2024年4月19日 (金)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録 居合兵法極意巻秘訣 14脇道之事

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
居合兵法極意巻秘訣 印可部 従是兵術嗜之介條迠先生御注釈
14脇之事

居合兵法極意巻秘訣14
本目「脇道之事」:山川岸堤踏石戸壁障子ノ類ハイヅレモ我カ右ノ脇二ウクベシ後二スベカラズ

 是は、山、川(川岸)、堤、踏石、戸、障子、などの障害物や人の出入りする類の物がある所での戦いでは、何れも我が右脇にそれらを位置し、それらを後ろにして場取りしてはならない、との教えです。
 これまでに居合兵法極意巻秘訣で語られて来たことなので承知していても、こうして並べられると戦いに臨んで瞬時に判断するには、今一度振り返って読み直し、頭に叩き込んで置かなければならないでしょう。
 

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2024年4月18日 (木)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録 居合兵法極意巻秘訣 13大道之事

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
居合兵法極意巻秘訣 印可部 従是兵術嗜之介條迠先生御注釈
13大之事

居合兵法極意巻秘訣13
本目「大道之事」:敵小勢味方多勢ノトキハ前後左右ヨリ取廻シ打ツ可シ 敵大勢我一人ノ時ハ敵ヲ向フヘ一面二ウクル吉シ 然共大勢ハ向両脇ヨリ掛ル我其時右ノ敵二合ヨシ二見セテ左ノ敵二合 左之敵二掛ル吉ニテ右ノ敵ヲ打ツベシ ハタラク内二我カ左ノ敵二付キテ廻可シ 去レ共敵大勢ナル故前後左右二取廻サントス我其時走ルベシ敵追フテクル事大勢故一同二不来 先達チ来ル敵ヲ或るハ開テ打 或ハ臥テ可打 亦二クル吉間ヲ可考

 敵は小勢で味方が多勢の時は敵ヲ前後左右より取囲んで打つべきである。敵大勢で我一人の時は、敵を前方に一面に受けるのが良い。しかし大勢の敵は正面及び左右両脇ヨリ掛かって来るので我は其の時には、右の敵に打ち掛かると見せて、左の敵に打ち掛かる。左の敵に掛る由にて右の敵を打つべきである。
 働く内に我が左の敵に付いて回るべきであるが、そうではあるが敵大勢なので、我を前後左右に取り廻そうとする、その時は走り出し、敵が追って来ようとするが大勢なので一同では来られないのである。先立って来る敵があれば、正面に受けて打つ。或いは臥して打つべきである。其の上で又逃げるのが良いが間を計るべきである。

 この教えの運剣については、抜刀心持之事「三角」「四角」「行連」「連達」「行違」「追懸切」「五方切」、英信流居合之事「横雲」「乕一足」「稲妻」「鱗返」「浪返」「瀧落」、大森流居合之事「初発刀」「佐刀」「右刀」「當刀」「陽進隠退」「流刀」「順刀」「逆刀」「勢中刀」「虎走」「抜打」などの各技を立業に替えて、状況次第で変化させて応じる事を稽古に組み込む事で出来そうです。敵を一人切る毎に納刀するのも敵に与える心理的なものは、抜刀したままより大きいかも知れません、亦複数の敵を一気に斬る業の恐ろしさは抜群でしょう。

 

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2024年4月17日 (水)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録 居合兵法極意巻秘訣 12絶道之事

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
居合兵法極意巻秘訣 印可部 従是兵術嗜之介條迠先生御注釈
11細道之事

居合兵法極意巻秘訣12本目「絶道之事」:絶道ノ仕合ハ左右後ノ三方ニハ道無前ニハ敵多有ヲ云 左様ノ地ニテワ少シモノガレント思フベカラす死ヲ本トス可シ 伝云両脇川池深田抔ノ類二而後ハ山成時ハ不去不退二而利ヲ計ルベシ 両脇ノ内二山有テ後池抔有時ハ先ノ上ヱ登リテ利ヲハカルベシ

 前に多数の敵を受けて左右にも後にも逃げ道がない場合の事を絶道と云う。そのような状況では逃れようと思うのではなく、死ヲ覚悟して打ち向かうべきである。
 伝え聞くには、両脇が川や池、深田などの状況で、後は山であれば去るも退くも出来ないので何か利する事を図るべきである。両脇が山で後が池抔有る場合は、10本目「山坂之事」で学んだように「高キ方二居ルヨシ」で上へ登って、敵を見おろす・進みやすい・我が身上にあれば危うき事は無い・足場悪ければ場所替えを計る。去るにはより高みに登る但し足を高く上げてはならない・左右へ移動するには軽く足を運ぶ事・低い前方に行くには素早く飛び降りろ。
 地の利を生かして勝口を見いだせ、心は死を覚悟して打ち迎えと云うのです。


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2024年4月16日 (火)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録 居合兵法極意巻秘訣 11細道之事

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
居合兵法極意巻秘訣 印可部 従是兵術嗜之介條迠先生御注釈
11細道之事

居合兵法極意巻秘訣11本目「細道之事」:両脇難所道モ無ク行道一筋ニテ狭キヲ云 ケ様ノ所ニテハ敵ハ多勢我一人ノ時ハ利ヲモトム可シ 其利ハ敵大勢有リ共我ヲ前後左右取廻ス事不能 若敵前後ヨリ来ル時ハ脇ヱ開テ敵ヲ向フニ受 我カ左ノ方ノ敵二合フ可シ 若脇二浅キ川池ナドアラバ飛込ンテ打ベシ我飛込ト敵ツゞキテ飛入物也其間ヲ勝事大事也

 両脇が難所で逃げ道の内容な狭い一本道での戦いで、このような所で敵は大勢で我一人の時は、前方から来る敵は大勢でも前後左右から我を取り廻す事は出来ない利があるので、一対一の戦いとなる利を求めればよい。
 若しも敵が前後から挟み撃ちに来る時は、我は道の脇に寄って敵を前方左右に請ける様にして、左の方の敵に対するようにして戦う。
 若し道の脇に浅い川や池などがあるならば、我から飛びこめば、敵も続いて飛び込んで来るはずなので、飛び込んで来る間に勝事が大事である。

 この教えの前提は、我は其れなりの力量を備えていると認識する事かもしれません。隙だらけで戦いの心得も無ければ意味なしでしょう。
 この教えに従って「敵ヲ向
フニ受ケ我カ左ノ方ノ敵二合フ可シ」の動作をこれまで学んできた「大森流居合之事」「英信流居合之事」「抜刀心持之事」の中から選び出し、我が右前・左前の敵を「左ノ方ノ敵二合フ可シ」を前提に右の敵も斬り倒す稽古業の「砕き・変化業」を以って勝事を稽古して自得したいものです。

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2024年4月15日 (月)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録 居合兵法極意巻秘訣 10山坂之事

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
居合兵法極意巻秘訣 印可部 従是兵術嗜之介條迠先生御注釈
10山坂之事

居合兵法極意巻秘訣9本目「山坂之事」:高キ方二居ルヨシ 一二敵ヲ見下シ徳有 二二進ム二行ヨシ 三二我躰上二有レバ危キ事ナシ 去レ共高所足場悪シクバ其所ヲ去レ 去二三ツノ心得有 第一後高方ヱ去ハ心ヲ静メ足ヲ高不可上 第二左へ開時ハ心ヲ動テ足ヲ軽クハコフ可シ 第三前ヒキゝ方ヱ行ニハ風ノ発スル如ク早クトブ可シ 敵シタガッテ追ハゝ左右ヘ開打ツベシ 亦敵高キ方二居我ヒキゝ方二居ルトモ右ノ心得可然

 山坂での勝負では、高い方に場取するのが良い、其の訳は一つは敵を見下ろすので徳がある。二つ目は前に進み行くのによい、三つ目は我が身が相手より高い所に居れば危うき事は無い、しかし高見でも足場が悪ければ持ち場を変える事である。
 その足場を変えるには三つの心得がある、第一は我が後ろが高い所ならば、心静められ足を高く上げないで場を変える事。第二は左に開く時は心を動かし足は軽く運ぶべきである。第三は前方が低い方へ移動するには、風が吹く程に素早く飛び降りるべきである。
 敵が我に付き従って追って来るならば、左右何れかに開き打つべきである。此の事は亦、我が高い所に居ても、低い所に居るとしてもこれらの心得は守るべきものである。

 なるほどと思う事も有るでしょうが、頭で理解するだけではなく、剣友と試して見たいものです。何故何故と云う気持ちが大切で、然りとすれば心に留め置く事も出来るでしょう。

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2024年4月14日 (日)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録 居合兵法極意巻秘訣 9相間之事

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
居合兵法極意巻秘訣 印可部 従是兵術嗜之介條迠先生御注釈
9相間之事

居合兵法極意巻秘訣9本目「相間之事」:我ト敵 間タ(間多くある?)有時ハ敵ノ来ルヲ待ッテ行ベカラズ 待二利有リ一ニハ身ヲクルシメザル利アリ 二二ワ心ドウ(動)セズ 三ニハ工夫スル間アッテ吉 四二悪所二掛ラス天利自然ノ利アリ サレ共我ガ待所アシクバ前後左右二心ヲ付利能シ


 我と相手との戦いの際、間合いが充分ある時は、相手が寄って来るのを待って、我から行くべきではない。何故ならば、相手が間に入って来るのを待つのには「利」が有るものである。
 1つは我が身を苦しめない利、2つめは心が動じない、3つは相手が間に入るまでに工夫スル余裕があってよい、四つには、相手に近寄るまでに悪所がある場合があるが、それに掛る事は無く天然自然の利である。そうではあるが我が待つ所が悪所であるならば、前後左右に心を配っておけば我に利もある。

 この教えは、我の思う所に誘い込んで応じる、極意の教えでしょう。
 

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2024年4月13日 (土)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録 居合兵法極意巻秘訣 8雷電之事

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
居合兵法極意巻秘訣 印可部 従是兵術嗜之介條迠先生御注釈
8雷電之事

居合兵法極意巻秘訣8本目「雷電之事」:雷鳴時 稲光ヲ我ガ後ヱ受 雷二敵ノヲクルゝ所打ベシ

 雷の鳴っている時の戦いです。稲光を我が背に受けて、相手を稲光する方に向ければ、稲光の後に来る雷に相手が臆す所を打つべし。何か漫画にでもありそうな想定です。こんな時我は上段だったらどうなんでしょう。
 私だったら車に構え、左肩へ打ち込ませる様にして、相手が間に入り切先を上げて打込むや、一刀両断と相手の小手を斬り落とします。 

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2024年4月12日 (金)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録 居合兵法極意巻秘訣 7寒中天之事

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
居合兵法極意巻秘訣 印可部 従是兵術嗜之介條迠先生御注釈
7寒中天之事

居合兵法極意巻秘訣7本目「寒中天之事」:寒夜ハ手足冷兵器持二不覚取落スコトアリ 故二口二生姜ヲフクミ手足二酒ヲヌリテヨシ 第一コセフ(胡椒)ヲ一ツブヲ二ツニ割リ火ニテイリ 能ク紙二包ミテ ホフ(臍ノコトナラン 曽田メモ)二當置可手足コゞエズ 
 丁子ノ油ヲワタ二シテ印籠二入レ持ツ可シ 手足二ヌリテコゞヱザルナリ ▢(又 曽田メモ)野往来ノ時ヌレバ毒虫ナド近ツク事 曹而(総じて?)無之也

 寒い夜の戦いでは、手足が冷えて兵器を不覚にも取り落とす事もある。そこで口に生姜を含み、手足には酒を塗るのが良い。一番良いのは胡椒の粒を二つに割って、火で炒って紙に包んでホゾ(臍)に当てて置くと手足凍える事は無い。
 丁子(ちょうじ)油を綿に浸して印籠に容れて、手足に塗れば凍えることも無い。この丁子油は野原などを行く際にも塗ると、毒虫などの刺されることも大抵ないものである。

 此処に記された方法は、どこかで聞かされた気がします。医学的に其の効果は証明されているのか、確認していませんが気持ちの持ちようで克服できる事もあるでしょう。小学生の頃、運動会で足に「カラスウリ」を塗り付けて走った思いでもあります。

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2024年4月11日 (木)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録 居合兵法極意巻秘訣 6雪中之事

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
居合兵法極意巻秘訣 印可部 従是兵術嗜之介條迠先生御注釈
6雪中之事

居合兵法極意巻秘訣6本目「雪中之事」:地二雪ノ積リナバ間ヲ隔テ敵ノ来ルヲ待ツベシ 我行ベカラス敵雪二辷リコロブ物也 地二積ラズハ雨中ノ心得ト同前上段ヨシ

 雪の降っている時の戦いでは、雪が積もっているならば、相手との間合いを十分開けて、相手が歩み寄るのを待つべきである。我は歩み寄る事をせず、構え待つべきである、何故ならば相手は雪に滑って転ぶのである。
 雪が降っていても積もっていないならば前回の5本目「雨中之事」と同様に、我は上段に構え待ち、相手は顔を上向きにして寄って来るようにするのである。相手の目に雪が吹き込んで気が散るようにすべきである。
 
 相手が滑って転ぶ事もあり得るでしょうが、ここは歩行にも気を遣う所では、相手を動かし我は「あやを切り」ながら、相手が打ち間に入るのを待つ事なのでしょう。
 
 

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2024年4月10日 (水)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録  居合兵法極意巻秘訣 5雨中之事

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
居合兵法極意巻秘訣 印可部 従是兵術嗜之介條迠先生御注釈
5雨中之事

居合兵法極意巻秘訣5本目「雨中之事」:間ヲ積リ間ヲ隔テ頭ヲタレ敵ノ兵器ノ色ヲ見ル可シ 扨我ガ太刀ハ上段二構テ敵ノアオノク(仰のく)様二ハカロフ可シ
*
  書き出しの、相手との間合いを推し量り、頭を下げて相手の武器を見て手の内を推し量れと云うのでしょう。その事前チェックと雨の中での戦いとの関連が読めません。
 続けて、「扨」我が太刀を上段に構えれば相手は上に目を向けるので、眼に雨粒が入り、一瞬瞬きしたり顔を伏せる素振りが出る、そこを付け込んで打込め、その際相手の武器の状況によっては斬り込む手段は考慮すべきだ。そんなことを教えようとするのでしょうか。
 雨にもいろいろ変化があるでしょう、大粒小粒、風との状況、ここまで読み進みながら、尻切れ蜻蛉の様な文章をそのまま極意と受けて見る、素直な気持ちの次にはヨリ深く広く即座に想像して認知する心も要求して居る様に思えてきました。

 

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2024年4月 9日 (火)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録 居合兵法極意巻秘訣 4風吹之事

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
居合兵法極意巻秘訣 印可部 従是兵術嗜之介條迠先生御注釈
4風吹之事

居合兵法極意巻秘訣4本目「風吹之事」:風ハ四季二ヨリテカワル 春風ハ地ヨリ空ヱ吹上ル 夏ハ中ヲ吹也 秋ハ上ヨリ下ヱ吹 冬ハ下ヲ吹 右ノ心ヲ以テ風ヲ背二受テ働ベシ 敵ヲ風二向ハセルヨフニ計ル可シ 眼クラミテ先ヲ得見ヌ也 家内ニテハ自家他家ニテハ壁壁ヲ後ロカ右二ウクベシ 戸障子ヲ後ロ二ウクベカラズ 外ヨリ人来テアシゝヒゞキ驚クモノナリ心得ベシ

 我は風を背に受け、敵を風に向かわせる立ち位置については理解しますが、眼が眩むほどの風や、季節による風の吹く向きが、春は「地より上」、夏は「中を吹く」、秋は「上より下」、冬は「下を吹く」と限定するのですが、特定できるかは疑問です。
 大まかに云えば夏は南風、冬は北風でしょう。その時期の気象条件によって変化するし、風の強さも異なるので、敵と立ち合った際の風の吹きようを瞬時に読み取って場取りしろと云うのでしょう。
 家の中で戦う際の心得が「風吹之事」に付されていますが、風については背中に風を受けて、敵を風に向かわせろと云い、家の中では戸障子を後ろにするなと云います、其の訳は戸障子かの外から人が侵入すると、開けたてする音や足音などで驚いて気が散ってしまうからと云います。
 
 

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2024年4月 8日 (月)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録 居合兵法極意巻秘訣 3闇夜之事

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
居合兵法極意巻秘訣 印可部 従是兵術嗜之介條迠先生御注釈
3闇夜之事

居合兵法極意巻秘訣3本目「闇夜之事」:ヤミノ夜ハ我カ身ヲシヅメテ(沈メテ 曽田メモ)敵ノ形ヲ能見透カス可シ 兵器ノ色ヲハカルベシ 若し難所有ラバ我カ前二當テ戦フ可シ 敵ノスソ(裾 曽田メモ)ヲナクル心持ヨシ

 まず「闇夜之事」の教えの前に「日中之事」「月夜之事」とありました。
 日中では日を背にして場を取れば、敵は眩しくてたまらなくなる、次は月夜には我は陰に位置取りして敵から見えにくくし、敵は月の光に照らされるようにして戦うと云う教えでした。
 そこで次は
闇夜には我は身を低くして敵に見えにくくし、敵の姿容を見定め、兵器は何かと推し量る。難所は、泥田でも崖でも、木立でも、足を取られたり、刀が触れて思う様に斬り込んでこれないなどの難所を敵の背後にさせて攻め込むべきである。そして敵の裾をなで斬りする心持が良い。
 一理ある教えで、頭の隅に容れて置き、必要ならば引き出す心得を学ぶ事でしょう。状況を勝手に判断して自分なりの解説からこれらを否定する悪癖は慎むべきだろうと思います。素直な心で受け入れて、状況次第で「砕き・変化」に即応できる柔軟な心が大切なのでしょう。

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2024年4月 7日 (日)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録 居合兵法極意巻秘訣 2月夜之事

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
居合兵法極意巻秘訣 印可部 従是兵術嗜之介條迠先生御注釈
2月夜之事

居合兵法合意巻秘訣2本目「月夜之事」:月夜ニハ我ハ陰ノ方二居テ敵ヲ月二向ハス可シ 我ハカクレテ敵ヲアラワス徳有リ

 月夜には月影の当らない、暗がりに我は場を取り、敵には月の光があたる所に居る様に仕向けろと云う教えです。前回の日を背にして敵を迎えろと云うのとは違い、月夜で月の光が遮られる陰に居れば我は敵には見え難く、敵は月の光でよく見える。現代の都会では忘れている暗闇ですが、人家を離れた辺鄙な所ではどうなのでしょう。
 既2024年4月2日に公開した居合心持肝要之大事5本目「夜之太刀」で語られている心持との違いはどのように思うものなのでしょう。「夜之太刀:夜中ノ仕合ニワ我レハ白キ物ヲ着可シ テキノ太刀筋能見ユルナリ場合モ能知ルゝモノナリ放レ(ハヅレ)口モナリ安シ 白キ肌着抔ヲ着タラバ上着ノ肩ヲ脱グベシ・・」
 白いものを着て「陰ノ方」に居ても敵からは見えてしまいそうです。月夜の条件と暗闇の夜中との違いによる心得の違いと云うのでしょう。実際にそのような条件での実験をして見たいものです。

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2024年4月 6日 (土)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録  居合兵法極意巻秘訣 1日中之事

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
居合兵法極意巻秘訣 印可部 従是兵術嗜之介條迠先生御注釈
1日中之事

居合兵法極意巻秘訣1本目「日中之事」:日ヲ背二受ク可シ気盛二ナルノ利有亦敵日二向ヱバ眼マバユクシテ此方ノ色メヲ見ル事不成ラ也

 この日を背に受ける教えは、宮本武蔵の五輪書火之巻に「場の次第といふ事:場のくらいを見わくる所場におゐて日をおふといふ事有日をうしろになしてかまゆる也 若所により日をうしろにする事ならざる時は右のわきへ日をなすやうにすべし 座敷にてもあかりをうしろ右脇となす事同前也 うしろの場つまらざるやうに左の場をくつろげ右のわきの場をつめてかまへたき事也 夜にても敵のみゆる所にては火をうしろにおいあかりを右脇にする事同前と心得てかまゆべきもの也・・」

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2024年4月 5日 (金)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録 居合心持肝要之大事  8獅子洞入 獅子洞出

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
居合心持肝要之大事  
8獅子洞入 獅子洞出

居合心持肝要之大事8本目獅子洞入 獅子洞出:是以戸口抔ヲ入ルノ習也 其外トテモ心得可有 或ハ取籠者抔戸口ノ内二刀ヲ振上テ居ルトキハ容易二入ル事不能 其時刀ヲ抜テ背二負タル如ク二右ノ手二而振リ上ケ左ノ手ニテ脇指シヲ提ゲウツムキテ戸口ヲ入ル可シ 上ヨリ打込メバ刀ニテフセキ下ヲナクレバ脇差二而留ル向フノ足ヲナグ可シ獅子洞出是以同出入ノ心得ヲシラスル也
以上
Dsc09967
目録口(訣)覚終

 門戸出入の際の心得です。実戦で役立つか否かは疑問なこともありますが、場に応じた心つもりはぜひ持つべきものでしょう。現代でも決してないとは言えない不慮の事故なども、心緒が前一つで助かるかもしれません。
 
 

 

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2024年4月 4日 (木)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録 居合心持肝要之大事  7泳之大事 附戸脇

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
居合心持肝要之大事  
7泳之大事 附戸脇

居合心持肝要之大事7本目泳之大事(潜リ之大事)附戸脇:旅ニテモ常ニテモ夜寝ル二気ガゝリ成ル時ハ 其家二戸樞(戸枢とぼそ・框(かまち?))抔アラバ其戸樞ノ内二手水鉢カ又桶ノ類ニテモ置クベシ 不意二来ル者ハ是二ツマヅキ騒動スルナリ 其所ヲ仕留ル也 惣而首ヨリ先キヘ入ヲキロウ 足ヨリ先ヱ入ルベシ 
附タリ 戸脇ト云ハ夜中二戸口ヲ入ルニ必内裏(?) 我ヲ切ラント心懸テ戸脇二振リ上テ居ルト思フトキワ 直二戸口ヲ入事無ク 杖抔ヲ持合タラバ 其レヲチラリと内へ差シ出シ見ベシ モシ内二待設ケテ居ルトキハ 夜中ノ亊ナレバ 其レ二切付可シ 杖ヲ出シテ見テカツチリト當ルヤ否ヤ 飛入ルトキハ 二ノ太刀ヲカヱス二暇無故 害セラルゝ亊ナシ

 此の心得は、心覚えとしておけば何かの時に役立つことかもしれません。真面目に考えないで「気が懸りの時に、何か工夫する心がけ」を持ちたいものです。
 

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2024年4月 3日 (水)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録 居合心持肝要之大事  6閨之大事

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
居合心持肝要之大事  
6閨之大事
居合心持肝要之大事6本目「閨之大事」: 旅抔二泊ル時夜中気遣敷時カ又常ニモ用心有トキワ先ツ笄(こうがい)隠レヲ用ベシ 笄隠レト云フワ行燈(あんどん)ノ土器二楊枝ヲ横二渡シ 笄ヲ火ノ上二ソット置ク也 火消タル如シ 入用ナレバ笄ヲ除クレバ火明カ也
 扨其間二戸口アラバタゝミヲ一枚ハギテ 其戸二モタセ楊枝ヲツカ二シテ置クベシ 外ヨリ戸ヲ明クレバ楊枝二タゝミモタセテ有故二タゝミ速カニ倒ルゝ也 寝テ居ルト云ヘ共其音二不驚ト云フ事ナシ マダ急ナルトキワ 我ワ座ノ隅二坐シ寝床ハ座ノ真中二 我カ伏〆居如クニ見セテ置クベシ 
 亦ユルヤカナル時ハ四方ヨリ糸ヲ十文字二引渡シ 其ノ糸ヲ入口ノ戸二付ケ置テ 茶碗二茶ヲ入れ其茶椀ヲ糸ノ十文字ノ違目二カラメ付我カ顔ヲ其茶碗ノ下ヱヤリテ寝ベシ 外ヨリ戸ヲ明ル時ハ糸ウゴク故其水コボレテ我面二落ル故驚クナリ 是ヲ夢間ノ寝覚ト云也
 又常二イタメ帋ノ水呑ヲ拵テ 四方二穴ヲ明テ懐中スベシ 右ノ茶碗之代二用ル也 
 枕本二大小ヲ置クコトナク刀ノ下緒二脇差ノ下緒ヲ通シ刀ノ下緒ノ端シヲ手二持テ寝ベシ 火急ノトキ大小ヲ否ヤ取ッテ指ス二宜シ
 イタメ帋水呑茶ヲカクル風袋ノ小キ形二スベシ四隅二乳ヲ付置クベシ 水無キ所ニテハルカ二深キ井戸 亦谷水抔汲二ヨシ長キ糸ヲ付ケテ瓶ノ如ク二汲也 尤水呑ノ中二石ヲ入レヲモリ二シテ汲ム也
Dsc0986

 この教えは、現代でも通用する処もあるかも知れませんが、「夜中に襲われるかもしれない」時に用心として何をしておくべきか工夫するのだ、と示唆しています。原文のままにしておきます。

 

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2024年4月 2日 (火)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録 居合心持肝要之大事  5夜之太刀

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
居合心持肝要之大事  
5夜之太刀

居合心持肝要之大事5本目「夜之太刀」:夜中ノ仕合二ワ我レハ白キ物ヲ着可シ テキノ太刀筋能見ユルナリ 場合モ能知ルゝモノナリ 放レ(ハズレ)口モナリ安シ 白キ肌着抔ヲ着タラバ上着ノ肩ヲ脱くベシ カマヱハ夜中ニハ下段宜シ 敵ノ足ヲ薙ク心得肝要ナリ 或ハ不意二下段二ナシテ敵二倒レタルト見セテ足ヲ薙ク心得モ有ル可シ

 暗闇での仕合では、敵の太刀筋よく見えない、相手との間合いも場の状況も良く見えない、相手との間取りなども放れ口も行いやすい。白い肌着を着ているならば上着の肩を脱いで白い肌着を見せれば、見えないものがよく見えるようになるので、事前に白いものを着るべきである。
 刀の構えは暗闇では下段が良い、敵の足を薙ぐ事が闇夜では有効だ。あるいは不意に下段に刀を下せば、相手は我が倒れたと勘違いさせて相手の足を薙ぐなどの心得もある。

 現代社会では余程の辺鄙な所へでも行かなければ、真暗闇などの夜中は無さそうなので想定を実現する機会が得られません。屋内でこの心得を試してみたいものです。相手が黒ずくめで我が白いものを着ている。双方黒ずくめ。双方白ずくめ。相手が白で我が黒ずくめ。この教えの実証をして見たい気もします。

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2024年4月 1日 (月)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録 居合心持肝要之大事  4野中之幕

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
居合心持肝要之大事  
4野中之幕

居合心持肝要之大事4本目「野中之幕」:取籠者抔ノ有之時杖ノ先キ或ハ竹ノ先二又横手ヲクゝリ付ヶ其横手ヲ羽織之袖二通シ其竹ノ本ヲ左の手二持テ向ヱサシ出シ右ノ手二刀ヲ持チ 生捕ナレバ木刀ノ類ヲ我身ハ羽織ノ陰二隠レ羽織ヲバ相手之方ヘツキ付ベシ 向ヨリ切ルト云ヘ共我身二ハトゞク事ナシ其所ヲ持タル刀ニテ相手ノ足ヲ薙グベシ 亦矢玉ヲ防ク二至テ宜シ
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 取籠っている者を斬る或いは生捕る際の小道具として用いる教えです。杖の先に横手を結んで図の様なものを作り、それに羽織を掛け、左手に持ち、我は羽織の陰に隠れ、右手に刀を持って相手の方に差し出す。相手が羽織に斬り込んでも我には届く事は無い。相手の足を薙いでしまえといっています。生捕るならば刀では無く、木刀を持てばいい。矢玉なども防げる。と云う訳です。
 野中での捕り物の小道具なのでしょうが、周囲の条件に合わないとこのままでは、使えないかも知れませんね。主命を受けての事でしょうから失敗は許されない、このような事も考えて行動せよと云う事なのでしょう。

 此の居合心持肝要之大事4野中之幕は曽田本その2では極意之大事の4本目「野中幕」とされ業名のみで記載されています。曽田先生の実兄土居亀江先生が恩師谷村樵夫から、口伝されたものとされています。
 しかし業名ばかりで内容のない目録とされています。現代の大江正路先生による無双直伝英信流は谷村派として継承されていますが、谷村派はこのように伝承形態に口伝口授が主流で古伝とのギャップを感じ疑問を感じます。
 中山博道先生による居合は博道先生が谷村派の五藤孫兵衛正亮の教えを受けた森本兎身から谷村派の所作を習ったため業名や順番などが谷村派の内容になってしまっています。博道先生は後に細川義昌先生に教えを受けられ、下村派との違いを認識されたようですが、夢想神傳流居合は谷村派のものが引き継がれたと思います。
 無想神傳流の木村永寿先生によって細川家から借り受けられた下村茂市系統の古伝伝書を昭和57年に「林崎抜刀兵法夢想神傳重信流伝書集及び業手付解説」として発行されています。
 この長い題名には「林崎抜刀兵法」とありますが流祖林崎甚助重信の抜刀兵法は認識できません。更に「夢想神傳重信流伝書集」とありますが、内容は曽田本その1で公開させていただいた「無雙神傳英信流居合兵法」であって「夢想神傳重信流」とは言い難く「長谷川主税助英信」による「夢想神傳英信流」であり、元に戻せば「無雙神傳英信流居合兵法」でしょう。長谷川英信以前のこの流の兵法は目録は巻物などで見られても業の術理は途絶えてしまい伝承されていたとしても其の儘とは思えないものです。



