2025年12月 7日 (日)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事6本手之移9本目「捫返」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
6本手之移 始終相手本手之組掛之通二取来也
9本目「捫返」:「向面の事二取っ亭 後へ倒さんと須るを 其手を取って前へなける。」

1捕手和之事9本目「向面」:「右脇を通り品二 此方よりせり懸る 相手よりもせり懸る處於した於し 如右う津む希二押た於し堅める。」

 相手、我が八文字に坐す右脇を通りしなに向面の様に、通りすがりに、右腕を以て首に巻き、後へ倒そうとするので、我は其手を取って前へ投げる。相手が右手で後ろから右手で首に巻いて、後ろに倒そうとすれば、一本背負で投げる事が出来ます。
 「向面」の通りであれば、通りすがりに右手で我が胸を取って、競り懸って後ろに倒そうとするので、相手の右手を、我が右手で取って、左手を相手の右手肘に懸け、右脇に俯けに投げ伏せる。
業名の「捫返」は「ひねりかえし」でしょう。

 

 

| | | コメント (0)

2025年12月 6日 (土)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事6本手之移8本目「坐配謀」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
6本手之移 始終相手本手之組掛之通二取来也
8本目「坐配謀」:「胸天の移り也 常の修行此事なし む年を蹴る足を此方より取り 向へ突倒春也。」

1捕手和之事8本目「胸黙」:「歩ミ行相手の胸を足ニ亭蹴る 平常の稽古二ハ此業なし 子細は胸を蹴る故也。」

 本手之移では8本目は「坐配謀(ざはいぼう?)」ですが、本手の捕手和之事8本目は「胸黙(むねもく?)」です、しかも本手之移では「胸天の移り也」とも業名の文字が揺れ動いています。どのような意図に依るのか神傳流秘書からは答えは見つけられません。

 業は、「我は八文字に坐すに、相手歩み来たり我が胸を足にて蹴る、我は相手が蹴る足を此方から取り、相手を向こうへ突き倒す。但しこの業は常に行う稽古では「胸を蹴る」と言うことで行わない。とされています。
 相手が我が胸を蹴る拍子を捕らえ、相手の蹴り足を両手で受け止め、相手を仰向けに突き倒すのでしょう。

| | | コメント (0)

2025年12月 5日 (金)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事6本手之移7本目「九寸返」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
6本手之移 始終相手本手之組掛之通二取来也
7本目「九寸返」:「抜捨の通り 抜付を留處を振り向て 中耳入り倒須也。」

1捕手和之事7本目「抜捨」:「相手の左の脇を行通り品二 合手の左の手を 我か左の手二亭取り後へ廻る 相手右之手二亭後へ婦り向 小太刀を抜付類を 左の手ニ亭留 左の手を放し ひぢ二添へて引た於し堅める。」

 我が左脇を相手が行き通る際に、我が左の手を相手が左の手で取り、我が後ろに廻る。我は後へ振り向き小太刀を抜き打ち込むのを相手右手で留ル所を、振り向いて中に入り倒す。

 「九寸返」の手付は抜けだらけの短く、本手の「抜捨」は、相手と我の逆を演じるわけです。稽古では互に本手の「抜捨」を充分稽古した上で、「九寸返」を工夫すれば答えが得られるでしょう。

 

| | | コメント (0)

2025年12月 4日 (木)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事6本手之移6本目「勝骰」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事に上げ
6本手之移 始終相手本手之組掛之通二取来也
6本目「勝骰」:「右詰の通り耳 我可手を取り伏せんと須るを直耳 支耳中耳入る。」

1捕手和之事5本目「右詰」:「如前歩ミ行て 右脇を行違ひ品二 相手の右の手を我が右の手ニ亭取り 左の手をひぢ二上亭引伏せ堅める。」

 我は八文字に坐す処へ 相手歩み来たりて、右脇を行き違いざまに、我が右の手を右手で取り、左手を我が肘に付けて引き伏せ、堅めんとするを機に、我は腰を上げるや相手の体に接して左手で相手の右手を取り右手を其の肘に付け引き伏せ堅める。

| | | コメント (0)

2025年12月 3日 (水)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事6本手之移5本目「請返」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
6本手之移 始終相手本手之組掛之通二取来也
5本目「請返」:「右転の通り 我可手を出須を 相手両の手二亭取り 引廻さんと春るを 下ゟ相手の左の手を取り 転びころび春連ば 相手倒るゝ也。」

1捕手和之事5本目「右転」:「如前歩ミ行亭 相手ノ手を上げる處を 両の手二て指を取りわけ 左の方へ引廻之 又た於し砂乱の如く う津む希二引廻し亭堅める。」

我が座す処へ、相手立って歩み来たるを、我が右手を上げて挨拶する所を、相手は両手で我が右手の指を左右に取り分けて握り、左の方へ引き廻そうとするのを、我は左手で下から相手の左手を組み取り、引き廻しに合わせて回転して相手を倒し堅める。

| | | コメント (0)

2025年12月 2日 (火)

第95・96・97古伝研究会

第95・96・97古伝研究会

 無雙神傳英信流居合兵法(無双直伝英信流・夢想神傳流等の古伝)の古伝研究会を、月一回として継続しています。
 違師傳交流稽古会の令和8年の課題は、令和7年度の神戸での古伝研究会で古伝神傳流秘書より組太刀の太刀打之事10本と詰合10本と決まりました。
 随って研究内容は現代の無双直伝英信流・夢想神傳流の「組太刀」を1700年代に書かれたと思われる古伝無雙神傳英信流の神傳流秘書によって解析して行きます。
 現代居合の組太刀とは聊か勝手が違う部分も多々ありますが、
「古きを尋ねて新しきを知る」、ご参加いただいた方々が夫々「逢人皆我師」である事をご認識頂き、ご自由な意見を出され、共に学ぶ研究会です。
 古伝を研究した結果は、令和8年11月に、全国の同志の方々と研究発表会を関西で実施いたします。
 「俺の指導に従え」と云う「習い稽古する」稽古会とは異なります。
 古伝を読み参加者が自らが「工夫する」研究会です。どの連盟、他流派、他道場等ご自由にお出で下さい。


1
、第95回
  12月お休み
3、第96回
  1月29日(木)
  鎌倉体育館 格技室
  13:00~17:00
4、第97回
     2月26日
  鎌倉体育館 格技室
  13:00~17:00

5、住所
  見田記念体育館
  248-0014鎌倉市由比ガ浜2-13-21
  ℡0467-24-1415

     鎌倉体育館・駐車場
  248-0014鎌倉市由比ガ浜2-9-9
     ℡0467-24-3553
  鎌倉警察署向かい側
6、アクセス:JR横須賀線鎌倉駅東口下車徒歩10分
7、参加費:会場費等割勘つど500円
8、参加申込:事前に参加連絡をお願い致します。
   mail:sekiun@nifty.com
9、研究会名:無雙神傳英信流居合兵法
  居合道研修会鎌倉(湘南居合道研修会鎌倉道場)
10、御案内責任者:ミツヒラこと松原昭夫
      sekiun@nifty.com
11、注意事項
 ・感染病対策として以下の事項に一つも
  該当しない事
 ・平熱を越える発熱
 ・咳、喉の痛みなど風邪の症状
 ・倦怠感、息苦しさ
 ・臭覚や味覚の異常
 ・体が重く感じる、疲れやすいなどの症状

 2025年12月2日 ミツヒラこと松原昭夫  記

| | | コメント (0)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事6本手之移4本目「變ノ弛」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
6本手之移 始終相手本手之組掛之通二取来也
4本目「變ノ弛」:「付入りの業二亭 突倒さんとす類を躰を開き後へ送る也。」

1捕手和之事4本目「附入」:「如前歩ミ寄っ亭 右の手二て相手の胸を突 阿於の希二た於春也。」

如前」とは1捕手和之事3本目「弓返」:「相手坐ス處へ如前歩み寄って・・。」
「如前」とは1捕手和之事2本目「砂乱」:「相手坐し居る處へ我ハ立って歩ミ行き・・。」

 我が八文字に坐して居る處へ、相手立って歩み来たり、右の手にて我が胸を突き、仰のけに倒さんとするのを、我は相手の右手を取ると同時に体を開いて相手を我が後ろに送りのである。」

 「變ノ弛」の手付では、相手が歩み寄ってきて座して居る我の胸を右手でついて来るので、体を左右何れかに開き、相手を後ろに送り出す。とだけですが相手が右手で我の右胸か左胸、或は中かも知れません。体を開くだけで相手を後ろに送る事が出来なければ、我は、右手で、或は左手で相手の右手を捕らえ送り出す事もあるでしょう。送り出しと同時に相手を仰向けに投げ飛ばすとかうつ伏せに堅めるとかも稽古次第です。
 然しまず相手に突きを入れられずに,体を開き外す拍子を身に付ける事が先決です。

 

 

 
  

 

 

| | | コメント (0)

2025年12月 1日 (月)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事6本手之移3本目「山越」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
6本手之移 始終相手本手之組之通也
3本目「山越」:「弓返しの通り たをされたる時 我打込んて合手請留亭引婦せんと須る時 左の手二亭相手の足を取り引可るゝを支耳 起上り付込み倒春也。」

1捕手和之事2本目「弓返し」:「相手坐處へ 如前歩ミ寄ッて 左の手ニて相手の左の手を取り 右の手ニテ相手の小太刀の柄を取て 脇へねぢた於し 其柄を右の足にて歩ミ 向の小手をかためるたる時 相手右の手をもッて打込むを 我も右之手二亭留 左の手を相手のひぢにそゑてうつむ希に引き直し堅める。」

 「如前歩ミ寄ッて」:「2本目砂乱:相手坐し居る處へ我は立って歩ミ行」

 2本目「弓返し」の通りに、我が座して居る處へ相手立って歩み来たり、左の手で我が左手を取り、右手で我が小太刀の柄を取って、左脇へねじ倒し、其柄を相手は右足で踏み、我が左小手を堅められた時。
 我は右手で以って打ち込むのを、相手に右手で止められ、左手を我が右肘に添えて俯けに引き倒し固めらそうになった時、自由になった左手で相手の足を取り、相手が引くのを機に立ち上がり体を付け入って倒すのである。」

 相手と我の入れ替わりが、文章ではややこしいでしょうが、実際の稽古では、手付通り行えばよいのでしょう。業名の「山越」と動作が一致しているか。何を意図して名付けられたのか・・課題とすべきかどうでしょう。

 

| | | コメント (0)

2025年11月30日 (日)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事6本手之移2本目「小車」

古伝神傳流秘書
夏原流和之事
6本手之写 始終相手本手之組掛之通取来也
2本目「小車」:「砂乱の業二亭 我可手を取り須具ばる處へ付込ミ来をキ二 中耳入り倒ス。」

1捕手和之事2本目「砂乱」:「相手坐し居る處へ 我ハ立って歩ミ行使者捕の如く引た於さむとする。」

1捕手和之事1本目「使者捕」:「楽々對し坐したる時 向の右の手を我が右之手二亭取り 向の右之膝を足に亭踏 我右脇へ引た於してかたむる也。」

 使者捕では双方八文字(立膝)に座して居る時、相手が腰を上げ我が右手を右手で取ったのですが、本手之写2本目「小車」は我ガ八文字に坐して居る處へ「砂乱」の様に相手は立って歩み来たり、腰を屈め我が右手を右手で取って、我が右膝を相手は足で踏み付け、我を右脇に引き伏せ様とするので、即座に相手の懐に入り込んで仰向けに押し倒し固める。

 業は1捕手和之事1本目「使者捕」と2本目「砂乱」を混合させ、我が相手に仕掛けた業を、相手に仕掛けられてそれを返す稽古となります。夏原流和之事の1捕手和之事の返し業・変化業を6本手之写で行い、復習も兼ねた稽古を意図しているのでしょう。

| | | コメント (0)

2025年11月29日 (土)

古伝英信流目録 居合棒太刀合巻 極意之大事 5本目戸入之事

古伝英信流目録
居合棒太刀合巻 
極意之大事 5本目「戸入之事」:「是磐 必ス門子を入ル尓 脇を通るへ可ら須 中を行へシ 亦我を打もの居ルとしるならは 何尓ても有合之処羽織尓てもまきて棒の先へふとく付て 春つとさし出スべし 敵我と思切ル処を我とりふ春る也。」

 5本目「戸入之事」は、必ず門を入るには、門の脇を通って入ってはならない。門の真中を行くべきである。その上我を打たんとする者が門に潜んでいると知れるならば、何でもいいのであるが有合わせので、羽織などを棒の先に太く巻き付け、門内にスッと差し出せば、敵は我と思い切って懸る処を、我から取り押さえるのである。

 この辺の教えは、第10代林政詡が第9代林六太夫守政から聞き伝えられて、残された英信流居合目録秘訣になどの似たものが残されているが、その聞き覚えを「極意之大事」として第15代谷村亀之丞自雄が聞き覚えたものを纏められたのではないかと思えます。

| | | コメント (0)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事6本手之移1本目「障子返」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
6本手之移 始終相手本手之組掛之通二取来也
1本目「障子返」:「使者捕の業耳て 引たをさんとス類をき耳 津べ可へり須る也。」

 6本目本手之移とは本手は「本の業」と言うことでしょう。
 例えば2「立合」が本手ならば4「後立合」が、本手之写しに相当するもので、返し技、変化業と言う事になると思えばいいのでしょう。3「小具足」が本手ならば5「小具足割」が、本手之写しに相当する。
 此処での、6本手之写1本目「障子返」は1捕手和之事の1本目「使者捕の業」と言っていますから、グループでは無く特定の業の「写」として「相手本手之組掛之通に取来也」で「使者捕」の通り取来るのでしょう。
 「津べ可へり」は「つべかえり」、「トンボ返り」の方言。

 1捕手和之事1本目「使者捕」:「楽々對し坐したる時 向の右の手を我が右之手二亭取り 向の右之膝を足ニ亭踏我右脇へ引た於してかたむる也。」

 本手之移1本目「障子返」:「捕手和之事1本目「使者捕」の業で楽々居合膝に座して居る時、我が右の手を相手右の手にて取り、我が右足膝に相手は左足で踏み付け、相手の右脇へ引き倒そうとする、我は即座に「津べ可ヘり(トンボ返り)」して、相手の右脇後に逃れ(相手を引き倒す)。」

 

| | | コメント (0)

2025年11月28日 (金)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事5小具足10本目「浦ノ波」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
5小具足割 八文字二坐ス
10本目「浦ノ波」:「影の切懸」の通り耳 後ゟ髻を取ッ亭打込を 後へ振り向き 我可右の手を高く打懸亭 躰をもたれ懸り亭倒ス。」以上10

小具足11本目「影切掛」:「是ハ相手我後ゟ歩ミ来り 我可髻を取り短刀を抜亭打込むを 其侭後へ向 「位の弛」の如く右之手二亭出会を留 中耳入りたを春。」

小具足8本目「位ノ弛」:「相手胸を取るを 左の手二亭取り 会手立上り短刀を抜て打込むを 我右の手ニ亭打込ミ留 躰を入ッて中耳入り倒ス。」

 是は相手が居合膝に座す我が後ろより、歩み来たりて、我が髻を左手で掴み、右手で短刀を抜いて打ち込むのを、、我は即座に振り向くや
「位の弛」の様に左手で相手の左手首を取り、右手を高く打ち懸けて相手の打ち込む右手二打ち懸けて留め、相手の右手首を取り、右足を踏み込み我が體を相手に接し押し倒す。

 10本目「浦ノ波」は小具足の11本目「影切掛」と8本目「位ノ弛」を合わせて業を組み立てたもので、小具足割は小具足の変化業、とも言えるものでしょう。

 小具足割を終ります。次回から「夏原流和之事 6本手之移 始終相手本手之組掛之通二取来也」となります。

| | | コメント (0)

2025年11月27日 (木)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事5小具足割 9本目「逆ノ返」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
5小具足割 八文字二坐ス
9本目「逆ノ返」:「う川保付(小具足10本目「靭付」)の通り耳腰を取っ亭打を 右の手二亭受留 左の手二亭合手の足を逆手二取り 躰を▢(込?)ふて阿を之ケ耳倒す也。」

小具足10本目「靭付」:「相手我右脇ゟ歩来り 我可帯を取 打込んとす類を す具耳相手の脇と足首と耳手を掛 押倒す。」

 相手我が右脇より来たり、我が帯を取り、打ち込まんとするを、すぐに相手の脇と足首に手を掛け、押し倒す。

 小具足10本目「靭付」同様に相手我が右脇より歩み来たり、我が腰(帯)を左手で取って、右手で打ち込んで来るのを 我は右手で受け留、左の手で相手の足を逆手に取り、体を込み(覆いかぶせる様にして)仰のけに押し倒すのである。

 

| | | コメント (0)

2025年11月26日 (水)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事5小具足割 8本目「岩波」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
5小具足割 八文字二坐ス
8本目「岩波」:「髻附の通り也 押付来るを我可右の手を其の手へ打懸 津べ可へりす類。」

小具足9本目「髻附」:「此事ハ亦常の通り坐して居時 相手後より手を廻した婦差を取て押伏セむとするを キ耳其手を前へ押者川し堅る。」
 此の事は立膝で座して居る時、相手が我が後ろへ手を廻し、髻を掴んで、押伏せ様とする、其の瞬間に相手の手を前へ押外し堅める。

8本目「岩波」は小具足9本目「髻附」と同様に、居合膝に座す時、相手が我が後ろへ手を廻し髻を掴んで、押伏せ様とするので、我は右手で相手の手に打懸け、手首を掴んで、つべかえり(んぐり返し)して外す、或は逆手に取って堅める。

 文章表現が「相手後より手を廻し髻を取て押伏せむとする」ですから、立膝に向かい合う状況から相手が正面から我が後ろに手を廻す、として読み込んでみました。相手が立ち上って、我が背後に廻る、或は我が座して居る時、後ろより歩み来たり、髻を掴んで押伏せ様とする、など、業の「変化」は幾重にもあるとして、拘らずに稽古する事で「良し」とする心でありたいものです。

 

 

 

| | | コメント (0)

2025年11月25日 (火)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事5小具足割 7本目「勝句廻」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
5小具足割 八文字二坐す 
7本目「勝句廻」:「立合くる時 相手左の手二亭我可胸を取り 我可右の手ニ亭其の手首を取る 相手右の手ニ亭打込む 我可左の手ニ亭受留 我可右の手を相手の脇下ゟ送込ミ躰も共二廻りたをす也。」

 「勝句廻(かちくまわり・しょうくまわり)」と読むのでしょう。業名の「勝句」とは、川柳や俳句などで、他と比べて良い句を選んだものを意味するのかもしれません。

 小具足割は」双方「八文字二坐ス」前提ですが此の業も前回の6本目「村雨」同様に、双方歩み行き、合掛に対しています。
 双方、立って歩み行く時、相手左の手にて我が胸を取る、我は右手で相手の胸を掴んだ左手首を取る。相手右手で打ち込んで来るのを、我は左手で受け留め手首を取り、我が右手を相手の左手から放し、相手の右の脇の下から送り込んで、体を右に廻し相手を投げ倒す。

 此の業での相手の右手での打ち込みは、素手でも短刀を持って打ち込むのでも手付には、状況が書き込まれていませんから、どちらでも応じられる稽古をしておけば良いのでしょう。

 

| | | コメント (0)

2025年11月24日 (月)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事5小具足割 6本目「村雨」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
5小具足割 八文字二坐ス 
6本目「村雨」:「左足耳行違う時 相手左の手二亭我可左の手を取るを 此ちゟ其手を尓き類 相手打込むを右の手二亭請留 其の手を直耳会手の顔耳押當 相手の足を我可右の足二亭蹴る 一拍子耳阿於のけ耳た於す也。」

 小具足割は「八文字二坐ス」としていますが、此の業は双方歩み寄る「相掛」と曽田先生は業名「村雨」の横に「相掛」と付しています。
 「双方相掛りに、左足より行き違う」ですから相手は我の左側を歩み行きますから、道路で見れば右側通行で行き違う事になります。
 行き違いざまに相手左手で我が左の手を取るのでこちらから其手を左手で握り返す。
 相手が右手で打ち込んで来るのを、我は右手で請け留、相手の右手の手首を握り直ぐに相手の顔に押し当て、相手の足を我が右足で蹴るや一拍子に相手を仰のけに倒す。

 

| | | コメント (0)

2025年11月23日 (日)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事5小具足割 5本目「切返」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
5小具足割 八文字二坐ス
5本目「切返」:「如前胸を取り 手を此方ゟ取り 相手打込を右の手二亭留 う川伏耳引た於し堅むる也。」

 立膝に座す処へ相手前の如く、左手で我が胸を取る、其の手を此方より左手で取り、相手が右手拳で打込むのを右手で相手の右手首を留め、相手の手首を取り、左手で相手の右手の上より送り込み体を右に廻して引き倒し堅めるなり。

 此の業は、「突込」のではなく、「打込」ですから素手で殴り付けて来るとするのでしょう。それを右手で受け留め、相手が我が胸を取ていた左手を放し、相手の右肘に上からかぶせる様に、抱え込み、右に引き廻して俯けに堅めるのでしょう。

 

 

| | | コメント (0)

2025年11月22日 (土)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事5小具足割 4本目「滝落」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
5小具足割 八文字二坐ス
4本目「滝落」:「相手我可胸を取り抜突んとす類を 我左の手ニ亭相手の手首を取り 右の手を相手の手の上ゟ送り込ミ 躰を左へ廻っ亭うつむけ耳伏する。」

 我居合膝に座す処へ、相手左手で我が胸を取り、右手で短刀を抜き、突かんとする。我左の手で相手の右手首を取り、右手で相手の右手の上より送り込み、体を左へ廻して、相手を俯けに引き倒す。

 相手の我が胸を取って来る左手は其侭にして、突き込んで来る相手の右手首を右半身になって左手で取り、右手を相手の右手の上から抱え込み、体を左へ廻して、相手を俯けに伏し堅める。

 此の業を、相手が左手で我が胸を取り、右手で短刀を抜いて突こうとするのを、我は左手で相手の左手首を取り、右手で相手の左手の上から送り込み、我が体を左へ廻して相手を俯けに廻し倒す。とも取れますが、相手の右手は自由に短刀を突き込む事を許してしまうとも思えます。

 手付の文書では、相手の手首を取るのは、我が右手なのか左手なのか記載はありません。同様に相手の手の上より送り込む、手は相手の右手なのか左手なのかこれも記載されていません。この手付から判断しろ、もう何回も胸を取られているだろう、と言われているようです。
 私が相手であれば、短刀を持つ手が自由であれば、相手の動作に拒まず任せて引き倒されるや突き込んでしまいそうです。

 

 

| | | コメント (0)

2025年11月21日 (金)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事5小具足割 3本目「自籠詰」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
5小具足割 八文字に坐す
3本目「自籠詰」:「我可膝を立膝耳して居處へ相手歩み来たり我可胸を取り短刀を抜亭突んと須るを先手の如く取っ亭横へたをす毛の也。」

 3本目「自籠詰」の業名の読みは「じろうつめ・じこもりつめ」でしょう。河野先生は無双直伝英信流居合兵法叢書では「自籠誤(じろうご)」とされていますが、曽田先生の書き写された文字が崩し字のため判読が出来かねます。十和田湖にある「自籠岩」は「じこもり岩」と読ませていますから、「じこもり」と読み、業は「誤」では意味不明ですから「詰」と読むべきだろうと思います。夏原流を書いてある神傳流秘書が細川家から公開されて当時の直筆の伝書が読めない限り断定不能です。

 「我が膝を立膝にして居る処へ 相手歩み来たり 我が胸を取り短刀を抜きて突かんとするを 先手の如く取って横へ倒すものなり」

 此の業は、前回の小具足割2本目「向剣」の「相手左にて我が胸を取り突んとするを、我が左の手にて相手の手首を取り右の手を肘の屈みに懸け下へ押伏せる」のを「・・横へ倒すものなり」の違いです。
 「先手」の如くを小具足3本目「先手」とすれば「如前胸を取 我が右の手にて相手の手首を取 相手短刀を抜かんとする処を直ぐに右の手を相手の胸に押當足を込みてあおのけに倒す」ですから、仰のけに倒さず、横に倒す事になります。
 小具足割2本目「向剣」も小具足3本目「先手」もどちらも、胸を取って突きに来る相手ですから、業の違いに応じて横に倒す事を稽古する事を「よし」とすればと思います。

 
 

| | | コメント (0)

2025年11月20日 (木)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事5小具足割 2本目「向剣」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
5小具足割 八文字二坐ス
2本目「向剣」:「相手左手二亭我可胸を取り突んとするを 我可左の手ニ亭相手の手首を取り 右の手をひぢの可ゞ美に懸 下へ押伏セる。」

 双方八文字に座す、所謂立膝に座し向かい合う。相手左手で我が胸を取り、右手で短刀を持ち突こうとするのを、我は左手で相手の短刀を持手首を取り、右手を相手の右手の肘の屈みに懸け左に押伏せる。

