2017年7月27日 (木)

刀法の解釈の5全日本居合道刀法解説(2)立業ロ四方切

刀法の解釈
 
5、全日本居合道刀法解説
 
配布時の解説
 
(2)立業
 
ロ)四方切
 
◎意義
 敵が周囲から斬り懸るに応じて之に勝つ。
◎動作
 前進しながら右足の爪先を右に向けて、右方に踏込み右に向くと同時に片手抜討ちを以て右敵の右肩から袈裟に斬り、切先を水月の高さに止める。抜付けたる瞬間左敵に注目し、左方より旋廻して右足を左方に踏込み双手上段に振冠り左敵の真向を斬下す。斬下した瞬間正面の敵に注目し右足を正面に踏込み双手にて正面の敵の右胴を横一文字に斬り、左から旋廻して左足前のまま後敵の真向を斬り、再び右から廻って右足前のまま正面の敵の真向から両断する。残心し右側に刀を開いて血振いして納刀す。
 この業は水鴎流の獅子乱刀から引用したものと思われます。
 水鴎流の手附けは文章によるものは公開されていない様で、第15代宗家の「純一無雑 瞬機一刀の理 水鴎流居合剣法」のビデオにより看取り稽古して見ます。
 前後左右を敵に囲まれ正面向きに正座しています。
 座したまま腰を上げ、右廻りに右敵に振り向き、右足を踏み出し横一文字に抜打ちし、左敵に振り向きつつ双手上段となって、右足を踏込み左敵の真向に斬り下します。
 その足踏みの侭正面の敵に注目し立ち上がりつつ左脇構えに取るや右足を正面に踏み込み、正面の敵の右胴を横一文字に斬り払い、左から旋回して右足を踏込み後敵を真向から斬り下します。
 後ろ向きのまま、刀を右に開き納刀しつつ体を下し、右廻りで正面に戻ります。
 全居連の刀法では正面の敵は胴を切られたのに再び真向より両断されます。
 胴切りが不充分若しくは後敵に危険を感じ前敵を追い払うなどの事が無ければ、正面に戻っての両断は不要でしょう。
 もし充分斬って正面に戻る演舞(武ではない)ならば、後敵を斬って、正面に戻り、上段からゆっくり刀を下し残心の形を示すべきです。
 刀法は技の基本の形を示すだけで武術的な事は後廻しと言うならば、此の業は四段審査の指定業です。そんな事でいいのでしょうか。
 ある地区の指導者は、この業で正面の敵の右胴を横一文字に斬るに当たって、左敵を真向に切り下すや、切先を上げて鍔を口元まで引き寄せ、左に刀を倒し、左手を左腰に引き付け腰溜めの車に構え、右足を正面に踏み込むや敵の右胴を腰を右に振って両断する様に水平に引き切る指導をして居ます。
 見事に、両断して、つぎに後の敵を真向から斬り下し、正面に戻って、正面の敵を真向から立ったまま切り下しています。「あれ!正面の敵は胴を両断されて崩れている筈なのに」。
 河野百錬先生も福井聖山先生も正面の敵を腰溜めの車でなど切っていないのに、独創してしまった様です。
 正面の敵と背後の敵に攻められた時は、両方の敵を意識しながら敵の仕掛ける前に正面の敵を浅く斬り、ビクとさせて追いやりその隙に背後の敵を斬り倒し、正面の敵を両断するのが、囲まれた時の鉄則です。
 第七代会長の解説からこの業を研究してみます。
◎剣理
 敵が周囲から斬り掛かるに応じて、これに勝つ意也。
術理
 左手鍔にかけるや右足を踏み出し、左足をやや一歩より狭く爪先をやや右に向けて踏み出し、右手を柄に掛けるや右敵に向き、右足爪先を右敵の方に向けながら柄頭を右敵の右肩口に向けながら抜きかけ、右足爪先を右敵正中線より30度位左に向けて大きく踏込み右肩口より水月迄袈裟懸けに斬り付ける。
 
 直ちに左敵に顔を向けるや両踵で左廻りに、右肩を覆う様に双手上段に振り冠り右足を大きく踏み込んで左敵の真向に膝の高さ迄斬り下す。
 
 直ちに左踵を押えながら体をたてつつ、切先を上げて鍔を口元に上げた瞬間顔を前方の敵に向けるや、刀を逆八相の構えの位置を経て把り、その瞬間右足を左足の前に踏み込み、上体を前に投げ入れる感じで左より右に水平に薙ぎ払う様に前敵の胴部に斬り付ける
 
 直ちに左廻りに双手上段に廻り切り左足前のまま後敵を真向に斬り下す。
 
 右廻りに廻り双手上段となり前敵の真向に右足前のまま斬り下す。
 
 会長の前敵への胴切りは、逆八相から上体を倒して薙ぎ払う様に斬り付けています。これは前敵を追いやる若しくはビクとさせる鉄則に則った動作でしょう。
 腰車に構えてしまえば前敵は攻め込んで来るので胴を両断する事になります。しかし、それでは後敵に仕掛けられてもいるのですから、間に合わず斬られてしまいます。
 右足を踏込み左敵を斬り下し、逆八相に把る時、右足を左足に引き付けてから正面に踏み込む教えが、先代の頃にあって其の足踏みをしている古老と其の弟子もおられます。これも右足を後足に引き付ける無駄な動作です。
 第七代会長は是も否定されています。正面の敵が斬り込んで来る隙を与えない事も四方に敵を受けた時の心構えでしょう。
 前会長に指導を受けられた方の中にこの胴切りの動作を「刀身を鉛直に鍔が口の高さに至るまで持ち上げ、顔を正面の敵に向けながら、右手首を左横水平に返し、柄から外れた左甲を右掌に添えて刀刃を前に左にした刀身をそのまま水平に左脇胴前に下ろし、右足を90度正面(左足踵前)に二足半長運びながら正面の敵の胴を横一文字に右45度まで切り払う・・」(南野輝久著 無双直伝英信流居合道覚書より)
 ある地区の指導者とよく似た車の構えに至る動作です。是は逆八相から胴切りするのではなく、左腰車にとってから胴切りするので、刀を鉛直に立てる意味があるのでしょうか、古流剣術では見られない動作です。
 左敵を真向に斬り下してその手の位置のまま腰車にとってもおかしくは無いでしょう。飽くまでもこの場合は前敵の胴を両断する動作です。
 DVDも付属しますので拝見していますが、文字であらわされた動作よりも、柄手が良くのびておられますので、ある地区の指導者程では無いようです。
 刀法の制定時の意義及び動作は抜けだらけですから、如何に年期を重ねられたベテランでも状況を充分把握し最も適した運剣操作を確立するには、良く見て良く読み良く考える人と、人真似に過ぎない人とのレベルの違いが歴然と現れます。想定を誤れば意義を達せられないものになります。
 全居連の各流派に共通の「刀法」です。第七代会長の解説書に従い、毎年行われる「刀法講習会」に出席して文字に表せない、あるいは、解説書発行時より進化した運剣動作を身に付け地区の指導をすべきでしょう。
 己が正しいとするならば、その事を会長に進言し改変を望むべきものです。「俺は前会長の動作を忠実に演じているだけで、当代が勝手に替えたのだ」では、最高段位を当代会長から頂戴していながら、やるべき事をやらず、地区に於いて勝手に会長の指導以外の動作を指導するのは「刀法」においては特に如何なものでしょう。
 
 
 
 
 
 
 

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曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事3小具足5繰返

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
3)小具足
五本目繰返
繰返
 又如前手首を留たる時相手短刀を抜亭打込を右の手二亭留其手を相手の額に押阿能希ニねぢ多を春
繰返(くりかえし)
 又 前の如く手首を留たる時 相手短刀を抜きて打ち込むを 右の手にて留め 其の手を相手の額に押し仰のけに 捩子倒す
*参考 如前
 此処は二本目剱當詰までもどります。
 相手左の手二亭我可胸を取る我可左の手二亭其手首を取る 相手小太刀を抜て下を突くを左の膝を少し立帰りてはづし右の手二亭突手を打落引伏セ堅

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2017年7月26日 (水)

刀法の解釈の5全日本居合道刀法解説(2)立業イ切上げ

刀法の解釈
 
5、全日本居合道刀法解説
 
配布時の解説
 
(2)立業
 
イ)切上げ
 
◎意義
 敵が真向上段に抜き上げて仕懸けんとするを、我れ其の右腋つぼに下から斬上げ、直ちに双手上段から敵の左袈裟に斬下して勝つ。
◎動作
 前進しつつ右足を前に踏込みながら抜きかけ刀の反りを一杯に返して(抜きつつ)刀刃を下から敵の右脇つぼに右斜に斬上げ、左足を少し進めながら双手上段となり右足を踏込んで敵の左袈裟に下段まで斬り下す。正眼(中段)に直って残心し刀を右に開いて静かに納刀す。次に左足を右足に揃へて直立し左足から後へ退り元の位置にかへる以下同じ。
 この業は神道無念流より改変されて全居連の刀法に組み込まれたと思われます。制定委員に神道無念流の中山博道先生がおられた筈です。編成時の承認の際(昭和31年1956年10月7日)欠席されています。
 神道無念流の立居合12本の第一本目の意義:「若干歩前方にある敵が将に刀を抜かんとする機に先ち敵の右前臂(ひじ)を下方より切るも続いて敵前進し来るを以って後退して切り更らに敵の後退するを進んで切るのであって此際敵は倒れたりとするのである。」(太田龍峰著 居合読本より)
 この業で、敵の右前臂を切り上げるのですが、更に攻め込んで来るので我は後退して敵の正面を切っています。敵が後退するのを追って再び正面を切る。と云う事でどうやら左袈裟が見られません。
 第十本目にやはり「敵抜かんとするのを右前臂を下方より切り、左足より二歩前進し敵の正面を切る。刀を青眼の儘で、刀を敵に突きつける姿勢で二歩前進す。刀を上段にして残心を示す、刀を青眼に復してこれを収む。」
 この方が、参考になる様ですが、制定委員に神道無念流の先生は含まれていませんし、中山博道先生も既に意欲を失っている時期ですから何とも言えません。
 全日本居合道刀法の「刀の反りを一杯に返して(抜きつつ)刀刃を下から敵の右腋つぼに右斜に斬上げ・・」ですから右胴下から切先三寸位で腋窩に抜き付け、斜めに切り上げ、抜上げるとするもので、より深く斬り込んで行く様な事は、不要でしょう。この一刀で敵は致命傷になってしまいます。
第七代会長の「切上げ」
◎剣理は配布時の意義とほぼ同じです。
 「敵が真向上段に抜き上げて仕懸けんとするを、我れ其の右腋つぼ(腋窩(えきか))に下から斬り上げ、直ちに双手上段から敵の左袈裟に斬下ろして勝つ意也」
◎術理は腋窩への切上げは右胴下から斜めに斬りあげる。
 「・・刀を鞘ごと少し我が進行方向正中線と平行に出しながら、柄頭を床面と平に敵の右胴下に向わしめつつ、我が腰を少し左に捻りながら刀刃を上にして、物打ち手前迄抜き付けて行く。
 物打ち手前に至らば、刀刃を鞘諸共外に返し刀刃の反りを下に一杯に返しながら抜き込み、一杯にかえった瞬間、敵の右胴下より右腋つぼにかけて右斜めに斬り上げる
 腋窩に抜き付ける事がポイントですが、これはかなり鋭角な斬りあげです。よく見かけるのは右胴下から左首元又は左肩下への切り上げです。腋窩は脇の下の窪みでしょう。これでは指定された所に刀刃は斬り付けられません。
 それも、物打ちからさらに深く切り込んでいますがさて腋窩への切上げの意味が理解出来ているのか疑問です。
 切り上げた刀刃、右斜め上方、40~45度に傾き、切先は進行方向に平行、刀身は床に平、右拳は肩より二拳位上。と会長により指定されています。
 拳が高く頭上を越えているのをよく見かけます、或は角度が浅く流れてしまっている。
 左足は60度位開き、半身の切り上げと第七代会長の解説書は指定していますが、現在は、鋭角に切上げる事を強調するため、左足は90度を超える程に開き、上体を開いて伸び上がる様に右入身に近い半身となります。
 「左足を少し進めながら双手上段となり右足を踏込んで敵の左袈裟に下段まで斬り下す。」
 左袈裟に斬り下すには、まず、斬り上げた刃筋の通り切先を下げ、左踵を正面に向け直し、右足踵まで引き寄せ双手上段になる。
 我が右足を敵の正中線に踏込み、右半身で敵の左肩口(左肩下一寸位)より水月を通して右胴下敵の右膝まで斜めに斬り下す。
 是も現在では、右入身に近い左袈裟切りですから、斬り下した柄手の左拳は右骨盤上一拳前、切先は敵の右膝線上に位置し、左へ流さない。切先が流れないコンパクトながら鋭い運剣法と云えます。
 上段から右に柄手を振って左袈裟切りするのを、第七代の講習会では上段にとった柄頭を前方に押し出す様にして右足を踏み出すと共に体を左に披いて右肩下に斬り下す。
 この左袈裟の運剣も敵左肩下に切先三寸程の処を斬り込みさらに深く斬り込む様な指導者もいますが、畳を両断するような剣捌きは不要です。
 居合は真剣による刀法であって、浅く勝べきで、見栄えの良い殺陣の踊りでは無いのです。
 
 
 
 
 

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曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事3小具足4瀧返

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10.夏原流和之事
3)小具足
四本目瀧返
瀧返
 如前胸を取を我も前能如く其手首を取り右の手をひぢ二懸う津む介耳横へ伏セる也
読み
瀧返(たきかえし)
 前の如く 胸を取るを 我も前の如く其の手首を取り 右の手をひぢに懸け 俯けに横へ伏せる也
参考 「如前胸を取るを 我も前能如く其手首を取り」 は三本目先手 及び二本目剱當詰を
 参考にします。「相手左の手二亭我可胸を取る」で同じです。
 次の動作では、二本目剱當詰は「我可左の手二亭其手首を取」、三本目先手では「我可右の手二亭相手の手首を取」で相手の左手首を取る我が左右の手が変わります。
 此処では「如前」を優先すれば、三本目先手の「我可右の手二亭相手の手首を取」でしょう。
読み解く
 前の如くは、三本目先手の前の二本目劔當詰まで戻ります。
双方八文字に座し、相手腰を上げて右足を踏み出し左の手にて我が胸を取る。次の「前の如く」のここは三本目先手の様に我も腰を上げ右足を踏み出し我が右の手で相手の左手首を取り、右手のひじを相手の左手のひじに懸け左足を引いて相手を右脇にうつむけに横に伏せる。

 業名は「瀧返」これは、たきかえしえと読めばいいのでしょう。業名から動作のイメージが浮かんできません。文字を読んで頭に入れて体裁きをしていたのでは瀧返しにならないのでしょう。それと相手がゆるゆると我が胸を取るのであれば瀧とも言えません。相手も瀧が落下する如き動作があればそれを拍子に返すイメージも浮かびます。
しかし、強く早い動作ばかりが良いとは言えません。相手も何気なく我が胸を取るとされた場合の動作もありうるので課題です。

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2017年7月25日 (火)

刀法の解釈の5全日本居合道刀法解説(1)正座ロ前後切

刀法の解釈
 
5)全日本居合道刀法解説
 
配布時の解説
 
(1)正座
 
ロ)前後切
◎意義
 敵我が真向に斬込み来るを受流すや顔面に双手上段から斬付け、直ちに後敵の真向に斬下し、更に前敵の真向に斬下して勝つ。
◎動作
 腰を上げ爪立つや刀を頭上に抜き上げ左斜下に敵刀を受流し直ちに双手上段となり右足を踏込みて前敵の面部に斬付けるや、膝を浮かして爪先にて左廻りに後方に向きつつ双手上段から右膝を床につけるや、後敵の真向から斬下し更に右廻りにて正面に向き直り、双手上段から左膝を床につけるや前敵の真向から斬下す。中段に直りて残心し刀を右に開いて納刀する事同前。
 二本目「前後切」は無外流の五用の二本目「連」より組み立てられたと言われます。
 
無外流居合兵道「連」
理合:前後に敵を受けた場合で、先ず前敵の眉間に諸手で抜きつけ、後ろを振り向くや、後敵を真向に斬り下ろして仕留める。
方法:両足の爪先を立て腰を上げると共に刀を上方に抜き上げる。
 刀を抜き上げる共に左手を柄にかけ、諸手上段となり、右足を踏み出して眉間に斬りつける。
 両膝を浮かし、直ちに左方から後方に向きを換えつゝ上段となり、向きを換え終るや真向に斬り下ろす、切先は床上五寸位。
 残心、納刀以下前に同じ。
 敵は前後ですが、正面の敵に再び斬り付ける事はせずに終わります。「全日本居合道刀法」は、「敵我が真向に斬込み来るを受流すや顔面に双手上段から斬付け」後ろに振り向き真向に斬下し、前敵に向き直って再び、真向から斬り下ろします。
 前後に囲まれた場合、前敵が先に抜き上げて真向斬り込んで来るのを受け流し、浅く斬り付け戦意を殺いでおいて即座に後ろに振り向くのであって、深く斬り込んでしまっては、刀が抜けず、浅く切る事は鉄則です。
 後に振向き後敵の状況を即座に判断して真向に打ち下ろすと解釈できます。後ろ敵は刀を抜き上げ真向に打ち込んで来るならば「合し打ち」「切り落とし」が有効です。再び前に振り戻って前敵を真向から斬り下ろしています。充分斬っているならば前に振り返る必要は無いし、真向から斬り下ろす必要も無いでしょう。
 中川先生の無外流の「連」は、我が方から仕掛けて前敵を制し、後ろに振り向き真向に斬り下ろし残心です。
 この全居連「刀法」のポイントは、受け流すや顔面に双手上段から斬付ける、と、後に振り返って斬り下ろす、再び前敵に向かうその方向転換の足捌きと、体裁き、刀捌にある筈です。
 無外流の「連」では「爪先を立、腰を上げると共に刀を上方に抜き上げる、刀を抜上げる共に左手を柄にかけ、諸手上段となり・・」で受け流しの意識は文章には見られません。
 然し中川先生の写真の動作は、刀を正中線上を体に近く刃を外向けて上に抜上げています。
 左手を鞘引きすれば切先は左に稍々振られ、左肩を覆う様になる筈で見事です。
 敵の斬り込みを受け流せば、敵との間合いは自ずから近く敵が退かんとする前に眉間に抜き付けるとすれば、上段から大きく振り下すのでは理に合いません。
 我が切先で敵顔面を引き切る位の運剣でしょう。当然両肘は屈む事になり、引き切った切先は敵の喉元で中心を取っているべきです。
 土佐の居合の教えに、「敵に囲まれた時は一人宛て深々とズンと斬っていては遅れをとる、居合の大事は浅く勝事肝要也、ビクとさせておいてその隙に一人づつ斬っていく(英信流居合目録秘訣上意之大事)」と言う教えがあります。
 受け流すに当たっての抜き上げについて、無双直伝英信流居合道覚書を書かれた南野輝久先生は「刀刃を左15度外側に傾けて、柄頭を正中線(額)に沿って静かに鞘引きしながら切先3寸(9cm)まで抜き上げ、切先3寸(9cm)から鞘を引き落し、切先が外に撥ね上らぬように抜上げる。抜き上げると同時に爪先立ち、右手首を直ちにその場で右に返して上段・・」と書かれています。切先は左体側より外に出ていなければ受け流しは不十分です。
 第7代会長の刀法解説では「受け流す為に抜刀する時、右柄手を顔前を通して、刀刃を外懸け(外に倒す)にしながら払いあげる様に抜き取り敵刀を左斜め下に擦り落す様に受け流す」と明快です。右柄手を返し、左手を正中線上を上げて諸手上段に振り冠り、顔面に斬り付ける。
 ある地区の講習会では深々と敵の頭上に斬り付ける指導を当たり前の様にしていますが顔面に斬り付けるのであって両手が充分伸びた打ち下しでは無いでしょう。河野先生、福井先生の動画も顔面では無く深々と斬り付ける様に見られます。
 方向転換の動作で、すっくと立ち上がって方向転換し立ったまま斬り下ろし、後膝を床に着く動作が目に付きます。
 此処は、「膝を浮かして爪先にて左廻りに後方に向きつつ双手上段から右膝を床につけるや、後敵の真向から斬下し更に右廻りにて正面に向き直り、双手上段から左膝を床につけるや前敵の真向から斬下す。」であって腰は挙げず浮かすようにして廻り、床に膝を着くと同時に斬り下ろすのがポイントでしょう。
 回転の足捌きは、敵との間合いを変えない様に体軸がぶれない足裁きをすべきで、爪先、踵の足裁きを工夫すべきです。
 会長の解説では、「左廻りする時、両足爪先にて廻切れば振り向きたる時一足分だけ後ろに下がる」とされています。「右足は爪先にて廻り、左足は踵にて廻る」とされています。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事3小具足4瀧返

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10.夏原流和之事
3)小具足
四本目瀧返
瀧返
 如前胸を取を我も前能如く其手首を取り右の手をひぢ二懸う津む介耳横へ伏セる也
瀧返(たきかえし)
 前の如く 胸を取るを 我も前の如く其の手首を取り 右の手をひぢに懸け 俯けに横へ伏せる也
参考 「如前胸を取るを 我も前能如く其手首を取り」 は三本目先手 及び二本目剱當詰を
 参考にします。「相手左の手二亭我可胸を取る」で同じです。
 次の動作では、二本目剱當詰は「我可左の手二亭其手首を取」、三本目先手では「我可右の手二亭相手の手首を取」で相手の左手首を取る我が左右の手が変わります。
 此処では「如前」を優先すれば、三本目先手の「我可右の手二亭相手の手首を取」でしょう。
 
 

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2017年7月24日 (月)