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2024年3月31日 (日)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録 居合心持肝要之大事  3太刀目附之事

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
居合心持肝要之大事  
3太刀目附之事

敵ノ足二目ヲ付ケベシ是ニテ場合能ク知ルゝ而已(ノミ)成ラズ臆セザル也 是ヲ上見ヌワシ(鷲)ノ位トモ云ナリ 心ハ下二有ッテ事サ上二速二應ズル由断(油断ナラン 曽田メモ)無ノ心ナリ

 目付は敵の足に付けるべきである、是によって場取り具合を能く知る事が出来るのみならず、敵の眼を見ないので臆することも無い。此の事を「上を見ぬ鷲の位」とも云うのである。心は下に置いて、相手の打込む状況に応じて上で速やかに応ずる油断のない心である。無の心である。

 敵と相対した時の目付は、相手の足に付けろと云っています。其の訳は相手との間合、場の状況が能く判るからだと云います。相手の目や手の動きや刀を強く意識しないので臆する事は無いと云うのも一理でしょう。
 居合の様な、敵の害意を察するや抜き打ちの一刀で相手を倒す武術の心得とも思えます。しかし相手の斬らんとする動きが我より早き場合にはこれでは、応じられそうも無いと思うのは私ばかりなのでしょうか。

 柳生新陰流の柳生宗矩は「兵法家伝書」で「敵懸の時 我立相ふ習の事 二星 嶺谷 組物の時遠山の事右此三ケ条は目着也」と云います。二星は両手のこぶし、嶺谷は腕のかがみ、遠山は肩先。
 柳生十兵衛の「月之抄」で「二星之目付之事 老父の云く、敵のこぶし両のうで也 此はたらきをえる事肝要也。」「嶺谷之目付之事 老父云 右之うでのかゞみを嶺と云 左を谷云 此のべちゞめに心を付 ・・二星より嶺谷までの間のうごきを根本の目付と定るなり」「遠山之目付之事 
老父云 我が両の肩先也 打合おし相などに成る時 此習を用る ・・」

 宮本武蔵は五輪書で「目の付けやうは大きに付くる目也 観見二つの事 観の目つよく 見の目よはく 遠き所を近く見 ちかき所を遠く見る事 兵法の専也 敵の太刀をしり 聊かも敵の太刀を見ずといふ事 兵法の大事也・・」と述べています。「観の目」とは心で観る、感智する事。
 宮本武蔵の「兵法三十五箇条」の「目付の事」では「目を付ると云所 昔は色々在ることなれ共 今伝る処の目付は大体顔に付るなり 目のおさめ様は 常の目よりもすこし細き様にして うらやかに見る也 目の玉不動 敵合近く共 いか程も 遠く見る目也 其目にて見れば 敵のわざは不及申 左右両脇迄も見ゆる也 観見二ツの見様 観の目つよく 見の目よはく見るべし 若又敵に知らすると云ふ目在り 意は目に付 心は不付物也 能々吟味有べし」

 

 

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2024年3月30日 (土)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録 居合心持肝要之大事 2太刀組附位

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
居合心持肝要之大事  
2太刀組附位

互二太刀ヲ打下シ組付ケタル所二勝アリ 敵ノ太刀ヨリ遅キト見ヱテモ上太刀ト成位アリ唯肝要ハ拳也 組付タル処二テ其気先ニテスクニ突ベシ

 この書き出しの互いに打ち下すが、真っ向に打ち下される相手の太刀に少し遅れて我も真向に打ち下し、相手の太刀に上太刀となって勝を制するとすれば、柳生新陰流の「合し打ち」か「和卜」がそれでしょう。
 しかし「唯肝要ハ拳」と云うのですから、「和卜」や「くねり打ち」を想像します。
「組付タル処にて其気先(機先)ニテスク二突ベシ」であれば、「和卜」で上太刀となった時に我が切先は相手の中心を詰めているので、直ぐに突く。
 第9代林六太夫守政は、江戸で「無雙神傳英信流居合兵法」を、第7代長谷川英信や第8代荒井勢哲(清信)に学ぶと同時期に新陰流(真陰流)も大森六郎左衛門の教えを受けていたようです。
 その、流祖上泉伊勢之守信綱相伝の極意業を語っていると、ミツヒラは思います。
 現代居合の型稽古では、此の「太刀組附位」の教えは理解しがたいと思います。新陰流に入門するなりされて学ばれることをお勧めします。
 

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2024年3月29日 (金)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録 居合心持肝要之大事  1居合心立合之大事

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
居合心持肝要之大事 付大小指違之事  
1居合心立合之大事

 曽田本その2では「居合心持肝要之大事 付大小指違之事」の8項目は、何故か書かれていません。谷村樵夫自庸の教えが曽田先生の実兄土居亀江先生に及ばなかったか、古伝を谷村樵夫先生が相伝されていなかったか解りません。
 この場を借りて「居合心立合之大事」を勉強して置きます。
 土居亀江先生の「極意之大事」に「居合心持肝要之大事の野中之幕」が混入していましたので、谷村派は伝書を知らず口伝口授で相伝されて来たと推測してもいます。

居合心持肝要之大事 付大小指違之事
1本目居合心立合之大事:敵ト立合兎ヤセン角ヤセントタクム事甚嫌フ 況ヤ敵ヲ見コナシ彼ガ角打出スベシ其所ヲ如此シテ勝ン抔トタノム事甚悪シゝ 先ツ我身ヲ敵ノ土壇トキワメ何心ナク出ベシ 敵打出ス所ニテチラリト気移リ而勝事ナリ 常ノ稽古ニモ思アンシタクム事ヲ嫌フ 能々此念ヲ去リ修行スル事肝要中ノ肝要也
 大小指違ト云ハ世人脇指ヲ帯二重二指 刀ヲ三重二サスナリ 居合ノ方ニテハ二重二刀ヲ指シ三重二脇ヲ差ス也 敵二出会タル時大小ヲ子ヂ違ヘテ脇差ヲハ下シ指シテ刀ヲ抜戦ベシ 然ルトキハ脇差ノ柄マキル事無シ 亦刀ノサヤノ鐺ハ子ル故二足ヲ打ツコトナク働ノ自由宜シ常二如此指スベシ

 敵と立合うにあたり、戦い方を「兎や角」案ずる事は、良くない、其の上相手を見こなし(みくびる)この様に斬り込んでくれば、我は此の様に打ち込んで勝などと「タノム」などは甚だ悪い事である。無心となって敵と相対し、敵が斬り込んで来るのに新陰流の「色に就き色に随う」ことで勝事である。常の稽古でも相手がこの様に打ってくれば、このようにして勝のだと「巧む」ことは嫌うものである。

付大小指違之事」居合における刀と脇差の帯刀について述べられています。文章が簡略すぎて「はて」と手が止まってしまいます。帯は角帯で、腹に三重に巻き着けるのが一般的だったでしょう。その際「世人」の一般的な帯刀の仕方は、脇差を腹に巻かれた下から一枚目の上、三重の上から2枚目下、に指す。
  刀は腹から2枚目の上、上から一枚目の下に指す。要するに脇差が刀の下に指されていると読むのですが、そうすれば脇差の柄頭は刀の下で体の中心よりやや右にある。刀の柄頭は体の中心にあると云うのでしょう。
 居合の帯刀はその逆で、刀を三枚に重なった角帯の上から2枚目の下、下から1枚目の上に指し、脇差を上から1枚目の下、下から二枚目の上に指す。と云います。
 其の上で「いざ」と云う時は脇差を「下し指(おろしざし)」にする様に、脇差の鐺を下に向け、柄が上を向く様に捻子違え、抜刀する際、下から刀に手を掛けても、脇差が邪魔して「脇差ノ柄・ト刀ノ柄ト・マキル事無シ」と云うのでしょう。一般的な帯刀の仕方では脇差の柄に手を掛けてしまう。と云います。
 第17代大江正路先生は「左腰帯下に鐺を差す」とあります。
 政岡壹實先生は地之巻に「帯は正式には角帯で三重に巻いた内側を一重残して差す。小刀は帯の内側に差すものである。(秘伝書には「大小差しちがえ」と云って、必要に応じて小刀を外一重残してさしたこともある。)」
 第20代河野百錬先生は大日本居合道図譜で「角帯一重を隔てたる外側に鐺を押込み・・」とされていますが、無雙直傳英信流居合道では「帯刀は、着物と帯(袴の紐を含む)の間に、袴の下部の紐二本を鞘の下(内側)にある様に差す」
 第21代福井聖山先生は「角帯一重を隔てたる外側に鐺を押込み・・」

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2024年3月28日 (木)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録   極意之大事  11智羅離風車

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
極意之大事  11智羅離風車

此ノ伝書ハ実兄土居亀江ガ恩師谷村樵夫先生ヨリ傳授セラレタルモノヨリ寫シタルモノ也
(昭和二十年七月四日午前二時高知市空襲 家財諸共焼失したり)

極意之大事
11智羅離風車:目録のみ

極意ノ大事10本目「智羅離風車」:手拭ニテモ煙艸(煙草)入ニテモ向ノ面二投付ケテビクトスル所ヲ可切 又刀ヲ抜キテ其手二扇抔ヲ持添テ打込躰ニテ其扇ヲ投ケ付ビクトスル所ヲ打込勝ナリ

 曽田本その2の土居亀江先生による谷村樵夫から伝授されたと云う「極意之大事」は11本で、目録のみなのでどの様に聞かされたのか解りません。曽田本その1では「極意ノ大事」は10本です。

曽田本その2極意之大事
1暇乞 2獅子洞入 3地獄捜 4野中幕 5逢意時雨 火村風 鉄石 8遠方近所 外之剱 10瓶返 11智羅離風車

曽田本その1極意ノ大事
1暇乞 2獅子王剱 3地獄捜 火村風 5逢意時雨 外之剱 瓶返 鉄石 9遠方近所 10智羅離風車

参考に木村永寿先生の細川家からの伝書による極意ノ大事
1暇乞 2獅子王剱 3地獄捜 4火村風 5逢意時雨 6外之剱 7瓶返 8鉄石 9遠方近所 10智羅離風車

 曽田先生の実兄土居亀江先生による谷村樵夫先生から伝授されたと云う「極意之大事」は、教えごとの内容が無い、順番が伝書と違う、「4野中幕」は伝書では「居合心持肝要之大事 付大小指違之事」の4番目にあるもので「極意ノ大事」には存在しないのです。
 いずれにしても、谷村派には古伝の伝書は伝わらず、口伝口授による伝承だったのでしょう。そのため伝わる内容にズレが生じたと思われます。
 伝書を受け継いだ下村派は明治維新で途切れ、細川義昌先生が引き継ぎ相伝される頃には谷村派ばかりの教えが横行したのでしょう。近年の剣術のどの流でも、同様の事はあると思われます。流祖の残された古伝を振り返る心を期待したいものです。
 
谷村樵夫自庸先生の伝系を辿れば以下の様になります。谷村派の正統では無く傍系となるのでしょう。
 谷村派の第15代谷村亀之丞自雄ー楠目繁次成榮―谷村樵夫自庸-土居亀江

 谷村派の正統は以下の様に聞かされています。
 第15代谷村亀之丞自雄ー第16代五藤孫兵衛正亮ー第17第大江正路子敬
 

 

 

 

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2024年3月27日 (水)

大森流長谷川流居合術解  15、無双直傳英信流居合目録   極意之大事  10鉤瓶返(釣瓶返)

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
極意之大事  10鉤瓶返(釣瓶返)

此ノ伝書ハ実兄土居亀江ガ恩師谷村樵夫先生ヨリ傳授セラレタルモノヨリ寫シタルモノ也
(昭和二十年七月四日午前二時高知市空襲 家財諸共焼失したり)

極意之大事
10釣瓶返:目録のみ

極意ノ大事7本目「鉤瓶返」:座上ニテハ刀ヲバ抜イテ置クコト當然也 時二向フヨリ切カクルトキヌキ合スル間ナケレバ 鞘ト柄ㇳヲ取ッテ鞘共二請テ 其侭引ヌイテ片手打二切ルベシ

 曽田本その1の極意ノ大事7本目は「鉤瓶返」ですがこれでは「かぎびんかえし」となってしまいます、「釣瓶返(つるべかえし)」と曽田先生は曽田本その2では書かれています。
 この「釣瓶返」の教えは、当然の事と云えますが、事前に知っていれば自然に鞘で請けるなり、柄頭で請けるなり慌てずに出来るでしょう。相手の打ちようによっては、刀を稍抜いて刀身で請ける事も出来るでしょう。変化は様々です。

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2024年3月26日 (火)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録   極意之大事  9外之剱

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
極意之大事  9外之剱

此ノ伝書ハ実兄土居亀江ガ恩師谷村樵夫先生ヨリ傳授セラレタルモノヨリ寫シタルモノ也
(昭和二十年七月四日午前二時高知市空襲 家財諸共焼失したり)

極意之大事
9外之剱:目録のみ

極意ノ大事6本目「外之剱」:自宅他家共二其座二有ル物二心ヲ付ベシ 箱之類ニテモ又ハケサン(?)ノ類盤之類ニテモ有之時ハ我ガ量二叶フベキヲ計其近所二座シテ透間ヲ見テ是ヲ打ツケベシ 亦常トテモ此心得有ベシ 其座二有ルモノゝ近所二ザスベシ 亦我ガ居間二是々有ト常二心ヲ用イ置時ハ時二至ッテ利ヲ得ル也 仕合抔望マレタル時向原ノ詞聞キタル上ハ由断(油断ナラン 乕彦註)スベカラス 立合迄モナシスグニ何ニテモ取ッテ打倒スベシ 又シナエ抔クミテアラバ立合フ迄モナシ居ナガラ取カヱシテ打コロス可シ

 極意ノ大事の教えの順番は、谷村樵夫先生から伝授された曽田先生の実兄土居亀江先生と異なります。亦目録のみで内容が何も書かれていないのも気になります。

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2024年3月25日 (月)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録   極意之大事  8遠方近所

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
極意之大事  8遠方近所

此ノ伝書ハ実兄土居亀江ガ恩師谷村樵夫先生ヨリ傳授セラレタルモノヨリ寫シタルモノ也
(昭和二十年七月四日午前二時高知市空襲 家財諸共焼失したり)

極意之大事
8遠方近所:目録のみ

極意ノ大事8本目「遠方近所」:我二敵スル者ト見ルトキハ其ノ者ノ側二寄リテ居ル事肝要也 或ハ庭前ノ花二コトヨセ或ハ掛物ヲ見ル躰抔シテ側二近ヨリテ居ベシ 刀二手ヲカケバ其侭手ヲ取ッテ引倒スベシ 間ヲ隔テゝ居ル故二不覚ヲ取ルナリ 或ハ意趣有ッテ仕掛ラレ丸腰ニテ出合テ不覚ヲ取タル者モ間々有之也 是等モ此習ヲ得タレバタトイ丸腰ナリ共不覚ヲバ取マジ 其故ハイヤ貴殿ノ短慮ナリ能ク合点せヨ抔ト云テ側二詰寄テ居ル時ハ刀ヲヌケバ引倒ス故丸腰トテモ不覚ハ取マシキナリ 亦大事ノ仕物九寸五分ノ合口抔ヲ指 近ク居テ思ワヌ処デ取ッテサシコロス時ハタシカ二仕留ル也 是等皆獅々王カンヨウ也

参考 極意ノ大事2本目「獅子王剱」:是ハ事二非ス我心二大丈夫ヲ備フル事也 此ノ習何ヨリモ肝要ナリ 此備無キ時ハセキて色々出ル故暇乞ノ類ノ術ヲモナスコトナラスツ子二能心二可備(極意ノ大事2本目「獅子王剱)

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2024年3月24日 (日)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録   極意之大事  7鉄石

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
極意之大事  7鉄石

此ノ伝書ハ実兄土居亀江ガ恩師谷村樵夫先生ヨリ傳授セラレタルモノヨリ寫シタルモノ也
(昭和二十年七月四日午前二時高知市空襲 家財諸共焼失したり)

極意之大事
7鉄石:目録のみ

極意ノ大事8本目「鉄石」:旅抔ニテ気遣シキ所ヲ通ルニハ石ヲ袂(タモト)二入レテ行クベシ 尤是二不限用心ヲ為〆行先ハ必石ヲ袂二入行クベシ時二取ッテ是ヲ打ツクル也 座上二テモ鉄石ノ心得有 アノ者ヲ切ラント思フ時ハ其者ノ膝本ノタゝミ抔ヲハタト敲クトキハ夫二気ヲウツス也 其所ヲ切レハキリ安キ者也

 鉄石の教えは、旅や何かを為す時には石を袂に居れて、危険を感じる也状況によって其の石を相手に投げつけ、気を奪ってから、戦え。という。亦捕り物などの時には畳を「ハタ」と打って相手の気を奪って斬り込め、と云うのです。

曽田先生の実兄土居亀江先生が谷村樵夫先生より伝授された極意之大事7本目「鉄石」ですが、曽田本その1に依れば極意ノ大事8本目「鉄石」となります。

 土居亀江先生の覚違いか、谷村樵夫先生の間違なのか証明は出来ませんが伝書は、下村派に伝わり、谷村派は口伝口授による伝承だったのではないかと推察します。

 

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2024年3月23日 (土)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録   極意之大事  6火村風

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
極意之大事  6火村風

此ノ伝書ハ実兄土居亀江ガ恩師谷村樵夫先生ヨリ傳授セラレタルモノヨリ寫シタルモノ也
(昭和二十年七月四日午前二時高知市空襲 家財諸共焼失したり)

極意之大事
6火村風:目録のみ

極意ノ大事4本目「火村風(カソン風)」:曽田本その1では4本目「火村風」ですが、曽田本その2では極意之大事の6本目に「火村風」とされています。前回の繰り返しですがここに乗せておきます。曽田先生の実兄土居亀江の恩師谷村樵夫先生からの伝授は古伝の伝書に依らず口伝口授によって伝えられたのでしょう。そのためか順番や内容に誤差が生じています。
 第17代大江正路先生は幼少の頃から15歳まで始め下村派を習っておられたようですが、明治以降は谷村派を相伝されたようで、やはり古伝とは異なる部分が多々見られます。300年以上伝承された武術には概ね、同様の事はあるものです。
 
極意ノ大事4本目「火村風」:仕物抔二行タル時其物(者)ト物語抔ヲシテ都而(却而ナラズヤ 乕彦註)色二アラワサス 扨煙艸盆ヲ持出シタラバ其火入ヲ取ッテ打付ケテ然而オク(臆)レタル処ヲ勝ベシ 
 亦捕者抔二行二灰ヲ袋二ツツミ其灰ノ中二石ヲ入レヲンブクノ様二而持相手ノ面二打ツクルトパット開イテ眼クラム也其所ヲ捕ル也 
 譬開カス共石ヲ入レテ打付ル故転ンドフ(転倒)スル也 
 或ハ此事ヲ聞クサシ捕手ノ役二行ク密談二事ヨセ捕ル仕組也 一人密談シイタル二▢(脇?)ヨリ紙二灰ヲ包ミ打ツケゝル二帋(紙)シカト包て有リタル故都而(却而二アラズヤ 乕彦註)不開 ヲンブク(御服 喪服?)ノ如クナルモノニテ面ヲ打タル故イヨゝ相人(あいて)気バリテ取急タルト是伝ヲシラザル故用二不立

極意ノ大事5本目「逢意時雨」:火村ノ風二異ル事無シ是ハ茶抔ヲ所望シテ其茶碗ヲ取ッテスグニ打付ベシ 又自宅ヱ敵着タラバ我レ茶ヲ汲デ持出テ其茶ヲ取ラントスル手ヲ取テ引倒シテ勝也

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古伝研究会(無雙神傳英信流居合兵法)

第75・76・77回古伝研究会

 無雙神傳英信流居合兵法(無双直伝英信流・夢想神傳流の古伝)の古伝研究会を、感染病対策として当分の期間月一回として継続しています。
 違師傳交流稽古会の令和6年課題は坂橋流之棒となります。従って第75回以降の研究内容は棒といたします。棒は体裁きを学ぶに良い稽古と思います。
「古きを尋ねて新しきを知る」、ご参加いただいた方々が夫々「逢人皆我師」である事をご認識頂き、ご自由な意見を出され共に学ぶ研究会です。「俺の指導に従え」と云う「習い稽古する」稽古会とは異なります。古伝を読み参加者が自ら「工夫する」研究会です。どの連盟、他流派、他道場等ご自由にお出で下さい。


1、第75回
  3月28日(木)
      鎌倉体育館
  13:00~17:00

2、第76回
  4月25
日(木)
  見田記念体育館
  13:00~17:00
3、第77回
  5月23日(木)
  見田記念体育館
  13:00~17:00
  
4、住所
     見田記念体育館
     248-0014鎌倉市由比ガ浜2-13-21
     ℡0467-24-1415
     鎌倉体育館・駐車場
  248-0014鎌倉市由比ガ浜2-9-9
     ℡0467-24-3553
  鎌倉警察署向かい側
5、アクセス:JR横須賀線鎌倉駅東口下車徒歩10
6、参加費:会場費等割勘つど500
7、参加申込:直接体育館にお越しください
  *コロナ対策として事前に参加連絡を
  お願い致します。
   mail:sekiun@nifty.com
8、研究会名:無雙神傳英信流居合兵法
  居合道研修会鎌倉(湘南居合道研修会鎌倉道場)
9、御案内責任者:ミツヒラこと松原昭夫
      sekiun@nifty.com
10、注意事項
 ・コロナ対策として以下の事項に一つも
  該当しない事
 ・平熱を越える発熱
 ・咳、喉の痛みなど風邪の症状
 ・倦怠感、息苦しさ
 ・臭覚や味覚の異常
 ・体が重く感じる、疲れやすいなどの症状

 2024年3月23日 ミツヒラこと松原昭夫  記

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2024年3月22日 (金)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録   極意之大事  5逢意時雨

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
極意之大事  5逢意時雨

此ノ伝書ハ実兄土居亀江ガ恩師谷村樵夫先生ヨリ傳授セラレタルモノヨリ寫シタルモノ也
(昭和二十年七月四日午前二時高知市空襲 家財諸共焼失したり)

極意之大事
5逢意時雨:目録のみ

極意ノ大事5本目「逢意時雨」:火村ノ風二異ル事無シ是ハ茶抔ヲ所望シテ其茶碗ヲ取ッテスグニ打付ベシ 又自宅ヱ敵着タラバ我レ茶ヲ汲デ持出テ其茶ヲ取ラントスル手ヲ取テ引倒シテ勝也

極意ノ大事4本目「火村風(カソン風)」:曽田本その2では極意之大事の次回6本目に「火村風」とされています。先行しますが参考にここに乗せておきます。
極意ノ大事4本目「火村風」:仕物抔二行タル時其物(者)ト物語抔ヲシテ都而(却而ナラズヤ 乕彦註)色二アラワサス 扨煙艸盆ヲ持出シタラバ其火入ヲ取ッテ打付ケテ然而オク(臆)レタル処ヲ勝ベシ 
 亦捕者抔二行二灰ヲ袋二ツツミ其灰ノ中二石ヲ入レヲンブクノ様二而持相手ノ面二打ツクルトパット開イテ眼クラム也其所ヲ捕ル也 
 譬開カス共石ヲ入レテ打付ル故転ンドフ(転倒)スル也 
 或ハ此事ヲ聞クサシ捕手ノ役二行ク密談二事ヨセ捕ル仕組也 一人密談シイタル二▢(脇?)ヨリ紙二灰ヲ包ミ打ツケゝル二帋(紙)シカト包て有リタル故都而(却而二アラズヤ 乕彦註)不開 ヲンブク(御服 喪服?)ノ如クナルモノニテ面ヲ打タル故イヨゝ相人(あいて)気バリテ取急タルト是伝ヲシラザル故用二不立

 極意ノ大事5本目「逢意時雨」も4本目「火村風」何れにしても、相手の気をそらせておいて勝。と云うことでしょう。

 

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2024年3月21日 (木)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録   極意之大事  4野中幕

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
極意之大事  4野中幕

此ノ伝書ハ実兄土居亀江ガ恩師谷村樵夫先生ヨリ傳授セラレタルモノヨリ寫シタルモノ也
(昭和二十年七月四日午前二時高知市空襲 家財諸共焼失したり)

極意之大事
4野中幕:目録のみ

英信流居合目録秘訣 (曽田本その1では極意之大事「野中之幕」は居合心持肝要之大事の4本目にあります。極意之大事の4本目は「火村風(カソンカゼ )
居合心持肝要之大事4本目「野中之幕」:取籠者抔ノ有之時杖ノ先キ或ハ竹ノ先二又横手ヲクゝリ付ヶ其横手ヲ羽織之袖二通シ其竹ノ本ヲ左の手二持テ向ヱサシ出シ右ノ手二刀ヲ持チ 生捕ナレバ木刀ノ類ヲ我身ハ羽織ノ陰二隠レ羽織ヲバ相手之方ヘツキ付ベシ 向ヨリ切ルト云ヘ共我身二ハトゞク事ナシ其所ヲ持タル刀ニテ相手ノ足ヲ薙グベシ 亦矢玉ヲ防ク二至テ宜シ
Dsc09858

 

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2024年3月20日 (水)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録   極意之大事  3地獄捜

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
極意之大事  3地獄捜

此ノ伝書ハ実兄土居亀江ガ恩師谷村樵夫先生ヨリ傳授セラレタルモノヨリ寫シタルモノ也
(昭和二十年七月四日午前二時高知市空襲 家財諸共焼失したり)

極意之大事
3地獄捜:目録のみ

英信流居合目録秘訣 
極意之大事3本目「地獄捜」:闇リ二取籠リ者抔有ルトキノ心得也 夫而已成ラズ惣而闇ニテ人ヲサガスノ術也 刀ノ身ト鞘ト半分抜掛テ鐺ヲ以一面二マセ捜スベシ 鐺二物之サワル證二抜テ可突 亦鞘口三寸計二切先ヲ残シ居ナガラ静カニ四方ヱ廻シテサクルベシ九尺四方何事モ知レ申

 「地獄捜」は暗闇に閉じ籠もって居る者を探す術で、刀を半分抜いた状態で、腰から外して、柄を握り鐺で以って暗闇の一面を探せば、鐺に触れるものがあれば、即座に抜いて突。亦は切先三寸ばかりを残して抜き出せば、五尺ほどの探り道具になるので、柄を持って四方に廻して見れば、九尺四方を十分探れる事を知っておきなさい。と云うのでしょう。
 真っ暗闇で我から相手は目に見えない、息を詰めてじっと身を隠している相手でしょう。我は相手から見えて居るかな、鐺を当てられた相手の反応はともかくの教えです。

 

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2024年3月19日 (火)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録   極意之大事  2獅子洞入

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
極意之大事  2獅子洞入

此ノ伝書ハ実兄土居亀江ガ恩師谷村樵夫先生ヨリ傳授セラレタルモノヨリ寫シタルモノ也
(昭和二十年七月四日午前二時高知市空襲 家財諸共焼失したり)

極意之大事
2獅子洞入:目録のみ

英信流居合目録秘訣 
極意之大事2本目「獅子王剱」:是ハ亊二非ス我心二大丈夫ヲ備フル事也 此ノ習何ヨリモ肝要ナリ 此備無キ時ハセキテ色二出ル故暇乞ノ類ノ術ヲモナスコトナラスツ子二能心二可備  形恭シク而心大獅子王ノ如く二有ル事

「大丈夫」とは、広辞苑に依れば、あぶなげのないこと。しっかりしていること。ごく堅固なこと。間違いのないさま。たしかなさま。
「恭しく」とは、広辞苑では、礼儀正しい。礼儀にかなって丁重である。
「獅子王」とは、広辞苑では、獅子はライオン、獅子の美称。

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2024年3月18日 (月)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録   極意之大事   1暇乞

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
極意之大事  1暇乞

此ノ伝書ハ実兄土居亀江ガ恩師谷村樵夫先生ヨリ傳授セラレタルモノヨリ寫シタルモノ也
(昭和二十年七月四日午前二時高知市空襲 家財諸共焼失したり)