 この手付は抜行けだらけですから、右手か左手かなどもたもたして居れば突かれてしまいます。状況次第で最もふさわしい動作が要求されていると勝手に判断して見ました。
 相手が我が胸を左手で取り、直ぐに右手で短刀を抜いて、突き懸って来るのを我は左手で防ぎ、相手の右手首を左手で握り、右手を肘の屈みに懸け、短刀を制して左に引き伏せるのが、有効でしょう。
 前例では、相手に胸を掴まれたならば、即座に其手を制していますが、ここは短刀を制する事を優先するのでしょう。

 相手に左手で胸を掴まれたので、我は左手で其手首を取る、相手が右手で短刀を抜いて突き懸って来るので、右手で防ぎ、左手で相手の手首を取り、右手を相手の右肘の屈みに懸け、左へ押し伏せる。

 相手が左手で我が胸を取り、右手で(短刀を抜いて)突こうとするので、我は相手の左手首を左手で掴み、右手を相手の左肘の屈みに添えて、左へ引き押伏せる。
 是は書かれている文章に随って夏原流の相手に左手で胸を掴まれた際の応じ方にはなりますし、右手で短刀で突きかかる外し技にもなっていますが、相手は右手が自由ですから引き伏せられてからでも、突きかかって来るかも知れません。相手の左手を如何に堅めて気を右手に行かせない工夫が必要でしょう。

 

| | | コメント (0)

2025年11月19日 (水)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事5小具足割 1本目「弛」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
5小具足割 八文字二坐ス
1本目「弛」:「呪巻のケんを胸耳押当多る時耳 ひぢと手首を打拂ふ 相手返して上へ取り 又打込を右の手二亭留引た於す也。」

 小具足と小具足割は「八文字二坐ス」ですから現代の立膝の座仕方で相対するのでしょう
 相手腰を上げ、左の手にて我が胸を取り、右の手にて短刀を抜いて我が胸に押し当てたる時、我も腰を上げるや右手で相手の肘を、左手で相手の短刀を持つ右手首を打ち払う。
 相手打ち払われたので、直ぐに手を上に上げて、又短刀を打ち込んで来るのを、我は右手で相手の右手首を取るや、左手を相手の右肘に懸け、右にうつ伏せに引き倒す。

3小具足 両方足を爪立左之膝ヲ付キ右之膝ヲ浮ケテ折ル 八文字二坐ス
1本目「呪巻」:「相手左の手二亭胸を取る 右之手二亭短刀を抜胸二押當テたる時 我左右之手二亭相手の両のひぢを打もぎ す具耳相手の右之手首を取て 一方の
手をひぢ耳懸てう津む希耳引伏セ堅める。」

 

| | | コメント (0)

2025年11月18日 (火)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事4後立合 11本目「櫓落」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
4後立合 始終立合也
11本目「櫓落」:「相懸り耳相手の胸を我可左の手二亭逆耳取り 右の手を又阿以へ送り込ミ 引か津き上 扨如何様二も落すべし。」以上11本

11本目は「櫓落(やぐらおとし)」です。相懸りに、我は相手の胸を左の手で親指を下にして逆に取り 体を沈め右手を相手の股相へ送り込み 引き担ぎ上げ 扨如何様にでも相手を落とすのである。

 

| | | コメント (0)

2025年11月17日 (月)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事4後立合 10本目「大殺」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
4後立合 始終立合也
10本目「大殺」:「相手跡ゟ付来り組付處を 一寸ひぢを張り 直耳踏ミ志さり中耳入りたをす。」

 相手がうしろより付け来たって、両手で組み付く處を、ちょっと肘を張り、直ぐに(相手の右手を取り)後ろに下がって相手に密着して沈み込んで前に投げ倒す。柔道の一本背負の様です。業名の「大殺」の雰囲気が出る業でしょう。

 夏原流和之事は、やわら・和・柔術ですから帯刀していても、刀を使いませんが、無雙神伝英信流居合兵法による神傳流秘書には後ろから抱き付かれた時の業があります。「砕き・変化業」としても参考になるものです。

 大小詰8本目「山影詰」:「是は後より相手組を刀を抜き懸其手を切ると一拍子二我も共に後へ倒るゝ也。」

 大小立詰7本目「電光石火」:「如前後より来り組付を体を下り相手の右の手をとり前二倒春。」

| | | コメント (0)

2025年11月16日 (日)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事4後立合 9本目「浪返」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
4後立合 始終立合也
9本目「浪返」:「相手我可たふさを取らんと手を出須を 躰を下耳弛し 其侭相手の跡ゟ右の手を廻し 左の手二亭相手の足の可ゞ美を多具り 横捨て須る也。」

 相対して立ち合う時、相手が我が髻を取ろうと手を出すのを、我は体を下に沈めて外し、其姿勢のまゝ、相手の腰に右手を廻し、左手で相手の右足(膝)の屈みを手繰り取り、左(右)に横捨てにするのである。

 相手の左腰に右手を廻しているので、左膝の屈みを取れば「左」に横捨ての方が良さそうですが、「右」への横捨ても出来るでしょう。状況次第で後へ倒す事も出来るでしょう。

| | | コメント (0)

2025年11月15日 (土)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事4後立合 8本目「稲妻」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
4後立合 始終立合也
8本目「稲妻」:「会手両下手二組込 頭を我可胸耳付来を 我可左の手を小脇耳取り 右足を踏ミ込ミ大腰の様二して左脇へ那ケる 又相手押可け類を 直耳ひ知の可ゞ美ゟ押たをすも有。」

 相手両手を下手に組み、頭を我が胸に突けて来るのを、我が左の手を相手の小脇に取り、右足を踏み込んで大腰の様に、相手を右腰に乗せて左脇へ投げる。
 又は相手押し懸けるのを、直ぐに相手の肘の屈みより押し倒す事も有り。
 業名は大腰では無く「稲妻」ですから、相手が組み付いて来るやいなや左手を相手の小脇に取り同時に右足踏み込んで投げ倒す。その素早さをイメージしているのでしょう。

| | | コメント (0)

2025年11月14日 (金)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事4後立合 7本目「回腕崩」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
4後立合 始終立合
7本目「回腕崩」:「如前組多る時 相手左を突懸るを 敵の左の拳を我可右之手二亭取 左の手を敵の脇つぼゟ廻し我可肩へ引伏せる。」

 前の如く「楽々右手で双方組み合いたる時、相手左手で突きかかって来るのを、我は敵の左の拳を我が右の手を放して取り、左の手を敵の脇坪から廻して、敵を担いで引付、体を躱して相手を崩し引き伏せ堅める。」
 肩に担げばそのまま前に投げ飛ばし堅める事も出来ますが、ここは「回腕崩」ですから、左肩から相手を崩して堅める事を要求しています。

 

 

| | | コメント (0)

2025年11月13日 (木)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事4後立合 6本目「回腕捕」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
4後立合 始終立合也
6本目「回腕捕」:「楽二左二組 相手右を突懸る處をき耳 膝を突右脇へ多於す。」

 双方歩み寄り、互に左手で胸襟を取り組み合う、相手右手で突き懸るを機に(右手で相手の右手首を取り左手で相手の右腕を上から腕を廻し捕り)右膝を着くや右脇へ投げ倒す。

 手付けに書かれて居ない動作は相手の状況次第で応じて、「回腕捕」の業名の気分を補足して見ました。

 河野先生の無双直伝英信流居合兵法叢書ではこの業名は「四腕捕」と書かれています。「しわんとり」と読むのでしょうか。曽田先生の書き写された神傳流秘書では「回腕捕」で、どう見ても「四」ではなく「回」と読めます。次回の7本目も「回腕崩」なのですが河野先生は「四腕崩」とされています。河野先生に送られたものも古伝の手書きの写しでしょうから「四」としか読めない「行書」かも知れませんが、追及する気にはなれません。どなたかにお願いしておきます。

| | | コメント (0)

2025年11月12日 (水)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事4後立合 5本目「柱付」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
4後立合 始終立合也
5本目「柱付」:「我ハ或ハ柱など耳添ふて居心持なり 相手歩ミ来り 両の手ニ亭我可胸を取り 我可左の手二亭手首を取り
 相手のひぢの可ゞ美を右の手二亭下ゟ廻し亭取り 我と一拍子耳左へねぢたをす也。」

 5本目は「柱体」なのか「柱付」なのか二字目が判読は何とも出来かねますが、「我ハ或ハ柱など耳添ふて居心持なり」から、「我は或は柱などに、付き添ふて居る心持なり」なので「柱付」でしょう。
 我は柱などに寄りかかっている状況の心持でいる時、相手が歩み寄って来て、両手で我が胸を取り押し倒そうとするので後ろに反りつつ我は左の手で相手の「右手」を掴み、相手の肘の屈みを右手で下から廻して取り、直ぐに左廻りに相手をネジ倒すのである。

 

 

 

| | | コメント (0)

2025年11月11日 (火)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事4後立合 4本目「七里引」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
4後立合 始終立合也 
4本目「七里引」:「行合二我可手を取らんと手を出す處を 其手を此方ゟ取り 指を折て 我可躰を廻る邊し相手自らたをるゝ也。」

 行き合う時に、相手が我が我が手を取ろうと右手を出してくる処を、相手の其手を此方より右手で取り 左手で相手の指を外側に折り 我が體を左に廻るのである 相手は自ら倒れるものである。

 手付では相手が取らんとする我が手は右手か左手か、相手の出す手は右手で、我が右手でしょう。我は先んじて相手の手首を右手で取れば、左手で相手の右手指を掴んで外が合に折り、我が體を左に廻れば相手は痛くてバランスを失い自ら倒れる。
 我は相手の出してくる右手の指を我が指で取ったのでは逆に指を折られるかもしれません。稽古で最も有効な方法はどうすべきか、古伝の手付に忠実に演じて、書かれていない部分を探る事になりそうです。

 

| | | コメント (0)

2025年11月10日 (月)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事4後立合 3本目「屏風返」

古伝神傳流秘書
夏原流和之事
4後立合 始終立合也
3本目「屏風返」:「玉多れの通り耳取来るを 是者相手の後へ我可右足を踏込ミ 我も共耳阿をのケ耳そり跡へた於す也。」

 2立合6本目「玉簾」:「相手我が左右之指を取り 上へ折上類處を 此方より其親指をにぎり 躰を入っ亭相手の手を引もぢ
指を肩に可希亭 相手の左の手を前へ取り 躰をぬ希亭引廻す。」

 玉たれ(玉簾)の通り、相手我が左右の指を取り、上へ折上げる所を、(此方よりその親指をにぎり)相手の後へ我が右足を踏み込み、体を付け入って、我も一緒に仰のけに反り相手を我が後へ投げ倒すのである。

| | | コメント (0)

2025年11月 9日 (日)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事4後立合 2本目「車返」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
4後立合 始終立合
2本目「車返」:「行合耳 我可右の手を相手の面耳打込 す具耳躰を入って中二入り倒す也。」

 行き合いに(すれ違いに)右足を右に踏み込み、我が右の手を相手の顔面に打ち込み 直ぐに体を相手に接触させ押し倒す。

  相手を押し倒す動作の手付が書かれていません。
  不意打ちを食らわせて相手が何も出来ないでいる間に、押し倒し堅める、稽古ですから、左手で相手の腰を取り右足を踏み込み右手で相手の顔面を押さえ倒す、などもあり得るでしょう。その時の状況で最も有効な方法を瞬時に行う稽古をする事なのでしょう。

 

| | | コメント (0)

2025年11月 8日 (土)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事4後立合 1本目「上留」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
4後立合 始終立合也
1本目「上留」:「支釼の通り取って手を折を以やとすく者る尓耳 手を抜上ゟ押付ケ亭引廻し倒す。」

2立合4本目「支釼」:「相手我可胸を左の手二亭取る 我可右の手二亭其手首を取り 相手右の手二亭打込を我が左の手二亭請留 右の手を相手のひぢの可ガ美二外より懸 向へ折 常の稽古二ハ引廻した於春。」

4後立合「上留」:「立合時、相手我が胸を左の手にて取る、我が右の手にて其の手首を取り、折るを、相手いやとすくばる機に、手を抜き、上より押付けて、引き廻し倒す。」

 双方立ち合う時、相手我が胸を左手で取るので、我は右手で胸を取っている相手の左手頸を取り、左手を相手の左肘に付け右手を前に押し出す様に折る、相手いやと「すくばる」を機に、右手を抜き上げて、上から押し付け、右に引き廻し倒す。

| | | コメント (0)

2025年11月 7日 (金)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事3小具足 11本目「影切掛」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
3小具足 両方足を爪立左ヲ付キケテ 八文字に坐
11本目「影切掛」:「是ハ相手我後ゟ歩ミ来り 我可髻を取り 短刀を抜亭打込むを 其侭後へ向「位ノ弛」の如く右之手ニ亭出会を留中耳入りたを春。」以上11本

7本目「位ノ弛」:「相手胸を取るを左の手二亭取り 合手立上り短刀を抜て打込むを我が右の手二亭打込ミ留 躰を入って中耳入り倒ス。」

 是は我が八文字に座す処へ相手は、後ろより歩み来たり、我が髻を掴み、短刀を抜いて打ち込んで来る。我は座したまま後へ振り向き、7本目「位ノ弛」の如く、立ち上りつつ右手で相手の打込む短刀を持つ右手首に打ち込み留め、踏み込んで躰を相手に接して仰向けに押し倒す。

 河野先生はこの小具足11本目「影切掛」を「影之切掛」とされていますが、曽田先生の原本は「影切掛」です。相手が後ろから、足音を忍ばせ近寄るや、我が髻を取る、その相手の気配を感じるや「其侭後へ向き」ですから「斬掛かる影を(気配を)」感じて振り向く「切り掛かる影(気配)」なのでしょう。
 稽古では、形としては出来ても、その業の心を身につける事は簡単では無いでしょう。
 相手の打ち込みを右手で受け留め、迄は出来てもその後の相手に付け入って倒す手付は何も書かれていません。左手で相手の膝を抱え、右手で押し倒すも、右手を相手の手首にかけ、左手を其の肘に懸け、右に廻り引き倒すもありでしょう。

 


| | | コメント (0)

2025年11月 6日 (木)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事3小具足 10本目「靭附」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
3小具足 両方足を爪立左ヲ付キケテ 八文字に坐
10本目「靭付(うつぼつき)」:「相手我右脇ゟ(より)歩来り我可帯を取打込んとす類を す具耳相手の膝と足首と耳手を掛け押倒す。」

  靭(うつぼ)は矢入を言うのと、柔らかいのに強靭な事も表す言葉ですが、10本目「靭付」は何をイメージさせようとするのでしょう。3小具足は、双方八文字に坐し、相手がせめて来る状況でしたが、「靭付」は、我は立膝に座す処へ、相手右脇より歩み来たり、我が帯を左手で取り、右手で短刀を抜いて打ち込んで来ようとする。我は直ぐに、相手の右膝に左手を掛け、右手で相手の左足首に右手を掛け、押し倒す。

 「相手の膝と足首とに手を掛け押し倒す」とだけの手付ですから、右足でも左足でも出足の膝と足首に手を掛け押し倒すも、相手の左右の足を膝と足首を我はそれぞれ取って押し倒すもありでしょう。帯を取られていますから、手で押し倒すより、手を掛けるや体を付け入って、押し倒すや、短刀を持つ右手を右手で堅める事も状況次第でしょう。

 

| | | コメント (0)

2025年11月 5日 (水)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事3小具足 9本目「髻附」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
3小具足 両方足を爪立左ヲ付キケテ 八文字に坐
9本目「髻附」:「此事ハ亦常の通り坐して居時 相手後より手を廻した婦さを取て 押伏セむとするをき耳 其手を前へ押ハ
川し堅る。」

 此の事はまた常の通り八文字に座して居る時、相手後より手を廻して我が髻を取り、押伏せようとするを機に、其手を前へ外し堅める。」

 9本目「髻附」は「もとどりつけ・たぶさつけ」の業名です。相手が後ろから、我が髻を掴んで、押し倒そうとする、その相手の手を、掴んで前に引き倒し堅める。
 特に補足は古伝には無いのですが、稽古では相手が我が頭に右手なり、左手なり、両手なりで押さえ付けて来るので其手を掴み、後ずさりして引き倒すも、一本背負も出来そうです。

| | | コメント (0)

2025年11月 4日 (火)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事3小具足 8本目「位ノ弛」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
3小具足 両方足を爪立左ヲ付キケテ 八文字に坐
8本目「位ノ弛」:「相手胸を取るを左の手二亭取り 相手立上り短刀を抜て打込むを 我右の手二亭打込ミ留 躰を入って中耳入り倒ス。」

 双方対座し居合膝に座す、相手我が胸(左の手にて取る)を我は相手の左手を左手で取る、相手は立ち上り短刀を抜いて打ち込むのを、我は右手で相手の打ち込む右手首を受けて留め、(相手の右手首を取り)体を相手に密着して、相手の右手を上に左手を下に交叉させ右手を左廻りに引き倒し(堅める)。

 「位ノ弛」の手付は、今までの稽古を思い出し、即座に状況判断し応じる事が出来るはずです。引き倒した時にも相手の短刀を持つ右手首から我が右手を放さないで堅める。

| | | コメント (0)

2025年11月 3日 (月)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事3小具足 7本目「逆ノ折」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
3小具足 両方足を爪立左ヲ付キケテ 八文字に坐
7本目「逆ノ折」:「此事ハ立合の支釼の事耳同し坐シテ居る違ひ計也。」

 此の業は2立合の4本目「支釼」の手付による事と同じであり、立っての稽古では無く座して行うものである。

 2立合の4本目「支釼」:「相手我可胸を左の手二亭取る 我可右の手ニ亭其手首を取り 相手右の手二亭打込を 我か左の手ニ亭請留 右の手を相手のひぢの可ゞ美二外より懸 向へ折 常の稽古二ハ引廻した於春。」

 双方八文字に座す、居合膝(立膝)に座す、相手腰を上げ我が胸を左手で取る、我も腰を上げ右手で相手の我が胸を取っている左手の手首を取る。相手は右手で小太刀を抜き打ち込んで来るのを、我は左の手で相手の打ち込んで来る右手の手首を請け留め手首を握る。
 我は右手を相手の我が胸を取っている左手首から放し、相手の右手の肘の屈みに右手を外から懸け、相手の肘を折る。
 常の稽古ではこの体制で左に引廻し倒す。

 

| | | コメント (0)

2025年11月 2日 (日)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事3小具足 6本目「逆ノ釼」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
3小具足 両方足を爪立左ヲ付キケテ 八文字に坐  
6本目「逆ノ釼:「如前相手の手を留多る時 短刀を抜以て突かんとするを 膝を少し立弛し 右の手ニ亭突手を取り 如前阿のけ耳倒春也」

 6本「逆ノ釼」も「如前相手の手を留たる時」から始まる「繰返」の業から始まります。
 相手左の手にて我が胸を取る、我が左の手にて其手首を取る、相手1本目「呪巻」の様に短刀を抜きて我が胸に押し当て突かんとする、或は下を突くを、左の膝を少し立て弛して相手の突きを外し、右の手で相手の突き手の手首を取り、相手の額に押し当て、踏み込んで仰のけに押し倒す。

 6本目「逆ノ釼」は今まで稽古して来た業を駆使して応ずる動作として見ました。相手の右の突き手を打ち外して、相手の額に押し当てたのでは、仰のけに倒した際、突かれてしまいそうです。

| | | コメント (0)

2025年11月 1日 (土)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事3小具足 5本目「繰返」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
3小具足  両方足を爪立左ヲ付キケテ 八文字に坐 
5本目「繰返」:「又如前手首を留め多る時 相手短刀を抜亭打込を右の手二亭留 其手を相手の額二押當 阿能希二ねぢ多を春。」

 又前の如く相手左の手二亭我が胸を取る 我が左の手二て相手の左手首を留めたる時、相手右手で短刀を抜きて、打ち込むを我右の手にて相手の短刀を持つ右手首を留め、相手の右手を相手の額に右手で押し当て、踏み込んで仰のけに捻子倒す。

 業名は5本目「繰返」です。
 4本目、3本目、2本目、1本目と「相手左の手二亭胸を取る」事を繰返し、その都度それに応じて対処している訳で「繰返」の業名は、1本目の「砕き・変化業」となっています。

| | | コメント (0)

2025年10月31日 (金)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事3小具足 4本目「瀧返」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
3小具足 両方足を爪立左ヲ付キケテ 八文字に坐
4本目「瀧返」:「如前胸を取を我も前能如く其手首を取り右の手をひぢ二懸う津むけ耳横へ伏せる也。」

 3本目「先手」:「如前胸を取我右の手ニ亭相手の手首を取相手短刀を抜んとする処をす具耳右の手を相手の胸耳押當足を込ミ亭阿をの希に倒す。」
 2本目「釼當詰」:「相手左の手二亭我可胸を取る我可左の手ニ亭其手首を取る相手小太刀を抜て下を突クを左の膝を少し立帰りてはづし右の手二てい突手を打落引伏セ堅。」

 4本目「瀧返」、小具足ですから、八文字に座す、所謂立膝に座し合い向かう、相手が腰を上げ左の手で我が胸を取る、我も左の手にて相手の胸を掴んだ左手の手首を取り、右手をその相手の左手の肘に懸け、左足を引いて右脇へ引き廻し俯けに伏せる。

| | | コメント (0)

2025年10月30日 (木)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事3小具足 3本目「先手」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
3小具足 両方足を爪立左ヲ付キケテ 八文字に坐
3本目「先手」:「如前胸を取 我右の手二亭相手の手首を取 相手短刀を抜んとする処をす具耳 右の手を相手の胸耳押當 足を込ミ亭 阿をの希に倒す。」

 小具足の2本目「釼當詰」の如く八文字に双方向かい合って座す時、相手が我が胸を左手で取る、我右の手にて相手の手首を取る、相手短刀を抜かんとする処を、直ぐに、左手で相手の短刀の柄を握った右手首を押さえ、相手の左手首を握った右手を放し、右手を相手の胸に強く押し当て、右足を踏み込んで、仰のけに押し倒す。

 前回の小具足2本目「釼當詰」の「砕き・変化業」です。相手を後ろに倒す変化業を更に幾つか研究し稽古する、演武会では2本目「釼當詰」と3本目「先手」の変化業を手付通りと替え業2本、三本づつ合わせて六本演じるだけでもいいでしょう。もうこの時代秘して置く必要など無いし、見て直ぐにその意図をものにできる人も、形に拘るばかりで変化を稽古する柔軟な心掛けのある人は数少なそうです。

| | | コメント (0)

2025年10月29日 (水)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事 3小具足 2本目「釼當詰」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
3小具足 両方足を爪立左ヲ付キケテ 八文字に坐
2本目「釼當詰」:「相手左の手二亭我可胸を取る 我可左の手二亭其手首を取る 相手小太刀を抜て下を突クを 左の膝を少し立帰りてはづし 右の手二亭突手を打落引伏せ堅。」

 双方立膝に座し、相手左の手にて我が胸を取る、我が左の手にて其の手首を取る、相手小太刀を抜いて下を突くのを 左の膝を少し立て替えてはずすや、右の手にて相手の右の小太刀を持つ突き手を打ち落とし、その右手を相手の右手に掛け左手を相手の右肘に付けて右脇に引き伏せ堅める。

 この業のポイントは、相手の小太刀に手を掛け抜かんとする処から突き来る迄にあるのでしょう。稽古では八文字に座す時の、脛を床に付けている我が左膝の外しを充分身に着ける事。さらには、相手が立膝の右足側に突き来る場合の稽古も「砕き・変化業」として置くのも良しと思います。演武会の演舞として終わらせたくないものです。

| | | コメント (0)

2025年10月28日 (火)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事 3小具足 1本目「呪巻」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
3小具足 両方足を爪立左ヲ付キケテ 八文字に坐
1本目「呪巻」:「相手左の手二亭胸を取る 右ニ亭短刀を抜胸押當たる時 我左右二亭相手の両のひぢを打もぎ す具耳相手の右の手首を取て 一方の手を比ぢ耳懸て う津む希耳引伏せ堅める。」

現代風に書き直すと以下の様になるでしょう。
小具 両方足を爪立て左を着きけて 八文字に座
1本目「呪」:「相手左の手にて胸を取る 右にて短刀を抜押し当たる時 我左右にて相手の両の肘を打ち捥ぎ 直ぐに相手の右の手首を取て 一方の手を肘にて うつむきに伏せ堅める。」

 夏原流之事3番目の「小具足」は八文字に座す、所謂立膝の座仕方でしょう。
 相手と向かい合い、相手が左手で我が胸を取り、右手で短刀を抜いて我が胸に押し当てた時、我は左右の手で、相手の両肘を打って捥ぐや、直ぐに相手の右の手首を右手で取り、左手で相手の右臂にかけて、右側にうつ伏せに堅める。