刀法の解釈の5全日本居合道刀法解説(1)正座イ前切

刀法の解釈
 
5、全日本居合道刀法解説
配布時の解説
(1)正座
 
イ)前切
 
◎意義
 前敵の仕懸けんとする其の腕部又は顔面に抜付け(斬付)、直ちに双手上段より真向に斬下(打下し)して勝つ。
◎動作
 右足を踏出すや敵の腕部又は顔面に横一文字に斬付け、直ちに双手上段となり敵の真向から斬下す。
 残心し刀を右に開きて納刀しながら右足を左足に引き付け爪立ちたる踵に臀部をおろし納刀し終る。次に右足より前に一歩踏込みて立ち、左足に右足を引付けて元の位置に正座し次の業に移る。
*
 この配布時の意義はともかく、動作は如何様にも解釈できる大らかなものです。「右足を踏出すや敵の腕部又は顔面に横一文字に斬付けだけですから半身でも正対していてもいい筈です。英信流もどちらも行われていたもので下村派は半身、谷村派は正対などと云う人もいますがどちらも行われています。これでは配布されてもどうしたらよいか迷ってしまうでしょう。
真向斬り下ろしも、振り冠りや斬り下ろしの刀を止める位置なども特定できません。
 昭和34年1959年発行の無外流の中川申一宗家著「無外流居合兵道解説」に写真付きで刀法解説がみられます。
 横一線の抜き付けは半身の抜き付け、振り冠りは切先上りに45度、斬り下ろしは敵の水月辺りでしょう。血振りは切先下がりです。
全居連刀法として制定されても、業の動作の統一までは出来ていなかったと言えるでしょう。
全居連第七代会長の解説
剣理
 我が前に座せる敵が、我れに仕懸け来らんとする気配を我れ察知し、敵の機先を制して其の上腕部又は頸部或いは顔面に横一文字に、我が方の左より右へ斬り付け、直ちに双手上段より真向に斬り下ろして(打ち下ろして)勝つ意也。
制定時の業解説における「意義」が「剣理」に替えられています。言い回しも微妙です。
術理(動作運用)
 術理のポイントを押えてみます。
 無外流の中川申一先生の抜き付けが半身の抜き付けに見える写真でした。
 第7代会長の抜き付けは、踏み立てた右足は膝が直角で、下腿が床面に垂直、左足膝も床面に直角です。
 水平に斬り付けた時、上体は正面に正対、右拳は肩の高さ、正中線に対して右外45度位、刀刃は水平に右向き、進行方向と平行、切先やや下がるも可。
 振り冠りは約45度切先下がり、尾骶骨に接したり、浅く水平は不可。
 斬り下ろしは柄頭は臍前緩く一拳にあり、切先は床上七~八寸(20~25cm)。踏み立てた右足大腿内側にすれすれ。
 鍔は右膝の線・右膝の高さ。斬下した時の目付は1m50cm位の前方を見る。と細部にわたり特定されています。
 諸手上段となり斬下す際、横一線に斬り付けた足の位置を其の儘に斬り下ろすとする文言が抜けていますが、更に踏み込む等の動作を要求していませんから、抜き付けた足の位置を変えずに斬下す、となります。
 無双直伝英信流正統会の居合をされる人には自然に出来る動作ですが、他派や他流の方には自流と異なる動作の基準が特定されて慣れませんと動作が単純なだけに戸惑います。
 無双直伝英信流正座の部の一本目「前」と立膝の部「横雲」の混合で組み立てられていますが、あくまでも「刀法」として把握するものでしょう。
 制定居合は居合の統一を求める様に進化して行くのは全剣連も同様です。夢想神傳流のある会派は、理由はともかく自流の半身の抜付けを正対の抜付けに替えておられる様です。
 あまり制定居合に依る統一理論が先行しますと、流派の掟が失われてゆくのも竹刀剣道で多くの流派が消えてしまった事でも想像されます。
 すでに数えるほどしか残っていない居合の流派がさらに消えていくなど寂しい限りです。経済学のグレシャムの法則に云う「悪貨は良貨を駆逐する」の法則の様です。市場を席捲しているものが本物かどうか疑わしいかも知れません、反面本物が秘められて伝承が途絶え消えて行ったのでは日本の武道文化もどうなるでしょう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事3小具足3先手

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
3)小具足
三本目先手
先手
 如前胸を取り我右の手二亭相手の手首を取相手短刀を抜んとする処をす具耳右の手を相手の胸耳押當足を込ミ亭阿をの希ニ倒す
読み
先手(さきて・せんて・せんしゅ?)
 前の如く胸を取る 我が右の手にて相手の手首を取る 相手短刀を抜かんとする処を 直ぐに右の手を相手の胸に押し当て 足を込みて仰のけに倒す
参考
 如く前胸を取る
 「相手左の手二亭我可胸を取る・・」
読み解く
 双方向かい合って爪先立ち左の膝を付き右の膝を浮かせて八文字に座す時、相手が腰を上げて我が胸を前の剱當詰のように左の手で取る。
 我右の手で相手の左手首を取る。相手は右手で短刀を抜こうと柄に手を掛ける処、我はすぐに右の手を相手の胸に押し当て、右足を踏み込んで相手を仰のけに倒す。

 此の業も、相手の仕掛けてくる動作にすぐ応じて機を外さない事がポイントでしょう。相手が短刀を抜こうと手を柄にかけるまでに踏み込むことが大切で、抜いてからでは当然のことながら危険です、「相手短刀を抜んとする処」です。
 相手は左手で我が胸を取り右手で短刀を抜こうとしています。
我は相手の左手首を右手で制し、尚且つ短刀を抜こうとする際再び右手で相手の胸に押し当てて居ます。
 左手の役が何も語られていません。左手は相手の小太刀の柄又は柄を取った相手の右手を制し相手の柄を抜かさない様に押し付けるのも研究課題です。
 

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2017年7月23日 (日)

刀法の解釈の4解説の比較

刀法の解釈
 
4、解説比較
 
Ⅰ)昭和52年1979年「全日本居合道刀法」配布時の解説
(1)礼式
◎平常坐したる時は、刀の下緒は輪にたばねて、刃を内側に向け鐺を後方に、鍔が膝の線にある程度にし右側に置く。
◎始礼(神座並に刀に対する礼)
1、刀を下緒と共に右手に、拇指を鍔に懸けて栗形の部を握り、右腰に鞘を約45度位に刃を上にして堤げる。
2、演武の場所に進みて正坐し、刀を膝の前約1尺程の処に鐺を右に柄を左に刀刃を我が方に向けて下緒を刀の向ふ側に添へて静かに置く。
3、次に前に両手をつき両食指と拇指を接して三角形を作り深く頭を下げる。
4、礼を終りて右食指を鍔にかけて刀を把り、体の中央膝の前方に立て、左手を鞘の下方三分の一程度の処にかけて鐺を持ち上げ腰に帯刀す。
 此時下緒は後に鞘にかけ、柄頭は体の中央にある程にさす。
◎終礼は前記の始礼を略逆行する。
◎正座の姿勢は、膝は肩の巾、足は深く重ねず拇指を重ぬる程度とする。
(2)血振
 血振いは斬下した(又は正眼に直った)右拳の位置から右側約1尺切先下りに刃を右にし(刃は少し下向けに)正面の線に並行に開く。
Ⅱ)平成15年2003年第七代会長の全日本居合道刀法解説
 
 「神座の立礼をせずに座礼を以て神座の礼とする」。が原則です。
 刀法から始める演武は神座の立礼をしなくともよい筈ですが、現在では、第7代会長の解説では左手に刀を提げて演武場所に進み、刀を右手に持ち替え神座への立礼を行います。
 刀を左手に再び持ち替え、会長に礼をし、その腰に提げたまま演武の方向に向き直って座し、刀礼をし帯刀しています。
 「礼を終りて右食指を鍔にかけて刀を把り、体の中央膝の前方に立て、左手を鞘の下方三分の一程度の処にかけて鐺を持ち上げ腰に帯刀す」は、第7代会長の解説では鞘の三分の一では無く刀の三分の一と変わっています。
 「下緒は後に鞘にかけ、柄頭は体の中央にある程にさす」については下緒は鞘の上から懸けて後ろに垂らす様に読み取れますが、現行では下緒が長い事も有り前に廻して左側で袴の紐に掛ける様にしています。
 ある地区の記念に配られた下げ緒が180cm程で短く、丈高く業によっては下緒が邪魔になります、後に垂らしただけでいますと、必ず前に廻し袴の帯に懸ける様に言う物知り顔のもの知らずが声を掛けています。だったらもっと長い下緒を配布すべきだったでしょう。
 神座への礼を全居連の演武で行うのは、刀法以外の自流の業も演じるためか、配布時の解説とは変わっているのか、刀法のみの場合にのみ適用されるものなのか明解な指導を受けた覚えはありません。
配布「◎平常坐したる時は、刀の下緒は輪にたばねて、刃を内側に向け鐺を後方に、鍔が膝の線にある程度にし右側に置く。」
 会長解説も同様であり、補足として「鐺を後方にして我が正中線と平行に置き、且つ座したる右大腿より約六~七寸(約20cm位)外側に置く。刀の下緒は三等分して輪に束ね、我が右側に置きたる刀の棟側に添えておく。」
 
 ある地区の前地区会長の場合は袴を見事に左右に蝶の羽の様に広げて座り、広がった袴の上に刀が置かれています。
 武術の心構えを欠いており、袴を踏まれたり、刀を手にする前に立ち上がれば刀は転がってしまいます。武術は見栄えを競うものではないでしょう。小さな心構えが伝わって来なければ、立派な解説書を出されていますがこの写真一枚ですべての解説が偽物に見えてしまいます。
配布「◎始礼(神座並に刀に対する礼)」
「1、刀を下緒と共に右手に、拇指を鍔に懸けて栗形の部を握り、右腰に鞘を約45度位に刃を上にして堤げる。」
 
「2、演武の場所に進みて正坐し、刀を膝の前約1尺程の処に鐺を右に柄を左に刀刃を我が方に向けて下緒を刀の向ふ側に添へて静かに置く。」
 配布の時の堤刀は右手に提げている様に制定され、そのまま演武の場所に座して刀礼の体勢を整えたのでした。
 第7代会長の解説では、刀を下緒と共に左腰に左手にて提げ、演武の場所に至り、その場所で右手で袴の裾を払う様に捌き、左膝より床に着き、次いで右膝を着き正座する。
 左手は刀を握り、左腰に把り、右手は大腿部の上に置く。
*
 配布時「血振いは斬下した(又は正眼に直った)右拳の位置から右側約1尺切先下りに刃を右にし(刃は少し下向けに)正面の線に並行に開く。」ですが、第7代会長は刀及び刀刃は床に水平を最も良いとされています。
*
 第七代会長の所作の幾つかは、それまで配布時の所作をそれとしてきた先生方には戸惑いもあったと思われます。
 どちらかというと無双直伝英信流正統会の所作に近づいてしまったと言えるでしょう。
 
 
 
 
 
 

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曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事3小具足3先手

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
3)小具足
三本目先手
先手
 如前胸を取り我右の手二亭相手の手首を取相手短刀を抜んとする処をす具耳右の手を相手の胸耳押當足を込ミ亭阿をの希ニ倒す
読み
先手(さきて・せんて)
 前の如く胸を取る 我が右の手にて相手の手首を取る 相手短刀を抜かんとする処を 直ぐに右の手を相手の胸に押し当て 足を込みて仰のけに倒す
参考
 如前胸を取り・・
 「相手左の手二亭我可胸を取る・・」

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2017年7月22日 (土)

刀法の解釈の3書き出し比較

刀法の解釈
 
3、書き出し比較
Ⅰ)昭和31年1956年制定時の書き出し(河野百錬著 居合道真諦)
1、形の名称  全日本居合道刀法
2、礼 法    神前の立礼をせず坐礼を以て神座への礼とする
3、発 聲    各業の最後の一刀を斬下す時エイと発聲する
4、業の名称  正座二本立業三本の五本を以て編成する
    正座=イ前切(英信流) ロ前後切(無外流)
    立業=イ切上げ(神道無念流) ロ四方切(水鴎流) ハ切先返し(伯耆流) 
5、血振い    各業の終りに刀を右に開きて血振いをする
Ⅱ)昭和52年配布時(昭和52年5月1日配布)全日本居合道連盟 配布)
1、形の名称  全日本居合道刀法
2、礼 法    神前の立礼をせず坐礼を以て神座への礼とする
3、発 声    各業の最後の一刀を斬下す時エイと発声する
4、業の名称  正座二本立業三本の五本を以て編成する
    正座=イ前切(英信流) ロ前後切(無外流)
    立業=イ切上げ(神道無念流) ロ四方切(水鴎流) ハ切先返し(伯耆流) 
5、血振い    各業の終りに刀を右に開きて血振いをする
 
3、発聲を発声と改められている。それ以外同文。
Ⅲ)平成15年発行「全日本居合道刀法解説(第7代会長池田聖昂先生著)
 
1、形の名称  全日本居合道刀法
2、礼 法   :神前の立礼をせず刀の座礼を以て神前の礼とする。
3、発 声   :各業の最後の一刀を斬下す時「エイ」と発声する。
4、業の名称 :(正座二本立業三本の計五本を以て編成する)
    一本目 前切(正座)(英信流より) 
    二本目 前後切(正座)(無外流より)
    三本目 切上げ(立業)(神道無念流より) 
    四本目 四方切(立業)(水鴎流より) 
    五本目 切先返し(立業)(伯耆流より) 
5、血振い   :各業の終わりに刀を右に披いて血振いをする。
 現代漢字に改め、部分的に括弧等によりわかりやすく構成されています。基本とする内容に特に替えられたと思えるところは見当たりません。
 
 実施するに当たっての解説書ですから、現代風に漢字を改めるのも当然でしょう。業について正座と立業に分けて書かれてあったものを、業名の後に正座か立業かを表現され、業の順番も明確に特定されています。
 制定時、「正座=イ前切(英信流)」の表示であったものを「一本目(正座)(英信流より)」の表現の違いは、業を演じる場合の順番を特定し、その業は特定の流を採用した表現から特定の流の業から「いじって」制定した様に読ませています。
 例えば、「前切」は正座でこれは無双直伝英信流の正座の部であり大森流です。英信流であれば立膝です。血振りは英信流を採用しています。
 
 

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曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事3小具足2剱當詰

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
3)小具足
二本目剱當詰
剱當詰
 相手左の手二亭我可胸を取る我可左の手二亭其手首を取る相手小太刀を抜て下を突くを左の膝を少し立帰りてはづし右の手二て突手を打落引伏セ堅
読み
剱當詰(つるぎあてつめ・けんとうつめ・けんあてつめ・?)
 相手左の手にて我が胸を取る 我が左の手にて其の手首を取る 相手小太刀を抜いて下を突くを 左の膝を少し立て帰りて外し 右の手にて突き手を打ち落し引き伏せ堅む
読み解く

 この「剱當詰」はどう読むのでしょう。「けんとうつめ」「つるぎあてつめ」わかりません。
双方八文字に爪先立ちして坐す処、相手より左の手を伸ばして、我が胸を取る、我は即座に左手で相手の左手首を取る、相手小太刀を抜いて「下を突く」は左膝に突き込んでくるので左膝を「立帰りてはづし」は、左膝を少し左後ろに引いてこれを外すや、右手で相手の突き手を相手の左手を越して打ち落とし、相手の左手の肘に右手を掛けて左脇に引き伏せ固める。

 「立帰りてはづし」の部分を突き込んでくるのでこれを、左膝を後ろに引いて外してみましたが、立て帰るようには見えません。左膝は元々床に着いている、胸を取られた際右足を踏み込んでいるか、・・どのようにするでしょう。
 小太刀を抜いて下に突き込んで来るのを、相手の左手首を握ったまま左手を上に上げ右手で相手の手首を打ち落し、左手を引き下ろして右手を肘に付けて引き伏せ堅める。

古伝は何も示していません。

 この業は、相手の動作に即座に応じるのであって、我から先をとっているようには見えません。組み合って互いに研究するよい例題でしょう。

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2017年7月21日 (金)

刀法の解釈の2制定

刀法の解釈
 
2.制定
 
 全日本居合道連盟の刀法の制定について河野百錬先生の昭和37年1962年発行の「居合道真諦」から当時の制定委員及び承認された方達を見てみましょう。
 当時のそうそうたるメンバーによって編成され承認されたもので、其の儘掲載させていただきます。
全日本居合道刀法  百錬述
 全日本居合道連盟は、昭和31年9月18日総会の決議に基き、昭和31年10月7日大阪市四天王寺に於て、各流の師家に依って居合道形制定委員会を開催し、各流より初心者の学び易き最も基本的且つ簡易な業を選び、茲に多年の懸案たりし全日本共通の居合道形を制定し斯道の普及発展に寄与する事となった。
1、形制定月日  昭和31年10月7日制定
2、制定委員
  英信流(長谷川流大森流) 
   範士 河野百錬
   範士 寺井知高
   範士 福島小一
   範士 千葉敏雄
   教士 斎木賢司
  伯耆流
   範士 大野熊雄
   範士 吉沢一喜
   範士 小石昌範
  水鴎流
   宗家 勝瀬光安
  無外流
   宗家 中川申一
 
◉ 編成された形の承認を得たる欠席委員左記
  神傳流
   範士 中山博道
  柳生流
   宗家 柳生厳長
  一刀流
   宗家 笹森順造
  力信流
   範士 大長九郎
  英信流
   宗家 福井春政
   範士 政岡一実
   範士 松田栄馬
   教士 大塚 維
 この制定委員と承認者の面々は戦後の居合道に大きく貢献された先生方で、全日本居合道連盟の輝かしい時代でもあったと思われます。
 全日本剣道連盟が創設され其処に居合道部が新設されたことによって、剣道をするなら全剣連の居合道部へ入れ、と言う様な強引さで全日本居合道連盟は多くの流派と人材を全日本剣道連盟に割かざるを得なかったと推察されています。
 
 竹刀剣道をスポーツに陥らない様に真剣を持っての居合が併設されることに期待感も大きかったと思いますが、竹刀剣道がルールによる打突の判定であれば、どの様にもがいても勝ち負け優先のスポーツに深入りせざるを得ないでしょう。
 真剣を持っただけで、スポーツらしい当てっこ剣道を、真剣による武道の術理と精神性を残して日本のお家芸として存続させる必要はあるのでしょうか。
 如何なるスポーツであっても、究極の処は、心身の全てを駆使し、弛まぬ努力によって勝ち負けを極めるとこでは、精神と鍛え上げた体を駆使する居合とも通ずるものです。
極めようとする極め人は、どの種目においても極める心は同じと思います。
 
 居合の各流派の宗家筋が全剣連の段位に拘る理由はないと思います。同時に全居連に転向して全居連の段位に拘る理由も無いと思います。
 何が何でも、連盟基準に到達し連盟段位が宗家の格をあらわし、其の価値が流派の免許皆伝以上のものであるとするならば、審査基準や審査員の他流にも秀でた知識、実技の資質が要求されてしかるべきでしょう。
 それにしても、全居連の刀法の制定委員と承認者には改めて眼を見張ります。次回以降は実技について、制定時の解説を基に、取り入れた流の基の業を確認し、現代の全居連会長によって指導される業技法の解説を対比し、ある地区の指導者の業技法との整合性を確認して見たいと思います。
 何時如何なる時代においても、同一人が年を経て常に寸分狂わぬ動作など出来るわけも無く、年と共に進化する事は当然でしょう。然しその元になる事の解釈が変化すれば習う者は何をベースにすべきでしょう。
 全居連会長が現在推奨する業技法以外に有り得ない、とするのが全日本居合道刀法の根本原則です。
 指導された通りに出来ないのは、未熟以外の何物でもない事に気が付くべき事です。刀法は各流派から取り入れたものであって其の儘でもなくその心も引き継いではいないと認識し指導されたままの形にあくまでも拘るべきものです。
 全居連に所属し、当代会長の指導を請け其の通りに演じていますと、地区の指導と違うと言う叱責が飛びます。
 流派の業技法に於いては個人的見解も有り得ましょうが、刀法には制定時の解説のままに全居連の最新号の会誌の「刀法の要点」に従い実施すべきです。
 そうでなければ、流派によりばらばらとなって、他流派も認め得る「全日本居合道刀法」にはなりえません。
 不明な処は毎年、当代会長によって行われる「刀法講習会」に参加し直に学び修正をしてゆくものであると思います。
・ 
 此の事は、制定時の河野百錬先生、福井聖山先生、池田聖昂先生の刀法の演武を同時に拝見しても、業の解釈に違いはなく、個人差による動作の範囲での違い以外に取り立てるものでは無いと思います。
 習い覚えた前会長の動作の癖が抜けない様な事では、武術を極めるなどおこがましい事です。
 まして刀法の解説の独創は許されるべきでは無いと思います。
 
 

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曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事3小具足2剱當詰

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
3)小具足
二本目剱當詰
剱當詰
 相手左の手二亭我可胸を取る我可左の手二亭其手首を取る相手小太刀を抜て下を突くを左の膝を少し立帰りてはづし右の手二て突手を打落引伏セ堅
読み
剱當詰(けんあてつめ・けんとうつめ・?)
 相手左の手にて我が胸を取る 我が左の手にて其の手首を取る 相手小太刀を抜いて下を突くを 左の膝を少し立て帰りて外し 右の手にて突き手を打ち落し引き伏せ堅む

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2017年7月20日 (木)

刀法の解釈の1序

刀法の解釈
 
1.序
 指導者が変われば業技法の些細な処は変わっても何ら不思議はないし、幾つかは手直しされて進化していくのも何ら不思議でも無いと思います。
 習う者は指導者の教えは現在の指導者に随うのも当然のことで何らおかしい事でもありません。
 
 今回の課題は全日本居合道連盟が昭和31年1956年10月7日に制定、昭和52年1979年5月1日配布の「全日本居合道刀法」の解釈が年を経てある地区では変化している事を分析して見たいと思います。
 そこの多くの高段者は第21代福井聖山先生から講習を受けられています。刀法は意義及び動作は制定時昭和31年当時と変わらず、この改変があるとすれば公に示されたものは全日本居合道連盟第7代会長池田隆聖昂先生による「全日本居合道刀法解説」に見られるもの、あるいは福井聖山先生のビデオによる動作によるものと思います。
 ビデオは、たとえ福井先生の映像であっても、思い通りに演じられないのがどんな達人でもあり得ることで、又ビデオを見て学ぶ者の力量が達していなければ「癖」ばかりを頼りにしてしまうものです。
 次回より数回に分けて、全日本居合道刀法についてその成立過程から五本の業を制定時の解説を基に、現会長の解説書をベースにおいて、ある地区の指導者との違いを整理しておきたいと思います。
 
 ちなみに全日本剣道連盟の制定居合以前にこの全日本居合道刀法は当時のそうそうたる先生方によって編成され当時の日本を代表するような先生方の承認がなされています。
 以後、この解説は、第7代会長によって解説書を出され現代風の文言に改められ、懇切丁寧な解説がされています。
 制定当時の内容は昭和52年配布の際も制定時の儘であり、文言や整理の仕方の改変が微妙に編成時とずれる可能性もあろうかと思いますが、その文言や整理がどのように承認をされたのか手元資料からはわかりません。
 不勉強な部分は、識者の叱責とご指導を賜りたいと伏してお願い申しあげます。
 
参考資料は以下のものを使用させていただきます。
昭和9年1934年発行
       太田龍峰著 「居合読本」
昭和12年1937年年発行
       白石元一著 「大森流長谷川流伯耆流居合術手引」
昭和13年1838年発行
       山内豊健・谷田左一著 「図解居合詳説」
昭和34年1959年発行
       中川申一著 「無外流居合兵法解説」
昭和37年1962年発行 
       河野百錬著 「居合道真諦」
昭和42年1967年再版
       河野百錬著 「大日本居合道図譜」
昭和46年1971年再刊
       川久保瀧次著 「無双直伝英信流居合道の手引」
昭和49年1974年発行
       政岡壱實著 「無双直伝英信流兵法 地之巻」
昭和52年1979年配布 
       全日本居合道連盟「全日本居合道刀法」
昭和55年1982年発行
       平井阿字斎著 「居合道秘伝」
昭和56年1983年発行
       紙本栄一著 「詳解 全日本剣道連盟居合」
平成15年2003年発行 
       第7代会長池田聖昂著 「全日本居合道刀法解説」
平成15年2003年再版
       近代剣道書選集 より江島敬隆著 「伯耆流居合術教本」
平成16年2004年発行
       南野輝久著 「無双直伝英信流居合道覚書」
平成18年2006年発行
       甲斐国征著 「真伝無外流居合兵道
       甲斐国征泰心 「無外流居合兵道」DVD
 
平成19年2007年発行
       堂本昭彦編著 「中山博道剣道口述集」
 
曽田本その2 神道無念流居合
 
第十五代宗家勝瀬善光DVD 「瞬機一刀の理」
 
全日本居合道連盟 会誌 「刀法の要点」
 
第13回刀法講習会DVD
 
第14回刀法講習会DVD
 
三宗家による業の比較「河野百錬先生・福井聖山先生・池田聖昂先生」DVD
 
安永 毅 「伯耆流居合」ビデオ
 
平成10年1998年発行
       江坂静厳編 「居合道新聞抜粋録」
 
 

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曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事3小具足1呪巻

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
3)小具足
一本目呪巻
呪巻
 相手左の手二亭胸を取る右之手二亭短刀を抜胸二押當テたる時我左右之手二亭相手の両のひぢを打もぎす具耳相手の右之手首を取て一方の手を比ぢ耳懸てう津む希耳引伏セ堅める
読み
呪巻(のろいまき)
 相手左の手にて胸を取る 右の手にて短刀を抜き胸に当てたる時 我左右の手にて相手の両の肘を打ち捥ぎ 直ぐに相手の右の手首を取って一方の手を肘に懸けて 俯けに引き伏せ堅める
読み解く
 双方爪先立って左膝を床に付け臀部を踵に乗せ、右膝を立て両膝を開いた八文字に坐し相対する時、相手が腰を上げて右足を踏み込み、左の手で我が胸を取り、右手で短刀を抜いて我が胸に押し当てて来る。
 我はその時、腰を上げるや両手で相手の左右の肘を同時に打ち付けもぎ離すや、左手で相手の右手首を取り、右手を相手の右肘に懸け、左脇に引き伏せ固める。
 
