2021年4月14日 (水)

月之抄を読む11、習之目録之事11の143一寸のはづし二寸のはづしと云心持之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の143一寸のはづし二寸のはづしと云心持之事

11の143一寸のはづし二寸のはづしと云心持之事
父云、是は太刀をひしとさしつけられたる時、我が神妙剣也(? の)処によけはずし、一寸二寸或は五分一分も、我が心に置くべし。太刀先を我が神妙にさしあて見れば身の捻りよけ外しの心持知るゝもの也。
亡父の録に此の儀理なし。

 父云う、是は太刀をヒシと差し付けられたる時に、我が神妙剣(中墨、太刀の納まる所、臍の周り五寸四方、神妙剣を鏡とす)である処において避け外し、その外しは一寸二寸、或いは五分一分でも、我が心に置くべきものである。
 太刀先を我が神妙剣に差し当てて見れば、身の捻り避け外しの心持、知れるものである。
 亡父の録に此の儀、理なし。

| | コメント (0)

2021年4月13日 (火)

月之抄を読む11、習之目録之事11の142心のおく処之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の142心のおく処之事

11の141心のおく処之事
亡父の録に心の置処之事、付惣太躰心持口伝ともせる。
父云、置処は付処、敵に心を付けぬれば、見ずしても諸事万事出合うもの也。心を置とは西江水也、置処也、言い分くる時は、此の如く置も、持も、付も、元は只一躰也。

 亡父の録には「心の置処之事、付けたり惣大体心持口伝とも(書いて)ある。
 石舟斎の「新陰流截相口伝書亊」及び「没茲味手段口伝書」にも、この表題の目録は見当たりません。この事は月之抄を読む11の108「西江水之事」にも記載しています。
 父云う、心を置く処は、心を付ける処である。敵に心を付ければ、見ずしても諸事万事、見えるものである。心を置く処は西江水(心を納る処、腰より下。神妙剣、神所。)。心を置く処。言い分ければ、置くも、持つも、付けるも、元は只一体の事である。

 この、月之抄の「心のおく処之事」にあたる項目は、月之抄を読むの11の54神妙剣之事、11の57神処之習之事、11の108西江水之事などと重複している習いとも言えます。

| | コメント (0)

2021年4月12日 (月)

月之抄を読む11、習之目録之事11の141柄に八寸と云習之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の141柄に八寸と云習之事

11の141柄に八寸と云習之事
父云、身際近くよりての儀也。所作にあるなり。其の心を以て心持にも遣うべし。太刀の柄の徳分は何れも八寸の柄に有りと云う心持也。

 父云う、「柄に八寸と云う習之事」とは、敵が身際近く寄った時の事である。所作に有るのである。其の心を以っての心持ちにも遣うべきものである。太刀の柄の得する分は、何れも八寸の柄に有ると云う心持ちなのである。

 さあ、この習いはさっぱりです。
 柄の長さ八寸の徳用を述べているのでしょうが、状況は、敵が我が身際に寄った時の事である。敵の身際は我が身際です。「所作にあるなり」ですが、どの様な所作なのか、此の月之抄の文言では読み取れません。

 月之抄を読み進む中に答えはあるかもしれません。
 私なりに読めば、身際近く寄ったと云う事は、太刀同士での仕合と云うより、我は無刀、敵は太刀での戦いで敵の打込みを、躱すや敵の身際に寄り添う。すかさず左手で敵の腕を抑え、右手で敵の柄を取り敵太刀を捥ぎ取る。無刀取りを思い描いてしまいます。
 それで、太刀の柄八寸は徳なのか、と問われれば「・・・」。
 十兵衛の朏門集に「八寸の目付」と云う項目があります。目付を柄に付ける事でニ星の動きを見ると云うこと。或は、車の構え、上段などでニ星の手の内が見えない場合は柄頭に目付をする。然しこれらは柄を目付にする習いであって、「身際近くよりての儀」の解決にはなりそうもないでしょう。
 太刀の長さ三尺に柄の長さを足して柄頭を持って打ち込む理を説く教えもありますが、此処でそれと云うものとも思えません。

| | コメント (0)

2021年4月11日 (日)

月之抄を読む11、習之目録之事11の140おぼろ気と云習之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の140おぼろ気と云習之事

11の140おぼろ気と云習之事
父云、おぼろ為(なる)はおどろけ(驚け)也。驚く時は驚くべき程驚けと也。驚くべき程驚きぬれば、後は驚かぬものとの心にて無心なりと云う心持也。西江水と知るべし。
此の録亡父の録に見へず。

 父云う、おぼろ為るは、驚けである。驚く時は驚くべき程驚けというのである。驚く程に驚くならば、後は驚かないものであると心に思い込んで、無心に為る心持ちの事である。これを西江水と知るべきものである。
 「於ぼろ為るはおどろけ也」は「朧なるは驚け」ですから「朧」は「はっきりしないさま、ひととおりでないさま、ぼんやり、おおよそ」が語意です。
 宗矩は、「思いもしない打込みを仕掛けられたならば驚け」「ぼんやりして居る処を打ち込まれたら驚け」とでも云うのでしょうか。何れにしても、「驚け」、敵はもとより自分でも驚く程驚く事が出来る様になれば、後は驚かなくなるものだ。そして無心になれるよ、と教えているのでしょう。
 それは「西江水」ですから月之抄を読むの11の108西江水之事「父云、心を納る処、腰より下に心得べし、是専一とす。油断無き事、草臥れざる先に捧心、万に心を付けさせん為なり。油断の心あればならざるもの也。其の心持肝要也。夫れを忘れざる事を心の下作りと云う也。・・亡父の録に西江水之事付心の置き処しむる心持ち一段大事口伝」で解説されています。

| | コメント (0)

2021年4月10日 (土)

月之抄を読む11、習之目録之事11の139身懸り三尺の徳と云心持之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の139身懸り三尺の徳と云心持之事

11の139身懸り三尺の徳と云心持之事
父の云、掛る身と、のく(除く退く)身也。此自由上中下左右前後同意に用うべき也。
亡父の録に別儀なし。

 身の懸かり三尺の徳、の意味は石舟斎の「新陰流截相口伝書事」の「太刀間三尺之事」では、これより外では当たらない間合いの事として目録に有ります。月之抄では11の26で「太刀間三尺之積り之事」として「我が足先より敵の足先までの間、三尺迄よる事を専らとす。三尺の太刀にてはとどくもの也。三尺の内の太刀にては当たらぬものなり。それまで寄らざる間にて手立て習いを以てすべし」としています。
 この「身懸り三尺の徳」の意味が太刀間三尺と同じ意味合いであるのか、月之抄の文章だけからでは読み切れません。

 父の云うには、掛かる身と、のく(退く)身の事である。三尺の間が有れば敵の太刀は当たらない「徳」が有るのだから、此の自由な間の外で上中下左右前後何れでも自由に対処できる「徳」が有る、それを気の遣いに用いるべきである。とでもいうのでしょう。他に解釈があればそれは其れ、此処までの習いでは精一杯の処です。
 普段の稽古では「身懸り三尺の徳」をどこまで意識出来ているでしょう。打太刀の打込みはいい加減で、殆んどが我が身に当たらない打込みである事が何年もやって来た人にも多いものです。当てて怪我をさせてはと云う配慮以前の問題です。或は続け打ちでは深く入り過ぎて死んだ太刀筋で平気で居たり、やれやれです。「三尺の徳」など何処へ行ったのでしょう。
 打込みはゆっくりでもいいから、必ず物打で打つものです。横道へ逸れたかも知れませんが、稽古の中でこの「身懸り三尺の徳」を自得したいものです。

 

| | コメント (0)

2021年4月 9日 (金)

月之抄を読む11、習之目録之事11の138気は肩さきと云習之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の138気は肩さきと云習之事

11の138気は肩さきと云習之事
亡父の録に気は肩先見ん分けんの目付と書る。
父云う、気の付処は気の持処と云う心持有。付処は向うに付けて置くべし。気色見よきもの也。気の持処は肩先に持ち仕懸けるべし。

 亡父の録には、気は肩先を見分けるのだと書かれている。
 これでは何を言っているのか解りません。
 石舟斎の「新陰流截相口伝書亊」には「気は肩先見分目付之事」とあります。目録を其のまま読めば、「気は肩先に持つもので、敵の打ち込む太刀が何処へ打込まんとしているのか見分ける目付の事だ」と云うのです。

 月之抄の「気は肩先見ん分けんの目付」と云う「ん」の文字を置いた意味は何でしょう。月之抄の原本の写しにも「ン」の文字が明瞭です。これは十兵衛の月之抄を誰かが書写した。何時の日にか新たな人が読みこなすために送り仮名や句読点、述語を随所に挿入しています。其のまゝ読んでしまうと、あらぬ方に引きずられる事もままあります。

 父云う、気の付け処は気の置き処と云う心持が有るのだ。気の付け処は前方の敵に付けておくべきものである。その様にすれば敵の打ち込まんとする気色見よいものである。我が気の持ち所は肩先に持ち、敵の気色を見分けたなら、仕掛けるものだ。

 肩はともするといたずらに力が入りやすい部位ですから、肩と云わず「肩先」なのでしょう。敵に対する目付を肩先から水月に写し取り、仕掛けるには体全体どの部位でも力みが有れば、何も見分けられない。

 

| | コメント (0)

2021年4月 8日 (木)

月之抄を読む11、習之目録之事11の137気のおく処之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の137気のおく処之事

11の137気のおく処之事
亡父の録に理無し。
又云、気は心にも似せたるが能なり。気先立てば所作に成て、所作先立つ程に気を引留、心を遣う心持也。

 亡父の録に理無い。
 又云う、気は心に似せたのが能(よい)のである。気が先に立てば所作になってしまう。そこで所作が先立つ程の処で気を引き留め、心を遣う心持ちである。

 打込まんと気の発する処は、心がそうしようとする思いに似せるのが良いものである。しかし気が発してしまうと所作になってしまい、敵に附け入れられてしまう。打つぞ打つぞと所作が動きだそうとする程の処で、気を引き留めるのは心を遣う心持ちなのである。

 こんな風に読み取って見たのですが、次回以降にもう少し読み取れる習いが有るかもしれません。のんびり行きます。

| | コメント (0)

2021年4月 7日 (水)

月之抄を読む11、習之目録之事11の136面影と云心持之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の136面影と云心持之事

11の136面影と云心持之事
父云、立相時、敵の面影を見て仕懸けるべし。敵を見るにより我が心敵へ響きて先々成り難し。敵の面影を水に写して、下の水に写りたる面影を見て先々と勝べし。観之心持なり。
亦云、心先なり先を越したる処にも、面影ばかり残ると云う心持あるべし。観念せざれば知り難し。
亡父の録に理なし。

 父云、立相(立合う)時、敵の面影(おもかげ)を見て仕懸けるのである。面影を見るのであって敵の顔、姿を見る事によって、我が心が敵に響いてしまい先々が成り難いのである。
 敵の面影を水に写して下の水に写りたる敵の面影を見て写り写す心持ち也。敵の神妙剣を鏡にたとへ、我が心を月にたとへて我が形を敵の鏡に写し、こころの月を水月に写してよりは、勝つ事此方のまゝなる(月之抄を読む11の51真之水月之事より))先々と勝べきである。観の心持なり(月之抄を読む11の72捧心之事、敵の心の発する処を見る心)。
 
 亦云う、心が先にあるもので、先を越した処にも、面影ばかり残ると云う心持があるであろう。観念しなければ知る事は難しいものである。
 この一節は、文章の繋がりを追うのでは理解できそうもありません。勢法の形ばかりを追い求め演舞を極めても、強い早いばかりの仕合に明け暮れても、業技法に拘っても、解からない事と云えるでしょう。
 観の見を普段の稽古の中で如何に心がけられるか、古流剣術の約束事の形稽古や居合の仮想敵に応じる居合稽古の向こうにある壁かも知れません。

| | コメント (0)

2021年4月 6日 (火)

月之抄を読む11、習之目録之事11の135ひゞ幾と云習之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の135ひゞ幾と云習之事

11の135ひゞ幾と云習之事
父云、打合たる内より打つ也。初めの打のひゞきの止まざる内に、打と云心なり。
亦云、打つ太刀の丈程太刀先より先へひゞきあると知るべしともいへり。
亦云、一心の所作なり、是は敵の心と我が心にひゞき逢事あり。立相て行内に敵の心付を心我に通して心へひゞき処実のひゞき心持也。惣別習の心持、所作に取りて云、心と実の心理の心持と有るべし。
私に云、沢庵和尚ふけいの賛に、聞くや如何に振るとも鈴のならぬこそ誠の鈴の勝るなりけり。

亡父の録に理なし。

 ひゞき(響き)と云習之事
 父云う、打ち合った内より打つのである。初めの打ちの響きの止まらない中に、打つと云うのである。
 亦云う、打つ太刀の丈程、太刀先より打ちの響きあるのだと知るべきものと云うのである。
 亦云う、一心の所作である、是は敵の心と我が心とが響き逢う事による。立合って行くうちに、敵の思う処の心を、我に通して我が心に響いて来る処が実の響きの心持ちである。惣別習いの心持ち、所作に取って云う。心と実の心理の心持ちと有るべきものである。
 私云う、沢庵和尚がふけいの賛に、「聞くや如何に振るとも鈴の鳴らぬこそ、誠の鈴の勝るなりけり」。

 亡父の録に理なし。

| | コメント (0)

2021年4月 5日 (月)

月之抄を読む11、習之目録之事11の134合すると云心持之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の134合すると云心持之事

11の134合すると云心持之事
此の読みは「合わする」でしょう。
父云、合わする心持と云うは、敵動き打ち出すを見て、夫れに随って勝つを合わする心持ち也。敵懸かりて打つ志は、如何にも待にして打ち出す処へ合わせて勝べきなり。敵待なるものには仕懸けは、身足懸かり、敵の手利剣の動きに随いて勝は皆々合わする也。右の掛り待つ有るの習い同じ事也。是を知らずして無理に勝習いなし。敵の打出し動きを見損じて勝つ事なきもの也。打つを外して勝も、合わせて勝も、抜け違って勝つも皆合わする心持ち也。万事此の習い専也。
亡父の録に見えず。
公方様御諚に敵の心と一つに我が心をなし、敵も我も一躰と成る心持ち也と云々。

 父云う、合わする心持ちというのは、敵が動き出すのを見て、それに随って勝つのを合わする心持ちと云うのである。敵が切懸って来るその処を打つその心は、如何にも待にして敵が打ち出す処へ合わせて勝べきものである。敵の待であるものに仕懸けるには、我身足を懸り、敵の手利剣(手の内)の動きに随って勝つなど皆々、合わするものである。この懸かり待つの習いも同じ事である。
 此の事を知らずに無理に勝習いは無い。敵の打ち出しの動きを見損ない勝事は無いものである。敵の打ち込むのを外して勝つのも、合わせて勝つのも、抜け違って勝つのも、皆敵の動きに合わす心持ちである。万事この習いが第一である。

 亡父の録に見えず。
 石舟斎の「新陰流截相口伝書亊」や「没茲味手段口伝書」にも同様の題名の目録は見当たりませんが、没茲味手段口伝書の「むかへの事」や「空拍子之事付三つ在之」の口伝に語られている事はあり得ます。新陰流の根本的考え方と云えるでしょう。

| | コメント (0)

2021年4月 4日 (日)

月之抄を読む11、習之目録之事11の133無刀を切心持之事

月之抄を読む
11、習の目録之事
11の133無刀を切心持之事

11の133無刀を切心持之事
父の云えり、無刀とて自由に切らざるもの也。無刀にて切るべし。太刀を以て切る心持にてはなし。無刀を取りさへせんと思うに其心違わずは無刀は切るべし。万事此の心持也。
亡父の録に無刀の理なし。

 父宗矩の云うには、無刀と云う事でも、敵を好きなように切る事など出来るものでは無い。我は無刀で切るべきである。太刀を以て切る心持ちでは無く無刀で切る心持ちである。
 次の一小節は難解です。其のまゝ、思い付くままに、読んで見ます。
 敵は無刀などで我が刀を取る事など、させる訳は無いと思う、其の心が間違いないのであれば、無理に敵の刀を奪うなどせず、無刀で切るべきである。万事この心持ちである。
 

 この解釈は、柳生十兵衛の「兵法目録」の「無刀の習之事」を参考に読んで見ました。いずれにしても難解というより原文のどこかが誤って書き写された様に思います。

 亡父の録に無刀の理は無い。
   石舟斎の「没茲味手段口伝書」には無刀に関する目録は「真五合剣 福衣事 兵法ノ外」「一円 一真実無刀極意」で口伝されています。

 

| | コメント (0)

2021年4月 3日 (土)

月之抄を読む11、習之目録之事11の132無刀取心持之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の132無刀取心持之事

11の132無刀取心持之事
父云、無刀にて無理に取と云心にては無し、万事無刀の心持にある。心を以て極意とせり。偏に取り間敷にもあらず。拾人にして六七人、拾度にして六七度は取もせんもの也。されば取りて頼りにせんものか。鑓なり刀なり叶わざる処にては、取て見よ。切られんよりは取るべし。

 父云う、無刀によって無理に取ると云う事では無い。万の事、無刀で向かう心持ちに有る。其の心を以て極意とするのである。何が何でも一途に取るものでもない。十人にして六七人、十度にして六七度は取れもしないものである。そうであれば、取る事を頼りにする事はならないかもしれない。鑓なり、刀なりで叶わない状況に置かれたならば、無刀で取って見るのだ。切られるよりは取るべきである。

 無刀取りの確率は30~40%だと宗矩は述べています。前回にあったようにその場に有る諸道具を利用するなり、むざむざ切られるよりは無刀で応じるべきだと、その心の極意を強調している様です。
 この確率を60~70%と述べる人もいるかもしれませんがここでは「拾人に六七人、拾度にして六七度は取れもせんもの也、されば取りて頼りにせんものか」と宗矩は否定的です。

 月之抄を読むの3兵法の落索1で「宗厳数年当法、他流稽古鍛錬を以て工夫の上新しく肝心の一、二を分別し、或は拾人に六、七人、或は拾度に六、七度無刀による必勝工夫を得る」と月之抄の作者柳生十兵衛は書いています。「無刀取心持之事」と矛盾する様ですが、その答えは修行者自らの、稽古に於ける心構え、時に臨んでの覚悟に依るものと思います。

 

| | コメント (0)

2021年4月 2日 (金)

月之抄を読む11、習之目録之事11の131真実之無刀之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の131真実之無刀之事

11の131真実之無刀之事
父云、此心持は、手振りにてせんよりは、何にも取持てすべし。座敷ならば盃、鉢、何なりとも「すは」と云時に手に取り持合て、取心持真実の無刀と云也。諸道具はあるにまかせよ。刀なくして切らざる心持を知るべしと也。万事をば無刀と心得べし。活人剣の心持の根本也。至極也。
亡父の録に理なし。
亦云、此心持、亡父の自由也。陰の流にもなし。亡父此の形の儀也。例へば手には長短とも何を持も、無刀の心持にてすべし。此心持を以て亡父は無刀流、我が法なりと云われしと老父語り給へし也。無心の心には太刀も鑓も道具は無くして道具有る也。
是真実の無刀心持也。
亦云、真実の無刀の事、古語云く、空手地(把)鋤頭、歩行騎水牛、人従橋上過、橋流水不流ともあり(空手にて鋤頭を把り、歩み行水牛に騎す、人橋上従(より)過ぐ、橋流れ水流れず)。
是は、
秀忠公御稽古の時分の目録にあり。

 父云う、真実之無刀の心持は、手刀で応じるよりは、何でも善いから手に取って道具にするべきである。座敷に居るならば、盃、鉢、何なりと「スワッ」と云う時に手にして、相手をする心持が真実の無刀と云うのである。諸道具はその場にあるものに任せるのだ。刀無くして切らない心持ちを知るべきなのだと云う。万事無刀と心得るべきである。活人剣の心持ちの根本である。至極である。
 亡父の録には理は無い。
 亦云う、この心持は亡父の自由な考えである。陰流の中にも無い。亡父の形の考えである。例えば、手に長短とも何でも持つとしても、無刀の心持ちにしてしまうのである。この心持を以て亡父はこれが真実之無刀の心持ちであると云う。
 亦云う、真実之無刀の事は、古語の碧巌録で、空手(からて)にて鋤頭を把り、あゆみ行きて水牛に乗り、人橋上より過ぎる、橋流れて水流れず」ともあり。無心の心持ちで無刀をなす心と云う事でしょう。
 是は、秀忠公の御稽古の時分の目録に有る。

 

 

| | コメント (0)

2021年4月 1日 (木)

月之抄を読む11、習之目録之事11の130鏡と云心持之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の130鏡と云心持之事

11の130鏡と云心持之事
是は細川越中殿工夫之処也。敵を鏡とすると、我を鏡にすると二つの心持あり。敵を鏡とせんには神妙剣也。我を鏡と思うは、無心の心なり。心の塵を払うべし。
古語云く、金屑雖貴入目為翳(きんこうとうとしといえどもめにいりてえいとなる)

 是は細川越中殿の工夫された処である。敵を鏡とするのと、我を鏡とするのと二つの心持ちがある。敵を鏡としようとすれば神妙剣の心得を持つ事である。我を鏡と思うには、心の塵を払って無心の心になる事である。
 古語に云う、金屑貴しと雖も、眼に入れば蘙(えい、おおいかくす、くもりかすむ)となる。

 敵を鏡にするには、敵の心の置き所、神所(神妙剣)を我が神妙剣に写し取る。我を鏡とするならば、病気を去って心の塵を払い無心に為るのだと云うのでしょう。神妙剣については、様々な習いが有って、中墨、太刀の納まる所、臍周り五寸四方とかの人体の部位を示すのもあります。或は心の置きどころ神所で敵にも我にもある。所作の始まる処、所作の納まる所。如何様にも言い替えんは自作たるべし。ともあります。

 この「鏡と云心持之事」と古語の金屑の関連性も、遣い方を誤れば真実を覆い隠す事にもなるものでしょう。個々の思いで良かろうかと思います。

 

| | コメント (0)

2021年3月31日 (水)

月之抄を読む11、習之目録之事11の129婦(ふ)くえの事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の129婦(ふ)くえの事

11の129婦(ふ)くえの事
亡父の録に理なし。
父云、是は盾を用る心持也。羽織、或は鼻紙、何にても盾に取て合する事専也。鑓相に猶以て能き也。

 父云う、是は盾を用いる心持である。羽織、或いは鼻紙、どんなものでも盾に取り合する事は大事である。鑓との仕合には猶良いものである。

 戦いの際に、盾と成るものは何でもいいから取れと云います。此の場合は無刀なのか何も武器の話が有りませんが状況次第でしょう。鑓との仕合では特に良いとまで言っています。
 その事も、スッキリ読めませんが、この「ふくえの事」の「ふくえ」とは何なのでしょう。漢字でも使われていればいいのですが、原文は「婦くゑの事」とあります。うがった読みでは「服に依る得物之事」「服衣(もふく)」「服穢(けがれたふく)」など有りますが、遠そうですが近いようで。

 冒頭に亡父の録に理なし。と有りますが、石舟斎の「没茲味手段口伝書」の「真五合剣 福衣(ふくえ)事 兵法の外」と有ります。同様に無刀についても「没茲味手段口伝書」の「一円 一真実無刀極意」を載せています。

 

| | コメント (0)

2021年3月30日 (火)

月之抄を読む11、習之目録之事11の128とくしやうと云心持之事

月之抄をよむ
11、習之目録之事
11の128の1とくしゃうと云心持之事
11の128の2心を捨て心に至ると云心持之事


11の128の1とくしやうと云心持之事
沢庵の云く、縄也。心に残たる綱なり。無心とて、無心ばかりにてはなし。無心にて有心、成る事よしと云々。
此の儀亡父、老父の録に無し。

11の128の1 
 とくしやうと云心持之事の表題は「得しようと云う心持之事」と読めばいいのでしょうか。ここは「心に残りたる綱・縄」で「匿(かくす・とく)綱・縄(じょう)」でしょう。
 沢庵曰く、縄である、心に残りたる綱である。無心と云っても、全くの無心であるばかりの事では無い。無心であって有心になる心が良いのである。
 此の儀は亡父にも老父の録にも無い。


