参考資料には、現代風に見れば一つは現在打たれている無双直伝英信流居合道形の生の動作です。
 
 このブログに絵や写真、動画を参考に載せられないのは、真似だけにすがる、空っぽの偽物を見ても意味がないと思うからです。
 どの指導者も「俺が一番」です。真似てるだけですらあれだけ違うのです。
 「師匠にこう教わった」で武術は成り立ちません。
 
 かと言って、写真や動画の演武解説をして見ても意味の無い中傷に終わって、悲しくも仲良しを失うばかりです。
 
 参考資料のもう一つは、「無双直伝英信流居合の型「」を創作された大江正路先生と其の道統の河野百錬先生・福井聖山先生の解説書であろうと思います。
 大江先生の「剣道手ほどきは」現代居合を大正7年に始めて解説したものになります。
 河野先生は大江先生の居合を土佐人で無いばかりに必死でその本物を追い求めた思いが伝わって来ます。
 福井聖山先生は大江先生・河野先生の正統正流を残さんとするものでしょう。
 想いを込めて書かれた解説資料を大切にしたいと思います。そして文字の内・外にあるものに気付いて行きたいと思います。
 映像は己の頭の中に打太刀・仕太刀が剣を打ち合わせて来る筈です。
 
参考資料を載せておきます。
 
1、主とした参考書 、参考資料
・剣道手ほどき 無双直伝英信流居合術の由来 
 大江正路・堀田捨次郎共著大正7年1918年
 
 
・無双直伝英信流居合術全
 河野百錬著昭和8年1933年
・無双直伝英信流居合道
 河野百錬著昭和13年1938年
・大日本居合道図譜
 河野百錬著昭和17年1942年 
・平成2年10月20日第9回無双直伝英信流居合道全国大会
 講習資料 太刀打之位 要旨
・無双直伝英信流之形
 正統第21代宗家福井虎雄聖山著平成3年1991年
 無双直伝英信流居合道福井虎雄聖山昭和57年ビデオ
・無双直伝英信流居合道形図譜帳手書きコピー
 相模国藤沢居合道会渋谷聖将述昭和62年1987年
 
2、大江正路先生又は河野百錬先生の型を元とした参考書
・無双直伝英信流居合道 天之巻
 一〆坊述(政岡壱實)昭和32年1957年
・無双直伝英信流居合道能参考
 野村條吉著昭和40年1965年
・無双直伝英信流居合道の手引
 川久保瀧次著昭和41年1956年
・宇野又二先生伝無双直伝英信流居合
 辻川新十郎記昭和44年1959年
・英信流居合之形
 山本宅治守誠記年不明
・土佐英信流 
 太田次吉著昭和55年1980年
 
 
3、古伝についての参考書
・古伝神傳流秘書 曽田虎彦書写本 
 手書、手製製本 昭和25年1950年以前と思われる
・無双直伝英信流居合術乾
 嶋 専吉述昭和17年和綴じ本
・林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流 
 木村栄寿著昭和57年1982年
・無双直伝英信流居合兵法叢書
 河野百錬著昭和30年1955年
 

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曽田本その1の3業付口伝原文3大小詰1抱詰

曽田本その1
3業附口伝原文
3、大小詰(朱書(括弧書)ハ五藤正亮先生ノ教示)
一本目抱詰
 互二對坐打ハ仕ノ柄ヲ両手ニテ取ラントススグニ仕ハ両手ニテ打ノ二ノ腕ヲ下ヨリ差シ上グル様二掴ミ我脇二引キ倒ス也
(向フテ居ル敵我刀ノ柄ヲ両手ニテ押付ケル時敵ノ両肘へ手ヲカケウスミ上ヶ左二振リ倒ス)
読み
大小詰(だいしょうづめ)
一本目抱詰(だきづめ)
 互に対座 打は仕の柄を両手にて取らんとす 直ぐに仕は両手にて打の二の腕を下より差し上ぐる様に掴み 我が脇に引き倒す也
(向こうて居る敵 我が刀の柄を両手にて押し付ける時 敵の両肘へ手を懸けウスミ(臼見)上げ左に振り倒す)
古伝神傳流秘書大小詰一本目抱詰
大小詰(是ハ業二あらざる故二前後もなく変化極りな之始終詰合位居合膝二坐春気のり如何様とも春べし先大むね此順二春る)
重信流
一本目抱詰
 楽々居合膝二詰合たる時相手両の手尓て我刀の柄を留る時我両の手を相手の両のひぢ二懸介て躰を浮上り引て其侭左の後の方へ投捨る
読み
一本目抱詰
大小詰
 (是は業にあらざる故に前後もなく変化極りなし 始終詰合位居合膝に坐す 気乗り如何様ともすべし 先ず概ねこの順にする)
 楽々居合膝に詰合たる時 相手両の手にて我が刀の柄を留める時 我両の手を相手の肘に懸けて体を浮き上がり引いてに其の侭左の後ろの方へ投げ捨てる
 
 
 

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2018年2月20日 (火)

無双直伝英信流居合の型の考察序文

無双直伝英信流居合の型の考察
序文
 無双直伝英信流居合の型(形)は、古伝神傳流秘書よって太刀打之事・詰合・大小詰・大小立詰・大剣取が残されています。この型は仕組と云って太刀と太刀、小太刀と太刀による打太刀(相手、敵)と仕太刀(我、遣方)の攻防を型(形)に定めて稽古する様に組まれたものです。
 其の外に、大半は紛失してしまってようやくいくつかの業手附が残された英信流目録に小太刀之位が太刀と小太刀の型(形)が残されています。
 古伝はこの流を学ぶ者にも秘されたものであったらしく、秘伝を受け継いだ者によって門外不出となって幻のようなものだったと思われます。
 江戸末期から明治にかけて、他流と同様に消える寸前にあったこの流は、谷村派第17代大江正路先生によって、失伝したいくつかが独創され現在の無双直伝英信流居合として伝承されています。
 其の中でも、古伝の居合道型(形)は江戸末期にはに、防具を付け竹刀による打ち合いの剣術に席巻され型(形)を打つ者も無く消える寸前であったでしょう。
 下村派の曽田虎彦先生は谷村派第15代谷村亀之丞自雄、16代五藤孫兵衛正亮と伝わった居合道型(形)を、五藤正亮の弟子であった実兄の土居亀江より伝えられその業手附を残されています。
 其処には太刀打之位・詰合之位・大小詰・大小立詰と「位」というどこぞの他流の組太刀の呼び名を付して昭和初期に纏められて、演武会で竹村静夫先生と太刀打之位を演じて残されています。
 明治の中期に徴兵制度と相まって、武士で無い者を戦場で活躍できるように剣術が学校でもおこなわれるようになってきました。
 学生に指導するに当たって、剣術の統一、型(形)の統一が必要となり現在の全日本剣道型の前進である大日本武徳会剣術形が明治39年に発表されています。
 其の頃大江正路先生も無双直伝英信流居合の型(形)七本を古伝から引用し中学生でも容易に打てる型(形)を考案しています。
 今回は、ある地区で打たれている太刀打之位を、その原形である大江正路先生考案の無双直伝英信流居合の型(形)をベースに、第20代河野百錬先生の太刀打之位、第21代福井聖山先生の太刀打之位の変遷を追ってある地区の太刀打之位を考察して見ようと思います。
 本来、大江先生の考案された無双直伝英信流居合の型(形)は、古伝の太刀打之事(太刀打之位)とは別物であるのですが、第20代河野百錬先生が昭和17年の大日本居合道図譜に於いて無双直伝英信流居合道形(太刀打の位)と括弧つきで名称を付したため、安易に太刀打之位が通称なってしまい、本来の古伝太刀打之事(或は太刀打之位)は幻の名称にある地区ではなってしまっています。何処の地区でも無双直伝英信流正統会では同じようなものでしょう。
 ある地区で言う組太刀(無双直伝英信流居合の型)の解説書がありませんので其処での講習会による運剣動作を元に大江正路先生迄辿って行きます。
 或る地区の居合の型は第21代福井聖山先生のビデオによるとされていますが、福井聖山先生は平成3年に「無双直伝英信流之形」の小冊子を発行されておられます。
 其の前年の平成2年10月21日第9回無双直伝英信流居合道全国大会の講習資料として「太刀打之位 要旨」が参加者にもたらされています。これ等の資料もある地区にはある筈ですが、容易にお目に掛れません。
 古伝が如何様な変化をしていようが其れはそれで、いにしえのままでは武術の奥義とはなり得ない事は充分承知しています。
 然し平成3年の第21代の教書が守られずに、基本動作としていたずらに変形しているのを目の当たりにして、変えてしまった由来すら不透明な事を良しとする程の器量は如何に「大らか」を売り物にしていても持ち合わせていません。
 一部の指導者によって理由もなく替えられたのでは先師に対しての冒涜も甚だしいと思います。
 
 
 
 
 
 

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曽田本その1の3業附口伝読み解く2詰合之位11討込

曽田本その1
3業附口伝読み解く
2、詰合之位
十一本目討込(伝書二ナシ)(留ノ打ナリ)
双方真向二打チ込ミ物打ヲ合ハス也
読み
十一本目討込(伝書になし)(留の打なり)
双方真向に打ち込み物打を合す也
古伝神傳流秘書詰合
11本目討込は有りません。
読み解く

*この業は伝書に記載されていないと曽田先生は仰います。詰合之位は十一本と摺りこまれて、最後の業は討込と定番になっているのです。
神傳流秘書には「以上十本」とあって討込の業は記載されてはいません。
 この業附口伝の十本目の霞剣では「・・五歩退り相中段に次に移る也」とありますから十一本目があって稽古もされていたのでしょう。

 双方スカスカと中段に構えて相進み、間境で左足を踏込み上段に振りかむり右足を踏み込んで真向に打ち下ろす、双方の真中上方で打ち合わせ、物打のあたりで鎬が擦れ合って留める。
 双方じわじわと中段に刀を合わせ、五歩退き血振り納刀する。
 是が演武会で見る殆どです。

 真向打ち合いは双方相手の頭上ど真中を物打で真向に打ち込む様にしないと空振りになり易いものです。
 この業は演武の際の締めの業位に思うものではなく、この真向打ちの極意を知ることが重要です。
 詰合之位十一本の中にこの双方真向に打ち合わせる業は、十一本目討込・十本目霞剣・八本目眼関落の三本もあります。三本とも双方の真ん中上部での物打ち付近の表鎬での摺り合いによる相打ちに留めています。
 太刀打之位では十本目打込一本・七本目絶妙剣、五本目月影は敵八相に打込ですから似ていますがちょっと違います。これを八相の構えから上段に振りかむって真向に打ち込めば同じことになります。ですから、この双方真向拝み打ちは、そのまま双方の頭上に打ち込めば相打ちとなるか、この極意技を会得した者が常にここで勝負を得られます。

 この拝み打ちだけをひたすら稽古するだけの価値は高いものです。何故土佐の居合はこの剣術の極意技を稽古させるように組み込んだのでしょう。
 一刀流の「切り落し」、新陰流の「合っし打ち」に影響されていることはどう考えてみても明らかです。

 「打ち込み」は、双方の頭の中心部に真っ直ぐに打ち込む事がポイントです。
 決して刀を斜めにして受け太刀を意識したものでは無く、厳しく注意すべきところでしょう。打太刀の真向に振り下ろす刀を、仕太刀は十分引き付けて真向に打ち下し斬り落します。
 仕太刀は打太刀の頭上を割って打太刀の刀は仕太刀の脇に摺り落ちます。
 打込むわけにいきませんから敵頭上で寸止めする事になります。
 双方、一歩退いて正眼に戻し物打ちを合せ、静かに元の位置に退がり血振り納刀。

嶋 専吉先生の第19代福井春政先生の打込

「打込(伝書になし、留の打なり)共に中段、互に進み間合にて真向に打込み物打を合せて双方青眼となる。
業終って其場にて左膝を跪き血振ひ納刀をなし一旦立ちて更めて正座し帯刀を解き左腰に堤刀にて後退し相互に立礼、更に神前の敬礼を行ひて退場す。」


 十一本目打込みは古伝神傳流秘書にはありません。十本目の霞剣では締まらないと考えて後世の者が追加したのかも知れません。いや曽田先生の独創かも知れません。

 ここは、打太刀が先に真向に斬り込み、仕太刀がそれを斬り落す極意業で締めたいものです。

 以上で業附口伝の詰合之位を終わります。
 嶋先生が昭和17年1942年太平洋戦争に突入し高知にも米軍機が飛来する中を、高知におもむき2週間程第19代福井春政先生や田岡 傳先生に直に指導を受けられた貴重な覚え書です。
 書かれたものから是は曽田先生の業附口伝に依る手附と判断できます。此の頃既に河野百錬先生の「無双直伝英信流居合道」が発行され、曽田先生の業附口伝が世に出て居ました。
 詰合以降は第19代福井春政先生のお持ちの文献から謄写したと書かれています。嶋 専吉先生のお国は何処で、御歳や師匠や所属は何処であったのか、どなたのお弟子さんであったのか、わかりません。

 詰合は居合膝(立膝)から始まる居合らしい組太刀です。古伝神傳流秘書の業手附を学べば「おおらか」力量次第で如何様にも変化を展開できるものです。
 この曽田先生の業附き口伝以降の詰合之位は「位」などと、「しか」とした送りがあるばかりで、特定の動作を要求されてしまい組太刀踊りになってしまう事が残念です。武術は「かたち」の伝承(まね)で終わらせたくないものです。

 詰合之位を終ります。

 

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2018年2月19日 (月)

曽田本その1の3業附口伝原文2詰合之位11討込

曽田本その1
3業附口伝原文
2、詰合之位
十一本目討込(伝書二ナシ)(留ノ打ナリ)
双方真向二打チ込ミ物打ヲ合ハス也
読み
十一本目討込(伝書になし)(留の打なり)
双方真向に打ち込み物打を合す也
古伝神傳流秘書詰合
11本目討込は有りません。

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2018年2月18日 (日)

曽田本その1の3業附口伝読み解く2詰合之位10霞剱

曽田本その1
3業附口伝読み解く
 
2、詰合之位
 
十本目霞剱(相中段)
是モ互二立合也敵待カケテモ不苦互二青眼ノ侭スカスカト行場合ニテ互二拝ミ打二討也互二太刀ノ物打チノアタリ合タル所ヲ(中段二直ル)我其侭左ノ足ヲ踏ミ込ミ裏ヨリ払ヒカムリ勝也五歩退リ相中段二移ル也
読み
十本目霞剱(かすみけん)(相中段)
 是も互に立合う也 待ち駆けても苦からず 互に青眼の侭スカスカと行き場合にて拝み打ちに討つ也 互に太刀の物打ちの辺り合いたる所を(中段に直る) 我其の侭左の足を踏込み裏より払い冠り勝也 五歩退がり相中段に移る也
古伝神傳流秘書詰合十本目霞剣
 眼関落之の如く打合せたる時相手より引かんとするを裏よりはり込ミ真甲へ打込ミ勝亦打込ま須之て冠りて跡を勝も有り
読み
 眼関落の如く打合せたる時 相手より引かんとするを裏より張り込み真甲へ打込勝 亦打込まずして冠て跡を勝もあり
読み解く

是も互いに中段に構え、敵は水月刀の刀を合わせた位置で待ち掛けていても良いと言ってますが、双方元の位置に戻ってスカスカと歩み行きましょう。
   双方一歩踏み出すやするすると上段に振りかむり、右足で間を越して拝み打ちに真向に打ち込む。
  互いに物打のあたりで刀を鎬で摺り合わせ、じりじりと中段に直るところ、機を見て我は左足を踏み込むと同時に刀を敵刀の裏に返し払うや振りかむって勝ちを得る。
 中段に刀を合わせ五歩退がり中段のまま次の業に移る。

 霞剣の手附の文章では、「・・我其儘左の足を踏み込み裏より払いかむり勝也」と言って、左足の踏み込みは前に踏み込む教えのようです。
 筋を変わる方が容易なので我は刀を裏から払うや左前に左足を踏み込み振りかむって勝つ、とやっている師伝もあるようです。

 「裏より払い・・」は、双方中段に直った時は我が刀は敵の刀の右側にあって物打の鎬で触れ合っている。
 我は敵の刀の下から左側に返して左足を踏み込むと同時に敵刀を右に払って(張り込んで)其の拍子に振りかむり勝つ。

 古伝はおおらかです。一つの業から幾通りの変化でも方法でも稽古をさせてくれます。今の全剣連の剣道形も制定当初はそれにより幾通りの変化も期待できるとあったはずが「形」に拘り忘れ去られている様なものです。

先日あるところで、そんな話をしていて、「形は申し合わせの・かたち・ではない」が理解できないような、マニュアル育ちが殆どである事にあきれています。
 そうかと思えば、「充分出来る様になって変化を付ける様に出来るまで教えの通りやる」とかたくなです。「充分できる」の意味が解かっていないのでしょう。

 真向に中央で打ち合わせ、「双方切先を正眼に取りつつ退く処」、我は刀を相手の刀の裏に張り込みその拍子に「踏み込ん」で真向に打ち込み勝。ここは左足の稍々左前への踏み込みが良さそうです。真向打ち合わせた刀の物打は相手の頭上に届く処で打ち留められるべきで、手を伸ばしても届かないのでは何のための拝み打ちでしょう。土佐の居合の組太刀にはこのような双方の間の中央での打ち合わせや、請け太刀が多いので手附の奥にあるものを考える研究課題です。
 亦打込まずに上段に冠って勝ちを示すも有。 

 詰合は以上十本で終わり。

嶋 専吉先生の第19代福井春政先生の霞剣
 「互に青眼のまゝ(但し剣尖を幾分高目に且つ腕を稍々前方に伸ばす心地にて)スカスカと進み間合にて双方拝み撃ちに物打のあたりにて刀を合せ中段に直るところを仕太刀素早く左足を一歩進め瞬間裏より打太刀の刀を払ひ直に上段に冠り勝つなり。
刀を合せ五歩退り(但し次の「留の打」を演ずる場合は納刀はせず)相中段にて次に移る。」


 この(但し剣尖を幾分高目に且つ腕を稍々前方に伸ばす心地にて)の青眼の構えの仕方を敢えて指導された「何故」が有りません。
 真向相打ちの間を考えての事かも知れません。
 真向打ちは上手な者が下手なものを斬り落してしまいます。敢えて双方の間の中心付近で物打ちあたりで相打ちとするには、稍々遠間で真向に打ち込み鍔が口元辺りに下りて来た時刀を止めれば双方の中間で剣先45度位で物打ちあたりで止められるでしょう。決して刀を斜めにしてバッテンで止めない事です。受け太刀の稽古をしても意味は無いでしょう。
そして本来の真向打ちを知る事も大切でしょう。

古伝神傳流秘書の詰合はここまでの十本で終わっています。
曽田先生の業附口伝は更に一本、十一本目に「討込」が有ります。

 

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2018年2月17日 (土)

曽田本その1の3業附口伝原文2詰合之位10霞剱

曽田本その1
3業附口伝原文
 
2、詰合之位
 
十本目霞剱(相中段)
是モ互二立合也敵待カケテモ不苦互二青眼ノ侭スカスカト行場合ニテ互二拝ミ打二討也互二太刀ノ物打チノアタリ合タル所ヲ(中段二直ル)我其侭左ノ足ヲ踏ミ込ミ裏ヨリ払ヒカムリ勝也五歩退リ相中段二移ル也
読み
十本目霞剱(かすみけん)(相中段)
 是も互に立合う也 待ち駆けても苦からず 互に青眼の侭スカスカと行き場合にて拝み打ちに討つ也 互に太刀の物打ちの辺り合いたる所を(中段に直る) 我其の侭左の足を踏込み裏より払い冠り勝也 五歩退がり相中段に移る也
古伝神傳流秘書詰合十本目霞剣
 眼関落之の如く打合せたる時相手より引かんとするを裏よりはり込ミ真甲へ打込ミ勝亦打込ま須之て冠りて跡を勝も有り
読み
 眼関落の如く打合せたる時 相手より引かんとするを裏より張り込み真甲へ打込勝 亦打込まずして冠て跡を勝もあり
 
 

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2018年2月16日 (金)

曽田本その1の3業附口伝読み解く2詰合之位9水月刀

曽田本その1
3業付口伝読み解く
 
2、詰合之位
 
九本目水月刀(相上段)
 是モ同シク立合テ真向へカムリ相掛リニテモ敵待カケテモ不苦我真向へカムリてスカスカト行場合ニテ太刀ノ切尖ヲ敵ノ眉間二突キ込ム様二突ク也其ノ時敵スグニ八相二拂フ其時我スグ二カムリ敵ノ面へ切込ミ勝也互二五歩退リ血振納刀以下同し
読み
 是も同じく立合いて真向へ冠り 相掛りにても 敵待ち掛けても苦からず 真向へ冠りてスカスカと行く 場合にて太刀の切尖を敵の眉間に突き込む様に突く也 其の時敵直ぐに八相に払う 其の時我直ぐに冠り敵の面へ切り込み勝也 互に五歩退がり血振い納刀以下同じ
古伝神傳流秘書詰合九本目「水月」
 相手高山二かまへ待所へ我も高山二かまへ行て相手の面二突付る相手拂ふを躰を替し打込ミ勝
古伝の読み
 相手高山に構え待つ所へ 我も高山に構え行きて 相手の面に突付ける 相手払うを体を替えし打込み勝
読み解く
 是も前回と同じように双方立って上段にかむり相掛に歩み行く。敵は待ちかけていてもよいとありますが双方歩み行くことにします。
 真向上段に構えスカスカと行き場合にて我は敵の眉間に突っ込むように突きを入れる、敵すぐに八相に我が刀を払う、その機に乗じて払われるや左足を左斜めに踏み出し上段に振りかむって右足を踏み込んで敵の面に斬り付ける。互いに切先を合わせ五歩退き血振り納刀する。
 再び刀を抜き中段に構えて次の業に移る。

 是は敵に突きを入れると敵が払ってくるので、その払われた拍子に筋をはずすように左足、右足と踏み込んで敵の面へ切り込み勝つ。としてみましたが、体を替らずに左足右足と踏み込んで真向を打つとした方が業附口伝の動作であろうと思います。
 この突きは、歩みつつ上段からスルスルと正眼に下ろし敵の眉間に突き込む、敵は目の前に切先が迫って来るので思わず八相に払ってしまう、そこに乗じて振りかぶり打ち込む。
 相手は我が刀を払うのであって我が拳では無い。
 我が突きは払われなければ眉間に突き込む意識はあるべきものです、然し其の侭突き間に入れば真向から斬り下されてしまいます。遠間で刀を払わせる気が大切でしょう。


神傳流秘書 詰合 九本目 水月
 相手上段に構え待つ所へ我も上段に構えスカスカと歩み行く、歩みつつ間境で切先を下し右足を踏み込み相手の面に突き付ける、相手之を右足を退き上段から我が右に八相に払って来る、払われるに随い左足を左斜めに踏み込み体を躱し右足を踏み替え相手の面に打込み勝。

或は我が刀を払う当たり拍子に体を替って打込む。
この時相手は、踏み込んで払ってくる事も、退って払うも有りでしょう。我が気勢によるものでしょう。
古伝は、如何様にも変化しても「それは違う」などと言うことなどなさそうです。
師伝の異なる方と、太刀打之事や詰合を稽古しますとその事が理解出来申し合わせの「剣舞」とは違う事が認識できます。

此の業は神傳流秘書の太刀打之事六本目水月刀と同じ様な業でしょう。
「相手高山或は肩遣方切先を相手の面へ突付て行を打太刀八相へ払ふ処を外して上へ勝つ或は其儘随て冠り面へ打ち込み勝も有り」

嶋 専吉先生の第19代福井春政先生の水月刀

「立合て右上段に冠り相掛りにて進み中途仕太刀は幾分刀を下げ間合に至りて打太刀の眉間に突込む様に刺突す、打太刀之を八相に払ふ。
仕太刀隙かさず左の脚を稍々左方に踏み体を軽く左に転はして振冠り、右足を一歩踏み込み打太刀の面を打つ。
(此の場合体を左に開き上段に振冠りたるまゝ残心を示す様式もあり)
刀を合せ双方五歩退がり血振納刀」

 この方が古伝らしい体を替る動作を取り入れています。

 

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2018年2月15日 (木)

曽田本その1の3業付口伝原文2詰合之位9水月刀

曽田本その1
3業付口伝原文
2、詰合之位
九本目水月刀(相上段)
 是モ同シク立合テ真向へカムリ相掛リニテモ敵待カケテモ不苦我真向へカムリてスカスカト行場合ニテ太刀ノ切尖ヲ敵ノ眉間二突キ込ム様二突ク也其ノ時敵スグニ八相二拂フ其時我スグ二カムリ敵ノ面へ切込ミ勝也互二五歩退リ血振納刀以下同し
読み
 是も同じく立合いて真向へ冠り 相掛りにても 敵待ち掛けても苦からず 真向へ冠りてスカスカと行く 場合にて太刀の切尖を敵の眉間に突き込む様に突く也 其の時敵直ぐに八相に払う 其の時我直ぐに冠り敵の面へ切り込み勝也 互に五歩退がり血振い納刀以下同じ
古伝神傳流秘書詰合九本目「水月」
 相手高山二かまへ待所へ我も高山二かまへ行て相手の面二突付る相手拂ふを躰を替し打込ミ勝
古伝の読み
 相手高山に構え待つ所へ 我も高山に構え行きて 相手の面に突付ける 相手払うを体を替えし打込み勝
 

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2018年2月14日 (水)

曽田本その1の3業附口伝読み解く2詰合之位8眼関落

曽田本その1
3業付口伝読み解く
 
2、詰合之位
 
八本目眼関落(相上段)
 是モ互二立チ敵モ我モ真向へカムリ相掛リニテスカスカト行キ場合ニテ互二拝ミ打二討也其ノ時敵ノ拳ト我拳ト行合也其時我スグ二柄頭ヲ敵ノ手元下カラ顔へハネ込ミ勝也(右足ヲドントフミ急二左足ヲ踏ミ込ム也)互二五歩退リ納刀以下同シ
読み
 是も互に立ち 敵も我も真向へ冠り相掛りにてスカスカと行き場合にて互に拝み打ちに討つ也 其の時敵の拳と我が拳と行き合う也 其の時我直ぐに柄頭を敵の手元下から顔へはね込み勝也 (右足をドンと踏み急に左足を踏み込む也) 互に五歩退り納刀以下同じ
参考
古伝神傳流秘書詰合八本目「柄砕」(眼関落ノコトナラン 曽田メモ)
 両方高山後ハ弛之木刀二同し
この「弛之木刀」の業名は曽田本に見当たらず、他の文献からも引用できません。
古伝神傳流秘書太刀打之事七本目「独妙剣」が業附口伝の眼関落と同様な業なので参考にして見ます。
独妙剣
 相懸也 打太刀高山遣方切先を下げ前二構へ行場合尓て上へ冠り互二打合尤打太刀をつく心持有柄を面へかへし突込ミ勝
読み解く

 是も互いに相上段と言うことですが、今までの位弛や燕返では敵は左上段でした。是は双方上段ですが指定がありませんから右足前にした右上段とします。
 互いに右上段に構え相掛にスカスカと歩み寄る。
 場合にて互いに拝み討ちに討つ。互いの真向に真っ直ぐに打ち下ろすので、互いの中央物打付近で鎬を摺り合わせ相打ちとなります。
 右足を踏み込み拳を合わせ押し合い、我は右足をドンと踏んで敵の気を反らす様にはずみを付け、左足を踏み込むや、敵の手元から我が柄頭を跳ね上げて敵の顔面人中を打ち勝つ。
 刀を合わせ互いに五歩退き血振納刀、再び右足前で刀を抜き相上段となって次の業に移る。

相上段ですが、振冠では無く、頭上に45度に剣先を立てて構えて相進みが妥当でしょう。

 真向拝み打ちで双方の鎬を滑って鍔で留める様な打ち込みを見ますが、是では刀が触れるや手元を手前に引く様な動作になってしまい真向拝み打ちのポイントを身に付けることは出来ないでしょう。
 或いは双方拝み打ちして、互いの間の中央で手の内を締めてストップをかけています、これも疑問です。
 古伝神傳流秘書の太刀打之事「独妙剣」が稽古業としては理に適うと思います。
 真向打ち合って拳と拳が行き合うや、ドント右足を踏み付けて敵退かんとする所を即座に柄頭を敵の顔へ跳ね込むのも研究課題でしょう。


 曽田先生は五藤先生の業附口伝を元にして考察されたと思われます。
 神傳流秘書の詰合と五藤先生の業附口伝以外に詰合を書き表した伝書が見当たらない限り当面はこのような業で稽古する以外にありません。


 木村栄寿先生の林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流傳書集及び業手付解説の神傳流業手付では詰合八本目は柄砕「両方高山跡は地の木刀に同じ」とあって「弛と地」の読み違いでしょうがどちらも証明不能です。
 「眼関落」が同じ業である様な「詰合業手付及び口伝」にありますが引き当てるべきものが見当たりません。


 政岡先生の無双直伝英信流居合兵法地之巻にある無双直伝英信流居合兵法之形は文政二年山川幸雄述坪内長順記神伝流秘書による、と書かれています。幸雄は幸雅と思われますが正誤表に記載されていませんので坪内長順が書写した際の誤記かもしれません。
そこでの詰合は詰合之位とされ八本目は眼関落の業名を採用しています。

 眼関落「(相上段から互に切り結び鍔押となる処をはね上げて顔に当てる 政岡先生述)両方高山にかまえ行打合尤も打太刀をさく心持あり柄をかえして突込勝」とされています。この部分は神傳流秘書の太刀打之事七本目「独妙剣」の文言に類似です。この政岡先生の神伝流秘書の出所は不明です。


嶋 専吉先生の第19代福井春政先生の眼関落

 「互に立合ひて真向に振冠り相掛りにてスカスカと進み間合(此場合は幾分間を近くす)にて互に拝み撃ちに打つ(物打あたりにて)続いて双方の拳が行き合ふ瞬間、一時鍔元にて競り合ひ仕太刀は直に右足にて強く一度大地を踏み付け急に左足を打太刀の右側に一歩稍々深目に踏込みざま、打太刀の手下下より顔へ撥ね込み人中に柄當を加ふ。
刀を合せ互に五歩退き血振、納刀をなす。

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2018年2月13日 (火)

曽田本その1の3業附口伝原文2詰合之位8眼関落

曽田本その1
3業付口伝原文
 
2、詰合之位
 
八本目眼関落(相上段)
 是モ互二立チ敵モ我モ真向へカムリ相掛リニテスカスカト行キ場合ニテ互二拝ミ打二討也其ノ時敵ノ拳ト我拳ト行合也其時我スグ二柄頭ヲ敵ノ手元下カラ顔へハネ込ミ勝也(右足ヲドントフミ急二左足ヲ踏ミ込ム也)互二五歩退リ納刀以下同シ
読み
 是も互に立ち 敵も我も真向へ冠り相掛りにてスカスカと行き場合にて互に拝み打ちに討つ也 其の時敵の拳と我が拳と行き合う也 其の時我直ぐに柄頭を敵の手元下から顔へはね込み勝也 (右足をドンと踏み急に左足を踏み込む也) 互に五歩退り納刀以下同じ
参考
古伝神傳流秘書詰合八本目「柄砕」(眼関落ノコトナラン 曽田メモ)
 両方高山後ハ弛之木刀二同し
この「弛之木刀」の業名は曽田本に見当たらず、他の文献からも引用できません。
古伝神傳流秘書太刀打之事七本目「独妙剣」が業附口伝の眼関落と同様な業なので参考にして見ます。
独妙剣
 相懸也 打太刀高山遣方切先を下げ前二構へ行場合尓て上へ冠り互二打合尤打太刀をつく心持有柄を面へかへし突込ミ勝
 
 

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2018年2月12日 (月)

