2018年6月21日 (木)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文6その他4陣中二而

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
6、その他
4陣中二而
 人中二而湯茶酒ナド二我ガ影ノウツラザル時ハ呑マジ皆毒也為心得記
 右長谷川内蔵助ヨリ段々申伝之由
 明和元申年霜月吉辰賜之 林 政詡誌
読み
 陣中にて湯茶酒などに我が影の写らざる時 呑むまじ皆毒也 心得の為に記す
 右長谷川内蔵助より段々申し伝の由
 明和元申年霜月吉辰之を賜う 林 政詡誌
 

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2018年6月20日 (水)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く6その他3山中往来

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
6、その他
3山中往来
山中往来ノ時足ノ裏ヱウヅヲキザミ水にヒタシヌリテ行時ハ足不痛ハタシ二テモイタマズ千里達者と申ス也
読み及び読み解く
 山中を往来する時 足の裏にウヅを刻み水に浸して塗りて行く時は足痛まず 裸足にても痛まず 千里達者と申す也
 「うず」とは 何だかわかりません。広辞苑には「うず・烏頭」、またヤマトリカブトの根と有ります、これはリューマチ、神経痛などの鎮痛に外用と有ります。これかどうか確証は有りません。
 漢方医学によって人類の経験値がなせる技も見直すことも大切とは思います。患部を切除ずるとか、病原を破壊する薬、病原菌を退治する薬ばかりが医療では無いでしょう。
 現代科学では立証できなくとも、脳へ影響を及ぼす方法などもありそうです。
 私の小学生時代には運動会の時カラスウリの実をふくらはぎに塗り付け早くなると云われて走ったものです。お陰様で何時も一等でした・・・・・・?良い思い出です。

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2018年6月19日 (火)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文6その他3山中往来

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
6、その他
3山中往来
 山中往来ノ時足ノ裏ヱウツ(ウズ 曽田メモ)ヲキザミ水二ヒタシヌリテ行時ハ足不痛ハタシ(洗足 曽田メモ)二テモイタマス千里達者ト申也
読み
 山中往来の時 足の裏へウズを刻み水に浸し塗て行く時は 足痛まず 裸足にても痛まず 千里達者と申す也

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2018年6月18日 (月)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く6その他2手負生死

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
6、その他
2手負生死
・ 
 手負生死無医者時早可持一白馬ノ糞一蓮肉二色香イロ二アフリ右二味茶一服ホト湯ニテ早ク可用此薬ヲウクル人ハ本復スウケサル人ハ吐逆ス死スル也
 読み及び読み解く
 手負いて生死に医者無き時 早く持つべきは 一つ白馬の糞 一つ蓮肉に色香色にあぶりそれに 味茶一服ほと湯を入れて早く用いるべし この薬を受ける人は本復す 受けざる人は吐逆す 死する也
 医学的にどうなのかなどは問題外でしょう。鉄砲や刀傷はショック死や失血死がほとんどだったと云われます。
 傷を負うのは足軽、雑兵の類でしょう。高位の者には軍医の手当てもあったでしょうから、生き残るには持てる知識と云い伝えや神頼みです。
この極意の文章では、この薬を手負傷に塗るのか、飲み薬とするのか解りません。
 白馬の糞と限定されては調達するのは厄介です。また「味茶一服ホト湯にて」のホト湯はどういうものでしょう。ホトとは日本語では女性器を表します。女性のオシッコでお茶を一服、やれやれです。
 是では助かるわけもなく死んでしまいそうです。
 

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2018年6月17日 (日)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文6その他2手負生死

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
6、その他
2手負生死
 手負生死無医者時早可持 1.白馬ノ糞 1.蓮肉二色香イロ二アフリ(コゲイロ二臭フマデイルコトナラン 曽田メモ)右二味茶一服ホト湯ニテ早ク可用此薬ヲウクル人ハ本服スウケサル人ハ吐逆ス死スル也
読み
 手負いて生死に医者無き時 早く持つべきは 1.白馬の糞 1.蓮肉が焦げ色に匂うまで煎り それに味茶一服程湯ニテ早く用いるべし 此の薬を受ける人は本復す 受けざる人は吐逆す 死する也
 

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2018年6月16日 (土)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く6その他1水溺二溺レ死タルヲ助ルノ法

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
6、その他
1水二溺レ死タルヲ助ルノ法
 臍之中二灸ヲスベシ亦ヤマガラ(山雀)ノ黒焼ヲ水ニテ口ヱ流入べし一時(二時間以内曽田メモ)ヨリ内ナレバ必ス蘇ㇽ
読み及び読み解く
 水に溺れ死にたるを助けるの法
 臍の中に灸をすえるべしれ また山雀の黒焼きを水にて口へ流し入れるべし 一時以内ならば必ず蘇る
 臍に灸をすえると生きているならば反応があるかも知れませんが、二時間近く死んでいるのが反応するでしょうか。山雀は鳥の黒焼きですが是も当てになりません。おまじないのようなもので溺れて気を失ったばかりならば何とかなるかも知れませんが突然な事で用意はままならないでしょう。
 そこで現代の溺れた人を助ける方法ですが、溺れた人を救助したら、たとえ水の中であっても一刻も早く頭を後に反らせて人工呼吸をすること。心臓が止まっていたら心臓マッサージも一緒に行います。
 以前は、水を吐かせる事が先決と云われていましたが、これは誤りです。呼吸や脈の有無を真っ先に調べ、救命処置を行う事が第一です。
 医学は日々進歩して来ています、昔の方法には秘伝の様なものも多く当てになりません。スポーツをする人も救命法の勉強と訓練は受けておくべきでしょう。

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2018年6月15日 (金)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文6その他1水二溺レタルヲ助ルノ法

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
6、その他
1水二溺レタルヲ助ルノ法
 水二溺レタルヲ助ルノ法 臍ノ中二灸ヲスベシ亦□(ヤマガラ曽田メモ)ノ黒焼ヲ水二テ口ヱ流入ベシ一時ヨリ内ナレバ必ス蘇ㇽ
 読み
 水に溺れたるを助けるの法 臍の中に灸をすべし 亦ヤマガラの黒焼きを水にて口へ流し入るべし 一時より内なれば必ず蘇る
 

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2018年6月14日 (木)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く5兵粮丸1蕎麦之粉

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
5、兵糧丸
1蕎麦之粉
蕎麦之粉
 能酒二浸テ日二干シカタメ亦酒二浸シ干シ堅メ三度酒二ヒタシ干シ申也
白米粉二而
人参和人参吉
 タトエバソバコ三匁二白米壱匁人参モ壱匁マゼ合三分程二丸米ノ粉ヲ衣二懸テ能干シ堅メ可持一粒服スレバ二三日飢ズ是を食スル時ハ気力常ヨリツヨク勇力大二増也
ソバコヲ仙粉ト云 米ヲ壽延ト云 但糯米大二吉
平常之用心二ワ人参不入レテモ吉 旅行等二用意スベシ
読み及び読み解く
 この兵糧丸のところは原文では個々の項目の様に書かれていますが兵糧丸のレシピです。
 そば粉を能く酒に浸して日に干し堅め、また酒に浸して干し堅め、三度酒に浸して干し堅める。
 是では丸めて兵糧丸は出来るでしょうがそば粉の兵糧丸に過ぎません。そこで次は白米の粉にて同様に干し堅める。
 次は人参それも和人参が良い。
 たとえば、そば粉三匁に白米一匁人参も一匁を混ぜ合せ三分程の大きさに丸め、米の粉を衣にかけて干し堅める。これを持って行けば一粒服すればニ三日飢える事は無い。
 是を食した時は気力がいつもより増して勇力大いに増す。
 そば粉を仙粉といい、米を壽延と云う、但しもち米大いに良い。
 平常の用心には人参を入れなくとも良い。旅行などに用意すべきものである。
 効果の程はあまり期待できそうにもありませんが、良いものだと暗示にかかればそれなりでしょう。
 旅や戦場に赴く息子や夫、父親の為にせっせと丸めている女性たちの姿が目に見える様で大事に持ち歩く姿を思い描きます。
 
 
 
 

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2018年6月13日 (水)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文5兵粮丸1蕎麦之粉

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
5、兵粮丸
1蕎麦之粉
 能酒二浸テ日二干シカタメ亦酒二浸シ干シ堅メ三度酒二ヒタシ干シ申す也
読み
蕎麦の粉
 よく酒に浸して日に干し堅め 亦 酒に浸して干し堅め 三度酒に浸し干し申すのである
・・・・・
1白米粉二而
読み
白米粉にて
・・・・・
1人参和人参吉
 タトエバソバコ三匁二白米壱匁人参モ壱匁マゼ合わせ(参分程の玉にして)是程丸米ノ粉ヲ衣二懸テ能干シ堅メ可持一粒服スレバ二三日飢ズ是ヲ食スル時ハ気力常ヨリツヨク勇力大二増也
読み
 人参 和人参がよい
 たとえば そば粉三匁に白米壱匁 人参も壱匁混ぜ合わせ丸めて参分程の玉に丸めて 米の粉を衣にかけて能く干し堅め持つべし 一粒服すれば二三日飢えず 是を食する時は気力常より強く勇力大いに増すものである
・・・・・
11ソバコヲ仙粉ト云ウ米ヲ壽延ト云ウ 但糯米大二吉
読み
 そば粉を仙粉という 米を壽延という 但しもち米大いによし
・・・・・
◎平常之用心二ハ人参不入シテモ吉旅行等二用意スベシ
読み
 平常の用心には人参を入れずしても吉 旅行などに用意するのが良い

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2018年6月12日 (火)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く4組討心持2軍中にて

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
4、組討心持
2軍中にて
砥石無キ時古キ瓦ヲ求メ能ク焼キテサマシ刀ヲ磨ベシ甚吉可秘々
読み及び読み解く
 軍中にて砥石の持ち合わせがない時は 古い瓦を求て能く焼いて冷まし刀を磨く甚だと良い 秘すべし秘すべし。
 研ぎ師の云う事はどうでも、刀は斬れればいいのであって、美しい研ぎ出しを軍中では目的にしていないのです。
 刃は荒く研がれた方が切れ味が良いとか、この伝書が書かれた頃は戦国時代を150年程経ています。遠い昔の思い出話であったでしょう。
 しかし、武士の心得は有効、無効はもとより、おまじないや、迷信も伝わっていたでしょう。   土佐の居合は高級武士の嗜みは勿論あったでしょうが、林六大夫が江戸で習ったものは市井の剣士による教えであったでしょう。学ぶ者は下級武士、農民、その境目の人達だったようです。
 いざとなれば、最小限の用意しか出来ずに戦いに臨まなければなりません。あらゆる人知を尽くして生きのびることが必要です。

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2018年6月11日 (月)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文4組討心持2軍中にて

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
4、組討心持
2軍中にて
 軍中ニテ砥石無キ時古キ瓦ヲ求メ能ク焼キテサマシ刀ヲ磨ベシ甚吉可秘々
読み
 軍中にて砥石無き時 古き瓦を求め能く焼きて冷まし 刀を磨くべし 甚だ吉秘すべし秘すべし

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2018年6月10日 (日)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く4組討心得1師伝

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
4、組討心得
1師伝
 師伝二云軍中二而敵ト組打ノ時下二成リテモ早差副ヲ抜草摺ヲタゝミ上差通シ一刀指ト必ヨワルモノ也サテ首ヲ早ク捕ル傳ハ敵ノ首二刀ヲ突キ立我ガ足ニテ刀ノ宗ヲツヨク蹴て踏ミ切ルヘシ如此スレバ早シ咽ノ下ヨリ刀二而首ヲカキ落スト思フ人ハ頬當ノスガ二刀カゝリ埒明不申候深秘々
読み
 師伝に云う軍中にて敵と組打ちの時下になりても 早く指副えを抜き草摺をたたみ上げ刺し通すよし 必ず弱るもの也 さて首を早く捕る伝は敵の首の骨に刀を突き立て我が足にて刀の棟を強く蹴って踏み切るべし 此の如くすれば早し 喉の下より刀にて首を搔き落とすと思う人は頬当てのすが(?)に刀かかり埒あき申さず候 深く秘すべし秘すべし
読み解く
 原文のままでも状況は解りますが、この伝書が書かれた明和元年1764年の頃は既に平和な時代になっています。小競り合いすら無かったと思われます。
 武士は江戸時代であっても軍人です。事有る時の心構えとして伝えられてきたものでしょう。
 

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2018年6月 9日 (土)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文4組討心持1師伝

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
4、組討心持
1師伝
 師伝二云軍中二而敵ト組打ノ時下二成リテモ早指副ヲ抜草摺ヲタゝミ上差通ヨシ一刀指ト必ヨワルモノ也サテ首ヲ早ク捕ル傳ハ敵ノ首ノ骨二刀ヲ突キ立我ガ足ニテ刀ノ宗ヲツヨク蹴テ踏切ルヘシ如此スレバ早シ咽ノ下ヨリ刀二而首ヲカキ落スト思フ人ハ頬當ノスガ二刀カゝリ埒明不申候深可秘々
読み
 師傳に云う 軍中にて敵と組打ちの時下になりても 早く指副を抜き草摺をたたみ上げ刺し通す良し 必ず弱るもの也 さて首を早く捕る傳は 敵の首の骨に刀を突き立て我が足にて刀の棟を強く蹴って踏み切るべし 此の如くすれば早し 喉の下より刀にて首を搔き落とすと思う人は頬当てのすが(?)に刀掛かり埒あき申さず候 深く秘すべし秘すべし

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2018年6月 8日 (金)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く5居合兵法伝来4長野無楽斎槿露以降

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
3、居合兵法伝来
4、長野無楽斎槿露以降
四、蟻川清左衛門ハ秀吉公二仕シ人也
五、万野団右衛門是同秀吉公二仕
六、長谷川主税助ハ内蔵助ト云尾州公へ仕千石領ス第一弓馬ノ上手也諸国弓ノ傳馬ノ傳得タル人多シ
七、百々軍兵衛ハ不相知トゾ一説二金五中納言二仕人トヨシ
八、荒井兵作ハ関東ノ人浪人也後清(勢)哲)ト號ス
 明和元申歳孟冬吉辰給是
読み解く
 今伝わる道統は以下の通り
始祖 林崎甚助重信
二、田宮平兵衛業正
三、長野無楽斎槿露
四、百々軍兵衛尉光重
五、蟻川正左衛門(鑟)續
六、萬野団右衛門尉信定
七、長谷川主税英信
八、荒井勢哲清信
九、林六大夫守政
十、林安大夫政詡
*
 居合兵法極意秘訣の居合兵法伝来は七代が百々軍兵衛となっていますが、今伝わるものは四代目になっています。金吾中納言とは小早川秀秋ですから戦国時代末期の関ヶ原の戦いの頃です。
 第九代林六大夫が習ったのが、八代荒井勢哲や七代長谷川英信の頃の様ですから、百々軍兵衛・蟻川正左衛門・萬野団右衛門は存在したかも知れませんが秀吉に仕えていたとすれば150年は林六大夫との間が空きますから、長野無楽斎以降の道統は明確では無かったと云えるのでしょう。この道統は疑問ですがそんな人も携わって今日あると「おおらか」に」認めておいても何も支障はありません。七代・八代が土佐に持ちこまれた時の師匠と考えるのが精一杯の処でしょう。現在でも随所に根元之巻が有るから俺が宗家と仰る自称宗家も何人もおられます。そんなところでしょう。
 長谷川英信や荒井勢哲が北信濃の松代藩辺りで郷士や農民相手に武術を教えていた形跡が見られます。南山大学の榎本鐘司先生のご研究ですが、そうすると林六大夫は江戸勤番中に北信濃にいかなければならない、江戸にも良い指導者がいたかもしれない、いれば名前すら出て来ないでこの伝統になっています。
 この流はそれだけ普及し普遍的なものであり、其処からいくつもの流が生み出されたと考えればいいかもしれません。
 それを突き止めた処で、歴史を変える程でもなく、まして業技法に変化を及ぼすだけの力も有るわけもない。
 今のところ、古伝は長谷川英信による無双神傳英信流居合兵法として神傳流秘書にしか残されていないのです。
 ちなみに神傳流秘書の道統は今伝わるものになります。従って居合兵法極意秘訣の道統は第十代が間違って記入したと云えるのでしょう。
 明和元年1764年申歳十月吉辰是を賜う  
 この一行は誰から誰に伝授したものか抜けています。第十代林安大夫政詡が第九代林六大夫守政に聞き及んだものを書き記し、次の第十一代大黒元衛門清勝に与えたのでしょう。
 
 
 
 
 
 

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2018年6月 7日 (木)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文3居合兵法伝来4長野無楽以降

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
5、居合兵法伝来
4長野無楽斎槿露以降
五、蟻川正左衛門ハ秀吉公二仕シ人也
六、万野團右衛門是同秀吉公二仕
七、長谷川主税助ハ後二内蔵助ト云尾州公二仕千石領ス第一弓馬ノ上手也諸国弓ノ傳馬ノ伝得タル人多シ
八、百々軍兵衛ハ不相知トゾ一説二金五中納言二仕人ト申ヨシ
九、荒井兵作ハ関東ノ人浪人也後清哲(勢哲 曽田メモ)ト號ス
明和元年申歳孟冬吉辰賜之
読み
五、蟻川正左衛門(ありかわせいざえもん)は秀吉公(ひでよしこう)に仕えし人也
六、万野團右衛門(ばんのだんえもん)是同じ秀吉公に仕える
七、長谷川主税助(はせがわしゅえつのすけ)は後に内蔵助(くらのすけ)と云う 尾州公に仕え千石領す 第一弓馬の上手也 諸国弓の伝馬の伝得たる人多し
八、百々軍兵衛(どどぐんべえ)は相知らずとぞ 一説に金五(金吾)中納言に仕し人と申す
九、荒井兵作(あらいへいさく)は関東の人浪人也 後清哲(勢哲 曽田メモ)(せいてつ)と號す

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2018年6月 6日 (水)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く3居合兵法伝来3長野無楽斎槿露

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
3、居合兵法伝来
3長野無楽斎槿露
 長野無楽斎槿露ハ田宮重正ノ弟子也仕井伊侍従五百石被下者ノ頭勤ルナリ九十一歳二而死スト云々無楽斎弟子三ノ宮左大夫照信ト云有武田勝頼二仕刀術ノ得妙タル人と申ス
読み
 長野無楽斎槿露は田宮重正の弟子也 井伊侍従に仕え五百石おおせ下さる 者の頭を勤める也 九十一歳にて死すと云々 無楽斎弟子三ノ宮左大夫照信と云う有り武田勝頼に仕え 刀術の妙を得たると申す
読み解く
 この長野無楽斎槿露についても千城小伝(本朝武芸小伝)に依ったと思われます。
 長野無楽斎槿露者學刀術於田宮重正而得精妙後仕井伊侍従九十余而死
 長野無楽斎槿露は田宮平兵衛重正に於いて刀術を学ぶ 精妙を得て後 井伊侍従に仕え 九十余にて死す。
無楽斎は田宮平兵衛重正の弟子と言われていますが、欧州の伝書によると少々疑問もあります。
・津軽藩 林崎新夢想流 林崎甚助重信ー田宮平兵衛照常ー長野無楽斎ー一宮左大夫
・三春藩 林崎流 林崎甚助ー田宮平兵衛ー長野無楽斎ー中譒三九郎
・新庄藩 林崎新夢想流 林崎甚助ー田宮平兵衛照常ー長野無楽斎ー一宮太輔照信
・秋田藩 林崎流居合 林崎甚助ー長野無楽斎ー市宮左大夫忠重
・二本松藩 林崎流 林崎甚助ー永野無楽入道槿露
・秋田・仙台藩 林崎夢想流 林崎甚助ー永野無楽斎
 長野無楽斎は上州箕輪城主長野信濃守の一族で、武田に滅ぼされ奥州で林崎甚助に弟子入りしたともいわれます。
 更に工夫を加えて一家をなし、無楽流と云った、「無楽斎は常に牛に乗って女子に口縄を執らせて歩行き、上下の差別なく交り寒来れども炉せず、一生不犯であってと云うことだ。
 
 弟子の三宮左太夫照信は千城小伝では一宮左太夫照信となっています。
 
 武術流祖録では、更に上泉孫次郎義胤にその宗を伝授したとあります。上泉孫次郎義胤は上泉伊勢守の族縁と云われ無楽斎から術を受け、上泉権右衛門と云う。柳生兵庫と居合で勝負し尾張に伝わった様な話もある様です。
 
 柳生新陰流の抜刀はこの無楽斎に学んだ上泉伊勢守の孫上泉孫次郎義胤による林崎甚助重信の抜刀を継ぐ一つかも知れません。
 山田次郎吉著日本剣道史にはその辺の処は書かれていますが出典が定かではありません。
 

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2018年6月 5日 (火)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文3居合兵法伝来3長野無楽斎槿露

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
3、居合兵法伝来
3長野無楽斎槿露
 長野無楽斎槿露ハ田宮重正ノ弟子也仕井伊侍従五百石被下者ノ頭勤ルナリ九十一歳二而死スト云々無楽斎弟子三ノ宮左大夫照信ト云有武田勝頼二仕刀術ノ得妙タル人ト申ス
読み
 長野無楽斎槿露は田宮重正の弟子也 井伊侍従に仕え五百石おおせ下さる 者の頭を勤めるなり 九十一歳にて死すと云々 無楽斎弟子三ノ宮左大夫照信と云う有り 武田勝頼に仕え 刀術の妙をえたると申す

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2018年6月 4日 (月)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く3居合兵法伝来2田宮平兵衛重正

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
3、居合兵法伝来
2田宮平兵衛重正
原文略す
読み
 田宮平兵衛重正は関東の人成林崎重信に従って抜刀の妙を獲る実に変に尽き入神す 後に對馬と改たむ 其子對馬之守長勝父の伝を受けて同じく妙を獲て池田三左衛門輝政公へ仕う 老年常圓と改め紀州大納言頼信公へ仕え八百石を領す 其子掃部長家後に又平兵衛と改む 此の人弟子多くて諸国にて田宮流と云いて末流多し この平兵衛は大猷院様へ召し出され其の術を台覧備え奉る 名を天下に顕わす 其子三之助朝成のち常快と号す 其子次郎右衛門成常中納言吉宗公に仕えたてまつる末流多し
*
読み解く
 この田宮平兵衛重正は、西條藩に伝わる妻木正麟宗家の田宮流では田宮平兵衛業正であって成正・成政・茂正・重政などと有るとされています
 奥州地方の伝書では、津軽藩の林崎新夢想流では田宮平兵衛照常、三春藩の林崎流では重正、新庄藩の林崎新夢想流では照常、と照常が良く使われたのか名をころころ変えたのか、同一人物であったかよくわかりません。
 いずれにしても、林崎甚助重信ー田宮平兵衛重正でここは通して置けばいいのでしょう。拘る方はご研究されればと勝手に諦めます。
 千城小伝の原文のまま載せておきます。読みと合わせてお読みいただければとご参考に。
 田宮平兵衛重正者関東人也 従林崎重信得抜刀之妙實盡變入神 後改對馬 其子對馬守長勝継箕裘之術仕池田三左衛門尉輝政 後致仕改常圓 赴紀州奉仕大納言頼宣教 領彩邑八百石 其子掃部長家後改兵兵衛 大猷大君欲見田宮芸 命頼宜卿被召江戸 登営其術奉備台覧顕其名於日域 其子三之助朝成後号常快 其子次郎右衛門成常継箕裘之芸奉仕中納言吉宗卿 其末流在諸州 可謂伝芳名於千歳者乎 有斎木右衛門清勝者 紀州人也 自幼弱従田宮長家練習有年 従朝成終其宗 延宝年中来江都以其芸鳴

「北条早雲記曰 勝吉長柄刀をさしはじめ 田宮平兵衛成政という者是を伝うる 成政長柄刀をさし諸国兵法修行し 柄に八寸の徳 みこしにさんぢうの利 其外神妙秘術を伝えしより以後 長柄刀を皆人さし給へり 然に成政が兵法第一の神妙奥義と云うは、手に叶ひなばいかほども長きを用ひべし、勝事一寸ましと伝えたり」
 田宮流については武術流祖録、撃剣叢談などにも記載があります。この曽田本にある道統の伝来は、林崎甚助重信ー田宮平兵衛重正ー長野無楽斎槿露までは明らかに千城小伝によると判断できます。
 それにしても、第十代林安大夫政詡の書き残されたものは、老父の話を書き留めて置いただけではなく、是等の武芸の流れや漢籍も含め、当時の書物を能く読んでおられた様です。
 

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2018年6月 3日 (日)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文3居合兵法伝来2田宮平兵衛重正

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
3、居合兵法伝来
2田宮平兵衛重正
 田宮平兵衛重正者関東ノ人也従林崎重信得抜刀之妙実二尽変入神後二對馬ト改ム其子對馬守長勝父ノ伝ヲ受テ同得妙池田三左衛門輝政公へ仕フ老年常圓ト改メ紀州大納言頼宣公ヱ仕八百石ヲ領ス其子掃部長家後又平兵衛ト改ム此人ノ弟子多クテ諸国ニテ田宮流ト云テ末流多シ此平兵衛ハ△大猷院様へ被召出其術ヲ奉備台覧其名ヲ天下二顕ス其子三之助朝成後常快ト號ス其子次郎衛右衛門成常奉仕中納言吉宗公二末流諸国二多シ
読み
 田宮平兵衛重正は関東の人也 林崎重信に従って抜刀の妙を得る 実に変に尽き入神す 後に對馬と改たむ 其子對馬之守長勝父の伝を受けて同じく妙を得て池田三左衛門輝政公へ仕う 老年常圓と改め紀州大納言頼信公へ仕え八百石を領す 其子掃部長家後に又 平兵衛と改たむ 此の人の弟子多くて諸国にて田宮流と云て末流多し 此の平兵衛は△大猷院様へ召し出され其の術を台覧備え奉る 名を天下に顕わす 其子三之助朝成のち常快と號す 其子次郎右衛門成常中納言吉宗公に仕え奉る 末流諸国に多し

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2018年6月 2日 (土)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く3居合兵法伝来1林崎甚助

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
3、居合兵法伝来
1林崎甚助重信
読み
 林崎甚助重信は奥州の人也 林崎明神を祈りて刀術の精妙を悟ると云えり 中興抜刀の始祖也 北条高時に仕える 長柄の刀に益ある事を明神老翁に現し伝えしよし 始は神助勝吉とも云えるよし 林崎明神は奥州楯岡郡に林崎明神と云う有り 鹿島大明神也
 伝に曰く 長柄の刀とて只長くする事にあらず 世人刀の鞘に空鞘する人有り 是無益也不用心也 同じ空にせば一寸にても柄を長くせよ 敵に当たり徳あるべしと云う事也 それとも刀の柄は二尺三寸の刀にても柄を八寸にせよと也
読み解く
 古伝神傳流秘書では「無雙神傳英信流居合兵法」は始祖を「林崎神助重信」として根元之巻にも記載され、明治以降の大江正路先生の発行する印可状にも林崎神助でした。
 この林崎甚助重信の由来は、「千城小伝(本朝武芸小伝)」正徳4年1715年版、若しくは享保元年1716年版の巻六によると思われます。
 林六大夫守政の没年は享保17年1732年ですから千城小伝は読んでいたかも知れません。
 ここで云う北条高時とは、鎌倉幕府第14代執権であれば生まれが嘉元元年1304年、元弘3年1332年に没しています。林崎甚助重信は林崎甚助重信公資料研究委員会の「林崎明神と林崎甚助重信」の年表によれば生誕は天文11年1542年奥州へ旅立って再び帰らず(武芸太白伝)であれば元和3年1617年75歳で没しています。
 後北条氏には高時なる人物が居たかは知りません。
千城小伝巻六 林崎甚助重信
 林崎甚助重信は奥州人也 林明神に祈り刀術の精妙を悟 此の人中興抜刀之始祖也 北条五代記曰 長柄刀のはじまる子細は明神老翁に現じ 長づかの益あるを林崎甚助勝吉という人に伝え給う 愚に曰 甚助は謄写のあやまりならんや 五代記には勝吉と有り 明神老翁に現じて伝え給うというは 鹿島の神をいえるか 伝書には奥州楯岡の近辺に林崎明神と云う神社あり 甚助此の神を祈りて 妙旨を悟とあり
北条五代記(元和年間1615年から万治年間1661年頃に書かれている)の記述もこの際載せておきます。ちなみに此処でいう北条氏とは秀吉に屈した(天正18年1590年)北條早雲に始まる後北条氏を指します。
北条五代記巻第四の2関東長柄刀の事付(つけたり)かぎ鑓の事
 見師(見し)は昔 関東北条氏直時代まで 長柄刀とて人毎に刀の柄をながくこしらえし・・長柄刀の始まる子細は 明神老翁に現じ長柄の益有を林崎かん介勝吉と云う人に伝え給うゆえに かつよし長柄刀をさしはじめ田宮平兵衛成政という者に是を伝うる 成政長柄刀をさし諸国兵法修行し 柄に八寸の徳 みこしにさんじゅうの利 其の外神妙秘術を伝えしよりこのかた 長柄刀を皆さし給えり 然るに成政が兵法第一の神秘奥義というは手に叶いなばいか程も長きを用いべし 勝事一寸にして伝えたり
 林崎甚助重信に就いて書かれている、武芸書
・北条五代記
・居合明神之巻
・和田流居合正誤
・日本中興武術系譜略
・武術太白成伝(原本不明)  山田次郎吉日本剣道史より
武術太白成伝
 生国は奥州でなく相模の産である。文禄4年5月10日48歳より慶長3年9月15日にいたる年間武州一ノ宮 今大宮の社地に居住し、陰陽開合の理に基いて工夫を凝らし、生善正勝という辞を押し立て、純白伝と号して飄然諸州を歴遊の途に上ったとある。
 時に54歳の秋紅葉正に色つく時であった。
 星霜移って元和2年2月28日武州川越の甥高松甚兵衛の許を訪れ明年7月まで滞在して20日再び鳥藤を鳴らして奥州の旅程に立越えたのは73歳。残躯を天に任せて復帰っては来なかったのである。故に一宮流奥幸四郎施主となって、享保元年7月20日川越の蓮聲寺に墓碑を建立し、良仙院一誉昌道弱心大信士の法号を鐫(せん、ほる)し、一部生国相州鎌倉の天照山光明寺の過去帳に其の名を留めて、永く菩提を弔う料としたということである。
 どれもこれも、事実とは言い難い感じがしますが、其れなりに捉えて置けばいいことでしょう。
 出自や修行についてはこの頃一般人についての事では殆ど解らないのが普通です。出世した後何処かの名家の末裔として系図を偽造するのも普通だったようです。
 この居合に臨んだ人が始祖を如何に高めて見ても意味のある事でも無いでしょう。神様にして置けばいいのですからとやかく言っても始まりません。既にその業技法の教えも失伝しているのですから。武術はどんどん進化するものです。
 
 
 

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第13・14回古伝研究の集い

土佐の居合 古伝神傳流秘書

による古伝研究の集い

13回古伝研究の集い

14回古伝研究の集い

 古伝神傳流秘書を曽田虎彦先生の書き写された 直筆本から読み解いて同じ思いの仲間を募って、その古伝研究をやってまいりました。今回は第13回目・14回目の御案内をいたします。

内容:古伝神傳流秘書による大剣取、 

古伝英信流目録による小太刀之位

講義とか実演では無く、参加していただき木刀及び小木刀を持って古伝の解釈及び形の古をご一緒にさせていただきます。
 異なる伝承の方々と一つの教本から古伝研究を実施する中で、「私はこの『古伝』はこう解釈する」と自由な考え方から幾つもの疑問を解きほぐして見たいと思います。
 ご参加いただいた方が、師匠であるとご認識いただければ幸いです。

1、期日

13回:平成30年6月14日(木)
15時00分~17時00分
鎌倉体育館 格技室

13回:平成30年6月28日(木)

15時00分~17時00分

見田記念体育館 多目的室

14回:平成30年7月12日(木)

15時00分~17時00分

鎌倉体育館 格技室

14回:平成30年7月26日(木)

15時00分~17時00分

鎌倉武道館 剣道場

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2、住所

鎌倉体育館 
 248-0014
神奈川県鎌倉市由比ガ浜2-9-9
TEL0467-24-3553

見田記念体育館 多目的室

 248-0014

 神奈川県鎌倉市由比ガ浜2-13-21

 TEL0467-24-1415

鎌倉武道館
247-0066
神奈川県鎌倉市山崎616-

TEL0467-46-8010

・・・・・・・・・・・・・・・・

3、アクセス:JR横須賀線・総武線快速
*鎌倉体育館・見田記念体育館
鎌倉駅東口下車海岸方向へ 徒歩10分
    (駐車場鎌倉体育館にあり)
*鎌倉武道館
 大船駅東口下車徒歩15
    (駐車場鎌倉武道館にあり)

4、費用:会場費等の割勘のみ(500円)

5、参加の御連絡はこのブログへコメント
   していただくか直接ご来場ください。

6、会名:湘南居合道研修会 鎌倉道場

 

御案内責任者: ミツヒラ

                平成30年6月2日

 

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2018年6月 1日 (金)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文3居合兵法伝来1林崎甚助重信

