2018年7月17日 (火)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文2上意之大事5門入

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
2、上意之大事
5門入
 戸口ヲ出入スルノ心得也戸口ノ内二刀ヲフリ上テ待ツヲ計知トキハ刀ノ下緒ノハシヲ左ノ手二取刀ヲ背テウツムキトドコヲリ無ク走リ込ムベシ我ガ胴中二切カクルヤ否ヤ脇指ヲ以抜ツケ二足ヲナク可シ
読み
 戸口を出入するの心得也 戸口の内に刀を振り上げて待つを計り知る時は 刀の下緒の端を左の手に取り刀を背負いて俯き滞り無く走り込むべし 我が胴中に切りかくるや否や 脇指を以って抜付けに足を薙ぐ可し
参考
 古伝 神傳流秘書 抜刀心持之事 該当する業名および動作は見当たらず
・ 
参考
 谷村派第17代大江正路先生の門入
 (進行中片手にて前を突き後を斬り前を斬る)右足を出したる時、刀を抜き、左足を出して、刀柄の握りを、腰に當て刀峯を胸に當て、右足を出して、右手を上に返し、刀刃を左外方に向け、敵の胸部を突き、其足踏みのまま體を左へ振り向け、後へ向き、上段にて斬り、直に右へ廻り前面に向き上段にて斬る。

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2018年7月16日 (月)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く2上意之大事4四角

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
2、上意之大事
4四角
 三角二カワル事無シ是ハ前後左右に詰合フ之心得也故二後ロへ迠マワッテ抜付ル也
読み及び読み解く
 三角に変わる事は無い 是は前後左右に詰合う心得である 故に後へまで廻って抜き付けるのである。
 三角の処の重要な心得は、複数に取り囲まれた時には一人ずつ深々と斬っていては遅れを取るので仕損じるものだ、居合の大事は浅く勝事が肝要で、並み居る敵の紋所の辺りに切先外れに払ってビクとして相手が臆したところを付込んで仕留めるのだ、と極意を語っています。
 当然三人でも四人でも同じ事と述べています。上意之大事はどんな場合でも仕損じるわけにはいかない、封建時代の根底にある武士社会の倫理が裏打ちされているわけで単なる試合とは分けが違うのです。
古伝神傳流秘書抜刀心持之事四角
 「抜左の後の角を突き右の後の角を切右の向を請流し左の向を切又右の向を切る也」
 上意之大事の四角は前後左右に囲まれた想定で我は十文字の交点に坐すとすればよいでしょう。
 古伝は左前・右前・左後・右後で×印の交点に我は位置しています。拘る事も無く場に応じて「おおらか」に運剣出来ない様では奥居合を学ぶ心掛けが出来ていないと云えるでしょう。
 正面に向いた我が体を、刀を抜きつつ右前の敵に廻り込み抜刀するや左後ろの敵を刺突し、右足を軸に左前の敵の紋所の辺りを斬り払い、右前の敵の紋所辺りを斬り払い、右後ろの敵も払って右肩から諸手上段に振り冠って右後ろの敵に斬り込み、右肩を覆う様に刀を振り被りつつ左廻りに右前の敵の斬り込みを請け流し、左前の敵の真甲に諸手上段から斬り下し、即座に右廻りに右前の敵に振り返り上段から真向に斬り下ろす。
 この様にすれば、三角の時の教えを守った運剣と成る筈です。
大江正路先生系統の現代居合ではこの上意之大事の心得は見られず一人ずつ深々と斬っています。尚且つ、敵の坐す位置がどうしたわけか変則で、左後・右前・左前・正面となっていて右後は空いています。
細川義昌先生系統の無双神傳抜刀術兵法の尾形郷一先生の「四角」
 「(四隅に居る者を斬る)正面に向ひ居合膝に座し、例により鯉口を切り右手を柄に掛け腰を伸し右脛を立てつつ(右前に掛かると見せ)刀を其方向へ引抜き、咄嗟に、左膝頭で(左廻りに)後斜へ振り向き、左後隅の者を(右片手にて)突き直ぐ右にくるりと廻りつつ、諸手上段に引冠り、右後隅の者へ斬込み、直ぐ左へ廻りつつ、刀を頭上へ振り冠り(右前隅の者より斬込み来る太刀を受け流しながら)左前隅の者へ斬込み、直ぐ再び右へ振向きつつ、諸手上段に引冠り右前隅の者へ斬込み、刀を開き、納める。」
 この手附は古伝神傳流秘書抜刀心持之事「四角」を演じている様です。
 この手附による四方切の替え業と称して第21代福井聖山先生が演じたビデオが残されています。大江先生の手附が替え業だったのでしょう。
 この下村派細川先生は大江先生の兄弟子でしたが、何故同様の四角が伝わっていなかったのでしょう。
 恐らく、奥居合まで十分指導を受けられる環境に無い大江先生が生きた明治維新が大きく影響したのでだろうと勝手に理解し、自ら独創を余儀なくされたか、あるいは江戸末期に既に奥義の教えは失念し替え業オンパレードだったかもしれません。

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2018年7月15日 (日)

曾田本その1の6英信流居合目録秘訣原文2上意之大事4四角

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
2、上意之大事
4四角
 三角二カワル事無シ是ハ前後左右二詰合フ之心得也故二後ロへ迠マワッテ抜付ル也
読み
 四角(しかく、よすみ)
 三角にかわる事なし 是は前後左右に詰合うの心得也 故に後へ迠廻って抜付ける也
参考
 古伝神伝流秘書 抜刀心持之事 四角
 抜左の後の角を突右の後の角を切右の向を請流し左の向を切又右の向を切る也
読み
 抜き 左の後ろの角を突き 右の後ろの角を切る 右の向こうを請流し 左の向こうを切る
又 右の向こうを切る也
 

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2018年7月14日 (土)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く2上意之大事3三角

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
2、上意之大事
3三角
 三人並居ル所ヲ切ル心得也ヶ様ノトキフブカと勝ンとスル故二オクレヲ取ル也居合ノ大事ハ浅ク勝事肝要也三人並居ル所ヲ抜打二紋所ノアタリヲ切先ハツレ二ハロヲトキハビクトスルナリ其所ヲ仕留ル也三人ヲ一人ヅツ切ラント思フ心得ナレバ必仕損スル也一度二拂フテ其オクレ二付込デ勝ベシ
読み及び読み解く
 三角はさんかくでしょう、「みすみ」と読ませる先生も居たような。
 三人並び居る所を切る心得である ケ様の時深々と勝たんとする故に遅れを取るのである 居合の大事は浅く勝事が肝要である 三人並び居る所を抜打ちに紋所の辺りを切先外れに払う時はビクとするので その所を仕留めるのである 三人を一人ずつ切ろうと思えば必ず仕損じるものである 一度に切り払いその臆するところに付け込んで勝つものである
古伝神傳流秘書抜刀心持之事「三角」
 「抜て身を添へ右廻りに後へ振り廻りて打込也」
 古伝の三角の手附は不十分でどうしてよいかわからないのですが、この英信流居合目録秘訣を読んでなるほどと納得です。
 三人の敵に囲まれた場合、一人ずつ斬ると考えずに、目の前の敵に向かって浅手に抜き付けるや右廻りに刀に身を添える様にして、後ろに振り廻って前・右・後の三人を紋所の辺りに切先浅く斬り通し、刀を右肩から振り冠って後ろの敵を斬り、右の敵の斬り込んで来るのを請け流し、前の敵に打ち下ろし、右の敵に斬り込む、のでしょう。
 敵の配置が如何様でも同じ様二するのです。
 この二古伝の三角は大江先生は奥居合居業では残さず、「四方切」として左後ろを刺突し・右前の敵を諸手上段から斬り下ろし・左前・正面と真向に斬り下ろし四人の敵を一人ずつ斬っています。
 上意之大事の教えを知っていればこの様な運剣は指導しなかったかも知れません。剣術は小栗流を学んでいた様ですからそこらに要因があったかもしれません。
 下村茂市先生の門人で大江先生の兄弟子であった細川義昌先生の三角は手元資料ではその系統の白石元一先生の「大森流長谷川流伯耆流居合術手引」と尾形郷一先生の「無双神傳抜刀術兵法」に「三角」が残されています。
 尾形郷一先生の英信流奥居合之部「三角」
 「(前右後の三人を斬る)正面より(左廻りに)後向き 居合膝の座し例により鯉口を切り右手を柄に掛け 前に掛かると見せて 右足を摺り出し腰を伸し 刀を引き抜くなり 右足を左足に引きよせるなり刃部を外へ向け 左腕外深く突込み 立ち上がりつつ右へくるりと廻りながら前、右、後の三人を軽く斬り 正面へ向く 同時に左足を跪きつつ諸手上段に引冠り 右足踏込んで斬込み 刀を開き納め終る」
 細川先生の三角も動作では古伝神傳流秘書と違うな、と思いつつも大江先生よりも三角の心持ちを残している様です。
 後向きに坐したのですから、先ず後ろの敵(元前に坐す敵)を刺突し、立ち上って左の敵(元右に座す敵)を右廻りに軽く斬り、前の敵(元後ろの敵)も右廻りに軽く斬り、後の敵(元前の敵)にも軽く斬り付け右肩から刀を上段に振り冠って諸手で前の敵の真向に斬り付け 開き納める、のでしょう。元右と元後ろの敵は軽く斬られるだけで、元前の敵は刺突され、軽く斬られ真向に斬られているのでしょう。
 チョット中途半端ですが上意之大事を心得た運剣です。 
 大江先生系統はこの上意之大事三角の心持ちを引き継がなかった様で、演武形としては見栄えは良いのですが、途中で切られてしまいそうです。大江先生の独創が先行したと云えるでしょう。
 

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2018年7月13日 (金)

曾田本その1の6英信流居合目録秘訣原文2上意之大事3三角

曾田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
2、上意之大事
3三角
 三人併居ル所ヲ切ル心得也ケ様ノトキフカブカと勝ントスル故二オクレヲトル也居合ノ大事ハ浅ク勝事肝要也三人併居ル所ヲ抜打二紋所ノアタリヲ切先ハツレ二ハロヲトキハビクトスルナリ其所ヲ仕留ル也三人ヲ一人ヅツ切ラント思フ心得ナレバ必仕損スル也一度二拂フテ其オクレ二付込デ勝ベシ
読み
 三角(さんかく、みすみ?)
 三人並び居る所を切る心得也 ケ様の時深々と勝たんとする故に遅れを取る也 居合の大事は浅く勝事肝要也 三人並び居る所を抜打に紋所の辺りを切先外れに払ろう時はビクとする也 其の所を仕留める也 三人を一人づつ切らんと思う心得なれば必ず仕損ずる也 一度に払うて其のおくれに付け込んで勝べし
 古伝神傳流秘書 抜刀心持之事 三角
 抜て身を添へ右廻り二後へ振り廻りて打込也
読み
 抜いて 身をそえ右廻りに後ろへ振り廻りて打込む也

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2018年7月12日 (木)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く2上意之大事2両詰

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
2、上意之大事
2両詰
・ 
 是又仕物抔言付ラレ又ハ乱世ノ時分抔二ワ使者抔二行左右ヨリ詰カケラレタル事間々有之也ヶ様ノ時ノ心得也尤其外トテモ入用也左右に詰カケラレタル時一人宛切ラントスルトキハオクレヲ取ナリ故二抜ヤ否ヤ左ワキノ者ヲ切先二而突スグ二右ヲ切ル可シ其ワサ唯手早キ二有亦右脇ノ者二抜手ヲ留ラルベキト思フ時ハ右ヲ片手打二切リスク二左ヲ切ルベシ
読み及び読み解く
 上意によって仕物を云いつけられた時や乱世の時分に使者などに行き 左右より詰め懸けられる事は間々あるものだ その様な時の心得である その外でも入用なものである 左右より詰め懸けられた時一人づつを切ろうとすると遅れを取るものである そこで抜くや否や左脇の者を切先で突き直ぐに右の者を切るべきである その業唯手早きにある 又 右の脇の者に抜く手を留めらると思う時は 右の者を片手で切り直ぐに左の者を切るべきである
 現代居合しか知らないものは両詰は17代大江正路先生によって改変されてしまった奥居合居業の七本目両詰を思い描くのですが、古伝は両脇から詰め寄られる時の応じ方を伝授しています。
 古伝神傳流秘書抜刀心持之事「両詰」
 「抜て片手にて左脇を突き直に振向いて右脇を切る 右脇へ抜打に切り付け左を切る」
 大江正路先生の改変してしまった奥居合居業の七本目「両詰」
 「(抜放け諸手にて真向を突き斬る)座したる處より右足を少し出して、刀を抜き、柄元を臍下に當て、右足を踏出して、前方を諸手にて突き、其姿勢のまま、上段にて前面を真向に斬る」
 是では古伝神傳流秘書の抜刀心持之事「向詰」です。
 「抜て諸手を懸け向を突打込也」
 土佐の居合は方向については明確に統一しています。「向」は正面に敵が居る場合、「両詰」は左右に敵に囲まれた場合です。場の想定では無く敵の位置関係を表しているわけです。居合は相手との攻防であって場の状況が優先するわけでは無いのです。
 下村派で下村茂市の兄弟子であった細川義昌の「両詰」を無双神傳抜刀術兵法の尾形郷一貫心先生の奥居合之部「両詰」
 「(左右に座して居る者を斬る)正面に向ひ居合膝に座し、例により鯉口を切り右手を柄に掛けるなり、腰を伸ばし(右へ掛かると見せて)右足を少し右へ踏み出し其方向へ刀を引抜き、咄嗟に左へ振向き(右片手にて)左側の者の胸部を突き、直ぐ右へ振返へりつつ、諸手上段み引冠り右側の者へ斬込み、刀を開き 納め終る」
 細川義昌先生の教えは古伝の運剣動作です。古伝が引き継がれていたのです。大江先生の改変が不思議です。
 ついでに細川義昌先生の「向詰」も稽古して見ます。これも尾形先生の手附からです。
 「(対座して居る者を斬る)正面に向ひ居合膝に座し、例により鯉口を切り、右手を柄に掛け、両膝を立つなり右足を少し右前へ踏出し、其方向へ刀を引抜き、右足を引戻すと共に、刀尖を向ふへ、柄頭を腹部へ引付け諸手となり(刀を水平に構へ)体を少し前へ進め、対手の胸部を突き、更に左足を進ませつつ諸手上段に引冠り、右足を踏込んで斬込み、刀を開き 納め終る」
 是も古伝の向詰です。大江先生は変です。そのまま大江先生の教えを受けた無双直伝英信流の居合を稽古する所はおかしいまま治せなくなってしまっています。 
 それでも先師の努力でそれなりですから「おおらかに」稽古しています。古伝は本物を目指す者の目標です。
 然し、古伝の両詰が「戸詰」と「戸脇」に別れ、戸障子の有る無しと、敵の位置が左右から、「戸詰」は戸障子の敷居の向こう右前と左前に我を迎える。
 「戸脇」は敷居の手前に居る我が方の左後と、敷居の向こう右前に居る想定になってしまいました。戸など無かったのに、戸の有る想定がついてドンドン特定の運剣動作に進化して行き基本の心持ちすら失念し始めている感があります。
 大江先生が付け加えた「戸」に後世の者が敏感過ぎてしまったのも本筋を外す原因だったのでしょう。
 
 

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2018年7月11日 (水)

曾田本その1の6英信流居合目録秘訣原文2上意之大事2両詰

曾田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
2、上意之大事
2両詰
 是又仕物抔言付ラレ又ハ乱世ノ時分抔二ワ使者抔二行左右ヨリ詰カケラレタル事間々有之也ケ様ノ時ノ心得也尤其外トテモ入用也左右二詰カケラレタル時一人宛切ラントスルトキハヲクレヲトルナリ故二抜ヤ否左ワキノ者ヲ切先二而突スグ二右ヲ切ル可シ其ワサ唯手早キ二有
 亦右脇ノ者二抜手ヲ留ラルベキト思フ時ハ右ヲ片手打二切リスク二左ヲ切ルベシ
読み
 両詰
 是又仕物抔言い付けられ 又は 乱世の時分抔には使者抔に行く 左右より詰かけられたる事 ままこれ有る也 ケ様の時の心得也 尤も其の外とても入用也 左右に詰かけられたる時一人宛て切らんとする時は遅れを取る也 故に抜くや否や左脇の者を切先にて突き直ぐに右を切るべし 其の技唯手早きに有 亦 右脇の者に抜く手を留めらるべきと思う時は 右を片手打ちに切り直に左を切るべし
参考
 古伝 神傳流秘書 抜刀心持之事 両詰
 抜て片手尓て左脇を突き直に振向いて右脇を切る
 (右脇へ抜打に切り付希(つけ)左を斬る)
参考
 古伝 神傳流秘書 抜刀心持之事 向詰
 抜て諸手を懸け向を突打込也

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2018年7月10日 (火)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く2上意之大事1虎走

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
2、上意之大事
1虎走
 仕物抔云付けラレタル時ハ殊二此心得入用也其外トテモ此心得肝要也敵二間モ三間モ隔テゝ坐シテ居ル時ハ直二切ル事不能其上同坐シ人々居並ブ時ハ色二見セテハ仕損ル也サワラヌ躰二向フヱツカツカと腰ヲカガメ歩行内二抜口ノ外へ見ヱヌ様二躰ノ内ニテ刀ヲ逆サマ二抜キツクヘシ虎ノ一足ノ事ノ如シト知ル可シ大事トスル所ハ歩二アリハコヒ滞リ無ク取合スル事不能ノ位ト知ルベシ
 読みと読み解く
 上意による仕物抔を云いつけられた時は殊に此の心得入用である 其の外であってもこの心得肝要である 敵が二間も三間も隔てて坐している時は 直ぐに切る事は出来ない 其の上同坐している人々が居並んでいる時は 色に見せては仕損じるのである さわらぬ躰に向うへつかつかと腰を屈め歩み行くうちに 抜き口が外へ見えないように躰の内にて刀を逆さまに抜き出し 虎一足の如くと知るべきである 大事とする所は歩みに有 足運び滞りなく取合いする事 (不信感を周囲に)能えずの位と知るべきである 
 古伝神傳流秘書抜刀心持之事「虎走」
 居合膝に坐して居立って向へ腰をかがめつかつかと行抜口の外へ見えぬ様に抜付け打込 
 納又右の通り腰をかがめ後へ引抜付打込也
 古伝神傳流秘書大森流居合之事「虎乱刀」
 是は立事也幾足も走り行く内に右足にて打込み血震し納る也 但し膝を付けず
 大森流の虎乱刀は大江先生の追風ですが、走り込んで接近し抜打の一刀で斬り倒しています、特に抜口の見えない様な考慮をせよとは言っていません。
 虎走は、抜口の周囲にも見えない様な動作と刀を下に抜いて斬り上げて一刀で倒す心得であったのでしょう。
 追風も虎走りも、いつの間にか心得を忘れ、ドタバタ足音を立てて見たり、抜口など気にもせず抜き付けたりしています。
 是は、その様な想定で、廻りの者を気にせず、逃げる敵を追いかける想定に過ぎません。
 間境でドタドタ足踏みして、敵に我が接近を知らしめて抜き付けるなども掛け声を懸けると同様の一つの替え場面でしょう。
 抜き足差し脚忍び足で追風を演じている「虎乱刀」を拝見しましたが、「虎走」と混線した先師がおられたのでしょう。
 抜刀の方法も「刀を逆さまに抜きつく」などは失伝してしまっている様です。下からの切り上げは、防ぎ辛いもので仕損じない運剣の一つです。
 面白いのは、一刀目の抜付け、二刀目は真向に打込むに際しての左足捌が右足に左足膝を引き付け跪き右足を踏み込み打込むか(細川義昌先生系統)、抜き付けた足のまま跪いて打込むか(大江正路先生系統)などの教えもあって愉快ですが、状況次第でしょう。
 演武会では、「俺が正しい」などと馬鹿を言ってないで、流派の教えで演じていればいいだけです。

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2018年7月 9日 (月)

曾田本その1の6英信流居合目録秘訣原文2上意之大事1虎走

曾田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
2、上意之大事
1虎走
 仕物抔云付ラレタル時ハ殊二此心得入用也其外トテモ此心得肝要也
 敵二間モ三間モ隔テゝ坐シテ居ル時ハ直二切事不能其上同坐シ人々居並ブ時ハ色々見セテハ仕損ル也サワラヌ躰二向フヱツカツカト腰ヲカガメ歩行内二抜口ノ外へ見ヱヌ様二躰ノ内ニテ刀ヲ逆サマ二抜キツクルヘシ虎一足ノ事ノ如シト知ル可シ大事トスル所ハ歩ミ二アリハコヒ滞リ無ク取合スル事不能ノ位ト知ルベシ
*
読み
 仕物抔云いつけられたる時は殊に此の心得入用也 其の外とてもこの心得肝要也
 敵 二間も三間も隔てゝ坐して居る時は直ぐに切る事能わず 其の上同坐し人々居並ぶ時は 色々見せては仕損じる也 さわらぬ躰に向うへつかつかと腰を屈め歩み行くうちに 抜き口の外へ見えぬ様に躰の内にて刀を逆さまに抜付くべし 虎の一足の事の如しと知るべし 大事とする所は歩みにあり 運び滞りなく取合いする事能えずの位と知るべし
*
参考
古伝 神傳流秘書 抜刀心持之事 虎走
 居合膝に坐して居立って向へ腰をかがめつかつかと行抜口の外へ見へぬ様に抜付打込納 又右の通り腰をかがめ後へ引抜付打込也
 居合膝に座して居 立って向こうへ腰を屈めつかつかと行き 抜口の外へ見えぬ様に抜き付け打込む 又 右の通り腰を屈め後ろへ引き抜き付け打込む
 
 
 

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2018年7月 8日 (日)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く1外之物ノ大事7詰合ハ二星

曽田本その1
6。英信流居合目録秘訣読み解く
1、外之物ノ大事
7詰合ハ二星
 詰合ハ二星二ツヅマル敵之拳也二星一文字ト云時ハ敵ノコブシヲ抜払フ事也惣而拳ヲ勝事極意也
読み及び読み解く
 この教えも現代居合しか知らず、居合の業と其の順番だけを指導された者には、なぞなぞのようなもので何も理解できない所です。
 河野百錬先生が昭和30年に発行した「無双直伝英信流居合兵法叢書」がありながら最高段位の先生すら知らなかったと云うばかりです。
 ここで云う詰合は古伝神傳流秘書にある「重信流也 従是奥之事極意たるに依而格日に稽古する也」と前書きのある「詰合」でしょう。
 詰合の業は古伝では「詰合」10本、江戸末期以降のものは「詰合之位」と呼ばれ11本となります。
 「‥之位」などの呼び名は土佐の居合にはもともと無かったものでどこぞからの借り物か、当時の如何にもとする流行用語でしょう。
 「詰合ハ二星」を読んでみます。
 詰合は二星に約まる(つづまる) 敵の拳也 二星一文字と云う時は 敵の拳を一文字に抜き払う事である そうじて拳に勝つ事が極意である
 土佐の居合の免許皆伝である根元之巻に「・・霊夢有大利得以腰刀三尺三寸勝九寸五分事柄口六寸勝之妙不思議之極意一国一人之相伝也腰刀三尺三寸三毒則三部に但脇指し九寸五分九曜五古之内証也・・」と示唆しています。
 是もこのままでは理解不能な極意の伝授ですが居合の根元を追及していけば自ずから開けてくるはずです。
 詰合の業のうち相手の抜き付けを下で受けて打ち返す業は十本中以下の五本の様になっています。
1、発早
 楽に居合膝に坐したる時相手左の足を引下へ抜付るを我も左の足を引て虎の一足の如く
 抜て留め打太刀請る上へ取り打込み勝也
2、拳取
 如前に足を引抜合我左の手にて相手の右の拳を取り制す也
3、岩浪
 拳取りの通り相手より拳を取りたる時我よりも前の如く取り我が太刀を放し右の手にて敵の
 肘のかがみを取り左脇へ引たおす
4、八重垣
 如前抜合たる時相手打込を我切先に手を懸けて請け又敵左より八相に打を切先を上にし
 て留又上より打を請け相手打たんと冠を直に切先を敵の面へ突詰める
5、鱗形
 如前抜合せ相手打込むを八重垣の如く切先に手を添へ請留直に敵の太刀を摺落し胸をさす也
 他の五本も拳を捕えてしまえば相手は何も出来ないものです。
 何故、初動が「発早」の抜き付けの「相手左の足を引下へ抜付るを我も左の足を引て虎の
 一足の如く留め」なのでしょう。
 もともと、虎の一足でも、座した相手の足に抜き付けるなど術理に合わない運剣でしょう。当然相手の上半身に抜き付けるものでしょう。
 詰合は双方居合膝から刀を抜き乍ら左足を退いて抜き付けています。相手が左足を引いて抜き付けて来ても膝と膝で三尺離れて居れば、体軸の間は少なくとも後二尺ありますから五尺の開きがあります、左足を引いてしまうと五尺以上の間になって相手の切先はチョット体を引けば我が体に届かない。
 従って相手との居合膝の膝間隔は二尺が良い所です。大小詰を考慮すればなおさらです。相手の抜き付けんとする拳を目がけて抜き払うのがこの詰合の極意でしょう、次の運剣動作は請け留められた場合の応用動作に過ぎません。それをこの英信流居合目録秘訣の外之物ノ大事詰合ハ二星は述べているのです。
 横一線の抜き付けを双方でやったのでは、怪我だらけです。稽古では斜めに抜き合わせているだけでしょう。
 二星はここでは拳だと云っています。土佐の居合に影響を及ぼしている新陰流では拳以外に敵の眼を「目付二星之事」の教えもあります。次いでですが柳生新陰流の柳生兵庫助利厳による「始終不捨書」には「六寸之事」として我が太刀先三寸と敵の拳三寸と合わせれば六寸という浅く拳に勝つ、柄口六寸の教えもあります。
 ある地区の指導者は物打で斬り込み更に深く斬り込む運剣を可として、恥ずかしげもなく指導して居ました。これは土佐の居合の根元を伝えるだけの力量の無い、仮想敵相手の一人演武だけを頼りにした武的演舞の教えによるのでしょう。
 詰合之位として手附とビデオを頼りに稽古され是は極意の組太刀だから範士以上が習うものなどと勝手に云っていますが、刀を持った踊りの稽古に過ぎません。わけもわからない者の教えは無双直伝英信流では無いでしょう。
 ある無双直伝英信流の流派の先生は「大江正路先生によって伝承された無双直伝英信流は根元之巻とその目録は居合と居合道形7本だけである、詰合などを稽古し公の場所で演じるなどとんでもない、見つけ次第に除名だ」と息巻いています。その癖どこぞの柔術やら運剣を取り込み何を言っているのか疑問だらけです。
 大江先生の時代は、廃藩置県、廃刀令などによって武士の失業によって、古来からの武術は伝承が立ち消える寸前だった、また日本が欧米に追い付け追い越せの時代で日本の伝統の幾つかは消えざるを得なかった時代です。
 大江先生には無双直伝英信流の伝書類も業技法の伝授も充分なされたのか疑問だらけです。然し今日のこの流の繁栄の礎を築かれこの文化の消滅を防がれた事は何よりの事です。
 この時代には、其の時失念したものを古伝を頼りにしてでも呼び覚ますことが出来ない様な事では、無双直伝英信流の指導者などと云えるわけは無いでしょう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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2018年7月 7日 (土)