 ここで、赤字ですが、古伝の文字なのですが、曽田先生は忠実に書き写されていると思いますが、現代では読めない意味が分からないのも当然のことで、解読されたものだけが頼りの場合も多々あるでしょう。
 この「呪巻」は良いお手本です。文字は草書体で書かれていますが、このブログでは楷書に直して読んでいます。凡そ日本の古典の文字の使い方に沿った読みですから慣れればすらすら読めると思います。

 

 

 

| | | コメント (0)

2025年10月27日 (月)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事 2立合 皆相懸 11本目「水車」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
2立合 皆相懸 
11本目「水車」:「行違い二相手の胸を右の手に亭逆手二取り 左の手二亭相手の前の帯を取り組入 扨相手突掛るを幸に後能(の)膝を付き 其拍子二我可右の脇へ那希る。 以上十一本」

 行き違いに、相手の胸を右の手にて逆手に取り、左の手にて相手の前の帯を取り組入る、扨、相手突き懸るを幸いに後ろの膝を着き、其の拍子に我が右の脇へ投げる。以上11本。

 河野先生は「扨相手突掛かるを幸いに後ろの脺(そつ・せつ)を付」とされています。「脺」は「膵」で膵臓の意味ですが、曽田先生の自筆は「膝」の草書と思われます。恐らく曽田先生も原本の文字から意味が読み取れず首を捻られたことでしょう。

 行き違いに、右足を踏み込み、右手で相手の胸を取り、左手で相手の前帯を取ってグッと前に左足を踏み込むと、相手もグッと突きかかるのを機に、右膝を着き、その拍子に右の脇へ投げる。ここは「行違」の文字を曽田先生は使われていますのでそのままとしましたが、行き違ってから体を右でも、左でも返して相手に手を掛けるのはどうでしょう。「行違い」とされた書写の原本が見たいところです。

 

| | | コメント (0)

2025年10月26日 (日)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事 2立合 皆相懸 10本目「追捕」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
2立合 皆相懸 
10本目「追捕」:「後より行▢二相手の背中を我両手二亭一寸突 其侭下り足をを具りうツむけ耳た於春」

 後より行き懸りに、相手の背中を我が両手にてちょっと突き、其の侭下がり、足を送り俯けに倒す。

 古伝を写された曽田先生の文字には判読が分からないものが時たまあるので難儀です
 「追捕(ついほ・ついぶ)」について河野先生は「後より行違」と解読されていますが、違うの漢字には草書でも「しんにゅう」があるはずなのと、「追捕」の意味は追いかけて捕える、と言う業名です。行き違っては此の業は成り立たないので、動作では「行き懸り」としました。

   次の「を具り」は「送り」としましたが、これも河野先生は「足をソグリ」とされています。「ソグリ」も意味不明ですし「送り」も両足脛を抱え込んで引き倒すか、引き上げて押し倒すか、状況次第で「砕き・変化業」を駆使すべき處でしょう。

 

 

 

| | | コメント (0)

2025年10月25日 (土)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事 2立合 皆相懸 9本目「杉倒」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
2立合 皆相懸 
9本目「杉倒」:「後より行亭 相手の両の肩を我か両の手二亭取 腰を足尓て踏ミ阿をの希二かへ須。」

 後ろから行き、相手の両肩を我が両手で掴み、相手の腰を足で踏み付け仰のけに引き倒す。

 9本目の業名は「杉倒し」です、杉の大木が斬られて倒される雰囲気が目に見える様です。相手は、敵か上司より召し取る事を命じられているのか、声もかけずに後ろから、引き倒すのでしょう。次の10本目「追捕」も我が後ろから攻める動作です。
 

| | | コメント (0)

2025年10月24日 (金)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事 2立合 皆相懸 8本目「打込」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
2立合 皆相懸 
8本目「打込」:「気▢(素・乗)二相手打込むを 右之手二亭請留 う津む希二引た於し 詰る。」

 袈裟に相手打ち込むのを、我は右の手にて請け留、俯けに引き倒し詰める。
 河野先生は「打込」:「気乗りに相手打込むを右の手にて請留伏向に引倒し詰る也。」と曽田先生の文字を読んで「無双直伝英信流居合兵法叢書」の夏原流和之事2、立合「打込」を読まれています。「気乗に相手打込む・・」でも「気▢」の文字を「気素」から「袈裟」の当て字と呼んでみましたが、文字からは「気乗」とすべきでしょう。
  相手が右手で打込む動作と部位によって、我の請留様は異なるでしょう。通常は相手が拳を振り上げれば我が左こめかみ当たりに袈裟に打ち込んで来る。あるいは拳を胸に構え我が胸をに打込む。下から鳩尾に打込むでしょう。何れでも右手で請留、相手の右肘に左手を付け、相手の手首を右手で握り、右に引き倒し詰める。

| | | コメント (0)

2025年10月23日 (木)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事 2立合 皆相懸 7本目「燕返」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
2立合 皆相懸 
7本目「燕返」*「玉簾の通り我が指を取り 折付引かんとす類を 其侭付入ッ亭中二入倒す。」

 玉簾の通り(相手我が左右之指を取り上へ折上類處を)其侭に両手を上に上げるや付け入って、相手に密着するや、両手を引き下ろし、右に引き倒す。この場合右足を相手の左足に当てて足払いで倒すなど、倒す方法を工夫する事が手付から感じられます。

 参考:6本目「玉簾」:「相手我が左右之指を取り上へ折上類處を 此方より其親指を尓ぎり躰を入ッ亭 相手の手を引もぢ  指を肩に可希亭 相手の左の手を前へ取り 躰をぬ希亭引廻す。」




| | | コメント (0)

2025年10月22日 (水)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事 2立合 皆相懸 6本目「玉簾」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
2立合 皆相懸 
6本目「玉簾」:「相手我が左右之指を取り上へ折上類處を 此方より其親指を尓ぎり躰を入ッ亭 相手の手を引もぢ  指を肩に可希亭 相手の左の手を前へ取り 躰をぬ希亭引廻す。」

 行き合いに、相手我が左右の四指を取り上へ折り、上に引き上げる處を、此方より相手の其の握っている親指を握り、我が體を「相手に付けるように前に入り込み」急に其手を引き外し、我が指を相手の肩に掛けて、我が左手で相手の左手を前へ取り、体を抜けて相手の後ろに廻り込むようにして、引き廻し倒す。

 古伝の手付は、言葉少なに動作を指示してくれるのですが、頭に動作が浮かんでこない事もあり得ます。とにかく相手を見つけて共に工夫し合って稽古して見れば、いくつか見えてきます。その際これだと決めつけずに、いくつもやってみてその上で答えを見つける事が大切なように思います。何か体術を学ばれた方が、師匠となって進めてしまうと、この夏原流和の事があらぬ方に行ってしまいそうです。

 

| | | コメント (0)

2025年10月21日 (火)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事 2立合 皆相懸 5本目「車附」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
2立合 皆相懸 
5本目「車附」:「支釼の通り胸を取るを我が左の手にて取り 扨相手突むとする 我右の手二亭すぐ二入っ亭中に入る倒す。」

支釼の通り、相手が我が胸を左の手で取る、我は左手で相手の左手首を取る、相手右手で(小太刀を抜いてでも可)突こうとするので、我は右の手で相手の右手を押さえるや、直ぐに相手に付け入って左手を相手の右肘に懸け引き回し倒す。

 参考:4本目「支釼」:「相手我可胸を左の手二亭取る 我可右の手二亭其手首を取り 相手右の手ニ亭打込を 我が左の手ニ亭請留 右の手を相手のひぢの可ゞ美に外より懸向へ折 常の稽古二ハ引廻した於春。」

 五本目「車附」は4本目「支釼」の「砕き・変化業」の一つで、打ち込んで来るのではなく、「突むとする」右拳でも、小太刀を抜いてでも、相手は自由な右手を利かせて来るのに応じる稽古ととらえて、稽古するのが望まれるのでしょう。形として演武会向けに稽古する事で終わらせたのではいかがかと思います。

| | | コメント (0)

2025年10月20日 (月)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事 2立合 皆相懸 4本目「支釼」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
2立合 皆相懸 
4本目「支釼」:「相手我可胸を左の手二亭取る 我可右の手二亭其手首を取り 相手右の手ニ亭打込を 我が左の手ニ亭請留 右の手を相手のひぢの可ゞ美に外より懸向へ折 常の稽古二ハ引廻した於春。」

 行き合いに、相手我が胸を左の手にて取る、我が右の手にて其手首を取り、相手右の手にて打ち込むを、我が左の手にて受け留、右手を相手の左手首より放して相手の右肘のかがみに外より懸け、向こうへ折(前に折る)。常の稽古には相手の右肘のかがみを外より懸け、向こうへ折る事をせずに、引き回し右脇に引き倒す。

 河野先生は無双直伝英信流居合叢書の夏原流和之事2立合3本目「支釼」では:「・・常の稽古には引廻し倒す」とされています。些細な事かも知れませんが、古伝を写された曽田先生の原本には「」の文字はありません。実戦と稽古の違いを古伝は述べています。実戦を忘れさせるような断定的「也」の文字はいかがかと思います。
 私の保有する曽田先生の直筆の古伝神傳流秘書と河野先生が叢書に写されたものが異なるものかも知れませんが、気になります。

 

 

| | | コメント (0)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事 2立合 皆相懸 3本目「裾取」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
2立合 皆相懸 
3本目「裾取(すそとり)」:「同 相手胸を我が右之手二手押す 相手阿らそふ亭前へ押懸るを幸二、我可左の手二亭 合手の右の足を取り 右の手二手相手のうなしを取ッ亭 う津む希二引たおす。」

 同じく行き合いに、相手の胸を我が右の手で押す、相手「何をする」と争う気で前に押し懸って来るを幸いに、我は左手で相手の右足を取り、右手で相手の「うなじ(項・首の後)」を抱え 後に引きさがり俯けに引き倒す。」

 手付に随って動作をつければ、このように引き倒す事になるのでしょうが、この体制のまゝ我は後ろに倒れ、相手を我が後ろに投げ飛ばす事も可能でしょう。状況に応じた「砕き・変化業」は稽古では幾つでも引き出してみるのも稽古の内です。

 業名の「裾取」を忠実に実行すれば、相手の右足を取る位置は「足首」とも取れます。相手の返し業も幾つも想定できますから、このような業は、状況に応じた拍子が大切でしょう。形に拘って間を置くと裏をかかれます。

| | | コメント (0)

2025年10月19日 (日)

古伝英信流目録 居合棒太刀合巻 棒太刀合之位 7本目見返

古伝英信流目録
居合棒太刀合巻 
棒太刀合之位 7本目「見返」:「是ハ右の手尓て棒の端をさげ ひ己(き)づり行也 敵跡よりお可ミ討二討処を 其拍子尓連レて見返りさ満尓左の手尓て棒の者しを取り 右の手尓て中をおさへ敵のみけんを突也。」

 是は、我は右手の手で棒の端を握り、棒を引きずりながら行くのである。敵は後から上段から拝み討ちに討って来る処を、その拍子に合わせて見返りざまに左手で棒の端を取り、右手を棒中にずらして敵の眉間に突き込むのである。

古伝神傳流秘書
太刀合之棒7本目「見返」:「右の手尓て棒を引摺り行を 相手後より付来り打込を 其侭右へ振り向き 棒先を面へ突込む。」

 右手で棒中を持って引きずりながら歩み行く処、相手が後ろから付けて来て打ち込んで来る、我は其のまま右へ振り向き(左手で棒の端を握り右手をそのままに上げて、相手の面へ棒先を突き込む。

 英信流目録も神傳流秘書も同じと見ても良いでしょうが、右手で棒を持つ位置をどこにするかが神傳流秘書は、指定して居ません。6尺棒ならば棒中を持っても引き摺れるでしょう。

 

| | | コメント (0)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事 2立合 皆相懸 2本目「無想」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
2立合 皆相懸 
2本目「無想」:「行会二相手の足を取り送り 右之手二亭膝を押の希てた於春。」

 相手と行き合うや、身を屈めて左手で相手の左足首を掬い取り、右の手で相手の右膝裏を手前に押しのけて倒す。
  河野先生は「無双直伝英信流居合兵法叢書」の夏は和流和之事2立合2本目「無想」:「行合に相手の足を取り急に右の手にて脺(セツ・ソツ)を押仰向に倒す。」と原文を改ためています。脺とは膵臓などを表す漢字でこの場合に当てはめる意図が読めません。古伝の「膝を押しのけ・・」から膝の横か後あたりを右手で押しのけ、相手のバランスを崩して、仰向けに倒すのがこの業の妥当でしょう。

| | | コメント (0)

2025年10月18日 (土)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事 2立合 皆相懸 1本目「行違」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
2立合 皆相懸 
1本目「行違」:「左脇を行違ひさ満二 我が左の手二亭相手の左の手を取り 右の足二亭相手の足を蹴類と一拍子二後ヘ引た於春 但た婦さを取る処を常ハ肩を取る也。」

 相手の左脇を、行き違いさまに、我が左の手にて相手の左の手を取り、右の足にて相手の足を蹴ると一拍子に(髻を右手で取り)後へ引き倒す。ただ髻(たぶさ・まげ)を取る処を、常の稽古では肩を取るのである。
 現代稽古では、髷など誰も結うこともありませんから、稽古では右手で相手の左肩を取って、相手の左足を我が右足で後ろから蹴り、その拍子に後ろに仰向けに引き倒す。事になるでしょう。

 夏原流和之事の2番目は「立合」ですから、双方立っての稽古となります。と言うことは1番目の「捕手和之事」は双方共に座し、我から立ち上って、座す相手に仕掛けて行くと解釈も可能です。
 

| | | コメント (0)

2025年10月17日 (金)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事 1段捕手和之事 11本目「鐺返」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
1段捕手和之事 
11本目「鐺返」:「相手の左脇を行通り 我が左の手二亭相手の左の手を取る 右の手二亭小尻を取り う津む希二於した於し堅める。」

 相手の座して居る左脇を行き通る際、我が左の手にて相手の左の手を取り、右の手にて小尻(鐺)を取り 相手を俯けに押倒し堅める。

 この業でも、相手は座して居るのか、立って居るの相手の状況が述べられていません。更に我は相手の前から歩み行くのか、後ろから歩み行くのかも特定されていません。稽古ではいずれでも稽古する事でポイントが掴めると思います。

| | | コメント (0)

2025年10月16日 (木)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事 1段捕手和之事 10本目「遠行」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
1段捕手和之事 
10本目「遠行」:「如前相手の右脇を通り後へ廻り 両手ニ亭合(相)手の肩を一寸叩く 相手小太刀を抜かんと春る処を 両のひぢの可ゞ美二手を懸背中を膝(ヒザかスネナルか)二て押引る。」

 前の如く、相手の右脇を通り後へ廻り、両手にて相手の肩をチョット叩く、相手小太刀を抜かんとする処を、我は相手の兩腕の肘のかがみに手をかけ、背中を膝(脛)にて押し引き〆る(堅める)。」

 河野先生は「背中を脺(せつ、すい)にて押し引き〆る」とされていますが、脺の意味が此の業には疑問です。曽田先生の写された原本に問題があるのか写し違いなのか、之だと言える状況は文字からは読み取れませんが、おおよそこの様な業でしょう。

 原本が、この世にあれば、個人の持ち物とせずに、高知のしかるべき古文書保管場所にお願いし、公にしていただきたいものです。
 

| | | コメント (0)

2025年10月15日 (水)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事 1段捕手和之事 9本目「向面」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
1段捕手和之事 
9本目「向面」:「右脇を通り品二此方よりせり懸る 相手よりもせり懸る處於した於し 如右う津む希二押た於し堅める。」

 相手座す処へ歩み行き、右脇を通りしなに、此方から競り懸ると相手よりも競り懸って来る処を、押し倒し、右の如く俯けに押し倒し堅める。

 相手の座す処へ、右脇を通る際に、我から競り懸ると、相手も競り懸って来るのを押し倒し、これまでの様にうつむけに押し倒し堅める。と言うのでしょうが、業としての詳細が「右の如く」とされこの「向面」の業として見えて来ません。

  此の業も立業としてなのか、相手は座すのか特定して居ませんから立業として工夫するのも、相手は座したままに我に競り負けて堅められるのか、自由に研究するものとしておきます。

| | | コメント (0)

2025年10月14日 (火)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事 1段捕手和之事 8本目「胸點」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
1段捕手和之事 
8本目「胸點」:「歩ミ行 相手の胸を足ニ亭蹴る 平常の稽古二ハ此業なし 子細ハ胸を蹴る故也。」

 此の業は常の稽古では行わない、何故ならば、座して居る相手の所に歩み行き、胸を足で蹴りけり倒すからである。と言うことで稽古はしないが、業としては心掛けて置く様にと言う事でしょう。

 曽田先生の直筆による古伝神傳流秘書では、この8本目「胸點」の業名を、河野先生の無双直伝英信流居合兵法叢書の夏原流和之事8本目「胸蹴」とされています。動作のポイントは胸を蹴るのですが、曽田先生の伝書を移された夏原流では「胸點」です。河野先生はどのような「書き付け」から「胸蹴」とされたか疑問です。

| | | コメント (0)

2025年10月13日 (月)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事 1段捕手和之事 7本目「抜捨」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
1段捕手和之事 
7本目「抜捨」:「相手の左の脇を行通り品二 相手の左の手を我が左の手二亭取り後へ廻る 相手右の手二亭後へ婦り向小太刀を抜付類を右の手ニ亭留 左の手を放シひぢ二添へて引た於し堅める。」

 此の業の相手と我との状況が手付では読み取れないのですが、双方向かい合い、我は相手の左脇を通りしなに、相手の左手を我が左手で取り、相手の後に廻る。
 相手は右手で小太刀を抜いて、振り向いて打ち込んで来るのを、我は右手で相手の小太刀を握る右手を取り留、左手を相手の左手から放すや、相手の肘に添え、右に廻りつつ引き倒しうつ伏せに堅める。

 立業として稽古すれば、この様にとも思えますが、相手は座して居る処へ、我はスカスカと相手の左脇を通りしなに、腰を落とし相手の左手を取り、相手の後に廻る。以下は双方立った上体と同じに、相手が右手で小太刀を抜いて振り向いて打ち込んで来るので、我は右手で相手の右手を取り留めるや、相手の左手を持つ我左手を放すや、相手の右肘に添え、右に廻りつつ引き倒しうつ伏せに堅める。

 此の業は、相手次第で幾つか「砕き・変化業」が出来てしまいそうです。

 

| | | コメント (0)

2025年10月12日 (日)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事 1段捕手和之事 6本目「右詰」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
1段捕手和之事 
6本目「右詰」:「如前歩ミ行て 右脇を行違ひ品に 相手の右の手を我が右の手二亭取り 左の手をひぢ二上亭引伏せ堅める。」

 相手が座して居る処へ、我は歩み行き、相手の右脇を行き違う際、相手の右の手を我が右手で取り、左手で相手の右腕の肘に付けて、俯伏せに堅める。

 「右詰」の手付に沿って動作を行う事は、稽古で相手が反応を示さないで我に自由にさせてくれるならば少しも難しい事では無いでしょう。
 「砕き・変化業」は、相手の反撃によってぜひ幾つも編み出したい様にも思います。

 

| | | コメント (0)

2025年10月11日 (土)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事 1段捕手和之事 5本目「右転」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
1段捕手和之事 
5本目「右転」:「如前歩ミ行亭 相手手を上る処を 両の手にて指を取りわけ 左の方へ引廻し 又た於し 「砂乱」の如くう津む希二引廻し亭堅める。」

 前の如く相手坐し居る処へ我は立って歩み行、相手は手を上げて迎える処を、我は両手を出して相手の指を左右に取り分けて掴み、我が左の方へ相手を引き廻し、又倒し、引き倒されまいと相手が抗う拍子に「砂乱」の如く左手を相手の右肘に添え、我が右側に俯けに引き廻して堅める。

 手付通りの動作を心掛け、他流の同様な業にならない様にする事と、「砂乱」の如く・・をどこまで持ち込むか、単に相手を俯けにして固めるのか、工夫があるかも知れません。剣術ばかりを稽古して来た人には、剣術の様に目に見える剣先の動きに応じる拍子と違い、体術は目に見えない動きの拍子に乗る処が妙味とも言えるようです。

 

| | | コメント (0)

2025年10月10日 (金)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事 1段捕手和之事 4本目「附入」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
1段捕手和之事 
4本目「附入」:「如前歩ミ寄っ亭 右の手二て相手の胸を突阿於の希二た於春也

 相手座す処へ歩み寄って 右の手で相手の胸を突き仰のけに倒すのである。至極単純な手付ですが、相手に気ずかれない様に歩み寄り、同座するつもりで腰を落とし、その拍子に右手で相手の胸を突き仰向けに突き倒す。

 尤も単純な、相手の隙をついた、動作ですね。同輩との稽古では上手く行かない気分です。稽古相手に意地悪する積りがなくても心が構えてしまうのでしょうね。目に見える相手の動きに応じる拍子と、眼に見えないが感じる心の拍子に応じると言ったらいいのでしょう。

 

| | | コメント (0)

2025年10月 9日 (木)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事 1段捕手和之事 3本目「弓返し」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
1段捕手和之事 
3本目「弓返し」:「相手坐ス處へ如前歩ミ寄ッて 左の手二て相手の左の手を取り 右の手尓て相手の小太刀の柄を取て脇へねぢた於し 其柄を右之足二て歩(ふ)ミ 向の小手をかためたる時 相手右の手をもって打込むを 我も右の手尓て留 左の手を相手のひぢ尓そゑ亭 うつむ希に引直し堅める。」

 この「弓返し」は手付の文章通りに動作を行う事で、結果が得られそうです。
 相手が座す処へ我は歩み寄り、左の手で相手の左の手首を取り、右手で相手の腰に差した小太刀の柄を取って右脇へ仰向けにねじ倒し、右足で相手の小太刀の柄を踏み着け、相手の左手を固めると、相手は右手で我に討ち懸って来るので、我は右手で相手の右手を請け留め、左手を相手の肘に添えて、俯けにねじ伏せる。

 

| | | コメント (0)

2025年10月 8日 (水)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事 1段捕手和之事 2本目「砂乱」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事
1段捕手和之事 
2本目「砂乱」:「相手坐し居る處へ 我ハ立って歩ミ行使者捕の如く引た於さむとする 相手た於礼しと春るをきに 左の手二亭突たおし さて右の足を相手の肩へ歩(フ)ミ込ミうつ向け二直しかたむる也。」

 1本目「使者捕」:「楽々對し坐したる時向の右の手を我が右之手二亭取り向の右の膝を足二亭踏我右脇へ引た於してかたむる也。」

 2本目「砂乱」は1本目「使者捕」の様に座す相手の右手を右手で取り、右膝二左足で踏み着け、左手を相手の右肘に添えて我が右脇に引き倒さんとするのを、相手引き倒されまいと、後ろに反り返らんとするを機に相手の右肘を取っている左手を放して、相手の右肩に押し付け、突き倒す。相手仰向けに倒れるところを、更に右足を相手の肩に踏み込み、俯けにしてかためる。(或は、突き倒されまいと、相手は後ろに仰向けに倒れないように前に伏せようとするを機に、右足を相手の肩に踏み込み俯けに固める)

 

 

| | | コメント (0)

2025年10月 7日 (火)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事 1段捕手和之事 1本目「使者捕」

古伝神傳流秘書 
夏原流和之事 
1段 捕手和之事 従是以上六段之和ハ自夏原氏段々相伝也長谷川流二至而居合和集しタル者也

 1本目「使者捕」:「(楽々)對し坐したる時 向の右の手を我が右之テ二亭取り 向の右之▢(肺?)を足二亭踏み我右脇へ引た於してかたむる也。」

 1本目「使者捕」の(楽々)対したる時の、座仕方について、立膝なのか正座なのか、胡座(あぐら)なのか書かれていません。どちらでも応じられるでしょう。文章上の抜けの部分は状況次第で臨機応変に対処すればよかろうとも思います。
 双方対座して居る時、相手の右手を我が右手で取り、立膝であっても正座であっても相手の右膝を左足で踏み着け、左手を相手の左肘に付け、我が右脇へ引き倒し固める。

 河野先生は「無双直伝英信流居合兵法叢書昭和」昭和30年1955年の夏原流和之事1、捕手和之事 「使者捕」では「向の右の脛を」とされていますが、正座の場合は、相手が右膝を起こして立ち向かう時以外は右脛は踏めません、立膝の場合は可能ですが、左膝の方が踏みやすそうです。
 「右脇へ引た於しかたむる」ためには相手の右肘を左手で取り、左足で相手の右膝を踏み着け右に体を開くのが良さそうです。

 古伝の神傳流秘書の文章は、手取り足取り業を決めつけてあるとは思えません。状況次第で変化極まりなしでしょう。それは居合抜でも同じことで、現代居合のような決め事では実戦に応じられるわけはないでしょう。古伝の業技法による形は稽古の初めにしっかり身に着けたとしても、それに何時までも拘る事無く、状況に応じた「砕き。変化業」を稽古しておくことも大切と思います。
 「何してるかっ」て飛んで来る先輩にはなりたくないものです。

 