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
3、居合兵法伝来
1林崎甚助重信
林崎甚助重信ハ奥州ノ人也林崎明神ヲ祈テ刀術之精妙ヲ悟ルト云ヱリ中興抜刀之始祖也北条高時二仕ル長柄之刀二益有事ヲ明神老翁二現シ伝ヱシヨシ始ハ神助勝吉トモイヱルヨシ林崎明神トハ奥州楯岡郡二林崎明神ト云有鹿島大明神也
伝二曰ク長柄ノ刀トテ只長クスル事二アラス世人刀ノ鞘二空鞘スル人有是無益也不用心也
同空セバ一寸二而モ柄ヲ長くセヨ敵二當リ徳有ヘシト云事也夫共刀ノ柄ハ二尺三寸ノ刀二テモ柄ヲ八寸二セヨト也
読み
 林崎甚助重信は奥州の人也林崎明神を祈りて刀術の精妙を悟ると云えり 中興抜刀の始祖也 北条高時に仕える 長柄の刀に益ある事を明神老翁に現し(あらわし)伝えしよし 始は神助勝吉とも云えるよし 林崎明神とは奥州楯岡郡に林崎明神と云う有り鹿島大明神也 
 伝に曰く 長柄の刀とて只長くする事にあらず 世人刀の鞘に空鞘する人有り 是無益也不用心也 同じ空にせば一寸にても柄を長くせよ 敵に當り徳あるべしと云う事也 それとも刀の柄は二尺三寸の刀にても柄を八寸にせよと也

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2018年5月31日 (木)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く2當流申伝之大事13麓なる

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
2、當流申伝之大事
13麓なる
 麓なる一木能色を志り可ほ耳
         於具もま多みぬミよ志野の花
 心妙中勇ノ位不住之妙
 荒磯海の浪間幾王けかつく海士の
         以幾もつき阿へすも能をこそおもへ
 慈園歌二
 柴の戸二にほ者む花ハさも阿ら者あ阿れ
         な可めてけりなうらめし能身や
 
 夫刀術ハ専ラ人二勝事ノミヲ好ム二アラス大変二臨テ生死ヲ明二スルノ術也常二此ノ心ヲ
養ヒ其術ヲ修セズハアルベカラズト古人云エリ我カ道ヲ尽シ家法ヲ以テ命ヲスル所是刀術ノ極意トゾ         林 政詡 誌
 明和元年申歳孟冬吉辰賜之
読み及び読み解く
 麓なる一木の色を知り顔に
         奥もまだ見ぬ三吉野の花
 麓にある一本の木を見て知った顔してまだ見てもいない、、山奥の三吉野の桜の状況を語ることよ 
 武術のへぼ師匠に習うと、形ばかりの指導がほとんどで、決めつけてしまう人がほとんどです。敵のある変化からこうあるだろうと決めつけて誘いに乗ってしまう。
 
 心妙中勇ノ位不住之妙
 心妙(神妙) 人知を逸した現象での勇気は、住まわざる心、いわゆる武術で嫌う居付きをしないこと。居つく事は心も同じと云うのでしょう。
 
 荒磯の海の浪間をかき分かづく海士の
         息もつきあえずものをこそ思へ
 荒磯の海の浪間をかき分けもぐる海士の息もつく暇なく物を思う事も有ろうか。
 波にもまれ、波をかき分けながら、獲物をとる海士の何も考えていない様な自然体でことに応じろ、と教えているのでしょう。
 
 慈園歌に
 柴の戸に匂わん花はさもあらばあれ
         眺めてけりなうらめしの身や
 ひなびた家に咲く花も匂わない事などない 眺めているばかりで此の身が恨めしいことよ。
 慈園は平安から鎌倉時代の天台座主です。この歌は詠み人知らずとも云われます。ひなびた家に美しい乙女がいるのだが、眺めているばかりで、この恋心をどうしたらよいのか何も出来ないこの身が恨めしい。色っぽく詠んでみたのですが、さて武術の歌としてはどの様に教えを受けるのでしょう。
 相手の動きに誘われそうになるのだが、心静かに眺めていれば、と云われそうです。
 
 
 夫れ刀術は専ら人に勝事のみを好むにあらず 大変に臨んで生死を明らかにする術である 常に此の心を養い其の術を修業しないなどあってはならない 古人は言っている 我が道を尽くし家法を以って命を懸ける処これ刀術の極意であると
林安大夫政詡 誌
 
明和元年1764年申歳孟冬吉辰賜之
 その時代の考え方を充分把握出来ているとは言えませんが、この時代でも同じ事だろうと思います。刀術は仕合によって勝ための術ではない。大変に臨んで命を懸けて信じた道を尽くす事である。其の為の修行を怠るな、古人も命がけで我が道を全うする事が刀術の極意であると云う。
 長年にわたり稽古して来たのに年と共に衰える体力気力に打ち負けていたのでは、何のために多くの時間も金も費やしてきたのか疑問を抱かなければおかしい事です。
 年取った高段位の方が、「よくぞ飽きもせずいつまで棒振りしとるんか」と思われているのに、お世辞に「「素晴らしい演武でした、感動です」など言われて、大喜びし、ふるいたったりする。
 高段位を得て下位の者に威張ってみてもそれだけのもので振り返れば虚しいだけでしょう。傍から見ても哀れです。
 居合の業を順番通り覚えただけで、毎日同じことを繰り返すばかりで20年、30年と経て来ても、ちょっと想定が変われば戸惑うようでは何を学んできたのか疑問です。
 
 
 

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2018年5月30日 (水)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文2當流申伝之大事13麓なる

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
2、當流申伝之大事
13麓なる
麓なる一木能色を志り可ほ耳
         於具もま多みぬ三よし野の花
 心妙中勇ノ位不住之妙
荒磯海の浪間可幾王けかつく海士の
         以幾もつき阿へすも能をこそおもへ
 慈圓歌
柴の戸二にほ者む花ハさも阿ら者阿れ
         な可めてけりなうらめし能身や
夫刀術ハ専ラ人二勝事ノミヲ好ム二アラス大変二臨テ生死ヲ明二スルノ術也常二此ノ心ヲ養ヒ其術ヲ修セズハアルベカラズト古人云ヱリ我カ道ヲ尽シ家法ヲ以テ命ヲス(ッ)ル所是刀術ノ極意トゾ
 
 林 政詡 誌
明和元申歳孟冬吉辰賜之
読み
麓なる一木の色を知り顔に
         奥もまだ見ぬ三吉野の花
 心妙中勇の位に住まざるの妙
ありそ海の浪間かき分けかつぐ海士の
         息もつきあえずものをこそ思え
 慈円歌
柴の戸に匂わむ花はさもあらばあれ
         眺めてけりなうらめしの身や
夫れ刀術は専ら人に勝事にのみ好むにあらず 大変に臨みて生死を明らかにするの術也 常に此の心を養い其の術を修せずはあるべからずと古人云えり 我が道を尽くし家法を以て命を捨つる所を是れ刀術の極意とぞ
 林 政詡 
明和元年申歳孟冬(冬の始め・10月)辰之を賜う

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2018年5月29日 (火)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く2當流申伝之大事12易二曰

曽田本のの1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
2、當流申伝之大事
12易二曰
 易二曰無思無為寂然不動感而遂通於天下之故
 古詩云眼裏有塵三界窄心頭無事一生寬
 孔子曰匹夫不可奪志
 以ー心 伝―心 教外別伝
 天ー上 天ー下 唯ー我 独尊
 一ー月 萬ー水 二運有天
 生死在命
*
 読み及び読み解く
 易に曰く 思う無く 為す無く 寂然として動かず 感じて遂に天下の事に通ず
 古詩に云う 眼裏に塵あれば三界窄し(すぼくし、せまい) 心頭無事にして一生ゆたかなり
 孔子曰 匹夫の志を奪うべからず
 論語 総大将を虜に出来ても、たった一人の者の志も奪う事は出来ない。
 
 以心伝心教外別伝(いしんでんしん きょうげべつでん)
 禅語で、心を以って心に伝う、教外別伝は言説文字を離れて直接心から心へ伝える。
 
 天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)
 
 一月 萬水 二運天に有
 生死在命(富貴天命)
 論語 生きるか死ぬかは天命である
 
 読みのままでも意味は通じると思います。
 ここに掲げられた漢文は出典が易経、夢想国師語録・論語・禅語などによって述べられています。其の教本は恐らく享保の頃に読まれていた佚斎雩山(いっさいちょざん)の田舎荘子巻下の猫之妙術によるものと思います。
 
 
 
 
 

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2018年5月28日 (月)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文2當流申伝之大事12易二曰

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原本
2、當流申伝之大事
12易二曰
易二曰無思無為寂然不動感而遂通於天下之故
古詩云眼裏有塵界三界窄心頭無事一生寬
孔子曰匹夫不可奪志
以-心 伝-心 教外別伝
天-上 天-下 唯-我 独尊
一-月 萬-水 二運有天
生死在命
読み
易に曰く 思い無く為す無きは寂然(じゃくねん)として動かず 感じて天下の故に遂通す
古詩に云う 眼裏に塵有りて三界窄(せまく) 心頭にことなくは一生寬(ひろし)
孔子曰 匹の夫れ志を奪うべからず
以心伝心教外別伝(いしんでんしんきょうがいべつでん)
天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)
一月萬水二運天に有
生死在命

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2018年5月27日 (日)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く2當流申伝之大事11先師之咄

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
2、當流申伝之大事
11先師之咄
読み
 先師の咄(ななし)の由 良く知るは耳に五音無きは耳の本体也 故に五音を聞きて違う事無し 常に耳に一音(で)もあれば五音違う 故に五音無きを耳の至善とす 
 口も五味無きは口の本体也 口に五味無き故に能く五味を別ち違う事無し 若し一味にても有れば違う 五味無きは口の至善とす
 人に善悪無きは心の本体也 善悪無き故に善悪を弁えて各誤る事無し 若し之有る時は善悪供に違う故善悪無しを心の至善とす かるが故に至善は心の本体也
 語に云う 好く為す無く 悪為す無く 三の路に順い其の善有るは其の善亡く 過ち無く 莫無く 義の興りに従う 亦云う可も無く不可も無し
 右居合兵法の業形大要覚え候事 此の如く道理をも少し合点せざれば高位大名の師となる事能わず能く能く工夫有るべし
読み解く
 先師(第九代林六大夫守政)の咄であるが、人が生まれながら持っている判断能力といわれる良知(陽明学による)について、耳はもともと五音など無いのが耳の本体である。
 五音とは宮(きゅう)=唇音、商(しょう)=歯音、角(かく)=牙音、徴(ち)=舌、羽(う)=喉音を云うのでしょう。
 それで、五音を聞いて聞き違う事がない、もし常に耳に一音でもあれば五音は違う様に聞こえるだろう。だから五音を持たない耳が此の上もなく善いと云える。
 口にも五味の無い事が口の本体である。
 五味とは仏教でいう処の、乳味、酪味、生酥味、熟酥味、醍醐味だそうです。不勉強でよく解りません。
 甘味・酸味・辛味・苦味・旨味の基本の味位しか知りません。口に五味が無いので能く五味を味わえて間違える事がない。若し一味でもあれば違ったものになるであろう。
 口に五味の無い事がこの上もなく善いと云える。
 
 人に善悪のない事は人の本体である。
 善悪をもたないので、善悪を弁えて過剰になる事がない。もし善悪のどちらかでもあるとすれば善悪供に違うものになるであろう。善悪を持たない事が心にこの上もなく善いと云える。
 そういうわけで、至善は心の本体である。
 語に云う。
 善く為すでも無く、莫が無く、三の路に順じ(???)其の善があれば其の善を亡くし、過も無く、莫も無く、善の興りに従うものである。
 又、云うべきも無く、云うべからざるも無い。
 
 右の通り居合兵法の業形、大要を覚えたならばこの様な道理も合点していなければ高位の大名の師となる事は出来ない。能々工夫する事である。
 ここで、「高位大名の師となる事能わず」の解釈ですが、高い位の大名と読みましたが「高位で大名の師となる」とした方が良さそうです。
 それは武術を極め取り立てられた者の地位は決して高いものでは無かった、一番は柳生但馬でしょう、徳川家で一万石の大名となっています。
 他はせいぜい武士に取り立てられる程度の事でした。それは棒振りが譬え上手であってもそれは芸人に過ぎなかったからでしょう。
 国政に参加できるだけの能力が無かったと云えます。
 土佐の居合も、術理ばかりを追うのではなく、随所に散りばめられている教えに今一度心を開いて見る価値はあります。
 第九代林六大夫守政の咄として、第十代林安大夫が書き留めた老父物語ですが、思い込みに居付かず無の境地で受け留めなければ真実を認識できないと説いています。
 だから、「義の興りに順い可も不可も無い」、此の道理を理解出来なければ大きなことを為す事は出来ないと教えたのでしょう。
 
 
 

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2018年5月26日 (土)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文2當流申伝之大事11先師之咄

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
2、當流申伝之大事
11先師之咄
 先師之咄之由良知ハ耳二無五音者耳ノ本躰也故二五音ヲ聞テ無違フコト若シ常二耳二一音モ有レハ五音違フ故二五音無キヲ耳ノ至善トス口モ無五味ハ口ノ本躰也口二無五味故二能ク五味ヲ別チ無違フコト若シ一味ニテモ有レハ違ふ無五味ハ口ノ至善トス人二無善悪者心ノ本躰也無善悪故二善悪ヲ弁テ各過ル事無シ若シ有之時ハ善悪供二違故無善悪ヲ心ノ至善トスカルカ故二至善ハ心之本躰也語云無為好無為悪順三之路有其善者亡其善無適無莫義之與従フ亦云無可無不可モ
 右居合兵法事(業)形大要覚候事如此道理ヲモ少シ合点セザレバ高位大名ノ師トナル事不能能々工夫可有
読み
先師のはなしの由 良知は耳に五音無きは耳の本体也 故に五音を聞きて違う事無きは 若し常に耳に一音もあれば五音違う 故に五音無きを耳の至善とす 口も五味無くは口の本体也 口二五味無き故に能く五味を別ち違う事無し 若し一味にても有れば違う 五味無くは口の至善とす 人に善悪無きは心の本体也 善悪無き故に善悪をわきまえて各過ぎる事無し 若しこれ有る時は善悪共に違う 故に善悪無きを心の至善とす かるが故に至善は心の本体也 語に云う 為す無く 悪を為す無きを好む 三の道に順り その善有るは其の善亡きなり 適う無く義莫く之と従う 亦云う可無く不可モ無し
 右の居合兵法業形大要覚え候事 此の如く道理をも少し合点せざれば高位大名の師となる事能わず 能々工夫有るべし

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2018年5月25日 (金)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く2當流申伝之大事10気滅法2

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
2、當流申伝之大事
10気滅法
2肩敵之拳二當る
読み解く
1、肩敵之拳二當る
 打込む際、相手の拳に我が肩が当たる程に前懸かりになって斬り込んでいくのでしょう。
 甲冑を着た介者剣法を思わせます。
  柳生新陰流の石舟斎宗厳が孫で後の兵庫助利厳に与えた新陰流截相口伝書事(慶長8年1603年)にある「身懸五箇之大事」の二番目に「敵のこぶし吾肩にくらぶべき事」との教えがあります。
 斬り込んだ時大股になり身を低くする、それによって太刀中に身を入れる「刀中蔵の身」となる。
 兵庫助が尾張大納言に印可相伝の際(元和6年1620年)に進上した「始終不捨書」では身を前懸りにして構えては居着いてしまうから、前を豊かにして「直立たる身の位」で、打ち込み勝には「身之懸五箇」を改善しています。この「居合兵法極意秘訣」は改善前の教えによると思われます。
 それにしても、古い教えを一世紀以上も経っているのに習って来た第九代林六大夫は其の侭信じていたのでしょうか。
 
2、右の手短 左のひじ長
 新陰流截相口伝書事「身之懸五箇之大事」を上げておきます。
 第1 身を一重に成すべき事
 第2 敵のこぶし吾肩にくらぶべき事
 第3 身を沈にして吾拳を盾にしてさげざる事
 第4 身をかかりさきの膝に身をもたせ跡のえびらをひらく事
 第5 左のひじをかがめざる事
 これは第5項目の教えでしょう。
 右手は柄の鍔際を握っていますから容易に前に伸ばせます。左手の肘を曲げると刀が前に伸びません。
 右手は少しゆったりと肘を曲げ、左手の肘を伸ばすように心得ろというのでしょう。無双直伝英信流の斬り下ろした左手拳の位置が臍前一拳か一拳半では少々剣先は伸びが少ない様です。
 腰で切る、腹で切る、ならば左拳を引っ張り込まないのでゆったりとした剣先の伸びが期待できます。
 天井をスイープさせてフィニッシュで両拳を臍前に引き込む可笑しな人を見かけます、大抵その場合手打ちです。
 
3、右の足にて太刀を下し左の足にて勝を取る。
 第4項目に当たるのでしょう。右足を踏出し右足の膝に重心を乗せるようにして太刀を打ち込み、左足膝を伸ばして一重身になって勝。
 この文章からは、右足を踏み込んで中墨に打ち込み上太刀になるや左足を踏込み太刀を摺り込んで敵の拳から腹部へ刺突するとも読めそうです。
4、左の肩を向る事・一手字
 左の肩を敵の方に向ける事によって左肩の前に出た一重身となり、敵が左肩に打ち込んで来るのを十文字勝するというのでしょう。
 第1項目で「身を一重に成すべき事」ですから構えの基本は右足前か左足前の一重身を推奨しています。
 是は敵を誘う手立てかも知れないとも思うのです。
 
 「手字種利剣の目付」などという新陰流の教えから、目付は敵の動きを察知する大切なもので手字は「衣の内合して衣文成るを大体の手字と云う也、手裏見は手の内也」十兵衛の月之抄より、ですから目付の場所は敵の両肩から着物の合わせの辺りを遠山の目付をすると云うのでしょう。
5、足一本の事 峯谷二星
 峯谷から類推すれば踏み出す足一本で敵の動きを峰谷の動きで察知して踏込み足一本で切り下ろすとでも読めます。
 新陰流では足を揃えて立ったりするのを嫌う様です。また大きく左右の足を前後に開いて打込めば最も嫌う居着きになってしまいます。
 峯谷は嶺谷、腕のかがみ、両腕の伸び縮を云う、兵法家伝書より。右肘を嶺、左肘を谷。その際の二星は目の付け処でしょう。
 目であり、両拳も目の付け処です。此処では嶺谷である肩から拳の辺りに目付をするのが良さそうです。
6、右におこり左におこり無刀の事
 新陰流截相口伝書事に見られませんが、敵の打ち出す刀が右であろうと左であろうと、そのおこりに合わせて無刀でも応じられるというのでしょう。
 古伝神傳流秘書の大森流居合之事の冒頭に「上泉伊勢守信綱之古流五本仕形有と云う」は新陰流の「三学円之太刀」の五本と思われます。
 居合の業も、組太刀の業も稽古を本気でやっていますと、三学円の太刀がチラついてきて無刀でも同じ事かも知れないなどと思うこの頃です。
 右のヶ条常に我が心中に能く覚えるべき事也
 林六大夫守政が学んだ真陰流の中にこれ等の教えがあったと思われます。
 しかし、兵庫助は古い介者剣法の方法を改め「直立ったる身」に改善しています。土佐に持ちこまれる一世紀以前の改善です。
 ですから、其の侭失伝せずに引き継がれていたら可笑しなことになっていたかも知れません。
 「温故知新(古きを訪ねて新しきを知る)」そんなことを思いながら、柳生新陰流の古伝も其の幾つかの進化した業も合わせて学んでいます。
 柳生春延氏の柳生新陰流道眼に、上泉伊勢守が柳生石舟斎宗厳に訓示した「兵法は時代によって恒に新たなるべし。然らざれば、戦場戦士の当用に役立たず。また忠孝節義の道を践み行うことはできない」と云う。
 まさにその通りであろうと思います。古伝に返るのではなく、古伝を学び現在を見直し本物を見つける事こそ意味のあるものになると信じています。
 手っ取り早く、意味も解らずに人の真似をするだけの人形にはなりたくないものです。

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2018年5月24日 (木)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く2當流申伝之大事10気滅法

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
2、當流申伝之大事
10気滅法
1、気滅法 1、胴ノ火 1、火縄 1、雨松明伝
居合仮名
1、向拂 1、柄留 1、四方 1、向詰 1、二階下 1、人中
1、介錯 1、打拂 1、弛抜 1、抜打 1、五方切
1、肩敵之拳二當ル
1、右の手短 1、左ノヒジ長
1、左ノ足ニ而太刀ヲ下シ左ノ足二而勝ヲ散
1、左ノ肩ヲ向ル事一手字
1、足一本ノ事
1、峰谷二星
右之ヶ条常二我ガ心中二能可覚事也
読み及び読み解く
1、気滅法(きめつほう) 目録のみ解説見当たらず
1、胴ノ火(どうのひ)   目録のみ解説見当たらず
1、火縄(ひなわ)     目録のみ解説見当たらず
1、雨松明伝(あめの松明伝) 目録のみ解説見当たらず
居合仮名(いあいかりな)
 目録のみで解説は無いのですが古伝神傳流秘書の抜刀心持之事に同名の業手附があるので参考に読み下し文で記する事にします。
1、向拂(むこうはらい)
  向へ抜付返す刀に手を返し又拂ひて打込み勝
1、柄留(つかとめ)
  虎の一足の如く下を留て打込む也
1、四方(しほう) 目録のみ、四角と同じかも知れません。
  四角 抜き左の後の角を突右の後の角を切り右の向こうを請流し左の向を切る又右の向を切る也
1、向詰(むこうつめ)
  抜いて諸手を懸け向を突き打込也
1、二階下(にかいした) 該当せず、棚下と同じかも知れません。
  棚下 大森流逆刀(正座の部附込)の如く立ちて上へ抜き打込む時体をうつむき打込む是は二階下様の上へ打込めぬ心持也
1、人中(じんちゅう)
  足を揃へ立って居る身に添えて上へ抜き手をのべて打込む納るも体の中にて納める
1、介錯(かいしゃく) 目録のみ解説見当たらず
1、打拂(うちはらい)  目録のみ解説見当たらず
1、弛抜(ゆるみぬき)
  前の如く歩み行き敵より先に打を体を少し開き弛して打込み切也
1、抜打(ぬきうち)
  歩み行くうちに抜打に切る敵を先に打つ心也
1、五方打(ごほううち) 目録のみ、五方切かも知れません。
  五方切 歩み行く内抜て右の肩へ取り切る又左より切る又右より切る又左より切る段々に切り下げ其の侭上へ冠り打込む也
 次の八項目は、該当するものは曽田本には見当たりません。真陰流(新陰流)の教えと思われます。
 柳生石舟斎宗厳が柳生平介長厳(兵庫助利厳)に与えた新陰流截相口伝書事に見られるものもあります。その後兵庫助によって始終不捨書が書かれて手直しされています。
1、肩敵之拳二當ル(かたてきのこぶしにあたる)
  ・敵のこぶし吾肩にくらぶべき事
  ・直立たる身の位之事(始終不捨書)
  ・前に及び懸るより反るべき事(始終不捨書)
1、右ノ手短(みぎのてみじかし) 
  ・胸に肘の付く事(始終不捨書) 
  ・脇の下すかせば手太刀のびる事(始終不捨書)
1、左ノヒジ長(ひだりのひじながし)
  ・左のひじを屈めざる事
1、右之足二而太刀ヲ下シ左ノ足二而勝ヲ取(みぎのあしにてたちをおろしひだりのあしにてかちをとる)
  ・足は懸る時も退く時もかたかた浮きたる心持之事(始終不捨書)
1、左之肩ヲ向ル事一手字(ひだりのかたをむけることいちしゅじ)
 ・しゅ字手裏見
1、足一本ノ事(あしいっぽんのこと) 
1、峰谷二星(みねたににせい)
  ・目付について
1、右二ヲコリ左二ヲコリ無刀ノ事(みぎにおこりひだりにおこりむとうのこと)
右之ヶ条常二我ガ心中二能可覚事也(右のヶ条常に我が心中に能く覚えるべき事也)
 土佐に無双神傳英神流居合兵法をもたらした第九代林六大夫守政は、第七代長谷川英信や第八代荒井勢哲に江戸勤番中に指導を受けたと思われます。剣術は真陰流の大森六郎左衛門に上泉伊勢守信綱の新陰流を習ったとされます。宮本武蔵の二刀の剣術も誰かに習ったものでしょう。そのことから推し測ればこの謎の文言は解けるかもしれません。
 居合演舞ならいざ知らず、太刀打や詰合、大剣取や小太刀、棒や和を学ぶならばこの辺りの日本の代表的剣術は、出来ないまでもその大凡の事は知れば運剣の心を学べます。
 竹刀剣道による試合や無双直伝英信流の演舞による現代居合のみでは古伝は理解できません。
 
 
 
 
 
 
 

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2018年5月23日 (水)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文2當流申伝之大事10気滅法他

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
2、當流申伝之大事
9気滅方 他
 1.気滅方 1.胴ノ火 1.火縄 1.雨松明伝
 
 居合仮リ名
 1.向拂 1.柄留 1.四方 1.向詰 1.二階下 1.人中
 1.介錯 1.打拂 1.弛抜 1.抜打 1.五方打
 
 1.肩敵之拳二當ル
 1.右ノ手短 1.左ノヒジ長
 1.右ノ足二而太刀ヲ下シ左ノ足二而勝ヲ取
 1.左之肩ヲ向ル事一手字
 1.足一本ノ事 1.峯谷二星
 1.右二ヲコリ左二ヲコリ無刀ノ事
 右之ヶ条常二我ガ心中二能ク可覚事也
 

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2018年5月22日 (火)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く2當流申伝之大事9亦一伝

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
2、當流申伝之大事
9亦一伝
 亦一伝芋カラヲ煎シ其汁二奉書ノ紙ヲヒタシテ干シ上テ後ヒダヲ付其ヒダ二真コモノ黒焼ヲ入置也刀之血ヲ拭二スキト除ク也久シクシテ血コガリ付タル二ハホケヲ吹キカケテヌクフ也
読み
 亦一伝 芋がらを煎じて其の汁に奉書の紙を浸して干し上げて後ひだを付け 其のヒダに真菰の黒焼を入れ置く也 刀の血を拭にすきと除く也久しくして血コガリ付たるにはホケヲ吹きかけて拭う也
読み解く
 亦一伝 里芋の茎を煎じてその汁に奉書紙を浸して干し上げる、そのあと折り目のひだを付けてそのひだに、真菰の黒焼きを入れて置く、刀の血を拭うと綺麗に拭ける。しばらく経っていて血がコガリ付いた(こびりついた)場合は息を吹きかけて拭うのである。
 芋茎(いもがら)は八頭、里芋、赤芽芋などの葉柄で食用にもなります。干してアクを抜き煮付けて食べるとおいしい。
 煎じるとアクが出るからそれに奉書紙を浸すのです。アクはシユウ酸カルシュウムの様ですから血のりとはどの様に反応するのでしょう。
 真菰の黒焼きは水辺に生えるイネ科の植物で黒焼きにして煮付ですから、炭状にするのでしょう。若芽のマコモタケは食用にもなっています。
 この奉書紙・芋茎の煎じた汁・真菰の炭の組み合わせと血のりとの関係が良いのでしょうか。当時の土佐の昔からの言い伝えでしょうか。
 現代では試す術も無いのも」当然の事ですが、戦国期を150年近く過ぎた時代の言い伝えですから首をひねってしまいます。
 

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2018年5月21日 (月)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文2當流申伝之大事9亦一伝

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
2、當流申伝之大事
9亦一伝
 亦一伝芋カラヲ煎シ其汁二奉書ノ紙ヲヒタシテ干シ上テ後ヒダヲ付其ヒダ二真コモノ黒焼ヲ入置也刀之血ヲ拭二スキト除ク也久シクシテ血コガリ付タル二ハホケヲ吹カケテヌクフ也
読み
 亦一伝 芋茎を煎じてその汁に奉書の紙を浸して干し上げて後襞を付け その襞にマコモの黒焼きを入れ置く也 刀の血を拭くにすきと除く也 久しくして血こがり付きたるには ほけを吹き懸けて拭う也
 

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2018年5月20日 (日)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く2當流申伝之大事8早拭之大事

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
2、當流申伝之大事
8早拭之大事
 早拭之大事ヒエタル馬糞ヱ太刀ヲ指込候得バイカ様ノノリニテモ其侭ノキ申也詮議之時ナンヲノガル可秘也
読み
 早や拭いの大事冷えたる馬糞へ太刀を差し込み候えば如何様の糊にても其の侭除き申す也 詮議の時難を逃る秘すべし秘すべし
読み解く
 早や拭いの大事 冷えたる馬糞へ太刀を差し込めば 如何様の血糊でも直に除ける 詮議の時など人を斬ってないと言って難を逃れる事も出来る。秘すべきものである。
 馬糞の大部分は繊維カスでしょうから汚れを取るには良さそうです。

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2018年5月19日 (土)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文2當流申伝之大事8早拭之大事

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
2、當流申伝之大事
8早拭之大事
 早拭之大事ヒエタル馬糞ヱ太刀ヲ指込候得ハイカ様ノノリニテモ其侭ノキ申也詮議之時ナンヲノガル可秘々
読み
 早や拭いの大事 冷えたる馬糞へ太刀を差し込み候らえば 如何様の(血)糊にても其のまま除き申す也 詮議の時難を逃る 秘すべし秘すべし
 

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2018年5月18日 (金)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く2當流申伝之大事7座中

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
2、當流申伝之大事
7座中
 座中ニ而口論喧嘩何二而モ気遣ノ時ハ小刀ヲ抜テタヽミヱ指込我前二置事出来タル時右之小刀ニテタタミヲハ子上テ我かタテ二スベシ直二敵ヱ打懸テヨシ其マヽフミタオス也深キ大事可秘也
読み
 座中にて口論喧嘩何れにても気遣わしき時は 小刀を抜きて畳へ指し込み 我が前に置く 事出で来る時右の小刀にて畳を跳ね上げて我が楯にすべし 直ぐに敵へ打ち懸けて良い 其の侭踏み倒す也 深き大事秘すべき也
 

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2018年5月17日 (木)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文2當流申伝之大事7座中

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
2、當流申伝之大事
7座中
 座中二而口論喧嘩何に而モ気遣ノ時ハ小刀ヲ抜テタゝミヱ指込我前二置事出来タル時右之小刀ニテタゝミヲハ子上テ我カタテ二スベシ直二敵ヱ打懸テヨシ其マゝフミタヲス也深キ大事可秘々
読み
 座中にて口論喧嘩何にても気遣いの時は 小刀を抜て畳へ指し込み我が前に置く 事出で来たる時右の小刀にて畳を跳ね上げて我が楯にすべし 直ぐに敵へ打ち懸けてよし 其の侭踏み倒す也 深き大事秘すべき也
読み解く
 座中で口論や喧嘩などあって、不穏な空気が流れる時がある、そんな時は小刀を抜いて畳へ指し込み我が前に置く 刃傷沙汰が起こるならば小刀で畳をはね上げて、畳を盾にしてすぐ打ち懸けて行けばよい。其の侭踏み倒して気を奪うなど深いものがある大事に秘すべきである。
 面白い、策です充分稽古しておかないと上手く出来るか判りません。逆上した相手は何をしてくるか判りませんから先ず防禦の心掛けがあるべきでしょう。
 実戦で使われたものか疑問ですが、現代でも通じる考え方です。ただ、マニュアルに随っていたり、上司の言いなりな人には無関係な事かも知れません。
 

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2018年5月16日 (水)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く2當流申伝之大事6亦暗夜

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
2、當流申伝之大事
6亦暗夜
 亦暗夜コロビタル者ヲソツジ二切事ナカレ二グル者ヲヲワス夜ハ頭巾二而モ笠二而モ鉢巻ニテモ必二スベシ向ヨク見ル也気遣敷所成ラス鼻紙ヲ一條水二ヒタシ鉢巻之下二冠ル可シクサリ頭巾ヨリツヨキ物也中々太刀ニ而不切秘事也夜中旅行之時ハ高ク唱不調道之真中ヲ行可シ月夜ニワ影ヲ可行敵ヲ月ノ方二可見る大酒ヲ呑ンテワ足不立心得可有其外何事モユダンアルベカラズ
読み
亦暗夜 転びタル者を卒爾に斬る事勿れ 逃げる者を追わず 夜は頭巾にても笠にても鉢巻きにても必にすべし 向う良く見える也 気遣わしき所ならず鼻紙を一條水に浸し鉢巻の下に冠るべし 鎖頭巾より強きもの也 なかなか太刀にても切れず秘事也 夜中旅行の時は高く唱い 調べざる道の真中を行くべし 月夜には影を行くべし 敵を月の方に見るべし 大酒を呑んでは足立たず心得あるべし 其の外何事も油断あるべからず
読み解く
 前回に引き続き暗い夜における心得です。
 亦、暗夜、転んだものを軽率に切ってはならない、逃げる者は追ってはならない。これは何故でしょう、わざと転んで斬りかかってゆくと不意に攻撃される事もあるでしょう。逃げていく者も追ってはならないのは逃げた先に仕掛けがあるかも知れません。見えない事は危険が多くあることを思うべきなのでしょう。
 夜は、頭巾でも笠でも鉢巻きでも必ず着ける事、向うが良く見える、と言っています。どうでしょうか。疑問です。
 気遣わしい所ばかりでなく夜は、鼻紙を一條(一帖の当て字でしょう。海苔一帖は10枚です、鼻紙ならば百枚の束ですが、この一條は良く判りません、和紙ですから繊維も強く厚みもあります10枚あればかなりのものでしょう)水に浸して鉢巻の下に入れて冠る、鎖頭巾より強いものである、太刀ではなかなか切れないもので秘事である。
 夜中旅行の時は高声で歌う事、事前に調べていない道は真中を行くべし。
 月夜には影を後にして行く、敵を月の方に見るべきである。
 大酒を飲んでは足が立たなくなるので其の心得を持て。
 其の外にも何事も油断しない事。
 