 相手を打ち据えるのは我が右手で相手の左肘、左手で相手の短刀を持つ右手が自然でしょう。相手の右手を我が左右のどちらの手でどの様に取るのか、引き伏せるのは我が左側か右側かの指定も有りません。
 我が右手で相手の右手首を取り左手を相手の右手の肘に懸け右脇に俯けに引き伏せる事も出来るでしょう。
 呪巻の業名の名付けられたイメージが浮かばないのですが・・・。

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2017年7月19日 (水)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事3小具足1呪巻

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
3)小具足
一本目呪巻
呪巻
 相手左の手二亭胸を取る右之手二亭短刀を抜胸二押當テたる時我左右之手二亭相手の両のひぢを打もぎす具耳相手の右之手首を取て一方の手を比ぢ耳懸てう津む希耳引伏セ堅める
呪巻(のろいまき)
 相手左の手にて胸を取る 右の手にて短刀を抜き胸に当てたる時 我左右の手にて相手の両の肘を打ち捥ぎ 直ぐに相手の右の手首を取って一方の手を肘に懸けて 俯けに引き伏せ堅める

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2017年7月18日 (火)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事3小具足序

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
3)小具足
小具足 
両方足を爪立左の膝ヲ付キ右之膝ヲ浮ケテ折ル八文字二坐ス
読み
小具足(こぐそく)
 両方足を爪立 左の膝を付き 右の膝を浮けて折る 八文字に坐す
読み解く

 小具足の座仕方は、現在の立膝(居合膝)の座仕方のようですが、両足の爪先は立てていますので、いつでも変に応じられる体構えでしょう。
 「両方足を爪立 左足の膝を付き右の膝を受けて(浮かして)折る 八文字に座す」八文字は両膝の開いた姿を指しているのでしょう。
 現在の無双直伝英信流の立膝之部の坐し方は、左足は伸ばして、臀部を足の上に乗せ、右足は右側面を床に着け膝は立てて、両膝を開いて坐しています。
 爪先立った八文字の坐し方が、何時でも変に応じる体構えであるとすれば、現代風は休息の態勢でしょう、変に対しては爪先立てばよいものです。

 小具足とは簡単に
  1. 甲冑の鎧・兜・袖鎧以外のものを指す。籠手や脛当。
  2. 柔術・和のひとつ。
  3. 竹内流は、天文元年(1532年)、美作国一ノ瀬城主竹内中務大輔源久盛によって創始された。居合の始祖と云われる林崎甚助重信が神夢想林崎流を起こしたのが永禄二年1559年(居合振武会 林崎明神と林崎甚助重信より)です。
  4. 小具足術には最古の柔術流派と言われる、竹内流がある。開祖竹内久盛は「この術を身につければ、短刀を帯びたのみで小具足姿と同じように身を護れる」とした。

 神傳流秘書の書かれた時代が何時であったか明確ではないのですが、第九代林六太夫守政(寛文年1662年~享保17年1732年)によって土佐にもたらされ、第十代林安太夫政詡(安永5年1776年没)が覚書していると思われます。
 夏原流の発生は皆目見当が付きませんが、竹内流などから派生したのか、あるいは参考に組み立てられたのではないかと推察しています。
 それを第七代長谷川英信が林崎甚助重信公の居合に組み入れ第八代荒井勢哲が林六太夫に伝授したのであろうと思います。

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2017年7月17日 (月)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事3小具足序

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
3)小具足
小具足 
 両方足を爪立左の膝ヲ付キ右之膝ヲ浮ケテ折ル八文字二坐ス
読み
小具足(こぐそく)
 両方足を爪立 左の膝を付き 右の膝を浮けて折る 八文字に坐す
 
 

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2017年7月16日 (日)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事2立合11水車

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
2)立合
十一本目水車
水車
 行□り二(行違いに 曽田メモ)相手の胸を右の手二亭逆手二取左の手二亭相手の前の帯を取り組入扨相手突掛るを支ニ後能膝を突其拍子二我可右の脇へ那希る
 以上十一
読み
水車(すいしゃ)
 行違いに(?)相手の胸を右の手にて逆手に取り 左の手にて相手の前の帯を取り組入る 扨 相手突き掛るを機に 後の膝を突き其の拍子に我が右の脇へ投げる
 以上十一
 この業は正面から行き違う様ですから、原文の「行□り二」(行違いに 曽田メモ)としても良さそうです。
 「突掛るを支ニ」については河野百錬先生は「無双直伝英信流居合兵法叢書」では「突掛るを幸に」とされていますがここは「突き掛るを機に」が正しいと思います。
読み解く
 水車は、双方歩み寄って、行き違いに我から相手の胸を右手で逆手に取り、左手で相手の前帯を取って、相手が突っかかって来る拍子に後足を床に着いて身を沈め我が右脇に投げる。

 稽古では「逆手に取り」「前の帯を取り」のように取るは、つかむ、握る、抑える、触れるいろいろに解釈し「相手突掛るを機に後の膝を突其拍子に」を最も有効に利かせるものを手に入れるべきものでしょう。

 業名が水車ですから、この業は右脇に引き倒すのではなく、一回転させるように仰向けに投げ倒すのかもしれません。機を捉える拍子がポイントでしょう。

 前回の十本目追捕は後ろから行き過ぎる際に懸ける業、十一本目水車は前から行き違う際の業と考える方が自然でしょう。但し、この「立合」は「立合 皆相掛」と書き出しに有ります。
 そうであれば、十本目追捕は行き違って我は振り返り「相手の背中を我可両手二亭一寸突・・」でなければならないでしょう。然し其の前の九本目杉倒は「後より行亭相手の両の肩を我か両手二亭取り・・」です。さて・・・。「皆相掛り」では無いような・・古伝はおおらかに解釈しましょう。

以上で立合十一本は終了です。

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2017年7月15日 (土)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事2立合11水車

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
2)立合
十一本目水車
水車
 行□り二(行違いに 曽田メモ)相手の胸を右の手二亭逆手二取左の手二亭相手の前の帯を取り組入扨相手突掛るを支ニ後能膝を突其拍子二我可右の脇へ那希る
以上十一
読み
水車(すいしゃ)
 行違いに(?)相手の胸を右の手にて逆手に取り 左の手にて相手の前の帯を取り組入る 扨 相手突き掛るを機に 後の膝を突き其の拍子に我が右の脇へ投げる
 以上十一
 この業は正面から行き違う様ですから、原文の「行□り二」(行違いに 曽田メモ)としても良さそうです。
 「突掛るを支ニ」については河野百錬先生は「無双直伝英信流居合兵法叢書」では「突掛るを幸に」とされていますがここは「突き掛るを機に」が正しいと思います。
 
 
 

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2017年7月14日 (金)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事2立合10追捕

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
2)立合
十本目追捕
追捕
 後より行□り二相手の背中を我可両手二亭一寸突其儘下り足をを具りう川む介耳た於春
読み
追捕(ついぶ・ついほ・おいとり)
 後ろより行き違いに 相手の背中を我が両手にて一寸突 其の侭下り 足を送り 俯けに倒す
 「後より行□り二」は河野百錬先生の「無双直伝英信流居合兵法叢書」では「後より行違いに」とされています。
 曽田先生の手書きでは、次の十一本目の水車で同じ「行□り二」を「行違いに」と訂正メモをされています。前後の文字から「行き摺(摩)りに」と読むことも出来そうです。
読み解く
 この業は「追捕」ですから追いかけて行って捕える、という意味でしょう。
 相手の後ろから近づき「行□りに」は追い越す間際にでしょう、相手の背中を我が両手で一寸突いて、相手にはっとさせておいて、直ぐに身を沈めて相手の両足を掬い取って俯けに倒す。

 「行□り」は後ろから近づいて「相手の背中を我が両手にて一寸突」ですから「行違い」も「擦違い」も「追い越し」てもいないでしょう。□の草書が読めません。
河野先生は「行違い」と読まれていますが、「乱」の草体に近いですから「違」には当たりません。それに、後ろから歩み寄って背中を両手で一寸突く雰囲気は出せませんので、河野先生が無理やり読まれた「違」では手附が成立しません。

「を具り」は「送り」です。
河野先生の無双直伝英信流居合兵法叢書では「そぐり」と書いていますが曽田先生の直筆では、「を」を「そ」には読めませんのでここでは「送り」としました。
「おぐり」は、何処かの方言か既に死語となった意味不明な単語ですが状況から、掬い取る様にしてみました。

 古伝を原書のまま読んで少しは読みが解るかも知れませんが、当て字・癖字・誤字も有る筈です。
 荒井勢哲の口伝を、林六太夫が受け、林 安大夫が神傳流秘書として書き残し、それを山川幸雅が書き写し・・曽田虎彦が書き写しですから誤った文字も見間違い、聞き間違いもあるでしょう。
 業技法は、指導される方の体格、癖、力量や哲学にも依って様々に変わってしまいます。  文字は約束された形と意味を持つのですが楷書はまずまずですが草書ではかなり形に癖が混入し判読が厄介です。

 この様な相手の背中を一寸突いて気を背中に寄せさせて、ハッとしたところ下から掬う様な業は、稽古をして見ても申し合わせでは滑稽な感じになってしまいそうです。
 形稽古を、武術だと拘り過ぎてごちごちに演じた動画を見ますが力を抜き、緩やかに稽古するものでしょう。
 古伝は手附を原文で読んで、自らの力で読み解き、動作に転換する事がポイントでしょう。
居合と和は別物と考えずに、居合の稽古で身に付けた仮想敵を想定しての攻防の動作でかなり出来るはずです。

  

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2017年7月13日 (木)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事2立合10追捕

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
2)立合
十本目追捕
追捕
 後より行□り二相手の背中を我可両手二亭一寸突其儘下り足をを具りう川む介耳た於春
読み
追捕(ついぶ・ついほ・おいとり)
 後ろより行き違いに 相手の背中を我が両手にて一寸突 其の侭下り 足を送り 俯けに倒す
 「後より行□り二」は河野百錬先生の「無双直伝英信流居合兵法叢書」では「後より行違いに」とされています。
 曽田先生の手書きでは、次の十一本目の水車で同じ「行□り二」を「行違いに」と訂正メモをされています。
  

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2017年7月12日 (水)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事2立合9杉倒

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
2)立合
九本目杉倒
杉倒
 後より行亭相手の両の肩を我が両の手二亭取り腰を足尓て踏ミ阿をの希ニかへ須
読み
杉倒(すぎたおし)
 後ろより行きて 相手の両の肩を我が両のてにて取り 腰を足にて踏み 仰のけに返す
読み解く
 この業名は杉倒です。切り倒される杉の木を想像してしまいますが、杉にこの業をかけたら押しつぶされてしまいます。

 後ろから相手の立つ所へスカスカと近寄り、相手の両肩に両手を掛けるや、腰に足を掛けて相手を仰のけに引き倒す。

 立合は「皆相掛」ということですが、こゝでは我が方から一方的にしかも後ろから仕掛けて行きます。何度も言いますが、古伝は決して相手の害意を察して機先を制するなどと言うものでは無さそうです。
 勝機は逃さないのが兵法であって、戦う以前に戦わなければならない事が前提なのです。

 柳生新陰流の但馬守の「兵法家伝書」の冒頭は、古にいへる事あり「兵は不祥の器なり。天道之を悪む。止むことを獲ずして之を用ゐる、是れ天道也」と、此のこと如何にと・・。

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2017年7月11日 (火)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事2立合9杉倒

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
2)立合
九本目杉倒
杉倒
 後より行亭相手の両の肩を我が両の手二亭取り腰を足尓て踏ミ阿をの希ニかへ須
読み
杉倒(すぎたおし)
 後ろより行きて 相手の両の肩を我が両のてにて取り 腰を足にて踏み 仰のけに返す
 

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2017年7月10日 (月)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事2立合8打込

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
2)立合
八本目打込
打込
 気乗り二相手打込を右之手二亭請留う津む希二引た於し詰る
読み
打込(うちこみ)
 気乗りに相手打込むを 右の手にて請け留め 俯けに引き倒し詰める
読み解く
 気が乗った時に、相手が小太刀を抜いて打ち込んでくるのを、相手の右手首を右手で請けるや相手に付け入って左手で相手の肘のかがみを巻き込んで、右手で相手の手首を固め右廻りにうつむけに引き倒し詰める。
 気分の乗った処で相手袈裟に打ち込んで来る。或は、気分の乗った処で相手右拳で我が顔面に打込んで来る。

 河野先生の無双直伝英信流居合兵法叢書ではこの夏原流和之事立合「打込」の書き出しのを「気乗りに相手打込むを右の手にて請留伏向に引倒し詰る也」とされています。大江先生に続く大家の読みですからそうとも取れます。「気乗り」は「気素」とも読めるのですが「気乗りに」でしょう、草書体に泣かされます。
 河野先生の古伝の元は曽田先生による神傳流秘書によります。「うつむけ」を伏向と書き改めていますが意味は通じますが、漢字ならば俯けでしょう。

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2017年7月 9日 (日)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事2立合8打込

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
2)立合
八本目打込
打込
 気素二相手打込を右之手二亭請留う津む希二引た於し詰る
読み
打込(うちこみ)
 袈裟に相手打込むを 右の手にて請け留め 俯けに引き倒し詰める
 

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2017年7月 8日 (土)

第六回古伝研究の集いを終えて

第六回古伝研究の集いを終えて
 
 6月25日日曜日に終えた、第六回古伝研究の集いも何時もなら当日夜から「振り返り」を書き出すのですが、その日は我が道場の通常稽古日ともあって、かけもち稽古でした。
 翌日からチョット旅に出る約束があって戻ってきたのが7月3日月曜日です。ようやく筆を執りました。
 
 古伝研究会の後に続く我が道場では、一通りそろい踏みの刀法・正座・抜刀法を終えると、ぞろぞろ木刀を持ちだし道場の隅に集まって組太刀を始めだしました。
 「あれ!」残っているのは私と、膝の悪いもう一人、そしてご高齢の道場長。
 私はのけ者にされたようです、彼らは道場の隅に遠慮がちです。道場の中央は大きく空いたまゝでした。
 
 やれやれ、もうじき来る夏季講習会の組太刀稽古に合わせ、付け焼刃の手習いを道場長の許しを得て英信流居合道形の地区独特動作の稽古を個人的にするそうです。
 その割にはほとんどが何時も持ってきていない木刀持参です。事前に話し合っていたとしか思えません「だったら、道場の正式稽古として中央で大きく広がってやれよ」、と思うのですが何故かこせこせとして締りの無いものを感じます。
 
 地区の組太刀は元々、第21代福井聖山先生のビデオから地区の誰かが工夫された独特の居合道形です。
 鍔付き木刀を鞘無しで帯に差します。
 これはどこか変ですが、誰も其の謂れを知らない不思議です。
 鍔はともかく鞘無しは誰がそうしたのか、もともと土佐の組太刀は仕組みと云い「鞘付き木刀」と指定されています。
 刃引きの真剣も使われていた様ですが、日本刀は数回打ち合えば復元に耐えない程の刃こぼれになります。
 
 「形はたとえ刃引きであっても真剣で打ちあえば刃こぼれする、復元は不能となる、霊器日本刀を粗雑にする土佐の居合の形はおかしい、剣道型の方がまだまし」という様な事を仰って戸山流の祖中村泰三郎先生は刀の打ち合わない形を考案されています。
 確かに、土佐の形は、刀で受け太刀となる「かたち」が多すぎます。受け太刀は待ちの姿勢となり居付きの原因ともなります。
 これはかなり程度の低い形と考えられ、初心者向けのものと云えるでしょう。稽古を積んでさらにこの形を昇華させざるを得ません。
 申し合わせの形を良しとしているようでは何年やってもあまり効果は期待できそうにありません。
 
 真剣で演武会などで演じるのは、形を見世物にした武的演舞ですからそこに見るべきものなど少しもありません。「かっこよく踊ってろ」でしょう。
 
 鍔は、地区では絶対条件で打ち合った時、木刀が流れて小手を傷つけるというのです。古流剣術ではかえって、真向打ち合いでは相手の鍔による小手への損傷を考慮し鍔無し木刀で稽古します。間と間合をわきまえれば、地区風の心配など少しもありません。
 
 形は第17代大江正路先生が古来の形を中学生向けに改変して独創されたものです。従って「無双直伝英信流居合道形」というのが正式名称で七本の業によって成り立ちます。
 第20代河野百錬先生が大日本居合道図譜でこの大江先生の「無双直伝英信流居合道形(太刀打の位)」と括弧書きしてしまいました、この地区風は是を「太刀打の位」と言い切っています。
 
 古伝による「太刀打之位」は十一本の業で風格のある剣術と言えます。力任せに打ち合っている動画も見られますが、あれでは気品も無く真似したいなど思う事も有りません。 それでも近年は、大江先生の「無双直伝英信流居合道形」を打たず、古伝「太刀打之位」を打たれる道場の方が多い様に思えます。 いずれ又この分析を公開したいと思います。
 
 古伝研究会で、古文書を読んで動作を特定し、詰合をやってきたばかりです。この古伝「詰合」ですが、業数十本、これも明治以降の「詰合之位」十一本とは異なります。
 今日の私の刀袋には木刀やら袋竹刀やら組太刀道具一式がぎっしり詰まっています。取り残されて道場長と柳生新陰流の「合し打ち」と、一刀流の「切り落し」の話しをしながら木刀でその奥の深さを二人して味わっていました。
 
 「わしも十年でも若かったらなー」と、今少しで米寿を迎えられる先生は、お元気乍らも「体力の衰えを感じる」と仰りながら眼をキラキラと輝やかせておられました。
 
 地区風では、何処かおかしいのです。形の意味を能く知らない者がいじり廻してしまっています。
 当地区の僻み根性の一つでしょうか、当代宗家の業を学ばず、先代の業に固執する怠け者がうようよいます。
 自ら学び尽くして良し悪しを見極める本物を求める気風が欠けているのでしょう。
 影響力の強い指導者に引っ張られたか、自分の信念を貫くには、この地区は「居場所がないと不安でならない」日本人の最も標準的気質で弱虫のくせにはったりばかりの地区かもしれません。
 第六回古伝研究会へ戻りましょう。
 今回は特に遠方の地方から来られる方も無く、いつものメンバーとその門弟の方が来られています。通常稽古日を利用し稽古に来られたわけで、初心者からベテランまで混じっておられます。
 詰合ですから立膝の坐し方までもまだ初心の様な方もおられます。前回の詰合の残りを進めるわけにはいきません。
 一本目「発早」から六本目「位弛」まで、三時間の稽古でそれぞれの方々の出来栄えはいつの間にか見違えるほどの「かたち」になって来ています。
 形の手附を覚えて諳んじ、刀の持ち方、手の裡、運剣操作、足の運び・・基礎的な事は次回やればさらに進化するに充分です。
 
 「何!。詰合を初心者に教えるなど無謀だ」。ですか。
 武術の教えを初伝から奥伝へと順番を追って行く指導法は、一見理屈では当然と思えるのですが、私も此処の仲間も2、3年で奥居合まですべて習い覚えて業名一つでどの業もこなしたものです。
 私を指導された漫画家の田中正雄先生は多くの武道を経験され、八十過ぎの御身体で膝腰を痛められながら、躊躇なくいかなる業技法もお教え下さいました。
 正座の部一本目前は土佐の居合の根源の業です。
 何年たっても完成と言える気がしません。其ればかり十年抜いてみてもどれほどの進歩が得られるでしょう。あらぬ教えの呪縛は自ら研究して乗り越えざるを得ません。
 この田中先生も様々な武術を積み上げて最後に到達したのが居合でしょう。コツコツと身に付けられたのでしょう。第21代福井聖山先生の教書は至る所マンガ入りの覚書で埋まっていました。
 コツがつかめずに横一線に抜いていますと、立業の抜刀法の「順刀其の1や2」を抜かせ、立膝の「横雲」も抜かせます。ついでに「霞」も習った様に覚えています。
 それらは皆横一線の抜き付けから始まり、正座でコツをつかめなくとも他の業によっても得られる事を示唆しています。
 
 今日の稽古を見ていますと、知育・体育の個人差があってそれぞれです。それを見抜いて指導される人にあった個別英才教育が居合には最も有効と思われます。詰合は太刀打よりも居合の呼吸を学ぶには有効です。初心者でも他の武術の経験者ならば「かたち」だけならすぐにできるでしょう。
 
 どこの道場に行っても稽古人数は10名前後、ひどいのはそれ以下です。十羽一絡げによる安易な稽古法はあたら名人となるであろう人材を失う事になるかも知れません。
 
 余談ですが、私の書道教室も生徒は自分の机に座ったまま、書いたものを何枚も机に積み上げて有ったり、今まさに手本を見ながら書き込んでいる最中であったり、私は巡回しながら反故を拾って見て廻り、同じ過ちの繰り返しに気付いてもらい、共に書き比べをしたりしています。
 私が正面の離れた机に座って、生徒が「是が今日の一番」の作品を見せに来るのを待つようなことはして居ません。その上朱の訂正など大嫌いです。
 15人ぐらいまでは2時間もあれば充分見て廻れるものです。それもそれぞれが別の課題を勉強中であってもです。その代わり私は「へとへと」になります。
 
 現代の流の武術は名人上手、達人を育て、その業と心を次世代へ伝承すべきものです。
 習う者も心の中では達人を自らの目標とし、しかも萎縮せずのびのびと、真実を楽しみ、何故そうするのか良く聞き理解し、力を抜いて、ゆるゆるとして頑張らない事でしょう。 そしてのって来た時は無我夢中で修錬すべきものです。
 
 棒振り体操で健康維持も人それぞれですが・・・。
 
 此の時代、刀を持って白兵戦での斬り合いなど考える事すらばかげています。
 刀を振り上げ上官の「突撃!」の号令で誰が自動小銃の標的になりますか・・・。そんなウソの頑張りに合わせる必要はありません。
 武道の根源を求める剣士を目指す稽古法は、いたずらに棒振りの数に拘らず、棒振りの術理を解かり、励むうちに、ふっと奥義に目覚めるはずです。
 そして武術は終生現役でありたいものです。力や速さでは若者に勝てるわけはないでしょう。如何に無駄のない動きを手に入れる事です。若かりし昔を偲んでばかりで、引退することは武道には有り得ません。体が動かなくとも武道は出来るはずです。
 今日の古伝研究会に、それぞれの門人方のレベルに構わずお連れになった先生の、懐の深さに頭が下がります。
 自分の門人を、他人に預ける事は並の人には出来ない事です。「弟子たる者師匠の出来ない事でもやれ」と言われた太田次吉先生の言葉を思い出しています。
 
 
 
 
 
 

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曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事2立合7燕返

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
2)立合
七本目燕返
燕返
 玉簾の通り我が指を取り折付引かんとす類を其侭付入っ亭中二入倒す
読み
燕返(つばめかえし)
 玉簾の通り 我が指を取り折り付け引かんとするを 其の侭付け入って中に入り倒す
参考 玉簾の通り
 相手我が左右之指を取り上へ折上類処を此方より其親指をにぎり躰を入っ亭(相手の手を引もぢ指を肩二可希亭相手の左の手を前へ取り躰を抜希亭引廻す)
読み解く
  燕返は玉簾の様に我が左右の手の指を相手が取り上に折上げ、引き倒そうとする処、相手の引くに任せ、相手の手を親指で握り込み其の儘相手に附け入って体を密着させ押し倒す。