 

| | | コメント (0)

2025年10月 6日 (月)

古伝神傳流秘書 夏原流和之事 初めに

古伝神傳流秘書
夏原流和之事 
初めに

 古伝神傳流秘書による業技法の最終章は、夏原流和之事で和(やわら、体術)になります。第9代林六太夫守政が江戸で荒井勢哲清信(荒井平作清信)から伝えられた「無雙神傳英信流居合兵法」の業は合計168本あります。
1、大森流居合之事11本 
2、英信流居合之事10本 
3、太刀打之事10本 
4、坂橋流之棒13本(棒合5本・太刀合之棒8本) 
5、詰合10本 
6、大小詰8本 
7、大小立詰7本 
8、大剣取10本 
9、抜刀心持之事24本 
10、夏原流和之事65本(捕手和之事11本・立合11本・小具足11本・後立合11本・小具足割10本・本手之移11本)

 分野別にまとめますと以下の様になります。
1、仮想敵相手の居合抜は合計45本(27%):(大森流居合之事11本・英信流居合之事10本・抜刀心持之事24本)
2、組太刀は合計45本(27%):(太刀打之事10本・詰合10本・大小詰8本・大小立詰7本・大剣取10本)
3、坂橋流之棒13本(8%):(棒合5本・太刀合之棒8本)
4、夏原流和之事65本(38%):(捕手和之事11本・立合11本・小具足11本・後立合11本・小具足割10本・本手之移11本)
 総合計 168本

 この各部門中「大森流居合之事」は第9代林六太夫守政が江戸で真陰流の剣術の師である神殿大森六郎左衛門から伝授された、正座に座す居合を指導されたと神伝流秘書には書かれています。
 英信流居合之事及び抜刀心持之事、太刀打之事は第8代荒井勢哲による指導を受けられたと思われます。その他の組太刀で詰合の括弧書きに「重信流也 従是奥之事極意たるに依而格日に稽古する也」とありますから、荒井勢哲の指導であろうと思います。然し大剣取は別かも知れません。
 棒は坂橋流之棒として別に習われたと思います。夏原流は「自夏原氏段々伝也長谷川流二至而居合和集うしタル者也」とあり文章だけでは意味不明です。長谷川英信がもたらしたものかも知れません。

 林六太夫が江戸で居合を学んだ時期がはっきりしませんが、恐らく1700年初め頃とすれば、正座の座仕方も納得できそうですし、夏原流和之事のような「和」体術が戦場で太刀を振り回す時代から一世紀遅れた江戸時代中期初頭ならば、その稽古に意味はあったろうと思われます。

  夏原流和之事を一本ずつ稽古して行きます。この稽古には、夏原流和之事を読まれて稽古され、自費出版された白井郁太先生の「無雙直傳英信流失伝業群集 弐」よりを参考とさせていただきます。

 

 

 

 

 

 
 

| | | コメント (0)

2025年10月 5日 (日)

古伝神傳流秘書 抜刀心持之事 「後書その2」

古伝神傳流秘書 
抜刀心持之事 
「後書その2」

 古伝神傳流秘書による居合抜の奥伝である「抜刀心持之事」と大江居合の「奥居合」を業名の順番を対比して見ます。
 此の対比は現代の無双直伝英信流や夢想神伝流と古伝神傳流秘書による無雙直傳英信流居合兵法との対比と同等のものともなるものです。
 古伝の業名の後の括弧付業名朱書きは、大江居合による古伝と同様と思われる業名とします。青書きは業違い相当とします。
古伝神傳流秘書「抜刀心持之事」:1向拂(1霞)、2柄留(2脛囲)、3向詰(7両詰)、4両詰(5戸脇)、5三角、6四角(3四方切)、7棚下(6棚下)。 
従是立事也8人中(17壁添へ)、9行連(10連達)、10連達(14行違)、11行違、12夜ノ太刀(信夫)、13追懸切、14五方切(11惣捲り)、15放打(12總留め)、16乕走(8虎走り)、17抜打(19暇乞)、18抜打(20暇乞)、19抜打(21暇乞)、20抜打、21弛抜(18受け流し)、22賢之事、22クヽリ捨、23軍場之大事。

大江居合「奥居合」:1、2脛囲、3四方切、4戸詰、5戸脇、6棚下、7両詰、8虎走り。 
立業の部9行連、10連達、11惣捲り、12總留め、13信夫、14行違、15袖摺返、16門入、17壁添へ
18受け流し19番暇乞、20番暇乞、21暇乞

 此の対比でみると、大江居合には古伝に対し業の順番の入り組み、業名違い、業違い、最悪は古伝に無い業名と業がみられます。古伝に在って大江居合にない業も気になります。

 明治以降土佐の居合を板垣伯の音頭で指導者として進めてきたのは良いのですが、谷村派の後藤政亮先生は口伝口授によるものですから聞き違い受け取り方違いが谷村派にはあっただろうと思われます。
 下村派を稽古していた大江先生は明治維新の際15歳維新後の変革に翻弄されて土佐に戻って来たのは40歳過ぎだったでしょう。
 明治以降の消えかけた居合を板垣伯によって再び世に出すにあたり、中学生向けに組み直したことも考えられそうです。しかし居合抜ですらこのような状況であるのですから、組太刀や棒、体術が消え去って来たのもうなずけます。
 現代でも多くの古流剣術が伝書を昔からの風習なので公開しない、極意は相伝を認めた者以外には伝えない、それはそれで意味のある伝承の仕方です。
 しかし人には、誰にも計り知れない寿命があります。この時代伝書を伏せているなどによって消えて行くのは、日本の武術文化の損失でしょう。いくら教えても師匠の様に出来ないのはともかく、正しい伝承は公けにしてもおかしくないし、いたずらに変化させるのは考え物です。

 

| | | コメント (0)

2025年10月 4日 (土)

古伝神傳流秘書 抜刀心持之事  「後書その1」

古伝神傳流秘書 
抜刀心持之事 
「後書その1」

 古伝の抜刀心持之事は無雙直伝英信流居合兵法の刀を抜きつける所謂「居合抜」の最後に充てられた「格を放れて早く抜く也 重信流」と付され、現代居合の言う「奥居合」です。
  現代居合では、古伝の云う大森流居合之事は「正座之部」・英信流居合之事は「立膝之部」・抜刀心持之事は「奥居合之部」とされて居合抜の最後に学ぶ稽古業が「奥居合之部」なのです。
 古伝「神傳流秘書」の書かれている無双直伝英信流の業部門の順番を上げますと、以下の順番なので恐らく初心者の稽古順番もその通りなのでしょう。

神傳流秘書による業技法の順番
 1、大森流居合之事 2、英信流居合之事 3、太刀打之事 4、坂橋流之棒 5、詰合 6、大小詰 7、大小立詰
 8、大剣取 9、抜刀心持之事 10、夏原流和之事

 此の順番は、総合武術であった事を示す、稽古業であり、その順番は初心者に最初に居合抜は教えていますが、武術として磨き上げるには、仮想敵では無く実際に鞘付き木刀で互に立った状態で打ち合い、間と間合いを稽古をさせています。 
 ともすると手打ちになりやすい木刀での稽古を、体の使い方を補正する事も含め、間と間合い及び拍子の捉え方を坂橋流之棒術を取り入れ学ばせています。
 其の上で、互に打ち合う、より高度の居合抜を組み込んだ組太刀を詰合・大小詰・大小立詰・大剣取と多くの状況変化を取りいれて稽古する様にしています。
 その上で剣術の仕上げとして、周囲の状況や敵の人数、位置、攻撃の仕方の変化を坐業、立業で稽古したのが居合の最終とする「抜刀心持之事」が稽古させられるものなのです。
 現代居合では棒術はもちろんの事、敵と実際に組み合う太刀打も禄に稽古せず、奥居合と称して抜刀心持之事を稽古したつもりでいます。竹刀剣道が補っていると言われますが、古流剣術から見ると異質なスポーツ化された武術と見えてしまいます。

 明治以降、大江正路先生の「剣道手ほどき」に寄る大江居合以外に当流の伝書は、伝書保有者によって秘され公開されず、古伝と離れた「形」にとらわれ、傾きつつある様な状況なのに古流剣術の居合とされ、奥伝なので充分正座及び立膝を稽古した上で稽古する事にされています。それでは居合踊りの感は拭えません。
 曽田虎彦先生が書き写された「神傳流秘書」によって、戦後世に出たとは言え、指導する人も無く随って稽古する人も無く、大江居合のみが、歩いているのです。
 更にこの居合には「夏原流和之事」を学び、刀が有ろうと無かろうと、敵に応じて負けない和術を学べと呼びかけています。

 土佐に持ち込まれた「無雙直伝英信流居合兵法」は「居合」に特定されるのは現代では仕方のない事かも知れませんが、居合を武術として学び、居合の舞の「形」演舞役者で終わりたくないものです。古伝を学ぶのは、武術を学ぶためだと思っています。

| | | コメント (0)

2025年10月 3日 (金)

古伝神傳流秘書 抜刀心持之事 従是立事也24本目「軍場之大事」

古伝神傳流秘書 
抜刀心持之事 従是立事也
24本目「軍場之大事」:「具足のゆるきを取り押上る心得肝要也、故二着料之具足は押上られてものど二つかへさる様二仕置べきなり 高き所などより飛ふ時おのづとのどにつかゆる事有るもの也 心得二有儀なり。」

 軍場での大事なことは、具足が緩んでいて、喉に押し上って来たりするので其の心得は大切だと言っています。高い所から飛び降りただけでも、具足が緩んでいると、喉につかえたりすることだってある。心得としてあるものである。

 抜刀心持之事の24本目に、このような心得が最終章にあるのは、様々な条件下での運剣操作の教えから異なる心得の様ですが、具足だけではなく、着衣も刀などの武具などにも、其の状況では不覚を取ることもあるでしょう。そんなことを思い浮かばせる一説かも知れません。しかし違和感は拭い切れません。

| | | コメント (0)

2025年10月 2日 (木)

古伝神傳流秘書 抜刀心持之事 従是立事也23本目「クヽリ捨」

古伝神傳流秘書 
抜刀心持之事 従是立事也
23本目「クヽリ捨:「(業手付の記載は無い)」

檀崎先生の「夢想神伝流居合」昭和44年1969年奥居合之部には「クヽリ捨」の業名はありません。しかし檀崎先生の「居合道教本」昭和54年1979年奥居合之部 第二立業その9「隠れ捨(門入)」の業名があり是は44年の奥居合之部 第二其の8「門入」と全く同文です。44年本「門入(クヽリ捨の別業名はありません)」:「1、意義 吾、門内に入ろうとする時、敵の襲撃に逢い、吾、門に踏込んだ所で前後の敵を倒して勝つの意で、頭上に鴨居又は門等があって刀先の閊える場合に行う技である。2、動作 正面に向って直立し、前方に歩みつつ、刀に両手をかくると同時に右足を踏出し、次に左足を踏出して右向きと也乍ら刀刃を外横水平に抜き、前の敵を刺突し、後方敵に振向き乍ら上段に振冠り斬下し、更に後方より抜付けようとする他の敵を、振り向き真向から斬下し、血振、納刀する。」

山蔦先生の「夢想神伝流居合道」昭和47年1972年奥伝 奥居合 立業8本目「門入(隠れ捨)」:「門の内外に敵(二人以上)がいる。門の中に左足を踏入れ(門に対して右向きの半身)、刃を外にして刀を水平に胸前に抜取り門内の敵を刺す。そのままの足踏で180度右廻りに旋回し、門のそとのうしろの敵を斬り、再び、180度左まわりに旋回し、門内のもう一人の敵を斬り倒すわざである。門の真中に踏まえて、門の内外の敵数人を斃すというわざで、頭の上に門の梁とか鴨居のような、障害物があって、刀先がつかえやすい場所での刀法と考えてよい。」

 檀崎、山蔦亮先生の「隠れ捨」は何れも「門入」は「隠れ捨」であるとされていますが、古伝の呼称は「クヽリ捨」です。

大江先生の大正7年1918年の「剣道手ほどき」より奥居合 立業の部16番「門入」:「(進行中片手にて前を突き後を斬り前を斬る)右足を出したる時、刀を抜き、左足を出して、刀柄の握りを、腰に當て刀峯を胸に當て右足を出して、右手を上に返し、刀刃を左外方に向け、敵の胸部を突き、其足踏みのまま左へ振り向き、後へ向き、上段にて斬り、直に右へ廻り前面に向き上段にて斬る。」

 大江居合では「門入」の業呼称ですが、門とのかかわりは、手付の文章からは感じられない、前後に居る敵への攻撃業みたいです。まして「クヽリ捨」の匂いもして来ません。

 河野先生の無雙直傳英信流居合術全昭和8年1933年奥居合立業之部8、「門入」:「正面に進みつつ、例に依りて鯉口をきり右手を柄に掛け右足を出し前に抜き、左足を踏み出して右拳を後方に引き(刀身は水平にして刀尖は鯉口の近くに)右足を踏出し、同時に右拳を前方に突込み、左足を中心として左に廻りつつ諸手上段に冠りて右足を大きく後方に踏込みて切り下し、更に左廻り(左足を中心として)にて正面に右足を踏込みて切り下し、納刀する事前に同じ(頭上に鴨居又は門等ありて、刀尖が閊へる場合に行ふ業)。」

 動作は大江居合に準ずると思いますが、最後の括弧の部分に(頭上に云々)とあって、大江居合には無かった周囲の状況を浮かばせています。業名「門入」が成せる事でしょう。その割には鴨居など頭上にある障害物を意識した運剣が見られません。

 細川先生の居合兵法無雙神伝抜刀術には「クヽリ捨」についてなにも記載されていません。大江居合の「門入」も古伝に無い業ですから何も語られていません。
 古伝にある業名「クヽリ捨」とは何か、古伝神傳流秘書の書かれた時にはすでに忘却の彼方に消え去って業名のみ残されたのかも知れません。古伝に語られない「門入」を大江先生は奥居合に組み込まれた切っ掛けは何処にも見当たりません。

 

 

 

| | | コメント (0)

2025年10月 1日 (水)

古伝神傳流秘書 抜刀心持之事 従是立事也22本目「賢之事」

古伝神傳流秘書 
抜刀心持之事 従是立事也
22本目「賢之事」:「業手付の記入なし。」

大江先生の居合に「賢之事」の業手付なし。

細川先生相伝の居合に「賢之事」の業手付なし。

檀崎先生の「居合道ーその理合と真髄」、「居合道教本」では「賢之事」は「袖摺返」として記述されています。「袖摺返」は古伝傳流秘書には同様の業手付は記載されていません。
  檀崎先生の「夢想神伝流居合」昭和44年1969年奥居合之部立業其の7「袖摺返」:1、意義群集の中にありて、その先方に居る敵を、人垣きを割き分けながら前方に追いかけて斬下して勝つの意である。2動作、正面に向って直立し、前方に歩みつつ右足を出すと同時に刀に両手をかけ、刀を前方に抜き、左足を踏み出すと同時に鯉口を放れた刀先が左肩の後を、突刺す様に右脇を上に両腕を大きく組む。次に右足を踏み出すと同時に、組んだ両手の肘をもって左右の人々を、割き分け振払らえ右肩側より振冠ると同時に左足を出し右足を出し乍ら、敵を真向より斬下し、血振、納刀する。

山蔦先生は「夢想神伝流居合道」昭和47年1972年奥伝 奥居合 立業7本目「袖摺返し(賢の事):「前方に群集が居て、その先に目指す敵が居る。歩みながら左足を進め、静かに抜刀し、右足を一歩進めると同時に、右拳を左肘の上に(刀は刃を上にして、うしろを突き刺すように)、左拳は右脇の下に来るように左右の手を胸の前で組合わせる。上体をややうしろに反らし、反動をつけるように、上体を前へ突込み、右足を前に進めながら両手を八の字になるように大きく開く、この時、左右の肘で人垣をかきわける。人垣の向側に体が出るや、刀を右側より受流しに振りかむり上段より、目指す敵を斬るわざである。人垣をかきわける時は、刀の刃を上に向け、無用の群集を傷つけぬよう配慮する。」

「袖摺返」は大江居合の「剣道手ほどき」大正7年1918年 第6節 奥居合 立業の部15番(7番)「袖摺返」:「進行中抜放ち、刀を左の身に添へ群衆を押開き進みつゝ斬る)右足の出でたる時、刀を静に抜き、直ちに右手は上へ左手は下へ胸の處にて組み合せ、足は左右と交叉的に數歩出しつゝ、両手肘に力を入れて、多數の人を押し分ける如くして、左右に開き、直に上段に取りて、中腰にて右足の出でたるとき、前面を斬る、(両手を開く時は、両手を伸ばす、肘の處を開くこと)。」
 檀崎先生の「賢の事(袖摺返)」も意義も動作も、書き込みは異なっても同じと思われます。山蔦先生も同様です。大江先生は奥居合として、古伝には業手付の記載の無い「袖摺返」をどこから引用されて奥居合に加えたのでしょうか。出所を知りたいものです。袖摺返しが古伝の「賢之事」である実証は手許資料からは判定できません。

 

| | | コメント (0)

2025年9月30日 (火)

古伝神傳流秘書 抜刀心持之事 従是立事也21本目「弛抜」

古伝神傳流秘書 
抜刀心持之事 従是立事也
21本目「弛抜」:「如前歩ミ行 敵より先に打を躰を少し開き弛して 抜打に切也。」

 前の如くとは20本目「抜打」:「歩ミ行中に抜打に切 敵を先に切心也。」でした。敵と出会い間に到れば、抜き打ちに敵を斬ってしまう、という心得でしたが、21本目「弛抜」は「はずしぬき・ゆるみぬき」で、敵が斬り込んで来るのを体を開き弛して、抜き打ちに斬ると言う技の心得です。
 稽古業として、業手付はなにも残されていません。抜刀して斬り込んで来る敵であれば、あえて打ち込ませる様に隙を作っておくとか、相手の構えからどのように体を開き抜付けるかなど独断で稽古できそうですが、相手も居合の達人で斬り間に到るや敵が抜き打ちして来るのを外すのは厄介です。

 この21本目「弛抜」の稽古をしながら、人生そのものを考えさせられています。

| | | コメント (0)

2025年9月29日 (月)

古伝神傳流秘書 抜刀心持之事 従是立事也20本目「抜打」

古伝神傳流秘書 
抜刀心持之事 従是立事也
20本目「抜打」:「歩ミ行中に抜打二切敵を先二打心也」

 抜打上中下の後に再び20本目「抜打」が書き込まれています。20本目は、歩み行く前面に敵を認めるや、抜打に敵を斬ると言うもので、敵の認識さえあれば、敵の動作にかかわらず一方的に抜打つ事を稽古せよと言うのでしょう。
 この業は大江居合には
見られないもので、細川居合には見られるもので、居合抜の極意業ともいえるでしょう。抜き打ちは、横一線の初發刀の抜打でも、下からの切上でも、上に抜き上げ斬り下すも、お望み通りとでもいうのでしょう。

 この20本目「抜打」に該当する手付は大江居合には見られません。現代居合には忘れられた、と言うのか闇討ちを嫌って稽古業から外してしまった「抜打」そのものでしょう。

細川義昌相伝の居合兵法無雙神伝抜刀術奥居合之部18、「抜打」:「(出合頭に斬る)正面へ歩み往きつつ 鯉口を切り右手を柄へ掛けるなり 右足踏込み 出合頭に(正面へ)抜付け 左足を右前足に踏揃へると同時に 刀を納め終る。」

 細川先生の「抜打」は、相手は不意を食らってしまう、闇打でしょう。上意討など、敵であることが明らかな場合の抜打でしょう。

| | | コメント (0)

2025年9月28日 (日)

古伝神傳流秘書 抜刀心持之事 従是立事也17本目「抜打上中下」

古伝神傳流秘書 
抜刀心持之事 従是立事也
17本目「抜打上中下」:「(暇乞三本)格ノ低キ者二對スル黙礼ノ時。等輩二對スル礼ノ時。目上ノ者二對スル礼ノ時。」以上19本

 抜打上中下の手付は無く、相手が自分より格が下、同輩、目上による、頭の下げ具合の違いと其抜打の違いを暗示しています。現代居合で頭の下げ方が目礼なのか、手を前について頭を軽く下げるのか、手を前につき、深々と頭を下げるのか、その際の抜刀の心得ですが、古伝は何も語っていません。以上19本とは、暇乞三本の17本目抜打上・18本目抜打中・19本目抜打下でしょう。

 大江先生の「剣道手ほどき」大正7年1918年奥居合より
19番「暇乞(黙禮)」:「正座し両手を膝上に置き黙礼し、右手柄に掛かるや刀を斜めに抜き付け上段にて斬る
20番「暇乞(頭を下げ禮をする):「両手を板の間に付け、頭を板の間近く下して禮をなし、両手を鞘と柄に同一に掛け直ちに上に抜き上段となり、前面を斬る
21番「暇乞 (中に頭を下、右同様に斬る)両手を膝上置き黙礼より稍や低く頭を下げて禮をなし、右手を柄に掛け刀を斜めに抜き上段にて斬る(止め)(立合終り)

 大江先生の暇乞の順番は19番・21番・20番の順でしょう。

河野百錬先生の無雙直傳英信流居合術全昭和8年1933年奥居合立業之部
11番「暇乞」:「正面に向ひて正座し、両手を前につきてわずかに頭を下げて、禮をなす間も無くうつむきたるまま両爪先を立て刀を抜き取り、左肩側に刀を突込む如く雙手上段に振り冠り眞向に切り込み、(膝を乗り出し)刀を開きて血振り刀を納めつつ両踵の上に臀部を下し納め終る。」
12番「暇乞」:「正面に向ひて正座し、両手を前につき頭をやや深く下げて刀を抜き取りて、動作する事前に同じ。
13番「暇乞」:「正面に向ひて正座し、両手を前につき頭が座に着かんとする所迄下げて、間も無く刀を抜き取りて動作する事前に同じ。」

 大江先生と河野先生の手付は15年程しか立って居ません。第18代穂岐山先生の指導によるものと思われます。

細川義昌先生相伝の居合兵法無雙神伝抜刀術より奥居合之部
18、「抜打」:「(出合頭に斬る)正面へ歩み往きつつ 鯉口を切り右手を柄へ掛けるなり 右足踏込み 出合頭に(正面へ)抜打に斬付け 左足を右前足に踏揃へると同時に 刀を納め終る。」
19、馳抜:「(馳違ひに右後の者を斬る)正面へ小走に馳往き(左側を通り)擦違ひに右後へ振返へりつつ 刀を引抜き 諸手上段に引冠り 右足より踏込んで斬込み刀を開き 納め終る。」
20、「抜打」:「(対座して居る者を斬る)正面に向ひ対座し 刀を鞘なり前腹へ抱へ込む様に横たへ両手を前につかへ 頭を下げ礼をして俯きたるまま 両手引込め鯉口と柄へ執り 急に腰を伸しつつ 刀を右前へ引抜き刀尖を左後へ突込み 諸手上段に引冠りて斬込み 刀を開き納めつつ 両足の踵上へ臀部を下すと共に 納め終り 爪先立てたる足先きを伸し正座して終る。

 細川先生相伝の奥居合「抜打」は、古伝とも大江先生の谷村派の業手付とも異なる動作になっています。20、「抜打」のみが古伝の「同輩」もしくは「目上」に対する抜打の様です。

檀崎先生の夢想神伝流居合奥居合之部
其の11、「暇乞」(以下座業3本):「1、意義 暇乞は上意打ちとも称え、主命を帯びて使者に立ち、敬礼の体勢より抜打にする意にして、又彼我挨拶の際、彼れの害意ある気配を察知して、其の機先を制して行う方法である。2、動作 正面に向って正坐し、其坐したる体勢にて僅かに頭を下げ、礼をなす間もなく、俯向きたるまま両爪先を立て抜刀、抜打と同じ要領で雙手上段よりより斬下し、血振、納刀する。
其の12、「暇乞」:「1、動作 正面に向って正座し、両手をつき、頭をやや深く下げや、其の体勢にて刀を抜き上段より斬下す事、前と同要領である。」
其の13、「暇乞」:「1、動作 両手をつき頭を深く下げた瞬間抜打する事、前に同じ。

 檀崎先生の「暇乞」は大江先生の「暇乞」と同じとして良さそうです。

山蔦先生の夢想神伝流居合道奥伝奥居合立業
13本目「暇乞(三本あり)」:「奥居合中唯一の正坐のわざである。これも上意討のひとつであり、主君の命令を受け、使者として敵となるべき者を訪問して、お互い挨拶の際に、敵が刃向う心持のあるのを感知し、機先を制し、挨拶の途中に抜打ちに、敵を正面より斬倒すわざである。三つの動作がある。
1、正面に向って正坐シ、頭を少し下げ(黙礼程度の会釈)、礼をかわす間をおかず、ううむいたまま一気に抜刀、上段より敵の正面を斬下す。
2、両手をつき頭を低く下げ、その体勢にて抜刀、敵が頭を下げるところを斬る。
3、両手をつき深々と礼をして、体を起しながら抜刀、敵が頭を上げるところを斬る。
 暇乞の動作を前述のとおり三通りに分けてあるが、要するに自分に最も有利、有効な動作を、敵の気配や動きに応じて採る点かsら、分けてある訳である。」