曾田本その1の6英信流居合目録秘訣原文1外之物ノ大事7詰合ハ二星

曾田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
1、外之物ノ大事
7詰合ハ二星
 詰合ハ二星二ツゞマル敵之拳也二星一文字ト云時ハ敵ノコブシヲ抜拂フ事也惣而拳ヲ勝事極意也
読み
 詰合は二星につづまる敵の拳也 二星一文字と云う時は敵の拳を抜き払う事也 そうじて拳を勝事極意也

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2018年7月 6日 (金)

曾田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く1外之物ノ大事6大小詰之極意

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
1、外之物ノ大事
6大小詰之極意
 大小詰之極意ハ霞蹴込二ツヅマル夫トハ敵ノ眼ヲ我手ヲ以拂フ敵オクルゝ所ニテ勝手ウゴカシ難キトキハ我頭ヲ敵ノ顔二突付ベシ又ハ足ニテ敵之陰嚢ヲ蹴ル也
読み及び読み解く
 大小詰の極意は霞蹴り込みに約まる それとは敵の眼を我が手を以て払う 敵が憶する(遅滞スル)ところにて勝 手を動かし難き時は我が頭を敵の顔に突き付くべし 又は足にて敵の陰嚢を蹴る也
 大小詰は古伝神傳流秘書の大小詰を指しているのでしょう。大小詰ですから我は太刀、敵は小太刀を帯して、居合膝で詰合います。
 膝と膝の間隔は一尺~一尺五寸でしょう。それでも双方の中心軸では三尺から三尺五寸の間があります。
 大小詰の心得には「是は業に有らざる故にっ前後もなく変化極りなし始終詰合組居合膝に坐す気のり如何様ともすべし先ずおおむね此の順にする」、順番は気分が乗った所でやればいいと云っています。
 大小詰は「重信流」と添え書きがありますから、英信流より古いものでしょう。
1、抱詰
 「楽々居合膝に詰合たる時相手両の手にて我が刀の柄を留る時我両の手を相手の両の肘に懸け少し躰を浮き上がり引いて其の儘左の後の方へ投げ捨る」
2、骨防扱(ほねもぎ)
 「立合の骨防返に同じ故になし                                                                                 骨防返:相懸りに懸りて相手我刀の柄を留めたる時我右の手にて柄頭を取り振りもぐ也」
3、柄留
 「抱詰の通り両の手にて柄を取り下へ押付られたる時向のわきの辺りへ拳にて當扨我右の足にて相手の手を踏み柄をもぐ常の稽古には右の足を押膝にてこぜもぐ」
4、小手留
 「立合の鍔打返に同じ故に此の處にては不記 鍔打返:相懸りに懸り我刀を抜かんとする其の手を留られたる時柄を放し手を打もぐ也」
5、胸留
 「詰合たる時相手我が胸を取り突き倒さんとする時我右の手にて其手を取り左の足を後へ引柄頭にて相手の脇へ當る又引く時は随って抜突く也」
6、右伏
 「我右の方に相手並び坐し柄を取られたる時直に我右の手を向の首筋へ後より廻し胸を
取り押伏せんとするに相手いやとすくばるを幸に柄を足に懸て後へ投倒す 又抜かんとする手を留められたる時も右の通りに取倒す」
7、左伏
 「是は左の手を取る也事右伏に同左右の違ばかり也尤も抜かんとする手を留められたる時は柄を放し身を開きて脇つぼへ當り又留られたる手を此方より取引倒す事も有也」
8、山影詰
 「是は後より相手組を刀を抜き懸其手を切ると一拍子に我も共に後へ倒るゝ也」
以上八本
 大小詰の手附を読むと大小詰之極意が霞蹴込に集約されている事が良くわかります。大小詰、大小立詰、大剣取は現代居合の道場ではその名すら知らない道場も多く、殆んどが長い刀を抜き付ける稽古ばかりです。
 無双直伝英信流居合兵法は総合武術であったことを忘れていたのでは、目録止まりでも仕方がありません。

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2018年7月 5日 (木)

第14・15回古伝研究の集い(改訂版)

土佐の居合 古伝神傳流秘書
による古伝研究の集い
第14回・15回古伝研究の集い
 無双直伝英信流居合の古伝神傳流秘書を曽田虎彦先生の直筆本から読み解いて古の居合を研究しています。
 今年は主として古伝から大剣取・小太刀之位を古文書を紐解きながら動作に転換しています。
 参加していただいた方の師伝が如何様であろうとも、他流や居合以外の武術であろうともそれを参考に古伝の手附から学んでいきます。
 ご参加いただいた方が、夫々「我が師」であることをご認識いただければ幸いです。
ー記ー
1、期日
  第14回:
    平成30年07年12日(木)
    15:00~17:00
    鎌倉体育館格技室
    ・
    平成30年07月26日(木)
    15:00~17:00
    鎌倉武道館剣道場
  第15回:
    平成30年08月09日(木)
    15:00~17:00
    見田記念体育館多目的室
    ・
    平成30年08月23日(木)
    15:00~17:00
    見田記念体育館多目的室
2、住所
   鎌倉体育館
   248-0014
   神奈川県鎌倉市由比ガ浜2-9-9
   Tel0467-24-3553
   ・
   見田記念体育館
   248-0014
   神奈川県鎌倉市由比ガ浜2-13-21
   Tel0467-24-1415
   ・
   鎌倉武道館
   247-0066
   神奈川県鎌倉市山崎616-6
   Tel0467-46-8010
3、アクセス
  ・鎌倉体育館・見田記念体育館
   JR横須賀線・総武線快速(大船乗り換え)
   鎌倉駅東口下車海岸方向へ徒歩10分
   (駐車場 鎌倉体育館にあり)
  ・鎌倉武道館
   JR横須賀線・総武快速
   大船駅東口下車徒歩15分
   (駐車場鎌倉武道館にあり)
4、費用:会場費等割勘のみ500円
5、参加申込
  このブログにコメントいただくか直接ご来場ください。
6.研究会名:湘南居合道研修会 鎌倉道場
7、御案内責任者:ミツヒラ
         平成30年7月04日
*
 7月4日の投稿の日と曜日の間違いを訂正しています。
 8月26日(木)は8月23日(木)となります。
 15:00~17:00
 見田記念体育館多目的室
 
 
 
 
 

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曾田本その1の6英信流居合目録秘訣原文1外之物ノ大事6大小詰之極意

曾田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
1、外之物ノ大事
6大小詰之極意
 大小詰之極意ハ霞蹴込二ツゞマル夫トハ敵ノ眼ヲ我手ヲ以拂フ敵ヲクルゝ所ニテ勝手ウゴカシ難キトキハ我頭ヲ敵ノ顔二突付ベシ又ハ足ニテ敵之陰嚢ヲ蹴ル也
読み
 大小詰の極意は霞蹴り込みにつづまる 夫れとは敵の眼を我が手をもって払う 敵遅るゝ(憶るゝ・臆るゝ)所にて勝つ 手動かし難き時は 我が頭を敵の顔に突き付くべし 又は足にて敵の陰嚢を蹴る也
 
 

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2018年7月 4日 (水)

曾田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く1外之物ノ大事5雷電・霞八相

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
1、外之物ノ大事
5雷電・霞八相
 雷電霞ノニヶ条當流極秘中ノ秘二而大事此外二無請流二心明ラカ二して敵ノ働ヲ見ト云教有レ共當流ニワ雷電ノ時ノ心亦霞ゴシ二見ルガ如クノ心ノ所二大事ノ勝アル事ヲ教ル也夢ウツツノ如クノ所ヨリヒラリト勝事有其勝事無疵二勝ト思フベカラズ我身ヲ先ヅ土壇トナシテ後自然二勝有其勝所ハ敵ノ拳也委シキ事ハ印可二有八相ハ四方八方竪横自由自在ノ事也故二常二事形ノ修錬熟セサレハ時二臨テ其習イ出ル事無シ
 本文二ハ教ヲ広ク云亦曰八相二打下ロス所ニテ大事ノ勝有則二星也
読み
 雷電霞の二ヶ条は当流の極秘中の秘にして大事 このほかに無し 請け流しに心明らかにして敵の働きを見ると云う教え有れども 当流には雷電の時の心又霞ごしに見るが如くの心のところに大事の勝ある事を教える也 夢現の如くのところよりひらりと勝事有 其の勝事無疵に勝と思うべからず 我が身をまず土壇となして後 自然に勝有其の勝ところは敵の拳也
 くわしき事は印可に有り 八相は四方八方竪横自由自在の事也 故に常に事形の修錬熟せざれば時に臨みて其の習い出事なし
 本文には教えを広く云う 又曰く八相に打ち下ろすところにて大事の勝有すなわち二星也
読み解く
 是は、なぞなぞです。雷電と霞八相を合わせて説明しています。当流の極秘中の秘でこのほかには無いものだと云います。
 受け流しのさい、心を広く持ち、敵の動作を良く見て受けると云う教えは有る。
 当流では雷電の時の心持ちや霞ごしに見るような心持ちに勝がある事を教えるものである。
 雷電及び霞八相は老父物語の処に業が述べられていました。
「雷電 片手に持ち引っ提げ敵の両眼へ突き込む否や跡へ引き又敵打ちかくる処を請け込敵の右の足を打ち外し打つ也 是是極一刀石甲万字軍用の太刀口伝大事」
 是はどうやら武蔵の二刀流の様です。霞八相などは新陰流のようです。「・・敵切れば切るべし切らずば切るまじ、又するすると行かずして身を沈み車に構え敵切って懸かるその拍子を受けず其の間合いを勝事・・」。真陰流の一刀両断でしょうか。 和卜(かぼく)勝の教えなどもありました。
 土佐に居合をもたらした林六大夫守政が江戸勤番の時に習い覚えた剣術の数々とその極意でしょう。
 夢現の処をひらりと勝、其勝ところは身を土壇として勝のであって勝つ部位は敵の拳であると云い切っています。
 くわしき所は印可にありとさらりとこの流の根元之巻にいう処の「柄口三寸の勝」を示唆しています。
 分かりにくい文章ですが、何度も読み直して行くうちに、居合に通ずる剣術の極意の心持ちが理解されてくるところです。
 「外之物ノ大事」の意味するところも、当流に無い他流の極意も飲み込む心得を諭されている様に思います。
 其の域に達しなければなぞなぞで終わってしまう処でしょう。

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2018年7月 3日 (火)

曾田本その1の6英信流居合目録秘訣原文1外之物ノ大事5雷電・霞八相

曾田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
1、外之物ノ大事
5雷電 霞八相
 雷電霞ノ二ヶ条當流極秘中ノ秘二而大事此外二無請流二心明ラカ二シテ敵ノ働ヲ見ト云教有レ共當流二ワ雷電ノ時ノ心亦霞ゴシニ見ルガ如クノ心ノ所二大事ノ勝アル事ヲ教ル也夢ウツツノ如クノ所ヨリヒラリト勝事有其勝事無疵二勝ト思フベカラズ我身ヲ先ツ土壇トナシテ後自然二勝有其勝所ハ敵ノ拳也委シキ事ハ印可二有八相ハ四方八方竪横自由自在ノ事也故二常に事形ノ修練熟セサレハ時二臨テ其習イ出ル事無シ
 本文二ハ教ヲ広ク云亦曰八相二打下ロス所ニテ大事ノ勝有則二星也
読み
 雷電霞の二ヶ条當流極秘中の秘にして大事此外に無し 請流しに心明らかにして敵の働きを見と云う教え有れ共 當流には雷電の時の心 亦霞ごしに見るが如くの心の所に大事の勝ある事を教る也  夢うつゝの如くの所よりひらりと勝つ事有 其の勝事無疵に勝と思うべからず我身を先づ土壇となして後自然に勝有 其の勝所は敵の拳也 委しき事は印可に有 八相は四方八方竪横自由自在の事也 故に常に 事 形の修練熟せざれば時に臨て其の習い出る事無し  
 本文には教を広く云う 亦曰く八相に打下ろす所にて大事の勝有 則ち二星也

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2018年7月 2日 (月)

曾田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く1外之物ノ大事4惣捲形十

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
1、外之物ノ大事
4惣捲形十
 竪横無尽二打振テ敵ヲマクリ切ル也故二形十ト有也常二稽古ノ格ハ抜打二切リ夫ヨリ首肩腰脛ト段々切リ下ゲ又冠リ打込也
読み及び読み解く
 竪横無尽に打ち振り敵を捲り切るものである 故に形十とある 常に稽古の形は抜打に切り それより首肩腰脛と段々切り下げ 又冠り打込むのである
 「常に稽古の格は抜き打に切り」は常に稽古では一刀ごとに納刀して抜打ちしろと云うのでしょうか。それでは現代居合の大江先生による奥居合立業の「惣留」です。
 ついでに大江先生の惣留の元になった古伝は神傳流秘書の抜刀心持之事「放打」です。
 「行うち片手打に切り納めては又切る数きわまりなし」
 古伝神傳流秘書抜刀心持之事「五方切」が英信流居合目録秘訣の「惣捲形十」に相当するでしょう。
 「歩み行くうち抜て右の肩へ取り切り 又 左より切り 又 右より切 又 左より切り 段々切り下げ其の侭上へ冠り打込也」
 抜いて八相に取り敵の左首を切る、逆八相に取り右肩を切る、・・段々切り下げ上段に振り冠って真向に打ち込むのでしょう。
 大江先生は奥居合立業三本目の」「惣捲り」に取り上げて伝えています。
 「右足を少し出して、刀を抜き、其足を左足に引き寄せ、右手を頭上へ廻し右肩上に取り、左手を掛け稍や中腰にて(右足より左足と追足にて)敵の左面を斬り、直に左肩上に刀を取り、追足にて敵の右肩を斬り、再び右肩上段となりて、敵の左胴を斬り、再び左肩上段となり右足を踏み開き敵の右腰を目懸け刀を大きく廻し体を中腰となして敵の右腰を斬り、中腰のままにて上段より正面を斬る、(左面斬り込みより終りの真面に斬ることは一連として早きを良しとす、)」
 大江先生の総捲りは抜いて右肩から左面に打ち込む、所謂八相からの斬り込み、次は左肩ですから逆八相から敵の右肩への斬り込む古流剣術の運剣法を当たり前にしています。
 足捌きは順逆共に右足前の方法でしょう。歩み足の方法も出来る処ですが何故でしょう。
 第20代河野百錬先生は大日本武徳会の統一理論からこの八相からの斬り込みを上段からの斬り込みに変えてしまいました。無双直伝英信流正統会の惣捲がそれです。
 「前進しながら右足の出たる時刀を水平に抜きかけ、敵刀を受流し乍ら右足を左足に退き付け上段となり、敵の退くに乗じてすかさず右足を踏み込み敵の左面に斬付ける。次に左面に斬込みたる刀の途より上段に冠りながら右足を踏み込むや(左足も連れて)敵の右肩より袈裟に斜めに斬込む。次に同要領にて上段となり右足を踏込みて(左足も連れて)敵の左胴に斜に斬込む。次に同要領にて上段より刀先を左方に廻し刃を前に水平に構えるや右足を深く踏込み(左足はその位置に)乍ら体を沈めて横一文字に腰部を斬り放ち、上段となるや直に右足より少し踏込む心持にて敵の真向に斬下す」
 すべて上段から斜め切りで、右足を踏込み斬付け左足を連れる足捌きも竹刀剣道に依る方法でしょう。
 下村派細川義昌先生系統である尾形郷一貫心先生の無双神伝抜刀術兵法の「五方斬」
 「正面へ歩み往きつつ鯉口を切り左足踏出し、右手を柄に掛け右足踏出す、同時に刀を引抜き刀尖を左後へ突込み、頭上より右肩へ執り対手の左大袈裟に斬込み、其刀を右上より振返へし頭上より左肩に執り対手の右大袈裟に斬込み、又、其刀を左上より振返へして右腕外へ執り、腰を低めて、対手の左腰より横一文字に斬込み、甲手を返へして左腕外へ執り、更に腰を下げ対手の向脛を横に拂ひ腰を伸しつつ、諸手上段に振冠り(真向幹竹割に)斬下し、刀を開き、納め終る」
 古伝の趣を残した雰囲気を感じます、足裁きが文章では不明瞭なのですがご教示いただきたい処です。
 奥居合は「格を放れて早く抜く也 重信流」と神傳流秘書の抜刀心持之事に付されています、格とは「かたち」に拘るなと戒めている処です。
 最近は更にコンパクトな動作を要求する様で、全て上段に振り冠ってから右足を踏込み左右の順逆の斜め斬り込みで、敵の体を斬り抜かず、敵の中心軸までの斬り込みで刀を返すとか、敵に受け太刀となられ乍ら切り返すなど竹刀剣道の稽古そのものを得々と指導される先生もおられる様です。
 
 

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2018年7月 1日 (日)

曾田本その1の6英信流居合目録秘訣原文1外之物ノ大事4惣捲形十

曾田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
1、外之物ノ大事
4惣捲形十
 竪横無尽二打振テ敵ヲマクリ切ル也故二形十ト有也常二稽古ノ格ハ抜打二切リ夫ヨリ首肩腰脛ト段々切リ下ゲ又冠リ打込也
読み
 竪横無尽に打ち振りて敵を捲り切る也 故に形十と有也 常に稽古の格は抜打に切り それより首肩腰脛と段々切り下げ又冠り打込也
参考 
 古伝 神傳流秘書 抜刀心持之事 五方切
 歩ミ行内抜て右の肩へ取り切又左より切又右より切又左より切段々切下切り下げ其侭上へ冠り打込也
読み
 歩み行くうちに抜きて右の肩へ取り切り 又左より切り 又右より切り 又左より段々切り下げ 其の侭上へ冠り打込む也
 
 

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2018年6月30日 (土)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く1外之物ノ大事3遂懸切

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
1、外之物ノ大事
3遂懸切
 刀ヲ抜我カ左ノ眼二付ケ走リ行テ打込但敵ノ右ノ方二付クハ悪シシ急二フリ廻リヌキハロヲガ故也 左ノ方二付テ追カクル心得宜シ
*
読み及び読み解く
 刀を抜き 我が左の眼に付け走り行きて打込む 但し敵の右の方に付くは悪い 急に振り向いて抜き払うが理由である 左の方に付けて追い掛ける心得が良い
 逃げる敵を追いかけるに当たり「刀を我が左の眼に付け走り行」は抜刀して、切先を我が左眼の方向に向け左青眼に構えて走り込んでゆく事を意味します。
 敵の左側から打ち込むべきで、右側に廻れば敵は振り向きざま抜き打ちに切って来る。この心得を忘れるなと云うのです。
 古伝神傳流秘書抜刀心持之事では「追懸切」です。
 「抜て向へ突付走り行其侭打込也」
 細かいことは何も言っていません。英信流居合目録秘訣の「遂懸切」に心得が充分です。
 古伝神傳流秘書の大森流居合之事に虎乱刀という、同じ様に敵を追いかけ抜き打つ業があります。
 「是は立つ事也幾足も走り行く内に右足にて打込み血震し納る也但し膝を付けず」
 少々現代居合とは違いますが、大江先生の正座の部、「追風」の古伝でしょう。大江先生の時代では虎乱刀も遂懸切(追懸切)も失伝して追風を創作したか既に変形していたかです。
 谷村亀之丞自雄によって英信流目録が書き写されています。その原本は林政誠によって書かれたものを写したとされます。林政誠は第14代林弥太夫政敬かも知れませんが解りません。
 その大森流居合之位「虎乱刀」
 「是は立てスカスカと幾足も行て右の足にて一文字に抜付(拂うてもよし)かむる時左の足一足ふみ込右の足にて打込む 血ぶるいの時左を右の足に揃え納る時右の足を引納 其時すねはつかぬ也」
是は、大江先生の正座之部の追風其のものでしょう。但し足運びが大江先生はスカスカと行くのではなく「上体をやや前に屈し、刀の柄を右手に持ち、敵を追い懸ける心持にて髄意前方に走り出で」と日本軍の「突撃!」の号令を思わせるものです。
 細川義昌系統と云われる無双神傳抜刀兵法第18代尾形郷一貫心先生の英信流奥居合之部「追掛斬」では「(前方歩み行く者を斬る)正面へ歩み往きつつ鯉口を切り左足を踏出したるとき右手を柄に掛け右足踏出すと共に刀を引抜き刀尖を前に柄頭を腹部へ引付け諸手となり小走に前方へ走り往きつつ上段に振冠り右足踏込んで斬込み刀を開き納める」
この業は其の心持ちをどの様にすべきか、其処に焦点を合わせればどのような追いかけ方であろうと間違いではないでしょう。
 大江先生の追風も虎走もそれなりです。
 

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2018年6月29日 (金)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文1外之物ノ大事3遂懸切

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
1、外之物ノ大事
3遂懸切
 刀ヲ抜我カ左ノ眼二付ケ走リ行テ打込但敵ノ右ノ方二付クハ悪シシ急二フリ廻リヌキハロヲガ故也
 左ノ方二付テ追カクル心得宜シ
読み
 刀を抜き我が左の眼に付け走り行きて打込む 但し敵の右の方に付くは悪しし 急に振り廻り抜き払うが故也
 左の方に付けて追い駆ける心得宜し
 
参考 古伝 神傳流秘書 抜刀心持之事  追懸切
  抜て向へ突付走り行其侭打込也 
 
読み
 抜いて向うへ(相手の方)切先を突き付け走り行き其の侭打込む也 
 

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2018年6月28日 (木)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く1外之物ノ大事2連達先跡

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
1、外之物ノ大事
2連達 先跡
 是亦歩行ク内二向ヲ刀ノ柄二而突キ左廻リ二後ロヱフリ廻ル拍子二抜打二後ロヲ切又初柄ニテ突タル方ヲ切是ワ我前後二敵を連達タル時ノ事也旅行抔ノトキ盗賊抔跡先ツレ達時此心ヱ肝要也
読み及び読み解く
連達は敵を先跡(前後)にして同一方向に歩み行く状況です。是また歩み行くうちに向こう(前の敵)を刀の柄にて突き 左廻りに後ろへ振り廻る拍子に抜き打ちに後ろの敵を切る 又始めに柄にて突きたる敵を切る 是は我が前後に敵を連れ達たる時の事である 旅行などの時盗賊など後先連れ達時にこの心得肝要である。
 此の読みによる業は第17代大江正路先生によって変えられてしまった現代居合では奥居合立業の「行違」です。行き違いとは、敵が前後して前から歩いて来る場合に我と行き違う(すれ違う)ことを意味します。
 連れ達とは同一方向に前後して歩み行く事を意味します。これだけ取り違えては動作は同じでも意味が全く異なってしまいます。現代居合の可笑しな奥居合立業の「行違」はこの敵の進行方向の違いから起こった事に由来します。
 同一方向へ敵と連れ達てば直線状での攻防で成り立ちますが、敵が前方より歩み来るでは我は敵と筋を替って歩んでいるのですから、敵の歩む筋に入り込んで戦わなければなりません。
 想定違いにもかかわらず動作は同じなどでは何をしているのか傍目には解りません。
古伝神傳流秘書抜刀心持之事「連達」
 「歩み行くうち前を右の拳にて突きそのままに左廻りに振り返り後ろを切り 又前へ振り向きて打込む也」
 古伝神傳流秘書は、前を歩く敵を拳で突いています。英信流居合目録秘訣では前の敵を柄で突いています、突くですから柄頭で敵の後頭部を打ち据える様に突くのが効果的でしょう。
 古伝神傳流秘書の「行違」は大江先生に業名を取り上げられてしまったのですが「行違 行違いに左の脇に添へて拂い捨て冠って打ち込む也」と全く違う業です。これも大江先生の奥居合立業の「袖摺返」にその片鱗が有るや無しやでしょう。
 古伝は敵と行き違うさい、敵の左側を行き違いざまに抜刀して敵の胴を拂い捨てに斬り、行き違った敵に左廻りに振り向き真向に打ち込むわけですさまじい抜刀です。
 明治以降武士として刀も持てず、剣術では飯もろくに食えなかったころ、それでも剣術や居合は稽古する者もいたのでしょう。正しい伝承も断ち斬れた時ですから、業の混乱はあったでしょう。
 特に奥居合である抜刀心持之事は、大森流之事、英信流居合之事、棒術を経て、組太刀の太刀打之位、詰合、大小詰、大小立詰を終えて抜刀心持之事に至るわけで、明治維新後の元武士は飯の種を求めて居合どころでは無かったでしょう。
 出鱈目な替え業の聞きかじりなどの混乱もあっただろうと思わざるを得ません。それに輪をかけた時代錯誤による門外不出の閉鎖的根性も大きく影響したでしょう。

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2018年6月27日 (水)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文1外之物ノ大事2連達

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
1、外之物ノ大事
2連達 先跡
 是亦歩行ク内二向ヲ刀ノ柄二而突キ左廻リ二後ロヱフリ廻ル拍子二抜打二後ロヲ切又初柄ニテ突タル方ヲ切是ワ我前後二敵を連達タル時ノ事也旅行抔ノトキ盗賊抔跡先ツレ達時此心行(ヱ)肝要也
読み
 是亦 歩み行くうちに向を刀の柄にて突き 左廻りに後ろへ振り廻る拍子に抜打ちに後ろを切る 又 初め柄にて突きたる方を切る 是は我が前後に敵を連達たる時の事也 旅行抔の時盗賊抔後先連達時この心得肝要也
参考
古伝神傳流秘書 抜刀心持之事 連達
 歩ミ行内前を右之拳尓て突其侭二左廻り二振返り後を切り又前へ振向て打込也
読み
 歩み行くうち 前を右の拳にて突き 其の侭に左廻りに振り返り後ろを切り 又 前へ振り向いて打込む也
 

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2018年6月26日 (火)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く1外之物ノ大事1行連左右