11の128の2心を捨て、心に至ると云心持之事
沢庵の歌を引て仰せられし。
捨てゝたにこの世の外はなきものを
       何処くがついの住家なるらん

此の歌の心なり。此の世の外は無きものをとある、此の世の字を、身の字になして知るべし。此の身の外は無きものをと心得べし。
私に云う、此の習とも亡父、老父は知らず。今沢庵大和尚御物語より習とする処也。

11の128の2
 心を捨て、心に至ると云う心持之事を、沢庵の歌を引いて仰せられた。

 捨ててたのに、此の世の外は無いものを、何れの所がついの住まいであろう。

 この歌の心は、此の世の外には無いものなのにと歌っている。此の世の字を、身の字に置き替えれば、解かるであろう。此の身以外の身なぞ有る訳はないと心得るべきもので、自分だけ、無心に成って得する事も無いものである。自分を忘れるなよ、とでも云うのでしょう。

 私十兵衛云う、此の習いともに亡父、老父は知らない。今沢庵大和尚の御物語より習いとする処である。

| | コメント (0)

2021年3月29日 (月)

月之抄を読む11、習之目録之事11の127無さのさと云心持之事付無き之きと云心持

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の127無さのさと云心持之事付無き之きと云心持

11の127無さのさと云心持之事付無き之きと云心持
父云、是れら心得難し。沢庵へ尋ね申すべしと云々。予此由を申しかば、和尚の云う、女(如)意を取りての如し。取る心生ぜざれば、手如意に至らずと云々。
亡父の録に此の儀なし。

 父云う、無さの「さ」と云う心持ちの事、無きの「き」と云う心持ち。これらについて心得が無い。沢庵にお尋ね申して見なさいと云う。予、この由を申しますと、和尚の云うには。心に思う様に取ればいい、思う様に取る心が無ければ、手が意の如く至る事など無い、と云々。
 亡父の録に此の儀は無い。

「さ・作‣策」や「き・気・機・愧」という心持ちは自分が思う事で良いのであって、どの様に取るかは自分の意思の為す事だと云うのでしょう。屁理屈は兎も角、この様にするのだと云う心が生じなければ何事も出来る訳はある筈はないでしょう。 

 無さ「無作」:因縁の造作のないこと。悟りの意で、法性・涅槃の異称。(広辞苑より)
 

| | コメント (0)

2021年3月28日 (日)

月之抄を読む11、習之目録之事11の126五四之習之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の126五四之習之事

11の126五四之習之事
父云、是は病を去らん為に、細かに心を詮索したる心持也。一心の内に意を、気を、志ぞ、情ぞ、などゝ云て縦分けあり。これ己に九つ有り。此の九つ詰まる処一つ也。一心なり。病を去て一心之得道専也。
亦云、沢庵へ此よしを語申せば、和尚の仰せに心ぞ、意ぞ、気ぞ、機ぞ、志ぞ、情ぞと云う事は、細に理りを述べて、一巻に書す也。畢竟は一心也。只一心と心得べし。此の一つ万事に移り易し。移りて移らぬ心持大切也。心より気を遣うべしと也。
云う、亡父の録に此の儀見えず。

 父云う、是、五四之習之事は病を去る為に細かに心を詮索する心持ちである。一心の内に意を、気を、志ぞ、情けぞ、などと云って縦分けするにある。此れは己に五と四で九つ有る、この九つは詰まるところ一つであり、一心である。病を去りて一心の得道が大切である。
 亦云う、沢庵へ此の事を語って云えば、和尚の仰せによれば、心ぞ・意ぞ・気ぞ・機ぞ・志ぞ・情ぞと云っているのは、細かに其の理を迷いて一巻として書くからである。詰まるところは一心である。只一心と心得るべきものである。この一つは万事に移り易い。移っても移らない心持が大切なのである。心より気は遣うべきものと云うのである。

 五四とは、あれやこれやに遣う「四の五の言う」を五四として「四書五経」になぞらえての習いかも知れません。あれやこれや思いまどう病之事でしょう。心を一心に為して、気に心を煩わされないで心から気を遣うものだと云うのです。九つの病とは何か沢庵和尚にお尋ね下さい。

| | コメント (0)

2021年3月27日 (土)

第41回・42回古伝研究会

 第41回・42回古伝研究会
 無雙神傳英信流居合兵法(無双直伝英信流・夢想神傳流の古伝)の研究会を令和2年7月より再開しています。
 令和3年度以降は古伝神傳流秘書による坂橋流之棒を、研究課題とします。当流の棒は土佐に持ち込まれ稽古された形跡は見られますが時と共に変化して、古伝の面影を残すのみの様です。現在では正式に学ぶ所も有りや無しの様です。
「古きを尋ねて新しきを知る」ご参加いただいた方々が夫々「逢人皆我師」である事をご認識頂き、ご自由な意見を出され共に学ぶ研究会です。
「俺の指導に従え」と云う「習い稽古する」稽古会とは異なります。古伝を読み参加者が自ら「工夫する」研究会です。
         記
1、第41回
  4月 8日(木)見田記念体育館
  15:00~17:00
  4月22日(木)見田記念体育館
  15:00~17:00
2、第42回
     5月13日(木)見田記念体育館
   13:00~17:00
     45月27日(木)見田記念体育館
     15:00~17:00

3、住所
  見田記念体育館
  248-0014鎌倉市由比ガ浜2-13-21
  Tel 0467-24-1415
  鎌倉体育館
  駐車場:鎌倉体育館駐車場
  248-0014鎌倉市由比ガ浜2-9-9
  鎌倉警察署向い側
4、アクセス:JR横須賀線鎌倉駅東口下車徒歩10分
5、費用:会場費等割勘つど500円
6、参加申込:直接見田記念体育館にお越し下さい。
  *コロナ対策として事前に参加連絡をお願いしております。
  E-mail sekiun@nifty.com
7、研究会名:無雙神傳英信流居合兵法
                 古伝研究会 鎌倉
      湘南居合道研修会 鎌倉道場

8、御案内責任者:ミツヒラこと松原昭夫
9、注意事項
  コロナ対策として以下の事項に一つも該当しない事
 ①平熱を越える発熱
 ②咳、喉の痛みなど風の症状
 ③倦怠感、息苦しさ
 ④臭覚や味覚の異常
 ⑤体が重く感じる、疲れやすいなどの症状
 ⑥新型コロナウイルス感染症「陽性」とされた者との濃厚接触があった
 ⑦同居家族や身近な知人に感染が疑われる方が居る
 ⑧過去14日以内に、政府から入国制限、入国後の観察期間を必要とされ
  されている国・地域等への渡航又は当該在住者との濃厚接触がある

 ⑨マスク着用、3密を避ける etc   
 
 2021年2月28日 ミツヒラこと松原昭夫 記

| | コメント (0)

月之抄を読む11、習之目録之事11の125後を捨と云心持之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の125後を捨と云心持之事

11の125後を捨と云心持之事
父云、歌を引きて
尋ねつるミヤマの奥も無かりけり
       元の心を連れて来ぬれば
捨ても去もきやすと云も同意也。此の心持を沢庵へ尋ね申せば、和尚の云歌に
世の中を何に譬えん朝ぼらけ
       漕ぎ行く船のあとの白波

後は消へ先へ移る心持也。前也。無見之心持ち、則、是千手観音の躰也、委曲目録に書る。

 父云う、歌を引きて
 尋ねて来た深山の奥など何も無いでは無いか、元の心を連れて来たからだろう。
 捨てるのも、去るのもきやす(気休め?)と云うも同意である。此の心持ちを沢庵にお尋ね申したらば、和尚の歌に
 世の中を何かに譬えたら朝ぼらけのような、ぼ~としたものだ、漕ぎ行く船の後に立つ白波の様に立っては消えてしまう。
 後は消え、先へ移る心持ちである。前である。無見の心持ちで、則、千手観音のお姿である。委曲(くわしくこまかなこと)は前項の目録「11の123無味之習之事」に有る。

| | コメント (0)

2021年3月26日 (金)

月之抄をよむ11、習之目録之事11の124無見之習之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の124無見之習之事

11の124無見之習之事
父云、見るは見るにあらず、見ぬ処に見る心持あり。
目付を見ずして見る心持有。
亡父の録に此儀見へず。
沢庵大和尚、御物語に此心面白し、見時無見無見時見、千手千心千眼千心、千手一心千眼一心、是を書き分けて見せ給うなり。則左のごとし。
見時無見 千手一心(向下) 千手一心(向上)
無見時見 千眼千心(向下) 千手一心(向上)

 父云、見る事は見る事ではない。見ないで見る心持である。
 目付を見ずして見る心持が有る。
 亡父の録にはこの事は見られない。
 沢庵大和尚の御物語で、此の心面白いと云われ、見る時見る無し見ぬ時見る、千手千心千眼千心、千手一心千眼一心。是を書き分けて見せていただいたのが、則 次の如し。
 見る時見ない 千手一心(下に向かう) 千手一心(上に向かう)
 見ない時見る 千眼千心(下に向かう) 千手一心(上に向かう)

 眼で見ないで見る、心で観るの見を無見之習とする処でしょう。沢庵の書き分けについては、理解不十分ですので、お任せしておきます。

| | コメント (0)

2021年3月25日 (木)

月之抄を読む11、習之目録之事11の123敵もなし我も無と云心持之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の123敵もなし我も無と云心持之事

11の123敵もなし我も無と云心持之事
父云、我が心あれば敵にもあり。我に心無ければ敵にも心無し。我が仕掛により敵よりたより出で来る也。我心に一物なければ敵も無心となるべし。
引歌に
緑やる山のあなたに立つけぶり
       こゝにたく火のほのを成けり

我がよきに人のあしきのあらばこそ
       心のあしきは我があしきなり

無と無は勝負なり、無事也。行逢処に勝負有、行逢処に有心出る也、出る有心をば無心なり。勝処也。
亡父の録に此の儀無し。

 父云、我に心が有るならば敵にも心が有る。我に心が無ければ敵にも心は無い。我が仕掛けにより、敵より頼り出で来るのである。我が心に一物が無いならば、敵も無心と成るべきものである。
 引き歌に
 緑一杯の山の向こうの方に煙が有るよ、ここで焚く火に依るものであろう。
 私は良いと思って居るのだが、人の悪い処があるのであれば、その人の心の悪い処は私の方に悪い処が有るのだなあ。

 無と無は勝負であっても、無事である。行き逢う処にがあってこそ勝負が有る。行き逢う処に有心が出るのである。敵の出る有心を、我は無心に成り、其処が勝処なのである。

 双方無心であれば、何事も無し。その無心に仕掛けて有心とさせて、その色に就き色に随って勝つのが新陰流の極意でもある。行き違う処があって勝負が始まる。敵が勝とうとすれば有心となり、無心の我の勝処と云います。
 なかなか面白い、「無と無、有と無、無と有、有に有」の習いの一つです。

| | コメント (0)

2021年3月24日 (水)

月之抄を読む11、習之目録之事11の122敵に兵法有り我に兵法無しと云心持之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の122敵に兵法有り我に兵法無しと云心持之事

11の122敵に兵法有り我に兵法無しと云心持之事
老子経に云く
道の路たるは常の路に非ず。名の名たるは常の名に非ず。聖人は百姓の心を以て心とすと云えり。
父云、我は無心なり。無心を切らんとせば、有心に成るべし。其有心は無心の勝処なり。無心の心には兵法無し。向こうより持来るに依って、兵法の勝出て来る也。是我に兵法無し、敵に兵法ありと云心持也。
亡父の録に此の儀無し。老父の心持也。

 老子経に曰く
 道の道たるは常の道では無い。名の名たるは常の名では無い。聖人は百姓の心を以て心とすと云えるのである。
 父云う、我は無心である。無心の我を切らんとするならば、有心に成るものである。其の有心であることは、無心の勝つ処である。無心の心には兵法は無く、向い来る敵の持ち来る兵法に依って、其れに随う事で兵法の勝ちが出で来るのである。是我に兵法無し敵に兵法ありと云う心持である。
 亡父の録に此の儀は無い。老父の心持ちである。

 老子の巻頭に「道の道とすべきは常の道に非ず、名の名とすべきは常の名に非ず。名無し、天地の始めには、名有り、万物の母には、故に無欲にして以て其の妙を観、常に有欲にして以て其の皦(きょう、あきらか)を観る。此の両者は、同じく出でて名を異にし、同じくこれを玄と謂う。玄のまた玄、衆妙の門」とあります。此の項目に持ち出すべきものかは、聊か腑に落ちませんが、十兵衛も能く勉強していたようです。
 
 敵の打ち出す「色に就き色に随う」新陰流の根本思想でしょうから、石舟斎の録に此の儀無しとは言えないでしょう。

| | コメント (0)

2021年3月23日 (火)

月之抄を読む11、習之目録之事11の121見(是)極一刀之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の121見(是)極一刀之事

11の121是極一刀之事
亡父の録に勤て英雄の知心を是極一刀習口伝と書る。
父云、此の習は、至極にて初心に帰りたる心持也。老て再び稚児に成の心持也。習心持数々重々細かに詮索し、吟味し終わって、これは見る処一つより外はなしと云う儀也。せんじせんじ、至り至りて、初心に帰り、二星一つに寄する也。一々見る処、一心なり。心より見れば也。是を是に極る一の刀也と云心持也。至極したる処、是極一刀也。

 此の項目の表題は原文では「見極一刀之事」と書かれていますが、此処は「是極一刀之事」の誤字と思います。文献資料の公開する事を目的とするブログならば、原文のままで置きますが、内容を読んで稽古の習いとする事を目的にして居ますから、是極一刀として読み進みます。

 亡父の録に勤めて英雄を知る心を是極一刀の習い、口伝と書いてある。
 石舟斎の「新陰流截相口伝書亊」に「務知英雄心是極一刀習事 右条々口伝有之者也」と有ります。英雄の心を知る事に務め、是極一刀を身に付けろ。と云うのです。これは「新陰流截相口伝書事」の最終の目録の一文です。此の解説は柳生延春著「柳生新陰流道眼」を、お読みいただければと思います。

 父云う、此の習いは、至極であって、初心に帰る心持ちである。老いて再び稚児に成る心持ちである。習いの心持ち数々、重ね〵細かく詮索し、吟味し終わって、其処から見る処のものは一つの事の外は無い思いである。煎じ〵、至り至って、初心に帰り、二星(11の1の1二星の目付。敵の拳両の腕也と有ります。)一つに寄せるのである。 一々見る処は敵の心を表す二星の目付である。一つの心である。心より観る、観の目付なのである。其の目付で敵の打ち出さんとする心の機を観る一刀、是に極まる一刀が是極一刀なのである。

 

 

 

| | コメント (0)

2021年3月22日 (月)

月之抄を読む11、習之目録之事11の120勢いそろへと云心持之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の120勢いそろへと云心持之事

11の120勢いそろへと云う心持之事
父云、是は敵の心さしを(志を)見て、勝べき仕なしを慮する心持也。習の数々を取り出し、是に取り合わせて心の底に覚悟するを云う也。敵の一知をして、後の勢そろえなり。下作也。
亡父の録に理なし。

 この題名は「勢ぞろへ・勢揃へ」と云うのでしょう。原文は「勢いそ路へ」です。
 父云う、是は敵が如何様に打込まんとするのか其の志す処を見て、勝べき、仕為し方を考慮する心持ちなのである。習いの数々を取り出して、状況に照らして取り合わせ、心の底に此の思いで、戦うと覚悟する事を云うのである。敵の一を知って、後の勢揃いである。心の下作である。
 亡父の録には理なし。

 亡父の録では「新陰流截相口伝書亊」の「三見之大事」、「心下作之事」。「没茲味手段口伝書」の「一見之大事」などで口伝されていたろうと思う処です。

| | コメント (0)

2021年3月21日 (日)

月之抄を読む11、習之目録之事11の119座之分別之心持之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の119座之分別之心持之事

11の119座之分別之心持之事
父云、是は座敷処の心持也。先ず座敷に直るとも、障子、前後脇の詰まり、亦広き方、出よき方、入り難き方、上にかかりて有もの、或は屏風、何れにてもその座の躰も能々見て置く心持専也。見て置きぬれば急なる時、取り合いよき心持ちなり。
人数を以て合戦するも同じ事なり。又は喧嘩は取るものなどに其の方角、勝てに能ぞ悪しくぞ、戦うべき処、時刻、戦うまじき処、時節を見て、其の分別の至る所は、座構えを知るべき分別心持也。大体の心の奥に持つ事肝要也。
亡父の録に理なし。

 父云う、是は座敷での心持である。先ず座敷に坐るにも、障子、前後左右の詰まり具合、又広い方は何所、座敷より出やすい方は、敵が侵入し難い方は何所なのか。頭上に架かる物はあるのか、或いは屏風、何れであっても其の座する場所の状態も能々見て置く心持が大切である。よく見て置けば、急に何か起こっても取り合しやすい心持ちである。
 人数を以て合戦する場合も同じ事である。又、喧嘩での得物は、どの方角であるか、勝には能い、悪い、戦う場所、時刻、戦ってはならない場所、時節などを見てるのである。その分別が十分であれば、座の構えについての状況を分別する心持ちと成る。大体の心掛け、心の奥くに持つ事肝要である。

 業技法ばかりの流は兎も角、名を成す流にはこの様な教えは、書き残されています。現代でも地震などに備えて居場所の状況を、自然に把握できる心持ちは、あるべきものでしょう。

| | コメント (0)

2021年3月20日 (土)

月之抄を読む11、習之目録之事11の118心の屋作之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の118心の屋作之事

11の118心の屋作之事
亡父の録にあり理りは何ともなし
父云、是は立相ざる以前に習也。心持分別して敵の萌し、志を兼ね(予ね)て能く心得て立相べき亊第一の心持也。下作に同じ事也。

 亡父の録にあり、理は何とも無し。
 石舟斎の「新陰流截相口伝書亊及び没茲味手段口伝書に表題としては見当たりません。「心下作之事」で口伝された事かも知れませんが、史料不足で不明です。

 父云う、是は立合う以前に習う(身に付けて置く心持)ものである。心持ち分別して敵の打ち込まんとして発する兆し、何処にどの様に打たんとするのか其のこころざしを、予め能く心得て立合うべき事は第一の心持ちである。下作に同じ事である。
 


| | コメント (0)

2021年3月19日 (金)

月之抄を読む11、習之目録之事11の117下作之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の117下作之事

11の117下作之事
父云、兼ねて心を付け置くべし。諸事万事に下心分別して、油断無き心持也。
亡父の録に下心左足之事付けたり一足心持口伝と書せるなり。
*
 父云う、敵と仕合うには、あらかじめ、どの様に戦うか、心を付け置くのである。諸事万事に下心を分別して、油断の無い心持ちであるものだ。
 亡父の録には、下心左足之事、付けたり一足心持口伝と書せるあり。

 石舟斎の「新陰流截相口伝書亊」の「心下作之事」とあります。この十兵衛の云う「亡父の録」とは何かわかりません。
 下作の為には、敵の「三見大事」による「太刀先之事・敵の拳之事・敵の顔之事」を能く見て何処をどの様に打って来るかなどの心を知る事、戦う地形や建物などの状況把握も忘れてはならないものでしょう。

 

| | コメント (0)

2021年3月18日 (木)

月之抄を読む11、習之目録之事11の116見は見よ見るをば見ざれと云心持之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の116見は見よ見るをば見ざれと云心持之事

11の116見は見る見るをば見ざれと云心持之事
これは見ると云うは、目付を指して云う也。目付をば能く見よ也。見るをば見ざれと云うは、一打打って付けて必ず後を見たきものなり。これをば見ざれと云う心持也。三重也。見るを忌むと云うも同じ事なり。

 これは、見ると云う事は目付を指して云う事である。目の付け処を能く見よと云う事である。見るをば見ざれ(見るな)と云うのは、一打を打ち付けて、必ず打った処を見たくなるものである。これを見るなと云う心持なのである。
 三重である(月之抄を読む11の114三重五重之事にある「油断を敵と云う心持也、勝ち詰めても打ち詰めても三重も五重も打つべし、続け幾重にも打つと云う習い也」であり、11の25の残心之事「三重も五重も心を残すべし。勝ちたりとも打ち外したりとも、取りたりとも、退くにも掛かるにも身にても、少しも目付に油断無く、心を残し置く事第一也」の心持ちを云います)。
 見るを忌むと云うも同じ事也。

 敵の打ち込まんとする、二星、嶺谷、遠山の動きに目を付けて離すなと云う訳です。打ち込むと、打った処に目が行ってしまう事を戒めています。

| | コメント (0)

2021年3月17日 (水)

月之抄を読む11、習之目録之事11の115三重五重之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の115三重五重之事

11の115三重五重之事
亡父の録には三重之事萬々と書る。
父云、油断を敵と云う心也。勝ち詰ても打ち詰めても、三重も五重も打つべし。続け幾重も打つと云う習也。
亦云、打つばかりにては甲斐無し。心持三重五重思い入るべし。これ真之位也。
亦云、身位二重之事と云うは、神妙剣の取る心持に大形云へり。然れども思い三重は諸事に通ずべきなり。

 亡父の録には三重之事万々と書いてある。
 石舟斎の「新陰流截相口伝書亊」では「身位三重・付残心之事」と有ります。更に「没茲味手段口伝書」では「三重五重之事」と有ります。

 父云う、油断を敵と云う心である。勝ち詰めても打ち詰めても、三重にも五重にも打つべし。続けて幾重にも打つと云う習いである。

 亦云う、打つばかりでは甲斐の無いものである。心持ちは三重五重油断を敵と思い入れ打つのだと云う。これは真の位で有る。 
 亦云う、身位二重之事と云うのは、神妙剣に取った心持ちに対して大方は云うのである。しかし、思う事三重は諸事に通ずべきものである。

 此の習いは、一本打込んで仕留めたと思ったとしても、油断していれば敵の反撃が有るやもしれず、三重にも五重にも幾重にも打つべき心を説いているのでしょう。石舟斎の「身位三重・付残心之事」の事では、油断無く、敵が倒れる迄打ち続ける心、残心の習いを述べているのです。「三重五重之事」は油断無く残心をもって続け遣いに打つことの心持ちを再度述べているのです。
 十兵衛の手にした石舟斎の目録はどのようなものであったのか、亡父の録の文言と石舟斎の目録に表現上の違いが頻繁なのが気になります。

| | コメント (0)

2021年3月16日 (火)

月之抄を読む11、習之目録之事11の114先之越処之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の114先之越処之事

11の114先之越処之事
父云、先の越す処は、所作仕なしの上にも云う也。夫れは、敵の気抜けたる処へ仕掛くるを、先を越す処と云う。根本の先の越す処は、我が初一念を、其のまゝに仕掛、先・先と勝を云う。
又初一念の初まるや否や、西江水へ入る処、先を越す処なり。初る処先なり、此の先を江水へ入る処、越したる処なり。百間先にても勝たると云うは、此の心持也。
先を越してよりは、無心に成るが故なり。無心と成りてからは有心は何れも勝と云々。

亡父の録には理りなし。

 父云、先を越す処は、所作を仕なす上でも云うのである。夫れは敵が気の抜けた処へ仕掛けるのを、先を越す処を云うのである。根本に於ける先を越すと云う処は、我が初一念を其のまゝ仕掛けて、先・先と勝事を云う。
 又、初一念の初まるや否や、西江水(心を納る処。神妙剣、神所、臍の周り五寸四方)へ入る処、先を越す処である。初まる処先である。此の先を江水(西江水)へ入る処が越したる処である。百閒先の敵にも勝ったと云うのは此の先の思いが西江水に入る処、越したる処の心持にに依るのである。
 先を越してからは、無心に成るが故に、無心に成ってからは有心であれば何れにしても勝と云々。

 先之越処之事とは我が初一念の「此処ぞ」の思いが神所(西江水)へ越し入る処なのでしょう。

| | コメント (0)

2021年3月15日 (月)

月之抄を読む11、習之目録之事11の113先々之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の113先々之事