 
 

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2018年5月15日 (火)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文2當流申伝之大事6亦暗夜

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
2、當流申伝之大事
6亦暗夜
 亦暗夜コロヒタル者ヲソツシ二切事ナカレ二クル者ヲヲワス夜ハ頭巾二而モ笠二而モ鉢巻ニテモ必二スベシ向ヨク見ル也気遣敷所成ラハ鼻紙ヲ一條水二ヒタシ鉢巻之下二冠ル可シクサリ頭巾ヨリツヨキ物也中々太刀二而不切レ秘事也夜中旅行之時ハ高ク□(唱)不□(調)道之真中ヲ行可シ月夜二ワ影ヲ可行敵ヲ月ノ方二可見大酒ヲ呑ンデワ足不立心得可有其外何事モユダンアルベカラズ

読み
 亦暗夜 転びたるものを卒爾に切る事なかれ 逃ぐる者を追わず 夜は頭巾にても笠にても鉢巻きにても必にすべし 向こう良く見える也 気遣わしき所ならば鼻紙一條水に浸し鉢巻きの下に冠るべし 鎖頭巾より強きもの也 中々太刀にて切れざる秘事也 夜中旅行の時は高く唱い調べず 道の真中を行くべし 月夜には影を行くべし 敵を月の方に見るべし 大酒を呑んでは足立たず心得あるべし 其の外何事も油断あるべからず

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2018年5月14日 (月)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く2當流申伝之大事5暗夜

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
2、當流申伝之大事
5暗夜
 暗夜気遣敷所ヲ通時手頃之石ヲ三ッツ四ッツ袖二可入何二テモ向二見ル物ヲ當ル間敷ヲ考テ打可付先之勝也驚所二而此方ヨリ切立追散スベシ亦三四尺程之鉄之クサリノ先二五十目程之玉ヲ付ケテ可持杖二テモ脇指ノサヤニテモ右之クサリヲ付テ四方一面二フリ廻スヘシ皆二敵ヲ打拂二ヨシ第一ハ旅行二ハ半弓ヲ可持辻切強盗二出合時ヨシ
読み
 暗夜気ずかわしき所を通る時 手頃の石を三つ四つ袖に入れるべし 何にても向うに見えるものを当てるまじくを考えて打ち付くべし 先の勝也 驚くところにて此方より切りたて追い散らすべし 亦三四尺程の鉄の鎖の先に五十匁程の玉を付けて持つべし 杖にても脇指の鞘にても石の鎖を付けて四方一面に振り廻すべし 皆に敵を打ち払うによし 第一は旅行には半弓を持つべし 辻斬り強盗に出合う時よし
読み解く
 暗くて何か潜んでいそうなどの気のする夜道を行く時、手頃な石を三つ四つ袖に入れるべきで、何でも向うに見える物に打ち当てることを考えるべきである、先の勝である。驚くところに此方より切りたて追い散らすべし。
 亦、三四尺程の鉄の鎖の先に五十匁程の玉を付けて持つべし。杖でも脇差の鞘でもこの鎖を付けて四方一面に振り回すならば皆敵を打ち払うに良い。
 第一は旅行には半弓を持つべきで辻斬り強盗に打合っても良い。
 此の居合兵法極意秘訣の書かれた明和元年1764年の事です。
 第十代徳川家治の時代です。徳川政権の中期であり、戦国期から一世紀以上経っています。
 それでも治安は不十分で、飢饉や政策の不十分さなどにより各地で農民一揆、打ちこわしも多発し、戦争は無くとも人々の暮らしは楽では無く不満は多かったでしょう。
 農民と武士との谷間のあぶれ者などが、徒党を組んで村に押し寄せた事もあったでしょうし、旅も命がけだったようです。
 無双神傳英神流の成立時期にはそれらの谷間の人々に武術を指導したともいえます。

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2018年5月13日 (日)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文2當流申伝之大事5暗夜

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
2、當流申伝之大事
5暗夜
 暗夜気遣敷所ヲ通時手頃之石ヲ三ッ四ッ袖二可入何二テモ向二見ル物當ル間敷ヲ考テ打可付先之勝也驚所二而此方ヨリ切立追散スベシ亦三四尺程之鉄之クサリノ先二五十目程之玉ヲ付ケテ可持杖ニテモ脇指ノサヤニテモ右之クサリヲ付ケテ四方一面二フリ廻スヘシ皆々敵ヲ打拂二ヨシ第一ハ旅行二ハ半弓ヲ可持辻切強盗二出合時ヨシ
読み
 暗夜気遣わしき所を通る時手頃の石を三つ四つ袖に入れるべし 何にても向うに見えるものに当てるまじくを考えて打つべし先の勝也 驚く処にて此方より切りたて追い散らすべし 亦三四尺ほどの鉄の鎖の先に五十匁ほどの玉を付けて持つべし 杖にても脇指の鞘にても右の鎖を付けて四方一面に振り回すべし 皆々敵を打ち払うによし 第一は旅行には半弓を持つべし辻斬り強盗に出会う時よし
 

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2018年5月12日 (土)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く2當流申伝之大事4山中

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
2、當流申伝之大事
4山中
 山中抔二而俄二湯ヲ呑時ワカシ様ノ事金物ナクテモ湯ヲワカス事茶碗二而モヒ杓に而モ水ヲ一杯入其上ヲ布モメン手拭ニテモ紙ナラバ五枚ホドフタ二而ツヨキ焚火之上二而アフレハタチマチ湯ト成ル口伝水ヲヒ杓二汲テイソキ走ル時モ紙二而モ布二而モ包ミ行ケバ道二而コホレズ
*
読み
 山中などにて俄かに湯を飲む時の沸かし様の事 金物無くても湯を沸かす事 茶碗にても柄杓にても水を一杯入れ 其の上を木綿手拭にても紙ならば五枚程蓋にして 強き焚火の上にて炙れば忽ち湯と成る 口伝 水を柄杓に汲みて急ぎ走る時も紙にても布にても包み行けば道にてこぼれず
読み解く
 山中などで、俄かに湯を飲みたくなった時の沸かし方です。湯沸かしの金物など無くても茶碗や柄杓などに水を口切一杯入れて木綿の手拭でも紙ならば五枚程蓋にして強い焚火の上で炙ればすぐに湯と成る。
 口伝に水を柄杓に汲んで急いで走る時も紙でも布でも包んで行けば道中でこぼれる事は無い。
 必要なものでその場に無ければ何でも工夫する事の教えでしょう。
 
 

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2018年5月11日 (金)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文2當流申伝之大事4山中

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣
2、當流申伝之事
4山中
 山中抔二而俄二湯ヲ呑時ワカシ様ノ事金物ナクテモ湯ヲワカス事茶碗二而モヒ杓二而モ水ヲ一杯入其上ヲ布モメン手拭二テモ紙ナラバ五枚ホドフタ二而ツヨキ焚火之上二而アフレハタチマチ湯ト成ル口伝水ヲヒ杓二汲テイソキ走ル時モ紙二而モ布二而モ包ミ行ケバ道二而コホレズ
読み
山中抔にて俄かに湯を呑む時の沸かし様の事 金物なくても湯を沸かす事 茶碗にても樋杓にても水を一杯入れ 其の上を布木綿手拭にても紙ならば五枚ほど蓋にして 強き焚火の上にて炙れば忽ち湯と成る 口伝 水を樋杓に汲みて急ぎ走る時も紙にても布にても包み行けば道にてこぼれず
 

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2018年5月10日 (木)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く2當流申伝之大事3捕者之大事

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
2、當流申伝之大事
3捕者之大事
 捕者之大事二階住居ナラバ先傘ヲ持上ル可シハシゴ一足二踏上リ口ニテ右之傘ヲサットヒロゲ見ル可シイナヤ其時之考見ハカライニテ打タヲスベシ何二而モ見合二器ヲ持ッテ上ルヨシ敵之色ヲ見事也口伝有
読み
 捕物の大事 二階に住み居るならば 先ず傘を持って上るべし 梯子を一足踏み 上り口にて右の傘をサット広げ見るべし 否や其の時の考え見計らいにて打ち倒すべし 何にても見合いに器を持って上るのがよい 敵の色を見る事也 口伝有り
読み解く
 捕り物の大事 二階に住み着いているならば先ず、傘を持って梯子を一足登り上り口にその傘をサット開けば其の時、相手の様子が思い描けどうすべきかの考えや計らいが出来るので、それを元に打ち倒すべきである。
 何でも場の状況次第で、その辺にある器物を持って上がり敵の様子を先ず探る事である。
 口伝有り、ですが失伝しています。

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2018年5月 9日 (水)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文2當流申伝之大事3捕者之大事

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
2、當流申伝之大事
3捕者之大事

 捕者之大事 二階住居ナラバ先傘ヲ持上ル可シハシゴ一足二踏上リ口二テ右之傘ヲサットヒロゲ見ル可シイナヤ其時之考見ハカライニテ打タオスベシ何ニ而モ見合二器ヲ持ッテ上ルヨシ敵之色ヲ見事也口伝有
読み
 捕者の大事 二階に住み居るならば 先ず傘を持ち上げるべし 梯子ひと足に踏み 上がり口にて右の傘を広げ見るべし いなや其の時の考見計らいにて打ち倒スベシ 何にても見合いに器を持って上るよし 敵の色を見る事也 口伝有り

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2018年5月 8日 (火)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く2當流申伝之大事2閨之事

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
2、當流申伝之大事
2閨之事
 閨之事不案内成所二而ハ刀ヲ抜鞘口三寸ホドノコシ居ナガラシヅカ二四方ヲ振サクル可シ九尺四方其ママ何事モシレ申候
読み
 閨之事 不案内なる所にては刀を鞘口三寸ほど残し 居ながら静かに四方を振り探るべし九尺四方そのまま何事も知れ申し候
読み解く
 閨(ねや)の事、閨の事と云えば男女の房事を云いますが、此処では寝所とでも読めばいいのでしょう。
 初めての処で暗くて様子がわからない所では、刀を鞘口三寸程残して抜切出し下緒を持って その場で静かに四方を振り廻し探って見れば 九尺四方そのまま何事か有るか無いか知れるものである。

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2018年5月 7日 (月)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文2當流申伝之大事2閨之事

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
2、當流申伝之大事
2閨之事
閨之事不案内成所二而ハ刀ヲ抜鞘口三寸ホドノコシ居ナガラシヅカ二四方ヲ振サクル可シ九尺四方其マゝ何事モシレ申候

読み
 閨之事 不案内なる所にては刀を抜き 鞘口三寸ほど残し居ながら静かに四方を振り探るべし 九尺四方そのまま何事も知れ申し候

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曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く2當流申伝之大事1門戸出入之事

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
2、當流申伝之大事
1門戸出入之事

 門戸出入之事夜中ウタガワ敷所二而ハ先足ヨリ先ヱ可出ス刀鞘供二ヌキカケテ我首之上二カフリテ出入ス可シ三方ノ(業ワイ)ワザワイ止ルナリ其上ワ時二自分自分ノハタラキ有ルベシ
*
 読み
 門戸出入之事夜中疑わしき所にては先ず我が足より先へ出すべし 刀鞘供に抜きかけて我が首の上に被りて出入すべし 三方の禍止まるなり 其上は時に自分自分の働き有るべし


 読み解く
 門戸を出入する事で、夜中疑わしき所にては先ず、我が足から先へ門戸の中に出すべし 刀を鞘と共に抜きかけて我が首の上に被りて出入するものである。
 前右左の三方の禍は止まる。その上は時に自分自分の働きを持つべきである。

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曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文2當流申伝之大事1門戸出入之事

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
2、當流申伝之大事
1門戸出入之事
 門戸出入之事夜中ウタガワ敷所二而ハ先我足ヨリ先ヱ可出刀鞘供二ヌキカケテ我首之上二カフリテ出入ス可シ三方ノワザワイ止ルナリ其上ワ時二自分自分ノハタラキ有ルべし
読み
 門戸出入の事 夜中疑わしき所にては 先ず我が足より先へ出すべし 刀鞘ともに抜きかけて我が首の上にかぶりて出入すベし 三方の禍止める也 其の上は時に自分自分の働き有るべし

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2018年5月 6日 (日)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く1老父物語5雷電その3

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
1、老父物語
5雷電その3
 惣躰足を踏み付けずに躰のいつかぬ様に浮きうきと立って右の事を行うべし敵と気分のくいあわぬ様に我はてきと別々と成る心也
 敵は〆合わせうとするを此方わ夫々移らすふわりと出合ふよしふわりとせねは右云う夫々の変出事無し
 考えるべし右のはたらきを敵がすれば此方の負けとなる事の上にて是より外の仕筋無深く工夫あるべし
 修行のこうはくと勇気とおく病と此二つのちがいばかり也
 此所は我と得道すべし外人より教がたし我が心に合点して無理に事をせず気分一ぱいにはたらき見るべし
 此上にいかぬはふたんれんか心まとひえ合点せぬか吾おく病か真剱の時は天命天運外になし
 當流印可居合柄口六寸の勝軍用の剱是口伝免べきこと此外無し
  この部分の老父物語は、足の踏み方を解いています。前回の仕筋を満足する為には足踏みは踏み付ける様ではダメだと云います。体も居付くことを嫌って浮きうきと立てと言っています。
 居付けば即座に変に応じられないものです。竹刀剣道を習われた方はどうした理合なのか、歩み足の時は爪先を床に押し付ける様にして足先から進み体は遅れて踏み出した足に乗って行きます。爪先で滑り出て、爪先を蹴って前進する、何とも不思議な歩行です。
 防具を付けた試合では、右足前で左足踵を浮かし、右足から飛び込み左足が追い足となって居付かない様に飛び込んで竹刀を振っています。
 速さと強さに頼らない前回の業の動作では、足先を浮かし踵を床から離さない浮き浮きとした摺足で居付かない事で成り立ちます。
 
 敵は自分の業に掛かる様に我を誘導して来るので、何をするか分からない「フワリとした出合い」を心懸けろ。
 是等を考えないで、敵が行えば此方の負けと云います。古流剣術は「かたち」バカリ出来ても術が決まらなければ斬られてしまうのです。
 全身が其の業をなすために活躍して呉れなければならないのです。
 修行の厚い薄い、勇気と臆病の二つの違いを理解しろと云いています。修行を重ね本物を身に付け勇気をもって応じろというのでしょう。
 
 この心得は自分で得道することであって他人では教えられない、自分の心で合点せよと云います。
 できもしないのに無理しても役に立たない、今の力を出し切るだけだ、その上でダメなのは、鍛錬足らずか、心が迷い、合点して居ないか、臆病かであろう。
 真剣での勝負では天命天運以外に無いよと突き放されます。
 当流の印可は居合に依る柄口六寸の軍用の剱である、是は口伝だから、このほかには無い。この教えの通り修行せよと云います。
 この無双神傳英信流居合兵法の失念した極意「柄口六寸は敵の柄口也」別のところで読み解きます。

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曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く1老父物語4雷電その2

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
1、老父物語
4雷電その2
 雷電 両方八相にて打合敵我が右をうくれば亦左え打所を此方より打落し跡え引き敵打をはずし亦引上げ下げ曲尺合心に能々修行無くては成り難し
 太刀おっ取てするするとゆく故切ればきるべし切らずば切るまじ
 亦するすると行かずして身を沈み車にかまえ敵切ってかゝる其拍子をうけず其間合を勝事我心に浮み我より出づべしと知るべし
 亦太刀をあだ切をして二の太刀にて勝位も有是も我より気にのりてゆくべし
 亦相懸にて敵来る時先に敵の太刀をころして勝位有古人和卜刀とも云えり
 亦敵先に切って懸る時左右えひらき勝位有り、みな我気のはたらき也
 亦太刀を敵え差懸切らせて引きすかして跡を切位有
 亦時によりて青眼にかまえて身を能くかこい敵より切一度にすり込鍔きわにて勝位有
 亦敵打時我が太刀をかぶり請又はうけ流して勝位有
 亦敵打時身をしずみちんたいにて敵の手首を打払いて勝位有
 亦中墨を打ち払ひて勝位も有
* 
 ここは、雷電についての様々な展開を書いているようです。然しよく読んでみると前回までの二刀によるものとは違う様です。
 両方八相に構え打ち合う、敵我が右を打って来るので請ければ、亦左へ打込んで来る処を、此方から打ち落してしまい、後に退て敵の打ちを外し、亦上、下と打ち合う間合いの心持ちは能々修行しなければ会得し難いものである。
 太刀を取ってスルスルと間に接するので、切れば切る、切らずば切らずの心持ちである。
 亦、スルスルと行かずに、身を沈めて車に構える、敵切って懸かるその拍子を敵刀を受けずにその敵の切って来る間合いを期して勝事、是は我が心に浮かび上がりむしろ我から斬りかかって勝つものと知るべきである。敵の斬り間は我が斬り間です。車に構えれば左肩を敵にさらす様な構えですから敵が左肩に斬り込んで来る拍子に敵の小手に斬り込み勝。
 是は真陰流(新陰流)の三学円の太刀一刀両断を思わせます。
 
 次の亦、「太刀をあだ切をして二の太刀にて勝」は、八相から大きく斬り込む風にして、敵が受けずして外すや、空を斬った太刀を残して誘いう、あるいは斬り流して誘い、ここぞと斬り込んで来る処を筋を替って斬り込み勝。
 これも真陰流(新陰流)の九箇の必勝か逆風であろうと思います。
 
 次の亦は「古人和卜とも云えり」と業名を先に出しています。これも真陰流(新陰流)の九箇の太刀の四本目和卜であれば敵は上段から我が青眼に構える左拳に打ち込んで来るのを、太刀を上げずに打ち落し敵の喉に切先を付けて勝。打ち込んで来る敵の太刀に十文字に乗って打ち落すとでも言ったらいいのでしょう。太刀を上げて叩き落すのでは、落すと同時勝にはなれません。
 
 次の亦、「敵先に切って懸る時左右え開き勝」は高く八相に構える左肘を斬って来るので左肘を引き付けて外して右に踏込み左と踏込み、打ち外された敵の左拳を上から切り下ろす。元に戻って、左肘を再び深く切って来るので左足を左前に踏込み体を左に披き上から敵の右腕に斬り下ろす。
 これは真陰流(新陰流)の天狗抄の花車とも言えます。「みな我気のはたらき也」と添えられています。敵の太刀に触れる事無く、外すや斬るの一拍子です。
 次の亦、「太刀を敵え差懸切らせて引きすかして跡を切る」この「太刀を敵え差懸け」がどのようなものかで悩みます。竹刀剣道などでは、敵に突き込む様にして払わせて其の拍子に乗って打つ、などの事も有るでしょう。
 ここは、真陰流(新陰流)の業の様ですから、太刀を払わせるのではお粗末です。そこで敵に太刀を持った拳ごと差し懸け、ここぞと拳に切り込んで来るのを外すや斬り込む、九箇の太刀の十太刀かくねり打ちが該当しそうです。
 次の亦は、「時によって青眼に構えて身を能く囲い敵より切一度に摺り込み鍔際にて勝」は青眼ですから真陰流(新陰流)であれば、切先は敵の左眼に付け、左拳は左脇前、右拳は正中線上でしょう。
 是で身を能く囲い、になりました。敵より左拳を切って来るので其の拍子に先ほどの和卜の要領で敵刀を落とし鍔際から摺り込み喉を突く。これは天狗抄の明身の様です。
 次の亦は、「敵打時我が太刀をかぶり請亦はうけ流して勝位有」といいます。敵が打ち込んで来るのを請けて廻し打ちして、あるいは請けるや請け流して打込むのでしょう。いずれも敵の打ち込む刀を受ける拍子を捉えて打ち込む、のですがこれは真陰流(新陰流)の基本でしょう。
 廻し打ち、はね打ち、によるものの様です。
 次の亦は、「敵打時我身を沈み沈躰にて敵の手首を打ち払ひて勝」是は先ほどの九箇の十太刀のくねり打ち、あるいは三学円の太刀の半開半向で青眼に構えた左拳を切って来るので左手を右上腕に引き付け敵の斬り込みを外すや腰を落とし膝をぐっと下げる様にして敵の手首を斬り払う。
 次の亦は、「中墨を打拂ひて勝」。この中墨の言葉は中心軸(正中線)と云えばいいのでしょう。真陰流(新陰流)の使いでしょう。これは抜けがありすぎて思いつくことが出来ません。
 新陰流の独特の「合し打」が語られていません。双方上段から真向に斬り下ろします。敵が我が真向に打ち込んで来るのをわずかに遅れて同様に斬り込み敵太刀を打ち落して敵の真向を斬り下ろす極意業です。「中墨を打拂う」の払うが気になります。
 此処までの読み解くは、この古伝を研究するに当たり、尾張柳生新陰流の名古屋春風館道場の関東支部長赤羽根龍夫、大介父子に入門し学んでいます。
 江戸初期から中期の他流にも同様の業は存在するかもしれませんが、土佐に持ち込まれた無双神傳英信流居合兵法は第九代林六太夫守政が江戸で身に付けたもので、剣術の師匠は真陰流の大森六郎左衛門と明記されています。
 真陰流・新陰流の違いは不勉強ですが上泉伊勢守信綱の流であれば柳生新陰流が脈打っていても間違いないでしょう。
 
 
 
 
 
 
 
 

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曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く1老父物語3惣捲

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
1、老父物語
3惣捲
 総捲 片手に持打込左の手に而とらゆるつりあい大事
*
 この短い文章は雷電の続きかも知れません。
 日本刀はこの時代太刀を両手で持つものとして作られています。平安時代には片手打ちの太刀も使われていたかと思いますが、敢えて「片手に持ち打込」・「左の手に而とらゆる(捕ゆる)」・「つりあい(釣合)大事」と右手に太刀、左手に小太刀を示唆してその扱いは左右(太刀と小太刀)の釣合いが大事と云うのです。
 前回の雷電の二刀の構えは無形から、小太刀で左眼を差し、太刀で右眼を差す、小太刀の切先に太刀を乗せる様にして肩の高さ位で詰めていく、円明流の円曲の構えをして見ます。
 相手は我が円曲の構えで攻めて来るので、太刀と小太刀の交点を上段から叩き落としに来る。
 我は、円曲を解いて交点を開き相手の太刀に空を斬らせる、相手再び上段に振り冠らんとする所を小太刀で押さえ、同時に太刀で相手の左面なり首を打つ。
 この左右の釣合が大切だというのでしょう。
 小太刀で相手の打込みを受けるとか、小太刀で相手の振り上げんとする太刀を押えるなど小手先の事ではすぐに崩されてしまいます。
 左の手の内はもちろんの事、切先から腕、肩、背骨、腰、膝、足までが十分働かなければ請け太刀にはなりません。
 請けるや否や、右手の太刀で思う所に斬り込んで制するわけですからその釣合いは自得する以外に有りません。
 稽古では易しく打込んでくれますが、それでは術を得る事は出来ず、形ばかりの真似事になってしまいます。
 形を申し合わせの演武位に考える人には「かたちをまねられてもくずされる」事が理解できないでしょう。
 形は本来剣術の術理を充分稽古し身に付けて、即座に応じられる術を学ぶものです。
 形に依る術理を疎かにした者が勝てるのは、「強くて速い動き」ばかりです。これでは、年と共にたちまち元気旺盛な若者に打ち負かされてしまうか、体を壊して役立たずになってしまうでしょう。そんなものは武術ではありません。
 武術は死ぬまで進化しなければ、意味の無い棒振りです。

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曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く1老父物語2雷電その1

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
1、老父物語
2雷電その1
 雷電 片手に持ひっさげ敵の両目へ突込むや否や跡へ引き 亦 敵打ちかくる処を請込 敵の右の足を打ちはずし打也 是極一刀石甲万字軍用の太刀 口伝大事
 この雷電は片手で刀を持ち、右手に太刀、左手に小太刀を持ち無形の構えを想像させますです。そうでなければ「敵の両目へ突き込む」に続きません。
 僅かに右足前、右手に太刀を切先を右足の線上、左手に小太刀を切先を左足の線上に引っ提げて立つ。
 スルスルと間を詰め乍ら小太刀の刃を外向けにして相手の右眼に付け、太刀も同様にして相手の左眼に付けて間境に至りぐっと右足を踏み込み突き込むや否や右足を退いて間を外す。
 相手打たんとする所を間を外されて右足を踏み込み、我が頭上に打ち込んで来る処を左足を踏み出し同時に小太刀で相手の太刀を左半身で請け、右足を踏み替え右半身で相手の右足膝に打込み勝。
 「敵の右の足を打ちはずし打也」の処は、相手の右足を「打ち払う様に打つ」と解釈すれば、体を右、左と躱しながら応じる。
 是、極め(是極)の一刀である、石甲は折甲で体当たりする。
 万字は卍、四方八方とも受け取れます。
 軍用の太刀は、想いが及びません。
 口伝があるからよく聞いて置けとでもいうのでしょう。
 
 二刀であれば、宮本武蔵を描きます。此の当時の真陰流が柳生新陰流であれば、尾張柳生に伝わる宮本武蔵の円明流が近そうです。
 

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曽田本その1の5居合兵法極意秘訣読み解く1老父物語1

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣読み解く
1、老父物語
読み解く
 「老父物語を書付置久しき事故失念之事多しあらまし此の如覚候儘記申也」
 この書き出しで始まる「居合兵法極意秘訣」は難解です。何を言っているのかさっぱり解らず、曽田先生の文字とにらめっこするばかりです。
 読めても意味が解らないのは、「かたちは出来ても剣術にならない」のと同じです。何処を斬っているのか不思議な居合みたいです。言われた通りやっているのにぼこぼこにされこれでは、かたなど無い方がましです。
 この居合兵法極意秘訣を書き残したのは林政詡記「明和元申歳猛冬吉辰賜之」と末尾の奥書があります。
 土佐の居合の第十代林安大夫政詡が之を書いて明和元年申歳1764年甲申(つちのえさる歳)猛冬吉辰(もうとうは10月の辰の日)に、第十一代大黒元右衛門清勝が之を第十代林大夫政詡から賜ったのでしょう。
 老父とは第十代林安大夫政詡の父第九代林六大夫守政の事でしょう。九代が語ってくれたことを十代が思い出しながら書いて十一代に贈ったものなのでしょう。
 老父の第九代林六大夫守政は寛文2年1662年生まれ享保17年1732年に70歳で亡くなっています。
 第十代林林安大夫政詡が「居合兵法極意秘訣」を書き記したのが明和元年1764年ですから、第九代林六大夫守政の死後32年後の事になります。
 「久しき事故失念之事多し」も素直な書き出しです。
 「あらまし此の如く覚え候儘記し申す」大凡このようだったと覚えているまま書いておくよと言います。
 神傳流秘書は業の手附で技の手順などを書きあらわしたものですが、これは日常の武士の心得や業の術理を述べています。
 現代居合では、指導出来る人も無く学べない、戦国時代の名残を持つ江戸中期の心得や今では迷信扱いされることなども含まれています。
 始祖林崎甚助重信公も長谷川英信や荒井勢哲なども、城主でもなく主を持たない武士と農民の堺を生きた武術家だったと思われますのでその身分は低いもので高度な戦術や政治論には至っていません。林六大夫守政も料理番です。
 読み進みますと、剣術の術理に於いては学ぶべき内容が豊富に書き込まれています。第九代林六大夫守政の剣術の師匠は大森流の創始者大森六郎左衛門です真陰流(新陰流?)がチラつきます。
 宮本武蔵の二刀の心得も何処で誰に習ったのかチラつきます。
 神傳流秘書の大森流居合之事の書き出しに「此の居合と申すは大森六郎の流也、英信に格段意味相違無き故に話して守政翁是を入れ候、六郎左衛門は守政先生剣術の師也、真陰流也、上泉伊勢守信綱之流五本の仕形有と言う、或は武蔵守卍石甲二刀至極の伝来守政先生限りにて絶(曽田メモ 此の五本の仕形の絶えたるは残念也守政先生の伝書見当たらず)」
*
上泉信綱之流五本は恐らく三学円の太刀による五本(一刀両断・斬釘截鉄・半開半向・右旋左転・長短一味)でしょう。柳生新陰流ならば時代的には古流の三学でもその江戸遣でも尾張遣でも可能ですが真陰流ならば戦国期の名残の濃いものかも知れません。
 「思いつくままに」読み進んでゆきます。
 
 

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2018年5月 5日 (土)

曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文1老父物語2読み下し

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
1、老父物語原文
2読み下し
 老父物語を書き付け置く、久しき事故失念の事多し、あらまし此の如く覚え候まま記し申す也
 雷電、片手に持ち引っ提げ敵の両眼へ突き込むや否や跡へ退き亦敵打かくる処を請込、敵の右の足を打弛し打つ也
 是極一刀石甲万字軍用太刀口伝大事
 惣捲り片手に持ち打込み左の手にて捕らゆる、釣合い大事
 雷電、両方八相にて打ち合う、敵我が右を打ち、受ければ亦左へ打所を此方より打ち落し跡へ退く、敵打つを外し亦打つ、引き上げ下げ、曲尺合心に能々修行なくては成り難し、太刀おっとってスルスルと行く、敵切れば切るべし切らずば切るまじ。
 亦スルスルと行かずして身を沈み、車に構え敵切って懸かる其拍子を受けず其間合いを勝事我心に浮かび我より出べくと知るべし
 亦太刀をあだ切をして二の太刀にて勝つ位も有り、是も我より気に乗りて行くベシ。
 亦相懸かりにて敵来る時、先に敵の太刀を殺して勝位有り、古人和卜刀とも云えり
 亦敵先に切って懸かる時左右へ開き勝位有り皆我が気の働き也
 亦太刀を敵へ差し懸け切らせて引き空かして跡を切る位有り
 亦時に依りて青眼に構えて身を能く囲い敵より切一度に摺り込み鍔きわにて勝位有り
 亦敵打つ時我が太刀を冠り請け、亦は請け流して勝位有り
 亦敵打つ時我が身を沈み沈体にて敵の手首を打拂いて勝位有り
 亦中墨を打ち払いて勝位も有り惣躰足を踏み付けずに躰の居着かぬ様に浮き浮きと立って右の事を行うべし、敵と気分の喰い合わぬ様に我は敵と別々となる心也、敵は〆合わせようとするを此方は夫々に移らす、ふわりと出合うよし、ふわりとせねば右云う夫々の事出る事無し考えるべし。
 右の働きを敵がすれば此方の負と成る事の上にて是より外の仕筋無し、深く工夫有るべし。
 修行の厚薄と勇気と臆病と此の二つの違いばかり也。此の所は我と得道すべし、外人より教え難し、我が心に合点して無理に事をせず、気分一杯に働き見るべし、此の上に行かぬは不鍛錬か心惑い得合点せぬか吾臆病か真剱の時は天命天運外に無し、當流の印可居合柄口六寸の勝、軍用の剱是口伝、免るべき事この他に無し。

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曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文1老父物語1

曾田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文
1、老父物語
1老父物語
 老父物語ヲ書付置久敷事故失念之事多シ荒増如此覚候侭記申也
 雷電、片手二持ヒッサケ敵ノ両眼ヱ突込否跡ヱ引亦敵打カクル処ヲ請込敵之右ノ足ヲ打ハズシ打也是極一刀石甲万字軍用太刀口伝大事
 惣捲片手二持打込左ノ手二而トラユルツリ合大事
 
 雷電両方八相二而打合敵我ガ右を打ウクレバ(受クレバ)亦左ヱ打所ヲ此方ヨリ打落シ跡ヱ引敵打ヲハヅシ亦打引上ゲ下ゲ曲尺合心二能ク修行ナクテハ難成
 太刀於ッ取テスルスルトユク敵切レバキルベシ切ラズバ切ルマジ亦スルスルト不行而身ヲ沈ミ車二カマエ敵切ッテカヽル其拍子ヲウケズ其間合ヲ勝事我心二浮ミ可出ッ與我知ベシ
 亦太刀ヲアダ切ヲシテ二ノ太刀二而勝位モ有是モ與我気二ノリテ行ク可シ
 亦相懸二而敵来ル時先二敵ノ太刀をコロシテ勝位有古人和卜刀トモ云ヱリ
 亦敵先二切ッテ懸ル時左右ヱヒラキ勝位有リ皆我気ノハタラキ也
 亦太刀ヲ敵ヱ差懸切ラセテ引キスカシテ(空ヲ切ラセテ)跡ヲ切位有
 亦與時而青眼二カマエテ身ヲ能クカコイ敵與切一度二スリ込鍔キワニテ勝位有
 亦敵打時我ガ太刀ヲカフリ(冠)請亦ハ受ケ流シテ勝位有
 亦敵打時我身ヲシズミチンタイニテ敵之手首ヲ打拂ヒテ勝位有
 亦中墨ヲ打拂ヒテ勝位モ有
 惣体足ヲ踏不附躰ノイツカヌ様二浮キウキト立ッテ立右之事ヲ行フベシ敵ト気分ノクヒアワヌ様二我ハテキト別々ト成心也敵ワ〆合ワセウトスルヲ此方ワ夫々移ラスフワリト出合フヨシフワリトセ子ハ右云夫々ノ変出事無シ可考右之ハタラキヲ敵ガスレバ此方ノ負ト成ル事ノ上ニテ是ヨリ外ノ仕筋無深ク工夫有ㇽ可シ
 修行ノコウハク(厚薄)ト勇気トオク病ト此二つノチガイバカリ也
 此所ハ我ト得道スベシ外人ヨリ教ガタシ我ガ心二合点而無理二事ヲセズ気分一パヒ二ハタラキ見ル可シ此上二イカヌワフタンレン(不鍛錬)カ心マドヒヱ合点セヌカ吾ヲク病カ真剣之時ハ天命外二ナシ當流ノ印可居合柄口六寸ノ勝軍用ノ剱是口伝可免事此外無シ
読み次回
 