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
1、外之物ノ大事
1行連 左右
外ノ物トハ常ノ仕組ヨリ外ノ大事ト云フ事也
1、外之物ノ大事
1行連 右ヲ片手打二左ヲ諸手ニテ切事モ有是ハ皆気ノリ二テスル心持也 歩ミ行ク中チ二刀ヲ抜我カ左ノ方ヲ突其侭冠テ右ノ方ヲ切是ハ敵ヲ左右二ツレタチ行ク時ノ事也或我ヲ左右ヨリ取コメントスル時抔ノ事也
読み及び読み解く
 外の物とは常の仕組(順番通りの組太刀や形)より、(決められたかたちの)外(ほか)に大事と云う事があると云うことである。
1行連
 右を片手打ちに左を諸手にて切る事も有る 是はみな気乗りにてする心持ちである 歩み行くうちに刀を抜き我が左の方を突き そのまま冠て右の方を切る これは敵を左右に連れ達て行く時の事である 或いは我を左右より取り込めようとする時抔の事である
*
古伝神傳流秘書抜刀心持之事の9本目に行連の業があります。
 「立って歩み行く内に抜て左を突き右を切る 両詰に同じ事也」
 両詰と同じと云うことですから同じく古伝神傳流秘書抜刀心持之事の4本目両詰
 「抜て片手にて左脇を突き直に振向いて右脇を切る 右脇へ抜打に切りつけ左を切る」
 第17代大江正路先生の場合は神傳流秘書の業名行連、両詰はどうした理由なのか何処にも其の理由が残されていませんが改変されて、古伝神傳流秘書の「行連」は奥居合立業の「行連」と「連達」に分けられてしまい、古伝神傳流秘書の「両詰」は奥居合居業の「戸詰」と「戸脇」に改変されてしまっています。
 古伝の業名を使って、違った業を独創、もしくは分解改変してしまった様です。大江正路先生は初め下村派の下村茂市に指導を受けたと云われますが、15、6歳の頃に明治維新ですから、十分指導を受けられたとは思えません。その後土佐を離れたりしています。
 谷村派の五藤正亮の後を引き継いで中学校の指導に当たるなどされた様ですが、谷村派の印可も下村派の允可も受けていたのか疑問です。
 允可などあろうと無かろうと大江先生が土佐の居合を残された功績には問題はないでしょう。
 無双直伝英信流の空白の明治だったものを復活させた事が大きな功績でしょう。門外不出などと言っているうちに伝書は飛散し、業技法も見よう見まねで業名と一致せず、中には独創した業もありそうです。
 私は古伝は古伝であって、伝書類が公になれば、正しい土佐の居合の伝承は日本の居合文化として正しく見直されて有志によって伝承され、大江正路先生以降の現代居合はそれとして研鑽を積み重ねていけばいいものと「おおらかに」見ています。
 特に河野百錬先生の居合は古伝とも、大江先生のものとも違った竹刀剣道とマッチした居合に変換してしまったと思っています。
 しかし、古伝を紐解かずして武術を理解できない事は、江戸期の武術流祖の業技法を学べば学ぶほどひしひしと感じます。それは業の順番や形は見よう見まねで出来ても、武術としての術には簡単に至れない事をいやと云う程味わっています。
 
 

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2018年6月25日 (月)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文1外之物ノ大事1行連

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
1、外之物ノ大事
1行連
外ノ物トハ常ノ表ノ仕組ヨリ外ノ大事ト云フ事也
1、外之物ノ大事
1行連  左右 右ヲ片手打二左ヲ諸手二テ切事モ有是オハ皆気ノリニテスル心持也
 歩ミ行ク中チニ刀ヲ抜我カ左ノ方ヲ突其侭冠テ右ノ方ヲ切是ハ敵ヲ左右二ツレタチ行ク時ノ事也或我ヲ左右ヨリ取コメントスル時抔ノ事也
読み
 外の物とは常の表の仕組より外の大事と云う事也
1、外之物の大事
1行連  左右 右を片手打に左を諸手にて切る事もあり 是おば皆気乗りにてする心持ち也
 歩み行くうちに刀を抜き我が左の方を突き 其のまま冠りて右の方を切る 是は敵を左右に連れ達ち行く時の事也 或いは我を左右より取り込めんとする時などの事也
参考
 古伝神傳流秘書 抜刀心持之事 行連
 立って歩ミ行内二抜て左を突き右を切る両詰に同事也
読み
 立って歩み行くうちに刀を抜いて左を突き 右を切る 両詰に同じ事也
参考
 古伝神傳流秘書 抜刀心持之事 両詰
 抜て片手尓て左脇を突き直二振向いて右脇を切る
読み
 抜いて片手にて左脇を突き直ぐに振り向いて右脇を切る
 
 

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2018年6月24日 (日)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
始めに
先生口授ノ侭を記
始めに
 「先生口授の侭を記す」は後書きがありませんので先生とは恐らく第九代林六大夫守政の事でしょう。そのわけは神傳流秘書には業はどの様に動作をするのかは書かれていますがその心持ちまでは書かれていません。第十代林安大夫政詡が九代の口授を受けて覚書したものでしょう。
 神傳流秘書の抜刀心持之事の手附を詳しく解説しています。
 英信流居合目録秘訣の表題から英信流居合之事いわゆる大江正路先生によって改変された立膝之部は何も触れられず、抜刀心持之事について詳しく解説されています。
 この辺の事も気になる事で、英信流居合之事と抜刀心持之事との関連性は見いだせません。
 英信流居合目録秘訣の構成は以下の通りになっています。
1、外之物ノ大事
2、上意之大事
3、極意ノ大事
4、居合心持肝要之大事
 これらを読み解いていきますと、現代居合と古伝との間にギャップが見られます。業の名称も古伝にあって大江正路居合に無いもの、あっても改変されていたり、その動作も心持ちも違っていたりします。
 この英信流居合目録秘訣を読み解き、現代居合と対比してその原点を辿り、現代居合の意義を考えて見たいと思います。
 よく講習会などで聞くことに「昔はこうだった」とか「武術はこうだった」と知ったかぶりの講師に出合います。武術とはいつの頃のどの流派のものか、現代竹刀剣道やどこぞの古武術の聞きかじりだったりして、「嘘ばっかり」とさせられています。
 古伝は古伝、現代居合は現代居合と明確に認識した上で考えを進めて見たいと思います。
 大江正路先生が明治維新から空白の30年を埋めて中興の祖として再編した現代居合から120年程時間を経て来ています。第17代大江正路先生から第23代福井将人先生迄,、六代を経て現代居合は成り立っています。私は現代居合を学ぶ事によって古伝を理解して来ました。
 どうしても理解できない事は、柳生新陰流を頼りにしてみました。
 江戸時代にタイムスリップ出来るわけでもないのですから「古伝はおおらか」を頼りにこの項を味わってみたいと思います。
 

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2018年6月23日 (土)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文始めに

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
始めに
英信流居合目録秘訣 先生口受ノ侭ヲ記
読み
英信流居合目録秘訣 先生口授の侭を記す
 

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2018年6月22日 (金)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く6その他4陣中にて

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
6、その他
4陣中ニ而
 陣中二而湯茶水酒ナドニ我ガ影ノウツラザル時ハ呑ムマジ皆毒也為心得記
 右長谷川内蔵助ヨリ段々申伝之由
 明和元申年霜月吉辰賜之  林 政詡誌
読み及び読み解く
 陣中にて
 陣中にて湯茶水酒などに我が影の写らざる時は呑むまじ皆毒也心得の為に記す
 右長谷川内蔵助英信より段々に申し伝えの由
 明和元年申の年霜月(11月)吉辰之を賜う 林安大夫政詡

 陣中で湯茶水酒などを飲む時我が影が映らない時は飲んではならない、毒が入っている、心得の為に記す。
 根拠のない事でしょうが、長谷川内蔵助は長谷川主税之助英信でしょう。段々に伝えられてきたものだと云います。極意の教ですが何となく疑っている書きっぷりの様に思えます。
 明和元年1764年の11月吉日に之を賜う。林安大夫が林六大夫から賜った極意と云っています。
 

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2018年6月21日 (木)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文6その他4陣中二而

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
6、その他
4陣中二而
 陣中二而湯茶酒ナド二我ガ影ノウツラザル時ハ呑マジ皆毒也為心得記
 右長谷川内蔵助ヨリ段々申伝之由
 明和元申年霜月吉辰賜之 林 政詡誌
読み
 陣中にて湯茶酒などに我が影の写らざる時 呑むまじ皆毒也 心得の為に記す
 右長谷川内蔵助より段々申し伝の由
 明和元申年霜月吉辰之を賜う 林 政詡誌
 

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2018年6月20日 (水)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く6その他3山中往来

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
6、その他
3山中往来
山中往来ノ時足ノ裏ヱウヅヲキザミ水にヒタシヌリテ行時ハ足不痛ハタシ二テモイタマズ千里達者と申ス也
読み及び読み解く
 山中を往来する時 足の裏にウヅを刻み水に浸して塗りて行く時は足痛まず 裸足にても痛まず 千里達者と申す也
 「うず」とは 何だかわかりません。広辞苑には「うず・烏頭」、またヤマトリカブトの根と有ります、これはリューマチ、神経痛などの鎮痛に外用と有ります。これかどうか確証は有りません。
 漢方医学によって人類の経験値がなせる技も見直すことも大切とは思います。患部を切除ずるとか、病原を破壊する薬、病原菌を退治する薬ばかりが医療では無いでしょう。
 現代科学では立証できなくとも、脳へ影響を及ぼす方法などもありそうです。
 私の小学生時代には運動会の時カラスウリの実をふくらはぎに塗り付け早くなると云われて走ったものです。お陰様で何時も一等でした・・・・・・?良い思い出です。

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2018年6月19日 (火)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文6その他3山中往来

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
6、その他
3山中往来
 山中往来ノ時足ノ裏ヱウツ(ウズ 曽田メモ)ヲキザミ水二ヒタシヌリテ行時ハ足不痛ハタシ(洗足 曽田メモ)二テモイタマス千里達者ト申也
読み
 山中往来の時 足の裏へウズを刻み水に浸し塗て行く時は 足痛まず 裸足にても痛まず 千里達者と申す也

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2018年6月18日 (月)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く6その他2手負生死

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
6、その他
2手負生死
・ 
 手負生死無医者時早可持一白馬ノ糞一蓮肉二色香イロ二アフリ右二味茶一服ホト湯ニテ早ク可用此薬ヲウクル人ハ本復スウケサル人ハ吐逆ス死スル也
 読み及び読み解く
 手負いて生死に医者無き時 早く持つべきは 一つ白馬の糞 一つ蓮肉に色香色にあぶりそれに 味茶一服ほと湯を入れて早く用いるべし この薬を受ける人は本復す 受けざる人は吐逆す 死する也
 医学的にどうなのかなどは問題外でしょう。鉄砲や刀傷はショック死や失血死がほとんどだったと云われます。
 傷を負うのは足軽、雑兵の類でしょう。高位の者には軍医の手当てもあったでしょうから、生き残るには持てる知識と云い伝えや神頼みです。
この極意の文章では、この薬を手負傷に塗るのか、飲み薬とするのか解りません。
 白馬の糞と限定されては調達するのは厄介です。また「味茶一服ホト湯にて」のホト湯はどういうものでしょう。ホトとは日本語では女性器を表します。女性のオシッコでお茶を一服、やれやれです。
 是では助かるわけもなく死んでしまいそうです。
 

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2018年6月17日 (日)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文6その他2手負生死

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
6、その他
2手負生死
 手負生死無医者時早可持 1.白馬ノ糞 1.蓮肉二色香イロ二アフリ(コゲイロ二臭フマデイルコトナラン 曽田メモ)右二味茶一服ホト湯ニテ早ク可用此薬ヲウクル人ハ本服スウケサル人ハ吐逆ス死スル也
読み
 手負いて生死に医者無き時 早く持つべきは 1.白馬の糞 1.蓮肉が焦げ色に匂うまで煎り それに味茶一服程湯ニテ早く用いるべし 此の薬を受ける人は本復す 受けざる人は吐逆す 死する也
 

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2018年6月16日 (土)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く6その他1水溺二溺レ死タルヲ助ルノ法

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
6、その他
1水二溺レ死タルヲ助ルノ法
 臍之中二灸ヲスベシ亦ヤマガラ(山雀)ノ黒焼ヲ水ニテ口ヱ流入べし一時(二時間以内曽田メモ)ヨリ内ナレバ必ス蘇ㇽ
読み及び読み解く
 水に溺れ死にたるを助けるの法
 臍の中に灸をすえるべしれ また山雀の黒焼きを水にて口へ流し入れるべし 一時以内ならば必ず蘇る
 臍に灸をすえると生きているならば反応があるかも知れませんが、二時間近く死んでいるのが反応するでしょうか。山雀は鳥の黒焼きですが是も当てになりません。おまじないのようなもので溺れて気を失ったばかりならば何とかなるかも知れませんが突然な事で用意はままならないでしょう。
 そこで現代の溺れた人を助ける方法ですが、溺れた人を救助したら、たとえ水の中であっても一刻も早く頭を後に反らせて人工呼吸をすること。心臓が止まっていたら心臓マッサージも一緒に行います。
 以前は、水を吐かせる事が先決と云われていましたが、これは誤りです。呼吸や脈の有無を真っ先に調べ、救命処置を行う事が第一です。
 医学は日々進歩して来ています、昔の方法には秘伝の様なものも多く当てになりません。スポーツをする人も救命法の勉強と訓練は受けておくべきでしょう。

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2018年6月15日 (金)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文6その他1水二溺レタルヲ助ルノ法

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
6、その他
1水二溺レタルヲ助ルノ法
 水二溺レタルヲ助ルノ法 臍ノ中二灸ヲスベシ亦□(ヤマガラ曽田メモ)ノ黒焼ヲ水二テ口ヱ流入ベシ一時ヨリ内ナレバ必ス蘇ㇽ
 読み
 水に溺れたるを助けるの法 臍の中に灸をすべし 亦ヤマガラの黒焼きを水にて口へ流し入るべし 一時より内なれば必ず蘇る
 

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2018年6月14日 (木)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く5兵粮丸1蕎麦之粉

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
5、兵糧丸
1蕎麦之粉
蕎麦之粉
 能酒二浸テ日二干シカタメ亦酒二浸シ干シ堅メ三度酒二ヒタシ干シ申也
白米粉二而
人参和人参吉
 タトエバソバコ三匁二白米壱匁人参モ壱匁マゼ合三分程二丸米ノ粉ヲ衣二懸テ能干シ堅メ可持一粒服スレバ二三日飢ズ是を食スル時ハ気力常ヨリツヨク勇力大二増也
ソバコヲ仙粉ト云 米ヲ壽延ト云 但糯米大二吉
平常之用心二ワ人参不入レテモ吉 旅行等二用意スベシ
読み及び読み解く
 この兵糧丸のところは原文では個々の項目の様に書かれていますが兵糧丸のレシピです。
 そば粉を能く酒に浸して日に干し堅め、また酒に浸して干し堅め、三度酒に浸して干し堅める。
 是では丸めて兵糧丸は出来るでしょうがそば粉の兵糧丸に過ぎません。そこで次は白米の粉にて同様に干し堅める。
 次は人参それも和人参が良い。
 たとえば、そば粉三匁に白米一匁人参も一匁を混ぜ合せ三分程の大きさに丸め、米の粉を衣にかけて干し堅める。これを持って行けば一粒服すればニ三日飢える事は無い。
 是を食した時は気力がいつもより増して勇力大いに増す。
 そば粉を仙粉といい、米を壽延と云う、但しもち米大いに良い。
 平常の用心には人参を入れなくとも良い。旅行などに用意すべきものである。
 効果の程はあまり期待できそうにもありませんが、良いものだと暗示にかかればそれなりでしょう。
 旅や戦場に赴く息子や夫、父親の為にせっせと丸めている女性たちの姿が目に見える様で大事に持ち歩く姿を思い描きます。
 
 
 
 

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2018年6月13日 (水)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文5兵粮丸1蕎麦之粉

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
5、兵粮丸
1蕎麦之粉
 能酒二浸テ日二干シカタメ亦酒二浸シ干シ堅メ三度酒二ヒタシ干シ申す也
読み
蕎麦の粉
 よく酒に浸して日に干し堅め 亦 酒に浸して干し堅め 三度酒に浸し干し申すのである
・・・・・
1白米粉二而
読み
白米粉にて
・・・・・
1人参和人参吉
 タトエバソバコ三匁二白米壱匁人参モ壱匁マゼ合わせ(参分程の玉にして)是程丸米ノ粉ヲ衣二懸テ能干シ堅メ可持一粒服スレバ二三日飢ズ是ヲ食スル時ハ気力常ヨリツヨク勇力大二増也
読み
 人参 和人参がよい
 たとえば そば粉三匁に白米壱匁 人参も壱匁混ぜ合わせ丸めて参分程の玉に丸めて 米の粉を衣にかけて能く干し堅め持つべし 一粒服すれば二三日飢えず 是を食する時は気力常より強く勇力大いに増すものである
・・・・・
11ソバコヲ仙粉ト云ウ米ヲ壽延ト云ウ 但糯米大二吉
読み
 そば粉を仙粉という 米を壽延という 但しもち米大いによし
・・・・・
◎平常之用心二ハ人参不入シテモ吉旅行等二用意スベシ
読み
 平常の用心には人参を入れずしても吉 旅行などに用意するのが良い

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2018年6月12日 (火)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く4組討心持2軍中にて

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
4、組討心持
2軍中にて
砥石無キ時古キ瓦ヲ求メ能ク焼キテサマシ刀ヲ磨ベシ甚吉可秘々
読み及び読み解く
 軍中にて砥石の持ち合わせがない時は 古い瓦を求て能く焼いて冷まし刀を磨く甚だと良い 秘すべし秘すべし。
 研ぎ師の云う事はどうでも、刀は斬れればいいのであって、美しい研ぎ出しを軍中では目的にしていないのです。
 刃は荒く研がれた方が切れ味が良いとか、この伝書が書かれた頃は戦国時代を150年程経ています。遠い昔の思い出話であったでしょう。
 しかし、武士の心得は有効、無効はもとより、おまじないや、迷信も伝わっていたでしょう。   土佐の居合は高級武士の嗜みは勿論あったでしょうが、林六大夫が江戸で習ったものは市井の剣士による教えであったでしょう。学ぶ者は下級武士、農民、その境目の人達だったようです。
 いざとなれば、最小限の用意しか出来ずに戦いに臨まなければなりません。あらゆる人知を尽くして生きのびることが必要です。

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2018年6月11日 (月)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文4組討心持2軍中にて

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
4、組討心持
2軍中にて
 軍中ニテ砥石無キ時古キ瓦ヲ求メ能ク焼キテサマシ刀ヲ磨ベシ甚吉可秘々
読み
 軍中にて砥石無き時 古き瓦を求め能く焼きて冷まし 刀を磨くべし 甚だ吉秘すべし秘すべし

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2018年6月10日 (日)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く4組討心得1師伝

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
4、組討心得
1師伝
 師伝二云軍中二而敵ト組打ノ時下二成リテモ早差副ヲ抜草摺ヲタゝミ上差通シ一刀指ト必ヨワルモノ也サテ首ヲ早ク捕ル傳ハ敵ノ首二刀ヲ突キ立我ガ足ニテ刀ノ宗ヲツヨク蹴て踏ミ切ルヘシ如此スレバ早シ咽ノ下ヨリ刀二而首ヲカキ落スト思フ人ハ頬當ノスガ二刀カゝリ埒明不申候深秘々
読み
 師伝に云う軍中にて敵と組打ちの時下になりても 早く指副えを抜き草摺をたたみ上げ刺し通すよし 必ず弱るもの也 さて首を早く捕る伝は敵の首の骨に刀を突き立て我が足にて刀の棟を強く蹴って踏み切るべし 此の如くすれば早し 喉の下より刀にて首を搔き落とすと思う人は頬当てのすが(?)に刀かかり埒あき申さず候 深く秘すべし秘すべし
読み解く
 原文のままでも状況は解りますが、この伝書が書かれた明和元年1764年の頃は既に平和な時代になっています。小競り合いすら無かったと思われます。
 武士は江戸時代であっても軍人です。事有る時の心構えとして伝えられてきたものでしょう。
 

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2018年6月 9日 (土)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文4組討心持1師伝

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
4、組討心持
1師伝
 師伝二云軍中二而敵ト組打ノ時下二成リテモ早指副ヲ抜草摺ヲタゝミ上差通ヨシ一刀指ト必ヨワルモノ也サテ首ヲ早ク捕ル傳ハ敵ノ首ノ骨二刀ヲ突キ立我ガ足ニテ刀ノ宗ヲツヨク蹴テ踏切ルヘシ如此スレバ早シ咽ノ下ヨリ刀二而首ヲカキ落スト思フ人ハ頬當ノスガ二刀カゝリ埒明不申候深可秘々
読み
 師傳に云う 軍中にて敵と組打ちの時下になりても 早く指副を抜き草摺をたたみ上げ刺し通す良し 必ず弱るもの也 さて首を早く捕る傳は 敵の首の骨に刀を突き立て我が足にて刀の棟を強く蹴って踏み切るべし 此の如くすれば早し 喉の下より刀にて首を搔き落とすと思う人は頬当てのすが(?)に刀掛かり埒あき申さず候 深く秘すべし秘すべし

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2018年6月 8日 (金)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く5居合兵法伝来4長野無楽斎槿露以降

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
3、居合兵法伝来
4、長野無楽斎槿露以降
四、蟻川清左衛門ハ秀吉公二仕シ人也
五、万野団右衛門是同秀吉公二仕
六、長谷川主税助ハ内蔵助ト云尾州公へ仕千石領ス第一弓馬ノ上手也諸国弓ノ傳馬ノ傳得タル人多シ
七、百々軍兵衛ハ不相知トゾ一説二金五中納言二仕人トヨシ
八、荒井兵作ハ関東ノ人浪人也後清(勢)哲)ト號ス
 明和元申歳孟冬吉辰給是
読み解く
 今伝わる道統は以下の通り
始祖 林崎甚助重信
二、田宮平兵衛業正
三、長野無楽斎槿露
四、百々軍兵衛尉光重
五、蟻川正左衛門(鑟)續
六、萬野団右衛門尉信定
七、長谷川主税英信
八、荒井勢哲清信
九、林六大夫守政
十、林安大夫政詡
*
 居合兵法極意秘訣の居合兵法伝来は七代が百々軍兵衛となっていますが、今伝わるものは四代目になっています。金吾中納言とは小早川秀秋ですから戦国時代末期の関ヶ原の戦いの頃です。
 第九代林六大夫が習ったのが、八代荒井勢哲や七代長谷川英信の頃の様ですから、百々軍兵衛・蟻川正左衛門・萬野団右衛門は存在したかも知れませんが秀吉に仕えていたとすれば150年は林六大夫との間が空きますから、長野無楽斎以降の道統は明確では無かったと云えるのでしょう。この道統は疑問ですがそんな人も携わって今日あると「おおらか」に」認めておいても何も支障はありません。七代・八代が土佐に持ちこまれた時の師匠と考えるのが精一杯の処でしょう。現在でも随所に根元之巻が有るから俺が宗家と仰る自称宗家も何人もおられます。そんなところでしょう。
 長谷川英信や荒井勢哲が北信濃の松代藩辺りで郷士や農民相手に武術を教えていた形跡が見られます。南山大学の榎本鐘司先生のご研究ですが、そうすると林六大夫は江戸勤番中に北信濃にいかなければならない、江戸にも良い指導者がいたかもしれない、いれば名前すら出て来ないでこの伝統になっています。
 この流はそれだけ普及し普遍的なものであり、其処からいくつもの流が生み出されたと考えればいいかもしれません。
 それを突き止めた処で、歴史を変える程でもなく、まして業技法に変化を及ぼすだけの力も有るわけもない。
 今のところ、古伝は長谷川英信による無双神傳英信流居合兵法として神傳流秘書にしか残されていないのです。
 ちなみに神傳流秘書の道統は今伝わるものになります。従って居合兵法極意秘訣の道統は第十代が間違って記入したと云えるのでしょう。
 明和元年1764年申歳十月吉辰是を賜う  
 この一行は誰から誰に伝授したものか抜けています。第十代林安大夫政詡が第九代林六大夫守政に聞き及んだものを書き記し、次の第十一代大黒元衛門清勝に与えたのでしょう。
 
 
 
 
 
 

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2018年6月 7日 (木)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文3居合兵法伝来4長野無楽以降

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
5、居合兵法伝来
4長野無楽斎槿露以降
五、蟻川正左衛門ハ秀吉公二仕シ人也
六、万野團右衛門是同秀吉公二仕
七、長谷川主税助ハ後二内蔵助ト云尾州公二仕千石領ス第一弓馬ノ上手也諸国弓ノ傳馬ノ伝得タル人多シ
八、百々軍兵衛ハ不相知トゾ一説二金五中納言二仕人ト申ヨシ
九、荒井兵作ハ関東ノ人浪人也後清哲(勢哲 曽田メモ)ト號ス
明和元年申歳孟冬吉辰賜之
読み
五、蟻川正左衛門(ありかわせいざえもん)は秀吉公(ひでよしこう)に仕えし人也
六、万野團右衛門(ばんのだんえもん)是同じ秀吉公に仕える
七、長谷川主税助(はせがわしゅえつのすけ)は後に内蔵助(くらのすけ)と云う 尾州公に仕え千石領す 第一弓馬の上手也 諸国弓の伝馬の伝得たる人多し
八、百々軍兵衛(どどぐんべえ)は相知らずとぞ 一説に金五(金吾)中納言に仕し人と申す
九、荒井兵作(あらいへいさく)は関東の人浪人也 後清哲(勢哲 曽田メモ)(せいてつ)と號す

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2018年6月 6日 (水)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く3居合兵法伝来3長野無楽斎槿露

