2018年10月17日 (水)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く17城乗之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
17、城乗之事
 ツイジヲ右二ウクベシ人ノ中二有テハ働キ自由二不成ハナレテ居ルべし第一進ミ安第二兵器ノ術自由也第三二敵ノ矢ヲフセグ徳有第四二功名マギレナク能人二(々)見ルモノ也心得第一也
読み及び読み解く
 築地を右側に受けて行べきで、人の中に居たのでは働きは自由に成らない、人と離れて居る様にするのである。
 第一に進み易い、第二に兵器の術が自由にできる、第三に敵の矢を防ぐに有利である、第四に功名紛れなく能く人に見える物であるこれが心得第一である。
 ここでは城に攻め入った時の心得を述べているのでしょう。築地塀を右にして進めと云うのは、前項以前からの教えで孫子の兵法に則ったものでしょう。
 その利点は、人に混じっていたのでは自由に働くことが出来ないので、離れて進めと云うのです。
 第一は進み易い、それはそうかもしれませんが障害物を右にして進むには我と同じ考えの者が幾人も居るとかえって進みずらい事もしばしばです。
 第二に兵器の術自由也です。兵器は槍、薙刀、刀、あるいは弓、鉄砲その他何かあるでしょう。先陣を自由に進める地位の者にしか許されないもので足軽雑兵では咎められそうです。
 第三は敵の矢を防ぐに良いと云います、この教えが書かれた時期が1700年中期ですし、学ぶ者もそれ以降です。いたずらに築地の脇を一人で進めば鉄砲で狙いやすいものでしょう。
 第四は単独行動の我が功名が特定できるので一番だと云います。
 戦闘の状況によっては、個人の行動と考えずに、我が率いる集団で考える事も出来る行為とも考えられます。
 個人では、村を襲って来る盗賊などとの戦いなどに使えそうです。
 現代では、人殺しの戦争と考えずに、企業活動の中での他社より有利になる作戦に取り入れる事など考えて見れば、これらの居合兵法極意秘訣も面白いものです。これは、大昔の戦争の場面位に思って流してしまうのではもったいないかも知れません。
 武術はマニュアル通りにやれば利を得る事も出来ますが、それは自分より修練の足らない者には有効であっても、同等若しくはそれ以上の者には一向に術にならないものです。
 形(マニュアル)を越えていく修錬は自分で身に着ける以外に有りません。教えられた極意はマニュアルを越えてはいない筈です。
 
 

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2018年10月16日 (火)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文17城乗之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
17、城乗之事
 ツイジヲ右二ウクベシ人ノ中二有テハ働キ自由二不成ハナレテ居ルベシ第一進ミ安第二兵器ノ術自由也第三二敵ノ矢ヲフセグ徳有第四ニ功名マギレナク能人二(々)見ルモノ也心得第一也
 城乗之事(しろのりのこと)
 築地を右に受くべし 人の中にては働き自由に成らず 離れて居るべし 第一進み易し 第二兵器の術自由也 第三敵の矢を防ぐ徳有り 第四に功名紛れなく能く(良く)人々見るもの也

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2018年10月15日 (月)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く15楷石壇之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
15、楷石壇之事
 我平地ヱ近クバ平地へ飛下リ敵ヲ高ミ二置可シ平地遠クバ敵ヲ下へオロシ我上二戻ルベシ上ル所ヲ打ベシ
読み及び読み解く
 この極意の教えも、項目の呼称が意味不明で読み切れません。「楷石壇之事」ですから、石段の法則の事とでも読めばいいのかも知れません。然し原文との関連を考えると全く手に負えないので困ってしまいます。
 取り敢えず読んでみます。
 我の位置は高みであるが、平地に近く位置するならば平地へ飛び下り、敵を高みに置くのが良い。
* 
 何故平地が我の位置する高みに近いなら、平地に飛び下りた方がよいのか説明は有りません。平地に飛び下り追って来る敵も飛び下りれば足場の良い所で待ち受けて打つのでしょうか。
 敵を足場の悪い高みに残し疲れるのを待って打つのでしょうか。
 或いは、我は高みから飛び降りて平地に居る敵を高みに追い上げるとも、一緒に高みに居たのだが我のみ飛び下りたのか解らない所です。
 読み進みますと、「平地遠くば敵を下に下ろし我上に戻るべし」ですから敵と共に高みに居て足場が悪かったのでしょう、折角飛び下りたのに上に登り直せと云います。
 それでも疑問は「上る所を打つべし」です。敵も一緒に飛び下りて一緒に上がる際に打てと云うのでしょうか。
 それとも上に居たままの敵を下から上がりながら打つのでしょうか。
 下に一緒に飛び下りた敵が我が上がったので追いすがって来る処を打つのでしょうか。
 古伝の問題点は、文章に抜けがあって読み切れない所に問題があります。当時は当たり前の動作であっても現代では理解不能という事も度々あったものです。ここは解らないので決めつけずに置きます。
 

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2018年10月14日 (日)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文16楷石壇之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
16、楷石壇之事
 我平地ヱ近クバ平地ヘ飛下リ敵ヲ高ミ二置可シ平地遠クバ敵ヲ下ヘオロシ我上二戻ルベシ上ル所ヲ打ベシ
読み
楷石壇之事(石段の法則の事?)
 我れ 平地へ近ければ平地へ飛び下り 敵を高みに置くべし 平地遠ければ敵を下へ下し我れ上に戻るべし (敵?)上る所を打つべし
 

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2018年10月13日 (土)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く15後用捨之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
15、後用捨之事
 山川池沼深田石原草原後下リタル地皆々後二スベカラズ懸引不自由也思ハヌ負有難所ヲ後二ウケバ左へ身ヲ開クベシ
読み及び読み解く
 この極意の教えの呼称は「後用捨之事」は漢文調に読めば「後ろを用いるは之を捨てる事」或は「後ろを用捨の事」でしょう。そのまま読めば「ごようしゃのこと」表題からは意味を読み取れません。
 山川、池沼、深田、石原、草原、後下がりの土地、是等は皆どれも後にして戦ってはならない。
 懸り行くにも、退くにも自由にならず、思わぬ負けをする。難所を後に受けたならば左へ身を開くべきである。
 文章通り読めば後ろに難所を受けたならば左に向きをかえろと云っています。そうすると今まで嫌っていた、左に障害を受ける事になってしまいます。
 前項の「脇道之事」にあった様に「山川岸堤踏石戸壁障子の類は何れも我が右の脇に受くべし」と逆となってしまいます。
 左右の文字の書き違い、思い違いによるものか、左右の逆も又同然と解するのか、机上では判断しかねるところでしょう。
 ここは、「左へ身を開くべし」を「左身となる」とすれば右に難所を受け、敵を左に受けることとなります。
 宮本武蔵は五輪書火之巻
 「扨戦になりて敵を追廻す事我が左の方へ追廻す事、我左の方へ追ひまわす心難所を敵のうしろにさせいづれにても難所へ追掛くる事肝要也。
 難所にて敵に場を見せずといひて敵に顔をふらせず油断なくせりつむる心也。
 座敷にても敷居鴨居戸障子縁など亦柱などの方へ追ひつむるにも場をみせずといふ事同前也。
 いづれも敵を追懸くる方足場のわるき所亦は脇にかまい有る所いづれも場の徳を用ゐて場のかちを得るといふ心専にして能々吟味し鍛錬有るべきもの也」と云っています。
 五輪書は宮本武蔵が正保二年1645年に書いたとされています。
 第九代林六大夫が五輪書を読めたかどうかは疑問です、武蔵も孫子の兵法は読んでいると随所に其れを感じます。
 柳生但馬の兵法家伝書も孫子の兵法は読みこなしているようです。
 英信流居合居合目録秘訣は明和元年1764年頃の書き付けですから、是等の伝書は見れなくとも伝え聞く事もあったでしょうし、孫子の兵法などはよく読まれていた筈です。
 但しすでに徳川政権となって最後の大きな戦いは島原の乱であって寛永14年1637年に起こっています。それから127年も後の事ですから、実戦経験者も既に無く机上の孫子の兵法が虎の巻きであったことは否めません。
 
 

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2018年10月12日 (金)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文15後用捨之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
15、後用捨之事
 山川池沼深田石原草原後下リタル地皆々後二スベカラズ駆引不自由也思ハヌ負有難所ヲ後二ウケバ左へ身ヲ開クベシ
読み
 後用捨之事(ごようしゃのこと?、うしろ用捨(ようしゃ)の事)
 山川 池沼 深田 石原 草原 後下がりたる地 皆々後ろにすべからず 駆け引き不自由也 思わぬ負けあり 難所を後に受けば 左に身を開くべし

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2018年10月11日 (木)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く14脇道之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
14、脇道之事
 山川岸堤踏石戸壁障子ノ類ハイヅレモ我カ右ノ眼二ウク可シ後二スベカラズ
 読み及び読み解く
 やま 川岸 堤 踏み石 戸 障子の類は 何れも我が右の目に受けるもので 後ろにするものではない
 読み下せば、こんな所でしょう。これらの障害物は我が右眼の方に受ける、要するに我が右に障害物を置いて、場取りするのであって決して背中の後にしてはならない。と云っています。
 そこで疑問は、まずこの極意の呼称が「脇道之事」なのですが呼称と解説文がマッチして呉れないのです。それは、解説が無いので読み解けません。
 居合兵法極意巻秘訣をもう一度読み直してみましょう。
1、日中の事 日を背に受ける
2、月夜の事 月夜には我は陰の方居る
3、闇夜之事 闇の夜は身を沈めて敵を透かし見る
4、風吹之事 風を背に受ける
         壁を後か右に受ける
         戸障子を後に受けない
5、雨中之事 頭を垂れて敵の兵器を見る
6、雪中之事 敵の来るのを待つ
7、寒天之事 口に生姜を含む 酒を手足に塗る
         臍に胡椒を当てて置く
         丁子油を塗っておく
8、雷電之事 稲光を後ろに受ける
9、相間之事 間が遠ければ敵の来るのを待つ
10、山坂之事 高き方に居る
11、細道之事 まず左の敵に打ちこむ
12、絶道之事 上に登って利を計る
13、大道之事 左の敵に掛かる
14、脇道之事 右に障害物を受ける
 孫子の兵法に「凡そ軍は高きを好みてひくきを悪み、陽をとうとび陰を賤しむ。・・丘陵堤防には必ずその陽によりてこれを右背にす。これ兵の利、地の助けなり」と有ります。この辺が右方に障害を位置する事を学んだかも知れません。江戸で荒井勢哲や長谷川英信の教えの様には思えないのは、彼らが市井の武術の指導者であって術のみに達した人であったように思えてしまうからです。第9代林六大夫の教えには教養の高さを感じるのは土佐の居合の中を流れるものがただの棒振りの達人と思えないのです。
 江戸時代には既に刀を以って戦う事は無く、刀の振り廻し方を身に着けてもさしたる意味はなくなっています。
 如何に藩政に貢献できる知識と行動力が求められていた筈です。そのためにはかなりの勉強が必要であったはずです。
 脇道へ反れてしまいましたが、孫子の兵法には地形篇に「我れ出でて不利、彼も出でて不利なるは、曰支(すなわちわかれる)、わかれる形には敵我利すといえども我出ることなかれ引きてこれを去り・・」という教えがあるのですが之が分かれ道、所謂脇道でしょう。
 時々、土佐の居合には呼称と内容の不一致と思われる項目にぶつかりますが、私の不勉強か林安大夫が不勉強か悩みます。

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2018年10月10日 (水)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文14脇道之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
14、脇道之事
 山川岸堤踏石戸壁障子ノ類ハイヅレモ我カ右ノ眼二ウク可シ後二スベカラズ
読み
山 川岸 堤 踏み石 戸 壁 障子の類は何れも我が右の目に受けるべし 後ろにすべからず

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2018年10月 9日 (火)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く13大道之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
13、大道之事
 敵小勢味方多勢ノトキハ前後左右ヨリ取廻シ打ツ可シ敵大勢我一人ノ時ハ敵ヲ向フヘ一面二ウクル吉シ然共大勢ハ向両脇ヨリ掛ル我其時右ノ敵二合ヨシ二見セテ左ノ敵二合左ノ敵二掛ル吉ニテ右ノ敵ヲ打ツベシハタラク内二我カ左ノ敵二付キテ廻可シ去レ共敵大勢ナル故前後左右二取廻サントス我其時走ルベシ敵ヲ追ッテクル事大勢故一同二不来先達チ来ル敵ヲ或ハ開テ打或ハ臥テ可打又二クル吉間ヲ可考
読み及び読み解く
 敵は小勢で味方は多勢の時は 前後左右より取り廻して打つのが良い 敵は大勢で我は一人の時は敵を向へ(前に)一面に受けるのが良い しかれども大勢は向う両脇より掛かって来る 我はその時は右の敵に合わせて行くように見せて左の敵に合わせ 左の敵に掛かるように見せて右の敵を打つのが良い 働くうちに我が左の敵について廻すのである されども敵大勢の為に前後左右に取り廻そうとする 我はその時走るべし 敵追って来る事に大勢なので一同には来ることはできない 先だって来るものを或は開いて打ち 或るは臥して打つべし そして又逃げるのである 間を考えるべきである
 我一人で敵を正面に受ける様にして大勢受けた時は、右の敵を受ける様に見せて左に向き直り、即座に右に向いて懸っていくように見せて左の敵を打つのだと云います。見事な騙し討ちです。
 河野先生もこの教えは、曽田先生から見せられていたでしょうが、無双直伝英信流正統会には伝承されていません。
 是は極意の兵法であるばかりではなく、信じた道を貫き通す者の心得としても学んで置くことでもあるでしょう。
 正面切っての仕合などは、競技スポーツか天覧試合の一コマに過ぎません。かと言って常にダマシであるわけは無く、此処でも我一人敵多勢と断り書きも明瞭です。
 現在でも其団体の地位の有る物が部下や選手を力で自由にしようとする事は日常茶飯事です。特に戦前教育を受けた者に指導された者には明瞭ですし、地位による統制を主眼とする社会には明瞭に見られるものです。
 それに一個人による応じ方は、黙って打たれるばかりではないでしょう。逃げるばかりではなく場を移しながら利を得て目的を達する事は簡単ではないでしょうが、後味の悪い負けを許すならば、居合などやっても意味なしでしょう。

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2018年10月 8日 (月)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文13大道之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
13、大道之事
 敵小勢味方多勢ノトキハ前後左右ヨリ取廻シ打ツ可シ敵大勢我一人ノ時ハ敵ヲ向フへ一面二ウクル吉シ然共大勢ハ向両脇ヨリ掛ル我其時右ノ敵二合ヨシ二見セテ左ノ敵二合左之敵二掛ル吉ニテ右ノ敵ヲ打ツベシハタラク内二我カ左ノ敵二付キテ廻可シ去レ共敵大勢ナル故前後左右二取廻サントス我其時走ベシ敵ヲ追フテクル事大勢故一同二不来先達チ来ル敵ヲ或ハ開テ打或ハ臥テ可打又二クル吉間ヲ可考
読み
 敵小勢にして味方多勢の時は、前後左右より取廻し打つべし 敵大勢にして我一人の時は、敵を向こう(前)に受けるのが良い。
 然れども大勢は向う(前)で、両脇より掛かる、我は其の時右の敵に合わせる様に見せて左の敵に掛かる様に見せて右の敵を打つべし 働くうちに我が左の敵に付き廻すべし。
 されども敵大勢なる故に前後左右に取り廻さんとする 我其の時走るべし 追って来る事大勢故に、一同(一度・一動)に来られず 先立ち来る敵をあるは開いて打ち あるは伏して打つべし 又逃げるのが良い 間を考えるべし

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2018年10月 7日 (日)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く12絶道之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
12、絶道之事
 絶道ノ仕合ハ左右後ノ三方ニハ道無前ニハ敵多有ヲ云左様ノ地二テワ少シモノガレント思フベカラス死ヲ本トス可シ伝云両脇川池深田抔ノ類二而後ハ山成時ハ不去不退二而利ヲ計ルベシ両脇ノ内二山有テ後池抔有時ハ先ノ上ヱ登リテ利ヲハカルベシ
読み及び読み解く
 絶道と云うのは、左右後の三方には道が無く前には敵が多くいる様な場合を云う。その様な地では、少しも逃れようと思わず、死して元々と思うものである。
 伝に云うには両脇川、池、深田などの類があり、後には山がある時は去るも退くもならない そこで利を計るものである。両脇のうち山ありて後ろに池など有る時は、先ず上へ登り利を計るものである。
 孫子の兵法には「凡そ用兵の法は高陵に向かう事勿れ、背丘にむかうる事勿れ、絶地に留まる事勿れ・・」と有ります。これは、高い所に居る敵を攻めてはならない、丘を背にした敵を迎え撃ってはならない、険しい場所にいる敵に対してはならない、といった意味あいでしょう。
 さらに「凡そ軍は高きを好み下を悪む」とあって場取りは高い方が有利であり、陽を浴びて健康にも良い場所とも云っています。
 この居合兵法極意巻秘訣は「従是兵術嗜之个个條迠先生御註釈」と前書きに有ります。然し先生とはだれで、是を受けたのは誰なのか明確ではありません。
 但しこの一連の「居合兵法極意秘訣」は「老父物語」から端を発していますので、恐らく第9代林六大夫守政が第10代林安大夫政詡に口授したものでしょう。武士と農民の境目を生きた江戸前期から中期の武人たちの業技法がこの書き付けによって業技法に終わらず昇華されていったと思えて仕方がありません。
 明治以降に忘れられた事々が綴られて眼を覚まさせてくれるものです。
 
 
 

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2018年10月 6日 (土)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文12絶道之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
12、絶道之事
 絶道ノ仕合ハ左右後ノ三方ニハ道無前ニハ敵多有ヲ云左様ノ地二テワ少シモノガレント思フベカラス死ヲ本トス可シ伝云両脇川池深田抔ノ類ニ而後ハ山成時ハ不去不退二而利ヲ計ルベシ両脇ノ内二山有テ後池抔有時ハ先ノ上ヱ登リテ利ヲハカルベシ
読み
 絶道の仕合は 左右後の三方には道は無く 前には敵が多く有るを云う 左様の地にては少しも逃れんと思うべからず死を本とすべし 伝に云う両脇に川、池、深田などの類にて後は山なる時は不去不退にして利を計るべし 両脇のうちに山が有りて後ろは池などある時は 先の(まずは)上へ登りて利を計るべし

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2018年10月 5日 (金)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く11細道之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
11、細道之事
 両脇難所道モ無ク行道一筋ニテ狭キヲ云ケ様ノ所ニテハ敵ハ多勢我ハ一人ノ時ハ利ヲモトム可シ其利ハ敵大勢有リ共我ヲ前後左右取廻ス事不能若敵前後ヨリ来ル時ハ脇ヱ開テ敵ヲ向フ二受我カ左ノ方ノ敵二合フ可シ若シ脇二浅キ川池ナドアラバ飛込ンテ打ベシ我飛込ト敵ツヅキテ飛入物也其間ヲ勝事大事也
 読み及び読み解く
 両脇は難所で(他に)道も無く、行く道一筋の状況の狭い道を細道と云う。 かような所では敵は多勢で我は一人の時は利のある状況を求めるのである、其の利は敵が大勢であっても我を前後左右から取り廻す事は、せまい為に不可能である。
 若し敵が前後から来る時は、脇へ寄って道を開いて敵を正面に受けて、左の方の敵と打ち合うのである。
 若し脇に浅き川や池があれば、其処に飛び込んで打つのである。何故なら我が飛び込めば敵も続いて飛び込んで来るのでその飛び込んで来る間を押さえて勝つことが大事である。
 書かれてあるように読めばこんな所でしょうがすっきり来ません。細道だから前後に敵を受ける事も有るでしょう。それだけ狭いの「脇へ開て敵を向うに受け」は脇によって、敵を正面に見て、その左の敵から打ち合わすのだと云っている様です。
 ここは、単純に狭いながらも脇に身を寄せて前を開けて置いて、左側の敵に斬り込んで行くようにしなさいとも取れる処です。
 道の脇に跳び込むような浅い川や池があれば、パット飛び込み敵が続いて追って来るから間を開けずに斬ってしまえと云うのでしょう。
 敵だって其の侭逃げられるか、其処に我が止まるかを判断してから飛び込むでしょう。
 細道は其処に居れば有利であると孫子は地計篇で述べています。
 「せまき形には、我先ずこれに居れば、必ずこれをみたして以て敵を待つ。若し敵先ずこれに居り、みつればすなわちしたがう事勿れ」この孫子の兵法には何故が読み切れませんが当時の読み物としては貴重なものです。

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2018年10月 4日 (木)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文11細道之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
11、細道之事
 両脇難所道モ無ク行道一筋ニテ狭キヲ云ケ様ノ所ニテハ敵ハ多勢我ハ一人ノ時ハ利ヲモトム可シ其利ハ敵大勢有リ共我ヲ前後左右取廻ス事不能若敵前後ヨリ来ル時ハ脇ヱ開テ敵ヲ向フ二受我カ左ノ方ノ敵二合フ可シ若脇二浅キ川池ナドアラバ飛込ンテ打ベシ我飛込ト敵ツヅキテ飛入物也其間ヲ勝事大事也
読み
 両脇は難所で道も無く 行く道一筋にて狭きを(細道と)云う ケ様の所にては敵は多勢で我は一人の時は利を求めるべきである その利は敵は大勢ありとも我を前後左右に取りまわす事は出来ない 若し敵が前後より来る時は脇へ開いて敵を向こう(前に)受ける 我が左の方の敵に向き合うのである 若し脇に浅き川や池などあれば飛び込んで打つのである 我が飛び込むと敵は続いて飛び込んで来るものである その間を勝つ事大事である

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2018年10月 3日 (水)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く10山坂之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
10、山坂之事
 高キ方二居ルヨシ一二敵ヲ見下シ徳有二二進ム二行ヨシ三二ワ我躰上二有レハ危キ事ナシ去レ共高所足場悪シクバ其所ヲ去レ去二三ツノ心得有第一後高方ヱ去ハ心を静メ足ヲ高不可上 第二左右へ開時ハ心ヲ動テ足ヲ軽クハコフ可シ第三前ヒキゝ方ヱ行ニハ風ノ発スル如ク早クトブ可シ敵シタガッテ追ハゝ左右ヘ開打ツベシ亦敵高キ方二居我ヒキゝ方二居ルトモ右ノ心得可然
読み及び読み解く
 高き方に居るのが良い 一つには敵を見下ろし徳有り 二つには進むに行き易い 三つには我が体が敵の上に有れば危うき事はない されども高き所の足場が悪ければ其の所を去れ 去るには三つの心得が有る 第一に後ろ高き方へ去るならば心を静め足を高く上げてはならない 第二は左右へ開く時は心を動かして足を軽く運ぶべし 第三は前が低き方へ行には風の発する如く早く跳ぶべし 敵はそれに随って追うならば左右へ開き打つべし 亦 敵が高き方に居て我は低き方に居る 我低き方に居るとも右の心得同じ事である
 解りにくい文章ですが、この様に読めばよいのだろうと思います。
 孫子の兵法行軍篇に「凡そ軍は高きを好みて低きを悪み、陽を貴びて陰を賤しむ。生を養いて実に処り、軍に百疾なきは、是れを必勝と謂う。丘陵堤防には必ず其の陽に処りて而してこれを右背にす。此れ兵の利、地の助けなり」と有ります。この辺りから学んだものが伝わったと思われます。

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2018年10月 2日 (火)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文10山坂之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
10、山坂之事
 高キ方二居ルヨシ一二敵ヲ見下シ徳有二二進ムニ行ヨシ三二我躰上二有レバ危キ事ナシ去レ共高所足場悪シクバ其所ヲ去レ去二三ッノ心得有第一後高方ヱ去ハ心ヲ静メ足ヲ高不可上第二左右へ開時ハ心ヲ動テ足ヲ軽クハコフベシ第三前二ヒキゝ方ヱ行ニハ風ノ発スル如ク早クトブ可シ敵シタガッテ追ハゝ左右へ開キ打ツベシ亦敵高キ方二居我ヒキゝ方二居ルトモ右ノ心得可然
 読み
 高き方に居るのが良し 一つに敵を見下ろし徳あり 二つに進むに行き良し 三つに我が体上に有れば危なき事なし されども高き所は足場が悪しくば其所を去れ 去るに三つの心得有り 第一に後ろの高き方へ去れば心を静め足を高く上げるべからず 第二は左右へ開く時は心を動かして足を軽く運ぶべし 第三は前に低き方へ行くには風の発する如く早く跳ぶべし
 敵随って追わば左右へ開き打つべし 亦 敵高き方に居て我低き方に居るとも心得然るべし

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2018年10月 1日 (月)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く9相間之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
9、相間之事
 我ト敵間タ(多の誤写か)有時ハ敵ノ来ルヲ待ッテ行ベカラス待ニ利有リ一ニハ身ヲクルシメザル利アリ二ニワ心ドヲセズ三ニハ工夫スル間アッテ吉四ニ悪所二行掛ラス天利自然ノ利アリサレ共我ガ待所アシクバ前後左右二心ヲ付利能シ
 我と敵の間多く有る時は 敵の来るを待って自分から行くものではない 待つに利あり 一つには歩み行く際の危険や道中などで身を苦しめることが無い利である 二つには心が動く事は無い 三つには工夫する時間があって良い 四つには悪所に行き掛る事が無い 天の利自然の利あるものである されども我が待つ所が悪ければ前後左右に心を付ければ利はよい
 敵との距離があれば、気ばかりはやって自分から相手に攻撃を仕掛ける様に進んではならない、身を穏やかにして待てばいい、其の間に作戦を練る、攻撃を仕掛けて先んじて行けば、悪所も有るだろうし穏やかで居られるわけは無い、じっとして居れば天の利も有ろう、でも廻りが戦うには悪そうならば、前後左右の状況をよく観察して心をつけておけば利は得られる、と言うのです。
 居合心持肝要之大事では、居合心立合之大事で次の通りでした。「敵と立合兎やせん角やせんとたくむ事甚だ嫌ふ、況や敵を見こなし彼が角打出すべし 其の所を此の如く勝たん抔と頼む事甚悪しゝ 先ず我が身を敵の土壇と極め何心なく出べし 敵打出す所にてチラリと気移りて勝つ事なり 常の稽古にも思い案じ企む事を嫌ふ能々此の念を去り修行する事肝要中の肝要也」
 これらの教えを能く理解し、身に着け、結果として身を土壇となせるものでしょう。、稽古の形ばかりの棒振り剣士ではならないのです。
 

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2018年9月30日 (日)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文9相間之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
9、相間之事
 我ト敵間タ(多の誤写か)有時ハ敵ノ来ルヲ待ッテ行ベカラス待ニ利有リ一ニハ身ヲ苦シメザル利アリ二ニワ心ドヲセズ三二ハ工夫スル間アッテ吉四ニ悪所二行掛ラス天利自然ノ利アリサレ共我ガ待所アシクバ前後左右二心ヲ付利能シ
読み
 我と敵 間多く有る時は敵の来るを待って行くべからず 待つに利有り 一つには身を苦しめざる利あり 二つには心が動ぜず 三つには工夫する間あって吉 四つには悪所に行き掛らず天の利自然の利有り されども我が待つ悪しくば前後左右に心を付けなば利良し