 玉簾も燕返も、抜けが多くて「これでどうだ」と云い切れない様な感じもしますが、技をあえて細かく云わない処が古伝のおおらかな処と解釈して、あらゆる可能性を追求して稽古する事に意義ありとすべきでしょう。

 決められた形を順序良くやって見ても、相手の状況によっては意味なしの場合があるものです。此の場合も、指を制せられて、折り上げられ引き落とされそうになるのに附け入って相手の手を握り締めて足を絡めて仰のけに倒す事も出来るでしょう。附け入れば倒す方法が見つかるものです。

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2017年7月 7日 (金)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事2立合7燕返

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
2)立合
七本目燕返
燕返
 玉簾の通り我が指を取り折付引かんとす類を其侭付入っ亭中二入倒す
読み
燕返(つばめかえし)
 玉簾の通り 我が指を取り折り付け引かんとするを 其の侭付け入って中に入り倒す
参考 玉簾の通り
相手我が左右之指を取り上へ折上類処を此方より其親指をにぎり躰を入っ亭(相手の手を引もぢ指を肩二可希亭相手の左の手を前へ取り躰を抜希亭引廻す)
 

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2017年7月 6日 (木)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事2立合6玉簾

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
2)立合
六本目玉簾
玉簾
 相手我が左右の指を取り上へ折上類処を此方より其親指を尓きり躰入っ亭相手の手を引もぢ指を肩二可希亭相手の左の手を前へ取り躰をぬ希亭引廻す
読み
玉簾(たますだれ)
 相手我が左右の指を取り 上へ折り上げる処を こちらより其の親指を握り 体を入って相手の手をひきもじ 指を肩に懸けて 相手の左の手を前へ取り 体を抜けて引き廻す
読み解く
 この業名は玉簾(たますだれ)です。南京玉簾は大道芸で見ることもなくなったものですが、ひねると形が変わったりして楽しませてくれます。この捻りを業名に被せたのでしょう。

 双方歩み寄る処、相手より我が左右の手の指を取って上に反らせる様に折り上げる、其の時我の方から相手の親指を握りこんで体を相手に密着させて、手を引いて相手の握って居る手を逆に引く様にして「引もじ」ひきねじり指を自由にして、左手を相手の肩に懸け、「相手の左の手を前へ取り体をぬけて引廻す」の処は、右手で相手の左手首を取って体を左に廻し乍ら引き廻し倒す。

「体をぬけて引廻す」の処は沈み込んでとも取れるし、後ろに廻り込む様にとも取れます。
現存する合気の業などに、このような指を返される業は、甲手返し、木葉返しなど幾つもある様です。

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2017年7月 5日 (水)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事2立合6玉簾

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
2)立合
六本目玉簾
玉簾
 相手我が左右の指を取り上へ折上類処を此方より其親指を尓きり躰入っ亭相手の手を引もぢ指を肩二可希亭相手の左の手を前へ取り躰をぬ希亭引廻す
読み
玉簾(たますだれ)
 相手我が左右の指を取り 上へ折り上げる処を こちらより其の親指を握り 体を入って相手の手をひきもじ 指を肩に懸けて 相手の左の手を前へ取り 体を抜けて引き廻す
 

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2017年7月 4日 (火)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事2立合5車附

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
2)立合
五本目車附
車附
 支劔の通り胸を取るを我左の手二亭取り扨相手突むとする我右の手二亭留す具二入っ亭中に入る倒す
読み
車附(くるまつき)
 支劔の通り胸を取るを 我れ左の手にて取り 扨 相手突かんとする 我れ右の手にて留め 直ぐに入って中に入り倒す
参考 
支劔の通り胸を取る
 相手我が胸を左の手二亭取る・・(我可右の手二亭其手首を取り) 
読み解く
前回の支劔の様に相手が我が胸を左手で取る、我は今度は左手で相手の手首を取って制する。
相手右手拳で突こうとするのを、扨 我は右手で其れを請け留めて直に中に附け入って倒す。

扨、以降が良くわからない文章ですが、相手が右手で突き込んで来ようとするのを、右手で請け留め、相手の懐に入って、背負い投げとしたいのですが、左脇へ引き廻し倒すが無難でしょう。
 何も書かれていませんから自由に状況に応じて対処する処です。

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2017年7月 3日 (月)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事2立合5車附

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
2)立合
五本目車附
車附
 支劔の通り胸を取るを我左の手二亭取り扨相手突むとする我右の手二亭留す具二入っ亭中に入る倒す
読み
車附(くるまつき)
 支劔の通り胸を取るを 我れ左の手にて取り 扨 相手突かんとする 我れ右の手にて留め 直ぐに入って中に入り倒す
参考 
支劔の通り胸を取る
 相手我が胸を左の手二亭取る・・(我可右の手二亭其手首を取り) 
 
 
 

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2017年7月 2日 (日)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事2立合4支剱

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
2)立合
四本目支劔
支劔
 相手我の胸を左の手二亭取る我可右の手二亭其手首を取り相手右の手二亭打込を我か左の手二亭請留右の手を相手のひぢの可ゞ美二外より懸向へ折常の稽古二ハ引廻した於春

読み
支劔(しけん)
 相手我の胸を左の手にて取る わが右の手にて其の手首を取り 相手右の手にて打込むを我が左の手にて請け留め 右の手を相手の肘の屈みに外より懸け向うへ折る 常の稽古には引き廻し倒す
読み解く
 前回の三本目裙取は我から相手の胸を取って押したのですが、今度は、相手がわが胸を左手で取る(つかむ)、我は右手でわが胸を掴んでいる相手の左手首を取る。
相手は右拳で打ち込んで来るので我は左手で其れを請け止め、右手を相手の肘のかがみに外側から巻き懸けて相手の肘を折る。
普段の稽古では引き廻して倒す。

 「相手のひぢの可ゞ美二外より懸向へ折」ですが、我が左手は相手の打ち込む右手を請け止めて制し、右手は相手の左手首を取っています。その右手を放し相手の右手の肘のかがみに外より懸け肘折りする。
 我が右手は相手の左手首を持ったまま相手の右肘のかがみに懸ける事も相手次第で可能です。右手を相手の左手から離して相手の右肘のかがみに懸けるのも可能です。
いずれも、骨折させてしまいそうです。

 常の稽古では、相手の左右の手を取った状態で左廻りに引き倒すでしょう。

 

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2017年7月 1日 (土)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事2立合4支剱

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
2)立合
四本目支剱
支剱
 相手我の胸を左の手二亭取る我可右の手二亭其手首を取り相手右の手二亭打込を我か左の手二亭請留右の手を相手のひぢの可ゞ美二外より懸向へ折常の稽古二ハ引廻した於春

読み
支剱(しけん)
 相手我の胸を左の手にて取る わが右の手にて其の手首を取り 相手右の手にて打込むを我が左の手にて請け留め 右の手を相手の肘の屈みに外より懸け向うへ折る 常の稽古には引き廻し倒す

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2017年6月30日 (金)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事2立合3裙取

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
2)立合
三本目裙(裾?)取
同(?)相手の胸を我か右之手に亭押相手阿らそふ亭前へ押懸るを支ニ我可左の手二亭合手の右の足を取り右の手二亭相手のうなしを取っ亭う津む希に引た於す
読み
裙取(もすそとり・すそとり(裾取))
 同(2本目の無想の行き合い二?)相手の胸を我が右の手にて押し 相手争うて前へ押し懸るを機に 我が左の手にて相手の右の足を取り 右の手にて相手のうなじを取って俯けに引き倒す
読み解く
 業名は裙取(もすそとり・すそとり(裾取))です。書き出しは「曰(?いわく)と間違えそうな「同」の文字です」この一字は、河野先生の「無双直伝英信流居合兵叢書」では「同」です。原本が世に出た時に確認しましょう。

 立合の業ですから双方歩み寄り、我から相手の胸を右手で押す、相手押されじと争って前に押しかかって来る拍子に、沈み込んで相手の右足を左手で掬い取り、右手を相手の首に廻して、左脇か右脇、若しくは前にうつむけに引き倒す。

 業名の裙取(裾取)は沈み込んで我が左手で相手の右足の裾付近を掬い取る処から付けられたと思える業です。「あらそふて前へ押懸るをきに」の拍子をとらえて行うのでしょう。

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2017年6月29日 (木)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事2立合3裙取

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
2)立合
三本目裙(裾?)取
同(?)相手の胸を我か右之手に亭押相手阿らそふ亭前へ押懸るを支ニ我可左の手二亭合手の右の足を取り右の手二亭相手のうなしを取っ亭う津む希に引た於す
読み
裙取(もすそとり・すそとり(裾取))
 同(2本目の無想の「行き合い二」?)相手の胸を我が右の手にて押し 相手争うて前へ押し懸るを機に 我が左の手にて相手の右の足を取り 右の手にて相手のうなじを取って俯けに引き倒す

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2017年6月28日 (水)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事2立合2無想

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
2)立合
二本目無想
無想
行合二相手の足を取り送り右之手二亭膝を押の希てた於春

読み
無想(むそう)
 行き合いに 相手の足を取り送り 右の手にて膝を押しのけて倒す
読み解く
 業名は「無想」何も思わずにと云うのでしょう。「行合」ですから、双方立って行き合う、所謂歩み寄る時、我はふっと身を屈め左手で相手の右足を取って引き上げるようにして送り込み、「右之手二亭膝を押の希てた於春」ですから此処は、右手で相手の左足の膝を押し除ける様に引き込み相手を仰向けに倒す。
 相手の右足膝を左手で抱え込んで送り出すや否や、右手で相手の左膝を掬う様に引き込めば相手は仰のけに倒れるでしょう。
 此処は、左手で・・相手の右出足を取る・・でよいでしょう。相手は左の後足で片足立ちになってバランスを崩しながら後ろに下がる処を「右の手にて膝を押のけ倒す」とやってみました。相手の足は右とも左とも指定されていません。古傳はおおらかですが読み解けばこんな処が自然でしょう。

 業名は無想です。想うこと無くさっと繰り出すのでしょう。あまり業名に固執するのも特定の状況に居付いてしまい良くない様ですが、此処はあれこれ思い巡らさずに繰り出すのが良さそうです。

 「相手の足を取り送り」のところは、「送り」か「急耳」か文字の判読が良くわかりません。
河野先生の無双直伝英信流居合兵法叢書では「行合に相手の足を取り急に右の手にて脺(せつ・そつ)を押のけてたおす」「急」と読まれています。

 然し此処は「送り」であって「急耳(きゅうに)」ではないでしょう。
もう一字「脺」の文字ですが之は「膝」で誤字でしょう。曽田本の中に時々出てきますが「脺」は、そつ、せつ、すいとか読んで意味はもろい・よわいでしょう。膵臓の膵臓の膵の字を「脺」に当てていたりしているのも有ります。

 古文書は、書かれた人の知識次第で正しい文字があて字になっていたりします。それを書き写す場合も又その人の能力の範囲で変化してしまいます。ですから、凡てを信じる訳に行きません。
 原書と対比して見る事が出来たとしても書かれた人の思いが100%伝わる事は無いかも知れません。
 しかし、古伝の教えは繰り返し稽古しその項目の業を全て稽古し終った時に、新たな発見をする事も有り得ます。効を焦って、習い覚えているより良い業を繰り出して、古伝を越えたと思ってはならないと思います。出来るだけ忠実に手附通りにやってみる事がポイントです。手附通りに業が繰り出せない場合は、先ず己の未熟さを思うべきでしょう。

 思いつくままに・・

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2017年6月27日 (火)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事2立合2無想

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
2)立合
二本目無想
無想
行合二相手の足を取り送り右之手二亭膝を押の希てた於春

読み
無想(むそう)
 行き合いに 相手の足を取り送り 右の手にて膝を押しのけて倒す
 

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2017年6月26日 (月)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事2立合1行違

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
2)立合 皆相掛
一本目行違
立合 皆相掛
行違
 左脇を行違ひさ満二我か左の手二亭相手の左の手を取り右の足二亭相手の足を蹴類と一拍子二後へ引た於春但た夫婦さを取る処を常ハ肩を取る也
読み
立合 皆相掛 (たちあい みなあいがかり)
行違(ゆきちがい)
 左脇を行き違いさまに 我が左の手にて相手の左の手を取り 右の足にて相手の足を蹴ると一拍子に後ろへ引き倒す 但 たぶさ(髻)を取る処を常は肩を取る也 
*読み解く
 夏原流和之事の二項目は立合です。双方立って歩み行く相掛りの攻防です。
 一本目行違
 此の立合も我から仕掛けています。相手の左脇を行き違い様に左手で相手の左手首を取り、後ろに廻り右足で相手の足を蹴ると同時に右手でたぶさ(もとどり、曲げの集めて結わえてあるところ、てぶさ、)を掴んで後へ引き倒す。
 但し普段の稽古では、たぶさを取らず相手の肩を掴んで後ろへ引き倒す。実戦では、右足で相手の後ろ足を蹴って、右手でたぶさを掴んで、左手も引いて引き倒す。
 引き倒した後のとどめは、記載されていません。

 「左脇を行違さまに」ここでは相掛りですから双方が歩み出合うわけです。従って相手は、我が左脇を行違うのです。左手どうしが行き違いです。

右の足にて相手の足を蹴る」は相手の右足でも左足でもいいのでしょう。

参考
 行違は、行きちがうこと、すれちがうこと、くいちがうこと、手筈が狂うこと・・。行き来する、行き交う、互いに違った方向に行く、すれちがう、物事がうまく行かなくなる・・。
 擦違は、擦れ合って通りすぎる、きわどいところで行き違う。
 摺は、たたむ、ひしぐ、する、すり。紙や布を折りたたむ、ひっぱて折る、印刷する。

 この、夏原流和之事の二項目目の立合についても、前回の捕手和之事同然に、南山大学の榎本鐘司教授の「北信濃における無雙直伝流の伝承について」のレポートから資料Ⅳ「無双流和棒縄居合目録」天明3年1783年大矢蕃昌編述・滝沢登愛所持の目録を見てみます。

 項目は「立合」初めに無双流・・目録、括弧内を夏原流和之事とします。

 行違(行違)・夢相(無想)・爪捕(裾取)・志けん(支剱)・車附(車附)・玉簾(玉簾)・打込(打込 但し7本目燕返の後にあり)・燕返シ(燕返)・廻たおし(杉倒)・天狗たおし(ナシ)・追捕(追捕)・八幡大菩薩(類似業名ナシ 但し11本目水車)以上です。

 これらの業が、長谷川英信、荒井勢哲をへて北信濃に伝わって滝沢登愛が指導していた様です。年代的には土佐の第9代林六太夫守政の生没が寛文2年1667年生~享保17年1732年没ですから、この北信濃の目録は天明3年1783年の事ですから林六大夫の没後50年を経ています。長谷川英信あるいは荒井勢哲に直に指導されていなくともその弟子とは江戸で接触した可能性はあるでしょう。

 業名の似かよった事だけで、推測する事は出来ませんが、北信濃に有るかも知れない業手附と業名を対比し夏原流和之事の土佐への伝播が見えるかもしれません。

 史的考察はここまでとし、総合武術として書き残された土佐の古傳神傳流秘書の業技法を研究し、現代居合では得られないかもしれない武術の心持ちを求めて稽古する事を優先します。

 

 

 

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2017年6月25日 (日)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事2立合1行違

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
2)立合 皆相掛
一本目行違
立合 皆相掛
行違
 左脇を行違ひさ満二我か左の手二亭相手の左の手を取り右の足二亭相手の足を蹴類と一拍子二後へ引た於春但た夫婦さを取る処を常ハ肩を取る也
読み
立合 皆相掛 (たちあい みなあいがかり)
行違(ゆきちがい)
 左脇を行き違いさまに 我が左の手にて相手の左の手を取り 右の足にて相手の足を蹴ると一拍子に後ろへ引き倒す 但 たぶさ(髻)を取る処を常は肩を取る也 

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2017年6月24日 (土)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事1捕手和之事11鐺返

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
十一本目鐺返
鐺返
 相手の左脇を行通り我が左の手二亭相手の左の手を取る右の手二亭小尻を取りう津む希二於した於し堅める
読み
鐺返(こじりかえし)
 相手の左脇を行き通り 我が左の手にて相手の左の手を取る 右の手にて鐺を取り 俯けに押し倒し堅める
読み解く
 相手居合膝に坐す処、我はスカスカと歩み行き、相手の左脇を通りしなに身を屈めて我が左手で相手の左手首を取り、相手の後に廻り込み、右手で相手の小太刀の鐺を取り背中に押付け押し倒して俯けに固める。

 此の業名は「鐺返」こじりかえし、でしょう。濁りたい人は「こじりがえし」でしょう。鐺を取って背中に押付けて押し倒す。捕手和之事の業の一つですから、相手に捕まえに来た事を悟られない様にして、押さえこんでしまう一方的な攻撃です。

 以上十一本

 捕手和之事(使者捕・砂乱・弓返・附入・右転・右詰・抜捨・胸點・向面・遠行・鐺返)を終わります。

 こうして、捕手和之事を稽古して見ますと、現代居合が相手の害意を察して其の機先を制する、と云う精神性が、其ればかりでは無いものであって、何が何でも、与えられた使命を全うする事は、己の信じた事を貫き通す武士道精神に裏打ちされる事を意味するとも思えます。

 したがって、状況に応じ先々を打てなければならないのでしょう。その状況の中で後の先を認識すべきなのでしょう。

 是を一方的な騙し討ち、闇打ち、と云い切れるかどうか疑問です。現代居合の奥居合暇乞の業を、闇打ちだから正式な演武会ではやらないと云う人も居ます。
 たしかに主命を帯びて相手の首を取りに行ったのに、相手の隙が無く、帰り際の僅かな隙に鐺で打ち倒し仕留める心得も土佐の居合の「極意之大事」に暇乞の教えで語られています。これを卑怯な騙し討ちと解釈するのも解らない事も有りませんが、何時でも名乗りをあげてから戦いに挑むという事でいいのでしょうか。

 いや、あれは相手が挨拶の際に抜き付けんとするのを察して機先を制する居合の本領を最も良く伝える業だと云う人も居ます。
 しかし、その様に抜いていると思える演武はめったにお目に掛れません。

 暇乞ではありませんが、古伝神傳流秘書の大森流之事の抜打は「坐して居る所を向より切て懸るを其のまゝ踏ん伸んで請流し打込み開いて納る 尤も請流に非ず 此所筆に及ばず」と有ります。

 それを現代の河野百錬先生の大日本居合道図譜では「正面に対座する敵の害意を認むるや直ちに其の真向より抜打にして勝つ」と古伝の「・・向より切て懸るを・・」の明解な文言を端折ってしまっています。

 それにもかかわらず、一方的に抜いて真向に打ち込んでいて平気な剣士が、暇乞を騙し討ちだからなどと述べる資格は無さそうです。

 そんな術理レベルの事では無く、何の為に刀を抜かざるを得ないのかが先ず有る筈です。
 その後で、身を土壇にしてとか、兵法家伝書の殺人剣や活人剣とか孫子の兵法の兵は詭道なりでも読み直して研究するところでしょう。

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2017年6月23日 (金)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事1捕手和之事11鐺返

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
十一本目鐺返
鐺返
 相手の左脇を行通り我が左の手二亭相手の左の手を取る右の手二亭小尻を取りう津む希二於した於し堅める
鐺返(こじりかえし)
 相手の左脇を行き通り 我が左の手にて相手の左の手を取る 右の手にて鐺を取り 俯けに押し倒し堅める

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2017年6月22日 (木)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事1捕手和之事10遠行

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
十本目遠行
遠行
如前相手の右脇を通り後へ廻り両手に亭合手の肩を一寸叩久相手小太刀を抜かんと春る処を両のひぢの可ゞ美二手を懸背中を膝二て押引カる
読み
遠行(えんこう)
 前の如く 相手の右脇を通り後ろへ廻り 両手にて相手の肩を一寸叩く 相手小太刀を抜かんとする処を 両の肘のかがみに手を懸け 背中を膝にて押し引かる
読み解く
 前の如くですから、相手が居合膝に坐す所へ、我は立って歩み寄るわけです。
 相手居合膝に座して居る所へ、スカスカと歩み寄り、相手の右脇を通り後へ廻り込み、両手で相手の肩を一寸叩く、相手小太刀を抜かんと小太刀に手を掛ける処、後ろから相手の両手の肘のかがみを押え、膝を相手の背中に押付け引き倒す。

 「膝にて押引かる」が判断しずらい処です。相手の背後から両手を廻し相手の肘のかがみを押え、膝を背中に押付けると相手は前屈みにされるので、反撃しようと反り返る処を引き倒すと読んでみました。
 前にうつ伏せに押し倒すのも出来るでしょうが「和やわらぎ」と云う事では一寸強引です。
相手の力を借りるべきかと思います。

 業名の「遠行」は、えんぎょう、えんこう、おんぎょう、いずれにしても、もう聞かされることのない業名です。動作との関連を思って見るのですが心当たりが有りません。

そこで、2017年6月18日の捕手和之事八本目胸點の所で参考にした、南山大学の榎本鐘司教授のレポートを再度引用します。

 参考に、南山大学の榎本鐘司教授による「北信濃における無雙直傳流の伝承について」のレポートによりますと、天明三年1783年大矢蕃昌編述・滝沢登愛所持「無双流和棒縄居合目録」にある「和目録」の業名と「夏原流和之事」の捕手和之事の業名の読み若しくは漢字が一致します。

 北信濃の和目録を先に、括弧内は神傳流秘書の捕手和之事とします。

使者取(使者捕)・五月雨(砂乱)・弓返シ(弓返)・附入(附入)・雨天(右転)・右詰(右詰)・左詰(ナシ)・抜捨(抜捨)・急天(胸點)・向面(向面)・猿猴(遠行)・ゑんはい(ナシ)・鐺返シ(鐺返)

 今回の遠行は猿猴の誤認かも知れません。そうであればこの遠行は「えんこう」と読めばいい筈です。
 北信濃の無雙直傳流の伝承された業手附が明らかになれば、また一つ土佐の居合のルーツが見えてきそうです。

 

 

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2017年6月21日 (水)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事1捕手和之事10遠行

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
十本目遠行
遠行
如前相手の右脇を通り後へ廻り両手に亭合手の肩を一寸叩久相手小太刀を抜かんと春る処を両のひぢの可ゞ美二手を懸背中を膝二て押引カる
読み
遠行(えんこう)
 前の如く 相手の右脇を通り後ろへ廻り 両手にて相手の肩を一寸叩く 相手小太刀を抜かんとする処を 両の肘のかがみに手を懸け 背中を膝にて押し引かる

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2017年6月20日 (火)

野良猫の子育て

野良猫の子育て
 
 一昨年だったか、ブログにも書いたと思いますが、ご近所の門柱の脇から背が黒く、白い腹廻りの母猫が同じような黒白の子猫をくわえてゆっくり出てきます。
 少しも私に気が付かず悠然として歩いています。   
 小川を隔てた畑からこれを見ていた私は、いたずら心で忍び足で小川に近づき頃合いを計って小川を飛び越し母猫の脇に飛び立ちました。母猫は突然な事で子猫を口から落としてしまい、素早く4,5m走って止まりました。
 母猫の目は、我が子と私を交互に見ながら何時でも逃げられる態勢です。
 起こったことも解らないのか子猫は私の足元に寄ってきます。
 私が、母猫に近寄る素振りを見せると、母猫も飛び去る構えに身を低めます。それでもその場を離れようとはしないのです。
 子猫はもう私の足元に居ます。
 