極意之大事
1暇乞:御使者斬リ二ツアリ

英信流居合目録秘訣 
極意之大事1本目「暇乞」:仕物抔ヲ云付ラレタル時抔 其者之所ヱ行テ四方山ノ咄抔ヲシテ其内二切ベシ 隙無之トキハ我ガ刀ヲ取テ 又近日  ト立サマ二鐺ヲ以テ突キ倒シ其侭引ヌイテ突也 
又ハ亭主我ヲ送テ出ルトキ 其透間ヲ見テ鐺二而突タヲシテ其侭引ヌイテ突クベシ

 英信流居合目録秘訣は誰がいつ頃書いたものか、誰の教えなのか「曽田本その2」の写し書きからは読み取れません。木村永寿先生の細川家からの伝書からも読み取れません。
 「老父物語」からの続きであれば第10代林安太夫政詡の物を山川久蔵幸雅が書き写して、下村派に相伝したとも思えます。そうであれば第9代林六太夫守政の口伝とも取れるものです。
 この極意之大事1本目「暇乞」の上意討ちを命ぜられた際の心得のありようから、役目を果たす事は大切な事であっても、だまし討、不意討の匂いが漂います。

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2024年3月17日 (日)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録   上意之大事   14十文字

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
上意之大事 14十文字

此ノ伝書ハ実兄土居亀江ガ恩師谷村樵夫先生ヨリ傳授セラレタルモノヨリ寫シタルモノ也
(昭和二十年七月四日午前二時高知市空襲 家財諸共焼失したり)

上意之大事
1十文字:座業 文字を赤インクで抹消 解読出来ず ミツヒラ

英信流居合目録秘訣 
上意之大事14本目「十文字」:敵ト打合スレバ輪ト成リ十ノ形トナル互二打合セタル所ハ是十ノ形チ也 其十ノ形二成タル所ニテ手ヲ取レバ勝也
手ノ内輪ノ内十文字ハ別之事ナラス皆一ツ二唱ル事ナリ外ノ亊二ハアラス拳ヲ取レト言事ノ教

上意之大事13本目「輪之内」:敵ト打合ハスル二輪二ナラズト云亊ナシ上ニテ合セ亦下ニテ合ヱバスグニ輪ト成ル竪横皆同シ輪ヲハツシテ勝ベシ

上意之大事12本目「手之内」:敵ト刀ヲ打合ハスル二合刀セズト云亊ナシ合刀シタル所二而敵ノ拳ヲ押へ突クベシ

 14本目「十文字」の教えは、十文字であろうと、輪となるであろうと、敵と刀を打合スレバ「合刀」するものだ、「合刀」したならば、踏み込んで相手の右拳を制して突くのだと云うのです。
 刀を打ち合せずに、打ち込みを外すと同時に打ち込み勝、極意業を身に付けろと云いたいのですが、刀で相手の斬り込みを受け外すとか、相手に斬り込んだ時に刀で受けられてしまった時には「拳ヲ取レ」と云う事です。

 拳を取りに行ったは良いが、古伝神傳流秘書詰合2本目「拳取」:如前楽々足を引抜合我左の手にて相手の右の拳を取り刺す也。で勝を得ようとしたのですが、詰合3本目「岩浪」:拳取の通り相手より拳を取りたる時我よりも前の如く取り我が太刀を放し右手にて敵の肘のかがみを取り左脇へ引倒す。にあってしまいました。
 どのような教えであっても、絶対と云う事はあり得ないでしょう。それを求めて「萬法帰一」とも云うのが稽古ごとの根本です。「英信流居合目録秘訣」の教えだけで出来たと云う訳にはいかないでしょう。

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2024年3月16日 (土)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録   上意之大事   13輪之内

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
上意之大事 13輪之内

此ノ伝書ハ実兄土居亀江ガ恩師谷村樵夫先生ヨリ傳授セラレタルモノヨリ寫シタルモノ也
(昭和二十年七月四日午前二時高知市空襲 家財諸共焼失したり)

上意之大事
1輪之内:立業 左ヲ突キ右二廻リナガラ全方ヲ切也元ヲ▢▢▢▢▢▢▢▢?(曽田 メモ)

英信流居合目録秘訣 
上意之大事13本目「輪之内」:敵ト打合ハスル二輪二ナラズト云亊ナシ上ニテ合セ亦下ニテ合ヱバスグニ輪ト成ル竪横皆同シ其輪ヲハツシテ勝ベシ

 上意之大事13本目「輪之内」についても曽田先生は赤ペンで文字を抹消されています。実兄土居亀江の文章と英信流居合目録秘訣の内容が不一致とおもわれたのでしょう。
 江戸時代中期以降の剣術の稽古は木刀と木刀あるいは袋竹刀での、当てっこをしながら、勝ち負けの稽古をしていたのかも知れません。特に江戸時代後期は、竹刀に面小手胴の防具を着用し実戦さながらの打ち合いだったのでしょう。ですから「打合ハスル二輪二ナラズト云亊ナシ」とされています。しかし本来は刀と刀を打ち合さずに「其輪ヲハツシテ勝ベシ」と極意を示しています。この事は、第9代林六太夫守政が江戸で英信流居合を学ぶと同時に柳生新陰流を大森六郎左衛門から手ほどきを受け身に付けて覚えた事かと思います。相手に隙を見せ打ち込ませ、当たる寸前に外すと同時に切る一拍子の稽古から、柳生新陰流の極意業を語っている様です。

 

 

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2024年3月15日 (金)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録   上意之大事   12手之内

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
上意之大事 12手之内

此ノ伝書ハ実兄土居亀江ガ恩師谷村樵夫先生ヨリ傳授セラレタルモノヨリ寫シタルモノ也
(昭和二十年七月四日午前二時高知市空襲 家財諸共焼失したり)

上意之大事
1手之内:立業 切リ捨テ二▢前二進ム(惣留ノ▢曽田消去す


英信流居合目録秘訣 
上意之大事12本目「手之内」:敵ト刀ヲ打合ハスル二合刀セズト云亊ナシ其合刀シタル所二而敵ノ拳ヲ押へ突クベシ

 この上意の大事12本目「手之内」は、相手との斬り合いで相手が、我が脛を切って来ようとするのを「柄口六寸」の教えにより、先を取らんと抜き付けるが相手も素早く斬り込むので、刀と刀が打ち合ってしまう、相手は直ぐ様、一歩退いて打ち掛からんとするのに我は一歩踏み込み付け入って、相手の右拳を左手で押さえ、右片手で相手の胸を突く。という事を言っているのでしょう。
 古伝神傳流秘書の太刀打之事2本目「附入」:前の通り抜合せ相手後ヘ引かむと春るを附入左の手にて拳を取る右の足なれ共拳を取る時は左の足也。がこの「手之内」の教えに相当する仕組の手附でしょう。

 江戸時代後期には稽古形では太刀打之位では1本目「出会」も2本目「附入」も「サカサマ二抜合」動作を稽古させ「柄口六寸」の教えは幻になっています。随って「敵ト刀ヲ打合ハスルニ合刀セズト云亊ナシ」が当然となっているのでしょう。
 古流剣術の形では、合刀は初歩の稽古では見られますが、本来相手の打ち込みを外した時が斬った時と云う、刀で刀を受けない技法を身に付けさせます。
 やむおえず「合刀」した時には「敵ノ拳ヲ押へ突クベシ」でしょう。刀が折れて切先が無いかも知れませんが・・。

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2024年3月13日 (水)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録   上意之大事   11行違

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
上意之大事 11行違

此ノ伝書ハ実兄土居亀江ガ恩師谷村樵夫先生ヨリ傳授セラレタルモノヨリ寫シタルモノ也
(昭和二十年七月四日午前二時高知市空襲 家財諸共焼失したり)

上意之大事
1行違:立業 柄頭ニテ前ヲ突キ振リ返リテ後ヲ切ル 後ヲ突キテ前ヲ切ル

英信流居合目録秘訣 
上意之大事11本目「行違」:我左脇ヲ通ス宜シ切ル事悪シト知ルベシ 行違サマ二抜テ突事宜シ敵先二抜ントセバ先ンシ手早ク柄ニ而胸ヲ突クベシ行違ノ詞ノ掛様ノ亊大事有、夜中二往来ヲスル二ウサンナル者ノ有時ハ自分之姓名ヲ急二呼カクベシ 我二敵スルモノナレバハイト答ルモノ也 其処ヲ切ルナリ 旅抔二テハ白昼ニモ此心得有ルベシ 又何ンソ言ヲ云カケテ見ル二我二敵スル気有者ハ必ス返答二アグムモノナリ

古伝神傳流秘書抜刀心持之事10本目「連達」:歩ミ行内前を右之拳尓て突其儘二左廻リ二振返り後を切り又前へ振向て打込

 行き違いに、一人を先に通してしまい、次に前から来る者に柄頭で突きを入れ、左廻りに振り向いて先に通した者を抜打ちに切る。
 もう一つは替え業で、通り過ぎた後ろの者を突き、直ぐに振り返って前の者を切る。この場合は、後ろから追い越して行く二人連れの一人を通らせ、後の者を突き、直ぐに前を切る、と云う替え業もありなのでしょう。

 英信流居合目録秘訣は其の心得を述べているのでしょう。曽田先生の実兄土居亀江の相伝された「行違」は、古伝神傳流秘書10本目「連達」の継承でしょう。古伝の「前を右之拳尓て突」は、「柄頭ニテ前ヲ突キ」と変化してきています。

 第17代大江正路先生の奥居合14番「行違」:(進行中正面を柄頭にて打ち、後を斬り又前を斬る)右足の出でたる時、(敵顔面を柄頭にて)左手は鞘と鍔を拇指にて押へ、右手は柄を握りたるまゝ前方に伸し、柄當りをなし、其足踏みのまゝ體を左へ廻して、後方に向ひつゝ、抜き付右手にて斬り、直に前方の右へ振り向き上段に斬る。

 現代居合の「行違」もこの動作ですが、行き違う際前から来る相手二人の左側を我は通るので、我は右に踏み込んで、後から来る者の正面に入って柄当てする仕草を提唱する先生も居られます。

 古伝神傳流秘書には11本目に「行違」の業手附は存在します。この場合は右側歩行で、我の左側を敵がすれ違う想定の様です。古伝神傳流秘書抜刀心持之事11本目「行違」:行違に左の脇二添へて拂ひ捨冠って打込也

 細川義昌先生相伝奥居合12本目「連達」:(前後の者を斬る)正面へ歩み往きつつ 鯉口を切り右手を柄に掛けるなり抜打に(前の者へ)切付 直ぐ(左廻りに)後ヘ振返りつつ諸手上段に振冠り 右足踏込んで(後の者へ)斬込み刀を開き納め終る。
 
 細川義昌先生相伝奥居合13本目「行違」:(摺違ひに左側の者を斬る)正面へ歩み往きつつ(右側を通り)鯉口を切り左足踏出しながら右手を柄に掛け 右足踏出すなり刀を向ふへ引抜き 左足踏出しつつ(刃部を外へ向け)左腕外へ突込み 更に右足踏出すと共に摺違ひに刀を向ふへ摺抜き(対手の左側を軽く斬り)直ぐ左斜に振返りつつ 諸手上段に振冠り 右足踏込んで斬込み 刀を開き 納め終る。

 武士の歩行は鞘が前方から来る者に触れないように、前から来る者の左側を通行すると云うのには、特に定められたものは無いようです。車両の左側通行、歩行者の右側通行は大正時代に定められたと聞き及びます。
 古流剣術を志す者は、前後左右何れでも応じられる稽古を積むべきと思います。

 

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2024年3月12日 (火)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録   上意之大事  10鐺返

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
上意之大事 10鐺返

此ノ伝書ハ実兄土居亀江ガ恩師谷村樵夫先生ヨリ傳授セラレタルモノヨリ寫シタルモノ也
(昭和二十年七月四日午前二時高知市空襲 家財諸共焼失したり)

上意之大事
1鐺返:座業 長谷川流8本目「浪返」に同シ
       之レハ行違ヒニ相手ノ左ノ手ヲトリ直二後ロ二廻リ鐺ヲ取リテ前へ押シ倒ス也(曽田メモ)

英信流居合目録秘訣 
上意之大事10本目「鐺返」:座シテ居ル時後ロヨリ小尻ヲ取テ押シアグルトキハ刀ヲ抜ク事ナラズ此時相手ノヒザ頭ヲ踏ミ其ノキヲヒ二向フヱタヲレテヌキ突クベシ

古伝神傳流秘書抜刀心持之事には「鐺返」の業手附は存在しません。

上意之大事10本目「鐺返」の「座シテ居ル時後ロヨリ小尻ヲ取テ押シアグルトキ」の想定は、古伝神傳流秘書の英信流居合之事9本目「瀧落」:刀の鞘と共に左の足を一拍子に出して抜て後を突きすぐ二右の足を踏込ミ打込ミ開納る 此事ハ後よりこじりをおっ取ったる処也 故二抜時こじりを以て當心持有り。と混同して谷村派に伝わった様に思えてしまいます。曽田先生の実兄土居亀江の伝授されたと云う「鐺返」も稽古してみるのは面白いですが、當流の業としては、大小立詰にあるべき業かも知れません。

 

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2024年3月11日 (月)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録   上意之大事   9棚下

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
上意之大事 9棚下

此ノ伝書ハ実兄土居亀江ガ恩師谷村樵夫先生ヨリ傳授セラレタルモノヨリ寫シタルモノ也
(昭和二十年七月四日午前二時高知市空襲 家財諸共焼失したり)

上意之大事
1棚下:座業 頭上低キ場所ニテ前方ヲ切ル(抜ク時ハ大森流8本目順刀ノ如ク斬リ込ム時膝ヲツク也 曽田メモ
 
参考 
谷村亀之丞自雄による英信流目録から大森流居合之位7本目「順刀」:是磐坐してる前のモのを切る心持なり我其儘右より立春っと引抜かたより筋違二切也是も同しく跡は春ねへ置キ逆手尓とり納ル也

英信流居合目録秘訣 
上意之大事9本目「棚下」:二階下、天上ノ下抔二於テ仕合フニハ上ヱ切アテゝ毎度不覚ヲ取物也、故二打込ム拍子二脺(膝、脛)を突イテ打込ム可シ此習ヲ心得ルトキワス子ヲツカストモ上へ二不當心持有

古伝神傳流秘書抜刀心持之事7本目「棚下」:大森流「逆刀」の如く立て上へ抜 打込む時躰をうつむき打込 是ハ二階下様の上へ打込ぬ心持
参考
古伝神傳流秘書大森流居合之事8本目「逆刀」:向より切て懸るを先々二廻り抜打に切右足を進んて亦打込ミ足踏揃へ又右足を後へ引冠逆手に取返し前を突逆手に納る也

 曽田先生の実兄土居亀江の「棚下」は、座業だと特定しています。英信流居合目録秘訣も古伝神傳流秘書の「棚下」も「上ヱ切リアテゝ毎度不覚ヲ取」とか「「二階下様の上へ打込ぬ心持」と想定を述べており、座業とか立業とかの区別は特定していません。ただし神傳流秘書の7本目「棚下」は座業の部類に挿入されて、此の業以降は「従是立事也」とされ8本目に「人中」が当てられています。刀の抜様、振り冠ってからの斬り込みで、上が低い所では切り当てないようにと云う技法を示しているのでしょう。

 第17代大江正路先生の奥居合6番目「棚下」:(頭を下げて斬る)座したる處より、頭を前方へ下げ、稍や腰を屈め右足を少し出しつゝ、刀ヲ抜き、上體を上に起すと同時に上段となり、右足を踏み込みて真直に切り下す。

 第20代河野百錬先生の奥居合居業6本目「棚下」:意義ー棚の下等の頭の閊へる低い場所にある時、之を這ひ出でて正面の敵を斬るの意なり。上体を屈め右足を深く前に踏込み(着眼は正面に)乍ら刀を抜く。左膝を右足腫(? 踵)迄引付けつゝ上体を起こし乍ら諸手上段となり、右足を一歩踏込むや敵の真向に打下す。・・。

 是では場の想定が「頭の閊へる低い場所」と特定されてしまいました。古伝の「二階下様の上へ打込ぬ心持」ではありますが、「打込む時躰をうつむき打込む」の動作が、這い出てから身を起き上がって切る事に替えられてしまっています。

 細川義昌先生の相伝奥居合之部8本目「棚下」:「(上の閊へる所にて前の者を斬る)正面に向ひ居合膝に座し 例により鯉口を切り右手を柄に掛け体を前へ俯け腰を少し浮かせ 左足を後へ退き伸し 其膝頭をつかへ 刀を背負ふ様に左後頭部上へ引抜き 諸手を掛け 前者へ斬込み 其まま刀を右へ開き納めつつ 体を引起し右脛を引付けるなり 左踵上へ臀部を下し 納め終る。

 是は又大江居合とも違う想定で、頭の閊える低い場所でそこに居る相手を切る訳でしょう。「刀を背負ふ様に左後頭部上へ引抜き、諸手を掛け、前者へ斬込む」さて、刀の切先はどのような弧を描いて前者を斬るのでしょう。

 前回の上意之大事の「壁添」での英信流目録秘訣の教えは「・・切らんとする故毎度壁に切りあてかもいに切りあてゝ仕損ずる也 突くに越る事なし 就中身の振り廻し不自由の所に而は突事肝要・・」でした。古伝の教えが「斬る」と有るのでそれが相伝されていたのでしょう。より良い所作があるならば「砕き・変化」はレベルアップして行くはずです。しかし根元之巻の発行がその流の唯授一人をないがしろにして、傍系を認めてしまえばレベル低下を招く事にもなるのでしょう。正統であっても伝授する人を間違えれば、想定を変えられてしまうものです。

 

 

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2024年3月10日 (日)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録    上意之大事   8壁添

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
上意之大事 8壁添

此ノ伝書ハ実兄土居亀江ガ恩師谷村樵夫先生ヨリ傳授セラレタルモノヨリ寫シタルモノ也
(昭和二十年七月四日午前二時高知市空襲 家財諸共焼失したり)

上意之大事
1壁添:立業(人中ノ亊 抜ク時刀ヲ身二添へ上へ抜ク也 曽田メモ) 四囲狭キ所ニテ切ル業也、人中ノ亊


英信流居合目録秘訣 
上意之大事8本目「壁添」:壁二不限惣而壁二添タル如ノ不自由ノ所ニテ抜ク二ハ猶以腰ヲ開ヒ子リテ躰ノ内ニテ抜突クベシ切ラントスル故毎度壁二切アテカモイ二切アテゝ仕損スル也突クニ越ル事ナシ就中身ノ振廻シ不自由ノ所二而ハ突事肝要

 英信流居合目録秘訣の「壁添」も「心得」としての手附で、動作の細部は曽田先生の実兄土居亀江の「四囲狭き所にて切る業也」とされて心得は解ったが所作が述べられていません。

古伝神傳流秘書抜刀心持之事8本目「人中」:足を揃へ立って居る身二そへて上へ抜き手をのべて打込む納るも躰の中尓て納る

第17代大江正路先生の奥居合17番目「壁添へ」:(進行中立留り両足を踏み揃へ上に抜き直下に斬下し竪立に刀を納む)中央に出で體を直立とし両足を揃へ刀を上に抜き上段となりて趾先を立てゝ真直に刀尖を下として斬り下し、其體のまゝ刀尖を下としたるまゝ血拭ひ刀を竪立として納む。

細川義昌先生相伝の奥居合之部10「人中」:(群衆中にて前の者を斬る)正面に向ひ 直立の儘(刀は落差に)鯉口を切り 右手を柄に掛けるなり 刀を真上へ引抜き(左より背部へ廻し) 素早く諸手となり前者へ斬込み(両足の間へ斬下す)其儘刀を少し開き 柄を上へ引き上げ(刀尖を真下に釣下げる様にして)納め終る(体は直立の儘動かさぬ事)

 古伝神傳流秘書の業名は「人中」、細川先生は「人中」。大江先生も実兄土居亀江江先生も「壁添」。場の想定は異なっても同じ所作で応じられるとは思いますが、左右に人のいる場合の運剣動作として古伝は伝えてきたのでしょう。時の流れが場を壁に囲まれた所での運剣動作としてとらえたのか面白い業です。狭い所では先に稽古した「両詰」が有効ですが・・・。

 

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2024年3月 9日 (土)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録   上意之大事  7戸脇

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
上意之大事 7戸脇

此ノ伝書ハ実兄土居亀江ガ恩師谷村樵夫先生ヨリ傳授セラレタルモノヨリ寫シタルモノ也
(昭和二十年七月四日午前二時高知市空襲 家財諸共焼失したり)

上意之大事
1戸脇:座業 ヲ突キヲ切ル

英信流居合目録秘訣 
上意之大事7本目「戸脇」:戸ノ手前二立ッテ居テアレヱ通レト云テ入ル所ヲ切ラント心懸ルナラバ ツカ〵ト戸口ヲ入身二歩ミ行テ柄ニテ胸ヲ押シツケテ然而引抜テツクベシ 亦火急ニテ既二切カケラレタル時ハ 或ハ柄ヲ以テハライノケ早ワザヲキカス可シ 亦戸ノ内二人アリト思ハゞ戸口ヲ直クニ入ル事ナク内二人ノ有ル方二向テ筋違テ入ルベシ

 英信流居合目録秘訣の「戸脇」も敷居を跨いで室内に入るにあたっての「心得」としての手附で、「戸詰」と同様に曽田先生の実兄土居亀江の伝授された「戸脇」の業とは違います。

古伝神傳流秘書抜刀心持之事「戸脇」:業名も手附もありません。
古伝神傳流秘書抜刀心持之事「両詰」:抜て片手尓て左脇を突き直に振り向いて右脇を切る。

 第17代大江正路先生の奥居合五番「戸脇」:(左を突き右を切る)右足を右斜へ踏み出し、刀を抜き、左横を顧みながら突き、足踏みは其まゝにて上體を右横に振り向け、上段にて切り下す。

 大江居合の「戸脇」では、「左ヲ突キ右ヲ切ル」ですから敵は左右に座すと思われます。「右足を右斜へ踏み出し、刀を抜く」の動作は聊か腑に落ちません。
 第20代河野百錬先生は「戸脇」:意義ー前述と同様の場合(戸詰ー我が直前の左右に戸(襖などの建具)あり)其の向ふ側に敵)右向ふと左後に敵あり。左後敵を刺突し右敵に斬下して勝つの意なり。
 大江居合も左右の敵から左後右敵に変えられています。今では左後右前の敵でしょう。

 細川義昌先生相伝の奥居合之部では「前後詰」:前後に座して居る者を斬る。「両詰」:左右に座して居る者を斬る。

 

 

 

 

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2024年3月 8日 (金)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録   上意之大事  6戸詰

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
上意之大事 6戸詰

此ノ伝書ハ実兄土居亀江ガ恩師谷村樵夫先生ヨリ傳授セラレタルモノヨリ寫シタルモノ也
(昭和二十年七月四日午前二時高知市空襲 家財諸共焼失したり)

上意之大事
1戸詰:座業 右へ抜キ付ケ左ヲ切ル

英信流居合目録秘訣 
上意之大事6本目「戸詰」:障子或ハ戸ヲ明ケカケテ内ヱ入レト云テ入ル所ヲ戸ニテ立詰ントスルトキハ是ヲ察而扇ヲ敷居ノミソ二入レ其扇ノハシヲ脺二テ敷然而内ヱ入ル時ハタテ詰ラルゝ事ナシ

 英信流居合目録秘訣の「戸詰」も敷居を跨いで室内に入るにあたっての「心得」としての手附で、曽田先生の実兄土居亀江の伝授された「戸詰」の業とは違います。

古伝神傳流秘書抜刀心持之事:「戸詰」の業名も手附もありません。

第17代大江正路先生の奥居合4番目「戸詰」:(右を斬り左を斬る)抜き付け、右の敵を右手にて切ると同時に右足を右斜に出す、其の右足を左斜横に踏み変へて上段にて左斜を真直に斬る。

細川義昌先生伝承の英信流奥居合之部の11番目行連が「左右の者を斬る」業として伝へられています。
 「行連」:(左右の者を斬る)正面へ向ひ、歩み往きつつ 鯉口を切り右手を柄に掛け 右へ振向くなり 抜打ちに(右の者へ)斬付け 直ぐ左へ 振返へりつつ諸手上段に振冠り 右足踏込んで(左の者へ)斬込み 刀を開き納め終る

古伝神傳流秘書抜刀心持之事では細川先生の伝承される「行連」は立業で左右に敵はいますが:「立って歩ミ行内二抜て左を突き右を切る 両詰に同事也」とされて、左右を切らず、左を突き右を切っています。
 ここで云う「両詰」は抜刀心持之事4本目「両詰」では:「抜て片手尓て左脇を突き直二振向いて右脇を切る」と云う業です。

細川居合の奥居合之部両詰は:「(左右に座して居る者を斬る)正面に向ひ居合膝に座し 例により鯉口を切り右手を柄に掛けるなり 腰を伸し(右へ掛かると見せて)右足を少し右へ踏み出し其方向へ刀を引抜き 咄嗟に左へ振向き(右片手にて)左側の者の胸部を突き 直ぐ右へ振り返りつつ 諸手上段に引冠り右側の者へ斬り込み 刀を開き 納め終る」

 細川義昌居合ならば古伝神傳流秘書の居合を見せられるかと期待していましたが、さにあらずです。奥居合となると、細川先生でも斯道されずだったのでしょうか。江戸末期から明治の混乱期はこんなことかも知れません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2024年3月 7日 (木)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録    上意之大事   5門入

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
上意之大事 5門入

此ノ伝書ハ実兄土居亀江ガ恩師谷村樵夫先生ヨリ傳授セラレタルモノヨリ寫シタルモノ也
(昭和二十年七月四日午前二時高知市空襲 家財諸共焼失したり)


上意之大事
1門入:立業ニテ右足ニテ前ヲ突キ振リ返リて後ヲ切ル尚前ヲモ切ルベシ


英信流居合目録秘訣 
上意之大事5本目「門入」:戸口ヲ出入スルノ心得也戸口ノ内二刀ヲフリ上テ待ツヲ計知トキハ刀ノ下緒ノハシヲ左ノ手ニ取刀ヲ背テ(セオイテ)ウツムキトドコヲリ無ク走リ込ムベシ我ガ胴中二切カクルヤ否ヤ脇指ヲ以抜ツケ二足ヲナク可シ

 英信流居合目録秘訣の「門入」は門を入るにあたっての「心得」としての手附で、曽田先生の実兄土居亀江の伝授モンされた「門入」とは違います。古伝には「門入」の業は抜刀心持には存在しません。

古伝神傳流秘書抜刀心持之事:「門入」の業手附はありません。

大江正路先生の奥居合16本目「門入」:(進行中片手にて前を突き後を斬り前を斬る)右足を出したる時、刀を抜き、左足を出して、刀柄の握りを、腰に當て刀峯を胸に當て、右足を出して、右手を上に返し、刀刃を左外方に向け、敵の胸部を突き、其の足踏みのまゝ體を左へ振り向け、後へ向き、上段にて斬り、直に右へ廻り前面に向き上段にて斬る。

 現代居合の「門入」ですが細川義昌先生の伝承にはありません。大江先生の「門入」赤字の部分は、柄の握りを腰、刀の峯を胸に当てでは、切先が上を向きます。河野先生は、「物打を水月の辺りに構ゆ」で刀は水平です。大江先生「右手を上に返し、刀刃を左外に向け」ですから、右手はねじられてしまいます。所作はともかく、大江先生どこから土居亀江先生と同じ「門入」を学んだのでしょう。

 谷村派 15代谷村亀之丞自雄ー16代五藤孫兵衛正亮ー17代大江正路
                         ー相弟子 土井亀江

     15代谷村亀之丞自雄ー(傍系)楠目繁次成榮ー谷村樵夫自庸ー土居亀江

 

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2024年3月 6日 (水)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録   上意之大事  4四角

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
上意之大事 4四角

此ノ伝書ハ実兄土居亀江ガ恩師谷村樵夫先生ヨリ傳授セラレタルモノヨリ寫シタルモノ也
(昭和二十年七月四日午前二時高知市空襲 家財諸共焼失したり)

上意之大事
1四角:立業坐業左後ヲ突キ右後ヲ切リ請ケナガシ左斜前ヲ切リ右斜前ヲ切ル


英信流居合目録秘訣 
上意之大事4本目「四角」:三角二カワル事無シ是は前後左右二詰合フ之心得也故二後ロへ迠マワッテ抜付ル也

谷村樵夫による上意之大事3本目「三角」:三人并居ル所ヲ切ル心得也、ケ様ノトキフカブカト勝ントスル故二ヲクレヲ取ル也、居合ノ大事ハ浅ク勝事肝要也、三人并居ル所ヲ抜打二紋所ノアタリヲ切先ハツレ二ハロヲトキハビクトスルナリ其所ヲ仕留ルナリ 三人ヲ一人ヅゝ切ラント思フ心得ナレバ必仕損する也 一度二拂フテ其オクレ二付込デ勝ベシ 