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2018年9月29日 (土)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く8雷電之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
8、雷電之事
 雷鳴時稲光ヲ我ガ後ヱ受雷二敵ノヲクルゝ所打可シ
 読み及び読み解く
 雷の鳴る時は稲光を我が後ろへ受け 雷に敵が臆した處を打つのである
 後ろには眼は無いし、雷鳴と稲光はビクとしても正面に受ける者の方が多少は気が散るかも知れません。
 この極意は、第9代林六大夫に伝えた誰かのものか、林六大夫の独創か判りませんが「・・であろう」と云った妄想の感じがします。
 戦う相手もそれなりの人であればものに動じない修業は当然の事だろうと思います。但し軍を率いての場合は部下の格差もあるでしょうからこの教えに従い、場取りには十分の配慮が必要な気もします。
 机上のっ空論ですが・・思いつくままに。

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2018年9月28日 (金)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文8雷電之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
8、雷電之事
 雷鳴時稲光ヲ我ガ後ヱ受雷二敵ノヲクルゝ所打可シ
読み
 雷の鳴る時 稲光を我が後ろへ受け 雷に敵の臆るゝ處を打つべし

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2018年9月27日 (木)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く7寒中天之事

曽田本その1
7.居合へ兵法極意巻秘訣読み解く
7、寒天之事
 寒夜ハ手足冷兵器持二不覚取落ス事アリ故二口二生姜ヲフクミ手足二酒ヲヌリテヨシ第一コセフヲ一ツブヲ二ツ二割リ火ニテイリ能ク帋二包テホソ二當置可手足コゞヱズ
 丁子ノ油ヲワタ二シテ印籠二入レ持ツ可シ手足二ヌリテコゞエザルナリ□野往来ノ時ヌレバ毒虫ナド近ツク事曽而無之也
読み及び読み解く
 寒中天之事と有るのですが「中」の字に〃〃×が曽田先生によって書かれています。内容から見れば「寒中之事」でも「寒天之事」でも差支えない、むしろ「寒夜之事」でもあるでしょう。
 寒い夜は手足が冷えて兵器を持つのに思わず取り落す不覚がある そこで口に生姜を含み手足に酒を塗っておくのが良い 第一は胡椒の粒を二つ割にして火で炙って 紙に包んで臍に当てて置けば手足が凍える事は無い。
 丁子の油を綿にしませて印籠に入れ持って行くと良い 手足に塗れば凍える事は無い 山野往来の時に塗れば毒虫などが近付くことな大方無いのである。
 生姜は生であればジンゲロールが血管を拡張する働きがあるそうで血流効果が有りそうです。生姜を加熱したり乾燥させればジンゲロールがショウガオールになり呑めば体の芯からジワリと温めるそうです。
 胡椒は含まれている辛み成分のピぺリンが血行を良くし食欲増進、栄養素の吸収、脂肪の燃焼、抗酸化作用、発汗作用などあるそうです。但し食べ物に入れての事ですから紙に包んで臍に当てて置いても効果があるとも思えません。
 酒を手足に塗り込んで寒さ知らずの効果はどうでしょう。寧ろ酔わない程度に飲んだ方が良さそうですが。
丁子油については、刃物の錆止めとして昔から言われていますが、椿油や鉱物油が現在は一般的の様です。錆止め効果の程ははっきりしていません、いつの時代かに日本に持ち込まれ椿油より高価だったりして、商売人に乗せられた可能性は高そうです。
 手足に塗る効果はどうなんでしょう。登山をしていた頃、冬山などではグリセリンをべたべた塗った事を思い出しました。
 昔からの言い伝えをわけも解からずに後生大事にしている事も多いのですが、「何故」を捜せば「なるほど」もあれば「「うそ」もあります。
 古伝も同様ですが、やって見て現代居合との違いを認識し何が本物か見極めて見たいものです。
 本物を求めだすと、「そのように習った」としか言えない指導者にはついて行けません。自分でやるしかないのです。
 
 
 
 

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2018年9月26日 (水)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文7寒中天之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
7、寒天之事
 寒夜ハ手足冷兵器持ニ不覚取落ス事アリ故二口二生姜ヲフクミ手足二酒ヲヌリテヨシ第一コセフヲ一ツブヲ二ツ二割リ火ニテイリ能ク帋二包テホソ二當置可手足コゝヱズ
 丁子ノ油ヲワタ二シテ印籠二入レ持ツ可シ手足二ヌリテコゴヱザルナリ□(山、亦)野往来ノ時ヌレバ毒虫ナド近ツク事曽而無之也
読み
 寒い夜は手足冷えて兵器を持つに覚えず取り落す事あり 故に口に生姜を含み 手足に酒を塗りてよし 第一は胡椒を一粒を二つに割り火にて煎り 能く紙に包みて臍(ほぞ、へそ)に當て置くべし 手足凍えず
 丁子の油を綿にして印籠に入れ持つべし 手足に塗りて凍えざるなり □(山、又)野往来の時塗れば毒虫など近づく事総じて之れ無きなり

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2018年9月25日 (火)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く6雪中之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
6、雪中之本
 地二雪ノ積リナバ間ヲ隔テ敵ノ来ルヲ待ツベシ我行ベカラス敵雪二辷リコロブ物也地二積ラズハ雨中ノ心得ト同前上段ヨシ
 読み及び読み解く
 地に雪が積もっているならば 間を隔て敵の攻め込んで来るのを待つのがよい 我は進んで間を詰めようとしてはならない 敵は間を詰める事ばかり心がけて雪に辷って転ぶものである 雪が地に積もらない様な時は雨中の心得と同様に頭を垂れて雪が顔に掛らないようにして敵の太刀構えを見ながら 太刀を上段に構え 敵が仰向く様に誘い 敵の顔に雪が降りかかり眼が見えにくくなると思うや 打ち下ろす
 雨は降っても雪は大したことも無さそうな土佐の居合之心得です。恐らく第9代林六大夫が江戸で習った時に聞かされた教えでしょう。
 あまり有効な方法とも思えませんが、拮抗した状況を破るには、太陽も月も暗闇も、風や雨や雪も場の条件を使いこなして有利を得るものだと述べているのでしょう。

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2018年9月24日 (月)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文6雪中之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
6、雪中之事
 地二雪ノ積リナバ間ヲ隔テ敵ノ来ルヲ待ツベシ我行ベカラス敵雪二辷リコロブ物也地二積ラズハ雨中ノ心得ト同前上段ヨシ
読み
 地に雪の積りなば間を隔てて敵の来るを待つべし 行くべからず 敵は雪に滑り転ぶものなり 地に積もらずば雨中ノ心得と同前 上段よし

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2018年9月23日 (日)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く5雨中之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
5、雨中之事
 間ヲ積り間ヲ隔て頭ヲタレ敵ノ兵器ノ色ヲ見ル可シ扨我ガ太刀ハ上段二構テ敵ノアヲノク様二ハカロフ可シ
読み及び読み解く
 敵との距離を測って 間を稍々隔てて頭を低く垂れて敵の武器の状況を見極めるのである さて 我が太刀は上段に構えて敵が仰のく様に計らう事が大切である
 雨の日の仕合では、上を向くと眼に雨が入って遅れを取る、其処で刀を上段に構えて頭を低く垂れて、間合いを計って間を常よりも広く取り、上目遣いに相手の武器の状況を見て、切先を前後に綾を切る様にしながら、敵が切先を気にして上を向くや雨粒が眼に入って見にくくなった瞬間に打ち込んで勝負をつける。
 「アオノク様二ハカロフ可シ」では突き放されてしまいそうです。上段の構えで綾を切るよりも、稍々遠間から上段の切先を徐々に下げながら間を詰めて行き、敵が我慢できずに我が切先を越して打込まんと上向きになるや突き込んで行く。色々方法はありそうです。然しこの様にしよう、あの様にしようなど算段をして見ても敵の乗りが悪ければ意味なしです。
 下俯いているのですから、打ち込まれれば負けてしまいそうです。

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2018年9月22日 (土)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文5雨中之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
5、雨中之事
・ 
 間ヲ積リ間ヲ隔テ頭ヲタレ敵ノ兵器ノ色ヲ見ル可シ扨我ガ太刀ハ上段二構テ敵ノアヲノク様二ハカロフ可シ
読み
 間を積り 間を隔て 頭を垂れ敵の兵器の色を見るべし 扨我が太刀は上段に構へて敵の仰のく様に計らうべし

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2018年9月21日 (金)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く4風吹之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
4、風吹之事
 風ハ四季二ヨリテカワル春風ハ地ヨリ空ヱ吹上ル夏ハ中ヲ吹也秋ハ上ヨリ下ヱ吹冬ハ下ヲ吹右ノ心ヲ以テ風ヲ背二受テ働ベシ敵ヲ風二向ハセルヨフ二計ル可シ眼クラミテ先ヲ得見ヌ也家内ニテハ自家他家ニテハ壁ヲ後ロカ右二ウクベシ戸障子を後ロ二ウクベカラズ外ヨリ人来テアシゝヒビキ驚クモノナリ心得ベシ
読み及び読み解く
 風は四季によって変わる 春風は地より空へ吹き上げる 夏は中を吹くのである 秋は上より下へ吹き 冬は下を吹く 右の心を以て風を背に受けて働くのである 敵を風に向かわせるように計るのである 眼くらみて先を見えぬのである 家の内にては家により 他家(外家 家の外)では壁を後ろか右に受けるのである 戸障子を後ろに受けるべきではない 外より人が来て悪い 響き驚くものである
 風の吹き方を述べていますが、地方や地形などで一概に言えるか判りません。季節風の風の場合は夏は南風、冬は北北西などと大雑把にとらえています。海風と山風などもあります。
 気圧の状況によって風は吹くのでしょうから、季節やその日の状況で吹き方をキャッチして風を背に受ける様な場の取り方を考えろという事でしょう。極意とは其処まで意識できるようになれということでしょう。
 「家内二テハ自家他家二テハ壁ヲ後ロカ右二ウクベシ」の文章は不明瞭ですが家の中で相対した場合、家の外での場合ともに壁を後か右にして対応しろというのでしょう。

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2018年9月20日 (木)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文4風吹之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
4、風吹之事
 風ハ四季二ヨリテカワル春風ハ地ヨリ空ヱ吹上ル夏ハ中ヲ吹也秋ハ上ヨリ下ヱ吹冬ハ下ヲ吹右ノ心ヲ以テ風ヲ背二受テ働ベシ敵ヲ風二向ハセルヨフニ計ル可シ眼クラミテ先ヲ得見ヌ也家内二テハ自家他家ニテハ壁ヲ後ロカ右二ウクベシ戸障子ヲ後ロ二ウクベカラズ外ヨリ人来テアシゝヒビキ驚クモノナリ心得ベシ
読み
 風は四季に依りて変わる 春風は地より空へ吹き上げる 夏は中を吹くのである 秋は上より下へ吹き 冬は下を吹く 右の心を以て風を背に受けて働くのだ 敵を風に向かわせる様に計るものである (敵は)眼眩みて先を(が)見えぬものである 又家の内にては家により 他家(外家 家の外)にては壁を後ろか右に受けるのである 戸障子を後ろに受けるべからず 外より人が来て良くない 響き驚くものであって心得る様にすべきである
 

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2018年9月19日 (水)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く3闇夜之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
3、闇夜之事
 ヤミノ夜ハ我カ身ヲシヅメテ敵ノ形ヲ能見透カス可シ兵器ノ色ヲハカルベシ若難所有ラバ我カ前二當テ戦フ可シ敵ノスソヲナクル心持ヨシ
読み及び読み解く
 闇の夜には我が身を沈めて(身を低くして)敵の様子をよく透かして見るのである 兵器が何であるか、遣い様の慣れているものかその様子を計るのである 若し難所が在るならば我が前に難所を当て敵が難所を背になる様にして戦うべきである 身を沈めているのだから敵の裾を薙ぐる心持が良いのである。
孫子の兵法行軍篇
 「凡そ地に絶澗・天井・天牢・天羅・天陥・天隙あらば、必ず亟(すみやか)にこれを去りて、近づく事勿れ。吾れこれに遠ざかり、敵には近づかしめよ。吾はこれを迎え、敵にはこれを背せしめよ。」
 孫子も難所には近づくな、敵に近づかせろ、我は難所を迎える様に前に見て、敵には難所を背にするようにさせろというのです。
 この「闇夜之事」と同じ事を言っています。第9代林六大夫守政は能く兵書を学んでいた様です。
 突然説明も無く「敵の裾を薙ぐる(殴る?)心持ちよし」の攻撃方法が伝えられるのですが、ここはせっかく身を沈めて我が状況を計れない様にしているのですから、その姿勢のまま先手を打つならば下方に斬り付けるのが順当でしょう。
 

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2018年9月18日 (火)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文3闇夜之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
3、闇夜之事
 ヤミノ夜ハ我カ身ヲシヅメテ敵ノ形ヲ能見透カス可シ兵器ノ色ヲハカルベシ若難所有ラバ我カ前二當テ戦フ可シ敵ノスソヲナクル心持ヨシ
読み
 闇の夜は我が身を沈めて敵の形を能く見透かすのである 兵器の色(様子、形、獲物など)を計るのである 若し難所があれば我が前に当てて戦うのが良い 敵の裾を薙ぐる心持ちがよい

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2018年9月17日 (月)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く2月夜之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻き秘訣読み解く
2、月夜之事
 月夜ニハ我ハ陰ノ方二居テ敵ヲ月二向ハス可シ我ハカクレテ敵ヲアラワス徳有り
読み及び読み解く
 月夜の仕合の立ち位置を教えています。我は月を背にして顔や手足の様子が看取れない陰となる様にし、敵は月に向かう位置に追込むのである。
 我は隠れた様になって、敵からは我の詳細は読みずらい、敵は月光にさらされてよく見えるのである。
 前回の日中之事でも「日を背に受く可し」で月夜之事と同様に強く光る物を背にして立ち、敵は光を正面に向う様に追い込む事、「此方の色〆(いろめ)を見る事不成也」と同様です。
 どの様にすれば、この様な有利な条件を手に入れられるかの教えは特に無さそうです。相手も充分な判断力もあり腕も立つのであれば、我は平常心を保ち、相手の判断力を失わせるほど怒らせるなどあるでしょう。そんな場合が作れるならば最初から立合う程の事も無く呑み込んでしまってもどうと云うことでも無さそうです。
 宮本武蔵も五輪書の火之巻之に「場の次第」として書いています。
「場のくらいを見わくる所、場におゐて日をおふという事有り、日をうしろになしてかまゆる也。若し所により、日をうしろにする事ならざる時は、右のわきへ日をなすやうにすべし。座敷にても、あかりをうしろ、右脇となす事同前也。うしろの場つまらざるやうに、左の場をくつろげ、右のわき場をつめてかまへたき事也。夜にても敵のみゆる所にては、火をうしろにおい、あかりを右脇にする事、同前と心得てかまゆべきもの也。
 敵をみおろすといひて、少しも高き所にかまゆるやうに心得べし。座敷にては上座を高き所とおもふべし。扨戦いになりて、敵を追廻す事、我左の方へ追ひまはす心、難所を敵のうしろにさせ、いづれにても難所へ追掛くる事肝要也。 
 難所にて、敵に場を見せずといひて、敵に顔をふらせず、油断なくせりつむる心也。座敷にても、敷居・鴨居・戸障子・縁など、亦柱などの方へ追ひつむるにも、場をみせずといふ事同前也。いづれも敵を追懸くる方、足場のわるき所、亦は脇にかまいの有る所、いづれも場の徳を用ゐて場のかちを得るといふ心専にして、能々吟味し鍛錬あるべきもの也。」(宮本武蔵著渡辺一郎校注「五輪書」より)
 場の取り様の事は孫子の兵法にも記述されてよく読まれていたと思われます。
 「・・凡そ軍は高きを好みて下(ひく)きを悪み、陽を貴びて陰を賤しむ。生を養いて実に処り、軍に百疾なきは是れを必勝と謂う。丘陵堤防には必ず其の陽に処りて而してこれを右背にす。此れ兵の利、地の助けなり・・」(金谷治訳注「孫子行軍篇」より)
 

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2018年9月16日 (日)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文2月夜之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
2、月夜之事
 月夜ニハ我ハ陰ノ方二居テ敵ヲ月二向ハス可シ我ハカクレテ敵ヲアラワス徳有り
 読み
 月夜には我は陰の方に居て 敵を月に向かわすべし 我は隠れて 敵を表わす徳(得)有り

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2018年9月15日 (土)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く1月日中之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣
  従是兵術嗜之介條迠先生御註釈
1、日中之事
 日ヲ背二受ク可シ気盛二ナルノ利有亦敵日二向ヱバ眼マバユクシテ此方ノ色メヲ見ル事不成ラ也
読み及び読み解く
 居合兵法極意巻秘訣是より兵術嗜の介條迠先生御註釈
 陽を背にして受けるのである 気が盛んになり利がある 亦 敵は陽に向かえば眼がまぶしく此方の色目(思いを密かに見る)を見る事は成らない
 太陽を背にして気が盛んになるでしょか、そうだと思えばいいのでしょう。我が太陽を背にすれば当然敵は太陽を前にして眩しいのでしょう。我が仕掛けて来る様子が眩しくてよく見えないと言います。
 効果の程は、自身で確認していただければと思います。あまり頼るものでも無さそうですが、入射角が程よいならば其の通りでしょう。
 この居合兵法極意巻秘訣は第9代林六大夫守政によるもので、項目ごとに林六大夫が第7代林安大夫政詡に註釈されたものを覚書したのでしょう。
 老父物語から書き出されたものの一部と捉えれば納得できます。居合兵法極意秘訣の書き出しは「老父物語ヲ書附置久敷事故失念之事多し荒増如此覚候儘記申也」でした。
 

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2018年9月14日 (金)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文1日中之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣 印可部
  従是兵術嗜之介條迠先生御註訳
1、日中之事
 日ヲ背二受ク可シ気盛二ナルノ利有亦敵日二向ヱバ眼マバユクシテ此方ノ色メヲ見ル事不成ラ也
読み
 日(陽)を背に受けるべきである 気盛んになるの利がある 亦 敵日に向かえば眼眩くして此方の色目を見る事ならざるなり

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2018年9月13日 (木)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く4居合心持之大事8獅子洞入・獅子洞出

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
4、居合心持之大事
8獅子洞入・獅子洞出
 是以戸口抔ヲ入ルノ習也其外トテモ心得可有或ハ取籠者抔戸口ノ内二刀ヲ振上テ居ルトキハ容易二入ル事不能其時刀ヲ抜テ背二負タル如ク二右ノ手二而振リ上ケ左ノ手ニテ脇差指ヲ提ゲウツムキテ戸口ヲ入ルベシ上ヨリ打込メバ刀ニテフセキ下ヲナクレバ脇指二而留ル向フノ足ヲナグ可シ獅子洞出是以同出入ノ心得ヲ知ラスル也
以上
居合目録口□(受)覚終
 読み及び読み解く
 是を以て戸口などを入る習いとする その外の状況でも心得て置くべきである 或いは取籠り者などが戸口の内に刀を振り上げて居る時は容易に入る事は出来ない その時刀を抜いて背に負う様にして右の手を振り上げ左の手に脇差を下げて俯いて戸口を入るのである 上より打ち込んで来れば背に負った刀で防ぎ下を薙ぐって来れば脇差で留めて 相手の足を刀で薙ぐのである 獅子洞出である 是を以て同じく出入の心得を知らすのである
 第17代大江正路先生は奥居合立業の部に「門入」と云う業名の業を独創されています。門入の呼称ですから門の出入りの業だろうと現代居合では第20代河野百錬先生が「門入」の解説をしています。(昭和17年大日本居合道図譜より)
 門入の意義「我れ門の出入に際し、門の内外に多数の敵を受けたる時(前後に多敵を受けたる場合と同意)我れ門の真中に進み内外の敵を仆の意なり。」
 門の内外から敵を受けたと場の想定を河野先生は附け加えてしまったのですが、(本来前後に多敵を受けたる場合)が元なのです。
 業名の過剰反応が後世の「門入」に更に付加されたのです。「頭上に鴨居又は門等ありて刀先の閊える場合に行う業也」(昭和58年第21代福井聖山先生著無双直伝英信流居合道第二巻より)
 第22代も之を引き継いで居ます。無双直伝英信流正統会の「門入」は門の鴨居を意識した動作が優先してしまった様です。動作のポイントは棚下の上に当たらない様な抜刀と振り冠り及び、切先が上に当たらない打ち込みにあるようです。手打しか出来ない居合では棚下での打下は殆ど無力です。
 恐らく、大江先生は古伝は伝承していないでしょう。奥居合も下村茂市に指導を受けられたか疑問です。
 独創された事は間違いないと思いますが、その後の河野先生の探求心がポイントを外してしまい、次代に引き継がれて門がメインになってしまったのでしょう。
 古伝英信流居合目録秘訣上意之大事
 門入「戸口を出入するの心得也戸口の内に刀を振り上げて待つを計り知る時は刀の下緒の端を左の手に取刀を背負いて俯き滞り無く走り込むべし我が胴中に切りかくるや否や脇指を以って抜き付け足を薙ぐべし」
 棚下
 「二階下天井の下などに於て仕合うには上へ切りあてゝ毎度不覚を取ものなり故に打込む拍子に膝(脛)を着いて打込むべし此の習を心得る時は脛を着かずとも上に当たらざる心持ち有り 
 大江先生の門入
 「(進行中片手にて前を突き後を斬り前を斬る)右足を出したる時、刀を抜き、左足を出して、刀柄の握りを、腰に當て刀峯を胸に當て、右足を出して、右手を上に返し、刀刃を左外方に向け、敵の胸部を突き、其の足踏みのまゝ體を左へ振り向け、後へ向き、上段にて斬り、直に右へ廻り前面に向き上段にて斬る」
 この動作は、前面の敵を刺突する初動に掛かっています。ただ動作のみ追ったのではただの体操です。
 門入の業名に捉われてしまうか、前後の敵に応じる緊迫した状況を充分学ぶかは指導者の居合哲学に因るかも知れません。
 しかし現代居合は場の想定を重要視していますが却って動作を複雑にしている様です。
* 次いでですから細川義昌先生の奥居合には立業の「門入」は無く居業の「棚下」があります。
 「(上の閊へる所にて前の者を斬る)・・右手を柄に掛け体を前へ俯け腰を少し浮かせ、左足を後へ退き伸ばし、其膝頭をつかへ、刀を背負う様に左後頭上へ引抜き、諸手を掛け、前者へ斬込み、其のまま刀を右へ開き納めつつ、体を引き起こし右脛を引き付ける也・・」
 是は大江先生も習われたか見たことがある下村派の奥居合です。棚下から這い出る動作は見られず棚下での抜刀及び斬り込む事がポイントです。(昭和49年貫汪館発行尾形郷一先生の無双神殿抜刀術兵法より)
Img_2129_3
                  曽田先生の写し
                  土佐の居合は腰布一枚の絵がほとんどです。
                  着衣から武士と百姓の間に位置する人の武術の様に
                  思えます。
以上
居合目録口□(受)覚終わり

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2018年9月12日 (水)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文4居合心持肝要之大事8獅子洞入・獅子洞出

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣)原文
4、居合心持肝要之大事
8獅子洞入 獅子洞出
 是以戸口抔ヲ入ルノ習也其外トテモ心得可有或ハ取籠者抔戸口ノ内二刀ヲ振上テ居ルトキハ容易二入ル事不能其時刀ヲ抜テ背二負タル如ク二右ノ手二而振リ上ケ左ノ手ニテ脇指シヲ提ゲウツムキテ戸口ヲ入ル可シ上ヨリ打込メバ刀ニテフセキ下ヲナクレバ脇差二而留ル向フノ足ヲナグ可シ獅子洞出是以同出入ノ心得ヲシラスル也
以上
居合目録口□(訣)覚終
読み
 是を以て戸口などを入るの習い也 其の外とても心得有るべし 或いは取籠り者抔戸口の内に刀を振り上げて居る時は容易に入る事能わず その時刀を抜いて背に負たる如くに右の手にて振り上げ左の手にて脇差を下げ俯きて戸口を入るべし 上より打込めば刀にて防ぎ  
 下を薙ぐれば脇差にて止める 向うの足を薙ぐべし 獅子洞出 是を以て同じく出入の心得を知らする也
以上
居合目録口□(受)覚終

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2018年9月11日 (火)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く4居合心持肝要之大事7泳之大事

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
4、居合心持肝要之大事
7泳之大事(潜り之大事 曽田メモ)附戸脇
 旅ニテモ常ニテモ夜寝ルニ気ガゝリ成ル時ハ其家二戸樞(框 曽田メモ)抔アラバ其戸樞ノ内二手水鉢カ亦桶ノ類ニテモ置クベシ不意二入来ル者ハ是二ツマツキ騒動スルナリ其所ヲ仕留ル也惣而首ヨリ先キへ入ヲキロウ足ヨリ先ヱ入ルベシ
 附けたり
 戸脇ト云ハ夜中二戸口ヲ入ルニ必内裏我ヲ切ラント心懸テ戸脇二振リ上テ居ルト思フトキワ直二戸口ヲ入事無ク杖抔ヲ持合タラバ其レヲチラリト内ヘ差シ出シ見ベシモシ内二待設ケテ居ルトキハ夜中ノ事ナレバ必其レ二切付可シ杖ヲ出シテ見テカッチリト何ンゾ當ラバ其侭内二飛入ル可シ猶豫否ヤスル時ハ害有リカッチリト當ルヤ否ヤ飛入ルトキハ二ノ太刀ヲカヱス二暇無故害セラルゝ事ナシ
読み及び読み解く
 この「泳之大事」にしても「潜り之大事」にしても題名と内容がつながらない様な気がします。
 何か、すでに失念してしまった要件か、題名と誤った内容を記述してしまったか、私の知識不足か判りません。
 旅に出た時でも常のことでも夜寝るに気がかりなことがある時は、其の家に戸框(樞?)があるならば其の戸框の内側に手水鉢か桶の類を置いておくのが良い、不意に入って来た者が是に躓き慌て騒ぐであろう、その處を仕留めるのである、総じて首より先に入らず足より先に入るべきである。
 附けたり
 戸脇と云うのは夜中に戸口を入るのに、必ず戸口の内側又は裏側に我を切ろうと心懸け戸脇で刀を振り上げて居ると思う時は、直ぐに戸口を入る事無く、杖などをたまたま持っているならば、それを先にチラリと内へ差し出して見る もし内に待ち受けている時は 夜中の事ならば必ず其れに斬り付けて来るものである。
 杖を出して見てカッチリと何ぞ当たれば其の侭内に飛び入るものだ、猶予否やする時は害有り、カッチリと当たるや否や飛び入る時は二の太刀を返す暇は相手に無いので害せられる事は無い。
 さて、カッチリと直ぐに来ないと判断した場合はどう対処しましょう。
 英信流居合目録秘訣の2上意之大事5門入
 「戸口を出入するの心得也戸口ノ内に刀を振り上げて待つを計知る時は刀の下緒の端を左の手に取刀を背て俯き滞りなく走り込むべし我が胴中に切りかくるや否や脇指を以って抜き付けに足を薙ぐべし」と教授を受けています。
 現代居合では大江先生の奥居合立業門入りがそれらしき雰囲気を残していますが、この門入りは前後を多敵に攻められた場合の応じ方から、門を入る場合の運剣を付け足した替え技でしょう。
 古伝は「獅子洞入・獅子洞出」として英信流居合目録秘訣の最終に記述されています。次回はその「獅子洞入・獅子洞出」となります。
 