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曽田本その1の5居合兵法極意秘訣原文書き出し

曽田本その1
5.居合兵法極意秘訣原文・読み解く
書き出し
目録口授覚
    山川幸雅
印可口授覚
 
居合兵法極意秘訣
(英信流居合口授秘訣)
(戦火の為原本焼失せるならん 写本であるが恐らく之が原本だろう)
読み解く
 昭和20年7月高知への米軍による無差別爆撃によって原本は失われ、是が原本だろうと曽田虎彦先生は書き込まれています。
 曽田先生は戦後昭和25年1950年に亡くなられています。
 その後昭和57年1982年に夢想神傳流の木村栄寿先生によって細川家から借りられた伝書を元に発行された「林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流傳書集及び業手付解説」で、此の伝書も新たに陽の眼を見ています。
P65~P92に相当し「老父物語を書置・・」に始まるものです。
 お陰様で、曽田本との対比も出来、木村栄寿本は解説がありませんので、ここで拙いながら解説を施し、土佐の居合の根元に触れる事が可能となり後世に引き継げる武術の有り様を目の当たりに出来ます。
 既に神傳流秘書の居合の解説などに先取りさせて解説をしておりますが改めて書き下ろして見たいと思います。
 
 

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2018年5月 4日 (金)

曽田本その1の4居合根元之巻読み解く6小藤亀江伝来の目録後書

曽田本その1
4.居合根元之巻読み解く
6、小藤亀江伝来の目録
後書
右九ヶ條者深秘之極意也非真實之人者努々不可有相伝者也
無雙直伝英信流居合就多年御熱心太刀次悉令相伝□ 向後御嗜専要候御所望之仁於有之者兼而其之人之取四罰文御指南尤可仍許免之状如件
 明治三十四年六月十五日  
 谷村樵夫 自庸
 小藤亀江殿
読み解く
 右九ヶ條は深秘の極意也 真実の人に非ざれば努々相伝有るべからずのものなり。
 無双直伝英信流居合を多年御熱心に就き太刀次悉く相伝せしむ 向後 お嗜み専ら要し候 御所望の仁之有るに於いては かねてその人の四罰文を取り御指南し 尤もにつき免許の状よって件の如し
 明治三十四年(1901年)六月十五日
 谷村樵夫 自庸
 小藤亀江殿

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2018年5月 3日 (木)

曽田本その1の4居合根元之巻読み解く6小藤亀江伝来の目録27獅子之洞出之大事28獅子之洞入之大事

曽田本その1
4.居合根元之巻読み解く
6、小藤亀江伝来の目録
23無雙直伝英信流居合目録
居合心持肝要之大事
1、捕手和合居合心持之大事
2、立合心之大事
3、太刀目附事
4、野中之幕之大事
5、夜之太刀之大事
6、閨之大事
7、潜り之大事戸脇之事
8、獅子之洞出之事
9、獅子之洞入之事
読み解く
 獅子洞入、獅子洞出として古伝に有ります。
 獅子洞入
 是以戸口抔を入るの習い也其の外とても心得あるべし
 或は取り籠り者抔戸口の内に刀を振り上げて居るときは容易に入る事不能
 其の時刀を抜いて背に負うたる如くに右の手にて振り上げ左の手にて脇差を下げ俯きて戸口を入るべし
 上より打込めば刀にて防ぎ下をなぐれば脇差にて留る、向うの足をなぐべし
 獅子洞出是以て胴出入の心得を知らす也
戸口などを出入する場合の心得として、入り口の奥で刀を振り上げて待つ敵が居る途察したらば、刀を右手に持って背に負う様に持ち、脇差は下げて俯いて戸口を入る。
 上から切り下ろされたならば刀で防ぎ、下をなぐってきたら脇指で留める。相手の足を薙ぐべし。
 出入共に使える心得である。
 
 

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2018年5月 2日 (水)

曽田本その1の4居合根元之巻読み解く6小藤亀江伝来の目録26潜り之大事戸脇之事

曽田本その1
4.居合根元之巻読み解く
6、小藤亀江伝来の目録
23無雙直伝英信流居合目録
居合心持肝要之大事
1、捕手和合居合心持之大事
2、立合心之大事
3、太刀目附事
4、野中之幕之大事
5、夜之太刀之大事
6、閨之大事
7、潜り之大事戸脇之事
8、獅子之洞出之事
9、獅子之洞入之事
・読み解く
古伝では「泳之大事 附 戸脇」があります。
 旅にても常にても夜寝るに気がかり感ずる其の家に戸框抔あらば、其の戸框の内に手水鉢か亦桶の類にても置くべし、不意に入り来る者は是につまずき騒動するなり其所を仕留る也
 惣じて首より先へ入るをきろう足より先へ入るべし
 
 附けたり、戸脇と云うは夜中に戸口を入るに必ず内裏我を切らんと心懸けて戸脇に振り上て居ると思うときは、直に戸口を入る事無く、杖抔を持合たらば其れをちらりと内へ差し出し見べし、もし内に待ち設けて居るときは夜中の事なれば必ず其れに切り付くべし杖を出して見てかっちりと何ぞ當らば其のまま内に飛入るべし
 猶予否やする時は害有りかっちりと當るや否や飛び入るときは二の太刀をかえすに暇無き故害せらるる事なし
 潜りの大事なのか泳ぎの大事なのか、何れでもない夜中に戸口を中に入る心得です。戸の框の辺りに手水鉢や桶があれば置いて、不意に踏み込んで来てもつまずいて騒ぐので其処を斬る。大方首から入らずに足から入って来るものである。
 附けたりとして、戸脇では中に入ろうとする時、刀を振り上げて待ち受けていると思う時、直ぐに入らずに杖などを持って居たならば、それをちらりと差し出して見る。もし待ち受けているならばそれに切りつけて来るので、かちりとあたってくれば、其のまま飛び込んでしまう。
 敵は二の太刀を振るう暇がないので害せられることはない。
 

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曽田本その1の4居合根元之巻読み解く6小藤亀江伝来の目録25閨之大事

曽田本その1
4.居合根元之巻読み解く
6、小藤亀江伝来の目録
25無雙直伝英信流居合目録
居合心持肝要之大事
1、捕手和合居合心持之大事
2、立合心之大事
3、太刀目附事
4、野中之幕之大事
5、夜之太刀之大事
6、閨之大事
7潜り之大事戸脇之事
8、獅子之洞出之事
9、獅子之洞入之大事
読み解く
6、閨之大事
 古伝「居合心持肝要之大事」の5番目に「閨之大事」があります。
 旅抔に泊る時夜中気遣敷時か又常にも用心有る時は、先ず笄隠しを用べし、笄隠しと云うは行燈の土器に楊枝を横に渡し笄を火の上にそっと置く也、火消たる如し、入用なれば笄を除くれば火明か也。
 扨其間に戸口あらば畳を一枚はぎて其の戸にもたせ楊枝を柄にして置くべし、外より戸を明くれば楊枝に畳もたせて有る故に畳速やかに倒るゝ也、寝て居ると云え共其の音に驚かずと云う事なし。
 また急なる時は我は座の隅に座し、寝床は座の真中に我が伏し居る如くに見せて置くべし。
 亦ゆるやかなる時は、四方より糸を十文字に引渡し其の糸を入口の戸に付け置て、茶碗に茶を入れ其の茶碗を糸の十文字の違目にからめ付、我が顔をその茶碗の下へやりて寝るべし、外より戸を明る(開ける)時は、糸動く故其水こぼれて我が面に落る故驚くなり、是を夢間の寝覚と云う也。
 又常にいため紙の水呑を拵て四方に穴を明て懐中すべし、右の茶碗の代わりに用いる也、尤枕本に大小を置くことなく、刀の下緒に脇差を通し刀の下緒の端しを手に持て寝べし火急のとき大小を否や取って指すに宜し。
 旅などで気遣わしい時の用心の方法を述べています。行燈の土器に楊枝を渡してその上に笄をのせて火が消えた様にして置き、事あれば笄を取り外せば明るくなって応じやすくなる。
 畳を一枚、楊枝を支えにして入り口の戸に立てかけて置けば、外から戸を開けても畳が倒れてその音に驚いて目が覚める。
 急に危険を察知したら部屋の隅に座し、寝床は部屋の真中に寝て居る様に見せかけて置け。
 直ぐに襲われると云う事でもないならば、糸を戸に付け十文字に部屋に引き渡して置いて十文字の交点に茶碗に茶を入れて吊るし、その下に寝れば、外から戸を開ければ茶がこぼれて驚いて気が付く。是を夢間の寝覚めと云う。
 いため紙で水呑を拵ておいて四方に穴を開け茶碗の代用とする。
 枕許に大小を置かずに刀の下緒に脇差を通して置いて、下緒を手に持って寝れば急な時にも応じられる。
 方法はともかく、なんとなく危険を感じる時の用心はして置くべきでしょう。地震や水害、不意の侵入者など現代にも通じる心得ですが、疎かにしているようです。
 せめて枕元に懐中電灯、携帯ラジオ、携帯電話、2日分ぐらいの食糧、雨具や防寒具。あれもこれもと思う間に疎かになっています。

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曽田本その1の4居合根元之巻読み解く6小藤亀江伝来の目録24夜之太刀之大事

曽田本その1
4.居合根元之巻読み解く
6、小藤亀江伝来の目録
24無雙直伝英信流居合目録
居合心持肝要之大事
1、捕手和合心持之大事
2、立合心之大事
3、太刀目附事
4、野中之幕之大事
5、夜之太刀之大事
6、閨之大事
7、潜り之大事戸脇之事
8、獅子之洞出之事
9、獅子之洞入之事
読み解く
5、夜之太刀之大事
 古伝「居合心持肝要之大事」の5番目も「夜之太刀」ですから同じものと判断してもいいでしょう。
夜之太刀
 夜中の仕合には我れは白き物きを着るべし敵の太刀筋能見ゆるなり場合も能知るゝものなり放(ハズレ)口もなり安し白き肌着抔を着をたらば上着の肩を脱ぐべし構えは夜中には下段宜し敵の足のを薙ぐ心得肝要なり或は不意に下段になして敵に倒れたると見せて足を薙ぐ心得も有る可し
 夜中に仕合うには、我は白い物を着るのが良い、敵の太刀筋良く見えるし、場の状況も良く知れるものである。放し口(外し口)も容易である。
 白い肌着などを着ているならば上着の肩を脱いでおくのが良い。
 構えは夜中には下段が良い、敵の足を薙ぐ心得を肝要とする。不意に下段にすれば敵は倒れたと思う隙に足を薙ぐ心得も持つものである。
 白い着物は敵からも見付けやすい筈ですが、かえって敵の状況や周囲の状況が判断しやすいと云います。真っ暗闇ではどうかと思いますが、多少の光があれば白い着物に反射して見やすいというのでしょう。
 夜中の構えは下段が良いと言っています。見ようとすれば上ばかり気にする、其処を足を薙げというのでしょう。
 不意に下段にすれば敵は我が倒れたと思うので隙をついて足を薙ぐのだとも言っています。状況次第ではあり得ることかも知れません。この辺は素直に受け取って孫子の「兵は詭道なり」を考える処でしょう。
 河野先生の居合の哲学は、一方的先制攻撃を嫌っていますが、少々考えさせられます。
 敵が害意をもって攻撃して来たので機先を制して先制攻撃する、そのために腕を磨くのは大切な事です。
 しかし、それではただの早い、強いばかりの稽古に過ぎずより早い強い者には勝てない事になってしまいます。
 居合の鞘の内の理念「相手を圧する心意気を以て鞘放れの瞬時に相手を制すること、これ即ち居合の生命にして鞘の内と言う」、」抜刀する以前に為す勝つべき施策が術となるはずです。
 
 「兵は詭道也」は、戦闘行為は敵を欺く行為でもあります。不能であるように見せたり、不用のものと思わせたり、近いにもかかわらず遠くに見せたり、遠いものを近く見せたり、敵に利がある様に思わせ誘い込んだり、攪乱したり、充実していない様に見せたり、強いのに弱く見せたり、敵を驕らせたり、・・、隙を見せて敵の弱点を突く、や、不意の攻撃などによって戦術は成り立つものです。
 
 
 
 
 
 

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2018年4月26日 (木)

無双直伝英信流の型 終りに

無双直伝英信流の型
終りに
 この大江先生・河野先生・福井先生の教本に依る「無双直伝英信流の型」のブログをアップしました処、先師を名指しで揶揄している、道を学ぶものとして不遜では無いかと仰る方もおられた様です。
 このブログは、「思いつくままに」を表題としています。然し決して頭で勝手に考えた事を書き連ねているわけではありません。
 資料を掲げそれに基づいた私見を述べるのは当然の事です。資料も読まず、稽古も疎かな人にとやかく言われるものではないでしょう。
 
 何故そうする、理解できない、教本は有っても読まないでビデオだけですまし、其れも疎かにしてへぼな指導者に教えを受けてさらにへぼになる。
 何故を問えば「こう習った」としか答えられない。
 ひどいのは「ビデオでそうだった」と言われて愕然としたものです。
 
 大江先生は明治維新で消えそうになった土佐の居合「無双直伝英信流居合」を新たに興された中興の師であり、その教えは今にしても生きています。
 河野先生は、戦後の混乱の中で門外不出などと思っている時代錯誤の土佐人に変わって全国に居合を精神も含めて広められたのです。
 福井先生は、土佐に宗家をと意地悪な人達の中で、全国に広まったものを土佐に埋もれさせずに一人奮闘された方でもあったでしょう。しかも、河野先生の居合心と形を忠実にその教本「大日本居合道図譜」に随って指導されたのです。
 
 此のブログを書かざるを得なかったのは、ある地区の組太刀を拝見して、「何故そうする」の疑問がふつふつと沸き上がり、大江先生や河野先生、福井先生の教本がありながらそれを無視している事。
 ビデオを見て勝手に解釈した半端な指導者の教えを良しとして地区指導にあたり、いつの間にか組太刀を演舞にしてしまったのが悲しくて仕方がなかったのです。
 土佐英信流の組太刀を書かれた大田次吉先生が「弟子たる者師匠の出来ない事でもやれ」と仰った言葉を思う時「教本に書かれた事が全てである、師匠の動作では不十分な処もあろう、教本をよく読み、よく考えて修行せよ」との意味もあると思うのです。
 武術を口にしながら武術を学ばない「事」への反発心の為せるものです。
 
 今日の日本の状況を眺めて、最も日本人らしいが、反面世界に対応できない愚者を生み出す「間違っていても上司の方針に従う事」によって「安住の地としての居場所を求める」情けない封建時代の名残や先の大戦時の心根に由来すると思えて仕方がありません。
 そして、我慢できなくなった者によって「内部告発」され、恥をさらし信頼を失う事が日本企業に頻繁です。
 それが、この居合と云う日本の伝統ある古典武術の世界にも、あやまちを押し通す輩によって脈々と宿っています。陰でグダグダ云う高段者や古参にうんざりしています。
 「嘘や、誤りで何が出来る、本物を求め、議論も出来ない、批判もさせない者に武術を学ぶ資格はない」位の根性がほしいと思ったものです。
 そして、「何故」と問えば、「福井先生の教えに従った」と返されて、其れならば徹底的に資料を集め本物は何かを求めた次第です。
 
 この「無双直伝英信流の型」のブログに幾つもその地区の「勝手な解釈」として掲載してあります。
 勝手に解釈して福井先生と異なる運剣動作を自分の道場内で行うのは勝手ですが、何も解らない初心の者に其れも他道場の者にも推奨するのはどうかと思います。
 我々のやり方が正しいというならば、その手附を教本として世に問い、福井先生の教本と異なる理由も明確にされ指導すべきでしょう。
 
 形は、申し合わせの踊りではありません。まして演武会用の出し物ではありません。形を稽古して他流にも勝てるだけの力量を求められている事を忘れてしまえば、時代劇を演ずる役者に劣るとしか言いようは有りません。
 居合という一人演武で何をしているのか、何処を切っているのか武的演舞を得々と演ずる踊り手が、形を正しく学ぶ事によって、魅力ある武術を修業する姿を見たいものです。
 
「思いつくままに」
 2018年4月26日にアップした投稿に2018年5月8日一部加筆訂正して投稿いたしました。
 
 
 
 

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2018年4月25日 (水)

無双直伝英信流の型  福井聖山先生の看取り稽古の7真方の3

無双直伝英信流の型
福井聖山先生の看取り稽古の7真方の3
参考資料
福井虎雄聖山平成3年1982年太刀打之位ビデオ
その他
打太刀八相、仕太刀中段にて前進す。
 平成21年、24年のある地区の演武会のビデオで稽古して見ます。
 先ず21年のビデオから、仕は右足前の中段、打は左足前の八相。八相は剣道型の八相です。
 重岡昇先生監修の全解日本剣道形より。
 「諸手上段の構えから、そのまま右拳を肩のあたりまで下ろした形で、刀をとる位置は、鍔を口の高さにし、口からほぼ拳一つ離す。構えるときは、左足を踏み出し、刀を中段から大きく諸手左上段に振り被ぶる気持ちで構える。刃先は相手に向ける」
 ビデオでは、6本目の受流より双方中段で五歩下がっています。仕は下った位置で中段、打は左足を踏み出し八相に取りつつ右足を退く。
 剣道形の八相ですから一刀流の八相でしょう。解説では「左足を踏み出し・・」で足の踏み替えは文章上見られません。
 間合いを保つには、右足前で中段で元の位置に戻ったら、右足の位置に左足を踏み揃え、左足の位置に右足を退き、相手との間を保つべきです。
 間に接するや打太刀上段となり真向に斬込まんとするを、仕太刀機先を制して右足を踏込み上段より敵刀諸共その真向に斬下して勝つ。
 打太刀は左足より一歩退き第一本目の要領で受ける。
 
24年のある地区のビデオです。
 打は左足前で剣道形の八相、仕は右足前で中段。双方同時に出足から歩み寄ります。仕の足裁きが、爪先で滑り出る是も竹刀剣道の歩み足でしかも中段の構えで上体を稍々前懸りにして大股に進むようです。中段から打の喉元を突く気なのでしょう、そこで上体が前に伏せる様になるのでしょう。
 打は左・右・左と出て右足を左足に揃えると同時に上段に振り冠っています。この上段は切先上がり45度の大上段です。
 右足を踏み込み斬り込まんとしたが仕に圧せられて踏み込めず上段になったというところを演じたのでしょう。
 打が上段に振り冠る時、仕は中段で切先は仕の喉元を狙って間境に達しています。
 上段に振り冠る際、打の切先は切先上がり45度。仕の上段は切先下がりの背中に45度です。
 
 
 是では打が仕の小手を楽々斬り落せます。細部に亘った研究が全く出来ていないとしか言いようは有りません。
 居合の先生は、礼式と残心ばかりで剣術の道理が疎かです。
 
 見せる演武として演じるならば、仕は中段で間境に達する前に、左足を踏むや上段に振り冠る。
 打が右足を踏出さんとする時、仕は右足を踏込み突きに行けば払い落されてしまうか、真向に斬り下ろされます。
 
 双方切先上がりの上段で仕が機先を制して打に先んじて右足を踏込み真向に斬り下ろすかでしょう。
 
 しかし、素早いだけのものでは、真向打ちに達した者に「合し打ち」で斬り落されて頭を割らてしまいます。
 
 何の疑問も無く、居合の形だけで、それも河野先生の教えのままの形を稽古しても形だけでは斬られてしまいます。
 
 形は申し合わせの踊りでは無かったのです。
 
 無双直伝英信流の型 福井聖山先生の看取り稽古を終ります。
 後書きはまた明日・・・

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2018年4月24日 (火)

無双直伝英信流の型  福井聖山先生の看取り稽古の7真方の2

無双直伝英信流の型
福井聖山先生の看取り稽古の7真方の2
参考資料
 前回同様
 打太刀八相、仕太刀中段にて前進す。

 仕、右足・左足・右足と歩み足で出て三歩目右足が出た時、歩みを止めています。打は八相ですから左・右・左と歩みより止まります。
 何度も言いますが、仕切り直しをするような、この一時ストップの意味は何でしょう。教本には一言も触れられていません。仕の福井先生が留まるので打も止まっていると見るのでしょうか、それとも打が止まるので仕も合わせる、剣術のセオリーの一つでしょうか。
 抜き身の刀を構えながら、無駄な動作を見せるそれも仕打共に同じであるのは何でしょう。
 その様に組太刀を指導されておられる先生からお聞きしたい処です。
 間に接するや打太刀上段となり真向に斬込まんとするを、仕太刀機先を制して右足を踏込み上段より敵刀諸共その真向に斬下ろして勝つ。
 打太刀は左足より一歩退き第一本目の要領にて受ける。
 仕打双方とも、申し合わせの様に三歩目で打は八相に構えたまま左足前、仕は中段に構えたまま右足前で立ち止まります。
 其処から、打が八相から右足を踏み込み乍ら上段に振り冠る、「仕機先を制して」と有るのですが、打と同時に中段から左足を踏込み上段へ振り冠ります。
 打は八相ですから上段への振り冠は仕と初動が一緒であれば先に上段に冠れるものです。仕は中段ですから遅れるはずです。ビデオを止めてみますと其の通りでは無く、頭上に水平になるのは同時です。打は其処から真向に振り下ろす気勢です。
 仕は其処から背中に45度切先下がりで止まった位置から左足を踏込み上段、打は右足踏み込み床に水平の上段。その足のまま斬り下ろせるのにそこで受太刀に転じています。仕の刀は上段床に水平
 やれやれ、申し合わせの真方ですから、打太刀が待ってあげているのでしょう。正しい運剣を理解させるために教本があるのです、映像は教本を守らず状況変化の対応したものになってしまいがちです。それで仕打のありようが崩れておかしなものになってしまいます。其の為余計に、足の数や気勢や残心やにばかり気を入れた映像になってしまうのでしょう。
 教程の一環として残す映像は教本に正しくあってほしいものです。河野先生の「機先を制して」の文言は、動作に顕れず気持ちばかりであまり参考になりません。
 河野先生のビデオを見ながら教本と検証して稽古して見ます。
 河野先生の仕太刀中段に構え「前進す」ですから間違ってはいないでしょうが、ちょこちょこと走り込んで、立ち止まる事も無く右・左・右・左・右足で斬り込んでいます。
 打の状況はビデオに写されていないので不明です。
 仕の打込みを右足を左に向け、左足も左を向いた可笑しな足踏みで大きく開き、上体を前に掛けた受太刀となって受けています。此のビデオでは打の攻撃など感じられず仕の一方的な攻撃と思われます。
 河野先生の居合にも見られる河野流の運剣なのでしょう。大日本居合道図譜の文章および写真の姿は何処にも見られません。河野先生は昭和49年77歳でお亡くなりになっておられます。このビデオは昭和44年のものですから72歳の頃のものです。大日本居合道図譜の写真は昭和16,7年のものでしょう。32年ほど前45歳ころの写真です。写真は動きませんがフィニッシュの形は見事です。そこから運剣を逆に回して見る事も本物を求める人は心すべきでしょう。
 次回はある地区のビデオで稽古して見ます。
 
 
 
 

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2018年4月23日 (月)

無双直伝英信流の型 福井聖山先生の看取り稽古の7真方の1

無双直伝英信流の型
福井聖山先生の看取り稽古の7真方の1
参考資料
福井聖山著平成3年1993年無双直伝英信流之形
平成2年1992年第9回無雙直伝英信流雙雙居合道全国大会講習資料太刀打之位要旨
福井虎雄聖山昭和57年1982年太刀打之位ビデオ
河野百錬著昭和17年1942年大日本居合道図譜
河野百錬昭和44年1969年太刀打之位ビデオ
大江正路堀田捨次郎共著大正7年1018年剣道手ほどき
その他
 打太刀八相、仕太刀中段にて前進す。間に接するや打太刀上段となり真向に斬込まんとするを、仕太刀機先を制して右足を踏込み上段より敵刀諸共その真向に斬下して勝つ。打太刀は左足より一歩退き第一本目の要領にて受ける。次に打太刀は左足より追足にて二歩退き双方中段となり刀を合わせ、打太刀は三歩出で仕太刀は三歩退きて元の位置に戻り、互に五歩後退して血振い納刀す。
 古伝神傳流秘書の太刀打之事の11本目に「打込」という業があります。抜けだらけですが「相懸又は打太刀待処へ遣方より詰て打込み勝也」
 古伝はたった是だけです。構えも自分で考えろという大らかなもので、仕が一方的に詰めて打ち込み勝、というもので場の想定もおおらかなものです。
 明治の後半に第15代5谷村亀之丞-楠目繁次-谷村樵夫-土居亀江(曽田虎彦実兄)と伝わった古伝太刀打之位10本めは業附口伝として「打込一本」が残されています。
「(伝書になし口伝有り留の打込なり)仕打中段 双方真向に物打にて刀を合し青眼に直り退く」と有ります。
 双方正眼に構え、相懸かりに間に至り上段に振り冠むって、真向に打ち下ろします。これは新陰流の合し打ちです。
 切先を上に上段となり、打が右足を踏み込んで仕の真向に斬り込みます。仕も打の斬り込みを受けるのではなく、右足を踏み込み打の真向に真直ぐ斬り込んで、打の刀を打ち外して打の真向に斬り込みます。新陰流之極意のわざでしょう。細部にわたって手附を書いて見ても、映像を残しても出来ない者にはこの術は出来ません。
 そこで、大江先生の真方は、打が斬り込まんと右足を踏出さんとするを、仕は其の機先を制して打の真向に斬り下ろし、打は圧せられ左足、右足と追足に退いて、柄を左に切先を右上にして前額頭上で之を受ける、ものに変えてしまったのでしょう。 
 第19代福井春政先生の古伝太刀打之位の十本目留之剱では「なし(打込一本、但し伝書になし)仕打中段 互に進み間合にて真向より物打あたりにて軽く打合ひ(音を立てゝ強く撃ち合ふ意にあらず)更に青眼に直りて残心を示し正しき位に復す」
 合し打ちの術のありようは知っていたが、伝書として伝え切れてはいません。これ以上は無双直伝英信流では学べそうもありません。自ら自得するか、本物を求めて武者修行するだけです。かたちやじゅんばんは教えてもらえても、全てを忘れて学ばない限り術にならないのが古流剣術です。
 大江先生が古伝を改変して創作した真方
 請流で双方退いて青眼となっています。
「打太刀は其儘にて左足を出して八相となり、仕太刀は青眼のまゝ左足より小さく五歩退き上段となり、右足より交叉的に五歩充分踏み込みて、打太刀の真面を物打にて斬り込む、打太刀は右足より五歩出で仕太刀を斬り込むと同時に左足より右足と追足にて退り、青眼のまゝ残心を示し互に五歩引き元の位置に戻り血拭い刀を納む。
 大江先生の構えは、打は八相、仕は上段でした。
 第18代穂岐山先生の直弟子野村條吉先生の場合、無双直伝英信流居合道能参考では仕上段、打は受流の終った位置で青眼です。
 大江先生の直弟子山本宅治先生は打は中央に其のまゝ左足を出して八相、仕は青眼より五歩下がり右上段。
 大江先生の直弟子政岡壱實先生は打は青眼、仕は上段です。
 福井先生の教本では打は八相、仕は中段と変わっています。
 福井先生の教本は河野先生の写しですから打は八相、仕は中段です。
 何処かで河野先生は変えてしまったのでしょう。大正7年から昭和17年ですから24年間のうちの事です。
 但し河野先生は昭和8年の無双直伝英信流居合術全では打は請流の終りの位置で八相、仕は五歩退いて青眼より上段です。
 従って昭和8年から17年の9年間で何かがあったのでしょう。実は河野先生は曽田先生に古伝の指導を受けていますからその業附口伝に依れば打込一本が古伝の太刀打之位に有ります、其処には仕打中段と書かれています。
 事実は判りませんが、変える理由の示されないまま変えてしまって公に出してしまいますとそれがその道統に通用化してしまうものです。
 これが土佐の居合の面白い処でもあり、何でもありのいい加減な処でもあるのです。それは正統宗家を持たずに繋いできた事に由来するかもしれません。上手は出ても名人は出ないかもしれません。
 次回は福井先生の教本を読んで、ビデオで確認して稽古して見ます。

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第12・13回古伝研究の集い

土佐の居合 古伝神傳流秘書

による古伝研究の集い

 第12回・13回古伝研究の集い

 古伝神傳流秘書を曽田虎彦先生の書き写された

 直筆本から読み解いて同じ思いの仲間を募って、

 その古伝研究をやってまいりました。

 今回は第12回目・13回目の御案内をいたします。

内容:古伝神傳流秘書による大剣取、 

  古伝英信流目録による小太刀之位

 講義とか実演では無く、参加していただき木刀及び小木刀を持って古伝の解釈及び形の稽古をご一緒にさせていただきます。
 
異なる伝承の方々と一つの教本から古伝研究を実施する中で、「私はこの『古伝』はこう解釈する」と自由な考え方から幾つもの疑問を解きほぐして見たいと思います。
 
ご参加いただいた方が、師匠であるとご認識いただければ幸いです。

、期日

 12:平成30年5月24日(木)  
      
13時00分~17時00分
   
見田記念体育館 多目的室

 13回:平成30年6月14日(木)
   
15時00分~17時00分
   
鎌倉体育館 格技室

 

   :平成30年6月28日(木)

   15時00分~17:00分

   見田記念体育館 多目的室

、住所:鎌倉体育館 
 
 248-0014
     
神奈川県鎌倉市由比ガ浜2-9-9
  
   TEL0467-24-3553

 :見田記念体育館 多目的室
    
248-0014
    
神奈川県鎌倉市由比ガ浜2-13-21
    
TEL0467-24-1415

 、アクセス:JR横須賀線・総武線快速

 鎌倉駅東口下車海岸方向へ 徒歩10分
    
(駐車場鎌倉体育館にあり)

、費用:会場費等の割勘のみ(500円)

、参加の御連絡はこのブログへコメント
  
 していただくか直接ご来場ください。 

、会名:湘南居合道研修会 鎌倉道場

御案内責任者: ミツヒラ

                平成30年4月23日

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2018年4月22日 (日)