11の113先々之事
父云、是勝処の極み也。兵法の至極なり。習いの数々も此れに至らん為なり。此れに至れば習は何れも非なり。悪しき口なり。悪しきと知りながら、高に望み頼りは悪しゝ口也。習也。捨て捨てらぬ習也。習を用ずして自ずから習に逢う、覚えずして至る事、此れ先々なり。
我が心を敵にして仕合すれば早く思い初めたる方勝也。無理に仕掛て無理に勝、是も非も入れず初一念早き方先々の勝口也。善悪一つなり。此の心弛むものなり、抜くるもの也。抜かすまじきとすれば意かたまる也。是をよくせんには、指目西江水也。
心先なり。初一念のおこり、初まる本には心なり。此の心を西江水に置て、是は初一念のおこる所は、先々と勝たる処なり。おこる初一念を指目と云なり。心は念の本なれば、心が先也。心先也。初一念は、わざの先也。よって先々也。是至極也。
初一念わざの本也、初一念に間の無き打を茂拍子と云也。
心先を先性と云う心持は心の至極と知るべし。空先と云も、心なり平性心なり。
亡父の録に理りなし。
公方様御不審に、待と懸とは同じ先か。老父御請に待心は先の誤りなり。然れども敵の先を取て待は待つに非ず。心を得ては待も懸も先々なり。又、先々よと思い候へば、所作なり候。此の心を得事一心伝心と云々。
公方様沢庵大和尚へ御尋に立つより先を取て行くと思へども、先の抜くるは如何ぞや。沢庵御請に思い初めたる心は替らねども、中にて物に取らるるなり。一本の木の末まで一本にて遠きとも枝葉有るが如し。習絡まれたる程と云うべし。例えば直に行く人を、後から左を見るな、右を見るな、直に行けと云に取られて、直に得行かぬが如し。はい(ハエ)は明かりへ出ん出んとして、障子などに行き当たるなり。当たりたらば後へ帰らば、明かりへ出るを知らざるなり。仏法の上にも本分〵とばかり思うは、はい(ハエ)の譬えを申す也。と云々。

 父云、是は勝つ処の極みである。兵法の至極なり。習いの数々の事も、勢法の数々もこの先々之事に至る為に為すものである。この先々之事に至れば習いは何れも非である。悪しき口である。悪いと知りながら高望みして先々に頼るのは悪い。口也、習い也。捨てて捨てられない習い覚えた先々である。
 だが、一方で習いを用いずして、自然に自ら習いに出合う事、習い覚えずして先々に至る事、是が先々である。
我が心を敵にして仕合をすれば、早く「ここでこうする」と思い初めた方が勝つのである。無理に仕掛けて無理に勝。これも、「間違いかも知れない」などの非も入れず、初めの一念を先に打出した方が先々の勝口と成るのである。善し悪しは一つの事である。この心は弛みやすく、抜けてしまうもので、抜くまいとすれば「意」固まるものである。是を能く仕様とすれば、指目西江水(月之抄を読む11の69指目之目付付り拍子之持処之事で解説。初一念を神所西江水に納め、意気に乗って弾む)によるものである。心が先に有り、初一念が起る。始まる本は心である。此の心を西江水に置く、これは初一念の起る処は、先々と勝処である。起こる初一念を指目と云うのである。心は念の本であれば、ここらが先である。初一念は「わざ」の先である。よって先々である。是至極である。初一念の「わざ」の本である。初一念に間を置かない打ちを茂拍子(無拍子)と云うのである。心の先を先性と云う心持は心の至極とするべきである。空の先と云うも、心であり平性心(平常心と同意か?)である。

 亡父の録に理り無し。 この処は「石舟斎の新陰流截相口伝書亊」及び「没茲味手段口伝書」に同様の表題での目録は見当たりませんが、新陰流截相口伝書亊の「務知英雄心是極一刀習事右条々口伝有之者也」とか没茲味手段口伝書の「虚空懸之事」「一見之大事」「茂拍子之大事」などで語られたものと思われます。兵庫助の「始終不捨書」などでも「今は切拍子も一段好位有之」では、先々の打ちも認めています。

 公方様御不審に、「待と懸とは同じ先か?」老父御請けになられ「待の心は先の誤りである。然れども、敵の先を取りて待つのは待に非ず。心を得ては待も懸も先々なり」と答えている。
 又「先々よと思い候へば、所作になってしまう、此の心を得る事は一心伝心と云うのである等々」

 公方様は沢庵大和尚にお尋ねになられ、「立って進み行くより先を取りに行くと思へども、先の心が抜けてしまうのは如何なる事ぞや」。沢庵、御請けに「思い初めたる心は替らないけれども、進み行く内に他の事に気を取られるのである。一本の木の末まで一本であっても、遠いところに葉が茂っている様なものである。先々の習いに絡まれた程の事と云うべきであろう。例えば直に行く人に、後ろから左を見るな、右を見るな、真っ直ぐに行けと、云う言葉に捉われて真直ぐには行かれぬ様なものである。蠅は明かりの方へ出よう出ようとして、障子などに行きあたる。行き当たれば後ろに戻れば、明かりに出られる事を知らないからである。仏法の上でも本分本分とばかり思うのは蠅の譬えを申すのである。云々」

 初一念に依って遮二無二打込む先々も、状況次第で変化極まり無く、習いの範囲を超えてしまう、自ら会得するものだと云うのでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

| | コメント (0)

2021年3月14日 (日)

月之抄を読む11、習之目録之事11の112何れも相構之心持之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の112何れも相構之心持之事

11の112何れも相構之心持之事
父云、昔飯篠がいえりと聞、敵陰の構ならば我も陰の構、敵陽の構ならば、我も陽の構えよしと云へりと伝え聞く也。心持面白き也。敵の如くに用いる時は、勝事理り固かるべし。我と我が仕合する心持にゆきたつと云えり。
亡父の録には別儀無し。
亦云う、構にてすべきと思はゞ相構よし。所作の道は何れも此の心持よし。

 父云、昔飯篠が云えりと聞く、敵陰の構であるならば我も陰の構。敵陽の構ならば、我も陽の構が良いと云われている事が伝え聞えているのである。心持ちは面白いものである。敵の様に構え用いる時は、勝事のことわりは固いであろう。我と我が仕合する心持に往き立つと云える。
 亡父の録には別の儀は無い。
 又云、構にてすべきと思うならば、相構えは良いであろう。所作の道は何れもこの心持が良い。

 昔、新当流を学んで聞き及んだ相構えの心持を語っています。其の相構が「勝事固かるべし」の理由はこれと云って述べられたとも思えませんが、「構にてすべきと思はゞ相構よし」と言い切っています。月之抄11の108で習った真之活人剣之事により「太刀を引っ提げて持つ」無形を以て水月に至る新陰流ですから、相手の出方に依って如何様にも変化できる心持ちであれば、これも一つかもしれません。

| | コメント (0)

2021年3月13日 (土)

月之抄を読む11、習之目録之事11の111一習之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の111一習之事

11の111一習之事
亡父の録に三箇拍子一習付り三重之大事真之位詰号す万法と書る。理はなし。是は家康公御稽古の目録に亡父の書る。
父云、一つと云、一の字を所作にも、心にも取りて知るべし。一と云う処より何事も出で来る也。へいわ(兵話?)の譬えに、一の裏は六と云うごとく、一と十と十と一つに成る心也。一を二つすれば二つに成る、一を縦横にすれば十に成るなり。十と成って又一に還る也。至り至りては、初心に帰る心なり。初心に帰りたる芸は、名人なり。初めて始まる処一つなり。納まりて又一つ也。是一つの習也。格に入って格を離るゝ心也。

 亡父の録に三箇拍子一習付けたり三重の大事真之位詰号す万法と書いてある。理は無し。この石舟斎の目録は「没茲味手段口伝書」には「真位上詰号万法付積之大事」と有ります。理は無いのは石舟斎の目録は表題のみで、印可の際に口授されている事に為ります。
 次の一節で、「是は家康公御稽古の目録に亡父の書かる」は原本が何か現存しているか解りませんが、石舟斎の筆であるとは思えません。

 父云、一つと云う一の字を、所作にも心にも取り入れて理解するべきものである。一と云う処より何事も出て来るものである。「へいわのたとえに」の意味は解りません。兵の話でしょうか、平和とは思えませんが、何かその様な話が江戸時代初期まであったのでしょう。
 一の裏は六と云う如く(さいころの目は一の裏は六です)一と十と一つに成る心である。一を二つすれば二つになる。一を縦横にすれば十になるのである。十になって又一に還るのである。至り至りては初心に帰る心である。初心に帰った芸は名人である。初めて始まる処は一つで、是が一つの習いである。格に入って(方法、仕来たりなどの決まり事、流儀の業技法の形)格を離れる心である。

 石舟斎の没茲味手段口伝書の「真位上詰号万法積大事」については柳生晴延著「柳生新陰流道眼」に外伝口伝書からの引用をもって解説されています。具体的な業技法の心得として書かれており、宗矩の解説とは立ち位置が違いますが、「格に入って格を離るゝ心也」の結びで宗矩も理解していたかな、と思う次第です。

| | コメント (0)

2021年3月12日 (金)

月之抄を読む11、習之目録之事11の110無理拍子と云心持之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の110無理拍子と云心持之事

11の110無理拍子と云心持之事
父云、是は立相処より、ハタハタと途切れもなく叩き懸る也。打の内に打ある心持也。この間を、敵勝たんとせば、夫れを打内にて勝とする也。
 さなければ叩き込みに追い込みて敵打事ならざるもの也。例えて云はゞ、大鼓、小鼓のもみだし打がごとし。間へ入るゝ処、勝也。入れざれば合う処又勝なり。眼の前にある事なれども、一つの心持無ければ是も叶い難し。

 父云、無理拍子と云うのは、立ち相う処より、ハタハタと途切れも無く叩き懸る、打ちの内に打つある心持である。この間を敵が勝とうとすれば、我が途切れも無く打ち込んで行く内に、打って勝とするのである。
 そうでなければ、叩き込み、追込みにて打ち込まれれば、敵打つ事は出来ないものである。例えて云えば、大鼓、小鼓の揉み出し打ちの様なものである。打ちの間へ打込む事で勝つのである。間へ入れないのであれば拍子が合う処で打ち込めば又勝つのである。眼の前に在る事ではあるが、無理拍子の心持無ければ是も叶い難いものである。

 揉み出し打ちとは、能の翁で三番叟の舞にある、小鼓の連打の間を大鼓で打つ舞の打ちを云うのでしょう。

 

| | コメント (0)

2021年3月11日 (木)

月之抄を読む11、習之目録之事11の109真之活人剣之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の109真之活人剣之事

11の109真の活人剣之事
老父云、是新陰流のたては(立場?)なり。押取って引っ提げたる構也。太刀の内にも是あり。新当流には下段の太刀をば、殺人刀と殺し用いざる也。陰流には是を活人剣と活かして用いる也。心は構を用いざる故なり。
下段の活人剣は構にはあらで、敵の働きに随い構とするにより殺人刀を陰には活人剣と遣うなり。上段中段下段、長き短き共に構え無き処を構えとする、心持真之活人剣也。構え無くして敵の働きに随いて構になす処、新陰流のたては(立場?)是也。切らず、取らず、勝たす、負けざる流也。是根源也。
亡父の録には真之活人剣付けたり構無き心持一段大事根本也、口伝に有り。切らず、負けざる口伝、重々秘すべき者也、と書る。
亦云、当流には所作を捨て、心に有る本理を構えとするなり。構えは知らずと云えり。

 老父云、是は新陰流の「たては」である、(とは「場に立つ」時の「構」と読んで見ました。)太刀を押っ取って引っ提げたる構えである。太刀を持つ構えの内にも、ただ引っ提げただけの構えもある。新当流にでは下段の太刀を、殺人刀と称して、殺し用いないのである。陰流ではこの構えを活人剣として活かして用いるのである。構えと云っているが心は構えていると云う意識で用いるものでは無い。
 下段の活人剣は、構えでは無くて、敵の働きに随い構えとする事に依り、殺人刀を陰に於いては活人剣と遣うのである。上段、中段、下段、長き、短き共に構え無き処を構えとする。心持ちは真之活人剣である。構え無くして敵の働きに随い構えをなす処、新陰流の立場が是である。切らず、取らず、勝たす、負けざる新陰流である。是根源である。

 亡父の録には真之活人剣付けたり構え無き心持ち、一段大事な根本である。口伝に有り。切らず、負けざる口伝、重々秘すべきものである。と書いてある。

 石舟斎の「没茲味手段口伝書」の「水月活人刀之事」が亡父の目録にあります。口伝の為解説は有りませんが、水月における活人刀は、構えるのではなく、太刀を引っ提げた無形を意味するのでしょう。敵の働きで如何様にも変化し、敵の待には、敵を働かせる活人刀に替ると云うのです。

 兵庫助は「始終不捨書」では「水月活人刀と云習は昔の教なり。悪し。重々口伝」として否定しています。水月に際し敵の動きを待つのではなく、敵を活かす無形である、先を取る思想が明らかです。

 

| | コメント (0)

2021年3月10日 (水)

月之抄を読む11、習之目録之事11の108西江水之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の108西江水之事

11の108西江水之事
引歌に
中々に里近くこそ成りにけり
      あまりに山の奥を尋ねて
父云、心を納る処、腰より下に心得るべし。是専一とす。油断の無き事。草臥れざる先に捧心万に心を付けさせんが為なり。油断の心あればならざるもの也。其の心持肝要也。夫れを忘れざる事を心の下作と云う也。三重五重も油断無く勝ちたると思うべからず。打ちたると思うべからず。夫れに随い油断無くする事肝要也。
上泉武蔵守親にて候。宗厳公之伝、これより外は無し。此の心の受用を得ては、師匠無しと云うなり。受用を得て敵を伺い懸け引き表裏新しく取りなしするより外は是無し。是無き上至極の極意也。

亡父の録に西江水之事、付けたり心也。置く所締むる心持一段大事、口伝と書る。引歌は前のごとし。

亦云、此の西江水之習に亡父の用と、老父の用に替りたる差別あり。亡父の用はけつをすぼむる也。是西江水と号す。老父の用はけつを張る也。是西江水と号す。すぼめたるよりは張りたる方、身も手も寛ぎて自由なる心ありと也。然れども是は、何れにても主々(種々)持ちうべき◯方然るべき也。詞は替れども心の置き処一つ也。心を定めて静かなる時、捧心能く見えるなり。秘事至極なり。
抑(さて)此の習いは亡父年老うて、躰足心ならざるに、冬天の寒時に外にある雪隠へ通うに、山中の事なれば氷解けずなめ(滑)となりて辷り老足叶い難かりけれども、通うとて、倒れんとせし時、此の心持を得路して、今此の西江水と秘して無上至極極意と号す。此の処に至れば万事は一心と成り、一心は只西江水一つに寄する処なり。
* 
 引き歌に
 なかなかに里近くこそ成りにけり あまりに山の奥をたずねて
 この歌は宮本武蔵も五輪書風之巻に道歌を引用しています。「初めて道を学ぶ人には、その業のなりよき処をさせ習わせ、合点の早く行く理を先に教え、心の及び難き事をば、其の人の心を解くる処を見わけて、次第〵に深き処の理を後に教ゆる心也。されども、大形は其の事に対したる事など、覚えさするによって、奥口とゆう処なき事也。されば世の中に、山の奥を尋ぬるに、猶奥へゆかんと思へば、又口へ出づるもの也」

 父云、心を納める処は腰より下、と心得るべきものである。是が第一である。油断無く、くたびれない内に捧心を様々な事に心を付けさせる為である。油断の心が有れば捧心(心の発する処を見る心)万に心を付けさせることはできない。捧心の心持が大切で、それを忘れない様にするのは「心の下作り(諸事万事に下心分別して、油断無き心持)」と云うのである。三重五重も油断無く勝たると思ってはならない。打ったと思ってもならない。捧心に随い油断無くすることが肝要である。
 西江水は、心を納る処、心の付く処、心の置き所で腰より下と心得ること。月之抄を読むの11の53で「神妙剣之事」を習ったのですがその場所は「老父云、中墨と云也、太刀の納まる所なり。臍の周り五寸四方なり」とあって11の55で「真実の神妙剣とは神処也。又実の無刀とは根本の習也。又真実の無刀なり、・・西江水、真実の無刀と云う習を秘して借りたるこころもち一々多し」と云う事で西江水は腰より下で神所である神妙剣で、臍周り五寸四方に位置すると、読めるのです。

 上泉武蔵守は親(流祖)である。宗厳公の伝には是より外の肝要な事は無い。西江水の心の受用を得たならば、師匠無しと云う事も出来る。受用をえて、敵を伺い懸け引き、表裏新しく取り為しするより外は是無し。是は無上至極の極意である。

 亡父の録に西江水之事、付く心である。置き所である。締むる心持ち一段大事。口伝と書かれている。引き歌は前にある如しである。
 石舟斎の「新陰流截合口伝書亊」及び「没茲味手段口伝書」にもこの表題は見当たりません。恐らく口伝の覚書に依るのかも知れません。

 亦云、此の西江水之習に、亡父の用い方と、老父の用い方が違い差別できる。亡父の方法はけつ(尻)をすぼむ(窄め)るのである。是を西江水と号す。老父の場合は、尻を張るのである。これ西江水と号するのである。窄めるよりは張りたる方が、身も手も寛いで自由な心持ちである。 然し、是は何れでも、主々◯用◯◯方然るべきである。詞は替っていても心の置き処は一つである。心を定めて静かなる時は、捧心も能く見えるのである。秘事至極である。

 抑、此の習いは亡父歳取って躰足が思う様にならなくなり、冬の寒さに、外にある雪隠に通う時、山中の事なので氷は溶けず、滑らかになって滑る、老父には叶い難いけれども、通う時、倒れそうになった時に、この西江水の心持を得道して、今此の西江水と秘して、無上至極の極意と号している。此の処に至れば、万事一心になって一心は西江水一つに寄す処である。

 西江水之事ですが、最初に西江水と云う言葉をどこから持って来て付けたのでしょう。
 これは恐らく碧巌録の龐居士語録によるもので「居士 後之江西 馬祖大師に問いて曰く、萬法と侶(とも)たらざる者これなに人ぞ、祖曰く、汝が一口に西江水を吸盡するを待ちて、即ち汝に向いて道(いわん)」から引用したのでしょう。「そんなすごい人は、西江の水をあんたが飲み干せたら教えよう」と云うわけで「教えられそうもないよ」とでも云ったのでしょう。「一口吸盡西江水」、さて新陰流の兵法の極意の教えに凄い名付けをしたものです。

| | コメント (0)

2021年3月 9日 (火)

月之抄を読む11、習之目録之事11の107一尺八寸之目付之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の107一尺八寸之目付之事

11の107一尺八寸之目付之事
父云、片手太刀、身を離れたる構、何れも手利剣より上へ、一尺八寸の動きの処を専らとする。これは、極まるなり。其の動き一つに心を付ければ、万事一つになる也。無刀にては上段の構え、何れも大きなる構えは、夫れを心に持ちて分くる心持を思うべし。
亡父の録に、一尺八寸片手太刀よしと書る。
亦云、一尺八寸とは、肩先より拳まで一尺八寸なり。分くると云うは、片手にて打つ故、両手を分けて分くると云なり。片手太刀をば浅く打事悪しゝ。深く思い入れ、一尺八寸を手字と搦みかけて打つ心持也。

 父云、片手太刀や、身を離れたる構えの上段、霞、ハ相、何れも手利剣(手の内、手の裏)より上へ構えている、その肩先より拳迄一尺八寸の動きの処をしっかり目付をする事第一とする。是は極意である。其の一尺八寸の動き一つに心を付ければ、万ずの事一つになるのである。
 無刀にては上段の構え、何れでも大きく構えている者には、それを心に受けて、「分くる心持を思うべし」。と宗矩の説明では括弧内が未解説です。
 
 亡父の録には、一尺八寸は片手太刀によし、と書いてある。この意味が宗矩の未解説部分の説明になるだろうか、一尺八寸の肩より拳迄の敵の打込みには片手太刀で応ずるのが良いのか、ここも未解説です。

 亦云、一尺八寸とは、肩先より拳まで一尺八寸なり。当時の体格では拳より肘までで一尺二寸、肘から肩先までで六寸として一尺八寸でしょう。
 分くると云うのは、片手で打つので、右手と左手が分かれる事に依り分くると云うのである。片手打ちで太刀を浅く打つのは良くない。深く打込むと思い入れて敵の一尺八寸に十文字打ちと搦めて打つ、其の心持ちを一尺八寸之目付と云う。

 石舟斎の「新陰流截相口伝書亊」に「身離目付分目搦之事(みをはなるめつけわけめからみのこと)と有ります。此の解説は相変わらず口伝ですから何が本当の処か判りませんが、身を離れる構えは切先が我身から離れています。その構に対する目付は、両の拳の間、両肘の搦、此処に眼を付けろと云うのです。敵が身を離れる構えから、打ち込んで来るそれに対し、石舟斎は片手太刀で十文字に上太刀になって勝のだと云うのでしょう。

| | コメント (0)

2021年3月 8日 (月)

月之抄を読む11、習之目録之事11の106茂拍子之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の106茂拍子之事

11の106茂拍子之事
父云、打つ内之見、懸る内之見、何も見之見、是なり。敵に心を外さず、我れが所作にあり。此方の動きに心を付、初めを打つべし。気前を以て働きは如何様にもあるべし。
亡父の録に替る子細(仔細)なし。
亦云、打の無き内の打、是なりとしるべし。
又云、見るも拍子よと云う儀也とも云々。
又云、目付をきっと見付る処、気浮き立って軽し。見ると、打と一度なりとも云。
又云、茂拍子は無拍子也。茂を無の◯(宛て)字になして心得るべし。
拍子無き処、心に有る拍子也とも云う。根本は我れが方より仕懸打つ打の心持ち也。前にある理の如し。

 茂拍子之事について、父云う、打つ内に見る、懸る内に見る、何れも見るの見、是である。敵に心を外さない、我が所作の内にある拍子である。
 此方の動きに心を付けて、初めを打つべきもので、気前の働きであって、如何様にでもするものである。
 亡父の録と変る仔細は無い。
 石舟斎の「没茲味手段口伝書」に「茂拍子之大事」と有ります。仔細は宗矩同じと云うのですから、敵の心を見て外さず、敵の動きの以前に我れが、心の下作りを以て迎拍子、かく拍子、無拍子など如何様にも、敵の気前に我が方より仕懸け働くべき事の教えでしょう。
 亦云うの幾つかは其のポイントで、「打つの無き内の打つ」「見るも拍子」「見ると打つと一度」「茂拍子は無拍子」「心に有る拍子」などで茂拍子を語っています。

 

| | コメント (0)

2021年3月 7日 (日)

月之抄を読む11、習之目録之事11の105手之内猿之木を取る如く之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の105手之内猿之木を取る如く之事

11の105手之内猿之木を取る如く之事
亡父の録には手の内猿の木を取る如し、付り強からず弱からぬ心持、口伝と書る。

父云、是は手の内の強き事を嫌うなり。強みは大指の股に、力を詰めよ、強きなり。握り詰むるを嫌う也。猿の木を取る手の心を感じ知るべし。強からず弱からず敵の打に合う時絞むる心持なり。
又、小指より二つ目の指を、打つに随いて絞むる事肝要也、と書もあり。
亡父の録には手之内之心持之事付り猿之木を取る如し、強からず弱からず、心持口伝と書せるなり。

* 
 亡父の録には手の内は猿が、木を取る様にするが如しである。付けたり、強からず弱からぬ心持。口伝。

 父云、是は手の内の強き事を嫌う為である。強く握るのではなく大指の股(親指と人差し指の股で親指側、或いは拇指球の上部か)に力を籠め、強く詰める(押し付ける様にする?)のである。握り締めてはならない。猿が木を掴む手の心持ちを感じ知るべきものである。強からず弱からず、敵の打ち込みに合わせる時には絞める心持である。又、小指より二つ目の指(小指と薬指、又は小指と薬指と中指)を、打つに随って絞める事が大切である。と書いてあるのもある。