曽田本その1の3業附口伝読み解く2詰合之位7燕返

曽田本その1
3業付口伝読み解く
 
2、詰合之位
 
七本目燕返(仕立 納 打左上段)
 是ハ敵モ我モ立ツ也敵ハ刀をヲ抜テカムル我ハ鞘二納メテ相掛リニテ行ク也場合二テ敵我面へ打込ム也我其時右片手ニテ抜キ頭上ニテ請ケスグ二左手ヲ柄二添へ打込ム也敵表ヨリ八相二拂フ也我又スグニカムリテ打込ム也敵スグニ裏ヨリ八相二拂フ也我又スグニカムリテ敵ノ面へ打込ム也(左足ヲ一足踏ミ込)其時敵後へ引我空ヲ打ツ也其時我切尖ヲ下ゲ待也敵踏ミ込ミテ我真向へ打込也我其時左足ヨリ一足退リ空ヲ打タセ同時二カムリテ一足踏込ミ敵ノ面へ勝也
互二五歩退リ納刀後再ヒ刀ヲ抜キ相上段ニテ次二移ル
読み
七本目燕返(つばめかえし)(仕立納 打左上段)
 是は敵も我も立つ也 敵は刀を抜て冠る 我は鞘に納めて相掛りにて行く也 場合にて敵我が面へ打込む也 我其の時右片手にて抜き頭上にて請け 直ぐに左手を柄に添へ打込む也 敵表より八相に払う也 我又直ぐに冠りて打込む也 敵直ぐに裏より八相に払う也 我又直ぐに冠むりて敵の面へ打込む也(左足を一足踏み込む) 其の時敵後へ引き我空を打つ也 其の時我切尖を下げ待つ也 敵踏み込みて我が真向へ打込む也 我其の時左足より一足退がり空を打たせ同時に冠て一足踏み込み敵の面へ勝也
互に五歩退がり納刀後 再び刀を抜き相上段にて次に移る
古伝神傳流秘書詰合「燕返」
相手高山我ハ抜か春して立合たる時相手より打込むを我抜受二請る相手引を付込ミ打込相手右より拂ふを随って上へ又打込拂ふを上へ取り打込扨切先を下げて前へかまへ場合を取り切居処へ相手打込を受流し躰を替し打込勝又打込ま須冠りて跡を勝もあり
読み
燕返(つばめかえし)
 相手高山 我は抜かずして立合いたる時 相手より打ち込むを抜き受けに請ける 相手引くを付け込み打ち込む 相手右より払うを随って上へ又打ち込む  払うを上へ取り打ち込む 扨 切先を下げて前へ構え場合を取り切り居る処へ 相手打込むを受け流し 體を替えし打込み勝つ 又 打ち込まず冠りて跡を勝もあり
読み解く
 前回の位弛で双方刀を合わせ五歩下がります。打太刀は「其のままでも苦からず」ですがここでは双方退いて元の位置に帰ります。
 そこで我は横血振して納刀し、敵は正眼から左足を出し右足を引いて左上段に構えます。
 双方スカスカと歩み行き、間に至れば敵我が真向に右足を踏み込んで打込んでくる。我は右足を出して、抜刀し頭上で十文字に請ける。
 敵再び打込まんと上段に振りかむる処、我は請けるや否や左手を柄に掛け右足を左足と踏み替え敵の右面を打つ、敵是を足を踏み替え裏より八相に払う。
 (この処、業附口伝では敵の打込みを抜き請けに請けた拍子に上段に冠って敵の右面に打ち込んでいます。)
 我は又すぐに振りかむり右足と左足を踏み替え右足前にして敵の左面を打つ、敵又すぐに足を踏み替え裏より八相に払う。
 我は又すぐにかむり、左足を一足踏み込み敵の真向に打ち下ろす。其の時敵右足を大きく後方に引いて、我は空を打つ。敵は同時に上段に構える。
 空を打つや我は切先をそのまま下へ下げ、敵が我が頭上へ打込むように待つ。敵右足を踏み込んで真向に打込む、其の時我は左足より一足下がり右足を追い足にして下がり敵に空を打たせ同時にかむりて右足を一足踏み込んで敵の面を打ち勝。

 足捌きを踏み替えにして古流らしくしてみましたが、歩み足で右・左・右・左と進み左足を引いて右足を踏み込んで勝つ。
 其の場合も直線的な動きばかりではなく、筋を変わりながら打込み、払われる、直線的に踏み込み空を切るなどの動きを稽古したいものです。

嶋 専吉先生の第19代福井春政先生の燕返

「打太刀は上段、仕太刀は刀を鞘に納めたるまゝ相掛りにて前進、間合にて打太刀は仕太刀の正面に打込む、仕太刀は素早く抜刀剣先を左方に右双手にて頭上十文字に請け直に双手上段となり左足を一歩進め相手の裏ら面に打込むを打太刀は右足を一歩退き裏より之を八相に払う。
仕太刀更に右足を一歩進め表て面に打込むを打太刀亦左足を一歩退き表より八相に払う。
仕太刀は直に振冠りて左足を一歩進め打太刀の正面に打込む、この時打太刀は左足より大きく退きて仕太刀に空を打たせ。
次で打太刀は右足を一歩踏込み仕太刀の真向に打下す、仕太刀は之に応じて左足を大きく引き体を後方に退きて打太刀に空を撃たせ(此の際拳は充分に手許にとるを要す)振冠りざま右より踏込み打太刀の正面を打つ。
刀を合せ原位置に復し互に五歩退きて血振ひ納刀をなす」

*古伝の「扨切先を下げて前へかまへ場合を取り切居処へ相手打込を受流し体を替し打込勝」の「受け流し体を替し」は業附口伝同様なくなっています。
 受け流しつつ体を変わり打込む動作は稽古しておきたいものです。

この業で敵に躱されて空を切った時、切先を下げて頭上に打ち込ませる時、体を前屈みにして頭を下げているのを見かけますが、誘いをかけているつもりでしょうが、そんな誘いに乗るでしょうか。空を切った切先を稍々下げた瞬間敵は打ち込んで来るものです。

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2018年2月11日 (日)

曽田本その1の3業付口伝原文2詰合之位7燕返

曽田本その1
3業付口伝原文
 
2、詰合之位
 
七本目燕返(仕立 納 打左上段)
 是ハ敵モ我モ立ツ也敵ハ刀をヲ抜テカムル我ハ鞘二納メテ相掛リニテ行ク也場合二テ敵我面へ打込ム也我其時右片手ニテ抜キ頭上ニテ請ケスグ二左手ヲ柄二添へ打込ム也敵表ヨリ八相二拂フ也我又スグニカムリテ打込ム也敵スグニ裏ヨリ八相二拂フ也我又スグニカムリテ敵ノ面へ打込ム也(左足ヲ一足踏ミ込)其時敵後へ引我空ヲ打ツ也其時我切尖ヲ下ゲ待也敵踏ミ込ミテ我真向へ打込也我其時左足ヨリ一足退リ空ヲ打タセ同時二カムリテ一足踏込ミ敵ノ面へ勝也
互二五歩退リ納刀後再ヒ刀ヲ抜キ相上段ニテ次二移ル
読み
七本目燕返(つばめかえし)(仕立納 打左上段)
 是は敵も我も立つ也 敵は刀を抜て冠る 我は鞘に納めて相掛りにて行く也 場合にて敵我が面へ打込む也 我其の時右片手にて抜き頭上にて請け 直ぐに左手を柄に添へ打込む也 敵表より八相に払う也 我又直ぐに冠りて打込む也 敵直ぐに裏より八相に払う也 我又直ぐに冠むりて敵の面へ打込む也(左足を一足踏み込む) 其の時敵後へ引き我空を打つ也 其の時我切尖を下げ待つ也 敵踏み込みて我が真向へ打込む也 我其の時左足より一足退がり空を打たせ同時に冠て一足踏み込み敵の面へ勝也
互に五歩退がり納刀後 再び刀を抜き相上段にて次に移る
古伝神傳流秘書詰合「燕返」
相手高山我ハ抜か春して立合たる時相手より打込むを我抜受二請る相手引を付込ミ打込相手右より拂ふを随って上へ又打込拂ふを上へ取り打込扨切先を下げて前へかまへ場合を取り切居処へ相手打込を受流し躰を替し打込勝又打込ま須冠りて跡を勝もあり
読み
燕返(つばめかえし)
 相手高山 我は抜かずして立合いたる時 相手より打ち込むを抜き受けに請ける 相手引くを付け込み打ち込む 相手右より払うを随って上へ又打ち込む  払うを上へ取り打ち込む 扨 切先を下げて前へ構え場合を取り切り居る処へ 相手打込むを受け流し 體を替えし打込み勝つ 又 打ち込まず冠りて跡を勝もあり
 
 

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2018年2月10日 (土)

第10回・11回古伝研究の集い

土佐の居合 古伝神傳流秘書

による古伝研究の集い

 

第10回・11回古伝研究の集い

 

 古伝神傳流秘書を曽田虎彦先生の書き写された直筆本から読み解いて同じ思いの仲間を募って、その古伝研究をやってまいりました。

 

 今回は第10回目・11回目の御案内をいたします。

  

 内容:古伝神傳流秘書による大剣取 古伝英信流目録による小太刀之位

 

 講義とか実演では無く、参加していただき木刀及び小木刀を持って古伝の解釈及び形の稽古をご一緒にさせていただきます。
 異なる伝承の方々と一つの教本から古伝研究を実施する中で、「私はこの『古伝』はこう解釈する」と自由な考え方から幾つもの疑問を解きほぐして見たいと思います。

 ご参加いただいた方が、師匠であるとご認識いただければ幸いです。

 

、期日

10回:平成30年2月22日(木) 

          13時00分~17時00分   
          
鎌倉体育館 格技室

11回:平成30年3月8日(木)   

          15時00分~19時00分

          鎌倉体育館 格技室

11回:平成30年3月22日(木)  

          13時00分~15時00分

          鎌倉体育館 格技室

11回:平成30年4月12日(木)  

          15時00分~19時00分

          鎌倉体育館 格技室

 

、住所:鎌倉体育館 

      248-0014

      神奈川県鎌倉市由比ガ浜2-9-9

         TEL0467-24-3553

 

、アクセス:JR横須賀線・総武線快速

        鎌倉駅東口下車海岸方向へ 徒歩10分

        (駐車場鎌倉体育館にあり)

 

、費用:会場費等の割勘のみ(500円)

 

、参加の御連絡はこのブログへコメント
    
していただくか直接ご来場ください。

 

、会名:湘南居合道研修会 鎌倉道場

 

御案内責任者 ミツヒラ

 

                平成30年2月10日

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曽田本その1の3業附口伝読み解く2詰合之位6位弛

曽田本その1の
3業附口伝読み解く
 
2、詰合之位
 
六本目位弛(仕坐納 打左上段)
 是ハ敵ハ立チ我ハ坐スル也敵ハ太刀ヲ抜イテカムル我ハ 鞘二納メテ右片膝立テ坐スル也敵スカスカト来テ拝ミ打二討ツ也我其時アタル位ニテスッカリと立チ其侭左足ヲ一足引キテ抜敵二空ヲ打タセ同時二右足ヲ一足踏ミ込ミ面へ切リ込ミ勝也
仕太刀ハ此ノ時刀ヲ合ハセ五歩退キ血振ヒ納刀
打太刀ハ其位置二テモ五歩退リテモ不苦
読み
六本目位弛(くらいゆるみ、くらいはずし?)(仕坐納 打左上段)
 是は敵は立ち我は坐する也 敵は太刀を抜いて冠る 我は鞘に納めて右片膝立て坐する也 敵スカスカと来て拝み打ち討つ也 我其の時、当たる位にてスッカリと立ち其の侭左足を一足引きて抜き 敵に空を打たせ同時に右足を一足踏み込み面へ切り込み勝也
仕太刀は此の時刀を合わせ五歩退き血振い納刀
打太刀は其の位置にても五歩退りても苦からず
古伝神傳流秘書詰合五本目「位弛」
 我居合膝二坐したる所へ敵歩ミ来りて打込むを立さま二外し抜き打ち二切る 或は前の如く抜合たる時相手より打を我も太刀を上へはづし真向へ打込ミ勝
読み
 我居合膝に坐したる所へ 敵歩み来たりて打込むを 立ち様に外し抜き打ちに切る 或いは 前の如く抜き合いたる時相手より打つを 我も太刀を上へ外し真向へ打込み勝
読み解く

 「位弛」はくらいはずし、くらいゆるみと読んだら良いのでしょう。
 是は敵は左上段に構える。左上段と曽田先生のメモがあるのでそうしますが、その意味があるかは疑問です。
 左上段は左足を前に出し刀を上段に構え切先は高く45度位に取り柄頭は左足先の辺りに向けます。従って出足(この場合は左足)から前進します。
 我は刀を鞘に納めたまま立膝(居合膝)に座しています。敵スカスカと歩み来て拝み打ちに頭上へ打ち込んで来ます。

 我は敵が上段に構えて歩み寄って来るので刀に手を掛け腰を上げ刀を抜き出し間を計り、敵間境に接するや立ち上がりつつ刀を物打まで上方に抜き、敵踏み込んで拝み打ちに打つや左足を後方に一足引いて右足を追い足捌きにスッカリ立ち、刀を左肩を覆う様に抜き上げ、敵刀に空を打たせるや右足を一足踏み込んで敵の面へ切り込んで勝つ。

 敵はすでに上段に構えて間を越して来ますから、打ち込んでくる起こりは間をよく読んで立ち上がり、充分待って拝み打ちに打つをとらえて左足を後方に引いて間を外して空を切らせるものです。

 この場合の、深く敵が攻め込んでいれば、抜き上げた刀で敵の刀を摺り落とす事も考慮して頭と左肩を十分カバーした抜き上げが大切です。刀を抜いてしまい受け太刀にするのではないでしょう。
 現代居合の正座の部附込の業に相当します。

 敵の切り込みを左足を一足引いて外すのですが、直線に引いたのでは、敵の切り込んで空を切った切先は我が正中線上にあります。我が其の侭真直ぐ打込めば、敵は切先を上げて刺突する事も出来ます、此処は筋を替るか、外した瞬間に斬り下すかでしょう。

 仕太刀は正眼に構え打太刀も正眼に合わせ互いに五歩退いて仕は血振納刀、打は左上段に構え次の業に移る。打はそのままの位置にとどまり、仕に合わせて上段に構えるもよい。とありますがここでは双方下がることにします。

神傳流秘書 詰合 六本目位弛

 我居合膝に座して居る処へ相手上段に振り冠って歩み来たり、真向に打込んで来るのを、立ち上がり右足を引き刀を上に抜き上げ拳を返して真向に打込む。

 或は双方居合膝に坐し、左足を引いて膝に抜合う、相手より上段に振り冠り打込んで来るのを、我は右足を左足に引き付け刀を上に突き上げる様に相手刀を摺り上げ落とし上段に振り冠り踏み込んで真向に打込み勝。

 古伝の位弛では「或は・・」以下の業は現在では見る事の無い動作です。別の業とも思えるのですが、心持ちは同じと言えます。
 刀を体すれすれに引き上げる様に切先下りに抜き上げて相手の打ち込みを右足を引いて間を外すや打込む、相手が深く討ち込んで来た場合は上に抜き上げた表鎬で摺り落してしまうわけです。
 大森流(正座の部)逆刀(附込)の「向より切て懸るを先々に廻り抜打に切・・」の動作の仕組みとなります。

 或は以下は、双方抜き合せた所よりの変化です。「太刀を上へはずし」をどのようにするかがこの間合いでの応じ方でしょう。
 「位弛(くらいゆるみ)」弛は、はずす事ですから、我が体を打ち間から外す事が大切です。

嶋 専吉先生による第19代福井春政先生の「位弛」
 「仕太刀は納刀其の位置に在て立膝。打太刀は五歩退きて立姿のまゝ一旦納刀の後、改めて抜刀左上段の構へ。
 但し帯刀より前進中抜刀するも苦しからず、此場合発足即ち右歩にて抜刀、次の左歩にて上段に冠り、続いて前進のこと。

 打太刀上段にてスカスカと前進し拝み撃に仕太刀の真向に打下す、仕太刀は打太刀の刃が将に己が頭に触るゝ位にて其刹那、敏速に左足より一歩体を退きつゝ刀を抜きて、スッカリと立ち打太刀に空を打たせ直に右足を一歩踏み込み上段より打太刀の面を撃つ。
刀を合はせ各五歩退き血振ひ納刀。
但し次の業例へば「燕返」に移る如き場合打太刀は後方に退らず、その位置に止るも苦しからず
。」

 この場合も古伝の「或は前の如く抜合たる時相手より打を我も太刀を上へはづし真向へ打込み勝」の新たな業は伝承されて居ません。
 神傳流秘書が江戸末期から明治以降に書物で伝承されなかった為と考えてもおかしくないものです。

 「位弛」の敵の切り込みを外し抜き打つ場合、演武を見ていますと、空を切った打太刀は、頭を下げ「さあ、此処へ打込んでください」とばかりの態勢です。そんな稽古を繰返しても意味は無さそうです。外すと打つが一拍子、あるいは外して筋を替えて打つ二拍子。敵も空を切って打たれるのを待つ体制は詰合を「奥」と心得れば如何に・・。

 

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2018年2月 9日 (金)

曽田本その1の3業附口伝原文2詰合之位6位弛

曽田本その1
3業附口伝原文
 
2、詰合之位
 
六本目位弛(仕坐納 打左上段)
 是ハ敵ハ立チ我ハ坐スル也敵ハ太刀ヲ抜イテカムル我ハ 鞘二納メテ右片膝立テ坐スル也敵スカスカト来テ拝ミ打二討ツ也我其時アタル位ニテスッカリと立チ其侭左足ヲ一足引キテ抜敵二空ヲ打タセ同時二右足ヲ一足踏ミ込ミ面へ切リ込ミ勝也
仕太刀ハ此ノ時刀ヲ合ハセ五歩退キ血振ヒ納刀
打太刀ハ其位置二テモ五歩退リテモ不苦
読み
六本目位弛(くらいゆるみ、くらいはずし?)(仕坐納 打左上段)
 是は敵は立ち我は坐する也 敵は太刀を抜いて冠る 我は鞘に納めて右片膝立て坐する也 敵スカスカと来て拝み打ち討つ也 我其の時、当たる位にてスッカリと立ち其の侭左足を一足引きて抜き 敵に空を打たせ同時に右足を一足踏み込み面へ切り込み勝也
仕太刀は此の時刀を合わせ五歩退き血振い納刀
打太刀は其の位置にても五歩退りても苦からず
古伝神傳流秘書詰合五本目「位弛」
 我居合膝二坐したる所へ敵歩ミ来りて打込むを立さま二外し抜き打ち二切る 或は前の如く抜合たる時相手より打を我も太刀を上へはづし真向へ打込ミ勝
読み
 我居合膝に坐したる所へ 敵歩み来たりて打込むを 立ち様に外し抜き打ちに切る 或いは 前の如く抜き合いたる時相手より打つを 我も太刀を上へ外し真向へ打込み勝
 

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2018年2月 8日 (木)

曽田本その1の3業附口伝読み解く2詰合之位5鱗形

曽田本その1
3業付口伝読み解く
 
2、詰合之位
 
五本目鱗型(仕打 納)
坐リ方同前左足ヲ一足引キテ抜合ス也其時敵スク二我面へ上ヨリ打ツ也我モスグ二太刀ノ尖ヘ左ノ手ヲ添へテ十文字二請テ左ノ足ヲ踏ミ込ミ摺込ミ勝也刀ヲ合セ血振ヒ納刀
読み
五本目鱗形(うろこがた)
 座り方同前 左足を一足引きて抜合す也 其の時敵直ぐに我が面へ上より打つ也 我も直ぐに太刀の切尖へ左の手ヲ添へて十文字に請けて左の足を踏込み勝也 刀を合わせ血振い納刀
古伝神傳流秘書詰合五本目鱗型
如前抜合せ相手打込むを八重垣の如く先に左手を添え請留直に敵の太刀を摺落し胸をさす也
読み解く
 座り方は前と同じ様に、刀を鞘に納め立膝に双方詰合って座す。
 敵の起こりを察して我は左足を引いて抜き打ちに敵の膝に抜きつけ、敵も同様に左足を引いて是を膝前で相打ち。
 敵すぐに左足を床に着け上段に振り冠り右足を踏み込んで真向に打ち下ろす。
 我は左足を床に着け太刀の切先に左手を添え前額上に十文字に刃を上にして是を請ける。ここまでは4本目八重垣と同様です。
 我は左足をやや左に踏み込んで切先に左手を添えたまま敵刀を右腋に摺り落とし切先を敵喉に付けて勝つ。
 青眼になり、切先を合わせ血振納刀。

 敵太刀を十文字に請けるや、即座に左足を踏み込み左半身となって敵刀を請けたまま右手を右脇に下げ敵刀を摺り落とし詰める。ここがポイントです。

神傳流秘書 詰合 五本目鱗形

 如前抜合せ相手打込むを八重垣の如く切先に左手を添え請留直に敵の太刀を摺落し胸をさす也(2014年11月11日)

 前の如く抜き合せ、ですから是も居合膝に相対し、相手より左足を引いて右足に抜き付けて来るのを請け止め、上段に振り被らんとする処、相手左足を右足に引き付け右足を踏み込んで真向に打込んで来る。
 我顔前頭上にて切先を左にして左手を添えて十文字に刃で請ける。
 左足を踏み込み十文字請けした交点を軸にして、左手を相手の顔面に摺り込む様に、相手太刀を右下に摺り落とし、相手の胸に詰める。

 詰合の一本目発早の場合は、双方膝前で抜き合せ、我れが先んじて上段から真向に打ち込んで勝ちを制しました。
 今度は相手が我が真向に打ち込んで来るのです。一本目で勝ち口を理解しないまま、此の五本目鱗形にしてようやく仕組みが申し合わせの棒振りではならない事を気付かせてくれる良い業です。

 十文字請けの方法をどの様にするかは、簡単に「切尖へ左の手を添えて」しか表現されていません。
 切尖は切先ですが、物打ち辺りに拇指と食指の股に刀の棟を当て四指を敵の方に刀の外にして添える様に指導される様ですが、是で良いのでしょうか。
 拇指と食指の股から小指の下の膨らみへ斜めに刀棟が乗る様に添える事も研究すべきでしょう。
強い打ち込みを想定すれば左手の添え方は充分考慮すべきものです。

嶋 専吉先生の第19代福井春政先生の 鱗形

「前同様に抜合せ打太刀は右より進み仕太刀の面上に打下すを仕太刀左足より体を退き左手を棟に添へて頭上十文字に請け止め続いて左足を一歩踏込み(この時右跪となり)左手を刀に添へたるまゝ対手の刀を己が右方に摺り落しながら喉を刺突の姿勢となる。
此の時打太刀は左足より体を退き刀を左方に撥ね除けられたるまゝ上体を稍々後方に退く。
次で刀を合せ血振ひ(若し続て次の「位弛」を演ずる場合は打太刀は五歩後方に退きて血振ひ)納刀す。


 この(若し・・)の括弧書きを読んでいますと、形を演武会向けに打つ事を意図しているようです。
 打太刀が五歩下がって血振いでは、仕太刀は其の間、其の位置で正眼に構えて座して居る事になります。

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2018年2月 7日 (水)

曽田本その1の3業附口伝原文2詰合之位5鱗形

曽田本その1
3業付口伝原文
 
2、詰合之位
 
五本目鱗型(仕打 納)
坐リ方同前左足ヲ一足引キテ抜合ス也其時敵スク二我面へ上ヨリ打ツ也我モスグ二太刀ノ尖ヘ左ノ手ヲ添へテ十文字二請テ左ノ足ヲ踏ミ込ミ摺込ミ勝也刀ヲ合セ血振ヒ納刀
読み
五本目鱗形(うろこがた)
 座り方同前 左足を一足引きて抜合す也 其の時敵直ぐに我が面へ上より打つ也 我も直ぐに太刀の切尖へ左の手ヲ添へて十文字に請けて左の足を踏込み勝也 刀を合わせ血振い納刀
古伝神傳流秘書詰合五本目鱗型
 如前抜合せ相手打込むを八重垣の如く先に左手を添え請留直に敵の太刀を摺落し胸をさす也

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2018年2月 6日 (火)

曽田本その1の3業附口伝読み解く2詰合之位4八重垣

曽田本その1
3業付口伝読み解く
2、詰合之位
 
四本目八重垣(仕打 納)
 是モ同シク詰合て坐し前ノ如ク左足一足引テサカサマ二抜合也 敵其侭我面ヲ打テクルヲ我又太刀ノ切尖へ左手ヲ添ヘテ面ヲ請クル也 夫レヨリ立テ敵スク二我右腋ヲ打ツツヲ我其侭刀ヲ右腋二サカサマ二取リテ此ノ時右足ヲ一足引キ請ケ留ル也 敵又立チテ左ノ脇ヲ打チ来ルヲ我又左足ヲ一足引キテ左脇ヲ刀ヲ直二シテ請ケ止ムル也 敵又上段ヨリ面へ打チ来ルヲ我又右足ヲ引キテ上ヲ請テ敵カムル処ヲ我右足ヨリ附込ミ勝也刀ヲ合セ原位置二帰リ血振納刀
読み
 是も同じく詰合て坐し前の如く左足を一足引きて逆さまに抜合也 敵其侭我が面を打ちて来るを我が太刀の切尖へ左手を添えて面を請くる也 夫れより立ちて敵直ぐに我が右腋を打つを 我其の侭刀を右腋に逆さまに取りて 此の時右足を一足引き請け留むる也 敵又立ちて左の脇を打ち来るを 我又左足を一足引きて左脇を刀を直にして請け止むる也 敵又上段より面へ打ち来るを 我又右足を引きて上を請けて敵冠る処を我右足より附込み勝也 刀を合わせもとの位置に帰り血振納刀
古伝神傳流秘書詰合四本目八重垣
 如前抜合たる時相手打込むを我切先二手を懸けて請又敵左より八相二打を切先を上二して留又上より打を請け相手打たむと冠を直耳切先を敵の面へ突詰める(我切先二手を懸希て請け敵右より八相二打を切先を下げて留又敵左より八相二打を切先を上二して留又上より打を頭上尓て十文字に請希次二冠るを従て突込むもあり 曽田メモ)
読み
八重垣(やえがき)
 前の如く 抜き合いたる時 相手打込むを我れ切先に手を掛けて請け 又 敵左より八相に打つを切先を上にして留める 又 上より打つを請け 相手打たんと冠るを直に切先を敵の面へ突き詰める
 (我れ切先に手を掛けて受け 敵右より八相に打つを切先を下げて留め 又
 敵左より八相に打つを切先を上にして留め 又 上より打つを頭上にて十文字に請け 次に冠るを従いて突き込むもあり 曽田メモ) 
読み解く
なぜか、大江先生の正座の部五本目八重垣の業名はこの詰合から取ったものでしょう。元は大森流陽進陰退が業名ですが、重信流の詰合を無視して「八重垣」の業名を正座の部の五本目に当てる意義はあったのでしょうか。

 双方居合膝に座し、相手左足を引いて下に抜きつけるを我も左足を引いてこれを下に請ける。
 相手即座に右足を左足に引付右足を踏み込んで真向に打ち込んでくるを、我左足、右足と引いて、切先に左手を添え顔面頭上にこれを十文字に請ける。
 相手再び上段に振り冠って左足を踏み込んで我が左胴に八相に打ち込んでくる。我右足を引いて切先を上にし柄を下にして左脇にこれを刃で請ける。
 相手さらに、上段に振り冠って撃ち込んで来るを、左手を切先に添えたまま顔前頭上に受ける。
 相手又、撃ち込まんと上段に振り冠る処、我すぐに右足を踏み込み切先を相手の面に突き詰める。

 神傳流秘書は、下で合わせ、十文字に上で請け、左脇で請け、再び頭上に十文字に受け、直ぐに突き詰めるのです。
 曽田先生のメモは、下で合わせ、十文字に上で請け、右脇で請け、左脇で請け、又十文字に上で請け、直ぐに突き詰める。と云うのも有りと括弧書きで挿入されています。これは江戸末期の八重垣がその様に変わって来ていたのでしょう。

 何度でも撃ち込まれて稽古するのも良いのですが機を捉えて反撃する事も学ぶ例でしょう。

 古伝の稽古では、下で合わせ、十文字受けして、次は相手次第で右か左に受けるのもありでしょう。
*

嶋 専吉先生の第19代福井春政先生の八重垣

 「是も同じく詰合ひ対座より左足を一歩退きて倒か様に抜合はせたる後、打太刀は右より進み左跪にて仕太刀の正面に打込み来るを仕太刀左より体を少しく退き左跪にて剱尖を左方に左手を棟に添へて頭上十文字に請止む。
続て打太刀、左足を一歩進め(打太刀は一応立ち上り左足を一歩進め右膝を跪きて)仕太刀の右脇に打込むを仕太刀右足を一歩退き刀を倒か様にとりて(左手を棟に添へたるまゝ刀を体に近く剱尖を下方に略々垂直にして)右跪にて請止む。
打太刀更に立ちて一歩右足を進め左跪にて仕太刀の左脇に打込み来るを仕太刀左足を一歩退き刀を直にとりて(左手を棟に添へ剱尖を上に刀を垂直にし)脇近くに之を請留む(左跪)。
打太刀更に右足より進みて上段より正面へ打ち込むを仕太刀は右足を一歩退き左手を棟に添へて再び頭上十文字に請け止め次で打太刀右足を退き振冠るところを仕太刀右足を一歩進め附込み打太刀の喉を突く。
(この際打太刀の左膝と仕太刀の右膝とは相接する如く向ひ相ふ)
次で刀を合せ原位置に復し血振ひ納刀す。」

*(この際打太刀の左膝と仕太刀の右膝とは相接する如く向ひ相ふ)に注目すると、仕太刀は深く打太刀に附け入って詰める事になります。
第19代の詰合は古伝の神傳流秘書とは事なり、業附口伝に添う様です。
業附口伝は、曽田先生が「田口先生のご指導と実兄(五藤先生の高弟土居亀江)の口伝よりあらましを記したり」です。

 

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2018年2月 5日 (月)

曽田本その1の3業附口伝原文2詰合之位4八重垣

曽田本その1
3業付口伝原文
 
2、詰合之位
 
四本目八重垣(仕打 納)
 是モ同シク詰合て坐し前ノ如ク左足一足引テサカサマ二抜合也 敵其侭我面ヲ打テクルヲ我又太刀ノ切尖へ左手ヲ添ヘテ面ヲ請クル也 夫レヨリ立テ敵スク二我右腋ヲ打ツツヲ我其侭刀ヲ右腋二サカサマ二取リテ此ノ時右足ヲ一足引キ請ケ留ル也 敵又立チテ左ノ脇ヲ打チ来ルヲ我又左足ヲ一足引キテ左脇ヲ刀ヲ直二シテ請ケ止ムル也 敵又上段ヨリ面へ打チ来ルヲ我又右足ヲ引キテ上ヲ請テ敵カムル処ヲ我右足ヨリ附込ミ勝也刀ヲ合セ原位置二帰リ血振納刀
読み
 是も同じく詰合て坐し前の如く左足を一足引きて逆さまに抜合也 敵其侭我が面を打ちて来るを我が太刀の切尖へ左手を添えて面を請くる也 夫れより立ちて敵直ぐに我が右腋を打つを 我其の侭刀を右腋に逆さまに取りて 此の時右足を一足引き請け留むる也 敵又立ちて左の脇を打ち来るを 我又左足を一足引きて左脇を刀を直にして請け止むる也 敵又上段より面へ打ち来るを 我又右足を引きて上を請けて敵冠る処を我右足より附込み勝也 刀を合わせもとの位置に帰り血振納刀
古伝神傳流秘書詰合四本目八重垣
 如前抜合たる時相手打込むを我切先二手を懸けて請又敵左より八相二打を切先を上二して留又上より打を請け相手打たむと冠を直耳切先を敵の面へ突詰める(我切先二手を懸希て請け敵右より八相二打を切先を下げて留又敵左より八相二打を切先を上二して留又上より打を頭上尓て十文字に請希次二冠るを従て突込むもあり 曽田メモ)
読み
八重垣(やえがき)
 前の如く 抜き合いたる時 相手打込むを我れ切先に手を掛けて請け 又 敵左より八相に打つを切先を上にして留める 又 上より打つを請け 相手打たんと冠るを直に切先を敵の面へ突き詰める
 (我れ切先に手を掛けて受け 敵右より八相に打つを切先を下げて留め 又
 敵左より八相に打つを切先を上にして留め 又 上より打つを頭上にて十文字に請け 次に冠るを従いて突き込むもあり 曽田メモ) 
 
 

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2018年2月 4日 (日)

曽田本その1の3業附口伝読み解く2詰合之位3岩波

曽田本その1
3業附口伝読み解く
2、詰合之位
 
三本目岩波
 詰合テ坐スル也前ノ如ク左ノ足一足引テサカサマ二抜合セ敵ヨリスグニ我右ノ手首ヲ左ノ手二テトル也我其侭敵ノ右ノ手首ヲ左ノ手二テ取リ右手ヲ添ヘテ我左ノ脇へ引倒ス也刀ヲ合セ血振ヒ納刀(□方右手ヲ添エル時刀ヲ放シ直二相手ノひぢヲトルナリ)
読み
三本目岩波(いわなみ)
 詰合て坐する也 前の如く左の足一足引て逆さまに抜合せ 敵よりすぐに我が右の手首を左の手にて取る也 我れ其の侭敵の右の手首を左の手にて取り 右手を添へて我が左の脇へ引き倒す也 刀を合わせ血振い納刀
 (□方右手を添える時 刀を放し直ぐに相手の肘に取るなり)

参考
古伝神傳流秘書詰合三本目岩浪
 拳取りの通り相手より拳を取りたる時我よりも前の如く取り我が太刀を放し右の手尓て敵のひぢのかゞみを取り左脇へ引た保春
*
読み
三本目岩浪(いわなみ)
 拳取の通り相手より拳を取りたる時 我よりも前の如く取り 我が太刀を放し 右の手にて敵の肘のかがみを取り 左脇へ引き倒す
読み解く
 双方下に抜きつける処、今度は相手が先に我が拳を制してくる。
 引き落とされる前に我も即座に相手の拳を取り、拳を取られた右手の太刀を放すと同時に右手を後ろに引くや相手の手を外し、相手の右手の肘のかがみに右手を付け左脇へ引き倒す。業附口伝では相手に取られた右手は「我れ其の侭敵の右の手首を左の手にて取り 右手を添へて」と我が右手の動作があいまいです。古伝の様に我よりも前の如く取り我が太刀を放し右の手尓て」としておきます。
 後はどの様に制するかは指定がありません。顔面を、水月を、金的を拳で打つもあり、脇差を抜いて突くもありでしょう。
 