 山蔦先生、よく研究された暇乞ですが、古伝はなにも語らずに、相手の格に応じた礼を以って抜打つの事を示唆しています。
何時の時代どの様な状況の時に、脇差ならともかく太刀を帯刀したまま挨拶をするのでしょう。
 このような状況下での抜刀の腕を磨けと諭されているような気分です。

 以上で古伝の抜刀心持之事を終るのですが、古伝と現代居合では業名・順番・業数・想定・動作がいくつも異なっています。谷村派は古伝の伝書を持たずに、江戸末期での稽古を余儀なくされ、口伝口授による誤まった解釈もあったでしょう。下村派は江戸末期まで伝書を持っていたとは云え、細川家に温存されて明治維新前後の50年近くは、谷村派同様の事だったでしょう。  現代では、古伝が公開されても、その業の本質は辿る糸口すら忘れられています。

| | | コメント (0)

2025年9月27日 (土)

古伝神傳流秘書 抜刀心持之事 従是立事也16本目「乕走」

古伝神傳流秘書 
抜刀心持之事 従是立事也
16本目「乕走」:「居合膝二坐して居 立って向へ腰をかゞめつか〵と行 抜口の外へ見ヘぬ様二抜付打込納 又右の通り腰をかゞめ後へ引 抜付打込也。」

 立膝に座し、立ち上り前方へ腰を屈めてつかつかと行き、抜き口が「外(ほか)に見えない様に」前方の敵に抜付け上段から打ち込み納刀する。また腰を屈めつかつかと後退し、追い込んで来る敵に抜付け打ち込む。

大江先生の「剣道手ほどき」より奥居合8番「虎走り」:「(中腰となり、走り抜斬又後ざりして抜斬る)座したる處より柄に手を掛け、稍や腰を屈め、小走りにて數歩進み出で、右足の踏み出したる時抜き付け、同體にて座して斬る血拭ひ刀を納むるや)刀を納めて二三寸残りし時 屈めたる姿勢にて、數歩退り左足を退きたる時中腰にて抜付け上段となり座して斬る(座抜き終り)。

細川先生相伝「居合兵法無雙神伝抜刀術」より奥居合の部9、「虎走」:「(次の間に居る者を斬り 退る処へ追掛け来る者を斬る)正面へ向ひ居合膝に座し 左手を鯉口に 右手を柄に執り抱へ込み様にして立上り 上体を俯け前方へ小走に馳せ往き腰を伸すなり右足踏み込んで(対手の右側面へ)抜付け 左膝を右足横へ跪きつつ 諸手上段に引冠り 更に右足踏込んで斬込み 刀を開き納めたるまま立上り 又刀を抱へ込む様に前へ俯き小走に退り腰を伸すと同時に 左足を一歩後へ退き 追掛け来る者へ(右側面へ)大きく抜付け 又左膝を右足横へ跪きつつ 諸手上段に引冠り右足踏込んで斬込み 刀を開き 納め終る。」

 古伝の「乕走」の動作は、大江先生の「虎走り」とも細川先生の「虎走」とも同様の動作と思えます。ただし、その想定では細川先生の「虎走」では「(次の間に居る者を斬り)」と特定されています。
  河野先生は「大日本居合道図譜」では8本目「虎走」:「意義 敵前方に逃げ去らんとするを、小走にて追ひ進みて是を仆したるに、他の敵出で来たり我に仕懸けんとするを、我れ後退しつゝ間合を計りて斬り付けて勝の意也。 中腰にて体を低く小足にて追進む。恰も虎の獲物に向ひて進む心持にて足心を以て歩く心得の事。間合ひに接するや右足を踏込みて横一文字に斬付ける。次に左膝を下げて諸手上段となり真向に斬下し血振、納刀しつゝ再び低く立上り走り戻り間合を計りて左足を退くや再び中腰にて斬り付け、左膝を下げ乍ら上段となりて其の真向に斬下して血振納刀す。」と想定されています。この想定は河野先生の昭和8年1933年の「無雙直傳英信流居合術全」の奥居合之部8、「虎走」では無く古伝及び大江先生の手付に随っています。

檀崎先生の「夢想神伝流居合」奥居合之部居業其の8「虎走」:「1、意義 敵、前方に逃げ去るを、我、小走に追いかけて是れを倒したるに他の敵、出で来たりて吾に仕掛けんとするを、吾後退し、間合を計って斬付け勝つの意である。2、動作 正面に向い立膝に座し、刀に両手をかけ、刀柄を右腰に付け、体を低くして立上り、前方に小走りして、右足を踏み込むや、抜付け、左膝を跪くと同時に左肩側から振り冠り真向に斬下し、血振納刀しつつ右足を左足に退きよせ、刀柄を右腰方に引付け乍ら、更に低く立上りて小走りに戻り、左足を退くと同時に抜付け、左膝を跪くと同時に振冠り斬下し、血振、納刀する。」

 想定は河野先生と同様です。

山蔦先生の「夢想神伝流居合道」奥居合坐業8本目「虎走り」:「中腰、前かがみの姿勢(恰度、虎が獲物を追う時のように)で柄を右腰につけ逃げる敵を小走りに追いかけ、斬り間合に入った時上体を起こし、同時に右足を踏み込んで敵の上膊に抜付け、左膝をついて上段からその敵を斬下す。血振り、納刀しつつ右足を左足に引寄せ、柄を右腰に引寄せながら半蹲踞となる。半蹲踞の姿勢で、まだ刀は五、六センチ納め残しているころ、他の敵が正面より攻撃して来るので、小走りに自分が後退しながら斬間合に入った時、前の動作と同じく抜付け、左膝をつき斬下す。」

 山蔦先生の「虎走り」も逃げる敵を追い懸けて斬る。抜き付け部位は右上膊でしょう。他の敵を斬った後の血振り、納刀が省略されています。

 文章表現に差異はありますが古伝の「乕走」が継承されてきたと言えそうです。古伝は前面の敵に「つかつかと行く」のですが、「小走」にいつの間にか変化したのでしょう。言葉が違うと想定も「追い懸ける」となってしまうのでしょう。

| | | コメント (0)

2025年9月26日 (金)

古伝神傳流秘書 抜刀心持之事 従是立事也15本目「放打」

古伝神傳流秘書 
抜刀心持之事 従是立事也
15本目「放打」:「行内片手打二切納ては又切数きはまりなし。

 前方に敵數人を受け、前進する前から斬り込んで来る敵を、片手打ちに斬り血振り納刀する、第二の敵が斬り込んで来るのを前同様に抜打に斬り血振り納刀する、第三も同様に斬り又抜打し血振リ納刀する事、數極まり無い。
 この手付は敵が斬り込んで来るとは想定して居ないので、敵であると見越して我が前面に立ち塞がる者は斬り捨て、納刀する。
 相手の状況を想定して、抜打に袈裟でも、横一線でも、下からの切り上げでも、請け流して真向に斬り下しても、何度でも抜き打ちし納刀する。
 速やかに抜き付け納刀する稽古業だろうと思います。抜打して現代居合では血の付いたまま納刀し、数度斬って最後に血振し納刀していますが、この場合やはり切った後は血振納刀でしょう。「形だから」では、抜刀術稽古の踊りになってしまいそうです。

 大江先生の剣道手ほどきより、奥居合立業の部12番「惣留め」:「(進行中三四遍斬っては納む)右足を出して、刀を右斜へ抜き付け、左足を出して抜き付けたる刀を納む、以上の如く四五回進みつゝ行ひ、最後の時は其まゝに刀を納む

 大江先生は、袈裟切りして納刀の繰り返しです。

河野百錬先生の無雙直伝英信流居合術昭和八年1933年の奥居合立業之部4、「惣留」正面に進みつつ、例に依りて鯉口を切り右手を柄に掛けると同時に右足を踏出して腰を十分左に「ひねり」て右斜前に抜きつけ、左足を右足先迄引寄せ乍ら刀を納め、右足を踏出しては又右斜前に抜きつけ三度是を繰り返し腰を正面に「ひねり」て血振し納刀する事前に同じ。」

河野先生の大日本居合道図譜奥居合立業第4本目「総留」:「意義 狭隘なる板橋或は堤等の両側に自由にかわせぬ細道の場合、前面より仕懸け来る敵を、其胸部に斬付け一人宛を仆すの意也。動作 前進しつゝ柄に右手をかけるや右足を踏込み抜付けんとす。右足を深く踏込みて敵の肩口より胸部を袈裟に斬下す。註 すべて奥の行連の要領にて腰を十分左に捻り半身となりて斬下す。次に左足を右足の直前に腰を低めたる儘軽く踏み込みつゝ納刀し更に斬付けんとす。註1、斬付けは三度位ひを度とす。第一、第二の斬付けは納刀鍔元五寸迄にて直に抜刀す。二、三回共抜刀の要領同じ。三、斬付の最後に半身より正面に体を向き直るや血振をなし納刀す。」

 河野先生は周囲の状況を、狭い板橋あるいは堤、両側にかわす事の出来ない細道、と限定されています。

細川義昌先生相伝の居合兵法無雙神伝抜刀術より奥居合之部17、「放打(右側へ来掛る者を一々斬る)正面へ歩み往きつつ 鯉口を切り左足踏出したる時 右手を柄に掛け右足踏出し 右前へ抜付け 左足を右前足に踏揃へる 同時に刀を納め 又右足踏出して抜付け 左足を右前に踏揃へるなり刀を納め する事 数度繰返し(三回位して) 刀を納め直立の姿勢となり 終る。」

 動作は大江先生と同じでしょう、抜き付けの形を特定して居ません。「血振り納刀」が抜けていますね。

檀崎先生の夢想神伝流居合奥居合之部立業其の4「総留」:1、意義 吾、狭い板橋又は土堤、或は階段等、両側に変せぬ場所を通行の時、前面より敵、仕掛け来るを、其の胸部に、又其の影にひそみ居る敵に対して斬付けて勝つの意である。
2、動作正面に向って直立し、前方に歩みつつ両手を刀にかけるや右足爪先を左向きに踏込むと同時に腰を充分左に捻り、半身となって抜打に右斜に(敵の胸に)斬付け、納刀し乍ら左足爪先が左前になる様に右足先に腰を下して、運び、又右足を一歩踏込んで、前述同様に斬付ける事三度にして、斬付けた所より腰を捻って正面に向い、血振、納刀する。」

 想定を河野居合にほぼ合わせているようです。業名は古伝が「放打」ですが、大江先生の「総留」、足捌きに考慮されているのは狭いことによるのでしょう。

山蔦先生の夢想神伝流居合道奥居合立業4本目「総留(放し打):「せまい板橋、土堤、細道、階段など、両側に体を自由にかわせないような、障害のある場所を進行中、前面に數品の敵がいる。腰を充分左にひねって、右片手抜打ちに敵の肩口、胸部を斬下し、第二、第三の敵も同様に片手抜打ちに斬る。最後に、腰を右にひねり、正面に向き直り、血振り、納刀するわざである。足の運びに二様ある。第一の敵に対し、右足を(足先を左向き)踏込み、腰を左にひねり半身になり(左足先も左向き)右片手打ちに斬下す。
次に左足を鷺足のごとく右足の右横に(左足は爪先を左向きにしたまま)、腰を落して踏みつけながら、いったん納刀、右足を第一の敵に対するごとく右へ踏出すと同時二、片手抜打ちに第二の敵に斬付ける。これを数回くり返す。斬付けたときは、いつも半身で敵に対し自分は左向きになっている。伝書の放し打ちは、斬付けのとき左、右の足は前方、敵の方に向いているところが前述と異る。

 古伝は敵と戦う場所の特定はしていません。山蔦先生の足運びについても古伝は何も特定していません。ついでに抜打ちの部位も、方法も特定して居ません。足場の状況により足踏みを替えざるを得なければ替える、抜付けも相手の斬り込みによって変える事は当然でしょう。奥居合を初歩にしてしまっては、どうなのでしょう。

| | | コメント (0)

2025年9月25日 (木)

古伝神傳流秘書 抜刀心持之事 従是立事也14本目「五方切」

古伝神傳流秘書 
抜刀心持之事 従是立事也
14本目「五方切」:「歩ミ行内抜て右の肩へ取り切 又左より切 又右より切 又左より切 段々切下げ其侭上へ冠り打込也。」

 歩みながら、抜刀するや右八相に構え相手の左面を斬る、刀を左より廻し左八相に構え相手の右面を斬る。又同様に右より相手の左肩を斬る、又左より相手の右肩を斬る。又同様に相手の左胴を斬り又右胴を斬る。段々斬り下げ其のまま上段に振り冠り真向へ打ち込む。この斬る部位は左面・右面・左肩・右肩・左胴・右胴・真向としましたが、右面・左肩・右胴・左腰・真向でも段々切下げ真向の要求には答えているでしょう。血振り納刀する。

大江先生の奥居合立業の部11番「惣捲り:「(進行中面、肩、胴、腰を斬る)右足を少し出して、刀を抜き、其足を左足に引き寄せ、右手を頭上へ廻し、右肩上に取り、左手を掛け稍や中腰にて(右足より左足と追足にて)敵の左面を斬り、直に左肩上に刀を取り、追足にて敵の右肩を斬り、再び右肩上段となりて、敵の左胴を斬り、再び左肩上段となり右足を踏み開き敵の右腰を目懸け刀を大きく廻し體を中腰となして敵の右腰を斬り、中腰のまゝにて上段より正面を斬る、(左面斬り込みより終りの眞面に斬ることは一連として早きを良しとす。)

細川義昌先生相伝居合兵法無雙神伝抜刀術奥居合之部16、五方斬:「(前方に立って居る者を斬る)正面へ歩み往きつつ 鯉口を切り左足踏出し 右手を柄に掛け右足踏み出す 同時に刀を引抜き刀尖を左後へ突込み 頭上より右肩へ執り対手の左大袈裟に斬込み 其刀を右上より振返へし頭上より左肩に執り対手の右大袈裟に斬込み 又 其刀を左上より振返へして右腕外へ執り 腰を低めて 対手の左腰より横一文字に斬込み 甲手を返へして左脇外へ執り 更に腰を下げ対手の向脛を横に拂ひ腰を伸しつつ 諸手上段に振冠り(真向幹竹割に)斬下し 刀を開き 納め終る。」

 古伝の手付が斬り込む部位を上から下へ、特定せずに段々斬り下す様に、指示されています、「格を放れて早く抜く也」が抜刀心持之事の基本ですから間違いでは無いでしょう。

檀崎先生の奥居合之部立業其の3「惣捲」:「1、意義 敵、正面より斬込み来るを、吾刀を抜き一歩退きて敵刀を摺り落しつつ上段に冠り、敵の退く所を追撃して勝の意である。
2、動作 正面に向って直立し、前方に歩みながら、右足を一歩踏出すと同時に、両手を刀にかけ、刃を上にして五寸位抜き、右足を後方に一歩退き乍ら、刀を上方に頭部、左肩を囲むようにして抜き取り乍ら敵の斬込み来る刀を摺り落すや、右横水平より、右足を踏込み敵の左面に斬付け、更に刀を返して左足を踏込み、右肩に斬付け、尚も右足を踏込んで左胴に斬付ける、更に左足を踏込みて敵右腰を一文字に斬払い振冠り右足を踏込んで、真向より斬下し、血振して納刀する。」

 檀崎先生「敵の斬込み来る刀を摺り落とす」とされてから斬り込まれています。この動作は敵が斬り込んで来るならば当然の動作でしょう。古伝は主命を帯びての事ならば、一方的に敵を斬ると解釈すればそれは其れでしょう。しかし常に相手の刀を摺落とす意図に同じ様な、上への抜刀ではすべきでしょう。

 山蔦先生の夢想神伝流居合道奥伝奥居合立業3本目惣捲(五方切):「一応五人の敵が前面にいるとして、第一の敵が正面から斬込んで来るのを、右足を一歩うしろに引きながら敵の刀を左に受流し、返す刀で右足を踏込み、その敵の左横面を斬り、刀を返して左足を踏出して前進第二の敵を右肩より袈裟に斬り、再び刀を返して右足を踏出し、第三の敵の左胴を斬り、更に左足を一歩踏み出して刀を水平に返し、第四の敵の胴を右側より諸手で横一文字に斬り払って、刀を上段にとり前進、第五の敵を真向きから斬下すわざである。敵は五人に限らない、要するに前面の多数の敵を追撃する刀法と考える。

 稽古業として敵五人を斬る動作であれば、次の敵がみすみす斬られてはくれないでしょう。そこまで想定して稽古する事は意味がありそうです。一人の敵を斬り刻む意味は無いので、古伝の「五方切」はいかに早く斬る体勢を整え斬るかを鍛える稽古業でしょう。先生方それぞれの動作に自己流を加えて稽古していると、師匠や兄弟子の「何してる・・」と罵声や怒声が飛んできそうです。

 

| | | コメント (0)

2025年9月24日 (水)

古伝神傳流秘書 抜刀心持之事 従是立事也13本目「追懸切」

古伝神傳流秘書 
抜刀心持之事 従是立事也
13本目「追懸切」:「抜て向へ突付走り行其侭打込也。」

 逃げる敵を抜刀して切先を敵に向けて追い懸け、間に到れば、走りながら上段に振り冠り敵に斬り込、のでしょう。この場合は抜刀した状態で追い懸けるのでしょう。動作の特定はして居ないのは、相手の逃げる速さに応じて走る事、場合によっては相手はやや離れた位置にあって歩いているかもしれません。抜刀もしていないかもです。

大江先生の奥居合8番「虎走り」:「(中腰となり、走り抜斬又後ざりして抜斬る)座したる處より柄に手を掛け、稍や腰を屈め、小走りにて數歩進み出で、右足の踏み出したる時抜き付け、同體にて座して斬る(血拭ひ刀を納むるや)刀を納めて二三寸残りし時屈めたる姿勢にて、數歩退きたる時中腰にて抜付け上段となり座して斬る。(座抜き終り)

 古伝は「従是立事也」としていますが、大江先生の場合は奥居合の「座抜き」として扱い、その上攻めて斬り、退いても斬ると言うもので、古伝の13本目「追懸切」とは手付が異なります。
 古伝の16本目「乕走」:「居合膝二坐して居立って向へ腰をかがめつか〵と行 抜口の外に見へぬ様二抜付け打ち込納 又右の通り腰をかがめ後へ引 抜付打込也」 が大江先生の8番「虎走り」でしょう。古伝の「追懸切」は大江先生は消去したようです。

細川義昌先生相伝の居合兵法無雙神伝抜刀術奥居合之部には「9、虎走」と「15、追掛斬」があります。大江先生と同時期に下村茂一先生に指導を受けていたと思うのですが、この違いは大江先生が奥居合を充分指導を受けられない明治維新前後の混乱のなせる事と、中学生向きに稽古業を検討された結果とも思いますが、大江先生は古伝神傳流秘書の存在を知らなかったのではないかとも思っています。

 古伝は「16本目乕走」、「13本目追懸切」です。古伝の「16本目乕走」は大江先生の処で稽古しましたから省略します。

細川先生相伝の「虎走」及び「追掛斬」
 9、「虎走」:「(次の間に居る者を斬り 退る処へ追掛け来る者を斬る)正面へ向ひ居合膝荷座し左手を鯉口に 右手を柄に執り抱へ込む様にして立上り 上体を俯け前方へ小走りに馳せ往き腰を伸すなり右足踏込んで(対手の右側面へ)抜つけ左膝を右足横へ跪きつつ 諸手上段に引冠り 更に右足踏込んで斬込み 刀を開き納めたるまま立上り 又刀を抱へ込むように前へ俯き小走りに退り腰伸すと同時に 左足を一歩後へ退き 追掛け来る者へ(右側面へ)大きく抜付け 又左膝を右足横へ跪きつつ 諸手上段に引冠り右足踏込んで斬込み 刀を開き 納め終る。」
 15、「追掛斬」:「(前方へ歩み行く者を斬る)正面へ歩み往きつつ 鯉口を切り左足踏出したるとき 右手を柄に掛け右足踏み出すと共に 刀を引き抜き刀尖を前に 柄頭を腹部へ引付け諸手となり 小走に前方へ走り往きつつ 上段に振冠り右足踏込んで斬込み 刀を開き 納め終る。」

檀崎先生の夢想神伝流居合より奥居合之部居業其の8「虎走」:「1、意義 敵前方に逃げ走るを、吾、小走に追いかけて是れを倒したるに他の敵、出で来たりて吾に仕掛けんとするを、吾後退し、間合を計って斬付け勝の意である。
2、動作 正面に向い立膝に座し、刀に両手をかけ、刀柄を右腰に付け、体を低くして立上り、前方に小走りして、右足を踏みこむや、抜付け、左膝を跪くと同時に左肩側から振り冠り眞向に斬下し、血振納刀しつつ右足を左足に退きよせ、刀柄を右腰方に引付け乍ら、更に低く立上りて小走りに戻り、左足を退くと同時に抜付け、左膝を跪くと同時に振冠り斬下し、血振、納刀する。」

 檀崎居合の奥居合には古伝の13本目「追懸斬」も、細川居合の15、「追掛斬」も存在しません。これは大江先生の奥居合を参考とされたのだろうと思います。

山蔦先生の夢想神伝流居合道より奥伝奥居合坐業8本目「虎走り」:「中腰、前かがみの姿勢(恰度、虎が獲物を追う時のように)で柄を右腰につけ、逃げる敵を小走りに追いかけ、斬り間合いに入った時上体を起し、同時に右足を踏み込んで敵の上膊に抜付け、左膝をついて上段からその敵を斬下す。血振り、納刀しつつ右足を左足に引寄せ、柄を右腰に引寄せながら半蹲踞となる。半蹲踞の姿勢で、まだ刀は五、六センチ納め残しているころ、他の敵が正面より攻撃して来るので、小走りに自分後退しながら斬間合に入った時、前の動作と同じく抜付け、左膝をつき斬下す。」

 山蔦先生の奥居合も古伝の「追懸斬」は坐業にも立業にも稽古業として存在しません。但し立業13本に11本目「なし」(追いかけ切)として、奥居合立業の一覧の中に業名のみ「なし」のあとに書き込まれています。この事はこの山蔦先生の「夢想神伝流居合道」昭和47年1972年には古伝の存在を知っておられたと思われます。

 師匠の指導のまゝにと言う、原則論は分かりますが、やはり古伝の教えを稽古し、当流の根源を学ぶ心は必要でしょう。捻じ曲げられた教えでは、本質が掴めず、居合踊りに終わってしまうのも、寂しいものです。

 

| | | コメント (0)

2025年9月23日 (火)

古伝神傳流秘書 抜刀心持之事 従是立事也12本目「夜ノ太刀」

古伝神傳流秘書 
抜刀心持之事 従是立事也
12本目「夜ノ太刀」:「歩ミ行抜て躰を下リ 刀を右脇へ出し地をハタと打って打込む 闇夜の仕合也。」

 闇夜に敵と仕合うには、歩み行き敵を認知したならば 刀を抜き出し體を低くして 刀の切先を右脇に出して 地面を「ハタ」と音のするように打つ 敵がその音の方に近寄って来た来たところを 打ち込んで勝。

 古伝は、此の業の詳細は書き込まれていません。実戦でしかも闇夜での試合の心得を稽古業にしているようです。我が敵を認知出来て敵は吾をまだ認められていないとするのでしょうか。距離や月明り、いや星明り、闇慣れした眼、地を踏む音、におい。現代人より遙かに敏感だったかもしれません。
 地を「ハタ」と打つ動きや音は、相手に斬り込むきっかけを生む手だてかも知れません。その相手の動きを引き出し、吾から先に斬り付ける。そんな事を思ってしまいます。
 相手を我は認知していて、相手は我を認め切れていない、其処で相手に我身を認知されてしまう前に「ハタ」の音だけ誘う。   
 この稽古を形だけで如何にも、演じられても、闇の前提は不透明です。

 大江先生は奥居合立業の部で演じられています。
13番「信夫」:「(闇打ち)左足より右足と左斜方向に廻りつゝ、静に刀を抜き、右足の出でたるとき、右足を右斜へ踏み両足を斜に開き、體を稍や右横へ屈め、中腰となり、其刀尖を板の間に着け、左足を左斜に踏み込みて上段より眞直に斬る、其まゝの中腰の體勢にて、血拭ひ刀を納む。」

 大江先生は古伝の12本目「夜ノ太刀」の業名を13番「信夫」とされています。「信夫」は音読みで「しのぶ」でしょう。しかし意味はよく分かりません。音を立てて敵をおびき寄せるならば「忍」でもないでしょう。
 (闇打ち)と括弧されていますから、暗がりでの斬撃、だまし打ちなどを想像してしまいます。動作も何故そうするかが書かれていないので、書かれた通り演舞する感じになってしまいそうです。