 亡父の録には手之内之心持之事付り猿之木を取る如しである。付けたり強からず弱からぬ心持ち。口伝。

 月之抄を読むの11の102で「没茲味手段之事」で、石舟斎の云う没茲味手段とは違い、宗矩は「是は手の内の心持也。小指より、上の指二つ(薬指、中指)を敵打つに随い、絞め合わせよと云う儀なり」と同じ事を述べています。





| | コメント (0)

2021年3月 6日 (土)

月之抄を読む11、習之目録之事11の104打之内之打之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の104打之内之打之事

11の104打之内之打之事
父云、これは打つ内に今一つ心を添えたる打也。捧心を能々見ん為の打也。没茲味手段之処にて心得べし。
亡父の録に別儀なし。

 父云、是は打つ内に、今一つ心を添えた打である。捧心を能々見る為の打ちである。没茲味手段の処で解説しているから心得る事。
 前回の没茲味手段之事で、十兵衛の話は没茲味手段を「ぼつじみしゅだん」と読むのだと、なんだかおかしな終わり方をして居ます。その締めくくりを今回の「打つ内の打つ事」として、敵の打たんとする心を我心に写す、捧心による心で見る観の目を以てせよ、其の為には打つ内に打つ心持ちを持つのだと云うのでしょう。
 石舟斎の「没茲味手段口伝書」の巻頭の「五合剣」については何も述べられていません。

| | コメント (0)

2021年3月 5日 (金)

月之抄を読む11、習之目録之事11の103没茲味手段之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の103没茲味手段之事

11の103没茲味手段之事
亡父の録には没茲味手段、西江水、越処と書る。亦録に没茲味手段之事、第一目付之事、第二勇(無刀?)の口伝之事、第三拍子之事、第四身之懸之事、第五懸る左足(さそく)と書るもあり。
父云、是は手の内の心持也。小指よりかみ(上)の指二つを、敵の打つに随い締め合せよと云儀なり。打ってやる内にも捧心の心掛専也。打之内に打ありと云も此心持也。是は没茲味とて姑息也。味のなき処に味を付る心持なり。無味なる処専也。至極也。一則の公案もなくては知り難し。
亦云、没茲味手段(ぼつじみてだん)と読むは悪し、手段(しゅだん)とよむべしと、沢庵大和尚被仰し。

 亡父の録には没茲味手段、西江水、越す処と書いてある。亦、目録には没茲味手段の事、第一目付之事、第二勇之事、第三拍子之事、第四身之懸之事、第五懸る左足(さそく)と書いてあるものもある。
 石舟斎の「没茲味手段口伝書」の巻頭には「五合剣」として「第一勇之事、第二目付之事、第三拍子之事、第四身懸之事、第五佐曽久」の順番で記載されています。十兵衛三厳の手にした没茲味手段口伝書はどのようなものであったのか解りませんが、柳生宗矩は新陰流第3世を印可されていませんので、柳生の庄に居た頃、石舟斎の書き付けたものを見て、書き写したとかあったかもしれません。或は正統印可は無くとも目録授与は有ってそこには、第三世を印可された兵庫助とは異なる目録であったかもしれません。この辺の処は史料研究に興味のある方にお任せしておきます。

 父宗矩は云う、没茲味手段之事は手の内の心持である。小指よりかみ(上の指)の指二つ薬指、中指を、敵の打ち込んで来るのに随い、締め合わせよと云う意義である。打ってやる(?)内にも捧心の心掛専ら也。
 宗矩は没茲味手段之事は手の内の心持ちを説いているのだと云います。その上で捧心の心掛けとして、敵の何を仕掛けようとするかを心を敵に捧げる如き捧心の心掛けで、敵の打ち込まんとする手の内を観の目で読み取れそれが第一だと云うのでしょう。
 打つの内に打つ有りと云う心持ちと云うのは、姑息である。味の無い処に味を付ける心持、と云うのですが、意味不明です。敢えてここまでの宗矩の理を捉えれば、敵の打ち出さんとする心を観受すれば即座に手の内を締めて打込めとでも読めばいいのでしょうか。
 反面、「無味なる処専也。至極也。」と否定しています。そして、何の公案も無い者には没茲味手段の至極は知り難かろうと突き放しています。

 月之抄の作者十兵衛は、「ぼつじみてだん」と読むのではなく「ぼつじみしゅだん」と読むのだと、沢庵大和尚が仰せられし。とやれやれです。

 聊か、捻くれた読みをしましたが、石舟斎の没茲味手段之事の五項目には新陰流の心持ちが歌われている事は間違いないでしょう。此の項目などを推し測ると、石舟斎と宗矩の関係や宗矩と十兵衛の関係に相いれないものが匂って来る様な気もします。是もその方面の詮索を好まれる方にお任せします。
 私はあくまでも、袋竹刀を以て道場に立ち剣術の頂点に立った術理の心を知りたいばかりです。

| | コメント (0)

2021年3月 4日 (木)

月之抄を読む11、習之目録之事11の102留ると云心持之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の102留ると云心持之事

11の102留ると云心持之事
父云、心の一方へ偏りて、留る事を嫌うなり。着する心也。歩み、所作、心持ち、何れも偏ならざる心持ち専ら也。行く間にも、留まると思わば、取り換え新しく仕直したる心持を習とする也。
引歌に
いつくにも心とまらば住みかへよ
        ながらへばまた元の故里
歩にも、打つにも、仕掛にも、此の心持とどまらざる事を専らとする也。
亡父の録に別儀なし。

 父云、心が一方へ偏りて、留まる事を嫌うのである。居着く心である。歩み、所作、心持ち、何れもそこに居付くような偏(かたより)の無い心持ちを嫌う事を専らとするのである。行く間にても、留まると思へば、取り換え新しく仕直した心持ちを習いとするのである。
 引き歌に
 居着くにも心とまらば住み替えよ
          ながらへれば又本の故郷

 この歌は、居着いてしまえば、いくら稽古して来てみても、元のまゝに過ぎないよ、と歌うのでしょう。

 歩くにも、打つにも、仕掛けるにも、此の心持ち留まらざる事を専らとするのである。
 亡父の録に別儀なし。

| | コメント (0)

2021年3月 3日 (水)

月之抄を読む11、習之目録之事11の101拍子敵味方取処知事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の101拍子敵味方取処知事

11の101拍子敵味方取処知事
亡父の録に、惣別人の拍子と云事は息合い也。夫れを知る処は足、と腕にて知るべし。敵の継ぐ息をヤッと取る也。我はつむる(詰むる)息なり。
父云、替る心持なし。細かなる心也と云々。

 亡父の録に、惣別、人の拍子と云う事は息の合せである。それを知る処は、人の部位は足と腕の動きで知るのである。敵の継ぐ息を「ヤッ」と取るのである。我は詰める息である。
 父云う、亡父と変わる心持ちの事は無い。細かなる心地と云々。
 
 此処は打つ拍子は、息の合わせ様に依るのだと云うのでしょう。然しその状況を知るのには敵の足の動き、太刀を持つ腕の動きを、見る事だと云う。それと同時に敵の継ぐ息を見観の目で知ることなのでしょう。双方互いの拍子を取り合う、細かなる心地なのだと云々。見る目は普段の形稽古でも知る事は出来るでしょうが、息合いは、見の目と観の目を共に養わなければ読み取れない処でしょう。十兵衛の抜けだらけの文章と、形ばかりを追う棒振りばかりしか出来ない未熟者では、さて、そのつもりで稽古をしなければ得られそうもありません。

| | コメント (0)

2021年3月 2日 (火)

月之抄を読む11、習之目録之事11の100太刀拍子持処之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の100太刀拍子持処事

11の100太刀拍子持処事
父云、是は太刀先五寸の間に心を付て、拍子を持て、五寸より早く当たる様に打心持専ら也。
亡父の録には理なし。

 父云、是は太刀先五寸の間に心を付けて、拍子を持ちて、五寸より早く当たる様に打つ心持ちが第一である。
 亡父の録には理は無い。
 
   この太刀拍子持処事の十兵衛の解説は、どの様な状況での打込なのかよく解りません。
 我が手にする太刀先五寸の間ですから、そのまま捉えれば、太刀先五寸の間15cmの長さを目途に心を付けると云う様に取れます。然し、一般的な刀の切る位置は、より厳格に此処と指定すれば太刀先2寸5分7.5cm~3寸9cm物打附近です。切先でも無い太刀中でも無い、物打ちに心を付けて、無拍子に物打ちが打ち込まれる様にする事が大事と云うのでしょう。
 初心者が、負けまいとして必死で打ち込むのを見ていますと、おおかた物打ちより拳が先に打ち下ろされる打込みです。特に空手、ボクシング、合気道などの獲物を持たない入門者によく見られます。
 十兵衛の月之抄にこの手の習いが、ここで語られるのか、違う事を云っているのか頭を悩ませています。
 兵庫助の「始終不捨書」には「十禁習」として「手の下る事」と「拳にて太刀を使う事」が述べられています。太刀先より手が下がった打ちを戒めています。また、拳で打つ事に馴れた竹刀剣道などの打込みは、手先で太刀を使うため手の内がゆるみ打ち負ける事を戒めています。太刀は体で使う事を、軽い竹刀の為忘れてしまったのかも知れません。

| | コメント (0)

2021年3月 1日 (月)

月之抄を読む11、習之目録之事11の99かく拍子之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の99かく拍子之事

11の99かく拍子之事
父云、是は違えたる拍子なり。序を切り懸る序の内を一拍子敵と違え勝心持を欠く拍子と云。違い拍子也。
亡父の録に理りなし。

 父云、是は違えたる拍子である。初めの切り懸り、序の内を一拍子敵と違えて勝つ心持ちを、欠く拍子と云うのである。違い拍子である。
 亡父の録には理りなし。
 石舟斎の「新陰流截相口伝書亊」の「角にて闕拍子之事(すみにてかくひょうしのこと)」との習いが表示されています。

 月之抄の「かく拍子」の「かく」にどの様な漢字をあてがうか、此処で判断できません。「敵と違え勝」の文章に従って、敵に逢わせない、欠くとして見ました。新陰流の勢法の中では敵の打込みを外した時が打った時の「くねり打ち」などを思い描いても見ました。全くの当て外であっても心持にはさしたる違いはないと思います。

| | コメント (0)

2021年2月28日 (日)

月之抄を読む11、習之目録之事11の98位を定ると云心持之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の98位を定ると云心持之事

11の98位を定ると云心持之事
父云、先を取りたる心の定まりたる処を、位定むと云。例へば水月を立懸りたる処勝也。是からは敵を寛げも、開かせも、外させもせぬをと思う心は、位定まるべし。敵を伺う心の内を、位と云う。伺う心の止みたる処、定まりたる心持ち也。
亡父の録別儀なし。

 父云、先を取り、心が定まった処を位い定むと云うのである。例えば間を越して懸り勝ち、此れからは敵をほっとさせる事も、開かせも、逃げ出す事もさせない心は、位い定まるのである。敵を伺う心の内を位と云う。伺う心の止みたる処が、心の位定まりたる心持と云うのである。
 亡父の録に別儀は無い。

 石舟斎の「新陰流截相口伝書亊」には「水月付位をぬすむ事」で、敵の位を盗み、間を越して先々の先を取る事を習いとしています。或は「没茲味手段口伝書」の「真位詰号万法付積之大事」などで、宗矩の解説同様の心持を語っていると思われます。

| | コメント (0)

2021年2月27日 (土)

月之抄を読む11、習之目録之事11の97定拍子之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の97定拍子之事

11の97定拍子之事
老父云、是は初一念也。初拍子也。拍子は息合いにあり。慎しむによって後拍子乗る弾む等と云う拍子逢いあるなり。打ち付くる処をば、程と云う心持に思い保ち居る処、拍子也。拍子は無拍子也。然るにより当流には、兵法に拍子という事無し。今に知らず、定まりたる処の勝は、只一拍子也。先・先と打つ処敵も一打、我も一打ならではならぬ也。是を定りたる拍子也。
亡父の録に別儀なし。
云う右に記したる如く。此の習いも定まる勝と云うべきに拍子と書るゝなり。斯様の心持を能く吟味せざれば心持ち心得難し。
* 
 老父云う、定拍子之事、是は初めの一念である。初拍子也。拍子は息合いにあり。慎むに依って後拍子、乗る、弾む等と云う、拍子逢いあるのである。
 打ち付くる処をば、程と云う心持に思い保ち居る処、拍子也。拍子は無拍子也。然るにより当流には、兵法に拍子と云う事は無い。今に知らず、定まりたる処の勝は、只一拍子である。先先と打つ処、敵も一打、我も一打でなくてはならない。是を定まりたる拍子である。
 亡父の録に別儀なし。
 云う、右に記したる如く、此の習いも定まる勝ちと云うべきであるのに、拍子と書かるゝのである。斯様の心持ちを能く吟味しないのならば心持ち心得るのは難しいであろう。

 定拍子の定義が見えて来ないのですが、老父の言い分を並べてみます。
 ・初めの一念に依る初め拍子
   ・程と云う心持(月之抄11の229:父云積りたる処の間、心に浮かみたる処を程と云う。打ち付けたる処も程と云う)
 ・無拍子
   ・当流の兵法に拍子と云う事なし
 ・今に知らず
   ・只一拍子
   ・先々と打つ処なのに、敵も一打我も一打ではならない、それで終わろうとするのは「定まりたる拍子」也

 云う(十兵衛)の解釈
 ・定まった勝と云うのが定拍子。
 ・定まる勝ちと書くべきであろう。
 
 宗矩は習っていないので知らない、当流には定まった拍子などは無い、無拍子が拍子。
 十兵衛は定まった勝ちと云うべきだったろう、と云っています。

 と云う事で、月之抄を読むの11の7で三拍子之事「越す拍子、合る拍子、付る拍子、此の三つ也、然処此三つならでは之無。」となります。 
 亡父石舟斎の「新陰流截相口伝書亊」の「三拍子之事 1、越拍子 1、付拍子 1、当拍子」として、拍子は目録に記載されています。

| | コメント (0)

2021年2月26日 (金)

月之抄を読む11、習之目録之事11の96行間拍子之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の96行間拍子之事

11の96行間拍子之事
是は、初め拍子に乗り、息を詰め弾み打つ拍子也。打ち初めと打ち納めとの間へ、打ち入る拍子也。
唱歌の心持にて打ちたる良きと、宗厳公仰せらる、しやうが(唱歌)に覚えたると弥三が物語せんなり。
老父は知らずと云へり。是は息の持ち様により、打つ味わい、云うにいわれざる処ある心を以て、息の間にある拍子と云う心を筆者の誤りにて斯く云へるか。但行間の事か、心得難し。古流には心に覚へたる処を言い訳予ねて、拍子調子また(又)乗りはつむ等と云う事にて、手には違いなる事時々多し。心余りて言葉足らざる心持、いずれの習いにもあり。但又わざと此の如くせしか。人の見ても習はざれば理り得難き心もあるべし。
惣別目録には、記さざれと教えの道なり。然れども老父は、習いを伝えんとせず、一心伝心を直伝として習う心持を云い述べられしなり。宗矩此のかたの儀也。

 行間拍子之事、是は敵が打たんとして、手利剣(手の内)に変化が現れ太刀が動き出す初めの拍子に乗り、息を詰めて打つ拍子である。打ち初めと打ち納めとの間へ、我は打ち入る拍子である。越す拍子とでも思えば良さそうです。
 唱歌の心持にて打つのが良い。「月之抄11の18唱歌之事:唱歌は息也。ヤッと声を掛ける心持にして、息を籠めれば浮き立って軽し。声を掛けるに依りて拍子合い、乗るもの也。我心に乗ったる拍子にて打心也」。その様に宗厳公が仰せられる。しやうに(そのように?)覚えたと弥三(弟子の事でしょう)が語った。

 老父宗矩は行間拍子は知らないと云う。宗矩は是は息の持ち様に依る、打つ時の味わいで云うに言われぬ処の心持ちか、息継ぎの間にある拍子と云う心を筆者(石舟斎か?)の誤りでこの様に云うのか。ただ行き間の拍子の事か、心得難し(よくわからない)。
 古流には心に覚えた事でも、どの様に言い表すのか解らずに、拍子、調子、また乗り弾むなどと云う事(連れ拍子、越す拍子か)にして、その手ほどきとは違う事が時々多いものである。心は充分であっても言葉足らずの事、どの様な習いにもあるものだ。
 但し、又、わざと意味不明の事をこの様に云うのか。人が見ても、実際に本人から習わないのであれば、その心得の理、得難き心もあるものである。
 惣別、目録には、その意味を記さず、伝書を授与する者に、直に口伝などで教えるのが道である。然し老父(石舟斎か)は習いを伝えようとせず、一心伝心(心一つにして心を伝える。以心伝心)を直伝として習う心持ちを云い述べられしなり。宗矩はこの方の儀である。

 最後の一節は、石舟斎が宗矩に直伝せずに終わった事を、宗矩が批判している、と思えるのですが、反面十兵衛に宗矩は直伝せずに自論を述べたに過ぎないと云うのか、面白い処です。
 

| | コメント (0)

2021年2月25日 (木)

月の抄を読む11、習之目録之事11の95迎拍子之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の95連(迎)拍子之事

11の95連(迎)拍子之事
亡父の録にあり、理はなにともなし。
父云、敵と同じ様にする心也。相手の真似をして仕掛ければ、敵勝つべき様なきものなり。諸事に用いる心持也。至極に等しく成心持也。

 亡父の録に有る。解説は何も無い。
 この項目の表題は今村嘉雄著史料柳生新陰流では「迎拍子之事」とされています。此処は迎拍子なのか連拍子なのか頭の文字の崩しが読み取れません。
 まず、迎拍子として読んで見ます。
 石舟斎の「没茲味手段口伝書」の「むかへの事」が録に有ります。
   月之抄の11の73迎之事では「これ当流の心持大事也。先の先と云う仕掛是也。表裏の道を知らざれば成るまじきなり。互に習いを知り、先を待ち、みち、理に叶いて勝事を本意とす。それを仕掛けて我先と迎と云う」

 父云うでは、敵と同じ様にする心である。相手の真似をして仕掛ければ、敵勝つべき様(用)なきものである。諸事に用いる心持である。至極に同じとなる心持ちである。

 敵と同じ様に真似をして仕掛ける。といっています。迎之事は、敵が待で動かない時には此方から色を仕掛け、それに反応した敵の色に従って勝つ事を示しています。本来の「迎之事」の内の一つに、「相手と同じ真似をして仕掛ける」が有っても良さそうです。

 連拍子は石舟斎の新陰流截相口伝書亊の「太刀つれの事」「連拍子之事」と有ります。その心は敵の太刀に連れ随う事、又は我が太刀の動きに体を連れ随う事で、「敵の真似をする」のとは違います。

 この文字の判定は、手元の資料からは特定できません。保留とさせていただきます。

 

 

| | コメント (0)

2021年2月24日 (水)

月之抄を読む11、習之目録之事11の94拍子之有処を知事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の94拍子之有処を知事

11の94拍子之有処を知事
亡父の録にあり、理りは何ともなし。老父の云、有処は、心の付処なり。例えば見ても聞ても起こる心也。起こる心を西江水に入れば、其内より拍子出る也。是を拍子の有処と云なり。

 亡父石舟斎の録にある、説明書きは何も無い。
 老父の云うには、拍子の有る処は心の付け処である。たとえば見ても、聞いても起こる心である。起こる心を西江水(心を納むる所腰より下に心得るべし)に入れれば、その内から拍子が出るものである。是を拍子の有る処と云うのである。

 この、習いは拍子と云うのは何処にあるのかを示しています。拍子はこの瞬間何をするかを判断し実行するわけです。敵の状況を見て、敵が打込もうとする事を、脳で判断し、どの様に応じるか脳が指令を出して体が実行する。その様に思うのですが、その事は心が受け取り、起る心を西江水(下腹)に取り込んで反応するのだ、とでも云うのでしょう。確かに下腹に気が満ちていなければ、体全体に発する気は行き渡らず、上滑りした手打ちにしかならないものです。

 この辺りは、現代科学が証明できることなのかもしれません。

 

| | コメント (0)

2021年2月23日 (火)

月之抄を読む11、習之目録之事11の93乱拍子之事付たり乱るゝ心口伝

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の93乱拍子之事付たり乱るゝ心口伝

11の93乱拍子之事付たり乱るゝ心口伝
父云、上無き心持也。無上也。乱なる拍子は、取り定められぬ拍子也。定められぬにより勝処也。
拍子を乱して見れば、合わずして追う処、乱拍子と云う。乱るゝとは、乱して見よと云う心也。
拍子は無き也。拍子無くして拍子に逢う。是を乱拍子と云う。無拍子也。無拍子は心にあり拍子なり。常の拍子にあらず、常の拍子は乱拍子也。乱れて逢わぬ也。逢わずして逢う処の拍子は、根本無拍子なり。無拍子心拍子也。
亡父の録には乱拍子は乱るゝ心持、無拍子之口伝重々之在りと書る。

 父云う、乱拍子とは、上無き心持ちである。無上である。乱なる拍子は、取り定められない拍子である。定められないので勝つ処と成るのである。
 拍子を乱して見れば、拍子を合わせずに追う処となり、乱拍子と云う。乱るゝと云うのは、乱して見よと云う心である。
 拍子は無いのである、拍子が無いのに拍子に逢うので、是を乱拍子と云う。無拍子である。無拍子は心にあるもので、常の拍子とは違う。常の拍子は乱拍子なのである。乱れて逢わない、逢わずして逢う処の拍子は、根本は無拍子である。無拍子は心の拍子である。

 亡父石舟斎の録には乱拍子は乱るゝ心持、無拍子の口伝、重々これありと書かれている。石舟斎の「没茲味手段口伝書」の「空拍子之事付抱三つ在之」及び「茂拍子之大事」の目録を指していると思われます。「茂拍子」は「無拍子」です。

 拍子には、石舟斎の「新陰流截相口伝書亊」には「三拍子之事」が目録に有ります。それは「越す拍子の事・付ける拍子の事・当たる拍子の事」でした。月之抄の「打たれ打たれて勝事之事」は「新陰流截相口伝書亊」は「打而被打被打而勝事(打ちて打たれて打たれて勝事」と云う、敵の先を待って打つ、「色に就き色に随う」新陰流の活人剣の根幹をなす習いの一環でしょう。拍子については月之抄では、まだしばらく続きます。
 新陰流の勢法を稽古する時、形は様になっていても剣術としての「術」が決まらないにもかかわらず、形ばかり追い求めてもお粗末です。普段から拍子について心がけ、この拍子を考えて行きたいものです。
 初心者に「かたち」も出来ていないのに、出来るわけはないなどと云うのはおかしなことです。犬でもネコでも皆自然に危険に対処する事として行っている事の筈です。

 
 

| | コメント (0)

2021年2月22日 (月)

月之抄を読む11、習之目録之事11の92おとり拍子

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の92おとり拍子

11の92おとり拍子
父云、是は弾みて二度目の拍子を持ちて居る心持也。技をせんと思う前方に此の心持ち専ら也。
亡父の録に此の儀見えず。
*
 父云、是は、一度目の迎えの打ち込みで敵を誘い、敵が乗って来る処を再び打込んで思う様に敵を誘い、技を打ち出す。二度目の拍子を持つ心持ちである。技を打とうとする前に、此の心持ち大切である。
 亡父の録にこの儀見えない。

 「おとり拍子」の言葉に、この様な、一度目のおとりの誘い、二度目は我が打たんとする処に敵を誘い出す、と解釈して見ました。「おとり」に拘ったのですが「おとり拍子」ですから、右を打たんとして左を打つ、と云う事もあり得るでしょう。
 「お取り拍子」、「囮拍子」さて、この習いは、課題として稽古の中から探り出したいと思います。

 

| | コメント (0)

2021年2月21日 (日)

月之抄を読む11、習之目録之事11の91別拍子之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の91別れ拍子之事

11の91別れ拍子之事
父云、是は捷径(しょうけい)の太刀の遣い様也。太刀を頭の上へ上ぐると身を下へ下がると一度に別ければ、拍子なくなる也。是、別れ拍子也。
亡父の録に別儀なし。
亦云、拍子に別れて見れば勝ち良きなり也。例えば敵の切るに心を移さず、別れて我身へ当たらざる惣躰にて、敵の打つを通し、打つに別れて見れば、勝、沢山なるもの也。

