2022年12月 9日 (金)

古伝神傳流秘書4詰合10本目霞剣

古伝神傳流秘書
4詰合
10本目霞剣

古伝神傳流秘書詰合10本目「霞剣」:「眼関落しの如く打合せたる時相手引かんとするを裏よりはり込み真甲へ打込み勝亦打込まずして冠りて跡を勝も有り」

古伝神傳流秘書詰合8本目「柄砕眼関落のことならん)」:「両方高山後は弛し木刀に同し (はづし木刀(太刀打之位独妙釼の事ならむ)曽田乕彦メモ)」

古伝太刀打之事7本目「独妙剣」:「相懸也打太刀髙山遣方切先を下げ前に構へ行場合にて上へ冠り互に打ち合う尤打太刀をつく心持有柄を面へかへし突込み勝」

古伝太刀打之事8本目「絶妙剣」:「高山にかまへ行て打込み打太刀より亦打込を請て相手の面へ摺り込み相手かたへ取る(請くる時は切先へ手をそへ頭の上にて十文字に請け留むるなり)」

太刀打之位「独妙釼」とは「業附口伝」太刀打之位7本目「絶妙剣」も「独妙剣」と云われたらしいので7本目「絶妙釼」:「是は我前へ切尖を下げスカスカ行き場合にて拝み打に討也敵と我とは拳と拳と行会その時すぐに面へ柄頭を突込み勝也相掛りにても敵待ちかけても不苦我は鍔ぜりとなるや右足をドンと踏み直に左足を踏み込みて敵の拳の下より人中に當てる打は構へ不明なるも八相ならん」

太刀打之位「独妙釼」とは「業附口伝」太刀打之位8本目「独妙釼」:「是も同じく抜也敵待ちかけても相掛にても不苦八相にかたきてスカスカと行場合にて打込也其時敵十文字に請て又我が真向へ打込也其時我又本の侭にて請け面へ摺込み勝也(我詰たる時は左手を刀峯に當て次に摺り込み勝也)(摺込みたる時敵刀を右肩にとる也)」

「業附口伝」詰合之位10本目「霞釼」:「相中段 是も互に立合也敵待かけても不苦互に青眼の侭スカスカと行場合にて互に拝み打に討也互に太刀の物打ちのあたり合たる所を(中段に直る)我其侭左の足を踏み込み裏より払ひかむり勝也 五歩退り相中段に次に移る也」

 さて、困りました古伝神傳流秘書詰合の10本目「霞剣」の業を「眼関落」に拘っては、特定できません。
 是等の業を総括して見ると10本目「霞剣」は、「互に上段もしくは相中段、或いは仕太刀下段打太刀上段の何れでも、双方歩み寄り間に至れば拝み打ちに打ち合う。
 所謂合し打ちで勝負あった処から双方刀を合わせ、打太刀が下がろうとする瞬間、仕太刀は打太刀の刀の裏(左側)に刀を取り相手の刀を
張り込むや左足を左前に踏み込み刀を右肩から廻して振り冠り真向に打込。」


 古伝「霞剣」の手附の通り、そして「業附口伝」の10本目「霞釼」をベースに、是まで習い覚えた業を組み込む事が良さそうです。
拝み打ちは上段から双方相手の真向に打込む、「合し打ち」そのものです。どちらかが刀で受け止めたり、現代の先生方が「形だから」といい加減に双方の真中で刀を合わせそれ以上切先を打ち込まない、意味不明の「棒振り」ではあってはならないでしょう。
 「合し打ち」は我が頭上に打ち込んで来る相手の頭上に我は稍々遅れて打込み、我が刀は相手に打込まれる。相手は我が刀に乗られて摺り落されてしまう極意業です。稽古では相手の頭上に当たる前に寸止めをしないと大怪我をする事になります。手の内の締め緩め、身体で打ち込む力量が無ければ現代の先生方の様に双方の真中で打ち止めるばかりで仕方は無いでしょう。
 裏から張り込む動作は最小限で効果的に実施する事も稽古すべきですが、寧ろ裏に入るや相手の刀との接点を支点に、廻し打ちすべきものでしょう。

 
 
 

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2022年12月 8日 (木)

古伝神傳流秘書4詰合9本目水月7(木村栄寿)

古伝神傳流秘書
4詰合
9本目水月
7(木村栄寿)

古伝神傳流秘書詰合9本目「水月」:「相手高山にかまへ待所我も高山にかまへ行て相手の面に突き付る相手拂ふを躰を替し打込み勝

「業附口伝」詰合之位9本目「水月刀」:「是も同じく立合て真向へかむり相懸りにても敵待かけても不苦我真向へかむりてスカスカと行場合にて太刀の切尖を敵の眉間に突き込む様に突く也其の時敵すぐに八相に拂ふ其時我すぐにかむり敵の面へ切込み勝也互に五歩退り血振納刀以下同し」

木村栄寿著「林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流傳書集及び業手付解説」昭和57年1982年詰合9本目「水月」:「相手高山にかまへ待處へ我も高山に構へ行て相手の面に突付る相手拂ふを躰を替はし打込み勝(打太刀待つ。但し、相掛りにてもよし)
 打太刀上段に構え待つ、遣方上段に構え歩み寄り、間に入るや徐々に太刀を下し切先を面につける。
 打太刀遣方に切先を面に突きつけられて一歩引くや、八相に払う(ヤー)。
 遣方左足を左前に踏み込み体を躱し、刀を右に外すや、右から振り冠り、踏み込んで打太刀の正面を打つ(エイ―)。・・」

木村先生の詰合9本目「水月」の業名も手附も古伝神傳流秘書の書かれている通りの文言です。但し「業附口伝」による「相懸りにても敵待かけても不苦」を取り入れた処は、木村先生の細川家からの伝書には無いと思われます。古伝の替え業と云う事でいいのでしょう。
 「相手拂ふを躰を替し打込に勝」の動作も左足を左前に踏み込み外して振り冠って打ち込んでいます。この時の打太刀の動作で「一歩引くや八相に払う」は古伝にも「業附口伝」にも示されていないものです。打太刀が上段で待つ時の構えが左足前の上段であれば、青手との間合いにより左足を引いて八相に払うか、右足を踏み込んで八相に払うかです。右足前の上段ならば、間が遠ければ左足を右足に引き付け右足を踏み込み八相に払う。間が近ければそのまま払う。など間と間合いにより稽古により身に着け臨機応変に判断すべき処で、古伝は足裁きを固定していません。
 前会の福井聖山先生の詰合之位9本目「水月刀」では、打太刀は一歩引いて八相に払う手附を述べられていますが、ビデオでは行なわれていません。

「業附口伝」は谷村樵夫自庸により曽田先生の実兄土居亀江が相伝された免許皆伝目録の口伝を曽田先生があらましを書いたもので、細川家には無いと思われます。木村先生の「林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流伝書集及び業手付解説」にはありません。この免許皆伝目録は昭和20年1945年7月の高知空襲により曽田先生の家財と共に焼失しています。曽田先生の書かれた「業附口伝」は河野百錬著「無雙直伝傳英神信流居合道」昭和13年1938年に掲載され活字化されています。

 

 

 

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2022年12月 7日 (水)

古伝神傳流秘書4詰合9本目水月6(福井聖山)

古伝神傳流秘書
4詰合
9本目水月
6(福井聖山)

古伝神傳流秘書詰合9本目「水月」:「相手高山にかまへ待所我も高山にかまへ行て相手の面に突き付る相手拂ふを躰を替し打込み勝

「業附口伝」詰合之位9本目「水月刀」:「是も同じく立合て真向へかむり相懸りにても敵待かけても不苦我真向へかむりてスカスカと行場合にて太刀の切尖を敵の眉間に突き込む様に突也其の時敵すぐに八相に拂ふ其時我すぐにかむり敵の面へ切込み勝也互に五歩退り血振納刀以下同し」

第21代福井聖山著「無雙直伝英信流之形」平成3年1993年極意之形詰合之位9本目「水月刀」:「仕打共に右双手上段(突 返し面)
1、相懸かりに進み、仕太刀二歩出た時剣先を下げ。間合に至るや剣先を打太刀の眉間に突き込む。打太刀眉間に突き込まれ左足を引き八相に払う
2、仕太刀八相に払われ直ちに振り冠って左足を踏み込み打太刀の面を打つ。
(仕太刀二歩目に剣尖を中段に下げ、三歩目に水月を突き払われるやその瞬間正面を打つ)」

 福井先生は「業附口伝」の動作です。双方上段に振り冠り相進み、仕太刀二歩出た時、上段から切先を下げ、さらに一歩踏み出し打太刀の眉間に突き込む。(この三歩目の時手附は打太刀の眉間に突き込むのですが、括弧の補足は「三歩目に水月を突き」だそうです。
 眉間と水月一尺余り離れています。どっち取りましょうか。括弧の補足は不要でしょう)
 右双手上段ですから、右足前に構えます。出るは出足の法則に随えば、右足・左足で刀を下げ、右足を踏み込んで突き込むを払われる。打太刀も右双手上段ですから右・左・左を引いて右足前にして八相に払う。打太刀に一歩退かれたので、仕太刀は
ここは左足を踏み込んで面を打つという事になります。
 手附けの文章は納得しましたが、福井先生のビデオによる詰合之位9本目では仕太刀は三歩目に突き込んでいますが、打太刀は左足を引かず、右足を踏み込んで八相に払っています。是は最初に上段に構えた間合が遠い為に一歩ずつ不足してしまったために即興で調整した「福井流の砕き・替え業」と云う事になります。
 足運びの歩数を尤もらしく述べる教本も現代では多いのですが、場の状況や、身長などによって微妙です、歩数合わせは無駄な事です。自然に調整できる様に稽古を重ねるべきでしょうし、稽古相手も常に同じなどでは稽古になりません。奉納演武や見世物演舞は知りませんが
実戦に即した稽古を重ねる方がよいでしょう。

 

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干支を読む 癸卯(みずのとう)

干支を読む

 2023年令和5年の干支は癸卯(みずのとう・きすいのうさぎ・きすいのう・きぼう)です。干支の40番目に当たります。

 癸は「キ・みずのと・はかる」十干の十番目。文字は刃が三方または四方に張り出ていて、どちらでも突けるほこを描いた象形文字で、回転させる意をふくむ。十干が一巡してもとに戻ろうとするその最後の位。農作物が一巡りしてすべて終わった状態。次はまた種から始まるが、それまでの一休みの状態と云える。水の弟の意。
 卯は「う・みょう・ぼう」十二支の4番目。時刻は午前六時および前後2時間。方角は東。動物では「うさぎ・兔」。文字の意味は門を押しあけて中に入り込む様。植物の若葉が茂って、上からかぶさる様な状態の時期。
 兔は「ツ・ト・ウサギ」動物のウサギ。文字はウサギの姿を描いた象形文字。
(藤堂明保編学研漢和辞典より)

 
 卯の象形文字  兎の象形文字

   卯(ウサギ)は福徳そなわり、性質まことに温厚で愛嬌もあり、交際巧みです。容易に怒ることがないので、人との協調面はいうことなし、その面からの立身がありましょう。が、しばし自分の口から災いのタネを・・。(「初心者のためのこよみと運命学入門」監修 観象学人」より)
 癸卯の年は、空気がゆるみ萌芽を促す年との事の様です。

  全世界に2019年末から蔓延し多くの死者を出したコロナの行く末は、この2022年の年末でも終止符が打たれる兆しが見えない。それでも多くの規制が取り外されても不安は消えてはいない。2023年は収束もしくは適切な対応策が開発される年になるのでしょうか。経済的にも多くの犠牲を払い足踏みが続いています。

  ウクライナに侵攻したロシアの求める事が誰でもが納得できるものでもないまま2023年にも引き継がれてゆくように思えます。
  中国の台湾統合や太平洋、インド洋への拡大も止まらない。 北朝鮮の挑発も解決しないまま年を越す。
  遠い昔と少しも変わらない人類の嘆かわしい権力者の横暴が目に余り、これでも人類は霊長類などと言えるのでしょうか。そんな問題を抱え「癸卯」の年に新しい萌芽を促す年になる事を思わずにいられない。
  
  たとえ、それらが一時停止で巧く行ったとしても、日本の食料自給率の低下、エネルギーの自給の低さ、労働人口不足、出生率低下や地方過疎化は止まらない。 

 日本は 戦後の経済発展の仕組みに溺れて、目先の思い付き政策だけでは何一つ解決できるとは言えそうもない。
  あらゆる分野で維新を口にした時に生まれ変わる道が見えて来るのでしょう。私たちの祖先は、太平洋戦争敗北・明治維新・戦国時代が終焉し江戸幕府の成立・貴族政治から武家の政治への鎌倉幕府など幾つもの大きな体制の変化を乗り越えて来たはずです。そこで起こった過去との断絶が一人一人に理解され生きる道を求めてきたはずです。
 権力を保持しようとあがく人など、国民は期待してなどいないのは何処の国でも同じでしょう。
 人を思いやる心に依っての努力で解決される事はあり得ても、手に負えないのは地球温暖化や気候変動、火山の多発、大地震の多発など克服していかなければならない大きな課題も予測されます。

1、卯(兎)の諺
 ①ウサギの昼寝 兎と亀の寓話から、油断して思わぬ失敗を招く事。
 ②ウサギを見て犬を放つ 手遅れだと思ってもあきらめてはいけない。事を見極めてから対策を立てても遅くは無いと云う譬え。
  事態が差し迫ってからあわてて行動に移る事。急いで仕損ずることの喩え。
 ③二兎を追う者は一兎をも得ず 欲を出して同時に二つの物事をしようとすると、いずれもが成功しないという意。
 ④始めは処女の如く後は脱兎の如し 始めは弱々しくみせて、油断させ、後に見違えるほどの強い力を発揮して一気に敵を攻撃する。
 ⑤テンなき山にウサギ誇る 力のある者のいないところで卑小な者がはばをきかすたとえ。
 ⑥兎の角論 兎には角が無いところから、根拠のないことについてする無益な議論。

2、兎を詠んだ俳句   万葉集
   初雪に兎の皮の髭作れ 芭蕉
   猿どのの夜寒訪ひゆく兎かな 蕪村
   名月や兎のねむる諏訪の海 蕪村
   栗のいが兎の糞や所々 寺田虎彦
   万両は兎の眼もち赤きかな 千代女
   亀は歩み兎は眠る長閑かな 尾崎紅葉

  等夜の野に兎ねらはりをさをさも寝なへ子ゆへに母に(ころ)はえ 万葉集
(等屋(とや)の野に兎をねらうようにして中々寝ない子なので母に叱られるんだよ)

3、卯の熟語
 卯月(二月)、卯杖、卯酒(卯刻に飲む酒)、卯飲、卯飯、卯簿、点卯

4、兎の熟語
 兎欠(みつくち)、兎月(とげつ)、兎死(事が終わる事)、兎糸(有名無実のたとえ)、兎角(あれやこれや、ともすると)、兎脱(逃げ足の早いこと)、脱兎

5、兎を祀ってある神社 
 東天王岡崎神社(京都)、白兎神社(鳥取)、住吉神社(大阪)、十二所神社(神奈川鎌倉)etc

6、癸兎年の有名人
 原田泰造、加賀まりこ 案外少ない様ですが、卯年は多い様です。
 netで調べても芸能人ばかりですから省略します。
 

7、癸卯の60年ごとの過去を振り返ります。
 (日本史年表 歴史学研究会編より)
 ①1963年昭和38年昭和天皇
  米原子力潜水艦寄港通告・自然科学者154人原潜寄港反対
  東京地裁原爆投下は国際法違反の判決
  吉展ちゃん誘拐事件・狭山事件
  黒四ダム完成
 ②1903年明治36年明治天皇
  桂首相等により対露策協議
  東京電車鉄道新橋・品川間開通
  小学校の教科書国定化決定
 ③1843年天保14年仁孝天皇・家慶将軍
  幕府江戸より人返しをはかる
  幕府馬喰町屋敷の大名旗本への貸付金返済に半高棄損、半高無利息年賦返済とする。
  イギリス軍艦八重山諸島を測量
  ロシア船択捉島に来航
  幕府町人の武芸稽古を禁止
  釧路・厚岸大地震、小田原大地震
 ④1783年天明3年光格天皇・家治将軍
  松江藩町民農民米価高騰に蜂起。
  大阪京都米価高騰買占めのため打ちこわし。
  青森・盛岡・弘前・陸奥各地に打ちこわし。
  浅間山噴火などによる凶作飢饉のため上野、安中宿、高崎などで打ちこわし。
  西上州の一揆、前橋・信州小県郡・佐久郡の波及。
  浅間山大噴火
 ⑤1723年享保8年中御門天皇・吉宗将軍
  幕府諸国の人口調査を以後6か年毎に実施とする
  幕府心中者の刑罰を定め、心中事件の出版・上演を禁止。
 ⑥1663年寛文3年霊元天皇・家綱将軍
  武家諸法度改訂殉死を禁ずる、旗本の財貸による養子縁組を禁ずる
  長崎大火
 ⑦1603年慶長8年後陽成天皇・家康将軍
  家康征夷大将軍となり江戸幕府を開く
  豊臣秀頼内大臣となる
  千姫秀頼に嫁す
  出雲阿国京都で歌舞伎踊り
 ⑧1543年天文12年後奈良天皇・足利義晴将軍
  ポルトガル人種子島に来て鉄砲を伝える
  織田信秀禁裏料を献上
  大内義隆・毛利元就出雲富田城に尼子を攻め敗退
 ⑨1483年文明15年後土御門天皇・足利義尚将軍
 ⑩1423年応永23年称光天皇・足利義持・足利義量将軍
 ⑪1363年康安2年北後光厳天皇・南後村上天皇・足利義詮将軍
 ⑫1303年嘉元1年後二条天皇・後宇多天皇・執権北条師時
 ⑬1243年寛元1年後嵯峨天皇・執権北条経時
 ⑭1183年寿永2年安徳天皇・後白河法皇
  藤原俊成「千載和歌集」
  木曽義仲平家追討に向う
  源頼朝木曽義仲追討に義経を上洛させる
 ⑮1123年保安4年崇徳天王・白河法皇
 ⑯1063年康平6年後冷泉天皇
  阿部貞任追討を源頼義、義家に賞する
  ⑰1003年長保5年一条天皇
  ⑱943年天慶6年朱雀天皇
 以下略す

 癸卯の年を振り返って見ると、日本の政治であるとか社会情勢が変わろうとする兆しが感じられる気がします。
 癸卯の年の前後5年から10年の箇条書きされたその年の動向に、語られています。
 この事は癸卯に限られた事では無いかも知れません。ここ3年もコロナに振り回され、ロシアのウクライナ侵攻に地球全体が揺すぶられ、その結末も今だ見いだせない上に、悪乗りする権力者も国によっては出て来ています。
 人類が国境なしに動けて、それぞれが幸せを求めて新しい故郷を生み出せる日が待ち遠しいものです。
 日本だってまだまだです、江戸時代の藩政時代には自由に行動が許されなかったのは150年前そこそこの事です。藩が県に変わっただけで、其の区分の見直しも無く、行政は県に任されていても、県だけでは何もできない。今後の発展の兆しさえ見えない地域もどんどん増えているのです。県単位では力不足ですし、ほんのわずかな若者の移住などではもっと厳しいもので、今の年寄りが亡くなった後には、下手すれば移住者家族だけが残って酷い過疎化が待つばかりです。
 ポツンと一軒家は暮らしてみたい願望は有っても、それだけでは社会改革にはなりません。理想の社会を積極的に提案する時代が来ている、先ずは言葉に出して言って見る事から始めないと・・。
 ミツヒラ思いつくままに
 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

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2022年12月 6日 (火)

古伝神傳流秘書4詰合9本目水月5(檀崎友影)

古伝神傳流秘書
4詰合
9本目水月
5(檀崎友影)

古伝神傳流秘書詰合9本目「水月」:「相手高山にかまへ待所我も高山にかまへ行て相手の面に突き付る相手拂ふを躰を替し打込み勝

「業附口伝」詰合之位9本目「水月刀」:「是も同じく立合て真向へかむり相懸りにても敵待かけても不苦我真向へかむりてスカスカと行場合にて太刀の切尖を敵の眉間に突き込む様に突く也其の時敵すぐに八相に拂ふ其時我すぐにかむり敵の面へ切込み勝也互に五歩退り血振納刀以下同し」

檀崎友影著「居合道その理合と神髄」昭和63年1988年詰居合之位9本目「水月刀」:「仕打共に上段より相掛にて進み(打太刀待ちかけても良い)、間合にて仕太刀は剣先を下げて打太刀の眉間に突き込む。打太刀直ちに八相に払うを、仕太刀すぐさま冠って打太刀の面に斬りこみ勝。・・」

檀崎先生の「水月刀」は太刀打の位6本目「水月刀」と同じ心持でしょう。:「仕太刀中段にて打太刀の眉間に切先をつけ、打太刀八相に構え相進み。打太刀は仕太刀の刀先が邪魔になり八相になぐり討ちに来る。仕太刀は即座に左足を右足に引き付けると同時に振り冠り、打太刀の真向に打込み勝。・・」

 構えの違いは、詰居合之位では仕太刀上段で進み上段から中段に刀を下げて突き込む。太刀打之位では初めから仕太刀は中段で切先を眉間に付けています。
 打太刀は仕太刀の切先が邪魔になり、八相に打ち払うは、詰居合之位では左上段であれば右足を踏み込んで右頭上から左に打ち払う。右上段でも同様です。この「水月」は高山ですから上段です。太刀打之位であれば、始めから八相の構えですから左に打ち払う。
 仕太刀の外し方が、解説不充分です。出足を退いて外すのですが、其の際相手の払うに随ってその拍子に出足を引いて右肩から振り冠って打ち込む。
 太刀打之位では打太刀「八相になぐり討ちに来る」のですから、仕太刀はその間を捉えて左足を退くと同時に中段から即座に上段にふり冠って打ち込むとなるでしょう。

 写真が添付されていますが、ほぼ同じ応じ方に見えますが、手附を読んで違いを読み取るのは優しそうで難しいかも知れません。
 この業での稽古が進めば、木刀での稽古では、相手に我が木刀を払わせ、それに随って振り冠り打ち込む事に違和感を持たないでしょうが、真剣であれば、相手も、刀を払わず、中段にて突き込んで来る左拳を八相に斬りこんできます。我は左拳を上に取り上げ外すと同時に相手の拳に打込んで勝つ。其処まで出来なければ、稽古を積んだとは言えそうにありません。 

 

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2022年12月 5日 (月)

古伝神傳流秘書4詰合9本目水月3(大田次吉)

古伝神傳流秘書
4詰合
9本目水月
4(大田次吉)

古伝神傳流秘書詰合9本目「水月」:「相手高山にかまへ待所我も高山にかまへ行て相手の面に突き付る相手拂ふを躰を替し打込み勝

「業附口伝」詰合之位9本目「水月刀」:「是も同じく立合て真向へかむり相懸りにても敵待かけても不苦我真向へかむりてスカスカと行場合にて太刀の切尖を敵の眉間に突き込む様に突く也其の時敵すぐに八相に拂ふ其時我すぐにかむり敵の面へ切込み也互に五歩退り血振納刀以下同し」

大田次吉著「土佐英信流」昭和55年1980年詰合之位9本目「水月刀」:「仕打共に右上段にて進み、仕太刀間合に至り打太刀の動きを見ながら刀を中段に下げ、打太刀の顔面に切先を突き出す。
 打太刀は仕太刀の突き来る刀を左足を継足に引きて八相に払う(左払い)
 仕太刀は刀を払われるを利用して右肩から上段に振り冠り、打太刀の正面に斬り下して勝。
 互に切先を合わせ五歩退く。」(手附に添付写真の解説を織り込み、大田先生の意図に随い構成してあります)

 大田先生も古伝の「水月」を「水月刀」と業名を変えています。古伝の「相手の面に突き付る相手拂ふを躰を替し」ではなく、「業附口伝」の「八相に拂ふ時我すぐにかむり敵の面へ切込み」に随っています。其れも相手の八相に払って来るのを、刀を外す事無く払われるに随って振り冠る、「払われるを利用して」廻し打ちしています。

 この「水月刀」の解説には写真が9枚添付されています。②③④の写真は仕太刀が間に至り上段から刀を下しつつ打太刀の眉間に切先を突き付ける場面なのですが、この場面で打太刀は仕太刀の剣先に合わせ刀を下しつつあります。相中段になるや⑤の写真では打太刀の刀の切先は打太刀の左下に移り、仕太刀の刀の切先は仕太刀の右に変わっています。この写真の動きを表す表現は「左足を継足に引きて八相に払う(左払い)」の一節でしょう。古伝にも「業附口伝」にも他の先生にも見られない「払い」でしょう。
 八相に払うというよりも、相中段から打太刀は左足を退いて仕の刀を左に押し落す、感じに見えてしまいます。打太刀の刀も切先下がりで刃は仕の方を向き、両腕が交叉した逆勢の状態です。ご存命でしたらお聞きしたい処です。
 

 

 


 

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2022年12月 4日 (日)

古伝神傳流秘書4詰合9本目水月3(三谷義里)

古伝神傳流秘書
4詰合
9本目水月
3(三谷義里)

古伝神傳流秘書詰合9本目「水月」:「相手高山にかまへ待所我も高山にかまへ行て相手の面に突き付る相手拂ふを躰を替し打込み勝

「業附口伝」詰合之位9本目「水月刀」:「是も同じく立合て真向へかむり相懸りにても敵待かけても不苦我真向へかむりてスカスカと行場合にて太刀の切尖を敵の眉間に突き込む様に突く也其の時敵すぐに八相に拂ふ其時我すぐにかむり敵の面へ切込み勝也互に五歩退り血振納刀以下同し」

三谷義里著「詳解無双直伝英信流」昭和61年1986年詰合之位形9本目「水月刀」:「理合 仕太刀は打太刀の顔面に突き込むところを打太刀に払われたので、体をかわして左から打太刀の面を打つ。
動作
1、打太刀、仕太刀ともに右上段に構える。
2、いきなり仕太刀は前へ出ながら刀を中段におろし、打太刀の眉間に突き込む。
3、すかさず打太刀が右足を踏み込んでななめに払うところを、仕太刀は左足を左前に踏み出し、体をかわしつつ左手を突き上げて剣先を後ろに下げて外し、刀を止めることなく左から打太刀の面を打つ
4、仕打共に太刀を合わせ、血振り、納刀して立ち上がる
5、打太刀は五歩引き、仕太刀はそのままの姿勢で終わる。