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
3、居合兵法伝来
3長野無楽斎槿露
 長野無楽斎槿露ハ田宮重正ノ弟子也仕井伊侍従五百石被下者ノ頭勤ルナリ九十一歳二而死スト云々無楽斎弟子三ノ宮左大夫照信ト云有武田勝頼二仕刀術ノ得妙タル人と申ス
読み
 長野無楽斎槿露は田宮重正の弟子也 井伊侍従に仕え五百石おおせ下さる 者の頭を勤める也 九十一歳にて死すと云々 無楽斎弟子三ノ宮左大夫照信と云う有り武田勝頼に仕え 刀術の妙を得たると申す
読み解く
 この長野無楽斎槿露についても千城小伝(本朝武芸小伝)に依ったと思われます。
 長野無楽斎槿露者學刀術於田宮重正而得精妙後仕井伊侍従九十余而死
 長野無楽斎槿露は田宮平兵衛重正に於いて刀術を学ぶ 精妙を得て後 井伊侍従に仕え 九十余にて死す。
無楽斎は田宮平兵衛重正の弟子と言われていますが、欧州の伝書によると少々疑問もあります。
・津軽藩 林崎新夢想流 林崎甚助重信ー田宮平兵衛照常ー長野無楽斎ー一宮左大夫
・三春藩 林崎流 林崎甚助ー田宮平兵衛ー長野無楽斎ー中譒三九郎
・新庄藩 林崎新夢想流 林崎甚助ー田宮平兵衛照常ー長野無楽斎ー一宮太輔照信
・秋田藩 林崎流居合 林崎甚助ー長野無楽斎ー市宮左大夫忠重
・二本松藩 林崎流 林崎甚助ー永野無楽入道槿露
・秋田・仙台藩 林崎夢想流 林崎甚助ー永野無楽斎
 長野無楽斎は上州箕輪城主長野信濃守の一族で、武田に滅ぼされ奥州で林崎甚助に弟子入りしたともいわれます。
 更に工夫を加えて一家をなし、無楽流と云った、「無楽斎は常に牛に乗って女子に口縄を執らせて歩行き、上下の差別なく交り寒来れども炉せず、一生不犯であってと云うことだ。
 
 弟子の三宮左太夫照信は千城小伝では一宮左太夫照信となっています。
 
 武術流祖録では、更に上泉孫次郎義胤にその宗を伝授したとあります。上泉孫次郎義胤は上泉伊勢守の族縁と云われ無楽斎から術を受け、上泉権右衛門と云う。柳生兵庫と居合で勝負し尾張に伝わった様な話もある様です。
 
 柳生新陰流の抜刀はこの無楽斎に学んだ上泉伊勢守の孫上泉孫次郎義胤による林崎甚助重信の抜刀を継ぐ一つかも知れません。
 山田次郎吉著日本剣道史にはその辺の処は書かれていますが出典が定かではありません。
 

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2018年6月 5日 (火)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文3居合兵法伝来3長野無楽斎槿露

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
3、居合兵法伝来
3長野無楽斎槿露
 長野無楽斎槿露ハ田宮重正ノ弟子也仕井伊侍従五百石被下者ノ頭勤ルナリ九十一歳二而死スト云々無楽斎弟子三ノ宮左大夫照信ト云有武田勝頼二仕刀術ノ得妙タル人ト申ス
読み
 長野無楽斎槿露は田宮重正の弟子也 井伊侍従に仕え五百石おおせ下さる 者の頭を勤めるなり 九十一歳にて死すと云々 無楽斎弟子三ノ宮左大夫照信と云う有り 武田勝頼に仕え 刀術の妙をえたると申す

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2018年6月 4日 (月)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く3居合兵法伝来2田宮平兵衛重正

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
3、居合兵法伝来
2田宮平兵衛重正
原文略す
読み
 田宮平兵衛重正は関東の人成林崎重信に従って抜刀の妙を獲る実に変に尽き入神す 後に對馬と改たむ 其子對馬之守長勝父の伝を受けて同じく妙を獲て池田三左衛門輝政公へ仕う 老年常圓と改め紀州大納言頼信公へ仕え八百石を領す 其子掃部長家後に又平兵衛と改む 此の人弟子多くて諸国にて田宮流と云いて末流多し この平兵衛は大猷院様へ召し出され其の術を台覧備え奉る 名を天下に顕わす 其子三之助朝成のち常快と号す 其子次郎右衛門成常中納言吉宗公に仕えたてまつる末流多し
*
読み解く
 この田宮平兵衛重正は、西條藩に伝わる妻木正麟宗家の田宮流では田宮平兵衛業正であって成正・成政・茂正・重政などと有るとされています
 奥州地方の伝書では、津軽藩の林崎新夢想流では田宮平兵衛照常、三春藩の林崎流では重正、新庄藩の林崎新夢想流では照常、と照常が良く使われたのか名をころころ変えたのか、同一人物であったかよくわかりません。
 いずれにしても、林崎甚助重信ー田宮平兵衛重正でここは通して置けばいいのでしょう。拘る方はご研究されればと勝手に諦めます。
 千城小伝の原文のまま載せておきます。読みと合わせてお読みいただければとご参考に。
 田宮平兵衛重正者関東人也 従林崎重信得抜刀之妙實盡變入神 後改對馬 其子對馬守長勝継箕裘之術仕池田三左衛門尉輝政 後致仕改常圓 赴紀州奉仕大納言頼宣教 領彩邑八百石 其子掃部長家後改兵兵衛 大猷大君欲見田宮芸 命頼宜卿被召江戸 登営其術奉備台覧顕其名於日域 其子三之助朝成後号常快 其子次郎右衛門成常継箕裘之芸奉仕中納言吉宗卿 其末流在諸州 可謂伝芳名於千歳者乎 有斎木右衛門清勝者 紀州人也 自幼弱従田宮長家練習有年 従朝成終其宗 延宝年中来江都以其芸鳴

「北条早雲記曰 勝吉長柄刀をさしはじめ 田宮平兵衛成政という者是を伝うる 成政長柄刀をさし諸国兵法修行し 柄に八寸の徳 みこしにさんぢうの利 其外神妙秘術を伝えしより以後 長柄刀を皆人さし給へり 然に成政が兵法第一の神妙奥義と云うは、手に叶ひなばいかほども長きを用ひべし、勝事一寸ましと伝えたり」
 田宮流については武術流祖録、撃剣叢談などにも記載があります。この曽田本にある道統の伝来は、林崎甚助重信ー田宮平兵衛重正ー長野無楽斎槿露までは明らかに千城小伝によると判断できます。
 それにしても、第十代林安大夫政詡の書き残されたものは、老父の話を書き留めて置いただけではなく、是等の武芸の流れや漢籍も含め、当時の書物を能く読んでおられた様です。
 

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2018年6月 3日 (日)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文3居合兵法伝来2田宮平兵衛重正

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
3、居合兵法伝来
2田宮平兵衛重正
 田宮平兵衛重正者関東ノ人也従林崎重信得抜刀之妙実二尽変入神後二對馬ト改ム其子對馬守長勝父ノ伝ヲ受テ同得妙池田三左衛門輝政公へ仕フ老年常圓ト改メ紀州大納言頼宣公ヱ仕八百石ヲ領ス其子掃部長家後又平兵衛ト改ム此人ノ弟子多クテ諸国ニテ田宮流ト云テ末流多シ此平兵衛ハ△大猷院様へ被召出其術ヲ奉備台覧其名ヲ天下二顕ス其子三之助朝成後常快ト號ス其子次郎衛右衛門成常奉仕中納言吉宗公二末流諸国二多シ
読み
 田宮平兵衛重正は関東の人也 林崎重信に従って抜刀の妙を得る 実に変に尽き入神す 後に對馬と改たむ 其子對馬之守長勝父の伝を受けて同じく妙を得て池田三左衛門輝政公へ仕う 老年常圓と改め紀州大納言頼信公へ仕え八百石を領す 其子掃部長家後に又 平兵衛と改たむ 此の人の弟子多くて諸国にて田宮流と云て末流多し 此の平兵衛は△大猷院様へ召し出され其の術を台覧備え奉る 名を天下に顕わす 其子三之助朝成のち常快と號す 其子次郎右衛門成常中納言吉宗公に仕え奉る 末流諸国に多し

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2018年6月 2日 (土)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く3居合兵法伝来1林崎甚助

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
3、居合兵法伝来
1林崎甚助重信
読み
 林崎甚助重信は奥州の人也 林崎明神を祈りて刀術の精妙を悟ると云えり 中興抜刀の始祖也 北条高時に仕える 長柄の刀に益ある事を明神老翁に現し伝えしよし 始は神助勝吉とも云えるよし 林崎明神は奥州楯岡郡に林崎明神と云う有り 鹿島大明神也
 伝に曰く 長柄の刀とて只長くする事にあらず 世人刀の鞘に空鞘する人有り 是無益也不用心也 同じ空にせば一寸にても柄を長くせよ 敵に当たり徳あるべしと云う事也 それとも刀の柄は二尺三寸の刀にても柄を八寸にせよと也
読み解く
 古伝神傳流秘書では「無雙神傳英信流居合兵法」は始祖を「林崎神助重信」として根元之巻にも記載され、明治以降の大江正路先生の発行する印可状にも林崎神助でした。
 この林崎甚助重信の由来は、「千城小伝(本朝武芸小伝)」正徳4年1715年版、若しくは享保元年1716年版の巻六によると思われます。
 林六大夫守政の没年は享保17年1732年ですから千城小伝は読んでいたかも知れません。
 ここで云う北条高時とは、鎌倉幕府第14代執権であれば生まれが嘉元元年1304年、元弘3年1332年に没しています。林崎甚助重信は林崎甚助重信公資料研究委員会の「林崎明神と林崎甚助重信」の年表によれば生誕は天文11年1542年奥州へ旅立って再び帰らず(武芸太白伝)であれば元和3年1617年75歳で没しています。
 後北条氏には高時なる人物が居たかは知りません。
千城小伝巻六 林崎甚助重信
 林崎甚助重信は奥州人也 林明神に祈り刀術の精妙を悟 此の人中興抜刀之始祖也 北条五代記曰 長柄刀のはじまる子細は明神老翁に現じ 長づかの益あるを林崎甚助勝吉という人に伝え給う 愚に曰 甚助は謄写のあやまりならんや 五代記には勝吉と有り 明神老翁に現じて伝え給うというは 鹿島の神をいえるか 伝書には奥州楯岡の近辺に林崎明神と云う神社あり 甚助此の神を祈りて 妙旨を悟とあり
北条五代記(元和年間1615年から万治年間1661年頃に書かれている)の記述もこの際載せておきます。ちなみに此処でいう北条氏とは秀吉に屈した(天正18年1590年)北條早雲に始まる後北条氏を指します。
北条五代記巻第四の2関東長柄刀の事付(つけたり)かぎ鑓の事
 見師(見し)は昔 関東北条氏直時代まで 長柄刀とて人毎に刀の柄をながくこしらえし・・長柄刀の始まる子細は 明神老翁に現じ長柄の益有を林崎かん介勝吉と云う人に伝え給うゆえに かつよし長柄刀をさしはじめ田宮平兵衛成政という者に是を伝うる 成政長柄刀をさし諸国兵法修行し 柄に八寸の徳 みこしにさんじゅうの利 其の外神妙秘術を伝えしよりこのかた 長柄刀を皆さし給えり 然るに成政が兵法第一の神秘奥義というは手に叶いなばいか程も長きを用いべし 勝事一寸にして伝えたり
 林崎甚助重信に就いて書かれている、武芸書
・北条五代記
・居合明神之巻
・和田流居合正誤
・日本中興武術系譜略
・武術太白成伝(原本不明)  山田次郎吉日本剣道史より
武術太白成伝
 生国は奥州でなく相模の産である。文禄4年5月10日48歳より慶長3年9月15日にいたる年間武州一ノ宮 今大宮の社地に居住し、陰陽開合の理に基いて工夫を凝らし、生善正勝という辞を押し立て、純白伝と号して飄然諸州を歴遊の途に上ったとある。
 時に54歳の秋紅葉正に色つく時であった。
 星霜移って元和2年2月28日武州川越の甥高松甚兵衛の許を訪れ明年7月まで滞在して20日再び鳥藤を鳴らして奥州の旅程に立越えたのは73歳。残躯を天に任せて復帰っては来なかったのである。故に一宮流奥幸四郎施主となって、享保元年7月20日川越の蓮聲寺に墓碑を建立し、良仙院一誉昌道弱心大信士の法号を鐫(せん、ほる)し、一部生国相州鎌倉の天照山光明寺の過去帳に其の名を留めて、永く菩提を弔う料としたということである。
 どれもこれも、事実とは言い難い感じがしますが、其れなりに捉えて置けばいいことでしょう。
 出自や修行についてはこの頃一般人についての事では殆ど解らないのが普通です。出世した後何処かの名家の末裔として系図を偽造するのも普通だったようです。
 この居合に臨んだ人が始祖を如何に高めて見ても意味のある事でも無いでしょう。神様にして置けばいいのですからとやかく言っても始まりません。既にその業技法の教えも失伝しているのですから。武術はどんどん進化するものです。
 
 
 

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第13・14回古伝研究の集い

土佐の居合 古伝神傳流秘書

による古伝研究の集い

13回古伝研究の集い

14回古伝研究の集い

 古伝神傳流秘書を曽田虎彦先生の書き写された 直筆本から読み解いて同じ思いの仲間を募って、その古伝研究をやってまいりました。今回は第13回目・14回目の御案内をいたします。

内容:古伝神傳流秘書による大剣取、 

古伝英信流目録による小太刀之位

講義とか実演では無く、参加していただき木刀及び小木刀を持って古伝の解釈及び形の古をご一緒にさせていただきます。
 異なる伝承の方々と一つの教本から古伝研究を実施する中で、「私はこの『古伝』はこう解釈する」と自由な考え方から幾つもの疑問を解きほぐして見たいと思います。
 ご参加いただいた方が、師匠であるとご認識いただければ幸いです。

1、期日

13回:平成30年6月14日(木)
15時00分~17時00分
鎌倉体育館 格技室

13回:平成30年6月28日(木)

15時00分~17時00分

見田記念体育館 多目的室

14回:平成30年7月12日(木)

15時00分~17時00分

鎌倉体育館 格技室

14回:平成30年7月26日(木)

15時00分~17時00分

鎌倉武道館 剣道場

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2、住所

鎌倉体育館 
 248-0014
神奈川県鎌倉市由比ガ浜2-9-9
TEL0467-24-3553

見田記念体育館 多目的室

 248-0014

 神奈川県鎌倉市由比ガ浜2-13-21

 TEL0467-24-1415

鎌倉武道館
247-0066
神奈川県鎌倉市山崎616-

TEL0467-46-8010

・・・・・・・・・・・・・・・・

3、アクセス:JR横須賀線・総武線快速
*鎌倉体育館・見田記念体育館
鎌倉駅東口下車海岸方向へ 徒歩10分
    (駐車場鎌倉体育館にあり)
*鎌倉武道館
 大船駅東口下車徒歩15
    (駐車場鎌倉武道館にあり)

4、費用:会場費等の割勘のみ(500円)

5、参加の御連絡はこのブログへコメント
   していただくか直接ご来場ください。

6、会名:湘南居合道研修会 鎌倉道場

 

御案内責任者: ミツヒラ

                平成30年6月2日

 

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2018年6月 1日 (金)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文3居合兵法伝来1林崎甚助重信

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
3、居合兵法伝来
1林崎甚助重信
林崎甚助重信ハ奥州ノ人也林崎明神ヲ祈テ刀術之精妙ヲ悟ルト云ヱリ中興抜刀之始祖也北条高時二仕ル長柄之刀二益有事ヲ明神老翁二現シ伝ヱシヨシ始ハ神助勝吉トモイヱルヨシ林崎明神トハ奥州楯岡郡二林崎明神ト云有鹿島大明神也
伝二曰ク長柄ノ刀トテ只長クスル事二アラス世人刀ノ鞘二空鞘スル人有是無益也不用心也
同空セバ一寸二而モ柄ヲ長くセヨ敵二當リ徳有ヘシト云事也夫共刀ノ柄ハ二尺三寸ノ刀二テモ柄ヲ八寸二セヨト也
読み
 林崎甚助重信は奥州の人也林崎明神を祈りて刀術の精妙を悟ると云えり 中興抜刀の始祖也 北条高時に仕える 長柄の刀に益ある事を明神老翁に現し(あらわし)伝えしよし 始は神助勝吉とも云えるよし 林崎明神とは奥州楯岡郡に林崎明神と云う有り鹿島大明神也 
 伝に曰く 長柄の刀とて只長くする事にあらず 世人刀の鞘に空鞘する人有り 是無益也不用心也 同じ空にせば一寸にても柄を長くせよ 敵に當り徳あるべしと云う事也 それとも刀の柄は二尺三寸の刀にても柄を八寸にせよと也

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2018年5月31日 (木)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く2當流申伝之大事13麓なる

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
2、當流申伝之大事
13麓なる
 麓なる一木能色を志り可ほ耳
         於具もま多みぬミよ志野の花
 心妙中勇ノ位不住之妙
 荒磯海の浪間幾王けかつく海士の
         以幾もつき阿へすも能をこそおもへ
 慈園歌二
 柴の戸二にほ者む花ハさも阿ら者あ阿れ
         な可めてけりなうらめし能身や
 
 夫刀術ハ専ラ人二勝事ノミヲ好ム二アラス大変二臨テ生死ヲ明二スルノ術也常二此ノ心ヲ
養ヒ其術ヲ修セズハアルベカラズト古人云エリ我カ道ヲ尽シ家法ヲ以テ命ヲスル所是刀術ノ極意トゾ         林 政詡 誌
 明和元年申歳孟冬吉辰賜之
読み及び読み解く
 麓なる一木の色を知り顔に
         奥もまだ見ぬ三吉野の花
 麓にある一本の木を見て知った顔してまだ見てもいない、、山奥の三吉野の桜の状況を語ることよ 
 武術のへぼ師匠に習うと、形ばかりの指導がほとんどで、決めつけてしまう人がほとんどです。敵のある変化からこうあるだろうと決めつけて誘いに乗ってしまう。
 
 心妙中勇ノ位不住之妙
 心妙(神妙) 人知を逸した現象での勇気は、住まわざる心、いわゆる武術で嫌う居付きをしないこと。居つく事は心も同じと云うのでしょう。
 
 荒磯の海の浪間をかき分かづく海士の
         息もつきあえずものをこそ思へ
 荒磯の海の浪間をかき分けもぐる海士の息もつく暇なく物を思う事も有ろうか。
 波にもまれ、波をかき分けながら、獲物をとる海士の何も考えていない様な自然体でことに応じろ、と教えているのでしょう。
 
 慈園歌に
 柴の戸に匂わん花はさもあらばあれ
         眺めてけりなうらめしの身や
 ひなびた家に咲く花も匂わない事などない 眺めているばかりで此の身が恨めしいことよ。
 慈園は平安から鎌倉時代の天台座主です。この歌は詠み人知らずとも云われます。ひなびた家に美しい乙女がいるのだが、眺めているばかりで、この恋心をどうしたらよいのか何も出来ないこの身が恨めしい。色っぽく詠んでみたのですが、さて武術の歌としてはどの様に教えを受けるのでしょう。
 相手の動きに誘われそうになるのだが、心静かに眺めていれば、と云われそうです。
 
 
 夫れ刀術は専ら人に勝事のみを好むにあらず 大変に臨んで生死を明らかにする術である 常に此の心を養い其の術を修業しないなどあってはならない 古人は言っている 我が道を尽くし家法を以って命を懸ける処これ刀術の極意であると
林安大夫政詡 誌
 
明和元年1764年申歳孟冬吉辰賜之
 その時代の考え方を充分把握出来ているとは言えませんが、この時代でも同じ事だろうと思います。刀術は仕合によって勝ための術ではない。大変に臨んで命を懸けて信じた道を尽くす事である。其の為の修行を怠るな、古人も命がけで我が道を全うする事が刀術の極意であると云う。
 長年にわたり稽古して来たのに年と共に衰える体力気力に打ち負けていたのでは、何のために多くの時間も金も費やしてきたのか疑問を抱かなければおかしい事です。
 年取った高段位の方が、「よくぞ飽きもせずいつまで棒振りしとるんか」と思われているのに、お世辞に「「素晴らしい演武でした、感動です」など言われて、大喜びし、ふるいたったりする。
 高段位を得て下位の者に威張ってみてもそれだけのもので振り返れば虚しいだけでしょう。傍から見ても哀れです。
 居合の業を順番通り覚えただけで、毎日同じことを繰り返すばかりで20年、30年と経て来ても、ちょっと想定が変われば戸惑うようでは何を学んできたのか疑問です。
 
 
 

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2018年5月30日 (水)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文2當流申伝之大事13麓なる

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
2、當流申伝之大事
13麓なる
麓なる一木能色を志り可ほ耳
         於具もま多みぬ三よし野の花
 心妙中勇ノ位不住之妙
荒磯海の浪間可幾王けかつく海士の
         以幾もつき阿へすも能をこそおもへ
 慈圓歌
柴の戸二にほ者む花ハさも阿ら者阿れ
         な可めてけりなうらめし能身や
夫刀術ハ専ラ人二勝事ノミヲ好ム二アラス大変二臨テ生死ヲ明二スルノ術也常二此ノ心ヲ養ヒ其術ヲ修セズハアルベカラズト古人云ヱリ我カ道ヲ尽シ家法ヲ以テ命ヲス(ッ)ル所是刀術ノ極意トゾ
 
 林 政詡 誌
明和元申歳孟冬吉辰賜之
読み
麓なる一木の色を知り顔に
         奥もまだ見ぬ三吉野の花
 心妙中勇の位に住まざるの妙
ありそ海の浪間かき分けかつぐ海士の
         息もつきあえずものをこそ思え
 慈円歌
柴の戸に匂わむ花はさもあらばあれ
         眺めてけりなうらめしの身や
夫れ刀術は専ら人に勝事にのみ好むにあらず 大変に臨みて生死を明らかにするの術也 常に此の心を養い其の術を修せずはあるべからずと古人云えり 我が道を尽くし家法を以て命を捨つる所を是れ刀術の極意とぞ
 林 政詡 
明和元年申歳孟冬(冬の始め・10月)辰之を賜う

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2018年5月29日 (火)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く2當流申伝之大事12易二曰

曽田本のの1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
2、當流申伝之大事
12易二曰
 易二曰無思無為寂然不動感而遂通於天下之故
 古詩云眼裏有塵三界窄心頭無事一生寬
 孔子曰匹夫不可奪志
 以ー心 伝―心 教外別伝
 天ー上 天ー下 唯ー我 独尊
 一ー月 萬ー水 二運有天
 生死在命
*
 読み及び読み解く
 易に曰く 思う無く 為す無く 寂然として動かず 感じて遂に天下の事に通ず
 古詩に云う 眼裏に塵あれば三界窄し(すぼくし、せまい) 心頭無事にして一生ゆたかなり
 孔子曰 匹夫の志を奪うべからず
 論語 総大将を虜に出来ても、たった一人の者の志も奪う事は出来ない。
 
 以心伝心教外別伝(いしんでんしん きょうげべつでん)
 禅語で、心を以って心に伝う、教外別伝は言説文字を離れて直接心から心へ伝える。
 
 天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)
 
 一月 萬水 二運天に有
 生死在命(富貴天命)
 論語 生きるか死ぬかは天命である
 
 読みのままでも意味は通じると思います。
 ここに掲げられた漢文は出典が易経、夢想国師語録・論語・禅語などによって述べられています。其の教本は恐らく享保の頃に読まれていた佚斎雩山(いっさいちょざん)の田舎荘子巻下の猫之妙術によるものと思います。
 
 
 
 
 

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2018年5月28日 (月)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文2當流申伝之大事12易二曰

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原本
2、當流申伝之大事
12易二曰
易二曰無思無為寂然不動感而遂通於天下之故
古詩云眼裏有塵界三界窄心頭無事一生寬
孔子曰匹夫不可奪志
以-心 伝-心 教外別伝
天-上 天-下 唯-我 独尊
一-月 萬-水 二運有天
生死在命
読み
易に曰く 思い無く為す無きは寂然(じゃくねん)として動かず 感じて天下の故に遂通す
古詩に云う 眼裏に塵有りて三界窄(せまく) 心頭にことなくは一生寬(ひろし)
孔子曰 匹の夫れ志を奪うべからず
以心伝心教外別伝(いしんでんしんきょうがいべつでん)
天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)
一月萬水二運天に有
生死在命

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2018年5月27日 (日)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く2當流申伝之大事11先師之咄

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
2、當流申伝之大事
11先師之咄
読み
 先師の咄(ななし)の由 良く知るは耳に五音無きは耳の本体也 故に五音を聞きて違う事無し 常に耳に一音(で)もあれば五音違う 故に五音無きを耳の至善とす 
 口も五味無きは口の本体也 口に五味無き故に能く五味を別ち違う事無し 若し一味にても有れば違う 五味無きは口の至善とす
 人に善悪無きは心の本体也 善悪無き故に善悪を弁えて各誤る事無し 若し之有る時は善悪供に違う故善悪無しを心の至善とす かるが故に至善は心の本体也
 語に云う 好く為す無く 悪為す無く 三の路に順い其の善有るは其の善亡く 過ち無く 莫無く 義の興りに従う 亦云う可も無く不可も無し
 右居合兵法の業形大要覚え候事 此の如く道理をも少し合点せざれば高位大名の師となる事能わず能く能く工夫有るべし
読み解く
 先師(第九代林六大夫守政)の咄であるが、人が生まれながら持っている判断能力といわれる良知(陽明学による)について、耳はもともと五音など無いのが耳の本体である。
 五音とは宮(きゅう)=唇音、商(しょう)=歯音、角(かく)=牙音、徴(ち)=舌、羽(う)=喉音を云うのでしょう。
 それで、五音を聞いて聞き違う事がない、もし常に耳に一音でもあれば五音は違う様に聞こえるだろう。だから五音を持たない耳が此の上もなく善いと云える。
 口にも五味の無い事が口の本体である。
 五味とは仏教でいう処の、乳味、酪味、生酥味、熟酥味、醍醐味だそうです。不勉強でよく解りません。
 甘味・酸味・辛味・苦味・旨味の基本の味位しか知りません。口に五味が無いので能く五味を味わえて間違える事がない。若し一味でもあれば違ったものになるであろう。
 口に五味の無い事がこの上もなく善いと云える。
 
 人に善悪のない事は人の本体である。
 善悪をもたないので、善悪を弁えて過剰になる事がない。もし善悪のどちらかでもあるとすれば善悪供に違うものになるであろう。善悪を持たない事が心にこの上もなく善いと云える。
 そういうわけで、至善は心の本体である。
 語に云う。
 善く為すでも無く、莫が無く、三の路に順じ(???)其の善があれば其の善を亡くし、過も無く、莫も無く、善の興りに従うものである。
 又、云うべきも無く、云うべからざるも無い。
 