 父云、是は九箇之太刀の捷径の太刀遣い様である。太刀を上へ上げ敵の太刀を受けると同時に身を下へ下げる、一度に太刀と身を別けるならば、拍子無くなるのである。是、別れ拍子と云う。
 この九箇の太刀の5本目捷径の流祖の時代上泉信綱、柳生石舟斎の頃の使い方は、神戸金七編、赤羽根龍夫、赤羽根大介校正の「柳生の芸能」に依れば「捷径:身を低くしてかけ込み、介者(鎧武者)に向いてはホッテ(鎧の胴尻)の下を突く。高きは真眉廂下を突く。受ける時は両膝をえまし受けるとあり」と有ります。以下略します。此処では「太刀を頭の上へ上ぐると身を下へ下がると一度に別ければ、拍子無くなる」と云い、当たり拍子に敵の太刀を落とす、此の処を「拍子なくなる、別れ拍子」と表現しています。

 亡父の録に別儀なし。特にこの別れ拍子の目録は見いだせません。

 亦云、拍子に別れて見れば勝ち良いものである。例えば敵の切るに心を移さずに、太刀と身を別ける様にすれば敵の太刀は我身へ当たらない。敵の打つを受けて、打つに別れて見れば、勝ち道は沢山あるものである。柳生新陰流の勢法の中に成程此の事を習うものが幾つも見られます。
 他流の組太刀には見られない独特の技法は受け太刀もせずに、別れ拍子の勝は、理を知ると事が、自然です。
 

| | コメント (0)

2021年2月20日 (土)

月之抄を読む11、習之目録之事11の90打うたれうたれて勝習之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の90打うたれうたれて勝習之事

11の90打うたれうたれて勝習之事
父云、是は、まづ〵切らん、打たんと思う心により、却って敵に切らるゝなり。敵に能く切られ、打たれんと思へ。敵切るにより、先を待ちて勝つ心也。切らるゝ処の勝ち也。打たんとすれば所作先立つにより、先を敵に取られ切らるゝ也。打ち別る故なり。打てば打たるゝ、打たるれば勝つと心得るべき也。諸事に面白き心也。
亡父の録に別儀なし。一首の歌を引きて
極楽へ行かんと思う心こそ地獄へ落つる始めなりけり
と云う古歌も取り、引き直し亡父の歌に
兵法に勝たんと思う心こそ仕合に負ける始めなりけり

 父云、是は、先ず〵切ろう、打とうと思う心に依って、却って敵に切られるのである。敵に能く切られ、打たれると思いなさい。敵が切って来るので、その先を待って勝つ心である。切られる処での勝ちなのである。打とうとすれば所作が先立つので、先を敵に取られ切られるのである。打ち別れる故である。打てば打たれる。打たれるならば勝と心得るべきなのである。諸々の事に面白い心得である。
 亡父の録に別儀は無い。
 一首歌を引きて

  極楽に行かんと思う心こそ
        地獄へ落つる始めなりけり

 と云う古歌も取り、引き直して亡父の歌に

  兵法に勝たんと思う心こそ
         試合に負ける始めなりけり
 

| | コメント (0)

2021年2月19日 (金)

月之抄を読む11、習之目録之事11の89あまるをかぶると云心持之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の89あまるをかぶると云心持之事

11の89余るを被ると云心持之事
父云、是は、打ち外し、切り損じ、などしては其のまゝあらんよりは、太刀をつむり(頭)の上へ上げ、我楯となして、入れ相べし。惣別仕損じては、残心の心持にても、何にても萬(よろず)取り合いすべき分別、心持、常に肝要也。
亡父の録に別儀なし。

 父云、是は、打ち外したり、切り損じなどして、その太刀のまゝで居るよりも、太刀を頭の上に上げ、我が楯となして、踏み込んで行くべきである。惣別、仕損じては、残心の心持であっても、何であっても、様々な取り合うべき分別、心持ちが常に大切である。
 亡父の録に別儀は無い。


 石舟斎の「新陰流截相口伝書亊」の「身位三重付残心之事」、「没茲味手段口伝書」の「三重五重之事」で口伝されているのですが、ここぞと切り込んだが敵に躱されたり、打ち懸けられたりしても、切り損じてもそこから切り返して続けて三重五重にでも打ち返していく事を残心と云うのです。
 月之抄を読む、の11の25「残心之事」で学んでいます。残心之事「文字顕わ也、三重も五重も心を残すべし。勝ちたりとも、打外したりとも、取りたりとも、引くにも掛かるにも、身にても、少しも目付に油断無く、心を残し置く事第一也。」
 恐らく、現代の居合や剣術の残心は「心を残し置く事」ばかりに焦点を当て、業の完了した締り位に考え指導される先生方がおられるかもしれません。
 見事に斬りおおせても、如何なる状況があるやもしれず、どの様な変化にも耐えられる残心は勿論のこと、状況次第での続け遣いこそ真之残心でしょう。
 その一つの例が宗矩の「太刀をつむりの上へ上げ、我が楯となして、入れ相べし」と云う分けです。

| | コメント (0)

2021年2月18日 (木)

月之抄を読む11、習之目録之事11の88不切不取と云心持之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の88不切不取と云心持之事

11の88不切不取と云心持之事
父云、惣別当流には、無心なり。心を至極と用いるに依り、一塵も無かれと云に、太刀にて切るべきと思うは、心の障りなり。塵也。無刀にして取るべしと思うは塵也。勝ちもせず負けもせず、只無事なる処至極の勝ち也。無事を切らんとせば、何れも敵の負け也。
亡父の録には、自由をせんには勝つ事を去りて、負けざる事を思へ。口伝大秘事とも書る。家康公御稽古の目録にも亡父の書と也。
云う、御夜話伺、公の折節兵法の御雑談に家光公御諚には、無心にては有心は何れも負け也。然れば木や灯や柱などの様なる無心のものに、兵法遣はゞ勝負は当たる処にあるべし。無心と無心は、一我なれば、行き相て当たる処に勝負の分つ処、無心にて有心の心也と云々。至極御仰尊し奉るなり。重ねて。
御諚に、此の心持にては座敷の上にて、鷹野、しし狩り、兵法、舟に乗り飛び上がらんも、合戦を呼ばんも、思い出る心に勝負分つもの也と云々。肝に銘ずる也。

 切らず取らずと云う心持ちについて、父云う、総じて当流の心持ちは無心である。心を至極とするによって、一塵もなかれと云うのであるのに、太刀にて切るべきであると思うのは心の障りであり塵である。無刀にて取るのだと云うのも塵である。
 勝もせず負けもせず、ただ無事である事が至極の勝ちなのである。無事を求める者を切ろうとするのは、何れも敵の負けなのである。

 亡父石舟斎の録には、自由でありたいと思うには、勝とうとする事を去り、負けざる事を思へと、口伝大秘事とも書かれている。家康公の御稽古の目録にも亡父の書いたものとされる。この録とは石舟斎の「没茲味手段口伝書」の「没茲味観心 付其色其拍子敵の心を知る事口伝有之者也」でしょう。心を没する位、何の味わいも無い位、闘争心の無い位と云うのでしょう。

 云う、家光公の夜話に伺った折に、公の兵法の雑談で家光公の御諚(おおせ)には、「無心にては有心は何れも負け也。然れば木、灯、柱などの様な無心の物に、兵法を遣って見ても勝負は、我の当たる処にあるものだ。無心と無心は、一つのものであるから、互に行き合い、当たる処での勝ち負けが分れる、その処での無心に依る有心の心地と云うのであろう。至極御仰尊し奉るものであった。重ねて。
 家光公の御諚(おおせ)に、此の無心の心持ちで、座敷の上での、鷹狩り、猪狩り、兵法、舟に飛び上がるも、合戦も、思い出す心の中で勝負が分れるものであると、云々。肝に銘ずる処である。

 十兵衛の文章を忠実に辿って見ましたが、石舟斎の勝負に臨む没茲味之位を身に付ける事が当流の至極でしょう。其れに依り敵の心を観て、踏み込むものと解しておきます。日々の稽古無くしては結果は得られる訳も無いとしたらこれまた、お粗末でしょう。

 

 

| | コメント (0)

2021年2月17日 (水)

月之抄を読む11、習之目録之事11の87太刀に遣はるゝと云事付り遣はれよなり

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の87太刀に遣はるゝと云事付り遣はれよなり

11の87太刀に遣はるゝと云事付り遣はれよなり
父云、是は太刀を遣い打べきと思うは、太刀に遣はるゝ心也。太刀を遣はざるは打たざる心也る時は、我が太刀を遣う心也。是遣はれよなり。遣はざる心には、太刀を遣う心也。遣うべきと思う心は、太刀に遣はれたる心也。諸事に付面白き心持也。
亡父の録に見えず。

 太刀に遣われると云う事は、太刀に遣われよである。
 父云、是は、太刀を遣い打つべきと思うのは、太刀に遣われている事になる心である。太刀を遣わないのは打たない心である時は、我が太刀を遣う心である。太刀を遣わないと云う心は、太刀を遣う心である。遣うべきと思う心は、太刀に遣われたる心である。諸事に面白い心持ちである。

 この、文章から何を学ぶのかが見えて来ないのは、未熟だからでしょう。太刀を持って切り込むのは太刀に遣われていると云う。太刀を遣わなければ打たない積りかと云われてしまう。そこで、太刀を遣う心は太刀に遣われなさいと云う事で、太刀を遣うのではないのだと云うのです。
 太刀を打込む時は我が心が太刀を以て敵の拳を打たんとするのですが、打たんと手利剣が動けば、太刀が太刀の道を走り出します。途中で思うようには変化できないものです。太刀の動きやすい様に我が体を任せる方が良さそうです。せっかく太刀の道に乗った瞬間、肱をすくめたり、手首を伸ばしたり、、力んだり、太刀の邪魔ばかりしている、是では太刀を遣わず打たない事になりそうです。諸事面白いと笑われています。
 
 

| | コメント (0)

2021年2月16日 (火)

月之抄を読む11、習之目録之事11の86太刀一杯に打つと云心持之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の86太刀一杯に打つと云心持之事

11の86太刀一杯に打つと云心持之事
是は、腕迠太刀と云心也。我眼の下より、太刀先迠太刀に遣いなし、打つ心持太刀一杯の打也。是は助九より工夫の処也。目録に非ず。本末思うべからざるの心也。

 是は、腕迄も太刀と云う心持ちである。我が眼の下より、太刀先まで太刀として遣いこなし、打つ心持ちは太刀一杯の打ちである。是は助九による工夫に依るものである。父や、亡父の目録では無い。此の事は新陰流の本末として思うべきものでは無い。
 
 太刀一杯に十分使って打込む物で、腕をすくめたり、ダイコン切をしたり、手首で打ったりせずに、太刀一杯に打込めと云う習いを述べているのでしょう。
 この腕も太刀の内として使う事の良し悪しをのべているのですが。是は新陰流の弟子の中の「助九」の工夫によるものだとして、目録に無いもので、新陰流の所作として思うべきものでは無い、と云っています。
 敢えて、否定的な言い回しを付け加えるならば、他の云い様も有ったでしょうにと思うばかりです。

 

| | コメント (0)

2021年2月15日 (月)

月之抄を読む11、習之目録之事11の85うちに別ると云心持之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の85うちに別ると云心持之事

11の85うちに別ると云心持之事
父云、是は太刀を打つくる打に心を止めずして、心は残心と返して用いべし。打と心と別る心持也。打に心を取られじの儀なり。
亡父の録に別儀なし。
亦云、打つに別れ、身に別れ、気に別、心に別れ、一念に別、所作に別れよなど云事、何も同意也。

 父云、是は太刀を打ち付ける打つに心を止めずに、心は残心11の25残心之事「勝ちたりとも、引くにも掛かるにも、身にても、少しも目付に油断無く、心を残し置く事第一也、二つの目近く、急くまじき事。一を捨て二つに付くと云う心持ちも後太刀を思う心也。」として、返して用いるのである。打つと心を別にする心であり、打つ事に心を取られない事である。
 亡父の録に別の意義は見られない。
 石舟斎の「新陰流截相口伝書亊」の「身位三重付残心大事」
 同、「没茲味手段口伝書」の「三重五重の事」で再三語られています。
 亦云、打つに別れ、身に別れ、気に別れ、心に別れ、一念に別れ、所作に別れよと云う事である。何れも同意である。

| | コメント (0)

2021年2月14日 (日)

月之抄を読む11、習之目録之事11の84うつに別ると云心持事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の84うつに別ると云心持事

11の84うつに別ると云心持事
父云、発する処を見付け次第、早く打つ事肝要也。打つは手に非ず、心に打つにより、手に心無きを別ると云う也。
亡父の録に此の儀見えず。
例えば、打つにても、又は所作にても、心に問う処にても、着する処を打ちて落とし、打ちて落としたる心にも、是は捨てると、口伝あり。別る心持也。茲味多し。

 父云、敵の打ち出さんと発する処を見付け次第、早く打つ事は大事である。打つのは手では無く、心に打つ事で、手には心が無いので別ると云うのである。
 亡父の録には此の事は見られない。
 例えば、打つにしても、又は所作であっても、心に問う処であっても、目が着いた所を打ち落し、その打ち落した心にも、是を捨てると云う。口伝あり、打つ心を打てば直に、忘れて次の心の発する事に向かう事を、別る心持と云うのである。茲味多いものである。

 

 

| | コメント (0)

2021年2月13日 (土)

月之抄を読む11、習之目録之事11の83新目之習之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の83新目之習之事

11の83新目之習之事
父云、見詰めて程降るれば、暗く成りて思いのまゝに見え難きもの也。我が心の発する時の眼の心持専ら也。思い付きしたる気は悪し。捧心を見ん為也。
亡父の録に此の儀見へず。
亦云、此の心は、目を塞ぎいて見んと思う時、目の明、見る眼精を心得るべし。捧心を見んとしてまぶり詰めたるは暗くなるほどに、発せざる前に、捧心を思い、さのみ目には見ずして発する処にて見る心持。目を新しくする心持也。

 
父云、見詰めたまゝ、暫らくすると、目の前が暗くなって思うようには見えなくなるものである。我心の発する時の眼の心持ちが第一である。思い付いてする、気持ちは悪い、それは捧心を見ようとするためである。
 亡父の録には此の事は無い。
 亦云、この心は、目を閉じて見ようと思う時には、目は明るくなり、眼精に依って見ることを心得るべきである。捧心を見ようとして見つめてしまえば暗くなってしまう。心の発する前に、捧心を思い、そんなに見つめて見ないで発すると共に見る心持で、是が目を新しくする心持である。

| | コメント (0)

2021年2月12日 (金)

月之抄を読む11、習之目録之事11の82一尺虚空之懸之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の82一尺虚空之懸之事

11の82一尺虚空之懸之事
亡父の録に壱尺に虚空之懸之こと、捧心を待たざるにと書る。
父云、是は水月壱尺前、又は、太刀先一尺前にまで懸かりても、捧心見へざる時は、我方より動きて打つ心也。虚空に打ちて見れば捧心に逢う心也。壱尺よりは、虚空にて仕懸けるべし。則、迎と成る心持也。
亦云、仕掛けても、◯(新たに)仕掛けても一尺と詰まりたる処には、述べ難き勝ち有る心也。云うにも言われず、書くも及ばざる心持の勝口を虚空と云う。急に割りなき刹那の処の詰まりたる事を言わん為に一尺と云う心持もあり。

 亡父の録の「没茲味手段口伝書」に「虚空懸之事」と記されています。口伝ですから何処かに覚書があるのでしょう。教えは、文章から推測すれば、敵の懸らんとする事を事前に察知する捧心を待たないで、一尺程の虚なしい空の懸かり打込みをする事に依って捧心を得る、と云うのでしょう。

 父云、で解説されます。是は水月(斬り間)の一尺前、又は敵の太刀先一尺前までの処まで懸り待っても、敵の仕掛けんとする事が見へない時は、我が方より先に動いて打つ心である。当たらない虚空の打込みに依って捧心(心の発する処を見る心、空の内より是を見る事肝要)に逢うことが出来る事である。当たらざる手前一尺の処で、虚空に仕懸けるべきもので、それは、則、「迎」と成るのである。

 亦云う、は十兵衛の解説でしょう。仕懸て、新たに仕懸て一尺に詰まれば、述べ難い勝ちがあるもので、云うにも書くこともできない、勝口が見えて其れを虚空と云う。何としても見きれないまま、水月に至らんとする刹那の一尺手前で打ち込んで見よ、捧心に逢うと云う心持ちもあるでしょう。
 戻りますが、述べ難い勝ちとは何でしょう、一尺以内に詰まってしまった虚空の懸かりで、敵も乗って来て思わぬ勝を得られるのでしょうか。 
 亦、云うのも書く事も及ばない様な勝口を空打ちによって捧心を得る事も無く勝つのを虚空と云うのでしょうか。是もあるでしょうが、お粗末です。月之抄は十兵衛の集めた覚書のレベルを超えていませんので、往時の稽古に携わらない私には読み切れない事が多々あるのもやむなしです。


| | コメント (0)

2021年2月11日 (木)

月之抄を読む11、習之目録之事11の81心をうつすと云心持之事

月之抄をよむ
11、習之目録之事
11の81心をうつすと云心持之事

11の81心をうつすと云心持之事
父云、みつくる時身足を一度にかゝる事。
亡父の録に水月真之位付りうつす心と書る。
亦云、心をうつすとは他念なき処の捧心をみる心の内に他念なき心を、水に月のうつるがごとしと云也。
*
 父云、の「みつくる時」で、「はて」と閊えて、先に進めないのに「身足を一度に懸る事」と背中を押されている様です。此の項の題が「心をうつすと云心持之事」ですから、「敵の心を写し見て、ここぞと想う瞬間に、身足を一度に打ち懸る心持」かなと推測します。

 亡父石舟斎の録には、同様の目録の題は見当たりませんが、没茲味手段口伝書の「水入心持大事 口伝」や「五観之大事の水月之事」などは、この項の心持を語っているのでしょう。水月真之位は我に神妙剣に敵の神妙剣の心を写した時、その時だと云うのでしょう。

 亦云、は十兵衛の解釈でしょう。敵の心をうつすと云のは、我が他念無き心を捧げ、水のような空の心で写した敵の心と云うのである。

 澄み切った心、勝とう負けまい、こう打、ああしよう、さすれば敵は此の様に来るに違いない、などの様々な想いを、置いて「捧心」に成れよとの事でしょう。そして敵の色に随い色に就く。然しその奥には敵の心を計り知る手立てを求められてもいます。表裏、下作り、迎が絡んでもいます。人は日常の中で多かれ少なかれ、自然に求められ、自然にこなしている事でしょう。正面切って求められると「はてと閊えてしまう」未熟者です。

| | コメント (0)

2021年2月10日 (水)

月之抄を読む11、習之目録之事11の80うつらすると云心持之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の80うつらすると云心持之事

11の80うつらすると云心持之事
老父の録に此の儀見へず。
亡父の録にあり。我が下作り正しければ、敵、気を失いて、我に移る心持付り表裏迎に能。敵就く様に仕懸るをも移らする心持也、と書せるあり。
亦云、此の習は、仕懸ても仕懸ずしても、先を待つ心也。是は家康公御稽古の時分、亡父目録に此の如く書る也。其の以後録に見えざる也。

 「うつらする」は移らする・写らする、か、この習いの文字は「ウツラスルと云心持之事」と書かれ「ウツラスル」と片仮名で書かれています。意味は敵の思いが我心に観える事、敵の心が我心に移るでも、写るでも同様にとらえられると思えます。文字的には「移らする」はその場から移動すること、移るをイメージします。「写る」や「写らす」はその場にあったままの状態で、他の場所や物に写り込む事をイメージしてしまいます。敵の様子から、敵が仕懸け様とする事を、そのまま我心に「想い描く」事なのでしょう。写ったとばかりに自分かってな思い込みであってはならないものです。漢字を当てれば「写す」でしょう。心は敵の思いを我が心に「移す」でしょう。

 亡父石舟斎の録には、「没茲味手段口伝書」の「むかへの事」を読み直してみれば良いかも知れません。
 此処では月之抄の原文のままを載せておきます。
 11の73「迎之事:先の先と云う仕掛け是なり。表裏の道を知らざれば成るまじき也。互に習いを知り、先を待ち、道理に叶いて勝事本意とす。夫れを仕掛けて我先を迎と云う也。惣別表裏を専らとして、道理に叶う事肝要也。道理を知りても表裏を知らざれば成らざる也。表裏を知りても道理を知らざれば成るまじき也。仕懸ける処迎なり。空之位懸也。古語云く、眼は東南に為し、心は西北に有り。」

 我が下作り(諸事万事に下心分別して、油断無き心持ち也)正しければ、敵は、思う事を為すことが出来ず、我が表裏に乗せられてしまう。敵が我が色に就く様に仕懸けるのも、移らする心持ちでる。と書かせる有り。
 亦云う、この習いは、仕懸けても仕懸け無くとも、我が迎の先を出し敵の先を待つ心である。下作りを以って表裏を仕掛ける、将に活人剣の真髄でしょう。

 何度も云う様ですが、新陰流の兵法にはこの様な心得が残されています。江戸時代中期には、実戦はおろか、勢法の稽古も形を追うばかりで「かたち」の良し悪しばかりが取りざたされていたかもしれません。それではこれら月之抄の教えは何処にも残らないものです。只の棒振りの良し悪しを学ぶに過ぎません。目録など、話で聞くばかりで見る機会すら無い修行者も多かったろうと思います。
 現代はもっとひどいもので、DVDや勢法の手附で一通り勢法の順番や「かたち」を覚えた程度の者が、月之抄の教えすら見聞きしたことすら無いまま「一刀両断は・・」などと云っているわけです。新陰流の教えは自ら自得する以外に無いかも知れません。それは稽古の中でどのようにすれば得られるのか、稽古内容を自ら求めて行かなければならないでしょう。
 それ以前に、月之抄の原文を自ら読み解いて、それを勢法の「形」に当てはめて検証する日々も無ければ、誰かの誤った解釈の押付に随うばかりで「色に就き色に随う」など夢物語です。

| | コメント (0)

2021年2月 9日 (火)

月之抄を読む11、習之目録之事11の79真之捧心之事付り一尺二寸

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の79真之捧心之事付り一尺二寸

11の79真之捧心之事付り一尺二寸
老父云、昔は腕の肘の屈み目より拳迄を、一尺二寸に定め、此の間の捧心を見んと思へば見よき心持也。体、捧心は心の発する処なれば、夫れに限るべからず。
五体の内にて、動き働きの無き先に、敵の心の発する処を見付くる事、捧心の真之位なり。まづまづ四処の専らに心懸けるべし。敵の眼と足と身の内と一尺二寸と、此の四処にて知るゝもの也。心の行処へは、目をやりたく、掛らんと思へば足出るべし。心に思う筋あれば、身の振り常に替り見えるもの也。一尺二寸はもとより発する也。此の発する処、五体の内にていつくにても捧心と知るべし。
亡父の録に捧心之事付り一尺二寸口伝、気ざす(萌す)処に二つの心持ち有り。気のさすと心のさすとの替りある也。大事口伝と書せる有。

 真の捧心について、老父云う、昔は肘の屈み目より拳まで一尺二寸に定めて、この間の動き働きを見れば捧心は見よいのである。体に依る捧心は心の発する処のものであるから、それだけに限ったものでも無い、とやや否定的な物言いをして居ます。
 五体の内で、動き働く事の起る前に、敵が打とうとする、心の発する処を観る事を捧心の真之位と云うのである。その為には、先ず、四ケ所に第一に心懸けるのである。敵の眼と、足と、身の内と、一尺二寸(肘の屈みから拳まで)とである。この四ケ所に目を付ければ、敵の発する心が知れるのである。
 心の行かん(打たん)とする所へは、目を付けたくなるなり、掛ろうとすれば足が出る。心の思う筋があれば、身の振りは何時でも替るものである。一尺二寸は当然発するものである。この発する処、五体の内のいつ何処からでも知り得る捧心である。
 