 

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2018年9月10日 (月)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文4居合心持肝要之大事7泳之大事

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
4、居合心持肝要之大事
7泳之大事(潜り之大事 曽田メモ)附戸脇
 旅ニテモ常ニテモ夜寝ル二気ガカリ成ル時ハ其家二戸樞(からくり・とぼそ)(框ナラン虎彦註)抔アラバ其戸樞ノ内二手水鉢(ちょうずばち)カ 又桶ノ類ニテモ置クベシ不意二入来ル者ハ是二ツマツキ騒動スルナリ其所ヲ仕留ル也惣而首ヨリ先中へ入ヲキロウ足ヨリ先ヱ入ルベシ
 附タリ 戸脇ト云ハ夜中二戸口ヲ入ル二必内裏我ヲ切ラント心懸テ戸脇二振上テ居ルト思フトキワ直二戸口ヲ入事無ク杖抔ヲ持合タラバ其レヲチラリト内へ差シ出シ見ベシモシ内二待設ケテ居ルトキハ夜中ノ事ナレバ必其レ二切付可シ杖ヲ出シテ見テカッチリト何ンゾ當ラバ其侭内二飛入ル可シ猶予否スル時ハ害有リカッチリト當ルヤ否ヤ飛入ルトキハ二ノ太刀ヲカヱス二暇無故害セラルゝ事ナシ
読み
 泳ぎノ大事(潜りの大事)
 旅にても常にても夜寝るに気掛りなる時は その家に框などあらば其戸框の内に手水鉢か又は桶の類にても置くべし 不意に入り来る者は是に躓き騒動するなり 其の所を仕留める也 総じて首より先に中へ入るを嫌う 足より先へ入るべし
 附けたり
 戸脇と云うは夜中に戸口を入るに必ず 内か裏(内外)に我を切らんと心懸けて戸脇に振り上げて居ると思う時は 直ぐに戸口を入る事無く 杖などを持ち合たらば其れをチラリと内へ差し出し見るのがよい 若し内に待ち設けている時は夜中の事なれば必ず其れに切りつけるであろう 杖を出して見てカッチリと何ぞ当たらば其の侭内に飛び入るのだ 猶予否やする時は害有り カッチリと当たるや否や飛び入る時は二の太刀を返すに暇無く害せられる事は無い

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2018年9月 9日 (日)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く4居合心持肝要之大事6閨之大事

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
4、居合心持肝要之大事
6閨之大事
 旅抔二泊ル時夜中気遣敷時カ又常ニモ用心有トキワ先ツ笄隠レヲ用ベシ笄隠レト云フワ行燈ノ土器二楊枝ヲ横二渡シ笄ヲ火ノ上二ソット置ク也火消タル如シ入用ナレバ笄ヲ除クレバ火明カ也扨其間二戸口アラバタゝミヲ一枚ハギテ其戸二モタセ楊枝ヲツカ二シテ置クベシ外ヨリ戸ヲ明クレバ楊枝二タゝミモタセテ有故二タゝミ速カ二倒ルゝ也寝て居ルト云へ共其音二不驚ト云フ事ナシマダ急ナルトキワ我ワ座ノ隅二座シ寝床ハ座ノ真中二我カ伏〆居如ク二見セテ置クベシ亦ユルヤカナル時ハ四方ヨリ糸ヲ十文字二引渡シ其ノ糸ヲ入口ノ戸二付ケ置ク茶碗二茶ヲ入レ其茶碗ヲ糸ノ十文字ノ違目二カラメ付我カ顔ヲ其茶椀ノ下ヱヤリテ寝ベシ外ヨリ戸ヲ明ル時ハ糸ウゴク故其水コボレテ我面二落ル故驚クナリ是ヲ夢間ノ寝覚ト云也又常二イタメ帋ノ水呑ヲ拵テ四方二穴ヲ明テ懐中スベシ右の茶碗之代二用ル也尤枕本二大小ヲ置クコトナク刀ノ下緒二脇差ノ下緒ヲ通シ刀ノ下緒ノ端シヲ手二持テ寝ベシ火急ノトキワ大小ヲ否ヤ取ッテ指ス二宜シ
 イタメ帋水呑
 茶ヲカクル風袋ノ小キ形二スベシ四隅二乳ヲ付置クベシ水無キ所ニテハルカ二深キ井戸亦谷水抔汲む二ヨシ長キ糸ヲ付ケテ瓶ノ如クニ汲也尤水呑ノ中二石ヲ入レオモリ二シテ汲ム也
 読み及び読み解く
 この居合心肝要之大事の閨之大事は書かれている様な事で満足いくものなのか、江戸時代前期がこの程度の事であったか判りません。然し大切な教えは、旅などで何となく物騒な気配を感じる事は現代人より遥かに敏感だったと思われます。
 安易に夜を迎えてはならないという戒めを先ず教えています。それは笄隠れの業を以て明かりを細め寝たふりをし、戸口に畳を楊枝にもたせかけて仕掛けをする。本当に害意を持った敵が居るならば寝静まってから戸を開けて攻め込んで来るでしょう。其の時畳が倒れるので寝ていても音に驚いて飛び起き対応できる、と云っています。方法論に取らわれず如何に夜を眠って過ごせるかその用心をしておきなさいと云うことでしょう。
 現代の企業活動にもそれ程の用心があればと、ふと思ってしまいます。
 どうかな~と云うことでなく、今夜襲って来ると察したならば、寝床を真中に敷いて寝たふりをして、自分は部屋の隅に座し襲ってきたら即座に応じる態勢を作れと云います。
 いつ来るかよくわからないが来るであろうという様な場合は、眠りを一気に覚ます方法を考えろと云っています。この処の地震や台風の予告に応じる対策を思い描いてしまいます。
 それが茶碗に水を入れて顔の上に吊るし、水が顔に掛れば驚いて応じられると云います、この糸で茶碗を釣るなどとても現実的では無さそうです。方法論よりも心がける中で何が有効かを考えろというのです。
 イタメ帋はいため紙ですが、当時の紙は楮やミツマタを漉いた和紙です。和紙を張り合わせた紙ですからとても丈夫で水呑みなどに作っても水に容易に溶けません、代用品と其の使い道は豊富にありそうです。
 それで水呑み茶碗を作って代用にしたらと云っています。あるものを有効に使うという教えとも取れます。
 大小の刀を下緒でつなぎ、事有れば即座に刀で応じられる様にする事、最も重要な教えは是でしょう、刀を手に持って寝ることが出来、事有れば即座に起きる感覚を磨き、刀は切るのではなく突刺すことをも示唆しています。
 イタメ帋の水呑みは代用品の取り扱いの効用をさらりと流しています。何でも特定な道具や  容器が無いと戸惑ってしまう現代人から見れば生きのびることは大変かもしれませんが、考えて実行する楽しさは何十倍だったことかと、ふと思ってしまいました。
 
 

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2018年9月 8日 (土)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文4居合心持肝要之大事6閨之大事

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
4、居合心持肝要之大事
6閨之大事
 旅抔二泊ル時夜中気遣敷時カ又常ニモ用心有トキワ先ツ笄隠レヲ用ベシ笄隠レト云フワ行燈ノ土器二楊枝ヲ横二渡シ笄ヲ火ノ上二ソット置ク也火消タル如シ入用ナレバ笄ヲ除クレバ火明カ也扨其間二戸口アラバタゝミヲ一枚ハギテ其戸二モタセ楊枝ヲツカ二シテ置クベシ外ヨリ戸ヲ明クレバ楊枝二タゝミモタセテ有故二タゝミ速カニ倒ルゝ也寝テ居ルト云ヘ共其音二不驚ト云フ事ナシマダ急ナルトキワ我ワ座ノ隅二坐シ寝床ハ座ノ真中二我カ伏〆居如クニ見セテ置クベシ亦ユルヤカナル時ハ四方ヨリ糸ヲ十文字二引渡シ其ノ糸ヲ入口ノ戸二付ケ置テ茶碗二茶ヲ入れ其茶椀ヲ糸ノ十文字ノ違目二カラメ付我カ顔ヲ其茶碗ノ下ヱヤリテ寝ベシ外ヨリ戸ヲ明ル時ハ糸ウゴク故其水コボレテ我面二落ル故驚クナリ是ヲ夢間ノ寝覚ト云也又常二イタメ帋ノ水呑ヲ拵テ四方二穴ヲ明テ懐中スベシ右ノ茶碗之代二用ル也枕本二大小ヲ置クコトナク刀ノ下緒二脇差ノ下緒ヲ通シ刀ノ下緒ノ端シヲ手二持テ寝ベシ火急ノトキ大小ヲ否ヤ取ッテ指ス二宜シ
 ○
 イタメ帋水呑茶ヲカクル風袋ノ小キ形二スベシ四隅二乳ヲ付置クベシ水無キ所ニテハルカ二深キ井戸亦谷水抔汲二ヨシ長キ糸ヲ付ケテ瓶ノ如ク二汲也尤水呑ノ中二石ヲ入レヲモリ二シテ汲ム也
読み
 旅などに泊る時 夜中気づかわしき時又常にも用心の(必要)ある時は 先ず笄隠れを用いるべきである 行燈の土器に楊枝を横に渡し笄を火の上にそっと置くのである 火が消えた様になる 入用であれば笄を除けば火の明らかになる さてその居間に戸口あれば畳を一枚はぎて其の戸にもたせ楊枝をつっかいぼうにして置くのである 外より戸を開ければ楊枝に畳を持たせて有る故に畳は速やかに倒れるのである 寝ていると云えどもその音に驚かずという事は無い 又急なる時は我は座敷の隅に座し寝床は真中に我が伏している様に見せて置くのである 又時間が緩やかな時は四方より糸を十文字に引き渡し その糸を入り口の戸に付けて置いて茶碗に茶を入れ その茶碗を糸の十文字の違い目に絡め付けて置き 我が顔をその茶碗の下へやりて寝るのである 外より戸を開ける時は糸が動くので其の水こぼれて我が面に落ちるので驚くのである 是を夢間の寝覚めと云うのである また常にいため紙の水呑みを拵て四方に穴を開けて懐に入れて置く右の茶碗の代わりに用いるのである 枕元に大小を置くことはせずに刀の下緒に脇差の下緒を通し刀の下緒の端を手に持って寝るのである 火急の時大小を否や取って刺すに宜しい
 いため紙は水呑みや茶をかける風袋の小さい形にすべきで四隅にチを付けて置き 水の無い所では はるかに深い井戸や谷水を汲むに良い様に長い糸を付けて瓶の様に汲むのである 尤も水呑みの中に石を入れて重りにして汲むのである
 

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2018年9月 7日 (金)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く4居合心持肝要之大事5夜之太刀

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
4、居合心持肝要之大事
5夜之太刀
 夜中ノ仕合ニワ我レワ白キ物ヲ着可シテキノ太刀筋能見ユルナリ場合モ能知ルゝモノナリ放レ口モナリ安シ白き肌着抔ヲ着タラバ上着ノ肩ヲ脱クベシカマヱハ夜中二ハ下段宜シ敵ノ足ヲ薙ク心得肝要ナリ或ハ不意二下段二ナシテ敵二倒レタルト見セテ足ヲ薙ク心得モ有可シ
読み及び読み解く
 夜中に仕合う様な時には、白い着物を着ていくのが良い 敵の太刀筋が良く見えるのである 場の状況も良くわかるのである 「放し口もなりやすし」は間合いが十分読めるので相手の太刀を外す頃合いも易々できる 白い肌着など着ている場合は上着の肩を脱ぐと良い 構えは夜中は下段が剣先が相手に見えにくくて良く 相手の足を薙払う心得が肝要である 或いは中段か上段から不意に下段にすると相手が我が倒れたと錯覚して打込んで来るのでその足を薙ぐダマシの術も心得ておくのが良い
 この白衣の効用は、相手から我は見やすそうに思えるのですが、我が白衣で相手が地味な色物ではどうなのでしょう。真っ暗闇と月明かりなど有る場合はなど、首を捻ってしまいます。
 想像の世界なのか実戦の中で培われたものか、剣友と実験してみる価値があるやなしやです。
 足を薙ぐ運剣については、下段での業手付は古伝の業手附に見当たりません。せっかく下段に構えているのですから、構えを変えたりせずに下段のまま左右何れかに筋を替りすれ違い様に薙ぎ払うのが良さそうです。
 古伝神傳流秘書抜刀心持之事では「行違」が使えます。
 「行違に左の脇に添えて拂い捨て冠って打ち込む也」この業は大江先生の改変により奥居合立業の「袖摺返」の原形です。
 大江先生の袖摺返は前方に敵を見出し、抜刀して群衆をかき分けて正面の敵を切るものです。
 第21代福井聖山先生のビデオの中に替え技として古伝の「行違」を「袖摺返替え業」の呼称で演じられていますが、最近の高段者でも知らない人が多そうです。
 横道ですが、元々群衆の中で抜刀して敵を切る業は古伝では「人中」の業がありました。大江先生はこの業も「壁添」の業に変えてしまいました。
 「人中」は「足を揃え立って居る身にそえて上へ抜き手をのべて打込む納るも体の中にて納める」
 左右に壁などあって横一線に抜き放てない場合の抜刀法に場の想定を変えてしまったのです。大江先生は、想定が敵と我と云う人を対象にした居合から、場所或は正面に座す我と云う、人を元にしていない技の運用が目立ちます。
 現代居合を習って、古伝を身に着ければ居合に息吹が吹き込まれる様に思えてきます。袖摺返で群衆をかき分けるなどやって見れば誰もどいてくれません。抜刀して打込む前に群衆をかき分ける稽古が必要です。
 壁添の爪先だった抜刀も爪先立ってから抜き上げたのではふらつくばかりです。武的身体の運用の欠如はひどすぎます。
 
 

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2018年9月 6日 (木)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文4居合心持肝要之大事5夜之太刀

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
4、居合心持肝要之大事
5夜之太刀
・ 
 夜中ノ仕合ニワ我レハ白キ物ヲ着可シテキノ太刀筋能見エルナリ場合モ能知ルゝモノナリ放レ口モナリ安シ白キ肌着抔ヲ着タラバ上着ノ肩ヲ脱クベシカマエハ夜中二ハ下段宜シ敵ノ足ヲ薙ク心得肝要ナリ或ハ不意二下段二ナシテ敵二倒レタルト見セテ足ヲ薙ク心得モ有ル可シ
読み
 夜中の仕合には我は白き物を着るのが良い 敵の太刀筋能く見えるのである 場合も能く知れるもので 放れ口もよく知れるものなりやすい 白き肌着などを着ているならば上着の肩を脱ぎなさい 構えは夜中には下段が良い 敵の足を薙ぐ心持が肝要である 或いは不意に下段にすれば敵に我ガ倒れたと見せて足を薙ぐ心得も有るのである

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2018年9月 5日 (水)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く4居合心持肝要之大事4野中之幕

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
4、居合心持肝要之大事
4野中之幕
 取籠者抔ノ有之時杖ノ先キ或ハ竹ノ先二又横手ヲクゝリ付ヶ横手ヲ羽織之袖二通シ其竹ノ本ヲ左ノ手二持テ向ヱサシ出シ右ノ手二刀ヲ持チ生捕ナレバ木刀ノ類ヲ持チ我身ハ羽織ノ陰二隠レ羽織ヲバ相手之方へツキ付べし向ヨリ切ルト云へ共我身二ハトドク事ナシ其所ヲ持タル刀ニテ相手ノ足ヲ薙グベシ亦矢玉ヲ防ク二至テ宜シ
読み及び読み解く
 竹の棒か杖に十文字に横手を付けて、羽織の袖に横手にを通してを、他家の棒を左手で持ち右手に抜き身の刀を持ち、取り籠っている処にスーと指し出す。
 この心得は、ダミーを使って相手に其れを攻めさせてその隙に生け捕るなり、切るなりの教えです。
 文章表現が少々変だろうとも、そんな事に気を使って居ては切られてしまうでしょう。「・・・右の手に刀を持ち生捕るなれば、(相手が)木刀の類を持ち、我が身は羽織の陰に隠れ・・」なども「思いつくままに・おおらかに」解釈すればいいのでしょう。
 この場面は、夜が有効か日中が有効かの議論があっても面白いでしょうが、そんな事よりも、気がたって居る取籠り者です。状況次第に相手がハッとして打込んで来る様にするだけです。打ち込んで来ても羽織と我との間に距離を取れば、斬り込まれても相手の刀は届かない。
 其処を踏み込んで相手の足を刀で横に拂って取り押さえる。矢玉ぐらいならば羽織で防ぐ事も出来るので至って宜しい。
 このままの「そっくりさん」で良いのかどうかは状況次第でしょうが、心理作戦を考えろと教えてくれています。
 

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2018年9月 4日 (火)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文4居合心持肝要之大事4中野之幕

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
4、居合心持肝要之大事
4野中之幕
 取籠者抔ノ有之時杖ノ先キ或ハ竹ノ先二又横手ヲクゝリ付ヶ其横手ヲ羽織之袖二通シ其竹ノ本ヲ左之手二持テ向ヱサシ出シ右ノ手二刀ヲ持チ生捕ナレバ木刀ノ類ヲ持チ我身ハ羽織ノ陰二隠レ羽織ヲバ相手之方へツキ付ベシ向ヨリ切ルト云へ共我身二ハトドク事ナシ其所ヲ持タル刀ニテ相手ノ足ヲ薙グベシ亦矢玉ヲ防ク二至テ宜シ
読み
 取籠り者抔の之有る時杖の先或は竹の先にまた横手をくくり付け その横手を羽織の袖に通し その竹の本を左の手に持ちて向こうへ指し出し 右の手に刀を持ち生捕るなれば木刀の類を持ち我が身は羽織の影に隠れ羽織おば相手の方へつき付くべし 向うより切ると云えども我が身には届くことなし 其の所を持ちたる刀にて相手の足を薙ぐべし 又矢玉を防ぐにいたってよろし
 

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2018年9月 3日 (月)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く4居合心持肝要之大事3太刀目附之事4

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
4、居合心持肝要之大事
3太刀目附之事4
 ここでの目付は「敵の足に目を付けべし」でした。そのわけは「是にて場合能く知るるのみならず臆せざる也」といって、足に目を付け、相手の全身も、周囲の状況も場合もよくわかる。それによって相手の顔や眼に目付して惑わされたり、一点に執着して切先に目付するのと違い、自然に遠山の目附となり、真剣勝負での臆する心が無くなる。
 更に「上見ぬ鷲の位」によって心は下に有って、動作は上となり迅速に応じて油断ない心を得られる。とするのでしょう。
 ここでの目付は居合にも通じるでしょうが、仕合う場合の相手を見る目の見、心を感じさせるところです。
 しかし、参考の教本からは、足に目を付ける教えは見当たりませんでした。
 足への目附などで昇段審査や競技会で演武すれば、即座に飛んで来る物知り顔の古参がおられるでしょう。
 武蔵の三十五箇条や五輪書によれば、ありうる、とも云えます。うなじを直ぐにして目を細めてうらやかに、足に目付けが出来るでしょうか。
 多くの教本は、先師の教えを「かたち」ばかりトレースする事で終わっています。仮想敵相手で切られない居合ではそれでもいいでしょう。本物を求めなければ武術にはなりません。
 前後左右に気配りし、相手の動きをとらえられる目付などやって居ると、「かたち」ばかりの者が「違う!」と一点凝視の目附を要求してきます。
谷田左一著高野茂義校閲昭和10年「剣道真髄と指導法詳説」目付の事
 「己の眼をば大体敵の顔面に注ぐのが常である。これ自然の理であって、我々が人に対しては先づ其の面を見るものである。然れども敵の顔面に固定することなく、古人の教の如く遠山を望むと同じく、接近した敵をも遠方を見ると同じ眼で見、爪先から頭上、手先の末に至るまで、一挙一動瞭然として己の眼中に映ぜしめるのである一部分のみに注目する時は其の部分はよく見えるが、全体の挙動を知ることが出来ない。必要に応じて一部分を見ながら全体を見、全体を見ながら一部分を見逃さないやうにせねばならぬ。
 目付に就いては、古来各流派に因って其の説を異にしている。圓明流では「心は顔面に表はれるものであるから目の付け處は顔に及ぶものはない」といひ、又一刀流では二つ目付と称して、敵を一体に視る中にも特に重きを置く處が二つある。一つは剣尖に目を付け、一つは拳に目を付け、又我を忘れることなく、彼我二つ目を付ける必要があるので、旁々之を二つ目付といっている。又四つ目付の教えもある又見当の目附の事がある。或は又撃突の意志は、悉く眼に現はれるものであるから、敵の眼に目を付けて一挙一動を見抜くといひ或は之と異なって激突の意志は眼に現はれる故に、敵の眼と我が眼を見合せないで、わざと臍の辺りなどに注目して迷はす流がある。之を脇目付或は帯の矩といっている。その他腕に眼を付け足になど付ける流もある。
 昔からまた観と見との教がある、観の目は強く、見の目は弱い。観の目は敵の心を見、其の場の位を見、大きく目をつけて其の戦いのけいきを見、折節の強弱を見て正しく勝つ事。
 古語に「眼を開けば則ち誤る」と云っているが、これは其の視る所に著するの謂である。吾人の注意する所に惹かれ易く、注目する所は変化あるものに惹かれ易い。眼で視る時は其の視る所に著して迷を起こす事となる。即ち敵の手を視れば心は手に惹かれ、足を視れば足に偏るものである。敵の色に付き、動作に心を奪はれては意外の失敗を招くに至るから、宜しく大観して偏見すべきではない。敵の色と形との観察を聴き、無形に見、敵の意志が色形に現はれない先に我が心に感じ、我が耳に聴き、我が眼に視、我が鼻に嗅ぐものである。山岡鉄舟は心を以て心を撃つと云っている。斯くの如きは長年月の工夫鍛錬の後にここに達するものである。一朝一夕にして企て及ぶべきものではないが、平素此の心掛けを以て練習すべきである。」
 各流派の伝書が公になって来た昭和の始めにここまで読み込んで纏められたものは少ないでしょう。長文ですが掲載させていただきました。
 なお、谷田左一先生は無双直伝英信流を大江正路先生に習い、山内豊健子爵と共著で「図解居合詳説」を昭和13年に出されています。

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2018年9月 2日 (日)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く4居合心持肝要之大事3太刀目附之事3

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
4、居合心持肝要之大事
3太刀目附之事3
 この英信流居合目録秘訣の居合心持肝要之大事にある太刀目附は「敵の足に目を付けべし」でした。
 是は居合心持肝要之大事ですから居合の際の目付けになります。
 そこで、無双直伝英信流及び夢想神傳流の目付けはどうなっているのでしょう。
 教本によってどのように捉えていたかを見て見ましょう。
木村栄寿著昭和57年「林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流伝書集及び業手付解説」
 抜刀術童蒙初心之心持「指體容を直に胴のぬけざるようにして両手を膝に置打向ふ敵を見定める心持にて向へ・・」
大江正路・堀田捨次郎著「剣道手ほどき」視線
 「両手を膝上に置き心を安静にし丹田に気力を整へ四肢を緩やかにし眼の視線は正座前方七尺の所を凝視し・・
 河野百錬著昭和13年「無双直伝英信流居合道」
 居合の作法並に心得「着眼」
 「1、坐したる時の着眼は目の高さに於ける前方空眼(9尺位ひの辺り)(一定の箇所に留むるにあらず、八方に心眼を注ぐの意)遠山を望む気持ちたるべし。
  2、動作中の着眼は、仮想の敵になす。(対敵の場合は6尺位ひの辺り)業によりて一定せざるも、横一文字の抜き付けは敵未だ仆れざるの態にて、坐したる時の着眼の高さに於いてなし、最後の打下したる時は其の打下す太刀の後を追ひて約6尺位に前方(仆れたる敵の体を見越したる点)の床を注視するを適当とせん、是は正座一本目の業を中心としての着眼なるも、業に依り種々相違あるは言をまたず、要は抜刀の真意を解し、臨機自然の着眼を為すを本旨とす。
  3、動作中は妄りに瞬きをせぬ様心すべき事。」
 河野百錬著昭和17年「大日本居合道図譜」
 「打向ふ敵を確かに見定むる心持にて向ひ・・」
 河野百錬著昭和37年「居合道真諦」無双直伝英信流嘆異録
 目付の事:「目付は常に敵に、とワカリキッタ事が実行されて居ない人を多々見受けるが之は業の真意を解さぬ証左である、武道はすべて目付が肝要である。」
 政岡壱實著昭和49年「無双直伝英信流居合兵法地之巻」
 英信流居合道の作法と心得座り方
 「座し終わった時親指は重ねず接す。膝頭は両拳を入れる程に開く(膝の巾が肩幅と同じともいわれている)腰は押し出す気持ちで臍下丹田に力を充たし、腹は出さないで腰をはる。上体は真直に、両肩は自然に下げて胸ははらず顎を少し引きうなじをのばして頭は真直に保ち、口は軽く結び奥歯をかみしめる気持ちで、眼は半眼に開き、3mほど前方にそそぎ遠山の目附をなす。対手のある時はその周囲にも目をくばる(敵の一部を見つめることなく敵全体を中心として周囲にも目をくばる)勿論左右前後にまでも心眼をそそぐべきである。両手は肘に力を入れることなく股の基部にハの字に軽くおき、肘は柔かく自然に張る。この時の気持は極めて自然であり、武張らず柔かで而も臍下丹田に気力を充実していることが大切である。然しこの気力は決して外に露わざず物静かなるを要す。」
山蔦重吉著「夢想神傳流居合道」着眼(目付け)
 「正座、立膝いずれの場合でも前方三メートル下に着眼するものであるが、これを遠山の目付けといい、目標の一点に着眼はするが遠くの山を望むごとく目を半眼にして、全体を見るように左右の視野を広げる心持が大切である。動作中は常に敵に目を付け、斬下した場合には、倒れた敵(その倒れた敵を含めた三メートル位前方)に目を付ける。あまりうつむきすぎてはならない。」
檀崎友影著「居合道教本」着眼
 「正座の時も立膝の時も、眼付けは、前方凡そ九尺(2.7メートル)とする。一ケ所に着眼するといっても八方に心眼を注ぎ遠山を望む気持ちになることである。動作中に対敵およそ六尺(1.8メートル)斬下した場合、その刀のあとを追うように又、倒れた場合敵を見越した点になるが、その場合の臨機自然の着眼となるのを本旨とする。目は半眼になるのを常とする。」
加茂治作著「無双直伝英信流居合道」目付け
 「ほぼ九尺(270センチ、3メートル弱)の距離をおいて相手を見るのが、ふつう、居合の目付けである。施術後、敵が倒れたとき、これを目付けにする。ただし、他敵の来襲に心をくばり、遠山の目付けもたいせつである。目付けは、特殊の業以外に首を動かしてはいけない。いわゆる落とし目、流し目を理想とする。」
池田聖昂著平成17年「無双直伝英信流居合道解説」一般基本事項
 「正座したる時、其の眼付けは約3m位(約十尺位)先に付けるが、一定箇所に目付けを固定するに非ず、八方に心眼を注ぐ意、即ち遠く山を望む心持ちにて見る事が肝要である。」
* 
 まだまだ、居合の資料はあるのですが、この辺にしておきましょう。河野先生、政岡先生の十分突っ込んだ解説で「かたち」は出来上がるでしょう。しかし、本来武術です。
「かたち」は似ていても術になるかは、その人の哲学によるもあり、更に心と身体の奥へ踏込まなければ、切るも、切らずにおさめるにも、仮想的相手の武的演舞はともかく、実場面では役に立たないものでしょう。
 次回はもう一度古流剣術に戻って目付を考えて見ます。
 