 細川義昌先生相伝の居合兵法無雙神伝抜刀術奥居合之部14、「夜太刀」:「(暗夜に斬込み来る者を斬る)正面へ歩み往き止まりて 左足を左へ大きく披き 体を右へ倒し低く沈め 正面より来掛かる者を透し見つつ刀を引き抜き向ふへ突出し 刀尖で地面を叩き 其音に斬込み来るを 急に右足諸共体を引起しつつ諸手上段に冠り(空を斬って居る者へ)右足踏込んで斬込み 刀を開き 納め終る。」

 檀崎先生の夢想神伝流居合奥居合之部立業其の5「信夫」:「1、意義 暗夜、前方に幽(かすか)に敵を認め、左側に体をかわし、敵の進み来る真正面の地面に、吾、剣先を着けて、敵を引き寄せ、敵、其の所に斬込み来るを上段より斬り下して勝のである。
2、動作  正面に向って直立し 前に歩みつつ静かに刀に両手をかけると同時に体を沈めて、前方敵を透し見る心持にて、左足を左斜めにふみ出すと同時に刀柄を右腰に引付け右足の踵を外側に、爪先を敵側に向け、左足先方に運ぶと同時に刀を鯉口まで抜き、放すと同時に左足を大きく左後方に引いて、刀刃を左横に五指上向く様に拳を返し腕を延し刃先は最初前進したる直線上の床を軽く二度位打付けるによって、敵、其の所に斬込み来るを右側より振冠り眞向より斬下し、血振り、納刀する。
3、注意上段より切付ける時、その間合により、一歩踏出すこともある。」 

 文章通り動作を付けるには、ややこしいですが、大江先生の「信夫」です。

 山蔦先生の夢想神伝流居合道より奥伝 奥居合立業5本目「信夫」:「(夜の太刀)信夫は「忍」の当て字と考えられる。暗夜のわざで、前方に敵がいて自分の方に向って進んで來る。敵をかすかに認め、自分の体を左に転じて、進んで來る敵の正面をさける。体を沈めて、刀先で軽く地をトントンと二度叩いて音をたてると、誘われてそこに敵が斬り込んでくるのを空を斬らせ、左斜め前に左足を踏出して、上段より敵を斬下すわざである。この業は暗いところで、かすかに気配をうかがう心持で行うことを必要とする。

 細かい動作は省かれていますが、業解説は分かり易いでしょう。ただし、敵を誘い込んで斬る際の左足捌きには、戸惑います。山蔦先生も大江居合の「信夫」を業名として古伝の「夜ノ太刀」は括弧にされています。檀崎先生の「信夫」の業名は大江先生伝と思われ「夜ノ太刀」は動作の中でしょう。

 此の業は「闇夜」の中で敵を察知した我なのですが、敵に我がどのような状況であるかは闇に隠れているとするのでしょう。従って敵を誘い込んで斬るものです。敵を認知した位置から、思い通りに誘い込めるかが、勝負の分かれ目でしょう。

 

| | | コメント (0)

2025年9月22日 (月)

古伝神傳流秘書 抜刀心持之事 従是立事也11本目「行違」

古伝神傳流秘書 
抜刀心持之事 従是立事也
11本目「行違」:「行違二左の脇二添へて拂ひ捨て冠って打込なり。」

 敵が前方より吾左側を歩いて来るのでしょう。行き違う寸前に、左足を踏み出すや抜刀して刀を左脇に添え、すれ違いざまに右足踏み込んで敵の右脇を払い捨て、其足踏みのまゝ左廻りに振り返り、右足踏み出して真向から斬り付ける。
   敵との間と間合いは前後と左脇にあるでしょう。一人稽古は楽々出来ても、相手を仕立てての稽古は難しいものです。

 大江先生の奥居合にこの動作による「行違」はありません。しかし業名の「行違」とされたが奥居合14番に「行違」:「(進行中正面を柄頭にて打ち、後を斬り又前を斬る)右足の出でたる時、(敵顔面を柄頭にて)左手は鞘と鍔を拇指にて押へ、右手は柄を握りたるまゝ前方に伸し、柄當りをなし、其足踏みのまゝ體を左へ廻して、後方に向ひつゝ、抜き付けみぎてにて斬り、直に前方の右へ振り向き上段に斬る。」が記述されています。

 この大江居合の「行違」は、すでに解説した、古伝の抜刀心持之事10本目「連達」:「歩ミ行内前を右之拳尓て突其侭二左廻りに振返り後を切り又前へ振向いて打込也。」なのです。

 古伝の11本目「行違」とは異なります。何故このようなことが大江居合の奥居合には多いのかどこにも理由を伝てくれるものがありません。

 細川先生の居合兵法無雙神伝抜刀術奥居合之部13、「行違」:「(擦違ひに左側の者を斬る)正面へ歩み往きつつ(右側の者を斬る)鯉口を切り左足を踏出しながら右手を柄に掛け 右足を踏出すなり刀を向ふへ引抜き 左足を踏出しつつ(刃部を外へ向け)左腕外へ突込み 更に右足を踏出すと共に擦違ひに刀を向ふへ摺抜き(対手の左側を軽く斬り)直ぐ左斜めに振返へりつつ 諸手上段に振り冠り 右足踏込んで斬込み 刀を開き 納め終る。」 

 細川家には山川幸正が大黒元右衛門から借り出した古伝の伝書が下村茂一にもたらされたのでしょう。
 それにより古伝の業と業名が一致する事となるようです。谷村派は古伝の伝書をもたず、口伝口授による誤まった伝授が繰り替えされたと私は思っています。昭和の初めには気が付かれたと思いますが、修正されずに大江居合が現代居合となって残ったと思います。

 夢想神伝流の檀崎先生の夢想神伝流居合には奥居合之部立業其の6に「行違」の業名があり、その意義及び動作は、あらまし大江居合の「行違」の変形です。従って古伝の「行違」ではありません。

 山蔦先生の夢想神伝流居合道も大江居合の「行違」で古伝の「行違」ではありません。夢想神伝流の両先生とも、中山博道先生が伝授された「行違」では無く、大江先生の「行違」が伝わったのかもしれません。博道先生も大江先生の「行違」を習ったのかもしれません。

 現代では居合も他の武術も、古伝の伝書は公けにしないと言う理由は何処にもありません。古伝の原本を譲られても、文字も書かれている事すら理解できないかもしれません。文字が読めて古伝の伝書発行当時の言葉が理解でき、引き継がれてきた動作と対比し誤りなのか変化なのかを見極める力が大切で、口伝口授ではかなりのズレをもたらし、古伝の心は中々伝わってこないでしょう。オープンにして識者を交え研究し直さなければ、ただの踊りを稽古するに過ぎないとも言えます。
 それが現代だと言い切るならば、それまででしょう。

| | | コメント (0)

2025年9月21日 (日)

古伝神傳流秘書 抜刀心持之事 従是立事也10本目「連達」

古伝神傳流秘書 
抜刀心持之事 従是立事也
10本目「連達」:「歩ミ行内前を右之拳尓て突其侭二左廻りに振返り後を切り前を振向て打込也。」

 我を中にして、前後に敵を伴って歩み行く内に、前を行く敵の後頭部を右拳で突き、其の侭左廻りに振り返って後ろの敵に抜打ちし、前に振り返って打ち込むのである。

「前を右の拳尓て突」のですが、もし相手が我が前方から歩み来たり、前の敵が我をよけて後ろに廻り、二番目に来た敵を突くならば、眉間が良さそうです、それも我が拳で突くのです。
 敵と我が同方向に我を中にして並んで歩み行くのならば前の敵の後頭部でしょう。
 後の敵を抜打つ動作は指定されていませんから、変化に気付いて振り向くのか、吾背後にいたのかでは業を繰り出す速さは大きく異なります。上に抜き上げ切り下すのも、横一線の抜き打ちでも、敵がすでに抜刀して今にも振り下ろさんとするならば刃を上にして抜き上げて敵の拳を斬るのも稽古次第でしょう。前敵に振り返るのも、左廻りも右廻りも状況次第です。
 現代は形に捉われ過ぎですが、抜刀心持之事には括弧書きで(格を放れて早く抜く也 重信流)とされています。

 古伝の10本目「連達」の動作は大江先生の剣道手ほどき大正7年1918年奥居合 立業の部14番「行違」に垣間見れます。
6本「行違」:「(進行中正面を柄頭にて打ち、後を斬り又前を斬る)右足の出でたる時、(敵顔面を柄頭にて)左手は鞘と鍔を拇指にて押へ、右手は柄を握りたるまゝ前方に伸し、柄當りをなし、其足踏みのまゝ體を左へ廻して、後方に向ひつゝ、抜き付右手にて斬り、直に前方の右へ振り向き上段に斬る。」

 大江先生の手付けは、敵と同行するのか、敵が前から来るのかですが業名「行違」であり、(敵顔面を柄頭にて)柄當ですから、前から来る敵とするのが普通でしょう。
 

  大江先生の「剣道手ほどき」より
  9、「行連」:「(進行中右に斬付け又左を斬る)・・・。」
10、「連達」:「進行中左を突き右を斬る)・・・。」
 

  細川義昌先生相伝の居合兵法無雙神伝抜刀術奥居合之部
11、行連:「(左右の者を斬る)。・・右手を柄に掛け 右へ振向くなり 抜打ちに(右の者へ)斬り付け 直ぐ左へ振返へりつつ諸手上段に振冠り 右足踏込んで(左の者へ)斬込み 刀を開き 納め終る。」

これは古伝の「行連」でしょう。

12、「連達」:「(前後の者を斬る)。正面へ歩み往きつつ 鯉口を切り右手を柄に掛けるなり抜打に(前の者へ)斬付け すぐ(左廻りに)後へ振返へりつつ諸手上段に振り冠り 右足踏込んで(後の者へ)斬込み刀を開き納め終る。」
 
 これは古伝の「連達」の動作の様ですが、我が前の敵に突く動作がなく、前の敵も後ろの敵も斬って居ます。三人前後して、連れ立つのならば、此の方が手っ取り早そうですが、古伝は「前の敵を右の拳にて突き」と、突き飛ばしておいて、後ろの敵を斬っています。


13、「行違」:「摺違ひに左側の者を斬る)正面へ歩み往きつつ(右側を通り)鯉口を切り左足踏出しながら右手を柄に掛け 右足踏み出すなり刀を向ふへ引抜き 左足踏出しつつ(刃部を外へ向け)左腕外へ突込み 更に右足踏み出すと共に摺違ひに刀を向ふへ摺抜き(対手の左側を軽く斬り)直ぐ左斜めに振返へりつつ 諸手上段に振冠り 右足踏込んで斬込み 刀を開き納め終る
。」

 これは古伝の10本目「行違」:「行違二左の脇へ添へて拂ひ捨冠って打ち込む也。」で現代居合ではこの形を演じている人は古伝研究会に参加された方以外に拝見したことがありません

 細川居合は古伝に近いと思います。大江居合と細川居合の13番「行違」と大江居合14「行違」とは別物で、この違いも何故と言ってみても答えは無さそうです。江戸末期から明治中頃までの大きな社会情勢に、居合が置き忘れられていた、その為創作されたのかとしか今の私には思えません。

 檀崎先生の夢想神伝流居合奥居合立業其の6「行違」:「1、意義 吾、前進し、敵両名前後して進み来る時、敵の両者の間に在りて、敵に接近し、前面の敵の顔面人中に柄頭を当て後方の敵を突き倒し、更に向き直りて、前面の敵を斬下して勝つの意である。2動作・・。」

 山蔦先生の夢想神伝流居合道奥居合立業の6本目「行違」:「檀崎先生と文章表現は違いますが同様でしょう。」動作は両先生とも大江居合の「行違」です。

 

 

| | | コメント (0)

2025年9月20日 (土)

古伝神傳流秘書 抜刀心持之事 従是立事也9本目「行連」

古伝神傳流秘書 
抜刀心持之事 
従是立事也9本目「行連」:「立って歩み行内に抜て左を突き右を切両詰に同事也」

 抜刀心持之事4本目「両詰」:「抜て片手にて左脇を突き直に振り向いて右脇を切る。」

大江先生の「剣道手ほどき」より奥居合立業の部10番目「連達」:「(進行中左を突き右を斬る右横へ右足を踏み、體を右に避け、刀を斜に抜き、左横を顧みながら刀を水平として左を突き、右へ體を變じて上段にて斬る。」

 大江先生の奥居合立業の順番は9本目「行連」:「(進行中右に斬付け又左を斬る)直立體にて正面を向き、右足より數歩出で、道場の中央となりたる處にて、左足を左横に踏み、上體を稍や左横に寄せ右足を右横に踏み出す時、中腰にて抜き付け、上段にて右を斬る、其足踏みのまゝ、左横に體を返して、上段にて中腰にて斬り、同體にて血拭ひ刀を納む、(血拭ひ刀納めは以下之と同じ。」
 
  この大江先生の奥居合立業9本「行連」の動作は古伝の抜刀心持之事には見当たりません。大江先生の独創もしくは伝書を持たなかった谷村派の独創かも知れません。奥居合には古伝との違いが見られます。

細川義昌先生相伝の居合兵法無雙神伝抜刀術奥居合之部11、「行連」:「(左右の者を斬る)正面へ向ひ 歩み往きつつ 鯉口を切り右手を柄に掛け 右へ振向くなり 抜打ちに(右の者へ)斬付け 直ぐ左へ 振返へりつつ諸手上段に振冠り 右足踏込んで(左の者へ)斬込み 刀を開き 納め終る。」

 細川先生の相伝の「行連」も古伝とは業名は同じでも順番も動作も異なります。更に12、「連達」:「(前後の者を斬る)正面へ歩み往きつつ 鯉口を切り右手を柄に掛けるなり抜打に(前の者へ)斬付け 直ぐ(左廻りに)後へ振返へりつつ諸手上段に振冠り 右足踏込んで(後の者へ)斬込み刀を開き納終る。」

 細川家には古伝の伝書が残されていたはずですからこうなる理由が知りたいものです。

 河野先生の「無雙直傳英信流居合術全」より奥居合立業之部1、「行連」ですが、之は「右斜め前の敵を抜き打に切り付け、直ちに左斜前に向き乍ら雙手上段に引冠り・・切り込み」で古伝の「行連」ではありません。
 古伝の「行連」と同じ動作は2、「連達」:「正面に向ひて前方に歩み行きつつ、例に依りて静かに鯉口をきり右手を柄に掛けると同時に右足を右斜前に踏出し左後に振り向き右斜に刀を抜き取りて左肩先に刀を水平に刀の鍔元迄突込みて左後の敵を斃し、更に右斜前に振り向きつつ雙手上段に冠りて切下し納刀する事前に同じ。」

檀崎先生の夢想神伝流居合奥居合之部立業其の1「行連」:「1意義 吾、不法に連行されるような場合、我を中に左右に敵あり、前進中敵の機先を制し一歩やり過し乍ら右敵を抜打に倒し、更に左の敵の振向かんとするを斬下して勝つの意である」と大江居合の順番が踏襲されています。
 其の2「連達」:「1意義 前述の行連と同様の場合、吾、右後方に僅かに一歩右足を開くと同時に、刀を右真横に抜き、左敵を刺突し、更に右方の敵を斬付けて勝の意である。2動作 正面に向って直立し、左右の敵の中にあって歩み行きつつ、静かに右足を右に一歩開くと同時に刀を右横一文字に刃を上外側にして抜き、刀先が鯉口を放るると同時に左敵を刺突し、更に右敵に向い受流す如く振冠り真向より斬下し、血振し、納刀する。

山蔦先生の奥居合立業1本目「行連」:「(行連)右の敵を一歩やりすごし右片手で抜打ちに右の敵の左肩口を袈裟に斬下す。左の敵(自分より一歩くらい先に出ている)が驚いて自分の方に振りむいたところを、右側より刀を受流しに振りかむり、体を左の敵に向け諸手上段にとり真向から斬下すわざである。」

2本目「連達」:「(連達)行連と同じように左右の敵にはさまれて歩いて行く途中、右足を少し右前に踏出し、刀を右方へ横一文字(刃は平らに外を向く)に抜出し、刀先が鯉口を放れるや、自分よりやや前方に出ている左の敵の右脇腹あたりを突き刺し、そのまま約160度右に向きを変え、一歩くらい自分より前に出ている右の敵が驚いて振向くところを、上段より真向から斬下すわざである。敵が左横にあるとして、左ま横を突いてもよい。伝書では、左の敵が攻撃せんとするので、体を右寄りにさける想定をしている。」

 大江先生も、檀崎先生、山蔦先生いずれも古伝の「行連」と「連達」が順番を入れ替わってしまっています。山蔦先生の「伝書では・・」については、伝書とは何かは不明ですし、読んだことがありません。

 武術流派は何でも、手付などの伝書は特定の印可を与えた者以外には極秘とされています。その思いは、武術が武士にとっては意味があっても、意味もなく現代にも引き継がれています。その為に正しい手付が伝わらず混乱していることは困ったものです。

 

 

 

| | | コメント (0)

2025年9月19日 (金)

古伝神傳流秘書 抜刀心持之事 従是立事也8本目「人中」

古伝神傳流秘書 
抜刀心持之事
従是立事也
8本目「人中」:「足を揃へ立って居る身二そへて上へ抜き手をのべて打込む納るも躰の中尓て納る。」

 業名は「人中」ですから、群集の中での戦いの心得でしょう。足を揃えて立ち、刀を左脇に添えて上に抜き上げ、手を伸ばして上段から前面の敵に斬り込む、納刀も体の幅から刀が出ない様に納める。

大江先生の奥居合立業の部には「人中」の業名は無い。古伝の「人中」と動作が同じ業がある。
17番「壁添へ」:「(進行中立留り両足を踏み揃へ上に抜き直下に斬下し竪立に刀を納む)中央に出で體を直立とし両足を揃へ刀を上に抜き上段となりて趾先を立てゝ眞直に刀尖を下として斬り下し、其體のまゝ刀尖を下としたるまゝ血拭ひ竪立として納む。」

細川義昌相伝の居合兵法無雙神伝抜刀術奥居合之部10、「人中」:「(群衆中にて前面の者を斬る)正面に向ひ 直立の儘(刀は落差に)鯉口を切り 右手を柄に掛けるなり 刀を真上へ引抜き(左より背部へ廻し)素早く諸手となり 前者へ斬込み(両足の間へ斬下す)其儘刀を開き、柄を上へ引上げ(刀尖を真下に釣下げる様にして)納め終る(体は直立の儘動かさぬ事)。」

 細川先生の「人中」と大江先生の「壁添」の動作は同じと思いますが、その想定が大江先生は「壁添」で、壁に囲まれた狭い場所を思い描きます。細川先生は「人中」ですし、想定に群集中と明記され古伝に沿っています。大江居合の不思議なところでしょう。

 

| | | コメント (0)

2025年9月18日 (木)

古伝神傳流秘書 抜刀心持之事7本目「棚下」

古伝神傳流秘書 
抜刀心持之事
7本目「棚下」:「大森流「逆刀」の如く立て上へ抜打込む時躰をうつむき打込 是ハ二階下様の上へ打込ぬ心持也。」

 古伝大森流居合之事8本目「逆刀」:「向より切て懸るを先々に廻り抜打二切右足を進んて亦打込ミ足踏揃へ又右足を後へ引冠逆手に取り返し前を突逆手二納る也。」

 谷村亀之丞自雄先生直筆英信流目録の大森流居合之位8本目「逆刀」:「是磐坐して居り春っと立 其侭引抜向ヱ拝ミ討二打チツヅケテ二ツ打 其時両足を前へ揃ヱ太刀を亦かむり其時右の足を跡へ引春ねをつき 亦太刀を前へそろりとおろし右を逆手尓とり 左の手尓て刀のむ年をおさへ太刀の刃を上へ向て 手前へ少しそろりと引納る也。」

 大森流「逆刀」の様に刀を上に抜き上げ敵の斬り込みを摺落とし、打ち込む際には、天井や梁などに切先が斬り込み不覚を取るのを「俯き打ち込む」のだと言う心得を「棚下」として古伝は述べています。

 大江先生の奥居合6番目「棚下(頭を下げて斬る)」:「座したる處より、頭を前方へ下げ、稍や腰を屈め右足を少し出しつゝ、刀を抜き、上體を上に起こすと同時に上段となり、右足を踏み込みて眞直に切り下す。」

 細川義昌先生相伝の居合兵法無雙神伝抜刀術奥居合之部8、「棚下」:「(上の閊へる所にて前の者を斬る)正面に向ひ居合膝に座し 例により鯉口を切り右手を柄に掛け体を前へ俯け腰を少し浮かせ 左足を後へ退き伸し 其膝頭をつかへ 刀を背負ふ様に左後頭上へ引抜き 諸手を掛け 前者へ斬込み 其まま刀をみぎへ開き納つつ 体を引起し右脛を引付けるなり 左踵上へ臀部を下し 納め終る。」

 河野先生の無雙直傳英信流居合術全昭和8年1933年 奥居合居業之部6、「棚下」:「正面に向ひ立膝に座し、例に依りて柄に手を掛けると同時に體を前に「うつむけ」、體を低くして右膝を立て左足を右足踵に引付けると同時に刀を左肩より頭上に引抜くと共に雙手を掛け右足を進めて前に低く切り込み、(打下したる時は上体は眞直に)刀を開き納刀する事前に同じ。」

 河野先生の大日本居合道図譜昭和18年1943年より奥居合之部第6本目「棚下」:「意義 棚の下等の頭の閊へる低い場所にある時之を這ひ出でて正面の敵を斬るの意なり。動作 上体を屈め右足を深く前に踏込み(着眼は正面に)乍ら刀を抜く、左膝を右足踵迄引付けつゝ上体を起し乍ら諸手上段となり、右足を一歩踏込むや敵の真向に打下す。血振ひ納刀する事同じ。」

 河野先生は初めは、棚下で抜刀し斬り込む仕草を書かれていましたが、その10年後には、低い場所から抜け出してからキロい込む業に変えてしまっています。現代の24代の「棚下」も河野流ですが、古伝は低い場所では、斬り込む際に体を低くして斬るのだと言っています。

 檀崎先生の「夢想神伝流居合」奥居合之部居業其の6「棚下」:「1意義 吾、棚下などの頭の閊へる低き場所にある場合、その所を這い出でて、正面の敵を斬るの意である。
2動作 正面に向い立膝に座す、刀に両手をかけるや、右足を一歩踏出すと同時に上体を前に低く俯向きて刀を抜き、左肩側から頭上にとり同時に右足踵に左膝頭を進め、右膝を直角に踏み出して敵を真向に斬下し、血振納刀する。
3注意 イ)此の動作は、常に低い場所にての所作と考えて行うを要する、斬下す場合は、棚から這い出してとあるも低い場所にての刀の操法と弁(わきまえる)える。ロ)刀を抜く時、一歩踏出す場合と、一歩後方に引く場合とあり、何れにても、よく低い場所にての所作と解すればよい。」 

 檀崎先生意義では低い場所から這い出て斬るとされていますが、疑問だったのでしょう。低い場所での、運剣を強く語りたかったようです。

 山蔦先生の夢想神伝流居合道「奥伝 奥居合坐業」6本目「棚下」:「棚の下、縁の下など頭がつかえるような天井の低い場所に自分がいて、その低い場所を出た前方に敵が居る。低い所から這い出た瞬間、前の敵を斬下す動作で、眼は前方につけ、頭と上体をできるだけ低くして、右足を大きく前へ出しながら抜刀する。左膝を右踵に引寄せながら、左肩側より刀を背負うようにかむり、体を起しながら、右足を一歩踏出す(低い所より一歩外へ出た想定)や正面の敵を斬下す。
 状況により右足をうしろに引いて刀を抜く場合、低い所の距離が長ければ、抜いた刀を背負った低い姿勢で、1,2歩這い進むことも考えられる。棚下の時、小さい円を自分の顔の前で描くようにして、刀先は頭上高くしないところが独得である。またこのわざには、暗い所や暗夜にて前方の敵をすかしてみる心持で行えとの教えがある。」

 山蔦先生の「棚下」も河野先生の想定が使われているようです。古伝の教えに尾ひれがついて、別物になった感はいなめませんね。低い所での抜刀して斬り込む、心得で剣先が棚下、天井下に斬り込まない様に、抜き出し、斬り込む際体を低くして切先が仕うがい物に斬り込んで不覚を取るなと言う古伝の意図が見えなくなりそうです。

  此の「棚下」について英信流居合目録秘訣 先生口授ノ侭ヲ記 という覚書が曽田先生の写し書きにあります。
「外之物ノ大事 外ノ物トハ表ノ仕組ヨリ外ノ大事ト云フ事也」の「上意之大事」に虎走・両詰・三角・四角・門入・戸詰・壁添・棚下・鐺返・行違・・などの解説があります。
 「棚下」:「二階下天井ノ下抔二於テ仕合フ二ハ上ヱ切アテヽ毎度不覚ヲ取物也、故二打込ム拍子二脺(すね)を突イテ打込ム可シ、此習ヲ心得ルトキワス子ヲツカストモ上へ不當心持有」と書かれています。この教えは第9代林六太夫守政の教えを第10代林安太夫政詡が書き残したものかも知れません。確証はありません。