 此の業を演ずるのを見ていますと、打太刀が遣方の右手首を先に取っているだけで、遣方が右手を取りに来るのを待っているような仕方がまま見られます。
 ゆっくり順番通り稽古するのは当然ですが、打太刀が二本目の拳取の如く拳を取るや下に制されると、遣方は手も足も出ません。
 遣方はどのタイミングで応じるのか、二本目の稽古を生かす事はできるのかなど課題を持ちませんと意味のない踊りです。
 知ったかぶりで、「申し合わせだから」では、稽古する意味はありません。演武会の見世物を演じるのがせいぜいの事ならば上手に順番通り踊って居ればいいでしょう。

嶋 専吉先生による、第19代福井春政先生、田岡 傳先生の詰合之位「岩浪」

 「前と同様に抜合わせたる後、打太刀左膝を跪き左手にて仕太刀の右手首を把る、仕太刀も亦之に応じて打太刀の右手首を捉へ右手に在る刀を放ち右拳を(稍々内側に捻る心地にて)対手の掌中より奪ひ之を内側より相手の右上膊部に添へて己が左脇へ投げ倒すなり。次で刀を合はせ左跪坐にて血振ひの後納刀すること前と同様なり。」

 前と同様に「双方左足を一歩後方に退きて立ち上ると同時に互に対手の右脛に斬り付くる心にて(剣先を下方に)抜き合す」ですから双方右足前、左足を後ろに退いて立って抜き合わせて居ます。
 「打太刀左膝を跪き」仕太刀の右手首を取っています、ここは、打太刀の左足を仕太刀の右足側面に踏込んで左膝を付かなければ、手首を制する事は難しそうです。
 二本目の「拳取」で仕太刀は「抜き合せ続いて仕太刀は迅速に左足をその斜左前即ち対手の右側に踏込み・・打太刀の右手首を・・」と、同じ事を打太刀にさせるべきかと思いますがそのように指導されたのでしょう。
 打太刀が、仕太刀の右手首を取って左膝を踏み込んで床に着けば容易に仕太刀は制せられてしまいそうです。
 17代に指導された儘を覚書されたのでしょうから、そのまま否定せずに稽古して見ますが、仕太刀も跪いて応じませんと反対にねじ倒されそうです。

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2018年2月 3日 (土)

曽田本その1の3業附口伝原文2詰合之位3岩波

曽田本その1
3業附く伝原文
2、詰合之位
三本目岩波
 詰合テ坐スル也前ノ如ク左ノ足一足引テサカサマ二抜合セ敵ヨリスグニ我右ノ手首ヲ左ノ手二テトル也我其侭敵ノ右ノ手首ヲ左ノ手二テ取リ右手ヲ添ヘテ我左ノ脇へ引倒ス也刀ヲ合セ血振ヒ納刀(□方右手ヲ添エル時刀ヲ放シ直二相手ノひぢヲトルナリ)
読み
三本目岩波(いわなみ)
 詰合て坐する也 前の如く左の足一足引て逆さまに抜合せ 敵よりすぐに我が右の手首を左の手にて取る也 我れ其の侭敵の右の手首を左の手にて取り 右手を添へて我が左の脇へ引き倒す也 刀を合わせ血振い納刀
 (□方右手を添える時 刀を放し直ぐに相手の肘に取るなり)

参考
古伝神傳流秘書詰合三本目岩浪
 拳取りの通り相手より拳を取りたる時我よりも前の如く取り我が太刀を放し右の手尓て敵のひぢのかゞみを取り左脇へ引た保春
*
読み
三本目岩浪(いわなみ)
 拳取の通り相手より拳を取りたる時 我よりも前の如く取り 我が太刀を放し 右の手にて敵の肘のかがみを取り 左脇へ引き倒す
 

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2018年2月 2日 (金)

曽田本その1の3業附口伝読み解く3詰合之位2拳取

曽田本その1
3業附口伝読み解く
2、詰合之位
 
二本目拳取(仕打 納)
是モ同シク詰合テ坐シサカサマ二抜合スコト前同様也我其侭左ノ足ヲ踏ミ込ミ敵ノ右手首(拳ナラン 曽田メモ)ヲ左手ニテ押へル也後同断
読み
二本目拳取(仕打 納)(こぶしとり・こぶしどり)
 是も同じく詰合て坐し 逆さまに抜合わす事前同様也 我其の侭左の足を踏込み 敵の右手首(拳ならん 曽田メモ)を左手にて押える也 後同断
参考
 「抜合スコト前同様」は「互二左足ヲ一足引キテ倒様二抜合スル也(互二右脛へ抜付ケル)」
 「後同断」は「互二合ワセ血振ヒ足ヲ引キ納刀」
参考
古伝神傳流秘書詰合二本目「拳取」
 如前楽々足を引抜合我左の手尓て相手の右の拳を取り制春也
「如前」は一本目発早
 楽々居合膝二坐したる時相手左の足を引下へ抜付るを我も左の足を引て虎の一足の如く抜て留め打太刀請る上へ取り打込ミ勝也
「虎の一足」
古伝神傳流秘書英信流居合之事二本目虎一足
 左足を引き刀を逆に抜て留め扨打込ミ後前に同じ
読み解く
 詰合之位の拳取は、太刀打之位の附込とどこが違うのでしょう。
 どちらも打の起こりに仕は機先を制し打の拳を取って押え、詰めて勝つわけです。
 
 この拳取は双方立膝に座し、打は刀に手を掛け腰を上げる。その害意を察し仕は機先を制して腰を上げるや左足を引いて打の右膝に抜き付け、打は同時に左足を引いてそれを右膝前で請けます。
 太刀打之位附込では、双方刀を鞘に納めスカスカと歩み行き、打が刀に手を掛け鯉口を切るを機に、仕は機先を制して右足を踏み込み打の右膝に抜き付ける。
 打はこれを右足を踏み込んで右膝前で請けます。 どちらも立ち上がり刀を合わせたスタイルは似たようなものです。
 
 拳取は引き足を大きく取れば双方の距離が離れてしまいます。詰合では双方の座す間隔を近く座す様にとの教えもあります。
 立膝に座した双方の右足爪先の間隔はせいぜい一尺から三尺でしょう。 それ以上広ければ足を引く意味はなくなります。

神傳流秘書 詰合 二本目拳取
 如前楽々足を引抜合我左の手にて相手の右の拳を取り刺す也

 前の如くですから、一本目発早の如く「楽々居合膝に坐したる時相手左の足を引下へ抜付るを我も左の足を引て虎の一足の如く抜て留め我左の手にて相手の右の拳を取り刺す也」でしょう。

 「楽々」の文言が気になります。楽に座すのは解りますが、「楽々足を引抜合」は、奥の業ですから当然とは云え強いばかりが信条の人には難しいものです。
 相手我が右膝下に抜き付けて来るのを、虎一足の如く刀を逆にして右足の少し斜め前で刃で請け、相手引かんとする処左足を相手の右足側面に踏込み、左手で相手の右拳を制し、相手を右斜め下に崩し、右足を左足後方に摺り込み相手の胸部を刺突する。

 相手の右足側面に踏込むのは、手を伸ばして相手の拳を取るのではなく、体で相手に附け込み接する瞬間に拳を取って制するものです。

 拳を制するのが目的では無く、拳を取って相手の体を崩し反撃できないように制して胸部を刺突するのが目的です。
 単純なのは、相手の右手首に我が左手を乗せ其の儘下へ押し下げるなども有効です。
 最も悪いのは、相手の拳を制しようと不器用な左手で複雑な術を弄することです。

第19代福井春政先生直伝の嶋 専吉先生の「拳取」
 「發早の場合と同様に双方抜合せ続いて仕太刀は迅速に左足をその斜左前即ち対手の右側に踏み込み(右足直に之れを追ふ、右膝は地に跪き、稍や體を開き)その瞬間左手にて打太刀の右手首を逆に捉へ之れを己が左下方に引き寄せ相手の態勢を崩しつゝ右拳の刀を打太刀の水月に擬し(柄を把れる右拳を己が右腰に支へつゝ刃を右にし打太刀の刀の下より)将に刺突の姿勢となる。互に刀を合はせ原位置に復し血振ひ納刀をなす。」

 嶋先生の備忘録です、福井先生は柔術もおやりだったと聞き覚えていますので、相手の右手を逆手に制して置いて己が下方に引き寄せています。簡単に相手の態勢を崩してしまう事も出来るはずですから、ややこしい制し方に拘るのは無駄でしょう。
 「打太刀の刀の下より刺突の姿勢となる」についても、拘る事でも無さそうです、相手の右手を制し体勢を崩す事がポイントでしょう。

 古伝はおおらかです。

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2018年2月 1日 (木)

曽田本その1の3業附口伝原文2詰合之位2拳取

曽田本その1
3業附口伝原文
2、詰合之位
 
二本目拳取(仕打 納)
是モ同シク詰合テ坐シサカサマ二抜合スコト前同様也我其侭左ノ足ヲ踏ミ込ミ敵ノ右手首(拳ナラン 曽田メモ)ヲ左手ニテ押へル也後同断
読み
二本目拳取(仕打 納)(こぶしとり・こぶしどり)
 是も同じく詰合て坐し 逆さまに抜合わす事前同様也 我其の侭左の足を踏込み 敵の右手首(拳ならん 曽田メモ)を左手にて押える也 後同断
参考
 「抜合スコト前同様」は「互二左足ヲ一足引キテ倒様二抜合スル也(互二右脛へ抜付ケル)」
 「後同断」は「互二合ワセ血振ヒ足ヲ引キ納刀」
参考
古伝神傳流秘書詰合二本目「拳取」
 如前楽々足を引抜合我左の手尓て相手の右の拳を取り制春也
「如前」は一本目発早
 楽々居合膝二坐したる時相手左の足を引下へ抜付るを我も左の足を引て虎の一足の如く抜て留め打太刀請る上へ取り打込ミ勝也
「虎の一足」
古伝神傳流秘書英信流居合之事二本目虎一足
 左足を引き刀を逆に抜て留め扨打込ミ後前に同じ
 
 
 

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2018年1月31日 (水)

曽田本その1の3業附口伝読み解く2詰合之位1八相

曽田本その1
3業附口伝読み解く
2、詰合之位
 
一本目八相(仕打 納)(口伝二発早トアリ)
是ハ互二鞘二納メテ詰合テ相向ヒニ右膝立テ坐スル也互二左足ヲ一足引キテ倒様二抜合スル也(互二右脛へ抜付ケル)其侭ヒザヲツキ仕太刀ハカムリテ面へ打込也此ノ時打太刀ハ十文字二頭上ニテ請ケ止ムル也互二合ワセ血振ヒ足ヲ引キ納刀
読み
一本目八相(はっそう)(仕打 納)(口伝に発早とあり)
 是は 互に鞘に納めて詰合て 相向いに右膝を立て坐する也 互に左足を一足引きて倒れ様に抜き合いする也(互に右脛へ抜付ける) 其の侭膝を着き仕太刀は冠て面へ打込む也
 此の時打太刀は十文字に頭上にて請け止むる也 互に合わせ血振い足を引き納刀
参考
古伝神傳流秘書の詰合一本目「発早」
 (重信流也 従是奥之事 極意たる二依而格日ニ稽古春る也)
 楽々居合膝二坐したる時相手左の足を引下へ抜付るを我も左の足を引て虎の一足の如く抜て留め打太刀請る上へ取り打込ミ勝也
読み
 発早(はっそう)
 (重信流也 是より奥の事 極意たるによりて確実に稽古するなり)
 楽々居合膝に坐したる時 相手左の足を引き下へ抜き付けるを 我も左の足を引きて虎の一足の如く抜いて留め 打太刀請ける上へ取り打込み勝也
参考
古伝神傳流秘書英信流居合之事二本目虎一足
 左足を引き刀を逆に抜て留め扨打込ミ後前に同じ
・読み
 左足を引き刀を逆に抜て留め 扨(さて) 打込み 後前に同じ(一本目横雲 ・・・開き足を引て先に坐したる通り二して納る)
読み解く
 古伝神傳流秘書では、詰合(重信流也 是より奥の事 極意たるによりて確実に稽古するなり)、この詰合以降の業は極意業と言っています。
 古伝の教えを知らなかった為に、明治以降の土佐の居合は、他の武術を取り込みおかしな動作を得々として指導したり、大江先生が残した業以外は無双直伝英信流に非ずと言う次第です。
 大江先生も中学生向けにやむなく古伝を置いてきただけかも知れません。詰合もそんな憂き目にあっている仕組の太刀打かも知れません。

 神傳流秘書の詰合では「楽々居合膝に座したる時」ですが居合膝の座し方に解説も無く解りません。
 業附口伝の八相も「互に鞘に納めて詰合て 相向いに右膝を立て坐する也」です。
 戦国末期では正座は一般的でなかったと云う事を信じれば、胡坐か片膝を立てた坐り方だったのでしょう。即座に変に応じられる座り方は右膝を立て左足を爪立って左膝を床に着いた立膝の構えでしょう。其の儘左足甲を床について尻を下ろせば略現代の居合膝です。

 河野先生は甲冑を付けた時の座仕方と云い切っていますが、出典は何か誰の教えなのか疑問です。寧ろ攻撃態勢を保持した体構えと考えた方が自然です。

 互に片膝を立てて座して居る時相手(打太刀)より、腰を上げて左足を引くや我が右足に抜き付けて来る、我も即座に腰を上げ左足を引いて相手の刀を右足斜め前で虎一足の様に(左足を引き刀を逆さに抜て留め)受け留める。

 古伝は、相打ちではありません。相手(打太刀)に抜き付けられ請け止めています。相手請け止められて、上段に冠らんとする処我左足膝を右足に引き付け座すや相手の真向に打ち下す、相手頭上にて十文字に之を請ける処刀諸共斬り下ろして勝。
 チョット荒っぽかったですね。

 業附口伝では「互に左足を一足引きて倒れ様に抜き合いする也(互に右脛へ抜付ける)」相打ちを示唆しています。結果として相打ちに見えても相手の打ち込みを制して応じる古伝を学ぶべきでしょう。

 業附口伝の呼称「八相」は、神傳流秘書では「発早」でした。伝書が秘せられていたため口伝以外に伝わらなかったのかも知れません。「倒れ様に抜き合いする」の業附口伝の文言も首をひねってしまいます。

嶋 専吉先生に依る第19代福井春政先生の詰合之位一本目發早
「口伝に發早とあり、八相とも禄す。仕・打互に刀を鞘に納めたるまゝ詰め合ひて相向ひに右膝を立てゝざす 
双方左足を一歩後方に退きて立ち上ると同時に互に対手の右脛に斬付くる心にて(剣尖を下方に)抜き合す。
 次てその儘左膝を地につくと共に仕太刀は振冠りて上段より打太刀の正面に打込む、此の時打太刀は剣尖を右に頭上にて十文字に之を請け止むるなり。
 次て互に刀を合せ適当の位置に復し双方左膝を跪き血振ひ右足を退きて納刀」

*嶋先生の詰合之位一本目發早は、第19代の直伝を筆に納めたものの様で、「打太刀は剣尖を右に頭上にて十文字に之を請け止むるなり」と頭上での打太刀の受け留め方が、大江先生の居合道形の一本目出合の一般的に見る形です。
 大江先生の創作当時の打太刀の請けは「打太刀は左足より右足と追足にて退き、刀を左斜めにして受ける」でした。
 しかし河野先生の昭和17年1942年発行の大日本居合道図譜では「打太刀は左足より追足にて一歩退き剣先を右に刃を上に柄を左に出し刀を水平に前額上に把る」と変わっています。
 ここで、思わず、第19代が変えてしまったのかも知れないと思ってしまいました。
 穂岐山先生の直弟子野村凱風先生の「無双直伝英信流居合道の参考」に依れば河野先生と同じ「柄を左にし刀を斜にして真向へ打込来る敵刃を受止む」ですから、18代・19代共に大江先生の居合道形を一本目から変えてしまったと言える様です。
 書き付けられたものは、事実はどうでも残るものです。

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2018年1月30日 (火)

曽田本その1の3業附口伝原文2詰合之位1八相

曽田本その1
3業附口伝原文
2、詰合之位
 
一本目八相(仕打 納)(口伝二発早トアリ)
是ハ互二鞘二納メテ詰合テ相向ヒニ右膝立テ坐スル也互二左足ヲ一足引キテ倒様二抜合スル也(互二右脛へ抜付ケル)其侭ヒザヲツキ仕太刀ハカムリテ面へ打込也此ノ時打太刀ハ十文字二頭上ニテ請ケ止ムル也互二合ワセ血振ヒ足ヲ引キ納刀
読み
一本目八相(はっそう)(仕打 納)(口伝に発早とあり)
 是は 互に鞘に納めて詰合て 相向いに右膝を立て坐する也 互に左足を一足引きて倒れ様に抜き合いする也(互に右脛へ抜付ける) 其の侭膝を着き仕太刀は冠て面へ打込む也
 此の時打太刀は十文字に頭上にて請け止むる也 互に合わせ血振い足を引き納刀
参考
古伝神傳流秘書の詰合一本目発早
 (重信流也 従是奥之事 極意たる二依而格日ニ稽古春る也)
 楽々居合膝二坐したる時相手左の足を引下へ抜付るを我も左の足を引て虎の一足の如く抜て留め打太刀請る上へ取り打込ミ勝也
読み
 発早(八相 はっそう)
 (重信流也 是より奥の事 極意たるによりて確実に稽古するなり)
 楽々居合膝に坐したる時 相手左の足を引き下へ抜き付けるを 我も左の足を引きて虎の一足の如く抜いて留め 打太刀請ける上へ取り打込み勝也
参考
古伝神傳流秘書英信流居合之事二本目虎一足
 左足を引き刀を逆に抜て留め扨打込ミ後前に同じ
・読み
 左足を引き刀を逆に抜て留め 扨(さて) 打込み 後前に同じ(一本目横雲 ・・・開き足を引て先に坐したる通りにして納る)
 

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2018年1月29日 (月)

曽田本その1の3業附口伝読み解く1太刀打之位10打込

曽田本その1
3業附き口伝読み解く
1、太刀打之位
 
十本目打込一本(仕打中)(伝書ナシ口伝アリ)(留ノ打込ナリ)

 双方真向ニ物打ニテ刀ヲ合ハシ青眼二直リ退ク
読み
十本目打込一本(うちこみいっぽん)(しだちゅう)
(でんしょなしくでんあり)(とめのうちこみなり)
 双方 真向に物打ちにて刀を合し 青眼に直り退く
参考
古伝神傳流秘書太刀打之事十本目打込
 相懸又ハ打太刀待処へ遣方より請て打込み勝也
読み解く
 太刀打之位の十本目は「打込一本」と曽田先生は書き加えて、これは伝書に書かれていないが口伝にある、と言うのです。
 
 双方中段に構えスカスカと歩み寄り、上段に振り冠って真向に打ち下ろす。「一刀流の切落」、柳生新陰流の「合し打ち(がっしうち)」です。
 土佐の居合は新陰流に影響を受けている事は外せません。ここでの真向打ちは双方物打で刀を合わせてジリッ・ジリッと中段になって、双方後退し血振り納刀する。
 と云うなんとも曖昧な演武が良く行われていますが、真向相打ちに見えて勝負の付く極意を研究する良い業です。
 真向打は最も簡単な刀法であって最も難しい技でもあります。 理屈は解かってもその通りできないと言ったらいいのでしょう。
 上段からの打込みで刃筋が通らない、左右どちらかに片寄り真っ直ぐに打込めないなどよく見かけます。
 真っ直ぐが出来ず、左右どちらかの面打になってしまう×点合わせではこの業は成り立ちません。
 背の高いものが優勢になってしまうようなことも頻繁です。 要はとにかく真っ直ぐに敵の頭上に打ち下ろすこと。
 
 恐らく初心者に指導した名残の侭、双方の真中で物打で刀を合わせたのでしょう。
 止めなければ双方の頭を打つことになるからでしょう。
 止めるとは、意図的に双方の間の真中付近の上で互いに鎬の触れ合う瞬間に止める事です。
 柳生新陰流の合し打ちは、そんな位置で止める事無く、敵の真向に打込んで来るのを真向に打ち込んで相手太刀を外すという凄まじい極意技です。
 この業を演じるには、双方中段に構え相手の眉間に切先を付けスカスカと歩み行き、双方間境で上段に振り冠り、打太刀の打込を、仕太刀は一瞬遅れて打ち込みます。
 打ち勝った仕太刀は打太刀の頭上寸前で寸止めする、打太刀は外されて刀を下段に静かに下ろし負けを表します。
 
 これで、太刀打之位十本を終了いたします。
 
 大江先生の居合道形七本のものでも、申し合わせの形打ち稽古などと安易にしていては只の棒振りにすぎません。
 忘れられた古伝太刀打之位ですが、これを打っている道場は多そうです。
 業手附が古伝のものであるかどうか、神伝流秘書やこの業附口伝と対比していただければと思います。
 第20代河野百錬先生の昭和13年発行の「無双直伝英信流居合道」にある太刀打之位はこの曽田先生の業附口伝からのものの様です。

古伝神傳流秘太刀打之事 十本目打込
 相懸又は打太刀待処へ遣方より請て打込み勝

*「打太刀より討ち込んで来るのを仕太刀請けて打込勝」是だけの文言です。様々な請け方は有るでしょうが「請けると同時に勝」事が到達するところでしょう。
 物打で刀を合わせ仲良く相打ちで演武を納めるなど演舞会ではいざ知らず、違うだろうと思います。
 古伝はおおらかです、手附けの意図するところを読み取って、考えて演じたいものです。

 曽田先生は業附口伝では「伝書になし口伝あり」といっています。この業附口伝を書かれた頃は古伝神傳流秘書をまだ見ていなかったのでしょう。

 政岡先生は「斬り結ぶのみ」としています。切り結んだのでは、次の「勝」が出てきません。伝書の心持ちとは同じように思えなくて首を捻っています。

嶋 専吉先生の「留之剣(打込一本、但し伝書になし)」
 「仕中段・打中段 互に進み間合いにて真向より物打あたりにて軽く打合ひ(音を立てゝ強く撃ち合ふ意にあらず)更に青眼に直りて残心を示し正しき位に復す。
右「留之剣」終らばそのまゝ一旦後方に退き血振ひして刀を鞘に納め更に前進し正座にて刀の終礼を行ひ再度後退して対立のまゝ相互に黙礼をなし、次で神前の敬礼を行ふ」


 古伝神傳流秘書の「打込」にある「相懸又は打太刀待処へ遣方より請て打込み勝」の「遣方より請て打込み勝」の部分を、何度も読み直し空想の世界を駆け巡らせて研究して見るのも楽しいものです。

 相打ちで「形」終了でいいのでしょうか。当代は「「形」は人前でこれ見よがしに打つものではない」と仰います。

 真剣で形を打つなど、大道芸に等しい事を臆面も無く演じるなど・・・・おもいつくままに

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2018年1月28日 (日)

曽田本その1の3業附口伝原文1太刀打之位10打込

曽田本その1
3業附き口伝原文
1、太刀打之位
 
十本目打込一本(仕打中)(伝書ナシ口伝アリ)(留ノ打込ナリ)

 双方真向ニ物打ニテ刀ヲ合ハシ青眼二直リ退ク
読み
十本目打込一本(うちこみいっぽん)(しだちゅう)
(でんしょなしくでんあり)(とめのうちこみなり)
 双方 真向に物打ちにて刀を合し 青眼に直り退く
参考
古伝神傳流秘書太刀打之事十本目打込
 相懸又ハ打太刀待処へ遣方より請(詰?)て打込み勝也

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2018年1月27日 (土)

曽田本その1の3業附口伝読み解く1太刀打之位9心明剱

曽田本その1
3業附き口伝読み解く
1、太刀打之位
 
九本目心明剱(仕納 打上)
 是モ相掛リニテモ相手待チカケテモ不苦敵ハ真向ヘカムリ我鞘二納テスカスカト行也其時我片手ニテ十文字二請ル也其侭二敵引也スグ二我打込ミ勝也気合大事(叓)也云々
 最後二打込ム時ハ敵ノ刀ヲ押シ除ケル様二シテ左足ヲ踏ミ込敵ノ首根二打込ム也
読み
 是も相掛りにしても相手待ち掛けても苦からず 敵は真向へ冠り 我鞘に納てスカスカと行く也 其の時我片手にて十文字に請る也 其の侭に敵引く也 直ぐに我打込み勝也 気合大事也云々 最後に打込む時は敵の刀を押し除ける様にして 左足を踏み込み敵の首根に打込む也

参考
古伝神傳流秘書太刀打之事九本目「心妙剱」
心妙剣(しんみょうけん)
 相懸り也 打太刀打ち込むを 抜くなりに請けて打込み勝つ也 打ち込む時 相手の刀を押し除ける業あるべし
読み解く
  業附口伝の九本目の業名は「心明剱」ですが古伝神傳流秘書では「心妙剣」です。土佐の居合の伝承の曖昧さは昔も今も変わらない様です。これは口伝口授による伝承が主体で伝書はあっても門外不出であったり、読んでも抜けだらけで余程の力量がないと判断し得ないためでしょう。然し「明」と「妙」は、いつ誰によって取り違えたのでしょう。前回の絶妙剱と独妙剱またしかりです。
 
 是も相掛でも打が待ち掛けても良いと言いますが、相掛に、仕は納刀、打は上段に冠ってスカスカと双方歩み行きましょう。

 打は右足を踏み込んで真向に打込んでくる、仕は右足を踏み込み抜刀して是を右片手にて額の上に十文字に刃で請ける。
 打が退かんとする処を、仕は打の太刀を押し除ける様に振り冠り左足を踏み込んで打の首根に打込む。

 「気合大事也云々」ですから敵の退くに乗じて踏み込んでいく気合、敵を退かせる様な気、敵の起こりに反応する気合でしょう。

 相手が打ち込んだ儘、押し付けてくるならば摺落す、剛力で打ち込む相手ならば、体を替って弛み抜きで左に外してしまうべきでしょう。
 打ち込まれた太刀を片手で請け、相手が退きもしないのに左足を踏込み左手を柄に掛けて腕力で敵刀を巻き落とす様な動作が良く見られます、是は疑問です。
 剛力を頼りでは稽古の必要はないでしょう。形ばかり真似る悪癖です。
参考
神傳流秘書の太刀打之事九本目心妙剣
 相懸也打太刀打込を抜なりに請て打込み勝也打込む時相手の刀をおしのける業あるべし 

 打太刀上段に構え、遣方刀を鞘に納め、合懸りにスカスカと歩み寄り、打方真向に打ち込んで来るのを仕は抜くなりにこれを受ける。
 ここまでは、古伝の文面から読み取れます。次の「請て打込勝也」は難題です。どの様にして勝つのか何も書かれていません。
 「打込む時相手の刀をおしのける業あるべし」がそれを教えているのでしょう。

 政岡先生は、「額前で十文字に受けるや直ちに左手を柄にかけつゝ左足を踏み込み体を開きながら刀を右下にまき落とし刀を後ろからまわして首根を斜めに切る」と見事に相手の打ち込みを瞬時に受けていなしています。

嶋 専吉先生の第19代福井春政先生の「心明剣」
 打太刀は真向に冠り、仕太刀は帯刀のまゝ相掛りに前進し間合に至り打太刀上段より仕太刀の面に打下すを、仕太刀間髪を容れず抜刀、双手にて頭上十文字に請け止め、打太刀の引き際に(打太刀は足を替えずに体を僅に退く)右片手にて打太刀の刀を押し除くるが如く右下に払ひ、左足を左方に踏込み打太刀の首根を断つ。
 この業特に「気合大事なり」とあり充分心すべし。
 尚この形に於て仕太刀双手を払ふ業、及び左足の踏込と共に相手の頭べを撃つ動作には特に工夫あるべし。次に刀を合せ五歩後退


 「仕太刀間髪を容れず抜刀、双手にて頭上十文字に請け止め・・右片手にて打太刀の刀を押し除くる」が腑に落ちませんが19代に習ったまま、見たままなのでしょう。
 折角双手で請けたのに、片手で押し除けるのです。

 「気合大事なり」という文言は業附口伝の文言です。業附口伝は曽田先生が書き起こしたものですから当時では古伝とは言い得ません。第19代も業附口伝から学んでおられる可能性があります。
 第19代福井春政先生は第17代大江正路先生の弟子ですから大江先生の居合道形7本以外は習っていないと考えてもおかしくはないでしょう。

 
 

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2018年1月26日 (金)

曽田本その1の3業附口伝原文1太刀打之位9心明剱

曽田本その1
3業附き口伝原文
1、太刀打之位
 
九本目心明剱(仕納 打上)
 是モ相掛リニテモ相手待チカケテモ不苦敵ハ真向ヘカムリ我鞘二納テスカスカト行也其時我片手ニテ十文字二請ル也其侭二敵引也スグ二我打込ミ勝也気合大事(叓)也云々
 最後二打込ム時ハ敵ノ刀ヲ押シ除ケル様二シテ左足ヲ踏ミ込敵ノ首根二打込ム也
 是も相掛りにしても相手待ち掛けても苦からず 敵は真向へ冠り 我鞘に納てスカスカと行く也 其の時我片手にて十文字に請る也 其の侭に敵引く也 直ぐに我打込み勝也 気合大事也云々 最後に打込む時は敵の刀を押し除ける様にして 左足を踏み込み敵の首根に打込む也
古伝神傳流秘書太刀打之事九本目心妙剱
 相懸也打太刀打込を抜なり二請て打込ミ勝也打込む時相手の刀越於し能希る業あるべ之
読み
心妙剣(しんみょうけん)
 相懸り也 打太刀打ち込むを 抜く為りに請けて打込み勝つ也 打ち込む時 相手の刀を押し除ける業あるべし

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2018年1月25日 (木)

曽田本その1の3業附口伝読み解く1太刀打之位8独妙剱

曽田本その1
3業附き口伝読み解く
1、太刀打之位
 
八本目独妙剱(仕打八)
    (山川先生ノ秘書二ハ絶妙剱トアリ

 是モ同シク抜ク也敵待カケテモ相掛リニテモ不苦八相二カタキてスカスカト行場合ニテ打込也其時敵十文字二請テ又我カ真向ヘ打込也其時我又本ノ侭二テ請ケ面へ摺リ込ミ勝也(我請タル時ハ左手ヲ刀峯二當テ次二摺リ込ミ勝也)(摺リ込ミタル時敵刀ヲ左肩二トル也)
読み
八本目独妙剱(仕打八)(どくみょうけん しだ はち)
    (山川先生の秘書には絶妙剱とあり)
 是も 同じく抜く也 敵待ち掛けても相掛りにても苦からず 八相にかたきてスカスカと行く 場合にて打込也 其の時敵十文字に請けて 又 我又本の侭にて請け面へ摺り込み勝也 (我 請けたる時は左手を刀の峯に當て次に摺り込み勝也)(摺り込みたる時 敵 刀を左肩にとるなり)
参考
神傳流秘書太刀打之事八本目絶妙剱
 高山に構へ行て打込み打太刀より又打込を請て相手の面へ摺り込み相手肩へ取る(請くる時は切先に手を添え頭の上にて十文字に請け留むるなり)
読み解く
 打は待ちかけても相掛りでもいいのですが、ここは八相に構えて相掛りにスカスカと場合に至り、仕は右足を踏み込み打の真向に打込む、打は是を柄を左に切先を右にして十文字に請け、即座に上段に振り冠って仕の真向に打込んで来る。
(此の時仕は左手を刀の峰に当て切先を左に柄を右にして請け、是を摺り込み切先を打の喉に付け勝。)(此の時打は刀を左肩にとる。)

 この業も仕が攻めて打が請ける、打は攻められて反転して仕を攻める、仕は打の打込みを左手を物打の峰に添えて請ける。打の刀を受けたまま交点を離さない様に切先で打の目を切る様に摺り込み喉に付ける。
 明治期に行われていた太刀打之位の業附口伝と神傳流秘書との業名の入れ替わりは何故だったのでしょう。正しく伝承していない理由があったと思われます。

神傳流秘書を読む太刀打之事 八本目絶妙剱
 高山に構へ行て打込み打太刀より又打込を請て相手の面へ摺り込み相手肩へ取る(請くる時は切先に手を添え頭の上にて十文字に請け留むるなり)

 高山の構えは、上段です。この流の上段はどのように構えたかは不明です。大森六郎左衛門に第九代林六太夫守政が剣術の指導を受けたという事ですと、新陰流の雷刀と思われます。
 竹刀剣道の上段とは違って左拳を頭の上まで上げ額より前に出ない様にし、太刀の角度は45度位後、太刀を振り上げる時肩を下げる意識で肘を拡げます。

 河野先生の大日本居合道図譜に於ける上段は、「我が両拳の下より敵の頭上を見下ろす心持ちにて刀を頭上に把り剣先は高く構ゆ」ですが、左拳は額のやや上前、刀は45度で両肘の間から敵を覗き見する様です。是は一刀流の上段でしょう。