無双直伝英信流の形 福井聖山先生の看取り稽古の6受流の3

無双直伝英信流の型
福井聖山先生の看取り稽古の6受流の3
参考資料
前回と同じ
 双方納刀のまま静かに前進し、間に至るや打太刀は抜刀し上段より真向を斬下す。
註、打太刀は左手を鯉口に把りながら右足より前進し、左足を進めつつ柄に右手をかけるや右足を進めて刀を抜きかけ、次に左足にて抜きとりて上段となり右足を踏込みて斬下す。
 平成21年のある地区のビデオを稽古して見ます。このビデオの参考は福井先生の無双直伝英信流太刀打之位と聞いています。
 先ず立姿です、仕太刀はこの地区の会長でしょう。帯刀して両足をハの字にしていますが、踵が離れて如何にも「戦うぞ」と云った風情でいただけません。
 打太刀は自然体で右足は仕太刀の方に向き、左足は左に披いた足捌きで之は古流を知っているかの構えです。
 打は、「左手を鯉口に把り静かに右足より前進する」のが教本です。
 両手を下げたまま右足を踏み出し、左足を踏み、右足を出す時に鯉口を把っています。これは教本を無視して習ったものでしょう。仕の動作を真似たのでしょう。
 すたすた歩み行き、敵との間などお構いなしの様です。演武の為稽古を重ねた様ですが、申し合わせの稽古のタイミング合わせが丸見えです。
 左足を踏み込む時上段に振り冠って斬り下ろします。振り冠りは、柄を上に抜き上げ左肩から冠り、切先上を向いた上段で、振り冠ると斬り下ろすが一拍子です。
 振り冠りの形はこの方が自然で良いのですが、この上段では腰が十分入った体全体が鞭のように使われませんと斬撃力が切先に伝わりません。
 英信流居合の背中に45度切先下がりの振り冠は、間が悪く、急げば手打ちになりやすく棒振りになってしまいます。
 斬り下ろして受け流されるや体を低く俯くのですが、仕の刀に触れただけで受け流されていない様です。
 仕太刀は右足、左足、右足と出で柄に手をかけるや左足を右足の右側に大きく踏出しながら刀を抜き、右足を左足の右後方に踏込み上体を左に披きながら打太刀の刀を受流す。
註、上体を剣先と共に左に廻しながら後に反らせ前額上に刀表を上にして斜に構え敵刀を摺落す。
*
平成21年のある地区のビデオの仕太刀の打の斬り込みに対する動作です。右足、左足、右足と歩み左手を鯉口に、右手を柄に同時に掛け、左足を右足前に斜め右に踏み出し刀を上に抜き上げ、右足を右斜め前に踏込み、体を左に披き、打の刀を左肩を覆う様に受け流すと云うより摺落しています。
 左足を右足の右側に大きく踏み出しますと、仕の体軸は右に一尺はずれます、打が斬り下ろさんとした仕の真向は一尺は、打の左に外される、更に仕は打の刀を受ける前に右足を右斜め前に踏み込んでいますから、打の刀を顔前頭上で受ける必要は無く、刀の中程やや鍔よりで摺り落す事になります。この仕の足捌きは打に接近する捌き方ですから、次の斬り下ろしに影響します。
 仕太刀は敵刀を受流すや諸手となり、右足を左足の位置に踏揃え(体を左側に向ける)中腰にて打太刀の首に斬下す。次に元に復しつつ中段となり五歩後退す。(納刀せず)
 仕は左足を右足の前に爪先を右に向けて踏出して、刀を抜き上げ、右足を右斜め前に踏み込んでしまったので、打の打ち下ろす刀は、仕の右肩より一尺程右に摺り落ちています。仕は受け流すために右足を左足に踏み揃える必要も無く、体は左に披いてしまっていますからその必要すらないのです。打が申し合わせ通り体を前に伏せていますから、右足に左足に引き付け、更に右足左足後方に退いて間を作ってから斬り下ろしています。
 教本の教えは何処に行ったのでしょう。演武会では観衆は刀の動き位のところしか目が行かないのですが、足の踏み方一つ間違えれば正しい運剣は失われます。実戦で打は摺り落されて体を前に屈めてしまう様な、斬り込みをするでしょうか。
 常の稽古ではしっかり体幹を立てて崩れない斬り下ろしを学んでいるのです。組太刀ではそうしないなどと言う稽古に問題が有りそうです。
 平成25年のビデオで稽古して見ます。
 仕打双方右足、左足、右足と三歩出た処で同時に刀に手をかけています。これは21年と同じです。打は四歩目左足を踏込みながら刀を上に抜き上げ床に水平の上段から右足を踏み込み仕の真向に斬り下ろします。
 仕は四歩目の左足の踏み込みは右足の前に爪先を前にして踏込み刀を抜き乍ら上体を右に傾け、五歩目の右足を右斜め前に21年と同様に踏み出して刀を顔前頭上に構えているのですが既に体は左に披き、打の斬り下ろす所から外されています。打の刀は仕の物打下で摺落されています。
 仕は右足踏み込んで受けていますから、左足は右足前に踏み込んだままの位置です。打の刀を摺り下すや諸手上段となり、左足を右足に引き付け斬り下ろす間隔を作って打の首に斬り下しています。
 21年と同様ですが、教本とは異なります。奥居合立業の受流や正座の部の受流で散々違うと言って足裁きを注意されているのに、組太刀の受流では応用問題の解き方だと云った考え方をもししているとしたら、受け流しの術は身につかずに終わってしまうでしょう。居合ばかりの専門家の陥る欠点を追求しませんと形はただの踊りです。
 次回は無双直伝英信流の型の七本目真方になります。
 
 
 
 
 
 
 

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2018年4月21日 (土)

無双直伝英信流之型 福井聖山先生の看取り稽古の6受流の2

無双直伝英信流の型
福井聖山先生の看取り稽古の6受流の2
参考資料
文献前回と同じ
河野百錬昭和44年1969年太刀打之位ビデオ
福井虎雄聖山昭和57年1982年太刀打之位ビデオ
その他
 双方納刀のまま静かに前進し、間に至るや打太刀は抜刀し上段より仕太刀の真向を斬下す。
註、打太刀は左手を鯉口に把りながら右足より前進し、左足を進めつつ柄に右手をかけるや右足を進めて刀を抜きかけ、次に左足にて抜とりて上段となり右足を踏込みて斬下す。
 まず、河野百錬先生のビデオによって稽古します。
 受流の初動は相進みですが、打が起こすものです。残念ながらこのビデオの撮影者は仕の河野先生の歩む姿ばかりアップして打の姿は刀を抜き出した処からしか撮っていません。 
 このビデオ撮影は演武会の切り取りでは無く、参考の為に撮影されたものの様です。これでは参考になりません。河野先生の崇拝者でしょう。崇拝は崇拝、術は術なのに困ったものです。
 仕方がありません打の様子は教本から類推します。
 双方の刀を鞘に納めての立姿は結び立ちですから、現代の無双直伝英信流の立姿でしょう。
 双方戦いを意図した立姿であれば、右足稍々前に左足爪先を45度位左に向け其の爪先は右足の中程にあり、右足の踵の線上に左足の踵がある様に立つものでしょう。今後の考慮の処でしょう。
 双方納刀のまま、打は鯉口に左手を把り右足を出し、左足を進めつつ右手を柄にかけるや、右足を出しながら刀を抜き、左足を出して刀を抜き取り上段に振り冠って、右足を踏出して斬下します。上段への振り冠は無双直伝英信流の切先下がりです。
 同じ場面での福井先生のビデオでの稽古です。
 打は右足を出し鯉口を把り、何故か左足・右足と駈足となり、左足を踏み込んで刀を抜き取り、右足を踏込みながら大きく後ろに反って切先下がりの上段から、右足を踏んで斬下します。
 仕太刀は右足、左足、右足と出で柄に手をかけるや左足を右足の右側に大きく踏出しながら刀を抜き、右足を左足の右後方に踏込み上体を左に抜きながら打太刀の刀を受流す。
註、上体を剣先と共に左に廻しながら後に反らせ前額上に刀表を上にして斜に構え敵刀を摺落す。
 河野先生のビデオで稽古して見ます。
 河野先生の仕太刀は、右足を出すや左手で鯉口を把り、左足、右足と進み、四歩目左足出る時、上体を稍々左に披きながら右手を柄に掛け抜出しながら左足をチョンと踏んでから稍々右に踏み出し、体を左に披きながら刀を前額上に抜き上げ、打の斬込みを受けています。
 打の刀が仕の刀と触れ合うや流されています。体を開く動作は出来ていても足が伴っていないのは、打が勝手に摺落される動作を演じてしまい、仕は左足前、右足後ろで上体を左に披いて捻じれた時その足のまま、摺落しているのです。
 福井先生のビデオで稽古して見ます。
 出足の右足を出す前に鯉口を把っているます。
 右足を出し、左足で柄に手をかけ、右足が出る時稍々抜きかけ、ここから小足で駆け出し左足爪先を稍々進行方向左に向けて踏み出し刀を抜き出し、右足を右前に踏み込んで斬り込んで来る打の刀を摺り落しています。
 体を右に変わってしまっていますから、前額上にたとえ見事に構えられても、是は逃げ流しであって受け流しとは言い難い。
 左足を右足の右側に踏込み打の刀を受けるや、右足を右に(左足の右後ろに)踏込み体を左に披きながら、右足を左足に揃えるならば受け流しになるでしょう。正座の受け流しや奥居合の受流ではで出来ても対敵が居ては出来なくなるのではおかしいでしょう。
 現代居合の受け流しは、ガチッと受けてからよいしょと流すとか、逃げ流しであったり疑問です。
 仕太刀は敵刀を受け流すや諸手となり、右足を左足の位置に踏揃え(上体を左斜に向ける)中腰にて打太刀の首に斬下す。
 次に元に復しつつ中段となり五歩後退す。(納刀せず)
* 
 河野先生の仕太刀はこの右足を左足に踏揃えは、左足を右足に踏揃えてしまっています。
 前の受け流しの動作で左足を踏み込むや前額上で相手刀を受けています。その際受け流す動作の一環として右足を左足の右後方に踏み込んでいません。
 左足前、右足後です。体だけ捻じったものですから打との間を調整出来ていませんから、近くなりすぎ左足を右足に引き付け、打が無理やり伏した首に斬り込んでいるのでしょう。
 残念ですが、教本に随わず、受け流しの真似に終わっています。
 福井先生の仕太刀は、右足を右斜め前に踏み込んだのですが、間が悪く、右足を左足に揃えられず、左足を右足に引き揃えて打の首に斬り込んでいます。
 さすが咄嗟の状況判断は素晴らしい、と云うのもいいのですが、真似しか出来ない剣士もいるのです。急がず正しい動作、特に足捌きには見せてほしいものです。
 受け流しは受けて流すであって、摺落すのとは意味が違います。打も斬り込まんとする時仕の中心軸が右に移動していくのを見定めて正しく真向に打ち下ろす、それを仕は受け流すことを学ぶものでしょう。
 真剣などで稽古しますと、刀を傷つけまい、失敗した時も心配だでは、武術は術にならず武的踊りになってしまいます。
 中学生向きに開発された形では、打が「どうぞここに斬り込んでください」と首を指し出しますが、普段の居合の稽古は、体軸をしっかり立てて、膝上まで斬り込んでも崩れない稽古をしています。組太刀だから別などと言う事は有り得ません。
 次回ももう少しビデオで稽古して見ます。
 

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曽田本その1の4居合根元之巻読み解く6小藤亀江伝来の目録23の中野之幕之大事

曽田本その1
4.居合根元之巻読み解く
6、小藤亀江伝来の目録
23無雙直伝英信流居合目録
 
居合心持肝要之大事
 
1、捕手和合居合心持之大事
2、立合心之大事
3、太刀目附事
4、野中之幕之大事
5、夜之太刀之大事
6、閨之大事
7、潜り之大事戸脇之事
8、獅子之洞出之事
9、獅子之洞入之事
読み解く
、野中之幕之大事
 小藤亀江伝来の目録には居合心持肝要之大事は目録の表題9項目が記載されています、古伝「居合心持肝要之大事」でも表題は9項目なのですが表題が以下の通りです。
番目及び2番目は小藤亀江伝来の目録とは表題が違います。3番目以降は同じと見ていいでしょう。
居合心持肝要之大事 付 大小指違之事
1、居合心持立合之大事 大小指違
2、太刀組附位
3、太刀目附之大事
4、野中之幕
5、夜之太刀
6、閨之大事
7、泳之大事(潜り之大事)
8、獅子洞入
9、獅子洞出
、野中之幕
 取籠者抔の有の時杖の先き或は竹の先に又横手をくゝり付け其横手を羽織の袖に通し其竹の本を左の手に持て向えさし出し右の手に刀を持ち生捕なれば木刀の類を持ち我身は羽織の陰に隠れ羽織をば相手の方へつき付べし向より切ると云へ共我身にはとゞく事なし其所を持ちたる刀にて相手の足を薙ぐべし亦矢玉を防ぐに至て宜し

*
 小屋内に入って居る取籠者などを成敗する時は、竹の先に横手を十文字に括り付けその横手に羽織の袖を通し、竹の本を左手で持って向こうへ差出し、右手に刀を持って、生捕る場合は木刀で、我が身は羽織の陰に隠れ、相手の方へ突き付けていく、向こうより切って来ても羽織に切りつけるのでとどくことはない。其処を持っている刀で相手の足を薙ぎ払うのである。亦矢玉なども羽織で防ぐのにも至って宜しい。

 何故か、ほのぼのとした古き良き時代の風景が浮かんできます。効果のほどは、相手が見境なく上気して、我は沈着冷静、ほの暗い納屋などを想像してしまいます。

 身を守る事は、行政や警察など自らの自己責任では無く社会環境が為す事位の現代日本人の脳天気では、野中之幕は漫画です。

 しかし、武術は人の心を推し量る能力も養う事でなせるものだろうと思います。

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2018年4月20日 (金)

無双直伝英信流の型 福井聖山先生の看取り稽古の6受流の1

無双直伝英信流の型
福井聖山先生の看取り稽古の6受流の1
参考資料
福井虎雄聖山著平成3年1993年無双直伝英信流之形
福井虎雄聖山先生昭和57年1982年ビデオ
河野百錬著昭和17年1942年大日本居合道図譜
大江正路・堀田捨次郎共著大正7年1918年剣道手ほどき
その他
 双方納刀のまま静かに前進し、間に至るや打太刀は抜刀し上段より仕太刀の真向を斬下す。
註、打太刀は左手を鯉口に把りながら右足より前進し、左足を進めつつ柄に右手をかけるや右足を進めて刀を抜かけ、次に左足にて抜きとりて上段となり右足を踏込みて斬下す。
 仕太刀は右足、左足、右足と出で柄に手をかけるや左足を右足の右側に大きく踏出しながら刀を抜き、右足を左足の右後方に踏込み上体を左に披きながら打太刀の刀を受流す。
註、上体を剣先と共に左に廻しながら後に反らせ前額上に刀表を上にして斜に構え敵刀を摺落す。
 仕太刀は敵刀を受流すや諸手となり、右足を左足の位置に踏揃え(体を左斜に向ける)中腰にて打太刀の首に斬下す。次に元に復しつつ中段となり五歩後退す。(納刀せず)
 受流は、大江正路先生が無双直伝英信流の型七本を制定される時に正座の部、あるいは奥居合立業の部の受流から独創されたと思われます。業名は「請流」です。
「刀を腰に差したるまゝ、静に出で打太刀は刀を抜きつゝ左、右足と踏み出し上段より正面を斬り、體を前に流す、仕太刀は左足を右足の側面に出し、刀を右頭上に上げ受け流し左足を踏み変へ右足を左足に揃へて體を左へ向け打太刀の首を斬る、仕太刀は左足より左斜へ踏み、打太刀は左足より後へ踏み、退きて青眼となり次の本目に移る」
 参考に、大江先生の大正7年の剣道手ほどきの奥居合18番目「受け流し」
 「(進行中左足を右足の前に踏出し身を變して請流す)左足を出すとき、其左足を右斜に踏み出し、中腰となり、刀の柄元を左膝頭の下として、刀を抜き直に其手を頭上に上げ、刀を斜めとし、體を左斜前より後へ捻る心持にて受け流し、左足を踏みしめ、右足に揃へ、右拳を右肩上に頭上へ廻し下し、上體を稍や前に屈めると同時に真直ぐに左斜を斬る、揃へたる足踏みより左足を後へ引き、血拭ひ刀を納む。」
 左足の踏み方が「左足を右足の前」に踏み出す、は無双直伝英信流の型の受流と違います「左足を右足の側面」でしたこの違いは何故でしょう。
 刀を抜く以前の「柄元を左膝頭の下」にして刀を抜き出す、何とも理由の解からない抜方も変です。奥居合の受流を型に取り込んだならば同じ足運び、刀の抜き方などさせるべきでしょう。
 無双直伝英信流の中興の祖として、業を伝承する礎は築かれた神様扱いは、それはそれで理解しますが、おかしなところはおかしいのです。
 大江先生の奥居合の受流も古伝同様相手の刀を頭上で受けるや左足に右足を退き付けて斬り込んでいます。「右足を左足に揃へ」て体を左へ向けています。
 参考に、古伝神傳流秘書太刀打之事の三本目に請流があるのですが其れは、「遣方も高山相手も高山或は肩へ構えるかの中也、待つ処へ遣方歩み行き右の足にて出合う打込を打太刀請、扨打太刀の方より少し引て裏を八相に打を左足にて出合うて留め、相手又打たんと冠るを直にそのまま面へ突込み、相手八相に払うを従って上へ取り右の足にて真甲へ勝」
 古伝の抜刀心持は英信流奥居合に相当するのですが大江先生の奥居合立業の部の受流は有りません。大江先生の独創でしょう。
 大森流居合之事の中に座した時の請流として流刀という呼称で現在の「受流」があります。「左の肩より切って懸るを、踏み出し抜付け左足を踏込み抜請けに請流し、右足を左の方へ踏込み打込む也、扨刀を脛へ取り逆手に取り直し納める、膝をつく」これを立居合に工夫したのでしょう。この受け流しは、まともに相手の刀を請けとめ、即座に右足を左足に踏み揃え体を左に変わりつつ受け流すのでしょう。
 右足を右後ろ或は、右に一旦踏み込んで相手刀を外す様な動作は有りません。
 現代の正座の受流も、奥居合の受流も、組太刀の受流も打の刀を受ける際右足を左足の右方に踏込み「逃げ流して」から右足を左足に踏み揃えています。受けるのではなく、相手の刀を避けてしまい、物打ち手前で摺落しているようなものです。
 次回は、福井先生のビデオと教本を手許に拝見しながら稽古をして見ます。
 
 
 
 

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曽田本その1の4居合根元之巻読み解く6小藤亀江伝来の目録22太刀目附事

曽田本その1
4.居合根元之巻読み解く
6、小藤亀江伝来の目録
22無雙直伝英信流居合目録
 
居合心持肝要之大事
 
1、捕手和合居合心持之大事
2、立合心之大事
3、太刀目附事
4、野中之幕之大事
5、夜之太刀之大事
6、閨之大事
7、潜り之大事戸脇之事
8、獅子之洞出之事
9、獅子之洞入之事
読み解く
、太刀目附事
 小藤亀江伝来の目録には居合心持肝要之大事は目録の表題9項目が記載されています、古伝「居合心持肝要之大事」でも表題は9項目なのですが表題が以下の通りです。
番目及び2番目は小藤亀江伝来の目録とは表題が違います。3番目以降は同じと見ていいでしょう。
居合心持肝要之大事 付 大小指違之事
1、居合心持立合之大事 大小指違
2、太刀組附位
3、太刀目附之大事
4、野中之幕
5、夜之太刀
6、閨之大事
7、泳之大事(潜り之大事)
8、獅子洞入
9、獅子洞出
3、太刀目附之大事
 敵の足に目を付けべし是にて場合能く知るゝのみにてならず臆せざる也是を上見ぬわしの位とも云うなり心は下に有って事さ上に速に応ずる油断無の心なり

*立合いの目付は敵の足に目を付ける事、是によって場合の状況を良く知る事が出来るものである。それだけでは無く臆する事も無い。
上を見ぬ鷲之位とも云うのである。心は下にあって事が上にあり速やかに応ずる油断の無い心である。

 「事さ上に速に応ずる」の「事さ」は解読不明ですが、敵の足に目付けをしていれば、敵との間合いも、動作の起こりも把握可能なので心を下に澄ませて置き、上での起こる事に速やかに応ずる油断なき心の目付というのでしょう。

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2018年4月19日 (木)

無双直伝英信流の型 福井聖山先生の看取り稽古の5鍔留の3

無双直伝英信流の型
福井聖山先生の看取り稽古の5鍔留の3
参考資料
福井虎雄聖山著平成3年1993年無雙直伝英信流之形
その他ビデオ
 大江正路先生の無双直伝英信流の型は、ある地区では太刀打之位と古伝の呼称を使っています。
 是は河野百錬先生が大日本居合道図譜で無双直伝英信流居合道形(太刀打の位)とされたためその道統の道場では太刀打之位が通用してしまっています。
 大江先生は古伝太刀打之事を知りながら普及版7本の組太刀を工夫し中学生に指導したと思われます。
 7本中、出合(出合)・拳取(附入)・絶妙剣(請入、請込)・鍔留(月影)が古伝の借用です。括弧内の呼称が古伝です。
 独妙剣・受流・真方は古伝を参考にした独創でしょう。
 大江先生が独創された無双直伝英信流の型を河野先生が少しいじってしまいましたが概ね其の侭です。その詳しい部分は業解説の際話してきました。
 今回は河野先生の大日本居合道図譜にある無双直伝英信流居合道形を元にされた福井聖山先生の教本及びビデオを元にある地区の鍔留を稽古して見ます。
 居合が主となる先生は業技法の意味する術の重さが良くわからないと見え、福井先生のビデオで形を真似る事に終始してしまった様で疑問だらけでした。
 ただ、素晴らしいのは業に入るまでの礼法、立合い前の態度、技が決まった後の残心などは見習うものを示されています。
 打太刀中段、仕太刀下段より前進す。双方間に接するや上段となり、大きく相手の真向に斬下し相打となる。
 註、このとき刃の接する部分は頭より少し上部になる。
 ある地区の平成21年の演武をビデオで見ながら稽古して見ます。
 双方、右足、左足と前進し右足出る時上段に十分振り冠って、切先45度切先下がりに居合の斬り下ろしなら見事です。
 右足が着地と同時に真向斬込み、双方の中間で鎬を合わせると云いたいのですが、仕は略真向に斬り込めていますが、打は稍々刀が右に倒れ十文字受けになってしまっています。
 仕の振り冠りから斬り下ろしが打よりやや早く、打が遅れたため刃筋が狂ったものの様です。 
 真向打は打が先に打ち込み仕が応ずるのが基本ですが、此処ではただ申し合わせの形を打っているのでしょう。教本の刃の接する部分は頭より少し上部にはならず、接した部分は鍔元2寸程の所で頭の高さより少し下です。
 これは間が近すぎ、切先が相手に当たらない配慮の為せるものの様です。相打の状況が鍔合わせになった様なものです。先に打ち込んだ仕の拳が打の下になっています。これも先に打ち込み拳を下げて待ったためでしょう。
 互に右足を進めて腰を落し、鎬を削る如く摺込みて鍔元にて押合う。註、腰を退かず、互に丹田にて押合うべし。
 双方十分鍔を押し弾きて互に右足を退き、体を右に披き左半身となり脇構えとなる。
 既に相打ちの段階で押合う形は出来てしまった、其処で腰を落とし、右足は申し訳程度に摺り込み一回押合い、弾く様に双方同時に右足を後方に退いて脇構になっています。
 脇構の形は撮影が打の後方稍々右からですから良く判りません。見える範囲で言えば双方何故か腰を落とした半身で切先は稍々後ろ右尻の方にあり、刀が相手に見えない様に気を遣ったと言えるのでしょうか。
 切先の高さは尻の下ぐらいですから下段より高い、刃は何故か右向きです。仕は見えません。
 打太刀直ちに上段に変じて右足を踏込むや仕太刀の左股(膝口)に左斜下に斬下すを、仕太刀直ちに左足を十分大きく後方に退きて空を打たせ、上段となるや直ちに打太刀の真向に斬下す。註、間合遠きときは右足を少し踏込みて斬下すこと。
 打は直ちに上段に変じていますが、今度の上段の刀は床に水平です。どうも上段の振り冠の定義がばらつく様です。唯急いだから掟は無視なのでしょう。
 仕は打が振り冠る時は既に、右肩まで刀を振り上げています。打が膝を切って来るので左足を右足に引き付け同時に上段に振り冠っています。左足の退きは右足の後方迄退いています。打の刀は右足迄流れています、それでも右足を左足に追足しないのですから、左足の退きは右足に引き付けるか、揃えるで十分でしょう。教本の十分大きく後方に退くの見本でしょうか。間が近すぎるため意識的に左足の退きが大きくなるのでしょう、不思議なのはそれだけ退いていながら、打の斬り込みを外した仕は右足を踏み込まずにそのまま上段から打の真向に斬り下ろしています。
 恐らく、打は仕の左膝を斬る際、手許を退いている可能性があります。
 平成24年のある地区のビデオで稽古して見ます。
 打中段、仕下段、双方右足から、左足、右足で振り冠り真向に打ち込み、双方の間合いの中間で鎬を合わせ刀を止めています。合刀の位置は双方の鍔元7、8寸でしょう。頭上より一拳位の位置で合わせています。
 右足を踏み込み腰を落とし一回押合い、右足を後方に退いて脇構えになります。脇構えは剣道形より稍々ゆったりした構えに見えるのは右柄手が右腰の位置、左柄手が中央やや左にあるためでしょうか。切先は膝下、刀刃は外向きです。
 打は上段に振り冠って体を屈めながら仕の左膝に上段から斜めに右足を踏み込んで斬り下ろします。この時の上段は英信流の切先下がりでは無く切先上がりから八相に斬り込んでいます。
 仕は左足を右足の後方に退き、打の斬り込みを外すや、右足を追足に左足に引き付け上段となり、右足を踏み込んで打の真向に斬り下ろします。この打の左膝への斬り込みの際福井先生も河野先生も左足を右足の後方迄大きく退いていますが、右足に引き揃えるだけで間に合いそうです。
 英信流の切先下がりの上段に振りかぶりながら間をはずしていますが、打の刀が右足の前を流れてしまっているのに右足を左足に追足させるのは踏込みの弾みをつけるためでしょうか、左足を大きく右足の後方迄退いたので連れ足させたのでしょうか。
 福井先生のビデオでは、仕は左足を大きく右足の後方に退き上段となるやその足のまま斬り込んでいます。
 演武では打の斬り下ろした切先は仕の右に流して体を屈めて「さあ斬れ」とやっていますが、こんな事は実戦では有り得ない事です。演武会での些細な変化でも後進の者は真似てしまいます。
 教本通りの演武を心がけるべきものでしょう。
次回は受流になります。
 
 
 
 

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曽田本その1の4居合根元之巻読み解く6小藤亀江伝来の目録21立合心之大事

曽田本その1
4.居合根元之巻読み解く
6、小藤亀江伝来の目録
21無雙直伝英信流居合目録
 
居合心持肝要之大事
 
1、捕手和合居合心持之大事
2、立合心之大事
3、太刀目附事
4、野中之幕之大事
5、夜之太刀之大事
6、閨之大事
7、潜り之大事戸脇之事
8、獅子之洞出之事
9、獅子之洞入之事
読み解く
2、立合心之大事
 小藤亀江伝来の目録には居合心持肝要之大事は目録の表題9項目が記載されています、古伝「居合心持肝要之大事」でも表題は9項目なのですが表題が以下の通りです。
番目及び2番目は小藤亀江伝来の目録とは表題が違います。
居合心持肝要之大事 付 大小指違之事
1、居合心持立合之大事 大小指違
2、太刀組附位
3、太刀目附之大事
4、野中之幕
5、夜之太刀
6、閨之大事
7、泳之大事(潜り之大事)
8、獅子洞入
9、獅子洞出
 前回同様、小藤亀江伝来の目録には解説がない表題だけですから此処では古伝英信流居合目録秘訣の「居合心持肝要之大事 付 大小指違之事」を参考に其の「2、太刀組附位」を解説しておきます。
2、太刀組附位
 互に太刀を打下し組付けたる所に勝あり敵の太刀より遅きと見えても上太刀と成位あり唯肝要は拳也
組付たる処にて其気先にてすぐに突べし

*互いに太刀を真向に打ち下ろし、太刀が触れ合う処に勝ちがある、敵の太刀より遅く打ち下したと見えても敵の太刀に上太刀になる位がある。唯肝要なのは拳に打ち込めたか否かである。
組み合って上太刀になるや太刀の切先にてすぐに突くべし。

 これは、どうやら新陰流の合し打ちによる十文字勝ちのようです。相手の太刀に遅れて打ち下ろし相手の太刀の上に乗り即座に相手の拳に摺り込んで突く事を言っているようです。
ここにも第九代林六太夫が大森六郎左衛門より学んだ真陰流の業が秘められているようです。

 参考に、土佐には、衣斐丹石の丹石流が山内一豊、二代山内忠義に仕え野中兼山の失脚とともに衰えています。
 上泉伊勢守の門人小笠原玄信斎が真心陰流を起こし、その弟子小林市郎左衛門の孫小林喜太夫が近江の長浜で山内一豊に抱えられ土佐に随従しています。
 柳生新陰流は柳生但馬の高弟出淵道先の次男三郎兵衛が元禄10年1697年知行三百石で仕えたが、馬術指南役国沢五郎左衛門との馬上での仕合を行い馬術に悩まされ得意の剣法が繰り出せず敗退して、それを恥じて知行を返上しています。
 また、都治月丹による無外流が宝永4年1707年頃から5代藩主山内豊房に召されて出入りがあったようです。6代藩主山内豊隆の正徳5年1715年には出入り料20人扶持が給付されています。
 その後享和5年1720年には月丹の4代目辰五郎が15人扶持格式は御小姓格江戸詰めで正式に抱えられています。無外流は土佐に根を下し明治以後土佐の無外流剣客川崎善三郎を生んでいます。

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2018年4月18日 (水)

無双直伝英信流の型 福井聖山先生の看取り稽古の5鍔留の2

無双直伝英信流の型
福井聖山先生の看取り稽古の5鍔留の2
参考資料
前回の通り
福井先生の教本に随い福井先生のビデオで稽古して見ます。
 打中段、仕下段より前進す。双方間に接するや上段となり、大きく相手の真向に斬下し相打となる。
 打中段、仕下段ですから右足から左足を踏出すや双方同時に上段となり真向に打ち合う。
この時の上段は、双方とも英信流の振り冠(背中に切先45度位深く冠る)がきちんとなされて、三歩目右足が出るや真向に斬り込みます。
 気になるのは仕打共に歩みながら深く冠ったせいか上体が反っくり返っています。仕打共に右足を踏込み真向打ち合う際右足に左足が追い足となって間を合わせています。
 真向打は鍔が口元より目の高さですが、鍔元2、3寸で合刀、従って「刃の接する部分は頭より少し上部となる」の高さでしょう。
 互に右足を進めて腰を落し、鎬を削る如く摺込みて鍔元にて押しあう。*註、腰を退かず、互に丹田にて押合うべし。双方十分鍔元を押し弾きて(引きて)互に右足を退き、体を右に披き左半身となり脇構えとなる。
 相打の位置が鍔元になっていますので、真向打の刀が触れあった時鎬を削っていた様です、と云いたいのですが、斬り下した時に鍔元で相打です。
 従って「鎬を削る如く摺り込みて」は無く、右足を進め腰を落とし押しあっています。その際の押しあいについての、方法が述べられていません。
 双方の拳で押しあっている様です。拳の位置は打が半拳高いので、拳同士の押し合いがずれてしまいました。この状況では打が押し勝てるのですが、腰高になって上体は後方に反ってしまって仕に下から押し上げられてしまっています。
 双方右脚を後方に飛ぶ様に大きく退いて脇構になっています。脇構の呼称は剣道形の言い方です。この流の古伝は「車」と言っていました。
 車の形は半身というより入見でしょう。顔は相手に向けていますが、体は明らかに進行方向に平行となっています。
 鍔が右腰を離れて見えます、従って左柄手は臍前右一拳ずれている様です、切先は30度ほど下向きです。刀刃は斜下向きの様です。
 脇構の方法は福井先生の教本には無く、河野先生の大日本居合道図譜から稽古して見ます。「刀を右脇にとり剣先を後方にして刃を斜下に向け左足を出して構ゆ、脇構は陽の構へとも云ひ八相と同様監視の構へにして敵の挙動に依りて之に応ず。すべて撃込む時は大きく振冠りて撃込む事」この解説は高野佐三郎の剣道の解説そのままです。かたちを重んずる割にはいい加減な気がします。
 剣道形では「右足を後ろにし、左半身となり、刀を右脇に剣先を後ろにし、刃先は右斜め下に向ける。剣先は下段の構えより少し下げた位置にとる。構えるときは、右足を引きながら、刀を中段から大きく右脇にとる。特に刀身が相手から見えない構えでなければならない。」(全解日本剣道形昭和57年発行重岡昇監修より)
 福井先生の脇構は剣道形を採用したものですが、英信流としてはどうすべきか研究課題でしょう。
 なぜかと言えば、脇構は「車「」であり八相は「肩又は八相」で、英信流の古伝は全て上段に振り冠るものではないからです。
 ここまでの所を河野先生のビデオをで稽古して見ます。
 仕は下段、打は中段です。相進みの様な教本の書き出しですが、河野先生しか映っていませんから打の動作が見られません。下段の河野先生の仕太刀は走り込む様にちょこちょこと進み三歩目で、床に稍々切先下がりに水平な上段に振り冠り、右足を踏出し真向打ち下しというより、刀を立てて拳合わせに拳による相打ちです。教本は拳を合わせ切先を立てて見事に押しあっていますが、ビデオはひどすぎます。
 仕は腰高で打は手ばかり突き出して、一押しして、突き放す様に切先から後方に向け右足を退いて脇構です。構えなどお構いなく、仕の刀は水平、刃は外向き、半身で鍔は中央やや右に位置しています。
 *
 脇構からの動作を稽古します。
 打も似たような構で、構えるや直に、右に崩れた上段から仕に斜めに斬り込んでいます。仕は打が斬り込むや左足を右足の後ろまで大きく退いて打の斬り込みを外し、外すや床に水平の上段からその足のまま、打の頭上に斬り込んでいます。
 教本用に写されたものなのか、演武の様子なのか判りませんが、「ゆっくり大きく正確に」と指導されたのは何処へやら、急ぐあまりに基本の形をいい加減にしてしまっています。初めて見る人にはかっこよく見えるかもしれませんが、これでは悲しくなってしまいます。教本通り演武されるのが宗家の業でしょう。
 状況変化に対応するのも宗家の業であると仰るのでしょうか。
 福井先生のビデオに戻ります。
 双方、相打ちとするや、右足を更に踏み込み、拳を合わせ一押しして、右足を退いて脇構になります。後方に退くために構えが反っくり返ってしまい気ばかりの様です。
 打は、切先下がりの上段に冠り仕の左膝辺りに右足を大きく踏込んで斜めに体を屈しながら斬り込んでいます。
 仕は左足を右足の後方に退いて切先下がりの上段となり前に屈している打の頭上に右足を稍々踏込み左足を追足に斬り込んでいます。 
 次回はある地区の鍔留を稽古して見ます。
 
 
 
 
 

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曽田本その1の4居合根元之巻読み解く6小藤亀江伝来の目録20捕手和合居合之大事