 

 

| | | コメント (0)

2025年9月17日 (水)

古伝神傳流秘書 抜刀心持之事6本目「四角」

古伝神傳流秘書 
抜刀心持之事
6本目「四角」:「抜左の後の角を突 右の後の角を切 右の向を請流し 左の向を切 又右の向を切る也。」

 古伝の三角が「抜て身を添へ右廻りに後へ振り廻りて打込也。」という意味不明の手付でしたから、現代ではあらぬ方に持っていかれて何が何だか、弄ばれ挙句は、切り捨てられた業でした。
 そこへ行くと6本目「四角」はすっきりした手付です。敵は左後・右後・右前・左前で我を中に4人の敵が取り囲んだ状況です。
 業の動作は細川義昌先生相伝の居合兵法無雙神伝抜刀術が古伝を忠実に演じています。
奥居合之部7、「四角」:「(四隅に居る者を斬る)正面より(左廻りに)後向き 居合膝に座し 例により鯉口を切り右手を柄に掛け腰を伸し右脛を立てつつ(右前へ掛かると見せ) 刀を其方向へ引抜き 咄嗟に 左膝頭で(左廻りに)後斜へ廻り向き 左後隅の者を(右片手にて)突き直ぐ右へくるりと廻りつつ 諸手上段に引冠り 右後隅の者へ斬込み 直ぐ左へ廻りつつ 刀を頭上へ振冠り (右前隅の者より斬込み来る太刀を受け流しながら)左前隅の者へ斬込み 直ぐ再び右へ振向きつつ 諸手上段に引き冠り 右前隅の者へ斬込み 刀を開き 納め終る。

 細川先生相伝の敵の位置は我を交点に✖印の頂点に敵が居る想定です。古伝の手付通りでしょう。でも何故正面に対し後ろ向きになってこの業を演じるのでしょう。最後に右前隅の者を斬った時に、正面に斜め右向きで終わっていますよね。

 大江先生の「剣道手ほどき」奥居合3番「四方切」:「右足を右斜へ出し、刀を右斜に抜き、刀峯を胸の處に當て、刀を平として斜に左後を突き右側面の横に右足を踏み變へ、上段にて切り、右足を左斜横に踏み變へて(受け返して打つ)上段となりて切り、右足を正面に踏み變へて、上段より切る。

 大江先生の敵の位置は、左後・右前・左前・正面という変形です。我が前面に三人並び座し、左後ろに一人と言う詰め合いでしょう。古伝から見れば「砕き・変化業」を、正統として強いる意味が読めません。

 河野先生の無雙直傳英信流居合術全も大日本居合道図譜も大江先生の敵の配置です。

 檀崎先生の夢想神伝流居合の奥居合之部居業その3「四方切」:「1、意義 吾、四面に多数の敵を控えた場合、其の敵の刀を受け流しつつ変体して是を斬り倒す意である。2動作 正面に向い立膝に坐し、両手を刀にかけると同時に、後方の敵に目を注ぎ右足を右前に一足長踏込み刀を抜き後方の敵の左胸に突込み 直ちに右敵に振向き乍ら受流しに振冠り右足を直角に踏み乍ら斬下す、次に左膝を軸として大きく後方に廻りながら受流しに振り冠り右足を直角に踏みながら斬り下ろし、又左膝を軸として正面に転廻し乍ら振り冠り右足を直角に踏込み正面の敵を斬撃して血振、納刀する事前述に同じ。

 敵は吾の何処に坐して居るのかが、直ぐには分からないような書き込み方です。
 まず正面を向いて座す、後方の敵に目を注ぎ抜刀して後方の敵を刺突する、右敵の斬り込みを受流して斬り付ける。後方(左敵)に廻り左敵の斬り込みを受流して斬り下ろし、正面に向き上段から斬り下ろしす。ですから、我を中心に正面・後・右・左の十文字の先に敵は座しているというのでしょう。敵を斬る際の目付で後方の敵を刺突する際、正面の敵と向き合っているのに「後方の敵に目を注ぎ」では正面の敵に抜討ちに斬られそうです。「両手を刀にかけて、正面の敵を牽制するや・・」と責める心積りが感じられるまで、稽古をすべきでしょうね。

 山蔦先生の奥居合坐業3本目「四方切(四角)」:「前後左右に四人(四面多数の敵に囲まれた場合の刀法でもある)まず、刀をやや斜め右前に抜きうしろの敵の左胸部を刺し、受流しに左側より刀を振りかむり、約90度右にまわって右の敵を斬り、ただちに180度左にまわり(刀を右より受流しに振りかむりながら)して左の敵を斬る。さらに90度右にまわって、正面の敵を真向から斬下すというわざである。敵の位置により、直角あるいは斜め横に向き、その方向を攻撃する場合もあり得る。このわざも立姿で行える。 

 山蔦先生と檀崎先生の敵の坐す位置は同じ、正面・右・左・後でしょう。

 古伝の敵の位置は左後・右後・左前・右前でした。大江先生の敵は左前・正面・右前・左後でした。何処に敵が座そうとも斬り込んで勝ことが稽古のポイントとしたいものです。「何やってる??違う」と飛んでくる古参の先輩もおられそうです。
 

 

| | | コメント (0)

2025年9月16日 (火)

古伝神傳流秘書 抜刀心持之事5本目「三角」

古伝神傳流秘書 
抜刀心持之事
5本目「三角」:「抜て身を添え右廻り二後へ振り廻りて打込也」

 この「三角」の業手付は、想定は書かれていませんし、動作も中途半端な雰囲気です。想像すれば正面に我が方を向いた敵が居、我が後ろ左右に我が方を向いている敵が仕懸けんとする、気を察するや、前面の敵を牽制する様に、刀を抜右斜めに抜き出し、左後ろの敵を刺突する。刀の峯に左手を添えて刃を外に向け、右廻りに、前面の敵を牽制しつつ、右後ろに廻るや上段に振り冠って斬り下ろし、左廻りに廻りつつ上段に振り冠って前面の敵に斬り下ろし勝。

 英信流居合目録秘訣 先生口授ノ侭ヲ記
1三角:「三人並居ル所ヲ切ル心得也、ケ様ノトキフカブカト勝タントスル故二オクレヲ取ル也、居合ノ大事ハ浅ク勝事肝要也、三人並居ル所ヲ抜打二紋所ノアタリヲ切先ハヅレ二ハロヲトキハビクトスルナリ其所ヲ仕留ル也三人ヲ一人ヅツ切ラント思フ心得ナレバ必仕損スル也一度二拂フテ其ヲクレ二付込テ勝ベシ。」

 敵は我前面に三人横並びなのか、前に二人、後ろに一人、それともその逆で前に一人後ろに二人、いずれでも通ずる教えです。先生とは第9代林六太夫守政で書かれたのは第10代林安太夫政詡のようです。

細川義昌先生相伝の「居合兵法無雙神伝抜刀術」の奥居合之部六、「三角」:「(前右後の三人を斬る)正面より(左廻りに)後向き 居合膝に座し 例により鯉口を切り右手を柄に掛け 前に掛かると見せて 右足を摺り出し腰を伸し 刀を引抜くなり 右足を左足に引きよせるなり刃部を外へ向け 左脇外へ深く突込み 立上りつつ右へくるりと廻りながら前、右、後の三人を軽く斬り 正面へ向く 同時に左膝を跪きちち諸手上段に引冠り 右足踏込んで斬込み刀を開き 納め終る。」

大江先生の奥居合には「三角」に相当する業名も動作も見られない。
大江居合によるであろう檀崎友影先生も山蔦重吉先生も河野百錬先生の手付にも「三角」に相当する業は見られないが、「戸詰」:「(右を斬り左を斬る)・・」に変形され更に、我が前面左右に戸があり其影に敵が潜む業として稽古されてきたと思われます。

山蔦先生の奥居合坐業に4本目「戸詰(三角)」:「自分の前の左・右に戸(または襖)があり、その陰に敵が潜んでいる。敷居ごしにまず、右足を一歩右斜めに踏出し、抜打ちに右の敵へ抜付け、ただちに右側より受流しに刀を振りかむりながら右膝をつき、左膝を立て(右、左踏替え)左側の敵を斬る。右より左への旋廻はすばやく行う。」

檀崎先生の夢想神伝流居合昭和44年1969年発行では奥居合之部居業其の4「戸詰」:「1、意義吾、直前に敷居がある、その敷居越しの左右に座する敵の機先を制し、敷居越しに一歩踏込みて右側の敵を抜打にし更に左側の敵をも斬りて勝つの意である。 2、動作正面に向って立膝に座し、刀に両手をかけるや右足を、右斜前に踏み込み右手にて右側敵に真向より抜討ちに斬付け、直ちに右敷居越の敵に向え受流しに振冠り右膝を突き、左側敵を斬下し、血振して納刀する。」

 檀崎先生も山蔦先生も、目の前左右に戸があってその陰に隠れている、右敵、左敵を斬って居ます。敵は前に2名しかいません。
 檀崎先生はその後に出された「居合道その理合と真髄」昭和63年1988年発行の奥居合の部居業その5「三角」では三人の敵を左、右、前と受、前の敵に抜付け右に廻って右敵を斬り、左に廻り乍ら前・左と傷つけながら廻り左の敵を斬り、前面の敵を斬るとした動作にされています。

 

 

| | | コメント (0)

2025年9月15日 (月)

古伝神傳流秘書 抜刀心持之事4本目「両詰」

古伝神傳流秘書 
抜刀心持之事
4本目「両詰」:「抜て片手尓て左脇を突き直二振向いて右脇を切る」

 抜刀心持之事4本目は「両詰」、そのまま読めば、立膝に座し正面を向いて座す。我の左右両側面から敵に攻めよられる状況でしょう。
 敵が右前でも右後ろでも無い、当然左前でも左後ろでも無いと想定すべきでしょう。それでは敵は何処を見て我が左右に座して居るのか。それも我同様正面を向いて座す。我との間隔はせいぜい座布団一枚の開きでしょう。
 左右の敵を仕留めるにあたり、抜刀の體裁き足捌きが示唆されていません。我と横一線に座す左右の敵であれば、敵はどのように位置を変える事になるでしょう。我が先に仕掛け、敵は何処にいるでしょう。

第17代大江正路・堀田祐弘共著「剣道手ほどき」大正7年1918年「大森流居合(抜方と順序)」5番「戸脇」:「(左を突き右を切る)右足を右斜へ踏み出し、刀を抜き、左横を顧みながら突き、足踏みは其まゝにて上體を右横に振り向け、上段にて切り下す。

 大江先生の手付でも、敵の動きが見えません。と言うことは敵の動きを察知して抜刀し突く斬るのでなければなりません、そのために、稽古では敵は動かず立膝に座して静止している事にして、抜刀の仕方、突く形、斬る體裁きを稽古しておく事としたのでしょう。
 業の順番も古伝は抜刀心持之事 1向拂・2柄留・3向詰・4両詰・5三角・・・
 大江先生「剣道手ほどき」
奥居合1霞・2脛囲・3四方切・4戸詰・5戸脇・・・


細川義昌先生相伝「居合兵法無雙神伝抜刀術」昭和40年1965年英信流奥居合之部、5「両詰」:「(左右に座して居る者を斬る)正面に向ひ居合膝に座し 例により鯉口を切り 右手を柄に掛けるなり 腰を伸し(右へ掛かると見せて)右足を少し右へ踏出し其方向へ刀を引き抜き 咄嗟に左へ振向き(右片手にて)左側の者の胸部を突き 直ぐ右へ振り返へりつつ 諸手上段に引冠り右側の者へ斬込み 刀を開き 納め終る。」

 手付の文章から敵の動きは読めませんが、「右足を少し右へ踏出し 踏出した足に沿って右斜め前へ刀を引き抜き 咄嗟に左へ振り向き、左敵を見るや其の胸に突き込む」と読めてきます。体を右敵に振り返して斬り込む。
 古伝の「両詰」は4本目ですが、細川先生相伝では5本目「両詰」で、4本目に「前後詰」が加えられています。これは「前後に座して居る者を斬る」業ですが、古伝には「前後詰」は存在しません。
 古伝の教えは「両詰」で敵の座す位置を「抜て片手尓て後を突き直二振向いて前を切る」とすれば稽古は出来るとしたのだろうと思います。敵は業手付と異なる位置に座すこともあり、それを業手付の形から如何様に「砕き・変化」させるかが大切な稽古なのです。演武会や演武仕合などで特定の形を演ずる事が目的ではなかったと言えるのでしょう。


河野 稔先生の「無雙直傳英信流居合術全」昭和8年1933年より奥居合居業之部4
「戸脇」:「正面に向ひ立膝に座し、例の通り柄に手を掛けると同時に右足を右斜前に踏込て右斜に刀を抜き取りて顔及び胸を左後に向けて拳を返して刀尖を左肩より鍔元迄水平に突込みて、左後方の敵を斃し、直ちに右斜に振向き直りつゝ雙手上段となりて切り下し、刀を納め終る事前に同じ。」 

 これは大江先生の奥居合5本目「戸脇」:「(左を突き右を切る)・・」と同様で、古伝の4本目「両詰」でしょう。

河野稔百錬著「大日本居合道図譜」昭和18年1943年より奥居合之部4本目「戸脇」:「意義、戸詰と同様の場合右向ふと左後に敵あり。左後敵を刺突し右敵に斬下して勝つの意なり。
動作、右足を右斜前に一歩踏込むや柄頭にて右敵を抜打つ気勢にて牽制しつゝ刀を右に抜き左に注目して抜き放つ(此時刃を返して外に向ける)刀を抜き取るや直ちに其体勢にて後敵を刺突す。次に直に諸手上段となりつゝ右に向き同体勢にて右敵の真向に斬下し血振り納刀す。
註1、右肘はあまり上げず、柄頭が前膊部の外に触れる位ひ、刀は水平、上膊部の中程の高さ腕に近接して突く。
註2、突く時特に左肘を落して後ろに引く心得の事」」

  
 河野先生の奥居合之部4本目は、古伝の4本目「両詰」と想定は同じでしょう。但し敵の座して居る位置が古伝は左右と思えます、河野先生は右向ふと左後です。この違いからの我の動作と敵の動作を稽古相手を置いて稽古して見ましょう。実際の敵が居ない仮想敵相手の演武では、見事な體裁き、剣裁きでも形に捉われてしまうと問題がありそうです。


 檀崎友影先生の業で古伝の「両詰」を思わせる業は「夢想神伝流居合」昭和44年1969年奥居合之部其の5「戸脇」でしょう。

 奥居合之部居業其の5「戸脇」:「1、意義 吾直前に敷居あり、敷居の向う側右と、左に敵を受け左前の敵を刺撃し更に右方の敵を斬りて勝の意である。
2、動作 正面に向って立膝に座し、刀に両手をかけるや左敵に目を注ぎ、右足を右斜め後に踏込刀を水平に刃を外側に抜きとるや左方敵左肩下に突込みて敵を斃し、直ちに右斜に振り向き乍ら、上段となりて斬下し血振いして納刀する。
 

「夢想神伝流」の山蔦重吉先生の奥居合坐業5本目「戸脇(向詰)」:「自分の前に戸(または襖)があり、その右戸陰に敵が潜んでおり、敷居のこちら側で、自分の左側(あるいは左斜め後方)にもう一人の敵がいる。
右足を一歩右斜め前に踏み出すや(敷居の上か敷居ごしの想定)右手にて刀を刃を外水平に抜き左の敵の左肩を刺し、そのまま足と体を右に旋回し、右戸陰の敵を上段より斬下すわざである。」・・伝書の「向詰」とは、自分の右前に戸などの障害物があって、詰っている意味である

伝書の3本目「向詰」:「抜て諸手を懸け向を突打込也」。伝書の4本目「両詰」:「抜て片手尓て左脇を突き直二振向いて右脇を切る」。
山蔦先生の添え書きの業は疑問ですし、「戸脇」の古伝は:「・・」業名が見当たりません。

 吾左側に坐す敵を刺突し、右側に座す敵を斬る、業は、敵をどの様な位置に置くか、障害物をどの様に置くかによっても、動作の細部は変化せざるを得ないでしょう。是を新陰流では「砕き」と言い変化業としています。中学生に指導するために基本業のみ指導された大江先生の形に固執すれば「砕き」は認められません。しかし、業の順番も想定も動作もそれぞれの師匠による当流は「砕き」ばかりです。



 

 

| | | コメント (0)

2025年9月14日 (日)

古伝神傳流秘書 抜刀心持之事3本目「向詰」

古伝神傳流秘書 
抜刀心持之事
3本目「向詰」:「抜て諸手を懸け向を突打込也。」

 古伝は、動作の要点だけです。刀を抜いて、諸手を懸け、切先を正面の敵に向け、正面に突き込み、上段となりて打ち込み納める。


第17代大江正路先生の「剣道手ほどき」大正7年1918年より「奥居合」3
番「四方切」:「右足を右斜へ出し、刀を右斜に抜き、刀峯を胸の處に當て、刀を平として斜に左後を突き右側面の横に右足を踏み變へ、上段にて切り、右足を左斜横に踏み變て(受け返して打つ)上段となりて切り、右足を正面に踏み變へて、上段より切る。」

 大江先生の奥居合3本目は「四方切」となっています。古伝の3本目「向詰」と同様の業手付は「剣道手ほどき」の奥居合7番になっています。
 7番「両詰」:(抜放け諸手にて眞向を突き斬る)座したる處より右足を少し出して、刀を抜き、柄元を臍下に當て、右足を踏出して、前方を諸手にて突き、其姿勢のまゝ、上段にて前面を眞向に斬る。」 


細川義昌先生相伝「居合兵法無雙神伝抜刀術」昭和40年1965年英信流奥居合之部3、「向詰」:「(対座して居る者を斬る)正面に向ひ居合膝に座し 例により鯉口を切り 右手を柄に掛け両膝を立つなり右足を少し右前へ踏出し 其方向へ刀を引抜き 右足を引戻すと共に。刀尖を向ふへ。柄頭を腹部へ引き付け諸手となり(刀を水平に構へ)体を少し前へ進め 対手の胸部を突き 更に左足を進ませつつ諸手上段に引冠り 右足を踏込んで斬込み 刀を開き 納め終る。」


河野 稔先生の「無雙直傳英信流居合術全」昭和8年1933年より奥居合居業之部3「戸詰」:「正面に向ひ立膝に座し、例の通り柄に手を掛けると同時に右足を右斜前に踏込みて右片手にて切り付け、直ちに左膝頭を中心として左斜前に向き右足を踏み雙手上段にて切り付け、刀を血振して納むる事前に同じ。」
 

 これは大江先生の奥居合3番目「四方切」とも違い、4本目「戸詰」と同じです。河野先生に手ほどきされたのは第18代穂岐山波雄先生です。伝書の原本を知らなければ、業そのものは同じようであっても順番や動作や意義の細部が変わってしまう一例かも知れません。令和7年の現代でも、正統正流はこんなもので、脇へそれていってしまいます。

 河野先生の「無雙直伝英信流居合術全」奥居合居業之部7「両詰」:「正面に向ひて立膝に座し、例に依りて柄に手を掛け同時に腰を延し刀を前方に引抜き直ちに右足を前に踏み込みて刀を突込み、其突込たる刀を引き抜く氣持にて拳を體に引きつける氣味合にて直ちに雙手のまま上段に冠りて眞向を割りつけ、血振り納刀する事前に同じ。」


 河野稔百錬著「大日本居合道図譜」昭和18年1943年より奥居合之部3本目「戸詰」:「意義、我が直前の左右に戸(襖などの建具)あり、其の向ふ側に坐す敵の機先を制し、敷居の向ふへ一歩踏み込むや右の敵を抜打にし、直ちに左敵に斬下して勝つの意也。」
  
 河野先生の奥居合之部3本目は、古伝の3本目「向詰」とは異なります
 同様の業は奥居合居業7本目「両詰」:「意義、我が両側に障碍ありて、刀を普通の如く自由に抜き難き場合にして、刀を前に抜き取り前敵を刺突して勝の意也。動作、右手を刀にかけるや刀を前に抜き取りて青眼に構ゆ。右足を踏込み(左膝も進めて)て刺突し、刀を引抜く心持にて上体を進めて諸手上段に冠り敵の真向に斬下す。血振ひ納刀する事同じ。」


 檀崎友影先生の「夢想神伝流居合」昭和44年1969年奥居合之部其の3「四方切」です。
 古伝の3本目「向詰」と同様の業は其の7「両詰」となります。
 其の7「両詰」:「1意義、吾、両側に障害ありて、刀を普通のように抜き放ち得ない場合、刀を前面に抜き取りて、前の敵を突刺して勝つの意である。
 2動作、正面に向い立膝に座し、刀に手をかけるや、腰を僅かに浮かし刀を右前に抜くと同時に右足を前に踏み込みて敵を突込み、其突込んだ刀を引き抜く心持ちにて、拳を体に引付け、直ちに上段に振冠り、眞向より斬下し、血振、納刀する。
 3注意、両側に障害ある場合の所作であるが、ただ前方の敵に対しての動作となしても不都合はない。

 檀崎先生は「両側に障害ある場所」に拘ったのは、河野先生の「大日本居合道図譜」に依ったのでしょうか。古伝は障害など意識せずに正面の敵を刺突しています。


「夢想神伝流」の山蔦重吉先生の奥居合坐業7本目「両詰(両詰)」:「両側に障害物があり(両側が詰っている)、刀を普通のように自由に抜けない場合、刀を右前方に抜き、右拳を一転、刀の柄をたてに返し刀先を前方に、柄頭をへそ下に持って来て(青眼のように構える)右足を踏出すと同時に、前方の敵を諸手にて充分に突く。刀を引抜くと同時に振りかむり敵を真向から斬り下す。突いた刀を引突くと同時に振りかむるこの微妙な手と足捌きには口伝がある。血振りは壁添(立業)と同じく両側が狭いので、小さくしなくてはならない。伝書には無いが、後人が工夫した手として、このわざも立って行える。行進しながら抜刀、追いかけて敵を突き、引抜いて真向から斬下す。」

 山蔦先生の「夢想神伝流居合道」は昭和47年1972年発行の冊子です。3本目「四方切(四角)」、4本目「戸詰(三角)」
5本目「戸脇(向詰)」、6本目「棚下(「棚下)」、7本目「両詰(両詰)」、8本目「虎走り(虎走り)」

 奥居合の業の順番は古伝と現代とは異なってきています。大江居合が明治以降に浸透し、更に河野居合も後押ししたのかも知れません。夢想神伝流の場合も同様でしょう。

| | | コメント (0)

2025年9月13日 (土)

古伝神傳流秘書 抜刀心持之事2本目「柄留」

古伝神傳流秘書 
抜刀心持之事
2本目「柄留」:「乕之一足の如く下を留て打込」

 英信流居合之事2本目「乕一足」:「左足を引き刀を逆に抜て留め 扨打込ミ後前に同し。」

  抜刀心持之事は「(格を放れて早く抜く也 重信流)」と括弧が記されています。形に捉われずに状況に応じて最善の動作を素早く行えと言うのでしょう。
  抜刀心持之事2本目は「柄留」です。立って行う技なのか座して行う技なのかですが、1本目から6本目までは、座して行う技とされ、7本目から16本目まで立って行います。
 第17代大江先生の奥居合とは、業名や動作や業の順番などが異なります。
 何故そうされたのかはどこにも解明するものが見当たりません。明治維新の時大江先生は15歳でした、幕末から明治10年くらいまでは、すべてが新しい事となり、混乱した時代だったでしょう。
 居合の稽古も維新を挟んで30年は途絶えていたかもしれません。大江先生が本格的に居合を指導されたのは明治30年ごろとのことです。

 古伝による奥居合の抜刀心持之事2本目は「柄留」です。相手の斬り込みに「足を引き刀を逆に抜て留め・・」の教えに、対し、現代居合は業名を奥居合居業之部として2本目「脛囲ひ」に、業名が改変されています。相手の打ち込まんとする「柄手」に抜付け「留める」ことを意図した業名を古伝は名付けたと思われます。
 現代の奥居合では「脛囲」です、相手が脛に抜付けて来るのを抜刀して、刀で脛を囲い受け留める業と思わせるものです。


第17代大江正路先生の「剣道手ほどき」大正7年1918年より「奥居合」2番「脛囲」:「(長谷川流二番目と同一)膝と刀を竪立斜として、刃を上に平に向けて、膝を圍ひ(體は中腰半身とす)體を正面に向けて、上段より斬り下す。

 業名が脛囲いですから居業であるので居合膝に坐し、相手が立ち上り抜刀して上段から斬り込まんとするので、刀に手を懸け腰を上げた瞬間、我が右足脛に切り込んで来た、我は左足を引き、刀刃を下向きに抜き放ち、右足膝を囲う様に切先を下げて體を低く右半身となり受け留める、即座に正対するや上段に振り冠って斬り下す。これでは相手は、立膝に座す我が右脛(膝)に切りつけるなどしたくない。
 それでは相手も我と同様に座し、刀に手を懸け、腰を上げるや抜き打ちに我が右脛に切り込んで来る。我は即座に刀に手を懸け、腰を上げ、左足を退くや抜刀して右膝を囲い受留、打ち込み勝。