 曽田先生の実兄土居亀江の伝授された4本目「四角」は古伝神傳流秘書の6本目「四角」と同じ動作です。英信流目録秘訣の上位之大事4本目「四角」とは異なります。明治維新の混乱の為せる事なのか、それ以前から谷村派には、古伝が伝わっていないのに不思議な事です。

古伝神傳流秘書抜刀心持之事6本目「四角」:抜左の後の角を突右の後の角を切右の向を請流し左の向を切又右の向を切る也

 細川義昌伝承の「四角」:(四隅に居る者を斬る)正面に向ひ居合膝に座し、例により鯉口を切り右手を柄に掛け腰を伸し右膝を立てつつ(右前へ掛かると見せ)刀を其方向へ引抜き 咄嗟に 左膝頭で(左廻りに)後斜へ廻り向き 左後隅の者を (右片手にて)突き直ぐ右へくるりと廻りつつ 諸手上段に引冠り 右後隅の者へ斬込み 直ぐ左へ廻りつつ 刀を頭上へ振冠り(右前隅の者より斬込み来る太刀を受け流しながら)左前隅の者へ斬込み 直ぐ再び右へ振り向きつつ 諸手上段に引冠り右前隅の者へ斬込み 刀を開き 納め終る

 大江正路先生の奥居合3本目「四方切」:右足を右斜へ出し、刀を右斜に抜き、刀峯を胸の處に當て、刀を平として斜に左後を突き右側面の横に右足を踏み變へ、上段にて切り、右足を左斜横に踏み變へて(受け返して打つ)上段となりて切り、右足を正面に踏み變へて、上段より切る。

 現代居合の「四方切」は、大江先生の独創と曽田先生が指摘される、業の一つでしょう。四方と云うのか四人切です。無双直伝英信流の業の「三角」が大江居合には欠如しています。「三角」の多勢を相手とした時の心得も感じられなくなってしまった気がします。居合も武術であり単なる「形」であると云われる人もいます。単なる「形」ならば、心得など不要でしょうし、居合を修業する意味も乏しそうです。

 以下次回に

1門入:立業ニテ右足ニテ前ヲ突キ振リ返リテ後ヲ切ル尚前ヲモ切ルベシ

 

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2024年3月 5日 (火)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録   上意之大事  3三角 

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
上意之大事 3三角

此ノ伝書ハ実兄土居亀江ガ恩師谷村樵夫先生ヨリ傳授セラレタルモノヨリ寫シタルモノ也
(昭和二十年七月四日午前二時高知市空襲 家財諸共焼失したり)

上意之大事
1三角:立業左ヲ突キ右ヲ切リ前ヲ切ル長谷川流8本目浪返二同シナラン似て抜キテ刀ヲ身二添へ右廻リ二正面へ払ヒ打後直向へ打込ムナリ  曽田メモ)


英信流居合目録秘訣 
上意之大事3本目「三角」:三人并居ル所ヲ切ル心得也、ケ様ノトキフカブカト勝ントスル故二ヲクレヲ取ル也、居合ノ大事ハ浅ク勝事肝要也、三人并居ル所ヲ抜打二紋所ノアタリヲ切先ハツレ二ハロヲトキハビクトスルナリ其所ヲ仕留ルナリ 三人ヲ一人ヅゝ切ラント思フ心得ナレバ必仕損する也 一度二拂フテ其オクレ二付込デ勝ベシ 

古伝神傳流秘書抜刀心持之事5本目「三角」:抜て身を添へ右廻り二後へ振り廻りて打込也

 谷村樵夫の英信流居合目録秘訣上意之大事3本目「三角」と古伝神傳流秘書抜刀心持之事5本目「三角」は、古伝の簡便な手附を上意之大事は解きほぐした感じです。同じ動作を要求しています。しかし土居亀江の「三角」は「一度に拂フテ其オクレ二付込」心得が消えてしまい、一人ずつ斬って居ます。曽田先生はこの土居亀江の手附に傍線を引いて消しています。曽田先生のメモ書が、心得をほのめかしていますが、不十分でしょう。

 細川義昌伝承の奥居合6本目「三角」:(前右後の三人を斬る)正面より(左廻りに)後向き 居合膝に座し 例により鯉口を切り右手を柄に掛け 前に掛かると見せて 右足を摺り出し腰を伸し 刀を引抜くなり 右足を左足に引き寄せるなり刃部を外へ向け 左腕外へ深く突込み 立上りつつ右へくるりと廻りながら前、右、後の三人を軽く斬り 正面へ向く 同時に左膝を跪きつつ諸手上段に引冠り 右足踏込んで斬込み刀を開き 納め終る

 細川先生伝授の「三角」に古伝の意図する事が明瞭に見られ上意の大事の心得も納得できます。しかし、三人を軽く斬る後は、正面に振り向き正面だけを真向から斬って、刀を納めてしまっています。本命は正面の敵なのでしょう。

 現代居合は大江正路先生によって「三角」は業手附から消えてしまい、3本目に四方切として残されています。

 以下は次回に

1四角:立業・坐業 左後を突キ右後ヲ切リ請ケナガラ左斜前ヲ切り右斜前ヲ切ル

 

 

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2024年3月 4日 (月)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録   上意之大事  2両詰

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
上意之大事 2両詰

此ノ伝書ハ実兄土居亀江ガ恩師谷村樵夫先生ヨリ傳授セラレタルモノヨリ寫シタルモノ也
(昭和二十年七月四日午前二時高知市空襲 家財諸共焼失したり)
上意之大事
1両詰:(向詰)立業柄ヲ臍二トリ前ヲ突キ切ル坐業ニモアリ


英信流居合目録秘訣  
上意之大事2本目「両詰」:是又仕物抔言付ラレ又ハ乱世ノ時分抔二ワ使者抔二行 左右ヨリ詰カケラレタル事間々有之也ケ様ノ時ノ心得也 尤其外トテモ入用也 左右二詰カケラレタル時一人宛切ラントスルトキハヲクレヲ取ルナリ 故二抜ヤ否ヤ左ワキノ者ヲ切先二而突スグ二右を切ル可シ 其ワサ唯手早キ二有 又左脇ノ者二抜手ヲ留ラルベキト思フ時ハ右ヲ片手二切リスクニ左ヲ切ルベシ

 曽田先生の実兄土居亀江が谷村樵夫より伝授された「両詰」は突き業ですが、英信流目録秘訣の「両詰」は、左を突き右を切る、業です。しかも現代居合では「両詰」は土居亀江の「両詰」です。
 大江先生の奥居合7本目「両詰」:(抜放け諸手にて真向を突き斬る)座したる處より右足を少し出して、刀を抜き、柄元を臍下に當て、右足を踏み出して、前方を諸手にて突き、其姿勢のまゝ、上段にて前面を真向に斬る。

古伝神傳流秘書抜刀心持之事4本目「両詰」:抜て片手尓て左脇を突き直二振向いて右脇を切る
 古伝は土居亀江の伝授された正面を突く業でした。

上意之大事の「両詰」は古伝では抜刀心持之事3本目「向詰」です。
抜刀心持之事「向詰」:抜て諸手を懸け向を突打込也

 現代の一般論ですが、漢字の文字「両詰」は、我は敵二人に左右からあるいは、前後から攻められる事を意味するでしょう。「向詰」は敵は正面から懸って来る事を表わします。どこかで入違ったのかですが、谷村樵夫の系統には古伝神傳流秘書は、伝わらず口伝口授によって伝承したための言い間違いか、聞き間違いなのでしょう。

 以下次号へ


1三角:立業左ヲ突キ右ヲ切リ前ヲ切ル(長谷川流8本目浪返二同シナラン似て抜キテ刀ヲ身二添へ右廻リ二正面へ払ヒ打後直向へ打込ムナリ  曽田メモ)



 

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2024年3月 3日 (日)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録   上意之大事  1乕走

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
上意之大事2

此ノ伝書ハ実兄土居亀江ガ恩師谷村樵夫先生ヨリ傳授セラレタルモノヨリ寫シタルモノ也
(昭和二十年七月四日午前二時高知市空襲 家財諸共焼失したり)
上意之大事

1乕走:座業ニテ小走二進ミテ抜付ケテ切リ納刀退キツゝ抜付切ル抜口鞘口ノ外二見へザル様大事ナリ 曽田メモ)

英信流居合目録秘訣 上意之大事
1、虎走:仕物抔云付ラレタル時ハ殊二此心得入用也其外トテモ此心得肝要也
 敵二間モ三間モ隔テゝ座シテ居ル時ハ直二切事不能其上同座シ人々居並ブ時ハ、色二見セテハ仕損ル也サワラヌ躰二向フヱツカ〵ト腰ヲカゞメ歩行内二抜口ノ外へ見ヱヌ様二躰ノ内二て刀ヲ逆サマ二抜キツクヘシ、虎ノ一足ノ亊ノ如シト知ル可シ、大事トスル所ハ歩ミ二アリハコビ滞リ無ク取合スル事不能ノ位ト知ルベシ

「虎ノ一足ノ事」と云うのは、古伝神傳流秘書の英信流居合之事2本目「乕一足」:「左足を引き刀を逆に抜て留め扨打込ミ後前に同」、の抜き付けの動作を指すのでしょう。「虎ノ一足ノ事の如し」では、仕物を命じられた時、相手が抜刀して切り懸る想定になりそうです。上意討ちの抜付けは、相手次第で変化極まりなしでしょう。
 土居亀江の「小走り」ではなく「腰を屈めツカツカ歩行、抜口が外に見えないように抜き付ける」であるべきでしょう。

古伝神傳流秘書
抜刀心持之事16本目「虎走」:居合膝二坐して居、立って向へ腰をかゞめつか〵と行、抜口の外へ見へぬ様に抜付打込納 又右の通り腰をかゞめ後へ引抜付打込

細川義昌伝承の「虎走」:(次の間に居る者を斬り 退る処へ追掛け来る者を斬る)正面へ向ひ居合膝に座し 左手を鯉口に 右手を柄に執り抱へ込み様にして立上り 上体を俯け前方へ小走りに馳せ往き腰を伸ばすなり右足踏込んで(対手の右側面へ)抜付け 左膝を右足横へ跪きつつ 諸手上段に引冠り 更に右足踏込んで斬込み刀を開き納めたるまま立上り 又刀を抱へ込む様に前へ俯き小走に退り腰伸すと同時に 左足を一歩後ヘ退き 追掛け来る者へ(右側面へ)大きく抜付け 又左膝を右足横へ跪きつつ諸手上段に引冠り右足踏込んで斬込み刀を開き納め終る。

大江正路伝承の「虎走」:(中腰となり、走り抜斬又後ざりして抜斬る)座したる處より柄に手を掛け、稍や腰を屈め、小走りに数歩進み出で、右足の踏出したる時抜き付け、同體にて座して斬る(血拭ひ刀を納むるや)刀を納めて二三寸残りし時屈めたる姿勢にて、数歩退り左足を退きたる時中腰にて抜付け上段となり座して斬る。

 以下は次号へ

1両詰:(向詰)立業柄ヲ臍二トリ前ヲ突キ切ル坐業ニモアリ
1三角:立業左ヲ突キ右ヲ切リ前ヲ切ル(長谷川流8本目浪返二同シナラン似て抜キテ刀ヲ身二添へ右廻リ二正面へ払ヒ打後直向へ打込ムナリ)

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2024年3月 2日 (土)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録   上意之大事  土居亀江の伝授

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
上意之大事 土居亀江の伝授

此ノ伝書ハ実兄土居亀江ガ恩師谷村樵夫先生ヨリ傳授セラレタルモノヨリ寫シタルモノ也
(昭和二十年七月四日午前二時高知市空襲 家財諸共焼失したり)
上意之大事
1乕走:座業ニテ小走二進ミテ抜付ケテ切リ納刀退キツゝ抜付切ル(抜口鞘口ノ外二見へザル様大事ナリ 曽田メモ)
1両詰:
向詰立業柄ヲ臍二トリ前ヲ突キ切ル坐業ニモアリ
1三角:立業左ヲ突キ右ヲ切リ前ヲ切ル(長谷川流8本目浪返二同シナラン似て抜キテ刀ヲ身二添へ右廻リ二正面へ払ヒ打後直向へ打込ムナリ)
1四角:立業坐業 左後を突キ右後ヲ切リ請ケナガラ左斜前ヲ切り右斜前ヲ切ル
1門入:立業ニテ右足ニテ前ヲ突キ振リ返リて後ヲ切ル尚前ヲモ切ルベシ
1戸詰:(両詰)座業 右へ抜キ付ケ左ヲ切ル
1戸脇:(両詰)座業 左ヲ突キ右ヲ切ル
1壁添:(人中ノ亊)立業四囲狭キ場所ニテ切ル業也人中ノ亊(抜ク時刀ヲ身二添ヘ上へ抜クナリ
1棚下:座業 頭上低キ所ニテ前方ヲ切ル(抜ク時ハ大森流8本目順刀ノ如ク斬リ込ム時膝ヲツクナリ)(順刀:介錯の事 右足を立て左足を引と一處に立抜打也又ハ八相二切・・ミツヒラ
1鐺返:座業長谷川流八本目(浪返)二同シ之レハ行違ヒニ相手ノ左ノ手ヲトリ直二後ロ二廻リ鐺ヲ取リテ前ヘ押シ倒ス也
1行違:立業 柄頭ニテ前ヲ突キ振リ返リテ後ヲ切ル(後ヲ突キテ前ヲ切ル
1手之内:立業 赤線で消され判読不能 ミツヒラ
1輪之内:立業 赤線で消され判読不能 ミツヒラ
1十文字:立業 赤線で消され判読不能 ミツヒラ

 曽田先生の実兄土居亀江が谷村樵夫より伝授した「上意之大事」を、曽田先生が書き込まれたものですが、曽田本その2は英信流居合目録秘訣として外之物ノ大事・上意之大事・極意之大事が記載されています。その項目は同じですが、英信流居合目録秘訣を写したものでは無い様で、口伝口授の纏めの様なものでしょう。
 次回以降に順を追って解説して行きます。

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2024年3月 1日 (金)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録   外之物之大事  5雷電6霞

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
外之物之大事3

此ノ伝書ハ実兄土居亀江ガ恩師谷村樵夫先生ヨリ傳授セラレタルモノヨリ寫シタルモノ也

(昭和二十年七月四日午前二時高知市空襲 家財諸共焼失したり)

外之物之大事
1雷電 :立業ニテ切先ヲ地二付ケ敵ヲオビキ出シテ切ル(▢▢)
之レハ大剣取ノ内二アリ此ノ太刀打ハ和之伝二有 曽田メモ


英信流居合目録秘訣外之物ノ大事「雷電」:
 外之物之大事には「雷電」と業名を記したのみで、解説はありませんが、
次の項目「霞」を題とした教えがあります。しかし外之物之大事の解説で個別の業解説ではありません。

神傳流秘書大剣取9本目「雷電」:相手高山我左の脇へ切先を上構へ行時打込む処を留勝又相手車二かまへる時ハ我切先を下げて行也

 大剣取の9本目に「雷電」の業名がありますが、曽田メモは「雷電」という業名が大剣取にある事だけをメモしておいたのでしょう。実兄土居亀江の谷村樵夫ヨリ伝授された「雷電」の業手附は、古伝神傳流秘書の「抜刀心持之事11本目夜之太刀」です。
 現代居合では17代大江正路先生の奥居合立業の5本目「信夫」でしょう。

第17代大江正路「剣道手ほどき」より、奥居合立業の部5本目「信夫」:(暗打ち)左足より右足と左斜方向に廻りつゝ、静に刀を抜き、右足の出でたるとき、右足を右斜へ踏み、両足を斜に開き、體を稍や右横へ屈め、中腰となり、其刀尖を板の間に着け、左足を左斜に踏み込みて上段より真直に斬る、其まゝの中腰の體勢にて、血拭ひ刀を納む。

神傳流秘書抜刀心持之事11本目「夜ノ太刀」:歩ミ行抜て躰を下り刀を右脇へ出し地をハタと打って打込む闇夜の仕合也

 古伝は「夜ノ太刀」、谷村樵夫は「雷電」、大江先生は「信夫」、この流の業がそれなりに残ったと見ればそれなりです。

1霞:座業ニテ一本目ノ如ク横一文字二抜キ付ケ同時二返シ更二切ル

 英信流居合目録秘訣外之物之大事「霞八相」:(テキヨリ先二抜二アラス雷電手離剱一刀八相二分ルゝ也)雷電霞ノ二ヶ条當流極秘中ノ秘二而大事此外二無請流に心明ラカ二シテ敵ノ働を見ト云教有レ共當流二ワ雷電ノ時ノ心而霞ゴシ二見ルガ如クノ心ノ所二大事ノ勝アル事ヲ教ル也 夢ウツゝノ如クノ所ヨリヒラリト勝事有其勝事無疵二勝ト思フベカラズ 我身ヲ先ツ土壇トナシテ後自然二勝有其勝所ハ敵ノ拳也委シキ亊ハ印可二有 八相ハ四方八方竪横自由自在ノ亊也故二常二亊形ノ修練熟セサレハ時二臨テ其習ノ出ル事無シ 本文ニハ教ヲ廣ク云亦曰八相二打下ロス所ニテ大事ノ勝有則二星也

 古伝神傳流秘書抜刀心持之事1本目「向拂」:向へ抜付返須刀二手を返し又拂ひて打込ミ勝

 大江先生この古伝神傳流秘書の1本目「向拂」を奥居合居業ノ部1本目「霞」として残されています。曽田先生の実兄土居亀江の「霞」も古伝の様な切り返しであったか闇の中ですが、どのような業であっても其の想定を変えれば如何様にも変化するはずです。初心の頃に手ほどきを受けた動作を稽古し尽くし「砕き・変化業」を想定する事が無ければ、教えの良し悪しすらわからないものです。

 第17代大江正路先生の「霞」:(俗に撫斬と云う)正面に座して抜き付け、手を上に返して、左側面水平に刀を打ち返す、直に上段となりて前面を斬る・・」

 第20代河野百錬先生の「霞」:意義ー正面に対坐する敵の機先を制し斬付け敵後退せんとするに乗じ直ぐに斬り返して勝つの意也。横雲の要領にて第一刀を斬込みたるも不十分のため刀の止まらぬうちに甲手を返し斬り替えさんとす。・・返したる右手の止まらぬうちに上体を敵に付け入る心持にて少し屈め体を進め乍ら敵の脛に斬返す。・・真向に斬下し・・。

 やれやれ、奥居合でも、機先を制して抜き付けても相手に躱される。そこで直ぐに斬り返し相手の、出足を斬るのでしょう。もたもたして居れば、抜き付けを躱すほどの手練れです、切り返す前に飛び込んで、右手を捕られてしまいます。斬り返しの稽古不足や、躱されて刀が右に流れたり、斬り返しに切先を上に振り上げたり無駄な動作をしない事を、この業から学ぶのかも知れません。すでに学んだ「惣捲」を十分稽古すべきなのでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2024年2月29日 (木)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録   外之物之大事  3遂懸切4惣捲

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
外之物之大事 3遂懸切4惣捲

此ノ伝書ハ実兄土居亀江ガ恩師谷村樵夫先生ヨリ傳授セラレタルモノヨリ寫シタルモノ也
(昭和二十年七月四日午前二時高知市空襲 家財諸共焼失したり)

外之物之大事
1遂懸切:立業ニテ之ハ刀ヲ抜キ霞テ追懸ケ右足二テ突キヲ見セ冠リテ切ル大森流十番目二同シ 曽田メモ


 大森流10番目「乕乱刀」:是ハ立事也幾足も走り行く内二右足尓て打込ミ血震し納る也但し膝を付けす

 英信流居合目録秘訣外之物ノ大事「逐懸切」:刀ヲ抜我カ左ノ眼二付ケ走リ行て打込 但敵ノ右ノ方二付クハ悪シシ急二フリ廻リヌキハロヲが故也 左ノ方二付テ追カクル心得宜シ

 神傳流秘書抜刀心持之事12本目「追懸切」:抜て向へ突付走り行其侭打込

 古伝神傳流秘書の「追懸切」は、「前方に居る敵に我は刀を抜き、切先を敵に突き付けて、追いすがり間に至れば其の儘打ち込む」と云うものでそれ以外は、要求していません。しかし、それには幾つもの注意すべき心得があるべきだろうと云う訳で、その一つが抜刀して「霞て追懸」る、更に「右足を踏み込んで突きを見せ」、「冠りて切る」。までは曽田先生のお兄さんが、習い覚えて身に付けたものでしょう。谷村先生の英信流居合目録秘訣には更に秘訣の「敵は振り向きざま抜打ちしてくるかも知れない、敵の左側から攻めろ。」と云っています。

外之物之大事
1惣捲:立業ニテ横面、肩、胴、腰ヲ切ル(切リ返シ)(五方切 曽田メモ) 

 英信流居合目録秘訣外之物ノ大事「惣捲形十」:竪横無尽二打振テ敵ヲマクリ切ル也故二形十と有也 常二稽古ノ挌二ハ抜打二切リ 夫ヨリ首肩腰脛と段々切リ下ゲ又冠リ打込也

 神傳流秘書抜刀心持之事13本目「五方切」:歩ミ行内抜て右の肩へ取り切又左より切又右より切又左より切 段々切下げ其侭上へ冠り打込

   細川義昌先生伝授の「居合兵法無雙神伝抜刀術」より「五方斬」:(前方に立って居る者を斬る)正面へ歩み往きつつ 鯉口を切り左足を踏出し 右手を柄に掛け右足踏出す 同時に刀を引抜き刀尖を左後へ突込み 頭上より右肩へ執り対手の左大袈裟に斬込み 其刀を右上より振返し 頭上より左肩に執り対手の右大袈裟に斬込み 又 其刀を左上より振返へして右腕外へ執り 腰を低めて 対手の左腰より横一文字に斬込み 甲手を返して左腕外へ執り 更に腰を下げ対手の向脛を横に拂ひ腰を伸しつつ 諸手上段に振冠り(真向幹竹割に)斬下し 刀を開き納め終る。

 17代大江正路先生の「剣道手ほどき」より「惣捲り」:(進行中面、肩、胴、腰を斬る)右足を少し出して、刀を抜き、其足を左足に引き寄せ、右手を頭上へ廻し、右肩上に取り、左手を掛け稍や中腰にて(右足より左足と追足にて)敵の左面を斬り、直に左肩上に刀を取り、追足にて敵の右肩を斬り、再び右肩上段となりて、敵の左胴を斬り、再び左肩上段となり右足を踏み開き敵の右腰を目懸け刀を大きく廻し體を中腰となして敵の右腰を斬り、中腰のまゝにて上段より正面を斬る、(左面斬り込みより終りの真面に斬ることは一連として早きを良とす)

 この業は、切り返しを稽古し、多人数での攻撃にも応ずるための、動作を示したものでしょう。随って形としてとらえるものでは無さそうです。

 以下は次号へ
1雷電 :立業ニテ切先ヲ地二付ケ敵ヲオビキ出シテ切ル(▢▢)(之レハ大剣取ノ内二アリ此ノ太刀打ハ和之伝二有
1霞  :座業ニテ一本目ノ如ク横一文字二抜キ付ケ同時二返シ更二切ル

 

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2024年2月28日 (水)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録   外之物之大事  1行連2連達

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
外之物之大事1

此ノ伝書ハ実兄土居亀江ガ恩師谷村樵夫先生ヨリ傳授セラレタルモノヨリ寫シタルモノ也
(昭和二十年七月四日午前二時高知市空襲 家財諸共焼失したり)

外之物之大事
1行連 :立業二テ右ヘ抜キ付ケ左足ヲ踏ミ替ヘ左ヲ切ル(
両詰 曽田メモ
1連達 :立業二テ左ヲ突キテ右ヲ切ル
両詰 曽田メモ
1遂懸切:立業ニテ之ハ刀ヲ抜キ霞テ追懸ケ右足二テ突キヲ見セ冠リテ切ル大森流十番目二同シ 曽田メモ
1惣捲 :立業ニテ横面、肩、胴、腰ヲ着切ル(切リ返シ)(五方切 曽田メモ) 
1雷電 :立業ニテ切先ヲ地二付ケ敵ヲオビキ出シテ切ル(▢▢)(之レハ大剣取ノ内二アリ此ノ太刀打ハ和之伝二有
1霞  :座業ニテ一本目ノ如ク横一文字二抜キ付ケ同時二返シ更二切ル

 この項目は、現代居合の奥居合に同様な業名と動作が伝承しています。古伝神傳流秘書の曽田本その1にも「英信流居合目録秘訣 先生口授の侭を記」として収録されています。
7本の外之物之大事の手附と「英信流居合目録秘訣」とを並べ、其の上で奥居合の「抜刀心持之事」とを比べて見ましょう。
 外之物之大事
1行連 :立業二テ右ヘ抜キ付ケ左足ヲ踏ミ替ヘ左ヲ切ル両詰 曽田メモ

 英信流居合目録秘訣「行連」:左右 右ヲ片手打二左ヲ諸手ニテ切事モ有是レハ皆気ノリ二テスル心持也 歩ミ行ク中チニ刀ヲ抜我カ左ノ方ヲ突キ其侭冠テ右ノ方ヲ切 是ハ敵ヲ左右二ツレタチ行ク時ノ亊也 或我ヲ左右ヨリ取コメントスル時抔ノ亊也

 神傳流秘書抜刀心持之事「行連」:立って歩ミ行く内二抜て左を突き右を切る両詰に同事也
 神傳流秘書抜刀心持之事「両詰」:抜て片手尓て左脇を突き直二振り向いて右脇を切る

 英信流目録秘訣は曽田本その1にあるのですが、谷村樵夫自庸先生相伝 免許皆伝目録 従実兄小藤亀江伝来と曽田先生はメモっています。古伝神傳流秘書と対比しますと、同じ業名ですが、動作が異なっています。古伝の侭相伝されず、口伝口授による「外之物之大事」だったのでしょう。現代居合は谷村派の業手附によるので、古伝神傳流秘書抜刀心持之の行連の「砕き・変化業」となっています。古伝と同じ様に「左を突き右を切る」業は、土居亀江の伝授された「外之物之大事」では「1連達」に引き継がれています。しかし谷村樵夫による英信流居合目録秘訣の「連達」は、左を突き右を切る業ではありません。

1連達 :立業二テ左ヲ突キテ右ヲ切ル両詰 曽田メモ

 英信流居合目録秘訣「連達」:先跡 是亦歩行ク内二向ヲ刀ノ柄二而突き左廻り二後ロへフリ廻ル拍子二抜き打二後ロヲ切又初(はじめ)柄ニテ突タル方ヲ切 是ワ我前後二敵ヲ連達タル時ノ亊也 旅行抔ノトキ盗賊抔跡先ツレ達時此心行(ヱ)肝要也

 是では、現代居合の「行違」です。古伝も「連達」はどうなっていたでしょう。
 神傳流秘書抜刀心持之事「連達」:歩ミ行内前を右の拳尓て突其侭二左廻りに振り返り後を切り前へ振り向て打込

 神傳流秘書抜刀心持之事「行違」:行違二左の脇二添へて拂ひ捨冠って打込也

 現代居合の「行違」も業名だけ古伝から拝借して、業は別物です。古伝の「行違」は、細川義昌ー植田平太郎-尾形郷一貫心ー梅本三男と継承されています。

 以下は次回に
1遂懸切:立業ニテ之ハ刀ヲ抜キ霞テ追懸ケ右足二テ突キヲ見セ冠リテ切ル(大森流十番目二同シ 曽田メモ
1惣捲 :立業ニテ横面、肩、胴、腰ヲ着切ル(切リ返シ)(五方切 曽田メモ) 
1雷電 :立業ニテ切先ヲ地二付ケ敵ヲオビキ出シテ切ル(▢▢)(之レハ大剣取ノ内二アリ此ノ太刀打ハ和之伝二有
1霞  :座業ニテ一本目ノ如ク横一文字二抜キ付ケ同時二返シ更二切ル

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2024年2月27日 (火)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録   仕組

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
仕組(現代居合で云うところの組太刀でしょう)

此ノ伝書ハ実兄土居亀江ガ恩師谷村樵夫先生ヨリ傳授セラレタルモノヨリ寫シタルモノ也

昭和二十年七月四日午前二時高知市空襲 家財諸共焼失したり

   太刀打之位(九本)1出合 1附込 1請流 1請込 1月影 1絶妙剱 1水月刀 1獨妙剱 1心明剱

 詰合之位(十本) 1八相 1拳取 1岩浪 1八重垣 1鱗形 1位弛 1燕返 1眼関落 1水月刀 1霞剱

 大小詰(八本)  1抱詰 1骨防 1柄留 1小手留 1胸捕 1右伏 1左伏 1山影詰

 大小立詰(六本) 1〆捕 1袖摺返 1鍔打返 1骨防返 1蜻蛉返 1乱曲
*
   谷村樵夫先生による無双直伝英信流の手附には「大小立詰」の後に「大剣取」と「抜刀心持之事」が書かれていません。他にも「坂橋流之棒」「夏原流和之事」も全く影を見せません。無双直伝英信流の目録なので、長谷川主税英信の伝承について目録としたのだと云うのです。英信の伝承には、「大森流居合之事」「坂橋流之棒」「大剣取」「夏原流和之事」は、第9代林六太夫守政が「重信流」「長谷川英信流」に組入れたもので長谷川英信による業技法ではないと云うのかも知れません。しかし「抜刀心持之事」は「重信流」ですからこれを外す意味は理解できません。「無双直伝英信流居合目録」を読み進んで、納得出来ればいいでしょう。其の前に古伝神傳流秘書の「太刀打之事」「詰合」「大小詰」「大小立詰」と谷村樵夫先生の「無双直伝英信流居合目録」とを対比しておきます。