 亡父石舟斎の録は「没茲味手段口伝書」の「五観之大事」に「真の捧心一尺二寸位大事」と有ります。「中々になを里ちかくなりにけり、あまりに山のおくをたづねて。 一仏成道観見法界 草木国土悉皆成仏」と書かれています。口伝による覚書でしょう「萌す処に二つの心持ち有り。気の指す、と心の指すとの替り有る也。」この見分けは、石舟斎に直に口伝されたとしても、容易な事でも無さそうです。常の稽古や試合の中から自ら「これ」と知るものかも知れません。

| | コメント (0)

2021年2月 8日 (月)

月之抄を読む11、習之目録之事11の78起醒之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の78起醒之事

11の78起醒之事
亡父の録にあり。是は拳を能く目付て起る時専也。終るゝを、醒と云う也と書る。
老父の録に此の儀なし。
亦云、何事も用うべき習い也。起こり醒めある処、我心にするべからず。用い考えべし

 亡父の録に「起醒之事」と題するものは見当たりません。起こり醒める事は、敵の拳に目付をして、敵の懸らんとする起こりの機を捉える事を第一とする。次の「終るゝを、醒めると云う也」を文章通りに捉えれば、敵の起りに応じて打出し勝負がつけば、醒める。とも取れるし、敵が「いざ」と、拳に動きが発せられた、その瞬間我は打込まんとしたが、敵の起こりが、消えてしまった。とも取れてしまいます。
 老父の録には此の事は語られていない、と云います。
 亦云う、は十兵衛の考えでしょう。敵の拳に目付をする習いは、何事も用いるべき習いである。然し、「起こり醒める」と云う、心持ちは我心には、あってはならない。その事はよく考えるべき事である。と云っています。

  起醒とは「起こり醒める」事と云います。敵の拳に目付をして、我の何処にどの様に打込まんとするかを知り、その起こりに先だって仕懸ければ敵の動きは変化するか、そのまま我に懸られて打ち負かされるでしょう。敵が表裏を仕掛けているならば、乗せられて打込めば、思うつぼとばかりに打ち込まれてしまいます。

 

| | コメント (0)

2021年2月 7日 (日)

月之抄を読む11、習之目録之事11の77三つ之習之事付り一去空構心

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の77三つ之習之事付り一去空構心

11の77三つ之習之事付り一去空構心
父云、一つに去る目付よりは、空之拍子早し、空よりは、又、捧心早き也。然る後に、一つの早き捧心を心懸けるにより、仕損じては、空に合うか、一去処へ合うか也。三つの内にては、只捧心一つを専とせよと云う心持也。
亡父の録に別儀なし。
是は、上中下三段也。上を思う心也、下は自ずから成る心也。目付の心次第次第に細かに見上げたる心持也。
* 
 この項目は新陰流独特の用語ですから、用語を紐解かなけれ何もわからない事と成るでしょう。
 ここで云う三つの習いとは、既に解説されている、「一に去る事・空之拍子之事・捧心之事」でしょう。
 一去は:11の70「一に去る」病気である「立相て敵の顔、敵の太刀を見たく、臆する心出る。この三つを去りて、手裏剣ばかりに心を付ける事。」手裏剣とは手の内を見ると云う心持と云う事です。手の内を見る事、手利剣の目付となります。
 空は:空之拍子「空の習は敵の動き初る心持を見知る習なり。迎を仕懸、敵思い付く所を空と云う。手利剣の起り初めなり。」
 捧心は:「心の発する所を見る心。見へざる先に心を付くるに依り見へると云う也。観より一見と見出したる捧心也。」

 父云、一に去る目付である手利剣(手の内)の目付に依って応じるよりは、空之拍子(敵の動き始める心持を見知るが習い)の方が早い。その空(空之拍子)よりは捧心の方が早いのである。然るに依って、一番早い「捧心」を心懸ける事で、仕損じても、「空」に合うか、「一去」に合うかである。此の三つの内では、心懸ける事は、「捧心」一つを第一とせよ。と云う心持ちである。
 亡父の録に別に意義は見られない。
 是は、上中下三段の構えに云えるもので、上を思う処によるのである。下は自ずから判るものである。目付の心持、段々に細かに見上げた心持ちに依るのである。

 この、解釈で充分だろうと思うのですが、問題はどのような心積りで「捧心」を身に付けられるかが、最大の難問でしょう。月之抄の文章上の解釈の良し悪しなどは議論の対象外、とさえ云えるところかもしれません。11の73「迎之事」及び11の74「捧心之仕掛と云心持之事」がその解答と云えるかもしれません。
 日頃の稽古で決まった相手と形を追うばかりの勢法の稽古では、とても身に就くわけは無さそうです。新陰流の「わざ」は「かたち」が出来ても「へいほう」にはなりそうもありません。
 この項のボードを叩きながら、人の生き様そのものを問われている様な思いに駆られています。

| | コメント (0)

2021年2月 6日 (土)

月之抄を読む11、習之目録之事11の76五観一見之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の76五観一見之事

11の76五観一見之事
亡父の録に五観一見之位。第一水月、第二其の道を塞ぐ風躰三寸に心之事、第三神妙剣之事、第四一尺虚空之懸之事、第五左足之位知る事。一見之事、捧心之目付と書かせるあり。
亦云、五観一見口伝、神妙剣事、水月付り太刀相三寸之事、歩風躰と書るも有。
父録は神妙剣、水月、身の懸り、左足、捧心。此の五つを五観一見の習と定るなり。此の五つの内より一見と見出したるは、捧心也。是秘事なり。一見を見る心持に色々多し。写す(移す)と云う心持あり。目と心と一度に掛ると云う心持也。
目を新しくすると云うは、見詰めたる目には、細かなる処は見へざるにより、新しき心持を用いる也。打に分るゝと云うも、捧心の一見を見ると、一度に手を分れて(別れて)打つ心なり。
没茲味の手段の内に心持有、打ち懸くる味に心を入、打の内に打つ有るも拍子と云う心の内に遣味よし。茂拍子も打たんと思う心持出で来る処、我方より仕懸け打つ心持也。
亦云、手利剣、水月、神妙剣、病気、此れ四つを一つに見て、一見と見る也。五つの内より一見と見るは、手利剣也。水月、神妙剣、身手足、此の四つは大躰に用いる也。観也。手利剣を見る為に、病気を去る事肝要也とも云うもあるなり。
云う、五観一見と云う心持は、習う所作身に受けくる処の惣躰は、五つにして、五つの内より見る心一つを専らとして一見と云う心持也。四つは観に用いる也。此の一見と見る心を指して是極一刀真実之無刀と云う。

 亡父の録(没茲味手段口伝書の五観之大事とある)に五観一見之位がある。第一は水月、第二其の道を塞ぐ風躰三寸に心の事、第三に神妙剣之事、第四に一尺虚空之懸之事、第五に左足之位、一見の事、捧心之目付と書かせるあり。
 没茲味手段口伝書の五観之大事には、第一水月之事、第二其道を塞ぐ風体之事、第三虚空懸之事、第四佐曾久(左足)積る位を知る事、第五神妙剣の順に五つあります。更に一見之大事、捧心、茂拍子、没茲味観心と続きます。
 
 亦云、については、どの様な目録なのか解りません。歩風体は、歩は左足之位、風躰は道を塞ぐ風躰なのでしょう。石舟斎の目録は解説が口伝と云う事ですので、口伝に依る理解不十分などで変化して何を言っているのか解らない事もあり得ます。

 父録は、神妙剣、水月、身の懸り、左足、捧心の五つ。是を五観一見の定めと云います。
 石舟斎は、水月、其の道を塞ぐ風躰三寸に心の事、神妙剣、一尺に虚空之懸、左足でした。同じ事を言っているのか、変えてしまったのか、双方を突き合わせる事も出来ますが、石舟斎は五観は五観で、一見は捧心と云い切っています。
 宗矩は其の五観の内から捧心を一見としています。

 亦云、は月之抄の作者柳生十兵衛三厳でしょう。手利剣、水月、神妙剣、病気の四つを一つとして見て五つとすると云うのです。その上で五つの内から一見とするのは手利剣と云うもので、石舟斎の捧心とは異なるもので手利剣は手の内です。

 最後の云う、は十兵衛の五観一見をまとめたつもりで述べているのでしょう。と云う事で、此の習いは、五観は水月(間合・間積)、風体(敵の太刀を塞ぐ道の構)、神妙剣(手の内)、虚空懸(虚空に打ち見る)、左足(間境を越す足)をよく見て、更に捧心(心眼)で観ろと云う処でしょう。その上で、更に居着かない心を以て、先々の先の心を養えと聞こえて来ます。
 

| | コメント (0)

2021年2月 5日 (金)

月之抄を読む11、習之目録之事11の75捧心の仕掛と云う心持之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の75捧心の仕掛と云う心持之事

11の75捧心の仕掛と云う心持之事
私に云く、是の習いは、敵と一躰と成る心持也。家光公仰せ聞かさる処也。無き処に心を付て仕掛、敵の心の起る兆しへ、我がこる(凝る)心を、乗らせるべき也。敵と我と一躰に成る心ゆへ、打つや見て、則、勝と成る心持也。至極向上成る儀也。

 私が云うには、捧心の仕掛と云う心持、是の習いは、敵と一体となる心持である。家光公が仰せ聞かさる処である。敵の見え無い処に、心を付けて仕掛け、敵の心の起る兆しを、我がここぞと云う心を乗らせるべきものである。敵と我と一体に成る心である故に、打つや、見て、則、勝となる心持である。至極向上なる儀である。

 この教えは、石舟斎の「没茲味手段口伝書」の「虚空懸之事」に相当する習いであろうと思います。

| | コメント (0)

2021年2月 4日 (木)

月之抄を読む11、習之目録之事11の74迎之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の74迎之事

11の74迎之事
父云、これ当流の心持大事也。先の先と云う仕掛け是なり。表裏の道を知らざれば、成るまじき也。互に習を知り、先を待ちて、道理に叶いて勝事本意とす。夫れを仕掛ては我先を迎と云也。惣別表裏を専らとして、道理に叶う事肝要也。道理を知りても表裏を知らざれば成せず也。表裏を知りても道理を知らずは、成るまじき也。仕懸ける処、迎なり、空之仕懸なり。
古語に云く。
眼は東南に為し、心は西北に有り。
亦云、迎之心持付懸け、表裏気外也。敵の心をこる(凝る?)仕掛迎なりとも書もあり。

 父云、「迎之事」これ当流の心持の大事である。先の先と云う仕掛けが是である。表裏の道を知らなければ、迎之事は出来ないのである。互に兵法の習いを知り、先を待ち、道理に叶っているならば勝つ事は可能である。
 夫れを仕掛けるのであれば、それが我先を迎ると云うのである。惣別表裏を第一として、道理に叶う事(兵法の道理に叶うものであって、強い早いばかりの出鱈目な事では無い)肝要である。道理を知っていても表裏を知らざれば、迎之事は成る事は出来ない。仕懸ける処が迎である、空之仕懸けである。
 古語に云く。
 眼は東南を見て、心は西北に在る。是は表裏の仕懸けである。
 亦云、迎之心持は付け懸け、表裏、気外である。こる(敵の心を取り込み凝らす)仕掛けが迎であるとも書も有。

  この「迎之事」は石舟斎の「没茲味手段口伝書」の「むかへ乃事」で口伝されています。

 表裏とは月之抄の此処まででも度々出て来る言葉です。「表裏は、隠し、謀る心也、。偽り也。心を飾る先を、謀り候事、気前也。表裏は気前の末なり。偽り却って実となる所専ら也。方便の道、武略同意也。」また「表裏も表裏として表裏ならず。表裏の内の表裏の心持専らなり。偽と見せて偽る心、実と見せて偽る心、実を実として偽る心、色々工夫の上にあるべし。」と、この位を覚えておきます。まだ先の項に解説されています。
 新陰流の面白いところです。稽古でも常にこの仕掛けは勢法の諸作に行われているのですが、「形」とばかりに「かたち」ばかりとやかく言うのでは、何も理解していない事と変わりません。「かたち」の真の意味を掴まなければ唯の、順番通りに振り回しっこするチャンバラごっこになってしまいそうです。

| | コメント (0)

2021年2月 3日 (水)

月之抄を読む11、習之目録之事11の73捧心之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の73捧心之事

11の73捧心之事
経文云く
真言不思議なり、観受すれば無明除く、一字に千里を含む、則身法如證、行行円寂に至る、去去て原初に入る、三界客舎の如し、一心是居らず
父云、是は心の発する処を見る心也。空の内より是を見る事肝要也。見へざる先に心を作るにより、見へると云うなり。見へざるにより、見んと思う心に依って能く成なり。此の目付は、思いのまゝに成らざるなり。然るとも是を心掛くれば、空の拍子一つに去る事、動き右の三つの段、目付残り無き処能く成るにより、此処を専らと心掛くるなり。心の発する処捧心一つに限らずあるべし。ここをきざさせん(萌ざさせん)が為に迎表裏を用いる也。観に至れば何事も見へぬと云う事なし。観より一見と見出したる捧心なり。
亡父の録には捧心の目付迎之事、逆目付之事と書せるあり。
抑(そもそも)此の習いは、亡父初瀬寺に祈請しけるに、きせんくんじゅ(貴賎群集)して金のをゝ取り合え奪い合い取るもの取る外すも幾数を知らず。つくずくと見て得心して、今此の捧心習とす。偏に観音の誓也と云々。習の心持は至極なり。見の目付也。至極の心持は見の目付に極まるにより、是を専らとする也。切らんと思う心出れば太刀の柄を握るもの也。握れば腕の筋張る也。張る処を見よ也。此の処見え難きもの也。見え難き処を是非見んと思へば、観に至ると云うは、目にて見ずして見る也。目を塞ぎて見る心也。心ん眼ん(心眼)と云うは観也。
見えぬ処は心眼にて見る也。是心空也。空を見るは心なり。心は空也。心空を見んと思へば、観に至る也。観に至れば無き処に心ある故に捧心見えると也。心をさゝぐる(捧ぐ)処なり。是捧心なり。思い染むる志を見んとせば、思い染めざる以前無き処を心掛けざれば見えざる也。
亡父の録に捧心目付空之拍子之事と書も有。
父の録に捧心之習之事、是は先々頂上なり。敵思い付けず一円に働きも無き処を、無理に仕懸けて打つべし。其の心持目付、見えぬものなり。見えぬ処を向上の目付と云う也。観見の心持は、観の文字の心持第一也と書る、是は、秀忠公御稽古も訓の録にあり。

 此の項は長文ですが解りやすい、習いですから全文を読み解いていきます。

捧心之事(ほうしんのこと・ささげるこころのこと)とは心を捧げる事、「ほうしん」と読むべきでしょう。捧げるの文字を棒と読み誤る様な行書で「捧げる・ささげる」は一般には「奉げる」ですから、棒心之事(ぼうしんのこと)と読み誤る事もあるでしょう。
 真言の経文は、興味のある方にお任せしておきます。
 又云、捧心とは、心の発する処を見る心である。空の内から是を見る事が肝要である。見へ無い先に心を付けるので、見えると云うのである。見へ無いので見ようと思う心に依って見やすくなるのである。この目付けは思いのままに見えるわけでは無い。然しこの見えないものを見ようと心がけるならば、空の拍子(中段・下段の太刀が切るために上る拍子)
、一つに去事(病気を去り手利剣一つにする事)、動き(働き出ざる前)、先の習いの項目の三つの段、目付に残る所無く能くなり、それにより、見えない処を見る事を第一に心がけるのである。
 心が外れる処捧心一つに限らずあるべきである。見えない処を萌させるために、迎(先々の仕掛け)表裏(武略)を用いるのである。
 観に至れば何事も見えないと云う事は無い。観より一見と見出した捧心である。亡父の録には捧心の目付迎之事、逆目付之事書せる有。
 抑(そもそも)この捧心の習いは亡父が初瀬寺に祈請した時に、きせんくんじゅ(貴賤群集)して、鐘の緒を、取り合い奪い合い、取る者や、取り外す者、幾数さえ知らない、つくづくと見て、得心して、今にこの捧心の習いとする。偏に観音への誓と云う。
 習いの心持は至極である。見の目付である。至極の心持は、見の目付に極まるに依って、是を第一とするのである。切ろうと思う心出れば、太刀の柄を握るものである。握れば腕の筋が張るのである。張るところを見ろと云うのである。此の処は見へ難いものである。見へ難いところを是非見ようと思へば、観に至ると云うのは、目にて見ずして、見るのである。目を塞いで見る心である。心眼と云う観である。見えた所は心眼にて見たのである。是は心空である。空を見るは心である。心は空である。心空を見様と思へば観に至るのである。観に至れば無き所に心ある故に捧心は見えるとなる。
 心を捧げる所である。是捧心である。思い染むる志を見ようとすれば、思い染めざる以前、無き所を見ようと心掛けなければ見えないのである。
 亡父の録に捧心之習之事、是は先々の頂上なり。敵が思い付かない一円に、働きも無い所を、無理に仕懸けて打つならば、其の心持の目付、見えぬものである。見えない所を向上の目付と云うのである。観見の心持は、観の字の心持第一であると書かれている。
 是は秀忠公御稽古の訓の録にある。

| | コメント (0)

2021年2月 2日 (火)

月之抄を読む11、習之心持之事11の72空之拍子之事

月之抄を読む
11、習之心持之事
11の72空之拍子之事

11の72空之拍子之事
父云、中段、下段の太刀上がらざれば切る事なし。さるにより、上る処へ拍子を用る也。上段の太刀何れも身を離れたる構え、上ぐる事成らざれば、下す一つ也。下す処は見へ難きもの也。是につき見へぬ先、現われざる先を心に付る専一なり。心に空也。空は見へぬ処なり。工夫専ら也。
亡父の録に別儀なし。
亦云、空と云うに、二つあり。虚空と心空の差別有り。本空、凡空とも云う。無私(無視?)なる処に心を付けよ也。至極なり。心は形も無く、色も無し、香も無し。見えぬ処を譬えて空也。目付、仕懸け、諸事万事動き働き出でざる前、無き処に心を付よ。心を指して空と知れば、無事なる処を空と知れ、現われたる処は空の末なり。
父云、空の習に敵の動き初める心持を見知る習いなり。迎えを仕懸け、敵思い付く処を空と云う。手利剣の起り初めなり。
又、青眼(正眼)の構えに付くと云う心持有。又上る処を勝を、空の拍子と云う。捧心よりは遅し、一に去るより早しなどと書るあり。
何れもこれは、秀忠公御稽古も時分の目録にあり。

父云、中段、下段の太刀は上に上げなければ切る事は出来ない。それによって、敵が中段或いは下段から斬り込まんとして太刀を上げる処へ拍子を用いるのである。上段の太刀は何れも、我身から離れた構えであるので、太刀を上げる事は無いので、下す事一つである。下す処は見えやすいものである。此の事によって見えない処、現われない処を、敵の心に付ける事が第一である。心を空にする、空は見えない処である、工夫第一の事である。

 亡父の録には別に意義は無い。

 亦云、空と云うのには二つある。虚空と心空の違いである、本空(心空)と凡空(虚空)とも云う。むし(無私)になっている処に心を付けよとの習いである。是は至極である。心は形も無く、色も無し、香も無しである。見えぬ処たとえて空と云うのである。
 目付、仕懸、諸事万事動き働き出る前、無き処に心を付けよと云う。心を指して空と知れば、何事もなき処を空と知るのである。現われて見える処は空の末である。

 父云、空の習いに、更に敵の動き初める心持を見て知る習いなのである。迎えを仕懸、敵の思い付く処を空と云う。手利剣(二星の裏)の起り初めである。
 亦、青眼の構えに付くと云う心持がある。又、敵太刀上る処を勝を、空の拍子と云う。是は捧心よりも遅く、一に去るより早い、などと書いてあるものも有る。
 いずれにしてもこれは、秀忠公の稽古の時分の目録にあり。

 この項は、解りにくい書き方ですが、項目ごとに熟読すればさして難しい事は無いのですが、敵の動作を見て判断は出来ても、何も起こりのない状況からも「無き処に心を付けよ」と云われてもそう簡単な事ではない、それには敵の目、敵の手利剣を見る目も養わなければ出来る事では無いでしょう。

 捧心及び迎については順次、月之抄で解説されてゆきます。

 

 

| | コメント (0)

2021年2月 1日 (月)

月之抄を読む11、習之目録之事11の71一に去る事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の71一に去る事

11の71一に去る事
父云、病気の内を動き一つに去れと云う事也。三つの病を去りて手利剣一つにせよと云う事也。是より細かに見上げたる心持有。
亡父の録に別儀なし。
亦云、習の数々を、思うも病なれば、何れも皆去て、一心一つに至る心持、一去真之位なり。此の至りより見れば、目付次第に細かに見なし上げて、空捧心となる処の目付、観の目付に至れば有の目付は見へ良き心持也。

 父云、病気の内にある動き、立ち合いて敵の顔を見る事・敵の太刀先を見る事・臆する心の三つを動き一つにして(全部)去れと云う事である。三つの病気を去り、「手利剣」一つにせよと云う事である。手利剣とは已月之抄で解説されていた「11の31十字手裏見之事」の「種利剣は手の内を見ると云う心持なり」手利剣とは手裏見で二星「敵のこぶし両の腕」これを左右二つを一つに見る、夫れと目付八寸の柄の動きを見る事。それにより「二星色も其の内にあると云う心」と云う事に成ります。
 是により細かに見上げた心持があると云って、敵の色が見えると云うのでしょう。
 
 亡父の録には、別の意味は見られない。

 亦云、これまでの習いの数々を、思う事も病気であるから、何れも皆去り、己の心一つになる心持、それが「一去真之位」なのである。此処に至るならば、目付次第に細かに観なし、空の捧心と成る目付、観の目付に至るのであり、有の目付は見え良き心持ちと成るのである。と云う事で「捧心」については次回以降に月之抄は解説しています。其れに随いましょう。

| | コメント (0)

2021年1月31日 (日)

月之抄を読む11、習之目録之事11の70指目之目付之事付り拍子之持処之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の70指目之目付之事付り拍子之持処之事

11の70指目の目付之事付り拍子之持処之事
父云、病気を見せしめ(みがかんため)なり。右の習いを知りたる者など、種々の仕懸け働きを仕掛けるによし。水月へ掛からぬ間の儀は、外しもあり、当たらざる処にては、種々の勝もあるもの也。
其の過る(あやまる)、無理に仕掛ける時の心持、病気をいよいよ思い出す心を計り、気を肩先に持ち一途に働き、一つに心を掛けて病気ばかりに思い詰めるを指目と云なり。気を落とさず、勢を抜かさざる処を拍子の持処と云う也。仕懸けて外すものあり、直して勝たんとすれば、悪しき事有り。外されても、夫れを忘れず直に仕掛ける時わすれまじき也。
亡父の録には指目の位拍子の持つ処と書る。
亦云、指目と云うは、初一念なり。ひょっと見て持たる処、指目也。拍子の持処は、神処(神所)、西江水なり。気を張り乗ると云うとも、籠むる息なり。当流の兵法に拍子と云う事なし。拍子は心にあり、息にあり、乗りても弾むも西江水也。
亡父の録に一段大事、指す処のかね、口伝。知る事第一也。拍子に争わずして、眼付の萌す処を取るなり、と書るも有。

 父云、敵の顔・敵の太刀・臆する心の病気と云うのは、みせしめ(こらしめる?)にするのに良い相手である。病気の意味を知っている者ならば、種々の仕掛け働きを敵に仕掛けるのに良い相手である。水月(間合)へ掛かっていないのならば、打ち込んで来ても外す事も出来る。当たらないと分る所では、種々の勝ち方もあるものである。
 其の過る(病気を持っているにもかかわらず?)、無理に仕掛ける時の心持ちは、病気をいよいよ思い出すばかりである。気を肩先に持ち一途に思い詰めて勝とうと働き、一つの思いに執着して病気なのに思い詰める事を「指目」と云うのである。
 敵が気を落とさず、勢を抜かずに打ち込んで来る処を、拍子の持処と云うのである。仕掛けて外す事も、直に改めて勝とうとすれば、悪しき事もあるものだ。敵に外されても、病気による「指目」と「拍子」それを忘れずに直に仕掛ける際に、忘れてはならない事である。