 

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2018年9月 1日 (土)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く4居合心持肝要之大事3太刀目附之事2

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
4、居合心持ち肝要之大事
3太刀目附之事(その2)
 古伝英信流居合目録秘訣では太刀目附之事
 「敵の足に目を付けべし是にて場合能く知るるのみならず臆せざる也是を上見ぬ鷲の位とも云なり心は下に有って事サ上に速に応ずる油断無の心なり」
そこで古来からどの様に目付について言われているのかを探ってきました。もう少し捜してみましょう。
 何も考えずに、習ったままに他にはやった事も無く、習ったままに相手の顔や眼を見るのが目付でしょうか。其のまま後輩に嘘を教えていいのでしょうか。
 前回まででも随分納得されたと思いますが習っただけしかやっていなかった方は、教えのどれか自分のと違うものを一年ばかり稽古してその意味を学び飛躍できればしめたものです。
笹森順造著昭40年「一刀流極意」
 一刀流兵法十二ヶ条目録「二つ之目付之事」
 「人に目が二つある。一つの物を見るのにも二つの目をつかう。片目で一方から見たのでは物が平面に見えて立体の遠近や真相がはっきりわからない。両眼で見て始めて実体が正確にわかる。物を見る時に目についた表面の一部分だけに気をとられたのでは本当の物を見そこなう。特に目に付いた部分が全体の中でその一部分と最も関係の深い他の要な部分を見のがしてはならない。
 一部分と全体を見るべきである。
 相手の体と心理を見る。相手の眼中と心中とを見る。即ち有形と無形とを見る。
 相手の技の起る所と納まる所とをともに見て応ずるべきである。
 相手と己れを見る心がけが必要である。
 眼も心も居付いてはならない。
 大局に一局を見、一局に大局を忘れず。活眼を開いて彼我の有無と一切の一円を見る事を本旨とする。」
 目心之大事:「目心の極致は目に見えた形の窓から奥の院の心の扉を開いて霊眼を以て不動妙智を看破することである。有形を通して無形を見、万象の実相に即応して中らざるなきに至るのは目心の至極である。」
 捨目付:「形に見える目付を捨て心にて過現未の三色を透見し万全の真相を直観する明哲至極の位に登る目付、思無邪の目付。」
千葉栄一郎編「千葉周作遺構」(オンデマンド版)
 北辰一刀流十二箇条釈
 二之目付之事:「二の目付とあるは、敵に二つの目付あると云事也。先敵を一体に見中に目の付所二つ有となり。切先に目を付、拳に目を付るなり。是二つなり。敵の拳動ねば、打事叶はず。切先動ねば打事叶はず。是二の目付也。又敵に耳目を付て己を忘れてはならず。故に我も知り、彼も知るべき事を、為がため、二之目付也」
 目心之大事:「目心とは目で見るな、心で見よと云事なり。目に見るものは迷ひあり、心より見るものは迷はず、目は目付役に使、心の目にて見るなり。目の用も速かなるものなれども、心にて主宰するものなれば、未だ動止せざる前に動止を知るは心の功なり」
*
高野澄編訳平成15年「山岡鉄舟剣禅話」
阿部正人編山岡鉄舟筆記「鉄舟随感録」一刀流兵法箇条目録
 ニ之目付之事:「ニの目付とは、敵に二つの目付ありと云ふ事なり。先ず敵を一体に見る中に、目の付け所二つあり、切先に目をつけ、拳に目を付く、是れ二つなり、故に拳うごかねばうつことかなわず、切先うごかねばうつことかなわず。是れ二目 をつくる所以なり。敵にのみ目を付け、手前を忘れてはならぬ故、己をも知り彼をも知る必要あるを以て旁々之を二の目付けと云ふなり。」
 山田次郎吉大正12年心身修養剣道集義
 源清音剣法初学記「物見」
 「物見は俛く(うつむく)にも非ず仰くにも非ず平かなるを要す。俛くも仰くも皆病なり。又左右に傾くべからず、傾くも亦病也」
 源清音剣法性格「物見」
 「物見は目を謂ふ、目の官は則ち見るなり。其の大略は高下左右を見るの外なし。又其の元とする所は、初めに目を著けたる處、即ち直ちに見る所にして、例えば人に対し先づ其の面を見るが如し。是教へを待たずして然るものなり。蓋し面は見る所の元なれば、其の元を見れば其の心の変化より動作に分るる處も、自ら明らかなるべし・・目は見るの官なれども心を主として目を用ひざれば目に見て気に移り、心は空と為るを以て動作する所前後と為り、別れたる末のみを見ること多し。目見の作用宜しきを得ざるより、手足の動止亦意の如くならず。」
 源清音剣法規則据物枢要「目附の事」
 「目に初、中、後の三段あり。第一其所に対し當に切るべき所に剣を配るとき、正しく其の所を見定むべし。第二剣を蒙るに随ひ目を放ち、中眼にして其の所を見。第三身の反り体と共に上眼に移し中眼は遠きを見渡し上眼は高山又は日月等を仰ぎ見る形を謂う、目見る所を失わず、打ち込に至り、太刀よりも目の早く下るを嫌ふ。 目其の切る所を見んことを思はず、打ち込と共に目の下るに非ざれば気二つに分れ、身の権衡 を失ひ、気と刀と相離れて業を為すこと能はず。目の早きは心気の調はざるなり、早く其所を見るも益なけれど心調ははざる者は早く見んことを思ひ是より心気離るるなり。心気正しからずして体を離るるが故に、心気目に移りて見んことを欲し、目早ければ全体撓みを生ず。打ち下す刀の跡を追ひて見る心を以て権衡と為し、体と気と一ならざるべからざるなり。」
 目付の事は大変面白いもので、これらのそれぞれの教えに微妙な違いも見られます。顔に付けろ、眼に付けろ、足に、いや体全部だ、動いていれば変化極りない、心で見るのだ。
 次回にも、もう少し目付けを勉強してみます。

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2018年8月31日 (金)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く4居合心持肝要之大事3太刀目附之事1

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
4、居合心持肝要之大事
3太刀目附之大事(その1)
 敵ノ足二目ヲ付ケベシ是ニテ場合能ク知ルゝ而巳成ラズ臆セザル也是ヲ上見ヌワシノ位トモ云ナリ心ハ下二有ッテ事サ上二速二應ズル油断無ノ心ナリ
読み及び読み解く
 敵の足に目を付けるべきである、是に依って場の状況が能く知れる のみならず臆する事も無い 是を上を見ざる鷲の位とも云うのである 心は下に有ってするべき事は上にあり速やかに応ずることが出来る 油断の無い心である。
 目付けについては剣術の各流派によりそれぞれの考えがあるのか一定したものは無さそうです。
 この敵の足に目を付けていますと、すっ飛んできて注意が飛ぶでしょう。一般には遠山の目付けと称する相手の目から肩、胸、肱、拳の辺りを遠い山を見る様に、一点に居付かない目付けを推奨されます。
*
 そこで目付についてどのように心得が伝えられているか現代のテキストを調べて見ました。
 古伝研究の為に先生方のテキストを引用させていただきます。
椎木宗近先生著2012年発行「天真正伝香取神刀流」
 「二之目付之事:二之目付とは敵に二つの目付有と云う事なり。先づ敵を一体に見る中に目の付け処二つあり。切先に目をつけ拳に目を付く是れ二つなり。故に拳うごかねばうつことかなわず、切先うごかねばうつことかなわず、是れ二つの目をつくる所以なり。
 敵にのみ目をつけ手前を忘れてはならぬ故、己をも知り彼をも知る要心あるを以てかたがた之を二つの目付と云うなり。」
大竹利典先生著平成26年発行「平法天真正伝香取神道流」
 「観見二つのこと」見るということは、肉眼で見ること・・観とは心で見ることであって、これを心眼といいます。心眼とは、種々の事を分析して心に留めることです。・・それらの一つひとつに心をうばわれてはなりません。状況は常に変化しているので、とらわれてはいけないのです。・・」
樋口一著昭和11年「念流の伝統と兵法」
 「目付と云ふあり。目付は敵の顔を第一とし、次に拳に目を付けべし、拳に目を付ける時は遅く見へて凌ぎ易き處なり。勤め知るべし。
柳生宗矩著寛永9年1632年「兵法家伝書」渡辺一郎校注岩波文庫
 「兵法家伝書の殺人刀では、二星・嶺谷・遠山の三ヶ条は目着也。二星は敵の柄を握った両手の拳の動き。
 嶺谷は腕のかがみ、両腕の伸び縮み、上段に構えている相手に対する目付.右肱を嶺、左肱を谷とよぶ。
 遠山は両の肩先、胸の間をいう。うちこむ時は嶺の目付け、切合わせ、組物との時は遠山の目付けを心によくかくべし。二星は不断はなれざる目付也。
 二目遣之事:見る様にして見ず、見ぬようにして見て、間々に油断なく、一所に目をおかず、目をうつしてちゃくちゃくと見る也。
 兵法家伝書活人刀では、神妙剣見る事、三段の分別で心にて見るを根本とす。心から見てこそ目もつくべきものなれ。然れば、目にて見るは心の次也。目にて見てその次に身足手にて見るべし。身足手にて見るとは、敵の神妙剣にわが身足手のはづれぬ様にするを身足手にて見ると云ふ也。心にて見るは、目にて見む為也。目にて見るは、足手を敵の神妙剣の座にあてんと云ふ事也。」
*
 柳生新陰流の柳生宗矩による兵法家伝書をそのまま読んでも独特の用語が先へ進ませてくれません。渡辺一郎先生の校注によって読み進みます。
 柳生十兵衛による「月之抄」は宗矩・宗厳の伝が平行的に書かれていて、其の上十兵衛の考えが述べられていて面白いものです。たとえば
「目付三之事 二星 嶺谷 遠山 ニ星之目付之事 
 老父の云く敵の拳両の腕也。此の働きを得る事肝要也。
 亡父の目録には二星不断の目付左右の拳と書せる也。
 私云、二星付けたり色と云心持あり是は二星はあて処なり二星の動きを色と也二星を見んと思ふ心より色々心付く心第一なり重々の心持至極まで是を用る也。亦云二つの星と云心持も二つを一つに見る心持二つは一つなり。亦云目付八寸之心持と云事あり。是と太刀の柄八寸の動きを心懸れば二星色も其内にあると云心を以てなり。此ニ星の習い第一也。是より種々の心持有により初めて心を知と云々・・・」
宮本武蔵の目付はどうでしょう。
円明流三十五箇条
赤羽根瀧夫・大介著 武蔵「円明流」を学ぶより
 「目付の事 目を付くと云う所、むかしは色々あることなれども、今伝うる所に目付けは、大抵顔に付けるなり。目の納めようは、常の目よりも細きようにして、うらやかに見るなり。目の玉、動かさず、敵合ちかくとも、いか程も遠く見る目なり。その目にて見れば、敵のわざは申すに及ばず、左右両脇までも見ゆる目なり。
 観見二つの見よう、観の目強く、見の目よわく見るべし。若又、敵に知らすると云う目あり。意は目に付、心は付かざるもの也能々吟味あるべし。奥の目付け別なり。」
宮本武蔵著渡辺一郎校注 五輪書
 「兵法の目付といふ事 目の付けやうは、大きく広く付くる目也。観見二つの事、観の目つよく、見の目よはく、遠き所を近く見、ちかき所を遠く見る事、兵法の専也。敵の太刀をしり、聊かも敵の太刀を見ずといふ事、兵法の大事也。工夫有るべし。此目付、ちいさき兵法にも、大きなる兵法にも、同じ事也。目の玉うごかずして、両わき見る事肝要也。かやうの事、いそがしき時、俄にはわきまへかたし。此書付を覚へ、常住此目付になりて、何事にも目付のかわらざる所、能々吟味あるべきもの也」
宮本武蔵慶長十年落合忠右衛門尉への兵道鏡 
赤羽根瀧夫・大介著 武蔵「円明流」を学ぶより(底本森田栄、魚住孝至翻刻「宮本武蔵」)
 「目付の事 目の付け所と云うは、顔なり。面を除け、よの所に目を付ける事なかれ。心は面にあらわれるものなれば、顔にまさりたる目の付け所なし。敵の顔の見様の事、たとえば一里ばかりもある遠き島に、薄かすみのかかりたるうちの、岩木を見るごとし。また雪雨などの、しきりに降る間より、一町ばかりも先にある、やたいなどの上に、鳥などのとまりたるを、いずれの鳥と、見分くる様なる目つきなるべし。やたいの破風の懸漁、瓦などを見るに同じ。いかにも静まりて、目を付くべきなり。打ち所を見る事悪しし。わきは首を振る事なかれ。うかうかと見れば、五体一度に見ゆる心あり。顔の持ち様、眉間に、皺を寄すべし、額に、皺を寄する事なかれ。教外別伝たり。」
中山博道著剣道手引草
 「眼の付け方 眼は必ず遠山を望見する心持ちにて、一瞥敵の全体に注がねばならないものである。故に何処の点にも注意の欠くる事なく、又何処の点にも注視する事なき眼の練習をしなければならぬ。・・しかしながら一局部のみを注視してはならぬ。尚敵の眼に対しては、特に注意を要するものである。人の心は眼に表はるゝものであるから、敵の虚実を知るには最もよく其の眼に注意する事が必要である。」
高野佐三郎著剣道
 「目の附け方は大体敵の顔面に着目すれども敵の眼・拳等一定の部位に固着するは可ならず。恰も遠山を望むが如く接近せる敵をも成るべく遠く視、敵の頭上より爪先までを一目に見て注意の及ばざる隈なきやう勉むるを要す。
 敵を一体に見る中にも特に重きを置く点二つあり(注目するにあらず)一は剣尖にして一は拳なり。此の二点が動かざれば打出すを得ず。敵下段なれば動作の起りがまづ剣先に現はれ、上段八相の如きにありては拳に現はる、此の二点に注意し、早く敵の動作の起りを察して之を押さへ、又は先を撃つ等敵宜の処置に出べし(古来これを二の目付けと称せり。又敵にのみ目を付け我を忘るべからず、彼我の二つに目を付くる要ありとて之をも二の目付けといへり)撃たん突かんとする意志は悉く眼に現はるるものなるが、殊に我が敵よりも未熟なる時は忽ち我が眼によりて看破せらるるものなり、故に態と敵の眼を見合はずして帯の辺りなどに注目し敵を迷はすことあり(これを脇目附といひ又帯の矩と称して教へたる流儀あり)。」
 この太刀目附を集めているうちに面白くなってきました。今回はここまでとして次回にもう少し捜してみます。
 口伝と称して出鱈目な教えも多く、何故と聞かれても「そのようにならった」と答えるだけの諸先輩や、目付けの瞬間だけをとらえて「めつけがわるい」と云う形ばかりの、「のうなし」も多いものです。
 
 
 
 
 
 
 

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2018年8月30日 (木)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文4居合心持肝要之大事3太刀目附之事

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
4、居合心持肝要之大事
3太刀目附之事
 敵ノ足二目ヲ付ケベシ是ニテ場合能ク知ルゝ而巳成ラズ臆セザル也是ヲ上見ヌワシノ位トモ云ナリ心ハ下二アッテ事サ上二速二應ズル油断無ノ心ナリ
読み
 敵の足に目をつけるべし 是にて場合能く知るゝのみならず 臆せざるなり 上見ぬ鷲の位と云うなり 心は下にあって事サ(?)上に速やかに応ずる油断無きの心なり

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2018年8月29日 (水)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く4居合心持肝要之大事2太刀組附位

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
4、居合心持肝要之大事
2太刀組附位
 互二太刀ヲ打下シ組付ケタル所二勝アリ敵ノ太刀ヨリ遅キト見ヱテモ上太刀ト成位アリ唯肝要ハ拳也
 組付タル処ニテ其気先ニテスク二突ベシ
*読み及び読み解く
 互に太刀を打ち下し組付けたる処に勝ちあり敵の太刀より遅きと見えても上太刀(うわだち)となる位あり 唯肝要は拳である
 組付けたる処にて其の切先にて直ぐに突くのである
 「互に太刀を打ち下ろし」ですから、上段から真向に互に打ち込むのであれば、新陰流の「合し打ち」と取れます。
 相手が真向に打ち下ろして来るのを我も真向に打ち下し、相手の太刀に上太刀となって、相手の太刀は我が頭上から外され、我が太刀は相手の真向をとらえています。
 「肝要は拳也」ですからこの合し打ちでも拳を捏ねないなどの口伝もあるのですが、此処では「合し打ち」で相手の太刀を打ち外して相手の拳を打ち、即座に切先を摺り込んで相手の胸を突く、と読み取れば良さそうです。
 或いは、相手の打ち下して来る太刀を新陰流の「和卜」で打ち外し拳に乗って勝のもありでしょう。
 古伝では江戸で習ったか土佐で身に着けたか柳生新陰流を第九代林六大夫守政は、此の居合に組み込んでいます。この伝書が学ぶ者に伝わっていれば無双直伝英信流も総合武術として格調高い武術として伝承されたでしょう。
 しかし、折角土佐に持ち込まれたこの「太刀組附位」は、この教えだけであって、稽古として業手附がすっぽ抜けています。林六大夫は恐らく大森六郎左衛門より真陰流の目録も伝授されなかったのでしょう。
 大森六郎左衛門もかなりの使い手であったかもしれませんが業技法の実技指導者であってもそれ以上では無かったと推察します。
 残念ながら、秘されたまま是等は伝承せずに、居合抜ばかりが伝承されたと云えるでしょう。
 この事は第17代大江正路先生によると云うよりも、大江先生に正しく伝承できなかった江戸末期から明治半ばの空白期間と人脈の疲弊状況によるものと思われます。
 従って現代居合が居合に片寄り武術論すら認識できない居合人を育ててしまったのもやむなしと云えるでしょう。
 一つの業から幾つもの想定すらも描けずに、決められた稽古順序に従って常に同じ想定での形ばかりの居合に拘り、武的演舞を良しとせざるを得ないのもやむおえないかもしれません。
 それでは、武術を語る事も、武術から学ぶべきものも少ないものと思えて仕方がありません。
 

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2018年8月28日 (火)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文4居合心持肝要之大事2太刀組附位

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
4、居合心持肝要之大事
2太刀組附位
 互二太刀ヲ打下シ組付ケタル所二勝アリ敵ノ太刀ヨリ遅キト見ヱテモ上太刀ト成位アリ唯肝要ハ拳也
 組付タル処ニテ其気気先ニテスク二突ベシ
 互に太刀を打ち下し 組付けたる処に勝ちあり 敵の太刀より遅きと見えても上太刀(うわたち)となる位あり 唯肝要は拳也
 組付けたる処にて其の切先にて直ぐに突くべし

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2018年8月27日 (月)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く4居合心持肝要之事1居合心立合之大事

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
4、居合心持肝要之事 付 大小指違之事
1居合心立合之大事
 敵ト立合兎ヤセン角ヤセントタクム事甚嫌フ況ヤ敵ヲ見コナシ彼ガ角打出スベシ其所ヲ如此シテ勝ン抔トタノム事甚悪シゝ先ツ我身ヲ敵ノ土壇トキワメ何心ナク出ベシ敵打出ス所二テチラリト気移リ而勝事ナリ常ノ稽古ニモ思アンジタクム事嫌フ能々此念ヲ去リ修行スル事肝要中ノ肝要也
 大小指違ト云ハ世人脇指ヲ帯二重二指刀ヲ三重二サスナリ居合ノ方ニテハ二重二刀ヲ指シ三重二脇ヲ差ス也敵二出合タル時大小ヲ子ヂ違ヘテ脇差ヲハ下シ指シ二シテ刀ヲ抜戦ベシ然ルトキハ脇差ノ柄マキル事無亦刀ノサヤノ鐺ハ子ル故二足ヲ打ツコトナク働ノ自由宜シ常二如此指スベシ
読み及び読み解く
 敵と立合い、とやせんかくやせんと巧む事甚だ嫌う 況や敵を見越し彼がかく打ち出すべし 其のところを此の如くして勝たんなど頼む事甚だ悪しヽ 先ず我が身を敵の土壇と極め何心なく出べし 敵打出す所にてちらりと気移りて勝事也 常の稽古にも思い案じ巧む事嫌う能々此の念を去り修行する事肝要中の肝要也
 大小指し違いと云うは世人脇指しを帯び二重に指し刀を三重に指す也 居合の方にては二重に刀を指し三重に脇差を差す也 敵に出合いたる時大小を捻子違えて脇差をば下し指しにして刀を抜き戦うべし 然る時は脇指の柄交ぎる事無く 亦刀の鞘の鐺跳ねる故二足を打つ事無く自由宜し常に此の如く指すべし
 居合心持ちは先ず我が身を土壇となして何心無く出て、敵が打ち出すところをちらりと気移りして勝つ事、とやかくしようと案じ巧むものでは無い。と教えています。
 もう一つは、大小の刀の帯への指し様の事で、居合は帯二重に刀を指し、三重に脇差を差す、敵に出合った時は大小を捻子違えて脇差を落とし差しにして刀を抜き戦うのである。そうすれば脇差しの柄まぎる(まざる)ことは無い。
 刀の鞘の鐺が跳ねても足を打つ事は無い、自由で良いし、常に此の如く指すものである。
 一般的には、脇差が刀の上にあるように指すので、土佐の居合は指し違いに、刀が上で脇差が下にあるように差し違えるとしています。
 その上、脇差を戦う時は落し差し(古伝の文言は「脇差をば下し指しにして」とあります)にするようにしろと言っています。
 通常の稽古では大方刀だけ差して稽古しています。脇指も差して稽古する事も良かろうと思って時々二本差しで稽古しています。
 江戸時代では殿中は基より家屋の中では脇差だけを差しているわけで、太刀での居合は何故の疑問があちこちから聞こえます。
 居合の発生は戦国時代です。太刀を佩いていたのであって、腰刀への転換期があって江戸時代になるわけで、甲冑を着て太刀を佩く事も稽古の意図するところとして残されたのでしょう。
 武士の役割の戦いの名残と、平和な時代の混線が明治維新まで引き継がれた、あるいは座して抜き付ける居合は懐古趣味であり、屋外での立居合が修行するものであったかもしれません。
 屋内では、短刀若しくは脇差での居合が完成されなければならなかったかも知れませんが、竹刀剣道に転化してしまったのかも知れません。
 浅野内匠頭の殿中での斬り付けなど、短刀を抜き出して急所を突き刺せば吉良上野介は即死していたでしょう。
 切腹、お家断絶はまぬかれ無かったのに何故の疑問が湧きます。刀を持っての武術は元和偃武を以て中途半端なまま今日まで置き去りにされている様な気がします。
 
 

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2018年8月26日 (日)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文4居合心持肝要之大事1居合心立合之大事

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
4、居合心持肝要之大事 付 大小指違之事
1居合心立合之大事
 敵ト立合兎ヤセン角ヤセントタクム事甚嫌フ況ヤ敵ヲ見コナシ彼ガ角打出スベシ其所ヲ如此シテ勝ン抔トタノム事甚悪シゝ先ツ我身ヲ敵ノ土壇トキワメ何心ナク出ベシ敵打出ス所二テチラリト気移リ而勝事ナリ常ノ稽古ニモ思アンジタクム事ヲ嫌フ能々此念ヲ去リ修行スル事肝要中ノ肝要也
 大小指違ト云ハ世人脇差ヲ帯二重二指刀ヲ三重二サスナリ居合ノ方ニテハ二重二刀ヲ指シ三重二脇ヲ差ス也敵二出合タル時大小ヲ子ジ違ヘテ脇差ヲ下シ指シ二シテ刀ヲ抜戦ベシ然ルトキハ脇差ノ柄マキル事無亦刀ノサヤノ鐺ハ子ル故二足ヲ打ツコトナク働ノ自由宜シ常二如此指スベシ
読み
*
 居合心持ち肝要の大事 付けたり 大小指し違いの事
 居合心立合いの大事
 敵と立合い とやせんかくやせんと巧む事甚だ嫌う いわんや敵を見越し彼がかく打ち出すべしその所を此の如くして勝たんなどと頼む事甚だ悪し 先ず我が身を土壇と極め何心なく出ずべし 敵打出すところにてチラリと気移りて勝事なり 常の稽古にも思い案じ巧む事を嫌う 能々此の念を去り修行する事肝要中の肝要也
 大小指し違いと云うは 世人脇差を帯の二重に指し 刀を三重に指すなり 居合の方にては二重に刀を指し 三重に脇を指す也 敵に出合いたる時大小を捻子違へて脇差を下し指しにして刀を抜き戦うべし しかる時は脇差の柄紛ぎる事無し 亦刀の鞘の鐺 跳ねる故に足を打つ事無く働きの自由宜しい常に此の如く指すべし

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2018年8月25日 (土)