曽田本その1
4.居合根元之巻読み解く
6、小藤亀江伝来の目録
20無雙直伝英信流居合目録
 
居合心持肝要之大事
 
1、捕手和合居合心持之大事
2、立合心之大事
3、太刀目附事
4、野中之幕之大事
5、夜之太刀之大事
6、閨之大事
7、潜り之大事戸脇之事
8、獅子之洞出之事
9、獅子之洞入之事
読み解く
1、捕手和合居合心持之大事
 小藤亀江伝来の目録には居合心持肝要之大事は目録の表題9項目が記載されています、古伝「居合心持肝要之大事」でも表題は9項目なのですが表題が以下の通りです。
番目及び2番目は小藤亀江伝来の目録とは表題が違います。
居合心持肝要之大事 付 大小指違之事
1、居合心持立合之大事 大小指違
2、太刀組附位
3、太刀目附之大事
4、野中之幕
5、夜之太刀
6、閨之大事
7、泳之大事(潜り之大事)
8、獅子洞入
9、獅子洞出
1項目と2項目がアンマッチです。小藤亀江伝来の項目には解説は無いので同じものであろうと断定はできません。
 何時の時代にか、あるいは伝承者によって変わったかもしれません。此処では居合心持肝要之大事の順番で解説しておきます。
 従って1項目は「1、居合心持立合之大事 大小指違」を当てておきます。
1、居合心持立合之大事 大小指違
 敵と立合兎やせん角やせんとたくむ事甚嫌ふ況や敵を見こなし彼が角打出すべし其所を此の如くして勝ん抔とたのむ事甚悪しゝ先づ我身を敵の土壇ときわめ何心なく出べし敵打出す所にてちらりと気移りして勝事なり常の稽古にも思あんじたくむ事を嫌ふ能々此念を去り修行する事肝要中の肝要也

 大小指違と云は世人脇指を帯二重に指刀を三重にさすなり居合の方にては二重に刀を指し三重に脇指を差す也敵に出合たる時大小を子(ね)じ違へて脇差をば下し指しにして刀を抜戦べし然るときは脇指の柄まぎる事無亦刀のさやの鐺は子(ね)る故に足を打つことなく働の自由宜し常に此の如く指すべし


 敵と立合うのに、兎やせん角やせんと企む事は甚だ嫌う事である、況や敵を見透かして彼がこの様に打ち出して来たら其の所をこの様にして勝とうなどと思い頼む事は甚だ悪い。
 先ず我が身を土壇と極めて何心も無く場に出て行くのである。
 敵が打ち出す所にちらりと気移りする処に勝事である。常の稽古でも思案に暮れて企む事を嫌う。能々この念を去り修行する事肝要中の肝要である。

 大小指し違いと云うのは、世人は脇差を帯二重の下に差し、刀を帯三重の下に差すのである。
 居合では帯二重の下に刀を指し、帯三重の下に脇指を差すのである。
 敵に出合った時は、大小をねじ違えて、脇差を落し差しにして刀を抜き戦うべきものである。その様にすれば脇指の柄が邪魔になる事は無い。又刀の鞘の鐺がはねて足を打つ事も無く、働きが自由になって宜しい、常にこの様に大小を指し違いに指すものである。

 「大小をねじ違へて」とは太刀が上にあって小太刀が下にあるのを、小太刀を落とし差しにして太刀の柄の上に小太刀の柄がある様にする事でしょう。
この様にすれば、脇差の柄が邪魔になる事も無いと云うのです。

 「亦刀のさやの鐺は子(ね)る故に足を打つことなく働の自由宜し常に此の如く指すべし」
 指し違いにして指していれば、鐺がはねても足を打たない、の状況が認識できないのですが、ご存知の方は状況をご教授ください。

 

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2018年4月17日 (火)

無双直伝英信流の型 福井聖山先生の看取り稽古の5鍔留の1

無双直伝英信流の型
福井聖山先生の看取り稽古の5鍔留の1
参考資料
福井虎雄聖山著平成3年1993年無双直伝英信流之形
平成2年1992年第9回無双直伝英信流居合道全国大会講習資料太刀打之位要旨
河野百錬昭和17年1942年大日本居合道図譜
大江正路堀田捨次郎共著大正7年1918年剣道手ほどき
河野百錬昭和44年1969年太刀打之位ビデオ
福井虎雄聖山昭和57年1982年太刀打之位ビデオ
古伝神傳流秘書太刀打之事
その他
福井先生の鍔留
 打太刀中段、仕太刀下段より前進す。双方間に接するや上段となり、大きく相手の真向に斬下し相打となる。
註、このとき刃の接する部分は頭より少し上部になる。
 互に右足を進め腰を落し、鎬を削る如く摺込みて鍔元にて押し合う。
註、腰を退かず、互に丹田にて押合うべし。
 双方十分鍔元を押し弾きて互に右足を退き、体を右に披き左半身となり脇構えとなる。
 打太刀は直ちに上段に変じて右足を踏込むや仕太刀の左股(膝口)に左斜下に斬下すを、仕太刀直ちに左足を十分大きく後方に退きて空を打たせ、上段となるや直ちに打太刀の真向に斬下す。
註、間合遠きときは右足を少し踏込みて斬下すこと。
 次に打太刀は二歩退き互に中段となり、五歩後退し血振い納刀す。
 福井先生の教本は河野先生と同じ内容です。ポイントは仕が下段から上段に振り冠って双方真向に斬下し相打となる。この不思議な運剣の意味。次に脇構の形。脇構から上段に振り冠って斬り合う動作の是非。などでしょう。何の疑問も無く、稽古される人もおられるでしょがどうでしょう。
 大江正路先生はこの無双直伝英信流の型を、古伝を参考に創作されたのですから、大江先生の鍔留も読んでおきましょう。
 「互に青眼のまゝ小さく、五歩左足より引き、打太刀は中段となり、仕太刀は其のまゝ下段となる、、互に右足より三歩出で、打太刀は右足を左足に引き上段に冠り真直ぐに打下し、仕太刀は右足を左足へ引き上段となり、右足を出して打下して互に刀合す仕打鍔元を押し合ひ双方右足を後へ引き半身となり、刀は脇構として刀尖を低くす、打太刀は直に上段より右足を踏み込み仕太刀の左向脛を切る、仕太刀は左足を充分引き上段となり空を打たせ上段より頭を斬る、打は二歩出で、仕は二歩退り青眼となり互に小さく五歩退り、血拭ひ刀を納む、(打太刀は仕太刀の左膝を打つときは、中腰となり上体を前に流す、」
 大江先生の打太刀は中段、仕太刀は下段。福井先生は河野先生に随い打は中段に構えさせています。
 双方右足・左足・右足と前進し、右足を一旦左足に引き付け上段となり真向に斬り下し刀を合す。この動作が福井先生の三歩目で睨み合う動作になったのかどうかはわかりません。教本にはこの動作は記述がありません。あとは福井先生と同じでしょう。
 第18代穂岐山先生の弟子野村條吉先生の「無双直伝英信流居合道能参考」を読みますと仕は下段、打は青眼です。大江先生の晩年の弟子山本宅治先生も仕は下段、打は中段です。
 河野先生が変えてしまったのでしょう。河野先生も昭和8年の「無双直伝英信流居合術全」では打は中段、仕は下段です。
 古伝は打は高山ですから上段、仕は右下段です。
 江戸時代末期の頃は曽田先生の業附口伝で読むことが出来ますそこでは打は八相、仕は下段です。
 河野先生は曽田先生と交流があったので、古伝を知らされ、大江先生の間違いを直したのかも知れません。然し中途半端なものでそれも疑問です。
 この鍔留は古伝神傳流秘書太刀打之事月影が元の業です。
 「打太刀冠り待所へ遣方右の脇に切先を下げて構へ行て打太刀八相に打を切先を上て真甲へ上て突付て留め互に押合て別れ両方共車に取り相手打つをはづす上へ冠り打込み勝」
 抜けだらけですが其れなりの武的力量があれば読みこなせると思います。
 打太刀上段に冠り待つところへ、仕太刀右下段に構え(切先を打の左膝に付ける)進み行く。打太刀上段から右足を踏み込み八相に左面を打って来るので、仕太刀は右足を踏み込み右下段から切先を上げて打の真向に突き込み、打の打込みを十文字に請け止める。合刀するや互に一歩右足を進め拳を合わせて押し合い、右足を後方に退いて互に車(脇構え)になる。打が仕の出足(左足)又は左肩を打って来るので左足を退いて外すや右肩から上段に振り冠って右足(或は左足)を踏込み真向に斬り下して勝」
 この元の動作を残し大江先生は中学生向きに危険のない動作にかえて創作されたのが鍔留でしょう。元の業は真陰流の技法が濃く見られます。
 より深く無双直伝英信流の組太刀を学びたい方は古伝太刀打之事11本を稽古される事をお勧めします。或は、大江先生の7本創作された組太刀から疑問点をしっかり見出し何故と考え、業技法の奥にあるものを求めるべきなのでしょう。演武会の演武は武的演舞として現代の教本のまま、習った通りにやればいいだけです。
 形には、先師が白羽の下を掻い潜って身に付けたものが潜んでいる筈です。形だけでは役に立たないものです。
次回はビデオを見ながら教本の動作を稽古して見ます。
 
 
 
 

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曽田本その1の4居合根元之巻読み解く6小藤亀江伝来の目録19智羅離風車

曽田本その1
4.居合根元之巻読み解く
6、小藤亀江伝来の目録
19無雙直伝英信流居合目録
 
極意之大事 
 
1.暇乞・2、獅子洞入・3、地獄捜・4、野中幕・5、逢意時雨
6、火村風・7、鉄石・8、遠方近所・9、外之剱・10、釣瓶返
11、智羅離風車
読み解く
11、智羅離風車
 手拭にても煙草入にても向の面に投付けてビクとする所を切るべし又刀を抜きて其手に扇抔を持添て打込躰にて其扇を投げ付ビクとする所を打込勝なり

 智羅離風車(ちらりふうしゃ)の読みで良いのでしょう。漢字は当て字でしょう。一瞬のまどわしによる勝口の教えです。

 手拭でも煙草入れでも相手の顔に投げつけ相手がビクとする処を切るのである。又、刀を抜いて柄と一緒に扇などを持って打ち込む様にしてその扇を投げ付けビクとする処を打ち込んで勝のである。

 相手をビクとさせて一瞬気を奪っておいて、その処を切るのは「上意之大事」の教えで三角、四角の業の教えにありました。極意の大事では、火村風、逢意時雨、外之劔、鉄石などもこの教えと同じです。

 奇襲は当たり前の事であったのでしょうが、平和が続き江戸末期には卑怯な行為とも取ったのかも知れません。

智:知恵、さとい、賢い

羅:あみ、つらなる、つらねる、目のすいた薄い絹物(うすもの)

離:はなす、はなれる、とりつく、

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2018年4月16日 (月)

無双直伝英信流の型 福井聖山先生の看取り稽古の4独妙剣の6

無双直伝英信流の型
福井聖山先生の看取り稽古の4独妙剣の6
参考資料
前回に同じ
 福井虎雄聖山先生の平成3年の無双直伝英信流之形独妙剣の、まず双方八相から相進み左面に斬込んで相打、打が退くところ右面に斬込んで相打・再び打の退くところ左面に斬込んで相打。互に右足前で切り結んでいます。
 「互に左足を退きて十分なる同等の気位にて中段となる、打太刀は機を見て左足、右足と追足にて刀を左に傾け、摺込みて仕太刀の胸部を刺突す。打太刀は突きたるとき上体を流す。(前に屈むる。)」
 此処までが前回までの稽古でした。
今回は打が胸部へ突き込んで来るので「仕太刀は左足を左に踏出し(右足の斜前)体を右に披きつつ手元を上げて敵刀を捲き返す。(敵刀を、己が右斜下に裏鎬にて摺落す。)仕太刀は打太刀の刀を右斜下に摺落しながら右足を左足の方向に退きつつ上段となるや右足を踏込みて打太刀の首より肩にかけて斬下す。」
此処までのところで、教本の動作でおかしいのは、三本打ち合って右足前でありながら、双方中段になる足捌きが、右足は其の儘で後ろ足の左足を退くだけで中段になっています。
中段から打の突きの足裁きが、中段であれば右足前ですから後ろ足の左から、「左足、右足と追足にて・・刺突す」も疑問です。
 前回で稽古していますから今回は、打の突きに仕の応じる処が稽古のポイントです。実はある地区の形の稽古でまず、不思議な事は、鞘無し鍔付き木刀を使用すること。切り結びに真向切り結びが何の意味も知らされず行われること。
 其れとこの刺突の捌き方です。教本は「体を右に披きつつ手元を上げて敵刀を捲き返す。(敵刀を、己が右斜下に裏鎬にて摺落す。)」というのですが、其処では仕は左に体を躱して敵の突きを外し斬り込むばかりです。せっかくの教本がありながら、見ただけの真似ではこの様な術は取得できない見本でしょう。
福井先生の刺突を摺り落すビデオをけいこしてみましょう。
 打の突きを福井先生は敵刀の突きを手元を上に上げて、打の刀を摺り上げる様にし、右足より半足後ろの左足を瞬時に左横稍々前に踏込み敵刀を摺り落している様です。
 己が刀の鎬で敵の突きを右脇に外し乍ら左足をやや左前に踏み込む様に見えます。
 「巻き返す」のは己が柄を握る両小手であって、柄頭を上に切先を下に下げ、我が右斜め下に摺落しています。
 敵刀が摺り落ちるまでこの体制を保持しながら左足を左前に踏み開き体を敵刀の突きの軌道から外す様です、摺り落ちるや、右足を左足の後方に踏み替え乍ら、右肩から振り冠り、右足を左足に踏み揃えて斬り下ろしています。
 「体を右に披きつつ・・」は、筋を替っていても打方に正対したままに見えます。前に踏み込む足が小さく左に披く足が大きいためでしょう。
 両足を踏みしめた時は打の方に向いています。受流の斬り込みの様です。
 河野先生のビデオで稽古して見ます。
 打の突きを、手許を上げて敵刀を摺り落すが、左足を稍々左に踏み替え右足は其れに追い足(左横に)踏み敷く様に左に踏んで、体は打に正対したまま 右より振り冠って斬り込んでいます。左に披く等見られません。
 教本はこうすべきだと言う動作を書いても、演武は状況次第と仰るかもしれませんが、いたずらにスピードアップして、考えた様に打てない例かもしれません。
「結果が出ればよかろう」でしょう。
 ある地区の打の突きを外すのは、手許を上げるが摺落さず、左足を左斜前に踏込み筋を替って打の突きを避けてしまいます。
平成21年のビデオです。
 手元を上げて摺り落す体勢を作ると同時に左足を稍々左後ろに退き逃げています。右足を左足に引き付ける様にしてから踏み込んで打斜め前から斬り込んでいます。
 左足の横への踏み込みは大きなものです。摺り落さずに逃げ流して斬り込む様に見えてしまいます。
 平成24年のある地区のビデオです。
 手元を上げ摺り落体制を作ると同時に大きく左足を左に踏み開き上段に冠り、右足を左足の引き付けるや直に踏込み打に斬り込む。
 ある地区の突きは刃を下にして、敵の胸部を突いているのでしょう。突かれた仕は「避けて斬る」と聞いています。
 それもそうですが、突きの刃を下にして突く、は突きにはなりますが、打の刀を己が正中線から外しながら突き込む術がまるで生かされていないのですから勉強すべきでしょう。
 この業は、打の突きを手許を上げて摺り落してしまえば、慌てて左前に左足を大きく踏み開かなくとも、応じられる筈です。相手の突き来る刀から己が刀が吸い込まれるような摺り落しを学ぶものです。よけ(逃げ)外しではありません。
 是では鍔留の順番を追って申し合わせの動作をしているだけですから武術としての術理などお構いなしの踊りでしょう。
次回は鍔留です。

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曽田本その1の4居合根元之巻読み解く6小藤亀江伝来の目録18釣瓶返

曽田本その1
4.居合根元之巻読み解く
6、小藤亀江伝来の目録
18無雙直伝英信流居合目録
 
極意之大事 
 
1.暇乞・2、獅子洞入・3、地獄捜・4、野中幕・5、逢意時雨
6、火村風・7、鉄石・8、遠方近所・9、外之剱・10、釣瓶返
11、智羅離風車
読み解く
10、釣瓶返
 英信流居合目録秘訣の極意之大事では「鉤瓶返」です。
 座上にては刀をば抜いて置く事當然也然時に向ふより切かくるときぬき合する間なければ鞘と柄とを取って鞘共に請て其儘引ぬいて片手打に切るべし

 鉤瓶返は(かぎべかえし)ですから是は「釣瓶返」の誤字でしょう。

座して居る時は、刀を腰から抜いて置くのは当然である。その様な時に向うから斬りかかって来る時は抜く間が無ければ鞘と柄を取って鞘ごと請けて其の儘刀を抜いて片手打ちに切るものである。

此の場合、刀を右膝の脇か左膝の脇か有る筈ですから夫々稽古しておくべきものでしょう。

水鴎流に左右の応じ方が有ります。
左側に刀を置く場合「立浪」「左手で刀を取り、敵の顔面に柄当てして右手で柄を取るや抜き受けに打ち込んでくる敵の小手を斬る」
右側に刀を置く場合「立浪裏」「右手で刀を取り、敵の顔面に柄当てし、左手を柄に掛けるや刀を抜いて敵を突く」

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2018年4月15日 (日)

無双直伝英信流の形 福井聖山先生の看取り稽古の4独妙剣の5

無双直伝英信流の型
福井聖山先生の看取り稽古の4独妙剣の5
参考資料
福井虎雄聖山平成3年1998年無雙直伝英信流居合之形
福井虎雄聖山昭和57年1982年太刀打之位ビデオ
河野百錬昭和44年1969年太刀打之位ビデオ
 独妙剣の福井先生の教本を先ず読みます。
 一刀目は、打は右足を踏込んで上段から左面に斬込む。仕は機先を制して打の左面に斬込み相打となり、物打の刃部にて刀を合わす。
 二刀目は打は仕に圧せられて、右足を退かんとするを、仕は之に乗じて左足を踏込み打の右面に斬込む、打は右足を退き、上段より仕の太刀を受ける。(斬込むような要領で)
 三刀目は、打が左足を退くところを仕はその左面に斬込む。
 ここで、福井先生のビデオを見て稽古して見ます。
 一刀目も二刀目も三刀目も間合いが少々遠く仕の斬込みは打に届いていない様です。
 二刀目三刀目とも、打も退きながら略同時に斬込んでいますから結果として、双方相打ちとなっています。
 この独妙剣でも、教本に無い左足・右足・左足と一刀目八相から双方前に出てそこで一呼吸おいて上段に振り冠っています。
 河野先生のビデオも稽古しておきます。
 河野先生も間が遠すぎですが、打にお構いなく斬込んでいますが打も斬込んで相打らしく見えます。 
 一刀目の三歩目の左足前での福井先生の様な一呼吸の睨み合いは有りません。左面(右足)・右面(左足)・左面(右足)と双方斬込んでいます。
 打は三刀目を、二刀目と同様に之を受け、互に左足を退きて中段となる打は機を見て左足、右足と追足にて刀を左に傾け摺込にて仕の胸部を刺突す、打は突きたるとき上体を流す。(前に屈むる)
 中段の構えですが、仕打共に拳3つぐらい臍前から柄頭が前、切先の延長線上は喉元、双方物打合わせですが、是は竹刀剣道に見習ったものでしょうか。
 ピタリと決めず「この辺が切先合わせ」といった塩梅で打は、機を見たのか順番だからか、直に仕を突きに右足を踏出し突き込んでいます。
 其の際の刀の刃が下向きか斜め左か、定かではありません。左手の拳の状況から見ればやや刃を外向けにしようとしている気もしますが、刀の映像は刃が下に見えます。
 中段に双方取る際、三刀目の出足は右足前です、先ず合刀したところから、刀を双方離さず下げながら、左足を退けば、間が良ければそのまま切先合わせになるのですが、遠間なので、左足を後方に退いて、右足を左足の爪先迠退いています。
 三刀目を打ち合って双方中段になる足捌きですが、「出るは出足、退くは引き足」と云う言葉を聞いたことはあるでしょう。
 大江先生の剣道手ほどきのこの部分「三度目に左足より右足と追足にて一歩づつ退き、刀を青眼とす」と明快です。
 教本の「互に左足を退き中段となる」では、先師の教えを無視しています。
 刺突の際、打は僅かに後ろ足の左足を踏んで右足を踏み出し突き込んでいます。これでは「左足右足と追足にて」とは言えないでしょう。敢えて屈まずとも目標に突きを入れればこの足捌きでは上体は低く前に屈みます。
 此処も大江先生は「打太刀は右足より追足にて仕太刀の刀を摺り込みて突きを施し」で、突きの出足は右足から出ています。
 河野先生のビデオです。
 教本内容は福井先生と同じですからそれを元に稽古して見ます。
 三刀目は左面相打ですから右足前です。仕打共に右足を半歩程退いて中段に構えます。「左足を退きて中段となる」の教本は何処に行ったのでしょう。此処は右足の誤植か勘違いのまま原稿を渡したかでしょう。   
 間が良いと見たのでしょうが切先合わせは物打下部です。少しも間など良くないでしょう。
 同等の気位どころか順番を追って急ぎ過ぎです。中段から打は「機を見て」、右足を大きく踏込み仕を突きます。
 左足は元の位置ですから「左足右足と追足にて」は有りません。
 突きの刀の刃は、両手の拳から見て右に向いているようです。右向きですと仕の刀によって反りで左に切先は外れて仕を突く事は困難です。
 下向きでない事はわかりましたが、この突き手は河野流の右手甲を上に向ける瀧落や門入りなどの突き手です。
 「武術は状況次第だから是で良し」でしょうが、へぼがビデオで習うのも現代の習いです。
 此処も大江先生は「仕太刀の刀を摺り込みて突を施し」ですから摺り込んで行くために有効な刀刃は如何様にあるべきか考えて、下向き・左向き・右向き・上向きとやって見て確証を得るべきものです。
 相手の刀も突きを入れられる状況にあるのですから突けばいい、では真剣を持っての武術では無い。申し合わせの踊りです。
 平成21年のある地区の獨妙剣の演武を見てみます。
 一刀目が左面か、ある地区は真向斬り下ろしで双方の中間で刀を合わせる相打だと言う。どう見ても、仕は真向の様ですが打はやや右半身ですから十文字に受けた相打ちの様です。
 二刀目は仕の手が下がってしまい刀が立ってしまっています。打に攻め込まれて仕が受けたと言った塩梅です。間が近くなり過ぎなので調整したのでしょう。居合人の陥る欠点の一つは、大きな踏み込みが邪魔します。打の退き足が不十分で仕はこの時、両足が揃った結び立ちです。
 三刀目は何とか仕は左面に右足前で斬り込めました、打の刀が打の頭に隠れて見えません。想像するに、左足を退いて上段に振り冠った時仕の斬込みが迫ったため左に刀を下に受太刀としてしまったのでしょう。退きながら斬るが不十分なのです。
 双方右足前で合刀しています、仕は打よりも早く刀を下げ右足を退いて中段に構えています。其の時の足は右足と左足が結び立ちです。打は稍々遅れて右足を退き、左足はバランスを取る程度にチョット退いて中段です。
 打の突きは右足を踏み込み左足は元の位置に置き去りです。福井先生の教本など無視されています。突いた時の打の刀の向きは打に隠れて見えません。
 或る地区のもう一つのビデオで稽古して見ます。
 一刀目は、八相で左・右・左と出てそこで人睨みの休止です。上段に振り冠って真向斬り結びでしょう。その際目線が切先について上目遣いが気になります。
 剣道型の八相と体を残した剣道形の摺足が不自然に目に付きます。自然体でスルスルと出足に体が乗っていく歩みが出来ないわけでは無いのに、敢えて剣道型を良しとするのは居合の歩みにも多くの人が行っていますが、それでは足と体が一体ではないので、遅れを取ります。
 二刀目、三刀目共に仕は右面、左面に斬り込んでいます。打は出足を退き上段から刀を立てて右面への斬り込み、左面への斬り込みを受太刀で十文字受です。(斬り込むような要領で)の解釈をこの様な受太刀としたのでしょう。
 古伝は打は出足を退きながら仕に斬り込み、仕は歩み足で斬り込み受けています。仕打逆の攻防でした。今後の課題でしょう。というより古伝を見直す時期に来ていると思っています。
 三刀目で刀を合わせ中段になるのですが、仕は左足を稍々前に踏みその分右足を前に踏み中段。打は下らざるを得ず右足・左足と下がり、右足を左足に引き付け結び立となるや中段となって切先を合わせるや右足を踏み込み刃を下にして仕に突き込んでいます。その際左足を追足して更に上体を前に屈めています。
 演武には予期せぬ状況があるものですから、中段になるには双方退くとされているのに仕が踏み込んできたため間を取らざるをえず、打は三歩退かざるをえなかったのでしょう。
 打が先んじて行動を起こし仕は其れに合わせて十分な体勢をとる事の意味を忘れた動作でしょう。
 相手の動きに応じる、とか相手に透きを作って誘うとか武術は術なのです。形ばかりの演舞では術は身につきません。
 総じて、組太刀は同じ人とばかりやっていますと、順番や癖が当たり前になり、いい加減な対応になりやすいものです。つねに相手を変え、打が誘導するのに対し機先を制するのでなければ稽古にはなりません。
 応用が利く様になれば、どんどん武者修行しなければただの踊りです。
 次回は独妙剣の打の突きを摺り落すところを稽古します。
 
 
 
 
 
 
 

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曽田本その1の4居合根元之巻読み解く6小藤亀江伝来の目録17

曽田本その1
4.居合根元之巻読み解く
6、小藤亀江伝来の目録
17無雙直伝英信流居合目録
 
極意之大事 
 
1.暇乞・2、獅子洞入・3、地獄捜・4、野中幕・5、逢意時雨
6、火村風・7、鉄石・8、遠方近所・9、外之剱・10、釣瓶返
11、智羅離風車
読み解く
17、外之剱
 自宅他家共に其の座に有る物に心を付べし箱の類にても又はけさんの類盤の類にても之有時は我が量に叶うべきを計其近所に座して透間を見て是を打つけべし亦常とても此心得有るべし其座に有るもの近所にざすべし亦我が居間に是々有と常に心を用い置時は至って利を得る也
 仕合抔望まれたる時向原の詞聞きたる上は油断すべからず立合迄もなしすぐに何にても取って打倒すべし又しなえ抔くみてあらば立合ふ迄もなし居ながら取かえして打ころすべし


 これも前同然のことですが、その場にある得物になるものを即座に認知しておくこと、と言っています。
 自宅や他人の家でもその座敷に有るものに心を付けておく事、箱の類、またはけさんの類盤の類(そろばん か?)、でも有るならば我が武器になりそうなものが有ればその附近に座して、相手の隙を見て是を打ち付けるのである。
 亦、常にこの事を心得て置くものであり、その座に有るものの近所に座すべきである。
 亦、我が居間に於いても、これこれの物が有ると常に心覚えしておく時はその場に至って利を得るものである。
 仕合など望まれた時は相手の言葉を聞いたとたんに油断なくして、立ち合うまでもなくすぐに何でも取って相手を打ち倒すのである。また、竹刀など組あげてあれば立ち合うまでもなく居ながら竹刀を取って打ち殺せ。

 是が、戦国時代から江戸中期にかけての武士の心掛けだったのでしょう。むざむざ切られたのでは、武士道精神に欠けお家断絶の憂き目に会う時代です。

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2018年4月14日 (土)

無双直伝英信流の型 福井聖山先生の看取り稽古の4独妙剣の4

無双直伝英信流の型
福井聖山先生の看取り稽古の4独妙剣の4
参考資料
福井先生の教本及びビデオ
以下同じ。
 双方八相の構えから左足より前進し、間に至るや打太刀は上段となり、右足を踏込みて仕太刀の面に斬込むを、仕太刀機先を制して上段から右足を踏込みて打太刀の左面に斬込み相打となり、物打の刃部にて刀を合わす。
 打が先行して歩み出すのではなく、ビデオでは仕打同時に進行し、左・右・左で互に見合って一時ストップをかけています。
 同時に右足を踏込み乍ら右足が左足と交差する処で上段に冠り、右足が着地と同時に斬り込んで双方の中間稍々仕が深く合刀しています。
 何のために一時ストップするのか教本には書かれていません、打の斬込みに仕が機先を制するには、歩を止めてしまっては意味の無い動作になるでしょう。
 上段の振り冠が双方床に水平の中途半端なものになっています。英信流の切先下がりでもなく、古流の切先45度上向きでもない。
 此処は、八相から其のまま右足を踏込み、左面に斬り付ければ済むものを、剣道型の八相から上段に振り冠り、尚且つ、英信流之形と云わんばかりに背中の方に切先を下げんとしながら、急いだとしか見えません。
 八相から上段への構えは三歩目で左足を踏み出し床に着くや振り冠れば充分深く冠れます。
 また、右足を踏出しながら振り冠るならば、45度上を向いた上段となるものでしょう。
 英信流の組太刀の上段の定義は是と言って決まりは無い、居合の場合は「とどめ」の上段で充分斬撃の強度を増す、あるいは〆の斬込みであれば、背中に背負う上段も有り得るでしょう。
 仕が背中に振り冠るならば打は天を突く上段から仕の小手に斬込めばこの業はおしまいです。
 ある地区の平成21年の演武を見ています。
 礼式や残心はさすがに、居合で鍛えた演武慣れした素晴らしいものです。八相から左・右・左の踏込み足が、構えた時の雰囲気と合わず、ちょこちょこと小足で走り込む様です。
 三歩目左足を踏込み半呼吸おいて双方上段に振り冠っています。恐らく八相から上段に、更に背中への切先下がりの二拍子の振り冠のタイミングが足を止めてしまうのでしょう。
 仕打共に背中に45度の上段です。同時に斬込んでいますので、機先を制される打の遅れは見いだせない。
 ある地区の独妙剣の一刀目は真向斬下しの相打と聞かされています。福井先生は左面相打です。この演武は明らかにバッテン十文字受ですから真向切下ろしではないでしょう。
 平成25年のある地区の演武を見ます。同様に三歩踏み出しここで一呼吸おいて上段から右足を踏込み真向斬込みです。真向打で双方物打の鎬で刀を止めるには、斬り下ろす円の頂点より稍々下がった所で手の内を締める、その際決して相手の刀を受け様としないことです。結果として鍔元で擦れ合った場合は相手の頭上に入っています。
 このビデオではせっかく見事に受けていながら、手を下げてしまい、剣先をやや立てて真向打ち鍔元フィニッシュです。
 八相から上段への振り冠を、英信流居合に随い背中に45度の切先下がりをすれば、真向打ちの軌道が長くなり、その分手の締めを充分行わないと相手に斬り込んでしまいます。
 更にこのビデオでは双方の間合が近い様で、真向打で合刀した時刀が立った手打ちになっています。
 双方真向斬り下ろす事を指導されるには、互に袋竹刀などで物打で相手の頭に触れる間の稽古が充分なされ、互に信じあって打込まなければなりません。
 初めのうちは、相手が真っ直ぐ打込んで来るので、本能的なのか刀を斜めにして受太刀にしてしまう人がほとんどです。
 福井先生の教本はあくまでも、一刀目は双方左面、二刀目は双方右面、三刀目も双方右面です。教本を解釈する程度は読む者の力量次第とも言えます。
 真向打を福井先生の獨妙剣の一刀目とされる検証を示されて地区指導をされるべきでしょう。或は地区の独創であれば、その根拠と、理合を十分理解させるべきかと思います。
 独妙剣の二刀目以降は次回とします。
 
 
 
 

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曽田本その1の4居合根元之巻読み解く6小藤亀江伝来の目録16

曽田本その1
4.居合根元之巻読み解く
6、小藤亀江伝来の目録
16無雙直伝英信流居合目録
 
極意之大事 
 
1.暇乞・2、獅子洞入・3、地獄捜・4、野中幕・5、逢意時雨
6、火村風・7、鉄石・8、遠方近所・9、外之剱・10、釣瓶返
11、智羅離風車
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8、遠方近所
 小藤亀江の相伝した目録は項目のみですから是だけではどのように極意を身に付けたのか解りません。
 一回ぐらいは谷村樵自庸から講義を受けたか、伝書の写し書きをしたか、授与されたかあったかもしれません。
 現代居合では十段になっても目録のみでそれも第17代大江正路の残した居合の形の順番が書かれてある程度でしょう。
 「遠方近所」の極意は英信流居合目録秘訣の九項目目に残されています。
遠方近所
 我に敵する者と見るときは其の者の側に寄りて居る事肝要也或は庭前の花にことよせ或は掛物を見る躰抔して側に近よりて居べし刀に手をかけば其儘手を取って引倒すべし間を隔てゝ居る故に不覚を取るなり或は意趣有って仕掛られ丸腰にて出合て不覚を取たる者も間々之有也是等も此習を得たればたとい丸腰なり共不覚をば取まじ其故はいや貴殿の短慮なり能く合点せよ抔と云て側に詰寄て居る時は刀をぬけば引倒す故丸腰とても不覚は取まじきなり
亦大事の仕物九寸五分の合口抔を指近く居て思わぬ処で取って引寄さしころす時はたしかに仕留る也是等皆師子王かんよう也