 三谷先生の「水月刀」も古伝の手附にもかかわらず「水月」を「水月刀」に変えてしまっています。「業附口伝」を第9代林六大夫守政が土佐にもたらせた居合の古伝と認識されていたとは思えませんので、是は政岡先生に習ったままにされたと思います。
 仕打共に、政岡先生は左上段、三谷先生は右上段から始まります。この違いの必要性も何故師匠の手解きを変えたのでしょう。解説してほしいのは私だけでしょうね。左上段を全剣連の指定であれば変えたくなるかも知れません。
 「左から打太刀の面を打つ」の意味も能く解りませんが、政岡先生の手附で読んで見た様に「左に体を躱し打ち込む」のでしょう。

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2022年12月 3日 (土)

古伝神傳流秘書4詰合9本目水月2(政岡壱實)

古伝神傳流秘書
4詰合
9本目水月
2(政岡壱實)

古伝神傳流秘書詰合9本目「水月」:「相手高山にかまへ待所我も高山にかまへ行て相手の面に突き付る相手拂ふを躰を替し打込み勝

「業附口伝」詰合之位9本目「水月刀」:「是も同じく立合て真向へかむり相懸りにても敵待かけても不苦我真向へかむりてスカスカと行場合にて太刀の切尖を敵の眉間に突き込む様に突く也其の時敵すぐに八相に拂ふ其時我すぐにかむり敵の面へ切込み勝也互に五歩退り血振納刀以下同し」

政岡壱實著「無雙直傳英信流居合兵法地之巻」昭和49年1974年詰合之位9本目「水月刀」:「(眉間に突込むを払われるので左に替して面)相手高山にかまへて待つ所へ我も高山にかまえ行て相手の面に突付る相手払ふを体を替し打込勝 打太刀左上段でまつ、仕太刀左上段
1、如前出ながら刀を下し眉間へ突込む。
2、打太刀右足をふみ込んで斜に払ふ。仕太刀左足を左前にふみ込み体を替しながら左手をつき上げて剣尖を後に下げて外し刀を止めることなく左より面
3、双方太刀を合す。
4、双方五歩引く。」

 政岡先生の9本目は業名「水月刀」で古伝の手附を引用しているのに、何故「業附口伝」の業名「水月刀」を取り上げ古伝の業名「水月」を破棄されたのでしょう、疑問です。
 太刀打之位6本目が「水月刀」で古伝は「相手高山或は肩遣方先生(切先の誤り)を相手の面へ突付行を打太刀八相に払ふ所を外して上へ勝或は其侭随而冠り面へ打込み勝も有り」
 打太刀上段に構え待つところ、仕太刀中段で間に入りつつ剣尖を上げて眉間に突き込む。打太刀右足を踏み込んで八相(斜めに)に払う。仕太刀左足を引きつつ振り上げ外し、右足を踏み込んで打太刀の正面を打つ。早ければ引かずして振上げて外し打つ。

 この太刀打之位6本目「水月刀」と同じ理合と見て「水月刀」とされたのかも知れません。
 政岡先生の「水月刀」の動作で「左手をつき上げて剣尖を後に下げて外し・・左より面」の動作は表現が不明確です。刀を右下に外しつつ左に体を躱し、左手を突き上げる様にして右肩から廻し上段に振り冠って相手の面に打込む。所謂廻し打ちでしょう。「左より面」の意味不明ですが、「左に身を替り相手の面に打込む」と解釈すれば良さそうです。

 「水月」は、相手の顔面に切先を突き付けるのですから相手は思わず刀を払って来るのでしょう。誘いを仕掛けたと云えます。相手が我が刀を払うのであれば、上に外して相手の拳に打ち下せば一本です。下に外した場合は切り上げるのも有りでしょう。下に外して上に振り上げ打ち下すのでは、切り返されそうです。
 双方高山(上段)で相手に我はスルスルと歩み寄り、間境で切先を相手の顔面に突き付けるや相手は踏み込んで八相に払って来る、我は体を左に躱し同時に相手の拳に打込み勝。どの様に體を躱すのか、相手は我が刀を払って来ようと左拳であろうとも、体を左前に躱せば外せます。その際切先を相手の腕に付けます。上段に振り冠ったのでは相手に下から切り返されてしまいそうです。何処へ打ち込むのか特定しない処が古伝の奥深い処でしょう。此処は矢張り右拳に打込むでしょう。外した時が斬った時の一拍子の運剣を示唆して居ます。

 

 

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2022年12月 2日 (金)

古伝神傳流秘書4詰合9本目水月1(福井春政)

古伝神傳流秘書
4詰合
9本目水月
1(福井春政)

古伝神傳流秘書詰合9本目「水月」:「相手高山にかまへ待所我も高山にかまへ行て相手の面に突き付る相手拂ふを躰を替し打込み勝

「業附口伝」詰合之位9本目「水月刀」:「是も同じく立合て真向へかむり相懸りにても敵待かけても不苦我真向へかむりてスカスカと行場合にて太刀の切尖を敵の眉間に突き込む様に突く也其の時敵すぐに八相に拂ふ其時我すぐにかむり敵の面へ切込み勝也互に五歩退り血振納刀以下同し」

  第19代福井春政先生の詰合は嶋専吉述「無雙直傳英信流居合術形乾」昭和17年1942年詰合之位8本目「水月刀」に残されています。
詰合之位8本目「水月刀」:「姿勢及構へ 仕打立姿相上段 (打太刀は後退せず元の位置に留まるも可)
動作 双方とも右上段に冠り相掛りに進むうち、仕太刀幾分刀を下げ間合に至るや打太刀の眉間に突き込む様に刺突す
打太刀八相に拂うを、仕太刀隙かさず左足を稍々左方に踏み體を軽く左に轉じて振冠り、右足を踏み込み打太刀の面を打つ。(體を左に開き上段に振冠り打ち込まず残心を示すもあり)刀を合わせ双方五歩退き血振り納刀す。」

 福井先生の教えは業名「水月刀」ですから「業附口伝」の業名です。太刀打之位の6本目「水月刀」とも業名は同じ「水月刀」です。
太刀打之位6本目「水月刀」:「姿勢及構へ 仕中段打八相 
動作 相掛りにて進み、仕太刀は剣尖を打太刀の間合に付け中段にてスカスカと進み間合にて一歩踏み込み打太刀の眉間を突く。打太刀八相に打ち払うを、仕太刀左足を左方に踏み開き右足を進め打太刀の面へ打ち下す。(打太刀は拂はるゝや、「直ぐに冠り後を勝つなり」とせるもあり、此の場合は仕太刀は刀を拂はるゝや左足を左方に踏み開き右足を一歩踏出して振冠り残心を示す姿勢となる)。刀を合わせ五歩後退し血振り納刀。」

 福井先生の教えは業名は「業附口伝」や太刀打之位ですが、仕太刀の動作は古伝の「相手拂ふを躰を替し打込」にされています。

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2022年12月 1日 (木)

古伝神傳流秘書4詰合9本目水月

古伝神傳流秘書
4詰合
9本目水月

古伝神傳流秘書詰合9本目「水月」:「相手高山にかまへ待所我も高山にかまへ行て相手の面に突き付る相手拂ふを躰を替し打込み勝

「業附口伝」詰合之位9本目「水月刀」:「是も同じく立合て真向へかむり相懸りにても敵待かけても不苦我真向へかむりてスカスカと行場合にて太刀の切尖を敵の眉間に突き込む様に突く也其の時敵すぐに八相に拂ふ其時我すぐにかむり敵の面へ切込み勝也互に五歩退り血振納刀以下同し」

 古伝の業名は「水月」、「業附口伝」は「水月刀」です。この業名の違いは、太刀打之事から来ているかもしれません。

 古伝太刀打之事6本目「水月刀」:「相手高山或は肩遣方切先を相手の面へ突付て行を打太刀八相へ拂ふ処を外して上へ勝つ或は其侭随て冠り面へ打込み勝も有り」

「業附口伝」太刀打之位6本目「水月刀」:「是も相掛りにても敵待かけても不苦敵の眉間へ我太刀の切尖を指付けスカスカと行也敵我太刀を八相にかけてなぐる也其時我すぐにかむりて後を勝也」

 古伝の詰合と太刀打之事との違いは、先ず業名が詰合は「水月」、太刀打之事は「水月刀」です。

 古伝詰合9本目「水月」は。双方上段、相手上段に構え待つ処へ、仕太刀は上段に構えて場に至りて、相手の面へ切先を下げて突き付けるのを、相手が払うので左足を左前に踏み込み、体を躱し、刀を右に外しながら右肩から廻して真向に振り冠って相手の面へ打込勝のです。

 古伝太刀打之事6本目「水月刀」は、相手は上段或いは八相に構えている処へ、仕太刀は切先を相手の面に付けた正眼の構えで間を越す処、相手は八相に左上から右下に我が刀を払って来る、其の払う刀を、仕太刀は(体を躱さず)刀を右下へ外し、右から廻して上段に振り冠るや相手の面に打込み勝。或いは、八相に拂われるに随って右から振り冠って相手の面へ打込む。

 「業附口伝」は古伝太刀打之事6本目「水月刀」の様に、体を躱さず、刀を払うに任せて廻し打ちする。でしょう。相手が払う瞬間右下に刀を外し廻し打ちする事も視野の内かも知れません。

 

 

 

 

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2022年11月30日 (水)

古伝神傳流秘書4詰合8本目柄砕(眼関落之事ならん)7(木村栄寿)

古伝神傳流秘書
4詰合
8本目柄砕(眼関落之事ならん)
7(木村栄寿)

古伝神傳流秘書詰合8本目「柄砕」:「両方高山後は弛之木刀に同じ(外し木刀之位独妙剣(眼関落)の事ならむ 曽田乕彦添え書き)」

 参考に古伝太刀打之事7本目「独妙剣」・8本目「絶妙剣」を振り返っておきます。
古伝太刀打之事7本目「独妙剣」:「相懸也打太刀髙山遣方切先を下げ前に構へ行場合にて上へ冠り互に打合打太刀をつく心持有柄を面へかへし突込み勝
古伝太刀打之事8本目「絶妙剣」:「高山にかまえ行て打込み打太刀より亦打込を請て相手の面へ摺り込み相手肩へ取る(請くる時は切先に手をそへ頭の上にて十文字に請け留むるあり)

 「柄砕」の業名なので「柄」の文字が含まれるのは、古伝太刀打之事7本目「独妙剣」です。8本目「絶妙剣」では無さそうです。

「業附口伝」詰合之位8本目「眼関落」:「相上段 是も互に立ち敵も我も真向へかむり相掛りにてスカスカと行き場合にて互に拝み打に討也、其の時敵の拳と我拳と行合也、其時我すぐに柄頭を敵の手元下より顔へハネ込み勝也、(右足をドンとふみ急に左足を踏み込む也)互に五歩退り納刀以下同じ」

木村栄寿著「林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流傳書集及び業手付解説」昭和57年1982年詰合(業手付及び口伝)8本目「柄砕」:「両方高山跡は地の木刀に同じ(相懸り也、互に歩み寄る) 遣方打太刀共に上段に構へ、歩みよる。
 打太刀右足を踏み出し真向に打込む、遣方右足を踏込み、強く真向に打込み相打ちとなる。(エイ―)。
 遣方大きく、左足を踏込み、柄を返し柄頭で打太刀の顔面を打つ。(眼関落)。打太刀右足を引き、太刀を上にとり、上体をのけぞらす。
 あと、前に同じ、但し、納刀後打太刀はそのまま待ち、遣方は小さく五歩退く。」

 木村先生の8本目業名は古伝に法り「柄砕」のまゝです。手附の文言の「両方高山跡はの木刀に同じ」で、原書も「地の木刀」と読めます。曽田本に依れば「弛の木刀」で「地」ではありません。いずれにしても意味不明です。
 曽田先生は是は「業附口伝」の8本目「眼関落」と考え、その業は太刀打之事の7本目「独妙剣」の業だと考えられました。
 其の辺は、木村先生は何も言われていませんが、教本の太刀打之業「業手付及び口伝」の7本目「独妙剣」と判断されたのか、添付されている線書きの動作は詰合8本目「柄砕」と太刀打之業7本目「独妙剣」はそっくり同じ線画が掲載されています。

 木村先生の太刀打之業7本目「独妙剣」:「相懸り也打太刀髙山遣方切先を下げ前にかまへ行場合に上へ冠り互に打合尤打太刀をさく心持あり柄を面へかへし突込み勝つ也 
 打太刀八相又は上段に構へ、歩み寄る。仕太刀青眼に構へ、歩み寄る。
 遣方、先に仕掛け、右足を大きく踏出し冠り、強く真甲に打込む(エイ―)打太刀大きく右足を踏出し、近間で相打ちに止める。(ヤー)
 仕太刀左足を大きく踏込み、柄を返し、柄頭で打太刀の顔面を打付ける。(眼関落)打太刀右足を引き、刀を上にとり、上体をのけぞらせる。」

 木村先生はこの手附で「柄砕」と異なる処は「打太刀髙山遣方切先を下げ前へかまえ行」のを「独妙剣」では「打太刀八相又は上段」にしています。
 更に気になるのは、間に至ると遣方が「先に仕掛ける処」です。是は土佐の居合でも打太刀が仕掛て来るのが常道です。原文の「互に打合尤打太刀をさく心持あり」は、曽田先生は「つく心持有」ですが、下段から突き上げて打止めるのではなく。真向に打合い、遣方は打太刀を両断する心持で打込む事を示唆して居ます。原書の読みは曽田先生より木村先生の方が正しく読み取っておられる様です。

 是等を元に、木村先生の「柄砕」を読み直しますと以下の様になります。
詰合8本目「柄砕」:「打太刀髙山、遣方下段で相進み、間に至るや打太刀右足を踏み込んで上段から遣方の真向に打ち下す、遣方直ぐに下段から上段に振り上げるや、打太刀を割く(両断)心持を以って真向に斬り下し、打太刀の刀を摺り落す(合し打ち)や即座に左足を踏み込んで、拳を合わせ、柄を返し、柄頭で打太刀の顔面を打付ける。・・。」
 是が、この「柄砕」の真の業手附けでしょう。稽古では遣方は打太刀の頭上で寸止し、打太刀は遣方に打込む際相手の頭上寸前で柄握りを緩め打ち落される事も打太刀を勤める者の術の内でしょう。実戦では正しく打合、力量の上の者が相手を「さく」事が出来るものです。

 


 

 

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2022年11月29日 (火)

古伝神傳流秘書4詰合8本目柄砕(眼関落之事ならん)6(福井聖山)

古伝神傳流秘書
4詰合
8本目柄砕(眼関落之事ならん)
6(福井聖山)

古伝神傳流秘書詰合8本目「柄砕」:「両方高山後は弛之木刀に同じ(外し木刀之位独妙剣(眼関落)の事ならむ 曽田乕彦添え書き)」

 参考に古伝太刀打之事7本目「独妙剣」・8本目「絶妙剣」を振り返っておきます。
古伝太刀打之事7本目「独妙剣」:「相懸也打太刀髙山遣方切先を下げ前に構へ場合にて上へ冠り互に打合打太刀をつく心持柄を面へかへし突込み勝
古伝太刀打之事8本目「絶妙剣」:「高山にかまえ行て打込み打太刀より亦打込を請て相手の面へ摺り込み相手肩へ取る(請くる時は切先に手をそへ頭の上にて十文字に請け留むるあり)

 「柄砕」の業名なので「柄」の文字が含まれるのは、古伝太刀打之事7本目「独妙剣」です。8本目「絶妙剣」では無さそうです。

「業附口伝」詰合之位8本目「眼関落」:「相上段 是も互に立ち敵も我も真向へかむり相掛りにてスカスカと行き場合にて互に拝み打に討也、其の時敵の拳と我拳と行合也、其時我すぐに柄頭を敵の手元下より顔へハネ込み勝也、(右足をドンとふみ急に左足を踏み込む也)互に五歩退り納刀以下同じ」

第21代福井聖山著「無雙直傳英信流之形」平成3年1993年極意之形詰合之位8本目「眼関落」:「右双手上段(鍔留顔面当て)仕打相方右足より進み間合に至り相打ちとなり、拳と拳を接合する。仕太刀右足をドンと強く踏むや左足を踏み込み、柄頭を以て打太刀の手元下よりはね込み打太刀の顔面を激突す。」

 福井先生「眼関落」の手附の文言は、既に記載した太田先生の著書「土佐英信流」の詰合之位8本目「眼関落」の文言とそっくりです。

大田次吉著「土佐英信流」昭和55年1980年詰合之位8本目「眼関落」:「相方双手右上段に構え間合いに至り、相打ち拳と拳を接合する(合わせる)や、充分に二回押し合い、仕太刀は右足をドンと踏み、左足を踏み込み柄頭を打太刀の拳下より撥ね上げ、顔面を撃突する。打太刀は拳を合わせるや拳の下からはね上げられ柄頭を以って顔面を撃突される。相方元の位置に戻り刀を合し、五歩下がる。

   矢張り「相打ち」というより、双方の頭上に当たる以前に手元を下げて、刀の中程で打ち留めて、拳を合わせています。
 寸止めが不十分であればどちらかの頭に切りつけてしまうでしょうから、是で仕方がないとも云えますが、形演舞は良しとしても、この「眼関落」の「拝み打ち」の心得は伝えてほしかったところです。
 第9代林六大夫守政が江戸で第7代長谷川英信伝の詰合を第8代荒井勢哲清信より伝授された際に如何様に指導されたのか、江戸には「合し打ち」の柳生新陰流が徳川将軍家の剣術師範として存在し、その術も漏れ伝わっていたと思います。第9代の伝える業技法や剣術の心得に、柳生新陰流の心持が伝えられています。

 この「眼関落」の古伝の業名は「柄砕」でその手附けは、伝わっていません。曽田先生の実兄より伝えられた「業附口伝」を元に昭和10年頃から土佐で稽古されて来たようです。「柄砕」を構成するならば。
 8本目「柄砕」:「仕打相上段で間に至れば、打太刀は仕太刀の真向に打ち下す、仕太刀はその打込みを「合し打ちにて」打ち外し、即座に附け込んで柄を返して拳を合わせ、打太刀の刀を持つ手元下よりはね上げて柄頭で打太刀の顔面に柄当して勝」

 双方拝み打ちを「合し打ち」の稽古とするならば、狙った処へ確実に打込む稽古が事前に為されて、出来ていなければなりません。その上で相手の切り込みに合わせて(遅れて)真向に斬り込み相手の刀の上に乗って摺り落す事を知る事になります。
 形演武では相手の刀を摺り落すや相手の頭上で寸止め出来る手の内の妙を身に付ける事も必要なのです。仕打双方の間合いの中間で、打ち留めてしまったのでは、その後の手附にある柄で相手を打つ稽古以外の何の稽古にもならないでしょう。
 「柄砕」の稽古は此の打ち外しがほぼ99%で、拳を合わせて柄を相手の顔面に突き込む稽古は1%で出来るかもしれません。形は見世物の演舞であるとされる方には無用な稽古でしょう。
 しかし、江戸時代中期にはまだ、剣術はいざという時の心得として、見世物の演舞では無かったと思います。

 

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2022年11月28日 (月)

古伝神傳流秘書4詰合8本目柄砕(眼関落之事ならん)5(檀崎友影)

古伝神傳流秘書
4詰合
8本目柄砕(眼関落之事ならん)
5(檀崎友影)

古伝神傳流秘書詰合8本目「柄砕」:「両方高山後は弛之木刀に同じ(外し木刀之位独妙剣(眼関落)の事ならむ 曽田乕彦添え書き)」

参考に古伝太刀打之事7本目「独妙剣」・8本目「絶妙剣」を振り返っておきます。
古伝太刀打之事7本目「独妙剣」:「相懸也打太刀髙山遣方切先を下げ前に構へ行場合にて上へ冠り互に打合打太刀をつく心持有柄を面へかへし突込み勝
古伝太刀打之事8本目「絶妙剣」:「高山にかまえ行て打込み打太刀より亦打込を請て相手の面へ摺り込み相手肩へ取る(請くる時は切先に手をそへ頭の上にて十文字に請け留むるあり)

 「柄砕」の業名なので「柄」の文字が含まれるのは、古伝太刀打之事7本目「独妙剣」です。8本目「絶妙剣」では無さそうです。

「業附口伝」詰合之位8本目「眼関落」:「相上段 是も互に立ち敵も我も真向へかむり相掛りにてスカスカと行き場合にて互に拝み打に討也、其の時敵の拳と我拳と行合也、其時我すぐに柄頭を敵の手元下より顔へハネ込み勝也、(右足をドンとふみ急に左足を踏み込む也)互に五歩退り納刀以下同じ」

檀崎友影著「居合道その理合と神髄」昭和63年1988年詰居合の位8本目「眼関落」:「仕打ともに立って、上段に冠り、相掛りにてスカスカと進み、間合にて互に拝み打ちに打つ(*添付写真では、拝み打ちに拳を打ち合わせる様にしています、拳が合う前に刀が打ち合わされた写真が有ればよかったのにと思ってしまいます・・ミツヒラ)。(この時打太刀と仕太刀の拳は行き合う)仕太刀は直ちに打太刀の手元より顔にはね上げ、柄頭に(て顔に・・ミツヒラ)あてて勝なり。仕太刀は右足をトンと踏み、急に左足を踏み込んで互に五歩退き納刀する。以下同じ。

 檀崎先生の「眼関落」は「業附口伝」に随って手附を書かれた積りなのでしょう。其の為、何か文章の繋がりがおかしいですね。個人的見解で修正してみます。
8本目「眼関落」:「仕打共に上段に冠りスカスカと歩み行き、場合にて互に真向に拝み打に討ち、物打が接するや踏み込んで、互に拳を接し、仕は右足をトンと踏み、急に左足を踏み込んで(体を沈めるや)直ちに柄を返して打の手元より撥ね上げ柄頭で打の顔面に当て勝なり。互に五歩退き納刀する」

 「拝み打に討」とは相手の正中線上の頭上に真直ぐ上段から振り下す訳で、この時の物打は敵の真甲に当たる間合であるべきで我が体軸から約3尺は離れた敵の頭上に物打がある筈で、敵も同様でなければ意味はないでしょう。若し打ち込まれるや双方拳で受け止めるならば、無刀取りの要領で、打ち込んで来る敵刀の下に更に一歩入り、互に拳を打ち当てる事になります。
 刀の物打が我が頭上に届かない位置で双方打ち合わせるならば、私なら相手に打込ませ、出足を退いて、空を切らせて、踏み込んで真向から竹割で勝負を決してしまいます。
 打の打込を仕が受け止めるとするのは、双方拝み打ちでは無いでしょう。同時に拝み討つと見せて受け太刀に変じ、踏み込んで拳を合わす、是もその稽古は充分しておくべきものでしょう。
 檀崎先生の手附から次々に「砕き・替え業」が見えてきます。 
 

 

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2022年11月27日 (日)

古伝神傳流秘書4詰合8本目柄砕(眼関落之事ならん)4(大田次吉)

古伝神傳流秘書
4詰合
8本目柄砕(眼関落之事ならん)
4(大田次吉)

古伝神傳流秘書詰合8本目「柄砕」:「両方高山後は弛之木刀に同じ(外し木刀之位独妙剣(眼関落)の事ならむ 曽田乕彦添え書き)」

参考に古伝太刀打之事7本目「独妙剣」・8本目「絶妙剣」を振り返っておきます。
古伝太刀打之事7本目「独妙剣」:「相懸也打太刀髙山遣方切先を下げ前に構へ行場合にて上へ冠り互に打合打太刀をつく心持有柄を面へかへし突込み勝
古伝太刀打之事8本目「絶妙剣」:「高山にかまえ行て打込み打太刀より亦打込を請て相手の面へ摺り込み相手肩へ取る(請くる時は切先に手をそへ頭の上にて十文字に請け留むるあり)

 「柄砕」の業名なので「柄」の文字が含まれるのは、古伝太刀打之事7本目「独妙剣」です。8本目「絶妙剣」では無さそうです。

「業附口伝」詰合之位8本目「眼関落」:「相上段 是も互に立ち敵も我も真向へかむり相掛りにてスカスカと行き場合にて互に拝み打に討也、其の時敵の拳と我拳と行合也、其時我すぐに柄頭を敵の手元下より顔へハネ込み勝也、(右足をドンとふみ急に左足を踏み込む也)互に五歩退り納刀以下同じ」

大田次吉著「土佐英信流」昭和55年1980年詰合之位8本目「眼関落」:「相方双手右上段に構え間合いに至り、相打ち拳と拳を接合する(合わせる)や、充分に二回押し合い、仕太刀は右足をドンと踏み、左足を踏み込み柄頭を打太刀の拳下より撥ね上げ、顔面を撃突する。打太刀は拳を合わせるや拳の下からはね上げられ柄頭を以って顔面を撃突される。相方元の位置に戻り刀を合し、五歩下がる。

 太田先生の詰合之位8本目は、業名「眼関落」で「業附口伝」に随い、古伝の「柄砕」或いは太刀打之事「独妙剣」とも異なるでしょうがそれなりです。
 手附の文章には、添付されている写真の文言を付け加えて構成し直してあります。手附の文言で、「相方双手右上段」は右足前で上段になる事を云うのでしょうが、強調すべき理由があるのでしょうか。
 「間合いに至り、合打ちなり」から「拳と拳を接合する」経緯が解説されていませんので、形ばかりの「演舞」になっています。「間合に至るや打太刀仕太刀の真向に拝み打ちに打込む、仕太刀同様に拝み打ちに打太刀の真向に打込み双方の頭上にて刀を合わす」でしょう。
 実戦では是は新陰流の「合し打ち」ですから、打太刀の打込む刀に仕太刀の刀が乗って打太刀の刀は仕太刀の右なり左に摺り落されるものです。
 古伝の「形」には連続する一つの業の中に、勝負あった場面が有っても、そのまま次の動作に轉ずる事がままあります。この場合も「合し打ち」を磨き上げる良い場面です。そこから次の業に転じても稽古としては充分納得できるものです。
 今一つ、連続する意図で、打太刀の刀を受け止め、鍔押しに入るには、打太刀の振り下す刀を、仕太刀が受け止めるや、踏み込んで拳を接し、即座に柄を返して、打太刀の顔面に柄当する。二度も押し合うなど論外です。
 古伝詰合8本目「柄砕」が不明な状況ですから、古伝太刀打之事7本目「独妙剣」で磨き上げた業を、「砕き・替え業」としたとしても教本にうたっていただきたいものです。
 力任せに力んで棒振りされても術理があやふやでは参考にはならないでしょう。この事は大田先生の教本だけの事では無く、これまでの先生方の多くに見られ、稽古する者を惑わせます。
 「師匠の教えそのもの」だと吠えられても「それでいいのですか」としか返せません。此処まで太刀打之事、詰合と稽古して来ました。古伝は独特のおおらかさで業を研究しながら身に付けるとしても、「業附口伝」はかなり特定した動作を要求しています。それでも各先生によって独特の変化が見られるのです。「師の教え」に随った動作など記憶にありません。
 