 打太刀は前回の独妙剣で中央から五歩退いていれば合い進み、留まっていれば待ち掛ける、双方上段に構え、遣方スカスカと歩み行き、間境を越すや右足を踏み込んで打太刀の真向に打ち下す。打太刀右足を少し引いて頭上にて十文字に請ける。
 打太刀右足を踏み込み仕の真向に打込む、仕これを頭上にて、左手拇指を内側にして刀峯を小指丘に当て物打ちに添え十文字に請ける。
 打太刀の刀を右に摺り落とし打太刀の面へ摺り込み勝。
 「相手肩へ取る」は打太刀摺り込まれて一歩下って八相に取り負けを示す。
 
 この仕が十文字請けして摺り込む方法についてですが、右手を左手よりやや高く取ります。
物打下辺りに左手をやや低く添えます。
 其の添え手は、一般に拇指と食指の股に刀の棟を挟む様にして添えるのを指導されますが、それでは、真向に打込まれた場合砕かれてしまいます。
 刀の棟が食指の第3関節から小指の下のふくらみに掌を斜めになる様にして顔前頭上に左手を右手よりやや前にして刃を上にして受けます。
 十文字請けした処を支点にして左足を踏み込んで打太刀の右面に切先を摺り込みます。

嶋 専吉先生の独妙剣
 「相八相 互にスカスカと進み間合ひにて仕太刀は打太刀の面に打下すを打太刀十文字に請止む。次で打太刀体を前に進め(足を替ふることなく)仕太刀の真向に打込み来るを仕太刀は左手を刀の棟に添へ(刃を上に、棟を拇指(内側)と他(外側)との間に請けて)体を後ろに退きて(足を替へず)頭上十文字に請止め。更に左足を一歩踏出し摺り込みて打太刀の喉に刺突を行ふ姿勢となる(此場合打太刀は依然足を替へずに唯々上体を少しく後方に退く、従て打太刀の右膝と仕太刀の左膝と合向ふことゝなるなり)。刀を合せ互に五歩退き血振い納刀。」


 嶋先生は足踏みについて拘っています。双方八相に構え間に至れば、仕太刀右足を踏み込んで打太刀の面に打ち込む、打太刀右足を踏み込んで之を体を反らせて十文字請けする。打太刀即座に其の足踏みの儘体を前に倒して仕太刀の真向に打ち込む。
 仕太刀は之を右足前の体勢のまま頭上で左手を棟に添え刃を上にして上体を反る様にして請け止め即座に左足を一歩踏み込んで打太刀の刀を摺落とし詰める。その際打太刀は右足が前、仕太刀は左足が前と云う事でしょう。

 何が何でもそうでなければならない理由はあるのでしょうか。形を殺陣や剣舞の様に見せる様な風潮は今も続いています。
 合同形演武と称して、見事に何人もが整列して掛け声に合わせて打ち合っています。それはそれなりに号令一過突撃を要求する白兵戦の模擬稽古としての意義を認めますが、それほどの意識のない演舞では武術とは異なるものを見て居る様です。
 かと言って、木刀も折れんばかりに打ち振る形演武も異なものです。

 武術として理に叶い、見て居て美しさを感じさせる形が打てればと思います。
 その上、一つの形から幾つもの変化を捕えられれば、力と速さに頼った者には容易に応じられるでしょう。

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2018年1月24日 (水)

曽田本その1の3業附口伝原文1太刀打之位8独妙剱

曽田本その1
3業附き口伝原文
1、太刀打之位
 
八本目独妙剱(仕打八)
    (山川先生ノ秘書二ハ絶妙剱トアリ

 是モ同シク抜ク也敵待カケテモ相掛リニテモ不苦八相二カタキてスカスカト行場合ニテ打込也其時敵十文字二請テ又我カ真向ヘ打込也其時我又本ノ侭二テ請ケ面へ摺リ込ミ勝也(我請タル時ハ左手ヲ刀峯二當テ次二摺リ込ミ勝也)(摺リ込ミタル時敵刀ヲ左肩二トル也)
読み
八本目独妙剱(仕打八)(どくみょうけん しだ はち)
    (山川先生の秘書には絶妙剱とあり)
 是も 同じく抜く也 敵待ち掛けても相掛りにても苦からず 八相にかたきてスカスカと行く 場合にて打込也 其の時敵十文字に請けて 又 我又本の侭にて請け面へ摺り込み勝也 (我 請けたる時は左手を刀の峯に當て次に摺り込み勝也)(摺り込みたる時 敵 刀を左肩にとるなり)
参考
神傳流秘書太刀打之事八本目絶妙剣
 高山に構へ行て打込み打太刀より又打込を請て相手の面へ摺り込み相手肩へ取る(請くる時は切先に手を添え頭の上にて十文字に請け留むるなり)

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2018年1月23日 (火)

曽田本その1の3業附口伝読み解く1太刀打之位7絶妙剱

曽田本その1
3業附き口伝読み解く
1、太刀打之位
 
七本目絶妙剱(仕下 打八)
    (山川先生ノ秘書二ハ独妙剱トアリ
 是ハ我前ヘ切尖ヲ下ケテスカスカト行キ場合ニテ互二拝ミ打二討也敵ト我トハ拳ト拳ト行合其時スグニ面ヘ柄頭ヲ突込テ勝也
 相掛リニテモ敵待チカケテモ不苦我鍔ゼリトナルヤ右足ヲドント踏ミ直二左足ヲ踏ミ込ミテ敵ノ拳ノ下ヨリ人中二當テル打ノ構へ不明ナルモ八相ナラン
読み
 七本目絶妙剣(仕下 打八)(ぜつみょうけん しげ だはち)
     (山川先生の秘書には独妙剣とあり  曽田メモ)
 是は 我 前へ切尖を下げてスカスカと行き 場合にて互に拝み討ちに打つ也 敵と我とは拳と拳を行き合う 其の時直ぐに面へ柄頭を突き込みて勝也
 相掛りにても敵待ち掛けても苦からず 鍔競りとなるや 右足をどんと踏みすぐに左足を踏込みて敵の拳の下より人中に当てる 打の構え不明なるも八相ならん
参考 
 神傳流秘書太刀打之事七本目独妙剣
  相懸也打太刀高山遣方切先を下げ前に構え行場合にて上へ冠り互に打合尤打太刀をつく心持有柄を面へかへし突込み勝
読み解く

 この業は神傳流秘書では独妙剣と云う業名でした。次の独妙剣が絶妙剣で業名が入れ替わっています。政岡先生の無双直伝英信流居合兵法地之巻では7本目は絶妙剣ですから政岡先生のテキストは「文政2年山川幸雄述坪内長順記神傳流秘書による」曽田本と異なる神傳流秘書が在ったのかもしれません。

 古伝の形を打つ場合「伝○○より」と言うのもいただけませんが、「順番が違う」「業名が違う」など直ぐに言い出す人も居るでしょう。謂れを述べてからべき自論を言うべきもので、知ったかぶりは良くありません。ちょっと覚えておきたい事です。

 是は仕は下段に構え、打は八相(神傳流秘書では高山ですから上段でも良いと思います)。
 スカスカと歩み行き場合いにて互いに拝み打ちに討つ(ここは仕も間境で下段から打の喉を突くように剣先を上げて上段に振り冠るのです。「互いに拝み打ちに討つ」ですから真向に打ち合うのです。

 古伝はスカスカ歩み行くのです。
 号令によって、駆け足で突っ込んでいく歩兵の突撃をこの時代後生大事に学ぶ必要は無いでしょう。
 
 太刀が触れ合った所(双方の中央上、物打付近)で相打ちとし、右足を踏み込んで拳と拳を押し合い鍔競合となる。鍔競合いとなるや仕は右足をドンと踏み直し左足を踏み込んで打の拳の下から柄を押し上げて打の人中(鼻と口の間の筋)に柄当てする。

 この業も打は元の位置に待っていても良いと言っています。ここでは相掛として間を十分研究して置こうと思います。

 打の柄を下から押し上げるには、、右足をその場でドンと強く踏みたて弾みを付けて体を低め左足を踏み込むや打の右柄手の下から柄を押し上げるようにし、打の反る処、人中を突く。

 この右足をドンと踏み直すのは相手の気を奪うとも云いますが、馴れ合い形打ちでは効果はありません。
 背丈の関係もあるでしょうから相手を変えて、背が高かろうと低かろうと稽古しておくのも良いでしょう。相手の懐深く入って下からの攻めは有効です。

神傳流秘書を読む5.太刀打之事七本目独妙剣(2014年10月22日)

 相懸也打太刀高山遣方切先を下げ前に構え行場合にて上へ冠り互に打合尤打太刀をつく心持有柄を面へかへし突込み勝


 打太刀上段、遣方「切先を下げて」は下段に構え、互いにスカスカと歩み寄る、遣方切先を打太刀の喉を突き上げるように上段に振り冠り、双方真向に打合、拳を合わせ押し合い、打太刀退かんとするのに乗じて、遣方右足を踏み込んで柄を突き上げて打太刀の顔面に突き当て勝。打太刀の退かんとするに乗じた面への突き上げとしましたが、拮抗した鍔迫り合いを、遣方右足をどんと踏み込みその拍子に柄頭を突き上げ左足を踏み込んで打太刀の顔面を打つのも一つです。
 押し合いの拍子を利用して下から相手の腕をかち上げる事も出来るでしょう。

 この業は後に出てくる詰合の八本目眼関落に同じと言えます。ここで稽古しておきます。
 「眼関落:是も互いに立ち敵も我も真向へかむり相懸りにてスカスカと行き場合にて互に拝み打に討也其の時敵の拳と我拳と行合也其時我すぐに柄頭を敵の手元下より顔へはね込み勝也(右足をドンとふみ急に左足を踏み込む也)互に五歩退り納刀以下同じ」

嶋専吉先生の絶妙剣

「仕下段・打八相 互に進み間合にて双方拝打に撃下し次で鍔競りにて互に押し合ひ、力を弛めし瞬間仕太刀は右足にて大地を踏み付け同時に左足を一歩相手の右側に踏込み相手の両拳下より人中に柄當てを行ふ。互に刀を合せ五歩退き血振ひ、納刀す。」

 絶妙剣の意図する処は何処でしょう。
打の上段(業附口伝八相・古伝は高山・嶋先生八相)からの拝み打ちに、仕は下段から打の喉を突き上げて制する、は相打となる可能性が高そうです。
 仕は摺上げで打の拝打ちを鍔で受けて鍔競り合いに持ち込む。
 鍔競り合いからの勝ち口を教える、など幾つも考えられます。
 古伝は、鍔競り合いに致る運剣については明確に述べていません。
 
 双方当初の構えから上段に取って合し打ちで相打ち、合し打ちをマスターした方がそこで勝負あり。
 合し打ちが出来ない、業が不十分ならば刀と刀が受け太刀となるので、敢えて少し受太刀に持ちこみ鍔競り合いから勝とした方がよさそうです。真向打ち合って、双方の真中で相打ちなどは不自然です。
 真向打ち合い相打ちの手附が英信流の形にまま見られます。古傳が伝えきれていない合し打ちは、自ら学ぶ以外に無さそうです。不自然なセンター合わせの相打ちは疑問です。

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2018年1月22日 (月)

曽田本その1の3業附口伝原文1太刀打之位7絶妙剱

曽田本その1の
3業附き口伝原文
1、太刀打之位
 
七本目絶妙剱(仕下 打八)
    (山川先生ノ秘書二ハ独妙剱トアリ
 是ハ我前ヘ切尖ヲ下ケテスカスカト行キ場合ニテ互二拝ミ打二討也敵ト我トハ拳ト拳ト行合其時スグニ面ヘ柄頭ヲ突込テ勝也
 相掛リニテモ敵待チカケテモ不苦我鍔ゼリトナルヤ右足ヲドント踏ミ直二左足ヲ踏ミ込ミテ敵ノ拳ノ下ヨリ人中二當テル打ノ構へ不明ナルモ八相ナラン
読み
 七本目絶妙剣(仕下 打八)(ぜつみょうけん しげ だはち)
     (山川先生の秘書には独妙剣とあり  曽田メモ)
 是は 我 前へ切尖を下げてスカスカと行き 場合にて互に拝み討ちに打つ也 敵と我とは拳と拳を行き合う 其の時直ぐに面へ柄頭を突き込みて勝也
 相掛りにても敵待ち掛けても苦からず 鍔競りとなるや 右足をどんと踏みすぐに左足を踏込みて敵の拳の下より人中に当てる 打の構え不明なるも八相ならん
参考 
 神傳流秘書太刀打之事七本目独妙剣
  相懸也打太刀高山遣方切先を下げ前に構え行場合にて上へ冠り互に打合尤打太刀をつく心持有柄を面へかへし突込み勝

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2018年1月21日 (日)

曽田本その1の3業附口伝読み解く1太刀打之位6水月刀

曽田本その1の
3業附き口伝読み解く
1、太刀打之位
 
六本目月影(仕中 打八)
是モ相掛リニテモ敵待カケテモ不苦敵ノ眉間へ我太刀ノ切尖ヲ指付ケスカスカト行也敵我太刀ヲ八相二カケテナグル也其時我スグ二カムリテ後ヲ勝也
読み
 是も相掛りにても敵待ちかけても苦からず 敵の眉間へ我が太刀の切尖を指し付けスカスカと行く也 敵我が太刀を八相に掛けて撲る也 其の時我すぐに冠りて後を勝也
読み解く
 月影の時、仕は打の首に打込み勝ちを得たならば、打が正眼に構えるにつれ相正眼となって五歩引き、仕はそのまま正眼(中段)、打は左足を踏み替え八相となる。
 是も打は正眼となった位置で五歩引かず、仕のみ五歩引くのでもよい。と言っていますが、相掛に歩み寄る稽古をしておきましょう。
 居合いばかりの場合は、想定による空間刀法に慣れて、進行中の間境での操作とか間に入っての動作などをしっかり身に着けるには相掛がよさそうです。
 打が待ち受けるのは、仕が初心のため間の感覚が乏しい時の稽古と考えた方が良いかも知れません。
 打は常に同じ歩行スピードではなく動きに緩急を付けるといいでしょう。
 此の水月刀は中段に構え打の眉間あるいは喉元に切先をつけてスカスカと歩み行く、打は八相に構え左足からスカスカと歩み寄る。
 仕が左足で間を越して右足を踏み込み突かんとする処、打は八相から斜めに是を払う。
 仕は払われるを機に、左足を左斜めに踏み込右足を左足後ろに引いて筋を変え同時に上段に振り冠って打の頭部を打つ、又は打たんとして圧する。

 此の業の替え技で、仕は打に払われるを機に「すぐにかむり」の所、冠らずに筋をはずすや打の首に太刀を押し付け引き切る、のを見ました。
 あるいは打が八相に殴ってくるのを、太刀を振り上げてはずす、下段に下げてはずすなど変化はいくつもあるでしょうが、ここは仕は中段の構えをしっかり身につけ、間と間合いを知ることでしょう。
 打は遠間・近間と払う間を変化させて見る、あるいは殴り捨てる様な払方、筋を外す程度の払い方など稽古のネタはいろいろでしょう。

古伝神傳流秘太刀打之事六本目水月刀

 相手高山或は肩遣方切先を相手の面へ突付て行を打太刀八相へ払ふ処を外して上へ勝つ或は其儘随て冠り面へ打込み勝も有り

 打太刀上段或は八相に構え待つ、遣方青眼に構え切先を打太刀の面へ突きつけてするすると間境を越して打太刀の面に突きこんで行く、打太刀思わず八相に払う処、遣方左手を上げて切っ先を下げ、これを外し左足を左前に踏み込み右から上段に振り冠って右足を踏み込み打太刀の真向を打つ。
 あるいは、払われるに随って、左足を左前に踏み込み巻き落とすように上段に振り冠り右足を踏み込み打太刀の真向を打つ。

 業附口伝と同じ業ですが「八相に払う処を外して上へ勝つ・・・」と、「八相にかけてなぐる也その時我はすぐにかむりて後を勝也」との文言の違いです。古伝はいくつもの変化を考えさせてくれます。

嶋 専吉先生の水月刀
 「仕中段・打八相 立合ひ相掛りにて進み仕太刀は(打太刀の眉間に剣尖を擬しつゝスカスカと前進)間合にて一歩踏出して打太刀の眉間を突く、打太刀は八相より、その刺突し来る仕太刀の刀を打払ふ、このとき仕太刀は左足を左方に踏み開き更に右足を進め打太刀の面に打下す。(打太刀に払はるゝや「仕太刀直に冠りて後を勝つなり」とせるもあり、此場合仕太刀は刀を払はるゝや左足を左方に踏み開き右足を一歩踏出して振冠り残心を示す姿勢となる)刀を合せ五歩後退し血振、納刀。」

 ここは、敵に我が太刀を払わせることが大切な処です。
突き手を一瞬留めて打たせる、そのまま突いていく、など、太刀打之位の「形」を「かたち」として申し合わせで演ずるばかりで、古伝の「八相に払ふ所を外して・・」とか「其儘随って冠り・・」などの工夫しなさいと言う教えを「特定の形」にしてしまい、武的演舞を良しとしてしまう事を考えさせられます。

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2018年1月20日 (土)

曽田本その1の3業附口伝原文1太刀打之位6水月刀

曽田本その1の
3業附き口伝原文
1、太刀打之位
 
六本目水月刀(仕中 打八)
是モ相掛リニテモ敵待カケテモ不苦敵ノ眉間へ我太刀ノ切尖ヲ指付ケスカスカト行也敵我太刀ヲ八相二カケテナグル也其時我スグ二カムリテ後ヲ勝也
読み
 是も相掛りにても敵待ちかけても苦からず 敵の眉間へ我が太刀の切尖を指し付けスカスカと行く也 敵我が太刀を八相に掛けて撲る也 其の時我すぐに冠りて後を勝也

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2018年1月19日 (金)

曽田本その1の3業附口伝読み解く1太刀打之位5月影

曽田本その1の
3業附き口伝読み解く
1、太刀打之位
 
五本目月影(仕下 打八)
 是モ同ジク抜テ居ル也相掛リニテモ敵待カケテモ不苦敵八相二カタキテ待チカクル也敵八相二打処ヲ出合テ互二押合又互二開キ敵打込む処ヲ我左足ヲ引キ立チ直リテ打込ミ勝也
読み
五本目月影(仕下 打八)(つきかげ しげ(下段) だはち(八相))
 是も同じく抜ているなり 相掛りにても敵待ちかけても苦からず 敵八相にかたき(担ぎ)て待ちかくる也 敵八相に打つ処を出合いて 互に押合い又互に開き 敵打込む処を我左足を引き立ち直りて打込み勝也
読み解く
 是も4本目と同じように、「敵待ちかけても苦からず」、です。
 ここでは打は八相に構え、仕は下段に構えスカスカと間に歩み行き、打は八相から右足を踏み込み斜めに左面に打込んでくる。
 仕は下段から右足を踏み込み突き上げるように摺り上げ太刀を合わせ、拳を合わせ押合う。
 互いに右足を退いて腰車に開き、打が右足を踏み込んで仕の左足に打込む処、仕は左足を右足に引き付け是を外し、直ちに右足を踏み込み太刀を振り冠って打の首を打つ。

 打は八相から仕の左面を打つ、仕は下段から打の喉を突くように突き上げ打の太刀を摺り上げて相打となり鍔競り合いの上双方車に取る。
 八相からダイレクトに、車からもダイレクトに打込む運剣は古伝の法とも思います。竹刀剣道の形に倣っているのが現代の組太刀ですが古伝にそれを持ち込むべきかは疑問です。

 車から打は左足に斬り付けましたが、此処は仕の左足、左膝、左肩など討ち込める部位を攻める変化があって然るべきでしょう。

古伝神傳流秘書太刀打之事五本目月影(2014年10月20日)

「打太刀冠り待つ所へ遣方右の脇に切先を下げて構え行て打太刀八相に打を切先を上て真甲へ上て突付て留め互に押相て別れ両方とも車に取り相手打をはずす上へ冠り打込み勝つ」

 この手附に従って打つのは間と間合いの在り様を心得る必要があります。
 遣方は前回の請入で中央から青眼の構えで五歩退き元の位置に右足前で立つ。
 打太刀は其の儘青眼に構え、遣方が元の位置に立つや、右足を引いて上段或は八相に構える。
 遣方は、右足前の儘、下段に切先を下げ、切先を右に右下段に構える。右下段の切っ先は相手左膝に付ける心持でしょう。
 遣方スカスカと間合いに踏込むや打太刀八相に遣方の左面を打って来る。遣方切先を上げ、打太刀の真向へ付き付ける様に突き込んで打太刀の打ち込みを留め、互に拳を合わせ押し合い後方に別れ双方とも脇構えに取る。
 業附口伝では「互二押合又互二開キ」と表現され古伝神傳流秘書では「互に押相て別れ両方とも車に取り」と明瞭です。
 この車(脇構)は幾つかの形が有りますが、特に指定されていません。しっかり相手に刃を見せて構え瞬時に斬り込める体勢を作るのを学んで見たい所です。
 打太刀が遣方の誘う出足を車から斬って来るのを左足を引いて外し上段に振り冠って、打太刀の真向に打込み勝。古伝の指定は「上へ冠り打込み勝つ」ですから上段でしょう。

 大江先生の無双直伝英信流居合道形の五本目鍔留はこの月影から採ったものでしょう。
 これは打は中段、仕は下段で双方真向に振り冠ってから真向打ちして双方の中間で物打付近の鎬で摺り合って相打ちし、鍔競り合いの上双方車に取って、打が仕の左足向う脛を切って来るのを左足を引いて外し空を打たせて上段から打の頭を切る。
 なぜ打は中段で仕は下段なのか、単なる構え方のバリエーションとしか言いようはなさそうです。
 その上双方真向上段に振り冠るのは、竹刀剣道の教えによるものです。真向打は双方まっすぐに相手の面を打つ、そのままで双方頭を打たれるか一刀流の切り落としか、新陰流の合し打ちになってしまいます。
 双方の上方中間で鎬付近で摺り合って相打ちとする。そこから踏み込んで拳を合わせ押し合うものです。ですから大江先生の居合道形の「鍔留」は古伝の月影モドキであって「鍔留」の技を名のみ残したものでしょう。
 鍔競り合いの方法は、双方鍔を合わせるのではなく、拳を合わせ押し合う結果鍔が競り合うものでしょう。
 大江先生の創作した形の原型を知れば理解の出来る処だろうと思います。

嶋 専吉先生に依る第19代福井春政先生の月影

「八相に構へて互に前進、間合を取り(此場合稍々間合を近くとる)打太刀八相より仕太刀の頭上に打込み来るを之に応じて同じく打合はせ拳が行合ふ瞬間鍔元にて押し合ひ更に双方右足を大きく退きて稍々半身に体を開き剣尖を低くして脇構へとなり続いて打太刀は右足を一歩踏込み上段より仕太刀の左股に斬り込むを仕太刀充分に左足を退きて空を打たせ、立直りて右足を一歩踏み出し上段より打太刀の頭上に打下す。刀を合せ互に五歩退き血振ひ納刀」

 合八相に構えて双方上段に構え直して打太刀から真向打ちして仕太刀が之に応じています。ここは業附口伝とも古伝とも大江先生の居合道形とも異なる処です。
正に新陰流の合し打ちです。
 双方間を稍々近く取るの理由が良くわかりませんが、鍔競り合いを意図した形のようでこれでは申し合わせの形打ちにしかなりそうもありません。

 

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2018年1月18日 (木)

曽田本その1の3業附口伝原文1太刀打之位5月影

曽田本その1の
3業附き口伝原文
1、太刀打之位
 
五本目月影(仕下 打八)
 是モ同ジク抜テ居ル也相掛リニテモ敵待カケテモ不苦敵八相二カタキテ待チカクル也敵八相二打処ヲ出合テ互二押合又互二開キ敵打込む処ヲ我左足ヲ引キ立チ直リテ打込ミ勝也
読み
五本目月影(仕下 打八)(つきかげ しげ(下段) だはち(八相))
 是も同じく抜ているなり 相掛りにても敵待ちかけても苦からず 敵八相にかたき(担ぎ)て待ちかくる也 敵八相に打つ処を出合いて 互に押合い又互に開き 敵打込む処を我左足を引き立ち直りて打込み勝也

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2018年1月17日 (水)

曽田本その1の3業附口伝読み解く1太刀打之位4請込

曽田本その1
3業附き口伝読み解く
1、太刀打之位
 
四本目請込(請入共云フ)(仕打 八)
 是モ同シク相掛リニテモ敵待カケテモ不苦請流ノ如ク八相二カタキスカスカト行テ真向ヘ討込也敵十文字二請テ請流ノ如ク裏ヨリ八相二打其処ヲ我モ左ノ足ヲ出シ請流ノ如ク止ムル也敵其時カムリテ表ヨリ討タントスル所ヲ其侭左ノ肘ヘ太刀ヲスケル也
読み
四本目請込(請入共云う)(仕打 八)(うけこみ(うけいりともいう)(しだ はち)
 是も同じく相掛りにても 敵待ちかけても苦からず 請流の如く八相にかたぎすかすかと行きて真向へ討込む也 敵十文字に請けて請流の如く裏より八相に打つ 其の処を我も左の足を出し請流の如く止むる也 敵其の時冠りて表より討たんとする所を 其の侭左の肘へ太刀をすける也
読み解く
 是も同じくですから、仕打共に八相に構えてスカスカと相掛に歩み行き、仕は右足を踏み込んで真向より打に打込む、打は是を右足を踏み込んで柄を左に十文字に請け止める。
 打は右足を引いて、裏八相に仕の右面に打込む。仕は是を左足を左斜めに踏み込んで十文字に請け止める。
 打が左足を引いて上段に振り冠る処仕は右足を右斜めに踏み込んで打の左肘に太刀を掬い切りする。
 「左の肘へ太刀をすける也」の「すける」は「すく」で「削ぎ切る」、転じて「掬い切る」かもしれません。


古伝神傳流秘書太刀打之事四本目請入(請込共云フ)

 前の如く打合相手八相に打を前の如く二留又相手より真甲を打を躰を右へ開きひぢを切先尓て留勝

 「前の如く打合」この神傳流秘書も省略が多くて其の都度前に戻らなければなりません。
 秘伝は毛筆に依る写しでは「前の如く」で省略したくなります。この、手附で気が付きましたがここでは打太刀を「相手」と書いています。
 気になる処ですが相手と書いたり打太刀と書いたり、我を遣方と書いたり我は当然として「相手八相に打を前の如くに留」と云う様に省略してしまったり、統一性が見られなくてマニュアル育ちには古伝は不向きです。
 其の上句読点もないので、切る処を間違えると違う意味になってしまう事も有ります。

 前の如くは三本目請流しです。「遣方も高山相手も高山或は肩へかまへるかの中也待処へ遣方歩行右の足にて出合ふ打込を打太刀請け扨」の文章が省略されて「前の如く打合」となります。

 三本目請流を終え、互に中央で刀を合わせ(此処は打太刀三歩進み遣方三歩下る)、打太刀は其の儘、遣方は五歩退き元の位置に戻る。
 打太刀、遣方共に高山、または八相に構える。遣方スカスカと歩み行き間境を左足で越すや右足を踏み込んで打太刀の左面を打つ。
 打太右足を踏み出し十文字にこれを受ける。この受太刀は刃で受けるのがこの流では当たり前ですが摺落とすように受けるのも工夫でしょう。
 打太刀、逆八相から右足を引くや遣方の右面を打つ。遣方左足を踏み込んで打太刀の打ち込みを受ける。
打太刀左足を引いて上段に構え真向に打ち込まんとする。遣方右足を右斜め前に踏み込み右半身となるや打太刀の打ち下さんとする左肘を切っ先にて斬り左足を右足後方に摺り込む。
 打太刀右足を少し引いて青眼に刀を下ろし、遣方左足を正面に戻し右足を追い足にして付け、打太刀右足より三歩出て、遣方左足より三歩退き刀を合わせ、打太刀其の儘、遣方五歩下がり元に戻る。

 長くなりましたが足をつけてみました、演武会ではそれらしく足踏みをつけて気位を見せますが、何歩などを思ってやるべきものでは無いと思います。
 古伝の短い文章をイメージして打ち合う、そのうち自然に理にかなった足の動きになるようになるはずです。打つ、受けるも少しも留まることのない自然な動きになるはずです。

嶋 専吉先生の請込を稽古して見ます。

「相八相より相掛にてスカスカと進み仕太刀表より打太刀の面を撃つ、打太刀は之を表十字に請く。
仕太刀更に左足を一歩進め八相より裏に打込むを打太刀右足を退き裏にて請け更に左足を退きて上段に振り冠るところを仕太刀素早く右足を大きく一歩斜前に踏込み体を右に開き打太刀の左上膊部を下より掬ひ切りに打つなり。
静かに刀を合せ正位に復し互に五歩退きて血振ひ納刀をなす。」

*業附口伝とも古伝とは仕太刀が前に進む様に打込んで打太刀が受けています。大江先生の居合道形の三本目独妙剣と同様でしょう。

 「相手の上膊部を下より掬ひ切りに打つ」は業附口伝の「左の肘へ太刀をすける也」であり古伝の「躰を右へ開きひじを切先にて留勝」を誤魔化したりせず、古伝の刀の運用を忠実に学んで見るべきでしょう。
 特に「すける」刀の運用は独特のものです。

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2018年1月16日 (火)

曽田本その1の3業附口伝原文1太刀打之位4請込

曽田本その1の
3業附き口伝原文
1、太刀打之位
 
四本目請込(請入共云フ)(仕打 八)
 是モ同シク相掛リニテモ敵待カケテモ不苦請流ノ如ク八相二カタキスカスカト行テ真向ヘ討込也敵十文字二請テ請流ノ如ク裏ヨリ八相二打其処ヲ我モ左ノ足ヲ出シ請流ノ如ク止ムル也敵其時カムリテ表ヨリ討タントスル所ヲ其侭左ノ肘ヘ太刀ヲスケル也
読み
四本目請込(請入共云う)(仕打 八)(うけこみ(うけいりともいう)(しだ はち)
 是も同じく相掛りにても 敵待ちかけても苦からず 請流の如く八相にかたぎすかすかと行きて真向へ討込む也 敵十文字に請けて請流の如く裏より八相に打つ 其の処を我も左の足を出し請流の如く止むる也 敵其の時冠りて表より討たんとする所を 其の侭左の肘へ太刀をすける也

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2018年1月15日 (月)

曽田本その1の3業附口伝読み解く1太刀打之位3請流

曽田本その1の
3業附き口伝読み解く
1、太刀打之位
 
三本目請流(仕打 八)
 是者敵モ我モ八相ノ構二テ行真向ヘ討込也(敵ハ待テ居テモ相掛リニテモ不苦)敵十文字二請テ又八相二カケテ打込也我其時左ノ足ヲ一足踏ミ込テ裏ヲ止ルト敵又引キテカムル処ヲ我其侭面へ突込也敵其時横二拂フ也其処ヲ我体ヲ開キカムリ後ヲ勝也(又最後二首根二討込ミ勝モアリ)
読み
三本目請流(仕打 八)(うけながし 八(八相))
 是は 敵も我も八相の構にて行き 真向へ討込也(敵は待ちても相掛りにても苦からず) 敵十文字に請けて 又八相にかけて打込也 我其の時左の足を一足踏み込みて裏を止めると 敵又引きて冠る処を我其の侭面へ突き込む也 敵其の時横に拂う也 其の処を我体を開き冠り後を勝也(又最後に首根に討込ミ勝もあり)
参考 古伝神傳流秘書太刀打之事「請流」
 遣方も高山相手も高山或ハ肩へかまへるかの中也待処へ遣方歩行右の足尓て出合ふ打込を打太刀請扨打太刀の方より少し引て裏を八相に打を左足尓て打合ふて留相手又打たんと冠るを直二其儘面へ突込ミ相手八相に拂ふをしたかって上へ取り右の足尓て真向へ勝
読み
請流(うけながし)
 遣方も高山 相手も高山 或いは肩へ構えるかの中也 待つ処へ遣方歩み行き右の足にて出合う 打ち込むを打太刀請け 扨 打太刀の方より少し引いて裏を八相に打ち合うて留め 又 打たんと冠るを直ぐに其の面へ突き込み 相手八相に払うを随って上へ取り右の足にて真向へ勝つ
読み解く
 前の業の附込で互いに刀を合わせ、双方五歩退いても良いし、打はその場に正眼に構えて仕が五歩退いて元の位置に戻るのを待っていても良いとされています。互いに左足を出し右足を退いて八相に構える。
 ここでは双方八相に構え合掛りにスカスカと歩み寄るとします。

 仕は場合にて八相から上段に振冠り右足を踏み込んで打の真向を打つ、打は是を右足を踏み込み(踏み替え)八相から頭上に柄を左にして剣先を右に向け十文字に請ける。
 打は右足を引いて八相に構え仕の左面を打つ、仕は左足を一足踏み込んで八相の裏に(左側に)止める。

 打は左足を引いて上段に冠る処、仕は右足を踏み込んで打の面に突き込む。打は其の時、右足を引いて上段から左横に是を払うを機に、仕は左足を斜め左に踏み開き体を開いて請け流し右足を左足の後方に踏み替え刀を右から回して振冠り勝ちを制する(または打の首根に打込み勝つ)

 この業は、打が退きながら、打ち込んで来るのを裏八相に受け止め、次に再び打とうと振り冠る処、仕は透かさず面に突き込み、打がそれを払うのを当たり拍子に左に廻り込んで首根に打ち込む。