 稽古業としては、意味ありそうですが、古伝の「柄留」には実践上ではかなわないようです。相手が刀に手を懸けた瞬間に、「左足を引き刃を下にして抜刀するや、相手の小手に抜付け、打ち込み勝」古伝のこの間と拍子を充分稽古しておきたい。


細川義昌先生相伝「居合兵法無雙神伝抜刀術」昭和40年1965年英信流奥居合之部2、「柄留」:「(抜掛らんとする者を斬る)正面に向ひ居合膝に座し 例により鯉口を切り右手を柄に掛け立上るなり左足を一歩後へ退く 同時に刀を引抜き鯉口放れ際に左腰を左へ捻り 体は正面ヨより左向きとなる(視線は右正面の対手に注ぐ)対手が正に抜掛らんとする刹那 其右手へ逆に強く薙付け 体を右へ捻り戻す 同時に 左膝を跪きつつ諸手上段に引冠り右足踏込んで斬込み刀を開き 納め終る。」

 細川先生の手付は「柄留」を実施されていますね。大江先生の兄弟子だったと思いますが、古伝の伝書は今でも細川家に残されていると聞いております。

河野 稔先生の「無雙直傳英信流居合術全」昭和8年1933年より奥居合居業之部2「脛囲ひ」:「正面に向ひ立膝に座し、例に依りて柄に手を掛け同時に立上り左足を一歩後に退くと同時に刀を抜き拂ひ、「虎一足」の如く刀棟にて敵が脛を切りつけ来るを受留め、左足を膝まづくと同時に雙手上段に振り冠り眞向に切り込みて、血振り納刀する事前に同じ。」
 

 河野稔百錬著「大日本居合道図譜」昭和18年1943年より奥居合之部第二本目「脛囲」:「立膝の部虎一足と同意義につき省略す。」
  
 立膝之部第二本目「虎一足」:「意義、正面に対坐する敵が我が右足の方向より斬付け来るを之に応じ其の退かんとするに乗じて上段より斬下して勝つの意なり。中腰になり乍ら抜きかける。右足を一歩後方に退き腰を捻るや抜付けて刀棟を以て敵刀を反撃す。左膝をつきつつ右手を頭上に把り剣先を下げたるまま運びて、諸手上段となりつつ右足に左膝を進め右足を踏み込みて敵の真向に斬り下し血振ひ納刀する。」

「右足を一歩後方に退き」は「左足」の誤字と思われます。「敵刀を反撃す」は刀で脛を囲った状態の写真によります。


 檀崎友影先生の「夢想神伝流居合」昭和44年1969年奥居合之部其の2「脛囲」:1意義、吾が正面に対座する敵が、吾が右脚を薙ぎ付け来る」を受払い、敵の退こうとするに乗じて上段より斬下し勝つの意である

 2動作、正面に向い立て膝に坐し、刀柄に右手を逆に、左手を鯉口にかけるや、左足を一歩後方に退き乍ら刀をぬき刀先が鯉口を放れ、敵の薙付けくる剣を叩き落とし、(此の際、引手をきかせ右足と剣先が並行の事)左足膝頭が右足踵に進むと同時に振り冠り斬下し、血振、納刀するものであって虎一足と同様の要領であるが、その心機に於て異るものがある。」

 檀崎先生は大江先生の「脛囲」の動作ですが、相手の右脚への薙ぎ付け来るを、受け止めるのではなく叩き落としています。

「夢想神伝流」の山蔦重吉先生の奥居合坐業2本目「脛囲(柄留)」:「中伝の虎一足と同じ意義のわざであるが、自分の右足へ斬込んで来る敵の刀に応ずる動作がもっと速くなる。この心構えに中伝と異なるところがある。古伝にいう柄留とは、敵が抜刀せんとするその拳へ抜付けて、その動作を封じてしまうという意味のものである。」

 山蔦先生の「夢想神伝流居合道」は昭和47年1972年発行の冊子です。河野百錬先生の「無雙直伝英信流居合兵法叢書」昭和30年1955年発行は読まれておられると思います。古伝の「柄留」を知れば、「脛囲」には首をひねられたかもしれません。

 

| | | コメント (0)

2025年9月12日 (金)

古伝神傳流秘書 抜刀心持之事1本目「向拂」

古伝神傳流秘書 
抜刀心持之事
1本目「向拂」:「向へ抜付返須刀二手を返し又拂ひて打込ミ勝」

 正面に対座する敵に対し、立膝であれば「英信流居合之事」1本目「横雲」:「右足を向へ踏出し抜付・・・」。あるいは正座であれば「大森流居合の事」1本目「初發刀」:「右足を踏み出し向へ抜付け・・・」の抜き付でしょう。抜き付ける部位は古伝は特定していません。その上抜き付けて、切り返す理由も、何処に切り返すのかも特定していません。
 
 正面の敵の右側面に抜打ちするや、手を上向きに返して、刀刃を左に向け相手の左側面から右に切り返し、上段から打ち込み勝。
 相手の状況次第で、抜き打ちし、切り返す所作を磨き上げる稽古業と思われます。相手が座して居るまゝ、抜刀せんと刀に手を懸け腰を浮かす、今まさに抜刀の瞬前、いずれでも応じられるのが抜打です。大森流居合之事1本目「初發刀」、英信流居合之事1本目「横雲」で稽古して来た動作です。それに切り返しの動作を付加しているのでしょう。仮想敵を自由に思い描き、古伝の「向拂」を稽古すれば良いのでしょう。


第17代大江正路先生の「剣道手ほどき」大正7年1918年より「奥居合」1番「霞」:「(俗に撫斬と云ふ)正面に座して抜き付け、手を上に返して、左側面水平に刀を打ち返す、直に上段となりて前面を斬る。血拭ひはよく、刀は早く納める事。其刀身をを鞘へ六分程早く入れ、残りは静に體の直ると共に納むるものとす、以下納めは之れと同じ。

河野 稔先生の「無雙直傳英信流居合術全」昭和8年1933年より奥居合居業之部1、霞「正面に向ひ立膝に座し、気分允つれば左手にて鯉口を握り拇指にて鯉口を切り、右手を柄にかけ刀をぬきかけ腰を延び切ると同時に右足を踏み出して抜き掃き、「拂ひたる手の止らぬ間に」總体を進ませ乍ら甲手を返して左を拂ひ、(最初敵の右首を抜き付ける寸の足らざる故に更に体を進ませて左首に切り返すの意)左膝を進ませると同時に雙手上段に振り冠りて切り込み、刀を右に開きて血振ひ同時に左手をこ腰に取りて後鯉口を握り、刀を納めつゝ右足を引きよせ左踵の上に臀部を下して納め終りて立上り、直立の姿勢となりて次の業に移る。」

 河野百錬先生が第18代穂岐山波雄先生より手ほどきを受けられた当時の覚書を纏められたものと思われます。

 河野稔百錬著「大日本居合道図譜」昭和18年1943年より奥居合之部第一本目「霞」:「意義ー正面に対座する敵の機先を制し斬付け敵後退せんとするに乗じ直に斬り返して勝つの意也。 横雲の要領にて第一刀を斬込みたるも不十分のため刀の止まらぬうちに甲手を返し斬り返さんとす。
註1、右拳を返し斬り進む時は上体を少し前に乗入る体勢となる。(右一文字よりも後方で刃をかやし乍ら斬返す)
註2、奥の居業はすべて立膝に坐す。
註3、右手が柄にかゝるや抜刀す。以下同じ。 返したる右手の止まらぬうちに上体を敵に付け入る心持にて少し屈め体を進め乍ら敵の脛に斬返す。註此の時右踵の所迄膝を引き付けつゝ上体を進める。
上体を起しつゝ諸手上段となり、右足一歩踏込みて真向に斬下し血振ひ納刀す。
註奥居合の血振ひは鎺元八寸位迄は早く納めそれより静かに納刀す。

 河野先生の霞は切り返しの部位が、昭和8年では、右首を斬って、切り返して左首を斬るのですが、昭和18年での抜付けは「横雲の要領」と言いますから「敵の顔面に一文字に斬付け」です。是が「不充分」なので切り返して「敵の左脛」に切り返すのでしょう。


 細川義昌先生相伝の「居合兵法無雙神伝抜刀術」昭和49年1974年「英信流奥居合之部」1本目「向拂」:「(正面に座して居る者を斬る)正面に向ひ居合膝に座し 例により鯉口を切り右手を柄に掛け刀を抜きつつ両膝を立て 腰伸びきるなり右足踏込んで(対手の右側面へ)抜付けたるも剣先が届かぬため 右足より迅速に体を進めつつ 抜付けた刀が止まらぬ中に直ぐ振返し 返へす刀で(対手の左側面へ)斬付け 左膝を進めつつ諸手上段に引冠り 更に右足踏込んで斬込み 刀を開き 納め終る。

 切り返す条件が、「抜付けたるも剣先が届かぬため」と決めつけています。奥居合ならばこれはお粗末ですね。切り返しでようやく間を詰めています。ここは、相手の抜かんとする右拳に斬り付け、切り返して顔面を斬るなど、仮想したくなります。


 檀崎友影先生の「夢想神伝流居合」昭和44年1969年奥居合之部其の1「霞」:1意義、正面に対座せる敵二人を制し、其、首に斬付け、更に総体を進ませ乍ら刀を返し、斬付け、更に上段より斬下して勝つの意である。
 2動作、正面に向い立て膝に坐し、機満れば、右足を一歩踏出し、抜付けたる右手の止まらぬ間に、左足膝頭を右足踵まで進め、右手甲を返えし、返す刀を以て後方の敵の首を斬り払い乍ら右足を踏出し、更に左膝頭を進めると同時に振冠り右足を直角に踏出し斬下す、血振、納刀するが、刀身、三分の二までは早く、後残心を示して静かに納刀する。

 切り返す理由が、「正面に対座せる敵二人」の想定です。この敵は、前後に並んでいるのでしょう。想定はともかく、一人目を抜き打ちし、その後ろの敵を斬る。文章は簡単ですが、前の敵の状況が気になります。敵は即座に絶命して前に伏すか・・。

「夢想神伝流」の山蔦重吉先生の奥居合坐業1本目「霞(向払)」:「・・前にいる敵に抜付け、第一の敵を倒し、ただちに右手の甲を裏返して、倒した敵の後の敵の首を右側より水平に斬る・・」

檀崎先生と手付は同じと見えます。

 この「向拂」は、敵の状況次第で、抜き打ちに斬り込み、即座に刃を返して切り返す、極意の稽古業と見ればよいと思いますが、奥居合などと言って演武会では高段者が演じる業として現代では行われているのでしょう。
 右首に抜付け、左首に切り返す・・。仮想敵への切り返し稽古なら可能でしょうが、実戦では???ですね。へぼな先輩の言うことは其侭抜いて見せ、個人稽古では相手が我に斬り付けんとして柄を握る右拳に切り付け、抜刀を制し、返す刀で左顔面に浅く斬り返し、上段から相手頭上に斬り下ろして勝。そんな、想定での稽古をしたいものです。

大江先生の命名と思われる「霞」の業名が、夢想神伝流にも引き継がれている処にも、面白い一面でしょう。

| | | コメント (0)

2025年9月11日 (木)

古伝神傳流秘書 大剣取10本目「水月」

古伝神傳流秘書 
大剣取
10本目「水月」:「相手高山 我切先を向へさし付行時 八相に拂ふを外し拳へ打ち込ミ勝。」以上10本

 相手は上段に構え待つ時、我は切先を相手の眉間に付けて歩み行く、敵は我が太刀を八相に拂って来るのを、太刀を上げ外すや一歩踏み込み相手の拳へ打ち込み勝。
 相手が我が太刀を八相に払って、当たり拍子に打ち込んで来る意図を察しての動作を、大剣取の最終に持って来ているにしては
あまり参考になる気がして来ません。
 此処は相手は我太刀を払うのではなく、「我が青眼に構えた切先が相手の眉間から左目に移され、我が左小手が誘って来るのに乗じ、八相に切り込んで来る、我左拳に切り込まれる瞬前に、左拳を右肘に引き寄せ相手の斬り込みを外すと同時に右前に踏み込み、相手の拳に打ち込み勝。」柳生新陰流のクネリ打ちを、彷彿とさせるのです。

 大森流居合之事が新陰流の大森六郎左衛門によってもたらされたならば、上泉伊勢守の剣術の心得も伝えられていると思います。神傳流秘書の随所に感じられます。

 大剣取以上10本を終ります。次回以降は、現在の奥居合のもととなる「抜刀心持之事」の稽古となります。

 

| | | コメント (0)

2025年9月10日 (水)

古伝神傳流秘書 大剣取9本目「雷電」

古伝神傳流秘書 
大剣取
9本目「雷電」:「相手高山 我左の脇へ切先を上げ構へ行時 打込む處を留勝 又相手車にかまへる時ハ 我切先を下げて行く也。」

 相手は上段に振り冠り待つ処へ 「我は左の脇に切先を上げ構へ行く」の構えは、柳生新陰流に見られます、左腰に柄を持つ左手を付け、物打下の棟に右手を添え、切先を相手の喉に付け構え歩み行く、場に到るや相手上段から真甲に打ち下ろしてくるのを、右足を踏み込み、左手を上げ眼前頭上に切先を右前にして請け留めるや、体を左に開き同時に相手の刀を左に摺落として、切先を眉間に突き込み勝。
 又、相手が上段から刀を青眼に下ろし、左足前に踏み替え車に構える時は、前の手付同様に、左手を柄にして左腰に付け、右手を物打ち下の刀棟に添え切先を下げて構え行く、相手、車の構えから、上段に振り冠って打ち込んで来るか、車の構えから直接、我が左手に打ち込んで来るのか、我はこの構えで如何様にして相手の打ち込みを請け留め勝つのか、この9本目「雷電」は動作を記していません。状況次第で稽古の中で自然に応じろとでも言うのでしょう。
 上段に振り冠って打ち込む場合は、前同様前額頭上で請け留め摺落として勝つ。
 我が右籠手に車から直接斬り込んで来るならば、右手を上げて相手太刀に空を切らせ突き込み勝つ。あるいは、刀を立てて受け止めるや摺落として突き込む。
 刀で相手の斬り込みを請ける動作は、竹刀ならばともかく、真剣ではまともに受けるなどの技法は、すべきことではないでしょう。請ける動作を相手に見せつけて、実際は刀が当る寸前に体を躱し我が太刀に触れさせずに突き込む事を稽古すべきでしょう。

 

| | | コメント (0)

2025年9月 9日 (火)

古伝神傳流秘書 大剣取8本目「橇橋」

古伝神傳流秘書 
大剣取
8本目「橇橋」:「相手高山 我も高山尓て懸る 場合尓て車二きっしりとしたる時 向の眉間へ切先をさし付 手本を上突込ミ勝。」

 8本目は「橇橋」の「橇」は「反り」の当て字かも知れませんが、橋の真中が丸く反っている橋なのでしょう。業との関連性は無さそうです。
 相方共上段に振り冠り、懸り行き、間境で相手太刀を上段から青眼に構え直し、足を踏み替え左足前の右足後ろにして車の構えに剣先を後方にした車の構えに取る 我は上段から青眼に取り 相手の眉間に切先を指し付けるや 手元を上げて相手の眉間に突き込んで勝。

 相手が上段から青眼二太刀を構え直す時、同時に我も青眼となり、相手が足を踏み替え車に構え直さんとするに乗じて、我はすかさず突き込む、様にしないで間を取ると、突き込む際、相手に簡単に小手を取られてしまいます。
 大剣取は形だから、手付の通りに動作をするもの、などと言う先生もおられるでしょうが、「色に就き色に随う」事、相手の意図する事を察する心掛けが大切と示唆しているような気がします。

2023年1月8日の大剣取「橇橋」解説

古伝神傳流秘書
5大剣取
8本目「橇橋」

古伝神傳流秘書大剣取8本目「橇橋」:「相手高山我も高山にて懸る場合にて車にきっしりとしたる時向の眉間へ切先をさし付手本を上げ突込み勝」

 この業名「橇橋」ですが「反り橋」でしょうかアーチ状の太鼓橋でしょうか。業名と業との関連をフト思って首を捻るばかりです。
 手附の文言には、相手も我も高山(上段)にて相懸かりに進み行くのですが、次の「場合にて」は間境にてとか、双方の間合い、場の状況を読み、「車にきっしりとしたる時」は仕打何れが「車にきっしりと」するのか主語が不透明です。稽古では双方代わる代わる入れ替わって稽古するのも面白そうです。
 一本目は「相手高山我も高山にて懸る、場合にて相手車にきっしりとしたる時、向の(打太刀)の眉間へ我は切先を刺し付け、手元を上げて眉間へ突き込み勝」

 二本目は「相手高山我も高山にて懸る、場合にて我は車にきっしりとしたる時、相手我が眉間へ切先を刺し付け手元を上げ突き込まんとするを我は車の構えより手本を上げ腰を沈め突き出して来る相手の右腕を切り上げ眉間に突き込み勝」

 三本目は「相手高山我も高山にて懸る、場合にて相手車にきっしりとしたる時、我向の眉間へ切先を刺し付けんとするを、相手上段に振り冠るや真向から打ち下し我が拳を打ち剣先を上げて我が眉間を刺突する。」
 この逆の立場で「我が車にきっしりとしたる時、相手上段から我が頭上に打込んで来るを、我は相手の打ち下さんとする右腕を車の構えから斜め上に切り上げ同時相手の眉間に突き込む」

 やれやれ、いくらでも「砕き・替業」が出来そうです。お陰様で、双方の動作に乗って切り返す事を同時に稽古出来ました。この業のポイントは、打太刀の思いを汲み取るや最善の応じ方を学ぶ、後の先であり相手の「就色随色」極意の取得を学ぶ事でしょう。

 政岡先生の詰合8本目橇橋は古伝の手附をそのまま掲載し、後は二枚の写真なのですが、一枚目「打引いて車」、二枚目「仕眉間へ突き込んで勝」なのですが、二枚目は決めた処ですから、相手の眉間に切先を突きつけた左柄手が臍前では下がり過ぎで、是では突く動作が二拍子になりそうです。一枚目は、相手が車に取った時に仕はまだ上段に構えたままです。是ではこの状態で剣先を下げれば相手に右拳を「一刀両断」されてしまいます。相手が車に構えんとするに従い剣先を下げる連れ拍子でなければならないでしょう。古伝の「相手車にきっしりとしたる時」の文言に拘ったのでしょうが、「きっしりとしたる時」は勝負がついていなければならないでしょう。これが「色に就き色に随う」の極意でしょう。

| | | コメント (0)

2025年9月 8日 (月)

古伝神傳流秘書 大剣取7本目「山風」

古伝神傳流秘書 
大剣取
7本目「山風」:「相手高山 我切先をさけ前二構へ行時 相手打込を 左右何れなり共 請請流し拳へ勝。」

 相手上段に構え 我は切先を下げ前に構え行く、所謂「下段」に構え、間を詰めて行く、相手の打ち込みが左右何れであっても、相手の打ち込みを請け、請け流して、振り冠り相手の拳へ打ち込み勝。

 我は下段に構え行き、相手は上段から、我右肩に打ち込んでくれば、我は左足を左斜め前に踏み込み、切先を下に拳を上に上げ、刀身で我が右肩を圍い、相手刀を請けるや請け流し、左身になって相手の拳に切りつける。
 相手が我が左肩に打ち込こんでくれば、右足を右斜め前に踏み込み、左肩を囲い相手刀を請けるや右身になって相手の拳に切りつける。左右の斬り込みに対する受流しの體裁きを稽古させる業ととらえる事が出来ます。

| | | コメント (0)

2025年9月 7日 (日)

古伝神傳流秘書 大剣取6本目「栄月」

古伝神傳流秘書 
大剣取
6本目「栄月」:「相手高山 我切先を左へさし胸へ横耳當かまへ行時 相手打込を 切先に手を添へ請入る。」

 相手上段に構え待つ 我は切先を左に向け胸に当てて構え行く時 相手真向に打ち込んで来るのを 右足踏み込み切先に左手を添え眼前頭上で請け留 左足を踏み込み 左半身となるや相手太刀を右下に摺落とす 同時に切先を相手の眉間に着け入る 留めは切先を下げ相手の鳩尾に付け入る。

 此の我の構えは独特のもので、 相手が上段に振り冠って構える時、我が頭上に打ち込ませる構えとも取れます。思い通り打ち込んできた所を、摺落として詰めるものでしょう。古伝の手付は動作の細部が省かれています。極意業として秘したのかもしれません。

| | | コメント (0)

2025年9月 6日 (土)

古伝神傳流秘書 大剣取5本目「栄眼」

古伝神傳流秘書 

大剣取(従是相寸)
5本目「栄眼」:「相手高山 我は左青眼二構へる時 相手横に拂を放して拳へ勝。」

 是より双方太刀での戦いとなります。相手上段に構え、我は切先を相手の左目に付けて構える。相手右足踏み込んで我が、左拳を横に払う、我は左拳を右腕に引付け 相手の打ち込みを外すや 切先を相手の左拳に打ち込み勝。

 恐らく、此の業では、相手は我左青眼の構えを、上段から我が太刀を右足を踏み込み八相に拂って来る 我は太刀を上に外し 即座に相手の右拳に切り下して勝つ。として稽古されるでしょう。
 第9代林六太夫守政は江戸で大森六郎左衛門に眞陰流之上泉伊勢守信綱の業を学んだとされています。大森流居合之事の書き出しに記録されています。そうであれば、此の業は眞陰流の「三学」から引用されたとしても不思議ではないでしょう。

| | | コメント (0)

2025年9月 5日 (金)

古伝神傳流秘書 大剣取4本目「鉄石」

古伝神傳流秘書 
大剣取
4本目「鉄石」:「是も前の如く坐し 是は廻り寄りて 切らんと心得て抜かざる時 行なり二小太刀尓て地をハタと叩いて気をうばうて入りてさ春。」

  業名の「鉄石」は、恐らく、1本目剣・2本目石・3本目石・4本目石と何となく解るような、解らない、名付けです。
 1本目は、相手の抜打を体を外して、即座に間に入って刺す。
 2本目は、相手が深く斬り込んで来るので体を躱す余裕がないので、小太刀で受け止め入りて刺す。
 3本目は、相手の抜打を、体を外したのだが、相手が即座に切り返して来たので、小太刀で受け止め入りて刺す。
 4本目は、我ガ小太刀を下げて、廻り込む様に間に接近しても、抜き付ける気配を見せないので、間境で小太刀で地面をハタと打って相手の気を奪って、即座に間を越して刺す。心理戦に持ち込んで制する業と言うのでしょう。

 業手付には、記載されていませんが、我は小太刀を抜身で右手で下げているので、左手は自由です。相手の抜き付けを小太刀で受け止めるや、さらに踏み込んで左手で相手の右手を押さえ、刺す。そんな稽古も充分して置くべきでしょう。
 相手に抜かせて制する稽古、抜かせないで制する稽古。我はどのように小太刀を下げて、接近するのか、いつ相手に抜かせるのか、何処に斬り込ませるのか、などこの小太刀での大剣取は、形として留めておいたのでは寂しすぎます。相手を「誘い」、誘いに乗った「相手の動きに随い」勝つ。これが極意でしょう。

  此の大剣取4本は我は小太刀を引っ提げて行き。相手は太刀を腰に居合膝に座した、稽古でした。
 次回からは「従是相寸」による攻防です。

| | | コメント (0)

2025年9月 4日 (木)

古伝神傳流秘書 大剣取3本目「外石」

古伝神傳流秘書 
大剣取
3本目「外石」:「是無剣の如く放したる時 又右より打を留入りてさ春」

 1本目「無剣」は相手が抜打って来るのを間を外して、空を切らせて中に入り刺す。
  2本目「水石」は、相手が深く入って斬り込んで来るので、出足を引くか、後足を引く程度では間を切れないので、小太刀で相手の斬り込みを請け留、中に入り刺す。
 3本目「外石」は「無剣」の解説で、抜刀心持之事(奥居合)の1本目「向拂」の様に相手が抜き付けたが、我が外したので切り返してくるのを、小太刀で請け留め中に入り刺す。相手の抜き付けが、英信流居合之事1本目「横雲」の様に、我右側から水平に抜き付けて来るとは限らない、右から水平・右から切り上げ、右から八相幾つもありうるでしょう。小太刀を引っ提げてスカスカ相手に接近し、間境で構え直す我が動作に相手が、小太刀を持つ我が右拳に切り込んで来るように仕掛けるならば、これらの稽古は出来たと言えるでしょう。相手に我が思いもしていない弱点に斬り込まれる様では、稽古不足だろうと思います。

| | | コメント (0)

«古伝神傳流秘書 大剣取2本目「水石」