 「ごめんね、何もしないから連れて行きなさい」と勝手なことを言う私。
 言葉など解かるわけもないのに、それでも母猫の体から警戒の気が消えたように思えました。
 子猫を連れ去ろうとする身構えを感じますが、けっしてその距離を近づけません。そこで、母猫を見つめたまま、後に足を引こうと右足をわずかに動かしたとたん、母猫はその距離を一気に飛んで我が子をくわえ反転して走り去りました。10m位走って振り向いて「どうだ」と言わんばかりに悠々と植え込みに消えて行きました。
 その子猫が、母猫から縄張りを譲られたのか昨年から我が家の周辺に居付いていたのです。出合うとなんとなく声を掛けていたのですが、他の野良猫より心なしか距離が近い様な、その上、出会うやさっさと逃げ去るでもない間柄でした。
 
 この春その猫が、一匹の子猫を連れて我が家の廻りにあらわれました。母猫と同じ様に頭からしっぽまで背中が黒で、腹は白です。
 安全距離を保ちながら、私や妻が草むしりなどしていても平気で子猫とじゃれ合っています。側に近づくと子猫はさっさと物陰に逃げ込み母猫はこちらの様子をうかがっているばかりです。
 
 紫陽花が咲き、蕗が地面を覆う様に生えて、梅雨時なのに毎日暑い日が続きます。
 紫陽花に近づこうと蕗のなかに踏み込むと何か黒いものが蕗の下を右に走り去ります。毎年、アオダイショウやシマヘビが出るので蛇嫌いな私は一瞬背筋がビクとします。母猫がフェンスをくぐって安全距離を保ちます。日陰で憩う親子猫でした。
 蕗の葉陰に子猫が行き場を失ってすくんでいます。首をつまみあげると両手両足を突っ張って拡げ硬直しています。
 かわいい眼にじっと見つめられてしまいました。地面に下ろして手を放すと、のこのこその場を離れるのですが母親の居場所が判らずにいます。
 
 それから、数日たっての事。柿の木を登ったり下りたりする猫を居間から見ていました、いつも、柿の木から我が家のベランダに飛び移りベランダで日向ぼっこを楽しんでいるのを見かけていたのですが、ちょっと様子が変です。
 ベランダを見ると子猫がいます。どうやらベランダへ上がったのはいいのですが、子猫は自力では怖くて降りられない様です。
 母猫は「こうやって降りるのよ」と何度も見本を見せているのでしょう。暇人の私もそれを三十分ほども見ていました。
 母猫より私がじれてしまい二階からベランダに出て子猫に近づくと、子猫は箱の陰に逃げ込んで息を潜めています。
 箱を取り除くと私の足元を走り抜け、柿の木の方に向かったのですがそこで立ち止まって私を見上げます。
 柿の木に飛び移れなければ、捕まえようと私は近づきます。手を伸ばそうと屈むや子猫は一気に飛び降りてしまいました。
 「おぬし、本気になればできるな」。
 あんなに何度も母猫が見本を見せていたのにです。その間、母猫は物陰に隠れていたのでした。
 ベランダを飛び降りた子猫は、クリスマスローズの葉陰に隠れています。
 居間に戻って、ふと外を見ると松の木に親子が登っています。
 母猫が子猫を置いて下りてしまうと、子猫はしばらくもじもじしていましたが爪を立てつつ頭から降りて行きました。
 是って、子猫が独り立ちするための訓練だったようです。私は母猫の手助けをしたのか、より厳しい野良猫の生きる世界を早々と子猫に味合わせてあげたのかでしょう。いずれにしても余計なことでした。
 
 それからしばらくして、外から帰って来た妻が笑っています。「母猫が飛び上がって地面に両手から飛び降りるのを、子猫も真似して、飛び上がっては両手から降りているの、何度も同じ動作をやっていて、あれって獲物を捕る訓練みたい」
 そういえば、テレビで狐なんかがやっている捕獲の仕草の様です。猫の糞には蝉やらバッタのかたい殻が随分混じっていたのを思い出しました。
 此処では獲物は、昆虫類、ごちそうは小鳥やネズミや蛇ぐらいです。餌付けする人はいない様です。
 木に自由に昇り降り出来て、動く獲物に素早く飛びつく厳しいですね。
 野良猫親子の訓練を見聞きして、親子の絆にホロリとさせられ、野良猫の生きる厳しさに想いを寄せるのでした。
 
 そう言えば、随分古い話になりますが、子猫をもらってきて飼っていました。当時は外出自由な飼い方が当たり前でした。ある日この猫がネズミを捕えてきたそうです。
 ネズミ嫌いな妻は、猫がネズミをくわえて来て食卓の上に置き、自慢そうに妻を見上げていたそうです。
 大声で「捨ててらっしゃい」としかり飛ばす、ねこも驚いてネズミをくわえて飛び出て行ったそうです。
 それ以来ネズミをくわえて帰って来る事はありませんでした。キット何処かで血の滴る生肉の御馳走を楽しんでいたのでしょう。
 この子の親は飼い猫でのんびりした人懐こい猫でした。親猫から訓練される前に引き取ったような気もします。本能的に獲物を捕らえる能力をもっていたのでしょう。
 しかしこの子は、弱虫で犬に背中を嚙まれてしまい、脊椎損傷で短い命でした。
 
 この処、野良猫親子を見かけません。先日の夜のこと、県道を横切ろうとして道路の半ばまで右から走り込んだ猫が、私の車に気付いて反転して戻りました。急ブレーキで減速すると、左から一回り大きな猫が一気に車道を右に走り抜けて行きました。
 「おいおい、車道を横切る特訓は無謀過ぎるぞ・・」
 
 その後、この親子を数日見ていないのですが・・・・。
 
 
 
 
 

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曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事1捕手和之事9向面

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
9)捕手和之事
九本目向面
向面
 右脇を通り品二此方よりせり懸る相手よりもせり懸る処於した於之如右う津む希二押た於し堅める
読み
向面(むこうめん・むこうつら・むきめん?)
 右脇を通りしなに 此方より競り懸かる 相手よりも競り懸かる処 押し倒し 右の如く俯けに押し倒し堅める
参考
如右う津む希二押た於し堅める(右の如く俯けに押し倒し堅める)
如右は六本目右詰
右詰
 如前歩ミ行て右脇を行違ひ品二相手の右の手を我が右の手二亭取り左の手をひぢ二上亭引伏せ堅める
読み
右詰(みぎつめ)
 前の如く 歩み行きて 右脇を行き違いしなに 相手の右の手を我が右の手にて取り 左の手を肘に上げて 引き伏せかためる
前の如く歩ミ行て
 二本目砂乱まで前は戻ります。
 相手坐し居る処へ我は立って歩み行・・
読み解く
 相手居合膝に坐す処へスカスカと歩み行き相手の右脇を通りしなに、相手の右肩に両手を掛け競り懸ると相手も腰を上げて、倒されまいと下から競り懸って来る。更に強く競り懸って右手で相手の右手首を取って左手を相手の右ひじに乗せ引き倒し俯けに押しかためる。

 相手の「右脇を通りしなに此方より競り懸る」の動作ですが、相手の右脇を通りしなにどの様に競り懸るのかがポイントでしょう。どこにもその方法が述べられていません。 

 「右の如く」は夏原流和之事捕手和之事六本目「右詰」でしょう。
「前の如く 歩み行て 右脇を行違ひにしなに 相手の右の手を我が右の手にて取り 左の手を肘に上て引伏せかためる」

 相手は抗って右手で抵抗して来る処、その右手を右手で取って、其の儘右手を引き体を右に開いて左手を相手の右肘に掛け俯けに引き倒す。

 この業の業名は「向面」です、むこうつら、むこうめん、むきめんどの様に読んだのか解りません。相手が競り懸かられて顔を我が方に向けるのかも知れません。

 古伝の復元はいくつも出来て来そうです。ある大家曰く「古伝の復元など出来る分けは無い」だそうです。古伝はおおらかです、現代居合の様に物差しで測る様な形に嵌め込まれていません。

 師匠に手解きされた、初心者向けの動作、審査用の動作にとらわれた、マニュアル人間の寂しい発想に思えます。

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2017年6月19日 (月)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事1捕手和之事9向面

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
9)捕手和之事
九本目向面
向面
 右脇を通り品二此方よりせり懸る相手よりもせり懸る処於した於之如右う津む希二押た於し堅める
読み
向面(むこうめん・むこうつら・こうめん?)
 右脇を通りしなに 此方より競り懸かる 相手よりも競り懸かる処 押し倒し 右の如く俯けに押し倒し堅める
参考
如右う津む希二押た於し堅める(右の如く俯けに押し倒し堅める)
如右は六本目右詰
右詰
 如前歩ミ行て右脇を行違ひ品二相手の右の手を我が右の手二亭取り左の手をひぢ二上亭引伏せ堅める
読み
右詰(みぎつめ)
 前の如く 歩み行きて 右脇を行き違いしなに 相手の右の手を我が右の手にて取り 左の手を肘に上げて 引き伏せかためる
前の如く歩ミ行て
 二本目砂乱まで前は戻ります。
 相手坐し居る処へ我は立って歩み行・・
 

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2017年6月18日 (日)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事1捕手和之事8胸點

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
8)八本目胸點
胸點
 歩ミ行相手の胸を足二亭蹴る平常の稽古二ハ此業なし子細ハ胸を蹴る故也
読み
胸點(きょうてん)
 歩み行き相手の胸を足にて蹴る 平常の稽古にはこの業なし 仔細は胸を蹴る故也
読み解く
 相手が居合膝に坐すところへスカスカと歩み行き、相手の胸を足で蹴り倒す。平常の稽古には此の業は行わない。その理由は胸を足蹴にするからである。

此の業名「胸點」と読みましたが、其の場合は、きょうてん・むねてん・むねつけとなるでしょう。
「點」の行書の様に書かれていますが「占」と「犬」は同じ様な崩しですから「胸黙」とも読めます。それでは、きょうもく・むねもく・きょうぼく・むねだまり・・。

 河野先生の無双直伝英信流居合兵法叢書では、この業名は「胸蹴」とされています。恐らく「點」か「黙」判断できず、業の有り様から「蹴」に変えてしまったのでしょう。
 この業は後に「本手之移」という中に「支點當」或は「支黙當」と云って鐺を取られて陰嚢を蹴る業がありますので、其処では河野先生も「支点當」と「點」を当用漢字の「点」にしています。何れが正しいかは判りません。

 武士の顔や胸を足蹴にされるのは屈辱です。稽古中だとて心すべきことだったのでしょう。
胸などは簡単に肋骨が折れることもあるでしょうから、稽古では古伝に従うのがよさそうです。

 参考に、南山大学の榎本鐘司教授による「北信濃における無雙直傳流の伝承について」のレポートによりますと、天明三年1783年大矢蕃昌編述・滝沢登愛所持「無双流和棒縄居合目録」にある「和目録」の業名と「夏原流和之事」の捕手和之事の業名の読み若しくは漢字が一致します。

 和目録を先に、括弧内は捕手和之事とします。

使者取(使者捕)・五月雨(砂乱)・弓返シ(弓返)・附入(附入)・雨天(右転)・右詰(右詰)・左詰(ナシ)・抜捨(抜捨)・急天(胸點)・向面(向面)・猿猴(遠行)・ゑんはい(ナシ)・鐺返シ(鐺返)

今回の胸點は急天の誤認かも知れません。この北信濃の無雙直傳流の伝承された業手附が明らかになれば、また一つ土佐の居合のルーツが見えてきそうです。

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2017年6月17日 (土)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事1捕手和之事8胸點

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
8)八本目胸點
胸點
 歩ミ行相手の胸を足二亭蹴る平常の稽古二ハ此業なし子細ハ胸を蹴る故也
読み
胸點(きょうてん)
 歩み行き相手の胸を足にて蹴る 平常の稽古にはこの業なし 仔細は胸を蹴る故也

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2017年6月16日 (金)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事1捕手和之事7抜捨

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
七本目抜捨
抜捨
 相手の左の脇を行通り品二合手の左の手を我が左の手二亭取り後へ廻る相手右之手二亭後へ婦り向小太刀を抜付類を右の手二亭留左の手を放シひぢ二添へて引た於し堅める
読み
抜捨(ぬきすて)
 相手の左の脇を行き通りしなに 相手の左の手を我が左の手にて取り後へ廻る 相手右の手にて後へ振り向き小太刀を抜き付けるを 右の手にて留め 左の手を放し 肘に添えて引き倒し堅める


読み解く
 居合膝に座して居る相手の方にスカスカと歩み寄り、相手の左脇を通りすがりに腰を屈め相手の左手首を我が左手で取り、相手の後に廻り込むと、相手小太刀を右手で抜くや左廻りに振り向き様抜き付けて来る、我は右手で相手の右手首を取ってそれを留め、左手を相手の左手から離し、相手の右肘に掛け左に廻りながら引き倒しかためる。ぐるぐる左廻りをして見ました。

 もう一つ、相手の左手を我が左手で取り後ろに廻って押し付けようとする処、相手右手を逆手に小太刀を抜いて、右脇から我が腹部に突き込んで来るのを右手で相手の右手首を取り、左手を離して相手の右肘に付け右廻りに引き倒しかためる。

 状況に応じ如何様にも応じられて、古伝は生きて来るのでしょう。古伝の手附はおおらかです。

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2017年6月15日 (木)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事1捕手和之事7抜捨

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
七本目抜捨
抜捨
 相手の左の脇を行通り品二合手の左の手を我が左の手二亭取り後へ廻る相手右之手二亭後へ婦り向小太刀を抜付類を右の手二亭留左の手を放シひぢ二添へて引た於し堅める
読み
抜捨(ぬきすて)
 相手の左の脇を行き通りしなに 相手の左の手を我が左の手にて取り後へ廻る 相手右の手にて後へ振り向き小太刀を抜き付けるを 右の手にて留め 左の手を放し 肘に添えて引き倒し堅める
 

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2017年6月14日 (水)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事1捕手和之事6右詰

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
六本目右詰
右詰
 如前歩ミ行て右脇を行違ひ品二相手の右の手を我が右の手二亭取り左の手をひぢ二上亭引伏せ堅める
読み
右詰(みぎつめ)
 前の如く 歩み行きて 右脇を行き違いしなに 相手の右の手を我が右の手にて取り 左の手を肘に上げて 引き伏せかためる
前の如く歩ミ行て
 二本目砂乱まで前は戻ります。
 相手坐し居る処へ我は立って歩み行・・
読み解く
  相手座している処へスカスカと歩み行き、右脇を行き違う時にさりげなく腰を屈め、相手の右手首を我が右手で取り右腰に引き寄せるように静かに引き、伸びた右手のひじの上から左手を押えるように載せ、左膝を付くや右廻りに引き伏せ堅める。

 行き違いざまに相手の右手をさりげなく取る事が出来れば、技は懸りそうです。この業は捕手和之事ですから、主命によって相手を捕縛するために行くわけです。
 和は「やわらぎ」です柔らかい態度で相手が安心して構えて力まない様にするわけです。

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2017年6月13日 (火)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事1捕手和之事6右詰

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
六本目右詰
右詰
 如前歩ミ行て右脇を行違ひ品二相手の右の手を我が右の手二亭取り左の手をひぢ二上亭引伏せ堅める
読み
右詰(みぎつめ)
 前の如く 歩み行きて 右脇を行き違いしなに 相手の右の手を我が右の手にて取り 左の手を肘に上げて 引き伏せかためる
前の如く歩ミ行て
 二本目砂乱まで前は戻ります。
 相手坐し居る処へ我は立って歩み行・・

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2017年6月12日 (月)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事1捕手和之事5右転

曽田本その1
1.神傳流秘書読み解く
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
五本目右転
右転
 如前歩ミ行亭相手手を上る処を両の手尓て指を取りわけ左の方へ引廻し又た於し砂乱の如くう津む希二引廻し亭堅める
読み
右転(うてん)
 前の如く歩み行きて 相手手を上げる処を 両の手にて指を取り分け 左の方へ引き廻し 又 押し 砂乱れの如く 俯けに引き廻して堅める
参考
前の如く:四本目附入に戻ります。
附入
 如前歩ミ寄っ亭右の手二亭相手の胸を突阿於の希ニた於春也
読み
附入(つけいり)
 前の如く歩み寄って右の手にて相手の胸を突き仰のけに倒す也
前の如くですから、二本目砂乱迄戻ります。
砂乱
 相手坐し居る処へ我は立って歩ミ行使者捕の如く引た於さむとする相手た於禮之と春るを支ニ左の手二亭突たおし扨右足を相手の肩へ歩ミ込ミうつむけ二直しかたむる也
読み
砂乱(さみだれ)
 相手坐し居る処へ 我は立って歩み行き 使者捕の如く引き倒さんとする 相手倒れじとするを機に 左の手にて突き倒し 扨 右足を相手の肩へふみこみ俯けに直し固る也
参考
 使者捕の如く引た於さむとする:楽々坐したる時向の右の手を我が右之手二亭取り向の右の膝を足二亭踏我が脇へ引た於してかたむるなり
読み
使者捕(ししゃほ・ししゃとり)
 楽々対し坐したる時 向うの右の手を 我が右の手にて取り 向うの右の膝を足にて踏み 我が右脇へ引き倒して固るなり
読み解く

 「前の如く」は使者捕の四本目附入です「前の如く歩み寄って右の手にて相手の胸を突く・・・」

「砂乱」は使者捕の二本目砂乱「・・相手たおされじとするをきに左の手にて突きたおし扨右足を相手の肩へ歩み込みうつむけに直しかたむる也」

 相手座す処へスカスカと歩み寄り、右足を踏み込み右手で相手の胸を突かんと突き出す処、相手其の手を右手で受け留める。
 我は、其の相手の手を、両手で親指と他の四指と取り分けて握り込み、左に身を開いて引き廻し、相手倒されまいとする処を後ろに押し倒し、右足を相手の肩に踏み込み、こらえ様と踏ん張るのを右脇に引き廻して俯けにして堅める。
 右転が業名です。初めに左の方へ引き廻していますから、次には右へ引き廻す事を指しているのでしょう。

 相手に仕掛てみました、場合によっては相手が「やあ」と右手を上げる時とも考えられそうですが、さて相手は思う様に掴まれた右手に軽々といたぶられるかは、拍子次第とも云えそうです。
力任せでは動かす事は出来そうにありません。

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2017年6月11日 (日)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事1捕手和之事5右転

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
五本目右転
右転
 如前歩ミ行亭相手手を上る処を両の手尓て指を取りわけ左の方へ引廻し又た於し砂乱の如くう津む希二引廻し亭堅める
読み
右転(うてん)
 前の如く歩み行きて 相手手を上げる処を 両の手にて指を取り分け 左の方へ引き廻し 又 押し 砂乱れの如く 俯けに引き廻して堅める
前の如くは四本目附入です。
附入
 如前歩ミ寄っ亭右の手二亭相手の胸を突阿於の希ニた於春也
読み
附入(つけいり)
 前の如く歩み寄って右の手にて相手の胸を突き仰のけに倒す也
参考
前の如く:二本目砂乱まで戻ります。
砂乱
 相手坐し居る処へ我は立って歩ミ行使者捕の如く引た於さむとする相手た於禮之と春るを支ニ左の手二亭突たおし扨右足を相手の肩へ歩ミ込ミうつむけ二直しかたむる也
読み
砂乱(さみだれ)
 相手坐し居る処へ 我は立って歩み行き 使者捕の如く引き倒さんとする 相手倒れじとするを機に 左の手にて突き倒し 扨 右足を相手の肩へふみこみ俯けに直し固る也
参考
 使者捕の如く引た於さむとする:楽々坐したる時向の右の手を我が右之手二亭取り向の右の膝を足二亭踏我が脇へ引た於してかたむるなり
読み
使者捕(ししゃほ・ししゃとり)
 楽々対し坐したる時 向うの右の手を 我が右の手にて取り 向うの右の膝を足にて踏み 我が右脇へ引き倒して固るなり

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2017年6月10日 (土)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事1捕手和之事4附入

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
四本目附入
附入
 如前歩ミ寄っ亭右の手二亭相手の胸を突阿於の希ニた於春也
読み
附入(つけいり)
 前の如く歩み寄って右の手にて相手の胸を突き仰のけに倒す也


読み解く
 相手が坐す処へ、我はスカスカと歩み寄り、右足を踏み、左膝を着くや右手で相手の胸を突き仰向けに倒す。
 随分単純な業です、如何に捕縛に来たと気付かれずに間に入れるかがポイントでしょう。倒した後の始末が書かれていません。当然相手の反撃も有ろうかと思います。
 この業の返し業は六番目の本手之移として相手が附入を外す業が四本目変之弛(へんのはずし)に有ります。
 「附入の業にて突倒さんとするを体を開後へ送る也」要するに筋変えに外せと言うのでしょう。
 夏原流和之事も形ではない事を示唆しています。業の想定を習い稽古し工夫し自由自在に応じられる様に組み立てられています。
 生真面目な知ったかぶりの大人は形を演じられれば変化に容易に対応できると云うのですが、人は自分が危ない場合は本能的に予期せぬ防御と思わぬ攻撃をしてくるものです。約束事の形にこだわれば踊りになってしまいます。

 剣友に合気の達人が居ます。居合を始めて5、6年で英信流の業を全て修得しています。いつの間にか合気の捌きがコラボとなって独特の動作も垣間見られます。それでは元の形は、と問えばすらすらと演じてくれます。
 人が人と対する事は、得物が有る無しに関わらず、武術における人の動きは同じ事なのでしょう。
 相手の居ない居合による運剣動作しか知らない剣士でいたのでは前に進めそうもありません。組太刀・棒・和の手附を齧ってみれば何かに気付く筈です。

 ○×式の試験問題を記憶力を頼りにこなしてきた者には、決められた形がないと不安で仕方がないのでしょう。昇段審査や競技会の課題や演武は形でしょう。課題が変わっただけで悲鳴を上げる情けない指導者が多すぎます。「俺が習った形と違う」だそうです。
 そして、毎年指導要領が変わって困ると言う範士十段も居たりして、平和で戦う事も無い時代のなせる事かも知れません。

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2017年6月 9日 (金)

曽田本その1神傳流秘書原文10夏原流和之事1使者捕4附入

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
四本目附入
附入
 如前歩ミ寄っ亭右の手二亭相手の胸を突阿於の希ニた於春也
読み
附入(つけいり)
 前の如く歩み寄って右の手にて相手の胸を突き仰のけに倒す也
 

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2017年6月 8日 (木)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事1捕手和之事3弓返

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
三本目弓返
弓返
 相手坐処へ如前歩ミ寄って左の手二て相手の左の手を取り右の手にて相手の小太刀の柄を取て脇へねぢた於し其柄を右之足二て歩ミ向の小手をかためたる時相手右の手をもって打込むを我も右之手二て留左の手を相手のひぢ尓そゑ亭うつむ希ニ引直し堅める
読み
弓返(ゆみかえし)
 相手坐す所へ 前の如く歩み寄って 左の手にて相手の左の手を取り 右の手にて相手の小太刀の柄を取って 脇へねじ倒し 其の柄を右の足にて踏み 向うの小手をかためる時 相手右の手をもって打ち込むを 我も右の手にて留め 左の手を相手の肘に添えて俯きに引き直し堅める
読み解く
 相手坐す処へすかすかと歩み寄って、腰を屈め左の手で相手の左手首を取り、右手で相手の小太刀の柄を取って、左に廻り左脇にねじ倒し、柄で相手の左手を押え右足で柄を踏み付け相手の小手をかためる。
 相手右手で打ち込んで来るのを右手で受け留め、手首を取り、左手を相手の右肘に添えて、うつむけに引き直しかためる。

 弓返の意味が解らなかったのですが、矢を射た後、弦を前にくるりと返すあの雰囲気でしょう。相手を左脇にねじ倒し、右に引き直す動作を弓返しに譬えたのでしょう。

 

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2017年6月 7日 (水)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事1捕手和之事3弓返