古伝神傳流秘書太刀打之事 本目請流

 遣方も高山相手も高山或は肩へ構まへるかの中也待処へ遣方歩行右の足にて出合ふ打込を打太刀請扨打太刀の方より少し引て裏を八相に打を左足にて出合ふて留相手又打たんと冠るを直に其儘面へ突込み相手八相に払ふをしたかって上へ取り右の足にて真甲へ勝

 この業は比較的解りやすく書かれています。
 二本目の附入を終わって、双方青眼に構え、打太刀はその場に右足前で留まり、遣方は青眼の構えのまま五歩引いて元の位置に右足前で戻る。
 打太刀が、右足に左足を揃え青眼から「高山或は肩へ構へ」は上段または八相に構え右足を引く。
 遣方も左足を右足に揃え、青眼から上段または八相に構える。
 通常、打太刀の構えに遣方は合わせるのが剣術の常識ですから上段ならば上段、八相ならば八相です。

 打太刀構え待つ処に遣方スカスカと歩み行き、左足で間を越し右足を踏み込み打太刀の高山ならば真向、八相ならば左面に打ち下ろす。竹刀剣道の様に八相から敢えて上段に冠り直して真向に打ち下ろす必要は無いでしょう。打太刀その位置で右足を踏み込みこれを逆八相に受ける。

 打太刀右足を少し引いて逆八相から遣方の右面に打ち込む、遣方左足を踏み替えてこれを受ける。
 打太刀左足を引いて上段に冠る処、遣方直ぐに右足を踏み込み切っ先を打太刀の面に付け突き込む。
 打太刀これを右足を引きながら八相に払う処、遣方払われるに従って左足をやや左前に踏み込み、刀を右から振り冠り、右足を踏み込んで真向に打ち下ろし勝。
 古伝は足捌きも語っていますからそれに従う事でよいでしょう。

嶋専吉先生に依る福井春政先生の太刀打之位 請流
 
「双方八相の構にて前進、仕太刀真向に打込む、打太刀之を十字に請く。
 仕太刀更に左足を一歩進め裏を打つ、この時打太刀一歩右足を退き八相より裏に請止め、打太刀更に左足を退き上段に振冠るところを仕太刀青眼より右足を踏出して打太刀の面に突込む、打太刀は之れを左下方に払ふ。
 仕太刀其機に体を左に開き右足を前に進め上段に冠り後を勝つ。
 互に刀を合はせ原位に復し五歩後退血振ひ、納刀。」

 古伝神傳流秘書の太刀打之事 請流は打太刀が仕太刀に打ち込まれて請け、直に退いて仕太刀の右面に打ち込みを仕太刀は受け留めています。打太刀が更に打ち込もうと退いて冠る所を、仕太刀は打太刀の面に突き込み、打太刀が之を払う拍子に筋を変わって打ち込むのです。

 嶋専吉先生は仕太刀が先を取って打ち込み、打太刀は之を請けながら後退します。
 其の退く所を面に突き込み、打太刀に払わせて其の拍子に筋を変わって勝つ結果は同じでも受太刀が入れ替わっているのは面白い処でしょう。
 業附口伝も神傳流秘書も二刀目は打太刀が引きながら打ち込んで居ます。稽古ではいずれも出来て当たり前です。
 嶋先生の太刀打之位は、第19代福井春政先生、田岡 傳先生直伝と云う事ですが仕・打の攻防が仕が一方的攻めています。これではこの請流の古伝の心は失われてしまいます。
 形は「かたち」では無い処でしょう。

 業附口伝は昭和13年1938年発行の河野百錬先生の「無双直伝英信流居合道」の第五節居合形之部第二太刀打之位に紹介されています。其処では出典は明らかではありませんが曽田先生の業附口伝のままに書き込まれています。
 その後の河野先生の無双直伝英信流居合兵法叢書の刊行を考えれば、曽田先生との交流はこの昭和13年1938年以前からあったと推察できます。

 河野先生は昭和2年1927年、大江先生が76歳で没せられた年に第18代穂岐山波雄先生に師事しています。29歳でした。
 昭和10年1935年に穂岐山先生(44歳)が亡くなられ、第19代福井春政先生(51歳)に師事します。河野先生37歳の頃六段位でしょうか。
 河野先生は、昭和13年1938年40歳には大日本武徳会居合術錬士で「無双直伝英信流居合道」を発行されています。

 
 
 

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2018年1月14日 (日)

曽田本その1の3業附口伝原文1太刀打之位3請流

曽田本その1の
3業附き口伝原文
1、太刀打之位
 
三本目請流(仕打 八)
 是者敵モ我モ八相ノ構二テ行真向ヘ討込也(敵ハ待テ居テモ相掛リニテモ不苦)敵十文字二請テ又八相二カケテ打込也我其時左ノ足ヲ一足踏ミ込テ裏ヲ止ルト敵又引キテカムル処ヲ我其侭面へ突込也敵其時横二拂フ也其処ヲ我体ヲ開キカムリ後ヲ勝也(又最後二首根二討込ミ勝モアリ)
読み
三本目請流(仕打 八)(うけながし 八(八相))
 是は 敵も我も八相の構にて行き 真向へ討込也(敵は待ちても相掛りにても苦からず) 敵十文字に請けて 又八相にかけて打込也 我其の時左の足を一足踏み込みて裏を止めると 敵又引きて冠る処を我其の侭面へ突き込む也 敵其の時横に拂う也 其の処を我体を開き冠り後を勝也(又最後に首根に討込ミ勝もあり)
参考 古伝神傳流秘書太刀打之事「請流」
 遣方も高山相手も高山或ハ肩へかまへるかの中也待処へ遣方歩行右の足尓て出合ふ打込を打太刀請扨打太刀の方より少し引て裏を八相に打を左足尓て打合ふて留相手又打たんと冠るを直二其儘面へ突込ミ相手八相に拂ふをしたかって上へ取り右の足尓て真向へ勝
読み
請流(うけながし)
 遣方も高山 相手も高山 或いは肩へ構えるかの中也 待つ処へ遣方歩み行き右の足にて出合う 打ち込むを打太刀請け 扨 打太刀の方より少し引いて裏を八相に打ち合うて留め 又 打たんと冠るを直ぐに其の面へ突き込み 相手八相に払うを随って上へ取り右の足にて真向へ勝つ
 
 
 

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2018年1月13日 (土)

曽田本その1の3業附口伝読み解く1太刀打之位2附込

曽田本その1の
3業附き口伝読み解く
1、太刀打之位
 
二本目附込(仕打 納 附入共モ云フ)
 是モ出合ノ如くク相懸リニテ右ノ足ヲ先二シテ場合ニテサカサマ二抜合セ敵ノ引カントスル処ヲ我左ノ足ヲ一足付込左ノ手ニテ敵ノ右ノ手首ヲ取ル此ノ時ハ左下二引キテ敵ノ体勢ヲ崩ス心持二テナスへシ 互二刀ヲ合セ五歩退キ八相二構へ次二移ル也
読み
二本目附込(仕打 納 附入共モ云フ)(つけこみ しだ 納 つけいりともいう)
 是も 出合の如く合懸りにて 右の足を先にして場合にて逆さまに抜き合わせ 敵の引かんとする処を 我左の足を一足付け込み 左の手にて敵の右の手首を取る 此の時は左下に引きて敵の体勢を崩す心持ちにてなすべし 互に刀を合わせ五歩退き八相に構へ次に移る也
参考 古伝神傳流秘書太刀打之事二本目「附入」(附込共云う 曽田メモ)
 前の通り抜合セ相手後へ引かむと春るを附入左の手にて拳を取る右の足なれ共拳を取る時は左の足也
読み解く

 附込は附入とも云う、ですから相手に付け入る事は付け込むと同意でいいのでしょう。

 仕打共に出合のように納刀のまま相懸りに「スカスカ」と歩み行きます。「スカスカ」の雰囲気は「すたすた歩く」「するする歩く」「滞りなく行く」、虎走りや小走りを想像しません。

 大江先生の無双直伝英信流居合道形では「柄に手を掛け、双方体を前方に少しく屈め、虎走りにて五尺の距離に出て」と指定されていましたから虎のように走りしました。
 虎走りを否定するつもりはありませんが、スカスカ間に歩み入る自然体の動作も学んでおいて良いでしょう。
 踵を上げて爪先で蹴り出すのではなく、爪先をやや浮かせ薄氷を踏む如くのスルスルと歩む常の足使いを身につけて見たいものです。
 「スカスカ」と「スルスル」はイメージが違いますが、「バタバタ」や「スイスイ」とか「スース-」では無さそうです。

 間に至るや打は右足出るとき左手に鯉口を握り、左足で間境を越し柄に手を掛け刀を抜き出し右足を踏込み抜き付けんとする。
 仕は機先を制して打が左手で鯉口を握るや右足・左足と踏み込み柄に手を掛け刀を抜き出し右足を踏み込むや打の踏み込まんとする右足脛に抜き付ける。打は是を右足の右前で請ける。
 もう一つ、仕は打が機先を制して右足脛へ抜き付けて来るのを右足の右前で受ける。相打ちに見えても全然異なる術を学ぶものでしょう。

仕に圧せられて打は左足を引いて退かんとする処、仕は透かさず、左足を打の右足側面に一足踏み込んで付け込み、退かんとする打の右柄手の手首を取る。
 仕はこの時右足も左足の後方に摺り込み、左入り身となり、打の手首を制するや体を沈めて左下に打の体勢を崩す。
 手附はここまでです。打の手首を制し体勢を崩してしまえば、仕は太刀先で容易に詰める事はできます。
 大江先生の「拳取」によって「刀尖を胸に付け残心を示す」で勝負はつきます。
仕は、元の位置に戻り、互いに刀を合わせ五歩退き八相に構える。

古伝神傳流秘書の太刀打之事二本目附入(附込とも云う)

 前の通り抜合せ相手後へ引かむとするを附入左の手にて拳を取る右の足なれ共拳を取る時は左の足也

 この業のポイントは、「相手後へ引かむとするを附入」の部分でしょう。抜き合わせて拮抗し、相手が引こうとしないのにこちらからサッサと拳に手を伸ばして取りに行くなどではありません。

 「拳を取る」ですが、大江先生は「打太刀の右手首を逆に持ち下へ下げる」。
 河野先生は、相手の右手を逆にして制する事に意を使いすぎ「打太刀の右手首を左手で、中指は手首関節部、拇指は掌中を逆に握り、左下方に引いて打の体勢を右に崩し、右手の自由を奪う」

 業附口伝は「一足付込左の手にて敵の右の手首を取る此の時は左下に引きて敵の体勢を崩す心持にてなすべし」

 古伝は「附入左の手にて拳を取る」これだけで相手の右手を制し体勢を崩す事も学ぶ事も出来るはずです。

 昭和17年の嶋 専吉先生の「無双直伝英信流乾」にある、第19代福井春政先生との太刀打之位二本目附込を稽古して見ます。
 「互に右手を柄に懸け相掛りにて進み間合にて右足を踏出すと共に相手の右脚に抜合すこと「出合」の場合と同様なり。次で打太刀の退かんとするところを仕太刀跳込むが如く左足を相手の右側に深く一歩踏込み右足をその後方に踏み添えて体を開き、相手の右手首を左手にて逆に捉へ之れを己が左下方に引きて打太刀の態勢を崩し、刀を右手にて腰部に支へつゝ剣尖を打太刀の水月に擬し之れを刺突の姿勢となる。互に中段に刀を合せ正しき位置に復したる後双方五歩後退し血振ひの上、刀を納む。」


 福井先生も相手の右手首を逆手に取って左下に崩しています。
古伝神傳流秘書の夏原流和之事を稽古しますと原文に従った稽古では極めて自然に相手を崩す方法を述べています。
 非力で小兵の者でも充分制する事がポイントで、剛腕の者が力任せに崩す事は有りません。

 太刀打之位は、土佐の居合に残された初歩的な太刀を鞘に納めたまま相懸る組太刀に依る剣術への道へ導くもので、空間刀法の居合に対敵を意識した間と間合いを知る良い稽古です。

 次の三本目請流は八相に構えて相懸りに歩行くのですが、業附口伝では納刀せず元の位置に戻り八相に構えます。
 嶋先生が福井先生に習ったように納刀したならば、其の位置で刀を抜き、左足を前に右足を引いて八相に構える事になります。

次回は三本目請込です。

 

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2018年1月12日 (金)

曽田本その1の3業附口伝原文1太刀打之位2附込

曽田本その1の
3業附き口伝原文
1、太刀打之位
 
二本目附込(仕打 納 附入共モ云フ)
 是モ出合ノ如くク相懸リニテ右ノ足ヲ先二シテ場合ニテサカサマ二抜合セ敵ノ引カントスル処ヲ我左ノ足ヲ一足付込左ノ手ニテ敵ノ右ノ手首ヲ取ル此ノ時ハ左下二引キテ敵ノ体勢ヲ崩ス心持二テナスへシ 互二刀ヲ合セ五歩退キ八相二構へ次二移ル也
読み
二本目附込(仕打 納 附入共モ云フ)(つけこみ しだ 納 つけいりともいう)
 是も 出合の如く合懸りにて 右の足を先にして場合にて逆さまに抜き合わせ 敵の引かんとする処を 我左の足を一足付け込み 左の手にて敵の右の手首を取る 此の時は左下に引きて敵の体勢を崩す心持ちにてなすべし 互に刀を合わせ五歩退き八相に構へ次に移る也
参考 古伝神傳流秘書太刀打之事二本目「附入」(附込共云う 曽田メモ)
 前の通り抜合セ相手後へ引かむと春るを附入左の手にて拳を取る右の足なれ共拳を取る時は左の足也
 

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2018年1月11日 (木)

曽田本その1の3業附口伝読み解く1太刀打之位1出合

曽田本その1の
3業附き口伝読み解く
1、太刀打之位
一本目出合(仕打 納)
 是者互二刀ヲ鞘二納メテ相懸リニテスカスカト行場合二テ右ノ足ヲ出シサカサマ二抜キ合セ敵引ク処ヲ付込ミテ左足ニテカムリ右足ニテ討也此之時敵一歩退キ頭上ニテ十文字二請ケ止ムル也 互二中段トナリ我二歩退キ敵二歩進ミ更メテ五歩ツツ退ク也納刀
読み
一本目出合(仕打 納)(であい しだ のう)
 是は 互に刀を鞘に納めて相懸りにてスカスカと行く 場合にて右の足を出し逆さまに抜き合わせ 敵引く処を付込みて左足にて冠り 右足にて討つ也 此の時敵一歩退き頭上にて十文字に請け止むる也 互に中段となり 我二歩退き敵二歩進み 改めて五歩ずつ退く也 納刀
参考 古伝神傳流秘書太刀打之事「出合(出会)」鞘木刀也 立合之事也
 
 相懸りにかかり相手より下へ抜付るを抜合せ留て打込相手請る右足也
読み解く

この出合は、双方納刀したままスカスカと歩み行くであって、虎走りのように小走りに間を詰めていません。
  大江先生の無双直伝英信流居合道形(英信流居合の型)では、「打太刀は柄に手を掛ける、仕太刀は打太刀の如く、柄に手を掛け、双方体を前方少しく屈め、虎走りにて五尺の距離に出て、右足を出したるとき、膝の処にて打は請、仕は抜打にて刃を合す」でした。のっけから動作が違います。

 この古伝太刀打之位を虎走りして演じているのを見ていました。決められた事だからと、虎走りするのは流の決め事ですが、不自然です。
 ここは、「スカスカ」と相懸りに間境に接するものでしょう。お互いに「右足を出しさかさまに抜き合せ」と業附口伝では相打ちとなります。

嶋 専吉述「無双直伝英信流居合術乾」という小冊子があります
 戦時中の昭和17年1942年4月18日から二週間のこと、嶋先生は高知に出向き、第19代福井春政先生に2週間潮江の高知商業の道場に通って武道行脚した際の覚書を綴ったものです。
 「出合 帯刀のまゝ柄を把りつゝ相掛りにてスカスカと前進(互に三歩前進とせるもあり)間合にて右の足を踏出すと共に互に相手の右脚に斬付くる心にて剣先を下方に抜き合す。・・」
と、ここでも、スカスカと相打ちしています。
 「続いて打太刀退くところを仕太刀附込み左足を右足に進めて振り冠り右足を一歩踏込みて上段より打太刀の面を打つ、このとき打太刀は一歩体を退き(右足を軽く退き左足を退き)仕太刀の刀を頭上にて剣尖を右方に十文字に請け止むるなり」

 虎走りでは、大江先生の当時の事を思えば、歩兵が臆する心を後ろから煽られて突撃するような感じがします。古伝は、普段の歩み足「スカスカ」で相懸りしたいものです。

神傳流秘書の太刀打之事出合
 相懸りにかゝり相手より下へ抜付るを抜合せ留て打込相手請る右足也
  相懸りに歩み寄り、打は刀に手を掛け、左足で間境を越し、右足を踏み込み抜き付ける、仕は刀に手を掛け右足を大きく踏み込んで打の右脛に抜き付け留める。打は、上段に冠らんとする処、仕に圧せられて体勢を立て直すべく左足、右足と追い足に退き、仕は即座に左足を右足に引き付け上段に振り冠り打の真っ向に打ち下ろす。打は是を十文字に請け留める。
間合は近間になり、打は大きく反り身になって請けざるを得ない。双方攻めんとしつつ、打は仕に圧せられて退くに付け入って行くものです。


  古伝は「相懸り」でスカスカとも虎走りとも云って居ませんが、通常スカスカと歩み足で寄るのでしょう。

 抜き合せは「相手より下へ抜付るを抜合せ留」ですから現代の正座の部八重垣の受払の動作で仕は応じると読むべきでしょう。

 十文字に請け止めた打から中段に戻します。この時、間が近すぎれば左足右足と退いて中段となる。
 仕はその位置で中段となり切っ先を合わせて打は二歩出て、仕は二歩退き、双方左足から五歩ずつ戻り右足前で横血振りして納刀する。左足を右足に揃え、次の業になる。この時互いに切先で糸筋の切れざるような残心は当然でしょう。

 古伝の正しい血振り、納刀は不明ですが、大江先生の無双直伝英信流居合道形に準じておきました。

 十文字の請け方は、柄を左に剣先を右にして刀を前額上で水平に刃で請ける。この受け方は少々不自然ですが無双直伝英信流の出合の形の様です。
 嶋専吉先生の「仕太刀の刀を頭上にて剣尖を右方に十文字に請け止むるなり」で第19代福井春政宗家の動作だったのでしょう。

 大江先生の出合の請け太刀は「仕太刀は直ちに、右足左足と一歩摺り込みて上段より真面に打ち込む、打太刀は左足より右足と追足にて退き、刀を左斜にして受ける」であって切先は左です。

 この請け太刀は、柄を右に切っ先を左に向け物打付近に左手を添えて刀棒の形をとって仕の打ち込みを刃で請ける、十文字請けが自然でしょう。
 刀棒の場合は、請け太刀となっても仕の刀を摺り落として、攻めに転ずる事もできそうです。

 次回は二本目「附込」です。

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曽田本その1の3業附口伝原文1太刀打之位1出会

曽田本その1の
3業附き口伝原文
1、太刀打之位
一本目出会(仕打 納)
 是者互二刀ヲ鞘二納メテ相懸リニテスカスカト行場合二テ右ノ足ヲ出シサカサマ二抜キ合セ敵引ク処ヲ付込ミテ左足ニテカムリ右足ニテ討也此之時敵一歩退キ頭上ニテ十文字二請ケ止ムル也 互二中段トナリ我二歩退キ敵二歩進ミ更メテ五歩ツツ退ク也納刀
読み
 是は 互に刀を鞘に納めて相懸りにてスカスカと行く 場合にて右の足を出し逆さまに抜き合わせ 敵引く処を付込みて左足にて冠り 右足にて討つ也 此の時敵一歩退き頭上にて十文字に請け止むる也 互に中段となり 我二歩退き敵二歩進み 改めて五歩ずつ退く也 納刀
参考 古伝神傳流秘書太刀打之事「出合(出会)」鞘木刀也 立合之事也
 
 相懸りにかかり相手より下へ抜付るを抜合せ留て打込相手請る右足也

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2018年1月10日 (水)

曽田本その1の3業附口伝原文を読み解くはじめに

曽田本その1の
3業附口伝原文を読み解く
はじめに
参考  
曽田虎彦・故竹村静夫君共に実演したり
太刀打之位
詰合之位
大小詰
大小立詰
(五藤先生、谷村先生業附口伝書に因り実演したるを詳述したり筆者曽田虎彦実演したり(虎彦記))
詳解したるにあらざるも竹村君と共に田口先生尓御指導と実兄(五藤先生の実弟土居亀江)の口伝によりあらましを記したり
読み解く
 昭和11年10月26日日本古武道振興会において陸軍戸山学校天覧道場で土佐の居合の太刀打之位を、打太刀竹村静夫先生、仕太刀曽田虎彦先生で演じた事を指しています。
 その写真も太刀打之位の四本目請込の業を演じる御両人のお姿が曽田本2に残っています。

 竹村先生はその後昭和13年2月に突然逝ってしまわれました。残された弟子が楠瀬庸方先生でした。

 この「業附口伝」には、古伝の組太刀である太刀打之位・詰合之位・大小詰・大小立詰の4種類が収められています。
 これは十六代五藤孫兵衛正亮と第15代谷村亀之丞自雄先生若しくは曽田先生の実兄土居亀江先生の師匠谷村樵夫自庸先生相伝の免許皆伝目録による業附口伝書に因り筆者の曽田虎彦が竹村静夫と実演したものである。
 詳細に解説をしてはいないが、田口先生のご指導と実兄の土居亀江の口伝によってあらましは記してある。

 土居亀江(小藤亀江)は曽田虎彦先生の実兄と云う事ですがここには(五藤先生の実弟土居亀江)ともあります。

 太刀、又は小太刀を持っての組太刀は神傳流秘書では
太刀打之事(11本)
詰合(11本)
大小詰(8本)
大小立詰(7本)
大剣取(10本)
の五種目(47本)が記載されていました。さらに前回の英信流目録の小太刀之位(6本)を入れますと、都合六種目(53本)の組太刀を土佐の居合は持っていた事になります。

 このうち、政岡先生は太刀打之位・詰合・大小詰・大小立詰・大剣取までの五種目を解説済みで誰でも現代語で稽古できるようにされました。
 小太刀之位は、河野百錬先生が曽田虎彦先生から送られた「英信流目録」をもとにでしょう、「無双直伝英信流居合兵法叢書」に記載されています。

 おそらく、この「無双直伝英信流居合兵法叢書」は発行部数も少ないうえ当時の先生方は居合だけを演じるばかりで古伝の形には興味を示されなかったのでしょう。特に戦後にその傾向は強かったと思われます。

 小太刀之位はミツヒラブログで本邦初公開で素読の上動作を付けて置きましたが、実際に演じて不合理な処は課題としてご研究いただきたいと思います。

 今回の業附口伝はこのままでも明解なテキストになります。すでに政岡先生の動作や他の先生方の術理が世に出ていますので参考にされ、古伝をより親しめるはずです。

 大江先生の改変された無双直伝英信流居合道形を英信流居合の古伝である太刀打之位と誤って、それを絶対として打たれる方はいらっしゃいます。
 少し古武術に関心を持ち、工夫をすれば容易に古伝を稽古することができるでしょう。

 幕末から明治以降に失伝したと思われる土佐の居合を、曽田先生と竹村先生は稽古され、文章にされた「業附口伝」です。然し実演され打たれた仕組(組太刀・形)ですから、古伝とは時代の変化が有りそうです。古伝神傳流秘書の仕組を併記しておきます。
 しかし、竹刀剣道の直線運動や飛び込み打突、走り込んで抜き付けるなどの明治以降の動作を離れて、日本人本来の古武術の身体動作を身に付けませんと相方を設けて行う武的演舞になってしまいます。
  形は決められた一つの「かたち」をとことん稽古して、その上にそれだけではなく、そこから派生するあらゆる変化に応じる剣の術理を学ぶものです。

 此の業附口伝は昭和13年1938年発行の河野百錬先生述による「無双直伝英信流居合道」の第五節居合形之部第二に太刀打之位・第三に詰合之位・第四に大小詰・第五に大小立詰が(當流古傳之略述在文責筆者)とされて掲載されています。
 出典は明らかではありませんが曽田先生との交流から得られたものと断定しても良さそうです。
 河野先生は、無双直伝英信流居合叢書には、この曽田先生の記述された「業附口伝」は記載されていません。
 古伝神傳流秘書にあるものだけを原文で記載されています。解説はされていません。
 「大日本居合道図譜」では大江先生の無双直伝英信流居合之形七本のみ記載しています。そのためか古伝の形が失伝したといえるでしょう。
 「古伝には興味は無い、古伝は無双直伝英信流ではないから学ばない」と、いかにも分かった様におっしゃる先生もおられます。その癖「武術は」とか「昔は」とか「本当は」とか何を基準に仰るのでしょう。

 戦時中の昭和17年1942年4月18日から二週間高知におもむき、第19代福井春政先生・田岡 傳先生に、直に指導を受けられた嶋 専吉先生(不明)の備忘録が「無双直伝英信流居合術乾」として綴られています。

 其処には、古傳の太刀打之位・詰合之位が実際に指導され稽古した中から覚書されています。
 余暇に大小詰・大小立詰は「浅学の自分としては未だ躬らその扉を叩くの機会を得ないので福井先生御所蔵の文献をそのまゝ拝借謄写して他日の研究を期することゝし・・」とあります。これは文面を対比しますと曽田先生の業附口伝と略同じものです。

 業附口伝に嶋先生の覚書を繰り入れて参考にさせていただきます。業附口伝は第9代林六大夫政誠が土佐に持ちこまれた古伝神傳流秘書にある「仕組」の形を留めていますが、変形されている部分も有り古伝とは一線を引いて稽古されるべきものと思います。

 古伝は足の歩数運びなどのことは実戦的稽古形ですから、演舞とは違い「おおらか」です。武術としての術理も力量次第です。演武会での演舞では無い事を思い知らされています。業附口伝ではやや演舞的傾向が見られるのは、江戸時代後期から現代の形に対する考え方に依るのでしょう。勝ち負けを争う稽古は竹刀による試合形式で学び、剣の術理は置き去りにして形を軽視する傾向にあると思われます。

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2018年1月 9日 (火)

曽田本その1の2英信流目録読み解く1居合棒太刀合之巻6大森流居合之位11抜打

曽田本その1
2.英信流目録読み解く
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
6、大森流居合之位
 
十一本目抜打ち
(原本二記載なきも之れ尓て□筆之置く)
以上十一本也         林 政誠
于時安永五年
      冬十月吉日改之   花押
嘉永五年癸子六月吉祥日
       谷村亀之丞自雄 花押
読み
十一本目抜打(ぬきうち)
(原本に記載なきもこれにて□筆之を置く)
以上十一本也       林 政誠
于時安永五年(1776年)
      冬十月吉日之を改める  花押
嘉永五年(1852年)癸子(みずのとね)六月吉祥日
                    谷村亀之丞自雄
読み解く
 実はこの英信流目録には、この十一本目は書き込まれていないのです。業の頭に本数を入れてありますが、原本は無印なのです。括弧の文字は曽田メモ
 虎乱刀の跡に「以上十一本也」と記入されています。十五代の谷村亀之丞自雄の書写の際に欠落したのか、原本が欠落していたかはわかりません。

ここでは、古伝神傳流秘書大森流居合之事抜打を記入しておきます。
抜打
 坐して居る所を向より切て懸るを其のまま踏ん伸んで請流し打込み開いて納る尤も請流しに非ず此の所筆に及ばず

 英信流目録は原本が第十二代林 政誠によって安永5年(1776年)に書かれたものですから、山川久蔵幸雅が書き写した神傳流秘書(文政2年1819年)より古いものです。
 居合は大森流しか存在しないので、抜打どころか大変な欠落です。残念ですが大森流「抜打」は神傳流秘書による以外に見当たりません。

 古伝の抜打の業手附は簡潔でまさに居合と言った雰囲気の名文でしょう。抜打を演ずる時「切て懸るを其のまま踏ん伸んで請け流し打ち込み開く」が頭をよぎって行きます。

第17代大江正路先生の抜打(大正7年1918年発行の大江・堀田共著剣道手ほどきより)
 「正面に座す、対座にて前の敵を斬る心組にて其正座の儘刀を前より頭上に抜き、上段に冠り、身体を前に少しく出し、前面の頭上を斬る。血拭ひは中腰の同体にて刀を納む」


 古伝の抜打の心持ちは薄れ、一方的に抜き打つ業に思えてしまいます。動作を克明に解説したのは河野先生でしょう。

第20代河野百錬先生の抜打(昭和8年1933年発行無双直伝英信流居合術全より)
 「正面に向ひて正座し、左手を鯉口にとり拇指にて鯉口を切り、右手を柄にかけつゝ両膝と其爪先にて膝を伸ばし、右斜前に刀を引き抜き左肩に刀先を突込む様に双手上段に振冠りて切り込み、刀を右に開くと同時に左手は左腰に取り後鯉口を握り刀を納めつゝ臀部を踵の上におろして納め終る」

 
動作の形が優先して古伝の心が見られません。

 

夢想神傳流檀崎先生の抜打
 「彼我接近して対座するとき、敵を速急正面より斬付けて勝。刀に両手をかけ、同時に両足を爪立てて刀を右斜前に水平に抜き、剣先が鯉口を放れると同時に、後方の敵を突き刺すように振り冠り、両膝を揃え「トン」と床を打つ。この時上体は,真直に膝の真上にある。次に斬下すと同時に両膝を横に開き「トン」と床を打ち血振り・・」

 
是も一方的な闇討ちです。


 お陰様で、容易に抜打を演じられるようになりました、然し古伝の「此の所筆に及ばず」は置き去りになって居る様に思います。
 そして、「飛び打ち」にしたり、「音を立てて」打ち込んだり、果ては「闇打」であったり「抜き打ち」にしたり、愉快です。
「坐して居る所を向より切て懸るを其のまま踏ん伸ん請流し打込み」は何処にいったのでしょう。
 当代の解説では「正面に対座せる対敵の害意を認めるや・・・もし敵斬り込み来たりてもその刀を受け流す気にて行う」と「もし」がありますが其の心は戻りつつあるように思います。

奥書を入れて置きます。

林 政誠

 干時安永五年(1776年) 冬十月吉日改之

 嘉永五年(1852年)癸子六月吉祥日

 谷村亀之丞自雄 自花押

 この曽田先生の書写したものを昭和23年1948年六月に大阪の河野稔氏へ伝授したりとあります。第二十代河野百錬宗家を指していると思われます。

 この英信流目録には坂橋流の棒が恐らくすべて残されていたのかもしれません。棒太刀合之位・棒合5つ・心持之事・極意之大事の4編になっていました。

 さらに、何処にも見られない小太刀之位が残っていました。之は曽田本以外に見ることがありませんでした。河野百錬先生の「無双直伝英信流居合兵法叢書」に見られる小太刀之位は曽田本の英信流目録に依ります。

 土佐のどこかにこの第十二代林 政誠の原本が欠落なく存在することを夢見ています。

 四国に在住の無双直伝英信流・夢想神傳流を学ばれる方によって捜し出していただければと勝手に思っています。

英信流目録を終わります。

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2018年1月 8日 (月)

曽田本その1の2英信流目録原文1居合棒太刀合之巻6大森流居合之位11抜打

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
6、大森流居合之位
 
十一本目抜打ち
(原本二記載なきも之れ尓て□筆□置く)
以上十一本也         林 政誠
于時安永五年
      冬十月吉日改之   花押
嘉永五年癸子六月吉祥日
       谷村亀之丞自雄 花押
読み
十一本目抜打(ぬきうち)
(原本に記載なきもこれにて□筆を(?)置く)
以上十一本也       林 政誠
于時安永五年(1776年)
      冬十月吉日之を改める  花押
嘉永五年(1852年)癸子(みずのとね)六月吉祥日
                    谷村亀之丞自雄
 

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2018年1月 7日 (日)

曽田本その1の2英信流目録読み解く1居合棒太刀合之巻6大森流居合之位10虎乱刀

曽田本その1
2.英信流目録読み解く
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
6、大森流居合之位
 
十本目虎乱刀
 是盤立て春可春可と幾足も行て右の足尓て一文字尓抜付(拂ふてもよし)かむる時左の足一足ふみ込右の足尓て打込ム血ぶるいの時左を右の足尓揃納る時は右の足を引納其時春ねハつ可ぬ也
 「記 勢中刀、虎乱刀の血振いの時「左の足を右の足尓揃ト」書きたる也原本二ハ「右の足を左の足二揃」とあり研究する事原本に「右の足を左の足・・・不明 曽田メモ」
読み
十本目虎乱刀(こらんとう)
 是は 立てスカスカと幾足も行きて 右の足にて一文字に抜き付け(拂うてもよし) 冠る時左の足一足踏み込み右の足にて打込む 血ぶるいの時左を右の足に揃へ 納る時は右の足を引き納 其の時脛は着かぬ也
 「記 勢中刀、虎乱刀の血振いの時「左の足を右に揃と」書きたる也 原本には「右の足を左の足に揃」とあり研究する事 原本に「右の足を左の足・・・不明 曽田メモ」
読み解く

 英信流目録は第15代谷村亀之丞自雄の書き写した直筆の伝書です。この虎乱刀は大江先生の場合は正座の部「追風」の業です。バタバタ追い懸けずスカスカ歩み行く処が本来の業だったのでしょう。