 

 

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2022年11月26日 (土)

古伝神傳流秘書4詰合8本目柄砕(眼関落之事ならん)3(三谷義里)

古伝神傳流秘書
4詰合
8本目柄砕(眼関落之事ならん)
3(三谷義里)

古伝神傳流秘書詰合8本目「柄砕」:「両方高山後は弛之木刀に同じ(外し木刀之位独妙剣眼関落)の事ならむ 曽田乕彦添え書き)」

参考に古伝太刀打之事7本目「独妙剣」・8本目「絶妙剣」を振り返っておきます。
古伝太刀打之事7本目「独妙剣」:「相懸也太刀髙山遣方切先を下げ前に構へ行場合にて上へ冠り互に打合打太刀をつく心持柄を面へかへし突込み勝
古伝太刀打之事8本目「絶妙剣」:「高山にかまえ行て打込み打太刀より亦打込を請て相手の面へ摺り込み相手肩へ取る(請くる時は切先に手をそへ頭の上にて十文字に請け留むるあり)

 「柄砕」の業名なので「柄」の文字が含まれるのは、古伝太刀打之事7本目「独妙剣」です。8本目「絶妙剣」では無さそうです。

「業附口伝」詰合之位8本目「眼関落」:「相上段 是も互に立ち敵も我も真向へかむり相掛りにてスカスカと行き場合にて互に拝み打に討也、其の時敵の拳と我拳と行合也、其時我すぐに柄頭を敵の手元下より顔へハネ込み勝也、(右足をドンとふみ急に左足を踏み込む也)互に五歩退り納刀以下同じ」

三谷義里著「詳解無双直伝英信流」昭和61年1986年詰合之位「形」8本目「眼関落」:「理合 相上段から互に進み出て切り結び、鍔押し(つば競り合い)となったところを仕太刀ははね上げて打太刀の顔面に柄当する。
動作
1、打太刀、仕太刀ともに左上段に構える。
2、双方進み出、間に入るや正面に切り結び、さらに間をつめて鍔押しの状態となる。
3、互いの拳が合い、打太刀が引こうとするところを、仕太刀は柄頭を返して打太刀の手元の下に押し込み、左足を踏み込みつつはね上げ、右足を「ドン!」と床に踏み鳴らして相手の気を奪い、柄頭を顔面(眉間)に当てる。
4、仕打ともに太刀を合わせ、血振り、納刀して立ち上がる。
5、打太刀は立ったまま、仕太刀は五歩引いて終る。
(原文のままとさせていただきました)

三谷先生の詰合之位8本目「眼関落」は、「業附口伝」を踏襲され、恐らく政岡壱實先生の指導及び「無雙直傳英信流居合兵法地之巻」昭和49年1974年を参考にされていると想像します。

前回の政岡先生の「眼関落」を参考にアップしておきます。
政岡壱實著「無雙直傳英信居合兵法地之巻」昭和49年1974年詰合之位8本目「眼関落」:「(相上段から互に切結び鍔押となる処を刃ね上げて顔に当てる)両方高山にかまへ行行合尤も打太刀をさく心持あり柄をかへして突込勝。
 打太刀構左上段仕太刀(同じ)左上段
1、打太刀仕太刀間に入り正面に切り結ぶ。
2、双方間を詰めて鍔押
3、打太刀引かんとす。仕太刀拳が合ふや柄頭をかへし打の手元の下に入れ左足をふみつつはね上げ右足を「トン」とふみならせて気を奪って柄頭を打の顔に当てる。
4、双方太刀を合わす。
5、打太刀立ったまま、仕太刀五歩引く。
注、太刀打之位7本目「独妙剣」に1、以下同じ。(「独妙剣」打高山遣方切先を下げ前に構へ行で、打上段仕下段です)

 師の指導を忠実に再現されておられると感服する次第ですが、この「眼関落」には幻の「柄砕」が存在します。政岡先生が教本を書かれて12年の歳月が経っているのですから、古伝を掘り下げていただきたかったと残念です。

 

 

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2022年11月25日 (金)

古伝神傳流秘書4詰合8本目柄砕(眼関落之事ならん)2(政岡壱實)

古伝神傳流秘書
4詰合
8本目柄砕(眼関落之事ならん)
2(政岡壱實)

古伝神傳流秘書詰合8本目「柄砕」:「両方高山後は弛之木刀に同じ(外し木刀之位独妙剣(眼関落)の事ならむ 曽田乕彦添え書き)」

参考に古伝太刀打之事7本目「独妙剣」・8本目「絶妙剣」を振り返っておきます。
古伝太刀打之事7本目「独妙剣」:「相懸也打太刀髙山遣方切先を下げ前に構へ行場合にて上へ冠り互に打合打太刀をつく心持有柄を面へかへし突込み勝
古伝太刀打之事8本目「絶妙剣」:「高山にかまえ行て打込み打太刀より亦打込を請て相手の面へ摺り込み相手肩へ取る(請くる時は切先に手をそへ頭の上にて十文字に請け留むるあり)

 「柄砕」の業名なので「柄」の文字が含まれるのは、古伝太刀打之事7本目「独妙剣」です。8本目「絶妙剣」では無さそうです。

「業附口伝」詰合之位8本目「眼関落」:「相上段 是も互に立ち敵も我も真向へかむり相掛りにてスカスカと行き場合にて互に拝み打に討也、其の時敵の拳と我拳と行合也、其時我すぐに柄頭を敵の手元下より顔へハネ込み勝也、(右足をドンとふみ急に左足を踏み込む也)互に五歩退り納刀以下同じ」

政岡壱實著「無雙直傳英信居合兵法地之巻」昭和49年1974年詰合之位8本目「眼関落」:「(相上段から互に切結び鍔押となる処を刃ね上げて顔に当てる)両方高山にかまへ行行合尤も打太刀をさく心持あり柄をかへして突込勝。
 打太刀構左上段仕太刀(同じ)左上段
1、打太刀仕太刀間に入り正面に切り結ぶ。
2、双方間を詰めて鍔押。
3、打太刀引かんとす。仕太刀拳が合ふや柄頭をかへし打の手元の下に入れ左足をふみつつはね上げ右足を「トン」とふみならせて気を奪って柄頭を打の顔に当てる。
4、双方太刀を合わす。
5、打太刀立ったまま、仕太刀五歩引く。
注、太刀打之位7本目「独妙剣」に1、以下同じ。(「独妙剣」打高山遣方切先を下げ前に構へ行で、打上段仕下段です)

 政岡先生は、打左上段、仕も左上段だと云います。「業附口伝」は相上段ですが、ここで敢えて双方「左上段」です。深い意味があるのか解かりませんが、左足前の上段という事なのでしょう。
 注で構以外は太刀打之事の動作と同じだと云われます。然し間に至れば「正面に切り結ぶ」のみで、「独妙剣」の「打ち太刀をつく心持」など何処にも見せていません。寧ろ「業附口伝」の「眼関落」が眼に浮かびます。
 政岡先生は理解されていたとしても、古伝の剣術としての極意業を教本に書き込むとするには躊躇されたかも知れません。

 

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2022年11月24日 (木)

古伝神傳流秘書4詰合8本目柄砕(眼関落之事ならん)1(福井春政)

古伝神傳流秘書
4詰合
8本目柄砕(眼関落之事ならん)
1(福井春政)

古伝神傳流秘書詰合8本目「柄砕」:「両方高山後は弛之木刀に同じ(外し木刀之位独妙剣(眼関落)の事ならむ 曽田乕彦添え書き)」

参考に古伝太刀打之事7本目「独妙剣」・8本目「絶妙剣」を振り返っておきます。
古伝太刀打之事7本目「独妙剣」:「相懸也打太刀髙山遣方切先を下げ前に構へ行場合にて上へ冠り互に打合打太刀をつく心持有柄を面へかへし突込み勝
古伝太刀打之事8本目「絶妙剣」:「高山にかまえ行て打込み打太刀より亦打込を請て相手の面へ摺り込み相手肩へ取る(請くる時は切先に手をそへ頭の上にて十文字に請け留むるあり)

 「柄砕」の業名なので「柄」の文字が含まれるのは、古伝太刀打之事7本目「独妙剣」です。8本目「絶妙剣」では無さそうです。

「業附口伝」詰合之位8本目「眼関落」:「相上段 是も互に立ち敵も我も真向へかむり相掛りにてスカスカと行き場合にて互に拝み打に討也、其の時敵の拳と我拳と行合也、其時我すぐに柄頭を敵の手元下より顔へハネ込み勝也、(右足をドンとふみ急に左足を踏み込む也)互に五歩退り納刀以下同じ」

第19代福井春政先生の「柄砕」は、嶋専吉述「無雙直伝英信流居合術形乾」昭和17年1942年詰合之位8本目「眼関落」:「姿勢及構へ仕打相上段
業 互に立合い真向に振冠り相掛にてスカスカと進み間合(この場合幾分間を近くす)にて互に拝み撃に打つ(物打あたりにて)、続いて双方の拳が行き合ふ瞬間、一時鍔元にて競り合ひ仕太刀は直に右足にて強く一度大地を踏み付け急に左足を打太刀の右側に、一歩稍々深めに踏込みざま、打太刀の手元下より顔へ撥ね込み人中に柄當を加ふ。刀を合せ互に五歩退き血振、納刀をなす。」

 嶋先生が土佐で第19代福井先生に習った詰合は「業附口伝」そのものでしょう。古伝太刀打之事の7本目「独妙剣」とは、双方の構えからして異なります。
 古伝太刀打之事7本目「独妙剣」は打太刀「髙山」上段です。仕太刀は「切先を下げ」ですから「下段」です。嶋先生双方上段でスカスカ進み間合いに至れば、双方拝み打ちです。
 古伝太刀打之事7本目「独妙剣」は間に至れば「上へ冠り互に打合」ですが仕太刀には「打太刀をつく心持」を以って振上げ「打合」事を要求しています。
 打太刀が上段から振り下す時、仕太刀は下段から打太刀を突き上げる様に上段に振り冠って打ち込んだのでは間に合わない、打太刀の打ち込まんとする気を察して振上げ、同時に拝み討つのは、初歩の形を習う時の事です。
 下段にて進んだのですからさらに難しい、打太刀の打ち込みを下から摺り上げる様に打ち外し、即座に相手の手元に入り込み下から跳ね上げ柄頭で突き込み勝。を目指すものでしょう。
 「業附口伝」も「互に拝み打ちに討」事を学ばせるはずが、理解出来ず(物打ちあたりにて)打ち合わせ留る事を教えてしまっています。是では単なる形演舞でしょう。下から摺り上げて相手太刀を外すのは難しいでしょうが試みなければ古伝には至れません。
 この「柄砕」は、古伝は意味不明な書き込みで、曽田先生は自分の習い覚えた「業附口伝」をそのまま当ててしまったのでしょう。然し古伝の太刀打之事7本目「独妙剣」が立ちふさがってしまいます。答えは何処にもありません。自ら困難な道を選ぶか、当てっこの「形」で終わらせるかは自由の様です。

 

 

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2022年11月23日 (水)

第60・61・62回古伝研究会

第60・61・62回古伝研究会

 無雙神傳英信流居合兵法(無双直伝英信流・夢想神傳流の古伝)の研究会を、コロナ禍により当分の期間月一回として継続しています。
 令和4年は古伝無雙神傳英信流居合兵法の神傳流秘書による居合の研究を、ミツヒラブログに沿って大森流から見直して来ました。
 58回(9月)から夏原流和之事に入っています。
「古きを尋ねて新しきを知る」、ご参加いただいた方々が夫々「逢人皆我師」である事をご認識頂き、ご自由な意見を出され共に学ぶ研究会です。「俺の指導に従え」と云う「習い稽古する」稽古会とは異なります。古伝を読み参加者が自ら「工夫する」研究会です。どの連盟、他流派、他道場等ご自由にお出で下さい。

 記

1、60回
  11月24日(木)見田記念体育館
  15:00~17:00
2、61回
  12月22日(木)見田記念体育館
  15:00~17:00
3、62回
  01月26日(木)鎌倉体育館格技室
  13:00~17:00
4、住所
  見田記念体育館
     248-0014鎌倉市由比ガ浜2-13-21
     ℡0467-24-1415
     鎌倉体育館・駐車場
     248-0014鎌倉市由比ガ浜299
  ℡0467-24-3553
  鎌倉警察署向かい側
5、アクセス:JR横須賀線鎌倉駅東口下車徒歩10
6、参加費:会場費等割勘つど500
7、参加申込:直接見田記念体育館にお越しください
  *コロナ対策として事前に参加連絡を
  お願い致します。
   mail:sekiun@nifty.com
8、研究会名:無雙神傳英信流居合兵法
  居合道研修会鎌倉(湘南居合道研修会鎌倉道場)
9、御案内責任者:ミツヒラこと松原昭夫
      sekiun@nifty.com
10、注意事項
 ・コロナ対策として以下の事項に一つも
  該当しない事
 ・平熱を越える発熱
 ・咳、喉の痛みなど風邪の症状
 ・倦怠感、息苦しさ
 ・臭覚や味覚の異常
 ・体が重く感じる、疲れやすいなどの症状
 ・新型コロナウイルス感染症「陽性」
  とされた者との濃厚接触があった
 ・同居家族や身近な知人に感染が疑われる
  方が居る
 ・過去14日以内に、政府から入国制限、
  入国後の観察期間を必要とされている
  国・地域等への渡航又は当該在住者との
  濃厚接触がある
 ・マスク着用、三密を避けるetc
 *ワクチン接種されている事

 2022年11月23日 ミツヒラこと松原昭夫  記

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古伝神傳流秘書4詰合8本目柄砕(眼関落之事ならん)

古伝神傳流秘書
4詰合
8本目柄砕(眼関落之事ならん)

古伝神傳流秘書詰合8本目「柄砕」:「
両方高山後は弛之木刀に同じ(外し木刀之位独妙剣(眼関落)の事ならむ 曽田乕彦添え書き)」
参考に古伝太刀打之事7本目「独妙剣」・8本目「絶妙剣」を振り返っておきます。
古伝太刀打之事7本目「独妙剣」:「相懸也打太刀髙山遣方切先を下げ前に構へ行場合にて上へ冠り互に打合尤打太刀をつく心持有柄を面へかへし突込み勝
古伝太刀打之事8本目「絶妙剣」:「高山にかまえ行て打込み打太刀より亦打込を請て相手の面へ摺り込み相手肩へ取る(請くる時は切先に手をそへ頭の上にて十文字に請け留むるあり)

 「柄砕」の業名なので「柄」の文字が含まれるのは、古伝太刀打之事7本目「独妙剣」です。8本目「絶妙剣」では無さそうです。

「業附口伝」詰合之位8本目「眼関落」:「相上段 是も互に立ち敵も我も真向へかむり相掛りにてスカスカと行き場合にて互に拝み打に討也、其の時敵の拳と我拳と行合也、其時我すぐに柄頭を敵の手元下より顔へハネ込み勝也、(右足をドンとふみ急に左足を踏み込む也)互に五歩退り納刀以下同じ」

 曽田先生の直筆本に書かれている通りに古伝も「業附口伝」も手附をそのままのせてあります。
 曽田先生は古伝の詰合8本目「柄砕」を「弛之木刀」と同じで「弛之木刀」とは「外し木刀の「眼関落」であろう」とされています。その後に「「独妙剣」の事ならん」と意味不明の業名が出てきます。「外し木刀」が「太刀打之事」と同じである事は古伝神傳流秘書の何処にも書かれていません。その上「業附口伝」の「太刀打之位」8本目は「眼関落」の業名で「独妙剣」ではありません。多分古伝では無く「業附口伝」の詰合之位8本目「眼関落」の事を曽田先生は思い描かれていたのかもしれません。

 古伝太刀打之事7本目「独妙剣」の業解説は既にしていますが、改めて「7本目「独妙剣」:「相懸也打太刀髙山遣方切先を下げ前に構へ行場合にて上へ冠り互に打合尤打太刀をつく心持有柄を面へかへし突込み勝」
 「独妙剣」は相手上段、我は我が中心軸に取った下段の構えから間に入るや双方上段に振り冠って打合う、新陰流の合し打ちを思い描きますが「互に打合」ではただの双方の真中で刀合わせかと思えるのですが「尤も打太刀を突く心持有」です。
 この心持は、古伝太刀打之事5本目「月影」の「遣方右の脇に切先を下げて構へ行く打太刀八相に打つを、切先を上て真甲へ上て突付て留」を更に難しくした、相手真向に打込んで来るのを、突き上げる様に下段から摺り上げる「合し打ち」を思い描きます。後は拳を合わせ押し合う拍子に我が柄頭を相手の面へ突込み勝。」

 この最後の「柄を面へかえし突込み勝」を強調したのが「業附口伝」の詰合之位8本目「眼関落」でしょう。古伝の詰合8本目「柄砕」がこの「業附口伝」の詰合之位8本目「眼関落」であったか否かは遠い昔の霧の中です。多分その様な業であったと云えるかもしれません。
 「眼関落」の打ち合いは「互に拝み打に討」ですから新陰流の「合し打ち」そのものです。「拳と拳が行合」前に合し打ちで頭を割られているでしょう。互にへぼならば相打ちです。もう柄を返して床を踏み鳴らして打ち突く要は無さそうです。

 

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2022年11月22日 (火)

古伝神傳流秘書4詰合7本目燕返7(木村栄寿)

古伝神傳流秘書
4詰合
7本目燕返
7(木村栄寿)

古伝神傳流秘書詰合7本目「燕返」:「相手高山我は抜かずして立合たる時
相手より打込むを我抜受に請る 
相手引を付込打込 相手右より拂ふを随って上へ又打込 
拂ふを上へ取り打込 
切先を下げて前へかまへ場合を取り切居處へ相手打込を受流し躰を替し打込勝 
又打込まず冠りて跡を勝つもあり

「業附口伝」詰合之位7本目「燕返」:「仕立納左上段 是は敵も我も立つ也 
敵は刀を抜てかむる我は鞘に納めて相懸りにて行く也 
場合にて敵我が面へ打込む也 我其時右片手にて抜き頭上にて請けすぐに左手を柄に添へ打ち込む也 
敵又表より八相に拂ふ也 我又すぐにかむりて打込む也 
敵又すぐに裏より八相に拂ふ也 我又すぐにかむりて敵の面へ打込也(左足を一足踏み込) 其時敵後へ引我空を打つ也 
其時我切尖を下げ待也 敵踏み込みて我真向へ打込也 
我其時左足より一足退り空を打たせ同時にかむりて一足踏込み敵の面へ勝

木村栄寿著「林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流傳書集及び業手付解説」昭和57年1982年詰合(業手付及び口伝)7本目「燕返」:「手附:相手高山我は不抜して立合たる時相手より打込むを我抜受けに請る
相手引を付込み打込む 相手右より拂らふを随て上へ又打込 拂ふと上へ取り打込
切先を下て前へかまへ場合を取り切り居處へ相手打込を受流し躰を替り打込み勝也
「線画に依る動作」
 1、打太刀八相又は上段に鎌へ、歩み寄る。仕太刀納刀したまゝ、歩み寄る。
 2、打太刀右足にて真甲に切る。(ヤー) 仕太刀左足から稍退き上に抜刀、抜受けに、刀刃にて頭上に受けるや、
 3、仕太刀右足を踏込み、打太刀の真甲に打込むも
(エイ―)打太刀引下り八相又は上段にとる。
 4、仕太刀相手に退かれ空を切り、そのまま、剣先を顔面につけ攻める。打太刀左足を引き、仕太刀の太刀を八相に拂う(ヤー)。
 5、仕太刀太刀を拂はれ、そのまま右より回し、冠り右足を踏込み、真甲に打込む(エイ―)も、打太刀また、引き下がりながら八相又は上段にとる。
 6、仕太刀又退かれ空を切り、前同様そのまゝ剣先を打太刀の顔面につきつける
 7、打太刀右足を踏出し、真甲に打込む。仕太刀右足を右前に開いて、体を替しながら受け流し、右足にて、打太刀の真甲に打込む(エイ―)。
 7、あと前に同じ。」

 木村先生の「燕返」の業は、手附は古伝の手附そのままですが、「又打込ず冠りて跡を勝もあり」の部分が欠如しています。
 それは兎も角として、線画による動作で手附との違いは。
1、で打太刀「八相又は上段」です。古伝は打太刀「高山」で「上段」と特定しています。八相でも上段でも同じと考えるでしょうか。
2、で「打太刀真甲に切る」ならば、八相から上段に振り冠り切り下す事になります。仕太刀は納刀して歩み寄るのですから打太刀の動作から抜打に打太刀の両腕を切り落としてしまいます。八相ならば仕太刀の左面・左首・左肩に切り込まなければなりません。それでも抜き受けに受ける力量の仕太刀ですから、そこで斬られて終りでしょう。仕太刀が打太刀の刀を抜受せざるを得ない程の打太刀の上段からの真甲への打込は打込む素振りが読みずらいものであるのでしょう。
3、仕太刀は打太刀の真甲への切込を請けるや、「相手引くを付込み打込む」のですが、打太刀が「引下がり八相又は上段にとる」ので、
4、仕太刀は相手に「退かれ空を切り」です。手附は仕が受けるや付け入って真甲に打込むのを相手は八相に拂います。
 木村先生の「燕返」はここからもう、自ら掲げた古伝の手附から独自の「砕き・替え業」に入ってしまいました。木村先生は、空を切ってしまった仕は切先を相手の「顔面につけ攻める」、相手はそれを左足を引いて八相(仕の左から右へ)に払います。
5、仕は払われるに随って右肩から上段に振り冠り相手の「真甲に打込む」。古伝も同様ですが、木村先生は、この打込も相手は外して、仕に空を切らせます。古伝は是も相手は「払う」。
6、木村先生は仕は外されて、切先を相手の顔面に突きつけます。古伝は又払われたので其れに随い真甲を打つ処、相手は退き外して仕は空を切るのです。そこで仕は「切先を下げて前へかまえ場合を取り切り居」ですから、木村先生の様に相手の顔面には切先は付けず、下段に構えて、相手の打込みを誘うのです。
7、ここからの相手の動作は、古伝と同様に真甲へ打込んで来るのを、仕は受け流し打込む、木村先生は真甲に打込む。此処での仕の受流は右足を右前に踏み込み左肩を覆う様に受流し真甲に切り込んでいます。この受け流しは、相手が真甲に打込んで来るので左足を左前に踏み込み、右肩を覆う様に受流し真甲に切込んでも良いでしょう。古伝は「打込を受け流し躰を替り打込勝」ですから、左右どちらでも良いし、打込部位の特定もしていません。請け流して体を替り廻し打ちするのですから、左右何れかの面、こめかみ、首。相手が受流されて即座に上段に振り冠るならば其の小手なども狙い所でしょう。
 木村先生の独創に依る「燕返」なのか、誰かの指導なのかこれも稽古業にして、古伝との対比をされれば幾つもの問題点が浮かび上がる事でしょう。

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2022年11月21日 (月)

古伝神傳流秘書4詰合7本目燕返6(福井聖山)

古伝神傳流秘書
4詰合
7本目燕返
6(福井聖山)

古伝神傳流秘書詰合7本目「燕返」:「相手高山我は抜かずして立合たる時
相手より打込むを我抜受に請る 
相手引を付込打込 相手右より拂ふを随って上へ又打込 
拂ふを上へ取り打込 
切先を下げて前へかまへ場合を取り切居處へ相手打込を受流し躰を替し打込 
又打込まず冠りて跡を勝つもあり。

「業附口伝」詰合之位7本目「燕返」:「仕立納打左上段 是は敵も我も立つ也 
敵は刀を抜てかむる我は鞘に納めて相懸りにて行く也 
場合にて敵我が面へ打込む也 我其時右片手にて抜き頭上にて請けすぐに左手を柄に添へ打ち込む也 
敵又表より八相に拂ふ也 我又すぐにかむりて打込む也 
敵又すぐに裏より八相に拂ふ也 我又すぐにかむりて敵の面へ打込也(左足を一足踏み込) 其時敵後へ引我空を打つ也 
其時切尖を下げ待也 敵踏み込みて我真向へ打込也 
我其時左足より一足退り空を打たせ同時にかむりて一足踏込み敵の面へ勝

第21代福井聖山述「無雙直伝英信流之形」平成3年1993年詰合之位(極意之形)7本目「燕返」:「仕打共立業(面・面・面・抜面)
1、打太刀中央より小足五歩下り左双手上段。仕太刀中央より小足に五歩下り血振り納刀直立体。
2、打太刀左足より進み間合に至り、右足を踏み込み仕太刀の正面を打つ。仕太刀右足より進み、間合に至り打太刀が面に打ち来るを、左足より右足と継足に少し下り、右片手半身となり抜き受けに頭上に受け止む
3、仕太刀左足より一寸下り、刀に左手を添えて右足を進め打太刀の面を打つ(継足)。打太刀左足より右足と継足に一歩下り、(仕太刀の打ち込む刀を)表より刀を八相に払う
4、仕太刀又振り冠り、左足を進めて(打太刀の)面を打つ。打太刀右足を一歩引いて、打ち来る(仕太刀の)刀を
裏より八相に払う
5、仕太刀又振り冠り、右足を進め(打太刀の)正面を打つ。打太刀左足を一歩引き、刀を冠り体を反らし仕太刀に空を切らす
6、打太刀すぐ右足を一歩すすめ、仕太刀の面に打ち下す。仕太刀は打太刀が面に打ってきたので、右足を一歩引いて打太刀に空を切らし、右足を進めて打太刀の面を切る。
7、互に青眼に刀を合わし構のまま小さく五歩下がる、次いで相互に右双上段となり次に移る。

第21代福井先生の「燕返」は、打太刀左上段で、仕太刀が空を切った際古伝「切先を下げて前へかまえ場合を取り切居處・・」の「懸待」心持が見られず、ギッタンバッコンとなっています。締めの打込みも仕太刀は古伝では「相手打込を受流し躰を替へし打込勝」ではありません。江戸時代末期に行われたという「業附口伝」による手附に随っています。
 福井先生は第20代河野百錬先生の無双直伝英信流居合兵法第20だ宗家として後を継がれておられます。河野先生の「無雙直傳英信流居合兵法叢書」昭和30年1955年の神殿流秘書から土佐に伝わった本来の「太刀打之事」「詰合」を復活していただきたかった思いで一杯です。然し当時の土佐の人達の土佐へ宗家を戻したい思いが強く難しい時期であったろうとお察します。
 無双直伝英信流は既に土佐の居合から日本全国のいや世界の居合に変化を遂げているわけで、現代居合やその形を本来の姿に戻すのはより困難であろうと思います。その上古伝は現代居合をベースにして知り得る事以外には選択の余地はありません。