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
三本目弓返
弓返
 相手坐処へ如前歩ミ寄って左の手二て相手の左の手を取り右の手にて相手の小太刀の柄を取て脇へねぢた於し其柄を右之足二て歩ミ向の小手をかためたる時相手右の手をもって打込むを我も右之手二て留左の手を相手のひぢ尓そゑ亭うつむ希ニ引直し堅める
読み
弓返(ゆみかえし)
 相手坐す所へ 前の如く歩み寄って 左の手にて相手の左の手を取り 右の手にて相手の小太刀の柄を取って 脇へねじ倒し 其の柄を右の足にて踏み 向うの小手をかためる時 相手右の手をもって打ち込むを 我も右の手にて留め 左の手を相手の肘に添えて俯きに引き直し堅める

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2017年6月 6日 (火)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事1捕手和之事2砂乱

曽田本その1
1、神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
二本目砂乱
砂乱
 相手坐し居る処へ我は立って歩ミ行使者捕の如く引た於さむとする相手た於禮之と春るを支ニ左の手二亭突たおし扨右足を相手の肩へ歩ミ込ミうつむけ二直しかたむる也
読み
砂乱(さみだれ)
 相手坐し居る処へ 我は立って歩み行き 使者捕の如く引き倒さんとする 相手倒れじとするを機に 左の手にて突き倒し 扨 右足を相手の肩へふみこみ俯けに直し固る也
参考
 「使者捕の如く引た於さむとする」・・・楽々坐したる時向の右の手を我が右之手二亭取り向の右の膝を足二亭踏我が脇へ引た於してかたむるなり
読み解く
 相手が座している処へ我は立ったまま、すかすかと近付き、腰を屈め相手の右手首を右手で取り、右脇に引き倒そうとするところ、相手は倒されまいと後ろに反るを機に、左手で相手の胸を突き倒し、反身になるところを右足で相手の右肩を踏みつけうつむけに直し固める。

 これも、我から一方的に攻め込んでの捕り物です。居合は相手の無い仮想敵による空間刀法ですから、いつでもどんなへぼでも独りよがりで勝つことはできますが、和は相手次第ですからそうもいきません。
 仲間といろいろ研究して見てはいかがでしょう。この古伝の指定する方法を変えずに試す事が大切で、古伝の要求事項を違えてしまうと、相手との攻防の機や拍子を学べなくなってしまうかもしれません。
 たとえば、相手の右手を我が右手で取るのですが、相手の右手の何処という指定はないのです。最も有効な所は手首なのか、肘なのか、前腕なのか・・。

 使者捕では右手で相手の右手を取っていますが、同じ様に左手で相手の右手を取ったならばどうなるのか、広義に解釈することもできます。

 右足で相手の肩への踏み込みは何処なのか・・。仰向けに反った相手をどのように俯けに直すのか・・。
 夏原流の解説はどこにもありませんので、素手に依る古武術などを参考に研究され復活されればと思います。
 結果が出れば間違いないと云えるでしょうが、古伝の体捌きは現代人が忘れている事も多く、本気で取り組まなければあらぬ方に向って行っているかもしれません。

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2017年6月 5日 (月)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事1捕手和之事2砂乱

曽田本その1
1、神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
二本目砂乱
砂乱
 相手坐し居る処へ我は立って歩ミ行使者捕の如く引た於さむとする相手た於禮之と春るを支ニ左の手二亭突たおし扨右足を相手の肩へ歩ミ込ミうつむけ二直しかたむる也
読み
砂乱(さみだれ)
 相手坐し居る処へ 我は立って歩み行き 使者捕の如く引き倒さんとする 相手倒れじとするを機に 左の手にて突き倒し 扨 右足を相手の肩へふみこみ俯けに直し固る也
参考
使者捕
 楽々坐したる時向の右の手を我が右之手二亭取り向の右の膝を足二亭踏我が脇へ引た於してかたむるなり
読み
 使者捕の如く引き倒さんとする:楽々坐したる時 向うの右の手を我が右の手にて取り 向うの右の膝を足にて踏み 我が脇へ引き倒して堅むるなり
 

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2017年6月 4日 (日)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事1捕手和之事1使者捕

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
一本目使者捕
使者捕
 楽々對し坐したる時向の右の手を我が右の手二亭取り向の右の□(膝)を足に亭踏我が右脇へ引た於してかたむる也
読み
使者捕(ししゃほ・ししゃとり)
 楽々(らくらく)対し坐したる時 向うの右の手を 我が右の手にて取り 向うの右の膝を足にて踏み 我が右脇へ引き倒して固るなり
読み解く
 楽々は相変わらず意味する処は良くわかりません、草書体の楽の文字ですから、ほぼ間違いはない読み方でしょう。
 座仕方ですがここには居合膝とも正座とも指定が有りません。自然体で楽に座すのでしょう。
 三項目の小具足、五項目の小具足割は「左の膝を付き右の膝を浮けて折る八文字に座す」ですから居合膝を指定して居ます。二本目立合、四本目後立合は立っての事です。
 
 この古伝を土佐に伝えたのが第九代目林六太夫守政です。守政は大森流正座を取り入れていますから、第七代長谷川英信の頃に居合和集された夏原流和は、戦国期の面影を残すもので、全て居合膝かも知れません。
 此の業を稽古して見て居合膝でも正座でも出来ると、思います。

 楽々座して相対して居る時、我が方から腰を上げ相手の右手首を右手で取り、右足を踏み込んで相手の右膝を踏み付け、右脇に引き倒しかためる。

 此の業は、我が方から一方的に仕掛けています。それは此の業が捕手和之事使者捕と云う業名に由来します。
 主命を請けて捕り物に行き、取り押さえる事が役目だからです。そうであれば相手を警戒させない楽々座すことも、此方から隙をみて仕掛ける事も納得できるものです。

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2017年6月 3日 (土)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事1捕手和之事1使者捕

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
一本目使者捕
使者捕
 楽々對し坐したる時向の右の手を我が右の手二亭取り向の右の□(膝)を足に亭踏我が右脇へ引た於してかたむる也
読み
使者捕(ししゃほ・ししゃとり)
 楽々対し坐したる時 向うの右の手を 我が右の手にて取り 向うの右の膝を足にて踏み 我が右脇へ引き倒して固るなり

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2017年6月 2日 (金)

春から夏へ

 五月になると、湘南地方は早々とサクランボの佐藤錦が赤い実を輝かせてくれます。 然し早起きの小鳥と食べ頃の見分けの競争です。
 明日の朝一番にと収穫しようと思って行って見ると、残っているのはカメムシに果汁を抜かれ萎んだものや小鳥が試しに啄んだ片割れのサクランボばかりです。
 楽しみにしてくれているご近所のお婆さんに、少しでもお裾分けと心がけるのですが「今年も小鳥にやられました」と言い訳ばかりです。
 
 タマネギもすっかり大きくなって、地面から浮き上がって収穫時です。こちらは小鳥も虫も寄り付かないので「もう少し大きく」などと思っていると夏みかん程になってしまいます。
 大型スーパーの園芸売り場で買った苗では、土地に合わないのか育ちが悪く、農協で仕入れた苗や、種から育てた苗の方が良く育っています。
 
 数年前に苗から育てたイチゴは、勝手に蔓を伸ばして、勝手な所に生えて、九条ネギの畝の脇とか、タマネギの間とか、ミントの群落に大きな赤い実を葉陰にそっと実らせて食べ頃です。毎日数粒ずつ採れて楽しむばかりです。来年はイチゴの畝を作ろうなどとは、少しも思わない怠け者です。
 
 五月の半ばから、コジュケイがけたたましく「チョットコイ・チョットコイ」と鳴いています。わずかに残された里山に命を繋いでいる様です。
 五月も終わる頃から、待ちに待ったホトトギスが「トッキョ キョカキョク」と日の出前から早口言葉です。
 
 実生の枇杷がようやく実を付けて、このところ日増しに黄色が濃くなってきています。一つもいで、口にしました。
 甘さは今一ですが新鮮な甘酸っぱさが口いっぱいに広がってきます。もう少し熟してからと思うのですが、タイワンリスが里山の木々を渡り歩いています。カラスも狙っていそうです。
 効果は解りませんが、紙袋をかけて見たのですが、一昨日夜の土砂降りの雨で破れてしまいました。もういいや、小さな生き物と共生の覚悟です。
 ご近所の庭にある枇杷は今年はブドウの様に実って枝が垂れ下がる程になっています、うちのは、その3倍は大きいと自己満足です。
 
 今年は、3月から4月初めの気候が合わなかったのか、昨年の猛暑にやられたのか、春の蝶の数が少なかったのです。5月半ばから忽ちにぎわい出して楽しませてくれます。ミカンの花に俗名鎌倉蝶のモンキアゲハがナガサキアゲハやクロアゲハと乱舞しています。
 
 風に煽られているアカボシゴマダラのメスが榎の廻りを舞っています。
 
 羽化したばかりで笹に羽を休めるアゲハチョウ。
 
 タイワンホトトギスの葉裏にルリタテハの痛そうな棘をもった幼虫が夢中で柔かそうな葉をむさぼっています。
 そろそろ蛹になりそうなくらい大きくなってきました。
 
 アブラナ科の野菜は、モンシロチョウが集まって来て、「卵を産んで青虫だらけになるからやめたら」と忠告しておいたのに、「昨日はモンシロチョウを36匹捕ったのに今日も捕り切れない程来ている」と言って、蝶を眺めて喜んでいる私に「遊んでないで捕れ」と怒り出すしまつです。とうとうキャベツ畑は、キャベツの芯を露わにしてモンシロチョウの天国になってしまいました。
 
 わずかに残された都会の里山と田園は、小さな生き物が集まって来ています。お陰様で葉先が触れたりして腕はかぶれてかゆい事、かゆい事。
 紫陽花が色づいてきました、夕暮れ時には蝙蝠が燕返しを繰返しています。
 
 
 
 
 
 

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曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事序文

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
序文
従是以上六段之和ハ自夏原氏段々相伝也 長谷川流二至而居合和集うしタル者也

読み
 是より 以上六段の和は 夏原氏より段々相伝なり 長谷川流に至りて 居合和(ヤワラ)集したるものなり
読み解く
 夏原流和は六段と言って1捕手和之事11本・2立合11本・3小具足11本・4後立合11本・5小具足割10本・6本手之移11本、の六段65本がセットされています。
 夏原氏および夏原流和の謂れは明確なものが見当たりません。
 段々相伝して第七代長谷川英信の頃英信流と一体化したものであると言うようです。

 土佐の居合には居合、棒術、仕組(組太刀)、和(やわら)がセットされて第九代目林六太夫守政が土佐に持ち込んだと思われます。この和の術の伝書は神傳流秘書にあるだけで他に見られないものです。

 夏原流和之事を公開されたのは、第二十代河野百錬先生が曽田先生から曽田本の写しを得て、昭和30年1950年に無双直伝英信流居合兵法叢書として発行されて世に出されたものと思われます。

 木村栄寿先生の昭和57年1982年発行の林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流傳書集及び業手付解説には、夏原流和之事は記載がありません。

 ここでは、曽田先生の直筆による夏原流和を稽古してみます。武術はともすると神業のような術を以て良しとする思いがあるようですが、普通の人が、不意の攻撃に自然に応じられる様に手附に則って極自然に稽古してみます。

 夏原流和之事については、神傳流秘書の巻末に手附が残されたのですが、誰が何時これらの業を作り出したのかわかりません。
 本朝武芸小傳巻九の末尾に小具足について世に鳴るのは竹内流だといっています。荒木流、森流などの後に夏原八太夫の名があります。
 夏原八太夫は夢相流小具足の達人也、今川久太夫その傳を継ぐ、武井徳左衛門今川の傳を得、松田彦進武井の芸を傳、鈴木彦左衛門有りて、松田に従い、その宗を得て精妙と為す。
とあります、これが夏原流和であるかはわかりません。

 南山大学の榎本鐘司先生による「北信濃における無雙直伝流の伝承について」の論文から、「無雙流和棒縄居合目録」の和目録には、夏原流和と思しき業名が散見されています。
 例えば、神傳流秘書の夏原流和之事捕手和之事の使者捕は使者取、砂乱は五月雨、弓返は弓返シ、附入は附入、右詰は右詰、抜捨は抜捨、胸点は急天、向面は向面、遠行は猿猴、鐺返は鐺返シ、と対比できます。
 
 同じく、夏原流和之事の立合では、行連は行違、無想は夢相、裾取は爪捕、支剱は志けん、車附は車附、玉簾は玉簾、燕返は燕返シ、打込は打込、杉倒は廻たおしあるいは天狗たをし、追捕は追捕とほぼ同じ業名です。

 業の項目は夏原流和之事と同様に、立合は立合、小具足は小具足、後立合は後立合、小具足割は小具足割などと同じ項目が続きます。

 これは、天明三年1783年の北信濃の大矢蕃昌編述・滝沢登愛所持の資料に依ります。この北信濃の無雙直伝流は、長谷川英信、小菅精哲斎正継(恐らく 荒井兵作勢哲(清鐵))などによって伝承されたものと思われます。
 土佐の居合の第9代林六大夫守政が、江戸勤番中に江戸にて修行したもので、師は誰であったか確証は有りませんが、土佐の居合と北信濃の居合には繋がるものが有りそうです。
 夏原流和之事は北信濃から遡る方がよさそうです。

 此処では、古伝神傳流秘書の巻末に有る夏原流和之事の手附に基づいた業技法を学ぶ事が目的であって、伝承系統の歴史はご興味のある方が、追及されることにお願いしておきます。

 

 

 

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2017年6月 1日 (木)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事序文

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
序文
従是以上六段之和ハ自夏原氏段々相伝也 長谷川流二至而居合和集うしタル者也

読み
是より 以上六段の和は 夏原氏より段々相伝なり 長谷川流に至りて 居合和(ヤワラ)集したるものなり

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2017年5月31日 (水)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く9抜刀心持之事22戦場之大事

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
9、抜刀心持之事
22)二十二本目軍場之大事
軍場之大事
 具足のゆるきを取り押上る心得肝要也故に着料之具足は押上られてものど二つかざる様二仕置べきなり高き所などより飛ふ時おのづとのどにつかゆる事有るもの也 心得二有儀なり
読み
軍場之大事(ぐんばのだいじ、いくさばのだいじ)
 具足の緩きを取り 押し上げる心得肝要也 故に着料の具足は 押し上げられても喉に付かざる様に仕置くべきなり 高き所などより飛ぶ時 自ずと喉に閊ゆる事あるもの也 心得に有る儀なり
読み解く
 軍場之大事についての解説は、具足はしっかり着用して緩い処が無いようにして置け、さもないと、押し上げられたり、飛び降りた時にのどにつかえさせるなという心得です。どこか抜刀心持之事には似つかわしくない心得です。
以上で抜刀心持之事を終了しましす。
現代居合の奥居合居業、立業と抜刀心持之事の業名を対比しておきます。
 
 抜刀心持之事    無双直伝英信流奥居合現代
 一本目 向拂      一本目 霞
 二本目 柄留      二本目 脛囲
 三本目 向詰      七本目 両詰
 四本目 両詰      三本目 戸詰
                四本目 戸脇
 五本目 三角      無し 五本目 四方切 
 六本目 四角      無し 五本目 四方切
 七本目 棚下      六本目 棚下
 八本目 人中      十七本目 壁添
 九本目 行連      十本目   連達
 十本目 連達      十四本目 行違
  十一本目 行違    十五本目 袖摺返
  十二本目 夜之太刀  十三本目 信夫
 十三本目 追懸切   無し
 十四本目 五方切   十一本目 惣捲り
 十五本目 放打     十二本目 總留
 十六本目 虎走     八本目 虎走
 十七本目 抜打上   十九本目 暇乞一
        抜打中   二十一本目 暇乞二
        抜打下   二十本目 暇乞三
 十八本目 抜打    無し
 十九本目 弛抜     無し(十八本目 受け流し)
 二十本目 賢之事    無し(夢想神傳流袖摺返)
 二十一本目 クヽリ捨 無し(夢想神傳流門入)
  二十二本目  軍場之大事 無し

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2017年5月30日 (火)

曽田本その1の1神傳流秘書原文9抜刀心持之事22軍場之大事

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
9、抜刀心持之事
22)二十二本目軍場之大事
軍場之大事
 具足のゆるきを取り押上る心得肝要也故に着料之具足は押上られてものど二つかざる様二仕置べきなり高き所などより飛ふ時おのづとのどにつかゆる事有るもの也 心得二有儀なり
読み
軍場之大事(ぐんばのだいじ、いくさばのだいじ)
 具足の緩きを取り 押し上げる心得肝要也 故に着料の具足は 押し上げられても喉に付かざる様に仕置くべきなり 高き所などより飛ぶ時 自ずと喉に閊ゆる事あるもの也 心得に有る儀なり

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2017年5月29日 (月)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く9抜刀心持之事21クヽリ捨

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
9、抜刀心持之事
21)クゝリ捨
クゝリ捨
 -手附記載なしー
読み
クヽリ捨(くゝリすて)
 -手附記載なしー

読み解く
 クヽリ捨(くゝりすて)
 -手附記載なしーですから読み解くことはできません。

 細川家による、木村栄寿本「林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流・・」でも「神傳流業手付」の抜刀心持之事には「クヽリ捨」には手附の記載は有りません。
 檀崎先生や山蔦先生は大江先生の「門入」を「隠れ捨」の業名として当てておられます。
 大江先生の門入も古伝には相当する業が見当たりませんのでこれも疑問ですが、現代居合として継承されています。
 檀崎先生や山蔦先生は中山博道先生の指導を受けられたという事ですが、中山博道先生の居合は、大森流・長谷川英信流までは手附が残されていますが奥居合に関しては謎です。いずれにしてもその真相は手持ちの資料では不明です。
 
 土佐の居合の手附は神傳流秘書よりも古いものは現存せず、江戸時代末期までの伝書類も乏しく現代居合への変遷は辿れません。
 抜刀心持の両士引連・賢之事・クヽリ捨は、神傳流秘書に於いてー手附記載なしーなので第9代林六大夫守政が江戸から、土佐にもたらした時には既に業名ばかりであったのかも知れません。
 
 流派の業技法は、その時代の指導者の心得違いや、時代の趨勢によって変化して行くのもやむおえない事でしょう。
 然し、現代では、変えた時にはその理由を明らかに示すのも指導者の責任です。
 棒の振方りばかりの指導で、「業手附の解釈は俺はこう考える」だけでは、古参の者から「先代の方が良かった」と言う感情論だけが浮かび上がって本論が見えなくされてしまいます。
 挙句は「居合を学ぶには元より其の流儀の形を重んじ、苟もこれを変改するが如き事無く錬磨すべきである」と言いつつ「其の習熟するに於いては、何等形の末節に拘泥する事無く、各流を一貫する居合本来の精神を悟りて、日夜錬磨の功を積み、心の円成に務め、不浄神武不殺の活人剣の位に至るを以て至極となす(第20代河野百錬先生の無双直伝英信流居合道昭和13年1938年より)」として己の「形の末節」の正統性を云々するのでは、日夜研鑽せずとも時至りて思いもよらぬ允可を得て功成り名遂げたと錯覚する者には「形の末節」ばかり気になるものです。
 

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2017年5月28日 (日)

曽田本その1の1神傳流秘書原文9抜刀心持之事21クヽリ捨

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
9、抜刀心持之事
21)クゝリ捨
クゝリ捨
 -手附記載なしー
読み
クヽリ捨(くゝリすて)
 -手附記載なしー

 

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2017年5月27日 (土)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く9抜刀心持之事20賢之事

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
9、抜刀心持之事
20)ニ十本目賢之事
賢之事
ー手附記載なしー
読み
賢之事(かしこのこと・けんのこと?)
ー手附記載なしー
読み解く
ー手附記載なし・・・によって不明。
 木村栄寿先生の「林崎抜刀術兵法 夢想神傳重信流・・神傳流業手付」にも「賢之事」の手附は記載されていません。
 この木村先生の「神傳流業手付」は天保12年1841年に坪内清助長順より島村右馬亟に授与したものです。ここには、両士引連・賢之事・クゝリ捨の三本がありますが何れも手付は記載されていません。
 夢想神傳流の山蔦重吉先生の昭和47年1972年発行の「夢想神伝流居合道」には、両士引連・賢之事・クゝリ捨の業手附解説がなされています。
 両士引連は、古伝抜刀心持之事の「行違」のような業です。
 賢之事は、無双直伝英信流第17代大江正路先生の奥居合立業の「袖摺返」を当てて居ます。袖摺返は古伝神傳流秘書の「行違」の替え業の様です。
 クゝリ捨は、「隠れ捨」とされ大江正路先生の奥居合立業の「門入」の業名を当てています。
 同様に夢想神伝流の壇崎友影先生の、昭和54年1979年発行の「居合道教本」では賢之事は、大江先生の袖摺返ですから古伝の「行違」ですし、クゝリ捨は「隠れ捨」で大江先生の「門入」と思われます。両士引連は記載がありません。
 此の居合道教本より古い昭和44年1969年発行の夢想神傳流居合では、古伝の業名称を付さずに、大江先生の奥居合の業呼称として「袖摺返」・「門入」として記載しています。この業名の扱い方も居合道教本の前にありながら疑問です。
 夢想神傳流の居合の元が、中山博道先生の居合であれば、奥居合の業手附は何処にもそれらしき、書き物は見当たりません。従って、奥居合を博道先生がお弟子さん方に本当に指導されたのか疑問です。
 譬え、書き付けられた手付が有ったとしても、中山博道先生の居合の指導者は、土佐の居合の谷村派の第16代五藤正亮先生の弟子森本兎久身先生ですから、古伝の業を指導されたかは疑問です。
 谷村派からの古伝の伝書類の公表は見られませんので、抜刀心持之事は現代居合の奥居合との検証も不十分です。
 大江正路先生が明治時代に土佐の居合を改変されたという事実を証明する事すらできない状況です。改変されたならばその改変理由さえも不明です。
 明治の後半以降に習い始めた中山博道先生に森本先生が全業を指導されたとも思えません。たとえ習っていたとしても博道先生がお弟子さん方に伝授されていればその手附がある筈ですがそれも不明です。
 
 抜刀心持之事の両士引連・賢之事・クゝリ捨の業について、現在の段階では業技法を示唆する手附は無いと云えます。
 山蔦先生、檀崎先生の教本の「両士引連・賢之事・クゝリ捨」は、出典若しくは指導者名が明らかにされない限り、追跡しての確証が得られません。
 
 
 

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2017年5月26日 (金)

曽田本その1の1神傳流秘書原文9抜刀心持之事20賢之事

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
9、抜刀心持之事
20)ニ十本目賢之事
賢之事
ー手附記載なしー
読み
賢之事(かしこのこと・けんのこと?)
ー手附記載なしー

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2017年5月25日 (木)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く9抜刀心持之事19弛抜

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
9、抜刀心持之事
19)十九本目弛抜
弛抜
 如前歩ミ行敵より先に打を躰を少し開き弛之て抜打に切也
読み
弛抜(ゆるみぬき・はずしぬき)
 前の如く 歩み行く 敵より先に打つを 躰を少し開き弛して 抜き打ちに切る也
参考 如前の十八本目抜打
 歩み行中に抜打二切敵を先二打心也
読み解く
 この業は、手附をよく読み、現代居合の奥居合立業の「受流」と違う事に気が付きます。それは「敵より先に打を躰を少し開き弛之て抜打に切」の所です。
 敵が斬って来るのを、体を少し開いて敵の刀を弛し(外し)て、敵を抜打つのです。
 双方歩み行き間合いに至るや、相手が抜刀して真向に斬り下ろして来る、我は両手を刀に懸けると同時に、右足右斜め前に少し踏み込み体を開き、右半身となって相手の打ち込みを外し、左足を右足に追い相手の真向に打込む。敵の打ち込みを外してしまえば真向でも片手袈裟でも横一線の抜き付けでも、下からの切上げでも状況次第に応じられるものです。