 右の通り居合兵法の業形、大要を覚えたならばこの様な道理も合点していなければ高位の大名の師となる事は出来ない。能々工夫する事である。
 ここで、「高位大名の師となる事能わず」の解釈ですが、高い位の大名と読みましたが「高位で大名の師となる」とした方が良さそうです。
 それは武術を極め取り立てられた者の地位は決して高いものでは無かった、一番は柳生但馬でしょう、徳川家で一万石の大名となっています。
 他はせいぜい武士に取り立てられる程度の事でした。それは棒振りが譬え上手であってもそれは芸人に過ぎなかったからでしょう。
 国政に参加できるだけの能力が無かったと云えます。
 土佐の居合も、術理ばかりを追うのではなく、随所に散りばめられている教えに今一度心を開いて見る価値はあります。
 第九代林六大夫守政の咄として、第十代林安大夫が書き留めた老父物語ですが、思い込みに居付かず無の境地で受け留めなければ真実を認識できないと説いています。
 だから、「義の興りに順い可も不可も無い」、此の道理を理解出来なければ大きなことを為す事は出来ないと教えたのでしょう。
 
 
 

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2018年5月26日 (土)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文2當流申伝之大事11先師之咄

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
2、當流申伝之大事
11先師之咄
 先師之咄之由良知ハ耳二無五音者耳ノ本躰也故二五音ヲ聞テ無違フコト若シ常二耳二一音モ有レハ五音違フ故二五音無キヲ耳ノ至善トス口モ無五味ハ口ノ本躰也口二無五味故二能ク五味ヲ別チ無違フコト若シ一味ニテモ有レハ違ふ無五味ハ口ノ至善トス人二無善悪者心ノ本躰也無善悪故二善悪ヲ弁テ各過ル事無シ若シ有之時ハ善悪供二違故無善悪ヲ心ノ至善トスカルカ故二至善ハ心之本躰也語云無為好無為悪順三之路有其善者亡其善無適無莫義之與従フ亦云無可無不可モ
 右居合兵法事(業)形大要覚候事如此道理ヲモ少シ合点セザレバ高位大名ノ師トナル事不能能々工夫可有
読み
先師のはなしの由 良知は耳に五音無きは耳の本体也 故に五音を聞きて違う事無きは 若し常に耳に一音もあれば五音違う 故に五音無きを耳の至善とす 口も五味無くは口の本体也 口二五味無き故に能く五味を別ち違う事無し 若し一味にても有れば違う 五味無くは口の至善とす 人に善悪無きは心の本体也 善悪無き故に善悪をわきまえて各過ぎる事無し 若しこれ有る時は善悪共に違う 故に善悪無きを心の至善とす かるが故に至善は心の本体也 語に云う 為す無く 悪を為す無きを好む 三の道に順り その善有るは其の善亡きなり 適う無く義莫く之と従う 亦云う可無く不可モ無し
 右の居合兵法業形大要覚え候事 此の如く道理をも少し合点せざれば高位大名の師となる事能わず 能々工夫有るべし

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2018年5月25日 (金)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く2當流申伝之大事10気滅法2

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
2、當流申伝之大事
10気滅法
2肩敵之拳二當る
読み解く
1、肩敵之拳二當る
 打込む際、相手の拳に我が肩が当たる程に前懸かりになって斬り込んでいくのでしょう。
 甲冑を着た介者剣法を思わせます。
  柳生新陰流の石舟斎宗厳が孫で後の兵庫助利厳に与えた新陰流截相口伝書事(慶長8年1603年)にある「身懸五箇之大事」の二番目に「敵のこぶし吾肩にくらぶべき事」との教えがあります。
 斬り込んだ時大股になり身を低くする、それによって太刀中に身を入れる「刀中蔵の身」となる。
 兵庫助が尾張大納言に印可相伝の際(元和6年1620年)に進上した「始終不捨書」では身を前懸りにして構えては居着いてしまうから、前を豊かにして「直立たる身の位」で、打ち込み勝には「身之懸五箇」を改善しています。この「居合兵法極意秘訣」は改善前の教えによると思われます。
 それにしても、古い教えを一世紀以上も経っているのに習って来た第九代林六大夫は其の侭信じていたのでしょうか。
 
2、右の手短 左のひじ長
 新陰流截相口伝書事「身之懸五箇之大事」を上げておきます。
 第1 身を一重に成すべき事
 第2 敵のこぶし吾肩にくらぶべき事
 第3 身を沈にして吾拳を盾にしてさげざる事
 第4 身をかかりさきの膝に身をもたせ跡のえびらをひらく事
 第5 左のひじをかがめざる事
 これは第5項目の教えでしょう。
 右手は柄の鍔際を握っていますから容易に前に伸ばせます。左手の肘を曲げると刀が前に伸びません。
 右手は少しゆったりと肘を曲げ、左手の肘を伸ばすように心得ろというのでしょう。無双直伝英信流の斬り下ろした左手拳の位置が臍前一拳か一拳半では少々剣先は伸びが少ない様です。
 腰で切る、腹で切る、ならば左拳を引っ張り込まないのでゆったりとした剣先の伸びが期待できます。
 天井をスイープさせてフィニッシュで両拳を臍前に引き込む可笑しな人を見かけます、大抵その場合手打ちです。
 
3、右の足にて太刀を下し左の足にて勝を取る。
 第4項目に当たるのでしょう。右足を踏出し右足の膝に重心を乗せるようにして太刀を打ち込み、左足膝を伸ばして一重身になって勝。
 この文章からは、右足を踏み込んで中墨に打ち込み上太刀になるや左足を踏込み太刀を摺り込んで敵の拳から腹部へ刺突するとも読めそうです。
4、左の肩を向る事・一手字
 左の肩を敵の方に向ける事によって左肩の前に出た一重身となり、敵が左肩に打ち込んで来るのを十文字勝するというのでしょう。
 第1項目で「身を一重に成すべき事」ですから構えの基本は右足前か左足前の一重身を推奨しています。
 是は敵を誘う手立てかも知れないとも思うのです。
 
 「手字種利剣の目付」などという新陰流の教えから、目付は敵の動きを察知する大切なもので手字は「衣の内合して衣文成るを大体の手字と云う也、手裏見は手の内也」十兵衛の月之抄より、ですから目付の場所は敵の両肩から着物の合わせの辺りを遠山の目付をすると云うのでしょう。
5、足一本の事 峯谷二星
 峯谷から類推すれば踏み出す足一本で敵の動きを峰谷の動きで察知して踏込み足一本で切り下ろすとでも読めます。
 新陰流では足を揃えて立ったりするのを嫌う様です。また大きく左右の足を前後に開いて打込めば最も嫌う居着きになってしまいます。
 峯谷は嶺谷、腕のかがみ、両腕の伸び縮を云う、兵法家伝書より。右肘を嶺、左肘を谷。その際の二星は目の付け処でしょう。
 目であり、両拳も目の付け処です。此処では嶺谷である肩から拳の辺りに目付をするのが良さそうです。
6、右におこり左におこり無刀の事
 新陰流截相口伝書事に見られませんが、敵の打ち出す刀が右であろうと左であろうと、そのおこりに合わせて無刀でも応じられるというのでしょう。
 古伝神傳流秘書の大森流居合之事の冒頭に「上泉伊勢守信綱之古流五本仕形有と云う」は新陰流の「三学円之太刀」の五本と思われます。
 居合の業も、組太刀の業も稽古を本気でやっていますと、三学円の太刀がチラついてきて無刀でも同じ事かも知れないなどと思うこの頃です。
 右のヶ条常に我が心中に能く覚えるべき事也
 林六大夫守政が学んだ真陰流の中にこれ等の教えがあったと思われます。
 しかし、兵庫助は古い介者剣法の方法を改め「直立ったる身」に改善しています。土佐に持ちこまれる一世紀以前の改善です。
 ですから、其の侭失伝せずに引き継がれていたら可笑しなことになっていたかも知れません。
 「温故知新(古きを訪ねて新しきを知る)」そんなことを思いながら、柳生新陰流の古伝も其の幾つかの進化した業も合わせて学んでいます。
 柳生春延氏の柳生新陰流道眼に、上泉伊勢守が柳生石舟斎宗厳に訓示した「兵法は時代によって恒に新たなるべし。然らざれば、戦場戦士の当用に役立たず。また忠孝節義の道を践み行うことはできない」と云う。
 まさにその通りであろうと思います。古伝に返るのではなく、古伝を学び現在を見直し本物を見つける事こそ意味のあるものになると信じています。
 手っ取り早く、意味も解らずに人の真似をするだけの人形にはなりたくないものです。

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2018年5月24日 (木)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く2當流申伝之大事10気滅法

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
2、當流申伝之大事
10気滅法
1、気滅法 1、胴ノ火 1、火縄 1、雨松明伝
居合仮名
1、向拂 1、柄留 1、四方 1、向詰 1、二階下 1、人中
1、介錯 1、打拂 1、弛抜 1、抜打 1、五方切
1、肩敵之拳二當ル
1、右の手短 1、左ノヒジ長
1、左ノ足ニ而太刀ヲ下シ左ノ足二而勝ヲ散
1、左ノ肩ヲ向ル事一手字
1、足一本ノ事
1、峰谷二星
右之ヶ条常二我ガ心中二能可覚事也
読み及び読み解く
1、気滅法(きめつほう) 目録のみ解説見当たらず
1、胴ノ火(どうのひ)   目録のみ解説見当たらず
1、火縄(ひなわ)     目録のみ解説見当たらず
1、雨松明伝(あめの松明伝) 目録のみ解説見当たらず
居合仮名(いあいかりな)
 目録のみで解説は無いのですが古伝神傳流秘書の抜刀心持之事に同名の業手附があるので参考に読み下し文で記する事にします。
1、向拂(むこうはらい)
  向へ抜付返す刀に手を返し又拂ひて打込み勝
1、柄留(つかとめ)
  虎の一足の如く下を留て打込む也
1、四方(しほう) 目録のみ、四角と同じかも知れません。
  四角 抜き左の後の角を突右の後の角を切り右の向こうを請流し左の向を切る又右の向を切る也
1、向詰(むこうつめ)
  抜いて諸手を懸け向を突き打込也
1、二階下(にかいした) 該当せず、棚下と同じかも知れません。
  棚下 大森流逆刀(正座の部附込)の如く立ちて上へ抜き打込む時体をうつむき打込む是は二階下様の上へ打込めぬ心持也
1、人中(じんちゅう)
  足を揃へ立って居る身に添えて上へ抜き手をのべて打込む納るも体の中にて納める
1、介錯(かいしゃく) 目録のみ解説見当たらず
1、打拂(うちはらい)  目録のみ解説見当たらず
1、弛抜(ゆるみぬき)
  前の如く歩み行き敵より先に打を体を少し開き弛して打込み切也
1、抜打(ぬきうち)
  歩み行くうちに抜打に切る敵を先に打つ心也
1、五方打(ごほううち) 目録のみ、五方切かも知れません。
  五方切 歩み行く内抜て右の肩へ取り切る又左より切る又右より切る又左より切る段々に切り下げ其の侭上へ冠り打込む也
 次の八項目は、該当するものは曽田本には見当たりません。真陰流(新陰流)の教えと思われます。
 柳生石舟斎宗厳が柳生平介長厳(兵庫助利厳)に与えた新陰流截相口伝書事に見られるものもあります。その後兵庫助によって始終不捨書が書かれて手直しされています。
1、肩敵之拳二當ル(かたてきのこぶしにあたる)
  ・敵のこぶし吾肩にくらぶべき事
  ・直立たる身の位之事(始終不捨書)
  ・前に及び懸るより反るべき事(始終不捨書)
1、右ノ手短(みぎのてみじかし) 
  ・胸に肘の付く事(始終不捨書) 
  ・脇の下すかせば手太刀のびる事(始終不捨書)
1、左ノヒジ長(ひだりのひじながし)
  ・左のひじを屈めざる事
1、右之足二而太刀ヲ下シ左ノ足二而勝ヲ取(みぎのあしにてたちをおろしひだりのあしにてかちをとる)
  ・足は懸る時も退く時もかたかた浮きたる心持之事(始終不捨書)
1、左之肩ヲ向ル事一手字(ひだりのかたをむけることいちしゅじ)
 ・しゅ字手裏見
1、足一本ノ事(あしいっぽんのこと) 
1、峰谷二星(みねたににせい)
  ・目付について
1、右二ヲコリ左二ヲコリ無刀ノ事(みぎにおこりひだりにおこりむとうのこと)
右之ヶ条常二我ガ心中二能可覚事也(右のヶ条常に我が心中に能く覚えるべき事也)
 土佐に無双神傳英神流居合兵法をもたらした第九代林六大夫守政は、第七代長谷川英信や第八代荒井勢哲に江戸勤番中に指導を受けたと思われます。剣術は真陰流の大森六郎左衛門に上泉伊勢守信綱の新陰流を習ったとされます。宮本武蔵の二刀の剣術も誰かに習ったものでしょう。そのことから推し測ればこの謎の文言は解けるかもしれません。
 居合演舞ならいざ知らず、太刀打や詰合、大剣取や小太刀、棒や和を学ぶならばこの辺りの日本の代表的剣術は、出来ないまでもその大凡の事は知れば運剣の心を学べます。
 竹刀剣道による試合や無双直伝英信流の演舞による現代居合のみでは古伝は理解できません。
 
 
 
 
 
 
 

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2018年5月23日 (水)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文2當流申伝之大事10気滅法他

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
2、當流申伝之大事
9気滅方 他
 1.気滅方 1.胴ノ火 1.火縄 1.雨松明伝
 
 居合仮リ名
 1.向拂 1.柄留 1.四方 1.向詰 1.二階下 1.人中
 1.介錯 1.打拂 1.弛抜 1.抜打 1.五方打
 
 1.肩敵之拳二當ル
 1.右ノ手短 1.左ノヒジ長
 1.右ノ足二而太刀ヲ下シ左ノ足二而勝ヲ取
 1.左之肩ヲ向ル事一手字
 1.足一本ノ事 1.峯谷二星
 1.右二ヲコリ左二ヲコリ無刀ノ事
 右之ヶ条常二我ガ心中二能ク可覚事也
 

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2018年5月22日 (火)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く2當流申伝之大事9亦一伝

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
2、當流申伝之大事
9亦一伝
 亦一伝芋カラヲ煎シ其汁二奉書ノ紙ヲヒタシテ干シ上テ後ヒダヲ付其ヒダ二真コモノ黒焼ヲ入置也刀之血ヲ拭二スキト除ク也久シクシテ血コガリ付タル二ハホケヲ吹キカケテヌクフ也
読み
 亦一伝 芋がらを煎じて其の汁に奉書の紙を浸して干し上げて後ひだを付け 其のヒダに真菰の黒焼を入れ置く也 刀の血を拭にすきと除く也久しくして血コガリ付たるにはホケヲ吹きかけて拭う也
読み解く
 亦一伝 里芋の茎を煎じてその汁に奉書紙を浸して干し上げる、そのあと折り目のひだを付けてそのひだに、真菰の黒焼きを入れて置く、刀の血を拭うと綺麗に拭ける。しばらく経っていて血がコガリ付いた(こびりついた)場合は息を吹きかけて拭うのである。
 芋茎(いもがら)は八頭、里芋、赤芽芋などの葉柄で食用にもなります。干してアクを抜き煮付けて食べるとおいしい。
 煎じるとアクが出るからそれに奉書紙を浸すのです。アクはシユウ酸カルシュウムの様ですから血のりとはどの様に反応するのでしょう。
 真菰の黒焼きは水辺に生えるイネ科の植物で黒焼きにして煮付ですから、炭状にするのでしょう。若芽のマコモタケは食用にもなっています。
 この奉書紙・芋茎の煎じた汁・真菰の炭の組み合わせと血のりとの関係が良いのでしょうか。当時の土佐の昔からの言い伝えでしょうか。
 現代では試す術も無いのも」当然の事ですが、戦国期を150年近く過ぎた時代の言い伝えですから首をひねってしまいます。
 

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2018年5月21日 (月)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文2當流申伝之大事9亦一伝

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
2、當流申伝之大事
9亦一伝
 亦一伝芋カラヲ煎シ其汁二奉書ノ紙ヲヒタシテ干シ上テ後ヒダヲ付其ヒダ二真コモノ黒焼ヲ入置也刀之血ヲ拭二スキト除ク也久シクシテ血コガリ付タル二ハホケヲ吹カケテヌクフ也
読み
 亦一伝 芋茎を煎じてその汁に奉書の紙を浸して干し上げて後襞を付け その襞にマコモの黒焼きを入れ置く也 刀の血を拭くにすきと除く也 久しくして血こがり付きたるには ほけを吹き懸けて拭う也
 

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2018年5月20日 (日)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く2當流申伝之大事8早拭之大事

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
2、當流申伝之大事
8早拭之大事
 早拭之大事ヒエタル馬糞ヱ太刀ヲ指込候得バイカ様ノノリニテモ其侭ノキ申也詮議之時ナンヲノガル可秘也
読み
 早や拭いの大事冷えたる馬糞へ太刀を差し込み候えば如何様の糊にても其の侭除き申す也 詮議の時難を逃る秘すべし秘すべし
読み解く
 早や拭いの大事 冷えたる馬糞へ太刀を差し込めば 如何様の血糊でも直に除ける 詮議の時など人を斬ってないと言って難を逃れる事も出来る。秘すべきものである。
 馬糞の大部分は繊維カスでしょうから汚れを取るには良さそうです。

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2018年5月19日 (土)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文2當流申伝之大事8早拭之大事

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
2、當流申伝之大事
8早拭之大事
 早拭之大事ヒエタル馬糞ヱ太刀ヲ指込候得ハイカ様ノノリニテモ其侭ノキ申也詮議之時ナンヲノガル可秘々
読み
 早や拭いの大事 冷えたる馬糞へ太刀を差し込み候らえば 如何様の(血)糊にても其のまま除き申す也 詮議の時難を逃る 秘すべし秘すべし
 

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2018年5月18日 (金)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く2當流申伝之大事7座中

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
2、當流申伝之大事
7座中
 座中ニ而口論喧嘩何二而モ気遣ノ時ハ小刀ヲ抜テタヽミヱ指込我前二置事出来タル時右之小刀ニテタタミヲハ子上テ我かタテ二スベシ直二敵ヱ打懸テヨシ其マヽフミタオス也深キ大事可秘也
読み
 座中にて口論喧嘩何れにても気遣わしき時は 小刀を抜きて畳へ指し込み 我が前に置く 事出で来る時右の小刀にて畳を跳ね上げて我が楯にすべし 直ぐに敵へ打ち懸けて良い 其の侭踏み倒す也 深き大事秘すべき也
 

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2018年5月17日 (木)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文2當流申伝之大事7座中

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
2、當流申伝之大事
7座中
 座中二而口論喧嘩何に而モ気遣ノ時ハ小刀ヲ抜テタゝミヱ指込我前二置事出来タル時右之小刀ニテタゝミヲハ子上テ我カタテ二スベシ直二敵ヱ打懸テヨシ其マゝフミタヲス也深キ大事可秘々
読み
 座中にて口論喧嘩何にても気遣いの時は 小刀を抜て畳へ指し込み我が前に置く 事出で来たる時右の小刀にて畳を跳ね上げて我が楯にすべし 直ぐに敵へ打ち懸けてよし 其の侭踏み倒す也 深き大事秘すべき也
読み解く
 座中で口論や喧嘩などあって、不穏な空気が流れる時がある、そんな時は小刀を抜いて畳へ指し込み我が前に置く 刃傷沙汰が起こるならば小刀で畳をはね上げて、畳を盾にしてすぐ打ち懸けて行けばよい。其の侭踏み倒して気を奪うなど深いものがある大事に秘すべきである。
 面白い、策です充分稽古しておかないと上手く出来るか判りません。逆上した相手は何をしてくるか判りませんから先ず防禦の心掛けがあるべきでしょう。
 実戦で使われたものか疑問ですが、現代でも通じる考え方です。ただ、マニュアルに随っていたり、上司の言いなりな人には無関係な事かも知れません。
 

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2018年5月16日 (水)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く2當流申伝之大事6亦暗夜

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
2、當流申伝之大事
6亦暗夜
 亦暗夜コロビタル者ヲソツジ二切事ナカレ二グル者ヲヲワス夜ハ頭巾二而モ笠二而モ鉢巻ニテモ必二スベシ向ヨク見ル也気遣敷所成ラス鼻紙ヲ一條水二ヒタシ鉢巻之下二冠ル可シクサリ頭巾ヨリツヨキ物也中々太刀ニ而不切秘事也夜中旅行之時ハ高ク唱不調道之真中ヲ行可シ月夜ニワ影ヲ可行敵ヲ月ノ方二可見る大酒ヲ呑ンテワ足不立心得可有其外何事モユダンアルベカラズ
読み
亦暗夜 転びタル者を卒爾に斬る事勿れ 逃げる者を追わず 夜は頭巾にても笠にても鉢巻きにても必にすべし 向う良く見える也 気遣わしき所ならず鼻紙を一條水に浸し鉢巻の下に冠るべし 鎖頭巾より強きもの也 なかなか太刀にても切れず秘事也 夜中旅行の時は高く唱い 調べざる道の真中を行くべし 月夜には影を行くべし 敵を月の方に見るべし 大酒を呑んでは足立たず心得あるべし 其の外何事も油断あるべからず
読み解く
 前回に引き続き暗い夜における心得です。
 亦、暗夜、転んだものを軽率に切ってはならない、逃げる者は追ってはならない。これは何故でしょう、わざと転んで斬りかかってゆくと不意に攻撃される事もあるでしょう。逃げていく者も追ってはならないのは逃げた先に仕掛けがあるかも知れません。見えない事は危険が多くあることを思うべきなのでしょう。
 夜は、頭巾でも笠でも鉢巻きでも必ず着ける事、向うが良く見える、と言っています。どうでしょうか。疑問です。
 気遣わしい所ばかりでなく夜は、鼻紙を一條(一帖の当て字でしょう。海苔一帖は10枚です、鼻紙ならば百枚の束ですが、この一條は良く判りません、和紙ですから繊維も強く厚みもあります10枚あればかなりのものでしょう)水に浸して鉢巻の下に入れて冠る、鎖頭巾より強いものである、太刀ではなかなか切れないもので秘事である。
 夜中旅行の時は高声で歌う事、事前に調べていない道は真中を行くべし。
 月夜には影を後にして行く、敵を月の方に見るべきである。
 大酒を飲んでは足が立たなくなるので其の心得を持て。
 其の外にも何事も油断しない事。
 
 
 

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2018年5月15日 (火)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文2當流申伝之大事6亦暗夜

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
2、當流申伝之大事
6亦暗夜
 亦暗夜コロヒタル者ヲソツシ二切事ナカレ二クル者ヲヲワス夜ハ頭巾二而モ笠二而モ鉢巻ニテモ必二スベシ向ヨク見ル也気遣敷所成ラハ鼻紙ヲ一條水二ヒタシ鉢巻之下二冠ル可シクサリ頭巾ヨリツヨキ物也中々太刀二而不切レ秘事也夜中旅行之時ハ高ク□(唱)不□(調)道之真中ヲ行可シ月夜二ワ影ヲ可行敵ヲ月ノ方二可見大酒ヲ呑ンデワ足不立心得可有其外何事モユダンアルベカラズ

読み
 亦暗夜 転びたるものを卒爾に切る事なかれ 逃ぐる者を追わず 夜は頭巾にても笠にても鉢巻きにても必にすべし 向こう良く見える也 気遣わしき所ならば鼻紙一條水に浸し鉢巻きの下に冠るべし 鎖頭巾より強きもの也 中々太刀にて切れざる秘事也 夜中旅行の時は高く唱い調べず 道の真中を行くべし 月夜には影を行くべし 敵を月の方に見るべし 大酒を呑んでは足立たず心得あるべし 其の外何事も油断あるべからず

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2018年5月14日 (月)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く2當流申伝之大事5暗夜

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
2、當流申伝之大事
5暗夜
 暗夜気遣敷所ヲ通時手頃之石ヲ三ッツ四ッツ袖二可入何二テモ向二見ル物ヲ當ル間敷ヲ考テ打可付先之勝也驚所二而此方ヨリ切立追散スベシ亦三四尺程之鉄之クサリノ先二五十目程之玉ヲ付ケテ可持杖二テモ脇指ノサヤニテモ右之クサリヲ付テ四方一面二フリ廻スヘシ皆二敵ヲ打拂二ヨシ第一ハ旅行二ハ半弓ヲ可持辻切強盗二出合時ヨシ
読み
 暗夜気ずかわしき所を通る時 手頃の石を三つ四つ袖に入れるべし 何にても向うに見えるものを当てるまじくを考えて打ち付くべし 先の勝也 驚くところにて此方より切りたて追い散らすべし 亦三四尺程の鉄の鎖の先に五十匁程の玉を付けて持つべし 杖にても脇指の鞘にても石の鎖を付けて四方一面に振り廻すべし 皆に敵を打ち払うによし 第一は旅行には半弓を持つべし 辻斬り強盗に出合う時よし
読み解く
 暗くて何か潜んでいそうなどの気のする夜道を行く時、手頃な石を三つ四つ袖に入れるべきで、何でも向うに見える物に打ち当てることを考えるべきである、先の勝である。驚くところに此方より切りたて追い散らすべし。
 亦、三四尺程の鉄の鎖の先に五十匁程の玉を付けて持つべし。杖でも脇差の鞘でもこの鎖を付けて四方一面に振り回すならば皆敵を打ち払うに良い。
 第一は旅行には半弓を持つべきで辻斬り強盗に打合っても良い。
 此の居合兵法極意秘訣の書かれた明和元年1764年の事です。
 第十代徳川家治の時代です。徳川政権の中期であり、戦国期から一世紀以上経っています。
 それでも治安は不十分で、飢饉や政策の不十分さなどにより各地で農民一揆、打ちこわしも多発し、戦争は無くとも人々の暮らしは楽では無く不満は多かったでしょう。
 農民と武士との谷間のあぶれ者などが、徒党を組んで村に押し寄せた事もあったでしょうし、旅も命がけだったようです。
 無双神傳英神流の成立時期にはそれらの谷間の人々に武術を指導したともいえます。

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2018年5月13日 (日)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文2當流申伝之大事5暗夜

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
2、當流申伝之大事
5暗夜
 暗夜気遣敷所ヲ通時手頃之石ヲ三ッ四ッ袖二可入何二テモ向二見ル物當ル間敷ヲ考テ打可付先之勝也驚所二而此方ヨリ切立追散スベシ亦三四尺程之鉄之クサリノ先二五十目程之玉ヲ付ケテ可持杖ニテモ脇指ノサヤニテモ右之クサリヲ付ケテ四方一面二フリ廻スヘシ皆々敵ヲ打拂二ヨシ第一ハ旅行二ハ半弓ヲ可持辻切強盗二出合時ヨシ
読み
 暗夜気遣わしき所を通る時手頃の石を三つ四つ袖に入れるべし 何にても向うに見えるものに当てるまじくを考えて打つべし先の勝也 驚く処にて此方より切りたて追い散らすべし 亦三四尺ほどの鉄の鎖の先に五十匁ほどの玉を付けて持つべし 杖にても脇指の鞘にても右の鎖を付けて四方一面に振り回すべし 皆々敵を打ち払うによし 第一は旅行には半弓を持つべし辻斬り強盗に出会う時よし
 