 古伝神傳流秘書の大森流居合之事虎乱刀を読み直します。
「是は立事也幾足も走り行く内に右足にて打込み血振し納る也但し膝を付けず」


 神傳流秘書では「幾足も走り行く」であって歩み行くではありません。それに抜き打ちの一刀で制して居ます。
 現在は、混線して、走り行き抜き付け、打ち込むになったのでしょう。

 英信流居合目録秘訣の上意之大事に虎走の心得があります。
 是は討ち果たせと言う上意などで行く時、敵が二間も三間も離れて坐している時は直ぐに切る事は出来ないし、同座した人達が邪魔に入る事も考え、色に出さず腰を屈めつかつかと行き抜き口が外へ見えないように体の内で逆さまに抜いて抜きつけるのだと教えています。足運びが大事だと云います。
 追いかけてバタバタ足音を立てるなど、いつの頃にやりだしたのでしょう。中には逃げる敵を追い懸け間に至れば、足音をバタバタ強くして
振り向かせてから抜き打つなどの教えもある様で愉快です。

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2018年1月 6日 (土)

曽田本その1の2英信流目録原文1居合棒太刀合之巻6大森流居合之位10虎乱刀

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
6、大森流居合之位
 
十本目虎乱刀
 是盤立て春可春可と幾足も行て右の足尓て一文字尓抜付(拂ふてもよし)かむる時左の足一足ふみ込右の足尓て打込ム血ぶるいの時左を右の足尓揃納る時は右の足を引納其時春ねハつ可ぬ也
 「記 勢中刀、虎乱刀の血振いの時「左の足を右の足尓揃ト」書きたる也原本二ハ「右の足を左の足二揃」とあり研究する事原本に「右の足を左の足・・・不明 曽田メモ」
読み
 是は 立てスカスカと幾足も行きて 右の足にて一文字に抜き付け(拂うてもよし) 冠る時左の足一足踏み込み右の足にて打込む 血ぶるいの時左を右の足に揃へ 納る時は右の足を引き納 其の時脛は着かぬ也
 「記 勢中刀、虎乱刀の血振いの時「左の足を右に揃と」書きたる也 原本には「右の足を左の足に揃」とあり研究する事 原本に「右の足を左の足・・・不明 曽田メモ」

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2018年1月 5日 (金)

曽田本その1の2英信流目録読み解く1居合棒太刀合之巻6大森流居合之位9勢中刀

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
6、大森流居合之位
 
九本目勢中刀
 是も坐して居也右向の方ゟ敵立て来る心持也我其時右の足より立チ一文字二拂ふ也其侭かむり討込ム也跡ハ血ぶるひをし左の足を右の足尓揃納る時右の足一足引納る時春ねをつ可ぬ也
読み
九本目勢中刀(せいちゅうとう)
 是も坐して居る也 右の向こうの方より 敵立ちて来る心持ち也 我其の時右の足より立ち一文字に払う也 其の儘かむり討ち込む也 跡は血ぶるいをし 左の足を右の足に揃へ 納める時右の足を一足引き 納める時脛を着かぬ也
読み解く
 *
 是も我は正面向きに座して居ても、左向きでも、右向きでも、敵は我が右向き(右肩)の方から敵は立って上段に振り冠って来る心持ちです。
 其の時我は腰を上げ右足を敵の方に向けて立ち上がり、一文字に抜き払う。
 其の儘振り冠って敵の真向に討ち込む。
 跡は血ぶるいをし、左足を右足に踏み揃え、納刀の際右足を一足引いて納刀する。納刀の時脛を床に着かない事。

 一文字に何処を目掛けて抜き払うのか記載は有りません、敵は立ち上って歩み来るのです。一文字の抜き付けの部位は、上段に振りかぶった敵の小手・上段から振り下ろさんとする小手・上段に振りかぶって歩み寄る胴。何れでも良いのです。部位に応じた我が態勢は様々です。

 其の儘上段に振り冠っています。左足右足と踏み込む様には書かれていません。右足を踏み出して一文字に敵刀を払いその足のまま振り冠って打ち込んでいます。
 敵が後ろに退くならば左足右足と追い込んで仕留めるのでしょう。
古伝は振り冠り討ち込む、とだけです。

 これも、古伝神傳流秘書大森流之事九本目勢中刀では「右の向より切て懸るを踏出し立って抜付打込血震し納る此事は膝を付けず又抜付に払捨て打込事も有」
英信流目録とも同じですが、「右の向こうより」ですから、左向きに坐し、正面から切って懸られたのに応じるのです。

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2018年1月 4日 (木)

曽田本その1の2英信流目録原文1居合棒太刀合之巻6大森流居合之位9勢中刀

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
6、大森流居合之位
 
九本目勢中刀
 是も坐して居也右向の方ゟ敵立て来る心持也我其時右の足より立チ一文字二拂ふ也其侭かむり討込ム也跡ハ血ぶるひをし左の足を右の足尓揃納る時右の足一足引納る時春ねをつ可ぬ也
読み
九本目勢中刀(せいちゅうとう)
 是も坐して居る也 右向こうの方より 敵立ちて来る心持ち也 我其の時右の足より立ち一文字に払う也 其の儘かむり討ち込む也 跡は血ぶるいをし 左の足を右の足に揃へ 納める時右の足を一足引き 納める時脛を着かぬ也

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2018年1月 3日 (水)

曽田本その1の2英信流目録読み解く1居合棒太刀合之巻6大森流居合之位8逆刀

曽田本その1
2.英信流目録読み解く
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
6、大森流居合之位
 
八本目逆刀
 是盤坐して居り春っと立其侭引抜向ヱ拝ミ討二打チツゞケテ二ツ打其時両足を前へ揃ヱ太刀を亦かむり其時右の足を跡へ引春ねをつき亦太刀を前へそろりとおろし「右柄を逆手尓とり太刀の刃を上へ向て(此の処原本虫食て不明なり多分柄ナラン 曽田メモ)」左の手尓て刀のむ年をおさへ手前へ少しそろりと引納ㇽ也 初發刀より此迄ㇵ納尓春ねをつく也
読み
八本目逆刀(ぎゃくとう)
 是は 坐して居り すっと立ち 其の侭引抜き向へ拝み討ちに打ち 続けて二つ打ち其の時両足を揃え 太刀を亦冠り其の時右の足を跡へ引き脛を着き 亦太刀を前へそろりと下し 右柄を逆手に取り太刀の刃を上へ向けて 左の手にて刀の棟を押えて前へ少しそろりと引き納る也 初発刀より此処までは納るに脛を着く也
読み解く

 「逆刀」とは、第17代大江正路先生の無双直伝英信流居合正座の部八本目附込でしょう。
 この業手附からどの様に仮想的を想定するかによって動作は変わるでしょう。習い稽古した附込の動作などはこの古伝では少し忘れて見るのもいいでしょう。

 これは座して居る処、敵の害意を察して、我は機先を制して右足を踏み立て、すっと立つなりに刀を上に引き抜き、振り冠るや左足を踏み込んで敵に拝み打ちに打ち込み、敵制せられ退く処、右足を踏み込み二刀目と続けて打ち込み右足に左足を揃える。右足を引いて同時に上段に振り冠る。
 右足脛を着き太刀を上段から「そろり」と下ろし正眼となる。柄を右手で逆手に取り、刀の棟を押さえ太刀の刃を上に向けて、左手の上を滑らす様に柄を手前に「そろり」と引き、逆手で納刀する。
初発刀よりここまでは納刀の時脛を着く也。

 古伝の逆刀による動作は想定がありませんから、演じる者が自ら想定すれば良いのですが、やはり習い覚えた剣理・意義の呪縛は付いて廻り、動作もそれにひきづられます。
 足捌きも、追い足・継ぐ足・歩み足どれでも相手との間しだいでしょう。
 残心での動作は充分に敵を制して居るとして「そろり」という、静かに、ゆっくりとした動作を要求しています。
 素早い動作により充分敵を制する事で、その後は「そろり」。
 二刀で充分敵を両断しているので、この打ち下ろしのフィニッシュも両足を揃えた結び立ちです。
 最近は追い足捌きで二刀目を打ち込んでいますから「そろり」と残心をせずに、倒した敵に目付け鋭く「まだ来るか」とばかりに威嚇する上段振り冠りの動作がほとんどです。

 なお、初動は敵の機先を制するとしましたが、伝承されるように打ち込まれ摺り落とし打ち込む、も充分ありでしょう。神傳流秘書では「向より切て懸るを先々に廻り抜打に切」その様です。

 英信流目録では、この先に仕掛けられたところが抜けていますので、我から先に仕掛けるとも取れます。座した敵に先に仕掛ける「逆刀」いや「附込」をイメージするのです前回の順刀」のようになってしまいそうです。

古伝神傳流秘書大森流之事八本目「逆刀」
 「向より切て懸るを先々に廻り抜打に切右足を進んで亦打込み足踏揃へ又右足を後へ引冠逆手に取返し前を突逆手に納る也」

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2018年1月 2日 (火)

曽田本その1の2英信流目録原文1居合棒太刀合之巻6大森流居合之位8逆刀

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
6、大森流居合之位
 
八本目逆刀
 是盤坐して居り春っと立其侭引抜向ヱ拝ミ討二打チツゞケテ二ツ打其時両足を前へ揃ヱ太刀を亦かむり其時右の足を跡へ引春ねをつき亦太刀を前へそろりとおろし「右柄を逆手尓とり太刀の刃を上へ向て(此の処原本虫食て不明なり多分柄ナラン 曽田メモ)」左の手尓て刀のむ年をおさへ手前へ少しそろりと引納ㇽ也 初發刀より此迄ㇵ納尓春ねをつく也
読み
八本目逆刀(ぎゃくとう)
 是は 坐して居り すっと立ち 其の侭引抜き向へ拝み討ちに打ち 続けて二つ打ち其の時両足を揃え 太刀を亦冠り其の時右の足を跡へ引き脛を着き 亦太刀を前へそろりと下し 右柄を逆手に取り太刀の刃を上へ向けて 左の手にて刀の棟を押えて前へ少しそろりと引き納る也 初発刀より此処までは納るに脛を着く也

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2018年1月 1日 (月)

曽田本その1の2英信流目録読み解く1居合棒太刀合之巻6大森流居合之位7順刀

曽田本その1
2.英信流目録読み解く
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
6、大森流居合之位
 
七本目順刀
 是盤坐してる前のものを切る心持奈り我其侭右より立春つと引抜か多より筋違二切也是も同之く跡者春ねへ置き逆手尓とり納ㇽなり
読み
七本目順刀(じゅんとう)
 是は 坐したる前の者を切る心持なり 我其の侭右より立 すっと引抜き 肩より筋違いに切る也 是も同じく跡は脛へ置き逆手に取り納る也

読み解く
 大森流の七本目ですから、是は無双直伝英信流の正座の部「介錯」だろうと摺り込まれています。然し英信流目録も古伝神傳流秘書も介錯らしき文言が見当たりません。

 是は、坐している前のものを切る心持ちなり、我は座したるまま、右足を踏み出して立ち上がり、スッと刀を引き抜く、肩より筋違いに切る(斜めに切る、八相に切る、真向ではなく刃筋を斜めに切る)。
是も同じく(流刀・受流の様に)刀を脛に置き逆手に取り納刀する。

古伝の神伝流秘書を読み直してみましょう。
順刀:右足を立左足を引と一処に立抜打也又は八相に切跡は前に同じ

 この神傳流秘書にある「順刀」を「介錯の仕方」として読む事は出来ません。何故ならば右足を踏み出し、左足を引くや刀を抜いて抜き打っています。此の動作は「後の先」の見事な抜打でしょう。どこかで此の順刀の意義が変化してしまったとしか思えません。


 是は、何を目的に想定した動作か解かりません、伝承された口伝口授が現在の介錯なのかと動作から推察するばかりです。
 英信流目録には「是は坐したる前のものを切る心持ちなり」と場づくりがされて居ます、それでは介錯かもしれない、と思ったりします。
 土佐の居合は介錯を頼まれたら断れと云って居ます。何故なら介錯の稽古などした事も無いと言います。それを現代居合は介錯だからとそれらしく学び、学んだのに演武会ではやってはならないと無駄な稽古をさせられています。


第17代大江正路先生の「剣道手ほどき」には大森流居合七番目は介錯と呼称されています。
介錯
 正面に向きて正座、右足を少し前へ出しつゝ、刀を静に上に抜き、刀尖が鞘と離るゝや右足を後へ充分引き、中腰となり、刀を右手の一手に支へ、右肩上にて刀尖を下し、斜の形状とす、右足を再び前方に出し上体を稍前方に屈し刀を肩上より斜方向に真直に打下して、前の首を斬る。血拭は足踏の儘六番と同じ様に刀を納む。


 これは、明らかに介錯の動作です。「前の首を斬る」とまで言っています。

 古伝は介錯らしき文言が見られません。
 その上足捌きは大江先生の介錯とは異なり、古伝神傳流秘書では「右足を立左足を引と一処に立抜打也」と抜き打ちを示唆しています。
 英信流目録の「肩より筋違いに切る也」を筋を替って斬り下すと解釈すれば、闘争の太刀裁きが見えてきます。

 この業はやはり介錯ではないかも知れない、と思い始めています。大森流居合之位七本目の業は動かぬ者を斬るでは業の構成が腑に落ちません。
  一方で、介錯される者が心の準備が出来たと察知するや、スッと立つと同時に打ち込む様な気もしています。

 そう、教えられ刷り込まれたものは簡単には抜けないものです。

 

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2017年12月31日 (日)

曽田本その1の2英信流目録原文1居合棒太刀合之巻6大森流居合之位7順刀

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
6、大森流居合之位
 
七本目順刀
 是盤坐してる前のものを切る心持奈り我其侭右より立春つと引抜か多より筋違二切也是も同之く跡者春ねへ置き逆手尓とり納ㇽなり
読み
七本目順刀(じゅんとう)
 是は 坐したる前の者を切る心持なり 我其の侭右より立 すっと引抜き 肩より筋違いに切る也 是も同じく跡は脛へ置き逆手に取り納る也
 

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2017年12月30日 (土)

曽田本その1の2英信流目録読み解く1居合棒太刀合之巻6大森流居合之位6流刀

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
6、大森流居合之位
 
六本目流刀(又流討共いふ 曽田メモ)
 是盤坐之多る所へ左横脇ゟ敵討かゝり来る也其時我ㇵ左の足を立少々前へふみ出之横二請流ㇲ心持尓て其侭右ノ足をふみ出之筋違尓切り跡盤春ねへ置キ柄を逆手尓取直之納ムル也
読み
六本目流刀(りゅうとう)(又流討共いふ 曽田メモ) (またながれうちともいう 曽田メモ)
 是は 坐したる所へ左脇より敵討ち懸かり来る也 其の時我は左の足を立て少々前へ踏み出し 横に請け流す心持ちにて 其の儘右の足を踏み出し筋違いに切り 跡は脛へ置き 柄を逆手に取り直し納るなり
読み解く
 六本目流刀は大江先生の改変された正座の部の請流(受流)でしょう。曽田先生の補足メモの「流討共いう」の業名は、私の資料からは検証できません。
 是は座している所へ敵が「左横脇」より討ち掛かって来る、左横脇とは何処からだか「左の横の脇」理解出来ません。左も横も脇も皆我が体の左からになってしまいます。まあ「そっちの方から」敵が討ち掛かり来るでどうでしょう。

 其の時我は左足を「左の足を立て少々前へふみ出し」、坐している前(正面)に左足を踏み出し、「横に」は左に請け流す心持にて(刀を頭上にかざし)そのまま右足を踏み出し(受け流されて体を崩す)敵に向き直り、「筋違いに」は真向打ち下ろしではなく、右から左下へ斜めに敵の(首あるいは肩)を斬る。
跡は刀を(右)脛へ置き、柄を逆手に取り直し納刀する。

 これは正面向きで座し居る時、左脇から斬り込まれています、左脇に座す敵が抜き打ちに上段から斬り込んで来る。
 それを左足を正面に踏み立てるや、刀を抜き上げ左肩を覆って受け流し、受け流されて体を崩した敵の方に向き直りつつ中腰になり右足を左前に踏み込み(斜め後ろに左足を引いて)八相から斜めに敵の首へ切り下ろす。跡は同じ・・。

 立ち上がらずに受け流してみました。この場合は刀を上に抜き上げ鞘を下に引いて頭上と左肩を囲うようにして一気に受け流す、むしろ摺り落すでしょう。この手の請け流しは、他流にもあるようです。

 座す方向と敵が立って切りかかる事、足捌きを真似れば全剣連の三本目受け流しです。

 古伝神傳流秘書の大森流之事六本目流刀(流討共言 曽田メモ)
左の肩より切て懸るを踏出し抜付左足を踏込抜請に請流し右足を左の方へ踏込み打込む也扨刀をすねへ取り逆手に取り直し納る膝をつく

 

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2017年12月29日 (金)

曽田本その1の2英信流目録原文1居合棒太刀合之巻6大森流居合之位6流刀

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
6、大森流居合之位
 
六本目流刀(又流討共いふ 曽田メモ)
 是盤坐之多る所へ左横脇ゟ敵討かゝり来る也其時我ㇵ左の足を立少々前へふみ出之横二請流ㇲ心持尓て其侭右ノ足をふみ出之筋違尓切り跡盤春ねへ置キ柄を逆手尓取直之納ムル也
読み
 六本目流刀(りゅうとう)(又流討共いふ 曽田メモ) (またながれうちともいう 曽田メモ)
 是は 坐したる所へ左脇より敵討ち懸かり来る也 其の時我は左の足を立て少々前へ踏み出し 横に請け流す心持ちにて 其の儘右の足を踏み出し筋違いに切り 跡は脛へ置き 柄を逆手に取り直し納るなり
 

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2017年12月28日 (木)

曽田本その1の2英信流目録読み解く1居合棒太刀合之巻6大森流居合之位5陽進刀

曽田本その1
2.英信流目録読み解く
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
6、大森流居合之位
 
五本目陽進刀
 是盤正面二坐春る也右の足一足ふみ出し立なり二抜付左をふみ込ミ討込ム也春く尓右腋へ開キ其侭納ム也
 陰退刀其侭左の足を跡へ引其時亦抜付打込ミ血ふるひの時立左の足を右尓揃へ納る時右を一足引也
読み
五本目陽進刀陰退刀(ようしんとういんたいとう)
 陽進刀 是は正面に座す也 右の足一足踏み出し立つなりに抜き付け 左を踏み込み討ち込む也 すぐに右腋へ開き其の儘納む也
 陰退刀 其の侭左の足を跡へ引き 其の時亦抜付け打込み 血ふるいの時立ち左の足を右に揃え納める時右を一足引く也
参考
 古伝神傳流秘書の大森流居合之事「陽進陰退」
陽進陰退
 初め右足を踏出し抜付け左を踏込んて打込ミ開き納又左を引て抜付跡初本ニ同し
読み
陽進陰退(ようしんいんたい)
 はじめ右足を踏み出し抜付け 左を踏み込んで打込み開き納める 又左を引きて抜き付け跡初本に同じ
読み解く
 是は正面向きに座している。ここでは、「立つなりに抜き付け」です。正座の前の様に、右足を踏み込んでいますが、立ち上がって抜き付ける様に読めます。
 腰を上げ右足を踏み込むならば現代居合の正座の「八重垣」です。
 右足を踏み込み抜き付け、立ち上がりつつ、振り冠って左足を踏み込んで真向に打ち下ろします。
 すぐに右に刀を開き、其の体制の儘納刀。充分手ごたえあっての納刀でしょう。

 陰退刀の解説がなくて解かりませんが、現代居合に面影があるとすれば下がりつつ抜きつけることで、左足を後ろへ引いて再び抜き付け切り下ろす。この二度目の抜き付けは新たな敵とも、先に切り倒した敵とも何の状況説明もありません。

古伝神傳流秘書の大森流之事「陽進陰退」
「初め右足を踏出し抜付け左を踏込んで打込み開き納又左を引て抜付跡初本に同じ」

*神傳流秘書では「右足を踏出し抜付け」であって英信流目録は「右の足一足ふみ出し立なりに抜付」とは異なります。
 現代居合も、右足を踏み込み立ち上がって抜きつけてはいません。
 右足を踏み込み立ち上がって抜きつける稽古をしてみるのですが「正面に坐する也」ですから、相手も立ち上がって切り込まんとする想定です。

 大江先生の正座の部八重垣は最初に切り倒した敵が、力を振り絞って右足に切り付けてくるので、右脛を囲って敵刀を払い留め、振り冠って打ち下ろして仕留めています。
 夢想神伝流では新たな敵が切り込んで来るので、間を外して抜き打ちに斬り付け、振り冠って打ち下ろしています。この方が古伝を伝承していると思われます。

 細川義昌先生系統と思われる白石元一先生の「陰陽進退」では、「前方の敵を斬りたる後敵再び足に斬り付け来るを応じて防ぎ続いて斬り倒す意」と云って、「敵再び我が足に斬り付け来るを左足を引きつゝ刀を抜きて(刀の鎬にて)受留め防ぎたる後、左足を右足踝の所に引きよせてつくと同時に、左方より刀を上段に振り冠り、右足を出して真向に斬り付ける」

 同じく細川義昌先生系統で昭和49年発行の貫正館梅本三郎先生発行第18代尾形郷一貫心識「居合兵法無雙神伝抜刀術」の「陰陽進退」も白石居合と略同様ですが「・・刀を納めつつ右膝を跪き納め終りたる所へ(別人が向脛薙付け来る)急に立ち上り左足を一歩退くと同時に、刀を前へ引抜き切先の放れ際に左腰を左へ捻り、体は正面より左向きとなり(視線は右の対手に注ぐ)刃部を上に向け差表の鎬にて張受けに受け止め・・・」

 古伝は、一本目は抜付け(横一線の抜き付け)、二本目は真向打ち下し、三本目は抜付け、四本目は真向です。 

 此の英信流目録は安永5年1776年に第12代林益之丞政誠が書きあらわしたもので、それを後の谷村派の谷村樵夫自庸が嘉永5年1852年に書き写されたものです。
 ですからこの伝書は谷村派系統のもので現在の大森流(正座の部)の五本目八重垣はこの動作であるはずです。明治という時代の混乱か時の流れがなせるものか、業手附にも影響して「本当は」どこにあるのでしょう。

 立ち上がって抜き打ちする、座ったままで抜き打ちする。、いずれも行われていたのでしょう。
 二人目の敵に横一線に斬り付けるなのか、張り請けするのか、気力を振り絞った一人目の敵に脛囲いで応ずるなのか、自由に想定をして稽古してみます。
 現代居合では、見られない、右足を踏み出し立つなりに抜き付けて見ますが、慣れれば至極普通の事です。どれも出来て当たり前のことです。

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2017年12月27日 (水)

曽田本その1の2英信流目録原文1居合棒太刀合之巻6大森流居合之位5陽進刀

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
6、大森流居合之位
 
五本目陽進刀
 是盤正面二坐春る也右の足一足ふみ出し立なり二抜付左をふみ込ミ討込ム也春く尓右腋へ開キ其侭納ム也
 陰退刀其侭左の足を跡へ引其時亦抜付打込ミ血ふるひの時立左の足を右尓揃へ納る時右を一足引也
読み
五本目陽進刀陰退刀(ようしんとういんたいとう)
 陽進刀 是は正面に座す也 右の足一足踏み出し立つなりに抜き付け 左を踏み込み討ち込む也 すぐに右腋へ開き其の儘納む也
 陰退刀 其の侭左の足を跡へ引き 其の時亦抜付け打込み 血ふるいの時立ち左の足を右に揃え納める時右を一足引く也
参考
 古伝神傳流秘書の大森流居合之事「陽進陰退」
陽進陰退
 初め右足を踏出し抜付け左を踏込んて打込ミ開き納又左を引て抜付跡初本ニ同し
読み
陽進陰退(ようしんいんたい)
 はじめ右足を踏み出し抜付け 左を踏み込んで打込み開き納める 又左を引きて抜き付け跡初本に同じ
 

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2017年12月26日 (火)

曽田本その1の2英信流目録読み解く1居合棒太刀合之巻6大森流居合之位4當刀

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
6、大森流居合之位
 
四本目當刀
 是盤後二向て坐春る也正面へ左より廻り左の足を出し抜付春ぐ尓打込ミ血ぶるひの時立右の足を左二揃納る時左を一足引納る也
読み
四本目當刀(あたりとう・とうとう?)
 是は 後ろに向いて座する也 正面へ左より廻り 左の足を出し抜付けすぐに打込み 血ぶるいの時立ち右の足を左に揃え 納める時左を一足引き納める也
読み解く
 「當刀」は、大江先生の業名改変による「正座の部四本目後」でしょう。業名の「當刀」の刀を當(あたる、あてる、ぴたりとあてる、まともに対抗する)。後ろの敵に刀をぴたりと抜き打つ、という意味になるのでしょうか。

 是は後ろに向いて座する、正面に対して後ろ向きと言うのでしょう。そして敵に背中を見せた後ろ向きです。
 左廻りに廻って左足を踏み出し抜き付ける、すぐに上段に振り冠って打ち込むのですから
後ろに居る敵に左回りに振り向きざま抜き打ちに斬り付け、上段に振り冠って斬り下ろす。
 「血ぶるひの時立」ですから大血ぶりでしょう。血ぶるいで立ち上がる時右足を左足に踏み揃えて立つ。納刀の際は踏み出した左足を引いて納刀する。

 後ろの敵を抜き打ちに斬って、真向に打ち込んで血ぶりして納刀する、と言っているだけで
目録に覚書程度の業手附を付けて与えたとしかいい様はありません。どのように後ろに振り向くのかは、口伝口授、師の技を真似る事だったのでしょう。

 「當刀(大江先生の後)」は180度の回転技です。廻ることは出来ても、左足を踏み込んで敵に抜き付けるのは容易ではありません。敵の居ない所を切っていたり、左足を踏み込めずに手だけの力ない抜き付けであったりします。

 ここでは池田先生の正座の部後を稽古してみましょう
剣理:我れ正面に対し後ろ向きに座し、我が後方に座せる対敵に対する業にして、・・

術理:両膝を内絞りに寄せながら左手を鞘に掛け、左拇指腹を鍔に掛けると同時に、柄頭を己が人中にある様に鞘を送り出すと共に右手を柄に掛け、鯉口を切る。

 柄に右手を掛けると同時に腰を上げ、両足爪先立つ。
 次いで気を以って敵を圧する心持にて刀を抜き懸け、右膝は床に着きたるまま左膝を浮かして立てながら、右膝、左足先を軸にして左廻りに廻る。

 約90度位廻りて後敵我が視野に入りなば、刀の抜き込みの速さを早めつつ、我が体が正面に向き直る直前に於いて正面に対し45度位に柄頭を持ち来たり、その時、切先三寸迄抜き込む事(抜刀寸前)が大切である。

 我が体が正面に向き直るや否や左足を我左股関節の前に踏み込み踏み立てる。この時、右足先は右膝の後ろに在る様に動作する事に留意されたい。と同時に左敵を見定め、左手鞘を90度に反らして左鯉口手と左肘を共に後ろに退くと共に、正面に対し右45度位にて抜刀寸前(切先三寸位)迄抜き込みたる刀を抜き放ち、横一文字に斬り付ける。この場合、我が体が正面に向き直りて柄頭を正面に向けてより抜刀してはならない。

 この太字部分は第20代河野百錬先生の大日本居合道図譜に従って書き込まれたものでその術理は意味不明です。
 正面45度ほど振り向いた時切先三寸迄抜出すのは理解しますが河野先生は二本目の右で「刀身45度の所-刀を(右拳を)之より左に運ばぬ事」とされています。四本目當刀も同様とされています。
 理由も解からずに、正面45度で柄手の右拳を其の方向で固定し、体のみ正対させて、その様に抜いているのを見ますが、切先外れの抜付けになっています。
 22代は「これは対敵との位置関係及び間と間合いの関係上、斯くの如く実施する事と心得られたい」と教本に記されています。これでは理解不能です。先師の教えを踏襲されたのでしょう。
 正面に振り向くわけですから、当然柄手を左に振らずとも、体の正対に従えば柄頭は稍々右若しくは対敵の中心を攻めて抜刀されるはずです。
 河野先生の帯刀は柄頭は我が臍前中心線上が基本で、鍔が臍前中心線上ではありません。
 我が体が正面45度になった時、柄頭は正面に対し30度です、言い換えれば柄頭が正面に45度の場合、我が体は60度正面向きになっています。我が体を正対させれば、柄頭は75度正面向きで敵の中心線を攻めて抜刀されるでしょう。当然、右拳を左に運ばないが成り立ちます。
 異論として、右回転では途中で敵に柄を制せられるとか、河野理論に都合の良い事を述べられる方も有ります。もともと対敵との位置関係、間合いから土佐の居合は柄を制せられる可能性が高いもので、稽古はよしとしても実戦抜刀術としては工夫が必要です。

 両足爪先立つ時、両足は其の場にて爪立つ方が良い。両足を開いて爪立つ場合、我が正面に向き直りたる時、左足を踏み込み立てる動作が不完全になる。即ち、向き直りたる時、早や左足を踏み立てたる状態になっている為、斬り付けは手のみで斬る姿となり、踏み込み踏み立てると同時に斬り付けると言う斬り付けの勢を殺ぐ事になりかねない。

 この両足を揃えてその場で爪先立てば、左足を一旦右足に退き付けてから踏み立てる無駄がありません。古参の方はこの一旦引いてから踏み立てています。左足は回転しながら右膝に引き付けられている工夫が必要です。
 後ろ向きに座って、大股開きで始めるのは見苦しいものです。後ろ向きでの爪立が美しくありたいものです。

古伝神傳流秘書による大森流居合之事「四本目當刀」

 左廻りに後へ振り向き左の足を踏み出し如前

 「左廻りに後ろへ振り向き」ですから、相手は我が後方に座し、左廻りに後ろに振り向き左の足を踏み出し抜付け打込む。

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2017年12月25日 (月)

曽田本その1の2英信流目録原文1居合棒太刀合之巻6大森流居合之位4當刀

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
6、大森流居合之位
 
四本目當刀
是盤後二向て坐春る也正面へ左より廻り左の足を出し抜付春ぐ尓打込ミ血ぶるひの時立右の足を左二揃納る時左を一足引納る也
読み
四本目當刀(あたりとう)
 是は 後ろに向いて座する也 正面へ左より廻り 左の足を出し抜付けすぐに打込み 血ぶるいの時立ち右の足を左に揃え 納める時左を一足引き納める也

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2017年12月24日 (日)

曽田本その1の2英信流目録読み解く1居合棒太刀合之巻6大森流居合之位3右刀

曽田本その1
2.英信流目録読み解く
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
6、大森流居合之位
 
三本目右刀
 是盤左脇へ向て坐春る也右へ廻り右の足をふミ出之抜付春く尓討込血ぶるひの時左の足を右尓揃納る時右を一足引納ㇽ也
読み
三本目右刀(うとう、みぎかたな)
 是は 左脇へ向て座する也 右へ廻り右の足を踏み出し抜付け 直ぐに討ち込み 血ぶるいの時左の足を右尓揃へ納める時 右を一足引き納める也
読み解く

  この業は敵の左脇に我は座す、ですから、道場の正面向きの場合、左向きに我は座し敵は右側に居ます。
 古伝は対敵を意識した業名です、大江先生の場合は場の正面に対し我の座す方向を元にした業名です。
 なぜ業名まで変える必要があったか、大江先生に直接お聞きしたいものです。
 この業名は無双直伝英信流では「正座の部左」で、これによって左向きに坐し右に敵を受けています。

 明治維新と云う王政復古の中で、徳川幕府時代の物事を極端に否定して新生日本を推し進めようとした時の指導政権に土佐は大きく貢献しています。
 太平洋戦争敗戦後の日本人の行動にも戦前を否定するものもあるように、前のものを否定し新たなものを生み出すという事かも知れません。

 敵有りきではなく、まず我有り、と云う意識を中学生達に示したかったからかも知れません。
時代はむしろ「敵有りき」に「敵を求め」て行ったようです。

 私は何処を向いていようとも「彼の左側に坐している時、彼が仕掛けてくるので・・」の方が我が軸がぶれずに良いな、とも思っています。


是は我は敵の左側に、同じ方向を向いて座している、我は右に廻って右足を踏み出し抜き付け、すぐに振り冠って打ち込み、血振るいし、右脚に左足を引き付け、納刀の時右足を一足引いて納刀する。

無双直伝英信流居合道解説(無双直伝英信流居合道第22代宗家著)正座の部の三本目「左」で英信流目録大森流居合之位右刀を再現してみましょう

剣理:我れ正面に対して左向きに座し、我が右側に座せる対敵に対する業にして(対敵も同様左向きに座したる状態にある)第一本目「前」と同意義也。然して第一本目と同じ態にて実施する。

術理:両膝を内に寄せながら左手を鞘に掛け、左拇指腹を鍔に掛けて柄頭を我が正中線に二~三寸送り出すと共に右手を柄に掛け鯉口を切る。
 それと共に柄頭に引かれる心持ちにて腰を上げ、両爪先立つや否や、右膝を浮かしつつ立てながら、左膝はそのまま着きたる状態にて左膝・右足先を軸にして、気を以って敵を圧する心にて徐々に刀を抜きながら右廻りに正面(我が右側に座する敵の方)に廻る。
 正面に向き直るや否や直ちに右足を踏み立てて横一文字に斬り付ける・・以下省略。