 

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2022年11月20日 (日)

古伝神傳流秘書4詰合7本目燕返5(檀崎友影)

古伝神傳流秘書
4詰合
7本目燕返
5(檀崎友影)

古伝神傳流秘書詰合7本目「燕返」:「相手高山我は抜かずして立合たる時
相手より打込むを我抜受に請る 
相手引を付込打込 相手右より拂ふを随って上へ又打込 
拂ふを上へ取り打込 
切先を下げて前へかまへ場合を取り切居處へ相手打込を受流し躰を替し打込勝 
又打込まず冠りて跡を勝つもあり。

「業附口伝」詰合之位7本目「燕返」:「仕立納打左上段 是は敵も我も立つ也 
敵は刀を抜てかむる我は鞘に納めて相懸りにて行く也 
場合にて敵我が面へ打込む也 我其時右片手にて抜き頭上にて請けすぐに左手を柄に添へ打ち込む也 
敵又表より八相に拂ふ也 我又すぐにかむりて打込む也 
敵又すぐに裏より八相に拂ふ也 我又すぐにかむりて敵の面へ打込也(左足を一足踏み込) 其時敵後へ引我空を打つ也 
其時我切尖を下げ待也 敵踏み込みて我真向へ打込也 
我其時左足より一足退り空を打たせ同時にかむりて一足踏込み敵の面へ勝

檀崎友影著「居合道その理合と神髄」昭和63年1988年詰居合の位7本目「燕返」:「打太刀左上段、仕太刀納刀。
仕打共に相掛りに進み、間合いにて打太刀は仕太刀の面に打込む。
仕太刀右片手にて抜き頭上にて請け、直ちに左手を柄に添え打込む
打太刀また表より八相(右から八相)に払い、仕太刀直ちに振り冠って(打太刀の面に)打ち込む。
打太刀また裏より八相(左から逆八相)に払い、仕太刀は左足を一歩踏み込んで(打太刀の)面に打込む。
この時打太刀後に退き、仕太刀は空を打つ。
その時仕太刀切先を下げて待つ、打太刀1歩踏み込んで仕太刀の真向に打込む。
仕太刀はその時左足より一歩退いて空を打たせ、直ちに振り冠って一歩踏み込み面に打込んで勝つなり。
互いに五歩退いて納刀、再び刀を抜き相上段にて次の業に移る。

 檀崎先生の「燕返」は「業附口伝」による様です。古伝の打太刀「高山(上段)」を「左上段」に構えて前進しています。他の先生も「左上段」についての解説は無いのですが、左足前にして左拳が左足の上にあり、右手は正中線上、切先は斜め右上後方を向きます(全剣連による)。
 前進する際は、一般的に「出るは出足・退くは引き足」ですから、左足から歩み出します。上段の場合は、右足前で刀は斜め上後方を向き正中線上にあります。
 従って檀崎先生の「燕返」の初動は、この場合「左上段」ですから左足右足と踏んで、間境で正中線上に刀を「上段」に直し、右足を踏み込んで打ち込むのでしょう。
 何故そうしたのか「業附口伝」には解説は有りません。当然「業附口伝」を踏襲される先生方も解説されていません。
 仕太刀は真向に打込まれて、抜刀するや右片手で打太刀の打ち込みを受け、直ちに左手を柄に添え、打ち込んでいます。古伝は「相手引を付込打込」ですが、相手が退いてくれないのでしょう。「就色随色」などはお構いなしなのが「業突口伝」です。相手が退かなければ、左手を柄に添えるや「ぐっと」気を入れるとか、踏み込むとか、仕太刀も、順番通りの運剣をしていたのでは稽古になりません。
 仕太刀が打込み、打太刀に外され空を打つのも、約束事で打ち合うのは初歩の内です。稽古が進めば打太刀が刀で受けたり払ったり出来ず、体を退かざるを得ない「表裏」の仕掛を研究しておく必要があります。
 仕太刀は空を切って切先を下げて、打太刀を誘い待つ極意は身に付けるのは難しそうです。間と間合いを如何にするか、その積りでの稽古次第でしょう。
 古伝はここは、打太刀が打ち込んで来るのを受け流し体を替って打ち込んでいます。「業附口伝」はギッタンバッコして勝っていますが。是ではいつまでも勝負無しでしょう。
 こんな事を云うと、「形だから」と反論が返って来ますが「形」にして置いたのは、考えたり、もっと有効な方法は無いかとやって見たりしてこなかった事が原因でしょう。

 

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2022年11月19日 (土)

古伝神傳流秘書4詰合7本目燕返4(大田次吉)

古伝神傳流秘書
4詰合
7本目燕返
4(大田次吉)

古伝神傳流秘書詰合7本目「燕返」:「相手高山我は抜かずして立合たる時
相手より打込むを我抜受に請る 
相手引を付込打込 相手右より拂ふを随って上へ又打込 
拂ふを上へ取り打込 
切先を下げて前へかまへ場合を取り切居處へ相手打込を受流し躰を替し打込勝 
又打込まず冠りて跡を勝つもあり。

「業附口伝」詰合之位7本目「燕返」:「仕立納打左上段 是は敵も我も立つ也 
敵は刀を抜てかむる我は鞘に納めて相懸りにて行く也 
場合にて敵我が面へ打込む也 我其時右片手にて抜き頭上にて請けすぐに左手を柄に添へ打ち込む也 
敵又表より八相に拂ふ也 我又すぐにかむりて打込む也 
敵又すぐに裏より八相に拂ふ也 我又すぐにかむりて敵の面へ打込也(左足を一足踏み込) 其時敵後へ引我空を打つ也 
其時我切尖を下げ待也 敵踏み込みて我真向へ打込也 
我其時左足より一足退り空を打たせ同時にかむりて一足踏込み敵の面へ勝

大田次吉著「土佐英信流」昭和55年1980年詰合之位7本目「燕返」:「立業 打太刀左上段 仕太刀納刀して直立体にて相進む。
打太刀右足を踏出し仕太刀の面を打つ、仕太刀(抜刀するや)右手(右片手)にて頭上に受け止む。
仕太刀右足を僅に引くと同時に左手を(柄に)添え上段となり、右足出して(打太刀の面へ)打込む。打太刀表より刀を八相に払う(左足から引く継足)(左足を引き、右足前にして八相に払う)
仕太刀又振り冠り右足出して(右足を踏み込んで打太刀の)正面に打込む、打太刀はまた裏より刀を八相(逆八相)に払う(右足引)。
仕太刀左足を一歩踏み込み(打太刀の)正面を打つ。打太刀は左足を一歩引き(仕太刀に)空を切らせ、(打太刀)振り冠り右足出して(仕太刀の面を)打つ。
仕太刀左足を一歩引き(打太刀に)空を切らして、右足踏み込んで(打太刀の)正面を打つ。
互に刀を合し五歩退り血振り納刀。」
(太田先生の手附で主語が省かれている部分を(赤字)で補足して太田先生の手附に随って書き直してあります)

 打太刀左上段です、古伝は打太刀「高山(上段)」です。
 打太刀の左上段からの面への切り込みを仕太刀は抜打ちに受け止めます、太田先生の教本の写真も、間が遠く打の打込みは仕に当たらない程に開いています。仕の抜き受けも腰の引けた受けです。大森流の月影などで身に着けた剣技が生かされていません。
 この後の仕の打への打込みも、習い覚えた居合による真向への斬り下しの基本は、体軸を真直ぐにして、切り下ろす切先は臍の高さより一拳の筈です。然し上体は前に30度ほども倒れ切先は膝下あたりに打ち下ろされています。振り被りの際も後方に反った状況で、相手の打ち込みを外すにしてもやり過ぎでしょう。
 太田先生のお弟子さんから、文句を言われても、是では順番通りに打ち合ったに過ぎず。仕打共に間合いを把握できていませんし、足運びと間合いは関係するのに、指示された足運びに固執したための無理が出ている事になってしまいます。
 土佐英信流の大森流・英信流の基礎を習った体裁きを生かす足裁きが出来ていないと云う事は、仮想敵相手の居合では、相手の居る居合にもそれが現れる筈です。
 太田先生の書かれた文言の奥にある、土佐英信流の正しい姿を見せてもらいたいものです。
 「業附口伝」で動作だけを、覚えたのでしょうが「古伝」の手附を読み直し、「相手引くを付込打込」・「相手右より払うを随って上へ又打込」・「切先を下げて前へかまへ場合を取り切居處」などを汲み取って、早い強いだけではなく、理に叶った稽古をすべきと思います。

 

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2022年11月18日 (金)

古伝神傳流秘書4詰合7本目燕返3(三谷義里)

古伝神傳流秘書
4詰合
7本目燕返
3(三谷義里)

古伝神傳流秘書詰合7本目「燕返」:「相手高山我は抜かずして立合たる時
相手より打込むを我抜受に請る 
相手引を付込打込 相手右より拂ふを随って上へ又打込 
拂ふを上へ取り打込 
切先を下げて前へかまへ場合を取り切居處相手打込を受流し躰を替し打込勝 
又打込まず冠りて跡を勝つもあり。

「業附口伝」詰合之位7本目「燕返」:「仕立納打左上段 是は敵も我も立つ也 
敵は刀を抜てかむる我は鞘に納めて相懸りにて行く也 
場合にて敵我が面へ打込む也 我其時右片手にて抜き頭上にて請けすぐに左手を柄に添へ打ち込む也 
敵又表より八相に拂ふ也 我又すぐにかむりて打込む也 
敵又すぐに裏より八相に拂ふ也 我又すぐにかむりて敵の面へ打込也(左足を一足踏み込) 其時敵後へ引我空を打つ也 
其時我切尖を下げ待也 敵踏み込みて我真向へ打込也 
我其時左足より一足退り空を打たせ同時にかむりて一足踏込み敵の面へ勝也 

三谷義里著「詳解居合無双直伝英信流」昭和61年1986年詰合之位「形」7本目「燕返」:「理合 打太刀が仕太刀の正面に切り下ろし、仕太刀はこれを抜き受けえ、ただちに右から打太刀の面に打って出るが、切り落され(払われ)たので、正面に打込む。打太刀はこれも引いて外し、更に面を打って出る。仕太刀は左に開いて受け流し、打太刀の正面を打つ。
動作
1、打太刀抜刀して左上段に構え、仕太刀納刀のまま立つ
2、相進み、間に入るや打は仕の正面に切り下ろす。仕は右足を踏出し(抜刀するや)額前で十文字に受け止める。
3、打仕共に引いて八相に構える。
4、仕右足を踏み込んで右から打の面を打つ(八相)。打左足を引いて斜めに払う(順手)。
5、さらに仕は左足を踏み込んで左から打の面を打つ(逆八相)。打は右足を引いて斜めに払う(逆手)。
6、さらに仕右足を踏み込んで正面から打の面に切り下ろすが、打は(左足を)引きつつ振り上げて外し、右上段(右足前)に構える。仕は(外されて)下段の構えとなる
7、打が左足右足と踏み込んで仕の正面に切り下ろす。仕はすかさず左足を左前に踏み込み、体を開きつつ、左手を突き上げ受け流し、打の正面を打つ。
8、双方太刀を合わせ、元の位置にもどる。
9、共に血振り納刀。10、共に五歩引いて終る。

 三谷先生の「燕返」は古伝に添ったものと云いたい処ですが、「3、打仕共に引いて八相に構える」の処は政岡先生の教えに依るのでしょう。古伝は「相手引くを付込打込」で、業には切れ目を作らない気勢による攻めを稽古する様に挿入されています。双方八相に構えてしまってはここから又チャンバラです。
 仕が打込打が外した処は、三谷先生はその意図する処を学ばなかったのでしょう、「燕返」の業名に随う様に「形」を演じてしまっています。ここは古伝の仕が打込んで外された、姿勢のまま「切先を下げて前へ構え場合を取り切居る處」と「面を打って来い」という誘いによる「懸かり待」姿勢に、打が思わず打込む處なのです。その裏には打ち込んで来れば受へ流さんとする意図が潜んでいるのです。ギッタンバッコンの「燕返」を「形」演舞するのではないのです。「懸待表裏」の心得を学ぶのも「燕返」なのです。
 三谷先生足運びが明瞭ですが、こだわれば「形」は演じられるでしょうが、場合に応じた足運びを学べなくなります。古伝の詰合に付された添え書きに「重信流也、従是奥之事極意たるに依而格日に稽古する也」とある事を忘れた稽古であったり教えであるべきでは無いでしょう。

 

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2022年11月17日 (木)

古伝神傳流秘書 4詰合 7本目燕返 2(政岡壱實)

古伝神傳流秘書
4詰合
7本目燕返
2(政岡壱實)

古伝神傳流秘書詰合7本目「燕返」:「相手高山我は抜かずして立合たる時
相手より打込むを我抜受に請る 
相手引を付込打込 相手右より拂ふを随って上へ又打込 
拂ふを上へ取り打込 
扨切先を下げて前へかまへ場合を取り切居處へ相手打込を受流し躰を替し打込勝 
又打込まず冠りて跡を勝つもあり。

「業附口伝」詰合之位7本目「燕返」:「仕立納打左上段 是は敵も我も立つ也 
敵は刀を抜てかむる我は鞘に納めて相懸りにて行く也 
場合にて敵我が面へ打込む也 我其時右片手にて抜き頭上にて請けすぐに左手を柄に添へ打ち込む也 
敵又表より八相に拂ふ也 我又すぐにかむりて打込む也 
敵又すぐに裏より八相に拂ふ也 我又すぐにかむりて敵の面へ打込也(左足を一足踏み込) 其時敵後へ引我空を打つ也 
其時我切尖を下げ待也 敵踏み込みて我真向へ打込也 
我其時左足より一足退り空を打たせ同時にかむりて一足踏込み敵の面へ勝也 

政岡壱實著「無雙直傳英信流居合兵法地之巻」昭和49年1974年詰合之位7本目「燕返」:「正面から切り下ろされたので抜刀して請け、直ちに右より打込み払われ、左より打込み払われ、正面に打込むを外され面に打込んでこられたので左に開き受け流して正面を打つ)
古伝の神傳流秘書による手附 
相手高山我は抜かずして立合たる時
相手より打込むを我抜受に請る 
相手引を付込打込 相手右より拂ふを随って上へ又打込 打込拂ふを上へ取り打込 
扨切先を下げて前へかまへ場合を取り居る所へ相手打込を受流し体を替し打込勝 
(又打込まず冠りて跡を勝つもあり)政岡先生この部分抹消
構 打太刀抜刀して上段、仕太刀納刀のまま立つ。
1、打太刀間に入って仕太刀の正面を打つ。仕太刀右足をふみ出して抜請に十文字に留る。
2、打太刀引いて八相。仕太刀引いて八相。
3、仕太刀右足をふみ込んで右より面。打太刀左足を引いて斜に払う。
4、仕太刀左足をふみ込んで左より面。打太刀右足を引いて斜に払う。
5、仕太刀右足をふみ込んで正面から切下ろす
仕太刀下段である。打太刀左足から引いてふり上げて外す。(打太刀右上段である)
6、打太刀左右と踏み込んで正面から切り下ろす。仕太刀左足を左前にふみ込み体を替しつゝ左手を突き上げて請流して打太刀の正面を打つ。7、双方刀を合わせ中央へ。
8、双方五歩退く」
(政岡先生の手附を順番を追って原文に随い双方の動作を組み込んであります)

  政岡先生の「燕返」は古伝に随ったものと思います。当初の構えは「業附口伝」では打太刀「左上段」ですが、政岡先生は「上段(高山)」です。
 1、で打太刀が正面に打ち込んで来たのを、抜き請けに受け、古伝は打太刀が引くのに付込んで打込む處、2、で双方八相に構えてから、仕太刀が打込み、打太刀が払うのです。替え業とも取れますが、成り行きとも取れます。然し此処は仕は請けるや、打を「気で圧する稽古」は忘れてはいけないでしょう。「形」だからでは何年稽古しても、形が整うばかりです。
 5、の仕が打込んで打に外された時の(仕太刀下段である)は柳生新陰流で云う「活人剣」で相手に頭上に打込ませ、その「就色随色」処の「懸待(かかりまつ」処でしょう。思う様に正面から切り下ろして来るのを受け流して勝。この受け流しは下段なので、状況次第で左足を左前に踏み出し受け流しても、左足を右前に踏み出し受け流してもどちらでも良さそうです。
 政岡先生というより現代の先生方は、動作や足捌きを特定する事を要求していますが、場合により変化せざるを得ないと思います。稽古の中で自得する事も大切でしょう。

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2022年11月16日 (水)

古伝神傳流秘書4詰合7本目燕返1(福井春政)

古伝神傳流秘書
4詰合
7本目燕返
1(福井春政)

古伝神傳流秘書詰合7本目「燕返」:「相手高山我は抜かずして立合たる時
相手より打込むを我抜受に請る 
相手引を付込打込 相手右より拂ふを随って上へ又打込 
拂ふを上へ取り打込 
扨切先を下げて前へかまへ場合を取り切居處へ相手打込を受流し躰を替し打込勝 
又打込まず冠りて跡を勝つもあり。

「業附口伝」詰合之位7本目「燕返」:「仕立納打左上段 是は敵も我も立つ也 
敵は刀を抜てかむる我は鞘に納めて相懸りにて行く也 
場合にて敵我が面へ打込む也 我其時右片手にて抜き頭上にて請けすぐに左手を柄に添へ打ち込む也 
敵又表より八相に拂ふ也 我又すぐにかむりて打込む也 
敵又すぐに裏より八相に拂ふ也 我又すぐにかむりて敵の面へ打込也(左足を一足踏み込) 其時敵後へ引我空を打つ也 
其時我切尖を下げ待也 敵踏み込みて我真向へ打込也 
我其時左足より一足退り空を打たせ同時にかむりて一足踏込み敵の面へ勝也 

第19代福井春政先生より指導を受けられた、嶋専吉述「無雙直傳英信流居合術形乾」昭和17年1942年詰合之位7本目「燕返」:「6本目「位弛」の業を終って刀を合わせ、元の位置に戻り、互に五歩退き血振り納刀し、次の業に移るを型の基本とするも、「燕返」では打太刀後退せずそのまゝ元に位置に留まるも可。然れども此処では打太刀も五歩後退し前進するとして解説する。9本目「水月刀」10本目「霞釼」においても同様也。
仕太刀立ち帯刀、打太刀立ち帯刀より左上段。
 打太刀上段、仕太刀刀を鞘に納めたるまゝ相懸かりにて前進。
 間合にて打太刀仕太刀の正面に打込む、仕太刀素早く抜刀し剣尖を左に右隻手(右片手)にて頭上にて十文字に受け、
 仕太刀直ぐに雙手(両手)上段となり左足を一歩出し、相手(
打太刀)裏面(右面)に打込むを、打太刀右足を一歩退き裏より之を八相(逆八相)に拂う
 仕太刀更に右足を一歩進め、表面(左面)に打込むを、打太刀左足を一歩退き表より八相に拂う
 仕太刀は直に振り冠り左足を一歩進め打太刀の正面に打込む、此の時打太刀は左足より(右足を添え足に)大きく退き仕太刀に空を打たせる
 打太刀は右足を一歩踏込み仕太刀の真向に打ち下す。仕太刀は(外され下段に下げた刀を上に振り上げつつ)左足を大きく退き、体を後方に退いて(この際拳は十分に手元にとるを要す)、打太刀に空を打たせ、振り冠り様、右足を踏み込み打太刀の面を打つ
 刀を合わせ元の位置に戻り互に五歩退き血振り納刀す。」
(原文に随い、括弧で補足などしてあります)

 福井先生の「燕返」は古伝と違い、詳細な双方の足捌き、それにより打込みや払いの左右を特定されています。所謂現代のマニュアルによる形演舞の基本形でしょう。敢えてそれを云うのは、古伝による「扨切先を下げて前へかまえ場合を取り切居處へ相手打込むを請流し躰を替し打込勝」の。相手に外された刀を下段に構え、頭上に打込ませる「懸かり待つ」心持もなく、ギッタンバッコンやっている事、更に打ち込んで来るや外すのではなく、請け流して体を躱して斬る、攻める、心が見られない事です。
 「業附口伝」には「其時我切先を下げ待」の文言がある事の意味を理解されていない、福井先生に指導されたにも関わらず、意に会する力量が無かったか・・。現代の形稽古に於ける失念は残念です。
 ギッタンバッコンでしたら打太刀に「懸かり待つ心」が有れば、仕太刀は斬られてしまいます。
 

 

 

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2022年11月15日 (火)

古伝神傳流秘書4詰合7本目燕返

古伝神傳流秘書
4詰合
7本目燕返

古伝神傳流秘書詰合7本目「燕返」:「相手高山我は抜かずして立合たる時
相手より打込むを我抜受に請る 
相手引を付込打込 相手右より拂ふを随って上へ又打込 
拂ふを上へ取り打込 
切先を下げて前へかまへ場合を取り切居處へ相手打込を受流し躰を替し打込勝 
又打込まず冠りて跡を勝つもあり。

「業附口伝」詰合之位7本目「燕返」:「仕立納打左上段 是は敵も我も立つ也 
敵は刀を抜てかむる我は鞘に納めて相懸りにて行く也 
場合にて敵我が面へ打込む也 我其時右片手にて抜き頭上にて請けすぐに左手を柄に添へ打ち込む也 
敵又表より八相に拂ふ也 我又すぐにかむりて打込む也 
敵又すぐに裏より八相に拂ふ也 我又すぐにかむりて敵の面へ打込也(左足を一足踏み込) 其時敵後へ引我空を打つ也 
其時我切尖を下げ待也 敵踏み込みて我真向へ打込也 
我其時左足より一足退り空を打たせ同時にかむりて一足踏込み敵の面へ勝也 
互に五歩退り納刀後再び刀を抜き相上段にて次に移る。

古伝の手附は句読点も行替えもなく続けて書かれていますので、解り易く行替えをしてNoを付して置きます。
1、相手上段に構え、我は納刀したまま立合う。
2、相手が真向に打込んで来る、我は抜き受けに相手の打ち込みを請ける。
3、相手請け留められて後方に下がるのを、我は付け込みつつ上段に振り上げ相手の真向に打込む。
4、相手右に拂って来るので、我は拂われるに随って右肩から廻して再び真向に打込む。
5、相手左から払って来るのを、我は上段に振り上げ外し、相手の真向に打込む。
6、(相手退いて我が打ち込みを外し、我は空を切る)この部分ミツヒラ補足
7、扨、我は、切先を下げて(空を切った切先のまま、下段で)構え、間を取っている、相手真向から打込むを、我右足を右斜め前に踏み込み受流すやから刀を廻し体を替り打ち込み勝。
8、又、打ち込まずに上段に振り冠って勝ちを示すもあり。

 業名は燕返しです、解り易い様に、連続する攻防ですから、NOを付してみましたが、業ごとに区切らず流れる様に稽古する事がポイントです。6、(相手退いて我が打ち込みを外し、我は空を切る)の部分が古伝は抜けているようで、7、扨に飛んでいると解しました。 

「業附口伝」も連続する業の展開に解り易くNoを付けて見ます。
1、敵刀を抜いて左上段に構えて立ち、我は刀を鞘に納めて立ち、相懸かりにて進む。
2、場にて敵我が面へ打込んで来る、我は其の時右片手にて刀を抜き頭上にて請ける。
3、我すぐに左手を柄に添へ(上段から)敵の面へ打込む。
4、敵我に面に打込まれて表より(右より)八相に拂う。我は又すぐに(上段に)冠り敵之面へ打込む。
5、敵再び我に打ち込まれて裏より(左より八相に拂う。我又すぐに(上段に)冠り敵の面へ打込む。
6、其時敵後へ引き我空を打つ。
7、我空を打った体勢から切先を下げて敵の打ち込みを誘い、敵踏み込みて我が真向に打込む。
8、打が打ち込むを我左足より一足退り同時に振り冠り、敵に空を打たせ、一足踏み込んで敵の面を打ち勝つ。
9、互に5歩退り納刀、再び刀を抜き相上段にて次の業に移る。

「業附口伝」は古伝では打太刀髙山(上段)ですが左上段に構えて立ちます。仕太刀は納刀したまま立つち、相進みです。
 打(相手)が面へ打込んで来るので仕(我)は抜刀して片手で相手の打ち込みを受けは、古伝も「業附口伝」も同じ片手での請けです。
 古伝は、相手が切り込みを請け留められたので後方に下ろうとするのに付込んで真向に斬り込むのですが、「業附口伝」は我は一方的に両手で振り冠って相手に打込みます。約束された我の形だからの動作ですが、大変危険な振り冠りです。右に体を躱しながら振り冠るなどして打込む處でしょう。
 相手は、打ち込んだ刀を受けられ、その上外されそうになるのですから、即座に一歩退いて上段に振り冠り、我が打ち込みを八相に拂う。
 我は八相に拂われて払われるに従い上段に振り冠って更に相手の真向に打込む。
 古伝では相手は逆八相に振り被り拂って来るのを、上に外し即座に斬り下す、相手は我が打ち込みを後に退いて外し我は空を切る。
 「業附口伝」では、逆八相に我が打ち込みを払うので、我は払われるに随って、上段に振り冠って相手の面へ打込むと相手は後ろに引いて外し、我は空を切る。
 どちらも、我は下段に構え相手の打込みを誘うと、真向に打込んで来るのを、古伝は右に体を躱し受け流し真向に打込む。「業附口伝」は一歩下がり外すや踏み込んで真向に打込む。

 古伝の「燕返」と「業附口伝」の「燕返」の動作にこのような違いが見られます。古伝の動作が一世紀の歳月のうちに、「砕き・変化業」になって来る例の一つでしょう。それでも「燕返」の業名の意図は残されたと云えるかもしれません。

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2022年11月14日 (月)

古伝神傳流秘書4詰合6本目位弛7(木村栄寿)

古伝神傳流秘書
4詰合
6本目位弛
7(木村栄寿)

古伝神傳流秘書4詰合6本目「位弛(くらいゆるみ)」:「我居合膝に坐したる所へ敵歩み来りて打込むを立さまに外し抜打に切る或は前の如く抜合たる時相手より打を我も太刀を上へはづし真向へ打込み勝

「業附口伝」詰合之位6本目「位弛」:「仕坐納打左上段 是は敵は立ち我は坐する也、敵は太刀を抜てかむる、我は鞘に納めて右片ひざ立て坐する也、敵スカスカと来て拝み打に討つ也、我其時あたる位にてスッカリと立ち其侭左足を一足引きて我敵に空を打たせ同時に右足を一足踏み込み面へ切り込み勝也、仕太刀は此の時刀を合はせ五歩退きて血振ひ納刀、打太刀は其位置にても五歩退いても不苦。」