 古伝神傳流秘書「太刀打之事」(太刀打之位 )括弧は谷村先生目録:1出合(1出合)・2附入(2附込)・3請流(3請流)・4請入(4請込)・5月影(5月影)・6水月刀(6絶妙剱)・7獨妙剣(7水月刀)・8絶妙剣(8獨妙剱)・9心妙剣(9心明剱)・10打込(なし

 古伝神傳流秘書「詰合」(詰合之位)括弧は谷村先生目録:1発早(1八相)・2拳取(2拳取)・3岩浪(3岩浪)・4八重垣(八重垣)・5鱗形(5鱗形)・6位弛(6位弛)・7燕返(7燕返)・8柄砕(8眼関落)・9水月(9水月刀)・10霞剣(霞剱)

 古伝神傳流秘書「大小詰」(大小詰)括弧は谷村先生目録:1抱詰(1抱詰)・2骨防扱(骨防)・3柄留(3柄留)・4小手留(4小手留)・5胸留(5胸留)・6右伏(右伏)・7左伏(左伏)・8山影詰(8山影詰)

 古伝神傳流秘書「大小立詰」(大小立詰)括弧は谷村先生目録:1袖摺返(1〆捕)・2骨防返(2袖摺返)・3鍔打返(3鍔打返)・4〆捕(4骨防返)・5蜻蛉返(5蜻蛉返)・6乱曲(6乱曲)・7電光石火(なし

 対比して見ますと、業名は同じでも当て字が異なる、順番が異なる、業名が無いものもある、など谷村先生の手附はどうやら口伝口授によるもので、古伝神傳流秘書に添っていないと思います。同じ業名であっても動作が変えられているなど、今まで見てきたような違いが目立ちます。

 

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2024年2月26日 (月)

大森流長谷川流居合術解 15、無双直傳英信流居合目録  (英信流居合)

大森流長谷川流居合術解 
15、無双直傳英信流居合目録
1、英信流

 此ノ伝書ハ実兄土居亀江ガ恩師谷村樵夫先生ヨリ傳授セラレタルモノヨリ寫シタルモノ也
(昭和二十年七月四日午前二時高知市空襲 家財諸共焼失したり)

 1、向身 横雲・乕一足・稲妻
 1、右身 浮雲・山下シ
 1、左身 岩浪・鱗返
 1、後身 浪返・瀧落

 四方切 向・右・左・後

 太刀打之位(九本)1出合 1附込 1請流 1請込 1月影 1絶妙剱 1水月刀 1獨妙剱 1心明剱

 詰合之位(十本) 1八相 1拳取 1岩浪 1八重垣 1鱗形 1位弛 1燕返 1眼関落 1水月刀 1霞剱

 大小詰(八本)  1抱詰 1骨防 1柄留 1小手留 1胸捕 右伏 左伏 山影詰

 大小立詰(六本) 1〆捕 1袖摺返 1鍔打返 1骨防返 1蜻蛉返 1乱曲

*
古伝神傳流秘書の「英信流居合之事」の業名と対比しておきます。( )内は谷村樵による目録
1、我が正面に座す敵(向身): 横雲(横雲)・乕一足(乕一足)・稲妻(稲妻)・抜打(なし)
1、我が右側に座す敵(右身): 浮雲(浮雲)・山下風(山下シ)                                     1、
我が左側に座す敵(左身): 岩浪(岩浪)・鱗返(鱗返) 
1、我が後方に座す敵(後身): 波返(浪返)・瀧落(瀧落)

 古伝神傳流秘書では、座す方向を明示せず、敵が攻め込む時「右へ振り向き・・」と書かれているだけです。随って正面を向いたままでの稽古であったかも知れないものを、いつの時代か我は敵を正面に座らせる様に明示して、業を演じる様にしまったのでしょう。
 ですから「山下シ」を例にすれば、稽古では我は正面左向きとし、敵を正面に後ろを向けて我に懸らせたのでしょう。この結果道場の正面とか、神前に向かって我は斬り込むと云う事になってしまったようです。

 四方切の敵の配置は「向・右・左・後」と云うのでしょう。しかし抜刀心持之事の古伝神傳流秘書による「抜刀心持之事」の6本目「四角」を指すのかどうか、他に四方に囲まれた業は英信流居合には見当たりません。
 古伝神傳流秘書の「抜刀心持之事」6本目「四角」:「抜左の後の角を突右の後の角を切右の向を請流し左の向を切又右の向を切る也」と云う所謂バッテン(✖)の交点に我は座して居る状況での闘争です。ここでは十文字(十)の交点に我は座すと云う四方切です。谷村派には古伝神傳流秘書は伝承が途絶えたと思われる処でもあります。

 この谷村樵夫自庸先生とは、11代大黒元右衛門清勝ー12代林益之丞政誠ー13依田萬蔵敬勝ー14代林弥太夫政敬ー15代谷村亀之丞自雄ー楠目繁次成榮ー谷村樵夫自庸ー・・・による系統で現代の第17代大江正路先生系統から見れば無双直伝英信流居合兵法の傍系とみなされる系統の事となるでしょう。

 これらの目録は、すでに曽田本その1で照会してあります。

 以下次回へ

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2024年2月25日 (日)

大森流長谷川流居合術解 14、長谷川英信流居合  竹村静夫先生手記の3型

大森流長谷川流居合術解 
14、長谷川英信流居合
竹村静夫先生手記の3


昭和十一年年七月廿四高知日々新聞にて 曽田メモ

土佐固有の武道 居合術の復活 竹村静夫氏の手記
3、型
 當流は他流に見るが如く単なる抜刀術或は剣道に附属した居合鞘の内のみではなく立派に獨立した土佐獨特の居合道である。即之に附属する大森流を加へ換技共に四十七本の技の他に、太刀討の位、詰合の位、大小詰、大小立詰がある。
 太刀討の位は所謂太刀討で抜刀術を加味した剣道の型である。詰合の位は實に抜刀術の至極とも云ひ可▢な流の極意とするところである。又大小詰、大小立詰は抜かずして勝つ、即刀、鞘の内にあって敵を制する技で當流の大精神を表徴せられたものである。當流の骨幹をなす之等の型は明治卅一年五藤先生の没後全く廃ってゐたものである。それを四十ヶ年後の今日復活し得たのは、余如きの到底獨り研究し得らるべきものではなく、之は森本先生の御示教は申す迄も無く田口刺戟先生の心からなる御指導と御鞭撻の賜に他ならないのであった、又之を如實に発表することを得たのは眞に曽田虎彦先生のご協力の賜である。型の内容は左の通りである。
(イ)太刀討の位 出合、付込、請流、請入、月影、水月刀、絶妙剱、獨妙剱、神妙剱他に打込一本の口傳あり。
(ロ)詰合の位  八相、拳取、岩浪、八重垣、鱗形、位弛、燕返、眼関落、水月刀、霞剱他に口傳討込一本あり。
(ハ)大小詰   抱詰、骨防、柄留、小手留、胸捕、右伏、左伏、山影詰。
(二)大小立詰  締捕、袖摺返、鍔打返、骨防返、蜻蛉返、乱曲他に移り口傳一本あり。

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2024年2月24日 (土)

大森流長谷川流居合術解 14、長谷川英信流居合  竹村静夫先生手記の2伝統・沿革

大森流長谷川流居合術解 
14、長谷川英信流居合
竹村静夫先生手記の2
伝統・沿革

昭和十一年年七月廿四高知日々新聞にて 曽田メモ

土佐固有の武道 居合術の復活 竹村静夫氏の手記

 我が土佐の居合術長谷川流の▢内無双なるは既に中央に於ても定評ある處であるが 残念ながら今日迄只僅かに其一部のみ傳へらるゝに過ぎなかった、然るに頃▢剣客竹村静夫氏の熱心研究は其功を奏し従来の断片的の抜型が全部明かとなり固有の體系を復活し 茲に我が居合術の完備するに至りたるは誠に欣快に堪へざる所である 記者は竹村氏に乞ふて其手記を▢載するを光栄とするものである。

 無雙直傳英信流居合術
1、傳統 
 初代林崎甚助重信ー二代田宮平兵衛重正-三代長野無楽斎槿露―四代百々軍兵衛光重ー五代蟻川小左衛門宗績ー六代萬野團右衛門尉信定
―七代長谷川主税助英信ー八代荒井勢哲清信ー九代林六太夫守政ー十代林安太夫政詡ー十一代大黒元右衛門清勝ー十二代林益之丞政誠ー十三代依田萬蔵敬勝ー十四代林彌太夫政敬ー十五代谷村亀之丞自雄ー十六代五藤孫兵衛正亮ー十七代森本兎久身ー十八代竹村静夫
2、沿革
 當流の始祖は抜刀中興の祖(奥州の人)林崎甚助重信先生である。第七代長谷川主税助英信は始祖以来の達人であって、重信流を無双直傳英信流と改められた。爾来當流を長谷川英信流又は略して長谷川流と呼ぶ様になった。九代林六太夫守政先生は土佐の人で高知城南八軒町に住し居合禮節 和術 剣術 書技、謡曲、俗楽 鼓等人の師となるに足る技十六あり斯道の逸材である。
 第十一代大黒元右衛門清勝先生より當流は二派に分かれてゐる。そして何れ劣らず夫々勝れた手の内がある。藩政時代最後を飾る両派の代表的人物に谷村亀之丞自雄先生、下村茂市定先生がある。
 これより此の二派を谷村派、下村派と呼ぶ。谷村先生は天保の頃潮江に住して藩の子弟を指導せられた。時の藩主容堂公は「谷村の居合は土佐藩第一なり」と讃えられ一日谷村先生をお召の上、御佩刀を出されて「之を抜け」と仰せられた。先生はお側の者に豆を持たせて、之を抜き打ちになすに寸分を違へなかったと云ふ。下村先生は築▢敷に住み、嘉永、安政年間藩公より居合術指導役を拝命し藩立至道館に於て子弟を教養せられた。
 御維新▢欧州文明の流入に伴ひ古来の日本武道は漸く地に落ちんとするに至り、當流も同様衰微の一途を辿った、時に明治二十六年板垣伯帰省せられて土佐居合の全国無比なること並にこれが復活を説かれてより、谷村派の蘊奥を極めたる五藤正亮先生を、材木町新築道場に迎へて一般に指導を乞ふこととなった。五藤先生はこれより追手筋共立學校に於て主として中学生を教授せられた。
 當時の愛弟子に森本兎久身(海軍大佐)坂本政右衛門(陸軍中尉)田口刺戟(海軍大佐)のかくれた諸先生がある。森本先生は明治卅年五藤先生の允許を得て上京有信館の門を叩かれた。師範根岸信五郎先生は森本先生の居合を拝見して「海内無双也」と激賞せられた。明治卅一年五藤先生没後は、同派の谷村樵夫先生が専ら指導の任に當られた。谷村先生は早抜きの名人である。小藤亀江先生は谷村先生の秘蔵弟子であるが、惜哉早世せられた。
 次いで下村派の行宗貞義先生が第一線に立たれた。先生の居合には見事なる剣風があり。明治四十年頃土佐第一の称がある。門下には廣田廣作、曽田乕彦の両先生がある。
 一方當時の政治家であって而も下村先生の高弟でその奥儀を極められた方に細川義昌先生がある。先生は明治より大正にかけての達人であった。
 細川先生没後は武道家として大江正路先生がある。先生は始め下村派を學び後に谷村派を究められ獨特の手の内を案出して、大いに斯道の隆昌に貢献せられた。為に多数の門下生が輩出した。就中中西岩樹、穂岐山波雄の両先生は其の白眉である。然るに省は十年頭初穂岐山先生急逝せられ、中西先生渡満せられてより斯道に一抹の淋しさを覚えるに至った。が幸ひ故穂岐山先生の後は福井春政先生が継いでゐる。
 又これより先曽田虎彦先生帰県せられて往年の下村派の復活を見るに至り、余も坂本将軍の錦衣御帰省を契機として往年の谷村派の復活を志し遂に恩師
森本先生より免許皆伝を賜り此處に多年の宿願に到達するを得て土佐居合道のため微力を盡してゐる次第である。

 以下 次回へ

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2024年2月23日 (金)

大森流長谷川流居合術解 14、長谷川英信流居合太刀打之位請込 竹村静夫先生手記の1

大森流長谷川流居合術解 
14、長谷川英信流居合
太刀打之位請込 
竹村静夫先生手記

Dsc09857

土佐居合に就いて
昭和11年2月1日日本武道より
長谷川流第18代居合術教士 竹村静夫

「土佐居合を語る者は藩政時代に於る谷村派並びに下村派の両派を究め、而て徳川幕府中期迄辿り「一国一人の相傳也しと云ふ當流の根源を究むるに非ざれば未だ其の器に非ず」。
 いやしくも土佐居合を説く者は、只々先師の教へを尊奉するに止まらず、克く両派の教へを含味して其の理論と實技とが相一致する、即其の呼吸、気位並気合、間合、刀法等総てが今日の剣法に合致し得るものでなければならない。
 斯道に志す人々は決して机上の空論に依って當流の手の内を兎角云々することなく、當流各本の教へに付き夫れ夫れ吟味して先師の教への那邊にあるかを悟り、真の教へは単なる架空的なものではなく實際と理論と合致したものであることを究めなくてはならない。
 斯道に志す人々が「居合は人を切るものではない、腹の教へである」と説かれるのを拝聴するが誠に然りでる然し乍ら夫れを説かれる迄には深甚の研究と努力を積むにあらざれば未だ其の資格は認められない。
 其の腹即斯道の極意に到達する迄にはよりよく練磨して、眞に心剣一致の妙諦を悟られたいものである、国家に於ける必勝の軍隊錬成の主眼が那邊に存するか、邦家が三十六年の危局に際し毅然として外患を圧倒するのは何故か、形の上に於て国家と個人の差こそあれ斯道究極の目的は「居合とは人に切られず人切らず只つゝしみて平に勝て」であって、刀鞘の内にあって敵を制する迄に至らなければならない、これが為めには常住坐臥不断の精進によって、全国無比なる當流の奥旨を悟るべきである。
 尚當流は他流に見るが如く単なる抜刀術にあらずして、独立した土佐独特の居合道である。即四十七本の居合の他に太刀討の位、詰合の位、大小詰、大小立詰の秘伝の存することを忘れてはならない。
 余は土佐居合道の復活に志すこと多年、今や邦家非常の秋に際し各方面の御示教とご協力のもとに當流の隆昌を期し度いと念ふ。」 

 赤字部分は曽田先生のメモで写真の解説
抜付ノ時眼ノ付ケ処注意 刀尖ヲ見ルニアラズ 敵カラ眼付ヲ離スベカラズ 此ノ抜付ハ勢余リテカ上体ガ前二懸リ過ギテ感心出来ザルモノトス」(恐らく、写真は竹村静夫先生のものでしょう)

 昭和11年、戦争に向かって突き進んで行った、時代背景がプンプンにおいますが、居合の根元をも匂わせる文章でもあるでしょう。
 
 

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2024年2月22日 (木)

大森流長谷川流居合術解 14、長谷川英信流居合 太刀之位請込 演武写真

大森流長谷川流居合術解 
14、長谷川英信流居合
太刀打之位請込 演武写真

Dsc09856

 この写真は、曽田先生が雑誌からでしょうか切り取られて「大森流長谷川流居合術解」に張り付けられたものです。余白の文字は曽田先生による写真の解説で以下の通りです。

上段の余白には「長谷川英信流居合(太刀打之位 請込ノ業)」
右側の余白には「打太刀→竹村静夫」とあり、左側の仕太刀は曽田乕彦先生でしょう。
下段の余白には「陸軍外山学校天覧武道場ニテ(昭和十年十月二十六日寫)」
左側の余白には「昭和十年十月二十五日日本(右?)武道振興会主催明治神宮奉納武道二出席シタルヲ機二戸山学校に招カレテ演武シタルモノナリ」

 竹村静夫先生は第16代五藤孫兵衛正亮ー森本兎久身ー竹村静夫 という系統で、森本兎身は中山博道に英信流居合を指導された先生でしょう。
 竹村静夫氏については、「大森流長谷川流術解」に「長谷川流第18代居合術教士竹村静夫」として昭和11年2月1日の「日本武道」にて「土佐居合に就いて」とされた記述があります。次回に詳解しておきます。

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2024年2月21日 (水)

大森流長谷川流居合術解 13、無双直伝英信流系譜

大森流長谷川流居合術解 
13、無双直伝英信流居合系譜

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曽田乕彦先生直筆による系譜

1、無双直伝英信流居合術系譜右側拡大

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1林崎甚助重信2田宮平兵衛業正3長野無楽入道槿露斉
4百々軍兵衛尉光重5蟻川正左衛門宗続6萬野團右衛門信定
7長谷川主税助英信(土佐の人と云う江戸屋敷にて居合術を
修行したる由にてこの時より土佐に伝 曽田メモ)
8荒井勢哲清信9林六太夫守政10林安太夫政
11大黒元右衛門清勝
下村派12松吉貞助久盛13山川久蔵幸雅14下村茂市
15行宗貞義・片岡健吉・細川義昌

2、無双直伝英信流居合術系譜左側

Dsc09852_20240108163601

1林崎甚助重信2田宮平兵衛業正3長野無楽入道槿露斉
4百々軍兵衛尉光重5蟻川正左衛門宗続6萬野團右衛門信定
7長谷川主税助英信(土佐の人と云う江戸屋敷にて居合術を
修行したる由にてこの時より土佐に伝 曽田メモ)
8荒井勢哲清信9林六太夫守政10林安太夫政
11大黒元右衛門清勝

谷村派12林益之丞政誠13依田萬蔵敬勝14林弥太夫政敬
15谷村亀丞自雄16五藤孫兵衛正亮17大江正路子敬
18穂岐山波雄19福井春政(20河野百錬21福井聖山
22池田聖昂23福井正孝将人)

 系譜には、曽田虎彦先生や兄の土居亀江の位置づけを示すための系譜も書き込まれています。

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2024年2月20日 (火)

大森流長谷川流居合術解 12、英信流大小立詰 神傳流秘書と業附口傳書   7本目移り

大森流長谷川流居合術解 
12、英信流大小立詰
神傳流秘書と業附口傳書
7本目移り


Dsc09850

業附口伝英信流大小立詰

7本目「移り」:(口伝 山川先生ノ伝書二は「電光石火」とある 曽田メモ)敵後ヨリ組付キタルヲ 我体ヲ落シテ敵ヲ前二投グル也(真楊流ノ投業ノ如)

〇 後ヨリ組付體を下て前へ投ル 
(朱書ハ故五藤先生ノ手記ヨリ寫ス)曽田乕彦蔵ス 
 
      

*
古伝神傳流秘書大小立詰(是ハ業二あらさる故二前後もなく變化極りなし始終詰合組居合膝二坐春 気のり如何様とも春へし 先大むね此順二春る)重信流
 
7本目「電光石火」:如前後より来り組付を躰を下り相手の右の手をとり前二倒春

 業附口伝の大小立詰7本目は「移り」の業名ですが、古伝神傳流秘書7本目は「電光石火」です。ここでも業名違いが起こっています。現代居合での中興の祖である第7代大江正路先生の系統は一般的に「谷村派」とされてています。
 11代大黒元右衛門清勝ー12代林益之丞政誠ー13代依田萬蔵敬勝ー
14代林弥太夫政敬ー15代谷村亀之丞自雄ー16代五藤孫兵衛正亮ー17代大江正路子敬と連なり、其の15代を称して谷村派と云うのでしょう。
 11代大黒元右衛門清勝ー12代松吉貞助久盛-13代山川久蔵幸雅-14代下村茂市定-15代行宗貞義・片岡健吉・細川義昌・大江正路と継承してこれを14代を称して下村派と云うのでしょう(曽田先生の系譜によるもので正式な道統允可行われたかは疑問)。
 業附口伝は谷村樵夫自庸先生相伝と曽田先生は書かれていますので、この谷村樵夫自庸と15代谷村亀之丞自雄と同一人物とは思えませんので業附口伝が口伝口授された系統の人物によるものと思えてしまいます。それは、伝書を書き写し神傳流秘書を書いた山川久蔵幸雅が、一切の目録を借り受けながら返却せずに下村茂市定に残したため、古伝が口伝口授によるしかなかった谷村派によって書かれたとも推測出来てしまいます。
 事実はもう知る由もないし、知った所で意味のある事でもなさそうです。しかし、古伝神傳流秘書の方が構成もしっかりしており、無駄な動作が少なく第9代林六太夫守政の習い覚えた武術として納得出来るようです。
 業附口伝は口伝口授による、後世の者の「変化業」の様に思えてしまいます。此の事は実証できるものは無いのは、土佐の旧家に残されているかもしれない、伝書を公にしない限り証明できません。
 

 

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2024年2月19日 (月)

大森流長谷川流居合術解 12、英信流大小立詰 神傳流秘書と業附口傳書   6本目乱曲

大森流長谷川流居合術解 
12、英信流大小立詰
神傳流秘書と業附口傳書
6本目乱曲

Dsc09850

業附口伝英信流大小立詰

本目「乱曲」:(左右アリ)我ト敵トハ前後二立チテ行ク也 敵後ヨリ右手ニテ鐺ヲクル〵廻ス也 我此ノ時スグ二後向キテ左右何レノ手ナルヤヲ見定メ 右手ナル時ハ我左足ニテ敵右足ヲ掬ヒ中二入ル也 若シ左手ナル時ハ我ハ右足ニテ敵ノ左足ヲ掬ヒ中二入ル

〇 後ヨリ鐺ヲ取リクル〵廻シ引其時左右ヲ見合セ中二入ル  
(朱書ハ故五藤先生ノ手記ヨリ寫ス)曽田乕彦蔵ス 
 
      

*
古伝神傳流秘書大小立詰(是ハ業二あらさる故二前後もなく變化極りなし始終詰合組居合膝二坐春 気のり如何様とも春へし 先大むね此順二春る)重信流
 
6本目「乱曲」:如前後より来り鐺を取り頻りにねぢ廻し刀を抜かせじと春る時 後ヘ見返り左の手か右の手尓て取たるかを見定め 相手左の手ならバ我も左尓て鯉口を押へ 右ならは我も右尓て取る 後ヘ引付んと春るを幸しさり中に入り倒春

 この6本目「乱曲」は業附口伝も古伝神傳流秘書も、手附の詳細が不明瞭で、何故手附に従わなければならないかが、読み取れません。相方とそれぞれの文章に随って、所作を研究されればよいと思います。相手の意図する事を読み取って何をすべきかは、相手も我も同じことでしょう。
 

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2024年2月18日 (日)

大森流長谷川流居合術解 12、英信流大小立詰 神傳流秘書と業附口傳書   5本目蜻蛉返

大森流長谷川流居合術解 
12、英信流大小立詰
神傳流秘書と業附口傳書
5本目蜻蛉返

Dsc09834

業附口伝英信流大小立詰

本目「蜻蛉返」:打ハ仕ノ後ヨリ仕ノ手首ヲ後二引キ鐺ヲ前二押ス 直チ二右足ヲ以テ掬ヒ中二入ル也(中二入ルトハ上カラ逆二横抱キスルコトナラン 曽田メモ)( 鐺ヲ後二引キ右手首ヲ前二押シタル時ハ此ノ反對トナル也 曽田メモ 線描に解説

〇 後ゟ右ノ手首ヲヲサエ跡へ引左手鐺ヲヲヘ前へヲス時中二入る  
(朱書ハ故五藤先生ノ手記ヨリ寫ス)曽田乕彦蔵ス 
 
      

*
古伝神傳流秘書大小立詰(是ハ業二あらさる故二前後もなく變化極りなし始終詰合組居合膝二坐春 気のり如何様とも春へし 先大むね此順二春る)重信流
 
5本目「蜻蛉返」:相手後より来り 我か右の手を取り刀の鐺を取り背中に押付られたる時其侭後ヘしさり中に入る倒春

 古伝の「蜻蛉返」は至極単純な応じ方を述べています。相手は後ろから、我が右手を捕り、鐺を背中に押し付けられたので、其の侭後に下って相手に密着するや押倒す。右足を絡めて倒す、右に振り向き押倒す、相手の動きに応じて変化極まりなしでしょう。

 

 

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2024年2月17日 (土)

大森流長谷川流居合術解 12、英信流大小立詰 神傳流秘書と業附口傳書   4本目骨防返

大森流長谷川流居合術解 
12、英信流大小立詰
神傳流秘書と業附口傳書
4本目骨防返


Dsc09834

業附口伝英信流大小立詰

4本目「骨防返」:互二對立スル也 打ハ仕ノ柄ヲ両手ニテ捕リ二来ル也 我ハ右手尓テ敵ノ両手ヲ越シテ柄頭ヲトッテ両手ニテ上二モギトル也

〇 敵両手ニテ柄ヲ取ル時引廻シモグ 
(朱書ハ故五藤先生ノ手記ヨリ寫ス)曽田乕彦蔵ス 
 
      
*
古伝神傳流秘書大小立詰(是ハ業二あらさる故二前後もなく變化極りなし始終詰合組居合膝二坐春 気のり如何様とも春へし 先大むね此順二春る)重信流
 
2本目「骨防返」:相懸りに懸りて 相手我が刀の柄を留めたる時 我右の手尓て柄頭を取り振りもぐ也

古伝神傳流秘書大小詰2本目「骨防扱」:立合の骨防返尓同し 故常二なし。でしたが稽古は済んでいるはずです。相懸りでも、対座していても同様の、所作で応じられます。

 

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2024年2月16日 (金)

大森流長谷川流居合術解 12、英信流大小立詰 神傳流秘書と業附口傳書   3本目鍔打返

大森流長谷川流居合術解 
12、英信流大小立詰
神傳流秘書と業附口傳書
3本目鍔打返

Dsc09834

業附口伝英信流大小立詰

本目「鍔打返」:互に對立スル也  打ハ仕ノ抜カントスル右手首ヲ取ル也 仕ハ右手を離スト同時二左手二持テル鍔ニテ打ノ手首ヲ打ツ也

〇 抜カントスル時其手首ヲ押ヘル左手ニテ敵ノ手首ヲ打 
(朱書ハ故五藤先生ノ手記ヨリ寫ス)曽田乕彦蔵ス 
 
      
*
古伝神傳流秘書大小立詰(是ハ業二あらさる故二前後もなく變化極りなし始終詰合組居合膝二坐春 気のり如何様とも春へし 先大むね此順二春る)重信流
 
3本目「鍔打返」:相懸り二懸り 我刀を抜かむと春る其の手を留られたる時 柄を放し手を打もぐ也

古伝神傳流秘書大小詰4本目「小手留」:立合の鍔打返尓同し 故二此處尓てハ不記。でしたが稽古は済んでいるはずです。相懸りでも、対座していても同様の、所作で応じられます。

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2024年2月15日 (木)

大森流長谷川流居合術解 12、英信流大小立詰 神傳流秘書と業附口傳書   2本目袖摺返

大森流長谷川流居合術解 
12、英信流大小立詰
神傳流秘書と業附口傳書
2本目袖摺返

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業附口伝英信流大小立詰

本目「袖摺返」:(左右アリ)打ハ横ヨリ組ミ付 仕肱ヲ張リテ一當スルト同時二スグニ打ノ刀ヲ足二スケテ後二投ル也

〇 横合ヨリ組付肱ヲ張リ一當シテ中二入リ刀ヲ足二スケ跡へ投ケル左右共同前 
(朱書ハ故五藤先生ノ手記ヨリ寫ス)曽田乕彦蔵ス 
 
      
*
古伝神傳流秘書大小立詰(是ハ業二あらさる故二前後もなく變化極りなし始終詰合組居合膝二坐春 気のり如何様とも春へし 先大むね此順二春る)重信流
 古伝神傳流秘書の大小立詰は4本目が「袖摺返」となります。古伝神傳流秘書には業の順番は(是は業にあらざる故二前後もなく変化極まりなし)とありますので、敢えて問いませんが、口伝口授のみで伝承してきた谷村派の業附口伝の結果なのでしょう。

1本目「袖摺返」:我か立て居る處へ 相手右脇より来り 我か刀の柄と鐺を取り抜かせしと春る時 其侭踏ミしさり 柄を相手の左の足のかゞみに懸け中二入り 又我右より来り組付をひぢを張り躰を下り中に入る