 稽古ではまず「体を少し開き弛之て」ですから刀を上に抜上げ左足前ならば右に、右足前ならば左に筋を替えて相手の打ち込みを外し同時に斬り下ろすでしょう。
 
 或いは、右足前ならば左足を右足前右にチドリに踏込み右足を右に踏込み体を左に開きつつ刀を抜上げ敵の打ち込みを外すや真向に切り下す。これは奥居合立業の受け流しの「かたち」となりそうです。但し請けて流すのではないと考えます。
 
 夢想神伝流の山蔦先生の居合では「弛抜」を「受流」とされている様ですが、受け流しとは違います。相手の太刀を我が太刀で受けるのでは無いのです。安易に太刀で請ける事は進められません。
 「抜き打ちに切」ですから刀を上に抜き上げ片手でも諸手でも斬り下ろすのでしょう。
 全剣連の制定居合の12本目の場合は「前方の敵が突然切りかかって来るのを刀を抜き上げ乍ら退いて敵に空を切らせて、真向に切下す」ので是は仕掛けられたのに応ずるものです。前回の「抜打」に上げておきましたが、これは「刀を抜き上げ乍ら退いて敵に空を切らせて」ですから後方に退いて敵の刀を外しています。此処では「躰を少し開き弛之」です。退くと開くは違います。
 細川義昌先生の系統と思われる白石元一先生の居合術手引では「弛抜(ゆるみぬき・はずしぬき)」を「馳抜(はせぬき)」としている様でこの出典は解りません。恐らく「弛」と「馳」の弓偏と馬偏の崩し字による取り違いから生み出されたとも思われます。
馳抜(双方駈足にて摺違ひ様に行ふ意)
 正面に対し立姿小走に馳せ摺れ違ひ様右足を中心に左足を斜右前に踏み出して斜右後向きに方向を転じつゝ刀を抜き右足を左足に引きつけ上段に振り冠り、右足を踏み出すと同時に斬りつく。
 是は神傳流秘書の抜刀心持之事の11本目「行違」の替え技の様です。
行違
 行違に左の脇に添へて拂ひ捨冠って打込也
 参考に、敵に真っ向から切って懸られた場合、左足をやや左前に踏み刀を抜き上げ右足を稍々左に踏込み筋を外し、打ち込んで来る敵の右拳に右足通りに打ち込む、新陰流の「斬釘截鉄(ざんていせってつ)が使えそうです。
 

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2017年5月24日 (水)

曽田本その1の1神傳流秘書原文9抜刀心持之事19弛抜

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
9、抜刀心持之事
19)十九本目弛抜
弛抜
 如前歩ミ行敵より先に打を躰を少し開き弛之て抜打に切也
読み
弛抜(ゆるみぬき・はずしぬき)
 前の如く 歩み行く 敵より先に打つを 躰を少し開き弛(はず)して 抜き打ちに切る也
参考 如前の十八本目抜打
 歩み行中に抜打二切敵を先二打心也

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2017年5月23日 (火)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く9抜刀心持之事18抜打

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
9、抜刀心持之事
18)ニ十本目抜打
抜打
歩み行中に抜打二切敵を先二打心也
読み
抜打(ぬきうち)
 歩み行く中(うち)に 抜き打ちに切り 敵を先に打つ心也

読み解く
 前回に続き、業名が「抜打」という事で同じです。前回の抜打は「暇乞上中下」と曽田メモがありますが、曽田先生の書写された古伝神傳流秘書では「抜打上中下」です。
 
 歩み行き敵との間に至れば抜打ちに切る、敵に先に打ち込む心持ちである、と云うのでしょう。是もどうやら不意打ちの心得の様です。特段の業技法の手附けは何も有りません。
 
 歩み行きながら、左足が出た時、鍔に左手を掛け、右手を柄に掛けて、敵の中心に向って抜き出し「敵を先に打つ心」ですから右足を踏込み、横一線に抜き付ける、敵の右肩に片手袈裟切り、上に抜き上げて片手真向。
 刀を抜き上げ、上段に振り冠って左手を柄に掛け両手にて、真向に打ち下すも出来そうです。
 歩み行くうち、間境にて左足で間を越すや、左手を鍔に掛け、左足に右足を踏み揃え、刀を抜き上げ左手を柄に掛けるや、左右に足を踏み開き、真向に打ち下す。人中・現代居合の壁添の抜打ちです。
 いずれでも古伝はおおらかです。

 全剣連の制定居合の12本目の場合は「前方の敵が突然切りかかって来るのを刀を抜き上げ乍ら退いて敵に空を切らせて、真向に切下す」ので是は仕掛けられたのに応ずるものです。

 此の古伝の立っての抜打を伝える業は細川先生系統と思われる白石元一先生の抜打に見られます。
「放打の如く左足にて抜刀用意、右足を踏み出すと同時に右片手にて正面に斬りつけて納刀」
 片手打ちですが真向に打ち下していますし、右足を踏み込んでいますから是はこちらから仕掛けたと読めそうです。

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2017年5月22日 (月)

曽田本その1の1神傳流秘書原文9抜刀心持之事18抜打

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
9、抜刀心持之事
18)ニ十本目抜打
抜打
歩み行中に抜打二切敵を先二打心也
読み
抜打(ぬきうち)
 歩み行く中(うち)に 抜き打ちに切り 敵を先に打つ心也

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2017年5月21日 (日)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く9抜刀心持之事17抜打

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
9、抜刀心持之事
17)抜打 上中下 以上十九本
 
 (暇乞三本)(格ノ低キ者二対スル黙礼ノ時。等輩二対スル礼ノ時。目上ノ者二対スル時ノ礼ノ時 曽田メモ)
読み
 抜打(ぬきうち)上中下(じょうちゅうげ)  以上十九本
 
(暇乞三本(いとまごいさんぼん))(格の低き者に対する黙礼の時。等輩に対する礼の時。目上の者に対する時の礼の時 曽田メモ)
読み解く

*古伝神傳流秘書の抜刀心待之事「抜打」は、現代居合の「暇乞」と同じであったかどうか疑問です。
 曽田先生の書き写しでは、「抜打 上中下 以上十九本」となっていますが、メモでは暇乞三本と書き込まれています。「格ノ低キ者二対スル黙礼ノ時。等輩二対スル礼ノ時。目上ノ者二対スル時ノ礼ノ時」の三本で、虎走までで十六本ですから、暇乞三本を加え抜刀心持之事は十九本と云う事になります。

 抜打上中下については、自分より格が低い者へ、同輩の時、目上の時と有りますが、動作においては特にどの様にするのか何も目安はありません。
 曽田先生のメモでは、自分より「格の低き者に黙礼」ですから順次手を床に着く、頭を低く下げるなどの格式に応じた暇乞いの時の礼法が明確だったので、それに従い礼をした上で不意打ちを仕掛けたものと考えられます。

 現代居合の暇乞その1、その2、その3の方法と変わらなかったかも知れませんが不明です。
 曽田メモの身分による礼の仕方の違いと抜き方との関連についても不明です。礼法の専門家による礼法のありようはあるでしょうが、平成のこの時代では身分格式における礼法は既に失われていると思います。
 現代居合では演武に入る前の神前への礼、刀への礼に最も敬意を表する礼が残されています。それは否定するつもりはありませんが、人と人との礼法を身分格式に応じたものとする礼法は忘れられています。
 高級料亭や旅館で請ける礼は「ゆかしい」反面、日常では違和感を覚えます。


 英信流居合目録秘訣では極意の大事の項目の始めに心得があります。
 暇乞「仕物抔を云付られたる時抔其者之所へ行て四方山の咄抔をして其内に切べし隙無之ときは我が刀を取て又近日と立さまに鐺を以て突き倒し其儘引ぬいて突也又は亭主我を送て出るとき其透間を見て鐺にて突たおして其儘引ぬいて突くべし」


 上意を命じられ、抜刀のチャンスが得られず、場を去り際に暇乞の心得を顕わしたもので、不意打と考えられ、決して相手に仕掛けられたから応じたという風にはとらえられません。

 「暇乞いは上意討ちとも称される。主命を帯びて使者に立ち、敬礼の姿勢より抜き打ちする意にして、彼我挨拶の際、彼の害ある動向を察知し、其の機先を制して行う刀法」とされています。(第22代池田宗家の夢想直伝英信流居合道解説より)

 これは、第17代大江正路先生の「剣道手ほどき」から奥居合立業の部の19番暇乞(黙禮)・20番(頭を下げ禮をする)・21番(中に頭を下、右同様に斬る)によると思われます。
19番暇乞(黙禮)「正座し両手を膝上に置き黙禮し、右手柄に掛かるや刀を斜に抜き付け上段にて斬る」
20番(頭を下げ禮をする)「両手を板の間に付け、頭を板の間近く下して禮をなし、両手を鞘と柄と同一に掛け直ちに上に抜き上段となり、前面を斬る」
21番(中に頭を下、右同様に斬る)「両手を膝上に置き黙禮より稍や低く頭を下げて禮をなし、右手を柄に掛け刀を斜に抜き上段にて斬る」

 現代居合とは、20番と21番が入れ替わっていますが堀田捨次郎先生の誤認か不明です。

 木村栄寿先生の「林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流伝書集及び業手付解説」では「抜刀心持之事」の16番目「虎走」の後に「以上十九本」と有りますが、十七・十八・十九は書き込まれていません。
 曽田先生の原本も同様であったのを、曽田先生が「抜打」だがこれは今の「暇乞」だろうと思われ書き込まれたのでは無いかと思います。

 下村派の細川義昌系統と思われる白石元一先生の長谷川流奥居合20番目の「抜打」
 抜打(互に挨拶をして未だ終らざるに抜き打ちに斬る意)「斬り付け。正面に對して正座し抜刀の用意をなしたる後、両手をつきて坐禮を行ひ頭を上げつゝ刀を抜き上体が起き終るまでに已に敵を抜き打ちに斬りつく・・」

 
この動作は、頭を下げ礼をしてから、抜き打つ現代の暇乞いでしょう。この様な業がどうやら継承されてきたと考えられるのでしょう。

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2017年5月20日 (土)

曽田本その1の1神傳流秘書原文9抜刀心持之事17抜打

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
9、抜刀心持之事
17)抜打上中下 以上十九本
 
 (暇乞三本)(格ノ低キ者二対スル黙礼ノ時。等輩二対スル礼ノ時。目上ノ者二対スル時ノ礼ノ時 曽田メモ)
読み
 抜打(ぬきうち)上中下(じょうちゅうげ)  以上十九本
 
暇乞三本(いとまごいさんぼん)(格の低き者に対する黙礼の時。等輩に対する礼の時。目上の者に対する時の礼の時。 曽田メモ)

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2017年5月19日 (金)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く9抜刀心持之事16虎走

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
9、抜刀心持之事
16)十六本目虎走
虎走
 居合膝二坐して居立って向へ腰をかゞめつかつかと行抜口の外へ見へぬ様二抜付打込納又右の通り腰をかゞめ後へ引抜付打込也
読み
虎走(とらばしり)
 居合膝に坐して居 立って向こうへ腰を屈め つかつかと行き 抜き口の外へ見えぬ様に抜付け打込み納む 又 右の通り腰を屈め後ろへ引き 抜付け打込む也
*
 居合膝は右足膝を立て左足を折り敷いた所謂現代居合の立膝か、左足膝を着き爪立った体構えか判りませんが、「坐し居る」ですから恐らく前者だろうと思います。
 この文面からこの業は、遠間のところに居る相手にも周囲の者にも気付かれない様に抜付けるのですから不意打ちの状態でしょう。掛け声すら掛けていないようです。上意打ちとも読めます。

 立ち上がり、腰をかがめ、つかつかと間に至り、「抜き口の外に見えぬ様に抜付」はどのようにするのでしょう。
 間に至れば、両手を刀に掛け右足を踏み込み首に抜き付け、即座に真向に振り冠って左足を踏み込み打ち下ろす。下から切り上げる。片手袈裟に切る。そしてその場で納刀。
 現代居合ではお目にかかれない抜刀術の妙を言うのかも知れません。或は、柄への手掛かりや抜き始めの柄頭の方向などに有る筈です。如何にも斬るぞとばかりに、抜打つ相手に柄頭を付けて抜き出すのでは、目的は果たせません。

 「」からの処は、現代居合の奥居合居業の八本目虎走の様に、目的を果たした処、討ち果たした相手の味方が前方より走り込んで来るのを、我は腰を屈め後退しつつ相手が間に至れば抜き付け、真向より打ち下し、納刀する。

 此の業のポイントは相手に接近する動作と、抜口を見せない抜き付けにあるのでしょう。
現代居合では失念した動作です。

 英信流居合目録秘訣の上意之大事の最初に虎走の心得があります。
「仕物抔云付られたる時は殊に此心得入用也其外とても此心得肝要也敵二間も三間も隔てて坐して居る時は直に切事不能其上同座し人々居並ぶ時は色に見せては仕損る也さわらぬ躰に向ふえつかつかと腰をかゞめ歩行内抜口の外へ見えぬ様に体の内にて刀を逆さまに抜きつくべし虎の一足の事の如しと知るべし大事とする所は歩みにありはこび滞り無く取合する事不能の位と知るべし」

読み
 「仕物など言い付けられたる時は、殊にこの心得入用なり 其の外とてもこの心得肝要なり 敵が二間も三間も隔てて座している時は 直ぐに切る事あたわず 其の上 同座し 人々居並ぶ時は 色に見せては仕損じる也 障らぬ躰に 向うへつかつかと腰を屈め歩み行くうち   抜き口の外へ見えぬ様に 体の内にて刀を逆さまに抜き付くべし 虎の一足の事の如しと知るべし 大事とする処は歩みにあり 運び滞り無く 取合いする事能えずの位と知るべし」

 ここでも「抜口の外へ見えぬ様に」とあり「体の内にて刀を逆さまに抜きつくべし」そして「虎の一足の事の如し」と言います。
 すでに、失伝している、下からの抜き付けでしょう。
 「同座し人々居並ぶ時・・」ですから、邪魔が入らないように刀に手を掛けるや否や抜刀し刃を下にし低く切り上げるのでしょう。甲冑を付けた股間を斬り上げるなどの刀法も有ったかもしれません。

 現代居合では不意打、闇打は無く、相手の害意を察して抜き付ける様に教えられています。それは教育上の中学生向きの事であって、古伝はしばしば不意打の心得を伝えて来ます。対敵との単なる仕合では無く、主命を帯びての役割を果たすべき心得も伝えているのでしょう。

 「大事とする所は歩みにありはこび滞り無く取合する事不能の位と知るべし」と言う処は、相手にも、廻りの者にも、気付かれないような歩み方に、ポイントがありといいます。
ドタバタ音を荒げた足踏みしたりするのは、古伝は嫌っています。

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2017年5月18日 (木)

曽田本その1の1神傳流秘書原文9抜刀心持之事16虎走

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
9、抜刀心持之事
16)十六本目虎走
虎走
 居合膝二坐して居立って向へ腰をかゞめつかつかと行抜口の外へ見へぬ様二抜付打込納又右の通り腰をかゞめ後へ引抜付打込也
読み
虎走(とらばしり)
 居合膝に坐して居 立って向こうへ腰を屈め つかつかと行き 抜き口の外へ見えぬ様に抜付け打込み納む 又 右の通り腰を屈め後ろへ引き 抜付け打込む也

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2017年5月17日 (水)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く9抜刀心持之事15放打

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
9、抜刀心持之事
15)十五本目放打
放打
行内片手二切納ては又切数きはまりなし
読み
放打(はなれうち・はなしうち)
 行くうち 片手に切り 納めては又切り 数極りなし
読み解く
 歩み行きながら、片手抜き打に切り納刀し、又片手抜き打ちに切り納刀する。これを何度も繰り返す業です。
 敢えて片手打と言っていますから、片手袈裟で敵の右肩下を抜き打ちに切る、と飛躍してもいいかもしれませんが、横一線の抜き付けでも、上に抜き上げ真向打ちでも、刃を返して下から切り上げてもいいかも知れません。

 これも英信流居合目録秘訣を探してみましたが、見当たりません。これは大勢の敵に詰められ我は一人の場合を想定しますが「片手打に切納刀し、又・・」ですから敵は前方から現れるのを切り倒し、刀を納める。するとまた敵が現れるのでそれを仕留めて納める。現代居合の惣留の業を思わせます。

 居合兵法極意巻秘訣に細道之事として
 「両脇難所道も無く行道一筋にて狭きを云うケ様の所にては敵は多勢我は一人の時は利をもとむべし其利は敵大勢有りとも我を前後左右取り廻す事能えず若敵前後より来る時は脇へ開て敵を向うに受我が左の方の敵に合うべし若脇に浅き川池などあらば飛込んで打べし我飛込と敵つづきて飛入物也其間を勝事大事也」
と心得を伝えています。

読み
 「両脇 難所 道も無く 行く道一筋にて狭きを云う 斯様の所にては 敵は多勢 我は一人の時は 利を求むべし 其の利は敵大勢ありとも我を前後左右に取り廻す事与えず もし敵前後より来る時は脇へ開いて敵を向こう(前面)に受け 我が左の方の敵に合うべし もし脇に浅き川池などあらば 飛び込んで打つべし 我れ飛び込むと敵は続きて飛び入るものなり 其の間を勝つ事大事也」
・ 
また「多勢一人之事」として「敵多勢我一人の時は地利を第一と心得べし地利あしくば敵を前一面にうくべしはたらき心得は我左の方の敵を目当てにたたかうべし敵後へ廻らば我も左の敵に付後へ廻るべし真中に取籠られば走りにぐべし敵一度に来ぬもの也其間に先立来る敵を打つべし幾度もにげては打つべし」

読み
 「敵は多勢我は一人の時は 地の利を第一と心得うべし 地の利悪しくば 敵を前一面に受くべし 働き心得は 我が左の方の敵を目当てに戦うべし 敵が後ろへ廻らば我も左の敵に付き 後へ廻るべし 真中に取り籠られれば 走り逃ぐべし 敵一度に来ぬもの也 其の間に  先に立って来る敵を打つべし 幾度も逃げては打つべし」
*
この、居合兵法極意秘訣を読んでいますと、宮本武蔵の五輪書の水之巻多敵の位などが、浮んで来ますが、柳生但馬守の兵法家伝書や宮本武蔵の五輪書や兵法35箇条などは時代的には、参考に読まれたり聞いていたかも知れません。

 細川義昌先生の系統と思われる白石元一先生の放打(暗夜前方より来る敵を抜き打ちに数名連続斬る意)
 「・・右足を出すと同時に右斜前の敵に対し抜き打ちに右片手にて斬り付け(やや半身となる)直ちに納刀と同時に左足を右足に揃え一足となり、更に第二に現れたる敵に対し前と同様斬りつけたる後納刀。又第三の敵に対して斬りつけ納刀(同時に足も一足となる)」

 古伝に業名は忠実です、動作も古伝を思わせます。
 
 放打は、何故か敵を切る度に納刀します。ある竹刀剣道の先生「なぜ一々納刀するのか意味が解らん」

ある大家の教書に、居並ぶ者の首を次々にはねる業とか、何処から聞いて来たのか不思議が一杯の教えです。
 片手袈裟の斬撃を繰り返し稽古する中から、この業の意義を知りたいと思います。 

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2017年5月16日 (火)

曽田本その1の1神傳流秘書原文9抜刀心持之事15放打

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
9、抜刀心持之事
15)十五本目放打
放打
行内片手二切納ては又切数きはまりなし
読み
放打(はなれうち・はなしうち)
 行くうち 片手に切り 納めては又切り 数極りなし

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2017年5月15日 (月)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く9抜刀心持之事14五方切

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
9、抜刀心持之事
14)十四本目五方切
五方切
 歩ミ行内抜て右の肩へ取り切又左より切又右より切又左より切段々切下げ其侭上へ冠り打込也
読み
五方切(ごほうきり)
 歩み行く内に 抜きて 右の肩へ取り切り 又左より切り 又右より切り 又左より切り 段々切り下げ そのまま上へ冠り打込む
*
読み解く
 此の業は現代居合の「惣捲」のようです。
 大江先生の「惣捲り」では、「抜て右の肩へ取り」は間境で右足を踏み出し刀を前に抜出し、右足を引いて八相に構える。
 そして右足を踏み込み、①右から相手の左・②左から相手の右・➂右から相手の左・までの斬り付けです。上段に振り冠って真向に切下します。
 古伝は更に④左から相手の右と「段々切げ」ですから「左面・右肩・左胴・右膝」に歩み足で追い込みながら切り付けて行く。
 この際相手は、我が切込みを刀で受けつつ下がるも、外しながら下がるも、切られつつ下がるもありでしょう。
 「其儘上へ冠り打込」ですから、四刀目の切り付けは左足を踏み込み十分切り払って右から上段に振り冠り右足を踏み込んで打ち込むでしょう。

 英信流居合目録秘訣によれば「惣捲形十」としてあります。
「竪横無尽に打振て敵をまくり切る也故に形十と有也常に稽古の格には抜打に切り夫より首肩腰脛と段々切り下げ又冠り打込也」

読み
 総捲形十(そうまくりかたじゅう)
「縦横 無尽に打ち振りて 敵を捲り切る也 故に形十と有り 常に稽古の格(決まり)には 抜き打ちに切り それより 首肩腰脛と段々切り下げ 又 冠り打込む也」

 ここに「惣捲」の文言があるのでそれを大江先生は業名に引き継いだのでしょう。現代居合の惣捲は左面・右肩・左胴・右腰・真向です。空間刀法の切り替えしです。

 細川義昌先生の系統の白石元一先生の「五方斬」
「右足を出すと同時に左側にて刀を大きく抜くや直ちに上段に取り、先ず右袈裟がけに斬り振り冠り続いて左袈裟掛けに切り、返す刀にて右より胴を払い腰を落して左より足を払い、再び立姿となり右方より上段に取り真向に斬り下ろす」

*それぞれ大いに稽古して見るものです。現代居合は形を限定していますがそれは、大会や審査の形と割り切って確実にそれを演じられることも必要でしょう。

 古伝は一方的に捲り切りして居る様ですが、現代居合の惣捲は、相手に先を取られ、撃ち込まれたのを外して左面に打ち込む・・いい業です。

 古伝の文章を読んでいますと、決して八相から上段に冠り直して斜め切りしていません。構えは通過点に過ぎず体を右に左に筋を替えつつ打ち込んでいるようです。「段々切下げ其侭上へ冠り打込也」と最後は上段に冠って真向に切り下すのです。これは現代居合が明治以降の竹刀剣道に侵されて失伝している運剣法です。

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2017年5月14日 (日)

曽田本その1の1神傳流秘書原文9抜刀心持之事14五方切

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
9、抜刀心持之事
14)十四本目五方切
五方切
 歩ミ行内抜て右の肩へ取り切又左より切又右より切又左より切段々切下げ其侭上へ冠り打込也
読み
五方切(ごほうきり)
 歩み行く内に 抜きて 右の肩へ取り切り 又左より切り 又右より切り 又左より切り 段々切り下げ そのまま上へ冠り打込む

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2017年5月13日 (土)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く9抜刀心持之事13追懸切

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
9、抜刀心持之事
13)十三本目追懸切
追懸切
 抜て向へ突付走り行其侭打込也
読み
追懸切(おいかけきり)
 抜いて向うへ突き付け 走り行 其の侭打込む也
読み解く
 此の業は現代居合では見る事も無い業です。
刀を抜き出し、正面の相手に切先を突き付け、走り込んで間境に至れば上段に振り冠って右足を踏み込んで真向に打ち下すと云う業でしょう。
 相手は抜刀せずに歩み来るのか、抜刀して上段に構えているのか手附は何も指定していません。或は前方を後ろ向きに歩み行くのか、状況を判断し、どのように走りこむのか難しい業です。