木村栄寿著「林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流傳書集及び業手付解説」昭和57年1982年詰合業手付及び口伝6本目「位弛」:「我居合膝に坐したる處へ敵歩み来りて打込むを立ざまにはづし抜打に切る或は如前抜合たる時相手ゟ打を我も太刀を上へはつし真甲に打込み勝つ。
 遣方居合膝に座し待つ。打太刀八相に構へ、歩み寄る
 打太刀、冠り、右足を踏出して真甲に打つ(ヤー)。遣方立つとき、左足を稍引き、刀を上に抜いて、相手太刀を外し、右足を踏出して、打太刀の真甲に打込む(エイ―)。
 後、太刀打之業に同じ、遣方残心のあと引分れ切先を合わせ、開き、納め、互に、小さく五歩退く。」
(木村先生の原文は古伝の手附に忠実なのでそのまま引用させていただきました)

木村先生の「位弛」は古伝の手附を掲げていますから、古伝の心で受け止められているのでしょう。そうであれば、八相に構えて歩みより、上段に振り冠って、立膝に座したる遣方の真甲に斬り下すのでしょう。古伝は「敵歩み来たりて打込む」ですから、真向でも、左面へ八相に斬り付けても意義はありません。八相から上段に振り冠る土佐の居合の仕草が継承されているのかも知れません。
 遣方打ち込まれて、左足を引いて敵に空を斬らせる処の、描写に一工夫ほしかったところですが、「左足を稍々引き、刀を上に抜いて、相手太刀を外す」ばかりで、打に打ち込まれる際のタイミングを如何にするかその心構えは、動作は教えたが、そこは稽古の中で自得しろと云うのでしょう。

 ヤーとかエーの掛声は、何処から引き継いだのでしょう。古伝にも「業附口伝」にも掛声は無い、大江先生の「英信流居合の型」では「業ごとにイーエーと長く引きて声を掛け合ふなり」とあります。この辺りの継承かも知れません。

「或は・・」「太刀打之業に同じ」と云ってすらりとすり抜けられました。
 稽古では「或は」:「相懸りにかゝり相手(打太刀)より下へ抜付けるを(遣方)抜合せ留る、相手(打太刀)より真向に打込むを、我は左足を引いて太刀を上へはつし真甲に打込み勝つ」
  
 

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2022年11月13日 (日)

古伝神傳流秘書4詰合6本目位弛6(福井聖山)

古伝神傳流秘書
4詰合
6本目位弛
6(福井聖山)

古伝神傳流秘書4詰合6本目「位弛(くらいゆるみ)」:「我居合膝に坐したる所へ敵歩み来りて打込むを立さまに外し抜打に切る或は前の如く抜合たる時相手より打を我も太刀を上へはづし真向へ打込み勝

「業附口伝」詰合之位6本目「位弛」:「仕坐納左上段 是は敵は立ち我は坐する也、敵は太刀を抜てかむる、我は鞘に納めて右片ひざ立て坐する也、敵スカスカと来て拝み打に討つ也、我其時あたる位にてスッカリと立ち其侭左足を一足引きて我敵に空を打たせ同時に右足を一足踏み込み面へ切り込み勝也、仕太刀は此の時刀を合はせ五歩退きて血振ひ納刀、打太刀は其位置にても五歩退いても不苦。」

第21代福井聖山著「無雙直伝英信流之形」平成3年1993年極意之形詰合之位6本目「位弛」:「打立・左上段、仕納刀・立膝
1、打太刀左足を出し体を開き直立体にて左上段に構える。仕太刀納刀して中央で立膝に座す。双方の間合は2間ほどで仕は立膝に座し、打は右足を踏出し刀を抜き左足前にして右に開いた半身の左上段(剣連の左上段を意識されていたとすれば、剣尖は右45度を向き左拳は左足の上ですが明瞭では無い様に思えます)。
2、打太刀左足より(踏み出すには出るは出足でこの場合左足を摺り出して、右足をふみ込み、歩み足で進む)進み、右足を踏み仕太刀の面を打つ。その時、仕太刀に一歩退かれて空を打つと直ぐ面を打たる。仕太刀は打太刀が正面に打ち下す瞬間に立ち上がり、左足を引くと同時に右足を左足に引き付け刀を頭上に抜上げ、打太刀に空を打たせ、右足を踏み込み面を打つ。
(福井先生の手附に、ビデオの動作を加味して編集してあります)

 福井先生の「位弛」は「業附口伝」を元に組み立てられている様です。古伝の「或るは・・」の部分は有りません。左上段の構えに付いては土佐の居合にある構えとは言えないでしょうが、大江先生の「英信流居合の型」7本以降、「業附口伝」の太刀打之位・詰合之位が昭和10年以降土佐では稽古されていた様で、それに引かれていったと思います。河野先生の「無雙直傳英信流居合兵法叢書」を福井先生は存じ上げていたとは思いますが、何故取り上げられていないのでしょう。

 

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2022年11月12日 (土)

古伝神傳流秘書4詰合6本目位弛5(檀崎友影)

古伝神傳流秘書
4詰合
6本目位弛
5(檀崎友影)

古伝神傳流秘書4詰合6本目「位弛(くらいゆるみ)」:「我居合膝に坐したる所へ敵歩み来りて打込むを立さまに外し抜打に切る或は前の如く抜合たる時相手より打を我も太刀を上へはづし真向へ打込み勝

「業附口伝」詰合之位6本目「位弛」:「仕坐納左上段 是は敵は立ち我は坐する也、敵は太刀を抜てかむる、我は鞘に納めて右片ひざ立て坐する也、敵スカスカと来て拝み打に討つ也、我其時あたる位にてスッカリと立ち其侭左足を一足引きて我敵に空を打たせ同時に右足を一足踏み込み面へ切り込み勝也、仕太刀は此の時刀を合はせ五歩退きて血振ひ納刀、打太刀は其位置にても五歩退いても不苦。」

檀崎友影著「居合道その理合と神髄」昭和63年1988年詰合の位6本目「位弛」:「打太刀上段仕太刀座し納刀、
 打太刀スカスカと進み拝み打ちに打つ。仕太刀その時当たる位にて直ぐに立上り、左足を一歩退いて刀を抜き、打太刀に空を斬らせ、直ちに右足を一歩踏み込んで面に切り込み勝。
 刀を合わせ五歩退いて血振り、納刀。打太刀その位置にても五歩退いても良い。」
 (原文に随い少し助詞を変えて、或いは省き記述させていただいてあります)

 檀崎先生の「位弛」は「業附口伝」そのままでしょう。
 写真が2枚添付されています.
形を静止状況で写した様で、不自然です。
 相手の打ち込みが下段迄達しているのに、仕は左足を床に着き刀の柄頭は相手の喉に付けられ抜かれていません。是では仕は斬られてしまいます。
 相手の打ち込みを左足を引いて外したとして、仕の相手への斬り込みが、片手抜打ちである事は、古伝も「業附口伝」も指定していませんので「このような抜付けもある」としておきましょう。
 但しその写真は相手の刀の切先が仕の右膝外にあり、仕は筋を替って抜き付けた事になり檀崎先生の文面からは読み取れません。
 片手抜打ちの仕の刀は相手の頭上に真直ぐ打ち込まれていますが、古伝の「真向」、「業附口伝」の「面」の文言に随ったのでしょう。土佐の居合はこの様な時、仕は相手の切り込みを摺り落す様に切先下がりに
刀を上に抜上げ、切先を後方に左肩から廻し、左手を柄にかけるや切り下す様に、初歩の時から指導されています。
 参考に檀崎先生の夢想神傳流居合初伝大森流8本目逆刀(附込):「我が正面より斬込み来る敵の刀を、一歩後に退って摺り落す気分で受け流し、敵が後退するのを追込んで勝つのである。」(檀崎友影著「居合道その理合と神髄より、原文のまま書き込ませていただきました。)
 是が、古伝の一般的な初歩の稽古の形でしょう。
 もう一つ、檀崎先生位取り8本目「返討」:「仕打刀に手をかけて前進し、間合にて打は抜打ちに仕の頭上に斬付ける、仕は相手の刀が鯉口を離れると同時に左足を左後方に一歩引きながら、相手の空を斬った頭上に抜打ちに斬付ける。・・」これは明らかに相手の切り込みを左足を左後方に退いて筋を外して、片手抜き打ちをしています。
 夢想神傳流檀崎居合の形だと云えばいいのでしょう。この檀崎先生の「位取」の原典を私は知りません。興味のある方はご研究願います。

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2022年11月11日 (金)

古伝神傳流秘書4詰合6本目位弛4(大田次吉)

古伝神傳流秘書
4詰合
6本目位弛
4(大田次吉)

古伝神傳流秘書4詰合6本目「位弛(くらいゆるみ)」:「我居合膝に坐したる所へ敵歩み来りて打込むを立さまに外し抜打に切る或は前の如く抜合たる時相手より打を我も太刀を上へはづし真向へ打込み勝

「業附口伝」詰合之位6本目「位弛」:「仕坐納左上段 是は敵は立ち我は坐する也、敵は太刀を抜てかむる、我は鞘に納めて右片ひざ立て坐する也、敵スカスカと来て拝み打に討つ也、我其時あたる位にてスッカリと立ち其侭左足を一足引きて我敵に空を打たせ同時に右足を一足踏み込み面へ切り込み勝也、仕太刀は此の時刀を合はせ五歩退きて血振ひ納刀、打太刀は其位置にても五歩退いても不苦。」

大田次吉著「土佐英信流」昭和55年1980年詰合之位6本目「位弛」:「打太刀直立し左上段(全剣連日本剣道形上段:諸手左上段は、中段の構えから左足を前に踏み出し、相手の攻めを注意しながら手の内を変えずに刀を頭上に上げる。攻撃に適した構えである。左拳の位置は、額の前上約ひと握りのところで、左足爪先の直線上にとり、刀は体とほぼ45度となる。体は左自然体で、やや左半身となる。剣先はわずかに右によせるのが自然である。重岡昇監修/剣道日本編集部構成昭和57年1982年)、仕太刀立膝に座す。(約五歩の間合い) 
 打太刀左足から進み寄り、右足を踏み込みて真向に打ち下す(打太刀頭を下げて打込むこと)。
 仕太刀はその時敵の刀が当らぬ内に立ち(仕太刀は打太刀の刀を振り下す直前に立上り)左足を一歩引くと同時に、刀を抜き頭上に引き挙げて敵に空を切らして、右足を踏み込み面に打下ろす。互に刀を合し、五歩退りて血振り、納刀。」(原文に補足を入れて組み上げてあります)

 大田先生の「位弛」の原文は解り易いのでそのまま、稽古に入れますが、疑問は、「左上段」に固執しながら左上段の詳細が無い事です。土佐の古伝「無雙神傳英信流居合兵法」には左上段とか右上段の設定は有りません。
 そこで、河野百錬先生の「無雙直傳英信流居合道」昭和13年1938年の詰合之位6本目「位弛」を読み直しますと:「打太刀上段より、仕太刀坐納刀より始む。・・」で「左上段」の特定はされていません。
 ところが、私の手元にある、曽田先生の直筆の「業附口伝」詰合之位「位弛」では:「仕坐納打左上段」と業名「位弛」の左に添え書きされています。この曽田本は曽田先生の息子さんから廻り廻って私の手元に来た手書きのもので、恐らく昭和20年前後に清書されたものだろうと思います。
 剣連でも、上段の構えを左上段と特定した前記の構えは昭和になって明確になったかも知れませんが、それに曽田先生が合わせたとも思えます。詰合の上段に「左上段」であるべき理由は理解できません。

 打太刀が歩み寄り、上段から打ち込まんとする「振り下す直前に立上り」の部分は、「刀の当たらぬ内に立ち」ではありますが、機を観て応ずる所で、仕は座したまま、打太刀に真向から打ち込ませる様にし向け、「振り下す直前に」は「就色随色」を心得た見事な変化業を身に付ける指導だと思います。
 処が、「打太刀頭を下げて打込むこと」この教えには唖然とします。居合の稽古で座した場合でも、立った場合でも、体を前傾したり、頭を下げたりは決して教えていないと思います。「ここを打て」と打ちやすい態勢を仕太刀が作るなど論外でしょう。写真にも明確に頭を下げた状況が写されています。是では、仕太刀が誘われて打込めば、打太刀は体を戻せば楽々仕太刀の打ち込みを外せます。
 「或は・・」の部分は全く触れられていません。詰合1本目「発早」の裏業になるのですから充分稽古し、業は幾重にも身に着けたいものです。
 居合は充分仮想敵相手で稽古しても、相手のある形は置き去りにされ演武会向けの形演舞で終われば其処まででしょう。

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2022年11月10日 (木)

古伝神傳流秘書4詰合6本目位弛3(三谷義里)

古伝神傳流秘書
4詰合
6本目位弛
3(三谷義里)

古伝神傳流秘書4詰合6本目「位弛(くらいゆるみ)」:「我居合膝に坐したる所へ敵歩み来りて打込むを立さまに外し抜打に切る或は前の如く抜合たる時相手より打を我も太刀を上へはづし真向へ打込み勝

「業附口伝」詰合之位6本目「位弛」:「仕坐納打左上段 是は敵は立ち我は坐する也、敵は太刀を抜てかむる、我は鞘に納めて右片ひざ立て坐する也、敵スカスカと来て拝み打に討つ也、我其時あたる位にてスッカリと立ち其侭左足を一足引きて我敵に空を打たせ同時に右足を一足踏み込み面へ切り込み勝也、仕太刀は此の時刀を合はせ五歩退きて血振ひ納刀、打太刀は其位置にても五歩退いても不苦。」

三谷義里著「詳解居合無双直伝英信流」昭和61年1986年詰合之位「形」6本目「位弛」:「理合 仕太刀が立膝に座しているところへ打太刀は歩み寄り、正面から切り下ろす。仕太刀は立ち上がりながら引いて之を外し、すかさず打太刀の正面に抜打ちする。
動作
1、打太刀左上段に構え、仕太刀立膝に座す。
2、打太刀進み、打ち間に入るや仕太刀の正面に切り下し、仕太刀は立上がりつつ左足から引いて外し、右足から踏み込んで打太刀の正面に抜打ちする。
3、刀を合わせ、4、血振り納刀。5、立上り打太刀引き、仕太刀そのまま。

 三谷先生の「位弛」は、折角古伝の手附を読みながら、「或は」の部分は抹殺してしまっています。実際は「業附口伝」の「打左上段」を引用され、「左上段」がどのようになされどの様な理があるのか詳解されないまま進められています。政岡先生の「位弛」を踏襲されたのでしょうか。
 古伝は打の構えを特定していません。古伝の文面から真向に打込む事を想像し、切先を上に45度ほど後方に向け、直の上段で切先を右へも左へも向ける意味はここでは見いだせません。
 添付された写真から、納刀して立ち、右足を踏出して抜刀し右足を引いて左足に揃え(やや右足前か)上段になるや左足から踏み出して、間を越すや右足を大きく踏み込んで切り下ろしています。仕太刀はギリギリの間で立ち上がっていますが、打太刀の間が近すぎる様です。そのまま打込めば、打太刀の刀の物打より下で打ち込んでしまいそうです。仕太刀の外しにおける、右柄手は、双方の正中線が相対していれば切り落とされそうです。左足を退く際左に外しているかもしれませんし、打太刀の打込む姿勢は腰を逆「く」の字ですから間を外していそうです。
 仕太刀は立ちつつ左足を退き刀を上に抜上げ左肩から上段に振り冠り、外されて、前にのめる打太刀の面に右足を踏み込み打込んでいます。
 打太刀の斬り下しを外され前にのめる姿勢は、英信流の真向への斬り下しで指導される事のない姿勢で、首を捻ってしまいます。
 仕太刀の打太刀への切り込みの写真で、打太刀の刀が仕太刀の右足右側面に刀身の半ばまで入っています。仕太刀が筋を替ったか、打太刀が仕太刀の踏み込みやすい位置にずらしたか、不思議な姿です。

 写真の捉える位置に依るとしておきますが、切り込む間合い、切り損ねてものめったりする事の無い体の使い方など、研究課題でしょう。

 

 

 

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2022年11月 9日 (水)

古伝神傳流秘書4詰合6本目位弛2(政岡壱實)

古伝神傳流秘書
4詰合
6本目位弛
2(政岡壱實)

古伝神傳流秘書4詰合6本目「位弛(くらいゆるみ)」:「我居合膝に坐したる所へ敵歩み来りて打込むを立さまに外し抜打に切る、或は前の如く抜合たる時相手より打を我も太刀を上へはづし真向へ打込み勝

「業附口伝」詰合之位6本目「位弛」:「仕坐納打左上段 是は敵は立ち我は坐する也、敵は太刀を抜てかむる、我は鞘に納めて右片ひざ立て坐する也、敵スカスカと来て拝み打に討つ也、我其時あたる位にてスッカリと立ち其侭左足を一足引きて我敵に空を打たせ同時に右足を一足踏み込み面へ切り込み勝也、仕太刀は此の時刀を合はせ五歩退きて血振ひ納刀、打太刀は其位置にても五歩退いても不苦。」

政岡壱實著「無雙直傳英信流居合兵法地之巻」昭和49年1974年詰合之位6本目「位弛」:「(座すところへ正面から切り下されたので立ちながら外し、正面へ抜きつける) 我居合膝に座したるところへ敵歩み来りて打込むを立ちざまに外し打抜(抜打)に切る。或は前の如く抜合たる時相手より打つを我も太刀を上へはづし真向へ打込み勝。
注 「或は云々」は前の如く居合膝で対座して抜合せたる時、打が1本目2の如く正面に切り下すを左足から引きつゝふりあげて外しつゝ左手を添へ右足からふみ込んで正面に切り下して勝つ意である。
打太刀抜刀して左上段、仕太刀居合膝にてまつ。
1、打太刀間に入って正面を打つ。仕太刀立ちながら左足から引いて外し右足からふみ込んで正面へ抜打
2、双方太刀を合す。
3、双方右に開いて納刀。
4、打太刀立って引く。仕太刀其位置で立ったまま。」

 政岡先生の「位弛」の理合(手附)は古伝のままで、「或は・・」についても古伝に合わせ触れられています。或は:「打太刀抜合わせ、左足を送りつつ中段よりふりかぶり右足を踏み込んで(仕太刀の)正面に打込む。仕太刀左足から引きつゝふりあげて(打太刀の打ち込みを)外しつゝ左手を(柄に)添え、右足から踏み込んで(打太刀)の正面に切り下して勝」

 打太刀左上段ですが、此の場合の左上段の定義は現代の竹刀剣道の左上段であるか、「業附口伝」の成立が江戸末期の土佐での事であるので解りません。
 この場合の打太刀の仕太刀への面への切り込みでは、右手を高く鍔元の柄に添え、左手は柄頭を握り、真向に振り冠った状況で、切先は45度の角度で天に向く、竹刀剣道の様な片手打ちなども行わない事を前提にした場合を想定します。現代の英信流の様に背中に45度の垂れさがった上段とも違います。敢えて捉えれば、打太刀は納刀して立っている、左足を踏み出し抜刀して切先を高く上段に振り冠る。と私は解します。
 後の動作は、古伝の手附に無い部分は力量次第に行えば良い事と思います。初心のうちの原則は、真向に打込んで来るのを立ちつつ抜きつつ左足を退いて打太刀に空を切らせ、真向に打ち下し勝つ事でしょう。所謂古伝の要求する形通りの稽古となります。稽古が進み、相手の上段からの打込みに外さずに応じられれば、この「位弛」を「出来た」と云えるのでしょう。
 柳生新陰流の「抜刀」にはこの状況での、相手の切り込みを外さず、「抜刀」所謂「抜き打ち」が初心の頃から学ばれています。詰合の「位弛」の要求の方が、既に切り込まれもう相手の刀は、我が頭上間近い状況下での運剣操作です。其処まで打ち込ませるべきとは思いませんが有り得る状況でしょう。

 

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2022年11月 8日 (火)

古伝神傳流秘書4詰合6本目位弛1(福井春政)

古伝神傳流秘書
4詰合
6本目位弛
1(福井春政)

古伝神傳流秘書4詰合6本目「位弛(くらいゆるみ)」:「我居合膝に坐したる所へ敵歩み来りて打込むを立さまに外し抜打に切る、或は前の如く抜合たる時相手より打を我も太刀を上へはづし真向へ打込み勝

「業附口伝」詰合之位6本目「位弛」:「仕坐納打左上段 是は敵は立ち我は坐する也、敵は太刀を抜てかむる、我は鞘に納めて右片ひざ立て坐する也、敵スカスカと来て拝み打に討つ也、我其時あたる位にてスッカリと立ち其侭左足を一足引きて我敵に空を打たせ同時に右足を一足踏み込み面へ切り込み勝也、仕太刀は此の時刀を合はせ五歩退きて血振ひ納刀、打太刀は其位置にても五歩退いても不苦。」

第19代福井春政先生指導による嶋専吉述「無雙直傳英信流居合術形乾」昭和17年1942年詰合之位6本目「位弛」:「姿勢及び構へ 仕太刀5本目「鱗形」の納刀の位置にて立て膝に座す、打太刀5歩退き血振ひ納刀、改めて抜刀し左上段に構える、但し台頭して前進抜刀するもあり、右足にて抜刀左足ふみこんで上段に冠り前進す。
 打太刀上段にてスカスカと前進し拝み撃ちに仕太刀の真向に打込む。仕太刀は打太刀の刃が将に己が頭に触れる位にてその刹那、敏速に左足より一歩體を退きつゝ刀を抜き、スッカリと立ち打太刀に空を打たせ直に右足を一歩踏み込み上段より打太刀の面を撃つ
 刀を合わせ双方五歩退き血振り納刀。但し次の7本目「燕返」に移る場合打太刀は後方に退らず、その位置に止るも苦しからず。」
(微妙な言い回しがありますので、原文のままとさせていただきます)

 打太刀の頭上への打ち込みで、仕太刀は「打太刀の刃が将に己が頭に触れる位にてその刹那、敏速に左足より一歩體を退きつゝ刀を(体に接するように)抜き上げ)」スッカリと立ち、仕太刀は打太刀に空を切らせ(切り込みを外して)、(上段に振り冠り)右足を踏み込み打太刀の面を撃つ。」

 此の文面通りの仕太刀の外しの動作(刃が将に己が頭に触れる位)では、打太刀の頭上への切り込みを外せたとしても、柄を握った前腕には切り込まれそうです。
 ここは、仕太刀は打太刀が上段に振り冠って打ち下ろさんとするに、刀に手をかけ腰を浮かし柄頭で相手の喉元に付けつつ抜き出す、振り下される瞬間に左足を退き間を外し、同時に右足を左足に引き付け上段に振り冠る、相手刀が空を切ると同時に右足を踏み込み相手の面に打込む。
 稽古型では此処まで出来れば良いと思います。
 実戦では、相手の面に打込むよりも、空を切った相手の刀を持つ左拳に斬り下す方が間合いから見ても確実でしょう。
 福井春政先生の「位弛」は「業附口伝」による様ですから古伝の「或るは如前抜合たる時・・」の稽古がなされていません。是は相手の切り込みを一旦受け止め、再び打って来るのを外して斬る「外した時が斬った時」の極意を彷彿とさせています。古伝は昭和17年には曽田先生によって伝えられていたでしょうか。福井先生は知らなかったとした方が正しそうです。確証は有りません。

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2022年11月 7日 (月)

古伝神傳流秘書4詰合6本目位弛

古伝神傳流秘書
4詰合
6本目位弛

古伝神傳流秘書4詰合6本目「位弛(くらいゆるみ)」:「我居合膝に坐したる所へ敵歩み来りて打込むを立さまに外し抜打に切る、或は前の如く抜合たる時相手より打を我も太刀を上へはづし真向へ打込み勝」

「業附口伝」詰合之位6本目「位弛」:「仕坐納打左上段 是は敵は立ち我は坐する也、敵は太刀を抜てかむる、我は鞘に納めて右片ひざ立て坐する也、敵スカスカと来て拝み打に討つ也、我其時あたる位にてスッカリと立ち其侭左足を一足引きて我敵に空を打たせ同時に右足を一足踏み込み面へ切り込み勝也、仕太刀は此の時刀を合はせ五歩退きて血振ひ納刀、打太刀は其位置にても五歩退いても不苦。」

 「業附口伝」の手附で先輩諸氏がこの「位弛」を演じ、習えば「我帯刀したまま立膝に座す処、敵左上段に振り冠り構える、我は刀に手をかけ腰を上げ柄頭を敵の喉元に付ける。敵スカスカと間境を越して我が真向に拝み討つ、我は柄頭を上にして打ち下ろされる寸前に左足を引き同時に柄頭を上に刃を左に向け摺り落すように抜き上げ、敵の打ち込みを外すや、左手を柄に添え右足を一歩踏み込み敵の面に切り込み勝。教えられた通りに演じたものです。
 何も、敵の真向への切り込みに対し、左足を退いて外してから敵の面に打込むなんてやらんでも、いくらでも習って来たのにと思わずにはいられませんでした。敵の真向への打込みに、抜き請けに十文字請けして摺落すのも、打ち込まんと両腕に気が入る瞬間に、斜め上に抜き付けて敵の両腕を切り落とすのも、下から抜上げて左拳を切り上げるのも、抜刀しつつ右足を右斜めに踏み込んで敵の胴を斬り払うのも、出来てもおかしくないでしょう。そんな稽古をしようものなら、訳知り顔の先輩が「何しとる違う」と真っ赤になって飛んで来る、やれやれです。 
 古伝の手附に随うならば「我は居合膝に坐したる所へ、敵は歩み来たり、間境で刀を抜き上段に振り冠って、座する我の頭上に斬り込まんとする。我はそれを察知するや、刀に手をかけ鞘送りしつつ柄頭を敵の喉元に付けつつ刀を抜上げ、敵間境を左足で踏み右足を踏み込み斬り下す寸前に立ち様に、左足を引き、敵の切り込みを外すや、刀を上に抜上げ、左手を柄に添え、敵の正中線に真直ぐ切り下す。敵が外されてのめって居るならば頭上に斬り下す、外されて切り返さんとするならば、左拳に十文字に切り下す。「抜打に切る」とだけで面であるとかは指定していません。
 次にある「前の如く抜合たる時」は古伝の「位弛」なのか、曽田先生の加筆なのか疑問です。然し木村栄寿先生著「林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流伝書集及び業手付解説」にも同様の文言が残されていますので、「位弛」の替え業として稽古されたのかも知れません。是は「我立膝に座す処へ、敵抜刀し上段に振り冠って歩み寄る、我も刀に手をかけ立上りつつ柄頭を敵の喉元に付けつつ刀を抜き出す、敵間を越すや我が右足膝頭に抜付けて来る、我乕一足の如く刀を下に抜き敵の切り込みを抜き受けに受ける。受けられた敵即座に上段に振り冠って面に打込んで来る、我も左足を一足引いて刀を上に振り上げ(振り冠り)、敵の打ち込みを外すや真向に斬り込み勝。