権力者を甘やかすのは何かその5

権力者を甘やかすのは何かその5
 武術を学ぶ最終目的は何でしょう。
 業技法を磨き上げ古来からの奥義を身に着け免許皆伝を手にする事などは目的とは言えません。
 K地区のSN支部のA支部長は、連盟の権威に裏付けされた段位相当の権力がある、従ってその秩序に従って上意下達を守らない者は支部運営に不当の者として除名とする、などと云って威張って見せています。
 自分勝手な理屈で、「Tは範士に昇段させてやったのに、お礼にも来ない、ケチな奴だ」とか。
 そうかと思うと、K地区ではお茶接待などでお世話になっているSH地区の女子に対し「俺に会っても挨拶一つしない、俺に何か遺恨でもあるのか」などと自分から気軽に挨拶しても居ないくせに怒っています。
 自分を大道場主と見せるためか、辞めてしまった元会員を休会扱いにして水増し会員数を誇って、連盟本部に報告し実働会員の会費から連盟会費を休会員に振り当ててもいます。休会の者の現住所すら判らなくなっている者も居る始末です。
 現在では正会員10名休会員24名どう見ても可笑しい。傘下の道場より正会員は少なくなっています。みんないつかは戻って来るとでも思っているならば脳天気です。
 それでも或る時、仕事の都合で休会していた者が復活して来て、稽古に励んでいました。ところがその者の模擬刀が、真向振り下ろされた際鍔元から折れて前方に飛び切先から道場の床に突き刺さり切先を床に残して再び折れてしまいました。
 公共の道場ですから当然使用中の損傷は弁償しなければなりません。床板は数枚はがして修理しなければならずかなりの出費が予想されます。
 彼は休会とは言え、かならず仕事のけりが付けば戻るつもりで、年会費も前払いで払っていました。会の団体保険も払われていると思った所、経理担当者の独断で稽古にも来ない者として彼を保険対象者登録をして居ませんでした。
 A支部長はそれにもかかわらず本人に弁償させ様とし、自分にも迷惑をかけたのだから「俺に詫びるべきなのに保険の事を持ち出すなどフザケタ奴」と決めつけ、除名処分にしてしまいました。
 その上「最近のIT産業に従事する者は武士道精神がなってない」、とITも知らないくせにわけもわからない理屈をこねて怒っています。
 何のことは無い、便利屋さんがノミで切先を掘り出し、接着剤を注入してタダで一件落着です。
 彼だって、模擬刀が破損するなど思ってもいない事だったでしょう。稽古中の事故なのだから会で補償する位の事は当然の事です、その捌きに彼は感激してお礼をA支部長にするのならわかります。
 頭がおかしくなったのでしょう、突然4月になって5月に支部の創立12周年記念の祝賀会をやると云い出す始末、12年間も支部の祝賀会などやったことも無いくせに誰にも相談せず、支部役員と話し合いもせずに、祝賀会の場所を個人的に親しくしていた休会の者に頼み場所も金額も決めてしまう始末です。
 12周年記念会誌も作ると各道場主にさっさと原稿を書かせてしまう。その上自分の作文を年次順に掲載させようと、十篇も持ち出し、自分の演舞写真も何枚も用意し目次迄仕上げています。
 自己顕示欲が強い事は居合などの演舞にとって悪い事ではありませんが、他の道場主を思いやる心が抜けています。
 其の上、今時原稿用紙にペンで書かれた物など印刷屋では迷惑です、持ち込む原稿はワードで其の侭印刷可能状況にしませんとA4一枚相当の変換費用が発生します。最初から所定のワード形式で作文が出来て居れば安く楽々処理できるものを無駄な金と時間を浪費させています。
 作文の内容は何のことは無い、支部の記念誌では無くA支部長の独断の遺言みたいなもので、意味不明の武士道精神の押付に過ぎません。
 4月、5月は連盟の全国大会もあります。会員の多くは社会人として実業を持っているため金銭的にも日程的にも暇な隠居爺さんと同じわけはないのです。
 次いでですがこのA支部長は体調不良と称して連盟の全国大会をさぼっています。
 月日をもう少し後にしたらと進言すれば「もう時間が無い」とすぐ死ぬような事を言って遮二無二自分の思いを通そうとして険悪です。まだまだ今日も元気に生きています。
 日大アメフトの不祥事にタレントで元日本陸上界の十種競技のチャンピオン武井壮さんが、最近のツイッターに良い事を載せています。
 参考になるのでその趣旨を、ここにお借りして「権力者を甘やかすのは何か」を考えて見たいと思います。スポーツについての発言ですが当然武術にも充当できるものです。
 「スポーツは努力して夢を叶えて幸せになる為のもの、くだらない権威争いとか保身の為に子供を扱うものでは無い。
 指導者の仕事はその知識と経験で最善の努力の時間を提供して世の中で生きていく為の武器や名誉や勝利より大切な人生を与えてあげる事。
 どんな道でも指導者の仕事は、常に新しい鍛え方や戦術を研究して選手に最短で最善の努力を提供する事で決して強権を翳して激務をこなさせたり利用したり自分の名誉を誇る事じゃない。
 どこぞの居合の段位取得年数の有り様を見てみますと、入会から最高段位迄最短の時間でも40年はかかる仕組みです。
 その上年齢制限や次の段位迄4年も5年も待たせる仕組みを当然の如く誰も疑いも無くやっています。
 その待ちの間に稽古を疎かにすることも覚えてしまい、時期が来たからと突然2、3カ月前に付け焼刃の稽古に現われ昇段しています。一度手に入れた段位を落される事も無い仕組みはナンセンスです。
 A支部長の様に、張り子の虎が棒を振っている様なへぼ居合でも十段になってしまう、其れも連盟会長の推薦だそうです。
 次いでですが張り子の虎とは、刀を手で振っているからのことで体で運剣できればいいだけですが、竹刀剣道や居合だけの人には出来ない様です。
 長くやっていただけで武術としての術理にも乏しく、本物を指導する事も出来ず「居合は上意下達である黙って従え」では笑ってしまいます。
 こんな者を十段にして、其の上幻の権威を翳し権力を振り回す者を支部長として認めて居たのではこの連盟本部も、最近話題の全剣連と同様に思えてしまいます。
 聞くところによると連盟会長の提案に誰も口を挟まず「ご無理御尤も」だそうですが事実ならば、役員の方達もそれでいいのでしょうか。
 事実ならば居合人口は減る一方でしょう。人が減れば組織運営は金銭的に難しくなります。いたずらに増やせば、レベル低下は眼に見えてきます。
 居合は、仮想敵相手の一人演武ですが、それだけに様々なシュミレーションによる知育体育の動きを幾つになっても学べるものです。
 其の上修行を重ね、それも何の為に居合を学ぶのかの自問自答に至る時「はっと気が付く事は」自分は勿論の事なお多くの人々が幸せになる糸口を、仮想敵相手のシュミレーション思考が教えてくれる道であると気が付くのです。
 邪魔をするのは権威を嵩に権力を振るう者を育成している仕組みにもあるのです。居場所が無いと不安でならない弱虫の日本人を引き付けておく最高の手段が段位制度でもあるのです、そして最悪の方法でもあるのでしょう。
 そして、「かたち」にはまっただけの動作と、上から目線の和をよしとする一方通行にあるのでしょう。
 
 
 

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曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く3極意ノ大事10智羅離風車

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
3、極意ノ大事
10智羅離風車
 手拭ニテモ煙草入ニテモ向ノ面二投付ケテビクトスル所ヲ可切又刀ヲ抜キテ其手二扇抔ヲ持添テ打込躰ニテ其扇ヲ投ケ付ビクトスル所ヲ打込勝ナリ
*
読み及び読み解く
 手拭にても煙草入れにても 向うの面に投げ付けてビクとする所を切るべきである 又 刀を抜きて其の手に扇抔を持ち添えて打込むていにて其の扇を投げ付けビクとする所を打ち込み勝つのである
 手拭でも煙草入れでも相手に投げ付ければビクとするので其の隙に斬り付ける、又刀を抜いて柄手に扇などを持って打ち込むような様子で扇などを相手に投げ付ければビクとするので其の機に乗じて打込み勝つのである。
 どの様に扇を持ちどの様に投げ付けるのかの手附は有りません。扇を何処に持っていたのか、どのタイミングで柄手に添えるのか。
 それによって打込むと見せて扇だけを相手に投げ付けつのか、工夫が要ります。難しい事では無いけれど目標に扇が向って飛んで行かなければ相手はビクなどしてくれません。
 極意の心得には十分に理解して納得いくまで稽古が必要でしょう。極意ノ大事の「智羅離風車」の題名の由来は念じるばかりで何処にもありません。
 いずれにしても飛び道具で先制攻撃を仕掛けビクとする所を切る、無双直伝英信流の極意です。
* 
 極意ノ大事の10項目目「智羅離風車」の読みは「ちらりふうしゃ」でしょう。
 「ちらり」は光・影などが一瞬間、わずかに目に触れるさま、と広辞苑は解説しています。
 風車は何でしょう。物の動きを一瞬に捉える感覚は虫でも鳥でも優れています。人も同様に周囲の変化を敏感に読み取っています。
 極意の大事では、相手の虚をつく教えが十項目も語られていました。これを卑怯なふるまいと捉えるべきでしょうか。
 「・・右之ハタラキヲ敵ガスレバ此方ノ負ト成ル事ノ上ニテ是ヨリ外ノ仕筋無深ク工夫有ルベシ」と居合兵法極意秘訣の老父物語の中に残されています。
 更に「此所ハ我ト得道スヘシ外人ヨリ教ガタシ我ガ心二合点而無理二事ヲセズ気分一ッパヒニハタラキ見ル可シ此ノ上二イカヌワフタンレンカ心マドヒヱ合点セヌカ吾ヲク病カ真剣之時ハ天命天運外二ナシ・・」と突き放されます。自分で合点できなければ「修業が足らないよ」と云われてしまいます。
 河野百錬先生は居合に就いて疑問があると穂岐山波雄先生か、曽田虎彦先生にお手紙を出されています。
 「居合ハ本来ノ目的ヨリシテ剣道ノ所謂先々ノ先ニアラズシテ先又ハ后ノ先ノ一刀ト信ジマスガ 上意抜打ハ別トシ(之トテ上意ト呼ビテナストスル)一切「ダマシ」打二スル事は無之ト信ジマスガ・・」と質問されています。
 「ダマシ」打ち、と敵の虚をつく事の違いをどの様に合点するか、不意打ちと卑怯な行為とは何か、考えさせられるところでもあるでしょう。
 生死をかけての戦いとルールによるスポーツと混同すべき事とは全く違う事が理解出来なければ、居合も武的演舞で充分です。
 そして、裏には裏を返す、表裏一体の修行も当然ついているのです。古伝神傳流秘書に有る夏原流和之事には本手には本手之移、立合には後立合、小具足には小具足割とあって表と裏が語られています。
 武術の教本は、その域に達しない者には、読み解く事は出来ない。当然の事ですが、形を真似るだけの者が、講習会などで講師の解説が理解できないのも当然で、講習に出ても得られるものは少なかろうと思います。
 講習生の実力に合わせて講師が迎合する様でも困ったものですが・・思いつくままに。
 
 
 
 

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2018年8月24日 (金)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文3極意ノ大事10智羅離風車

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
3、極意ノ大事
10智羅離風車
 手拭ニテモ煙草入ニテモ向ノ面二投付テビクトスル所ヲ可切又刀ヲ抜キテ其手二扇抔添テ打込躰ニテ其扇ヲ投ケ付ビクトスル所ヲ打込勝也
読み
 手拭にても煙草入れにても向ノ面に投付けてビクとする所を切るべきでる 又 刀を抜きて其の手に扇抔添えて打込ていにて其の扇を投げ付けビクとする所を打込み勝のである

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2018年8月23日 (木)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く3極意ノ大事9遠方近所

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
3、極意ノ大事
9遠方近所
 我に敵スル者ト見ルトキハ其ノ者ノ側二寄リテ居ル事肝要也或ハ庭前ノ花二コトヨセ或ハ掛物ヲ見ル躰抔シテ側二近ヨリテ居ベシ刀二手ヲカケバ其侭手ヲ取ッテ引倒スベシ間ヲ隔テゝ居ル故二不覚ヲ取ルナリ或ハ意趣有ッテ仕掛ラレ丸腰ニテ出合テ不覚ヲ取タル者モ間々有之也是等モ此習ヲ得タレバタトイ丸腰ナリ共不覚ヲバ取マジ其故ハイヤ貴殿ノ短慮ナリ能ク合点セヨ抔ト云テ側二詰寄テ居ル時ハ刀ヲヌケバ引倒ス故丸腰トテモ不覚ハ取マシキナリ
 亦大事ノ仕物九寸五分ノ合口抔ヲ指近ク居テ思ワヌ処デ取ッテ引寄サシコロス時ハタシカに仕留ル也是等皆獅々王(獅子王)肝要也
読み及び読み解く
 我に敵する者と見る時は其の者の側に寄りて居る事肝要である 或るいは庭前の花に事寄せ 或いは掛物を見るていなどして側に近よりて居るものである 刀に手を掛ば其の侭手を取って引き倒すものである 間を隔てて居る故に不覚を取るのである 或いは意趣有って仕掛けられ丸腰にて出合いて不覚を取りたる者も間々之あるものである 是等も此の習いを得たればたとい丸腰なりとも不覚をば取らないであろう その故は「いや貴殿の短慮なり能く合点せよ」などと云いて側に詰め寄せて居る時は刀を抜けば引き倒す故丸腰とても不覚は取らないであろう 
 亦 大事の仕物九寸五分ノ合口などを差し 近く居て思わぬところで取って引き寄せ刺し殺す時はタシカに仕留めるものである 是等皆獅子王の心得肝要である
 適する者の近くにどんな場合でも寄りそう事、敵する者が刀に手を掛ければ其の侭相手の手を取って引き倒す。
 間を隔てて居るので不覚を取るので、譬えば意趣有って仕掛けられ丸腰で不覚を取る者も間々ある。
 是等もこの心得があれば、たとえ丸腰でも不覚は取らないであろう。それ故に「いや貴殿の短慮であろう能く考えて見給え」などと云って側に詰め寄っていれば相手が刀を抜けば引き倒してしまい、それゆえ丸腰であっても不覚は取らない。
 大事な、お上の命による仕物では九寸五分(短刀)を差して近くにいて、相手が思わない所で引き寄せ刺し殺せば確実に御用は果たせるmのだ、と云います。
 この心構えも相手に密着し先行する不意打ちの心構えで確実な成敗の必要性を説いています。
 

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2018年8月22日 (水)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文3極意ノ大事9遠方近所

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
3、極意ノ大事
9遠方近所
 我二敵スル者ト見ルトキハ其ノ者ノ側二寄リテ居ル事肝要也或ハ庭前ノ花コトヨセ或ハ掛物ヲ見ル躰抔シテ側二近ヨリテ居ベシ刀二手ヲカケバ其侭手ヲ取ッテ引倒スベシ間ヲ隔テゝ居ル故二不覚ヲ取ルナリ或ハ意趣有ッテ仕掛ラレ丸腰ニテ出合テ不覚ヲ取タル者モ間々有之也是等モ此習ヲ得タレバタトイ丸腰ナリ共不覚ヲバ取マジ其故ハイヤ貴殿ノ短慮ナリ能ク合点セヨ抔ト云テ側二詰寄テ居ルトキハ刀ヲヌケバ引倒ス故丸腰トテモ不覚ハ取マジキナリ
 亦大事ノ仕物九寸五分ノ合口抔ヲ指近ク居テ思ワヌ処デ取ッテ引寄サシコロス時ハタシカ二仕留ル也是等皆獅々王カンヨウ也
 我に敵する者と見る時は其の者の側に寄りて居る事肝要也 或るは庭前の花に事寄せ 或るは掛物を見る躰などして側に近寄りて居るものである 刀に手を掛ければ其の侭手を取って引き倒すのである 間を隔てヽ居る故に不覚を取るのである 或は意趣あって仕掛けられ丸腰にて出合いて不覚を取りたる者も間々これあるものである 是等も此の習いを得たらばたとい丸腰なりとも不覚おば取る事は無い 其れ故は「いや貴殿の短慮なり良く合点せよ」と云いて側に詰め寄っている時は刀を抜けば引き倒す故に丸腰とても不覚は取らないものである 
 亦 大事の仕物九寸五分の合口などを差し近く居て思わぬところで取って引き寄せ刺し殺す時は確かに仕留めるのである 是等はみな獅々王(獅子王)の(こころ)肝要である

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2018年8月21日 (火)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く3極意ノ大事8鉄石

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
3、極意ノ大事
8鉄石
 旅抔ニテ気遣シキ所ヲ通ル二ハ石ヲ袂二入レテ行クベシ尤是二不限用心ヲ為〆行先ハ必石ヲ袂二入行クベシ時二取ッテ是ヲ打ツクル也坐上ニテモ鉄石ノ心得有アノ者ヲ切ラント思フ時ハ其者ノ膝本ノタタミ抔ヲハタト敲クトキハ夫二気ヲウツス也其所ヲ切レハキリ安キ者也
 読み及び読み解く
 旅などに行き気遣わしい所を通るには 石を袂に入れて行のである 尤もこれに限らず用心のためには 行く時は先ず必ず石を袂に入れて行くのである 時と場合にはこれを打ち付けるのである 
 坐上であっても鉄石の心得有り あの者を切らんと思う時はその者の膝本の畳をハタと敲きそれに気を移すのである 其の処を切れば切り易きものである
 鉄石は鉄の様に硬い石、石の様に硬い鉄、堅固な心とも取れますがさて・・。
 旅ばかりでなく、何時も石を袂に入れて用心すべきで時によって石を打ち付けて気をそらして切ってしまう。
 座して居る時には畳を突然ハタと敲いて気がそれた所を切ってしまう。鉄石の心を持たなければ石も袂に残るばかりでしょう。
*
 鉄石の業名は古伝神傳流秘書の大剣取の4本目に有ります。この極意ノ大事鉄石と通じるものがあります。
 「是も前の如く坐し是は廻り寄りて切らんと心得て抜かざる時行なりに小太刀にて地をハタト叩いて気をうばうて入りてさす」
 簡単そうですが、中々難しい業です。
 小太刀を無形に持ち、居合膝に座す相手に向かって真っすぐ近寄らずに、ゆっくり筋を替えながら間境を少し超えたが相手が即座に抜き打って来ない。そこで歩み寄りつつ小太刀で床をハタと叩き相手が「うっ・何か?」と気移りした処を付け入って、相手の抜かんとする柄を制して刺す。
 読みは「てついし・てっせき」でしょう。
 

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2018年8月20日 (月)

権力者を甘やかすのは何かその4

権力者を甘やかすのは何かその4

 大江正路先生の兄弟子細川義昌先生系統の無雙神傳英信流抜刀兵法 貫汪館 館長森本邦生先生の連盟不祥事について代表として御門弟の方に示されたものと思いますがそのお考えです。

 facebookに投稿されておられるますのでお許しをいただき松原昭夫ことミツヒラのfacebookにシェアさせていただいています。

 ミツヒラブログの連載中の「権力者を甘やかすのは何か」と関連するお考えですからこちらにも全文を掲載させていただきます。 

 「私たちとは全く関係のない団体の出来事ですが、混同されてはいけないので記しておきます。私たちが行っているのは居合であり、居合道という言葉で表されるものとは別物です。

 日本に着いたら居合道の段位を金で買うことが問題になっていますが、そもそも、他流派の人間を別流派の人間が評価することができるのかどうか…。価値観が全く異なります。本来は流派の免許皆伝を得て、指導している者が自分の弟子を評価するものであって、指導もしていない人物を評価できるはずはありません。
 今回の問題は以下のように考えることができると思います。将来的に同様の問題が私たちの団体におこらないように。
1.他流派の者が自分の考え方に基づいて異なる流派の弟子を評価する事。
2.流派が同じでも全くといっていいほど考え方が異なる道場の者が他の道場に所属する者を評価すること。
3.そもそも古武道は免許皆伝を得た者が指導するのにもかかわらず、段位があるというだけで、流派を体得してもいないのに指導するため、考え方が異なる他者の評価する段位が必要になること。
4.他のスポーツのように収入がないこと。十分な収入があれば、そこまで卑しくはなれない。
5.上記に関連しますが、世間一般が武道はボランティアで教えるものという誤解があり、それに基づいて組織運営している事。・・・江戸時代であれば、藩の師範は藩主から禄をもらっていて、さらに+αの収入がある場合もあった事。それ故に弟子からは道場の維持費程度の謝礼しか必要としなかったこと。
6.段位は技量を示すものであるにもかかわらず、その基準が明確ではない事。・・・流派によって、道場によって考え方は異なるので、流派や道場をこえた段位制度に、もともと無理がある事。

 結論を言えば、古武道としての流派武道であるならば流派をこえた統一した段位制度には無理しかありません。
 また、流派の免許皆伝を得ていない者が、段位があるというだけで独立して流派を名乗って教えることには無理があります。
 流派を名乗るのであれば正しい道筋を歩むべきです。」

 

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曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文3極意ノ大事8鉄石

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
3、極意ノ大事
8鉄石
 旅抔ニテ気遣シキ所ヲ通ル二ハ石ヲ袂二入レテ行クベシ尤是二不限用心ヲ為〆行先ハ必石ヲ袂二入行クベシ時二取ッテ是ヲ打ツクル也坐上ニテモ鉄石ノ心得有アノ者ヲ切ラント思フ時ハ其者ノ膝本ノタタミ抔ヲハタト敲クトキハ夫二気ヲウツス也其所ヲ切レハキリ安キ者也
 読み
 旅などにて気づかわしき所を通るには 石を袂に入れて行くのである 尤もこれに限らず用心を為さしめ行には先ずは必ず石を袂に入れて行くのである 時にとって是を打ち付くのである 坐上にても鉄石の心得有り あの者を斬らんと思う時はその者の膝本の畳などをハタと敲くトキは其れに気を移すのである そのところを切れば切り易きものである

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2018年8月19日 (日)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く3極意ノ大事7釣瓶返

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣
3、極意ノ大事
7釣瓶返
 坐上ニテハ刀ヲバ抜イテ置クコト當然也然時二向フヨリ切カクルトキヌキ合スル間ナケレバ鞘ト柄トヲ取ッテ鞘共二請テ其侭引ヌイテ片手打二切ルベシ
 読み及び読み解く
 座る時は刀を腰から抜いて置くことは当然である そのような時に前より切りかかって来る時は 抜き合わす間がないならば 鞘と柄とを取って鞘供に請け 其の侭引き抜いて片手打ちに切るのである
 居合の稽古では太刀を腰に差したまま座して稽古しています。ここでは座す時は刀は腰から外して座すものと云います。
 釣瓶返の様に相手に斬り込まれて、刀を抜かずに請け太刀となって抜刀する業は土佐の居合には存在しません。
 取り立てて稽古せず共其の心得さえあればさして困難な抜刀ではないのですが、心得を身に付けて置かなければ咄嗟の用には役立ちません。
 他流には稽古業として存在しますので学んでおくのも良さそうです。

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2018年8月18日 (土)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文3極意ノ大事7釣瓶返

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
3、極意ノ大事
7釣瓶返
 坐上二テハ刀ヲバ抜イテ置クコト當然也然時二向フヨリ切カクルトキヌキ合スル間ナケレバ鞘ト柄トヲ取ッテ鞘共二請テ其侭引ヌイテ片手打二切ルベシ
 読み
 坐上にては刀をば抜いて置くこと当然なり 然る時に向うより切り懸る時 抜き合いする間無ければ鞘と柄とを取って鞘共に請けて 其の侭引き抜いて片手打ちに切るべし

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2018年8月17日 (金)

第16回古伝研究の集い

土佐の居合 古伝神傳流秘書

による古伝研究の集い

第16回古伝研究の集い

 無双直伝英信流居合の古伝神傳流秘書を曽田虎彦先生の直筆本から読み解いて古の居合を研究しています。

 今年は主として古伝から大剣取・小太刀之位を古文書を紐解きながら動作に転換しています。

 参加していただいた方の師伝が如何様であろうとも、他流や居合以外の武術であろうともそれを参考に古伝の手附から学んでいきます。

 ご参加いただいた方が、夫々「我が師」であることをご認識いただければ幸いです。

ー記ー

1、期日

  第16回:

    平成30年09月13日(木)

 13:0017:00

    鎌倉体育館格技室

    ・

    平成30年10月25日(木)

 13:0017:00

    鎌倉体育館格技室

2、住所

   鎌倉体育館

 248-0014

   神奈川県鎌倉市由比ガ浜2-9-9

 Tel0467-24-3553

3、アクセス

  ・鎌倉体育館・見田記念体育館

 JR横須賀線・総武線快速(大船乗り換え)

   鎌倉駅東口下車海岸方向へ徒歩10

   (駐車場 鎌倉体育館にあり)

4、費用:会場費等割勘のみ500

5、参加申込: このブログにコメントいただくか直接ご来場ください。

6.研究会名:湘南居合道研修会 鎌倉道場

7、御案内責任者:ミツヒラこと松原昭夫

         平成30817*

 

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曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く3極意ノ大事6外之剱

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
3、極意ノ大事
6外之剱
 自宅他家共二其坐二有ル物二心ヲ付ベシ箱之類ニテモ又ハケサ二ノ類盤之類ニテモ有之時ハ我ガ量二叶フベキヲ計其近所二坐しテ透間ヲ見テ是ヲ打ツケベシ亦常トテモ此心得有ルベシ其坐二有ルモノノ近所二ザスベシ亦我ガ居間二是二有ト常二心用イ置時ハ時二至ッテ利ヲ得ル也
 仕合抔望マレタル時向原ノ詞聞キタル上ハ油断スベカラス立合迠モナシスグニ何ニテモ取ッテ打倒スベシ又シナヱ抔クミテアラバ立合フ迠モナシ居ナガラ取カヱシテ打コロス可シ
 読み及び読み解く
 自宅、他家ともにその座に有る物に心を付けて置くものである。箱の類でも、又はケサ二(意味が解りません、ケサン?)の類、盤の類にても之がある時は、我が糧に叶うかどうかを計って其の近所に坐して、透き間(隙)を見て是を打ち付けるのである。又 常であっても此の心得有るのが良い。
 その座に有る物の近所に坐すべきで、また、我が居間では此処に是が有ると常に心を付けて置く時は、時に至って利を得られるものである。
 仕合などを望まれた時は向う腹(相手の)言葉を聞いた上は油断しないで、立合うまでもなく直ぐに何でも傍に有る物を取って打ち倒すのである。竹刀などを組んでいたならば立合うまでも無い、いながら取り返して打ち殺すものである。
 外之剱の表題と解説が一致しているかどうかは拘っても意味は無いでしょう。然し自宅に客人を迎えるにしても、他家に客に行くにしても、刀を身から離さざるを得ない場合があるでしょう、その場合「剱の外(ほか)」剱以外の獲物を以って戦う必要があるでしょう。
 他家では特に座す場所の附近に獲物があるか心を付ける、自宅でも同じで何処に何が有るか心がけて置くのが良いと云います。
 仕合を望まれた時は「向原ノ詞」を聞いた以上は油断せずにその場で直ぐに何か獲物を捕を取って打ち倒せ、と激しい文章です。
 「向原」とは向うは相手、原は腹と読んでみました。「相手の腹の内を言葉から察して油断せずに・・・」でしょう。
 他家に行って竹刀など組んであるのを見たら立合うなどの事では無く、直ぐにその場で打ち殺せと云って厳しい教えです。
 使者などに行って仕合と称してなぶり殺しもあったのでしょう。
 

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2018年8月16日 (木)

権力者を甘やかすのは何かその3

権力者を甘やかすのは何かその3

 

前回の所で紹介した「神妙剣」を読んでみます。

この項目は20181214日にアップ予定ですが、先行しておきます。

 

神妙剣

 深キ習二至テハ実ハ事(業)無シ常二住座臥二有之事二シテニ六時中忘レテ不叶事ナリ彼レ怒ノ色見ユルトキハ直二是ヲ知ッテ怒ヲ抑ヘシムルの知アリ唯々気ヲ見テ治ムル事肝要中ノ肝要也是戦二至ラシメズシテ勝ヲ得ル也去ナカラ我臆而誤(謝)テ居ル事ト心得ル時ハ大二相違スル也兎角シテ彼レ二負ケサルノ道也止事ヲ得サル時ハ彼ヲ殺サヌ内ハ我レモ不死ノ道也亦我カ誤(謝)ヲモ曲ゲテ勝ニワ非ス誤(謝)ル可キ筋ナレバ直二誤(謝)ルモ勝也

 彼カ気ヲ先々二知テスグ二應スル道ヲ神妙剣ト名付ケタル也委シクハ書面二アラワシ尽シ難シ心ヲボヱノ為二其ノ端ンヲ記置ク也

読み及び読み解く

 さて、神妙剣を読んでみましょう。

 然しその奥にあるものは、己を正しいと信じ貫き通すだけの物を持たなければ読んでも意味は無いものです。奥義とはいえないでしょう。

 業技法も、居合の極意も充分修練を積み重ね、何時如何なる変が起ころうとも応じられるに至って、実はその様な業事では無く、常住坐臥(いかなる時でも)この心を持ち、ニ六時中忘れてはならない事が神妙剣である。