 我に敵する者だと見た時は、其の者の側に寄って居る事が肝要である。或は庭の花に事寄せ、或は掛物を見る振りをして側に近寄って居るのである。
刀に手を掛けたなら其の儘その手を取って引き倒せばよい、間を隔てて居るので不覚を取るのである。
 或は意趣あって仕掛けられ丸腰で出合って不覚を取った者も間々ある。これ等も此の習いを得ていれば丸腰であっても不覚を取る事は無い。
 それ故「いや貴殿の思い違いでしょう、よくお考え下さい」抔と云って側に詰め寄って居れば刀を抜けば引き倒せばよいので丸腰であっても不覚を取ることは無いであろう。
 亦、上意の大事な捕り物であれば九寸五分の合口などを指し、近くに居て相手が思わぬ所で抜き取って刺し殺すならば確実に仕留めることになろう。

 これ等の事は皆師子王の心(大丈夫の心)が肝要である。

 この極意は「我に敵する者だと見た時は、其の者の側に寄って居る事が肝要である」に極まるでしょう。

 
 

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2018年4月13日 (金)

無双直伝英信流の型 福井聖山先生の看取り稽古の4独妙剣の3

無双直伝英信流の型
福井聖山先生の看取り稽古の4独妙剣の3
参考資料
福井虎雄聖山著平成3年1993年無雙直伝英信流之形
福井虎雄聖山昭和57年1982年太刀打之位ビデオ
その他
 独妙剣は仕太刀が攻めて踏み込みながら左面・右面・左面と斬り込む、打太刀は退きながら応じて相打ちとなる。
 此の三度の斬り合いが相打ちならば、以降の動作も迫力があるのですが、仕に押されて受太刀の打であれば、唯の申し合わせの演舞になってしまいそうです。
 相打ちを条件に、福井先生の教本も「上段より仕太刀の太刀を受ける。(斬込むような要領で)」の文言がの括弧書きされている筈です。然し、打は退きながら斬込むのが下手で、受太刀になりやすい、それで良しとする先生も多そうです。
 互に左足を退きて十分なる同等の気位にて中段となる。打太刀は機を見て左足、右足と追足にて刀を左に傾け、摺込みて仕太刀の胸部を刺突す。
註、打太刀は突きたるとき上体を流す(前にかがむ)
 仕太刀は左足を左に踏出し(右足の左斜前)体を右に披きつつ手元を上げて敵刀を捲き返す。(敵刀を、己が右斜下に裏鎬にて摺落す。)
 仕太刀は打太刀の刀を右斜下に摺落しながら右足を左足の方向に退きつつ上段となるや右足を踏込みて打太刀の首より肩にかけて斬下す。
註、退く右足は床に留まらぬうちに進めて斬込む。
 次に、打太刀は三歩出で、仕太刀は三歩退きながら中段となりつつ元の位置に復し、双方五歩後退す。(納刀せず)
 今回はこの摺落としについてです。
 福井先生の教本では、相中段から打が刀を左に傾け仕の刀に摺り込みながら仕の胸部へ突き込んできます。
 仕は左足を左斜め前に踏み出し、筋を替って体を右に披いています。これで打の突きは外せました。
 しかし、そのままでは打は、退くなり、刃を返して攻めるなりするでしょう。そこで仕は同時に「手元を上げ」、打の摺り揉んで突いて来る刀を、己が刀から離さずに左手を返しながら上げて切っ先を下方に向かわせ、鎬を使って摺り落す(巻き落す)。)のです。刀の反りによって打の刀を我が右斜め下に落とせと言うのです。
 敢えて、打は(前にかがむ)動作をせずとも、直ぐには立て直しは出来ないものです。その間に、右足を左足の後方に摺り込むや右足を踏込み、刀を右肩から上段に振り冠って、打の首より肩に斬り込む。
 ある地区の指導で、打は刃を下にして仕を突く、仕は左斜め前に左足を踏込み右足を左足の後に摺りこんで右足を踏込み斬り下ろす、として、捲き落としを重要視していないようです。
 居合専門になってしまい、剣術の妙技を知らなければ理解できないところでしょう。教本通りにやって見ればすぐに気が付くはずです。
次回は、福井先生のビデオを見ながら教本を読んで稽古して見ます。
 
 

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曽田本その1の4居合根元之巻読み解く6小藤亀江伝来の目録15

曽田本その1
4.居合根元之巻読み解く
6、小藤亀江伝来の目録
15無雙直伝英信流居合目録
 
極意之大事 
 
1.暇乞・2、獅子洞入・3、地獄捜・4、野中幕・5、逢意時雨
6、火村風・7、鉄石・8、遠方近所・9、外之剱・10、釣瓶返
11、智羅離風車
読み解く
7、鉄石(てっせき)
 是も英信流居合目録秘訣の極意ノ大事八項目目にあります。
鉄石
 旅抔にて気遣しき所を通るには石を袂に入れて行くべし 尤是に限らず用心を為〆(なして)行先は必ず石を袂に入行くべし時に取って是を打つくる也 座上にても鉄石の心得有  あの者を切らんと思ふ時は 其者の膝本のたたみ抔をハタと敲くときは夫に気をうつす也 其所を切ればきり安き者也
*
 心得の極意の「鉄石」とは何でしょう。鉄と石非常に堅固なものの・・譬え、と有ります。
 何となく気遣う様な所を通るには、用心のために石を袂に入れて行き、何かあった時には、石を取って打ち付ける、是に限らず用心を怠ってはならない。上司でも鉄石の心得有るものだ。
 次の「あの者を切らん・・」の文章も鉄石なのでしょうか、袂の石の心得とは違いますが、あの者を切ろうと思う時は、その者の膝辺りの畳をハタと敲いて、気を散らしておいて切れば切りやすいものである。
*
曽田本その1神傳流秘書を読み解くに大剣取の四本目に鉄石の業があります。
鉄石
 是も前の如く坐し是は廻り寄りて切らんと心得て抜かざる時行なり二小太刀尓て地をハタと叩いて気をうばうて入りてさ春
従是相寸
読み
鉄石(てっせき・てついし?)
 是も前の如く坐し 是は 廻り寄りて 切らんと心得て抜かざる時 行くなりに小太刀にて地をハタと叩いて 気を奪いて 入りて刺す
是れより相寸
読み解く
 是も相手は「前の如く坐し」ですから居合膝に坐す処、我が「廻り寄りて」は、めぐりよりて、めぐってきて、相手はそばに寄ってくれば切ろうとしているが抜こうとしない時、我は小太刀を下げてスカスカと間境に歩み行き、体を低め、小太刀で地をハタと叩き相手の気を奪い、相手が抜こうと抜くまいと体を低めたまま中に入り、相手の柄手を制して刺す。

 いささか、文章が解りずらいのですが、抜こうとしているが、抜く気があっても抜こうとしない相手の気を奪って付け込んで刺す、という業です。
 仕組の稽古でこの気を出せるかは難しいでしょうが、業に成りきって稽古する事も大切な事だろうと思います。

 政岡先生は、相手が抜かないので抜刀して地面をはたと打つと抜きはじめる、そこを飛び込んで右手をおしあげてさす。としています。

*
 この極意之大事は、孫子の「兵は奇道也」です。目的を達するには、細心の注意と誰も思っても見ない、状況を作り出し目的を果たすものでしょう。

 綺麗ごとにばかりに、夢を見ている武道修行者には違和感のある部分かも知れません。然し多かれ少なかれ、日常のビジネス活動にも要求される心得でしょう。

 刀を持って戦う事は勿論、生か死を見つめる事の乏しいこの時代、武士道を美化して、正面から名乗り合って仕合うことと見るのも仕方のない事かも知れません。

 

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2018年4月12日 (木)

無双直伝英信流の型 福井聖山先生の看取り稽古の4独妙剣の2

無双直伝英信流の型
福井聖山先生の看取り稽古の4独妙剣の2
参考資料
前の通りとしておきます。
第21代福井虎雄聖山の獨妙剣の教本から、「・・三度目に仕太刀は打太刀の退くところをその左面に斬込む。打太刀は二刀目と同様に之を受け、互に左足を退きて十分なる同等の気位にて中段となる。」
 三刀目の文章は、省略されていますから「三度目に仕は打が左足を退きて上段とならんとするを付け込みて右足を踏込み上段から打の左面に斬り込む、打は斬り込むような要領で仕の太刀を受ける」となるでしょう。よく見かける、打は詰められて受太刀になるばかりの上段から左下に刀を下げて受けるのでは、同等の気位にはなり得ないでしょう。
「打太刀は機を見て左足、右足と追足にて刀を左に傾け、摺込みて仕太刀の胸部を刺突する」
 双方中段の構えは切先を相手の喉元に附け、双方切先(横手辺り)を合わせる。よく見かける剣道形は物打を合わせる様ですが、深くならないように合わせるべきでしょう。
 「機を見て」は中段となるところで、順番だからと無造作にせず、打から退いていくのに仕は合せて左足を退き、合刀をそれに合わせて中段となるものでしょう。剣先が合うや一呼吸以上置いてから刺突するのでは、此の業の連続性を欠く事になりそうです。本来なら仕の気の弛みを逃さず、打は後足の左足を右足に引き付け右足を踏込み「刀を左に傾け、摺込みて仕の胸部を刺突する」。この踏込む足裁きが気になります。機を見て刺突するならば「右足で踏込み左足を追い足とする」方が容易です。
 此処で大江先生の刺突の足裁きを「剣道手ほどき」から「打太刀は右足より追足にて仕太刀の刀を摺り込み突を施し・・」で、これが一般的な右足で間を越し左足を引き付ける追足裁きです。河野先生も福井先生と同じ「左足、右足と追足にて」と書かれています。
 刺突の際「刀を左に傾け、摺込みて・・」については、大江先生は「仕太刀の刀を摺り込みて突を施し」です。仕の刀を摺り込むには刀の刃を左に返して摺り込めば、刀の反りで仕の刀は打の中心線を左に外れ、打の切先は仕の中心線を攻めて行きます。
 第19代穂岐山先生に指導を受けられた「無双直伝英信流居合道能参考」の著者野村條吉先生は「青眼に構えるや敵刃を我刀にて圧しつゝ敵の喉を突く仕太刀は我刀を引込みつゝ体をかわして・・」です。喉を突くならば刃は下向きとも取れます。但し打の刀を圧しつゝですから決して仕の刀から離れない様にすべきでしょう。
 この場合仕から。刃を返されて突きを入れられる事も有り得ます。
 胸部を突くには、福井先生の教本に随い「刀を左に傾け、摺込みて仕の胸部を刺突」が妥当でしょう。
 ある地区の刺突は、中段に双方構えた処で、打は仕の胸部を、中段に構えた状況から右足を踏込み左足を追足に上体を屈め乍ら刺突し、仕に往なされた処で更に低く体を屈め仕の斬込みを待っています。これはやり過ぎでしょう。
 次回は、仕の胸部を、あるいは喉を、打に刺突されるのを筋を替って外し打の首から肩にかけての斬下しを稽古します。
 合わせて、福井先生のビデオ、ある地区のビデオで看取り稽古をします。
 

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曽田本その1の4居合根元之巻読み解く6小藤亀江伝来の目録13・14

曽田本その1
4.居合根元之巻読み解く
6、小藤亀江伝来の目録
13・14無雙直伝英信流居合目録
 
極意之大事 
 
1.暇乞・2、獅子洞入・3、地獄捜・4、野中幕・5、逢意時雨
6、火村風・7、鉄石・8、遠方近所・9、外之剱・10、釣瓶返
11、智羅離風車
読み解く
極意之大事5、逢意時雨
 英信流居合目録秘訣 極意ノ大事の5項目目に「逢意時雨」は有ります。逢意時雨は「ほういしぐれ・あういしぐれ」とでも読むのでしょう。
5、逢意時雨
 火村の風に異る事無し是は茶抔所望して其茶椀をとってすぐに打付べし又自宅へ敵来たらば我は茶を汲で持出て其茶を取らんとする手を取て引倒して勝也
 「火村風」という事が出てきました、これも極意ノ大事の4項目目にあります。読みは「かそんのかぜ」と読みます(曽田メモ)続けて読んでみます。
6、火村風
 仕物抔に行たる時其者と物語抔をして都而(却ってならずや虎彦註)色にあらわさず扨煙草盆を持出したらば其火入れを取って打付けて然しておくれたる所を勝べし 亦捕物抔に行に灰を袋につつみ其灰の中に石を入おんぶくの様にして持相手の面に打つくるとパッと
開いて眼くらむ也 其所を捕る也 譬え開かず共石を入れて打付る故転どう(倒?)する也 或は此事を聞くさし(ききさし)捕手の役に行く密談に事よせ捕る仕組也 一人密談しいたるに脇より紙に灰を包み打つけるに紙しかと包て有りたる故都而(却ってにあらずや虎彦註)不開おんぶくの如くなるものにて面を打たる故いよゝに相人(あいひと、相手)気ばりて取急たると是伝をしらざる故用に不立(たたず)
*

 前回の「逢意時雨」同様に相手の油断に不意打ちを食らわせ臆するところを捕り押さえる心得です。
これも場面が目に見える様です。「火村風」の業名も不思議な名です。

 「都而」は「却而」いずれも現代に使われていないのですが、「・・としてすべて色にあらわさず」の様に使ったのでしょう。学識のある方のご指導をいただければ幸いです。

 世間話などして少しも仕物に来たことを色に出さず、煙草盆を出してもてなす風を装い、突然其の火を相手に投げつけ臆するところを捕えるのです。

 亦,捕り者に行く時は、灰を紙につつんでその中に石を入れて、「おんぶく」は土佐の方言の一つかも知れません。紙に包んだ米を正月に備える風習もある様です。
相手の顔にぶつけて包みが解けて目潰しとなって目がくらんでいる処を捕る。
譬え紙が開かなくとも石が入っているので当たれば衝撃を受けて動転する。

 この方法を聞いて捕り者に行き、密談があると気を引いて捕る仕組み、密談して居て灰を入れた紙を相手に打ち付けたが紙をしっかり包んでいたので開いてくれず、相手は却って気張ってしまう、慌ててしまってこの伝を知らずに用が立たない事も有。
此処は其の儘読んでも、意味不明なので勝手に思いつくまま解釈して見ました。

 この辺は目録の中でも、面白い処です。
役目を果たすと云う事への執念を教えると理解すべき処でしょう。

 
 
 

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2018年4月11日 (水)

無双直伝英信流の型 福井聖山先生の看取り稽古の4独妙剣の1

無双直伝英信流の型
福井聖山先生の看取り稽古の4独妙剣の1
参考資料
福井虎雄聖山著平成3年1993年無雙直伝英信流之形
福井虎雄聖山昭和57年1982年ビデオ
平成2年1992年第9回無雙直伝英信流居合道全国大会講習資料太刀打之位要旨
大江正路・堀田捨次郎共著大正7年1918年剣道手ほどき
その他
 打太刀、仕太刀相八相より前進し、間に至るや絶妙剣と同理合にて二度斬結び、三度目に仕太刀は打太刀の退くところをその左面に斬込む。
 打太刀は二刀目と同様に之を受け、互に左足を退きて十分なる同等の気位にて中段となる。
 打太刀は機を見て左足、右足と追足にて刀を左に傾け摺込みて仕太刀の胸部を刺突す。
註、打太刀は突きたるとき上体を流す。(前に屈むる)
 仕太刀は左足を左に踏出し(右足の左斜前)体を右に開きつつ手元を上げて敵刀を捲き返す。(敵刀を、己が右斜下に裏鎬にて摺落す。)
 仕太刀は打太刀の刀を右斜下に摺落しながら右足を左足の方向に退きつつ上段となるや右足を踏込みて打太刀の首より肩にかけて斬下す。
註、退く右足は床に留まらぬうちに前に進めて斬込む。
 次に打太刀は三歩出で、仕太刀は三歩退きながら中段となりつつ元の位置に復し、双方五歩後退す。(納刀せず)
 独妙剣の教本の一度目・二度目の斬結びが省略されています。教本は出来るだけ省略せずに書いておきたいものです。
 補足しておきます。
 「双方相八相、左足より前進し、間に至るや打太刀は上段となり、右足を踏込みて仕太刀の左面に斬込むを、仕太刀機先を制して上段から右足を踏込みて打太刀の左面に斬込み相打となり、物打の刃部にて刀を合わす。
 打太刀は、仕太刀の気に圧せられて右足を退かんとするを仕太刀之に乗じて左足を踏込み打太刀の右面に斬込む。打太刀は右足を退き、上段より仕太刀の太刀を受ける。(斬込むような要領で)」
 ここでのポイントは、一刀目は打が八相から上段に振り冠って仕の左面に斬り込むのを、仕も同様に斬り込み相打とする。
 「仕機先を制して」をどの様にするでしょう。打に遅れて斬り込むが結果相打という業を出せるかにあります。しかも双方の左面に斬り付けられる距離の中央で物打の刃部という注文までついているのです。
 殆どの演武を見ていても、仕打同時の運剣です。或は打が先んじて中央で待っている。機先を制しての言葉に煽られて先んずるばかりでは双方物打での合刀は難しい。
 二刀目は、古伝は打が退きながら仕の右面に斬り込んで来るのですが、この教書では仕に圧せられて打が退かんとするのを仕は左足を踏み込んで打の右面に斬り込む。打は(斬り込むような要領で)受太刀になる様に指定しています。
 ここもほとんどの演武で打は上段から刀を右下に振り下し、受太刀にして稍々刀が斜め前向き程度のものです。その様に指導してしまう先生ばかりと言ったら過言でしょうか。
 この福井先生の教書は河野先生の教書をそのまま引用していますので時々、古伝の心持が挿入され、人真似の形を追う人には意味の無い挿入部分となってしまいます。
 形の手附は心持ちでは無く動作として、示すべきでしょう。
 多くは、打より先に仕が仕掛けている様です。それでは仕打逆でしょう。早ければ勝つわけでは無いのですから。
 打も受太刀になったままでは無く受ける事が攻める拍子となる業を持たなければ打の資格はないでしょう。
 三刀目も同様と云えるでしょう。
 ある地区の一刀目は絶妙剣同様、真向打で双方の中心で鎬を合わせて留めています。何をさせたいのか疑問です。真向打ちは術の優れた者と対すれば必ず負けて我が刀は落とされ相手の刀が面を斬ってきます。受ける事など出来ません。せいぜい手の内の締めを学ぶかそれを利用して真直ぐ打込む稽古に過ぎません。怖がって十文字受してしまえば真向相打ちなど何処にも無い。
 福井先生の教本の示す左面への斬込みも出来ていない事になります。
 もう一つ、英信流の居合では上段は背中に切先下がりですが、八相から上段に振り冠って切先下がりでは、八相から切先上がりの上段を良くする者には対応できません。更に左面ならば八相からそのまま左面に斬り付ける事が相手におこりを見せず有効でしょう。
 大江先生は、八相から「仕は八相のまま右足より五歩交互に進み出て、同體にて右足を踏み出して。左面を斬る」と言って八相から上段へは取っていませんでした。
 もういい加減に、大日本武徳会の統一理論に随っている必要は無いでしょう。八相の構えも剣道形になって窮屈です、研究課題でしょう。
 他流の竹刀剣道に蹂躙されていない八相を学び従来(河野先生以降のかたち)の変形を正す時期でしょう。
 或は大江先生の英信流居合の型を元にして、不合理な部分をあらゆる資料や研究を元に新たに作り替えて、この流を学ぶ者に示す時期でもあるでしょう。居合と組太刀とは居合の業技法を修錬する土台というより、居合で不充分な場合剣術となった時の業技法を示しています。居合に拘ると不合理になってしまいます。
 三刀以降は次回に譲ります。
 
 
 

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曽田本その1の4居合根元之巻読み解く6小藤亀江伝来の目録12

曽田本その1
4.居合根元之巻読み解く
、小藤亀江伝来の目録
12無雙直伝英信流居合目録
  
極意之大事 
 
1.暇乞・2、獅子洞入・3、地獄捜・4、野中幕・5、逢意時雨
6、
火村風・7、鉄石・8、遠方近所・9、外之剱・10、釣瓶返
11、智羅離風車
読み解く
極意之大事3、野中幕
曽田本その1に英信流居合目録秘訣が納められています。外之物ノ大事・上意之大事・極意ノ大事、更に居合心持肝要之大事に「野中之幕」があります。
 
野中之幕
 取籠者抔の有之時 杖の先き或は竹の先に又横手を括り付け其横手を羽織の袖に通し其竹の本を左の手に持ち向へさし出し右の手に刀を持ち 生捕なれば木刀の類を持ち 我身は羽織の陰に隠れ羽織をば相手の方へ突き付べし 向より切ると云えども我身には届く事なし其所を持たる刀にて相手の足を薙ぐべし亦矢玉を防ぐに至て宜し
 是が極意の事の一つですが、暗がりとか余程相手の気が立って居なければ役立ちそうもありません。
 居合とは無関係の様な教えです、目録授与の際に口頭で説明すればよい様な内容です。
 
 
 

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2018年4月10日 (火)

無双直伝英信流之形 福井聖山先生の看取り稽古の3絶妙剣の5

無双直伝英信流の型
福井聖山先生の看取り稽古の3絶妙剣の5
参考資料
前項と同じ。
 絶妙剣の三刀目について、前回は何故を少し追い掛けてみました。大江先生の創作されたものを変えない、というより河野百錬先生の教本に随うのが福井聖山先生でした。
 河野先生は時代の背景なのか、絶妙剣の術理を考えられて大江先生の動作を変えたのかどうか、もう知るすべは残されていていない。
 直に指導を受けられた方以外は解らなくなっているでしょう。
 戦後のどさくさで、資料も無く、河野宗家に直に疑問をお伺いする様な、本物を求める真面目な剣士は居なかったかも知れません。
 三刀目の疑問は、「打は左足を退きて仕の真向を斬下さんとして上段となるを、・・」の上段の形が教本には示されていません。
 もう一つは上段に構えた打の左腕上腕部を下から掬い斬りする際の、仕の踏込み足です。
「仕すかさず右足を右前方(打太刀の左斜側方)に踏込み、左足を大きくその後方へ送るや上段より打太刀の左腕上膊部に下より掬い上げるように斬込みて勝」その時「仕は、右肩にて敵に附入るように十分手を伸ばして上体を右前に乗り出す」部分です。
 そして「左腕より頭部諸共、斬放つ意なり」です。動作より心持が優先しています。
 ここを福井先生のビデオで稽古して見ます。
 この業は古伝の太刀打之事附込(附入)の名称を大江先生が絶妙剣と替えてしまったものです。従って打との斬り合いで仕は斬り間を外さない事を学ぶものなのです。
 福井先生の一刀目も二刀目も間が遠くて合刀していますが仕の刀は打に届いていません。       
 仕は間合いを計って斬り込んだが打が大きく下った事にしておきましょう。
 古伝は打は退りながら斬り込むのですから双方の間はもっと近くなる。
 其処から、打は左足を退いて上段に振り冠る。上段の振り冠は、振り冠った瞬間は床に水平より10cm位稍々切先下がりで、はずみで戻し水平より10cm位切先が上がった中途半端な上段です。
 英信流の上段振り冠りならば切先45度下がった振り冠りで、斬撃の意を示すには不向きですから切先を上げたのでしょう。
上げるならば切先45度上向きで、左足が床に着くや上段から即座に斬り下ろす体制となる、方が良いでしょう。
 仕は打が左足を退くのに間を外さない様に附込むのですが、踏み込みは十分ですが上段の振り冠が打に遅れています。右足を右斜に(打の左斜側)に踏込みながら打が振り冠るに合わせて振り冠る、そうでなければ打に切り込まれてしまいます。
 打の退き足に随って上段に振り冠りながら踏み込んでいる、打は仕よりも少しでも早く斬撃体勢に入るべきものです。
 申し合わせに随い、打が上段で待っていてくれる、それにいつまでも甘えるものではないでしょう。仕の踏み込みは早すぎても、遅すぎても斬られる。打も斬る為には打の上段は、少なくとも切先45度の上段であるべきです。
 教本通り仕は「仕すかさず右足を右前方(打太刀の左斜側)に踏込み、左足を大きくその後方へ送るや上段より打太刀の左上膊部に下より掬い上げるように右肩にて打に附け入るように十分手を伸ばして上体を右前に乗り出して斬込む」と云った形に成っています。
 但し体は延び切ってまだ足りず左足は宙に浮きそうです。一本目はともかく、二刀目で附け込むのが不十分、三刀目も不充分ですから上膊部を斬れても頭部諸共は此の態勢ではどうでしょう。
 此処を河野先生のビデオで稽古して見ます。教本に書かれている一刀目からすべて上段に正しく振り冠れず、崩れた八相、崩れ裏八相、崩れ八相で特に、三本目は掬い斬りなど教本の文言に過ぎず、体も伸びず手も伸びず横から叩いています。
 打の上段は切先45度上の上段です。上段振り冠も福井先生も不十分で河野先生と同様です。剣連に言わせれば「ダメ」でしょう。
 さて、福井先生のビデオから学んだというある地区のビデオで稽古して見ます。平成21年のビデオから、一刀目は右面に斬り込む、八相から上段に振り冠って右足を踏込み右面に斬り込み双方十文字請で相打。
 二刀目は打が右足を退きつつ上段に振り冠った処、仕の斬り込みが真向の為(右面に斬り付けるはず)、打も真向斬り込みとなってしまい双方の刀が一本に見えます。撮影角度をずらしても多分そんなにずれていないでしょう。
 意味の無い真向相打ち双方の中間で止めた相打です。三刀目打が左足を退いて上段に振り冠らんとするや、仕は上段に振り冠って、右足を右に大きく踏込んで上段から右に刀を廻し低い八相の斬込をしています。下から掬い斬りでは無く斜め上から上段に構えた打の左腕上膊部に斬り込んでいます。仕の踏み込みが大きすぎて打のほぼ左横に近いものです。此処まで筋を替る意味は無いでしょう。
 右足を足幅程右斜めに踏込み、左足をその後方に摺り込めば充分筋は変われて半身の体勢で掬い斬りは可能です。
 平成24年のある地区のビデオで稽古します。
 一刀目は真向打ちでしょう。福井先生の教本は左面相打ちです。真向打ちで双方の中間で鎬を合わす意味は何なのでしょう。
 二刀目は、打が右足を退いて上段に振り冠り右面に斬り下ろさんとする、仕は左足を踏込み右面に斬り込にむ、打は充分間があるのに仕の斬込みを上段から刀を立てる様にして右側で十文字受する。
 三刀目は、打が左足を退いて上段に振り冠る初動と同時に仕は上段になりつつ右足を右斜め前に踏込み左足をその後方に摺り込みつつ上段から掬い斬りに打の左腕上膊部に斬り付ける。仕は斬り付けられるのを待っている雰囲気です。同時進行した時上段の振り冠が打より早くないと打の方が上段になるタイミングは必ず早くなる。
 打が斬り下ろさんとした瞬間、仕が打の視界から消えている、「あれ」と思った時には腕を斬られている。そんな絶妙剣を見たいものです。
 上段の振り冠など左右にぶれずきれいな振り冠りです。背中側に切先下がりの上段を取る意味はあるのでしょうか。八相から上段、上段から八相何れも疑問です。左右何れにても切先上がりの上段は応じられますが、背中側の切先下がりでは、手打ちの斬撃力に威力は有っても変化に応じられないでしょう。
 長くなりますが、大江先生の三刀目の附け込む右足は、「仕は右足を出して體を右半身とし、中腰となりて、左手甲を斬る」コンパクトな本物だったと思われます。
 第19代福井春政先生は「仕素早く右足を大きく一歩斜右前に踏込み體を右に開き打の左上膊部を下より掬い切りに打つなり」でした。
 次回は独妙剣を稽古します。
 

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曽田本その1の4居合根元之巻読み解く6小藤亀江伝来の目録11

曽田本その1
4.居合根元之巻読み解く
、小藤亀江伝来の目録
11無雙直伝英信流居合目録
  
極意之大事 
 
1.暇乞・2、獅子洞入・3、地獄捜・4、野中幕・5、逢意時雨
・6、
火村風・7、鉄石・8、遠方近所・9、外之剱・10、釣瓶返・11、智羅離風車
読み解く
 極意之大事の3番目「地獄捜」
 小藤亀江は無双直伝英信流居合目録を相伝しても、目録の項目の内容は知らなかったと思うのです。
 根元之巻は師匠に見せられても、目録の項目の全ては師匠も知らなかったのだろうと思います。
 現代居合では刀を抜く形ばかりで、何も相伝していないのが実情です。
*
 古伝神傳流秘書にも無かった「地獄捜」英信流居合目録秘訣極意之大事三項目目にあります。
地獄捜
 闇りに取籠り者抔有るときの心得也夫れにては已成らず惣じて闇にて人をさがすの術也
 刀の身と鞘と半分抜掛て鐺を以て一面にませ捜すべし鐺に物のさわるを證に抜て突べし
 亦鞘口三寸計に切先を残し居ながら静かに四方へ回してさぐるべし九尺四方何事も知れ申す
*
 山川幸雅による目録口授覚、印可口授覚に居合兵法極意秘訣(英信流兵法極意秘訣)というのがあります。
 「老父物語を書付置久しき事ゆえ失念之事多し・・」で始まる林 政詡が明和元年16764年に「賜之」とある覚書です。
 その當流申伝之大事の閨之事に地獄捜と同様の事が書かれています。
閨之事
 不案内なる所にては刀を抜鞘口三寸ほどのこし居ながらしづかに四方を振さぐるべし九尺四方其まま何事もしれ申し候
此処はこの暗闇での用心の方法とみてよさそうです。真っ暗闇など都会ではめったに有り得ない事ですが、知らない所で真っ暗ならば困惑してしまいます。
 
 
 

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2018年4月 9日 (月)

無双直伝英信流の型 福井聖山先生の看取り稽古の3絶妙剣の4

無双直伝英信流の型
福井聖山先生の看取り稽古の3絶妙剣の4
参考資料
絶妙剣の資料による
 絶妙剣の三刀目は、福井先生の教書で研究してみます。双方八相から左足・右足・左足で間境に至り上段に振り冠って、双方右足を踏込んで相手の左面に斬込相打。
 二刀目は打が仕に圧せられて右足を退かんとする機に乗じて仕は上段より左足を踏込み、打の右面に斬込む、打は右足を退いて上段より仕の太刀を受ける。でした。古伝は打も右足を退いて仕に斬込二刀目も相打ちです。
 三刀目は
 「打太刀は、左足を退きて仕太刀の真向を斬下さんとして上段となるを、仕太刀すかさず右足を右前方(打太刀の左斜方)に踏込み、左足を大きくその後方へ送るや上段より打太刀の左腕上膊部に下より掬い上げるように斬込みて勝つ。
註1、左腕より頭部諸共、斬放つ意なり。
註2、仕太刀は、右肩にて敵に附入るように十分手を伸ばして上体を右前に乗り出す。」
 打が受太刀から左足を退いて上段に冠って反撃を示すわけです。仕はすかさず筋を右に変わって、附け込んで上段から低い八相の体勢を以って下から打の左上腕に掬い斬りする。
 大江先生の絶妙剣の三刀目は「打は左足を引きて上段構えとなりて斬撃の意を示す、之と同時に仕は右足を出して體を右半身とし、中腰となりて、左甲手斬る・・」でした。
 福井先生の掬い斬りで打の左上膊部を斬るのは河野先生の教本の丸写しですから、河野先生が昭和17年の大日本居合道図譜で公に変更してしまったものでしょう。
 そこで参考に、この三刀目は仕は打の何処に斬込むのか、参考資料からチェックしてみます。
1、古伝神傳流秘書の太刀打之事「請入」、「・・体を右に開きひじを切先にて留勝」
2、五藤正亮、谷村自庸口伝の曽田虎彦の業附口伝太刀打之位請込(請入)、「・・敵其時かむりて表より討たんとする所を其侭左の肘へ太刀をすける也」
3、大正7年1918年大江正路・堀田捨次郎共著剣道手ほどき英信流居合の型絶妙剣、「・・打上段構えとなりて斬撃の意を示す、之と同時に仕太刀は右足を出して體を右半身とし、中腰となりて、左甲手を斬る」
3、昭和8年1933年河野百錬無双直伝英信流居合術全英信流居合形絶妙剣、「上段構えとなりて斬撃の意を示す、是と同時に仕は右足を出して體を右半身として中腰となりて左手甲手を斬る」
4、昭和17年1942年河野百錬大日本居合道図譜、「仕の真向を斬下さんとして上段となるを、仕すかさず右足を右前(打の左斜側面)に踏込み左足を大きく其の後方に進めて踏みかゆるや、上段より打太刀の左腕上膊部に下より掬い上げる様に斬込」
5、昭和32年1957年一の坊(政岡壱實)無双直伝英信流居合道天之巻形絶妙剣、「打退いて上段、仕体を右に開いて下から
6、昭和44年1965年野村條吉無双直伝英信流居合道能参考英信流居合形絶妙剣、「打の・・反撃の気配を察知し右足を右横に踏み、左足は之に随い体を右に転し中腰右身となり敵の左前臂を斬る」
7、期日不明山本宅治英信流居合之形絶妙剣、「打・・斬撃の意を示す。同時に仕は右足を大きく右横に跳び込み腰を極めて右半身となり、少し腰を低くして太刀を右より廻して下から助け斬りに打の甲手(又は臂)を斬る」
 この資料から、河野先生から福井先生へ伝わった三刀目の斬込む部位は、肘が本来で、大江先生が甲手(小手)にかえてしまい、河野先生は初めは甲手であったものを、大日本武徳会の誰かに「左腕上腕部」に変更してしまったのでしょう。
 誰なのか、資料を漁っていました。
8、昭和17年1942年島専吉無双直伝英信流居合術形乾太刀打之位請込「打・・上段に振り冠るところを仕太刀素早く右足を大きく一歩斜右前に踏込み體を右に開き打太刀の左上膊部を下より掬い切りに打つなり」
 この嶋専吉先生に手附けを示されたのは第19代福井春政先生です。田岡傳先生と共にその仕方を指導された様です。
 従って、当時の河野先生もそれに習ったものでしょう。すっきりしましたが、福井春政先生の変更された意図は古伝太刀打之事「請入」のものです。
 大江先生のものとは異なるのですが同様の業ですから考えかたは同じでしょう。
 河野先生の「左腕より頭部諸共斬り放つの意なり」は不明です。
*
此の嶋専吉先生の写された福井春政先生の手附に面白いものを見つけました。
 絶妙剣の一刀目の古伝「請込」
 「相八相より相掛りにてスカスカと進み仕太刀表より打太刀の面を撃つ、打太刀は之を表十文字に請く・・」です。これは一刀目を仕が打を真向打ちして打はそれを表十文字とは、左に柄、右斜めに刀の刃を上に向け、仕の真向へ斬り込むのを受けています。真向相打ちとは違います。
 河野先生は、絶妙剣の三刀目の仕の斬込む部位を打の左腕上膊部と訂正されて大日本居合道図譜には書かれましたが、一刀目の仕の斬り込む部位は打の左面です。真向ではありません。このアンマッチはどう解釈すればいいでしょう。
 曽田先生の業附口伝の古伝「請込」は「八相にカタキスカスカト行て真向へ討込む也敵十文字に請て・・」です。
 古伝神傳流秘書の「請入(請込)」は「前の如く打ち合相手八相に打を前の如くに留」です前の如くは「遣方も高山相手も高山或は肩へかまへるかの中也持処へ遣方歩み行右の足にて出合う打込むを打太刀請・・」が一刀目です。
 高山は上段、肩は八相です。ですから上段ノ時は真向斬込む、八相の時は左面に斬込む事になります。古流剣術の常道でしょう。
 英信流に新陰流が混入して居ればなおさらです。八相から上段に直して斬込む事はないと云えます。 
 明治以降の剣術のありようを大日本武徳会によって統一理論が持ち込まれ古流剣術が失伝していった、その様子が見える様です。
 そろそろ、竹刀剣道から古流剣術は別物として、日本人の体に合った武術を取り戻す時期に来ているのでしょう。
 誤った動作とそれを補完する為の強化策は年を取れば使い物にならないアスリートを作るばかりです。武術は生きている限り有効でなければ、修行する意味は薄いでしょう。
次回は三刀目のビデオを稽古して見ます。
 