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2018年5月12日 (土)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く2當流申伝之大事4山中

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
2、當流申伝之大事
4山中
 山中抔二而俄二湯ヲ呑時ワカシ様ノ事金物ナクテモ湯ヲワカス事茶碗二而モヒ杓に而モ水ヲ一杯入其上ヲ布モメン手拭ニテモ紙ナラバ五枚ホドフタ二而ツヨキ焚火之上二而アフレハタチマチ湯ト成ル口伝水ヲヒ杓二汲テイソキ走ル時モ紙二而モ布二而モ包ミ行ケバ道二而コホレズ
*
読み
 山中などにて俄かに湯を飲む時の沸かし様の事 金物無くても湯を沸かす事 茶碗にても柄杓にても水を一杯入れ 其の上を木綿手拭にても紙ならば五枚程蓋にして 強き焚火の上にて炙れば忽ち湯と成る 口伝 水を柄杓に汲みて急ぎ走る時も紙にても布にても包み行けば道にてこぼれず
読み解く
 山中などで、俄かに湯を飲みたくなった時の沸かし方です。湯沸かしの金物など無くても茶碗や柄杓などに水を口切一杯入れて木綿の手拭でも紙ならば五枚程蓋にして強い焚火の上で炙ればすぐに湯と成る。
 口伝に水を柄杓に汲んで急いで走る時も紙でも布でも包んで行けば道中でこぼれる事は無い。
 必要なものでその場に無ければ何でも工夫する事の教えでしょう。
 
 

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2018年5月11日 (金)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文2當流申伝之大事4山中

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣
2、當流申伝之事
4山中
 山中抔二而俄二湯ヲ呑時ワカシ様ノ事金物ナクテモ湯ヲワカス事茶碗二而モヒ杓二而モ水ヲ一杯入其上ヲ布モメン手拭二テモ紙ナラバ五枚ホドフタ二而ツヨキ焚火之上二而アフレハタチマチ湯ト成ル口伝水ヲヒ杓二汲テイソキ走ル時モ紙二而モ布二而モ包ミ行ケバ道二而コホレズ
読み
山中抔にて俄かに湯を呑む時の沸かし様の事 金物なくても湯を沸かす事 茶碗にても樋杓にても水を一杯入れ 其の上を布木綿手拭にても紙ならば五枚ほど蓋にして 強き焚火の上にて炙れば忽ち湯と成る 口伝 水を樋杓に汲みて急ぎ走る時も紙にても布にても包み行けば道にてこぼれず
 

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2018年5月10日 (木)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く2當流申伝之大事3捕者之大事

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
2、當流申伝之大事
3捕者之大事
 捕者之大事二階住居ナラバ先傘ヲ持上ル可シハシゴ一足二踏上リ口ニテ右之傘ヲサットヒロゲ見ル可シイナヤ其時之考見ハカライニテ打タヲスベシ何二而モ見合二器ヲ持ッテ上ルヨシ敵之色ヲ見事也口伝有
読み
 捕物の大事 二階に住み居るならば 先ず傘を持って上るべし 梯子を一足踏み 上り口にて右の傘をサット広げ見るべし 否や其の時の考え見計らいにて打ち倒すべし 何にても見合いに器を持って上るのがよい 敵の色を見る事也 口伝有り
読み解く
 捕り物の大事 二階に住み着いているならば先ず、傘を持って梯子を一足登り上り口にその傘をサット開けば其の時、相手の様子が思い描けどうすべきかの考えや計らいが出来るので、それを元に打ち倒すべきである。
 何でも場の状況次第で、その辺にある器物を持って上がり敵の様子を先ず探る事である。
 口伝有り、ですが失伝しています。

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2018年5月 9日 (水)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文2當流申伝之大事3捕者之大事

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
2、當流申伝之大事
3捕者之大事

 捕者之大事 二階住居ナラバ先傘ヲ持上ル可シハシゴ一足二踏上リ口二テ右之傘ヲサットヒロゲ見ル可シイナヤ其時之考見ハカライニテ打タオスベシ何ニ而モ見合二器ヲ持ッテ上ルヨシ敵之色ヲ見事也口伝有
読み
 捕者の大事 二階に住み居るならば 先ず傘を持ち上げるべし 梯子ひと足に踏み 上がり口にて右の傘を広げ見るべし いなや其の時の考見計らいにて打ち倒スベシ 何にても見合いに器を持って上るよし 敵の色を見る事也 口伝有り

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2018年5月 8日 (火)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く2當流申伝之大事2閨之事

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
2、當流申伝之大事
2閨之事
 閨之事不案内成所二而ハ刀ヲ抜鞘口三寸ホドノコシ居ナガラシヅカ二四方ヲ振サクル可シ九尺四方其ママ何事モシレ申候
読み
 閨之事 不案内なる所にては刀を鞘口三寸ほど残し 居ながら静かに四方を振り探るべし九尺四方そのまま何事も知れ申し候
読み解く
 閨(ねや)の事、閨の事と云えば男女の房事を云いますが、此処では寝所とでも読めばいいのでしょう。
 初めての処で暗くて様子がわからない所では、刀を鞘口三寸程残して抜切出し下緒を持って その場で静かに四方を振り廻し探って見れば 九尺四方そのまま何事か有るか無いか知れるものである。

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2018年5月 7日 (月)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文2當流申伝之大事2閨之事

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
2、當流申伝之大事
2閨之事
閨之事不案内成所二而ハ刀ヲ抜鞘口三寸ホドノコシ居ナガラシヅカ二四方ヲ振サクル可シ九尺四方其マゝ何事モシレ申候

読み
 閨之事 不案内なる所にては刀を抜き 鞘口三寸ほど残し居ながら静かに四方を振り探るべし 九尺四方そのまま何事も知れ申し候

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曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く2當流申伝之大事1門戸出入之事

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
2、當流申伝之大事
1門戸出入之事

 門戸出入之事夜中ウタガワ敷所二而ハ先足ヨリ先ヱ可出ス刀鞘供二ヌキカケテ我首之上二カフリテ出入ス可シ三方ノ(業ワイ)ワザワイ止ルナリ其上ワ時二自分自分ノハタラキ有ルベシ
*
 読み
 門戸出入之事夜中疑わしき所にては先ず我が足より先へ出すべし 刀鞘供に抜きかけて我が首の上に被りて出入すべし 三方の禍止まるなり 其上は時に自分自分の働き有るべし


 読み解く
 門戸を出入する事で、夜中疑わしき所にては先ず、我が足から先へ門戸の中に出すべし 刀を鞘と共に抜きかけて我が首の上に被りて出入するものである。
 前右左の三方の禍は止まる。その上は時に自分自分の働きを持つべきである。

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曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文2當流申伝之大事1門戸出入之事

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
2、當流申伝之大事
1門戸出入之事
 門戸出入之事夜中ウタガワ敷所二而ハ先我足ヨリ先ヱ可出刀鞘供二ヌキカケテ我首之上二カフリテ出入ス可シ三方ノワザワイ止ルナリ其上ワ時二自分自分ノハタラキ有ルべし
読み
 門戸出入の事 夜中疑わしき所にては 先ず我が足より先へ出すべし 刀鞘ともに抜きかけて我が首の上にかぶりて出入すベし 三方の禍止める也 其の上は時に自分自分の働き有るべし

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2018年5月 6日 (日)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く1老父物語5雷電その3

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
1、老父物語
5雷電その3
 惣躰足を踏み付けずに躰のいつかぬ様に浮きうきと立って右の事を行うべし敵と気分のくいあわぬ様に我はてきと別々と成る心也
 敵は〆合わせうとするを此方わ夫々移らすふわりと出合ふよしふわりとせねは右云う夫々の変出事無し
 考えるべし右のはたらきを敵がすれば此方の負けとなる事の上にて是より外の仕筋無深く工夫あるべし
 修行のこうはくと勇気とおく病と此二つのちがいばかり也
 此所は我と得道すべし外人より教がたし我が心に合点して無理に事をせず気分一ぱいにはたらき見るべし
 此上にいかぬはふたんれんか心まとひえ合点せぬか吾おく病か真剱の時は天命天運外になし
 當流印可居合柄口六寸の勝軍用の剱是口伝免べきこと此外無し
  この部分の老父物語は、足の踏み方を解いています。前回の仕筋を満足する為には足踏みは踏み付ける様ではダメだと云います。体も居付くことを嫌って浮きうきと立てと言っています。
 居付けば即座に変に応じられないものです。竹刀剣道を習われた方はどうした理合なのか、歩み足の時は爪先を床に押し付ける様にして足先から進み体は遅れて踏み出した足に乗って行きます。爪先で滑り出て、爪先を蹴って前進する、何とも不思議な歩行です。
 防具を付けた試合では、右足前で左足踵を浮かし、右足から飛び込み左足が追い足となって居付かない様に飛び込んで竹刀を振っています。
 速さと強さに頼らない前回の業の動作では、足先を浮かし踵を床から離さない浮き浮きとした摺足で居付かない事で成り立ちます。
 
 敵は自分の業に掛かる様に我を誘導して来るので、何をするか分からない「フワリとした出合い」を心懸けろ。
 是等を考えないで、敵が行えば此方の負けと云います。古流剣術は「かたち」バカリ出来ても術が決まらなければ斬られてしまうのです。
 全身が其の業をなすために活躍して呉れなければならないのです。
 修行の厚い薄い、勇気と臆病の二つの違いを理解しろと云いています。修行を重ね本物を身に付け勇気をもって応じろというのでしょう。
 
 この心得は自分で得道することであって他人では教えられない、自分の心で合点せよと云います。
 できもしないのに無理しても役に立たない、今の力を出し切るだけだ、その上でダメなのは、鍛錬足らずか、心が迷い、合点して居ないか、臆病かであろう。
 真剣での勝負では天命天運以外に無いよと突き放されます。
 当流の印可は居合に依る柄口六寸の軍用の剱である、是は口伝だから、このほかには無い。この教えの通り修行せよと云います。
 この無双神傳英信流居合兵法の失念した極意「柄口六寸は敵の柄口也」別のところで読み解きます。

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曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く1老父物語4雷電その2

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
1、老父物語
4雷電その2
 雷電 両方八相にて打合敵我が右をうくれば亦左え打所を此方より打落し跡え引き敵打をはずし亦引上げ下げ曲尺合心に能々修行無くては成り難し
 太刀おっ取てするするとゆく故切ればきるべし切らずば切るまじ
 亦するすると行かずして身を沈み車にかまえ敵切ってかゝる其拍子をうけず其間合を勝事我心に浮み我より出づべしと知るべし
 亦太刀をあだ切をして二の太刀にて勝位も有是も我より気にのりてゆくべし
 亦相懸にて敵来る時先に敵の太刀をころして勝位有古人和卜刀とも云えり
 亦敵先に切って懸る時左右えひらき勝位有り、みな我気のはたらき也
 亦太刀を敵え差懸切らせて引きすかして跡を切位有
 亦時によりて青眼にかまえて身を能くかこい敵より切一度にすり込鍔きわにて勝位有
 亦敵打時我が太刀をかぶり請又はうけ流して勝位有
 亦敵打時身をしずみちんたいにて敵の手首を打払いて勝位有
 亦中墨を打ち払ひて勝位も有
* 
 ここは、雷電についての様々な展開を書いているようです。然しよく読んでみると前回までの二刀によるものとは違う様です。
 両方八相に構え打ち合う、敵我が右を打って来るので請ければ、亦左へ打込んで来る処を、此方から打ち落してしまい、後に退て敵の打ちを外し、亦上、下と打ち合う間合いの心持ちは能々修行しなければ会得し難いものである。
 太刀を取ってスルスルと間に接するので、切れば切る、切らずば切らずの心持ちである。
 亦、スルスルと行かずに、身を沈めて車に構える、敵切って懸かるその拍子を敵刀を受けずにその敵の切って来る間合いを期して勝事、是は我が心に浮かび上がりむしろ我から斬りかかって勝つものと知るべきである。敵の斬り間は我が斬り間です。車に構えれば左肩を敵にさらす様な構えですから敵が左肩に斬り込んで来る拍子に敵の小手に斬り込み勝。
 是は真陰流(新陰流)の三学円の太刀一刀両断を思わせます。
 
 次の亦、「太刀をあだ切をして二の太刀にて勝」は、八相から大きく斬り込む風にして、敵が受けずして外すや、空を斬った太刀を残して誘いう、あるいは斬り流して誘い、ここぞと斬り込んで来る処を筋を替って斬り込み勝。
 これも真陰流(新陰流)の九箇の必勝か逆風であろうと思います。
 
 次の亦は「古人和卜とも云えり」と業名を先に出しています。これも真陰流(新陰流)の九箇の太刀の四本目和卜であれば敵は上段から我が青眼に構える左拳に打ち込んで来るのを、太刀を上げずに打ち落し敵の喉に切先を付けて勝。打ち込んで来る敵の太刀に十文字に乗って打ち落すとでも言ったらいいのでしょう。太刀を上げて叩き落すのでは、落すと同時勝にはなれません。
 
 次の亦、「敵先に切って懸る時左右え開き勝」は高く八相に構える左肘を斬って来るので左肘を引き付けて外して右に踏込み左と踏込み、打ち外された敵の左拳を上から切り下ろす。元に戻って、左肘を再び深く切って来るので左足を左前に踏込み体を左に披き上から敵の右腕に斬り下ろす。
 これは真陰流(新陰流)の天狗抄の花車とも言えます。「みな我気のはたらき也」と添えられています。敵の太刀に触れる事無く、外すや斬るの一拍子です。
 次の亦、「太刀を敵え差懸切らせて引きすかして跡を切る」この「太刀を敵え差懸け」がどのようなものかで悩みます。竹刀剣道などでは、敵に突き込む様にして払わせて其の拍子に乗って打つ、などの事も有るでしょう。
 ここは、真陰流(新陰流)の業の様ですから、太刀を払わせるのではお粗末です。そこで敵に太刀を持った拳ごと差し懸け、ここぞと拳に切り込んで来るのを外すや斬り込む、九箇の太刀の十太刀かくねり打ちが該当しそうです。
 次の亦は、「時によって青眼に構えて身を能く囲い敵より切一度に摺り込み鍔際にて勝」は青眼ですから真陰流(新陰流)であれば、切先は敵の左眼に付け、左拳は左脇前、右拳は正中線上でしょう。
 是で身を能く囲い、になりました。敵より左拳を切って来るので其の拍子に先ほどの和卜の要領で敵刀を落とし鍔際から摺り込み喉を突く。これは天狗抄の明身の様です。
 次の亦は、「敵打時我が太刀をかぶり請亦はうけ流して勝位有」といいます。敵が打ち込んで来るのを請けて廻し打ちして、あるいは請けるや請け流して打込むのでしょう。いずれも敵の打ち込む刀を受ける拍子を捉えて打ち込む、のですがこれは真陰流(新陰流)の基本でしょう。
 廻し打ち、はね打ち、によるものの様です。
 次の亦は、「敵打時我身を沈み沈躰にて敵の手首を打ち払ひて勝」是は先ほどの九箇の十太刀のくねり打ち、あるいは三学円の太刀の半開半向で青眼に構えた左拳を切って来るので左手を右上腕に引き付け敵の斬り込みを外すや腰を落とし膝をぐっと下げる様にして敵の手首を斬り払う。
 次の亦は、「中墨を打拂ひて勝」。この中墨の言葉は中心軸(正中線)と云えばいいのでしょう。真陰流(新陰流)の使いでしょう。これは抜けがありすぎて思いつくことが出来ません。
 新陰流の独特の「合し打」が語られていません。双方上段から真向に斬り下ろします。敵が我が真向に打ち込んで来るのをわずかに遅れて同様に斬り込み敵太刀を打ち落して敵の真向を斬り下ろす極意業です。「中墨を打拂う」の払うが気になります。
 此処までの読み解くは、この古伝を研究するに当たり、尾張柳生新陰流の名古屋春風館道場の関東支部長赤羽根龍夫、大介父子に入門し学んでいます。
 江戸初期から中期の他流にも同様の業は存在するかもしれませんが、土佐に持ち込まれた無双神傳英信流居合兵法は第九代林六太夫守政が江戸で身に付けたもので、剣術の師匠は真陰流の大森六郎左衛門と明記されています。
 真陰流・新陰流の違いは不勉強ですが上泉伊勢守信綱の流であれば柳生新陰流が脈打っていても間違いないでしょう。
 
 
 
 
 
 
 
 

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曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く1老父物語3惣捲

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
1、老父物語
3惣捲
 総捲 片手に持打込左の手に而とらゆるつりあい大事
*
 この短い文章は雷電の続きかも知れません。
 日本刀はこの時代太刀を両手で持つものとして作られています。平安時代には片手打ちの太刀も使われていたかと思いますが、敢えて「片手に持ち打込」・「左の手に而とらゆる(捕ゆる)」・「つりあい(釣合)大事」と右手に太刀、左手に小太刀を示唆してその扱いは左右(太刀と小太刀)の釣合いが大事と云うのです。
 前回の雷電の二刀の構えは無形から、小太刀で左眼を差し、太刀で右眼を差す、小太刀の切先に太刀を乗せる様にして肩の高さ位で詰めていく、円明流の円曲の構えをして見ます。
 相手は我が円曲の構えで攻めて来るので、太刀と小太刀の交点を上段から叩き落としに来る。
 我は、円曲を解いて交点を開き相手の太刀に空を斬らせる、相手再び上段に振り冠らんとする所を小太刀で押さえ、同時に太刀で相手の左面なり首を打つ。
 この左右の釣合が大切だというのでしょう。
 小太刀で相手の打込みを受けるとか、小太刀で相手の振り上げんとする太刀を押えるなど小手先の事ではすぐに崩されてしまいます。
 左の手の内はもちろんの事、切先から腕、肩、背骨、腰、膝、足までが十分働かなければ請け太刀にはなりません。
 請けるや否や、右手の太刀で思う所に斬り込んで制するわけですからその釣合いは自得する以外に有りません。
 稽古では易しく打込んでくれますが、それでは術を得る事は出来ず、形ばかりの真似事になってしまいます。
 形を申し合わせの演武位に考える人には「かたちをまねられてもくずされる」事が理解できないでしょう。
 形は本来剣術の術理を充分稽古し身に付けて、即座に応じられる術を学ぶものです。
 形に依る術理を疎かにした者が勝てるのは、「強くて速い動き」ばかりです。これでは、年と共にたちまち元気旺盛な若者に打ち負かされてしまうか、体を壊して役立たずになってしまうでしょう。そんなものは武術ではありません。
 武術は死ぬまで進化しなければ、意味の無い棒振りです。

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曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く1老父物語2雷電その1

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
1、老父物語
2雷電その1
 雷電 片手に持ひっさげ敵の両目へ突込むや否や跡へ引き 亦 敵打ちかくる処を請込 敵の右の足を打ちはずし打也 是極一刀石甲万字軍用の太刀 口伝大事
 この雷電は片手で刀を持ち、右手に太刀、左手に小太刀を持ち無形の構えを想像させますです。そうでなければ「敵の両目へ突き込む」に続きません。
 僅かに右足前、右手に太刀を切先を右足の線上、左手に小太刀を切先を左足の線上に引っ提げて立つ。
 スルスルと間を詰め乍ら小太刀の刃を外向けにして相手の右眼に付け、太刀も同様にして相手の左眼に付けて間境に至りぐっと右足を踏み込み突き込むや否や右足を退いて間を外す。
 相手打たんとする所を間を外されて右足を踏み込み、我が頭上に打ち込んで来る処を左足を踏み出し同時に小太刀で相手の太刀を左半身で請け、右足を踏み替え右半身で相手の右足膝に打込み勝。
 「敵の右の足を打ちはずし打也」の処は、相手の右足を「打ち払う様に打つ」と解釈すれば、体を右、左と躱しながら応じる。
 是、極め(是極)の一刀である、石甲は折甲で体当たりする。
 万字は卍、四方八方とも受け取れます。
 軍用の太刀は、想いが及びません。
 口伝があるからよく聞いて置けとでもいうのでしょう。
 
 二刀であれば、宮本武蔵を描きます。此の当時の真陰流が柳生新陰流であれば、尾張柳生に伝わる宮本武蔵の円明流が近そうです。
 

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曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く1老父物語1

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
1、老父物語
読み解く
 「老父物語を書付置久しき事故失念之事多しあらまし此の如覚候儘記申也」
 この書き出しで始まる「居合兵法極意秘訣」は難解です。何を言っているのかさっぱり解らず、曽田先生の文字とにらめっこするばかりです。
 読めても意味が解らないのは、「かたちは出来ても剣術にならない」のと同じです。何処を斬っているのか不思議な居合みたいです。言われた通りやっているのにぼこぼこにされこれでは、かたなど無い方がましです。
 この居合兵法極意秘訣を書き残したのは林政詡記「明和元申歳猛冬吉辰賜之」と末尾の奥書があります。
 土佐の居合の第十代林安大夫政詡が之を書いて明和元年申歳1764年甲申(つちのえさる歳)猛冬吉辰(もうとうは10月の辰の日)に、第十一代大黒元右衛門清勝が之を第十代林大夫政詡から賜ったのでしょう。
 老父とは第十代林安大夫政詡の父第九代林六大夫守政の事でしょう。九代が語ってくれたことを十代が思い出しながら書いて十一代に贈ったものなのでしょう。
 老父の第九代林六大夫守政は寛文2年1662年生まれ享保17年1732年に70歳で亡くなっています。
 第十代林林安大夫政詡が「居合兵法極意秘訣」を書き記したのが明和元年1764年ですから、第九代林六大夫守政の死後32年後の事になります。
 「久しき事故失念之事多し」も素直な書き出しです。
 「あらまし此の如く覚え候儘記し申す」大凡このようだったと覚えているまま書いておくよと言います。
 神傳流秘書は業の手附で技の手順などを書きあらわしたものですが、これは日常の武士の心得や業の術理を述べています。
 現代居合では、指導出来る人も無く学べない、戦国時代の名残を持つ江戸中期の心得や今では迷信扱いされることなども含まれています。
 始祖林崎甚助重信公も長谷川英信や荒井勢哲なども、城主でもなく主を持たない武士と農民の堺を生きた武術家だったと思われますのでその身分は低いもので高度な戦術や政治論には至っていません。林六大夫守政も料理番です。
 読み進みますと、剣術の術理に於いては学ぶべき内容が豊富に書き込まれています。第九代林六大夫守政の剣術の師匠は大森流の創始者大森六郎左衛門です真陰流(新陰流?)がチラつきます。
 宮本武蔵の二刀の心得も何処で誰に習ったのかチラつきます。
 神傳流秘書の大森流居合之事の書き出しに「此の居合と申すは大森六郎の流也、英信に格段意味相違無き故に話して守政翁是を入れ候、六郎左衛門は守政先生剣術の師也、真陰流也、上泉伊勢守信綱之流五本の仕形有と言う、或は武蔵守卍石甲二刀至極の伝来守政先生限りにて絶(曽田メモ 此の五本の仕形の絶えたるは残念也守政先生の伝書見当たらず)」
*
上泉信綱之流五本は恐らく三学円の太刀による五本(一刀両断・斬釘截鉄・半開半向・右旋左転・長短一味)でしょう。柳生新陰流ならば時代的には古流の三学でもその江戸遣でも尾張遣でも可能ですが真陰流ならば戦国期の名残の濃いものかも知れません。
 「思いつくままに」読み進んでゆきます。
 
 

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2018年5月 5日 (土)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文1老父物語2読み下し

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
1、老父物語原文
2読み下し
 老父物語を書き付け置く、久しき事故失念の事多し、あらまし此の如く覚え候まま記し申す也
 雷電、片手に持ち引っ提げ敵の両眼へ突き込むや否や跡へ退き亦敵打かくる処を請込、敵の右の足を打弛し打つ也
 是極一刀石甲万字軍用太刀口伝大事
 惣捲り片手に持ち打込み左の手にて捕らゆる、釣合い大事
 雷電、両方八相にて打ち合う、敵我が右を打ち、受ければ亦左へ打所を此方より打ち落し跡へ退く、敵打つを外し亦打つ、引き上げ下げ、曲尺合心に能々修行なくては成り難し、太刀おっとってスルスルと行く、敵切れば切るべし切らずば切るまじ。
 亦スルスルと行かずして身を沈み、車に構え敵切って懸かる其拍子を受けず其間合いを勝事我心に浮かび我より出べくと知るべし
 亦太刀をあだ切をして二の太刀にて勝つ位も有り、是も我より気に乗りて行くベシ。
 亦相懸かりにて敵来る時、先に敵の太刀を殺して勝位有り、古人和卜刀とも云えり
 亦敵先に切って懸かる時左右へ開き勝位有り皆我が気の働き也
 亦太刀を敵へ差し懸け切らせて引き空かして跡を切る位有り
 亦時に依りて青眼に構えて身を能く囲い敵より切一度に摺り込み鍔きわにて勝位有り
 亦敵打つ時我が太刀を冠り請け、亦は請け流して勝位有り
 亦敵打つ時我が身を沈み沈体にて敵の手首を打拂いて勝位有り
 亦中墨を打ち払いて勝位も有り惣躰足を踏み付けずに躰の居着かぬ様に浮き浮きと立って右の事を行うべし、敵と気分の喰い合わぬ様に我は敵と別々となる心也、敵は〆合わせようとするを此方は夫々に移らす、ふわりと出合うよし、ふわりとせねば右云う夫々の事出る事無し考えるべし。
 右の働きを敵がすれば此方の負と成る事の上にて是より外の仕筋無し、深く工夫有るべし。
 修行の厚薄と勇気と臆病と此の二つの違いばかり也。此の所は我と得道すべし、外人より教え難し、我が心に合点して無理に事をせず、気分一杯に働き見るべし、此の上に行かぬは不鍛錬か心惑い得合点せぬか吾臆病か真剱の時は天命天運外に無し、當流の印可居合柄口六寸の勝、軍用の剱是口伝、免るべき事この他に無し。

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曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文1老父物語1

曾田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
1、老父物語
1老父物語
 老父物語ヲ書付置久敷事故失念之事多シ荒増如此覚候侭記申也
 雷電、片手二持ヒッサケ敵ノ両眼ヱ突込否跡ヱ引亦敵打カクル処ヲ請込敵之右ノ足ヲ打ハズシ打也是極一刀石甲万字軍用太刀口伝大事
 惣捲片手二持打込左ノ手二而トラユルツリ合大事
 