 古伝の要求を受け入れてこの業を稽古してみました。「替え業」についても、刀を抜き合わせ敵から上段に振り冠るのですから、我は左手を柄に添え左半身を、敵の打ち込まんと振り下す寸前に左足を踏み込み右半身になると同時に敵の小手に斬り付け勝。などは他流では初心の内からでも稽古する動作でしょう。
 当流の大森流之事7本目「順刀」・8本目「逆刀」の抜刀の方法はこの詰合6本目「位弛」の様な、敵の切り込みに応じる業として稽古をしてきている筈です。更に一歩進んだ「替え業」を稽古する良い機会です。

 「業附口伝」は古伝の「或は・・」以降は削除されているのでしょう。

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2022年11月 6日 (日)

古伝神傳流秘書4詰合5本目鱗形7(木村栄寿)

古伝神傳流秘書
4詰合
5本目鱗形
7(木村栄寿)

古伝神傳流秘書4詰合5本目「鱗形」:「如前抜合相手打込を八重垣の如く切先に手を添へ請留直に敵の太刀を摺落し胸をさす也」

「業附口伝」詰合之位5本目「鱗形」:「仕打納 坐り方同前左足を一足引きて抜合す也其時敵すぐに我面へ上より打つ也我もすぐに太刀の切先へ左の手を添へて十文字に請左の足を踏み込み摺込み勝也刀を合せ血振ひ納刀」

木村栄寿著「林崎抜刀術兵法夢想神伝重信流傳書集及び業手付解説」昭和57年1982年詰合業手付及び口伝5本目「鱗形」:「如前抜合せ相手打込むを八重垣の如く切先に手を添へ受留直に敵の太刀を摺りおとし胸をさす也 
 前の如く(打先に刀に手を刀を返し刃を下にして、立って左足を引き、遣方の「」に抜付ける(ヤー))。遣方(如前:刀を返し、刃を下にして、立って相手より一瞬早く虎一足の如く下に抜付ける(ヤー))
下に抜合わす(ヤー)。
 打太刀右足を踏出し、左膝をついて真甲に打つ(エイ―)。遣方八重垣の如し(左足を引き、左膝をつき、左手を切先にかけ、刀刃にて頭上に受け止める)、但し、右足を引き、右膝をつき、左手を切先にかけ、刀刃にて額前頭上に受止める。
 遣方左手を切先にかけたまま、刀刃にて相手太刀を右方下腰の辺りまで摺り落す。打太刀摺り落される。
 遣方左手を棟に添へたまゝ、或は左手で柄を握って、水月を突く、(エイー)
 双方引分れ、遣方(血振り・開きが見えない)納刀、立上ったあとその場で待つ。打太刀引分れ、(血振り・開きが見えない
納刀、立上ったあと、小さく五歩退く。
(原文に前の如くの動作を補足して、このまま稽古出来る様に組立ててあります)

 木村先生の「鱗形」では、一本目「發早」の遣方に依る抜受けの動作を要求しています。相手に右脛に抜付けられるのに一瞬早く抜き受け我が脛を護るのです。古伝の意図を呑み込まれています。然し、線画に依る抜き受けの動作は、双方の間の中心で刀を合わせてしまっています。文章に随った線画であればと残念です。
 掛声が聞こえるのですが、古伝は掛声は要求していません。掛声によって打込みの拍子は捉えられても、掛声の切れた時には「居付く」可能性が高く、流れる様な運剣が妨げられそうです。
 打太刀に真甲を打ち込まれる際、抜き受けの足捌きで左足を退いて右足前になっているのを、十文字請けの際左足と右足を踏み換える動作を要求しています。八重垣の足裁きを変える意図は「相手の切り込みを頭上で受け止めるや瞬時に摺り落す」右足半身から左足半身へ切り替えて同時に摺り落す、極意業を見せています。然し線画は摺り落しではなく「押し落とし」にしか見えません。此処までやったなら、相手の打込みを請けた瞬間に身を右に開き切先を相手の眉間に付けて摺り落し、古伝の「胸をさす」としてほしい処です。足の踏み換えをせず共同様の摺り落しは出来ますから、敢えて踏み換えの必要は無いでしょう。但し押し落すならば「受けてから直ぐに踏み換え押し落す」となるでしょう。この上を目指すならば、十文字に受ける素振りを見せ、打太刀に先を取らせて頭上に打込ませ、刀を十文字に上げ乍ら、左足を踏み換え左足前の入り身に偏し相手刀を右下に外す、外した時は刺した時、を志す様に稽古したいものです。

 

 

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2022年11月 5日 (土)

古伝神傳流秘書4詰合5本目鱗形6(福井聖山)

古伝神傳流秘書
4詰合
5本目鱗形
6(福井聖山)

古伝神傳流秘書4詰合5本目「鱗形」:「如前抜合相手打込を八重垣の如く切先に手を添へ請留直に敵の太刀を摺落し胸をさす也」

「業附口伝」詰合之位5本目「鱗形」:「仕打納 坐り方同前左足を一足引きて抜合す也其時敵すぐに我面へ上より打つ也我もすぐに太刀の切先へ左の手を添へて十文字に請左の足を踏み込み摺込み勝也刀を合せ血振ひ納刀」

第21代福井聖山著「無雙直伝英信流之形」平成3年1993年極意之形詰合之位5本目「鱗形」:「仕打共に納刀し立膝(摺り落し喉突き)
1、打太刀立膝より左足を引き抜き付ける。仕太刀同様に左足を引き抜き付ける。
2、打太刀そのまま振り冠り面を打つ。仕太刀その姿勢で刀の物打ち棟へ左手を添えて十文字に受け止む。
3、打太刀、打ち込みたる刀を左に摺り下げられ突かる。仕太刀打太刀の刀を右脇に摺り下げる
(左手刀で摺り落す)と同時に左足を踏み込み左手を添えて喉を突く(左手で右上膊を押さえる)。」
講習会のための冊子につき原文通り掲載させていただきました。)

 福井先生は古伝「鱗形」の業名です。双方「左足を引き抜き付ける」ですが、福井先生の1本目「八相」(古伝は1本目は「発早」)と同様であれば(抜付は、目付互脛)で「抜き合す」ですから、刀で切り結ぶ動作となります。
 古伝が求める「楽々居合膝に坐したる時相手左の足を引き下へ抜き付るを我も左の足を引て乕の一足の如く抜て留め・・」とは異なるでしょう。英信流居合之事2本目「乕一足」は「左足を引き刀を逆に抜て留め・・」ですから、刀の反りを返して相手の切りこんで来る小手を切り上げる極意技です。現代居合は相手が右膝に斬り込んで来るのを右足斜め前で受け止めています。
 立ち上がって左足を引いて抜き付けるのか否かは教本に記載されていませんが、ビデオに依れば打太刀より刀に手を懸け同時に立ち上がり抜き合わせています。その場で打太刀上段に振り冠りながら左膝を着き仕太刀の面に切りこむ、仕太刀も左手を物打ち棟に添え左膝を着き額前頭上で十文字請けする。
 仕太刀は十文字請けするや、刀に左手を添えたまま切先を相手に向けつつ右下に摺り落し(押し落し)ながら左足を踏み込み切先を喉に付ける、その際、刀の物打棟に添えた左手で打太刀の右上膊部を押さえながら突く。
 

 
 

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2022年11月 4日 (金)

古伝神傳流秘書4詰合5本目鱗形5(檀崎友影)

古伝神傳流秘書
4詰合
5本目鱗形
5(檀崎友影)

古伝神傳流秘書4詰合5本目「鱗形」:「如前抜合相手打込を八重垣の如く切先に手を添へ請留直に敵の太刀を摺落し胸をさす也」

「業附口伝」詰合之位5本目「鱗形」:「仕打納 坐り方同前左足を一足引きて抜合す也其時敵すぐに我面へ上より打つ也我もすぐに太刀の切先へ左の手を添へて十文字に請左の足を踏み込み摺込み勝也刀を合せ血振ひ納刀」

檀崎友影著「居合道その理合と神髄」昭和63年1988年詰合の位5本目「鱗返」:「仕打共に納刀し立膝に座し、互に左足を一歩退いて互に右膝逆さまに抜き合わす(添付写真では左足を引き床に左膝を着く様に低い態勢で抜き合わせている)。双方そのまま膝を着き打太刀は直ちに仕太刀の面に上段から斬り下す。仕太刀切先に左手を添え十文字に受け、左足を踏み込み摺り込んで勝つなり。」
(添付写真の態勢、動作を見て原文の意図を変えずに挿入してあります)

 檀崎先生の業名は「鱗返」で政岡壱實先生と同じで三谷先生とも同じです。古伝も「業附口伝」も「鱗形」です。業名の誤りは政岡先生に由来するように思えます。
 政岡先生の手附は昭和49年1974年、三谷先生は昭和61年1986年、檀崎先生は昭和63年1988年に発行された教本になります。檀崎先生は太田先生の講習会に参加された事があるやに聴いていますが、太田先生の教本は昭和55年1980年ですが業名は「鱗形」です。
 互に抜き合わせる態勢は、右足前で左足後で左膝を床に着く程にして抜き合わせて居ます。抜き合った刀は刃を下向けにして抜き付けたような逆刀の雰囲気です。英信流の抜付けでは、喩え相手の右足へ抜き付けるとしても、刃を返して下から切り上げる様な操作は、河野先生の「抜刀法」以外には正規な抜付けには無いものです。こめかみから、足まですべて、同じ抜付けで充分対応できます。
 仕太刀は十文字受けして、打の刀を「摺り込む」というより、左足を踏み込み押し除けて落しているように見えますが、さて・・・如何に。

 

 

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2022年11月 3日 (木)

古伝神傳流秘書4詰合5本目鱗形4(大田次吉)

古伝神傳流秘書
4詰合
5本目鱗形
4(大田次吉)

古伝神傳流秘書4詰合5本目「鱗形」:「如前抜合相手打込を八重垣の如く切先に手を添へ請留直に敵の太刀を摺落し胸をさす也」

「業附口伝」詰合之位5本目「鱗形」:「仕打納 坐り方同前左足を一足引きて抜合す也其時敵すぐに我面へ上より打つ也我もすぐに太刀の切先へ左の手を添へて十文字に請左の足を踏み込み摺込み勝也刀を合せ血振ひ納刀」

大田次吉著「土佐英信流」昭和55年1980年詰合(詰合之位)5本目「鱗形」:「双方立膝に座し詰め合い、打は刀に手を懸け腰を上げ左足を一歩引き仕の右膝に抜き付け、仕も抜き合わせ刀を打合す。(打の抜き付けの部位は解説されていません)
 打は請け留められるや上段に振り冠って、刀を打合わせた体制から右足前で、左膝を着き仕の面を打つ、仕も左膝を着き刀の物打に左手を添え十文字に前額上で受け止める。
 仕は請け留めるや左手を刀に添えたまま左足を踏み込み、右前に摺り込み打の刀を右下に摺り下し、打は其の儘の態勢で刀を右に(打の左に)摺り下され、仕は突きの構えを示す。
 刀を合わせ血振り納刀。」(手附に添付されている写真の動作解説を加味し構成してあります。)

 写真の姿から、刀に手を懸け腰を上げ、仕太刀の右膝に切先が稍々遠いけれど、抜き付けは打太刀が先行するように感じます。仕太刀も乕一足の心持に受け止めたと見えますが、「一歩引き抜き付け」の一歩が仕太刀で二歩、打太刀では三歩に見えてしまいます。双方の詰め合って座す間合いがやや遠い、左足を引いて抜き付けるのが右膝頭ですから、水平に抜き付ける間合いでは切先は届かないのも考慮に入れるべきでしょう。
 仕打ともに右足前で左膝を床につき、打は仕の面に切り下ろし、仕は前額頭上に左手を物打ちの峯に添えて受けています。打の切先は仕の頭上に届いている軌跡でしょうか。受け太刀になった初動の切り込みですから、打は左膝を右足踵に摺り込右足を踏み込んで打ち下ろす、ギリギリの間になって見えます。
 この間合いで十文字請けして打の打込みを防いだ仕は、立ち上りつつ打の刀を右下に押し落す風情です。左足を先に踏み込んで押し落す様にしませんと、腕力での押し落としになるでしょう。工夫が必要です。手の力で摺り落す指導が土佐の居合では行なわれてきたのだろうと思います。
 切先を左45度位にして右手を高く左手を稍々低くして、相手の面への打込みを十文字請けするや、左足を踏み込み同時に一重身になり切先を打の正中線に向ければ、打の刀は右下に摺り落ちるでしょう。「鱗形」の研究課題で、稽古を積んだ上は、打の打込みを体を躱して落とし刺突する極意を研究したいものです。

 

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2022年11月 2日 (水)

古伝神傳流秘書4詰合5本目鱗形3(三谷義里)

古伝神傳流秘書
4詰合
5本目鱗形
3(三谷義里)

古伝神傳流秘書4詰合5本目「鱗形」:「如前抜合相手打込を八重垣の如く切先に手を添へ請留直に敵の太刀を摺落し胸をさす也」

「業附口伝」詰合之位5本目「鱗形」:「仕打納 坐り方同前左足を一足引きて抜合す也其時敵すぐに我面へ上より打つ也我もすぐに太刀の切先へ左の手を添へて十文字に請左の足を踏み込み摺込み勝也刀を合せ血振ひ納刀」

三谷義里著「詳解居合無双直伝英信流」昭和61年1986年詰合之位「形」5本目「鱗返」:「理合 4本目八重垣同様、相互に膝頭に抜き付け、打太刀はすかさず仕太刀の正面を切る。仕太刀はこれを受け止め、さらに摺り落して打太刀の胸を突く
動作 
1、仕打共に帯刀して立膝にて対座する。
2、打は静かに両手を刀にかけ、左足を引いて仕の膝頭に抜き付け、仕も左足を引いて抜き合わせる。
3、すかさず打は左足を右足踵に引き付けて床に着け右足を踏み込み仕の正面に打ち込む。仕は刀の峯に左手を添え左膝を着いて受け止め、直ちに右に摺り落し、左手を刀に添えたまま左足を踏み込んで打の水月を突く
4、仕は左足を引き左手を柄に添え中段となり、双方刀を合わせる。
5、仕打血振り納刀
6、立ち上り打は引き、仕は其の位置
ポイント 受け止める時、肘を曲げて額に近いところで受け止め、右に押し落すように摺り下し、左手を添えたまま胸を突く
(手附は原文に写真の動作を加味してあります)

 三谷先生は山内豊健・中山博道・植田平太郎・甲田盛夫に指導を受け、戦後は政岡壱實・山本晴介先生方に師事されています。詰合之位5本目は古伝では「鱗形」の業名が政岡先生同様「鱗返」になっています。政岡先生の「無雙直傳英信流居合兵法地之巻」が12年前の昭和49年1974年に発行されていますので、それに習ったのかも知れません。
 双方の膝頭への抜き付けが、打太刀の初動によって抜き合わされている様な雰囲気があるのですが、写真の請けた姿は双方の間の中間で物打ちで受け止めあっているやに見えてしまいます、その上膝頭への抜き付けと云うのですが切先は離れすぎです。左足を引いて居ても右足は元の位置にあるのですから、立膝に対座した間が遠すぎる為と云えるでしょう。双方の間合いは体軸で4尺で充分で、三谷先生の写真も政岡先師の場合も6尺程離れています。写真写りで業を見せる為としておきます。然しそのために、打が仕の正面に打込む際、左膝を右足踵に引き付け右足を踏出して打込んでいます。仕は其の儘左膝を着いて十文字受けし、摺落してから左足を踏み込み水月を突くのです。政岡先生はここで「受け止めるや左足を踏み込みつつ刀を右下に摺り落し左足からふみ込んで水月を突く」と少し左足の動作を早めています。これだけの間合いが有るならば、正面を請ける際に左足を踏み込み当たり拍子に体を右に開けば打の刀は我が右に摺り落ち、我が切先は相手の眉間に付きます。刃を返して下向きとして胸を突くのも容易でしょう。政岡先生も、三谷先生も摺り落す業を知らない為に押し落すので、切先が下がり過ぎますので、胸を突かずに水月を突く事と成ったのかも知れません。
 刀で刀による打込みを受けずに、受けると見せて、相手の刀を右下に外し胸を突く、寧ろ仕が仕掛けて打に正面から打ち込ませ外して突く。極意技がのぞき見しています。

 

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2022年11月 1日 (火)

古伝神傳流秘書4詰合5本目鱗形2(政岡壱實)

古伝神傳流秘書
4詰合
5本目鱗形
2(政岡壱實)

古伝神傳流秘書4詰合5本目「鱗形」:「如前抜合相手打込を八重垣の如く切先に手を添へ請留直に敵の太刀を摺落し胸をさす也」

「業附口伝」詰合之位5本目「鱗形」:「仕打納 坐り方同前左足を一足引きて抜合す也其時敵すぐに我面へ上より打つ也我もすぐに太刀の切先へ左の手を添へて十文字に請左の足を踏み込み摺込み勝也刀を合せ血振ひ納刀」

政岡壱實著「無雙直傳英信流居合兵法地之巻」昭和49年1974年詰合(詰合之位)5本目「鱗返」:「(下に抜合せ正面を請右に摺落して突く) 如前抜合せ相手打込を八重の如く切先に手を添へて受留め直ちに敵の太刀を摺落し胸をさす也。
 構 居合膝
 打太刀徐々に両手をかけ左足を引き膝頭へ抜き付ける、仕太刀同じ様に抜合わせ留める。
 打太刀左足を送りつつ中段より振りかぶり右足を踏込んで仕太刀の正面を打つ、仕太刀太刀を合わす気持ちで右足を引き付け中段とならんとする処へ正面へ切り下されたので我切先に手を懸け左膝を着き十文字に請る、請け留めるや左足をふみ込みつつ刀を右下に摺り落し左足からふみ込んで(左手を添へたまま)打太刀の水月を突く
 太刀を合わす、右に開いて納刀、立って引く。」

 政岡先生の詰合之位5本目は「鱗返」の業名ですが、古伝も「業附口伝」も「鱗形」です。誤字なのか業名改変なのか解りません。古伝の業手附を先に掲げていますが、動作が写真と合うのでしょうか、写真では正面に打込まれて「左膝を着き十文字に請」て居ます。「受け止めるや左足を踏み込みつゝ刀を右下に摺り落し」ですから、右足前の体勢で、がっちり十文字受けしてから、左足を踏み込んで体を右入り身にして摺り落すのでしょう。然し写真の摺り落した時の切先は、打太刀の丹田の辺りにあります。是では摺り落しではなく、押し落す事にならないでしょうか。「業附口伝」の「「摺込勝」の文言の方が適切に思えます。
 敵の正面への切り込みを、左手を切先に添えて十文字に請けるや、右足を引いて右入り身に偏し同時に切先を打太刀の胸に突き付ける。或いは右足前で敵の正面への打込みを請けると見せて、左足を右足と踏み換え右入り身に偏し摺り落す。この時敵太刀を我が太刀で請けんと見せて入り身になって外してしまう事が、極意技と云えるでしょう。

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2022年10月31日 (月)

古伝神傳流秘書4詰合5本目鱗形1(福井春政)

古伝神傳流秘書
4詰合
5本目鱗形
1(福井春政)

古伝神傳流秘書4詰合5本目「鱗形」:「如前抜合相手打込を八重垣の如く切先に手を添へ請留直に敵の太刀を摺落し胸をさす也」

「業附口伝」詰合之位5本目「鱗形」:「仕打納 坐り方同前左足を一足引きて抜合す也其時敵すぐに我面へ上より打つ也我もすぐに太刀の切先へ左の手を添へて十文字に左の足を踏み込摺込み勝也刀を合せ血振ひ納刀」

第19代福井春政先生は著作は残されておられない様です。先の大戦真っただ中の昭和17年土佐へ2週間居合の修行に出かけて、福井先生の手解きを受けられた嶋専吉先生の覚書が残されています。
嶋専吉述「無雙直傳英信流居合術形乾」昭和17年1942年詰合(詰合之位)4本目「鱗形」:「仕打ともに納刀のまま立膝に座し相対す。
 前同様に抜合せ、打太刀は右より進み仕太刀の面上に打下すを、仕太刀左足より體を退左手を棟に添へて頭上十文字に請け止め、續いて左足を一歩踏込み(この時右跪となり)左手を刀に添へたるまゝ對手の刀を己が右方に摺り落しながら喉を刺突の姿勢となる。此の時打太刀は左足より體を退き刀を左方に撥ね除けられたるまゝ上體を稍々後方に退く。
 次で刀を合せ血振ひ(若し續て次の「位弛」を演ずる場合は打太刀は五歩後方に退きて血振ひ)納刀す。」
(原文のままで無いと嶋先生の意図する動作を誤ってしまうと思いそのまま掲載させていただきました。)

嶋先生の文章に添って忠実に稽古して見ます。
 双方左足を一歩後方に退きて立ち上ると同時に互に対手の右脛に斬り付け抜き合わす。
 打太刀立ったまま前に出ている右足を(一歩踏み込み・或いは踏みしめ)仕太刀の面に打ち下す。仕太刀後方にある左足を退き(やや・一歩)体を退きながら左手を刀の棟に添え、立ったまま頭上にて十文字に請け留める。
 仕太刀請け留めるや左足を一歩踏み込み(右足の前に)右入り身になって、左手を刀に添えたまま相手の刀を右方に撥ね除ける様に摺り落し、同時に右膝を着き切先を打太刀の喉に付ける(刺突する)、此の時打太刀は右足前で立ったまま(更に左足を退いて)体を後方に反らせながら退く。・・残心血振り納刀。

 嶋先生の記述に随えばこのような動作になりそうです。抜き合わせた後、打太刀の打込みが立ったままであれば立ったままで請けるか、右膝を跪きながら請けるかですが、立った状況で請けた瞬間に左足を踏み込み右入り身になり右膝を着けば、打太刀はのめる様に摺り落されてしまうでしょう。「左方に撥ね除けられたる」の文言を演ずれば、受けるや撥ね除ける動作が発生し、其処から喉を突く動作に移らなければならないでしょう、摺り落す切先は、左足を踏み込んで入り身になる時に既に打太刀の喉に付いていなければ極意技にはなりません。
 打太刀が立ったままであれば、仕太刀も立ったままで応じなければせっかくの切先は、自ら外す事になりそうです。立ったままでの摺り落しも研究しておかなければなりません。相手の状況に応じて業は展開されるものです。

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2022年10月30日 (日)

古伝神傳流秘書4詰合5本目鱗形

古伝神傳流秘書
4詰合
5本目鱗形

古伝神傳流秘書4詰合5本目「鱗形」:「如前抜合せ相手打込を八重垣の如く切先に手を添へ請留直に敵の太刀を摺落し胸をさす也」

「業附口伝」詰合之位5本目「鱗形」:「仕打納 坐り方同前左足を一足引きて抜合す也其時敵すぐに我面へ上より打つ也我もすぐに太刀の切先へ左の手を添へて十文字に請左の足を踏み込み摺込み勝也刀を合せ血振ひ納刀」

古伝神傳流秘書の抜合わせは、詰合の1本目「発早」の手附に依る「楽々居合膝に坐したる時相手左の足を引下へ抜き付るを我も左の足を引て乕の一足の如く抜て留め」と云う事で相手が先に抜刀し腰から下へ抜き付けて来るのを、我は英信流之事の2本目「乕一足」の様に「左足を引き刀を逆に抜て、相手の切り込みを請け留める」のです。
 稽古では打太刀が刀を抜いて我が「下へ」この場合は「右膝」へ抜き付けて来るのを、左足を引いて刀を下に抜き出し、相手の切り込みを請ける。
 請け留められて打太刀は即座に左膝を右足踵附近に着き刀を上段に振り冠り、右足を踏み込み仕太刀の真向に斬り下す。
 仕太刀は左膝を着くや、左手を刀の物打下に添えて、打太刀に正対して額前頭上に右手を高く、左手は低く切先は打太刀の右こめかみあたりに付け、體は正対して、十文字に受け留める。
 打太刀の刀が仕太刀の刀に触れると同時に右足を右に開き上体を右入り身に偏して、切先を打太刀の眉間に付け刀を摺り落し、左足を踏み込み打太刀の胸を刺突する。
 この「摺り落し」は相手刀を打ち落す、とかネジリ落すとか、押し落すなどの力任せの動作は不要で、入り身になる事で相手刀を摺り落とす。
 稽古が進み、相手の打ち込む拍子がつかめる様になれば、真向に斬り下す刀を、体を右入り身に偏ずるだけで相手の刀は我が胸をかすめるように外れ、そのまゝ付込んで刺突出来る様に為る、極意技を示唆して居ます。

 「業附口伝」は、左足を引いて打太刀の下への抜き付ける刀を請け、請け留められた打太刀が上段に振り冠り左足を踏み込んで真向に打ち下すのを、仕太刀は右足前のまゝ打太刀の打ち下す刀を切先へ左の手を添え額前頭上に十文字請けするや、左足を踏み込み体を左足前の入り身に偏し打太刀の刀を摺り込ながら胸を突く。古伝の摺り落しも稽古が進めば出来るようになるのですが、受け太刀になってしまい、相手が押し付けるなどして来ると、無理やり押し落す動作を演じてしまいます。それでは極意業は見えてきません。
 「刀を合わせ血振ひ納刀」は演舞向けの所作を示します。

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2022年10月29日 (土)

古伝神傳流秘書4詰合4本目八重垣7(木村栄寿)

古伝神傳流秘書
4詰合
4本目八重垣
7(木村栄寿)

古伝神傳流秘書詰合4本目「八重垣」:「如前抜合たる時相手打込むを我切先へ手を懸けて請又敵より八相に打を切先を上にして留上より打を請け、相手打たむと冠を直ぐに切先を敵の面へ突詰める。
(我切先に手を懸けて請け敵左より八相に打を切先を下げて留又敵右より八相に打を切先を上にして留又上より頭上にて十文字に請け次に冠るを従って突込むもあり‥曽田先生メモ)」