  古伝の「袖摺返」は、立って居る処へ、相手我が右脇から近寄って来て、我が柄を右手で鐺を左手で取り抜かさない様に鐺を背なかに押し付けて来る、我は其の儘後ろにさがり、柄を相手の左足のかゝみに懸けて体を低めて中に入り退き倒す。

又相手が我が右より近づいてきて組付くのでひじを張って相手の組み付を緩め腰を低くして中に入り退き倒す。

この手附は「中に入り」で終わっています。後の先を取って次の動作はご自由にと云う処とも思えませんがそこまでです。
引き倒してみましたが、すっきりしかねます。「変化極りなし」と大小立詰の始めが書きがありますから、自由に変化業を範囲を越えずに、駆使してもいいでしょう。

 業附口伝の「袖摺返」も、すっきりしないのは、左右何れからでもいゝのですが、とりあえず右横合から組付かれたので、肘を張って相手の組付を外すや、左手で、鳩尾に突きを入れ、右手で相手の柄を握り、相手の左脚膝のかがみに入れて後に投げ倒す。五藤先生の場合は、打の刀と云っていませんから我が刀の柄を相手の右足の膝のかがみに入れて後に投げる。
 古伝と業付口伝とは想定が同じとも言えませんが、変化業として組み合ってベストの所作を見出すのも稽古の内です。

 この「袖摺返」の業名は大江居合の奥居合15番目「袖摺返」として:「(進行中抜放ち、刀を左の身に添へ群集を押開き進みつゝ斬る)右足の出でたる時、刀を静に抜き、直ちに右手は上へ左手は下へ胸の處にて組み合せ、足は左右と交叉的に数歩出しつゝ、両手肘に力を入れて、多数の人を押し分ける如くして、左右に開き、直に上段に取りて、中腰にて右足の出でたるとき、前面を斬る、(両手を開く時は、両手を伸ばす、肘の處を開くこと)」の動作に使用されています。奥居合の一つになって現代でも稽古されていますが、古伝の抜刀心持之事にはこのような業名も、手附も残されていません。
 あえて言えば、古伝抜刀心持之事10本目「行違」:「行違二左の脇二添へて拂ひ捨て冠って打込也」の部分を拝借して組み上げた独創の業かも知れません。大江居合の「群衆を押開き」の部分でしょう。

 

 

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2024年2月14日 (水)

大森流長谷川流居合術解 12、英信流大小立詰 神傳流秘書と業附口傳書   1本目〆捕

大森流長谷川流居合術解 
12、英信流大小立詰
神傳流秘書と業附口傳書
1本目〆捕

Dsc09602

業附口伝英信流大小立詰

本目「〆捕」:互二對立スル也 打ハ両手ニテ仕ノ柄ヲ握ルヲ 仕ハ左手ヲ以テ打ノ左手首ヲ握ル也 更二此ノ時スグ二仕ハ右手ニテ打ノ両腕ヲ締メ込ミ 我体ヲ臺二シテ之レヲ極メル也(恰モ角力ノ泉川二ヨル極メルガ如シ)

〇 敵柄ヲ両手ニテ取ル 左手ニテ敵ノ左ノ手首ヲ押ㇸ右手ニテ敵ノ両肱ヲ押へ躰ヲ込ミ〆付ル
(朱書ハ故五藤先生ノ手記ヨリ寫ス)曽田乕彦蔵ス 
 
      
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古伝神傳流秘書大小立詰(是ハ業二あらさる故二前後もなく變化極りなし始終詰合組居合膝二坐春 気のり如何様とも春へし 先大むね此順二春る)重信流
 古伝神傳流秘書の大小立詰は4本目に「〆捕」として存在し、大小立詰1本目は「袖摺返」となります。古伝神傳流秘書には業の順番は(是は業にあらざる故二前後もなく変化極まりなし)とありますので、敢えて問いませんが、口伝口授のみで伝承してきた谷村派の結果なのでしょう。

1本目「〆捕」:相懸りに両方より懸る時 相手両手尓て我刀の柄を留 我左の手尓て相手の脇つ保へ入れて両手を〆引上如何様尓も投る

 業附口伝は、相手に我が柄を両手で握られたので、左手で相手の左手首を握り、即座に右手で相手の両腕を〆込み上げて極める。五藤先生の場合も「・・躰ヲ込ミ〆付ル」で、終わっています。業の稽古としては此れでも良いのでしょうが、相手に殺意の有る実戦では如何なものかとも思えます。
 古伝は、相手が両手で我が抜刀しようとする柄を押さえて留めるのでしょう、我は左手で相手の脇坪に入れ締め上げ、投げ倒し、右手で制するのだろうと思います。投げる時、投げ飛ばしてしまえばそこから再び戦いが始まってしまいます。我が身に添うように投げ固めて制するべきです。

 

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2024年2月13日 (火)

大森流長谷川流居合術解 11、英信流大小詰 神傳流秘書と業附口傳書   8本目山影詰

大森流長谷川流居合術解 
11、英信流大小詰
神傳流秘書と業附口傳書
8本目山影詰

Dsc09601_20240106000901

業附口伝英信流大小詰

本目「山影詰」:打ハ仕ノ後二坐シテ後ヨリ組ミ付 其ノ時ハ仕ハ頭ヲ敵ノ顔面二當テ 敵ヒルム隙キニ我刀ヲ抜キテ打ノ組ミタル手ヲ切ル

〇 後ロヨリ組付頭ニテ一當テシテ仰向二ソリカへル
(朱書ハ故五藤先生ノ手記ヨリ寫ス)曽田乕彦蔵ス 
 
      
*
古伝神傳流秘書大小詰(是ハ業二あらさる故二前後もなく變化極りなし始終詰合組居合膝二坐春 気のり如何様とも春へし 先大むね此順二春る)重信流
8本目「山影詰」:是は後より相手組を刀ヲ抜き懸其手を切ると一拍子に我も共に後ヘ倒るゝ

 古伝神傳流秘書大小詰8本目「山影詰」は相手に後より組付かれるや、刀を抜上げ相手の組付いている手を、切りるや後に倒れ込む。
  業附口伝の大小詰8本目「山影詰」は、相手に後より組付かれた場合、相手の顔面に頭突きを喰らわせ、相手の怯む隙に、刀ヲ抜き上げ相手の組付いている手を切る。と云う業で、古伝や五藤先生のような後ヘ反り返って倒れる事をしていません。
 後に相手と共に倒れ込んでからどうするかの事は、状況次第とでも云うのでしょう。記載されていません。



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2024年2月12日 (月)

大森流長谷川流居合術解 11、英信流大小詰 神傳流秘書と業附口傳書   7本目左伏

大森流長谷川流居合術解 
11、英信流大小詰
神傳流秘書と業附口傳書
7本目左伏

Dsc09438

業附口伝英信流大小詰

本目「左伏」:(坐ル二右二伏スノ反對業也)

〇 左脇二坐ス右手胸ヲ取リ其手ヲ押へ前へ伏ス也
(朱書ハ故五藤先生ノ手記ヨリ寫ス)曽田乕彦蔵ス 
 
      
*

 業附口伝の6本目「右伏」
:「打ハ仕ノ右側二並ヒテ坐ス 打左手ニテ仕ノ胸ヲトル 仕ハスグニ其ノ腕ヲ巻キ込ミ逆手ヲトリ前二伏セル也」
業附口伝の7本目「左伏」は「坐ルニ右二伏スの反對業」です。省略を戻せば以下の様でしょう。
:「打ハ仕ノ左側に並ヒテ坐ス 打右手ニテ仕ノ胸ヲトル 仕ハスグニ其ノ腕ヲ巻キ込ミ逆手ヲトリ前二伏セル也」

古伝神傳流秘書大小詰(是ハ業二あらさる故二前後もなく變化極りなし始終詰合組居合膝二坐春 気のり如何様とも春へし 先大むね此順二春る)重信流
7本目「左伏」:是は左の手を取る也 事右伏に同 左右の違計也 尤も抜かんと春る手を留められたる時は柄を放し身を開きて 脇つ保(坪)へ當り 又留られたる手を此方より取引倒春事も有也

6本目「右伏」:我右の方二相手並ひ坐し柄を取られたる時 直に我右の手を向の首筋へ後より廻し胸を取り押伏せんと春るに 相手いやと春くはるを幸いに柄を足耳懸て後へ投倒春 又抜かんと春る手を留められたる時も右の通りに取倒春

 古伝の6本目右伏と7本目左伏は「事右伏に同 左右の違計也」と云うのですが、左伏は相手に柄を取られるのではなく、左の手を取られてしまう。そこで右手を相手の首筋に廻すのは、体を右に廻し向き合う様にして、右手で相手の首に巻き押伏せるか、左手を握られたまま相手の首の後ろに廻し胸を捕って押し伏せ、いやとすくばるのを、幸いに柄を足に掛けて投げ捨てる。
 尤以下は抜こうとして柄に右手を掛けると、其の右手を掴まれてしまうので、右手は柄から放し、右に体を開き鯉口を持つ左手で柄頭を相手の脇坪に打ち当てる。
 又、相手に左手を捕られたので、右手で相手の右手を捕り、我が右脇に引き倒すもある。と云う訳で業附口伝とは同じ業とは言い難いでしょう。また古伝の7本目は、手附が省略されて書かれている様ですから、相方と充分研究してみる価値は大いにありそうです。
 

 

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2024年2月11日 (日)

大森流長谷川流居合術解 11、英信流大小詰 神傳流秘書と業附口傳書   6本目右伏

大森流長谷川流居合術解 
11、英信流大小詰
神傳流秘書と業附口傳書
6本目右伏


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業附口伝英信流大小詰

本目「右伏」:打ハ仕ノ右側二坐ス 打左手ニテ仕ノ胸ヲトル 仕ハスグニ其ノ腕ヲ巻キ込ミて逆手二トリ前二伏セル

〇 右脇二坐ス左手ニテ胸ヲ取リ来ル其ノ手ヲ押へ前へ伏セル
(朱書ハ故五藤先生ノ手記ヨリ寫ス)曽田乕彦蔵ス 
 
      
*
古伝神傳流秘書大小詰(是ハ業二あらさる故二前後もなく變化極りなし始終詰合組居合膝二坐春 気のり如何様とも春へし 先大むね此順二春る)重信流
6本目「右伏」:我右の方二相手並ひ坐し柄を取られたる時 直に我右の手を向の首筋へ後より廻し胸を取り押伏せんと春るに 相手いやと春くはるを幸いに柄を足耳懸て後へ投倒春 又抜かんと春る手を留められたる時も右の通りに取倒春

 古伝神傳流秘書の6本目「右伏」は、相手に右横から左手を伸ばして我が柄を取られたのか、右足を左に踏み込みやや正面から、左右何れの手で我が柄を取りに来たのか想定が書かれていません。
 その点業附口伝の6本目「右伏」は「打左手ニテ仕ノ胸ヲトル」と明瞭です。打は左手を伸ばすだけで仕の胸を捕るのか仕打の間合によって体の動きは変わります。いずれにしても「其ノ腕ヲ巻キ込ミテ逆手二トリ前二伏セル」でしょう。
 古伝神傳流秘書の6本目「右伏」は、「我右の手を向の首筋へ後より廻し胸を取り」ですから。打は我が左に坐した状態で、左手を伸ばして我が胸を捕ってくれれば、この古伝の業は懸り易そうです。
 此の業も、打の胸を捕りに来る状況をいくつもやって見る事で「砕き・変化業」を身に付けるものでしょう。

 

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2024年2月10日 (土)

大森流長谷川流居合術解 11、英信流大小詰 神傳流秘書と業附口傳書   5本目胸捕

大森流長谷川流居合術解 
11、英信流大小詰
神傳流秘書と業附口傳書
5本目胸捕


Dsc09438

業附口伝英信流大小詰

本目「胸捕」:互二對坐 打ハ仕ノ胸ヲ捕ヘテ突ク 仕スグニ右手ニテ支エ左手二持タル柄頭ヲ敵ノ脇坪二當テル也 又胸ヲ捕リテ引ク時ハスグニ刀ヲ抜キ突ク也

〇 向フテ居ル右手ニテ胸ヲトリ突ク時ハ 其手ヲ押へ左手ニテ脇坪へ當ル 引ク時ハ抜キハナチ刺ス

(朱書ハ故五藤先生ノ手記ヨリ寫ス)曽田乕彦蔵ス  
      
*
古伝神傳流秘書大小詰(是ハ業二あらさる故二前後もなく變化極りなし始終詰合組居合膝二坐春 気のり如何様とも春へし 先大むね此順二春る)重信流
5本目「胸留」:詰合たる時相手我胸を取り突倒さんと春る時 我右の手尓て其手を取り左の足を後へ引柄頭尓て相手の脇へ當る 又引く時は随而抜突く也

 古伝大小詰5本目「胸捕」と業附口伝の大小詰5本目「胸捕」は、同じようでも業附口伝は「打ハ仕ノ胸ヲ捕ヘテ突く」はどうやら、突き倒しにかかって来る想定ですね、そこで右手で倒されないように支えています。「左手二持タル柄頭ヲ」は「左手に持ちたるの柄頭・・」でしょうね。「刀」の文字の欠落と思います。古伝の所作は簡便で解りやすいですが、「右の手尓て其手を取り」は即座に行わないでもたもたして居れば突き倒されてしまいます。
 五藤先生の手記の「胸ヲトリ突ク時は、其手を「右手で」押へ」て、柄頭では無く「左手ニテ脇坪へ當ル」とされ当を得た様に思えますが、仕は刀に手を掛けず、「打が引ク時ハ抜キハナチ刺ス」のに間に合わずに、やられてしまいそうです。
 居合抜の業を、仮想敵相手に自分に都合のいい相手と戦うような普段の稽古だけで「出来た」とするのはどうでしょう。この場合も、相手が我を捕えんと手を出して来た時には、素手であろうと何であろうと、刀に手が掛かる程の心得も欲しいですね。相手は、左右何れの手で我が胸を取りに来るかは、古伝も業附口伝も特定していません。五藤先生は「右手ニテ胸ヲトリ・・」です。

 

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2024年2月 9日 (金)

大森流長谷川流居合術解 11、英信流大小詰 神傳流秘書と業附口傳書   4本目小手留

大森流長谷川流居合術解 
11、英信流大小詰
神傳流秘書と業附口傳書
4本目小手留


Dsc08870

業附口伝英信流大小詰

本目「小手留」:打ハ仕ノ左側二並ヒテ座ス 打ノ抜カントスル右手ヲ仕向キ直リテ右手ニテ捕へ引キ寄セルト同時二左手ニテ柄頭ヲ敵ノ脇坪二當テル也

〇 左脇二坐ス 抜カントスル右手ヲ把ル 其手ヲオサヘ左手ニテ脇坪へ柄頭ヲ以テ當テル
(朱書ハ故五藤先生ノ手記ヨリ寫ス)曽田乕彦蔵ス 
 
      
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古伝神傳流秘書大小詰(是ハ業二あらさる故二前後もなく變化極りなし始終詰合組居合膝二坐春 気のり如何様とも春へし 先大むね此順二春る)重信流
4本目「小手留)」:立合の鍔打返二同し 故二此處尓てハ不記

古伝神傳流秘書大小立詰
3本目「鍔打返」:相懸り二懸り我刀を抜かむと春る其の手を留られたる時柄を放し手を打もぐ也

 古伝の「鍔打返」は立業で相懸り二歩み寄り、我が抜刀しようと刀に手を懸ける、相手は我が柄を持つ右手を、掴み抜かせじとする。我は直ぐに柄から右手を放し、左手で相手の右手に打ち付ける。
 我は抜刀するに際して左手鍔右手を柄に掛ける稽古を重ねているはずです。柄手を放せば刀は左手で思う様に操作できます。

 業附口伝は、打は我左側に坐して居る、打が抜かんと刀に手を懸けるので、我は打に向き直って、打の右手を制し、左手で我が刀の柄頭で打の脇坪に突き当てる。
 座し方も変えられています、抜刀しようとするのは打であって、それを仕が制するもので、古伝の「替え業」の様です。古伝を稽古するにあたり、「砕き・変化業」を幾つか工夫した中の一つかもしれません。まずは古伝を身に付けて、変化業は幾つでも自由です。

 

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2024年2月 8日 (木)

大森流長谷川流居合術解 11、英信流大小詰 神傳流秘書と業附口傳書   3本目柄留

大森流長谷川流居合術解 
11、英信流大小詰
神傳流秘書と業附口傳書
3本目柄留

Dsc08870

業附口伝英信流大小詰

3本目「柄留」:打ハ仕ノ右側二並ヒテ坐ス 仕ノ抜カントスル柄ヲ留ム 仕ノ右手ヲ頸二巻キ打ヲ前二倒サントス 打倒サレマジト後二反ル 其時スグ二仕ハ打ノ体ノ反リテ前足ノ浮キタル下ヨリ(膝)柄ヲカケテ後ヘ倒ス力ヲ添フル也

〇 右脇二坐ス抜カントスル柄ヲトル 我レ右手ニテ首ヲマキ前ヘ押ス 敵後へソル二付後へ倒ス其時柄ヲ足へカケ倒ス也

(朱書ハ故五藤先生ノ手記ヨリ寫ス)曽田乕彦蔵ス  
      
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古伝神傳流秘書大小詰(是ハ業二あらさる故二前後もなく變化極りなし始終詰合組居合膝二坐春 気のり如何様とも春へし 先大むね此順二春る)重信流
3本目「柄留)」:抱詰の通り両の手尓て柄を取り下へ押付けられたる時 向のわきの辺りへ拳尓て當 扨我右の足尓て相手の手を踏み柄をもぐ 常の稽古尓は右の足を押膝尓てこぜもぐ

 古伝は、1本目抱詰の様に「居合膝二詰合たる時相手両の手尓て我刀の柄を留」下へ押付けられたる時、打の脇の辺りを拳で打ちつけ、右足を踏み込んで相手の柄を止めている手を踏みつけ柄を捥ぐ。と云う業で、常の稽古では足で踏みつけずに、膝で押し付けて捥ぎ取る。

 業附口伝では、右横から相手が我が柄握って下へ押し付けるので、相手の首に右手を掛けて下に押し付ける、相手は押付けられないように反身になるので、浮いた膝下に柄を差し込み後ヘ倒す。と云う業となっています。この業附口伝の業も古伝とは状況が違います。変化業とも言い難いのですが、古伝を知らずに、稽古業が変化してこのような仕草を要求したのかもしれません。まず古伝をしっかり稽古した上で「砕き・変化業」を研究するべきものでしょう。いたずらに複雑な業を取り入れる必要はないでしょう。



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2024年2月 7日 (水)

大森流長谷川流居合術解 11、英信流大小詰 神傳流秘書と業附口傳書   2本目骨防(ほねもぎ)

大森流長谷川流居合術解 
11、英信流大小詰
神傳流秘書と業附口傳書
2本目骨防(ほねもぎ)

Dsc00879

業附口伝英信流大小詰

本目「骨防(ほねもぎ」:互に對坐」 打ハ両手ニテ仕ノ柄ヲ握ル 仕ハ右拳ヲ顔二アテ其ノヒルムトキ二乗シ 右足ヲ柄越シ二マタギ右足内側ヨリ右手ヲ柄二添ヘ 右足ニテ敵ノ両手ヲ押払フト同時二柄ヲ防取(モギトル)ル也 此ノ時敵ハ我右脇へ匍ヒ倒ル

  向フテ居ル両手ニテ柄ヲ押付ル時 直二右手ニテ面へ當テ其處二乗リ右足ヲ踏ミ込ミ柄ヘ手ヲカケモグ
   (朱書ハ故五藤先生ノ手記ヨリ寫ス)曽田乕彦蔵ス
*
古伝神傳流秘書大小詰(是ハ業二あらさる故二前後もなく變化極りなし始終詰合組居合膝二坐春 気のり如何様とも春へし 先大むね此順二春る)重信流
2本目「骨防扱(ホネモギ)」:立合の骨防返に同し故常二なし
 
古伝神傳流秘書大小立詰(重信流立合也)2本目骨防返:「相懸り二懸りて相手我刀の柄を留めたる時 我右の手尓て柄頭を取り振りもぐ也

 古伝神傳流秘書の骨防は、相手が我が刀の柄を、両手か片手で抜かさない様に押し付けて来るので、我は右手で柄頭を握り振りもぐ。是だけで相手の顔面も打ち付けなければ、右足を以って押もぐ事も要求していません。古伝の教えで不十分な場合には、状況に応じて、相手の顔面を左手で殴りつけ、相手が怯む処を、右手を柄頭に掛け振りもぐのもありでしょう。稽古では業附口伝の様な右足を柄越しにまたぎ、右手を柄に添へ、相手の手を右足で押し払い、右手で振りもぐのも稽古して置くに越したことは無いでしょう。しかし、やたら複雑な動作を覚えるよりも、単純な動作で有効な結果を得る事を身に付けるべきでは無いでしょうか。

 この業附口伝の「大小詰」は、河野百錬先生が昭和13年1938年に「無雙直傳英信流居合道」に書かれ、それより古い神流秘書を知ってか知らずか出版してしまいました。多くの河野居合の師匠方々は業附口伝を元に伝えて来ています。業附口伝は神傳流秘書を見ていない、谷村派の第15代谷村亀之丞自雄ー第16代五藤孫兵衛正亮によって伝えられた口伝口授により伝えられた、古伝の「変化業」と思います。武術はいたずらに複雑な動作を要求せず、人間の体のありようを十分把握し、単純で有効な動作を教えてくれるものです。其の上で、状況に応じた変化業を即興で演じるものでしょう。柳生新陰流の「色に就き色に随う」であり、色に就かせる「誘いもあるのです。

 

 

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2024年2月 6日 (火)

大森流長谷川流居合術解 11、英信流大小詰 神傳流秘書と業附口傳書   1本目抱詰

大森流長谷川流居合術解 
11、英信流大小詰
神傳流秘書と業附口傳書
1本目抱詰

Dsc00879

業附口伝英信流大小詰

本目「抱詰」:互二對坐 打ハ仕ノ柄ヲ両手ニテ取ラントス スグニ仕は両手ニテ打ノ二ノ腕ヲ下ヨリ差シ上グル様二掴ミ我左脇二引キ倒ス也
  向テ居ル敵我刀ノ柄ヲ両手ニテ押付ル時敵ノ両肱ヘ手ヲカケ「ウズミ」上ケ左ヘ振倒ス
   (朱書ハ故五藤先生ノ手記ヨリ寫ス)曽田乕彦蔵ス
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古伝神傳流秘書大小詰(是ハ業二あらさる故二前後もなく變化極りなし始終詰合組居合膝二坐春 気のり如何様とも春へし 先大むね此順二春る)重信流
1本目「抱詰」:楽々居合膝二詰合たる時 相手両の手尓て我刀の柄を留る時 我両の手を相手の両のひぢ二懸 少し躰を浮上り引て其侭左の後の方へ投捨る

 業附口伝は打が仕の「柄ヲ両手ニテ取ラントス」ですから、「取ろうとする」時に直ぐに打の二の腕を下から差し上げる様に掴んで、左脇に引き倒すのです。
 第16代五藤孫兵衛正亮先生は、その業附口伝の大小詰に朱書きで、伝承されている動作との違いを書かれていたのでしょう。五藤先生の打の動作は古伝神傳流秘書の大小詰1本目「抱詰」に掛かれていました。
 打に仕の柄を両手で握り抜き出せない様に押し付けてしまう、仕は即座に両手で相手の肘を下から懸け浮き上がるように持ち上げ、左後に倒す。
 この左脇に投げ倒すさい、打は我が刀の柄を握ったまま投げ飛ばされれば、我が刀が抜き出て、其の侭起き上がって切り懸って来る。或いは打が素早く自ら飛んで、切り懸って来る。投げるではなく我が左脇に引き倒し固める事が大切でしょう。
 業附口伝の「打ハ仕ノ柄ヲ両手ニテ取ラントス」の様に柄をまだ取っていない状況での、仕の応じ方は形の上では同じであっても、タイミングは微妙でしょう。相手の挙動を察知した場合は掴ませないのも業の内です。
 此処では、肩書にあるように「気のり如何様ともすべし」の教えは、「砕き・替え業」として充分稽古すべき事を示唆しています。

 

 

 

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2024年2月 5日 (月)

大森流長谷川流居合術解 11、英信流大小詰 神傳流秘書と業附口傳書    初めに

大森流長谷川流居合術解 
11、英信流大小詰
神傳流秘書と業附口傳書
初めに

 業附口伝は「本目録ハ昭和20年7月4日午前2時高知市爆撃の際家財道具一切ト共二焼失ス」と曽田乕彦先生は記述されています。第15代谷村亀之丞自雄先生相伝によるものと後書きに書かれています。谷村派の伝書だったのでしょう、太刀打之位・詰合之位・大小詰・大小立詰が記述されています。河野百錬先生が昭和13年1938年に発行された「無雙直傳英信流居合道」で紹介されて、その後稽古された先生も居られたようです。
 第9代林六太夫守政」が土佐にもたらした長谷川英信の「無雙神傳英信流居合兵法」の神傳流秘書(第10代林安太夫政詡書く)が、第11代大黒元右衛門清勝の手から山川久蔵幸雅に持ち出され書き写されたが、その後返却されておらず、谷村派には古伝は残されず、下村派に伝わったとされます。
 従って、大江居合は谷村派ですから業附口伝が元であり、細川義昌が下村派として古伝神傳流秘書を引き継いでいたのでしょう。細川先生は国会議員を辞めて一部の人に下村派の業技法を伝承された様です。中山博道によるものは居合抜程度ですが、讃岐の植田平太郎系の広島の尾形郷・梅本三男系に伝承されていると思われます、これも居合抜の範囲を多くは伝承されていないのではと思われます。
 大小詰・大小立詰に分かれていますが、続けて紹介します。合わせて古伝神傳流秘書と比較しながら稽古します。
 

 

 

 

 

 

 

 

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2024年2月 4日 (日)

大森流長谷川流居合術解 10、英信流太刀打之位 神傳流秘書と業附口傳書  後書

大森流長谷川流居合術解 
10、英信流太刀打之位
神傳流秘書と業附口傳書
後書

 曽田乕彦先生による古伝神傳流秘書とは別に纏められている曽田本その2は、お手製による表紙の表紙書は「大森流長谷川流居合術解」とされています。
 第9代林安太夫守政が伝えた神傳流秘書による業技法と随所に異なる所作が示されていたのは、今回の英信流太刀打之位で充分理解出来ました。
 だが現代無双直伝英信流居合兵法を学ぶ第17代大江正路先生の「英信流居合の型」7本とは大きく異なる事を再認識するばかりで、何故そうしたのだろと思わずにはいられません。
 古伝に戻す事はともかく、指導される先生方も、相変わらず業の「形」ばかりを指導するにすぎず、何をそこから学ぶのかを示されない。先生方の中には居合抜だけで高い段位を得ておられ、大江居合の「英信流居合の型」すら学んでいない方も居られるようです。
 それにはそれなりのお考えがあるのでしょうからこれ以上触れる必要も無いでしょうし、無雙神傳英信流居合兵法の一部である大江居合の無双直伝英信流居合兵法により刀の抜方を学び、指導し伝承されるのですから良いのでしょう。
 しかし、武術として更に広く深く進みたいと思われる方は、この曽田本その2の「英信流太刀打之位」そして古伝では「太刀打之事」を深く学ぶ事は武術を垣間見れる機会かもしれません。
 それでも、手附に書かれた動作のみを「出来た」としたならば、如何に無駄なく華麗に演じられてもそれは「演舞」にすぎず、武術には程遠いものと思います。
  その事は10本の形の解説の中で繰り返し述べて来ていますので、古伝の形、10本「太刀打之事」を稽古する、或いは業附口伝の10本「英信流太刀打之位」を稽古する際、手附を手元に置いて、自得していただければと思います。

 古伝神傳流秘書の「太刀打之事」を研究稽古する際のポイントをしめしておきます。

  1本目「出合」:相手より下へ抜付るを抜合せ「留」と「柄口六寸」の教え。
 2本目「附入」:相手引かむと春るを附入る、「色に就き色に随う」。
 3本目「請流」:相手又打たんと冠るを直に其侭面へ突込ミ相手八相に拂ふをしたがって上へ取り、の「誘い」。
 4本目「請入」:相手真甲を打を躰を開き、の「外しと同時に勝」。
 5本目 「月影」:打太刀八相に打を切先を上て真甲へ上て突付て留め、請け留め跳ねて突クの「和卜」の一拍子。
         更に、双方車に取り相手打つをはづす上へ冠り打ち込む、を相手の打ち込みを外さずに勝つ極意。
 6本目「水月刀」:遣方切先を相手の面へ突付て行を打太刀八相へ拂ふ処を外して上へ勝、「拂う処」を払われずに勝、外しと打ち込み。
 7本目「獨妙剣」:上へ冠り互に打合う、・・面へかへし突き込む・・「合し打ち」との続け遣い。
  8本目「絶妙剣」:打太刀より亦打込を請て相手の面へ摺り込む、請け摺外し突き込みの一拍子。
  9本目「心妙剣」:相懸打太刀打込を抜なり二請けて打込む、抜くなり二打ち込む一拍子。
10本目「打込」  :相懸り・・請て打込み勝、二拍子を一拍子の「合し打ち」あるいは「和卜」。 