 雷電両方八相二而打合敵我ガ右を打ウクレバ(受クレバ)亦左ヱ打所ヲ此方ヨリ打落シ跡ヱ引敵打ヲハヅシ亦打引上ゲ下ゲ曲尺合心二能ク修行ナクテハ難成
 太刀於ッ取テスルスルトユク敵切レバキルベシ切ラズバ切ルマジ亦スルスルト不行而身ヲ沈ミ車二カマエ敵切ッテカヽル其拍子ヲウケズ其間合ヲ勝事我心二浮ミ可出ッ與我知ベシ
 亦太刀ヲアダ切ヲシテ二ノ太刀二而勝位モ有是モ與我気二ノリテ行ク可シ
 亦相懸二而敵来ル時先二敵ノ太刀をコロシテ勝位有古人和卜刀トモ云ヱリ
 亦敵先二切ッテ懸ル時左右ヱヒラキ勝位有リ皆我気ノハタラキ也
 亦太刀ヲ敵ヱ差懸切ラセテ引キスカシテ(空ヲ切ラセテ)跡ヲ切位有
 亦與時而青眼二カマエテ身ヲ能クカコイ敵與切一度二スリ込鍔キワニテ勝位有
 亦敵打時我ガ太刀ヲカフリ(冠)請亦ハ受ケ流シテ勝位有
 亦敵打時我身ヲシズミチンタイニテ敵之手首ヲ打拂ヒテ勝位有
 亦中墨ヲ打拂ヒテ勝位モ有
 惣体足ヲ踏不附躰ノイツカヌ様二浮キウキト立ッテ立右之事ヲ行フベシ敵ト気分ノクヒアワヌ様二我ハテキト別々ト成心也敵ワ〆合ワセウトスルヲ此方ワ夫々移ラスフワリト出合フヨシフワリトセ子ハ右云夫々ノ変出事無シ可考右之ハタラキヲ敵ガスレバ此方ノ負ト成ル事ノ上ニテ是ヨリ外ノ仕筋無深ク工夫有ㇽ可シ
 修行ノコウハク(厚薄)ト勇気トオク病ト此二つノチガイバカリ也
 此所ハ我ト得道スベシ外人ヨリ教ガタシ我ガ心二合点而無理二事ヲセズ気分一パヒ二ハタラキ見ル可シ此上二イカヌワフタンレン(不鍛錬)カ心マドヒヱ合点セヌカ吾ヲク病カ真剣之時ハ天命外二ナシ當流ノ印可居合柄口六寸ノ勝軍用ノ剱是口伝可免事此外無シ
読み次回
 

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曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文書き出し

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文・読み解く
書き出し
目録口授覚
    山川幸雅
印可口授覚
 
居合兵法極意秘訣
(英信流居合口授秘訣)
(戦火の為原本焼失せるならん 写本であるが恐らく之が原本だろう)
読み解く
 昭和20年7月高知への米軍による無差別爆撃によって原本は失われ、是が原本だろうと曽田虎彦先生は書き込まれています。
 曽田先生は戦後昭和25年1950年に亡くなられています。
 その後昭和57年1982年に夢想神傳流の木村栄寿先生によって細川家から借りられた伝書を元に発行された「林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流傳書集及び業手付解説」で、此の伝書も新たに陽の眼を見ています。
P65~P92に相当し「老父物語を書置・・」に始まるものです。
 お陰様で、曽田本との対比も出来、木村栄寿本は解説がありませんので、ここで拙いながら解説を施し、土佐の居合の根元に触れる事が可能となり後世に引き継げる武術の有り様を目の当たりに出来ます。
 既に神傳流秘書の居合の解説などに先取りさせて解説をしておりますが改めて書き下ろして見たいと思います。
 
 

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2018年5月 4日 (金)

曽田本その1の4居合根元之巻読み解く6小藤亀江伝来の目録後書

曽田本その1
4.居合根元之巻読み解く
6、小藤亀江伝来の目録
後書
右九ヶ條者深秘之極意也非真實之人者努々不可有相伝者也
無雙直伝英信流居合就多年御熱心太刀次悉令相伝□ 向後御嗜専要候御所望之仁於有之者兼而其之人之取四罰文御指南尤可仍許免之状如件
 明治三十四年六月十五日  
 谷村樵夫 自庸
 小藤亀江殿
読み解く
 右九ヶ條は深秘の極意也 真実の人に非ざれば努々相伝有るべからずのものなり。
 無双直伝英信流居合を多年御熱心に就き太刀次悉く相伝せしむ 向後 お嗜み専ら要し候 御所望の仁之有るに於いては かねてその人の四罰文を取り御指南し 尤もにつき免許の状よって件の如し
 明治三十四年(1901年)六月十五日
 谷村樵夫 自庸
 小藤亀江殿

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2018年5月 3日 (木)

曽田本その1の4居合根元之巻読み解く6小藤亀江伝来の目録27獅子之洞出之大事28獅子之洞入之大事

曽田本その1
4.居合根元之巻読み解く
6、小藤亀江伝来の目録
23無雙直伝英信流居合目録
居合心持肝要之大事
1、捕手和合居合心持之大事
2、立合心之大事
3、太刀目附事
4、野中之幕之大事
5、夜之太刀之大事
6、閨之大事
7、潜り之大事戸脇之事
8、獅子之洞出之事
9、獅子之洞入之事
読み解く
 獅子洞入、獅子洞出として古伝に有ります。
 獅子洞入
 是以戸口抔を入るの習い也其の外とても心得あるべし
 或は取り籠り者抔戸口の内に刀を振り上げて居るときは容易に入る事不能
 其の時刀を抜いて背に負うたる如くに右の手にて振り上げ左の手にて脇差を下げ俯きて戸口を入るべし
 上より打込めば刀にて防ぎ下をなぐれば脇差にて留る、向うの足をなぐべし
 獅子洞出是以て胴出入の心得を知らす也
戸口などを出入する場合の心得として、入り口の奥で刀を振り上げて待つ敵が居る途察したらば、刀を右手に持って背に負う様に持ち、脇差は下げて俯いて戸口を入る。
 上から切り下ろされたならば刀で防ぎ、下をなぐってきたら脇指で留める。相手の足を薙ぐべし。
 出入共に使える心得である。
 
 

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2018年5月 2日 (水)

曽田本その1の4居合根元之巻読み解く6小藤亀江伝来の目録26潜り之大事戸脇之事

曽田本その1
4.居合根元之巻読み解く
6、小藤亀江伝来の目録
23無雙直伝英信流居合目録
居合心持肝要之大事
1、捕手和合居合心持之大事
2、立合心之大事
3、太刀目附事
4、野中之幕之大事
5、夜之太刀之大事
6、閨之大事
7、潜り之大事戸脇之事
8、獅子之洞出之事
9、獅子之洞入之事
・読み解く
古伝では「泳之大事 附 戸脇」があります。
 旅にても常にても夜寝るに気がかり感ずる其の家に戸框抔あらば、其の戸框の内に手水鉢か亦桶の類にても置くべし、不意に入り来る者は是につまずき騒動するなり其所を仕留る也
 惣じて首より先へ入るをきろう足より先へ入るべし
 
 附けたり、戸脇と云うは夜中に戸口を入るに必ず内裏我を切らんと心懸けて戸脇に振り上て居ると思うときは、直に戸口を入る事無く、杖抔を持合たらば其れをちらりと内へ差し出し見べし、もし内に待ち設けて居るときは夜中の事なれば必ず其れに切り付くべし杖を出して見てかっちりと何ぞ當らば其のまま内に飛入るべし
 猶予否やする時は害有りかっちりと當るや否や飛び入るときは二の太刀をかえすに暇無き故害せらるる事なし
 潜りの大事なのか泳ぎの大事なのか、何れでもない夜中に戸口を中に入る心得です。戸の框の辺りに手水鉢や桶があれば置いて、不意に踏み込んで来てもつまずいて騒ぐので其処を斬る。大方首から入らずに足から入って来るものである。
 附けたりとして、戸脇では中に入ろうとする時、刀を振り上げて待ち受けていると思う時、直ぐに入らずに杖などを持って居たならば、それをちらりと差し出して見る。もし待ち受けているならばそれに切りつけて来るので、かちりとあたってくれば、其のまま飛び込んでしまう。
 敵は二の太刀を振るう暇がないので害せられることはない。
 

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曽田本その1の4居合根元之巻読み解く6小藤亀江伝来の目録25閨之大事

曽田本その1
4.居合根元之巻読み解く
6、小藤亀江伝来の目録
25無雙直伝英信流居合目録
居合心持肝要之大事
1、捕手和合居合心持之大事
2、立合心之大事
3、太刀目附事
4、野中之幕之大事
5、夜之太刀之大事
6、閨之大事
7潜り之大事戸脇之事
8、獅子之洞出之事
9、獅子之洞入之大事
読み解く
6、閨之大事
 古伝「居合心持肝要之大事」の5番目に「閨之大事」があります。
 旅抔に泊る時夜中気遣敷時か又常にも用心有る時は、先ず笄隠しを用べし、笄隠しと云うは行燈の土器に楊枝を横に渡し笄を火の上にそっと置く也、火消たる如し、入用なれば笄を除くれば火明か也。
 扨其間に戸口あらば畳を一枚はぎて其の戸にもたせ楊枝を柄にして置くべし、外より戸を明くれば楊枝に畳もたせて有る故に畳速やかに倒るゝ也、寝て居ると云え共其の音に驚かずと云う事なし。
 また急なる時は我は座の隅に座し、寝床は座の真中に我が伏し居る如くに見せて置くべし。
 亦ゆるやかなる時は、四方より糸を十文字に引渡し其の糸を入口の戸に付け置て、茶碗に茶を入れ其の茶碗を糸の十文字の違目にからめ付、我が顔をその茶碗の下へやりて寝るべし、外より戸を明る(開ける)時は、糸動く故其水こぼれて我が面に落る故驚くなり、是を夢間の寝覚と云う也。
 又常にいため紙の水呑を拵て四方に穴を明て懐中すべし、右の茶碗の代わりに用いる也、尤枕本に大小を置くことなく、刀の下緒に脇差を通し刀の下緒の端しを手に持て寝べし火急のとき大小を否や取って指すに宜し。
 旅などで気遣わしい時の用心の方法を述べています。行燈の土器に楊枝を渡してその上に笄をのせて火が消えた様にして置き、事あれば笄を取り外せば明るくなって応じやすくなる。
 畳を一枚、楊枝を支えにして入り口の戸に立てかけて置けば、外から戸を開けても畳が倒れてその音に驚いて目が覚める。
 急に危険を察知したら部屋の隅に座し、寝床は部屋の真中に寝て居る様に見せかけて置け。
 直ぐに襲われると云う事でもないならば、糸を戸に付け十文字に部屋に引き渡して置いて十文字の交点に茶碗に茶を入れて吊るし、その下に寝れば、外から戸を開ければ茶がこぼれて驚いて気が付く。是を夢間の寝覚めと云う。
 いため紙で水呑を拵ておいて四方に穴を開け茶碗の代用とする。
 枕許に大小を置かずに刀の下緒に脇差を通して置いて、下緒を手に持って寝れば急な時にも応じられる。
 方法はともかく、なんとなく危険を感じる時の用心はして置くべきでしょう。地震や水害、不意の侵入者など現代にも通じる心得ですが、疎かにしているようです。
 せめて枕元に懐中電灯、携帯ラジオ、携帯電話、2日分ぐらいの食糧、雨具や防寒具。あれもこれもと思う間に疎かになっています。

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曽田本その1の4居合根元之巻読み解く6小藤亀江伝来の目録24夜之太刀之大事

曽田本その1
4.居合根元之巻読み解く
6、小藤亀江伝来の目録
24無雙直伝英信流居合目録
居合心持肝要之大事
1、捕手和合心持之大事
2、立合心之大事
3、太刀目附事
4、野中之幕之大事
5、夜之太刀之大事
6、閨之大事
7、潜り之大事戸脇之事
8、獅子之洞出之事
9、獅子之洞入之事
読み解く
5、夜之太刀之大事
 古伝「居合心持肝要之大事」の5番目も「夜之太刀」ですから同じものと判断してもいいでしょう。
夜之太刀
 夜中の仕合には我れは白き物きを着るべし敵の太刀筋能見ゆるなり場合も能知るゝものなり放(ハズレ)口もなり安し白き肌着抔を着をたらば上着の肩を脱ぐべし構えは夜中には下段宜し敵の足のを薙ぐ心得肝要なり或は不意に下段になして敵に倒れたると見せて足を薙ぐ心得も有る可し
 夜中に仕合うには、我は白い物を着るのが良い、敵の太刀筋良く見えるし、場の状況も良く知れるものである。放し口(外し口)も容易である。
 白い肌着などを着ているならば上着の肩を脱いでおくのが良い。
 構えは夜中には下段が良い、敵の足を薙ぐ心得を肝要とする。不意に下段にすれば敵は倒れたと思う隙に足を薙ぐ心得も持つものである。
 白い着物は敵からも見付けやすい筈ですが、かえって敵の状況や周囲の状況が判断しやすいと云います。真っ暗闇ではどうかと思いますが、多少の光があれば白い着物に反射して見やすいというのでしょう。
 夜中の構えは下段が良いと言っています。見ようとすれば上ばかり気にする、其処を足を薙げというのでしょう。
 不意に下段にすれば敵は我が倒れたと思うので隙をついて足を薙ぐのだとも言っています。状況次第ではあり得ることかも知れません。この辺は素直に受け取って孫子の「兵は詭道なり」を考える処でしょう。
 河野先生の居合の哲学は、一方的先制攻撃を嫌っていますが、少々考えさせられます。
 敵が害意をもって攻撃して来たので機先を制して先制攻撃する、そのために腕を磨くのは大切な事です。
 しかし、それではただの早い、強いばかりの稽古に過ぎずより早い強い者には勝てない事になってしまいます。
 居合の鞘の内の理念「相手を圧する心意気を以て鞘放れの瞬時に相手を制すること、これ即ち居合の生命にして鞘の内と言う」、」抜刀する以前に為す勝つべき施策が術となるはずです。
 
 「兵は詭道也」は、戦闘行為は敵を欺く行為でもあります。不能であるように見せたり、不用のものと思わせたり、近いにもかかわらず遠くに見せたり、遠いものを近く見せたり、敵に利がある様に思わせ誘い込んだり、攪乱したり、充実していない様に見せたり、強いのに弱く見せたり、敵を驕らせたり、・・、隙を見せて敵の弱点を突く、や、不意の攻撃などによって戦術は成り立つものです。
 
 
 
 
 
 

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2018年4月26日 (木)

無双直伝英信流の型 終りに

無双直伝英信流の型
終りに
 この大江先生・河野先生・福井先生の教本に依る「無双直伝英信流の型」のブログをアップしました処、先師を名指しで揶揄している、道を学ぶものとして不遜では無いかと仰る方もおられた様です。
 このブログは、「思いつくままに」を表題としています。然し決して頭で勝手に考えた事を書き連ねているわけではありません。
 資料を掲げそれに基づいた私見を述べるのは当然の事です。資料も読まず、稽古も疎かな人にとやかく言われるものではないでしょう。
 
 何故そうする、理解できない、教本は有っても読まないでビデオだけですまし、其れも疎かにしてへぼな指導者に教えを受けてさらにへぼになる。
 何故を問えば「こう習った」としか答えられない。
 ひどいのは「ビデオでそうだった」と言われて愕然としたものです。
 
 大江先生は明治維新で消えそうになった土佐の居合「無双直伝英信流居合」を新たに興された中興の師であり、その教えは今にしても生きています。
 河野先生は、戦後の混乱の中で門外不出などと思っている時代錯誤の土佐人に変わって全国に居合を精神も含めて広められたのです。
 福井先生は、土佐に宗家をと意地悪な人達の中で、全国に広まったものを土佐に埋もれさせずに一人奮闘された方でもあったでしょう。しかも、河野先生の居合心と形を忠実にその教本「大日本居合道図譜」に随って指導されたのです。
 
 此のブログを書かざるを得なかったのは、ある地区の組太刀を拝見して、「何故そうする」の疑問がふつふつと沸き上がり、大江先生や河野先生、福井先生の教本がありながらそれを無視している事。
 ビデオを見て勝手に解釈した半端な指導者の教えを良しとして地区指導にあたり、いつの間にか組太刀を演舞にしてしまったのが悲しくて仕方がなかったのです。
 土佐英信流の組太刀を書かれた大田次吉先生が「弟子たる者師匠の出来ない事でもやれ」と仰った言葉を思う時「教本に書かれた事が全てである、師匠の動作では不十分な処もあろう、教本をよく読み、よく考えて修行せよ」との意味もあると思うのです。
 武術を口にしながら武術を学ばない「事」への反発心の為せるものです。
 
 今日の日本の状況を眺めて、最も日本人らしいが、反面世界に対応できない愚者を生み出す「間違っていても上司の方針に従う事」によって「安住の地としての居場所を求める」情けない封建時代の名残や先の大戦時の心根に由来すると思えて仕方がありません。
 そして、我慢できなくなった者によって「内部告発」され、恥をさらし信頼を失う事が日本企業に頻繁です。
 それが、この居合と云う日本の伝統ある古典武術の世界にも、あやまちを押し通す輩によって脈々と宿っています。陰でグダグダ云う高段者や古参にうんざりしています。
 「嘘や、誤りで何が出来る、本物を求め、議論も出来ない、批判もさせない者に武術を学ぶ資格はない」位の根性がほしいと思ったものです。
 そして、「何故」と問えば、「福井先生の教えに従った」と返されて、其れならば徹底的に資料を集め本物は何かを求めた次第です。
 
 この「無双直伝英信流の型」のブログに幾つもその地区の「勝手な解釈」として掲載してあります。
 勝手に解釈して福井先生と異なる運剣動作を自分の道場内で行うのは勝手ですが、何も解らない初心の者に其れも他道場の者にも推奨するのはどうかと思います。
 我々のやり方が正しいというならば、その手附を教本として世に問い、福井先生の教本と異なる理由も明確にされ指導すべきでしょう。
 
 形は、申し合わせの踊りではありません。まして演武会用の出し物ではありません。形を稽古して他流にも勝てるだけの力量を求められている事を忘れてしまえば、時代劇を演ずる役者に劣るとしか言いようは有りません。
 居合という一人演武で何をしているのか、何処を切っているのか武的演舞を得々と演ずる踊り手が、形を正しく学ぶ事によって、魅力ある武術を修業する姿を見たいものです。
 
「思いつくままに」
 2018年4月26日にアップした投稿に2018年5月8日一部加筆訂正して投稿いたしました。
 
 
 
 

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2018年4月25日 (水)

無双直伝英信流の型  福井聖山先生の看取り稽古の7真方の3

無双直伝英信流の型
福井聖山先生の看取り稽古の7真方の3
参考資料
福井虎雄聖山平成3年1982年太刀打之位ビデオ
その他
打太刀八相、仕太刀中段にて前進す。
 平成21年、24年のある地区の演武会のビデオで稽古して見ます。
 先ず21年のビデオから、仕は右足前の中段、打は左足前の八相。八相は剣道型の八相です。
 重岡昇先生監修の全解日本剣道形より。
 「諸手上段の構えから、そのまま右拳を肩のあたりまで下ろした形で、刀をとる位置は、鍔を口の高さにし、口からほぼ拳一つ離す。構えるときは、左足を踏み出し、刀を中段から大きく諸手左上段に振り被ぶる気持ちで構える。刃先は相手に向ける」
 ビデオでは、6本目の受流より双方中段で五歩下がっています。仕は下った位置で中段、打は左足を踏み出し八相に取りつつ右足を退く。
 剣道形の八相ですから一刀流の八相でしょう。解説では「左足を踏み出し・・」で足の踏み替えは文章上見られません。
 間合いを保つには、右足前で中段で元の位置に戻ったら、右足の位置に左足を踏み揃え、左足の位置に右足を退き、相手との間を保つべきです。
 間に接するや打太刀上段となり真向に斬込まんとするを、仕太刀機先を制して右足を踏込み上段より敵刀諸共その真向に斬下して勝つ。
 打太刀は左足より一歩退き第一本目の要領で受ける。
 
24年のある地区のビデオです。
 打は左足前で剣道形の八相、仕は右足前で中段。双方同時に出足から歩み寄ります。仕の足裁きが、爪先で滑り出る是も竹刀剣道の歩み足でしかも中段の構えで上体を稍々前懸りにして大股に進むようです。中段から打の喉元を突く気なのでしょう、そこで上体が前に伏せる様になるのでしょう。
 打は左・右・左と出て右足を左足に揃えると同時に上段に振り冠っています。この上段は切先上がり45度の大上段です。
 右足を踏み込み斬り込まんとしたが仕に圧せられて踏み込めず上段になったというところを演じたのでしょう。
 打が上段に振り冠る時、仕は中段で切先は仕の喉元を狙って間境に達しています。
 上段に振り冠る際、打の切先は切先上がり45度。仕の上段は切先下がりの背中に45度です。
 
 
 是では打が仕の小手を楽々斬り落せます。細部に亘った研究が全く出来ていないとしか言いようは有りません。
 居合の先生は、礼式と残心ばかりで剣術の道理が疎かです。
 
 見せる演武として演じるならば、仕は中段で間境に達する前に、左足を踏むや上段に振り冠る。
 打が右足を踏出さんとする時、仕は右足を踏込み突きに行けば払い落されてしまうか、真向に斬り下ろされます。
 
 双方切先上がりの上段で仕が機先を制して打に先んじて右足を踏込み真向に斬り下ろすかでしょう。
 
 しかし、素早いだけのものでは、真向打ちに達した者に「合し打ち」で斬り落されて頭を割らてしまいます。
 
 何の疑問も無く、居合の形だけで、それも河野先生の教えのままの形を稽古しても形だけでは斬られてしまいます。
 
 形は申し合わせの踊りでは無かったのです。
 
 無双直伝英信流の型 福井聖山先生の看取り稽古を終ります。
 後書きはまた明日・・・

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2018年4月24日 (火)

無双直伝英信流の型  福井聖山先生の看取り稽古の7真方の2

無双直伝英信流の型
福井聖山先生の看取り稽古の7真方の2
参考資料
 前回同様
 打太刀八相、仕太刀中段にて前進す。

 仕、右足・左足・右足と歩み足で出て三歩目右足が出た時、歩みを止めています。打は八相ですから左・右・左と歩みより止まります。
 何度も言いますが、仕切り直しをするような、この一時ストップの意味は何でしょう。教本には一言も触れられていません。仕の福井先生が留まるので打も止まっていると見るのでしょうか、それとも打が止まるので仕も合わせる、剣術のセオリーの一つでしょうか。
 抜き身の刀を構えながら、無駄な動作を見せるそれも仕打共に同じであるのは何でしょう。
 その様に組太刀を指導されておられる先生からお聞きしたい処です。
 間に接するや打太刀上段となり真向に斬込まんとするを、仕太刀機先を制して右足を踏込み上段より敵刀諸共その真向に斬下ろして勝つ。
 打太刀は左足より一歩退き第一本目の要領にて受ける。
 仕打双方とも、申し合わせの様に三歩目で打は八相に構えたまま左足前、仕は中段に構えたまま右足前で立ち止まります。
 其処から、打が八相から右足を踏み込み乍ら上段に振り冠る、「仕機先を制して」と有るのですが、打と同時に中段から左足を踏込み上段へ振り冠ります。
 打は八相ですから上段への振り冠は仕と初動が一緒であれば先に上段に冠れるものです。仕は中段ですから遅れるはずです。ビデオを止めてみますと其の通りでは無く、頭上に水平になるのは同時です。打は其処から真向に振り下ろす気勢です。
 仕は其処から背中に45度切先下がりで止まった位置から左足を踏込み上段、打は右足踏み込み床に水平の上段。その足のまま斬り下ろせるのにそこで受太刀に転じています。仕の刀は上段床に水平
 やれやれ、申し合わせの真方ですから、打太刀が待ってあげているのでしょう。正しい運剣を理解させるために教本があるのです、映像は教本を守らず状況変化の対応したものになってしまいがちです。それで仕打のありようが崩れておかしなものになってしまいます。其の為余計に、足の数や気勢や残心やにばかり気を入れた映像になってしまうのでしょう。
 教程の一環として残す映像は教本に正しくあってほしいものです。河野先生の「機先を制して」の文言は、動作に顕れず気持ちばかりであまり参考になりません。
 河野先生のビデオを見ながら教本と検証して稽古して見ます。
 河野先生の仕太刀中段に構え「前進す」ですから間違ってはいないでしょうが、ちょこちょこと走り込んで、立ち止まる事も無く右・左・右・左・右足で斬り込んでいます。
 打の状況はビデオに写されていないので不明です。
 仕の打込みを右足を左に向け、左足も左を向いた可笑しな足踏みで大きく開き、上体を前に掛けた受太刀となって受けています。此のビデオでは打の攻撃など感じられず仕の一方的な攻撃と思われます。
 河野先生の居合にも見られる河野流の運剣なのでしょう。大日本居合道図譜の文章および写真の姿は何処にも見られません。河野先生は昭和49年77歳でお亡くなりになっておられます。このビデオは昭和44年のものですから72歳の頃のものです。大日本居合道図譜の写真は昭和16,7年のものでしょう。32年ほど前45歳ころの写真です。写真は動きませんがフィニッシュの形は見事です。そこから運剣を逆に回して見る事も本物を求める人は心すべきでしょう。
 次回はある地区のビデオで稽古して見ます。
 
 
 
 

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2018年4月23日 (月)