「業附口伝」詰合(詰合之位)4本目「八重垣」:「是も同じく詰合て坐し前の如く左足一足引てさかさまに抜合也、敵其侭我が面を打てくるを我又太刀の切尖へ左手を添へて面を請る也、夫れより立て敵すぐに右脇を打つを我其侭刀を右脇にさかさまに取りて此の時右足を一足引き請け留る也、敵又立ちて左の脇を打ち来るを我又左足を一足引きて左脇を刀を直にして請け止る也、敵又上段より面へ打て来るを我又右足を引きて上を請て敵かむる処を我右足より付込み勝也、刀を合せ原位置に帰り血振納刀」

木村栄寿著「林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流傳書集及び業手付解説」昭和57年1982年詰合(詰合)4本目「八重垣」:「如前抜合せたる時相手打込むを我が(れ)切先に手を懸請又敵左ゟ八相に打つを切先を上にして留又上より打つを請相手打たむと冠るを直に切先を敵の面へ突き付詰める(この手附は 古伝神傳流秘書の詰合4本目八重垣ものと同じでしょう)
前の如く、互に居合膝に座す。
1、仕打前の如く下に抜き合わす(ヤー
2、打、右足を踏出し、左膝をついて真甲に斬る(ヤー)。仕、左足を引き左膝をつき、右足を踏出し左手を切先にかけ、刀刃にて十文字に頭上に受止める。
3、打、冠り仕の左斜面を八
相に斬るエイ―)。仕、切先に手をかけたまま、切先を上にして、刀刃で左脇に受留める。
4 、打、その足のまま又冠り仕の右斜面を裏八相に斬る。仕も同じ足、右足前で前に、切先を上にして刀刃にて右脇を受け留める。
5、打、その足のまま又冠り、真向に打込む(エイー)。仕、始めに同じ要領で、切先を左に左手をかけたまま、右足前にて刀刃にて十文字に頭上に受け留める。
6、打、又打たんとその足のまま冠る処を、仕左手を柄にかけ、右足前のまゝ切先を顔面に突付ける。(ヤー
(木村先生の手附に、添えられた線書きの動作を元にして作成してあります)

  木村先生の「八重垣」の手附は古伝神傳流秘書に其の侭です。そうであれば、打は仕の上・左・上と古伝は打込むので右への裏八相で上・左・右・上では、木村先生の独創か、「業附口伝」かそれを元にした何方かの受け売りになってしまいます。古伝を変えた理由は何なのでしょう。
 右足前のまゝ左への打込みを防ぐのは理に叶いますが、右への打込みも右足を前に踏み出したままでは、いささか弱く、打は打ち込みを受けられた瞬間力押しで押し倒す事も可能です。足は踏み換えれば如何なものでしょう。この打ち込みは古伝には無いのでおまけです。
 左右の打の打込みを切先を上にして受け留めていますので、相手の刀を摺り落して突き込む事は可能でしょう。
 打込む際に「掛声」が聞こえます。古伝は掛声を要求していませんが、木村先生は要求しています。明治以降の大江先生の組太刀や剣道会の習慣を無意識に取り入れられたのでしょうか。掛声に気を遣うよりも、仕打ともに如何に相手を崩せるか気を遣うべきでは無いでしょうか。
 

 

 

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2022年10月28日 (金)

古伝神傳流秘書4詰合4本目八重垣6(福井聖山)

古伝神傳流秘書
4詰合
4本目八重垣
6(福井聖山)

古伝神傳流秘書詰合4本目「八重垣」:「如前抜合たる時相手打込むを我切先へ手を懸けて請又敵より八相に打を切先を上にして留又上より打を請け、相手打たむと冠を直ぐに切先を敵の面へ突詰める
(我切先に手を懸けて請け敵左より八相に打を切先を下げて留又敵右より八相に打を切先を上にして留又上より頭上にて十文字に請次に冠るを従って突込むもあり‥曽田先生メモ)」

「業附口伝」詰合(詰合之位)4本目「八重垣」:「是も同じく詰合て坐し前の如く左足一足引てさかさまに抜合也、敵其侭我が面を打てくるを我又太刀の切尖へ左手を添へて面を請くる也、夫れより立て敵すぐに我右脇を打つを我其侭刀を右脇にさかさまに取りて此の時右足を一足引き請け留る也、敵又立ちて左の脇を打ち来るを我又左足を一足引きて左脇を刀を直にして請け止る也、敵又上段より面へ打て来るを我又右足を引きて上を請けて敵かむる処を我右足より付込み勝也、刀を合せ原位置に帰り血振納刀」

 第21代福井聖山著「無雙直伝英信流之形」平成3年1993年詰合(極意之形詰合之位)4本目「八重垣」:「(四回切り喉元攻め込み) 
1、打太刀立膝より左足を引き抜き付けるを、仕太刀立膝より左足を引き抜き付ける。
2、打太刀そのまま仕太刀の面に打ち込む。仕太刀刀の物打に左手を助け膝を着き十文字に受ける。
3、打太刀立上り左足を踏み込み右膝を跪き仕太刀の右脇を打つ。仕太刀右足を引き右半身(左足前に半身)となり、右膝をつき刀を逆さまに(切先下向き)取り受け止める。
4、打太刀立ちて右足を踏み込み左膝をつき左胴を打つ。仕太刀立ちて左足を引き左膝をつき刀を直立(切先上向き)して左手を棟にあて、剣尖を上にして受け止める。
5、打太刀、更に右足より進み、上段より面を打つ。仕太刀右足を引き右膝をつき、左手を棟に添えて頭上十文字に受け止める。
6、打太刀右足を引き右膝をつき、仕太刀を打たんとのめる。仕太刀打太刀が刀を引き上げ、のめるところを右足を進めて左膝を跪いて突く(喉に剣尖を当てる)
 (刀を合わし元の位置にもどり血振り納刀す)
*福井聖山先生の稽古会用の小冊子から原文に添って手附とさせていただきました。

 福井先生の詰合之位4本目「八重垣」ですが、抜き付ける部位は1本目「八相」により「抜付は、目付互脛」ですから、互に腰を上げ左足を引き互いの「右脛」に抜き合わせ双方の間合いの中心で刀を打ち合うのでしょう。古伝は「楽々居合膝に坐したる時相手左足を引下へ抜付るを我も左の足を引て乕の一足の如く抜て留め・・」でした。打太刀が攻めて仕太刀が応じ抜き請けに受け止めています。打ち込まれる部位は「下」ですが、居合膝ですから立てた右足の狙い所は「右膝頭」でしょう。打太刀は誘いの目付は横一文字で我が「右こめかみから右肩」で抜はじめ、我も応じて腰を上げるや、目付は「右膝から稍々下まで」でしょう。
 刀を斜め下に抜付けるには、左足の退き具合は大き過ぎれば空振りします。我も左足を引くのですから間の取り様は充分稽古しておきませんと見ていても不自然な形になってしまいます。座した時の双方の詰め合う間合いも大切です。
 打太刀の面への切り込みを十文字請けする左手は、この流の現代居合の仕方では物打の峯に、拇指と人差し指の股を添わせ拇指を内側に、四指を延ばして外に向けて受けています。この状況で実戦で相手の打ち込みを受ければ拇指の基部を破壊されそうです。指先を稍々左に向け拇指と人差し指の股と小指の下、手の平の小指側の膨らみを以って物打の峯に添える様にして、点で請けずに線で請ける添え方を研究すべきでしょう。
 脇を攻められた時の剣尖は、古伝は直立「切先上向き」、左脇を攻められた時は切先下向き(古伝には左胴への切りつけは無い)です。右胴へ切りつけられた場合右足を引き右柄手を右腰に引き下げ左手を剣先に添えたまま右に振り受け留める。
 左胴に切り返された場合は左足を引くや左手を刀に添えたまま左腰に振り右柄手をそれに随えば容易に受け止められます。更に正面に打込まれた時は、刀に添えた左手を上に上げ右手を合わせれば十文字受けも容易に応じられます。
 福井先生の受けの動作で充分ですが、請けるや、我が反撃出来る操作法は極意業として研究すべき課題でしょう。

 

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2022年10月27日 (木)

古伝神傳流秘書4詰合4本目八重垣5(檀崎友影)

古伝神傳流秘書
4詰合
4本目八重垣
5(檀崎友影)

古伝神傳流秘書詰合4本目「八重垣」:「如前抜合たる時相手打込むを我切先へ手を懸けて請又敵より八相に打を切先を上にして留又上より打を請け、相手打たむと冠を直ぐに切先を敵の面へ突詰める
(我切先に手を懸けて請け敵左より八相に打を切先を下げて留又敵右より八相に打を切先を上にして留又上より頭上にて十文字に請け次に冠るを従って突込むもあり‥曽田先生メモ)」

「業附口伝」詰合(詰合之位)4本目「八重垣」:「是も同じく詰合て坐し前の如く左足一足引てさかさまに抜合也、敵其侭我が面を打てくるを我又太刀の切尖へ左手を添へて面を請くる也、夫れより立て敵すぐに我右脇を打つを我其侭刀を右脇にさかさまに取りて此の時右足を一足引き請け留る也、敵又立ちて左の脇を打ち来るを我又左足を一足引きて左脇を刀を直にして請け止る也、敵又上段より面へ打て来るを我又右足を引きて上を請けて敵かむる処を我右足より付込み勝也、刀を合せ原位置に帰り血振納刀」

檀崎友影著「居合道その理合と神髄」昭和63年1988年詰合(詰居合の位)4本目「八重垣」:「仕打ともに納刀のまま詰合右膝を立てゝ座し、互に左足を一歩退いて低い姿勢で相手の右膝に抜き合わす
 打太刀は上段に振り冠って左膝を着き面を打って来るのを、仕太刀刀尖に左手を添えて左膝を着き額前上で十文字に受ける。
 打太刀直ちに左足を踏み込み仕太刀の右脇を斬る。仕太刀そのまま(右足を一歩引き)刀を直(切っ先を上に)に左手を添えて受け留る。
 打太刀右足を踏み込み仕太刀の左脇を打って来る。仕太刀左足を一歩退いて刀を逆さまに(切っ先を下に)左手を添えて受け留る。
 打太刀又上段より仕太刀の面に左足を踏み込み打込むを、仕太刀右足を引いて打太刀の上段からの切りこみを受け留る。
 打太刀左足を引いて振り冠る所を、仕太刀右足を踏み込み附込んで勝なり(勝を示す)。
 双方刀を合わせ元の位置にかえり血振り納刀す。」(檀崎先生の手附に写真の動作を加えてあります)

 檀崎先生の互に抜き合わす動作では、左足を低く引き左膝を着いて抜き付けている様に見えます。双方の座す間合いが一尺五寸程か近間の攻防です。随って抜き付けた切先は相手の膝頭に届く様ですが、抜き合わす為に詰まった抜き付けに見えます。
 抜き合わせて、面・右脇・左脇・面への打太刀の切り込みを仕太刀は、右脇への切り込みには切先を上にして受け、左脇への切り込みには切先を下に向けて受けています。この受けは「業附口伝」の逆と思われます。古伝は、右脇(右胴)の切り込みに対し、切先を上にして請けています。左脇(左胴)は古伝にはありません。
 

 

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2022年10月26日 (水)

古伝神傳流秘書4詰合4本目八重垣4(太田次吉)

古伝神傳流秘書
4詰合
4本目八重垣
4(大田次吉)

古伝神傳流秘書詰合4本目「八重垣」:「如前抜合たる時相手打込むを我切先へ手を懸けて請又敵より八相に打を切先を上にして留又上より打を請け相手打たむと冠を直ぐに切先を敵の面へ突詰める。
(我切先に手を懸けて請け敵左より八相に打を切先を下げて留又敵右より八相に打を切先を上にして留又上より頭上にて十文字に請け次に冠るを従って突込むもあり‥曽田先生メモ)」

「業附口伝」詰合(詰合之位)4本目「八重垣」:「是も同じく詰合て坐し前の如く左足一足引てさかさまに抜合也、敵其侭我が面を打てくるを我又太刀の切尖へ左手を添へて面を請くる也、夫れより立て敵すぐに我右脇を打つを我其侭刀を右脇にさかさまに取りて此の時右足を一足引き請け留る也、敵又立ちて左の脇を打ち来るを我又左足を一足引きて左脇を刀を直にして請け止むる也、敵又上段より面へ打て来るを我又右足を引きて上を請けて敵かむる処を我右足より付込み勝也、刀を合せ原位置に帰り血振納刀」

大田次吉著「土佐英信流」昭和55年1980年詰合(詰合之位)4本目「八重垣」:「打太刀、仕太刀立膝に座し詰め合い、左足を一歩引き打合す
打太刀は左膝を着き仕太刀の面に打込む、仕太刀も左膝を着き(写真は左足を立てている)刀の物打に左手を添えて前額上で十文字に受ける。
 打太刀左足を踏み込み右膝を着き仕太刀の右胴に切り込む。仕太刀右足を一歩引き左膝を立て左手を右下に刀尖を逆(下)にして右胴を受け止める。
 打太刀右足を踏み込み左胴を打つ、仕太刀左を引き右膝を立て刀尖を上にして右手を下に刀尖を上にして左胴を受け止める。
 打太刀直ちに振り冠り左膝を摺り込み右足を踏出し仕太刀の面に切りこむ。仕太刀右足を一歩引き物打峯に左手を添えたまま十文字に額前にて十文字に受け止める。打太刀右足を引いて上段に振り冠る処、仕太刀右足を一歩踏出し付込んで突きの構えを取り残心。互に元の位置に返り刀を合わせ血振り納刀。」(手附の文章は運剣と写真に合わせて原文を変えてあります)

 大田先生の「八重垣」は、帯刀し立膝で詰合、相手の脛に抜付けていますが、左足を退くと同時に抜付けていますから間が遠く抜合わせは、形の為の刀合わせに過ぎない打込みになってしまっています。座する間が広すぎでしょう、抜き付ける部位が膝頭ならまだしも、脛では切先はとどかない。仕太刀は刀を合わせる意味は無い様なものです。相手の切りこみを見極め左足を引いて外すや上に抜刀して正中線上に斬り下せば、相手の小手は充分切り落とせます。
 抜打ちに刀を合わせ、打太刀の面・右胴・左胴・面への打込みに、右胴では切先を下にして受け止め、左胴では切先を上にして受け止めて居ます。是も曽田先生の添え書きによるか、「業附口伝」に随ったと思われます。
 形は運剣動作を覚える初歩的なもので、写真写りはその形を良く見せる為だけに使用しているという考えもありそうですが、初めての数回は兎も角、相手との距離、拍子は充分考慮したいものです。
 詰合の間合は右足先で2尺、引き足は手附に云う「一歩引く」ですと歩み足の一足長から一足長半が適当でしょう。無双直伝英信流の現代居合に依る大股開きの3足長の引き足は疑問です。

 

 

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2022年10月25日 (火)

古伝神傳流秘書4詰合4本目八重垣3(三谷義里)

古伝神傳流秘書
4詰合
4本目八重垣
3(三谷義里)

古伝神傳流秘書詰合4本目「八重垣」:「如前抜合たる時相手打込むを切先へ手を懸けて請敵より八相に打を切先を上にして留上より打を請け相手打たむと冠を直ぐに切先を敵の面へ突詰める(我切先に手を懸けて請け敵左より八相に打を切先を下げて留又敵右より八相に打を切先を上にして留又上より頭上にて十文字に請け次に冠るを従って突込むもあり‥曽田先生メモ)」

「業附口伝」詰合(詰合之位)4本目「八重垣」:「是も同じく詰合て坐し前の如く左足一足引てさかさまに抜合也、敵其侭我が面を打てくるを我又太刀の切尖へ左手を添へて面を請くる也、夫れより立て敵すぐに我右脇を打つを我其侭刀を右脇にさかさまに取りて此の時右足を一足引き請け留る也、敵又立ちて左の脇を打ち来るを我又左足を一足引きて左脇を刀を直にして請け止むる也、敵又上段より面へ打て来るを我又右足を引きて上を請けて敵かむる処を我右足より付込み勝也、刀を合せ原位置に帰り血振納刀」

三谷義里著「詳解居合無双直伝英信流」昭和61年1986年詰合(詰合之位形)4本目「八重垣」:「理合打太刀の抜き付けを仕太刀抜合わせ、即打太刀正面・右胴・左胴・正面と切り付けるを請け止め、打太刀上段にとるところを仕太刀中段より打太刀の咽喉を突く。
動作 
1、仕打帯刀して立膝で対座
2、打太刀静かに刀に手をかけ、腰を上げ左足を引いて仕太刀の膝頭に抜き付ける、仕太刀もこれに応じて抜き合わせる
3、請け留められて打太刀中段になりつつ左膝を着き右足をふみ込んで仕太刀の正面に切り付ける、仕太刀は引きつつ左膝を着いて物打の峯に左手を添え刃を上に額前で十文字に受け止める。
4、打太刀請け留められ左足を踏み込んで仕太刀の右胴に切りつける、仕太刀左膝を着いたまま右足を引き左手を右前に運び、右手を下げ切先を立てて受ける。(原文:仕太刀は片膝を着いたまま右足を引き、左手を右前に運び、刀の峯に左手を添えたまま刀を逆に立てて右胴を受ける)
5、打太刀右足を踏み込み仕太刀の左胴に切りつける、仕太刀左足を引き、左手を斜め左腰に下げ右手を上にして切先下がりに刀を立て左胴を受ける。
6、打太刀左足を踏み込んで正面に斬り込む、仕太刀右足を引き刀を水平にして十文字に受ける。
7、受け止められて打太刀左足を引いて上段にならんとする処、仕太刀右足を踏み込み中段となり、打太刀の咽喉に突き込む。
8、双方刀を合わせ元の位置に戻り左膝を着き血振り納刀。
注、打太刀右胴・左胴・正面と打込む際後足を浮かせて打込むも良い。
  仕太刀が刀の峯に左手を添える時は、4指を揃え指を伸ばし、拇指と人差指の基部に峯を当てて手の平を前に向け、刀の安定を計る。

 三谷先生の「八重垣」は、師匠の政岡先生の右胴請けでは「右足を引き左手を右脇に下げ(峯に手をかけたまゝ)刀を逆に立てゝ右胴請け」「左足を引き右手を下げて刀を立てゝ左胴請け」です。政岡先生は古伝を表にしながら動作では「業附口伝」を引用したのでしょう。
 どちらでも出来ておかしくない処ですが、その割には師匠の直伝などと言う言葉がこの流にはまかり通っていますので戸惑います。
 古伝は右胴を切先を上にして請けています。この動作は右胴に切りつけられた時、右足を引くと同時に左手を右に右手を右下に下げる一連の動作にマッチします。受け止めるや即座に突き入れる動作でしょう。左手が下でも可能ですが、相手の刀を摺り落し乍ら突くのと、摺り上げ乍ら突くの違いです。
 古伝の括弧内の曽田先生のメモ書きは、右胴では切先下がり、左胴では切先上がりです。業附口伝も右胴では切先下がり、左胴では切先上がりです。三谷先生は古伝に随ったと云えるでしょう。古伝は左胴への打太刀の切りつけはないのですが、稽古は左右何れでも応じられる稽古をすべきでしょう。
 切先下がりで左胴を受けた場合は、当たり拍子に、切先を左肩から廻して相手の真向に斬り込むなど可能で、「八重垣」は良い稽古業です。
 

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2022年10月24日 (月)

古伝神傳流秘書4詰合4本目八重垣2(政岡壱實)

古伝神傳流秘書
4詰合
4本目八重垣
2(政岡壱實)

古伝神傳流秘書詰合4本目「八重垣」:「如前抜合たる時相手打込むを我切先へ手を懸けて請又敵より八相に打を切先を上にして留上より打を請け相手打たむと冠を直ぐに切先を敵の面へ突詰める。
(我切先に手を懸けて請け左より八相に打を切先を下げて留又敵右より八相に打を切先を上にして留又上より頭上にて十文字に請け次に冠るを従って突込むもあり‥曽田先生メモ)」

「業附口伝」詰合(詰合之位)4本目「八重垣」:「是も同じく詰合て坐し前の如く左足一足引てさかさまに抜合也、敵其侭我が面を打てくるを我又太刀の切尖へ左手を添へて面を請くる也、夫れより立て敵すぐに我右脇を打つを我其侭刀を右脇にさかさまに取りて此の時右足を一足引き請け留る也、敵又立ちて左の脇を打ち来るを我又左足を一足引きて左脇を刀を直にして請け止むる也、敵又上段より面へ打て来るを我又右足を引きて上を請けて敵かむる処を我右足より付込み勝也、刀を合せ原位置に帰り血振納刀」

政岡壱實著「無雙直傳英信流居合兵法地之巻」昭和49年1974年詰合(詰合之位)4本目「八重垣」:「(下に抜合せ正面・左胴・右胴・正面を請け退くところを突 如前抜合たる時相手打込むを我切先に手を懸請又敵左より八相に打を切先を下にして留右より八相に打つを切先を上にして留又上より受け相手打たむと冠るを直ちに切先を敵の面へ突詰る(八相に打つとは此処では斜から胴を打つ)
 1、構え双方楽に居合膝座し納刀し帯刀、打太刀徐々に両手を刀にかけ左足を引き膝頭へ抜き付ける。仕太刀同じく抜き合わせ留める
 2、
打太刀左足を送りつつ中段よりふりかぶり右足をふみ込んで正面に打込む。仕太刀は太刀を合す気持で右足を引きつけ中段にならんとする処へ正面へ切り下されたので、左膝を引きつゝ物打の峯に左手を添へ額前で十文字に受け止める(刃は上に向く)。
 3、打太刀左足をふみ込んで左より右胴。仕太刀片膝ついたまま右足を引き左手を右脇に下げ(峯に手をかけたまゝ)刀を逆立てゝ右胴請
 4、打太刀右足をふみ込んで右より左胴。仕太刀左足を引き右手を下げて刀を立てゝ左胴請
 5、打太刀左足をふみ込んで正面を打つ。仕太刀右足を引いて柄を右に物打ちの峯に左手を添へ額前で刃を上に十文字に受け留る。
 6、打太刀左足を引いて上段。仕太刀右足をふみ込んで中段にとり打太刀の咽へ突込む
 7、双方刀を合せ立ち中央へ来り左膝をつく。
 8、右に開いて納刀。
 9、打太刀立って引く。仕太刀立ったまま引かず。
注1、打太刀の3、4、5は後ろ膝を浮かせて打込むも可。
 2、仕の左手を物打の峯に添えるには四指を揃えてのばし拇指と人差し指の基部に峯を当て掌を前に向け五指は充分のばせて刀の安定を計る事。
 (政岡先生の手附は少々解りずらい構成の仕方で書かれていますので、動作を順番に随い組み立て直してあります)

 政岡先生の理合で「下に抜合わせ正面・左胴・右胴・正面」の打込みは「下に抜き合わせ留められるや、正面・右胴・左胴・正面」では無いでしょうか。理合は古伝の曽田先生の添え書きです。打太刀の動作に仕太刀の応じ方はこの様です。
 相手の打ち込まんとする部位を察するや、請ける体制に入る事、所謂「色に就き色に随う」稽古でしょう。最後の突き詰める処は、形としての構成はこの様ですが、上段に振りかぶってから、正面・右・左・正面ですから、その機になればどのチャンスでも仕は突き込めるでしょう。変化を起させない打の動きは、早いだけでは難しそうです。
 形を決め事の武的踊りで、請け留めるばかりではなく、即座に返す業を同時に研究する心がほしい処です。
 額前頭上で相手の打ち込みを二度請けています。その際の左手での物打の峯に添える政岡先生の絵附き解説がありますが、相手の方を向いた拇指と人差指の股に物打の峯を載せ、四指は垂直に上を向いています、是では股に衝撃が懸るとか上から叩き下ろされれば拇指の股部分の関節を砕かれそうです。
 他の先生方の中には、拇指は我が方を向き、四指を相手の方に向けて請けて居ますが、是など論外です。拇指の第二関節に強い力を請けてしまいます。形の稽古では怪我を恐れて打太刀は寸止めしたり、力を抜くなどしてしまいます。
 拇指は我が方にあり手の平を上向け、拇指と人差し指の間から物打ちの峯を小指側の手の「かかと」に乗せる事をお勧めします。腕で支えているとでも云った具合でしょう。相手の打ち込みを摺り落すにも有効な支え方です。

 

 

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2022年10月23日 (日)

古伝神傳流秘書4詰合4本目八重垣1(福井春政)

古伝神傳流秘書
4詰合
4本目八重垣
1(福井春政)

古伝神傳流秘書詰合4本目「八重垣」:「如前抜合たる時相手打込むを我切先へ手を懸けて請又敵より八相に打を切先を上にして留上より打請け相手打たむと冠を直ぐに切先を敵の面へ突詰める
(我切先に手を懸けて請け敵左より八相に打を切先を下げて留又敵右より八相に打を切先を上にして留又上より頭上にて十文字に請け次に冠るを従って突込むもあり‥曽田先生メモ)」

「業附口伝」詰合(詰合之位)4本目「八重垣」:「是も同じく詰合て坐し前の如く左足一足引てさかさまに抜合也、敵其侭我が面を打てくるを我又太刀の切尖へ左手を添へて面を請くる也、夫れより立て敵すぐに我右脇を打つを我其侭刀を右脇にさかさまに取りて此の時右足を一足引き請け留る也、敵又立ちて左の脇を打ち来るを我又左足を一足引きて左脇を刀を直にして請け止むる也、敵又上段より面へ打て来るを我又右足を引きて上を請けて敵かむる処を我右足より付込み勝也、刀を合せ原位置に帰り血振納刀」

第19代福井春政先生の指導を請けられた嶋専吉先生述「無雙直傳英信流居合術形乾」昭和17年1942年詰合(詰合之位)4本目「八重垣」:「仕打帯刀し立膝にて対座 双方左足を退き倒れ様に抜合わせ、打太刀左足を跪き仕太刀の真向に打込む。仕太刀左跪き剣尖を左に左手を棟に添え十文字に請け留める。
 打太刀立上り上段に振り冠るや左足を踏み込み、仕太刀の右脇に打込む。仕太刀右足を引き左手を刀の棟に添えたまま剣尖を下にして垂直に立て右跪き打太刀の打込みを請ける。
 打太刀更に立ち上がるや右足を踏み込み左跪きて仕太刀の左脇に打込む。仕太刀左足を引くや左手を棟に添えたまま剣尖を上に刀を垂直にし、打込みを請ける。
 打太刀更に右足を踏み込み上段より仕太刀の正面へ打込む。仕太刀は右足を退き左手を棟に添えたまま再び十文字に頭上で請け留める。打太刀右足を退き上段に振り冠る処を仕太刀右足を踏み込み打太刀の咽を突く。刀を合わせ血振り納刀す。」(動作に支障のない様に文章を変えてあります)
 