 彼れ怒りの色が見える時は、直ぐに是を知って怒りを抑えしむる(叡)智を身に着け、即座に気を見て納める事が肝要中の肝要である。

 是、戦に至らしめずして勝ちを得るものである。さりながら、我は彼の怒りに臆して謝り(原文は誤)て居る事と心得る時は大いに相違するのである。

 兎に角、彼に負けざる道で、彼の怒りを納める事が出来ない時は、彼を殺さないうちは我も死なないと云う程の道である。

 亦、我が誤っていることを何が何でも正しいと云い張り曲げて勝つのではない、謝るべき筋があるならば直ぐに誤りを正し謝るも勝なのである。

 彼の気を先に知って直ぐに応ずるの道を神妙剣と名付けたのである。委しい事は書面に書きあらわし難い、心覚えの為にその一部を記し置いた。

 如何に武術に優れ、どの様な相手と対しても負ける恐れはないとしても、行き着く所は戦に至らしめずに勝ちを得る事であると云い切っています。

 コミュニケーションの最終手段として武術が用いられるとするのも、いつの時代にも、国と国、個人と個人で行われしかとして扱われていたかもしれません。一部の権力者が保身の為に用いて来た手段とも取れるものが目立つのが悲しい

   この曽田本に記された最終章は、勝つとは何かを考えさせる一文でもあるのでしょう。

 

 寄り添うものは前に向かって進む、己の心ばかりかも知れません、信じた道を歩く以外に道は無いのでしょう。

 論語に「君子は上達す、小人は下達(かたつ)す」。並以下にもかかわらず、時期が来たのでもらえた段位に、其れも目録程度の印可です。それを以って嵩に懸かって来ても何の事も無いのです。

 居合を続けて、行きつくところが己の権力行使の自己満足の保持であっては、そんなところに所属する意味は或るのでしょうか。

 趣味の集団で40年頑張ったご褒美が段位、集団の権威を嵩に権力をもって、服従させようとする愚かなことで、何をやってきたことか。

 相手をするのもばからしいのですが、あまりにもこのところあちらこちらで目に付く事が多すぎます。マスコミに迎合するのでもなく、役立たずの上意下達をこの団体は当たり前として求めているのだとしたらこれから始める人も考え直すべきものでしょう。

 

 

 

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曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文3極意ノ大事6外ノ剱

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
3、極意ノ大事
6外ノ剱
 自宅他家共二其坐二有ル物二心ヲ付ベシ箱之類ニテモ又ハケサンノ類盤之類ニテモ有之時ハ我ガ量二叶フベキヲ計其近所二坐シテ透間ヲ見テ是ヲ打ツケベシ亦常トテモ此心得有ルベシ其坐二有ルモノノ近所二ザスベシ亦我ガ居間二是二有ト常二心ヲ用イ置時ハ至ッテ利ヲ得ル也
 仕合抔望マレタル時向原ノ詞聞キタル上ハ油断スベカラス立合迠モナシスグニ何ニテモ取ッテ打倒スベシ又シナヱ抔クミテアラバ立合フ迠モナシ居ナガラ取カヱシテ打コロス可シ
 自宅他家共に其の坐に有る物に心を付けるべきである 箱の類にても 又はけさんの類 盤の類にても之有る時は 我が量に叶べきを計り 其の近所に坐して透間を見て是を打ち付けるのである 亦 常とても此の心得有るべきものである 其の坐に有る物の近所に坐すべきである 亦 我が居間にこれに有と常に心を用い置く時はいたって利を得るものである
 仕合抔望まれたる時 向う腹の詞聞きたる上は油断すべからず 立合うまでも無し 直ぐに何にても取って打ち倒すべきである 又 竹刀抔組みてあれば立合う迠もない 居ながら取り返して打ち殺すべきものである

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2018年8月15日 (水)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く3極意ノ大事5逢意時雨

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
3、極意ノ大事
5逢意時雨
 火村ノ風二異ル事無シ是ハ茶抔ヲ所望シテ其茶碗ヲ取ッテスグニ打付ベシ又自宅ヱ敵来タラバ我レ茶ヲ汲デ持出て其の茶ヲ取ラントスル手ヲ取テ引倒シテ勝也
読み及び読み解く
 逢意時雨の題名です。折角会う機会が出来てお互いに理解できると思わせておいて、時雨れる様な感じでしょう。
 従って、前回の教えの「火村ノ風」と同様で異なる事は無いと云います。前回は煙草盆を持って来てくれたのに火入れを相手に打ち付ける、捕物に行く前に灰を石と一緒に紙に包んで隙を見て相手の顔に打つ付ける。
 相手の害意などと言うより我が先んじて相手を惑わしています。それが極意であると臆面もなく「大事だぞ「」と教えています。
 逢意時雨も、仕物に出かけて行き茶を所望して出されるや、その茶碗を持って相手の顔面に打ち付けるのです。
 又、我が家に相手が来たのであれば、茶を汲んで持って出て「どうぞ」と云って、相手が茶を飲もうと手を伸ばす、其の手を取って引き倒し固めるのです。
 是を卑怯と見るのは、やらねばならない事の重さを推し測る力も無い、信じた事を貫き通す大丈夫でも獅子王の心も無い者の戯言でしょう。
 信じた事を貫き通す事も碌にせずに、世間が悪い、社会の犠牲者だと云って無差別に刃物を奮う者が。このところ後を絶ちません。
 何もせずに陰口ばかりの弱虫も情けないものです。いずれ爆発してしまうものです。
 奥居合の暇乞いを不意打、騙し討ちだから演武会では御法度だとか、正々堂々と公に試合って倒せとか、兵は詭道も知らない似非者が武術を論ずる資格はなさそうです。
 ルールにのっとった剣道などは是スポーツですから、其の枠内で最大の効果を出せばいいもので、武術と混同すべきものでは無いでしょう。
 何処までやるかは、我が人生哲学による倫理観であって、刀を抜く事の重大さを知らない者の偽物の言葉は・・単なる武的演舞では意味はないのです。
 刀を以て己の信ずることを貫き通す、武術は人のコミュニケーションの最後の手段であったとしても、現代は人を殺傷する武術での結論はあっては成りません。
 しかし、信じた事を貫き通すには、やるべき事、云うべき事、納得してもらう努力は怠るべきものではないでしょう。
 そして、認めさせなければ意味の無いものです。
 
 

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2018年8月14日 (火)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文3極意ノ大事5逢意時雨

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
3、極意ノ大事
5逢意時雨
 火村ノ風二異ナル事無シ是ハ茶抔ヲ所望シテ其茶椀ヲ取ッテスグニ打付ベシ又自宅ヱ敵来タラバ我レ茶ヲ汲デ持出テ其茶ヲ取ラントスル手ヲ取テ引倒シテ勝也
 火村の風に異なる事なし 是は茶などを所望して其の茶椀を取って直ぐに打ち付くものである 又 自宅へ敵来たらば我れ茶を汲んで持ち出してその茶を取らんとする手を取りて引き倒して勝つのである

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2018年8月13日 (月)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く3極意ノ大事4火村風

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
3、極意ノ大事
4火村風
 仕物抔二行タル時其物ト物語抔ヲシテ却而色二アラワサス扨煙草盆を持出シタラバ其
火入ヲ取ッテ打付ケテ然而ヲクレタル所ヲ勝ベシ亦捕者抔二行二灰ヲ帋(紙)二ツツミ其灰ノ中二石ヲ入レヲンブクノ様二而持相手ノ面二打ツクルトパット開イテ眼クラム也其所ヲ捕ル也譬開カス共石ヲ入レテ打付ル故転ンドウスル也或ハ此事ヲ聞クサシ捕手ノ役二行ク密談二事ヨセ捕ル仕組也一人密談シイタル二脇ヨリ紙二灰ヲ包ミ打ツケケルニ帋(帋(紙)シカト包テ有リタル故却而不開ヲンブクノ如クナルモノニテ面ヲ打タル故イヨ二相入気バリテ取急タルト是伝ヲシラザル故用二不立
 読み及び読み解く
 上司の命で捕物に行く時、その者と物語などして少しも色に出さない、そこで煙草盆を持ち出して来たらばその火入れを取って打ち付けて相手が臆している処を勝つものである。
 亦、捕者などに行くのに灰を紙に包み、其灰の中に石を入れ「おんぶく」の様にして持ち、相手の面に打ち付けると「ぱっと」開いて眼が暗むのである、そのところを捕えるのである。たとえ開かなくとも石を入れて打ち付けるので相手は、気が顛倒するのである。
 或はこの事を聞き齧って捕者の役に行く、密談にことよせて捕える仕組みである、一人で密談している時に脇より紙に灰を包み打ち付けるのに紙をしっかり包んでいるので却って開かない、おんぶくの如くになる、面を打つので(イヨ二相入気バリテ ?)気ばかり頑張ってとり急ぐので、これでは伝を知らない事で用に立たない。
*
 煙草盆の火入れを相手に投げつけて相手が臆するところを捕える。
 事前に灰を紙に包んで中に石を入れて置けば相手に当たってパッと開き眼が暗み、たとえ開かなくても石が入っているので気が顛倒する、其処を捕える。
 この話を聞きかじって捕手の役に出かけても、密談中に脇で灰を紙に包んで打ち付けてもしっかり包んであるので開かない。オンブクの様に当たるだけだから、気ばかり焦って捕えようとして役に立たないのはこの伝を知らないからである。
 こんなところでしょう。
*
 「おんぶく」は土佐の方言なのか、今では使う人も少ないかも知れませんが、紙に包んで上を捻った「おひねり」の事のようです。

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2018年8月12日 (日)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文3極意ノ大事4火村風

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
3、極意ノ大事
4火村風
 仕物抔二行タル時其物ト物語抔ヲシテ□而(却而曽田メモ)色二アラワサすさて煙草盆ヲ持出シタラバ其火入ヲ取ッテ打付ケテ然而オクレタル所ヲ勝ベシ亦捕者抔二行二灰ヲ帋(紙)二ツツミ其灰ノ中二石ヲ入レヲンプクノ様二而持相手ノ面二打ツクルトパット開イテ眼クラム也其所ヲ捕ル也譬開カス共石ヲ入レテ打付ル故転ンドフスル也或ハ此事ヲ聞クサシ捕手ノ役二行ク密談二事ヨセ捕ル仕組也一人密談シイタル二脇ヨリ紙二灰ヲ包ミ打ツケケル二帋シカト包ミテ有リタル故却而不開ヲンブクノ如クナルノニテ面ヲ打タル故イヨ二相入気バリテ取急タルト是伝ヲシラザル故用二不立
読み
 仕物などに行きたる時其の者と物語などをして却って色にあらわさず さて 煙草盆を持ち出したらばその火入れを取って打ち付けて しかして臆くれたる所を勝つものだ 亦 捕りものなど行くに灰を紙に包みその灰の中に石を入れ オンブクの様にして持ち相手の面に打ちつくるとパッと開いて眼が眩むのである その所を捕えるのである 譬え開かずとも石を入れて打ちつくる故に顛倒するものである 或いはこの事を聞きくさし捕手の役に行く 密談にことよせ捕る仕組みである 一人密談したるに脇より紙に包み打ち付けけるに紙しかと包みありたる故却って開かず オンブクの如くなるのにて面を打ちたる故(イヨニ相入?)気ばりて取り急ぎたると 是伝を知らざる故に用に立たず
 オンブクについては判りません。ご存知の方はご教授ください。

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2018年8月11日 (土)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く3極意ノ大事3地獄捜

曽田本その1
6英信流居合目録秘訣読み解く
3、極意ノ大事
3地獄捜
 闇リニ取籠リ者抔有ルトキノ心得也夫而已成ラズ惣而闇ニテ人ヲサガスノ術也刀ノ身ト鞘ト半分抜掛テ鐺ヲ以一面二マセ捜スベシ鐺二物之サワルヲ證二抜テ可突亦鞘口三寸計二切先ヲ残シ居ナガラ静カ二四方ヱ廻シテサクルベシ九尺四方何事モ知レ申
*
読み及び読み解く
 暗がりに取り籠り者などある時の心得である 夫れは已に出来ない 総じて暗がりで人を捜す術である 刀の身と鞘とを半分抜きかけて 鐺で一面に混ぜる様に捜すのである 鐺に物が触るのを証拠に抜いて突くのである 亦 鞘口三寸ばかりに切先を残してその場に居ながら静かに四方へ廻して探るのである 九尺四方何事も知れるものである
 今では、首を捻ってしまいそうですが、やって見ましょう。中々うまくできませんが下緒も上手に持たないと鞘だけ落ちてしまいます。
 もたもたやっていれば反対に突かれそうです。

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2018年8月10日 (金)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文3極意ノ大事3地獄捜

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
3、極意ノ大事
3地獄捜
 闇リニ取籠リ者抔有ルトキノ心得也夫而已成ラズ惣而闇ニテ人ヲサガスノ術也刀ノ身ト鞘ト半分抜掛テ鐺ヲ以一面二マセ捜スベシ鐺二物之サワルヲ證二抜テ可突亦鞘口三寸計二切先ヲ残シ居ナガラ静カニ四方ヱ廻シテサクルベシ九尺四方何事モ知レ申
読み
 暗闇に取り籠り者などある時の心得也 夫れ已にして成らず 惣じて闇にて人を捜すの術也 刀の身と鞘と半分抜きかけて 鐺を一面に混ぜ捜すべし 鐺に物の触るを證に 抜いて突くべし 亦 鞘口三寸ばかりに切先を残し 居ながら静かに四方へ廻して探るべし 九尺四方何事も知れ申す
 

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2018年8月 9日 (木)

権力者を甘やかすのは何かその2

権力者を甘やかすのは何かその2 
 座蒲の上に腰を下します。曹洞宗陽谷山龍寶寺の今朝は風も無く、ほんの10分ほどの距離を歩いただけで、汗が噴き出て来ます。
 本堂にはエアコンも扇風機も無く、一口ポカリでも含みたい処ですが、持ち合わせなどあるわけもなく、其のまま座禅に入ります。
 
 「権力者を甘やかすのは何か」をアップしました処、慢心を戒める一文が送られてきました。
 常に前へ前へと向かって歩いて行きますと、途中で足踏みしている人を、知らず知らず追い越してしまう事もあるはずです。
*
 足踏みには大きく二つあります。
 一つは気持ちは前を向いて居ても、体が衰えて思うように動かないため、稽古をサボリだす足踏み。永年武道をやって来た人に多いですね。武道は頭と体によるものですから稽古を疎かにすれば忽ち衰えてしまいます。
 二つ目は、目指すものは居合であったのに、段位を登りつめ、組織でも顔を効かせられる様になると居合はそっちのけで、連盟の権威を背中に、権力を振り回し、己の立場を守ることだけに、気を入れるばかりになって稽古をサボりだす足踏み。是も武道を好む六十過ぎの古参の者に多いですね。
 「俺が一番、俺を批判し、俺の指示すること以外はやってはならない、まして俺の出来ない事を学ぶとは何事か」と、頭から湯気を立てて怒りだす驕りも哀れなものです。
 その上、自分の過去の幻の業績が通じると思う慢心が、「お前に何が解る、俺の立場になってからほざけ」と喚き、威圧しようとする。
 さて、その過去の業績。
 はて居合は40年程続けてきた様で長く続けることが唯一の業績でしょう。その他の実業では目ぼしいものは見当たらない。何か本を書いていたというのですが、すでに絶版となって何処からも手に入らない。再版するだけの要求もないのでしょう。
 この人はその時代と共に生きている事を否定してしまう、また普遍的なものを見つめずに独善的な解釈をすれば、唯の復古趣味の夢物語にしかならず定番にはなり得ないものです。
 このブログの参考に、なだいなだ著「権威と権力」―いうことをきかせる原理ときく原理ー、を傍らに置いています。この本は1974年昭和49年第1刷発行で2016年平成28年第53刷発行です。
 本人は書き続ける気力が失せたとか、書きたいことは書いたと云っている様ですが、居合同様に宗家の真似事の棒振りに終わり、資料を纏めたに過ぎず、思想的に生涯発信し続けるものをもたないので読み捨てになってしまい印象に残りません。発信する、是はすごいエネルギーを必要とします。
 そんな中で、居合だけは、40年もやって来たのでしょう。時が来れば昇段審査が受けられます、初段から最高段位迄に規定の年月を過ぎて昇段審査を受ければ、上がって行かれます。段位とそれに相応しい評価かは疑問ですが、長い事続けて最高段位がもらえたのでしょう。
 その居合も、目録を得た程度ですから、業を覚えて一人演武が出来るにすぎません。
 目標を持った稽古をしていませんから、老齢の者に往々にしてある体力と気力が失せて、どんどん廃ってしまいます。
 段位と自分の社会的価値を混同している人を見受けるのですが、ただ真似をしてきただけの人にそれは有り得ないでしょう。
 地位相当の立場を周囲に認めさせるのには、段位と門弟の数しかないと思ったのでしょう、実際に稽古に励む会員10名、休会と称する辞めてしまった水増し会員24名。一目で異常です。
 権威を背中に、権力があると錯覚した人生、やれやれ困ったものです。その権力に威嚇されて、間違っていても云う事を聞く哀れな人達、どれも困ったものです。
 送られてきた文章の一部をお見せしましょう。
 出典はMisterkei0918さんの「驕りや慢心は可能性を潰す」と言うブログです。

 「驕りや慢心は可能性を潰す


 焦りは周囲に配る心使いを失い、人心の安定を損なうものです。

 相手への思いやりや信念に基づかない怒りや憤りは、やがては自らの立場を失い、却って他人からの怒りや憤りを買うものです。そして驕りや慢心はやがてその人を破滅に追い込むようです。

 自分が優位な立場であろうとも、相手を無視した態度や行動はやがては優位性を失い、却って人間的に見下げられる始末になってしまいます。

 相手に利益をたとえもたらしたとしても、それで人心が買える訳ではなく、反対に信頼を損なっている事を覚えておいたほうが良さそうです。・・・・」

ーお送りいただいた文章の一部ですー

 どんな小さな集団でも永年トップに立つと、知らず知らず心に驕りがはびこってきます。

 弟子の慢心を戒める積りが己の慢心で自ら首を絞めて居る事になります。

 弟子が師に随うには、師としての光がありそれを学びたくて弟子となり、学んでも学んでも師も前を向いて歩いて行ってしまう。弟子を鏡に己を磨くのでいつまで経っても越えられない、これが理想的な関係です。

 

 弟子が師の域を超えた部分は師も見習って取り込む、それをより伸ばすために師としての手助けをする。夫れだけの人としての大きさが必要でしょう。

 弟子の慢心を戒められるのは、弟子が初心の頃にいつまで経ってもうまくならないのに、出来たつもりの思い上がりを諭すことぐらいの事が精一杯のことです。

 そして最もぶざまなのは、権威を背中に背負って、権力を嵩にして、俺の推薦が無ければ昇段は望めない、と、弟子に恭順を強いて威圧することで得る優越感を露わにすることです。

 段位などどうでもいい者には、何の脅しにもならないものです。

 いつまでも術理で弟子を圧倒できること、これは目的をもって修業を欠かさずにいなければ直ぐ越えられてしまいます。

 武術を己の生涯のものとして弟子を持った以上、譬え病や老齢の為に伏して動けなくなっても、何時如何なる変にも応じられる心を持たなければ、必ず越えていく弟子が現れます。

 

 土佐の居合の極意中の極意「神妙剣」を知ることなのでしょう。

 「神妙剣」など聞いた事も無い棒振り40年では、唯の老人体操に過ぎず、居合は健康保持のお役目しか果たせない、それでは無理な事です。

 座蒲の上で、30度を超えだす気温に、にじみ出る汗と共に「権力者を甘やかすのは何か」が、はっきり見えて来て、目標を得て大きく膨らみ、新しい方向を示し始めています。

 

 

 

 

 

 

 
 
 

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曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く3極意ノ大事2獅子王劔

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
3、極意ノ大事
2獅子王劔
 是ハ事(業)二非ス我心二大丈夫ヲ備フル事也此ノ習何ヨリモ肝要ナリ此備無キ時ハセキテ色二出ル故暇乞ノ類ノ術ヲモナスコトナラスツ子二能心二可備恭シク而心大獅子王ノ如ク二有ル事
読み及び読み解く
 是は事(業)に非ず 我が心に大丈夫を備える事である この習いは何よりも肝要である この備えが無い時は 慌てて急ぎ色にでてしまうそれ故に暇乞いの類の術などを為す事は出来ない いつも十分に心に備えておくものである  姿恭しくして心大きく獅子王の様にあることである
・大丈夫
  立派な男、ますらお、危なげなくしっかりしている、間違いの無い様、確かなさま
・獅子王剱
 源平盛衰記にある、都を騒がせた鵺(ぬえ)を源頼政が退治し、天皇から賜った刀を云う
 この極意は業事では無い、決して不覚を取らないしっかりした自信に満ちている事が何よりも大切なことで、此の心が無ければ事に臨んで平常心を失い、顔に出てしまう。
 暇乞いの様な決して不覚を取ることの出来ない命を為す事は出来ない。常に大丈夫の心を備えておくものだ、と云います。
 姿は礼儀正しく凛として、心は大きく獅子王の様にある事である。
 獅子は獅子王剱の由来や、獅子舞や神社の狛犬などからライオンの強くたくましい様子は語り継がれていたものでしょう。
 

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2018年8月 8日 (水)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文3極意ノ大事2獅子王劔

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
3、極意ノ大事
2獅子王劔
 是ハ事二非ス我心二大丈夫ヲ備フル事也此ノ習何ヨリモ肝要ナリ此備無キ時ハセキテ色々出ル故暇乞ノ類ノ術ヲモナスコトナラスツ子二能心二可備形恭シク而心大獅子王ノ如クニ有ル事
読み
 是は事(業)に非ず 我が心に大丈夫を備える事也 此の習い何よりも肝要也 この備え無き時は急きて色々出る故暇乞の類の術をも為す事ならず 常に能く心に備うべし 形ち恭しくして心大きく獅子王の如くにある事 

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2018年8月 7日 (火)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣6読み解く3極意ノ大事1暇乞

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
3、極意ノ大事
1暇乞
 仕物抔ヲ云付ラレタル時抔其者之所ヱ行テ四方山ノ咄抔ヲシテ其内二切ベシ隙無之トキハ我ガ刀ヲ取テ又近日ト立サマ二鐺ヲ以て突キ倒シ其侭引ヌイテ突也又ハ亭主我ヲ送テ出ルトキ其透間ヲ見テ鐺二而突タヲシテ其侭引ヌイテ突クベシ
読み及び読み解く
 仕物などを云いつけられた時など その者の所へ行きて四方山の話をして そのうちに切ろうとするのだがこの隙が無い時は 我が刀を取って「又近日」と立ち様に鐺を以って突き倒し 其の侭引き抜いて突くのである 又は 亭主が我を送って出る時 そのすき間を見て鐺にて突き倒し 其の侭引き抜いて突くのである
 この暇乞の極意を不意打ち騙し討ちで卑怯な行為と取るか考えて見たい処です。この一文は其処までやるかと思う平和ボケの反面、やらねばならない背景に身が引き締まる思いを持つかは、時代背景の中での人の生き様に有ります。
 たとえ親友であろうとも、上司より始末をして来いと云いつけられた場合仕損じる事は許されない。
 切腹及び御家断絶もあり得るものです。封建制度の根底にある身分制度のなせるものですが、その更に奥にあるものは先祖代々子々孫々に至るまでの安住を約束された主従関係が武士道精神を支えている事を忘れてはいけないと思います。
 その武士道精神の重圧を棚に上げて、人間性を解いてもそれは武士道精神とは別物であってキリスト教でも仏教でも同様に語られる、人を愛する心を元としたものなのです。
 兵法は大なり小なり、言葉はあまり気持ち良くないのですが、心に思う事があっても色に出さず、相手の不意を突くなり、隙を見せ裏を取ったり、騙し討ち、闇討ちによるものです。
 孫子も「兵は詭道なり」と正面切って述べています。この極意の大事の暇乞も一例に過ぎず狭義の正義感に捉われるものでも無いでしょう。
 正々堂々と「首を頂戴に上がった」と云って、双方外に出て、試合ってみても相手は我が隙を狙って打込むなり、我は誘いの隙を作って打ち込んで来る裏を返すものです。
 上段から何も考えずに真向に打ち込んでも相手の力量が劣れば請け太刀も成らずに打ち勝でしょう。なまじ受ければ居ついてしまうものです。筋を替って外して打ち勝てば素晴らしいというのか、卑怯と云うのか。
 真向打込む相手に我も真向に打ち込む合し打ちが正々堂々でしょうか。力量が供に判っている相手で双方命がけの一刀ならば良いのでしょうか。これとても一瞬の間が力量の差となって勝負を決してしまうはずです。
 暇乞の極意が不意打、騙し討ちによるものなので武道倫理に外れると解釈されたのか、奥居合の暇乞三本を正式な演武会で演じてはならないとの話を聞いています。
 極意ノ事の暇乞と業手附の暇乞を訳も分からず、文字面だけを見て混同しての事でしょうが、奥居合の暇乞は挨拶の際相手が抜刀して打込んで来るものを抜くなりに摺り落して打込む身を土壇にしての極意業です。
 或いは、敵の害意を察して機先を制し挨拶の体の下げ上げの動作に添った抜刀法でこの流の基本中の基本業と思うのですが、いかがでしょう。
 居合は何時如何なる変にも直ちに応じられる修行を心掛けるものでもあるのでしょう。それは人が生きている限りつきつけられるもので、生あるものの宿命でしょう。
 大きな心で「おおらか」に学ばずしては何も得られません。まして不勉強な師匠などによっては、先師の教えと称して誤り伝えて来るものです。武術は体育よりも知育が強く働かなければ唯の人殺しの稽古をする事に終わってしまう、死ぬまで修行であり進化するものでなければ大して意味あるものでは無いでしょう。
 極意ノ大事を終ります。
 
 
 

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2018年8月 6日 (月)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文3極意ノ大事1暇乞

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
3、極意ノ大事
1暇乞
 仕物抔ヲ云付ラレタル時抔其者之所ヱ行テ四方山ノ咄抔ヲシテ其内二切ベシ隙無之時ハ我ガ刀ヲ取テ又近日ト立サマ二鐺ヲ以テ突キ倒シ其侭引ヌイテ突也又ハ亭主我ヲ送テ出ルトキ其透間ヲ見テ鐺二而突タオシテ其侭引ヌイテ突クベシ
読み
 仕物抔を云いつけられたる時抔 其の者の所へ行きて四方山の話し抔をして其の内に切るべし 隙無きの時は我が刀を取って「又近日」と立ちさまに鐺をもって突き倒し其の侭引き抜いて突く也 又は亭主我を送って出る時 其の透間を見て鐺にて突き倒し其の侭引き抜いて突くべし
参考 
古伝神傳流秘書抜刀心持之事 抜打上中下(暇乞三本)
格ノ低キ者二対スル黙礼ノ時 等輩二対スル礼ノ時 目上ノ者二対スル礼ノ時
 谷村派第17代大江正路先生の奥居合立業の部〆の暇乞三本
 
 

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2018年8月 5日 (日)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く2上意之大事14十文字