 英信流居合目録秘訣の外之物の大事に遂懸切が有ります。
「刀を抜我が左の眼に付け走り行て打込但敵の右の方に付くは悪し急にふり廻りぬきはろうが故也左の方に付て追かくる心得宜し」

 古伝の追懸切を補足している様です。
「刀を抜我が左の眼に付け」ですから左足前の左正眼の構えでしょう。距離が離れていれば左足・右足・左足と常の走り込みでいいでしょうが、間境では左足前にして上段となり右足を大きく踏込んで打ち下す。
 次の「但敵の右の方に付くは悪し」ですが、敵の右側から打ち込まんとすれば「急にふり廻り抜はろう」と云う事は敵は後向きで同方向に歩み行く、それを追いかけて刀を打ち下すと解釈できます。従って敵の左側から追掛けて切れというのでしょう。

 古伝神傳流秘書の抜刀心持之事の追懸切は想定を指定して居ません。英信流居合目録は、一つの想定からの運剣の心得でしょう。此の業は、闇打ちの心得の様です。大江先生の中学生向きの業としては教育上不向きです。

 下村派細川義昌先生系統と思われる白石元一先生には「追掛(前方を行く敵を追い掛けて斬る意)」という業があります
 「・・右足にて刀を抜き刀先を返し柄を手許にし左手を柄に添えて持ち中段に構えたる儘にて数歩小走りに追掛け、左足を踏み出したる時に振り冠り、右足を出すと同時に大きく真向より斬り下す」

 古傳の手附ではカバーできないので色々考案されていったのでしょう。敵は後向きに前方を歩み行くのを追い掛けている想定になっています。現在の正座の部追風(虎一足)との混合の様でもある気分です。

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2017年5月12日 (金)

曽田本その1の1神傳流秘書原文9抜刀心持之事13追懸切

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
9、抜刀心持之事
13)十三本目追懸切
追懸切
 抜て向へ突付走り行其侭打込也
読み
追懸切(おいかけきり)
 抜いて向うへ突き付け 走り行 其の侭打込む也

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2017年5月11日 (木)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く9抜刀心持之事12夜ノ太刀

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
9、抜刀心持之事
12)十二本目夜ノ太刀
夜ノ太刀
 歩み行抜て躰を下り刀を右脇へ出し地をパタと打って打込む闇夜の仕合也
読み
夜ノ太刀(よるのたち)
 歩み行き 抜きて体を下り 刀を右脇に出し地をパタと打って打ち込む 闇夜の仕合也
読み解く
 闇夜の仕合の時の業とも云えるし、心得ともいえるものなのでしょう。月や星のない夜は本当に真っ暗でした。
 最近は山に登っても町明かりが届いて真っ暗闇に出会うこともなくなってしまいました。
 此の業の雰囲気から推測すれば、大江先生の現代居合の奥居合立業の信夫でしょう。

 真っ暗闇で相手の居場所も判らない時、歩み行きて相手の気配を察し、刀を抜き出し、体を沈めて右脇の地面に「ハタ」と刀の切っ先を打ち付け、相手がその音に誘われ打ち込んでくる処を打ち込んで勝。

 足さばき体裁き、運剣法などは、現代居合に準じればいいのでしょう。相手の存在位置を事前に察知して誘いをかけるのか、相手の存在位置を知らずに音を立てて誘うのか、後者はよほどの手慣れでないと難しそうです。相手も我が存在を知るとも云えるでしょう。

 英信流居合目録秘訣では、極意の大事に「地獄捜」そして「夜之太刀」として心得があるのですが、これも業とも心得とも云えるものです。
地獄捜
 「闇りに取籠り者有るときの心得也夫れ巳成らず惣じて闇にて人をさがすの術也刀の身と鞘と半分抜掛て鐺を以て一面にませ捜すべし鐺に物之さわるを證に抜て突べし亦鞘口三寸計に切先を残し居ながら静かに四方へ廻してさぐるべし九尺四方何事も知れ申」

読み解く
 暗がりに取り籠り者が有る時の心得なり 夫れ巳成(?)らず(己からならず) 惣じて闇にて人を捜す術なり 刀身と鞘と半分抜きかけて、(柄を持って)鐺を以って一面に ませ捜す(かきまわしさがす)べし 鐺に物の触るをあかしに 抜いて突くべし 又 鞘口三寸ばかりに切先を残しながら静かに四方へ廻し探るべし 九尺四方何事も分かるものだ

 

夜之太刀
 「夜中の仕合には我は白き物を着べしてきの太刀筋能見ゆるなり場合も能知るゝものなり放れ口もなり安し白き肌着抔を着たらば上着の肩を脱ぐべしかまえは夜中には下段宜し敵の足を薙ぐ心得肝要なり或は不意に下段になして敵に倒れたる見せて足を薙ぐ心得もあるべし」

読み解く
 夜中の仕合には 白き物を着るべし 敵の太刀筋よく見ゆるなり 場合もよく知るゝものなり 放れ口もなり易し(抜刀の機を捉えやすい?) 白い肌着などを着たのならば上衣の肩を脱ぐべし 構えは夜中には下段が良い 敵の足を薙ぐ心得肝要である 或いは不意に下段になして 敵に倒れたと見せて足を薙ぐ心得もあるものだ

 

 更に居合兵法極意巻秘訣には月夜之事・闇夜之事とあって「是従兵術嗜の个條迄先生御註訳」
月夜之事
 「月夜には我は陰の方に居て敵を月に向わすべし我はかくれて敵をあらわす徳有り」

読み
 月夜には 我は影の方に居て 敵を月に向わすべし 我は隠れて 敵を顕わす得あり

闇夜之事
 「闇の夜は我が身をしずめて敵の形を能見透かすべし兵器の色をはかるべし若難所有らば我が前に当て戦うべし敵のすそをなぐる心持よし」

読み
 闇の夜は 我が身を沈めて 敵の形をよく見透かすべし 兵器の色をはかるべし もし難所あらば 我が前に当て戦うべし  敵の裾を薙ぐる心持よし


 敵も、同様の心得をもって相対すると思うと、どうかな、など思ってしまいますが、まずやってみる事が大切でしょう。
 現代居合の奥居合立業の信夫が相当すると思います。この業で敵の位置を360度、何れなり共認識して誘い込むなど、一人稽古で楽しんでみるのもいいかも知れません。

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2017年5月10日 (水)

第六回古伝研究の集い

土佐の居合 古伝神傳流秘書による古伝研究の集い

 

第六回古伝研究の集い

 

 古伝神傳流秘書を曽田虎彦先生の書き写された直筆本から読み解いて同じ思いの仲間を募って、その古伝研究をやってまいりました。

 今回は第六回目の御案内をいたします。

 

内容:古伝神傳流秘書による詰合・大剣取

    古伝英信流目録による小太刀之位

 

 講義とか実演では無く、参加していただき木刀及び小木刀を持って古伝の解釈及び形の稽古をご一緒にさせていただきます。
 異なる伝承の方々と一つの教本から古伝研究を実施する中で、「私はこの『古伝』はこう解釈する」と自由な考え方から幾つもの疑問を解きほぐして見たいと思います。

 ご参加いただいた方が、師匠であるとご認識いただければ幸いです。

 ミツヒラブログの御愛読者に限らせていただきます。

 

1、期日:平成29年6月25日(日) 

 

2、時間:12時00分~15時00分まで

 

3、場所:神奈川県茅ケ崎市総合体育館 オーケストラ室

   (使用会名:(無双直伝流)古伝研究会)*古伝神傳流秘書には無雙神傳英信流居合兵法と有りますが仮称です

 

4、住所:253-0041神奈川県茅ケ崎市茅ヶ崎1-9-63

TEL:0467-82-7175

 

5、アクセス:東海道線茅ヶ崎駅北口下車徒歩8分(駐車場あり)

 

6、費用:会場費割勘のみ(500円以内)

 

7、参加の御連絡はこのブログへコメントしていただくか直接ご来場ください。

8、御案内責任者 ミツヒラ

 

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曽田本その1の1神傳流秘書原文9抜刀心持之事12夜ノ太刀

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
9、抜刀心持之事
12)十二本目夜ノ太刀
夜ノ太刀
 歩み行抜て躰を下り刀を右脇へ出し地をパタと打って打込む闇夜の仕合也
読み
夜ノ太刀(よるのたち)
 歩み行き 抜きて体を下り 刀を右脇に出し地をパタと打って打ち込む 闇夜の仕合也

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2017年5月 9日 (火)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く9抜刀心持之事11行違

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
9、抜刀心持之事
11)十一本目行違
行違
 行違二左の脇二添へて拂ひ捨冠って打込也
読み
行違(ゆきちがい)
 行き違いに 左の脇に添えて 払い捨て 冠って打ち込む也
*
読み解く
  この手附は抜けだらけですが、稽古をしたくなる業です
 「行違二
」ですから、相手が前から歩み来り、行き違う、いわゆる擦違う時に相手の害意を察しての動作でしょう。
 「左の脇二添へて拂い」は相手は前から来て我が左脇を通り過ぎようとするか、我から相手の左脇に外すかは自由です。
 行き違う寸前に刀を前に抜き放ち左脇に刀の棟を当て切先を後ろに刃を外向けて、左腕の上に右腕を乗せて、右足を一歩前に踏み出し、すれ違い様に相手の左胴を引き切る。その足の儘左廻りに相手に振り向き上段に冠り打ち下す。

 此の業の初動は現代居合の奥居合立業袖摺返の動作です。
* 
 英信流居合目録秘訣の上意之大事
 行違「我左脇を通す宜し切る事悪しと知るべし行違さまに抜て突事宜し又敵先に抜んとせば先んじて早く柄にて胸を突くべし行違の詞の掛様の事大事有・・・・」


読み
行違
 「我が左脇を通すよろし 切る事 悪しと知るべし 行き違い様に 抜いて突く事よろし 又 敵先に抜かんとせば 先んじて早く柄にて胸を突くべし 行き違いの詞の掛け様の事大事あり・・・・」

 英信流居合目録では左脇をすれ違う時に突くのが良いと言っています。或は相手の胸を突いてしまえというのです。払い捨てる行違とは相手を左脇を通す様にする処は同じようですが後は、突くべきだと云っています。
 「行違の詞の掛様の事大事有」は不明ですが「上意」の一声でしょうかすれ違うどのタイミングか研究課題でしょう。
 

 英信流秘書は第9代林六大夫守政の居合を本人が書いたのか、第10代林安太夫政詡の記述と思われます。
 しかし、「英信流居合目録秘訣 先生口受ノ侭ヲ記」と書かれ、奥書きがありません。英信流居合目録秘訣の記述者は不明です。第9代の口授を第10代が書いたのかも知れませんが、いずれにしても、第9代が江戸で修行した「抜刀心持之事行違」を「切る事悪し」と批判しています。

 第17代大江正路先生がこの動作を改変して現代の人混みをかき分け敵を切る「袖摺返」とされたと思われますが確証は有りません。土佐の居合は、多くの替え技があった様で、明治期にはどれが元であったか混乱していたかもしれません。土佐に持ちこまれた元は神傳流秘書の教えだけでしょう。
 これとて、始祖林崎甚助重信の居合とは別物のようです。

 細川先生系統と思われる白石先生の摺違
「歩行中摺違ふ際敵を斬る意、歩行中敵と摺れ違う一歩手前に於いて(左足にて鯉口を構え右足を踏み出して)刀を抜き、左足を出すと同時に刀を左側に取る。此時右手は左肘の外に位置し、左手は鯉口を持ちたるまま、右脇腹に取り左右の腕は交叉す。続いて右足を踏み出し摺れ違いざまに敵の胴を横に払い、直ちに振り返り右足を出すと同時に、再び上段より斬り下ろす。」

 この白石先生のテキストは昭和12年の発行大森流長谷川流伯耆流居合術手引きによります。古伝の趣を伝えていると思います。

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2017年5月 8日 (月)

曽田本その1の1神傳流秘書原文9抜刀心持之事11行違

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
9、抜刀心持之事
11)十一本目行違
行違
 行違二左の脇二添へて拂ひ捨冠って打込也
読み
行違(ゆきちがい)
 行き違いに 左の脇に添えて 払い捨て 冠って打ち込む也

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2017年5月 7日 (日)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く9抜刀心持之事10連達

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
9、抜刀心持之事
10)十本目連達
連達
 歩ミ行内前を右の拳尓て突其儘二左廻り後を切り又前へ振向て打込也
読み
連達(つれだち)
歩み行く内に前を右の拳にて突き そのままに左廻り 後ろを切り 又 前へ振り向いて打込也
読み解く
 連達ですから同じ方向に連れだって行くわけです、前を歩いて行く敵の後頭部を右拳で突き、其のまま左廻りに後ろに振り向いて、後ろの敵に抜き打ちに切り付ける、右廻りに振り向いて前の敵に真向から打ち込む。
 後の敵には「後を切り」ですからどの様に抜き付けるか指定されていません。上に抜き上げ真向に斬る、或は袈裟に斬る、廻りながら物打ちまで抜いて横一線に抜き付ける、斬り上げる、如何様にも状況次第です。
 足さばきは、「其儘」の文言に従い前の敵に右足を踏み込み後頭部に拳で突きを入れた右足前で振り返り左足前で斬る。
 振り返って前の敵を斬るのも、足捌きは其の儘右足前で真向に斬る。但し前に振り返るのは右廻りです。
然し、足を踏み替えて左に廻り左足を踏み込んで打ち込むもありでしょう。

此の業は現代居合の奥居合立業の行違の動作の原型の様です。
行違は敵は前方から歩み来り行き違うのが本来です。ここは我を中にして縦に並んで歩み行くのです。
古伝は拳の突きですが、大江先生は柄頭で前方の敵の人中を打ち突くの違いです。

 英信流居合目録秘訣の外之物の大事に連達が有ります。
外之物の大事とは「外の物とは常の表の仕組より外の大事と云う事也」といって其の儘では通常の居合の業技法では無い技法とでも云うのでしょう。

連達「是亦歩行く内に向を刀の柄にて突き左廻りに後ろえふり廻る拍子に抜打に後ろを切又初柄にて突たる方を切是は我前後に敵を連達たる時の事也旅行抔のとき盗賊抔跡先つれ達時此心得肝要也」

読み
連達「これ又、歩み行く内に向うを 刀の柄にて突き 左廻りに後ろへ振り廻る拍子に抜き打ちに後ろを切り 又 初め柄にて突きたる方を切る 是は我が前後に敵を連れ達ちたる時の事也 旅行などの時 盗賊など後先連れ達つ時 此の心得肝要なり」

 これは現代居合の行違と動作は同じですが、敵は同方向に我を中に歩み行くわけで、現代居合では敵が前方から来るのとは敵の想定が異なります。

 大江先生の行違は「進行中正面を柄頭にて打ち、後を斬り又前を斬る」で敵は業名の「行違」から判断すれば前方より歩み来るでしょう。

 細川先生系統と思われる白石元一先生は連立(前後に重なりて歩行中の敵に対して行う)、と前置きして「右足を踏み出すと同時に前方の敵を抜き打ちに右片手にて斬り付け、返す刀にて後方の敵を斬る(両手にて)」と拳で突くとか柄頭で突くとかは無く、さっぱりしています。

 どちらも、古伝の替え技になっています。時代とともにより有効な動作に変化するのは当然ですが、想定を変えてしまった大江先生の場合は、それによって他の古伝もいじることになってしまいます。
 それも、居合が進化したというよりも、明治維新を挟んだ混乱期の為せることと思えばそれまでです。

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2017年5月 6日 (土)

曽田本その1の1神傳流秘書原文9抜刀心持之事10連達

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
9、抜刀心持之事
10)十本目連達
連達
 歩ミ行内前を右の拳尓て突其儘二左廻り後を切り又前へ振向て打込也
読み
連達(つれだち)
歩み行く内に前を右の拳にて突き そのままに左廻り 後ろを切り 又 前へ振り向いて打込也

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2017年5月 5日 (金)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く9抜刀心持之事9行連

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
9、抜刀心持之事
9)九本目行連
行連
 立って歩ミ行内二抜て左を突き右を切る両詰に同事也
読み
行連(ゆきつれ、ゆきづれ)
 立って歩み行くうちに 抜いて左を突き 右を切る 両詰に同じ事也
参考 両詰
 抜て片手尓て左脇を突き直二振向いて右脇を切る
 左脇へ抜打二切り付希左を斬る
読み解く
 抜刀心持之事は七本目からは立業です。
 両詰は抜刀心持之事の四本目「両詰」です。
「抜て片手にて左脇を突き直に振向いて右脇を切る、(右脇へ抜打に切り付け左を切る)」

 立って歩み行くところ、行連れに左右より詰め寄られ害意を察し、右の敵を柄頭で牽制し、左に振り向き、抜刀するや左敵を刺突し、すかさず振り返って右の敵を真向から切下して勝。

 両詰に同じであれば、右敵をまず片手抜き打ちに切り、振り向いて左敵を切る、もありでしょう。

 古伝はあくまでも左右の敵であって、そこから敵の位置関係の変化は説いていません。

 大江先生の現代居合はこれを奥居合立業の「行連」と「連達」の二つの業に改変されています。
 「行連」は右敵に抜き打ち、左敵に振り向いて上段から切り下しています。
 「連達」は左敵を刺突し、右敵を上段から切り下しています。

 大江先生の改変の意図が全く理解できません。この神傳流秘書は第九代林安大夫守政により伝えられたものですから、谷村派、下村派の分離以前の伝書です。
 其れを下村派の山川久蔵幸雅が書き写した物が残ったのです。

 現在の無双直伝英信流の奥居合の手附は、江戸末期には変わって来ていたかもしれません、そうであれば正しい伝承は大江先生の道統には無かったとも思われてしまいます。
 かと言って、大江先生は初めは、下村派の下村茂市定の居合を習い後に谷村派の五藤正亮の居合を習ったと事実は解りませんが教え伝えています。両方の根元之巻を受けていた証しは無さそうです。
 解からない事に捉われず、古伝は古伝、現代居合は現代居合として理解することから得るものを得れば良いのだろうと達観しています。

 古伝の心持ちは英信流居合目録秘訣の上意之大事「両詰」で紹介しておきましたが振り返ります。
 「是又仕物抔言付られ又は乱世の時分抔には使者抔に行左右より詰かけられたる事間々これあるなりケ様の時の心得也尤其外とても入用也左右に詰かけられたる時一人宛切らんとするときはおくれを取るなり故に抜や否や左わきの者を切先にて突すぐに右を切るべし其わざ唯手早きに有亦右脇の者に抜手を留らるべきと思う時は右を片手打に切りすぐに左を切るべし」

読み
 これ又仕物など言い付けられ、又は、乱世の時分などには使者などに行き、左右より詰め懸けられたる事、まゝこれ有るなり、斯様の時の心得也。
 もっとも其の外とても入用也、左右に詰め懸けられたる時、一人宛て切らんとする時は遅れを取る也、故に、抜くや否や左脇の者を切先にて突き、直ぐに右を切るべし。
 その技ただ手早きにあり、又、右脇の者に抜き手を留めらるべきと思う時は、片手打ちに切り、直ぐに左を切るべし。

 この、古伝の教えは「其わざ唯手早きに有亦右脇の者に抜手を留らるべきと思う時は右を片手打に切りすぐに左を切るべし」に、奥居合の抜刀心持が集約されています。
 ゆっくり・大きく・正確にから、手早く、敵との場合を如何に処理できるか、現代居合の評価法では武術を理解するには不可能です。
 振り向いた時、敵は既に上段から打ち込んで来ているのです。 

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2017年5月 4日 (木)

曽田本その1の1神傳流秘書原文9抜刀心持之事9行連

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
9、抜刀心持之事
9)九本目行連
行連
 立って歩ミ行内二抜て左を突き右を切る両詰に同事也
読み
行連(ゆきつれ、ゆきづれ)
 立って歩み行くうちに 抜いて左を突き 右を切る 両詰に同じ事也
参考 両詰
 抜て片手尓て左脇を突き直二振向いて右脇を切る
 左脇へ抜打二切り付希左を斬る

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2017年5月 3日 (水)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く9抜刀心持之事8人中

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
9、抜刀心持之事
8)従是立事也 八本目人中
従是立事也
人中
 足を揃へ立って居る身二そへて上へ抜き手をのべて打込む納るも躰の中尓て納る
読み
是より立つ事也
人中(じんちゅう、にんちゅう、ひとなか)
 足を揃え立って居る身に添えて上へ抜き 手を伸べて打込む 納めるも体の中にて納める
読み解く
 この八本目からの業は立業である、と云います。従って抜刀心持之事の一本目向拂から八本目棚下迄は居業の教えです。

 足を揃え立って、刀を身に添えて上に抜き上げ、足を踏み込まず手を延ばして打ち込む、刀を納めるのも体の内で納める。

 謎めいた手附ですが、人中と云う業名に拘ってみればこれは人ごみの中での運剣操作の教えとも考えられそうです。
 刀を身に密着させて抜き上げるのは、人を傷つけない為の所作で、上に抜き上げ拝み打ちに打ち下ろすのです。

 大江先生による現代居合の奥居合立業の壁添そのものです。
壁添は両側狭い壁などの障害がある場合の運剣操作を理合としています。
 人ごみの中での運剣法は、大江先生の奥居合立業の袖摺返しが相当します。これは神傳流秘書の行違の替業を思わせ、業名は大小立詰の一本目袖摺返からの盗用でしょう。

 英信流居合目録秘訣では上意之大事に「壁添」という教えがあります。
壁に限らず惣て壁に添たる如くの不自由の所にて抜くには猶以腰を開ひねりて躰の内にて抜突くべし切らんとする故毎度壁に切あてかもいに切あてゝ仕損する也突くに越る事なし就中身の振廻し不自由の所にては突く事肝要」

読み
 壁に限らず、総じて壁に添いたる如く不自由の所にて抜くには、猶もって 腰を開き捻りて体の内にて突くべし 切らんとする故 毎度壁に切りあてゝ 仕損ずる也 突くに越したる事なし なかんずく身の振り廻し不自由の所にては 突く事肝要

 こちらは、壁や鴨居に切りあてるから突けと言っています。
これは業というより心得です。

 細川義昌先生系統と思われる白石元一先生の人中は「多人数の中にて前方の敵を斬る意」と言っています。
 神傳流秘書のような伝書が下村派に残り谷村派から出て来ない事や、大江先生の改変により古伝が失伝しているなどから、下村派こそ道統を引き継いだのではないかとの意見を聞いたことがあります。かといって下村派の実態は明治以降消えてしまったようです。
 夢想神伝流は、中山博道亡き後お弟子さん方が、師の教えをまとめたものでこれも正統とは言えそうもないようです。

 古伝の人中を壁添と想定違いの同一動作とすれば、人をかき分けて敵を追う袖摺返しは古伝の行違の替え業で大江先生独創した現代居合となる様です。

 人中の抜刀及び拝み打ちの足捌きは、爪先立って抜刀し、更に伸び上がって拝み打つように指導されます。こんな不安定な動作を要求する意味は何でしょう。抜刀はともかく拝み打ちはグンと踵を沈め膝をエマせば良い筈です。
 古伝「抜刀心持之事(格を放れて早く抜くなり 重信流)」と前書きされています。掟に縛られずに状況を見極め最も良い方法を素早く実施しなさいと、言っています。古伝なんか興味は無いなどと嘯く現代居合の武的演舞派には意味不明な要求事です。
 
 

 

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2017年5月 2日 (火)

曽田本その1の1神傳流秘書原文9抜刀心持之事8人中

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
9、抜刀心持之事
8)従是立事也 八本目人中
従是立事也
人中
 足を揃へ立って居る身二そへて上へ抜き手をのべて打込む納るも躰の中尓て納る
読み
是より立つ事也
人中(じんちゅう、ひとなか)
 足を揃え立って居る身に添えて上へ抜き 手を伸べて打込む 納るも体の中にて納める
 

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