 正座の部前・右・左と三本目にも拘わらず詳細な術理のテキストです。
 文章によって、ここまで詳細に動作を付けられたテキストは従来もありません。
 口伝口授を良い事に抜けだらけのテキストでは何時までも、師匠の癖だらけの動作に縛られてしまいます。

 修行が進めば進むほど、宗家としてここまで詳細に書かれた意図を思い読み直しその心を思います。
 その上で己の体の歪に気づき直せるものは直し、無理があればそこから自分流を生み出すものでしょう。
 そして師匠に問うものでしょう。

 ある道場での事、「俺は技も心も直に指導を受ける師匠がすべてである、お前は、講習会やDVDとテキストで学んだ業技法を優先する、武道を学ぶ資格は無い」と剥きになって古参の方が研究熱心な後輩を攻めています。この古参の方の言いたい事は「段位や所属年数の高い者には、何事も黙って従え、長幼の序を持って敬い、礼を失するな、教わったことだけをやっていればいい」というのでしょう。その古参どう見ても、師匠の業技法も心も持ちあわせずに、どこかの古い戦前の武道書の一節を言うだけの方のようです。

 武道界は、戦時中の面影を強く残しています。柔道界の不祥事もその一端でしょう。
 「上官には逆らわず、言いなりになって死ぬことが国や肉親を思う事」・・・。やれやれそこまで「かび臭く」はなりたくないものです。

 五輪強化選手に選ばれたの優秀な人を相手に「お前の変わりは幾らでも居る」というような監督の発言はまさに戦時中の日本軍のカビです。

 古参・高段位であればあるほど人一倍の修行をすべきものでしょう。
 号令を掛けて悦に入っていたり、道場の隅でサボって品評会をしていたり、昔習ったと言う事に固執して勉強もしないようでは、何が・・です。

 師匠が進化しているのに弟子ばかりが昔の習いに固執して、研究もしない様では呆れてしまいます。
 そんな弟子を持った師匠も哀れです。

 4歳の幼児が古伝の剣術を習いに来ています、見よう見まねで打ち込んでいます、見事に左右に筋を変えて、古流の動きが出来ています。

 そこの師匠は「あの子は私の先生である」

 人は真似ることで、知恵を得て進化してきました、より高いものを求めるには先ず真似てとことんやってみる事でしょう。
 子供だからとか、初心者だからとかで、見下したり、否定から始まる人生では面白くもないものです、幼児には戻れなくとも幼児の向上心はいつまでも持ち続けたいものです。

この子は、今、楽しそうに、大人に混じってモップを押して道場を走っています

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2017年12月23日 (土)

曽田本その1の2英信流目録原文1居合棒太刀合之巻6大森流居合之位3右刀

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
6、大森流居合之位
 
三本目右刀
 是盤左脇へ向て坐春る也右へ廻り右の足をふミ出之抜付春く尓討込血ぶるひの時左の足を右尓揃納る時右を一足引納ㇽ也
読み
三本目右刀(うとう、みぎかたな)
 是は 左脇へ向て座する也 右へ廻り右の足を踏み出し抜付け 直ぐに討ち込み 血ぶるいの時左の足を右尓揃へ納める時 右を一足引き納める也

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2017年12月22日 (金)

曽田本その1の2英信流目録読み解く1居合棒太刀合之巻6大森流居合之位2左刀

曽田本その1
2.英信流目録読み解く
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
6、大森流居合之位
 
二本目左刀
 是盤左脇へ向也坐春る也ヒタリへ廻り左の足を一足ふみ出抜付春く尓打込亦血ぶるひを之て立時右の足を左尓揃納る時左を一ト足引納ㇽ也
読み
二本目左刀(さとう、ひだりとう、ひだりかたな)
 是は 左脇へ向く也 坐する也 左へ廻り左の足を一足踏み出し抜付け 直ぐに打ち込む 亦 血ぶるいをして 立つ時右の足を左に揃え 納める時左を一足(ひとあし)引き納める也
参考
古伝神傳流秘書大森流之事二本目左刀
左刀
 左の足を踏み出し向へ抜付け打込み扨血震して立時足を前之左の足へ踏み揃へ左足を引て納める以下血震する事ハ足を立替へ先踏出したる足を引て納る也
読み
左刀(さとう)
 左の足を踏み出し向うへ抜付け打込み扨血振るいして立つ時足を前の左の足へ踏み揃え左足を引いて納める 以下血振いする事は足を立替え先ず踏み出したる足を引いて納める也

読み解く

 是は正面に対し、右側に向いて座る。左へ廻り左の足を踏み出して抜き付け、すぐに打込み、血振るいして立ち上がる時は左足に右足を引き付け揃える。納刀の際は右足を一足引いて納刀する。

 この、英信流目録の大森流居合之事左刀は、「左へ廻り左の足を踏み出して抜き付け」です。

 「古伝神傳流秘書大森流居合之事左刀」では左へ廻らず、正面向きの儘で左足を踏み出し、抜きつけています。


 「左の足を踏み出し向へ抜付け」をやってみます。正面に向いて座し、左足を踏み込んで正面の敵に抜付ける。
 初発刀は右足を踏み出し正面に抜付ける、二本目の左刀は左足を踏み出し正面に抜きつける。
 何の不思議も無いのですが、正面の相手に右足だ左足だと踏み込み足を変える業技法を稽古させている様です。左刀とは踏み込み足をさして言っているか、敵は我の左側に坐すというのでしょう。

 英信流目録の大森流之位左刀は右向きに座り、左回りして左の敵を切る業に変わっています。神傳流秘書の文言が抜けているのか意図的なのか知るすべはありません。

 古伝神傳流秘書の「大森流左刀」は、大江先生の改変によって「正座の部右」となっています。
 大江先生の右は、正面に対し自分が右向きに座っている場合の業で敵は左に居るというものです。
 対敵意識を持つ古伝を、演武の場所から絞った言い回しに変えた理由はなんなのでしょう。中学生向きにとも思いたいのですが、その必要は無いでしょう、判りません。

 大江先生の改変と言われる事に疑問を感じて居ます。江戸末期から明治に懸けての混乱期に多くの事が失伝したかも知れません。大江先生はそれを掘り起し整理されたのかも知れません。
 或いは、大江先生は若いころに居合を齧っただけで、充分認識しないまま、明治という混乱期に、居合が曲がりなりにも出来る者が土佐を離れて中央で働き、たまたま人手不足の土佐の指導者に祀られたのかも知れません。然しそのことを記すものも、弟子の方々も大江先生の改変と云うだけでそれ以上は何も語られて居ません。
 私が大江先生を批判する様な文章を書くので気に入らないと仰る方がおられます。訳も無く神様呼ばわりするほど、へそ曲がりではありません。
 それ程崇めたいならば、大江居合を徹底的に稽古されればと思うのですが、そんな人に限って当代の居合すら碌に学ばないもので、如何なものでしょうか。

 

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2017年12月21日 (木)

真玉泥中異

 平成30年の書初めの言葉を景徳伝燈録から「真玉泥中異」を選んでみました。

 読みは「しんぎょくでいちゅうにいなり」、本物の宝石ならば泥の中にあっても輝くものだ、と読まれます。

 上海で個展を開いて来た元美術の教授であった造形作家の作品が地元の方の心に響いたのでしょう。
 作品に入り込んで一体となって嬉しそうにVサインを送っているご婦人。その向こうで、次は「わたしが作品に入る」と真剣な顔をして順番待ちする幼い子供。
 作者と嬉しそうに作品の中で一緒に記念撮影する人。

 ライブなどでは演奏者や歌手と観客が一体となって楽しんでいる状況が普通に見られるのですが、造形作品と一体というのもめずらしくそれも中国の方達とです、同じ感情なのでしょう。

 芸術作品は静かに鑑賞するものとばかりの、お堅いお人には理解できないでしょう。
 その作品には「どうぞご一緒にこの宇宙にお入りになりませんか」という、何かいつもと違う、誘ってくれるやさしさと暖かさがあったのです。

 芸術作品は、ともすると投機の材料とされ、そのものの持つ価値よりも金が絡んだ評価が優先されてしまうものです。それに名士が絡めば万々歳です。それが芸術作品がそのもの以上に権力のネタに扱われる格好の材料でもあるのでしょう。遠い昔、正宗の刀と鑑定されたものが恩賞として政治に巻き込まれたこともうなずけます。

 一方、心に残る作品は、どんなへぼでも人には大切な名品になってしまうものです。先祖の残した素焼きの「かわらけ」一つにも、今の自分を大切に思ってくれる家族を思い、心は和むものです。世に云う名品でも其の時の我が心とアンマッチならば置き捨てられてしまうものです。

 或る忘年会での事、「おっさん」がそんな会話に割り込んで来て、中国と日本が過去にどうだったか、日本は何をし、中国は何を思って居るか。或は戦後の教育が進駐軍の言いなりにされ、その片棒を政府も日教組も当然学校の先生達も担いでいた、そんな世界に居たものなど中国人との芸術を語る権利はない、まして政治と芸術作品に依る忖度など口にする権利も無いと言ってわけのわからぬことで粟を吹いています。

 この「おっさん」の歴史的な考察は間違ってもいない処も有るでしょう。戦前、戦後日本人は或る種の引力に引きずられ、洗脳され本質を失っていたか、自分を出せば「己の居る場所が無かった」ともいえるものです。
 当然この「おっさんも」そんな両親や、先生に育てられたにすぎません。その上、「おっさん」は、この芸術家を否定する程の何かをしている様子は有りません。
 「おっさん泥中泥」かな、余計な所に口を挟んでいないで己の「真玉」を全力を投じてみては、と思うばかりです。

 今更、「おっさん」が自覚して、日本の行政も、片棒担いだ教育者も間違っていたと「ほざいて」見ても、元教授を否定しても意味の無い事です。歴史上の過ちを知ったならば、自分は今何をしているかが大切なことでしょう。

 この造形作家は、中国の人と作品を媒介に利害関係なしに「和」する心を分かち合えた事は貴重な事だと思えるのです。そこから、新しい交友が芽生えていくことを期待したいと思います。
 
 何処に居ても、何をしていても「輝いていなければ本物ではない」そのためには「何処でも,いつでも全力を出す」、評価は他人がする事であっても、自分は信じたことを貫き通す。
 口先ばかりで何もせず、廻りが悪いと言ってみても、他人のあらをほじくってみても何も変わらず、取り残されるばかりでしょう。

 そう言えば、この「おっさん」居合をやっているのですが、最近膝が痛いだのと言って稽古に出て来ない上に「あんな指導者の居合はやってられない」と言って居る。
 「あんな指導者の70年をこえる居合」をとことん研究した形跡も見られないのに・・・膝痛など、へぼな体の使い方に由来するに過ぎず、真玉と独りよがりは別物です。

 新年を迎えるに当たり、厳しい時代が押し寄せて来る気配を感じます。「何時如何なる変にも応じるられる」柔軟な心と体を「習い・稽古・工夫」して、真っ直ぐ信じた道を歩きたいものです。

 それには、「一行三昧」に、是で良いと思わずにより上を目指し。
 「下載清風」を知り、死に物の形に拘り、力むばかりの余計なものを下ろし。
 「帰家穏座」 何時も本物とはと考えながら、穏やかに座すようにしたいものです。

 
 
 

 
 

 

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曽田本その1の2英信流目録原文1居合棒太刀合之巻6大森流居合之位2左刀

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
6、大森流居合之位
 
二本目左刀
是盤左脇へ向也坐春る也ヒタリへ廻り左の足を一足ふみ出抜付春く尓打込亦血ぶるひを之て立時右の足を左尓揃納る時左を一ト足引納ㇽ也
読み
二本目左刀(さとう、ひだりとう、ひだりかたな)
 是は 左脇へ向く也 坐する也 左へ廻り左の足を一足踏み出し抜付け 直ぐに打ち込む 亦 血ぶるいをして 立つ時右の足を左に揃え 納める時左を一足(ひとあし)引き納める也
参考
古伝神傳流秘書大森流之事二本目左刀
左刀
 左の足を踏み出し向へ抜付け打込み扨血震して立時足を前之左の足へ踏み揃へ左足を引て納める以下血震する事ハ足を立替へ先踏出したる足を引て納る也
読み
左刀(さとう)
 左の足を踏み出し向うへ抜付け打込み扨血振るいして立つ時足を前の左の足へ踏み揃え左足を引いて納める 以下血振いする事は足を立替え先ず踏み出したる足を引いて納める也

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2017年12月20日 (水)

曽田本その1の2英信流目録読み解く1居合棒太刀合之巻6大森流居合之位1初發刀

曽田本その1
2.英信流目録読み解く
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
6、大森流居合之位
 
一本目初發刀
 平常之如く坐之居ㇽ也右の足を一足婦ミ出抜付討込亦左の足を出之右尓揃へ血ぶるひをして納むる也血ぶるひの時立也右を引納ㇽ也
読み
一本目初發刀(しょはっとう)
 平常の如く坐し居る也 右の足を一足踏み出し抜付け討ち込む 亦 左の足を出し右に揃へ 血ぶるいをして納むる也 血ぶるいの時立つ也 右を引き納むる也
読み解く
 平常の如く座している。右足を踏み出して抜き付け、その足のまま振り冠って討ち込む。左足を右足に揃えて立ち血振るいをし、右足を引いて刀を納める。

 「平常の如く坐し居る」ですが、正座とも立膝とも書かれていません。

 古伝神傳流秘書の大森流之事初発刀を読んでみます。
「右足を踏み出し向へ抜付け打込み扨血震し立時足を前の右足へ踏み揃へ右足を引て納る也」

 神傳流秘書は随分簡単に書かれています。英信流目録の方がはるかに克明です。これも座仕方の説明はありません。

 この英信流目録の原本は安永5年1776年に書かれています。江戸幕府は慶長8年1603年に開かれています。幕府が開かれてから173年も経ち10代将軍家治の時代です。
 立膝の方法はかなり古そうですが、正座は江戸時代に入ってから、武家の正式な座し方になったとも言われています。
 座り方など特に決まりがなければ如何様にも座れます。
 「平常の如く坐し居る」と言えば、この安永5年頃ならば正座の坐し方が、殿中では十分浸透した武士の座し方と言えるかもしれません。
 大森流は正座と思い込んでいますから、何の疑いもなく「正座」しますが「平常の如く・・」と改めて読むと「さてどのように座ろうか」と思ってしまいます。

 此処は同時代に書かれた「童蒙初心之心持」の動作をよく研究してみます。
 
この伝書は木村栄寿先生の「林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流」に記載されているもので庚申5月(1860年万延3年)に下村定から島村義郷に伝授したものです。転載禁ずですがこの道の正しい継承の為にご容赦ください。

 「刀を差し体を真っ直ぐ腰腹の抜けない様に着座し両手を膝に置く。
 正面に対座する敵を見定める心持で、息を吐くにつれて左右の手を刀に掛けるや抜き出す。
 右手の柄掛は柄の平部分より何となく柔らかに掛け、糸を繰り出す様にするすると抜き出し、切先が鯉口を離れる間際に鞘を左に返し、柄の握りが自然と納まる所に納まるや、小指・薬指を次第に締めて、左の肩腰共後ろへ捻り開き、右の肩はぐっと締めて、顎を引いて俯けにならず、のびやかにして、右手の力六分左手の力四分の心持ちで何の懸念も無く左右の手で引き分けて抜き付ける。

 抜き付けた時は、体は胸を張り、腹を出し、半身ならず正面向きにならず、いわゆる三角の曲尺(まがりかね)で半開半向となる。
 さて抜き付けの際、顔色に今から抜くぞとばかりに柄を握り抜き出すなど甚だ悪く、何事も無き様に柔和に抜き出すべし。

 抜き付けは臍の底に心を鎮め、敵の乳通りを無心に抜き付けるもので、敵が屈んで脛を立てた時は我も同じと心得、抜き付けた刀は肩から拳刀の切先へと水走りするものとする。しかし、水が滞り無く流れてしまうように切先が下がり過ぎてはいけない。この処は筆に述べ難い。

 左右の足は真直ぐに踏み、後ろの脛が床から浮かないように。前の脛が内側に倒れては甚だ弱くなる。

 抜き付けの、切り上げる様な、かまぼこの様な刃筋は鞘の引き方に問題が有るので充分工夫すべきだ。

 業のポイントは第一に目付けである。首を左へ傾けて抜き付けた刀を覗き見するようにしていてはいけない。気脈が切れてしまう。打ち込むまでは敵の面より拳を見、打ち込みに連れて斬り付けた所へ目を移していくものだ。納刀が終わり座を立つまで目付けは敵に付けておく事。

 振り冠りは後ろ足を進める心持で冠り込む、切先倒さず左の肩の上へ突き込む心持で、冠る拍子に拳を下げるのは気脈が切れるようで甚だ悪い。振り冠った時ちょっと上目使いするのも気脈の切れるのでよくない。

 打ち込みは手の内を柔らかに冠り、体をよく伸ばし腰に気を入れ、小指より順に締めて打ち込む。刃筋狂わず、強く打ち込むのがよい。

 右手が勝って右の小鬢より打ち込んでいるのは曲芸と言うものだ。拳を揃え絞まりよく調えば刀刃は真直ぐに下りて切れ心知よい。」


 この童蒙初心之心持を読んでいますと、昔から同じ事を言われていたのかと少しも変わらない修行途上の事をほほえましく思います。

 童蒙とは初心者の事で、「初心の者への修行の考慮の一助になればとあらましを書いた」、としています。
 大いに参考になるもので、原文のままでも十分意味は伝わってきます。

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2017年12月19日 (火)

曽田本その1の2英信流目録原文1居合棒太刀合之巻6大森流居合之位1初發刀

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
6、大森流居合之位
 
一本目初發刀
 平常之如く坐之居ㇽ也右の足を一足婦ミ出抜付討込亦左の足を出之右尓揃へ血ぶるひをして納むる也血ぶるひの時立也右を引納ㇽ也
読み
一本目初發刀(しょはっとう)
 平常の如く坐し居る也 右の足を一足踏み出し抜付け討ち込む 亦 左の足を出し右に揃へ 血ぶるいをして納むる也 血ぶるいの時立つ也 右を引き納むる也

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2017年12月18日 (月)

曽田本その1の2英信流目録読み解く1居合棒太刀合之巻5小太刀之位6上段ノ弛

曽田本その1
2.英信流目録読み解く
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
5、小太刀之位
 
六本目上段ノ弛
是盤敵ハ上段也我盤小太刀をひっさげ相懸り尓て春可〵と行場合尓て敵片討二打所を我行でも奈之行ぬでも奈し気のつり合尓て春っかりと弛之上より討込なり
読み
六本目上段ノ弛(じょうだんのはずし)
 是は 敵は上段也 我は小太刀をひっさげ相懸かりにてスカスカと行く 場合にて敵 片討ちに打つ所を 我れ行でもなし 行かぬでもなし 気のつり合いにてすっかりと外し 上より討ち込む也
読み解く
 この「上段ノ弛」は敵は上段、我は無形の位に小太刀をひっさげて、相懸りにすかすかと歩み寄る。
 間境で敵、我が真向を片手打ちに打って来る、我は敵が空を打って来るのに付け入って行くでもなく、間を外すでもなく、「気の釣合」にて、上体を少し引いて「すっかりと弛し」、同時に上段に振り冠って右足を踏み込み真向に打ち込む。

 相手は、我れが小太刀であり太刀との差を意識して、「片討」とはどのようにするのか分かりかねますが、恐らく遠間から左手を柄から外して右手の片手打ちに大きく打って来るのでしょう。
 聊か間遠いと見てふっと前に乗り出すようにして、敵の打ち込みを誘う様にし、すっと引くような気を発して敵の打ち込みを誘う。
 敵が吊られて打ち込むのを、外すや太刀が空を切るや透かさず小太刀を振り冠って、筋替わりに左足、右足と大きく踏み込んで真向に打ち込む。
そんな、間の見切りを稽古してみました。

 これで英信流目録に残された小太刀之位六本を終わります。
この英信流目録は、谷村派の第十二代林益之丞政誠によって安永五年1776年に書かれたものです。
 しかし、その奥書に「林 政誠 干時安永五年 冬十月吉日改之」と有ります。その事は、この英信流目録は林益之丞政誠が、先師の第11代大黒元衛門清勝か第10代林安太夫政詡によって書かれたものを書き改めたのか、自らの記述を改めたのか判りません。
 ここでは、第12代林益之丞政誠に依って書かれたものとします。

 その理由は神傳流秘書より、業手附が具体的でなお多少ぶれがあり、第九代林六大夫の息吹が薄れていると思う事で第十代林安太夫政詡の記述とは思えないのです。
 更に第十代林安太夫政詡は安永五年1776年8月10日に亡くなっています。此れは「林 政誠 干時安永五年 冬十月吉日改之」ですから同年10月に林益之丞政誠の「改め書」であると判断いたします。
 それを嘉永五年1852年に谷村派の第十五代谷村亀之丞自雄が書き写したものです。更に、昭和に入って下村派の曽田虎彦先生が書き写したとされます。昭和23年には曽田先生は河野先生にこの写しを送られています。

 神傳流秘書に無い小太刀之位なので、第九代林六太夫守政が江戸で第八代荒井勢哲あるいは第七代長谷川英信から伝授されたものでは無い気がします。江戸時代末期に何処かの流派のものが紛れ込んだと思われます。

 小太刀之位は昭和30年に河野先生が曽田先生の写本を元に「無双直伝英信流居合術叢書」を出され公開されました。
 現在では相当の大家と称する方でも、本の存在を含めて小太刀之位を知らず、ましてそれを演じたのを見た事もないのです。

 古伝神傳流秘書の大剣取と合わせて小太刀之位は残しておきたいものです。
 これらの古伝には現代風のマニュアル化された動作はありません。手附を紐解き動作を付ける事の難しさは、江戸時代の武士の心得のある者には容易に出来た事でも、現代では失念した身体操作を呼び覚まさない限り難しいものです。

 このブログを目にする事の出来る居合人は、高段位の方ではごく少なくPC操作の出来ない世代の方には不可能なことです。
 若い方々が自ら掘り起こす以外に神傳流秘書の居合は伝承されることは無いでしょう。
 土佐の居合は総合武術であったにもかかわらず、他流の方法を取り入れてしまった先生や道場は幾つもあるようです。神傳流秘書の手附を学び江戸時代の業に戻って見る事も良いのではと思う次第です。

 然し、読めない、読めても意味が解らない、読んでも、居合しか知らない為にどの様にしたらよいか解らない、動画がないから出来ない、誰かその道の大家の指導が無ければ出来ない、ないない尽くしの現代人に古伝を継承出来るか覚束ない。
 この道を志すならば、伝統ある古流剣術の本物を目指す先生の教えを乞い、それを学ぶと同時に、古い時代の文字や言葉も学ぶ覚悟がないと難しそうです。伝統とはそういうものでしょう。

 私は、幸い志す仲間に恵まれました。幾人かで知恵を出し合いグループでものにする「輪」の組織も必要です。
 段位や所属年数などによるカビの生えた「和」の組織では無理と考えます。

 武術は、「人と人が互に己の信じた事を貫くために行使する最終手段である」はずです。そして、戦わずに和する事を学ぶものです。

 明治以降に武術が分割、文断されて独立した技術ばかりが目につきます。それでも、得意とする武術を持つ人が集えば古伝は幾つも理解されていくはずです。

 新しい時代は、道場間の壁を越え当然師匠の懐からも顔を出し、部門の壁を越えた繋がりが古に導いて呉れる筈と信じて居ます。

 それを後ろから見守り、急げと応援する心が無ければ、現代の若者を揶揄する資格すら、年寄りにはないものと信じます。

 まして明治以降の先師の書き残したものすら、公にするなという考え方では、武術はどんどん演武会用の踊りになってしまう筈です。

 河野先生も「私の足らざる所を補足して呉れる様な熱意ある研究家を待つ次第である」と結ばれています。

 是は無双直伝英信流居合兵法叢書の自序にある思いで、資料をもっと集めてほしいと云って居るばかりでなく、古伝と現代居合に根本的違いは認めがたいとも仰っています。

 小太刀之位を終わります。

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2017年12月17日 (日)

曽田本その1の2英信流目録原文1居合棒太刀合之位5小太刀之位6上段ノ弛

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
5、小太刀之位
 
六本目上段ノ弛
是盤敵ハ上段也我盤小太刀をひっさげ相懸り尓て春可〵と行場合尓て敵片討二打所を我行でも奈之行ぬでも奈し気のつり合尓て春っかりと弛之上より討込なり
読み
六本目上段ノ弛(じょうだんのはずし)
 是は 敵は上段也 我は小太刀をひっさげ相懸かりにてスカスカと行く 場合にて敵 片討ちに打つ所を 我れ行でもなし 行かぬでもなし 気のつり合いにてすっかりと外し 上より討ち込む也
 

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2017年12月16日 (土)

曽田本その1の2英信流目録読み解く1居合棒太刀合之巻5小太刀之位5下段ノ弛

曽田本その1
2.英信流目録読み解く
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
5、小太刀之位
 
五本目下段ノ弛
 是者敵者さして待也我ㇵ小太刀をひっさげ春可ヽと行也敵其所を抜付の如く抜付亦タ春く尓両手尓て一足婦ミ込ミ左の下をなくる也我其所を足を引春っかりと弛之敵亦上より討所を請流之勝也
読み
五本目下段ノ弛(げだんのはずし)
 是は敵は差して待つ也 我は小太刀を引っ提げ スカスカと行く也 敵其の所を抜付けの如く抜付け 亦 直ぐに両手にて一足踏み込み 左の下をなぐる也 我其の所を足を引きすっかりと弛し 敵亦上より討つ所を請流し勝也
読み解く
 是は、敵は太刀を腰に差して待つ、我は小太刀を右手に持ち、切先を下にして無形之位でスカスカと歩み行、相手は我れが間境を越えると見るや「抜付の如く」に抜付て来る。
この「抜付の如く」の業は何を指すのか、手付けの文章では解りません。
 
 抜付そのものを解説したものも見当たりませんので、此処は横一線にがま口に抜き付ける土佐の居合の抜き付けを想像しておきましょう。
 この抜付は空振りして我を牽制するのでしょう。我がふっと立ち止まる処、直ぐに左手を柄に添え両手で、一歩踏み込んで我が左から出足を薙いでくる。
 神傳流秘書の抜刀心持之事の「向払」の要領でしょう。現代居合の奥居合居業の「霞」の返す刀を両手で行うのでしょう。
 我は後足を引き、前足を連れ足に引いて相手の薙いで来る太刀を「すっかりと弛し」、外されて相手は、すぐさま上段に振り冠って我が真向に打ち込んで来る処、小太刀を顔前頭上に左肩を覆う様に上げ、相手太刀を請けるや腰を捻って左に請け流し、右足を右前に踏み込んで相手の首を打つ。この請け流しも、筋を替って逃げ流しにせずに、敵の打ち込みを、敵の懐に入る様に付入って敵太刀の打ち下ろされる鍔際近を下から突き上げる様に請けて、其の拍子に左腰を捻って流す事です。

 此の業は相手の横一線の抜き付け、切返して下に斬り付け、上段よりの真向打ちを躱す業です。正確な間積りを身に付けるには良い業です。

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2017年12月15日 (金)

曽田本その1の2英信流目録原文1居合太刀合棒太刀合之巻5下段ノ弛

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
5、小太刀之位
 
五本目下段ノ弛
是者敵者さして待也我ㇵ小太刀をひっさげ春可ヽと行也敵其所を抜付の如く抜付亦タ春く尓両手尓て一足婦ミ込ミ左の下をなくる也我其所を足を引春っかりと弛之敵亦上より討所を請流之勝也
読み
五本目下段ノ弛(げだんのはずし)
 是は敵は差して待つ也 我は小太刀を引っ提げ スカスカと行く也 敵其の所を抜付けの如く抜付け 亦 直ぐに両手にて一足踏み込み 左の下をなぐる也 我其の所を足を引きすっかりと弛し 敵亦上より討つ所を請流し勝也

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2017年12月14日 (木)

曽田本その1の2英信流目録読み解く1居合棒太刀合之巻5小太刀之位4當中剱

曽田本その1
2.英信流目録読み解く
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
5、小太刀之位
 
四本目當中剱
 是も敵ハ上段二構ゑる也我ハ小太刀をひっさげ中と二待也敵春可〵と来りて我可首のあたりを左り右と討チ亦下タを討也其所尓て我足をそろゑ春っ可りと弛ㇲ敵亦面より打所を十文字二請流之勝也
読み
四本目當中剱(とうちゅうけん)
 是も敵は上段に構える也 我は小太刀を引っ提げ中途に待つ也 敵スカスカと来たり我が首の辺りを左り右と討ち 亦下を討つ也 其所にて我足を揃えスッカリと外す 敵亦面より打つ所を十文字に請流し勝也
読み解く
 是も、敵は上段に構える。我は右足を前にして小太刀を引っ提げ無形の構えとなる、双方歩み寄る途中で我は左足出た時立止まり敵を待つ、敵はスカスカと間を詰めて来て、上段から我が首の辺りを左肩、右肩と切り返して討ち込んで来る。我は、左足を引いて右半身となって筋を替えて外し、更に右足を引いて左半身となって其の打ち込みを外す。
 相手はそこで、今度は低く我が左足を打って来るので、左足を引いてすっかりと外す。
相手外されて上段に振り冠って我が面に打込んで来るのを、右足を踏み込み小太刀を顔前頭上に左肩を覆う様にして相手の太刀を十文字に請けるや腰を左に捻り受け流し、左足を右足の後方に摺り込み右半身となって片手上段から相手の首を打つ。
 左足前で敵を待つとしましたが、両足揃えたハの字立ちでも、右足前でも同様に応じられるでしょう。

 「小太刀をひっさげ」というのは、小太刀を右手に持ち、切先を下げ、右足爪先の線上あたりに付け、左手もぶらりと自然に下げて、自然体に立ち、構えのない無形を指すのでしょう。

 「當中劔」の読みも意味することも分かりませんが、なんとなく業を感じさせる業名のように思えます。

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2017年12月13日 (水)

曽田本その1の2英信流目録原文1居合棒太刀合之巻5小太刀之位4當中剱

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
5、小太刀之位
 
四本目當中剱
 是も敵ハ上段二構ゑる也我ハ小太刀をひっさげ中と二待也敵春可〵と来りて我可首のあたりを左り右と討チ亦下タを討也其所尓て我足をそろゑ春っ可りと弛ㇲ敵亦面より打所を十文字二請流之勝也
読み
四本目當中剱(とうちゅうけん)
 是も敵は上段に構える也 我は小太刀を引っ提げ中途に待つ也 敵スカスカと来たり我が首の辺りを左り右と討ち 亦下を討つ也 其所にて我足を揃えスッカリと外す 敵亦面より打つ所を十文字に請流し勝也

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2017年12月12日 (火)

曽田本その1の2英信流目録読み解く1居合棒太刀合之巻5小太刀之位3中請眼

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
5、小太刀之位
 
三本目中請眼
と申ㇵ是も敵ㇵ上段尓かまゑる也我盤小太刀をさ之出し切先を敵の真ミ合へさし付ヶ行也場合尓て敵拝ミ討尓打也我其所を上へ春つかりと弛之かむりて敵引所をみけんヱ打込ム也
読み
三本目中請眼(ちゅうせいがん)
 中請眼と申すは 是も敵は上段に構える也 我は小太刀を指し出し切先を敵の真見合いへ指し付け行く也 場合にて敵拝み討ちに打つ也 其の所を上へすっかりと弛し冠りて 敵引く所を眉間へ打込む也
読み解く

 左請眼は相手の左眼に切先を付ける、右請眼は相手の右眼に切先を付ける、次は中請眼です。
 中請眼は相手の眉間に切先を付け、相手は上段に構えて相進みに間に至る、相手我が真向に拝み打ちに打ち込んで来る処、我は出足を引くや「上へすっかりと弛し」小太刀を上段に冠って、「外されて引く」相手に附け入って眉間へ打込。

 一本目、二本目とも我が小太刀を相手は払って来たのですが三本目中請眼では、「拝み討ちに打」込んで来ます。
 相手は太刀ですから小太刀との寸法の差を活かした間取りから、我が右小手、右肩、真向の何れかへも打ち込めるでしょう。此処は真向への拝み打ちです。

 我は拝み打ちされた「其所を上へすっかりと弛し」は相手の拝み打ちの切先の間を見切るわけで、最も深く打込んで来るのは我が頭上でしょう。
小太刀を「上へすっかりと弛し」をどの様にするのか、工夫のいる処でしょう。此処では、「すっかりと弛し」です。
 小太刀で受流す、突き上げて摺り落すなどでは無く、ただ外す事です。
 左足右足と引いて大きく後ろに退く、右拳に打ち込まれるならば出足を引く、或は左か右に筋を替って外す。
 此の業は、相手の起こりを知る良い業です。相手は拝打ちして我に外され、切先を我が喉元に付けて引かなかったならば、我は外すと同時に振り被って筋違いに踏み込んで眉間へ打込む。

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2017年12月11日 (月)