 
 

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2024年2月 3日 (土)

大森流長谷川流居合術解 10、英信流太刀打之位 神傳流秘書と業附口傳書   10本目打込一本

大森流長谷川流居合術解 
10、英信流太刀打之位
神傳流秘書と業附口傳書
10本目打込一本

Dsc09997

業附口伝英信流太刀打之位

10本目「打込一本」:(伝書二ナシ口伝アリ)(留ノ打込ナリ)双方真向二物打ニテ刀ヲ合ハシ青眼二直リ退ク。
*
古伝神傳流秘書太刀打之事10本目「打込」:相懸又ハ打太刀待処へ遣方より請て打込ミ勝

 古伝の10本目「打込」は「遣方より請て打込ミ勝」で業附口伝の10本目「打込一本」と手附が違います。古伝の文章では、打が仕の真向に打込むのを、仕は一旦受け留めてから上段に振り冠って打込み勝、と読むならばすでに稽古してきたもので、〆の一本に其の必要は無さそうです。業附口伝の様に、双方真向に打ち合い物打にて刀を合わす、が稽古を重ねたものでもいやいや許せるしぐさです。ここは「打太刀が上段から仕の真向に打ち込んで来るのを受けて、仕も打の真向に打ち下し「合し打ち」にて打の太刀を摺落とし勝、と云う事でしょう。
 古伝は、此の夢想神傳英信流居合兵法の極意業を表記せずに、伏せて書かれていると読みたい処です。
 第9代林安太夫守政が江戸で眞陰流を大森六郎左衛門に習い、六郎左衛門の考案した正座による「大森流居合之事」を取り入れたのですから「眞影流」の「合し打ち」による勝負は心得ていたでしょう。10本目「打込」による「合し打ち」を学ばせる一本だろうと思います。
 現代居合の英信流の先生方は、大江居合により「眞方」を学びそれを「よし」とされていますが、ここは「合し打ち」で締めるべきものです。
 柳生新陰流の「合し打」は赤羽根龍夫著「江戸武士の身体操作 柳生新陰流を学ぶ」スキージャーナル株
2007年初版発行を読まれるか、入門されて稽古されることをお勧めします。

 大江居合の英信流居合の型7本目「眞方」:打八相、仕上段、右足より交叉的に五歩充分踏み込みて、打の眞面を物打にて斬り込む、打は右足より五歩出で仕を斬り込むと同時に左足より右足と追足にて退り、其刀を請留める、互に青眼となり打は一歩出で仕は一歩退り、青眼のまゝ残心を示し互に五歩引き元の位置に戻り血拭ひ刀を納む。

 

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2024年2月 2日 (金)

大森流長谷川流居合術解 10、英信流太刀打之位 神傳流秘書と業附口傳書  9本目心妙剱

大森流長谷川流居合術解 
10、英信流太刀打之位
神傳流秘書と業附口傳書
9本目心妙剱

Dsc09997

業附口伝英信流太刀打之位

本目「心明剱」:是モ相掛リニテモ相手待チカケテモ不苦 敵ハ真向ヘカムリ我鞘二納テスカ〵ト行也 其時我片手ニテ十文字二請ル也 其侭二敵引也 スグニ我打込ミ勝也 気合大事也云々 最後二打込ム時ハ敵ノ刀ヲ押シ除ケル様二シテ左足ヲ踏ミ込敵ノ首根二打込ム也
*
古伝神傳流秘書太刀打之事9本目「心妙剱」:相懸也 打太刀打込を抜なり二請て打込ミ勝也 打ち込む時相手の刀越(を)於(お)し能希る業あるべし。

 此の業名は業附口伝は「心明剱」、古伝神傳流秘書は「心妙剱」です。「心明」と「心妙」お違いを江戸末期には思っていたのでしょうか。それとも口授による当て字なのでしょうか、業名の意義まで掘り起こす程では無いかも知れませんが、気になります。
 動作としては、打は上段、仕は帯刀したままです。打が仕の真向に斬り込んで来るので、仕は抜くなりに打の太刀を請け止め、業附口伝は打の斬り込みを仕に抜請けに留められて、打は出足を引き下る、仕は即座に上段に振り冠り左足を踏み込んで打の首根に斬り込み勝。

 古伝では、打の斬り込みを抜くなりに請けるや、仕は打の太刀を左足を踏み込み押しのける様にして上段に振り冠り、右足を踏み込んで打に斬りつけ勝。

 この、仕は帯刀したまま前進し、打が上段から真向に斬り込んで来るのを、仕は抜請けしています。それも打の斬り込む刀を抜打ちに請けるのです。「砕き・変化業」としては、打が上段から斬り込まんとする、打の小手に抜き付ける、根元之巻の「柄口六寸」の極意をここで磨き上げるための業の筈です。打に甲手を付けてもらい打ち込んでもらい、即座に抜き付ける極意の稽古をするものでしょう。

 大森流居合之事9本目「勢中刀(大江居合の月影)」で既に稽古済みでしょう。刀で刀を請ける必要など無いでしょう。更には英信流居合之事(立膝)の3本目「稲妻」でも「・・敵の切て懸る拳を拂ふて打込・・」で稽古してきています。他流に見られないように、極意業を隠しておく必要など、どこにもないもので、演武会ではともかく、稽古は奥へ奥へと目指すものです。

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2024年2月 1日 (木)

大森流長谷川流居合術解 10、英信流太刀打之位 神傳流秘書と業附口傳書  8本目獨妙剱

大森流長谷川流居合術解 
10、英信流太刀打之位
神傳流秘書と業附口傳書
8本目獨妙剱

Dsc09994

業附口伝英信流太刀打之位

8本目「獨妙剱」:是モ同シク抜也 敵待カケテモ相ガカリニテモ不苦 八相二カタギスカ〵ト行場合ニテ打込也 其時敵十文字二請テ又我カ真向へ打込也 其時我又本ノ侭ニテ請ケ面へ摺リ込ミ勝也(我請タル時ハ左手ヲ刀峯二當テ次二摺リ込ミ勝也)摺リ込ミタル時敵刀ヲ左肩二トル也
*
古伝神傳流秘書太刀打之事8本目「絶妙剱」:高山二かまへ行て打込ミ 打太刀より亦打込を請て相手の面ヘ摺り込ミ相手肩へ取る(請くる時は切先二手をそへ頭の上尓て十文字二請希留むる奈り)

 古伝は8本目「絶妙剱」ですが業附口伝は8本目「獨妙剱」で、7本目と入れ替わっています。
 古伝神傳流秘書太刀打之事8本目「絶妙剱」は、仕は高山(上段)ですが、打は指定されていませんから打も上段で文面からは良いでしょう、或いは打は八相でもよいでしょう。仕
上段に構え打の真向に打込むを、打は八相に「はね請け」即座に上段に振り冠って、仕の真向に打込む。仕は切先に左手を添え、右手を高くして左足を踏み込み頭上で十文字に請けるや体を左入り身に変わり、打の太刀を摺込み打の眉間に付け勝。打は打込みを摺落とされ、太刀を右肩に取り負けを示す。

 業附口伝8本目「獨妙剱」は、双方とも八相に構え、スカスカと歩み寄り間境で、仕は上段に振り冠り打の真向に斬り下す。打は仕の斬り込みを頭上にて柄を左にして十文字に請け留め、即座に上段に振り冠って、仕の真向に打ち込む、仕は左手を切先峯に添え、打の斬り込みを頭上にて十文字に請け、請けるや、左足を踏み込み打の太刀を摺落とし切先を眉間に付け勝。打は仕に太刀を摺落とされ、切先を眉間に付けられ、刀を左肩に取り負けを示す。

 この業は、大江居合の英信流居合の型には無いもので、呼称の「獨妙剣」「絶妙剣」が残されているばかりです。其のわけは、明治維新の為せるもの、正しい古伝の教えが江戸末期には変形され、明治維新でそれすら失われ、大江先生も業呼称のみ聞かされ独創せざるを得なかったとしておきます。
 前回の業と同様、単なる演武用の動作を師匠に真似て演ずるばかりでは、演武が演舞で終わってしまいます。特に磨き上げるのは、この業の相手の真向斬り込まれる太刀を、頭上で十文字請けして摺落とし相手の眉間に切先を付ける処でしょう。初めは十文字請けして、足を踏み変えつつ「よいしょ」と巻落としてこれが摺落としとされている演武をよく見かけますし、英信流の先生方の教本もその程度です。ここでは「十文字に敵刀請けるや、體を入り身に変じて、敵刀と我が刀の交点で摺落とす」事を磨き上げる物でしょう。更には、敵刀が振り下ろされるや十文字請けの体勢を取り、刀が刀と触れ合う寸前に身を変わって敵刀に空を斬らせ、同時に我が刀の切先は敵の眉間についている、極意業に達する稽古を身に付けるものでしょう。


 

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2024年1月31日 (水)

大森流長谷川流居合術解 10、英信流太刀打之位 神傳流秘書と業附口傳書  7本目絶妙剱

大森流長谷川流居合術解 
10、英信流太刀打之位
神傳流秘書と業附口傳書
7本目絶妙剱

Dsc09994
業附口伝英信流太刀打之位

7本目「絶妙剱」:是ハ我前へ切尖ヲ下ケスカ〵ト行キ場合ニテ互二拝ミ打二討也 敵ト我トハ拳ト拳ト行合其時スグ二面ヘ柄頭ヲ突込勝也
*
古伝神傳流秘書太刀打之事7本目「獨妙剱」:相懸也 打太刀高山遣方切先を下げ前に構へ行 場合尓て上へ冠り互に打合尤打太刀をつく心持有 柄を面へかへし突込ミ勝

 参考に次回の、古伝神傳流秘書太刀打之事8本目「絶妙剱」:高山二かまへ行て打込ミ 打太刀より亦打込を請て相手の面ヘ摺り込ミ相手肩へ取る(請くる時は切先二手をそへ頭の上尓て十文字二請希留むる奈り)
 参考に次回の、業附口伝太刀打之位8本目「獨妙剱」:是モ同シク抜也 敵待カケテモ相ガカリニテモ不苦 八相二カタギスカ〵ト行場合ニテ打込也 其時敵十文字二請テ又我カ真向へ打込也 其時我又本ノ侭ニテ請ケ面へ摺リ込ミ勝也(我請タル時ハ左手ヲ刀峯二當テ次二摺リ込ミ勝也)摺リ込ミタル時敵刀ヲ左肩二トル也

 古伝神傳流秘書の太刀打之事7本目は「獨妙剱」の呼称で、拝み打ち「合し打ち」して拳を合わせ、仕が柄頭で打の面を突く業です。業附口伝の英信流太刀打之位7本目は呼称「絶妙剱」で、手附は古伝と同じなのです。古伝の教えがあって業附口伝が出来たのですから、業呼称が入れ替わるのは何なのでしょう。谷村派には古伝が伝承されてこなかった、口伝口授による教えであったと思えます。
 7本目の業附口伝「絶妙剱」・古伝「独妙剱」の業のポイントは、まず双方「互二拝ミ打二討」・「上へ冠り互に打合」所謂「合し打ち」を学びそこで勝負は付き、そこから双方拳を合わせ、仕が柄を返して「打の面に突き込む」続け遣いを学ぶべきなのでしょう。
 演武会などで見ると、拝み打ちして双方の間の真ん中で刀を擦り合わせているのはまだしも、刀刃を斜めにして受け止め合うなどしていますが、稽古としての意味はあるとは思えません。古流剣術の極意業を学ぶところでしょう。
 

 

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2024年1月30日 (火)

大森流長谷川流居合術解 10、英信流太刀打之位 神傳流秘書と業附口傳書  6本目水月刀

大森流長谷川流居合術解 
10、英信流太刀打之位
神傳流秘書と業附口傳書
6本目水月刀

Dsc09100

業附口伝英信流太刀打之位

6本目「水月刀」:是モ相掛リニテモ敵待カケテモ不苦 敵ノ眉間ヘ我太刀ノ切尖ヲ指付ケスカ〵ト行也 敵我太刀ヲ八相二カケテナグル也 其時我スグニカムリテ後ヲ勝也 詰合ノ水月刀に稍同シ

英信流詰合之位9本目「水月刀」:是モ同シク立合テ真向ヘカムリ相掛リニテモ敵待カケテモ不苦 我真向ヘカムリテスカ〵ト行 場合ニテ太刀ノ切先ヲ敵ノ眉間ヘ突キ込ム様二突ク也 其時敵スグ二八相二払フ其時我スグニカムリ敵ノ面ヘ切込ミ勝也 互二五歩退リ血振納刀以下同上
*

 業附口伝の太刀打之位6本目「水月刀」は、仕は切先を打の眉間に付けた青眼、打は八相の構えです。
 英信流詰合之位では双方真向に冠って合い掛り、若しくは打は真向に冠って待ちかける。仕は間合いに至りて、打の面(眉間)に切先を突き付ける。
 打は面(眉間)に仕の太刀の切先を突き付けられ太刀打之位6本目「水月刀」では、打は八相に仕の太刀を殴るように払う、仕は即座に太刀を振り上げて、打の太刀が空を斬る所を踏み込み打ち下して勝。
 英信流詰合之位9本目「水月刀」も、打は突き込まれて「敵スグ二八相二払フ」そこで「我スグニカムリ」ですから、払われるに従って振り冠るも、払われる前に振り冠るも文面からは同じでもよいと思えます。稽古が進めば我が太刀を相手の太刀で払われる寸前に上へ外し即座に打ち込む。外した時が打ち込んだ時となる事も思慮に入れて稽古する。

 古伝神傳流秘書太刀打之事6本目「水月刀」:相手高山我ハ肩 遣方切先を相手の面へ突付て行を 打太刀八相へ拂ふ処を外して上へ勝つ 或ハ其侭随て冠り面へ打込ミ勝も有り

古伝神傳流秘書詰合9本目「水月」:相手高山二かまへ待所へ我も高山二かまへ行て相手の面に突付る 相手拂ふを躰を替し打込ミ勝 

 古伝神傳流秘書の太刀打之事6本目「水月刀」と同詰合9本目「水月」とでは、「水月刀」では相手高山は同じですが「我ハ肩(八相)」です。「水月」では双方「高山(上段)」です。仕が打の面へ突き付けて打に払われた際、「水月刀」は「拂ふ処を外して上へ勝つ」ですから仕は、刀を上へ振り上げて外し、打が空を斬った所を振り下ろして勝つ。「水月」では「相手拂ふを躰を替し打込み勝」です、仕は右なり左なりに体をかわし同時打ち込み勝のです。打は仕の太刀を払ってくるので太刀を上に外せば要は足りますが、打が拂うに従って請流しつつ躰を替して打込むのです。



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2024年1月29日 (月)

大森流長谷川流居合術解 10、英信流太刀打之位 神傳流秘書と業附口傳書  5本目月影

大森流長谷川流居合術解 
10、英信流太刀打之位
神傳流秘書と業附口傳書
5本目月影

Dsc09100

業附口伝英信流太刀打之位

5本目「月影」:是モ同シク抜テ居ル也 相掛リニテモ敵待カケテモ不苦 敵八相二カタキテ待チカクル也 敵八相二打処ヲ出合テ互二押合 又互二開キ 敵打込ム処ヲ 我左足ヲ引キ立チ直リテ打込ミ勝也
*
古伝神傳流秘書太刀打之事5本目「月影」:打太刀冠り待所へ遣方右の脇に切先を下けて構へ行て 打太刀八相二打を切先を上て真甲へ上て突付て留め 互に押相て別れ 両方共車二取り 相手打をはつす上へ冠り打込ミ勝

 業附口伝も古伝神殿流秘書の「5本目月影」の手附は抜けがあってこのままでは、「はて」と動作が止まってしまいそうです。しかしこの辺が武的センスの発揮の為所かもしれません。

 業附口伝の5本目「月影」:打が上段に構え待つ処へ、仕は青眼となりスルスルと歩み寄る処、打が八相に仕の左面に打ち下して来る、仕も上段になり打の打ち込みを真向に打ち下し受け止め互いに、鍔を合わせ押し合い、仕打共に右足を大きく後方に引いて互いに車に開き、打が仕の出足の左脚に斬りつけて来るのを、仕は左足を右足に引き付け、打の斬り込みを外しつつ上段となり真向に打ち込み勝」

 此の業は、大江居合の英信流居合の型5本目「鍔留」に残されています。
大江居合の型 五本目「鍔留」:「・・打中段、仕下段となる、互いに右足より山歩出で、打は右足を左足に引き上段に冠り真直に打下し、仕は右足を左足へ引き上段となり、右足を出して打下して互に刀合す、仕打鍔元を押し合ひ双方右足を後へ引き左半身となり、刀は脇構として刀尖を低くす、打は直に上段より右足を踏み込み仕の左向脛を切る(打は仕の左膝を打つときは、中腰となり上體を前に流す)、仕は左足を充分引き上段となり空を打たせ上段より頭を斬る、・・」
 
 大江居合の「鍔留」には、仕打共に上段からの真直な打ち下し(柳生新陰流の「合し打ち」)を要求して、それを途中で止めて「互に刀合す」とされています。其の上で「鍔押」に入るのですが、ここは「合し打ち」の稽古の場面でもあるので、仕は打にやや遅れて真向に打ち下し、「合し打ち」で勝ち、続け遣いに「鍔競り合い」を行い「車に別れ」勝負する「砕き・変化」を稽古すべきものでしょう。稽古していると「何やってる!違う」と真っ赤になって飛んで来る古参の者など居て「やれやれです」。演武会では教わった通りに演ずればいいだけです。

 



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2024年1月28日 (日)

大森流長谷川流居合術解 10、英信流太刀打之位 神傳流秘書と業附口傳書  4本目請込

大森流長谷川流居合術解 
10、英信流太刀打之位
神傳流秘書と業附口傳書
4本目請込

Dsc08317_20231226231601

業附口伝英信流太刀打之位

4本目「請込」:(請入)是モ同シク相掛リニテモ敵待カケテモ不苦 請流ノ如ク八相二カタキスカ〵ト行テ真向ヘ討込也 敵十文字二請テ請流ノ如ク裏ヨリ八相二打其処ヲ我モ左ノ足ヲ出シ請流ノ如ク止ムル也敵其時カムリテ表ヨリ討タントスル所ヲ其侭左ノ肘へ太刀ヲスケル也」
*
古伝神傳流秘書太刀打之事4本目「請入」:(請込共云う 曽田メモ)前の如く打合相手八相に打を前の如く二留 又相手より真甲を打躰を右へ開きひぢを切先尓て留勝」

 前の如くは3本目「請流」:遣方も高山相手も高山或ハ肩へかまへるかの中也 待処へ遣方歩行右の足尓て出合ふ打込を打太刀請 扨打太刀の方より少し引て裏を八相に打を左足尓て出合ふて留 相手又打たんと冠るを・・」

 業附口伝と古伝神傳流秘書とは、打込むのが業附口伝が「真向・八相」で古伝は「八相・真甲」と反対です。是は恐らく古伝神傳流秘書を知らずに口伝口授されたためによるものと思います。業附口伝が「左ノ肘へ太刀ヲスケル」の文言が古伝では「躰を右へ開きひぢを切先尓て留」と具体的です。

 大江居合の英信流居合の型3本目「絶妙剣」がこの「請込」にあたるでしょう:・・仕、右足を踏み出して、右面を斬る、打は八相より左足を引きて仕の太刀と打合す、仕は左足を出し打は右足を引きて、前の如く打合せ、打は左足を引きて上段構となりて斬撃の意を示す、之と同時に仕は右足を出して體を右半身とし、中腰となりて、左手甲手を斬る・・」

 大江居合はほぼ同じと読めるでしょう。



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2024年1月27日 (土)

大森流長谷川流居合術解  10、英信流太刀打之位 神傳流秘書と業附口傳書  3本目請流

大森流長谷川流居合術解 
10、英信流太刀打之位
神傳流秘書と業附口傳書
3本目請流

Dsc08317

業附口伝英信流太刀打之位

3本目「請流」:是者敵モ八相ノ構ニテ行真向ヘ討込也(敵ハ待テ居テモ相掛リニテモ不苦)敵十文字二請て 又八相二カケテ打込也 我其時左ノ足ヲ一足踏ミ込テ裏ヲ止ルト 我又引キテカムル処ヲ我其侭面ヘ突込也 敵其時横二払フ也 其処ヲ我躰を開キカムリ後ヲ勝也(又最後二首根二討込ミ勝モアリ)
*
古伝神傳流秘書太刀打之事3本目「請流」:遣方も高山相手も高山或ハ肩へかまへるかの中也 待処へ遣方歩行右の足尓て出合ふ打込を打太刀   扨打太刀の方より少し引て裏を八相に打を左足尓て出合ふて留 相手又打たんと冠るを直に其侭面へ突込ミ 相手八相二拂ふをしたかって上へ取り右の足尓て真甲へ勝

 業附口伝と古伝神傳流秘書とに、動作の順序の違いは無いようです。この業は大江居合の「英信流居合の型」には、4本目獨妙剣にその片鱗が見えますが、異なるものです。
 6本目に請流として同名の業がありますが、これは、「双方帯刀したまま進み、打が上段より正面に斬り込んで来るのを、仕は刀を右頭上に上げ受け流し打の首を斬る動作です。」
 是は大森流居合之事の6本目「流刀:左の肩より切て懸るを踏出し抜付左足を踏込抜請に請流し右足を左の方へ踏込ミ打込む也・・。」を引用したか、抜刀心持之事の「弛抜:如前歩ミ行敵より先に打を躰を少し開き弛して抜打に切也」より引用した創作かも知れません。

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2024年1月26日 (金)

大森流長谷川流居合術解 10、英信流太刀打之位 神傳流秘書と業附口傳書  2本目附込

大森流長谷川流居合術解 
10、英信流太刀打之位
神傳流秘書と業附口傳書
2本目附込

Dsc07834
業附口伝英信流太刀打之位
2本目「附込」:是モ出合ノ如ク相掛リニテ右ノ足ヲ先二シテ場合ニテサカサマ二抜合セ 敵ノ引カントスル処ヲ我左ノ足ヲ一足付込左ノ手ニテ敵ノ右ノ手首ヲ取ル 此ノ時ハ左下二引キテ敵ノ体勢ヲ崩ス心持ニテナスヘシ 互二刀ヲ合セ五歩退キ八相二構へ次二移ル 詰合ノ拳取ノ立業
*
  業附口伝詰合之位2本目「拳取」:是モ同シク詰合テ坐シサカサマ二抜合スコト前同様也 我其侭左ノ足ヲ踏ミ込ミ敵ノ右手首(拳ナラン)ヲ左手ニテ押へル也後同断

  古伝神傳流秘書太刀打之事2本目「附入」:前の通り抜合せ相手後ヘ引かむと春るを附入り左の手にて拳を取る 右の足なれども拳を取る時は左の足也

「前の通り」古伝神傳流秘書太刀打之事1本目「出合」:相懸りにかゝり相手下へ抜付るを抜合せ留て打込相手請る右足也

 此の業は大江居合の英信流居合の型2本目「拳取」です。大江居合は「虎走りにて出で、膝に抜き合わせ」ですが、古伝は、歩みまで固定していません。
 互いに抜き合わせるのではなく古伝は、「相手下へ抜き付るを抜合せ」て斬り込みを止めてしまうのです。
 大江居合は「抜き合せ、仕太刀は、左足を打太刀の右足の側面に踏み込み、左手ニテ打太刀の右手頸を逆に持ち下へ下げる」ですが、古伝は「相手後ヘ引かむとするを附入り」であり、業附口伝でも「敵ノ引カントスル処ヲ」踏み込んでいます。大江居合の解釈は、敵の動きに応じて対応する「色に就き色に随う」心持が表現されていない点があると思います。我から先制攻撃すれば「裏を取られる」と知るべきでしょう。ここは、相手の斬り込みを抜打ちに止める、威圧感が相手に退かせるのもあるでしょうが、初太刀を留られ、即座に体勢を立て直さんとする敵の動きを引き出す事に、この業の妙味があると思います。
 

 

 



 

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2024年1月25日 (木)

大森流長谷川流居合術解 10、英信流太刀打之位 神傳流秘書と業附口傳書   1本目出合

大森流長谷川流居合術解 
10、英信流太刀打之位
神傳流秘書と業附口傳書
1本目出合

Dsc07834

業附口伝英信流太刀打之位
1本目「出合」
:是者互二刀ヲ鞘二納メテ相掛リニテスカ〵ト行 場合ニテ右ノ足ヲ出シサカサマ二抜キ合セ 敵引ク処ヲ付込ミテ左足ニテカムリ右足ニテ討込也 此ノ時敵一歩退キ頭上ニテ十文字二請ケ止ムル也 互二中段トナリ我二歩退キ敵二歩進ミ革メテ五歩ツゝ退ク也納刀 詰合ノ発早ノ立業(曽田メモ)


業附口伝詰合之位1本目「発早(八相)」:(口伝二発早トアリ)是ハ互二鞘二納メテ詰合テ相向ヒ右膝ヲ立テ坐スル也 
左足ヲ一足引キテ倒様二抜合スル也(互二右脛へ抜付ケル)其侭ヒザヲツキ仕太刀ハカムリテ面ヘ打込也 此ノ時打太刀ハ十文字二頭上ニテ請ケ止ムル也 互二合セ血拭ヒ足ヲ引き納刀

古伝神傳流秘書太刀打之事1本目「出合」:相懸り二かゝり相手より下へ抜付るを抜合せ留て打込相手請る右足也

古伝神傳流秘書詰合1本目「発早」:楽々居合膝二坐したる時相手左の足を引下へ抜付るを我も左の足を引て「乕の一足」の如く抜て留め 打太刀請る上へ取り打込ミ勝也

「乕の一足」とは英信流居合之事2本目「乕一足」:左足を引き刀を逆に抜て留め扨打込ミ後前に同
 前に同:・・抜付打込ミ開き足を引て先に坐したる通りにして納る

 大江居合ではすでに解説していますが、大江正路、堀田捨次郎共著「剣道手ほどき」から「英信流居合の形」により解説済みです。大江居合の「英信流居合の形」は7本にまとめられていますが、業附口伝の「太刀打之位」は10本で業名も異なり、動作も異なり、大江先生が古伝を参考に中学生向きに組み立て直したか、明治維新によって正しい指導が受けられずに誤った伝承がなされたかのいずれかでしょう。

 現代居合による組太刀は大江居合による場合が多く、古伝が知られたのは、曽田先生による、神傳流秘書及び業附口伝が昭和の初めに土佐に流布され昭和13年に河野百錬先生が「無雙直伝英信流居合兵法叢書」を発行されその中に掲載され知られるようになったと思われます。しかし稽古は大江先生の「剣道てほどき」が優先していたようです。

 古伝神傳流秘書では、「相手より下へ抜付るを抜合せ留て」ですが業附口伝は「右ノ足ヲ出シサカサマ二抜キ合セ」であり、大江居合では「右足を出したるとき、膝の處にて打は請、仕は抜打にて刀を合す」と云う文面の違いが見られます。古伝のこの業を稽古する意図が伝わっていないと思います。此の形の稽古から「根元之巻」の「柄口六寸」の極意を自得できなければ、只の棒の打ち合わせに過ぎないでしょう。

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2024年1月24日 (水)

大森流長谷川流居合術解 10、英信流詰合之位 神傳流秘書と業附口傳書   11本目討込

大森流長谷川流居合術解 
10、英信流詰合之位
神傳流秘書と業附口傳書
11本目討込


曽田本その2

大森流長谷川流居合術解

英信流詰合之位(重信流居合口傳書眞詰合位)
11本目討込
Dsc078281011
10本目霞剱
業附口傳書 英信流詰合之位11
本目「討込」:(伝書二ナシ)(留ノ打ナリ)双方真向二打チ込ミ物打ヲ合ハス也

古伝神傳流秘書詰合11本目「 」:なし

 演武会などでは、双方相青眼でスカ〵と歩み寄り、間境で上段に振り冠り、打より仕の真向に打ち込む、仕は稍遅れて同様に打の真向に打ち込み、打の太刀を摺落として、打の頭上に寸止めして留る。打は摺落とされて、退きつつ青眼に取り、同様仕も退きつつ青眼に取り、物打を合わせ、双方元の位置に戻り、血振り納刀。
 合し打ちの極意が決められないならば、古流剣術を正式に学ぶか、相手の頭上で寸止めの稽古でもするべきでものと思います。

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2024年1月23日 (火)

大森流長谷川流居合術解 10、英信流詰合之位 神傳流秘書と業附口傳書  10本目霞剱

大森流長谷川流居合術解 
10、英信流詰合之位
神傳流秘書と業附口傳書
10本目霞剱

曽田本その2

大森流長谷川流居合術解

英信流詰合之位(重信流居合口傳書眞詰合位)
10本目霞剱
Dsc078281011
10本目霞剱
業附口傳書 英信流詰合之位10
本目「霞剱」:是モ互二立合也 敵待カケテモ不苦 互二青眼ノ侭スカ〵ト行場合ニテ互に拝ミ打二討也 互二太刀ノ物打チノアタリ合タル所ヲ(中段二直ル)我其侭左ノ足ヲ踏ミ込ミ裏ヨリ払ヒカムリ勝也 五歩退リ相中段二次に移ル也