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曽田本その1の4居合根元之巻読み解く6小藤亀江伝来の目録10

曽田本その1
4.居合根元之巻読み解く
、小藤亀江伝来の目録
10無雙直伝英信流居合目録
  
極意之大事 
 
1.暇乞・2、獅子洞入・3、地獄捜・4、野中幕・5、逢意時雨
・6、
火村風・7、鉄石・8、遠方近所・9、外之剱・10、釣瓶返・11、智羅離風車
読み解く
 暇乞の次は「獅子洞入」ですが是は英信流居合目録秘訣の極意ノ大事では「獅子王剱」の表題で載っています、然し小藤亀江の目録では「獅子洞入」で同じものと云う感じがしません。
「獅子王剱
 是は事に非ず我が心に大丈夫を備ふる事也此の習何よりも肝要なり此備無き時はせきて色に出る故暇乞の類の術をもなすことならず常に能心に備えるべし
 英信流居合目録秘訣の居合心持肝要之大事に「獅子洞入 獅子洞出」という項目があります。表題が同じでも、「居合心持肝要之大事」の項目であって小藤亀江伝来の極意之大事ではありません。従ってこれかなとも思えるのですが心持を述べている項目との誤認では無い様です。
「獅子洞入 獅子洞出」
 是以戸口抔を入るの習也其外とても心得有るべし或は取籠者抔戸口の内に刀を振上て居るときは容易に入る事不能其時刀を抜て背に負たる如くに右の手にて振り上げ左の手にて脇指を提げうつむきて戸口を入るべし上より打込めば刀にてふせぎ下をなぐれば脇差にて留る向ふの足をなぐべし獅子洞出是以同出入の心得を知らする也
土佐の居合には柳生新陰流の風が幾つも出てきます、この獅子洞入もその一つです。柳生新陰流の九箇「小詰」を柳生流新秘抄から読んでみます。
「九箇 小詰」
小詰は尖になじると云う事なり。相手の右手の膝に太刀を押し当てるがごとく鋒先をささえて構うるなり、此の形を獅子の洞出と云い、洞穴より猛獣の猛って出るに喩ゆ、この太刀さき三寸へつけて弓手の肘を捧げ、相手の太刀先を押ゆる、相手拳を払うとき、太刀を擦り込んで両腕を押へ、詰めて勝なり、此の有りさまを獅子の洞入りと云い、鋒をもって敵の胸板をつらぬくことを小詰と云うなり。
*
この小藤亀江伝来の目録はどの様に谷村樵夫自庸は小藤亀江に相伝したのでしょう。恐らく、居合の形である大森流(正座)、英信流(立膝)位は指導されたのでしょうが、奥居合である古伝神傳流秘書の抜刀心持之事は、外之物之大事、上意之大事を参考にして業技法を習い得たかは疑問です。
 
 現代居合も同様に、刀を以て抜刀する事だけが無双直伝英信流や夢想神傳流であると手解きされているばかりです。
 棒術や和は傳書すら知り得ない状況です。ようやく仕組みである組太刀を見直す一部の人達が出ていますが、申し合わせの形に留まり、中には演武会用の見世物踊りに終始したりしています。術理を学ばず、申し合わせによる、強く早いばかりの大人のチャンバラも横行しています。

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2018年4月 8日 (日)

無双直伝英信流の型 福井聖山先生の看取り稽古の3絶妙剣の3

無双直伝英信流の型
福井聖山先生の看取り稽古の3絶妙剣の3
参考資料
前回と同じ
 絶妙剣の一刀目は双方八相に構え左足より前進し、間に至るや打太刀は上段となり、右足を踏込み仕太刀の左面に斬込む、仕は機先を制して上段から右足を踏込み打の左面に斬込み 相打となり物打の刃部で刀を合わす。
 教本の通りに福井先生のビデオは出来ているかについては、概ね教本に随っていると見ていいのでしょう。
 ある地区の平成21年の演武者は一刀目は左面への斬り付け、平成24年の演武者は真向斬り付け、その後も指導は真向斬り付けですが福井先生の指導に従ったと仰います。
 教本に無い動作は、福井先生もある地区のビデオとも双方前進し間に至った処で一旦休止して改めて上段に振り冠って真向に斬り付けています。止まる位なら双方其処から始めたらと云いたくなります。
 八相から上段に振り冠って左面ではおかしいと考えて真向にした、では大江先生はもともとは八相から上段に振り冠らず直接左面に斬り付けています。
 さて、二刀目です。
「打太刀は、仕太刀の気に圧せられて右足を退かんとするを仕太刀之に乗じて左足を踏込み打太刀の右面に斬込む。打太刀は右足を退き、上段より仕太刀の太刀を受ける。(斬込むような要領で)」
 参考に
 大江先生の絶妙剣は一刀目は「仕太刀は八相のまゝ右足より五歩交互に進み出て、同體にて右足を踏み出して、左面を斬る、打太刀は八相より左足を引きて仕太刀の太刀と打ち合わす、仕太刀は左足を出して打太刀は右足を引きて、前の如く打合せ・・」
 八相は左足前で構えますが、大江先生の場合打太刀は拳取を終って双方正眼に構え、仕のみ五歩退いて八相、打はその場で足を踏み替え左足前で八相です。
 一刀目では仕は右・左・右・左・右・右の足運びです。打は八相の構えのまゝ左足前で、仕に斬り込まれて左足を引いて仕の左面に斬り込み相打ちです。
 二刀目は、仕はその足のまゝ上段に振り冠り、打もその足のまゝ上段に振り冠り、仕は左足を踏み込んで打の右面を斬る、打は右足を退き仕の右面に斬り込み相打ちとなります。
「太刀を受ける。(斬込む要領で)」にその事は述べられています。
 さてビデオによる二刀目福井先生は教本通りでしょうか、ある地区の平成21年、平成24年の演武はどうでしょう。
 まず、福井先生のビデオ、双方一刀目の足のまゝ上段に振り冠りつつ仕は右足を踏み出し打の右面に斬り付けます。打は左足を引きつゝ上段に振り冠り、仕の右面への斬り込みを上段から斬り下ろす様に刀を立てゝ受けています。この受太刀が(斬込むような要領で)になるでしょうか。
 古伝は「請入」ですが、「前の如く打合相手八相に打を前の如くに留・・」で打が待つ処へ仕が歩み寄り一刀目は打が受け、二刀目は打が八相に斬り込むのを仕が受け留めています。
 ある地区の平成21年のビデオを稽古して見ましょう。仕・打共に一刀目を相打した右足前で上段に振り冠り、仕は左足を踏込み右面に斬り込み、打は右足を退いて上段から斬り下ろす様にして仕の斬込みを受けています。このビデオは打の斜め右後ろからの撮影の為一刀目の切り結びが真向か左面相打か微妙に判断不能です。特に仕の斬込みが真向に見える様です。二刀目は打が退かんとする気振りも見られません。此処も真向相打に見えてしまいます。
 無双直伝英信流の上段からの斬込みは大方真向ですから、右面も真向になってしまう可能性は長年やっていますとあり得るものでしょう。
 ある地区の平成24年のビデオで稽古して見ます。
 一刀目は明らかに真向相打、物打付近で合刀しますが打ち止めは鍔から5,6寸でしょう。
 二刀目は、仕は上段となり左足を踏込み右面へ斬込む、打は上段となり右足を退いて上段から右側面に刀を立てる様に振り下し仕の斬込みを受けています。ここも(斬込む要領で)が
下へ引き斬る要領で受太刀になっています。
 打が退りながら斬り込み相打は古伝にあっても失念してしまった刀法なのでしょうか。
 敢えて河野先生が付け加えた(斬込むような要領で)の思いは打の受太刀の際、仕の斬り込みを引き落す様な操作の事だったのでしょうか。
 打は退きながら仕の右面に斬込み相打ちではいけなかったのでしょうか、退いて受太刀したのでは仕に攻められるばかりです。負けても勝ち口を感じさせる打でありたいものです。
 次回は絶妙剣の三刀目に入ります。
 
 

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曽田本その1の4居合根元之巻読み解く6小藤亀江伝来の目録9

曽田本その1
4.居合根元之巻読み解く
、小藤亀江伝来の目録
無雙直伝英信流居合目録
  
極意之大事 
 
1.暇乞・2、獅子洞入・3、地獄捜・4、野中幕・5、逢意時雨
・6、
火村風・7、鉄石・8、遠方近所・9、外之剱・10、釣瓶返・11、智羅離風車
読み解く
 極意の大事に相当する教えは恐らく戦後の師匠から弟子へ伝えられた形跡は知る限りでは見られません。
 無双直伝英信流及び夢想神傳流でも、刀を抜き付ける居合の業技法に偏ってしまっていると思われます。
 指導を受ける者も、聞いては見ても現代には有り得ないことぐらいで右から左へ聞き流してしまうかも知れません。
 項目ごとに、英信流居合目録秘訣の極意を味わってみます
1、暇乞
英信流目録秘訣
 仕物抔を云付られたる時抔其者之所へ行て四方山の咄抔をして其内に切べし隙之無ときは我が刀を取て又近日と立さまに鐺を以て突き倒し其侭引ぬいて突く也又は亭主我を送って出る時其透間を見て鐺にて突たおして其侭引ぬいて突くべし
 現代居合はいつの間にか、相手の害意を察して、機先を制して後の先もしくは先々に制するものと理解しています。しかし古伝は相手の害意を察するとも、後の先とも状況を指定していません。どの様な状況でも教えられた業技法を以て勝也です。
 古伝神傳流秘書の抜刀心持之事にも英信流居合之事にも大森流居合之事にも暇乞と称する業名は見当たりません。
古伝神傳流秘書大森流居合之事 抜打
 坐して居る所を向うより切て懸るを其のまゝ踏ん伸んで請流し打込み開いて納る 尤も請流に非ず此所筆に及ばず
 この抜打は相手に打ち込まれたのを請け流して勝、後の先を表しています。
古伝神傳流秘書英信流居合之事 抜打
 大森流の抜打に同じ事也
古伝神傳流秘書抜刀心持之事 抜打
 抜打上中下
 「(暇乞三本)格の低き者に対する黙礼の時、等輩に対する礼の時、目上の者に対する礼の時 曽田メモ」
 曽田本その1の1神傳流秘書抜刀心持之事の17本目に「抜打上中下」と有りますがその手附けは有りません。
 そこには曽田先生のコメントとして「(暇乞三本)格の低き者に対する黙礼の時、等輩に対する礼の時、目上の者に対する礼の時」とあって、抜打について、地位の格差による礼法の違いを以て抜き打ちの仕方が違う様にメモられています。
 何時の時代かに抜打と暇乞の時の頭の下げ具合による抜刀法とを合体させた業が付加されたのかも知れません。
 木村永寿先生の林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流伝書集及び業手付解説「神傳流業手付」の抜刀兵法傳来の抜刀心持之事には抜打上中下 「(暇乞三本)格の低き者に対する黙礼の時、等輩に対する礼の時、目上の者に対する礼の時 曽田メモ」に相当する記述は有りません。私は曽田虎彦先生が、当時土佐の居合で一般化した大江正路の居合の暇乞三本を書き加えた様に思います。
 その暇乞三本と英信流目録秘訣の仕物を言い付けられた時何が何でも首を取って帰らなければならない使命を帯びて、相手の隙を伺い奇襲する先制攻撃がコラボしている様に思います。
 現代では、奥居合の暇乞は卑怯な奇襲戦法として演武会では演じてはならないとまで飛躍している場合があります。
 お辞儀の角度がいか様でも、敵が攻撃を仕掛けて来る事も有る筈で、それに応じる後の先の技は暇乞三本でもあり得ることです。拡大解釈すべきものでは無さそうです。
白石元一長谷川流奥居合
 暇乞という業名は見当たりません。業手付から類推します。
 長谷川流奥居合の二十本目抜打
 (互に挨拶をして未だ終らざるに抜き打ちに斬る意)正面に対して正座し抜刀の用意をなしたる後、両手をつきて坐礼を行い頭を上げつゝ刀を抜き上体が起き終るまで已に敵を抜き打ちに斬りつく。
 この手附は互に挨拶をし、相手が起き上がる前に抜き打てと言っている様です。これは将に先制攻撃です。
尾形郷一神傳流居合兵法
 英信流奥居合之部ニ十本目抜打
(対坐して居る者を斬る)正面に向い対座し、刀を鞘なり前腹へ抱へ込む様に横たへ両手を前につかへ 頭を下げ礼をして俯きたるまま両手引込め鯉口と柄を執り 急に腰を伸しつつ刀を右前へ引抜き刀尖を左後へ突込み 諸手上段に引冠りて斬込む 
 「刀を鞘なり前腹へ抱へ込む様に横たへ両手を前につかへ」を忠実にやれば「両手を前につかへ」の解釈、手をつかえ(支・閊・痞)によって前屈みになって両手を床に着くと解釈できます。白石元一居合と同様でしょう。
大江正路剣道手ほどき 
 奥居合十九本目暇乞(黙礼)
 両手を膝上に置き黙礼し、右手柄に掛るや刀を斜に抜き付け上段にて斬る
 奥居合二十本目暇乞(頭を下げ礼をする)
 両手を板の間に付け、頭を板の間近く下し礼をなし、両手を鞘と柄に同一に掛け直ちに上に抜き上段となり前面を斬る
 奥居合二十一本目暇乞(中に頭を下、右同様に斬る)
 両手を膝上に置き黙礼より稍や低く頭を下げて礼をなし、右手を柄に掛け刀を斜に抜き上段にて斬る。
 大江正路の暇乞は後の先とも先とも不明ですがこの文章では、お辞儀をしつつ不意打ちの先制攻撃の色が濃そうです。
 大江正路の剣道手ほどき大森流居合の十一本目抜打を見てみましょう。
 「対坐にて前の敵を斬る心組にて其正座の儘刀を前より頭上に抜き、上段に冠り、身体を前に少しく出し、前面の頭上を斬る」
 是では正座の部の抜打ちも不意打ちの雰囲気です。古伝の「坐して居る所を向うより切て懸るを其のまゝ踏ん伸んで請流し打込み開いて納る 尤も請流に非ず此所筆に及ばず」は何処に行ってしまったのでしょう。
 この一方的な抜打は白石居合にも尾形居合にも同様と云う事は、細川義昌に伝えた下村派第十四代下村茂市定の教えであったと思われます。
 当然の事で下村茂市定を師匠とした吉宗貞義を師とする曽田虎彦にも通ずるものかも知れません。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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2018年4月 7日 (土)

無双直伝英信流の型 福井聖山先生の看取り稽古の3絶妙剣の2

無双直伝英信流の型
福井聖山先生の看取り稽古の3絶妙剣の2
参考資料
福井虎雄聖山著平成3年1993年無雙直伝英信流之形
福井虎雄聖山昭和57年1982年太刀打之位ビデオ
ある地区の演武会のビデオ平成21年2009年・平成26年2014年
その他
 教本
「拳取を終了し、打太刀、仕太刀共元の位置に復しつつ双方中段となり互に五歩後退す。
 打太刀・仕太刀共、足を踏みかえて左足を前に出し八相に構ゆ。」
 福井先生の仕も打も五歩左足から右・左・右・左と歩み足で戻り、左足を右足と踏み替え八相に構えています。踏み替えは左足が右足よりやや前になって踏み変えています。
打は右足が退かれ過ぎて見えます。此処は元の正眼の構えの位置に体軸がある様に心がけるべきで、間合いを少しも変えない心持ちを持ちたいものです。
 八相の構えは、竹刀剣道の八相ですから、河野先生の大日本居合道図譜に依る構えでしょう。「刀を立てて右肩に引付け右拳は肩の高さに鍔が口の右に一拳隔して、右足を退きて構ゆ」
 この八相は一刀流の八相の構えであり竹刀剣道の日本剣道形太刀の形四本目にある八相の構えでしょう。
「諸手左上段の構えから、そのまま右拳を右肩のあたりまで下ろした形で、刀をとる位置は、鍔を口の高さにし、口からほぼ拳一つ離す。構えるときは、左足を踏み出し、刀を中段から大きく諸手左上段に振りかぶる気持ちで構える。刃先は相手に向ける。」(全解日本剣道形より)
 一刀流極意(笹森順造)によれば八相は「陰の構から右拳を右肩の高さにあげ、切先を後ろに高く太刀を45度に上げて構える。」
陰の構えとは「正眼から左足を前に出し、体は右斜向きとなり、太刀を両手にて右斜前に垂直に立て、刃方を右斜前に向け、右手にて柄の鞘下を持ち、傘さしたように左手柄頭に添え、左前腕を水平に構える。」
 第17代大江先生は「打太刀は其まゝにて左足を出して體を斜向きに八相となり、仕太刀は青眼より左足を出して八相となる」と言って八相の形の解説は有りません。然し「仕太刀は八相のまゝ右足より五歩交互に進み出て、同體にて右足を踏出して、右面(左面の誤植)を斬る」と有りますから八相のまゝ右面に斬り込んでいる事になります。
 剣道形の八相は少し窮屈な感じですから打込む時は上段に振り冠ってから打ち込む様に指導されていますが、八相のまゝ切り込むには右手の高さを右こめかみ辺りまで上げ左拳が口元の高さで柄頭が相手の中心線を攻め、刃は前、切先45度上にある方が斬込みやすいものです。 
 但し八相の構えからの斬込みは、現代の無双直伝英信流の様な切先を背中に下げる様にして手打ちで打ち込む事をやって来た者には、大上段と同様に斬撃力が物打ちに伝えられません。体の使い方からも直さなければならないのです。
 「双方左足より前進し、間に至るや打太刀は上段となり、右足を踏込みて仕太刀の左面に斬り込むを、仕太刀機先を制して上段から右足を踏込みて打太刀の左面に斬り込み相打となり、物打ちの刃部にて刀を合わす。」
 教本は、八相の構えの侭、左足から出て間に至るや上段となり、右足を踏み込んで左面の斬り合いです。
 福井先生のビデオも教本の様に左足から双方左面の打ち合いで互いの距離の中央で合刀しています。
 福井先生の突っ込みが早いと見えて、物打刃部より仕は刃中、打は三分の一で刃を合わせています。
 切先の止まった位置から軌道を描くと、切先は双方相手に届いていません。打は受太刀となっていますが届いてこない仕の刀など請けても仕方がないのですが、申し合わせなのでしょう。
 拳取終了時、双方中段に取り、後足の左足から五歩下がったわけで、四歩目に右足を踏み込んでも相手に当たるかどうかでしょう。
 其の上、左・右・左と双方歩み寄って此の三歩目で一旦止まり睨み合いをして、右足を踏出しつつ上段に振り冠って打ち下すや右足が地に着くのです。
 にらみ合いの為の出足がやや短くなりやすい分と、五歩で戻った距離を前進だから四歩で間に合うとは言えないでしょう。元々、切先を合わせ中段に構えた時の右足の位置が間境なのです。双方踏み込むとしても半歩分距離不足です。一歩目を大きく出るか、途中で盗み足が必要です。
 刀同士が届けばいい、位のことで良いならそれだけです。教本に無い三歩目でのにらみ合いはビデオに残されたものですが必要事項ならば教本に追記の必要性があるでしょう。
 ビデオが昭和57年、教本が平成3年ですからその間に修正されたとしておきましょう。ビデオによって真似をするなという教訓の一つです。
 或る地区の平成21年の演武会でのビデオを看取り稽古します。
 拳取の相青眼からの退き足は左足から交互に五歩ですが、歩幅は平常の後向きでの足幅ですから狭い足幅使いです。進む足は稍々広くなったのでしょう、それは歩むと言うより速足ですから歩幅が大きくなるのでしょう。三歩目は左足を踏み出し一瞬止まって上段に振り冠って右足を踏込み、左面相打です。
 この演武された方の指導で一刀目を真向打としたというのならば、バッテンによるこの時のビデオの合刀は何でしょう。真向打ちが出来ないのでしょうか。
 恐らくこの頃は福井先生の教本か指導通り左面への斬り込みだったのでしょう。その後3年位で変えて行ったと思われます。
 もう一つ、教本の要求事項である「物打の刃部で刀を合わす」が出来ていません刀身の半ばで受けています。半ばも物打と云った人もいますが扨?。
 物打刃部で刀を合わすと間が遠くなり切先は相手に届かない、又は不必要に高く振り上げる必要が有りそうです。
 もう一つ平成24年の同地区の演武会でのビデオで看取り稽古して見ます。
 同じ教本の要求事項です。双方左足・右足・左足と相進み三歩目で一旦睨み合い、右足を踏み込みつつ上段に振り冠って真向打ちしています。双方の間合いの真中で刀身の三分の一ほど鍔寄りで鎬を合わせている様に見えます。
 この方達によって真向打ちとしたのかも知れません。
 第17代大江先生・21代河野先生・21代福井先生が教本で絶妙剣の一刀目は「左面」と明示されているわけですから変えた理由を明確にされるべきでしょう。
 古伝太刀打之事「請入」がこの絶妙剣の元の業です。
 「前の如く打合う相手八相に打を前の如くに留又相手より真甲を打を躰を右へ開きひじを切先にて留勝」です。
 一刀目は双方高山か八相のいずれでも良く、ですから真向もあり得るとも言えます。但し八相に構えた場合は八相による左面が妥当です。
 ある地区の絶妙剣の一刀目を真向へ斬り込むことを将来も残すならば、なぜそうしたのかを明確にして置くべきでしょう。
 絶妙剣の続きは次回に譲ります。
 
 
 
 
 

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曽田本その1の4居合根元之巻読み解く6小藤亀江伝来の目録8

曽田本その1
4.居合根元之巻読み解く
、小藤亀江伝来の目録
無雙直伝英信流居合目録
  
極意之大事   
暇乞・獅子洞入・地獄捜・野中幕
逢意時雨・火村風・鉄石・遠方近所
外之剱・釣瓶返・智羅離風車

居合心持肝要之大事
1.捕手和合居合心持之大事
1.立合心之大事
1.太刀目附事
1.野中之幕之大事
1.夜之太刀之大事
1.閨之大事
1.潜り之大事 戸脇之事
1.獅子之洞出之事
1.獅子之洞入之事
右九ヶ条者深秘之極意也非真実之人者努々不可有相伝者也

無双直伝英信流居合就多年御熱心太刀次悉令相伝□向後嗜専要候若御所望之仁於有之者兼而其之人之取罰文御指南尤可仍許免之状如件

明治三十四年六月十五日  
           谷村樵夫自庸
小藤亀江殿
 
読み解く
 曽田虎彦先生の実兄小藤亀江が谷村樵夫自庸より伝授された居合根元之巻に付随する無双直伝英信流居合目録を読み解いてきました。
 免許状の形式は大凡このようにその流の始祖による流を起こした謂れ、その奥義と云える教え、それを行うに当たっての心構えなどの様です。
 伝えた業目録は目録のみで業名が記載されているばかりです。土佐の居合も其の形式に依っています。
 従って、目録を見てもどの様に伝授されたのかはわかりません。中には目録一部で流の最も基本とする奥義の業のみ伝授され他は独習せよとばかりのものもあろうかと思います。
 目録允可は根元之巻とは異なり、「業を教えたよ」というものに過ぎません。中には初伝・中伝・奥伝と分けて居る場合もありますが、それは其処までの伝授の証しでもあり、中には金目当ての巻物に過ぎないものもあったでしょう。根元之巻は「奥義の心を伝えたよ」というものです。これは免許皆伝ですから流の業技法も心得も伝えたものですから師範として道場を開く事を許されたと言えるでしょう。
 流の宗家として立つには紹統印可を現宗家から印可されるもので、根元之巻を師匠から伝授されたとて自称宗家を名乗るべきでは無くその乱立は疑うべきもので、自らが見直すべきでしょう。
 いくつかに分けて小藤亀江伝来の無双直伝英信流居合目録を解説して見たいと思います。
 参考とするものは、英信流目録秘訣しか見当たりません。
 既に発行されているものでは昭和30年1955年発行の第20代宗家河野百錬の無双直伝英信流居合兵法叢書第二編居合兵法極意秘訣第四章英信流居合目録秘訣P61。
 もう一つは昭和57年1982年発行夢想神傳流の木村永寿範士による林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流伝書集及び業手付解説の英信流居合目録秘訣P69。
 木村永寿本は夢想神傳流を正当化する事に気を遣いすぎ、林崎甚助重信から伝わり、長谷川主税助英信が時代に合わせて改変し、荒井勢哲清信から伝授され土佐の林六太夫守政が土佐にもたらした無双神傳英信流居合兵法であることをぼやけさせています。
 其の表題によってせっかくの細川家伝来の資料集が無双直伝流を学ぶ者にも伝わらず絶版になっているのは残念です。
 河野本は内容は曽田虎彦からの手書きの伝書集から版を起されていますが、何せ版数も少なく高価で、発行時期も早すぎたためでありましょう、限られた人にしか渡っておらず、其の侭書庫に埃を冠って居るか遺族が破棄したか古本としても市場に出てきません。
 図書館でコピーするか再版を待つばかりです。先師から譲られてお読みの先生は少なかろうと思います。
 日本の国語教育の貧困さからページを開いても読みこなせない若者ばかりで宝の山はいずれ消えてしまうでしょう。
 居合を学ぶ者は国語も学ばなければならない、同時に戦国期から江戸期の日本人の思想や体の使い方も学び、新陰流と兵法家伝書・武蔵の五輪書・一刀流極意なども勉強せざるを得ないでしょう。
 武術はその師の域に達しなければ、指導された意味も術も理解できないものです。形は真似られても術にはならないのが古流だろうと頭も尻も叩かれています。当然伝書を書かれた先人の域に達せられなければ其の内容は理解不能でしょう。
 よく、伝書は、流の極意技を知られない様に書かれているなどの聞き覚えをさせられます。 私はそんな事では無く其の域に達していなければ唯の巻物で口にくわえて呪文でも唱える以外にないものと思っています。
 余談が長すぎました。次回は極意の大事に入ります。
 
 

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2018年4月 6日 (金)

無双直伝英信流の型 福井聖山先生の看取り稽古の3絶妙剣の1

無双直伝英信流の型
福井聖山先生の看取り稽古の3絶妙剣の1
参考資料
福井聖山著平成3年1993年無雙直伝英信流之形
福井虎雄聖山太刀打之位ビデオ他
大江正路・堀田捨次郎共著大正7年1918年剣道手ほどき
 打太刀・仕太刀共、足を踏みかえて左足を前に出し八相に構ゆ。
 双方左足より前進し、間に至るや打太刀は上段となり、右足を踏込みて仕太刀の左面に斬込むを、仕太刀機先を制して上段から右足を踏込みて打太刀の左面に斬込み相打となり、物打の刃部にて刃を合わす。
 打太刀は、仕太刀の気に圧せられて右足を退かんとするを仕太刀之に乗じて左足を踏込み打太刀の右面に斬込む。
 打太刀は右足を退き、上段より仕太刀の太刀を受ける。(斬込む様な要領で
 打太刀は、左足を退きて仕太刀の真向を斬下さんとして上段となるを、仕太刀すかさず右足を右前方(打太刀の左斜側方)に踏込み、左足を大きくその後方に送るや上段より打太刀の左腕上膊部に下より掬い上げるように斬込みて勝つ。
註1、左腕より頭部諸共、斬放つ意なり。
註2、仕太刀は、右肩にて敵に附入るように十分手を伸して上体を右前に乗だす
 次に、互に中段となりつつ仕太刀は左足より元の位置にかえり、打太刀は三歩出で仕太刀は三歩退きて中央にかえり、双方五歩後退す。(納刀せず)
 福井先生の教本は概ね河野先生の教本(大日本居合道図譜)と同じです。大江先生の教本との違いは、「仕太刀機先を制して・・相打」という何とも不明瞭な表現を河野先生が用いていますのでその引用です。どの様に打は仕を導けるでしょうか。心持ちでは意味なしです。
 大江先生は「仕太刀は八相のまま右足より五歩交互に進み出て、同體にて右足を踏み出して右面を斬る打太刀は八相より左足を引きて仕太刀の太刀と打合す、仕太刀は左足を出し打太刀は右足を引きて、前の如く打合せ、打太刀は左足を引きて上段構となりて斬撃の意を示す、之と同時に仕太刀は右足を出して體を右半身とし、中腰となりて、左手甲を斬る・・」
 仕は八相の構えのまま進み、八相から打の右面(左面の誤植)に斬り付け、打は八相のまま左足を引いて打ち合わせています。
 福井先生は打が右足を踏込み、左面に斬り込んで来るので、仕も右足を踏み込んで八相から上段に冠って左面に斬り込み相打としています。
 ある地区の絶妙剣の一刀目の斬り付けは真向です。どこの誰が指定したのでしょう。双方真向斬り下ろしの意味が充分認識され出来る、でなければ意味なしです。
 演武を見ていてもほとんど真直ぐになど振り込めず十文字請けです。
 二刀目は、福井先生は仕が左足を踏み込んで上段から斬り込んで来るので、打は右足を退いて上段から斬り込む要領で之を受けています。この足踏みの動作は大江先生も同じですが一刀目の相打ちから、二刀目の振り冠が上段か逆八相かは指示されていません。右面に打ち込むので逆八相も良い稽古でしょう。
 三刀目は、大江先生は、打は右足を退いて上段、この上段は切先下がりか、切先上がりかですが斬撃の意を示すので切先上がりが妥当でしょう。
 仕は右足を出して半身になり、中腰で左手甲を大江先生は斬らせます。福井先生は右に筋を替って充分手を伸ばして掬い切りに左腕上膊部を斬ります。
 八相から上段に振り冠り八相に斬り下ろすのは、河野先生によるもので、昭和17年と云えば太平洋戦争です、時の大日本武徳会の竹刀剣道の指導方針に従ったのでしょう。八相の構えも竹刀剣道の定番です。
 大日本居合道図譜では「刀を立てて右肩に引き付け右拳は肩の高さ、鍔が口元の右に一拳隔して、右足を退きて構ゆ」
 この窮屈な八相の構えでは上段に振り冠ってから打ち込みたくなります。もっとおおらかに構えたいものです。
 八相からの無駄のない斬り込みを稽古したいものです。右手は右耳の高さで刀の重量をささえバランスし、左手は柄頭を握り、柄頭は相手の中心を捉える。刀の刃は相手の方に向き切先は45度位上を向く。
 大江先生の「左手甲を斬る」が福井先生の「左腕上膊部を下より掬い上げる様に斬り込む」と変わっていますが、河野先生の独創かも知れません。
 河野先生は古伝神傳流秘書を曽田先生から写しをもらっていますので参考にされたかもしれません。
 古伝の請入「前の如く打合相手八相に打を前の如くに留又相手より真甲を打を体を右へ開肘を切先にて留め勝」
 抜けだらけですがこれが大江先生の絶妙剣の原形です。
 次回は福井先生のビデオから看取り稽古をします。

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