曽田本その1の2英信流目録原文1居合棒太刀合之位5小太刀之位3中請眼

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
5、小太刀之位
 
三本目中請眼
と申ㇵ是も敵ㇵ上段尓かまゑる也我盤小太刀をさ之出し切先を敵の真ミ合へさし付ヶ行也場合尓て敵拝ミ討尓打也我其所を上へ春つかりと弛之かむりて敵引所をみけんヱ打込ム也
読み
三本目中請眼
 中請眼と申すは 是も敵は上段に構える也 我は小太刀を指し出し切先を敵の真見合いへ指し付け行く也 場合にて敵拝み討ちに打つ也 其の所を上へすっかりと弛し冠りて 敵引く所を眉間へ打込む也
 

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2017年12月10日 (日)

曽田本その1の2英信流目録読み解く1居合棒太刀合之棒5小太刀之位2右請眼

曽田本その1
2.英信流目録読み解く
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
5、小太刀之位
 
二本目右請眼
是盤敵盤上段也我も小太刀を向へさし出之敵の右の眼へ切先をさし付行也是も相掛尓て小太刀を左の方へ筋違二拂ふ也其所を我亦左請眼の如くかむり左の手尓て敵の左の手を取り勝也
読み
二本目右請眼(みぎせいがん)
 是は 敵は上段也 我も小太刀を向へ指し出し 敵の右の眼へ切先を指し付け行く也 是も相掛りにて 小太刀を左の方へ筋違いに払うなり 其の所を我亦 左請眼の如くかむり左の手にて敵の左の手を取り勝也
読み解く
 二本目は、敵は一本目と同様に上段に構える。この上段は左拳が額前頭上に四五度に切先を上げた上段が英信流の上段か、左拳が頭上に有って切先四五度の上段か判りませんが、現代竹刀スポーツの上段ならば前者、古流剣術ならば流派に依る上段でしょう。英信流に新陰流が混入していれば後者でしょう。
 此の時相手は、右足前の右上段か左足前の左上段かもあるのですが、我は小太刀の切先を相手の右眼に付けていますから左足前の構えに為る筈です。さすれば此処は相手も左足前に構えるとするのが常道かも知れません。

 是も相懸りにスカスカと歩み寄り、相手は我が小太刀の攻めに思わずそれを「左の方へ筋違に払ふ」。この「筋違に」は、上段から真直ぐに打ち落す様に払うのではなく、右袈裟掛けに我が左の方へ払う、我はそれを小太刀を上段に冠って外すや、右足を稍々右に踏み込んで相手左肘を左手で制して、真向に打ち込む、或は刺突の構えを取る。

 右請眼も相手は上段から我が小太刀を払うのですが、相手は我が小太刀を持つ拳を切って来るのを外して、附け入って相手の左肘を取るとする位の事で良いだろうと思います。

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2017年12月 9日 (土)

曽田本その1の2英信流目録原文1居合棒太刀合之巻5小太刀之位2右請眼

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
5、小太刀之位
 
二本目右請眼
是盤敵盤上段也我も小太刀を向へさし出之敵の右の眼へ切先をさし付行也是も相掛尓て小太刀を左の方へ筋違二拂ふ也其所を我亦左請眼の如くかむり左の手尓て敵の左の手を取り勝也
読み
二本目右請眼
 是は 敵は上段也 我も小太刀を向へ指し出し 敵の右の眼へ切先を指し付け行く也 是も相掛りにて 小太刀を左の方へ筋違いに払うなり 其の所を我亦 左請眼の如くかむり左の手にて敵の左の手を取り勝也

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2017年12月 8日 (金)

曽田本その1の2英信流目録読み解く1居合棒太刀合之巻5小太刀之位1左請眼

曽田本その1
2.英信流目録読み解く
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
5、小太刀之位
 
一本目左請眼
 と申ㇵ敵盤上段二かまゑ我盤片手尓て小太刀を向ヱさし付敵の左の眼へ切先を付て相懸り尓て行也敵場合尓て我小太刀を筋違尓右へ横に拂ふ也其時我すく二小太刀をつむりへかむり左の手尓て敵の右のひぢを取勝也
読み
一本目請眼(せいがん)
 左請眼と申すは 敵は上段に構え 我は片手にて小太刀を向へ指し付け 敵の左の眼へ切先を付けて相懸かりにて行也 敵場合にて我が小太刀を筋違いに右へ横に拂う也 其の時我れ直ぐに小太刀をつむりへ冠り 左の手にて敵の右の肘を取り勝也 
読み解く
 左請眼と云うのは、敵は太刀を上段に構え、我は右片手に小太刀を持ち、右足を前に踏み、相手の左眼へ切先を付け、相懸りに双方歩み寄る処、相手左眼に付けられた我が小太刀を八相に右へ払ってくる。
 其の時我はすぐに小太刀を頭上に振り冠り、左足を左前に踏み込んで左手で相手の右ひじを取って、相手の真向に小太刀を打ち込み勝。英信流目録の原文のままに打ってみればこのようでしょう。

 双方スカスカ歩み寄る時、我が小太刀を相手の左眼に突き付けて歩み寄るので、相手は小太刀が気になって払ってくる、透かさず右手を上げて小太刀を上に外し、左足を左前に踏込み、敵の右手を左手で制して、小太刀を打ち込む。
 さて、相手は小太刀を払って、外されたので返す刀で切り上げようとする事も有り得ます。
 外すや左足を左に踏込み敵の右手を制する。稽古では、相手は我が小太刀を持つ左拳を打ちに来るのを外して打ち込むも、太刀の長さを利して我が左肩口に切り込むのを外して打ち込むのもありでしょう。

 いずれにしても、相手の打ち込みを外すや踏み込んで相手の右ひじを制して、打ち込む。この場合、我の攻めは右拳が中心線上あって相手の左眼を突きさす気がなければなません。

 相手は外されても右に太刀を流さず、我が中心線に切先が付け留まる心持ちは大切です。
 従って、我も外しても真直ぐに相手に付け入る事は出来ません。
 この業手附けにはありませんが、相手が払って来るのを上段に振り冠って外すや筋を替って真直ぐに振り下して敵の拳(柄口六寸)を打つ事も稽古次第です。

 小太刀を抜いて構える際、左手を栗形に添えて構えるのが剣道形にありますが、ここではどのように左手を裁くのか指定されていません。
 英信流小太刀之位の左手の構えは、軽く握って自然に垂らすのも、鯉口を握って居るのも良いでしょう。
 規制の形にとらわれず研究してみるのも良いかもしれません。

 小太刀の剣先と足の関係は、一般的な方法で切先右の左請眼ならば右足前で構え、切先左の右青眼ならば左足前で構えとします。
 右足先は正面の敵に向け、左足は左前に稍々開き右足踵のやや後ろに踏み、我が中心軸は両足の開いた中心にある自然体です。  
 現代では竹刀剣道の影響を受けて踏み出しは、出足からと言われますが、中心軸が左右の足の中心にあれば、右足からでも、歩み足の左足からでも容易です。

 

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2017年12月 7日 (木)

曽田本その1の2英信流目録原文1居合棒太刀合之巻5小太刀之位1左請眼

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
5、小太刀之位
 
一本目左請眼
 と申ハ敵盤上段二かまゑ我盤片手尓て小太刀を向ヱさし付敵の左の眼へ切先を付て相懸り尓て行也敵場合尓て我小太刀を筋違尓右へ横に拂ふ也其時我すく二小太刀をつむりへかむり左の手尓て敵の右のひぢを取勝也
読み
一本目請眼(せいがん)
 左請眼と申すは 敵は上段に構え 我は片手にて小太刀を向へ指し付け 敵の左の眼へ切先を付けて相懸かりにて行也 敵場合にて我が小太刀を筋違いに右へ横に拂う也 其の時我れ直ぐに小太刀をつむりへ冠り 左の手にて敵の右の肘を取り勝也 

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2017年12月 6日 (水)

曽田本その1の2英信流目録原文1居合棒太刀合之巻5小太刀之位初めに

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
5、小太刀之位
 
初めに
 小太刀之位は打太刀は太刀を持ち、仕太刀は小太刀で応ずるものです。この英信流目録にしか収録されていない仕組の形となります。
 英信流目録は林安太夫政誠によって安永五年冬十月吉日改之、と奥書にある事を信じれば安永5年1776年10月に土佐の居合の第10代林安太夫政誠が「何かを」書き改めたものです。
それを嘉永五年1852年癸子六月吉祥日第15代谷村亀之丞自雄が書写したものになります。
 「古伝神傳流秘書」には「小太刀之位」は存在しません。神傳流秘書ならば「小太刀之事」という呼称が振り当てられる筈です。
 随って神傳流秘書では無いもう一つ別の伝書が有ったかもしれません。或は林安太夫政誠が第9代林六太夫守政の持ち込んだ土佐の居合に他流の仕組(形)を組み入れたものかも知れません。
 いずれにしても、英信流目録は神傳流秘書と並ぶほどの伝書であったと推察できます。歴史的検証は何方か土佐の心ある剣士の方による研究に委ねたいと思います。
 神傳流秘書に残されている小太刀に依る仕組(形)は大小詰・大小立詰・大剣取と夏原流和之事に有ります。
 しかし体術を交えない純正の小太刀による剣術は、この英信流目録の「小太刀之位」六本と大剣取10本のうちの前4本(無剣・水石・外石・鉄石)がそれでしょう。
 近年は土佐の居合も居合だけが稽古されるばかりで総合武術であった事が忘れられ、居合風演舞に偏ってしまっています。
 組太刀という呼び方で形を打つ所も、大方は第17代大江正路先生によって古伝太刀打之位を改変してしまった無双直伝英信流居合之形七本とやっと詰合之位を打つ程度でしょう。
 大剣取は、政岡壱實先生の伝承をされる方や、その著書「無双直伝英信流居合兵法 地之巻」を参考に打たれる道場もあるかとは思います。
 小太刀之位は第20代河野百錬先生によって昭和30年1955年に「無双直伝英信流居合兵法叢書」によって発表されていながら、無双直伝英信流正統会ですら置き忘れられてしまっています。
 古伝の多くの伝承が失われてしまった土佐の居合ですが、残された形手附によって復元は可能です。
 平成28年11月に関西の有志と関東の有志で「小太刀之位」を原書より一年がかりでこうであろうと東西それぞれ研究して相互に打ってみました。
 ほぼ同じ様な動作でまとまり、土佐の居合の古伝の手附の解かりやすい文章と現代居合人の力量をもってすれば多くの業技法が復元できるものと認識を強くしたものです。
 「古伝に興味は無い、現代居合以外は知る必要などない」などと嘯く者が「昔はこうだった、武術的にはこうだ」などと想像ばかりの嘘つきにはなりたくないものです。
 小太刀之位を学ぶ者は、竹刀剣道の「あってっこの」間と間合いを知り、古流剣術の体捌きを身に付け、居合という仮想敵相手の空間刀法の真のありようを認識しなければ、申し合わせの「かたち」ばかりに陥るでしょう。
 師匠の真似だけに明け暮れて、申し合わせの形稽古に固執した演舞会向け形では、先師に追い付けもしない、本物も見えてこないのは当然のことでしょう。
 何をするにしても本物を目指して「弟子たる者師匠の出来ない事でもやらねばならぬ」と仰った素晴らしい指導者もおられるのです。
 「弟子たる者師匠の知らぬ事を学ぶべからず」では情けないものです。流派の武術を学ぶ者は古伝の声に応える時期が来ていると思っています。

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2017年12月 5日 (火)

曽田本その1の2英信流目録読み解く1居合棒太刀合之巻4極意之大事8常之棒

曽田本その1
2.英信流目録読み解く
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
4、極意之大事
 
八本目常之棒
 能々工夫有之常二たし奈三心懸ケ手錬無ㇰて盤い可ぬ也常棒を第一と春奈り深く工夫有べし
読み
八本目常之棒(つねのぼう)
 能々工夫これ有り 常に嗜み心懸け手錬無くてはいかぬ也 常に棒を第一とすなり 深く工夫有るべし
読み解く
 充分工夫して、常に稽古を心懸け、手錬となっていなければならない。常に棒を第一と思い深く工夫あるべし。

 極意は何をおいても棒の稽古によって腕を磨くこと、工夫をすることだと言っています。


 今回で第十五代谷村亀之丞自雄によって書かれた英信流目録の棒について四項目を終わります。

1.棒太刀合之棒 八本

2.棒合五つ 五本

3.心持之事 五本

4.極意之大事 八本

四項目の内容は、実技は十三本、心得も十三本でした。
此のうち3.心持之事、4.極意之大事はこの英信流目録以外に見られないもののようです。

実技の棒太刀合之棒及び棒合五つは第十代林六太夫守政に依って土佐に持ち込まれ、第十一代林安太夫政詡に依って恐らく書かれたであろう古伝神傳流秘書にも記載されています。

神傳流秘書に依る業の記載武術の順序
1、大森流居合之事(正座之部)11本
2、英信流居合之事(立膝之部)10本
3、太刀打之事(太刀打之位)10本
4、棒合5本
5、太刀合之棒8本
6、詰合(詰合之位)10本
7、大小詰8本
8、大小立詰7本
9、大剣取10本
10、抜刀心持之事(奥居合之部居業之部、立業之部)24本
11、夏原流和之事65本
業数では168本に上ります。この順序は稽古の順序とも考えられるもので、夏原流に至る頃には無刀にても変に応じられる程に組み立てられて居ます。

 残念ながら英信流目録は歯抜けになっており、棒、小太刀之位、大森流居合之位だけしか残されておらず、他の業は欠落して居ます。原本は曽田先生の御遺族の手元に現存していると思われますが、昭和20年の高知空爆に依って焼失しているかも知れません。

 下村派を名乗る曽田先生はこれ等の伝書の写しを、谷村派を学び尚且つ土佐門外不出と誇った土佐っぽを差し置いて大阪八重垣会の河野百錬先生に惜しげもなく送られていました。
 第20代河野百錬先生の無双直伝英信流居合兵法叢書昭和30年発行にはこれらは納められています。
 無双直伝英信流、夢想神傳流を学ばれておられる方は居合文化の伝承を志すならば是非ご研究され、刀を抜くばかりでは得られなかった居合の根元に触れられるかもしれません。
古伝などに興味は無いと言う人には居合のあるべき姿も見えないままに終わってしまうでしょう。踊りまがいの居合馬鹿で終わったのでは寂しい限りです。

 次回は英信流目録にしか残されていない「小太刀之位」です。是もこの英信流目録以外に見られない貴重なものです。
 得物は我は小太刀と明確に記載されています。敵の得物は太刀です。無刀への一歩を踏み出す良い手附です。

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2017年12月 4日 (月)

曽田本その1の2英信流目録原文1居合棒太刀合之巻4極意之大事8常之棒

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
4、極意之大事
 
八本目常之棒
 能々工夫有之常二たし奈三心懸ケ手錬無ㇰて盤い可ぬ也常棒を第一と春奈り深く工夫有べし
読み
八本目常之棒(つねのぼう)
 能々工夫これ有り 常に嗜み心懸け手錬無くてはいかぬ也 常に棒を第一とすなり 深く工夫有るべし

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2017年12月 3日 (日)

曽田本その1の2英信流目録読み解く1居合棒太刀合之巻4極意之大事7行(引)合之棒

曽田本その1
2.英信流目録読み解く
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
4、極意之大事
 
七本目行(引)合之棒
 是者中を取り楽尓(互尓)行(引)也我も随分行(引)て敵行(引)所を付込ミとりたおすべ之
読み
七本目行(引)合之棒(ゆきあいのぼう、ひきあいのぼう)
 是は 中を取り楽に(互に)行(引)く也 我も随分(充分)行(引)て 敵行(引)所を付込み取り倒すべし
 この 七本目は文字の判読が「行合之棒」なのか「引合之棒」なのか草書体が不十分で読み取れません。
 原本によるのか、曽田先生の癖なのか単独の文字では厄介です。河野百錬先生の「無双直伝英信流居合兵法叢書」では「引合之棒」と読んでいます。
読み解く
 これを「行合之棒」ではしばらく何を言わんとしているのかわかりませんでした。「引合之棒」と読むことで言いたいことが理解出来てきました。
 わかった時は、現代居合では置き捨てにしている闇討ち、騙まし討ち、あるいは「のほほんとして平和ボケ」の頭を殴りつけるものでした。
 それは兵法に於ける騙まし討ち、卑怯とも取れる事でした。

 これは書き出しの字句に「是者中を取り」に注目し「仲裁を受け入れ」て、あるいは「お互いに引くことにして」、互いに引き、我も棒を下げて充分に引いて、敵の戦闘意欲を無くさせておいて、敵の引き際を機に付け込み取り倒すのでしょう。此の様に解釈しました。いかがでしょう。

 孫子も兵は詭道(敵を欺く行為)也と言っています。あるいは奇正(奇は敵の思いも寄らない戦術・正は基本的な一定の戦術)とも言っています。

 このような、戦いは日本の戦国時代にも常にあった戦術でしょう。敵に打ち込ませておいて外して打ち込む等の事は当たり前の事で、只速く力任せなどの事では武術外の事でしょう。

 そうであれば、この極意之大事の七本目は「引合之棒」で決まりでしょう。

 
 

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2017年12月 2日 (土)

曽田本その1の2英信流目録原文1居合棒太刀合之巻4極意之大事7行(引)合之棒

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
4、極意之大事
 
七本目行(引)合之棒
 是者中を取り楽尓(互尓)行(引)也我も随分行(引)て敵行所を付込ミとりたおすべ之
読み
七本目行(引)合之棒(ゆきあいのぼう、ひきあいのぼう)
 是は 中を取り楽に(互に)行く也 我も随分(充分)行(引)て 敵行(引)所を付込み取り倒すべし
この 七本目は文字の判読が「行合之棒」なのか「引合之棒」なのか崩し文字を読み取れません。河野百錬先生の「無双直伝英信流居合兵法叢書」では「引合之棒」。

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2017年12月 1日 (金)

曽田本その1の2英信流目録読み解く1居合棒太刀合之事4極意之大事6棒縛之事

曽田本その1
2.英信流目録読み解く
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
4、極意之大事
 
六本目棒縛之事
是者とらへて後チ棒を敵のセなかの帯へ通之横尓之棒の者之へ敵の手を引ひろげ両者しへくゝり付る也得働ぬ者也
読み
六本目棒縛之事(ぼうしばりのこと)
 是は 捕えて後 棒を敵の背中の帯へ通し 横にし棒の端へ敵の手を引き拡げ 両端へくゝり付ける也 働き得ぬもの也
読み解く
 是は敵を捕らえて縛り上げる方法です。「棒を敵の背中の帯へ通し」という文言のイメージから、着物ならば帯は腰に横に巻かれて居ますから背中の帯に通すと棒は縦になってしまいます。それを横に倒して棒の端に敵の両手を縛り付ける、というのです。
 後の文章から判断すれば、着物の袖を襷がけしているとか、その襷に横に棒を通して、棒の端に両手を紐で縛り付ける。
 或は着物の両袖に端から棒を横に差込み、敵の手を広げさせて手首を棒に縛りつけるのも良さそうです。
 帯も着物も無くとも敵の首を挟む様に、首の後ろに一本、前に一本で首を挟んで両手を縛れば抜け出せないでしょう。
 

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2017年11月30日 (木)

第五回違師伝交流稽古会を終えて

第五回違師伝交流稽古会を終えて
 
 一日目の稽古が終わって、宿に入り懇親会の席上、違師伝交流稽古会の発端が話されました。
 第17代大江正路先生の弟子が伝えて来た無双直伝英信流が今日どの様に伝承されてきたのかこのブログに掲載した時があります。
 その内容から、コメントが寄せられ、資料や中には、参考にと書籍まで譲って下さる方も有ったのです。
 そして、連絡を取り合い、ご一緒に稽古するうちに、ある方から曽田本の原本を譲られ無双直伝英信流の原点「無双神傳英信流居合」の深みに、私はどっぷりはまったのです。
 
 書籍では大江正路先生の娘さんの「カナダに渡った侍の娘 ある日系一世の回想」もありました。大江先生の人としての生活が垣間見れたものです。
 それらを参考に書き込んでいるうち、政岡壱實先生の孫弟子と言われる方からコメントが寄せられ、師を忍ぶ思いが伝わって来ます。
 政岡先生の著書無雙直伝英信流居合兵法地之巻では、他の技術書に見られない事が解りやすく序説の「居合漫談」に書かれています。
 組太刀に関しては他の解説書では大江正路先生の古伝を改変し独創された居合道形七本ばかりが解説されるにすぎないところ、「太刀打之位・詰合之位・大小詰・大小立詰・大剣取」まで写真と解説がなされています。 
 更に歴史と変遷、伝書などコンパクトにまとめられて目から鱗が落ちる様でした。
 政岡居合を見てみたい、写真があるならば演武のビデオも残されているのではとメールしたところ「ビデオは有りません、兄弟子のビデオは有りますが、それが政岡居合と思われ独り歩きするのは好ましくないので公開できません」との返信でした。
 「それでは演武を見せてもらえませんか」と申し出ると「それならば」と云う事が発端でした。
 今思えば、私の交渉は、右・左・上・下と斬り込んで行く様なものでした。
 見ず知らずの方との交流は武者修行です。
 身を引き締め真摯な心で臨んだつもりでも、どこの馬の骨か判らぬ者の道場破りに乗り込んで来るみたいなものだったろうと思います。
 新神戸の改札口でお会いするまで、胸が締め付けられるような気持ちであったと仰います。
 政岡壱實先生の無雙直伝英信流居合兵法地之巻を、古書店で手にした時からもう久しい。
 居合の業技法の解説書は幾つも読み漁りましたが、今思えば刀の運用ばかりの事でそれも師伝をメモして書き連ねたに過ぎない技術書ばかりだったり、そうかと思えば、精神論ばかりが強調されていたりする。
 今でも、「あれ」と思う時手にするものは、河野百錬先生の「大日本居合道図譜」、政岡壱實先生の「無雙直伝英信流居合兵法地之巻」、山越先生の「京都山内派無雙直伝英信流居合術」、池田聖昂先生の「無雙直伝英信流居合道解説」ぐらいのものです。 
 
 道場では、師匠か古参が前に出て手本を示し、「一本目前」と云って「パチン」と手拍子を打つ、皆は一斉に見本を真似して繰返す。
 其処には理合(意義)も術理(技法)もなく、「かたち」を順番通りに真似しているだけのものが続きます。
 一通り全居連の刀法5本・正座の部11本・抜刀法11本が一斉に抜かれ、自由稽古に入ります。
 自由稽古では古参の者が指導員となって手取り足取り業技法の指導をする。そこには順番通りの「かたち」を師匠を真似て押し付けて来るばかり。どの様な想定のもとに、どの様に敵に応じていくのか、何故そうするかが全くないのです。
 
 それでも、初心のうちは「かたち」から入るのは当然の事としてまず「真似」ざるを得ません。「かたち」だけの合同稽古について行かれる様になって、手渡された第21代福井聖山先生の「無双直伝英信流居合道宗家教本」は福井宗家の「無雙直伝英信流居合道」の抜き書きコピーでした。
 これは、第20代河野百錬先生の「大日本居合道図譜」の業技法解説を少々文言に手を入れて書き直したもので何故書き直す必要があったのかとも思われます。
 それはともかく、其処に解説されていても、古参の者も理解できておらず言う事とやることはアンマッチで「何故」と問われるとうるさがられたものでした。
 そのうち、「其の業では斬られてしまう」と言ったところ「先輩を愚ろうする者」とのレッテルまで張られたものでした。お陰様で、反骨精神と知りたがりの根性が本物を求めて益々稽古に身が入ったものです。
 違師伝交流稽古会は同流の他の師伝を拝見する事により、習い覚えた我が居合の有り様をより理解でき、或は同じ意義からの想定違いを見せられ、業の応用を知る機会でもありました。
 我が居合も他の師伝の方達にお見せするには当然のことながら自分流ではならず、当代の解説書や稽古会によく出てその考え方や動作を身に付け演武するものでなくてはならないでしょう。
 第五回違師伝交流稽古会の課題は組太刀のうちもっとも居合らしい「詰合之位」です。
 大江正路先生の居合道形7本や太刀打之位11本は良く見かけますが、「詰合之位」は限られたところでしか打たれていません。
 中には極意につき、高段者以外は教えないなど馬鹿を言って満足顔の所もあるやに聞いています。
 立膝に座し居合抜きに抜き合う、あるいは打ち込まれたのをかわして打込むなど居合の基本を設対者を設けて学ぶ好い組太刀です。
 演武会で演舞するものではないのでせいぜい稽古して居合に磨きをかけるべきものでしょう。少し覚えると人前で演武したがる自己顕示欲は有って然るべきものですが慎まないと本物にならず、武的踊りが強調されます。
 「詰合之位」まで書き込んである技術書は政岡壱實先生の「無雙直伝英信流居合兵法地之巻」か第21代福井聖山先生のビデオ及び小冊子の解説書ぐらいがなんとか手に入るものでしょう。これ等も既に学者の宝です。
 恐らく現代居合の高段者の中で何人が詰合之位が打てるでしょうか。
 曽田本の「詰合」は江戸期の第9代林六太夫守政のものが最も古い手附で、私達古伝研究会のメンバーは古伝の「詰合」を研鑽して披露しました。
 政岡先生伝「詰合之位」、福井先生伝「詰合之位」それぞれの思いでその違いを看取り稽古し、実際にそれぞれを学んでみました。
 「他との違いが判れば自分が解かる」時間の経つのも忘れて夢中な二日間でした。
 来年の課題は「大剣取」です。見事に打たれた映像も、手附も安易に手に入りません。従って古伝の手附を読み動作を自分で振り付けて研究せざるを得ません。
 師匠の指導するままに運剣したり、映像に頼った人真似では様になっても武術として決まるか疑問です。武術は形では無いのです。業が決まらなければ意味の無い武的棒振りに終わってしまいます。かと言って、枝葉に逃れれば大剣取の教えは無かった事になってしまうでしょう。
 手附をよく読み、よく考える事、習い覚えた業技法を総動員する事。他流も含め古流剣術を良く見る事も必要でしょう。答えは幾つも有るでしょう、そして得られた運剣動作はどれも間違いではないでしょう。より優れた者に負けてしまうだけです。
 
 
 
 
 
 
 

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曽田本その1の2英信流目録原文1居合棒太刀合之巻4極意之大事6棒縛之事

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
4、極意之大事
 
六本目棒縛之事
是者とらへて後チ棒を敵のセなかの帯へ通之横尓之棒の者之へ敵の手を引ひろげ両者しへくゝり付る也得働ぬ者也
読み
六本目棒縛之事(ぼうしばりのこと)
 是は 捕えて後 棒を敵の背中の帯へ通し 横にし棒の端へ敵の手を引き拡げ 両端へくゝり付ける也 働き得ぬもの也

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2017年11月29日 (水)

曽田本その1の2英信流目録読み解く1居合棒太刀合之巻4極意之大事5戸入之事

曽田本その1
2.英信流目録読み解く
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
4、極意之大事
 
五本目戸入之事
 是盤必ㇲ門奈と入ル尓脇を通るへ可ら須中を行へシ亦我を打もの居ルと之るならは何尓ても有合之品羽織尓てもまきて棒の先へふとく付て春つとさし出ㇲべし敵我と思切ㇽ所を我とりふ春る也
読み
五本目戸入之事(といりのこと)
 是は 必ず門など入るに脇を通るべからず 中を行くべし 亦我を打つ者居ると知るならば 何にても有り合う品の羽織にても巻きて棒の先へ太く付きて すっと差し出すべし 敵我と思い切る所を我取り伏する也
読み解く
門戸を入る時の極意です。少し文章を直しながら進めて見ます。

 是は、門などを入る時、門の片側を通ってはならない。必ず門の真ん中を行くようにする事だ。
 亦、我を打たんとする者が居る事を察知していたら、何でも有り合わせの物でもよいので、たとえば羽織などを棒の先に太く巻き付けて、門の中にすっと差し出すがよい。
 敵はそれを我と思い、切ってくる所を取り押さえればよい。

 門の片側を通ると、柱の影から不意に打たれるので、真ん中を通り視界を広くして、敵の動静も早く見極められ、我も応じ易くなる。
 門の向こうで我を打たんと、手ぐすね引いている敵を察知しているならば、有り合わせのもので良いから我と思わせるように偽装して門の中に差し入れ敵が「それっ」と切って出てきたところを捕らえればよい。
 どの流派の奥義の心得にもあるような教えです。坂橋流の棒に残された極意です。
是は、土佐の居合の「當流申伝之事」などにも同様な教えがあります。

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2017年11月28日 (火)

曽田本その1の2英信流目録原文1居合棒太刀合之巻4極意之大事5戸入之事

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
4、極意之大事
 
五本目戸入之事
 是盤必ㇲ門奈と入ル尓脇を通るへ可ら須中を行へシ亦我を打もの居ルと之るならは何尓ても有合之品羽織尓てもまきて棒の先へふとく付て春つとさし出ㇲべし敵我と思切ㇽ所を我とりふ春る也
読み
五本目戸入之事(といりのこと)
 是は 必ず門など入るに脇を通るべからず 中を行くべし 亦我を打つ者居ると知るならば 何にても有り合う品の羽織にても巻きて棒の先へ太く付きて すっと差し出すべし 敵我と思い切る所を我取り伏する也

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2017年11月27日 (月)

曽田本その1の2英信流目録読み解く1居合棒太刀合之巻4極意之大事4立合心ノ大事

曽田本その1
2.英信流目録読み解く
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
4、極意之大事
 
四本目立合心ノ大事
 是盤居合之巻尓も有之通り敵と立合と我がボウ子ンヲ斬り一心不乱思ひ残春心無ク死地尓入る立合なり此所尓まよいひの袮んいできてはい可ぬ也
読み
四本目立合心ノ大事(たちあいこころのだいじ)
 是は 居合の巻きにも之有る通り 敵と立合と 我が忘念を斬り 一心不乱思い残す心無く死地に入る立合いなり 此の所に迷いの念いで来てはいかぬ也
読み解く

 立合う時の心の有り様についての教えです。居合の巻きにも述べてあるがと言っています。
 この英信流目録では居合は大森流居合之位の業手附しか残っていません。全貌が見えれば神傳流秘書と対比しながら古流を味わえるのですが残念です。

 是は居合の巻にも有る通り、敵と立合うに当たってはぼうねん(妄念・忘念)を切って、一心不乱に思い残す事無く死地に入る立合いをするもので、此の所に迷いの念が起れば立合いにならず負けとなるであろう。

 習い、稽古・工夫をして体得した事であるから、兎角様々な事に「あーしようこーしよう」などの妄念に取り付かれずに一心不乱に思い残す事無く立合えと言っています。
 真剣勝負は稽古による上手でも無念夢想で一心不乱に立合う者には負けると言われます。

 なま兵法は大怪我の元と言われますし、喧嘩なれした無法者などは形稽古を励んだ者は組みし易しとも言われます。

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2017年11月26日 (日)

曽田本その1の2英信流目録原文1居合棒太刀合之巻4極意之大事4立合心ノ大事

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
4、極意之大事
 
四本目立合心ノ大事
 是盤居合之巻尓も有之通り敵と立合と我がボウ子ンヲ斬り一心不乱思ひ残春心無ク死地尓入る立合なり此所尓まよいひの袮んいできてはい可ぬ也
読み
四本目立合心ノ大事(たちあいこころのだいじ)
 是は 居合の巻きにも之有る通り 敵と立合と 我が忘念を斬り 一心不乱思い残す心無く死地に入る立合いなり 此の所に迷いの念い出来てはいかぬ也
 

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2017年11月25日 (土)

曽田本その1の2英信流目録読み解く1居合棒太刀合之巻4極意之大事3金抗

曽田本その1
2.英信流目録読み解く
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
4、極意之大事
 
三本目金抗
 是も亦は同之事也上下の違イ也其内尓右の如く突きはりして追込ム内に頭上へも突事肝要也
読み
三本目金抗(きんこう、きんふせぎ)
 是も亦同じ事也 上下の違い也 其の内に右の如く突きはりして追込むうちに 頭上へも突く事肝要也
「右の如く」は二本目眼抗
是盤敵の眼(マナコ)を突事第一也上ヲ以てはるい奈や眼を突キ下タを以てはるい奈や眼を突いくらも突様有り立合仕てこれㇵ知る也
読み
二本目眼抗(がんこう、めふさぎ)
 是は 敵の眼を突く事第一也 上をもって張るいなや眼を突き 下をもって張るいなや眼を突き いくらも突き様あり 立合いしてこれは知る也
読み解く
 金抗は「きんこう・きんふせぎ」どのように読むのでしょう。
 是も亦眼抗と同じことである。「上下の違い也」の意味は二本目の眼抗が眼を突く極意の教えでした。是は眼では無く「金抗」ですから金的を突くのでしょう。眼は上、金的は下なのでしょう。
 眼抗の様に上を張るや金的を突き、下を張るや金的を突き、そのように突き張りして追込んでいるうちに下ばかりでなく頭上(金的ばかりで無く眼へも)へも突く事肝要である。

 上下上下と張りながら眼を突き金的を突き、立ち合って相手をかく乱して使うように研究せよという極意之大事でしょう。

 それ以上に何かが伏せられているかとも思うのですが、土佐の伝書は居合道歌以外は至極単刀直入にやるべき事を述べています。余りくどくど思いめぐらせるべきものでも無さそうです。

 

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