 亡父の録には指目の位、拍子の持つ処と書かれている。
 石舟斎の目録の表題からは読み取れません。
 
   亦云、指目というのは、初めに思い込んだもの、ひょっと見て感じてしまった処、これが指目である。拍子の持処は、神妙剣に相手の心を写した神所であり、心を納る所「西江水」である。気を張り乗ると云っても、それは、肩に力を入れ意気込んだものでは無く、ゆるゆるとして居ながら息を籠める事である。
 当流の兵法に拍子と云う事は無い。拍子は心にあり、息にあり、乗りても弾む心も西江水である。

 亡父の録に、一段の大事、指す処のかね、口伝。知る事第一也。拍子に争わずして、眼付から心に感じられる萌しから取るものである。とも書いてある。
 この事も、今少し月之抄を読み進む中で読み取って見ます。

| | コメント (0)

2021年1月30日 (土)

月之抄を読む11、習之目録之事11の69真之位之病気之事付り初重後重の心持

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の69真之位病気之事付り初重後重の心持

11の69真之位病気之事付り初重後重の心持
父云、一念の起り着する処、何れも病気也。着を去りて無心の心に出(至)る事至々極々なり。委曲目録にあり。初重後重も病を去るの心持也。
古語云う、渉念無念渉着無著(念に渉りて念無く、着に渉れば着無し)。
云う、去り去ると云う心持は、一念を去る心をも忘れよと云う心持なり。此の習いは、沢庵筆を染められしより病気真之位と号する也。

 父云、一念(思い込む心)に居付く(執着)するところ、何れも病気である。執着を捨てて、無心の心に成る事はとても至極の事である。委しき事は目録にある。初重後重(第一段も其の後の段)も病を去る心持が必要である。
 古語に云う、思い込む心を渉るならば思いは無く、執着を持たなければ居着く事は無い。
 云う、去り去ると云う心持ちは、一念を去ると云う心持ちも忘れよと云う心持ちである。此の習いは沢庵和尚が一筆された事により、病気の無い「真之位」と号するのである。

 前回の11の67では「病気を去事付り去る処三つ」で敵の顔を見る・敵の太刀を見る・臆する心が出るを病気と位置づけていました。この真之位之病気はさらに深く、「一念の起り着する処、何れも病気」と云うのです。石舟斎の「没茲味手段口伝書」にある「没茲味観心」いわゆる何の思いも無い心、無心・空の心を習いとするのでしょう。
 時に、新陰流の勢法の稽古中でも矢鱈勝とうと意気込んで来り、竹刀で受け太刀に成ったり、過去に習い覚えた竹刀剣道の教えに拘ったり、果ては入門の早い遅いに執着して、習うべき事を置き去りにする事なども、大病かも知れません。

 

| | コメント (0)

2021年1月29日 (金)

月之抄を読む11、習之目録之事11の68病気を去事付り去処三つ

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の68病気を去事付り去処三つ

11の68病気を去事付り去処三つ
古語云
是柱、柱に看ざるを柱に非ず、柱に非ずは柱に看ざる。(を)、是己に去り◯(行)て、是裏に非ざれば、薦取る(すすめとる)。
父云、立相(立合い)て敵の顔、敵の太刀を見たく、臆する心出るもの也。是を病気と云う。此の三つを去りて手利剣ばかりに心を付ける事専ら也。亡父の録に替る事なし。

 古語云う、是は柱である。柱として看なければ柱ではない。柱で非ざれば柱として看ないのである。是は己を去り行きて(己を空にして)、是、裏(表裏の裏)に非ざれば、薦取する(すすんでとる)。

 草体の漢字の判読がこの「古語云」の文章を、理解不能にさせるかもしれません。「柱に看ざるを柱に非ず、柱に非ずは柱に看ざる」と書かれた文字から読んで見ました。然し此処は、柱として看るの「看」では無く、柱と決め込んで見る、居着くの看るでしょう。
 裏については「表裏」とは月之抄の後半に出て来るのですが、隠し謀る心、偽り、方便、武略、謀事、を意味します。その隠し事を見抜いて表であれば直に取れと云うのでしょう。

 父云、立相(立合い)って敵の顔、敵の太刀を見れば臆する心が出て来るものである。是を病気と云う。此の三つ(敵の顔を見る事・敵の太刀を見る事・臆する心の三つ)を去り、敵の手利剣(手裏見)新陰流で云う手の裏(太刀を持つ手の裏、太刀を執る柄中、手の内)にだけ心を付ければ良いのである。

 亡父の録は石舟斎の「新陰流截相口伝書亊」の「兵法病気去事」を指しています。

| | コメント (0)

2021年1月28日 (木)

月之抄をよむ11、習之目録之事11の67真之位一理之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の67真之位一理之事

11の67真之位一理之事
云う、諸法、万法、天地間のことわざ(事業)に漏れたる事なし。諸事万事は一理なり。理は一つ成るによりて理也。沢庵大和尚筆を加えられしにより、此の習い心持ち出で来るもの也。
詳しく目録にあり、ことはり(理)と云う理、り字はことわざ(事業)に付てのり(理)なり。誠のりは心也。此の心を知る事大切也。

 云う、諸法・万法・天地間の事業(ことわざ)に漏れた事は無い。諸事万事は一理である。理は一つであるから理である。沢庵大和尚によって此の事に筆を加えられたので、この一理の習いの心持ちが出で来ったのである(此の習いの心持ちが沢庵の指導で「できた」、とも解釈出来ますが、諸事万事は一理なりという心持が「湧いて来た」、と十兵衛の心を思って見ました)。
 「詳しく目録にあり」は石舟斎の「新陰流截相口伝書亊」の「壱理位大事口伝之事」に口伝された前項の「一理之事」による突きの心持ちが読めれば切る心持ちはより読みやすい「理」から、諸事・万事(諸法・万法)一理と理解出来たと云うのでしょう。
 理と云う理、「り」の字はことわざ(事業)についての理である。随って誠(真)の理は自分の心である。この心得を知る事は大切である。

 十兵衛の兵法者である一面と、誰かが十兵衛について文学者とも評していた様に記憶しますが、そんな一面を垣間見る様な月之抄です。

| | コメント (0)

2021年1月27日 (水)

月之抄を読む11、習之目録之事11の66一理之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の66一理之事

11の66一理之事
父云、向構に付けて、是を用いる也。切れば申すに及ばずとも、水月の内になりて無刀などにて一円に切らざるものあり。動きを待ちかね、無理に取らんと思う心あれば、行き当たる心あり。
夫れに付き、左様之(これ)元は、突処を見んと思う心を外さず仕懸ければ、打つは申すに及ばず、切るより取り良きものなり。
鑓にも同じ也。身位を忘るべからざる事専ら也。
亡父の目録に別儀なし。
亦云、向構は突事、切るよりも早く、見へ難きもの也。然る故に突く一つを心に思い入れば、切る事は見え良き也。

 一理あることだが。
 父云、向構(正眼)に付けて用いる時、切るならば云う事でも無いが、水月の内(間の内)であっても、無刀などによって切って来ない者がある。此方の動きを待にして、切って来れば取らんとするのであれば、思いつく心持がある。
 その事では、実はこれは、突く処を見ると思う心持を其の儘に仕懸ければ、打つは云うに及ばず、突くは切るよりも取りやすいものである。鑓も同じ事で、身位を忘れない事が大切である。

 亡父の目録に別儀は無い。

 亦云、向構(正眼)は突く事で切るよりも早く、見え難いものである。それ故に、突くと云う事を一つに思い込めば、切って来る事は見えやすい。是、一理である。

 突きは切るよりも早いのだから、突いて来るぞと思えば、切って来るのは解かりやすいと云うのでしょう。この解釈で間違いなければ、それもそうかもしれないと「一理あるな」と思う処です。

| | コメント (0)

2021年1月26日 (火)

月之抄を読む11、習之目録之事11の65間之拍子歩之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の65間之拍子歩之事

11の65間之拍子歩之事
老父の録に此儀無し
亡父の目録に之在り理は何ともなし
弥三つ云う、歩は不断ある心持也。何心も無くろくに静かなる事よしと宗厳公仰せられしと語るもあり。
云、何の心もなし、不断歩く歩みは拍子にあらずして拍子也。拍子の間なり。間には拍子無き処也。無き処拍子也。拍子無きとて拍子が違へばけつまずくなり。無き処間の拍子、不断の歩み也。ここぞと云う時は、不断の様に歩まれぬ也。心が働かぬ故と知るべし。

老父の録に此の儀は無い。亡父の目録に之は有るが理は何とも書かれていない。
弥(いよいよ)三つ云う。(この読みは、弥三と云う人の名と読むことも出来ますが原文は「弥三ツ(ハ、ガ)
云う」です。「いよいよ三つ云う」も意味無しですから「弥三という者が云う」が正しいかも知れませんが、習いの本論には影響ない処ですから原文のまま読みます)
 歩みは普段ある心持である。何心も無くろく(陸の漢字から、歪みのなくスルスルと歩む)に静かなる事が良い、と宗厳公(石舟斎)が仰せられているもあり。
 云う、何の心も無く、普段歩く歩みは、拍子が無いのが拍子である。拍子の間である。間には拍子は無い処であり、無い処が拍子である。
拍子の無いと云っても、拍子が違えばけつまずく。拍子が無い処「間」の拍子。普段の歩みである。ここぞと云う時は、普段の様に歩むことはできないものである。心が働かないからと知るべきである。

 普段の歩み足で歩く事が、間の拍子であるが、ここぞと云う時には、打ち込まんとかの心に奪われて普段の歩みが出来なくなる。歩みに心を取られれば、ここぞと云う時の拍子が取れなくなるぞと云うのでしょう。

| | コメント (0)

2021年1月25日 (月)

月之抄を読む11、習之目録之事11の64歩之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の64歩之事

11の64歩之事
父云、水月の前にては如何にも静かに心懸、歩みたるよし。水月の内へなりては、一左足早く心持よし。
亡父の録には歩みの事、唱歌ありと書せるあり。
亦云、歩は弾みて軽き心持也。一足の心持専らなり。千里の行も一歩より起ると云々。
亦云、他流にカラス左足、練り足などゝ云うは、後の足をよせ、先の足早く◯◯(進めん)ためなり。惣別歩みは細かにして留まらぬ心持専ら也。練り足と云うは構をしてぢんぢり練り懸るを云う也。

 父云、水月の前(間境の前)までは、如何にも静かに歩む事を心がけるのが良い。水月の内(間を越す)へ入るには、左足より一歩早く踏込む此処と餅が良い。石舟斎の「没茲味手段口伝書」では、「五合剣」の「第五佐曾久(さそく、左足)」として間を左足で越す習いが口伝され、「水に入る心持之大事」として水月に入る心持として口伝されています。「一左足早く心持よし」なのでしょう、「一左足早く」とは敵に悟られない様に素早く踏込むであって、ゆっくりとした盗み足では無さそうです。ここでは左足で間を越して右足で打ち込みます。

 亡父の録には「歩の事、唱歌あり」と書かれている、と有ります。亡父の録とは何か見つけられません。唱歌は別項目11の18で解説されていますが、月之抄では「唱歌は息也、息合いを心得べし、敵小拍子にして拍子取られざる時、ヤッと声を掛ける心持にて、息を込むれば浮き立って軽し。声を掛くるによりて拍子合い、乗るもの也。我心に乗ったる拍子にて打心也」と有ります。

 亦云、歩みは弾む様に軽い心持ちであり、一足ずつの歩み足の心持ちと云うのでしょう。千里行くにも一歩からと云いますから、走り込むとか継足とか摺り足では無い様です。

 亦云、他流にはカラス足、練り足、後ろの足を寄せる足、先の足早く◯◯により不明。惣別歩みは大股に成らず細かにして、一歩一歩を留まらない心持が一番と云います。なお、錬り足とは刀を構えるなどして、「ぢんぢり」は、前足に後足をジリ、ジリと寄せていく様な足でしょうか。

 

 

| | コメント (0)

2021年1月24日 (日)

月之抄を読む11、習之目録之事11の63両一尺之習之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の63両一尺之習之事

11の63両一尺之習之事
父云、是は太刀の伸び、縮み、一尺より上は無きもの也。太刀を向へ出す拳より、我が神妙剣にての間、一尺より外はなし。太刀先の伸び、一尺の上は伸びざるなり。此の一尺を打つ時、控えて打つ心持専らとする也。
亡父の目録別儀無し。
足惣身にて取る心持の事、付り水月にて影、心持有。父云是は水月、神妙剣、手字手利剣、三つの心持を取る心に、足にても手にても、身にても惣体に取る心持専ら也。
亡父の録に此の儀知らず。

 父云、是は太刀の伸び縮みは、一尺より上は伸び縮みする事は無い。太刀を前に出す拳から我が神妙剣までの間、一尺より外には無い。太刀先の伸び、一尺以上は伸びないのである。此の一尺を打つ時、拳を伸ばし過ぎずに控えて打つ心持が大切である。
 亡父の目録には、太刀の伸び縮み、両一尺以外は無いと云う習いは別の意義あるものとしては無い。
 足、惣身によって取る心持の事、付り水月にて影、心持ち有り。父云、水月、神妙剣、手字手利剣、此の三つを取る心では、足にても手にても、身にても惣体で取る心持を専らとするのである。
 亡父の録に此の儀知らず。

| | コメント (0)

2021年1月23日 (土)

月之抄を読む11、習之目録之事11の62神妙剣の抱之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の62神妙剣の抱之事

11の62神妙剣の抱之事
父云、我が神妙剣を塞ぎ掛れば、敵の神妙剣自ずと開きて、勝ち易きもの也。先き斗(ばかり)を思うにあらず。懸るにも、打つにも、我が神妙剣を抱える心持ち専ら也。
亡父の録に別段なし。

 父云、我が神妙剣を見えない様にして敵に仕掛ければ、敵の神妙剣は自ずと見えるものなのである。それによって敵の掛からんとする意図が見えて、勝ちやすくなるのである。ああすればこうする、こうすればああ出て来る、其処をこの様に打つなど、先の事ばかり思ってかかるものでは無い。懸るのも、打つのも、我神妙剣を抱える心持で塞ぎ掛かる事が大切である。
 亡父の録に別段なし。此の事は、神妙剣の抱之事という同目録は見当たりませんが、その心持ちは各所に見られます。手字手利剣の処で「心万境に随いて転ず、転ずる処実に能く幽也、流れに随いて性を認得すれば、喜び無く亦憂いも無し。」の偈などもその一つでしょう。神妙剣の処で「心地諸種を含む、普雨悉く皆萌す、頓(とみに)華性を悟り了へて、菩提の菓自ずから成る」も其の事を語っています。すでに習った「色に就き色に随う」などはこの流の最も大切な心持ちである。それを全うするには、「神妙剣を塞ぎ掛かる」は自然の事かも知れません。

 神妙剣之事で、神妙剣とは「老父云、中墨と云う也。太刀の納まる所也、臍の周り五寸四方也。」とまず解説されて、我身体の臍廻り五寸四方とばかり認識している人には、この一文が理解不能になる筈です。我身体の一部である、我が「臍廻り五寸四方」を塞いで敵に見られなくすれば、敵の「臍廻り五寸四方」が自ずから見えるなどとあっても、敵の仕懸けんとする意図など見える訳はないでしょう。
 真の神妙剣とは神所だと云います。神所とは臍廻り五寸四方に己の心を据えた時、神所となる。「神内に有るにより妙外に現れて神妙剣也」と云っています。
 その神所から勝たんとする心を抑え無心になるとか、あるいは敵の待で見えない仕懸けんとする心を、我から誘いに乗る様にして、それに載って敵が仕懸けて来る、さすれば敵の神妙剣が自ずと開くと云うのです。
  

| | コメント (0)

2021年1月22日 (金)

月之抄を読む11、習之目録之事11の61座を敵に取られて勝左足外しの事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の61座を敵に取られて勝左足外しの事

11の61座を敵に取られて勝左足外しの事
父云、神妙剣の座を敵に取られたらば、我が取りたるも同意成なり。直に用うべし。詰まりたる時などは、遠近の心持にて一左足外し合わする心持もよし。
亡父の録には仕掛たるとも仕懸られたりとも、詰まると知らば一左足遠近と飛び違って座の逢う心持専也。位分けの体曲(待曲、待業)闕(かく)拍子、茂拍子、何れも詰まりたる時の心持ち也と書せる也。

 父云、神妙剣の座を敵に取られたならば、それは我が取ったも同じ事である。直に懸るべきである。敵との間が詰まった時などは、遠近を見積もって、左足を一足外して、間を合わせるのが良い。

 亡父の録には、此方から仕掛けたとしても、敵に仕懸けられたにしても、間が詰まったと分るならば、左足を一足跳び違って外し、神妙剣の座が合う様にする心持ちが大切である。位を取られた時は、左足を角かけて外す。無拍子に打込むなどは何れも敵との間が詰まった時の心持ちであると書いてある。
 石舟斎の録とは「没茲味手段口伝書」の「角にて闕闕(かく)拍子之事」及び「茂拍子之大事」の目録の口伝を指しているのでしょう。新陰流の勢法の中に幾つもこの状況の応じ方が残っています。順番に従った動作の初心者指導であっても、角かけて打つ仕種の意義などは理解させて置きませんと、意味も解らず棒振り稽古に励んでその内、道を外して戻るのが厄介です。特に竹刀剣道や他流の剣術をやってきた人には大切な処かも知れません。

| | コメント (0)

2021年1月21日 (木)

月之抄を読む11、習之目録之事11の60我神妙剣を返すと云心持之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の60我神妙剣を返すと云心持之事

11の60我神妙剣を返すと云心持之事
父云、前後左右神妙剣なり。後ろより懸りても敵打つ時は神妙剣向かうもの也。逆に取りても神の座は逢うものなり、逢う時身位を敵の神の座に合うべし。我が神妙剣は、敵の座に合わせたれば、返すと云う心持也とて亡父の録に此の儀見えず。

 父云、前後左右神妙剣である。後ろより懸って来る敵が打込む時、我が神妙剣は敵に向かうものである。敵と逆の立場であっても、神の座(神妙剣の習いの中に我が心も敵の心も据えると、神所、神の座)は逢うものである。逢う時は、身位は敵の神の座に合(逢)わせるべきである。
 我が神妙剣は、敵の神妙剣の座に合わせたのであれば、それを返すと云う、心持ちなのである。と云うが亡父石舟斎の録には此の儀は見当たらない。

 神妙剣の意味を、我臍の周り五寸四方と云う身体の部位と認識していれば、それは夫れで間違いとは言えないでしょう。敵と立合う際の心得としてどの流でも指導されている処でしょう。
 此処では、更に踏み込んで敵の心を読みとる神所としての神の座の心持ちをも述べていると思います。亡父石舟斎の録に見えず、と云う一節ですが、石舟斎の「没茲味手段口伝書」の「神妙剣真位の事」の偈に「喜と嗔(いかり)同じ本なり、嗔る時喜び目に俱はる、心は物に随いて宰(さい・つかさどる)と作る、人は我其れに非ずと謂う。」要約すれば、人は敵と我は同じではないと云いながら、「嗔る時喜び目に俱う」様に全く別々の事とは言えない、「同本」だと云っています。此の事を理解した上で「我神妙剣を返すと云心持」が読み取れます。
 目に見える業技法上の敵と「身位を敵の神の座に合うべし」に従い臍を敵に向けるだけでは「是極意の頂上也、是相極也」には至れそうにも有りません。

 

 

| | コメント (0)

2021年1月20日 (水)

月之抄を読む11、習之目録之事11の59五字之沙汰之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の59五字之沙汰之事

11の59五字之沙汰之事
父云、是は祀りたる心なり。地水火風空など云うに依りえんが為也。此の五字の上にて云うは、手字手利剣、神妙剣、水月、病気、空なり。文字に直しては手(地)、水(水)、神(火)、病(風)、空(空)なり。空の内の捧心、西江水と知るべし。

 柳生十兵衛三厳が何故、此処に此の「五字之沙汰之事」を挿入したのか、月之抄を読み進んで行きませんと意味がよく解りません。「五字之沙汰」と「神妙剣」との関わりも読めない。
 次項の習いは「神妙剣を返すと云心持之事」その次は「神妙剣之抱之事」とまだ神妙剣について続きます。
 取り敢えず、現代文に置き換えてみます。

 父云、五字之沙汰之事は、是は手字手利剣、神妙剣、水月、病気、空の習いを、心に祀ったのである。五字は「地水火風空」などと云う言葉に寄せてみたものである。習いを文字に直せば、手字手利剣の手は地、水月は水、神妙剣の神は火、病気は風、空は空である。空の内の捧心は西江水である。

 この様に読み解けばよさそうです。今まで習った手字手利剣、神妙剣、水月が有りますから、新陰流の大切な心持を心にしっかりと持てと云うのでしょう。この月之抄を読むでは初めて聞く習いに「病気」「空」「捧心」が有ります。それと少しさわりをした「西江水」が有ります。新陰流用語辞典でも作って引き出せばよいでしょうが、月之抄を順序を追って読み進み理解したいと思います。

 十兵衛の探求心が随所に突然襲い掛かって来る様で、十兵衛の修行の姿が見え隠れして来ます。道場で竹刀を以て上泉信綱、柳生石舟斎由来の燕飛・三学・九箇・天狗抄などを稽古するうちに、此の形の根本に由来する習いは何だろうと行き着くものです。そこで十兵衛は自らの覚書を月之抄に整理したのでしょう。整理しつつも次々に出て来る宗矩からの口伝や石舟斎の目録に眼を通せば新たな発見も疑問も沸いた事でしょう。

 十兵衛の月之抄の校正は不十分ですが、却って面白く読み続けられます。後に此処に出ていた幾つかが出そろった所で、此の項に加筆して見たいと思います。

| | コメント (0)

2021年1月19日 (火)

月之抄を読む11、習之目録之事11の58大躰之神妙剣之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の58大躰之神妙剣之事

11の58大躰之神妙剣之事
父云、立相より仕掛の心持なり。敵の神妙剣の座開く様に心得べし。太刀にても、身にても、場にても取る心持、大躰を外さざる積りを云也。
亡父の録に別儀無し。
云う、此の神妙剣は、色々に書る多し、或は所作のうえに取りなし、或は古語の理を取りなし、円相の神妙剣、或は打合の神妙剣などと書すもあり。是に心なし。所作の納まり神妙剣、所作の初まり神処(所)也。
此の二つに心を付くべし。此の心持にて如何様にも云い替えんは自心の作たるべし。

 大体の神妙剣之事、この題目は、大体と云うのですから、たいていとか、おおよそとか、誰でもとか、通常は、普通はとかびしりと締まらない雰囲気です。
 父宗矩は云う、立ち合いから仕掛けていく心の持ち様を云う。敵の神妙剣の座を開く(敵が仕掛けようとする思いをが神妙剣に写し取る)事だと心得るべきものである。太刀にても、身にても、場にても敵の神妙剣を取る心持ちで、大体外さない間積り、心積りを云うのである。
 亡父石舟斎の録には別の意義は無い。
 十兵衛云う、この神妙剣について色々に多くの思惑が書かれている。或は所作の有り様。或は古語の理窟を云う、円相上の神妙剣。或は打ち合う時の神妙剣などと書いてあるものも有る。然しこれらには心の持ち様を書いてあるものはない。
 所作の納まり所が神妙剣である、所作の初まりの神妙剣は神所なのである。
 この二つに心を付けて思うものであり、此の心持であっても、如何様にも言い替えるのは、本来の神妙剣では無く自分勝手に作った、神妙剣である。

 茲では、神妙剣とは父の云う「立相より仕掛の心持。敵の神妙剣の座を開く心得。太刀にても身にても、場にても、取る心持、大体を外さない積り」であると定義しています。それ以外の書き付けたものは、其の人の自作に過ぎないと云うのでしょう。いずれにしても、神妙剣が霞の中に隠された気分です。

 十兵衛は云う、「神妙剣には心は無い、所作の納まる所が神妙剣であり、所作の初まりは神所である。」と云い切っています。
 

| | コメント (0)