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
2、上意之大事
14十文字
 敵ト打合スレバ輪ト成リ十ノ形トナル互二打ち合セタル所ハ是十ノ形チ也其十ノ形二成タル所二テ手ヲ取レバ勝也手ノ内輪ノ内十文字ハ別之事ナラス皆一ツ二唱ル事ナリ外ノ事二ハアラス拳ヲ取レト言事ノ教也
読み及び読み解く
 敵と打ち合いすれば輪となり十の形となる 互に打ち合わせたるところは 是十の形に成りたるところにて手を取れば勝つ也 手の内 輪の内 十文字は別のことならず 皆一つに唱える事也 外の事にはあらず拳を取れと云う事の教え也
 「手之内」は敵と戦って、刀で打って来るのを受けるのではなく刀を合わせた時には敵の拳に乗って突くものである。
 「輪之内」は打ち合えば輪にならないと云う事は無い、打って来る請けるの繰返しでは輪になってしまう其輪を外して勝つものだ。
 「十文字」は敵が打って来る時此方からも打ち懸ければ刀と刀が合う処で十文字と成る、請け太刀にならず十文字になった所で相手の刀に乗ると同時に拳を捉えていなければならない。
 従って「手之内・輪之内・十文字」は別々の心得では無く一つの事である。打ち合った時には拳を取っている事の教えである。
 この上意之大事の教えを理解出来なければ、根元之巻に云う処の「柄口六寸勝之妙」は得られるものでは無いでしょう。
 古伝神傳流秘書にある業手附の数々を学んで見なければ得られない事かも知れません。
 現代居合の無双直伝英信流や夢想神傳流の大家であっても、柄口六寸は他所事にしてしまう程の当流の極意なのです。
* 
 古伝における業の項目と業数を上げておきます。
居合及び仕組31本
・大森流之居合事11本
・英信流居合之事10本(抜打なし)
・太刀打之事10本
坂橋流之棒13本
・棒合5本
・太刀合之棒8本
重信流59本
・詰合10本
・大小詰8本
・大小立詰7本
・大剣取10本
・抜刀心持之事居業7本
・抜刀心持之事立業17本
夏原流和之事65本
・捕手和之事11本
・立合11本
・小具足11本
・後立合11本
・小具足割10本
・本手之移11本
以上合計168本
 このうち一人稽古の居合
・大森流居合之事11本
・英信流居合之事10本
・抜刀心持之事14本(大江先生の奥居合では20本)
合計44本(大江先生の居合50本

 無双直伝英信流を極めるには、居合だけでは単純計算で30%足らずの事しか稽古していない事になります。
 尚且つ奥居合と云われる抜刀心持を六段以上で無いと演武してはならないと云って碌に稽古させてもらえない、と云うより指導出来ない先生も多くあるとすれば、大森流と英信流の21本に過ぎず全業の12.5%にしかならないのです。
 中には、河野百錬先生の独創になる抜刀法11本を加えて稽古していますが、既存の業を合わせて立業に組み替えたにすぎず、下からの切り上げる、前敵逆刀と後敵逆刀位が真新しいものでしょう。
 是で、居合を25年だ40年やっていると言われても、特定の形(かたち)だけを続けても武術には程遠いものでしょう。
 前にも書いた記憶がありますが、失伝してしまった業手附は古伝神傳流秘書に残されています。
 しかし日本の国語教育は明治の手書き文章すら読めない日本人を育て、読めても武術用語の意味が解らない、まして動作を読み取ろうにも古人が当たり前としていた身体操作も失念しているのが生活習慣の違いからか現状です。
 見よう見まねで、独学の先生に習おうとしても、多くは思い込みの強い癖だらけでは正しい動作よりも癖が強調して見えてしまい、習う者が余程長けて居ませんと誤った習いばかりになってしまいます。
 たまたま、居合以外に竹刀剣道や柔術などを心得た先生が居ても、明治以降に総合武術が独立分解され、習わなくてもいい様な特殊技法が先行してしまいそれに時間を費やされてしまうものです。
 もっと簡単な「おおらか」なもので良い筈です。
 無双直伝英信流の根元は柄口六寸を自得する事に有ります。
 稽古法も「十段の師匠に習った通りに教えている」と威張って見てもたった2、30%のしかも自分に都合よく斬られて呉れる仮想敵相手の居合演武をやっているばかりの先生では、無理というものでしょう。
 組太刀で鍛えてあると云った所で申し合わせの形演武では形ばかりで武術にはなりそうにもありません。
 真剣を持っての演武にしても、武的な踊りを越えられないでしょう。「真剣の演舞」と聞いて素人の見物人や初心者を驚かすのがせいぜいです。大道芸よりもはるかに劣るし、殺陣師の演舞にも劣ります。
 この上意之大事にある手之内・輪之内・十文字で合刀(いわゆる請け太刀)一拍子で拳に勝つ業技法に至る事は難しいと思います。絶望的な気分に襲われます。
 然し、一人では得られない知識や術理は専門とする人達と集い、知恵を出し合って解決する事は可能です。
 それでも得られないものは、他流にも求めて行く探求心以外にないでしょう。
 「弟子たる者師匠の出来ない事でもやれ」と仰った全居連関東地区初代会長の名言が響いてきます。 
 今では、情けない事に「弟子たる者、わしが教えていない事をするとは何事ぞ」ではさっさとやめた方がいいでしょう。

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2018年8月 4日 (土)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文2上意之大事14十文字

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
2、上意之大事
14十文字
 敵ト打合スレバ輪ト成リ十ノ形トナル互二打合セタル所ハ是十ノ形チ也其十ノ形二成タル所ニテ手ヲ取レバ勝也手ノ内輪ノ内十文字ハ別之事ナラス皆一ツ二唱ル事ナリ外ノ事二ハアラス拳ヲ取レト言事ノ教也
読み
 敵と打ち合わすれば 輪となり 十の形となる 互に打ち合せたるところは是十の形に成りたるところにて 手を取れば勝也 手の内 輪の内 十文字は別の事ならず 皆一つに唱える事也 外の事にはあらず 拳を取れと言う事の教え也

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2018年8月 3日 (金)

権力者を甘やかすのは何かその1

段位のもたらす弊害
権力者を甘やかすのは何かその1
 
 日大アメリカンフットボール部の監督に指示され、対戦相手の選手を怪我をさせた不祥事が報道されていました。
 怪我をさせた当事者は、記者会見を行い己の非を述べていましたが、発端は監督やコーチからの脅しによるものです。
 言われたことを実行しなければ、今後の試合に選手として出してもらえない、卒業後の進路も閉ざされてしまう、そんな恐怖からやってはならない事をしてしまったのでしょう。
 暴力と制裁による威圧で思い通りする事は戦前の軍隊式と何ら変わらない、その様な悪弊が運動部に今でも日常の様に行われている典型でしょう。
 事件から何カ月も立っているのにようやく日大では、この監督とコーチを懲戒解雇する発表をしています。
 アマチュアボクシング連盟の会長の不法行為と独裁行為が、連盟会員300名余りから訴えられています。強化選手に与えられた強化費を他の選手にも均等に分けるよう指示して実行させた不法行為、試合での可笑しな判定、オリンピック選手の選定にも会長の一声で忖度を効かせる行為などによる様です。
 
 女子のレスリング協会でも、意に添わないと云ってオリンピック四連覇の伊調馨選手を爪はじきにし、練習場所さえ奪ってしまうなどの悪質なパワハラが問題になっています。これなど日本国民の思いなど無視した暴挙でしょう。
 
 同様の事はずっと前からあったのでしょう、今年になって大きな話題としてマスコミに取り上げられています。
 不当なしごきと、強化訓練とは紙一重であっても根底にあるものは全く違います。その団体の長の自己満足が優先して選手などの変わりは幾らでも居るという慢心がなせる、人としての程度の低いものです。
 夫々、状況は異なる様ですが、権力を手にした協会や連盟の会長、監督やコーチが選手を思い通りに動かして、悦に入っているとしか思えません。
 選手は、干されてしまってはどうにもならない圧迫感から、従わなければならない心理状況に追い込まれるのでしょう。
 このブログでも、昨年全剣連の居合道部での八段昇段審査の話で、受審者が審査員に大金を積んでいるコメントもありました。金で買った段位にどんな意味があるのでしょう。
 最高段位を得た者は箔が付いたと思い、弟子も増え、己の流派も連盟内で優位に立てると思うのでしょうか。取り巻きも「やんや」と褒めたたえるのもバカげています。
 全剣連の段位など無くとも、剣術流派の伝承を正しく伝える正統派ならば、スポーツ剣道の全剣連など不要でしょう。
 全剣連の居合の段位は古流剣術の皆伝とは言えそうにありません。現代の武的スポーツ演舞居合の段位に過ぎない筈です。それでも欲しがる者が居れば不正な行為もはびこるでしょう。
 流派の正しい伝承者である事を、流派の業を門外不出などと云っていないで積極的に明らかにすべき時期なのでしょう。
 所詮形ばかり出来ても流派の業は、形は真似られても足捌き体裁き迄その流のものになれなければ術が決まらないものです。本物は棒振りが上手くともそれだけでは古伝は伝わりません。そこが落とし穴となるのでしょう。
 スポーツの世界だけでは無くこのところ企業の不正が取り上げられています。
 名の知られた大企業の長年に渡る不法行為なども連続して表面化してきています。まだまだ表に出ない不祥事は根を張っている様です。
 三菱自動車、日産自動車、神戸製鋼、東芝などマスコミを騒がせ、株価もおかしくなり、組織形態も変わってきつつあるのも、戦後70年を過ぎても改善されない「上意下達」に甘んじる事が根底にあると思います。
 企業では、利益重視から法的基準を守らない話はよく聞きます。
 遠い昔のこと、行政に報告義務の有る有害物質の測定結果を通産に報告した處、是正を求められたことがあります。
 是正するのは当然の事ですが、この数値を改ざんして報告するのも企業人としての能力と私に嘯いた者もおりました。有害物質は作業員が毎日晒されていたものです。人間よりも企業優先です。
 日本の企業もスポーツ業界も、未だ戦前の「上意下達」の軍隊式風潮に乗ったまま浮遊しているのが実態でしょう。
 その方が上下共に間違いの無い事でしたら組織運営は楽な事は解ります。しかし往々にして不法行為やごまかしの要求です。あわせてトップの保身のための不法行為の要求です。それでは嘘だらけの事になってしまい、一つ間違えれば企業そのものが奈落の底に落ちてしまいます。
 上司の命令は絶対で、意見を述べたり批判などすれば干されてしまい、居る場所すら無くなるの恐怖は企業でも日常茶飯事に横行しているのでしょう。
 それは、敗戦から73年の今年を振り返れば、容易に気が付く事です、戦前の教育と赤紙による徴兵から軍隊式上意下達を徹底的に仕込まれた者が戦地から生き残って戻り、母校の運動部の監督になって20~30年軍隊式をもって指導して来ています。企業も同様です。
 次の代も戦前の軍隊式教育を受けており、戦地から戻ったバリバリの者にしごかれてすっかり上意下達が監督やコーチの特権と思い込んでいます。
 当然それを当たり前の様にして、指導とはそんなものと思って「上意下達」を推し進めて来たはずです。現在でもそんな風潮を良しとして早く上り詰めたがる者も周辺に大勢見渡せます。
 組織とはそういったものと摺り込まれた日本人は、頭を下げたまま苦節30年ようやく日の目が見られると顔は向いても心は別物の二重人格で育っていきます。そして同じ様に絶対君主の真似をしています。
 ようやく、それらの軍隊調の指導者が85歳を過ぎて年々お亡くなりになって消えて行っています。
 しかし、その上意下達の一方通行で育った者は企業であれ、運動部であれ議論し、お互いに知恵を出し合い「和する事」など、夢物語に過ぎず上位の者の嘘に過ぎませんでした。
 下位の者は、反対意見や、改善策など申し出れば疎んじられる、意に添わなくとも言われた通りにしてしまうのも軍隊式風潮が残っているのが日本の悲しい現実でしょう。特に男社会の古い組織にはこの間違いは根深そうです。
 敗戦後必死で一丸となって大きく伸びた日本が、此の處思想的にも文化や経済でも他国の後塵を至る所で浴びています。
 その大きな原因が軍隊式風潮の為せることである事に気が付かない人が多すぎます。突出して海外と肩を並べているのは過去の組織外の事々が目立ちます。
 組織的レベルは、単なる趣味の団体に過ぎず、何等社会的地位も権威も当然義務もおっていないのですが表向き5000名ぐらいの会員が居て、その下に支部がある武道団体の一支部の会長の権威をかさに、権力をもって勝手な振る舞いをする、上意下達の話です、ここからが本論です。
 長くなりましたので、ここからは次回にしましょう。
 
 
 
 
 

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曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く2上意之大事13輪之内

曽田本その1
6.英信流目居合目録秘訣読み解く
2、上意之大事
13輪之内
 敵と打合ハスル二輪二ナラズト云事ナシ上ニテ打合セ亦下ニテ合ヱバスグニ輪トナル竪横皆同シ其輪ヲハツシテ勝ベシ
 読み及び読み解く
 敵と打ち合わするに輪とならずと云う事なし 上にて打ち合わせ亦下にて合えばすぐに輪となる 竪横皆同じ 其輪を外して勝ものである
 輪之内に相当する業名は古伝神傳流秘書には見当たりません。
 大森流居合之事・英信流居合之事・抜刀心持之事などの夢想神傳英信流居合兵法の居合では、仮想敵相手に、先・後の先によって刀を打ち合わせずに相手に抜き付けています。
 請け太刀となる居合の業は、限られます。
 大森流之事(正座之部)では陽進陰退(八重垣)・流刀(受流)・逆刀(附込)・勢中刀(月影)・抜打(抜打)でしょう。
 英信流居合之事(立膝之部)では、虎一足・抜打(真向)でしょう。
 抜刀心持之事(奥居合)では柄留(脛囲)・抜打上中下(暇乞その1・2・3)
 坂橋流棒之棒は棒同士であろうと太刀と棒であろうと打ち合います。
 仕組と云われた組太刀は打太刀、仕太刀による剣術の形ですから当然打ち合わせる事に  なります、然し打ち合うのは太刀打之事と詰合によって行われますが、大小詰・大小立詰では体術もしくは和を主体としたもので、刀を押える、あるいは抜かさないなどの攻防でしょう。
 大剣取は太刀と小太刀、あるいは太刀対太刀での攻防で、請け太刀となるのは水石・外石・栄月・山風・雷電でしょう。
 夏原流和之事は和其のものと云えます。
 居合は一方的な先制攻撃であろうと、後の先であろうと相手に先んじて抜き打つ、あるいは受け流し・請け払い・摺り落します。ここで云う処の輪を外して勝と云えるでしょう。
 組太刀では打ち合いが目立ちますがやはり輪を外して勝事を教えています。その事を理解できない人達はやたら力強い打ち合いを好んでいます、これはただのチャンバラに過ぎません。弱々しく打ち合えば殺陣の演舞に劣るものです。
 古伝神傳流秘書に書かれている順番に従って稽古を積んで行きますと小太刀による攻防に容易に耐えられるものであり、無刀の世界へ導かれて行くことが良く理解で来ます。
 上意之大事輪之内の「・・其の輪を外して勝べし」が全てを語っている様です。現代竹刀剣道や居合及びその組太刀が直線運動の攻防によって早くて強い動作のみを要求する様な錯覚に陥りますが、刀を触れ合わず筋を替って緩やかに勝つ武術を求めて組み立てられている夢想神傳英信流居合兵法、現代で云うところの無双直伝英信流、夢想神傳流の根元を修業して行きたいものです。
 足・腰・肩を痛め剣すら持てない様な稽古は、年を取って使い物にならない棒振りの稽古は武術とは言えません。
 人は死ぬまで、上達し続ける武術を学び、武術から生きる喜びを味わえる人でありたいものです。
 

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2018年8月 2日 (木)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文2上意之大事13輪之内

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
2、上意之大事
13輪之内
 敵ト打合ハスル二輪二ナラズト云事ナシ上ニテ打合セ亦下ニテ合ヱバスグニ輪ト成ル竪横皆同之其輪ヲハツシテ勝ベシ
読み
 敵と打ち合わするに輪にならずと云うことなし 上にて打ち合わせ 亦 下にて合えばすぐに輪と成る 竪横皆同じ其の輪を外して勝べし
参考
 古伝神傳流秘書にはこの業名も、教えも見当たりません。

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2018年8月 1日 (水)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く2上意之大事12手之内

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
2、上意之大事
12手之内
 敵ト刀ヲ打合ハスル二合刀セズト云事ナシ其合刀シタル所二而敵之拳ヲ押へて突クベシ
 読み及び読み解く
 敵と刀を打ち合わするに 刀を合わせずと云う事なし 其の刀を合わせたる所にて敵の拳を押さえて突くべし
 この心得に相当する無双直伝英信流の居合及び仕組(組太刀)を思い描くのですが「刀を合わせたる所にて敵の拳を押さへて突」ような業技法が思い描けません。
 「刀を合わす」とすると普通は、真向に打ち込まれれば「請け太刀」になってから、はじいて打込む、摺落して打込む、受け流して打込む、あるいは受けずに筋を替って避けて打込むなどでしょう。
 ここでの要求は「相手の打込みを受けた時には相手の拳に我が太刀が打ち込まれそのまま突くのだ」と云っているのです。
 「手之内」「と云いますから、柄の握りやその締め緩め、あるいは複雑な操作を心得ろと居合や竹刀剣道では思い描きそうですが、そんな初歩的な事でもない教えと云えます。
 新陰流には「合し打ち・和卜・一刀両断・斬釘截鉄」など古流剣術にはいくつか、この上意之大事に答えられる極意業が存在します。
 一刀流の「斬り落し」などもその一つでしょう。
 実際やって見ても、形は出来ても術にならず、相手の太刀を斬り落せても突きに至れずでなまじの稽古では、極意は見えてこないものです。
 柳生新陰流の和卜について「足腰の力で僅かに太刀を沈めて、打って来る相手の太刀を打ち落すだけであるが、習得が難しい。『月の抄と尾張柳生』には「古来の伝として、和卜の形一本をもって百本にまさると言われている」とある。(2007年発行赤羽根龍夫著「江戸武士の身体操作柳生新陰流を学ぶ」より)と書かれています。
 相手太刀を斬り落した時には我が太刀は相手の拳に乗って斬り進み胸に突き込まれているわけです。
 第九代林六大夫守政の剣術の師匠が真陰流の大森六郎左衛門と古伝神傳流秘書の大森流居合之事の前書きに有ります。上泉伊勢守信綱の古流五本の形があったが守政先生限りで絶え・・ですから新陰流の三学円の太刀五本の一刀両断を思い描きます。
 英信流居合目録秘訣を読み進みますと、第九代林六大夫守政は無双神傳英信流居合兵法を第8代荒井勢哲、又は第7代長谷川英信に手ほどきを受けたか、そのどちらかの江戸での弟子の手解きだったか、神傳流秘書に書き残せるだけの力量を身に着け、剣術は大森六郎左衛門の手ほどきを受けたのでしょう。
 其の心得は随所に垣間見られますが、合体させるだけのものには至れなかった、次代の方々は居合にのめり込むばかりで、林六大夫の神傳流秘書にある総合武術に達する事は出来なかった様に思えてきました。
 しかし、業技法の伝承は失われたとしても、この古伝が残されていただけ、無双直伝英信流を学ぶものとしては幸いだったと痛感しています。
 

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2018年7月31日 (火)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文2上意之大事12手之内

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
2、上意之大事
12手之内
 敵ト刀ヲ合ハスル二合刀セズト云事ナシ其合刀シタル所二而敵ノ拳ヲ押へテ突クベシ
読み
 敵と刀を合するに 合刀(あいとう)せずと云う事なし 其の合刀したる所にて(処にて) 敵の拳を押さえて突くべし
参考
 この「手之内」に該当する業は古伝神傳流秘書のなかには見当たりません。

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2018年7月30日 (月)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く2上意之大事11行違

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
2、上意之大事
11行違
 我左脇ヲ通ス宜シ切ル事悪シと知ルベシ行違サマ二抜テ突事宜シ又敵先二抜ントセバ先ン之テ手早ク柄二而胸ヲ突ベシ行違ノ詞ノ掛様ノ事大事有夜中二往来ヲスル二ウサンナル者ノ有時ハ自分之姓名ヲ急二呼カクベシ我二敵スルモノナレバハイト答ルモノ也其所ヲ切ルナリ旅抔二テハ白昼二モ此心得有ベシ又何ンゾ言ヲ云カケテ見ル二我二敵スル気有者ハ必ス返答二アグムモノナリ
 読み及び読み解く
 我が左脇を通すのが宜しい 切る事悪しと知るべきである 行き違い様に抜いて突事が宜しい 又 敵先に抜かんとするならば先んじて手早く柄にて胸を突くものである 行き違いのことばの掛け様の大事がある 夜中に往来をするにうさんなる者のある時は自分の姓名を急に呼び掛けるべきで 我に敵する者なれば「ハイ」と答えるものである 其の所を切るのである 旅抔にては 白昼にもこの心得有るべきである 又 何ぞ言(言葉)を云い懸けて見るに我に敵スル気有る者は必ず返答に倦むものである
 行き違う時は、我が左脇を通すのが良い、切るのは悪いもので行き違い様に抜いて突くのが良い。突きは確実性が高いのでしょう。
 敵が先んじて抜こうとしているならばそれに先んじて手早く柄に手を掛けて胸をつく。
 行き違う際の言葉の懸け様は夜中ならば自分の、姓名を呼び掛ければ敵する者ならば「ハイ」と答えてしまう。旅などでは白昼でも有効だと云います。
 敵する気持ちのある者は必ず返答に倦み何等か答えてきてしまう。
 この行違の心得で、「我が左脇を通す宜し、切る事悪しと知るべし、行違ざまに抜いて突事宜しい。又、敵が先に抜かんとせば先んじて手早く柄にて胸を突くべし」
 古伝神傳流秘書の抜刀心持之事「行違」
 「行違に左の脇に添へて拂ひ捨冠って打込也」と稽古の手附は切る業を示しています。斬るより突けと云うのです。
 抜刀心持之事は「格を放れて早く抜く也 重信流)」ですから、土佐の居合はまず基本的な動作を身に着け、形を越えて行けと云い、其の中で切るより突事をのべているのでしょう。
 大江先生は、古伝の「行違」を業名を盗用して奥居合立業の「行違」として古伝の神傳流秘書「連達」を改変してしまいました。まず大江先生の「行違」
 「(進行中正面を柄頭にて打ち、後を斬り又前を斬る)右足の出たる時、(敵顔面を柄頭にて)左手は鞘と鍔を拇指にて押へ、右手は柄を握りたるまま前方に伸し、柄當りをなし、其足踏みのまま體を左へ廻して、後方に向かひつつ、抜き付右手にて斬り、直に前方の右へ振り向き上段に斬る」
 是は古伝神傳流秘書抜刀心持之事「連達」です。「行違」とは全く違います。
 「歩み行内前を右之拳にて突其侭左廻に振返り後を切り又前へ振向て打込也」
 何故可笑しな改変をしてしまったのか全く分かりません。大江先生は林六大夫が土佐に持ち帰った居合の全てを知らなかったための独創としか思えないのですが残念です。
大江先生の兄弟子であった細川義昌先生の系統である無双神傳抜刀兵法尾形郷一先生の「行違」
 「摺れ違ひに左側の者を斬る)正面へ歩み往きつつ(右側を通り)鯉口を切り左足踏出しながら右手を柄に掛け、右足を踏出すなり刀を向ふへ引抜き、左足踏出しつつ(刃部を外へ向け)左腕外へ突込み、更に右足踏出すと共に摺違ひに刀を向うへ摺抜き((対手の左側を軽く斬り)直ぐ左斜に振返へりつつ、諸手上段に振冠り、右足踏込んで斬込み、刀を開き 納め終る」
 是は古伝神傳流秘書抜刀心持之事「行違」です。細川先輩に伝わり後輩の大江先生には伝わっていなかったとしか思えません。
 大江先生はこの古伝「行違」は奥居合立業の部「袖摺返」として「進行中抜き放ち、刀を左の身に添へ群衆を押開き進みつつ斬る」という替え業にしてしまったのでしょう。
 大江先生の改変は、奥居合に極端に表れています。正しく下村派の下村茂市からも谷村派の五藤正亮からも指導を受けていなかったとしか思えません。
 15,6歳で戊辰戦争、明治維新、数年して廃藩置県、廃刀令。下級武士にとって生きる事に必死だった激動の時代だったのでしょう。
 
 土佐の居合が消える寸前を中学生相手に指導して残そうとされた大江先生に、古伝の業と心を導かなかった細川先生にも問題が有りそうですし、請け入れる心を大江先生も持てなかったのかも知れません。
 明治と云う時代の日本文化の置き忘れは、150年の今日にも思い出そうとする大家も無く、師伝と称するものを真似るばかりの狭義な武的演舞の完成か、勝ち負けのスポーツに向けて進化し続けている気がします。
 まず、正しく見直し、其処から新し時代のコミニュケーションツールとしての武術を構築して行くべきなのでしょう。
 第9代林六大夫守政が土佐にもたらした無双直伝英信流の古伝は、古文書解読の学者でも、他流の師範にも根元には至れないでしょう。
 その流を学んで其の域に達しようとする人にしか読み取ることはできないのかも知れません。
 

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2018年7月29日 (日)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文2上意之大事11行違

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
2、上意之大事
11行違
 我左脇ヲ通ス宜シ切ル事悪シト知ルベシ行違サマ二抜テ突事宜シ又敵先二抜ントセバ先ンシ手早ク柄二而胸ヲ突クベシ行違ノ掛様ノ事有夜中二往来ヲスル二ウサンナル者ノ有時ハ自分之姓名ヲ急二呼カクベシ我二敵スルモノナレバハイト答ルモノ也其所ヲ切ナリ旅抔二テハ白昼二モ此心得有ルベシ又何ンソ言ヲ云カケテ見ル二我二敵スル気有者ハ必す返答二アグムモノナリ
読み
 我が左脇を通す宜し 切る事悪しと知るべし 行違い様に抜いて突く事宜し 又 敵先に抜かんとせば 先んじて早く柄にて胸を突くべし 行き違いの詞の掛け様の事大事有り 夜中に往来をするにうさんなる者の有る時は 自分の姓名を急に呼びかくべし 我に適する者なれば ハイと答えるもの也其の所を切る也 旅抔にては白昼にも此の心得あるべし 又 何ぞ言を云い掛けて見るに 我に適する気ある者は必ず返答に倦むもの也
参考
古伝神傳流秘書抜刀心持之事 行違
 行違に左の脇二添へて拂ひ捨冠って打込也
古伝神殿流秘書抜刀心持之事 行連
 立って歩ミ行内二抜て左を突き右を切る両詰に同事也
古伝神傳流秘書抜刀心持之事 両詰
 抜て片手尓て左脇を突き直に振向いて右脇を切る

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2018年7月28日 (土)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く2上意之大事10鐺返