無双直伝英信流の型 福井聖山先生の看取り稽古の7真方の1

無双直伝英信流の型
福井聖山先生の看取り稽古の7真方の1
参考資料
福井聖山著平成3年1993年無双直伝英信流之形
平成2年1992年第9回無雙直伝英信流雙雙居合道全国大会講習資料太刀打之位要旨
福井虎雄聖山昭和57年1982年太刀打之位ビデオ
河野百錬著昭和17年1942年大日本居合道図譜
河野百錬昭和44年1969年太刀打之位ビデオ
大江正路堀田捨次郎共著大正7年1018年剣道手ほどき
その他
 打太刀八相、仕太刀中段にて前進す。間に接するや打太刀上段となり真向に斬込まんとするを、仕太刀機先を制して右足を踏込み上段より敵刀諸共その真向に斬下して勝つ。打太刀は左足より一歩退き第一本目の要領にて受ける。次に打太刀は左足より追足にて二歩退き双方中段となり刀を合わせ、打太刀は三歩出で仕太刀は三歩退きて元の位置に戻り、互に五歩後退して血振い納刀す。
 古伝神傳流秘書の太刀打之事の11本目に「打込」という業があります。抜けだらけですが「相懸又は打太刀待処へ遣方より詰て打込み勝也」
 古伝はたった是だけです。構えも自分で考えろという大らかなもので、仕が一方的に詰めて打ち込み勝、というもので場の想定もおおらかなものです。
 明治の後半に第15代5谷村亀之丞-楠目繁次-谷村樵夫-土居亀江(曽田虎彦実兄)と伝わった古伝太刀打之位10本めは業附口伝として「打込一本」が残されています。
「(伝書になし口伝有り留の打込なり)仕打中段 双方真向に物打にて刀を合し青眼に直り退く」と有ります。
 双方正眼に構え、相懸かりに間に至り上段に振り冠むって、真向に打ち下ろします。これは新陰流の合し打ちです。
 切先を上に上段となり、打が右足を踏み込んで仕の真向に斬り込みます。仕も打の斬り込みを受けるのではなく、右足を踏み込み打の真向に真直ぐ斬り込んで、打の刀を打ち外して打の真向に斬り込みます。新陰流之極意のわざでしょう。細部にわたって手附を書いて見ても、映像を残しても出来ない者にはこの術は出来ません。
 そこで、大江先生の真方は、打が斬り込まんと右足を踏出さんとするを、仕は其の機先を制して打の真向に斬り下ろし、打は圧せられ左足、右足と追足に退いて、柄を左に切先を右上にして前額頭上で之を受ける、ものに変えてしまったのでしょう。 
 第19代福井春政先生の古伝太刀打之位の十本目留之剱では「なし(打込一本、但し伝書になし)仕打中段 互に進み間合にて真向より物打あたりにて軽く打合ひ(音を立てゝ強く撃ち合ふ意にあらず)更に青眼に直りて残心を示し正しき位に復す」
 合し打ちの術のありようは知っていたが、伝書として伝え切れてはいません。これ以上は無双直伝英信流では学べそうもありません。自ら自得するか、本物を求めて武者修行するだけです。かたちやじゅんばんは教えてもらえても、全てを忘れて学ばない限り術にならないのが古流剣術です。
 大江先生が古伝を改変して創作した真方
 請流で双方退いて青眼となっています。
「打太刀は其儘にて左足を出して八相となり、仕太刀は青眼のまゝ左足より小さく五歩退き上段となり、右足より交叉的に五歩充分踏み込みて、打太刀の真面を物打にて斬り込む、打太刀は右足より五歩出で仕太刀を斬り込むと同時に左足より右足と追足にて退り、青眼のまゝ残心を示し互に五歩引き元の位置に戻り血拭い刀を納む。
 大江先生の構えは、打は八相、仕は上段でした。
 第18代穂岐山先生の直弟子野村條吉先生の場合、無双直伝英信流居合道能参考では仕上段、打は受流の終った位置で青眼です。
 大江先生の直弟子山本宅治先生は打は中央に其のまゝ左足を出して八相、仕は青眼より五歩下がり右上段。
 大江先生の直弟子政岡壱實先生は打は青眼、仕は上段です。
 福井先生の教本では打は八相、仕は中段と変わっています。
 福井先生の教本は河野先生の写しですから打は八相、仕は中段です。
 何処かで河野先生は変えてしまったのでしょう。大正7年から昭和17年ですから24年間のうちの事です。
 但し河野先生は昭和8年の無双直伝英信流居合術全では打は請流の終りの位置で八相、仕は五歩退いて青眼より上段です。
 従って昭和8年から17年の9年間で何かがあったのでしょう。実は河野先生は曽田先生に古伝の指導を受けていますからその業附口伝に依れば打込一本が古伝の太刀打之位に有ります、其処には仕打中段と書かれています。
 事実は判りませんが、変える理由の示されないまま変えてしまって公に出してしまいますとそれがその道統に通用化してしまうものです。
 これが土佐の居合の面白い処でもあり、何でもありのいい加減な処でもあるのです。それは正統宗家を持たずに繋いできた事に由来するかもしれません。上手は出ても名人は出ないかもしれません。
 次回は福井先生の教本を読んで、ビデオで確認して稽古して見ます。

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第12・13回古伝研究の集い

土佐の居合 古伝神傳流秘書

による古伝研究の集い

 第12回・13回古伝研究の集い

 古伝神傳流秘書を曽田虎彦先生の書き写された

 直筆本から読み解いて同じ思いの仲間を募って、

 その古伝研究をやってまいりました。

 今回は第12回目・13回目の御案内をいたします。

内容:古伝神傳流秘書による大剣取、 

  古伝英信流目録による小太刀之位

 講義とか実演では無く、参加していただき木刀及び小木刀を持って古伝の解釈及び形の稽古をご一緒にさせていただきます。
 
異なる伝承の方々と一つの教本から古伝研究を実施する中で、「私はこの『古伝』はこう解釈する」と自由な考え方から幾つもの疑問を解きほぐして見たいと思います。
 
ご参加いただいた方が、師匠であるとご認識いただければ幸いです。

、期日

 12:平成30年5月24日(木)  
      
13時00分~17時00分
   
見田記念体育館 多目的室

 13回:平成30年6月14日(木)
   
15時00分~17時00分
   
鎌倉体育館 格技室

 

   :平成30年6月28日(木)

   15時00分~17:00分

   見田記念体育館 多目的室

、住所:鎌倉体育館 
 
 248-0014
     
神奈川県鎌倉市由比ガ浜2-9-9
  
   TEL0467-24-3553

 :見田記念体育館 多目的室
    
248-0014
    
神奈川県鎌倉市由比ガ浜2-13-21
    
TEL0467-24-1415

 、アクセス:JR横須賀線・総武線快速

 鎌倉駅東口下車海岸方向へ 徒歩10分
    
(駐車場鎌倉体育館にあり)

、費用:会場費等の割勘のみ(500円)

、参加の御連絡はこのブログへコメント
  
 していただくか直接ご来場ください。 

、会名:湘南居合道研修会 鎌倉道場

御案内責任者: ミツヒラ

                平成30年4月23日

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2018年4月22日 (日)

無双直伝英信流の形 福井聖山先生の看取り稽古の6受流の3

無双直伝英信流の型
福井聖山先生の看取り稽古の6受流の3
参考資料
前回と同じ
 双方納刀のまま静かに前進し、間に至るや打太刀は抜刀し上段より真向を斬下す。
註、打太刀は左手を鯉口に把りながら右足より前進し、左足を進めつつ柄に右手をかけるや右足を進めて刀を抜きかけ、次に左足にて抜きとりて上段となり右足を踏込みて斬下す。
 平成21年のある地区のビデオを稽古して見ます。このビデオの参考は福井先生の無双直伝英信流太刀打之位と聞いています。
 先ず立姿です、仕太刀はこの地区の会長でしょう。帯刀して両足をハの字にしていますが、踵が離れて如何にも「戦うぞ」と云った風情でいただけません。
 打太刀は自然体で右足は仕太刀の方に向き、左足は左に披いた足捌きで之は古流を知っているかの構えです。
 打は、「左手を鯉口に把り静かに右足より前進する」のが教本です。
 両手を下げたまま右足を踏み出し、左足を踏み、右足を出す時に鯉口を把っています。これは教本を無視して習ったものでしょう。仕の動作を真似たのでしょう。
 すたすた歩み行き、敵との間などお構いなしの様です。演武の為稽古を重ねた様ですが、申し合わせの稽古のタイミング合わせが丸見えです。
 左足を踏み込む時上段に振り冠って斬り下ろします。振り冠りは、柄を上に抜き上げ左肩から冠り、切先上を向いた上段で、振り冠ると斬り下ろすが一拍子です。
 振り冠りの形はこの方が自然で良いのですが、この上段では腰が十分入った体全体が鞭のように使われませんと斬撃力が切先に伝わりません。
 英信流居合の背中に45度切先下がりの振り冠は、間が悪く、急げば手打ちになりやすく棒振りになってしまいます。
 斬り下ろして受け流されるや体を低く俯くのですが、仕の刀に触れただけで受け流されていない様です。
 仕太刀は右足、左足、右足と出で柄に手をかけるや左足を右足の右側に大きく踏出しながら刀を抜き、右足を左足の右後方に踏込み上体を左に披きながら打太刀の刀を受流す。
註、上体を剣先と共に左に廻しながら後に反らせ前額上に刀表を上にして斜に構え敵刀を摺落す。
*
平成21年のある地区のビデオの仕太刀の打の斬り込みに対する動作です。右足、左足、右足と歩み左手を鯉口に、右手を柄に同時に掛け、左足を右足前に斜め右に踏み出し刀を上に抜き上げ、右足を右斜め前に踏込み、体を左に披き、打の刀を左肩を覆う様に受け流すと云うより摺落しています。
 左足を右足の右側に大きく踏み出しますと、仕の体軸は右に一尺はずれます、打が斬り下ろさんとした仕の真向は一尺は、打の左に外される、更に仕は打の刀を受ける前に右足を右斜め前に踏み込んでいますから、打の刀を顔前頭上で受ける必要は無く、刀の中程やや鍔よりで摺り落す事になります。この仕の足捌きは打に接近する捌き方ですから、次の斬り下ろしに影響します。
 仕太刀は敵刀を受流すや諸手となり、右足を左足の位置に踏揃え(体を左側に向ける)中腰にて打太刀の首に斬下す。次に元に復しつつ中段となり五歩後退す。(納刀せず)
 仕は左足を右足の前に爪先を右に向けて踏出して、刀を抜き上げ、右足を右斜め前に踏み込んでしまったので、打の打ち下ろす刀は、仕の右肩より一尺程右に摺り落ちています。仕は受け流すために右足を左足に踏み揃える必要も無く、体は左に披いてしまっていますからその必要すらないのです。打が申し合わせ通り体を前に伏せていますから、右足に左足に引き付け、更に右足左足後方に退いて間を作ってから斬り下ろしています。
 教本の教えは何処に行ったのでしょう。演武会では観衆は刀の動き位のところしか目が行かないのですが、足の踏み方一つ間違えれば正しい運剣は失われます。実戦で打は摺り落されて体を前に屈めてしまう様な、斬り込みをするでしょうか。
 常の稽古ではしっかり体幹を立てて崩れない斬り下ろしを学んでいるのです。組太刀ではそうしないなどと言う稽古に問題が有りそうです。
 平成25年のビデオで稽古して見ます。
 仕打双方右足、左足、右足と三歩出た処で同時に刀に手をかけています。これは21年と同じです。打は四歩目左足を踏込みながら刀を上に抜き上げ床に水平の上段から右足を踏み込み仕の真向に斬り下ろします。
 仕は四歩目の左足の踏み込みは右足の前に爪先を前にして踏込み刀を抜き乍ら上体を右に傾け、五歩目の右足を右斜め前に21年と同様に踏み出して刀を顔前頭上に構えているのですが既に体は左に披き、打の斬り下ろす所から外されています。打の刀は仕の物打下で摺落されています。
 仕は右足踏み込んで受けていますから、左足は右足前に踏み込んだままの位置です。打の刀を摺り下すや諸手上段となり、左足を右足に引き付け斬り下ろす間隔を作って打の首に斬り下しています。
 21年と同様ですが、教本とは異なります。奥居合立業の受流や正座の部の受流で散々違うと言って足裁きを注意されているのに、組太刀の受流では応用問題の解き方だと云った考え方をもししているとしたら、受け流しの術は身につかずに終わってしまうでしょう。居合ばかりの専門家の陥る欠点を追求しませんと形はただの踊りです。
 次回は無双直伝英信流の型の七本目真方になります。
 
 
 
 
 
 
 

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2018年4月21日 (土)

無双直伝英信流之型 福井聖山先生の看取り稽古の6受流の2

無双直伝英信流の型
福井聖山先生の看取り稽古の6受流の2
参考資料
文献前回と同じ
河野百錬昭和44年1969年太刀打之位ビデオ
福井虎雄聖山昭和57年1982年太刀打之位ビデオ
その他
 双方納刀のまま静かに前進し、間に至るや打太刀は抜刀し上段より仕太刀の真向を斬下す。
註、打太刀は左手を鯉口に把りながら右足より前進し、左足を進めつつ柄に右手をかけるや右足を進めて刀を抜きかけ、次に左足にて抜とりて上段となり右足を踏込みて斬下す。
 まず、河野百錬先生のビデオによって稽古します。
 受流の初動は相進みですが、打が起こすものです。残念ながらこのビデオの撮影者は仕の河野先生の歩む姿ばかりアップして打の姿は刀を抜き出した処からしか撮っていません。 
 このビデオ撮影は演武会の切り取りでは無く、参考の為に撮影されたものの様です。これでは参考になりません。河野先生の崇拝者でしょう。崇拝は崇拝、術は術なのに困ったものです。
 仕方がありません打の様子は教本から類推します。
 双方の刀を鞘に納めての立姿は結び立ちですから、現代の無双直伝英信流の立姿でしょう。
 双方戦いを意図した立姿であれば、右足稍々前に左足爪先を45度位左に向け其の爪先は右足の中程にあり、右足の踵の線上に左足の踵がある様に立つものでしょう。今後の考慮の処でしょう。
 双方納刀のまま、打は鯉口に左手を把り右足を出し、左足を進めつつ右手を柄にかけるや、右足を出しながら刀を抜き、左足を出して刀を抜き取り上段に振り冠って、右足を踏出して斬下します。上段への振り冠は無双直伝英信流の切先下がりです。
 同じ場面での福井先生のビデオでの稽古です。
 打は右足を出し鯉口を把り、何故か左足・右足と駈足となり、左足を踏み込んで刀を抜き取り、右足を踏込みながら大きく後ろに反って切先下がりの上段から、右足を踏んで斬下します。
 仕太刀は右足、左足、右足と出で柄に手をかけるや左足を右足の右側に大きく踏出しながら刀を抜き、右足を左足の右後方に踏込み上体を左に抜きながら打太刀の刀を受流す。
註、上体を剣先と共に左に廻しながら後に反らせ前額上に刀表を上にして斜に構え敵刀を摺落す。
 河野先生のビデオで稽古して見ます。
 河野先生の仕太刀は、右足を出すや左手で鯉口を把り、左足、右足と進み、四歩目左足出る時、上体を稍々左に披きながら右手を柄に掛け抜出しながら左足をチョンと踏んでから稍々右に踏み出し、体を左に披きながら刀を前額上に抜き上げ、打の斬込みを受けています。
 打の刀が仕の刀と触れ合うや流されています。体を開く動作は出来ていても足が伴っていないのは、打が勝手に摺落される動作を演じてしまい、仕は左足前、右足後ろで上体を左に披いて捻じれた時その足のまま、摺落しているのです。
 福井先生のビデオで稽古して見ます。
 出足の右足を出す前に鯉口を把っているます。
 右足を出し、左足で柄に手をかけ、右足が出る時稍々抜きかけ、ここから小足で駆け出し左足爪先を稍々進行方向左に向けて踏み出し刀を抜き出し、右足を右前に踏み込んで斬り込んで来る打の刀を摺り落しています。
 体を右に変わってしまっていますから、前額上にたとえ見事に構えられても、是は逃げ流しであって受け流しとは言い難い。
 左足を右足の右側に踏込み打の刀を受けるや、右足を右に(左足の右後ろに)踏込み体を左に披きながら、右足を左足に揃えるならば受け流しになるでしょう。正座の受け流しや奥居合の受流ではで出来ても対敵が居ては出来なくなるのではおかしいでしょう。
 現代居合の受け流しは、ガチッと受けてからよいしょと流すとか、逃げ流しであったり疑問です。
 仕太刀は敵刀を受け流すや諸手となり、右足を左足の位置に踏揃え(上体を左斜に向ける)中腰にて打太刀の首に斬下す。
 次に元に復しつつ中段となり五歩後退す。(納刀せず)
* 
 河野先生の仕太刀はこの右足を左足に踏揃えは、左足を右足に踏揃えてしまっています。
 前の受け流しの動作で左足を踏み込むや前額上で相手刀を受けています。その際受け流す動作の一環として右足を左足の右後方に踏み込んでいません。
 左足前、右足後です。体だけ捻じったものですから打との間を調整出来ていませんから、近くなりすぎ左足を右足に引き付け、打が無理やり伏した首に斬り込んでいるのでしょう。
 残念ですが、教本に随わず、受け流しの真似に終わっています。
 福井先生の仕太刀は、右足を右斜め前に踏み込んだのですが、間が悪く、右足を左足に揃えられず、左足を右足に引き揃えて打の首に斬り込んでいます。
 さすが咄嗟の状況判断は素晴らしい、と云うのもいいのですが、真似しか出来ない剣士もいるのです。急がず正しい動作、特に足捌きには見せてほしいものです。
 受け流しは受けて流すであって、摺落すのとは意味が違います。打も斬り込まんとする時仕の中心軸が右に移動していくのを見定めて正しく真向に打ち下ろす、それを仕は受け流すことを学ぶものでしょう。
 真剣などで稽古しますと、刀を傷つけまい、失敗した時も心配だでは、武術は術にならず武的踊りになってしまいます。
 中学生向きに開発された形では、打が「どうぞここに斬り込んでください」と首を指し出しますが、普段の居合の稽古は、体軸をしっかり立てて、膝上まで斬り込んでも崩れない稽古をしています。組太刀だから別などと言う事は有り得ません。
 次回ももう少しビデオで稽古して見ます。
 

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曽田本その1の4居合根元之巻読み解く6小藤亀江伝来の目録23の中野之幕之大事

曽田本その1
4.居合根元之巻読み解く
6、小藤亀江伝来の目録
23無雙直伝英信流居合目録
 
居合心持肝要之大事
 
1、捕手和合居合心持之大事
2、立合心之大事
3、太刀目附事
4、野中之幕之大事
5、夜之太刀之大事
6、閨之大事
7、潜り之大事戸脇之事
8、獅子之洞出之事
9、獅子之洞入之事
読み解く
、野中之幕之大事
 小藤亀江伝来の目録には居合心持肝要之大事は目録の表題9項目が記載されています、古伝「居合心持肝要之大事」でも表題は9項目なのですが表題が以下の通りです。
番目及び2番目は小藤亀江伝来の目録とは表題が違います。3番目以降は同じと見ていいでしょう。
居合心持肝要之大事 付 大小指違之事
1、居合心持立合之大事 大小指違
2、太刀組附位
3、太刀目附之大事
4、野中之幕
5、夜之太刀
6、閨之大事
7、泳之大事(潜り之大事)
8、獅子洞入
9、獅子洞出
、野中之幕
 取籠者抔の有の時杖の先き或は竹の先に又横手をくゝり付け其横手を羽織の袖に通し其竹の本を左の手に持て向えさし出し右の手に刀を持ち生捕なれば木刀の類を持ち我身は羽織の陰に隠れ羽織をば相手の方へつき付べし向より切ると云へ共我身にはとゞく事なし其所を持ちたる刀にて相手の足を薙ぐべし亦矢玉を防ぐに至て宜し

*
 小屋内に入って居る取籠者などを成敗する時は、竹の先に横手を十文字に括り付けその横手に羽織の袖を通し、竹の本を左手で持って向こうへ差出し、右手に刀を持って、生捕る場合は木刀で、我が身は羽織の陰に隠れ、相手の方へ突き付けていく、向こうより切って来ても羽織に切りつけるのでとどくことはない。其処を持っている刀で相手の足を薙ぎ払うのである。亦矢玉なども羽織で防ぐのにも至って宜しい。

 何故か、ほのぼのとした古き良き時代の風景が浮かんできます。効果のほどは、相手が見境なく上気して、我は沈着冷静、ほの暗い納屋などを想像してしまいます。

 身を守る事は、行政や警察など自らの自己責任では無く社会環境が為す事位の現代日本人の脳天気では、野中之幕は漫画です。

 しかし、武術は人の心を推し量る能力も養う事でなせるものだろうと思います。

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2018年4月20日 (金)

無双直伝英信流の型 福井聖山先生の看取り稽古の6受流の1

無双直伝英信流の型
福井聖山先生の看取り稽古の6受流の1
参考資料
福井虎雄聖山著平成3年1993年無双直伝英信流之形
福井虎雄聖山先生昭和57年1982年ビデオ
河野百錬著昭和17年1942年大日本居合道図譜
大江正路・堀田捨次郎共著大正7年1918年剣道手ほどき
その他
 双方納刀のまま静かに前進し、間に至るや打太刀は抜刀し上段より仕太刀の真向を斬下す。
註、打太刀は左手を鯉口に把りながら右足より前進し、左足を進めつつ柄に右手をかけるや右足を進めて刀を抜かけ、次に左足にて抜きとりて上段となり右足を踏込みて斬下す。
 仕太刀は右足、左足、右足と出で柄に手をかけるや左足を右足の右側に大きく踏出しながら刀を抜き、右足を左足の右後方に踏込み上体を左に披きながら打太刀の刀を受流す。
註、上体を剣先と共に左に廻しながら後に反らせ前額上に刀表を上にして斜に構え敵刀を摺落す。
 仕太刀は敵刀を受流すや諸手となり、右足を左足の位置に踏揃え(体を左斜に向ける)中腰にて打太刀の首に斬下す。次に元に復しつつ中段となり五歩後退す。(納刀せず)
 受流は、大江正路先生が無双直伝英信流の型七本を制定される時に正座の部、あるいは奥居合立業の部の受流から独創されたと思われます。業名は「請流」です。
「刀を腰に差したるまゝ、静に出で打太刀は刀を抜きつゝ左、右足と踏み出し上段より正面を斬り、體を前に流す、仕太刀は左足を右足の側面に出し、刀を右頭上に上げ受け流し左足を踏み変へ右足を左足に揃へて體を左へ向け打太刀の首を斬る、仕太刀は左足より左斜へ踏み、打太刀は左足より後へ踏み、退きて青眼となり次の本目に移る」
 参考に、大江先生の大正7年の剣道手ほどきの奥居合18番目「受け流し」
 「(進行中左足を右足の前に踏出し身を變して請流す)左足を出すとき、其左足を右斜に踏み出し、中腰となり、刀の柄元を左膝頭の下として、刀を抜き直に其手を頭上に上げ、刀を斜めとし、體を左斜前より後へ捻る心持にて受け流し、左足を踏みしめ、右足に揃へ、右拳を右肩上に頭上へ廻し下し、上體を稍や前に屈めると同時に真直ぐに左斜を斬る、揃へたる足踏みより左足を後へ引き、血拭ひ刀を納む。」
 左足の踏み方が「左足を右足の前」に踏み出す、は無双直伝英信流の型の受流と違います「左足を右足の側面」でしたこの違いは何故でしょう。
 刀を抜く以前の「柄元を左膝頭の下」にして刀を抜き出す、何とも理由の解からない抜方も変です。奥居合の受流を型に取り込んだならば同じ足運び、刀の抜き方などさせるべきでしょう。
 無双直伝英信流の中興の祖として、業を伝承する礎は築かれた神様扱いは、それはそれで理解しますが、おかしなところはおかしいのです。
 大江先生の奥居合の受流も古伝同様相手の刀を頭上で受けるや左足に右足を退き付けて斬り込んでいます。「右足を左足に揃へ」て体を左へ向けています。
 参考に、古伝神傳流秘書太刀打之事の三本目に請流があるのですが其れは、「遣方も高山相手も高山或は肩へ構えるかの中也、待つ処へ遣方歩み行き右の足にて出合う打込を打太刀請、扨打太刀の方より少し引て裏を八相に打を左足にて出合うて留め、相手又打たんと冠るを直にそのまま面へ突込み、相手八相に払うを従って上へ取り右の足にて真甲へ勝」
 古伝の抜刀心持は英信流奥居合に相当するのですが大江先生の奥居合立業の部の受流は有りません。大江先生の独創でしょう。
 大森流居合之事の中に座した時の請流として流刀という呼称で現在の「受流」があります。「左の肩より切って懸るを、踏み出し抜付け左足を踏込み抜請けに請流し、右足を左の方へ踏込み打込む也、扨刀を脛へ取り逆手に取り直し納める、膝をつく」これを立居合に工夫したのでしょう。この受け流しは、まともに相手の刀を請けとめ、即座に右足を左足に踏み揃え体を左に変わりつつ受け流すのでしょう。
 右足を右後ろ或は、右に一旦踏み込んで相手刀を外す様な動作は有りません。
 現代の正座の受流も、奥居合の受流も、組太刀の受流も打の刀を受ける際右足を左足の右方に踏込み「逃げ流して」から右足を左足に踏み揃えています。受けるのではなく、相手の刀を避けてしまい、物打ち手前で摺落しているようなものです。
 次回は、福井先生のビデオと教本を手許に拝見しながら稽古をして見ます。
 
 
 
 

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曽田本その1の4居合根元之巻読み解く6小藤亀江伝来の目録22太刀目附事

曽田本その1
4.居合根元之巻読み解く
6、小藤亀江伝来の目録
22無雙直伝英信流居合目録
 
居合心持肝要之大事
 
1、捕手和合居合心持之大事
2、立合心之大事
3、太刀目附事
4、野中之幕之大事
5、夜之太刀之大事
6、閨之大事
7、潜り之大事戸脇之事
8、獅子之洞出之事
9、獅子之洞入之事
読み解く
、太刀目附事
 小藤亀江伝来の目録には居合心持肝要之大事は目録の表題9項目が記載されています、古伝「居合心持肝要之大事」でも表題は9項目なのですが表題が以下の通りです。
番目及び2番目は小藤亀江伝来の目録とは表題が違います。3番目以降は同じと見ていいでしょう。
居合心持肝要之大事 付 大小指違之事
1、居合心持立合之大事 大小指違
2、太刀組附位
3、太刀目附之大事
4、野中之幕
5、夜之太刀
6、閨之大事
7、泳之大事(潜り之大事)
8、獅子洞入
9、獅子洞出
3、太刀目附之大事
 敵の足に目を付けべし是にて場合能く知るゝのみにてならず臆せざる也是を上見ぬわしの位とも云うなり心は下に有って事さ上に速に応ずる油断無の心なり

*立合いの目付は敵の足に目を付ける事、是によって場合の状況を良く知る事が出来るものである。それだけでは無く臆する事も無い。
上を見ぬ鷲之位とも云うのである。心は下にあって事が上にあり速やかに応ずる油断の無い心である。

 「事さ上に速に応ずる」の「事さ」は解読不明ですが、敵の足に目付けをしていれば、敵との間合いも、動作の起こりも把握可能なので心を下に澄ませて置き、上での起こる事に速やかに応ずる油断なき心の目付というのでしょう。

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