2021年1月18日 (月)

月之抄を読む11、習之目録之事11の57神処之習之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の57神処之習之事

11の57神処之習之事
云、神処(神所)と云うは、神妙剣の習の中に心を据えべし。据ゆれば神也。所作は千万働くとも、此の神処より初めるべし。持つぞ、乗るぞ、外すぞなどゝ云うは、此の処の儀也。
神の内にあるより妙外に現われて、神妙剣なり。此の剣の字に位あり、敵にある神妙剣と我身に有る神妙剣との心持に替り有り。くわしくは目録にこれあり。是に知らざるなり。

 神所と云うのは、神妙剣の習いである体の中墨、臍の周り五寸の中に我が心を据えるものである。心を其処に据えれば神である。所作は千万働かせるとも、この神所より所作は始めるものである。持つぞ(待つぞ、待の誤字でしょう)、乗るぞ、外すぞなどゝ云うのは、此の神所の事である。
 神の内より、妙外に現れて神妙剣なのである。この剣の字(神妙剣)に位がある。敵の神妙剣と我が身に有る神妙剣とは、敵が我に仕掛けんとする心と、それに応じる我が心には替る所があるのである。くわしい事は目録に有る。此の事は知られていない事でもある。

 石舟斎の「新陰流截相口伝書亊」の「神妙剣真之位之事」を指しているのだろうと思われます。前に読んだ月之抄の11の54「神妙剣之事」に「古語云、喜与嗔同乎 嗔時喜自俱 心随物作寄 人謂我非夫」と有りました。これは喜びと怒りは同じであり、嗔る時には喜びもともなう、心は物に従うものだが、人は我と他人とは別物である。と述べられています。その心は我も夫れ(敵)も同じと云う事と読み解きます。神妙剣に敵の心を写しそれに随う心、それを「我が身に有る神妙剣」が替る心持と述べたのでしょう。 

| | コメント (0)

2021年1月17日 (日)

月之抄を読む11、習之目録之事11の56真実之神妙剣実之無刀之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の56真実之神妙剣実之無刀之事

11の56真実之神妙剣実之無刀之事
父の録にあり理りは何ともなし
秀忠公御稽古の時分録にあり。
亦云、真実の神妙剣とは神処(神所)也。亦、実の無刀とは根本之習也。又、真の無刀なり。是は道具也。道具を以て理り、心も有。名を借りて云う。もし又教えとする心持あり。人により、其の心を汲むべし。西江水真実の無刀と云う習を秘して、仮なる心持ち多し。

 神妙剣とは、真実の神妙剣、実の無刀について述べているのでしょう。真実の神妙剣は臍廻り五寸四方とか六寸四方とか体の位置を述べていますが、此処では、己の身体の神の御座所である。と云う分けです。次回の月之抄に「神処之習之事」として、解説されています。
 
 亦、実の無刀と云ってここまでに述べて来ていないにもかかわらず、「無刀」について突然言い出しています。実の無刀と云うのは根本の習いであると云います。刀を全く持たない無刀で敵に対する事を「真の無刀」と云うのでしょう。真の無刀は道具の事であって、刀を帯びていない場合でも、その場にあるものを道具として扱い応じる事の、理を云うのです。その心構えも有のです。その道具を扱う事の名を借りて「無刀」と云う。然し、その扱いには教えとする心持ちもあると云います。その事は人夫々によって、考えを巡らし、無刀
の心をくみ取るべき事である。
 「無刀之心持之事」としてずっと後に、月之抄に述べられていますが、一般に無刀取の言葉で有名になっていますから其の触りだけ「無刀にて無理に取ると云う心にては無し。万事無刀の心持にある心を以て、極意とせり・・」

 次の一節も、新たな用語「西江水」が突然出て来ています。「西江水」とは、是も暫らく後に「西江水之事」として月之抄に出て来ますが、触りだけ「心を納むる所、腰より下に心得べし・・」。
  
 西江水、真実無刀と云う習いを秘して(知らずして・隠して・偽って)、仮なる心持ち多し。この仮を知ったかぶりをしてと読むか、誤って思うと読むか、秘してと読むかは、自ら心に手を宛てゝ思うべきものでしょう。

 この項の宗矩の目録は有るが、その理は何とも無い。二代将軍秀忠公の御稽古の時の記録にはある。頭書にありますが何処かに保存されているのでしょうか。
 この項を読みつつ思う事は、十兵衛三厳の月之抄はさらにこれを噛み砕いた、朏門集や武蔵野、行川の流、兵法目録、当流の兵法などを傍らにして、尚且つ道場に立って一人稽古に励みつつ、項目ごとに思いを馳せたい衝動にかられます。

 

| | コメント (0)

2021年1月16日 (土)

月之抄を読む11、習之目録之事11の55身位神妙剣取る心持之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の55身位神妙剣取る心持之事

11の55身位神妙剣取る心持之事
老父云、目録に理なし
亡父の目録にも理なし
云、神妙剣を身位にて取る心持、上中下三段、向き開き一重の位の心持ち替えるべからず。先祖三代この形の目録とも数多多し。其の人々により色々に目録替り之あり。心得べきものか。

 神妙剣とは中墨、太刀の納まる所、臍の周り五寸四方なり。と前項で解説されています。その神妙剣の基づく身位の取り様は、上中下段、体の向きが正面(正体)、開き(半身)、一重の位(一重身)であっても、神妙剣の位置は変わらないと云うのでしょう。先祖三代(上泉伊勢守・石舟斎・宗矩)この事を指す目録は数多多し。其の人々に依る身位は夫々で色々替る目録がある。理は述べられていないが心得て置くべきものか。

 最後は「か」の疑問符で終わっています。三代の「神妙剣を身位に取る心持」の違いが、読めていませんので個々に読み解く方法がありませんが、「身懸五箇之大事」から神妙剣との関係は想像できそうです。
 神妙剣の心得は他流の場合も、是を抜きにしては無さそうです。
 無双直伝英信流居合の場合も、青眼に構えたり、真向斬り下しの際、柄頭は臍の位置より一拳半の位置にあり、如何なる構え、切り込みでもその座を忘れる事はありません。人の体の中心点ともなる位置であると考えれば納得できる事かも知れません。

 

 

| | コメント (0)

2021年1月15日 (金)

月之抄を読む11、習之目録之事11の54神妙剣之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の54神妙剣之事

11の54神妙剣之事
古語云く
心地含諸種 普雨悉皆萌 頓悟花性者 菩提菓自成(心地に諸種を含めば 雨普くして悉く皆萌す 花の性を頓悟すれば 菩提の菓は自ずから成る)

老父云、中墨と云う也。太刀の納まる処なり。臍の周り五寸四方なり。手字手利見、水月、神妙剣此の三つは人間の惣体の積り、兵法の父母たり。此の三つより心持種々に別れる也。大形(方)此の三つ極まるなり。
水月も是れ神よりの儀、思いつく心を月と定め、神妙剣を鏡とす。夫れに写してよりは、勝ち良きもの也。
人に大小あり。水の場を取る時に、其の影を考えべし。其の場を取る処を、打たずと云う事無し。それを見損ずるもの也。不覚取りては後ろへ退く事ならぬもの也。
外しは浅く取る処にあり。場を取る処を、打つと思う心を、予ねて心に持つ事肝要也。取る処を切らざるものは、其のまゝ勝べき也。懸々先々たるべし。味を持つ処神妙剣也。

亡父の録に神妙剣之事付り身位三重位分之待曲条々之事、或は中墨とも云うと書る。

亦云、神妙剣之事付り両一尺之習之事
太刀の神妙剣源也。兵法の本来共云と書る。是は秀忠公御稽古の時分の目録に父書る多し。

亦云、神妙剣之真之位之事、能く分別すべし。
是極意の頂上也。古語云く
喜与嗔同乎 嗔時喜自俱 心随物作寄 人謂我非夫(喜びは嗔(いかり)と同じか 嗔る時喜び自ずと俱う 心は物に随って作り寄す 人謂う我は夫に非ず)
と書るもあり。

亦云、身位三重之事、是は上中下の身の懸かり、又身の捻り、或は開き、三重あり。又、高上極意神妙剣之太刀の勝口、身位三重なり共書るあり。

 神妙剣之事に就いて少々長いのですが、先ず古語で述べられている語句を読んで見ます。
 心の地には諸々の種を含んでいる、すみずみ迄雨が降ればそれらの種が皆芽を出して来る。それらの花の性を真に悟るならば煩悩を断って不生、不滅の真如の道を悟って得る仏菓は自ずから成る。心には色々の応じる手立てを持っているのであるから、無心となればそれらの手立ては自ずから成る、と云うのでしょう。

 老父柳生但馬守宗矩は神妙剣とは中墨之事だと云う。太刀の納まる処、臍の周り五寸四方である。
 手字手利見(手字手利剣)、水月、神妙剣此の三つは人間の惣体の積りであって、兵法の父母である。此の三つより心持ち色々に別れるものである。大方この三つに極まるのである。十文字勝する際の敵之太刀を持つ手の裏、間積り、中墨は兵法の大切な積りであると云うのです。
 水月も神より与えられたもので、思いつく心を月として、神妙剣を鏡として写しとるならば、勝つ事は容易である。
 人には大小あるので、水月の場を取る時に、相手大小による影は一定ではないので考えて、水月を取ったならば、必ず打込んで来る。それを見損じるものである。間積りで不覚を取れば、後ろへ退いても敵之打込みを外せないものである。敵の打込みを浅く外し、敵の場を取った所に打つと思うもので、此の心持肝要である。場を取っても切って来ない場合は、そのまま打込んで勝つべきである。懸々先々であるべし。味を持つ処神妙剣也。

 亡父の録に神妙剣之事付り身位三重位分けの待曲条々の事、或るは中墨とも云うと書いてある。
 是は石舟斎の「新陰流截相口伝書亊」の「神妙剣付両一尺位分待曲之事」を指しているのでしょう。
 亦云、での両一尺之習の事は、間積り之事で、一尺の太刀の当たらない間合い、其処での仕掛け。仕懸けても待の敵に対する懸勝事。
 太刀の神妙剣は源である。兵法の本来のものと書いてある。是は秀忠公の御稽古の時分の目録に父宗矩が書いている事が多い。

 亦云、神妙剣之真之位之事、能く分別すべきである。是は極意の頂上である。古語に曰く。
 喜びは嗔(いかり)と同じか 嗔(いかる)時喜び自ずから倶(ともなう) 心は物に随い作り寄す 人謂(いう)我れ夫れに非ず
 此の偈は石舟斎の没茲味手段口伝書に書かれています。

 亦云、身位三重之事、これは上中下の身の懸かり、身の捻り、開きの三重のことである。又、高上極意神妙剣之太刀の勝口、身位三重也とも書いてある。
 石舟斎の「新陰流截相口伝書亊」に神妙剣の後に「身の位三重付残心之事」と有ります。三重は残心の事と云っています。無双直伝英信流の残心は敵を斬り倒した後に、新たな敵が現れるのに応じる心構えや斬った敵を思い残心を行います。この新陰流の残心は、一度の斬りで後が続かない事を戒めて、打・撥ね・打等の続け打ちを三重と云い残心の事と云う。

 新陰流の伝書は石舟斎によって目録のみで解説は普段の稽古の中で口伝された習いなのでしょう。随って石舟斎によって第三丗として相伝した、兵庫助以外は正しく口伝されていなかったかも知れません。石舟斎の覚書がある様ですが江戸の宗矩や十兵衛には無く正しく伝承されたか否か、この神妙剣にも表れていて月之抄だけでは読み取れません。

 

| | コメント (0)

2021年1月14日 (木)

月之抄を読む11、習之目録之事11の53水の無法と云心持之事付り月に兵法無しと云事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の53水の無法と云心持之事付り月に兵法無しと云事

11の53水の法無しと云心持之事付り月に兵法無しと云事
父云、水月に兵法無と云う心なり。月の写るが兵法也。月は勝つ也と云うも、写してよりは勝ちの備わりたる心持也。水に入り入らぬぞなどと云う処に構えは無き也。
引歌に
浮き草を払いて見れば底の月 
       寔(ここ、まこと)に有とは誰か知るらん

 父云、水月(間合い、間積り)には兵法は無いと云う心持なのである。月の写る(敵の心が、我が心に写る)の兵法である。敵の心が我が心に写って「月は勝つ也」と云うのも、写す事によって勝ちが我に備わる心持ちである。水に月が入るの入らないなどと云う処に、何の構えも無いのである。
 引歌に 池の表面を覆う萍(うきくさ)を払って見れば、池の底に月が写っている、本当にあったとは誰が知っていよう。この様にして勝とう、負けてはいられないなどと、心に己の思いばかり募らせていたのでは、何も見えて来ないものです。浮草を払うとは無心となればおのずと敵の心が我心に写るものだ、と歌っています。
  

| | コメント (0)

2021年1月13日 (水)

月之抄を読む11、習之目録之事11の52真之水月之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の52真之水月之事

11の52真之水月之事
父云、是は水の月と云う、うつりうつす心持なり。敵の神妙剣を、鏡にたとへ、我心を月にたとへて、我形を敵の鏡にうつし、心の月を水月の水にうつしてよりは、勝事こてまゝなる心持也。至極なり。
亡父の録に真之水月之事、付りうつりうつす心持、心の月我形を一処にうつす也。重々心持口伝と書る。
亦云、真之位に付、覚と云う習有り。水月を思はずしても心に独り覚あるもの也。是自ずからなる水月、真の位也。当たる当たらぬ境は素人も知る也。習いを知らずして知る心、心に有るもの、心を水にうつし、形を鏡にうつす也。一陣の曇りあらば、月は出まじきなり。
古語に云う、日に新に、日々新、又日に新にすと云えり。月ぞ鏡に、水ぞと云う心持は、感知深し。説く人有て知る人無し、知る人有て通人無しと古語にあり。
* 
  真之水月之事と云うのですが、これまでの水月は敵との切り合いで刀の当たらぬ間積、間合と教えられたと認識しています。真之水月は目に見える間積では無いような、雰囲気で語られます。

 父云、是は「水の月」水に写った月の様なものだと云う。敵も我も写り写す心持なのである。敵の神妙剣(中墨、太刀の納まる所)を鏡に譬え、戦いの場での心と我身の形を一所に神妙剣に写し、心に写った敵の月(心)を我が、心の鏡に写したならば、勝事は自在になる心持である。至極の業である。

 亡父の録に、「真之水月之事付り写り写す心持、心の月一処に写す也」重々心持は口伝と有る。真の水月とは「心のあり様を写りうつす(移す、写す)心持之事で、心のあり様を一所に写すのである」と云う事なのでしょう。
 亡父石舟斎の「新陰流截相口伝書亊」の「水月付り位をぬすむ」の偈「心法は無形十方に通貫す水中の月鏡裏の象」によって語っています。心に形無ければあらゆるものを認識でき、水に写る月影の様なものである。

 亦云う、真の位であるが、覚(おぼえる)と云う習いが有る。水月(間積り)を思わなくとも、心に自然に覚えあるものである。是は自ずから人に備わった水月(間積り)、真の位である。敵の太刀が当たる当たらぬの境は、兵法の素人も知っているのである。習わずして知る心、心に有るもの、心を間積りではかり、形を心の鏡に写し取るのである。勝とうとばかり気を入れてしまえば一陣の曇りが月を遮るように何も見えなくなるものである。

 古語に云う。日に新に、日々新に、又日に新にすると云う。月ぞ鏡に、水ぞと云う心持は感知深いものである。説く人有て知る人無し、知る人有て通人無しと古語に有り。

 
 

 

| | コメント (0)

2021年1月12日 (火)

月之抄を読む11、習之目録之事11の51水入之事付りうきしづむ心持

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の51水入之事付りうきしずむ心持

11の51水入之事付りうきしづむ心持
父云、水月より能く切られんと思う心にて水に入るなり、浮く也勝べきと思う心には、水に入らざるなり。沈むなり、心持深し。
亡父の録には水入之事付り浮かまんとすれば沈み、沈まんとすれば浮く心持重々口伝也と書。
亦云、水月の水と云により、場を越入所の心持也。例えば水心知らざる人の、水に浮かまんとすれば却って沈み、沈まんと思へば返りて浮くなり。浅き譬えなれども面白き心持也。水月の水に沈むと思うて切らるゝ心持、水入なり。

 父云、水月(間境)で切られると思って、間を越すのであれば、水に浮くに違いない、勝に違いないと思う心であるならば、間を越して水(間合い)に入るべきではない。沈む(切られる)と思えば浮く心持であろう。心持深いものである。

 亡父の録には、「水入之事付り、浮ぼうとすれば沈み、沈むまいとすれば浮く心持。重々口伝とするのである、と書かれている。」
 この処は亡父石舟斎の「新陰流截相口伝書亊」の「水入心持大事 口伝」に目録があります。水月を踏み越える大事な心持として、切ってやるぞと意気ごめば、却って切られる。水に身を任せる様に、敵の色に随って無心に斬り込めば勝と云う事でしょう。

 亦云、水月の水と云う譬えで間を越す習いの心持ちを述べているが、場を越して切り込む所の心持は、例えば、水の心を知らない人は水に浮かぼうとすれば却って沈み、沈むと思へば返って浮く物である。
 浅い例えではあるが、面白い心持である。間境での切り込み入る心持、切られると思えば切られない心持。随ってここぞと云うに従って無心に切り込む、是を「水入」の習いと云う。のでしょう。
 なかなか味わい深い一節でした。

| | コメント (0)

2021年1月11日 (月)

月之抄を読む11、習之目録之事11の50勢々りと云事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の50勢々りと云事

11の50勢々りと云事
父云、是は表裏の心持也。水より前にて色々に仕掛て、手立てに花を咲かせ、なぶり立て敵に随い、又随わずしても、又油断の処、気の抜くる処多かるべし。水より前にて勝つ心持専也。
亡父の録にはセゝリと云事付けたり、水月を越さざる心持也と書るあり。
亦云、セゝリとは表裏の心持より序を切分くる仕為云々。

 原本は、「勢々り」と表題は書かれています。解説の文章では「セゝリ」で片仮名になります。広辞苑ではセゝリは「挵」の文字で、もてあそぶの読みになります。ここでの文字は当て字かも知れません。競る(せせる)とも違うよです。
 表裏は前にもありましたが、新陰流独特の語句の解釈の無いまま表現されても戸惑うばかりです。表裏とは「かくし、たばかる心也、偽りなり。心付かざる先を謀り候事、気前也。表裏は、気前の末なり。偽り却って実となる所専ら也。方便の道。武略。同意也」と云う分けです。

 父云、是は、敵を誘い出す謀り事をもって、水月(間境)の前で、敵に色々仕掛けて、作戦に花を咲かせ、なぶり立て、敵の動きに随い、又は随わない、其の様な表裏の仕掛けにも油断の処や、気の抜けている処も多いかも知れない。随って表裏の心持に依るのは、水月の手前で勝つ心持が好ましい。それをセゝリ(勢々り)と云う心持である、と云います。

 亡父の録にはセゝリと云事付けたり「水月(間境)を越えないで仕掛ける心持」と書いてあるのが有る。
 亦云、セゝリとは表裏の心持より序(はじめ)るには切り分ける仕方云々。

 

 

| | コメント (0)

2021年1月10日 (日)

月之抄を読む11、習之目録之事11の49早味を越す心持之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の49早味を越す心持之事

11の49早味を越す心持之事
父云、両三寸なり、内外早き処、一寸二寸なり。越し、外し、此の所に心を◯付る也。
亡父の録に、我初一念を早く越す也と書有。

 この項目は、そのまま読んで見ても、意味が読み取れません。何処かにこの項に相当する、目録の口伝の覚書が残されているかもしれません。

「早味」とは、敵の素早い打込みを越して打込む心持ち、とでも解釈しておきます。
父云、目付は両三寸、二星、柄を握った敵の拳の動きを見て、早い動きは一二寸に過ぎない、越すなり外すなりは、此処に心を付けて見るのである。
 亡父の録に、と有りますが新陰流截相口伝書亊、没茲味手段口伝書の目録からは読み取れませんが、早味を越す心持ちは「我、ここぞと思った一念を貫いて打込み越す事」と書いてある、と云うのでしょう。

 この「早味を越す心持之事」は、月之抄の水月の習いを述べて来た一連の項目の中に書かれています。随って、「早味を越す」は水月を素早く越して来る敵、或いは、越そうとする、外そうとする時の心持を読んでいると見てもいいかもしれません。読み解くポイントは「両三寸なり」でしょう。
 三寸は切先三寸、両の拳の事などですが、拳は二星とも云います。此処では拳として読んで見ました。

 

 

 

 

| | コメント (0)

2021年1月 9日 (土)

月之抄を読む11、習之目録之事11の48水月之事身位足手の盗之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の48水月之事身位足手の盗之事

11の48水月之事身位足手の盗之事
とられて勝事と書れたも老父の目録有、理りは無し。
云、水を盗心持は、身にても、足にても、或いは手にても太刀表裏などにても盗心を書るなり。盗られて勝と云も、敵の盗取事を此方に知れば、則盗られて勝べき也

 盗られて勝事と書かれているも老父の目録有り。理は無い。
 云う、水月を盗る心持は、身にても、足にても、或いは手にても太刀表裏などにても盗る心を書いてあるのである。盗られても勝と云うのも、敵の盗み取る事を、此方が知るならば、則、盗られて勝つべきである。

| | コメント (0)

月之抄を読む11、習之目録之事11の47そり懸りと云心持之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の47そり懸りと云心持之事

11の47そり懸りと云心持之事
云、上段の者は、上早きにより、下水を取り入れ、身位三尺を腰より上を反り掛、一拍子に入あうべき仕度也。仮令打つ時も、水の場にては、敵の打つ太刀を外して受けば当たらぬ。外さずして打つ心持にては、外しても敵に当たるもの也。
此の事、いずれの目録にも無し。

 云(主語が老父・父・亡父のいずれでも無い場合は、石舟斎や宗矩による習では無いのでしょう)月之抄の作者柳生十兵衛と思われます。
 上段に構えて打込むものは、打込みが早いものなので、下で水月の間に踏み込み、身位を三尺の間より腰から上を反り身にして掛り、反り身になって敵太刀を外し一拍子に上体を水月に入れ打込む仕度の事である。仮令、打つ時も、水月の場では、敵の打つ太刀を外して受ければ当たらないものである。外さないで打つ心持であれば、外しても敵に当たるものである。
此の事は老父。亡父いずれの目録にも無い。

 

| | コメント (0)

2021年1月 8日 (金)

月之抄を読む11、習之目録之事11の46左足積り運び様之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の46左足積り運び様之事

11の46左足積り運び様の事
父云、詰べきと思う心有らば水月を近く積り取るべし。外さんと思うには、水遠く取たるよし。足の運びは何時も後の足の早く寄せ掛くる事専ら也。◯(引?)当流にはからす左足と云う心なり。
亡父の録には何とも無し。
亦云、左足は、浮き立って軽ろき良し。運びは如何にも静かに小足なるよし。大形一尺ばかり程づゝ、拾い歩く心也。下心はつみて、上、静かなるにしくはなし。

 父云、敵に詰めるべきであると思う心が有れば、水月(間合)を近く取るべきである。敵との間合を外そうと思うには、水月を遠く取るのが良い。足の運びは何時でも前足に後ろの足を早く寄せて掛かるのを当然とするのである。◯当流にはカラス足は左足からと云う心である。

 亡父の録には「左足積り運び様の事」について何も書かれていない。
 石舟斎の「没茲味手段口伝書」の「五観之大事」の「佐曾久積位知事(さそくつもるくらいをしること)とあります。さそくは左足で水月を無拍子で静かに越し右足を踏み込んで打つ。その心持は「新陰流截相口伝書亊」の「水月付位を盗む事」で「心法は形無く十方に通貫す、水中の月鏡裏の象」とあります。

 亦云、左足は浮き立って、軽いのが良い。足の運びは如何にも静かで、歩幅は狭い小足が良い。大方一尺ばかり程づつ、拾い歩心地である。下心は充分にして、上の心は静かであるに越した事は無い。

| | コメント (0)

«辛丑(かのとうし・しんちゅう)