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
2.上意之大事
10鐺返
 座シテ居ル時後ロヨリ小尻ヲ取テ押シアグルトキハ刀ヲ抜ク事ナラズ此時相手ノヒザ頭ヲ踏ミ其ノキヲヒ二向フヱタヲレテ抜突クベシ
読み及び読み解く
 座して居る時 後ろより鐺を取りて押し上ぐる時は 刀を抜く事ならず この時相手の膝を踏み其)きおい(気負う・競う・勢う)に向こうへ倒れて抜き突くべし
 座して居る時、後ろから鐺を取って上に押し挙げられたので抜く事が出来ない、鯉口を取って押し挙げられるままに腰を上げ、右に稍々振り向き、右足を以って相手の右膝を踏み付け、相手の気を奪うや(競り合う拍子に)前に伏す様に体を倒しながら、刀を抜き出し左脇から相手の胸を突く。
 左回りでも同様に出来るでしょう、この心得は、寧ろ業手附として稽古するものかも知れません。
 同様に鐺を取られる業は、現代居合では大江先生の立膝の部「瀧落」に見られます。
 「後を向き、徐ろに立ちて左足を後へ、一歩引き鞘を握りたる左を其儘膝下真直ぐに下げ、鐺を上げ後方を顧み、右手を膝上に置き同體にて左足を出し、右手を柄に掛け胸に當て右足を前に進むと同時に抜き、刀峯を胸部に當て、同體の儘左へ転旋して、體を後向け左足を前となし、其體の儘胸に當てたる刀を右手を伸ばし刀は刃を右横に平とし突き左足を出しつつ上段に取り、左膝を着き座しつつ頭上を斬る、血拭ひ刀を納む。」
 大江先生の直弟子だった政岡壱實先生はこの業で、相手が右手で鐺を取るか左手で鐺を取るかで動作をいじっています。鐺の握り方が上からか、下からか、又右上に押し付けられるか、左上に押し付けられるか、更に前に押し出されるか、後に退かれるかなど、相手の変化は幾つもあるでしょう。
 古伝神傳流秘書英信流之事「瀧落」
 「刀の鞘と共に左の足を一拍子に出して抜て後を突きすぐに右の足を踏込み打込み開納る此事は後よりこじりをおっ取りたる処也故に抜時こじりを以て當心持有り」
 古伝は、「おおらか」です。然し「抜く時こじりを以って當てる心持」が技の動作では失伝している様です。
 この鐺を取られた場合の応じ方は何故か古伝神傳流秘書では仕組み(組太)の大小立詰に三本見られます。一本目袖摺返・五本目蜻蛉返・六本目乱曲です、順に紹介しておきます。
大小立詰 一本目袖摺返
 「我が立て居る処へ相手右脇より来り我が刀の柄と鐺を取り抜かせしとする時其侭踏みしさり柄を相手の左の足のかがみに懸け中に入り又我右より来り組付をひじを張り躰を下り中に入る」
 手附の文言不十分ですが、文章通り出来るものです。大江先生はこの「袖摺返」の業名を奥居合立業に盗用した様です。
大小立詰五本目蜻蛉返
 「相手後より来り我が右の手を取り刀の鐺を取り背中に押付られたる時後へしさり中に入り倒す」
 是も手附不十分です。右手で我が右手を取り、左手で鐺を取られた想定で其の侭後ろに下がり相手と密着すれば倒し方は容易です。
大小立詰六本目乱曲
 「前の如く後より来り鐺を取り頻りにねじ廻し刀をぬかせじとする時後へ見返り左の手か右の手にて取りたるかを見定め相手左の手ならば我も左にて鯉口を押へ相手右ならば我も右にて取る城へ退き付けんとするを幸しさり中に入り倒す。」
 この文章で「相手左の手ならば我も左にて鯉口を押へ 相手右ならば我も右にてとる・・」の部分から振り向いて相手の右手か左手を見定め鯉口の取り様を示唆しています。左手ならば左手で鯉口をとる、右手ならば右手で鯉口を取るでは腑に落ちません。手附の文言に欠落があるか、写し間違いが有りそうです。
 
 あまり拘って見ても意味は無さそうですが・・。
 
 

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2018年7月27日 (金)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文2上意之大事10鐺返

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
2、上意之大事
10鐺返
 座シテ居時後ロヨリ小尻ヲ取テ押シアグルトキハ刀ヲ抜ク事ナラズ此時相手ノヒザ頭ヲ踏ミ其ノキヲヒ二向フヱタオレテヌキ突クべし
読み
 座して居る時 後より鐺を取って押し上げる時は 刀を抜く事ならず 此の時相手の膝頭を踏み 其の気負(勢い)に向うへ倒れて抜きつくべし
参考
 古伝神傳流秘書抜刀心持之事にはこの鐺返の業名も、動作も見当たりません。神傳流秘書の英信流居合之事にある「瀧落」の想定動作がやや該当しそうです。
英信流居合之事 瀧落
 刀の鞘と共二左の足を一拍子に出して抜て後を突きすぐ二右の足を踏込ミ打込ミ開き納る此事ハ後よりこじりをおっ取りたる処也故二抜時こじりを以て當心持あり
古伝の読み
 刀の鞘と共に左の足を一拍子に出して抜て後ろを突き 直ぐに右の足を踏み込み打ち込み開き納める 此の事は後ろより鐺を押っ取りたる処也 故に抜く時鐺を以って當てる心持ち有り
 
 

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2018年7月26日 (木)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く2上意之大事9棚下

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
2、上意之大事
9棚下
 二階下天井ノ下抔二於テ仕合フ二ハ上ヱ切アテゝ毎度不覺ヲ取物也故二打込ム拍子二脺ヲ突イテ打込ム可シ此習ヲ心得ルトキワス子ヲツカストモ上ヘ二不當心持有
 読み及び読み解く
 二階下 天上の下抔において仕合うには 上へ切りあてて毎度不覚を取るものである 故に打込む拍子に脺(膝・脛の誤写或は誤字)を着いて打込むものである この習いを心得る時は脛を着かずとも上に当てざる心持ち有り
 古伝神傳流秘書抜刀心持之事に「棚下」の手附があります。
 「大森流逆刀の如く立て上へ抜打込む時躰をうつむき打込む是は二階下様の上へ打込ぬ心持也」
 業手附と心得は同じ状況と云えるでしょう。
 二階の下や天井の下などの低い所での試合は刀を上に無造作に振り上げて斬り下ろそうとすれば天上に斬り込んで不覚を取る。
 打込む拍子に脛(すね)を床に着いて打込む心得を以って打込め。稽古業は大森流逆刀(大江先生の正座の部「附込」の様に、(相手が切って懸るを、)立ち上り刀を上へ抜き出し打込む時に俯いて打込むのだ、と示唆しているのでしょう。
 大江先生の棚下は奥居合居業之部にあります。
 「(頭を下げて斬る)座したる處より、頭を前方に下げ、稍や腰を屈め右足を少し出しつつ、刀を抜き、上体を上に起すと同時に上段となり、右足を踏み込み真直に切り下ろす」
 是は居合膝に座した状況から上が低い場所から抜け出して打込む想定によるものとすっかり現代居合では摺り込まれていますが、大江先生其処まで何処にも書かれていません。稽古では中学生に「棚から這い出て切る」と教えていたかどうか。
 「右足を少し出しつつ」で棚下から抜け出れるかは、棚次第です。
 細川義昌先生の教えによる無双神傳抜刀術兵法尾形郷一先生の奥居合「棚下」
 「(上の閊へる所にて前の者を斬る)正面に向ひ居合膝に座し、例により鯉口を切り右手を柄に掛け体を前へ俯け腰を少し浮かせ、左足を後へ退き伸し、其膝頭をつかへ、刀を背負ふ様に左後頭上へ引抜き、諸手を掛け、前者へ斬込み、其まま刀を右へ開き納めつつ、体を引き起こし右脛を引付けるなり、左踵上へ臀部を下し、納め終る」
 この、手附では大江先生の棚下から這い出て斬り込むのではなく棚下での応じ方を示しています。従って体を俯け、左足を後方に退いて抜刀し、その姿勢のまま上体を起こさずに斬り付けています。
 文言上の「・・其膝頭をつかへ・・」の部分の読み取りですが、左足を後方に退き伸ばして、膝を床に着き・・でしょうか。右足を踏み込まずに斬り付けています。
 この心得はどのような天井の高さでも上段からの斬り付けです。現代居合河野先生の様に棚下から這い出て切る・・この状況は無いとは言えませんが、床下や天井の低い所での攻防もあるわけで、今日思い描く棚下が短く這い出ることの出来る状況と、床下や天井下では這い出ないで戦うことの両方を学ぶべきかもしれません。
 大江先生の教えにも這い出る事は文言に無いのですが、動作を学び業名の「棚下」を思い描くと後世の者は、戸詰・戸脇と同様にその場の状況ばかり優先して根元を見失うものです。
 壁添での教えは「突く事肝要」でした。何が何でも真向斬り下ろさなければならない状況では無いと思えます。

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2018年7月25日 (水)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文2上意之大事9棚下

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
2、上意之大事
9棚下
 二階下天上ノ下抔二於テ仕合フ二ハ上ヱ切アテヽ毎度不覚ヲ取物也故二打込ム拍子二脺ヲ突イテ打込ム可シ此習ヲ心得ルトキワス子ヲツカストモ上ヘ二不當心持有
読み
 二階天上の下抔に於いて 仕合うには上へ切り当て毎度不覚をとるものなり 故に打込む拍子に膝をついて打込むべし この習いを心得る時は脛をつかずとも上に当てざる心持有
参考
谷村派第17代大江正路先生の奥居合居業之部棚下 
(頭を下げて斬る)座したる処より、頭を前方へ下げ、稍や腰を屈め右足を少し出しつつ、刀を抜き、上體を上に起すと同時に上段となり、右足を踏み込み真直に切り下す
古伝神傳流秘書 抜刀心持之事 棚下
 大森流逆刀の如く立て上へ抜打込む時躰をうつむき打込是ハ二階下様の上へ打込ぬ心持也

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2018年7月24日 (火)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く2上意之大事8壁添

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
2、上意之大事
8壁添
 壁二不限惣而壁二添タル如クノ不自由ノ所ニテ抜ク二ハ猶以腰を開ヒ子リテ躰ノ内にて抜突くベシ切ラントスル故毎度壁二切アテカモイ二切アテテ仕損スル也突クニ越ル事ナシ就中身ノ振リ廻シ不自由ノ所二而ハ突事肝要
読み及び読み解く
 壁に限らず、総じて壁に添いたる如くの不自由な所にて抜くには 猶以って腰を開き ひねりて躰の内にて抜き突くものである 切ろうとするので毎度壁に切りあて鴨居に切りあて仕損ずるなり 突くに越したる事は無い 中でも身の振り廻し不自由の所にては突く事肝要である
 この心得の様に抜刀する大江先生の奥居合立業「壁添へ}があります。
 然し抜き出して真向に打ち込んでしまい、突き業にはなっていません。
 「(進行中立留り両足を踏み揃へ上に抜き直下に斬下し竪立つに刀を納む)中央に出で體を直立とし両足を揃へ刀を上に抜き上段となりて後先をたてて真直ぐに刀尖を下とし、其体のまま刀尖を下としたるまま血拭ひ刀を竪立として納」
 変な日本語ですが無双直伝英信流を稽古している人には伝わるでしょう。
 この大江先生の「壁添へ」は古伝神傳流秘書の抜刀心持之事では「人中」の業手附が相当します。
 「足を揃へ立って居る身にそへて上へ抜き手をのべて打込む納るも躰の中に納る」
 業名は「人中」です。じんちゅう・ひとなかとでも読むのでしょう。人中では無用の手傷も負わせないように抜刀する術を示しています。
 それが、左右を壁に囲まれた狭い場所の想定にされてしまいました。古伝はあくまでも人を対象にした運剣動作を最優先しています。
 大江先生は、場所、所謂人よりも環境を目安に業を出しています。なぜ、その様に替えてしまったのでしょう。
 壁添の心持ちと人中の心持ちは、動作は同じでも根本的に違うのです、人と物との違いを充分時の中学生に指導されていたのでしょうか。
 下村派の下村茂市の弟子で大江先生の兄弟子であった細川義昌系統の無双神傳抜刀術兵法の尾形郷一先生のこの様な手附は「人中」のままです。
 左右が障害となる場合は、上にも障害があり得るから突きを以って応じろと云う教えを素直に受ければいいのでしょうが、何かの思いがあったかもしれません。
 物はそのものだけでは移動しません。人は柔軟に状況判断してあるべき場に移動するものです。

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2018年7月23日 (月)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文2上意之大事8壁添

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
2、上意之大事
8壁添
 壁二不限惣而壁二添タル如ノ不自由ノ所ニテ抜クハ猶以腰ヲ開ヒ子リテ躰ノ内ニテ抜突クベシ切ラントスル故毎度壁二切アテカモイ二切リアテゝ仕損スル也突ク二越ル事ナシ就中身ノ振廻シ不自由ノ所二而ハ突事肝要
読み
 壁に限らず そうじて壁に添いたる如くの不自由の所にて抜くは 猶もって腰を開き ひねりて体の内にて抜き突くべし 切らんとする故毎度壁に切りあて鴨居に切りあてゝ仕損ずる也 突くにこえる事無し なかんずく身の振り廻し不自由の所にては突く事肝要也
参考
 古伝神傳流秘書 抜刀心持之事には壁添に相当する業名は有りません。
 谷村派第17代大江正路先生は奥居合立業に「壁添へ」の業名を付した業を独創されています。
壁添へ
 (進行中立留り両足を踏み揃へ上に抜き直下に斬下し竪立に刀を納む)中央に出で體を直立とし両足を揃へ刀を上に抜き上段となりて趾先を立てゝ真直に刀尖を下として斬り下し、其體のまま刀尖を下としたるまま血拭ひ刀を竪立として納む
大江先生の「壁添へ」は古伝神傳流秘書抜刀心持之事「人中」の動作そのものです。
人中
 「足を揃へ立って居る身二そへて上へ抜き手のべて打込む納るも躰の中にて納る」
 

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2018年7月22日 (日)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く2上意之大事7戸脇

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
2、上意之大事
7戸脇
戸ノ手前二立ッテ居テアレヱ通レト云テ入ル所ヲ切ラント心懸ルナラバツカツカト戸口ヲ入躰二歩ミ行テ柄ニテ胸ヲ押シツケテ然而引抜テツクベシ亦火急ニテ既二切カケラレタル時ハ或ハ柄ヲ以テハライノケ早ワザヲキカス可シ亦戸ノ内二人アリト思ハバ戸口ヲ直ク二入ル事ナク内二人ノ有ル方二向テ筋違テ入るベシ
読み及び読み解く
 戸の手前に立っていて あれえ通れと云いて入る所を切らんと心懸けるならば ツカツカと入躰に歩み行きて 柄にて胸を押し付けて然して引抜いて突くべし 火急にて既に切掛けられたる時は 或いは柄を以て払い除け 早業を効かすものである 戸の内に人ありと思わば戸口を直ぐに入る事無く 内に人の有る方に向いて筋違いに入るべきである
 この教えも、戸を入る際の心得を述べています。一つは戸口を入るや敵に突き当たるように柄で押付抜刀して突く。二つ目は打ち込んで来る敵の刀を柄で払って抜き打つ。三つ目は戸口を入る際に敵と筋違いに入り抜き打つ。
 大江先生の独創は前回の戸詰で終わりにしておきましょう。大江先生は消えてしまったであろう無双神傳英信流を復活させた中興の祖でいいのでしょう。
 伝書や業技法を正しく伝える剣士が土佐には当時いなかったか、大江先生を羨んで嫉妬するばかりの棒振り剣士ばかりで古伝を伝えるべきだったのでしょう。
 中学生相手の稽古だったため、閉鎖された処の業になっていて変わってしまった事に気が付かなかった事も有るかも知れません。
 後世の者が、戸がある無しなどの事に拘って、対敵意識を薄くしているだけでしょう。古伝の両詰はまだ生きているのは大江先生が両詰を、戸詰・戸脇の二つに分けて業を磨かせたお陰で失伝せずに残ったとも言えます。
 さて、この戸脇の教えの中に「・・火急にて既に切掛けられたる時は或は柄を以て払い除け早業を効かすものである…」の…部分が気になります。
 二本差しならば、他人の家に入るには太刀を腰から鞘ごと腰帯から抜いて左手に持っているでしょう。或は状況から腰に差したままと云うこともありえます。
 この、「柄を以て払い除ける」の業は他流にもあるものですが、此処では何の解説も無ければ、無双直伝英信流の現代の方々も何ら気にもしていない様です。
 鈴木安近先生著「鹿嶋清孝先生伝新陰流居合」、所謂制剛流抜刀術に「戸入(といり)」と云う居合があります。
 紹介させていただきます。
 「左手を鍔元に掛けながら右手を戸に掛け身体を戸と一緒に移動させながら戸を開け、内の気配をさぐりつつ左足から屋内に入る。頭上に切りかかる屋内の敵に向き直り上体を縮めながら、左手で反りを返しながら刀を顔の前に鞘のまま抜きあげ、柄・鍔で敵の刀を受け止め、右手を柄に掛け反りを返しながら上から一拍子に、片手で切りつけ勝つ(左からの敵・右からの敵二通り有)(古記録に「戸脇の大事ー口伝」とあるのはこれか?」
 「左手で柄にて敵の斬り込みを請け、右手で小太刀を抜いて突く」などの応用もあり得るもので研究しておくのも良いと思われます。
 その他にも、水鴎流にも柄にて請け止める業も見られます。この上意之大事戸脇は研究すれば幾重にも業が広がるものです。
 もう一つ「戸の内に人ありと思わば戸口を直ぐに入る事無く 内に人の有る方に向いて筋違いに入るべきである」ですが、これも無造作にまっすぐ入らず、内に人がいるのを見定め、筋違いに入って行き、敵の打ち下ろす筋を外して空振りさせて制するのだと暗示しています。
 棒振り体操に明け暮れているのもいいでしょうが、時には古伝を片手に議論しながら業の研究も良いものです。
 それによって、大江先生の教えもしっかり受け止められる「おおらか」さが身につきます。

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2018年7月21日 (土)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文2上意之大事7戸脇

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
2、上意之大事
7戸脇
 戸ノ手前二立ッテ居テアレヱ通レト云テ入ル所ヲ切ラント心懸ルナラバツカツカト戸口ヲ入躰二歩ミ行テ柄ニテ胸ヲ押シツケテ然而引抜テツクベシ亦火急ニテ既二切カケラレタル時ハ或ハ柄ヲ以テハライノケ早ワザヲキカス可シ亦戸ノ内二人アリト思ハバ戸口ヲ直ク二入ル事ナク内二人ノ有ル方二向テ筋違テ入ルベシ
読み
 戸の手前に立って居て あれへ通れと云いて入る所を切らんと心懸けるならば つかつかと戸口を入り体に歩み行きて 柄にて胸を押し付けて然して引抜きて突くべし 亦 火急にて既に切り懸けられたる時は 或は 柄を以て拂い除け早業を効かすべし 亦 戸の内に人ありと思わば戸口を直に入る事無く 内に人の有る方に向きて筋違いて入るべし
参考
 古伝神傳流秘書 抜刀心持之事には戸脇の業名は有りません。
 谷村派第17代大江正路先生の奥居合居業「戸脇」
 (左を突き右を切る)右足を右斜へ踏み出し、刀を抜き、左横を顧みながら突き、足踏みは其のままにて上體を右横に振り向け、上段にて切り下す

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2018年7月20日 (金)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く2上意之大事6戸詰

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
2、上意之大事
6戸詰
 障子或ハ戸ヲ明ケカケテ内ヱ入レト云テ入ル所ヲ戸ニテ立詰ントスルトキハ是ヲ察而扇ヲ敷居ノミソ二入レ其扇ノハシヲ脺(そつ・膝?)ニテ敷而内ヱ入ルトキハタテ詰ラルル事ナシ
 読み及び読み解く
 障子或は戸を開け掛けて 内へ入れと云って入る所を 戸にて竪詰んとする時は 是を察して扇を障子の溝に入れ其扇の端を膝にて敷きて内へ入る時は竪詰らるる事無し
 開けたままになっている障子又は戸の敷居の手前で伏して礼をする際の心得です。扇子を敷居に置いて膝で押さえておいて礼をしろと云うのです。これも業手附では無く上意で出向く際の心得です。
大江正路先生が独創した、無双直伝英信流居合奥居合之部居業には「戸詰」の業名は存在します。しかし古伝神傳流秘書抜刀心持之事には「戸詰」の業手附は存在していません。
 大江先生の独創による「戸詰」
 「(右を斬り左を斬る)抜き付け、右の敵を右手にて切ると同時に右足を右斜に出す、其の右足を左斜横に踏み変へて上段にて左斜を真直に斬る」
 左右の敵を斬ると云っていながら、右前・左前を斬っていて動作が変ですが、左右の応用ですから「おおらか」に・・・。
 是は古伝神傳流秘書抜刀心持之事の「両詰」の替え業です。
 「右脇へ抜打に切りつけ左を斬る」とあります。
 古伝の「両詰」は「抜て片手にて左脇を突き直に振り向いて右脇を切る」で「これは左右に詰掛けられたる時一人宛て切らんとする時は遅れを取る也、故に抜や否や左脇の者を切先にて突き、直ぐに右を切るべし、その業唯手早きに有。
 亦、右脇の者が抜く手を留めらるべきと思う時は右を片手に切り直ぐに左を切るべし」と上意之大事で述べられている右脇の者が抜く手を留めて来そうな時の応用業です。
 大江先生が「両詰」の業を、本来左右から詰め懸けられた時の応じ方を述べた手附を、戸のある場面の様な印象を与える業名に分けて戸詰・戸脇などと言い出して指導したため、上意之大事の心得は失念して、おかしな進化を向きになってやっているのが現代居合です。古伝をいじると変な事になる良い例です。
 与えられた業は出来るが、根元を求めないような指導者によるとあらぬ方に引きずられるので要注意です。
 古伝の両詰の稽古は、基本は敵は左右から詰めかけている状況から「左を突き右を切る」・「右を切り左を切る」であって、次に敵の配置を前後にしたり、右前・左後にしたり、右後・左後にしたり思いつくままに稽古すべきでしょう。
 それから、それぞれの場面に戸障子などの障害物を想定して応用問題を解決していけばいいもので、やたら狭義の想定をしてしまうのは疑問です。
 場の状況は、まず相手との応じ方が最優先でしょう。
 
 
 
 

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2018年7月19日 (木)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文2上意之大事6戸詰

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
2、上意之大事
6戸詰
 障子或ハ戸ヲ明ケカケテ内ヱ入レト云テ入ル所ヲ戸ニテ立詰ントスルトキハ是ヲ察而扇ヲ敷居ノミソ二入レ其扇ノハシヲ脺ニテ敷然而内ヱ入ルトキハタテ詰ラルゝ事ナシ
読み
 障子或は戸を明けかけて 内へ入れと云いて入る所を戸にて建詰んとする時は 是を察して 扇を敷居の溝に入れ 其の扇の端を脺(せつ、そつ?、膝・脛?)にて敷 而して内へ入る時は建詰られるゝ事なし
参考
 古伝神傳流秘書 抜刀心持之事にこの業名は存在しません。
 谷村派第17代大江正路 剣道手ほどき  奥居合居業 「戸詰」
 (右を斬り左を斬る)抜き付け、右の敵を右手にて切ると同時に右足を右斜に出す、其の右足を左斜横に踏み変えて左斜を真直斬る

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2018年7月18日 (水)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く2上意之大事5門入

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
2、上意之大事
5門入
 戸口ヲ出入スルノ心得也戸口ノ内二刀ヲフリ上テ待ツヲ計知ルトキハ刀ノ下緒ノハシヲ左ノ手二取刀ヲ背テウツムキトドコオリ無ク走リ込ムベシ我ガ胴中二切カクルヤ否ヤ脇指ヲ以抜付ケ二足ヲナク可シ
 読み及び読み解く
 戸口を出入りする(時)の心得である 戸口の内に刀を振り上げて待つを計り知る時は 刀の下緒の端を左の手に取り 刀を背負って俯き 滞りなく走り込むのである 我が胴中に切り懸って来るや否や脇指を以って抜き付けに足を薙ぐ也
 古伝神傳流秘書抜刀心持之事には「門入」に相当する業名も動作も見当たりません。
 大江正路先生の「門入」は、独創か、又は江戸末期から明治にかけて替え業が横行した中に上意之大事に相当する業があったかも知れませんが、文献上は不明です。
 大江先生の「門入」
 「(進行中片手にて前を突き後を斬り前を斬る)右足を出したる時、刀を抜き、左足を出して、刀柄の握りを、腰に當て刀峯を胸に當て、右足を出して、右手を上に返し、刀刃を左外法に向け、敵の胸部を突き、其足踏みのまま體を左へ振り向け、後へ向き上段にて斬り、直ぐに右へ廻り前面に向き上段にて斬る。」
 是では、全然上意之大事「門入」にはなりません。
 現代居合では、門の内に敵が居る想定で、門内の敵を敷居をまたいで刺突し、その足踏みのまま、右廻りに振り向き後から攻撃して来る門外の敵を刀を床と水平に鴨居に当たらない体勢で諸手上段になって右足を踏み込んで斬り下ろし、門内の新たな敵を左廻りに刀を床と水平に鴨居に当たらないように振り冠り門内の敵を右足を踏み込んで斬り下ろす。
 考え方は鴨居に当たらないように門内から出て真向に斬る、同じ様に鴨居に当たらないように門内の敵を切る。
 是では古伝神傳流秘書抜刀心持之事「棚下」の立業の様です。
 「大森流逆刀の如く立って上へ抜打込む時躰をうつむき打込む是は二階下様の上へ打込ぬ心持也」
 参考にする業は有るでしょうからそれを参考に独創した、で取り敢えずいいでしょう、現代居合もそれなりにきめています。
 細川義昌先生の系統の尾形郷一先生による無双神傳抜刀術兵法奥居合之部に「棚下」の業が「四角」の次に配されています。
 「(上の閊へる所にて前の者を斬る)正面に向ひ居合膝に座し、・・・略す」
 門入之心得は業手附に存在しない心得を説いたものでしょう。大江先生の独創した「門入」も業としてはおかしなものですが心得としておけばそれなりでしょう。

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2018年7月17日 (火)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文2上意之大事5門入

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣原文
2、上意之大事
5門入
 戸口ヲ出入スルノ心得也戸口ノ内二刀ヲフリ上テ待ツヲ計知トキハ刀ノ下緒ノハシヲ左ノ手二取刀ヲ背テウツムキトドコヲリ無ク走リ込ムベシ我ガ胴中二切カクルヤ否ヤ脇指ヲ以抜ツケ二足ヲナク可シ
読み
 戸口を出入するの心得也 戸口の内に刀を振り上げて待つを計り知る時は 刀の下緒の端を左の手に取り刀を背負いて俯き滞り無く走り込むべし 我が胴中に切りかくるや否や 脇指を以って抜付けに足を薙ぐ可し
参考
 古伝 神傳流秘書 抜刀心持之事 該当する業名および動作は見当たらず
・ 
参考
 谷村派第17代大江正路先生の門入
 (進行中片手にて前を突き後を斬り前を斬る)右足を出したる時、刀を抜き、左足を出して、刀柄の握りを、腰に當て刀峯を胸に當て、右足を出して、右手を上に返し、刀刃を左外方に向け、敵の胸部を突き、其足踏みのまま體を左へ振り向け、後へ向き、上段にて斬り、直に右へ廻り前面に向き上段にて斬る。

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