古伝神傳流秘書詰合10本目「霞剱」:眼関落しの如く打合せたる時 相手引かんとするを裏よりはり込ミ真甲へ打込ミ勝 又打込ま須して冠りて跡を勝も有り

 古伝神傳流秘書詰合10本目「霞剱」の「眼関落しの如く」は何か不明瞭です。詰合8本目「柄砕」の「弛し木刀」が「眼関落」で、太刀打之位の「獨妙剣」の事であろうと、曽田先生は推測されています。其の様に「柄砕」も「眼関落」も「弛し木刀」もわからず「霞剱」を読み解く事は古伝の文章だけでは読み取れません。
 曽田先生の推測に随って「外し木刀」は業附口伝の太刀打之位「獨妙剱」であれば「是モ同シク抜也 敵待カケテモ相掛リニテモ不苦 八相二カタキスカ〵ト行場合ニテ打込也・・」となります。
  
 古伝では太刀打之事「獨妙剣」は「相懸也 打太刀高山 遣方切先を下げ前に構へ行場合尓て上へ冠り互に打合・・」と「合し打ち」を示唆しています。「絶妙剣」では「高山にかまへ行て打込ミ打太刀より亦打込を請けて・・」ですからここも「合し打ち」を最初の打ち込みでは思わせます。
 古伝の肩を持つつもりはありませんが、文面の「抜け」は当時では、「当たり前の事」として知り得ていた所作であったかもしれません。
 此処は、双方青眼でも上段でも八相でも、いずれでも間境で上段に振り冠り、右足を踏み込んで双方真向に打ち込み、合し打ちでの勝負がつく。そこから相青眼に取り、打が引かんとするを、仕は裏より「はり込ミ」、打の刀を払い、即座に上段に振り冠って、真向に打ち込み勝。
 演武会でよく拝見する、真っ向打合いして、双方の間の中心で物打ちを合わせて打込みを止める、とか鍔際迄摺り込み止めるような事をせず「合し打ち」あるいは「斬り落とし」の極意業を身に付け、そこからの「続け遣い」を稽古する事も学ばれると更に奥が見えて来る筈です。

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2024年1月22日 (月)

大森流長谷川流居合術解 10、英信流詰合之位 神傳流秘書と業附口伝書  9本目水月刀

大森流長谷川流居合術解 
10、英信流詰合之位
神傳流秘書と業附口傳書
9本目水月刀

曽田本その2
大森流長谷川流居合術解

英信流詰合之位(重信流居合口傳書眞詰合位)
本目水月刀
Dsc078279
9本目水月刀
業附口傳書 英信流詰合之位9
本目「水月刀」:是モ同シク立合テ真向ヘカムリ相掛リニテモ敵待カケテモ不苦 我真向ヘカムリテスカ〵ト行場合ニテ太刀ノ切尖ヲ敵ノ眉間二突キ込ム様二突ク也 其ノ時敵スグ二八相二拂フ 其時我スグ二カムリ敵ノ面へ切込ミ勝也 互二五歩退リ血振納刀以下同シ

古伝神傳流秘書詰合9本目「水月」:相手高山二かまへ持所へ我も高山にかまへ行て相手の面に突付る 相手拂ふを躰を替し打込み勝

 双方上段に構え仕は歩み寄り、間境で切先を下げ、打の面へ突き付ける、打は仕ノ刀を八相に払ってくるのを、仕は出足を引くと同時に上段に振り冠り、右足を踏み込み打の柄口六寸に打ち下し勝。打ち込む部位の指定は古伝には無いのですから、有効な部位であればよいのでしょう。
 古伝であれば、打は仕の突き込んで来る左拳へ、八相に斬り込んで来る、仕は左拳を右肘に引き付け、打の斬り込みを外すと同時に右足を稍右斜め前に踏み込み、打の柄口六寸に斬り込むのでしょう。
 業附口伝では、仕は突きつけた剣先を打に払われるに従って上段に振り冠るように廻し、いわゆる「回し打ち」に打の面に斬り込み勝のでしょう。

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2024年1月21日 (日)

大森流長谷川流居合術解 10、英信流詰合之位 神傳流秘書と業附口傳書  8本目眼関落

大森流長谷川流居合術解 
10、英信流詰合之位
神傳流秘書と業附口傳書
8本目眼関落
曽田本その2
大森流長谷川流居合術解

英信流詰合之位(重信流居合口傳書眞詰合位)
本目眼関落
Dsc078279
8本目眼関落
業附口傳書 英信流詰合之位8
本目「眼関落」:是モ互二立チ敵モ我モ真向ヘカムリ相掛リニテスカ〵ト行キ場合ニテ互二拝ミ打二討也 其ノ時敵ノ拳ト我拳ト行合也 其時我スグニ柄頭ヲ敵ノ手元下ヨリ顏ヘハネ込ミ勝也 (右足ヲドントフミ急二左足ヲ踏ミ込ム也) 互二五歩退リ納刀以下同シ

古伝神傳流秘書詰合8本目「柄砕」:(眼関落ノコトナラン 曽田メモ)両方高山後は弛し木刀に同し(はづし木刀(太刀打之位絶妙剣の事ならむ 曽田メモ)(業附口伝書では絶妙剣ですが古伝神傳流秘書太刀打之事では業名は獨妙剣です ミツヒラメモ)

古伝神傳流秘書 太刀打之事7本目「獨妙剣」:相懸也打太刀高山遣方切先を下げ前に構へ行場合尓て上へ冠り互に打合 尤打太刀をつく心持有 柄を面へかへし突込ミ勝

業附口伝書 英信流居合之位7本目「絶妙剣」:是ハ我前へ切尖ヲ下ケスカ〵ト行キ場合ニテ互に拝ミ打二討也 敵ト我トハ拳ト拳ト行合其時スグ二面へ柄頭を突込ミ勝也 (相掛リニテモ敵待チカケテモ不苦 我鍔ゼリトナルヤ 右足ヲドント踏ミ直二左足ヲ踏ミ込ミテ敵ノ拳ノ下ヨリ人中二當テル 打ノ構へ不明ナルモ八相ナラン 曽田メモ)

 此の業の古伝の手附は省略されていて、「はづし木刀」は太刀打之位(古伝の太刀打之事)で曽田先生に依れば、太刀打之位絶妙剣(古伝の太刀打之事では獨妙剣です ミツヒラメモ)だと云います。この実証は資料になく、曽田先生の独断によるか、口伝であったか解りません。

 現代では、業附口伝の「眼関落」を稽古しているようですが、双方真向打ち下した場合は、理にかなったものが「合し打ち」を制する事が出来るので、ここで勝負がついてしまいます。古流剣術ではそこから「続け遣い」が始まり、鍔競り合いにて勝負をするのも当たり前にあったのです。「
合し打ち」は相手が上段から、我が真向に打ち込んで来るや、我も相手の真向に打ち込み勝、極意中の極意業です。身に付けたい方は柳生新陰流や一刀流に入門される事をお勧めします。

 

 

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2024年1月20日 (土)

大森流長谷川流居合術解 10、英信流詰合之位 神傳流秘書と業附口傳書  7本目燕返 

大森流長谷川流居合術解 
10、英信流詰合之位
神傳流秘書と業附口傳書
7本目燕返


曽田本その2
大森流長谷川流居合術解

英信流詰合之位(重信流居合口傳書眞詰合位)
7本目燕返
Dsc078227
7本目燕返
業附口傳書 英信流詰合之位7
本目「燕返」:是ハ敵モ我モ立ッ也 敵ハ刀ヲ抜テカムル我ハ鞘二納メテ相掛リニテ行ク也 場合ニテ敵我ガ面へ打込ム也 我其時右片手ニテ抜キ頭上ニテ請ケスグ二左手ヲ柄二添へ打チ込ム也 敵又表ヨリ八相二払フ也 我又スグニカムリテ打込ム也 敵又スグニ裏ヨリ八相二払フ也 我又スグニカムリテ敵ノ面へ打込也(左足ヲ一足踏ミ込) 其時敵後ヘ引我空ヲ打ツ也 其時我切尖ヲ下へ下ゲ待也 敵踏ミ込ミテ我真向へ打込也 我其時左足ヨリ一足退リ空ヲ打タセ同時二カムリて一足踏込ミ敵ノ面へ勝也 互二五歩退リ納刀後再ヒ刀ヲ抜キ相上段ニテ次二移ル。

古伝神傳流秘書詰合7本目「燕返」:相手高山我ハ抜か春して立合たる時相手より打込むを我抜受に請る 相手引を付込ミ打込 相手右より拂ふを随って上へ又打込拂ふを上へ取り打込 扨切先を下げて前へかまえ場合を取り切居處へ相手打込を受流し躰を替し打込勝 又打込ま須冠りて跡を勝もあり

 ポンポン打ち合う音も響きいかにも稽古らしく見えますが、古伝は、始めに打が仕の面へ撃ち込んで来るのを仕は抜受けに請け、打は即座に退るのを追い打ちしています。業附口伝は仕は抜受けに請けるやスグニ左手を柄に添え打ち込み、打に払われています。
 業附口伝も古伝神傳流秘書も何度も打ち合うことに変わりがないので、その程度の稽古業ですが、そこから一歩も二歩も上に出て「請けるや斬り落とす工夫」が臨まれている様に思えてしまいます。
 古伝の「・・打込 扨切先を下げて前へかまえ・・」の部分で古伝の文章に、抜けがあるようです。仕が打ち込むと打が払うのに乗じて、仕は上段なり打ち込むや、打が後ろに退き、仕は空振りしてしまう。其の侭切先を下げて構え・・」なのでしょう。

 

 

 

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2024年1月19日 (金)

大森流長谷川流居合術解 10、英信流詰合之位 神傳流秘書と業附口傳書   6本目位弛

大森流長谷川流居合術解 
10、英信流詰合之位
神傳流秘書と業附口傳書
6本目位弛


曽田本その2
大森流長谷川流居合術解

英信流詰合之位(重信流居合口傳書眞詰合位)
6本目位弛
Dsc0782156
6本目位弛
業附口傳書 英信流詰合之位6
本目「位弛」:是ハ敵ハ立チ我ハ坐スル也 敵ハ太刀ヲ抜テカムル 我ハ鞘二納メテ右片ヒザ立テ坐スル也 敵スカ〵ト来テ拝ミ打二討ツヲ 我其時アタル位ニテスッカリト立チ其侭左足ヲ一足引キテ抜 敵二空ヲ打タセ同時二右足ヲ一足踏ミ込ミ面ヘ切リ込ミ勝也 仕太刀ハ此ノ時刀ヲ合ハセ五歩退キテ血振ヒ納刀 打太刀ハ其位置ニテモ五歩退リテモ不苦

古伝神傳流秘書詰合6本目「位弛」:我居合膝二坐したる所へ敵歩ミ来りて打込むを立さまに外し抜打二切る 或は前の如く抜合たる時相手より打を我も太刀を上へはづし真向へ打込ミ勝

 6本目「位弛」は古伝神傳流秘書では、業附口伝書の業手附の様に、仕は帯刀して立膝に座す所へ、打が抜刀して上段に振り冠り歩み来たりて、拝み討ちに斬り込んで来るのを、左足を引きつつ立上がりざまに刀を上に抜き上げ、打の斬り込みを外すや、真向に斬り下し勝。
 この場合、立上がりつつ刀を上に抜き上げ、左足を引きながら受け流しに打の刀を摺落として外すや、真向に斬り下すも有りでしょう。
  
  古伝の手附には、或いは、打も帯刀して座す、打が抜打に切り込んで来るのを、仕も抜合せ、打が更に真向に討ち込んで来るのを、左足を引きつつ左肩上から上段に振り冠り、打の刀を摺落とすや真向ヘ打ち込み勝。と云う、変化業が付け加えられています。この場合は、5本目「鱗形」の様に打の真向への斬り込みを十文字請けして左足を踏み込み勝も、體を交わして打ち込むも変化は幾通りも状況次第で稽古して置く事も、示唆している様です。

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2024年1月18日 (木)

大森流長谷川流居合術解 10、英信流詰合之位 神傳流秘書と業附口傳書  5本目鱗形

大森流長谷川流居合術解 
10、英信流詰合之位
神傳流秘書と業附口傳書
5本目鱗形

曽田本その2
大森流長谷川流居合術解

英信流詰合之位(重信流居合口傳書眞詰合位)
5本目鱗形
Dsc0782156
5本目鱗形
業附口傳書 英信流詰合之位
5本目「鱗形」:坐り方同前左足ヲ一足引キて抜合ス也 其時敵スク二我面ヘ上ヨリ打ツ也 我モスグ二太刀ノ切先ヘ左ノ手ヲ添へテ十文字二請テ左ノ足ヲ踏ミ込ミ摺込ミ勝也 刀ヲ合セ血振ヒ納刀

古伝神傳流秘書詰合5本目「鱗形」:如前抜合せ相手打込むを八重垣の如く切先に手を添へ請留直二敵の太刀を摺落し胸をさすなり


 曽田先生の線画では、打は立った状態で、仕の頭上に打ち込んでいます。仕も立った状態で前額上で切先に左手を添え、右足前のまゝ請け留め、左足を踏み込み、打の太刀を右に摺落とし、切先を打の胸を突き勝。
 この際、打の撃ち込みを十文字請けするやに見せて左足を踏み込み、右足を左へ移動させれば、打の太刀は仕の右脇に摺落ちてしまいます、其の侭打の胸を突く一拍子の極意が秘められています。変化業は研究されることをお勧めです。

 

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2024年1月17日 (水)

大森流長谷川流居合術解 10、英信流詰合之位 神傳流秘書と業附口傳書  4本目八重垣

大森流長谷川流居合術解 
10、英信流詰合之位
神傳流秘書と業附口傳書
4本目八重垣

曽田本その2

大森流長谷川流居合術解
英信流詰合之位(重信流居合口傳書眞詰合位)

4本目八重垣
Dsc078164
4本目八重垣
業附口傳書 英信流詰合之位 
詰合之位4
本目「八重垣」:是も同シク詰合テ差前ノ如ク左足一足引テサカサマ二抜合也 敵其侭我面ヲ打テクルヲ我又太刀ノ切先へ左手ヲ添ヘテ面ヲ請クル也 夫レヨリ立て敵スク二我右脇ヲ打ツヲ我其侭刀ヲ右脇二サカサマ二取リて此ノ時右足ヲ一足引キ請ケ留ル也 敵又立チテ左ノ脇ヲ打チ来ルヲ我又左足ヲ一足引キテ左脇ヲ刀ヲ直二シテ請ケ止ムル也 敵又上段ヨリ面ヘ打チ来ルヲ我又右足ヲ引キテ上ヲ請て 敵カムル処ヲ我右足ヨリ附込ミ勝也 刀ヲ合セ原位置二帰リ血振納刀

古伝神傳流秘書詰合4本目「八重垣」:如前抜合たる時相手打込むを我切先に手を懸けて請又敵左より八相に打を切先を上にして留又上より打つを請け相手打たむと冠を直耳切先を敵の面へ突詰める。(・・我切先に手を懸希て請け敵右より八相に打を切先を下げて留又敵左より八相に打を切先を上にして留又上より打を頭上にて十文字に請希次に冠るを従て突込むもあり  曽田メモ

 古伝神傳流秘書の「八重垣」は、双方抜合わするや、打が上段に振り冠って仕の面に打ち込むを仕は切先に手を添え頭上に十文字請けする。打は即座に振り冠って仕の左より八相に斬り込んで来るを、仕は右柄手を左下に下げ切先を上にして受け止める。打は再び上段から打ち込むを仕は右手を右上に戻し前額にて十文字に請け留める。打は請け留められて再び上段に振り冠らんとするを、仕は切先を打の面に突きつけて、詰める。という上・左・上の攻防です。
 
 業附口伝は曽田メモの如く、打は上・右・左・上と打ち込み仕にその都度請け留られ、更に斬り込まんと上段に冠る処を仕に詰られる。と云うものです。運剣操作を学ぶに良い手附ですが、古伝の「八重垣」で充分です。変化業として右、左等の打の切込みを変えて稽古すると、打の懸り口を学べ有効でしょう。
 この「八重垣」も抜き合わせるや、打の真向打ち込みを、切先に手を添え、請けるや即座に體を入り身に躱し切先を打の面に突きつける業や、請けると見せて体を変わって突き込むなど、変化業の稽古にも良いものです。左右への切込みも請けるや摺り込んで切先を打に付けるなど学ぶ事も出来るものです。五本目「鱗形」がそれを学ばせてくれます。
 この「八重垣」を座して演じるも、立って演じるも、特定されていないのですから、立ったままも立ったり座ったりも稽古業として有効でしょう。
 演武会での演舞では業附口伝の所作を丁寧に演じればよいのでしょう。第21代福井聖山先生の「八重垣」は業附口傳に依ったものと思われます。

 

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2024年1月16日 (火)

大森流長谷川流居合術解 10、英信流詰合之位 神傳流秘書と業附口傳書  3本目岩浪

大森流長谷川流居合術解 
10、英信流詰合之位
神傳流秘書と業附口傳書
3本目岩浪

曽田本その2

大森流長谷川流居合術解
英信流詰合之位(重信流居合口傳書眞詰合位)

3本目岩浪(岩波)
Dsc0781023
3本目岩浪
業附口傳書 英信流詰合之位 
詰合之位3本目「岩波」:詰合テ坐スル也前ノ如ク左ノ足一足引テサカサマ二抜合セ敵ヨリスグニ我右ノ手首ヲ左ノ手ニテトル也、我其侭敵ノ右ノ手首ヲ左ノ手ニテ取リ右手ヲ添へて我左脇へ引倒ス也、刀ヲ合セ血振ヒ納刀(遣方右手ヲ添エル時刀ヲ放シ直ク二相手ノひじヲトルナリ 曽田メモ
 ・・上記は曽田先生の手書きの手附とは部分的に異なりますが、同意と取れます・・
曽田本2の口傳書の「岩浪」(添付写真の手附):是モ同ジク詰合テ坐スル也、前ノ如ク左ノ足一足引テサカサマ二抜合セ敵ヨリスグニ我右ノ手首ヲ左ノ手ニテトル也、我其侭敵ノ右ノ手首ヲ左ノ手ニテ取り(此ノ時右手二持テル刀ヲハナシテ相手ノ右肘ノ辺リ取リ 曽田メモ)右手ヲ添へテ我左脇へ引倒ス也刀ヲ合セ血振ヒ納刀。


古伝神傳流秘書詰合3本目「岩浪」:拳取の通り相手より拳を取りたる時 我よりも前の如く取り我が太刀を放し右の手尓て敵のひぢのかゞみを取り左脇へ引た於春

 「我よりも前の如く取り」は、二本目「拳取」の「我左の手尓て相手の右の拳を取り」と云う事を指しています。此の時双方居合膝から立ち上がり左足を引いて抜き付けていますから、右足が前になっています。仕打共に左足を相手の右足側面に踏み込み「相手の右の拳を取る」、仕は右手に持つ刀を後に放して、打の左手を外すや打の右手の肘のかがみを取り左脇に引き倒す。引き倒すは、投げ飛ばすのでは無く、我が左側面下に引き倒し固めるなり当身を喰らわすのです。投げ飛ばしてしまえば、打は束縛を解かれるので攻撃に転じて来るでしょう。

 

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2024年1月15日 (月)

大森流長谷川流居合術解 10、英信流詰合之位 神傳流秘書と業附口傳書  2本目拳取

大森流長谷川流居合術解 
10、英信流詰合之位
神傳流秘書と業附口傳書
2本目拳取


曽田本その2
大森流長谷川流居合術解
英信流詰合之位(重信流居合口傳書眞詰合位)
Dsc0781023

2本目拳取
業附口傳書 英信流詰合之位 
詰合之位2本目「拳取」:是モ同シク詰合テ坐シサカサマ二抜合スコト前同様也 我其侭左ノ足ヲ踏ミ込ミ敵ノ右手首(拳ナラン)ヲ左手ニテ押へル後同断

古伝神傳流秘書詰合2本目「拳取」:如前楽々足を引抜合我左の手尓て相手の右の拳を取り刺春

  古伝神傳流秘書の「拳取」は抜合た上で仕は、左手で打の右拳を制して刺突しています。
 業附口傳の「拳取」では、仕は打の右手首を左手で押さえるだけの様です。後同断ですが、この相手の右手首を左手で押さえている体勢から1本目八相の「其の侭ヒザヲツキ仕太刀ハカムリテ面ヘ打込也、此ノ時打太刀は十文字二頭上ニテ請ケ止ムル也」と云うのでは、敢えて取るべき意味は無いでしょう。やはり、右手に持った刀で相手を刺突するのが自然でしょう。
 此処は、曽田先生直筆に依って古伝と同様の刺突の線画が描かれています。この線画は曽田先生の絵ですから刺突した上で、血振り納刀の事でしょう。

業附口傳 英信流詰合之位 
 詰合之位2本目「拳取」:是モ同シク詰合テ坐シサカサマ二抜合スコト前同様也 我其侭左ノ足ヲ踏ミ込ミ敵ノ右手首(拳ナラン)ヲ左手ニテ押へル也(打太刀の手首を左手にて制し(握る)刺突の姿勢をとるなり 河野百錬著 無雙直傳英信流居合道 詰合之位の挿入部分)
後同断。

 木村永寿先生も林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流伝書集及び業手付解説の「詰合」は、古伝神傳流秘書の手附が引用されています。

 

 


 

 

 

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2024年1月14日 (日)

大森流長谷川流居合術解 10、英信流詰合之位 神傳流秘書と業附口傳書  1本目発早

大森流長谷川流居合術解 
10、英信流詰合之位
神傳流秘書と業附口傳書
1本目発早

曽田本その2
大森流長谷川流居合術解
英信流詰合之位(重信流居合口傳書眞詰合位)

1本目発早(八相 伝書
Dsc07809
 
業附口傳書 英信流詰合之位 
詰合之位1本目八相:
(口伝二発早トアリ)是ハ互二鞘二納メて詰合テ相向ヒテ右膝立テ坐スル也互二左足ヲ一足引キテ倒様二抜合スル也(互二右脛へ抜付ケル)其侭ヒザヲツキ仕太刀ハカムリテ面ヘ打込也此ノ時打太刀ハ十文字二頭上ニテ請ケ止ムル也。互二合セ血振ヒ足を引き納刀。

古伝神傳流秘書 詰合(重信流也従是奥之事 極意たるに依而挌日二稽古春る也)
1本目発早:楽々居合膝二坐したる時 相手左の足を引下へ抜付るを我も左の足を引て乕の一足の如く抜て留め打太刀請る 上へ取り打込勝也

英信流居合之事「乕一足」:左足を引き刀を逆に抜て留め扨打込ミ後前に同じ
抜刀心持之事「柄留」:乕之一足の如く下を留て打込
英信流居合目録秘訣:詰合ハ二星二ツヅマル敵之拳也二星一文字ト云時ハ敵ノコブシヲ抜拂フ事也惣而拳ヲ勝事極意也

 古伝神傳流秘書の詰合一本目「発早」と業附口傳の英信流詰合之位とは同じ動作として、初心の内は稽古する事は大切でしょうし、奉納演武などでは型を演舞する様ですから、それでよしでしょう。
 此の一本目「発早」には極意の業が秘められているとすれば、その一つを演じて見ます。
 「発早」:互いに納刀して立膝に座す、打が刀に手を掛け、腰を上げ抜き付けんとするを見るや、仕も刀に手を掛け腰を上げ、打が左足を引くや仕の顔面に抜き付けるを、仕は左足を引くや間を外し打の柄手に刀を逆に抜き下から抜き付ける。ここでこの勝負はついてしまいます。
   続け遣いとして、仕は左足を床に着けつつ上段に振り冠り打の真向に打ち込むを、打も左足を床に着けつつ物打下に左手を添え仕の打ち込みを前額上で十文字に受けるや仕の刀を摺落とし詰める。互いに青眼となり刀を合わせ血振り納刀し、立膝に座す。
 この場合打は、仕の打ち込みを十文字に請ける寸前に右に外して切先を仕の眉間に付けて勝のも有でしょう。
   更に、「発早」で双方抜合せとなった場合の、対処法の一つに詰合の2本目「拳取」があります。打に先に拳を制せられた場合の返し業が3本目「岩浪」となるものです。
 演武会や奉納演武として、演舞するのは師匠の手ほどきで、それなりですが、武術の奥儀を目指すならば「砕き・変化」を充分身に付けなければならないでしょう。

 

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2024年1月13日 (土)

大森流長谷川流居合術解 10、英信流詰合之位 神傳流秘書と業附口傳書  初めに

大森流長谷川流居合術解 
10、英信流詰合之位
神傳流秘書と業附口傳書
初めに

 古伝神傳流秘書には、大森流居合之事・英信流居合之事・太刀打之事・坂橋流の棒(棒合・太刀合之棒)・詰合・大小詰・大小立詰・大剣取・抜刀心持之事・夏原流和之事、が残されています。
 
 業附口傳には、太刀打之位・詰合之位・大小詰・大小立詰、が残されています。

 英信流目録には、居合棒太刀合巻(棒太刀合之位・棒合五ツ・心持之事・極意之大事)・小太刀之位・大森流居合之位、が残されています。

 やはり、古伝神傳流秘書が一番充実した伝書で、業附口傳や英信流目録は伝書が紛失などして完全では無いようです。

 大江居合では、大森流居合・長谷川流居合・長谷川流早抜き・奥居合・英信流居合の型、で終わっています。

 現代居合は大江先生の教えは、文章での手附は居合抜と7本の英信流居合の型ですが、明治以後になって詰合などの業が稽古されて来たようです。
 河野百錬先生の「無雙直伝英信流居合道」が昭和13年1938年に発行され、そこには正座之部・立膝之部・奥居合之部・早抜之部・居合形之部(無雙直伝英信流居合之形・太刀打之位・詰合之位・大小詰・大小立詰)が記載されています。これらの古伝は河野先生と曽田先生との交流から伝書の写しを譲られ、それにより書き込まれた様です。

 詰合の手附は曽田先生による、線描きの絵と業附口傳の手附を、古伝神傳流秘書の詰合と対比しながら稽古して行きます。しかし主はあくまでも第九代林六太夫守政が江戸から土佐にもたらした業であり、第十代林安太夫政詡によって書き残された先師の教えである、古伝神傳流秘書によるものです。
 詰合の稽古にあたっては、伝書に残された「型」は稽古の初歩的のもので、実戦では如何様にも変化して行くか考察を加えて行きたいと思います。
 

 

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2024年1月12日 (金)

大森流長谷川流居合術解 9、長谷川流奥居合抜方 神傳流秘書と行宗居合及び大江居合の22英信流居合ノ形 後書

大森流長谷川流居合術解 
9、長谷川流奥居合抜方
神傳流秘書と行宗居合及び大江居合の22英信流居合ノ形
後書

 曽田先生は「英信流居合ノ形」の書き出しに「無双直伝英信流傳書ノ業付トハ全部不合也(大江先生ノ独創ナラン)」とされています。古伝神傳流秘書の「太刀打之事」は10本、業附口傳書」の「太刀打之位」も10本です。大江先生の「英信流居合ノ形(英信流居合の型)」は7本しかありません。
 業名の違いと順番
古伝神傳流秘書太刀打ノ事:出合附入・請流・請入月影・水月刀・獨妙剣・絶妙剣・心妙剣打込
業附口傳太刀打之位   :出合附込・請流・請込月影・水月刀・絶妙剣・独妙剣・心明剱打込一本
大江居合英信流居合ノ型 :出合拳取絶妙剣・獨妙剣・鍔留請流眞方

古伝神傳流秘書太刀打ノ事にあって業附口傳に無い太刀打ノ事。
 詳細に比較すれば古伝は古伝であり、業付口伝は古伝から変化したものとも言えます。「型」として特定してしまえば、業付口伝は古伝ではないという事になります。原型があって変化があるならば良いのですが、変化したものが残ってしまったのでしょう。業名の違いは何故なのでしょう。古伝の神傳流秘流秘書が谷村派には伝わらなかったと云えるのでしょう。大江先生は下村派を下村茂市定から手ほどきを受けたのは15歳まです。明治維新となり、それからは五藤孫兵衛正亮の手ほどきを受け谷村派に寄ったと云えるかもしれません。

古伝神傳流秘書太刀打ノ事にあって大江居合英信流居合ノ型に無い太刀打ノ事
 2本目請流、6本目水月刀、7本目独妙剣、8本目絶妙剣
 大江先生の英信流居合ノ型4本目「独妙剣」は独創と云えるでしょう。随って7本中6本が古伝に添った変形、古伝の4本が忘れられてしまったと云えるでしょう。
 

 

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