 第19代福井先生の指導は「業附口伝」を元にされているのは明らかです。この業は「八重垣」の業名の通り何度も打太刀は仕太刀が先に仕掛けて来る事を許さず、反撃される前に先んじて斬り込んでいるのです。最後に上段に振り冠る処を踏込まれて刺突される業設定になっています。
 最後の仕太刀の踏み込みを見れば、抜合わせて打込む時に既に行える仕太刀が先手を仕かける時とも云えます。後の右・左・上も。打太刀が請け留められて切り返す時が仕太刀の攻め時なのです。
 この事を理解させるために何度も打ち込込まれ請け留める事を繰返したと云えるでしょう。更にもう一歩奥儀の極意を明かせば、打太刀に打ち込まれた瞬間に切り替えす極意のほのめかし共云えます。
 刀で刀を受けないとすれば、如何様な運剣操作があるのか、自流の業にあるのか、他流にあるのか研究課題でしょう。相手の斬り込みを、見事に刀で請けても、刀の平で請ければ刀が折れる、刃で請ければ刃こぼれは免れない。生死を掛けた勝負なのだから受けざるを得ない、納得したくありません。
 打太刀も左右の斬り込みの部位は何処が一番有効で外されないのかこれも研究課題でしょう。
 手附通りの動作に甘んじている師匠の教えにしがみついていても、武的踊りは冴えても武術にはならないでしょう。

 

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2022年10月22日 (土)

古伝神傳流秘書4詰合4本目八重垣

古伝神傳流秘書
4詰合
4本目八重垣

古伝神傳流秘書詰合4本目「八重垣」:「如前抜合たる時相手打込むを我切先へ手を懸けて請又敵より八相に打切先を上にして留上より打請け相手打たむと冠を直ぐに切先を敵の面へ突詰める
(我切先に手を懸けて請け敵左より八相に打を切先を下げて留又敵右より八相に打切先を上にして留又上より頭上にて十文字に請け次に冠るを従って突込むもあり‥曽田先生メモ)」

「業附口伝」詰合(詰合之位)4本目「八重垣」:「是も同じく詰合て坐し前の如く左足一足引てさかさまに抜合也、敵其侭我が面を打てくるを我又太刀の切尖へ左手を添へて面を請くる也、夫れより立て敵すぐに我右脇を打つを我其侭刀を右脇にさかさまに取りて此の時右足を一足引き請け留る也、敵又立ちて左の脇を打ち来るを我又左足を一足引きて左脇を刀を直にして請け止むる也、敵又上段より面へ打て来るを我又右足を引きて上を請けて敵かむる処を我右足より付込み勝也、刀を合せ原位置に帰り血振納刀」

 古伝神傳流秘書の詰合の4本目は「八重垣」。第17代大江先生は大森流之事では「陽進陰退」の呼称を「八重垣」と改名してしまいました。業名をこの詰合の4本目から盗んだのでしょう。大江先生の「八重垣」は運剣動作は「陽進陰退」とほぼ同じでした。呼称を変えた理由は解りません。
 古伝の詰合は双方帯刀して居合膝にて詰め合う(対座する)。打太刀より、刀に手を懸け腰を上げ、左足を引いて我が右足膝に抜付て来る、我も腰を上げ左足を引いて刀をさかさまに抜き、打太刀の斬り込みを請け留める
 この4本目の書き出しでは「如前抜合たる時」の文言で同時に抜付けて双方の間合いの中心で受け合わせると、読みそうになりますが、「如前」の書き出しを辿れば、打太刀の斬り込みを仕太刀は請け留ると読めるはずです。仕太刀は先を取られそれを請け留めると解する処です。
 請け留められて打太刀は即座に仕太刀の頭上に座しながら斬り込むを、仕太刀も先を取られて頭上で切先に手を懸け座して十文字請けをする。 再び請け留められて打太刀は刀を振り上げ、右足前のまゝ仕太刀の左肩へ
八相に斬り込む。
 仕太刀は左肩から斜めに八相に斬り込まれて、左手其の位置で切先を上にして右手を左腰下に引き下げ、切先を上、刃を外に刀を立てて請け留める。請け留められて打太刀は、又上段に振り冠り打ち込んで来る。
 仕太刀は之を切先に手をかけたまま右手を右上に返し頭上にて十文字に請ける。
 打太刀打ち込まんと冠る処を右足を附け
込み切先を打太刀の面へ突き付け詰める。古伝の打込みは抜き請けに止められた後は上・左・上となります。
 仕の頭上に打込み受け止められて即座に「敵すぐにハ相に打つ」を素直に読めば敵は、右足前のまゝ右から我が左肩に斜めに斬り込んで来ると読むものです。
 手附けでは足捌きは指定していません、打太刀はその場で足を踏み換えるも、前進しながら繰り出すも状況次第でしょう。仕太刀は打太刀の動作に合わせ、その場で足を踏み換えるも、足を引いて請けるかは打太刀次第と云う事でしょう。

 括弧の部分は、抜刀して抜合うや否や打太刀は仕太刀の真向に打込み、仕太刀は切先に左手を懸け十文字に請ける。打太刀は即座に振り冠り仕太刀の左肩に八相に斬り付けるを、仕太刀は頭上から左手を左腰下に下げ右手を上にして刀を切先下がりにし打太刀の打ち込みを請ける。
 打太刀即座に振り冠り、仕太刀の右肩に逆八相に斬り込む、仕太刀右手を右下に左手を上にして刀を立てて之を請ける。
 打太刀再び振り冠って仕太刀の頭上に斬り下すを、左手を左に右手を上に返し頭上に10文字に請け留める。打太刀更に振り冠って打ち込まんとするを、仕太刀切先を打太刀の面へ突き付け勝。
 これは曽田先生により追加された括弧書きの部分の動作で、古伝は打太刀は上・左・上と斬り込むのを、括弧書きの方法では上・左・右・上に斬り込んでいます。
 然し「左より八相に打つ・・右より八相に打つ」を左右の解釈を「敵の左より八相に打つ」ならば「逆八相」になりますから我が右肩から斜め下に斬り付けられる事になります。この場合の括弧書きは上・右・左・上の順に打太刀の打込みは替ります。

 「業附口伝」は、足捌きを特定して、上・右・左・上と仕太刀は請け留めています。抜き合わせるや打太刀は、そのまま上段に振り冠って仕太刀の面に打込む、仕太刀は切先へ左手を添えて左足を床に着け十文字に額前頭上で受ける。
 打太刀立上り仕太刀の右脇に八相に打込む、仕太刀右足を引いて切先を右下に下げ右手を上にして刃で請ける。請け留められて打太刀再び立上り、仕太刀の左脇に左足を踏み込み逆八相に打ち込む。
 仕太刀左足を引いて右手を左腰に切先を上にして刃で請け留める。打太刀請け留められて立上り上段に振り冠って仕太刀の面へ打込む、仕太刀右足を引いて切先を左に頭上で十文字請けする。
 打太刀更に上段に振り冠る処を、仕太刀切先を打太刀の咽に付け右足を踏み込み詰める。刀を合わせ血振り納刀。打太刀の攻めを下がり乍ら受け、最後に上段になる処を踏み込んで詰める。

 古伝の「八重垣」2本、「業附口伝」1本、打込みの部位を変え、同じ位置で攻防する、攻めに退くなど「砕き・替え業」を見せてくれています。打ち込まれる部位によって、即座に応じられる体裁き、剣捌き面白い業でしょう。

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2022年10月21日 (金)

古伝神傳流秘書4詰合3本目岩浪7(木村栄寿)

古伝神傳流秘書
4詰合
3本目岩浪
7(木村栄寿)

古伝神傳流秘書詰合3本目「岩浪」:「拳取の通り相手より拳を取りたる時我よりも前の如く取り我が太刀を放し右の手にて敵のひぢのかゞみを取り左脇へ引たおす

古伝神傳流秘書詰合3本目「岩浪」:「楽々居合膝に坐したる時、相手左の足を引き下へ抜付けるを、我も左の足を引て乕の一足の如く左足を引き刀を逆に抜きて留め、相手より左の手にて我が拳を取りたる時、我よりも左の手にて相手の右の拳を取り、我が太刀を放し右の手にて敵のひぢのかゞみを取り左脇へ引たおす」(「前の如く」により古伝の文言を修正してあります)

「業附口伝」詰合之位「岩波」:「詰合て坐する也前の如く左の足一足引てさかさまに抜合せ敵よりすぐに我が右の手首を左の手にてとる也、我其侭敵の右の手首を左の手にて取り右手を添へて我が左脇へ引倒す也刀を合せ血振ひ納刀(曽田先生添え書き「遣方右手を添える時刀を放し直に相手のひぢをとるなり」)。」

木村栄寿著「林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流傳書集及び業付解説」昭和57年1982年詰合(詰合業手付及び口伝)3本目「岩浪」:「拳取り之通り相手より拳を取りたる時我よりも前の如く取り我太刀を放し右の手にて敵のひぢのかゞみを取り左脇へ引倒す也 (居合 前の如く、互に居合膝に座す)
遣り方・打太刀 前の如く下に抜き合わす。
打太刀 先に、遣方の右拳をとらんとする
鑓方 太刀を放し、左足を踏み込み、拳取の如く、左本手で相手の右拳を掴むや、右足を踏出し、右逆手で相手右肘、膕(ひかゞみ)を上から叩くようにしてとり、左足を開き、右膝をつきながら左脇に巻込むようにして引き倒す
打太刀 太刀を持ったまま、右膝から床につき、あおむけに引倒される。
遣方 右手拳又は右肘で、顔面或は水月に当身する。(エイー)相手を引き起し、太刀をとり、太刀を合わせ開納刀。
(理合は古伝神傳流秘書の原文のまま、木村先生の手附は文章のみそのまま掲載させていただきました)

 木村先生の「岩浪」も、古伝の打太刀から抜き付けるのではなく「抜き合わす」とされて、「仕太刀は左の足を引て乕一足の如く左足を引き刀を逆に抜て留め」の後の先の極意技ではありません。「業附口伝」を参考にされたか、その稽古をされていた「無双直伝英信流」の誰かに教わった様な気がします。
 刀を合わせ打太刀が「先に、遣方の右拳をとらんとする」でまだ右拳を取られていない間に、遣方は太刀を放し、左足を打太刀の右足側面に踏み込み打太刀の右拳を制し、右手で「ひかゞみ(膝の後の窪みの呼称、ここでは肘の内側の窪み之事を指しているのでしょう)」を上から叩くように取って、巻き込む様に左に引き倒しています。
 仕太刀は右手拳を制せられない様に相手の動きを察して、左手で相手の右手を制し、右手を後方に退くや刀を放し、瞬時に相手の肘に「下より助け握り」する、前回の福井聖山先生のビデオの動作に似ています。
 古伝も、「業附口伝」も相手を引き倒してからの動作は手附に書かれていません。恐らく明治以降の剣道型に習った人前で見せる演舞の連続業の一環からくる所作だろうと思えます。古伝は一つ一つの業の奥儀を目指し、如何なる変化にも対応する「砕き・替え業」をも稽古する意図で、書かれているのでしょう。
 10本の詰合の業を通して出来たでは無く、1本ずつ奥へ奥へと突き進む心を、現代の形は忘れています。
 

 

 

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2022年10月20日 (木)

古伝神傳流秘書4詰合3本目岩浪6(福井聖山)

古伝神傳流秘書
4詰合
3本目岩浪
6(福井聖山)

古伝神傳流秘書詰合3本目「岩浪」:「拳取の通り相手より拳を取りたる時我よりも前の如く取り我が太刀を放し右の手にて敵のひぢのかゞみを取り左脇へ引たおす」

古伝神傳流秘書詰合3本目「岩浪」:「楽々居合膝に坐したる時、相手左の足を引き下へ抜付けるを、我も左の足を引て乕の一足の如く左足を引き刀を逆に抜きて留め、相手より左の手にて我が拳を取りたる時、我よりも左の手にて相手の右の拳を取り、我が太刀を放し右の手にて敵のひぢのかゞみを取り左脇へ引たおす」(「前の如く」により古伝の文言を修正してあります)

「業附口伝」詰合之位「岩波」:「詰合て坐する也前の如く左の足一足引てさかさまに抜合せ敵よりすぐに我が右の手首を左の手にてとる也、我其侭敵の右の手首を左の手にて取り右手を添へて我が左脇へ引倒す也刀を合せ血振ひ納刀(曽田先生添え書き「遣方右手を添える時刀を放し直に相手のひぢをとるなり」)。」

福井聖山著「無雙直伝英信流之形」平成3年1993年詰合(極意之形詰合之位)3本目「岩浪」:「仕打共に納刀立膝 1、打太刀左足を引き抜き合わす。仕太刀左足を引き刀を抜き合わす。
2、打太刀左足を進めて仕太刀の右手拳を取るや仕太刀より同時に右手拳を取られ腕を下より助け握られ仕太刀の左脇へ引き倒さる。打太刀が我が右手首を握ると同時に左足を一寸進めて打太刀の右手首を取るや、右手刀を後に放して右手を打太刀の右腕の下より助け握り、左足を引くと同時に打太刀腕を捩じ廻す様にして我が左脇へ引き倒し、水月に当身する(袖を握ること)。
[仕太刀は左手にて打太刀の体を引き起し太刀を取りて刀を合わし血振り納刀す]」細部は文面から読み取れませんので、原文のままとさせていただきます。
 詰合之位を演じたビデオを繰り返し拝見して、動作を学ばせていただきました。

  無雙神傳英信流居合兵法の古伝神傳流秘書には太刀打之位の冒頭に(鞘木刀也 立合之事也)と書かれています。詰合は(重信流也 従是奥之事 極意なるに依而格日に稽古する也)と有ります。
 現代では、組太刀用の剣道形の模擬刀、或いは真剣で演じられる先生方がほとんどの様で、稽古にも真剣をもって稽古されておられます。そのせいなのか、特別な意図をもって演じられたのか、福井先生の詰合のビデオでは打太刀、仕太刀の中心線で6尺の間を取られている様です。其れより短くとも5尺は取られています。
  従って、双方左足を引いて右膝に抜き合わせば、刀の切先は相手には届かず、双方の真中で刀を合わせている様です。
 極意の稽古であるならこれだけ間を取るなら、抜き合わす様な動作は、古伝の様に乕之一足の様に刀をさかさまに抜いて、相手の小手に下から充分切り上げられそうです。
 刀を抜き合わす「業附口伝」が蔓延して、師伝と称した悪癖がまかり通るのでしょう。(従是奥之事 極意)等得られそうもありません。
 仕太刀が左足を引かなかった時の打太刀の抜き付けから初めて、左足を引いた時の状況を確実に捉えれば抜合わせなどでは無く、「刀を逆に抜て留」が出来る筈です。大森流の八重垣が生きて来るはずです。
  江戸時代中期初頭に身に付けた業は、稽古では打太刀が仕掛けて来るのに対し、仕太刀は応じるのですが、決して先々と攻め込んではいません。後の先で敵の「就色随色」がこの業に於ても「極意」なのです。
 敵に斬り込ませる部位は、立膝で立てた右足の膝で、敵が刀に手を掛け抜かんとする時、我も腰を上げ右膝を立てて誘う、敵がここぞとばかりに我が右膝に斬り込んで来るや、左足を引いて下から切り上げる様に抜刀して請け留める。
 請け留められた敵は、即座に左足を、我が右足側面に踏み込み我が右拳(右手首)を取り制しようとする。我も左足を相手の右足側面に踏込み相手の右拳(古伝)を取るや、拳を握られた右手を後方に退くと同時に刀を放し捨てる。
 この拳の取り合いも最初に座した間合いが遠すぎれば、不自然な踏み込みとなり体のバランスも崩れますし、引き倒しの極意も慣れあいになってしまいます。相手にしっかり着く事が大切です。
 この、手を取られた時の外し方は、後方に肘を引けば簡単に外れてしまいます。古伝神傳流秘書の大小詰や大小立詰で学ぶ事になります。右手を自由にして即座に、相手の右手の臂に着け我が左に引き倒せば、この「岩浪」は完了です。相手の水月や睾丸やらを打ち据える事に夢中になるものでは無いでしょう。
 現代居合は武術としての考え方を指導出来る人も無く、形ばかりに拘って見たり、演武会や奉納の演舞に落ちています。如何に激しく打ち合う演舞を見せられても、間と間合い、相手は何処に何をしようとするのか、どの様に応じれば良いのかを、学ばなければ意味の無いものになってしまいます。
 この「岩浪」の動作は、形稽古である事から抜け出られない人を作り出す稽古の様に思えて来てしまします。届かない斬り込みをしてくるのであれば、退く振りをして刀を抜上げ、外すや切り下すか、外さずに踏み込んででも、退いてでも下から切り上げられそうです。これも「砕き・替え業」になります。ここで勝負は着いてしまいます。打太刀は十分それらを認識して、拳取まで持ち込まなければ打太刀の役目を果たせません。
  

 

 

 

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古伝神傳流秘書4詰合3本目岩浪5(檀崎友影)

古伝神傳流秘書
4詰合
3本目岩浪
5(檀崎友影)

古伝神傳流秘書詰合3本目「岩浪」:「拳取の通り相手より拳を取りたる時我よりも前の如く取り我が太刀を放し右の手にて敵のひぢのかゞみを取り左脇へ引たおす」

古伝神傳流秘書詰合3本目「岩浪」:「楽々居合膝に坐したる時、相手左の足を引き下へ抜付けるを、我も左の足を引て乕の一足の如く左足を引き刀を逆に抜きて留め、相手より左の手にて我が拳を取りたる時、我よりも左の手にて相手の右の拳を取り、我が太刀を放し右の手にて敵のひぢのかゞみを取り左脇へ引たおす」(「前の如く」により古伝の文言を修正してあります)

「業附口伝」詰合之位「岩波」:「詰合て坐する也前の如く左の足一足引てさかさまに抜合せ敵よりすぐに我が右の手首を左の手にてとる也、我其侭敵の右の手首を左の手にて取り右手を添へて我が左脇へ引倒す也刀を合せ血振ひ納刀(曽田先生添え書き「遣方右手を添える時刀を放し直に相手のひぢをとるなり」)。」

檀崎友影著「居合道その理合と神髄」昭和63年1988年詰合(詰合の位)3本目「岩浪」:「仕打共に納刀(帯刀)して。詰合いて相向いに右膝を立てて座す。互に左膝を床に着けたまま左足を一歩引き右膝に抜き合わせる(1本目八相では互に左足を一歩退いて互に右膝に逆まに抜き合わす)。
 互に立ち上がり打太刀は仕太刀の右足側面に左足を踏み込み、仕太刀の手首を左手で取る。
 仕太刀は刀を捨て、左足を打太刀の右足側面に踏み込み打太刀の手首を取り、右手を上膊部に添えて打太刀を左脇に引き倒す。刀を合わせ、血振り納刀。」(檀崎先生の「岩浪」の手附を教本の添付写真と複合してあります)

 檀崎先生も古伝傳流秘書の心持では無く、「業附口伝」に随った様です。互に右膝目がけて抜き付ける際、1本目「八相」では逆さまに左膝を床に着いた状態で右膝抜き合わせていましたから、抜き付けた右拳が捻られたような写真写りでした。
 2本目「拳取」・3本目「岩浪」は「逆に抜く」文言は有りませんので自然な下への抜き付けの写真です。但し何故、腰を上げ左足を引いて抜き合うのに、双方床に左膝を着いてしまうのでしょう。窮屈そうで不自然な感じがします。腰を浮かさずに左足を引くのは出来ても、座したままの右膝は、檀崎先生の中伝長谷川英信流(立膝の部)では:「左足を「アグラ」足にし、その踵の上に尻の穴を没するように臀部を乗せ、右膝を右斜めに立て爪先が左膝頭を出ぬ程度にして・・」と書かれてあります。抜き付けるに当たり、右膝は垂直に立て、腰を上げ左足膝を床をするように引き抜き付けるのでしょう。特にその利が無ければ、双方低く立ち上がって抜き付ける方が理にかなって居ると思います。何故ならば、打太刀が右膝を立て腰を上げる事で、仕も同様にする事で、打太刀の抜き付けを右膝に引き付ける事が出来るのです。
 そこへ打が抜き付けて来れば仕も左足を引いて乕一足の如く、刀を逆に(刃を上に)して抜き留る事が出来る、ここは打の誘いに仕が乗った状態で、古伝は組み立てられています。
 更に、次の手首を取る動作も座したまま、踏み込むなら、それなりですが、写真は立ち上がって踏み込んで手首を取って居ます。どの様に不自然な動作でも、稽古を重ねれば楽々出来る事はあるでしょうが、何故そうするのかの問いに「師伝だから」でうやむやにすべきものでは無いでしょう。

 

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2022年10月19日 (水)

古伝神傳流秘書4詰合3本目岩浪4(大田次吉)

古伝神傳流秘書
4詰合
3本目岩浪
4(大田次吉)

古伝神傳流秘書詰合3本目「岩浪」:「拳取の通り相手より拳を取りたる時我よりも前の如く取り我が太刀を放し右の手にて敵のひぢのかゞみを取り左脇へ引たおす」

古伝神傳流秘書詰合3本目「岩浪」:「楽々居合膝に坐したる時、相手左の足を引き下へ抜付けるを、我も左の足を引て乕の一足の如く左足を引き刀を逆に抜きて留め、相手より左の手にて我が拳を取りたる時、我よりも左の手にて相手の右の拳を取り、我が太刀を放し右の手にて敵のひぢのかゞみを取り左脇へ引たおす」(「前の如く」により古伝の文言を修正してあります)

「業附口伝」詰合之位「岩波」:「詰合て坐する也前の如く左の足一足引てさかさまに抜合せ敵よりすぐに我が右の手首を左の手にてとる也、我其侭敵の右の手首を左の手にて取り右手を添へて我が左脇へ引倒す也刀を合せ血振ひ納刀(曽田先生添え書き「遣方右手を添える時刀を放し直に相手のひぢをとるなり」)。」

大田次吉著「土佐英信流」昭和55年1980年詰合(詰合之位)3本目「岩浪」:「立膝 仕打共に立膝に座し、左足を一歩引き打ち合わす
 打太刀左足を一歩踏み込み(仕太刀の右足側面に踏み込み)仕太刀の右手首を左手で取るや、仕太刀に引き倒される。
 仕太刀は右手首を取られると同時に刀を右側方に置き、左足を踏み込み(打太刀の右足側面に踏み込み)、打太刀の右手を左手で取る。打太刀も同時に刀を右側方に置く
 仕太刀は右手を打太刀の右腕上腕に下から掛け(右手にて下より助け握り)、左足を一歩引いて、打太刀を(ねじ廻して左脇へ引き倒し、拳を握り打太刀の睾丸を突く(突くと同時に腕を引く)。
 双方残心を示しながら刀を取る。互に間合いに戻り刀を合わせ血振り納刀す。」(動作は添付写真の文言を付記して組み立ててあります)

 大田先生の「岩浪」も古伝の打太刀が先に切り込んで来るのを、仕太刀は乕一足の如く刀を逆に抜いて請け留める心持が無い。「業附口伝」の「形」だけの稽古に始まって居ます。
 余談ですが太田先生の「土佐英信流」を書かれた頃には、河野先生の「無雙直伝英信流居合兵法叢書」が世に出ていたのですから、読まれて研究されていたならばと、思わずには居られません。土佐っぽの感情が河野先生の無双直伝英信流迄も受け入れる事を、心が許さなかったのかも知れません。
 「打ち合わす」処の写真は、刀を打ち合わす事に目的がある様な、打太刀は刀を何処に抜付けたのか、「岩浪」からは読み取れません。
 1本目「八相」に「相手の脛に斬り付ける」と有ります。2本目「拳取」、3本目「岩浪」も同様でしょう。さすれば後一尺余りは間が近くならなければならない筈です。双方立膝に座した時の間が遠すぎます。踏み込んで抜き付ける間と、左足を引いて抜き付ける間が同じであり、横一線の抜付けならば斬り込めても、左足を引いての抜き付けて尚且つ、相手の「脛」では切先はとどかない道理でしょう。写真写りで見える様にしてあるとは思えません。
 形の初動で抜き打つとするならば、刀が目指す部位に相手に受けられなければ、斬り込めていてほしいものです。当たる抜付けでも仕太刀は左足を引くや刀を上に抜上げ、相手の拳に斬り下せばそこで勝負あったでしょう。
 抜き付ける部位が仕太刀の「右脛」ですが、立膝の座し方で、右脛を垂直に立てた座し方であれば兎も角、右に倒した座し方であれば、打は先に腰を上げ、仕も腰を上げる様に仕掛ける必要があるでしょう。その上間合いを十分認知して左足を引く、仕も受け太刀は間合いを察る事も学ぶものでしょう。
 大田先生の教本だけでなく、多くの先生はそれ位の事は知りつつ、「詰合」をただの棒振り「かたち」にしてしまうのは何故でしょう。師匠に習ったことを忠実に実行する姿勢は良くとも、武術の稽古になりません。
 土佐の古伝は武術であって、奉納の為の演舞ではない筈です。「詰合」は素晴らしい武術の極意を知らしめてくれる教えなのです。仮想敵相手の一人稽古では得られないものを僅かな動作の中に秘めているのです。
 抜合わせ、右手首を取られ「刀を置」ですが、刀を置くだけで、仕太刀の右手を打太刀から自由に出来る筈もないのですが、同様に打太刀も刀を置いて居ます。引き倒す手の掛け方は兎も角相手の手を振り切る業は自ら工夫しませんと、順番を追って動作する踊りにすぎなくなってしまいます。無理やりの腕力では無く、極意として学ぶべきものでしょう。
 引き倒した後の決め技は、睾丸と特定されていますが、額・眉間・こめかみ・目・鼻・鼻の下・顎・首・水月・睾丸・・幾つもあり、この「岩浪」で特定する部位は睾丸に絞る事は難しいかも知れません。
 大田先生の教本を読み込み、稽古を重ね、教本に疑問を持つより、自ら自得して行く心が無ければならないのでしょう。そんな事を知らしめていただけた教本でした。
 

 

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2022年10月18日 (火)

古伝神傳流秘書4詰合3本目岩浪3(三谷義里)

古伝神傳流秘書
4詰合
3本目岩浪
3(三谷義里)

古伝神傳流秘書詰合3本目「岩浪」:「拳取の通り相手より拳を取りたる時我よりも前の如く取り我が太刀を放し右の手にて敵のひぢのかゞみを取り左脇へ引たおす」

古伝神傳流秘書詰合3本目「岩浪」:「楽々居合膝に坐したる時、相手左の足を引き下へ抜付けるを、我も左の足を引て乕の一足の如く左足を引き刀を逆に抜きて留め、相手より左の手にて我が拳を取りたる時、我よりも左の手にて相手の右の拳を取り、我が太刀を放し右の手にて敵のひぢのかゞみを取り左脇へ引たおす」(「前の如く」により古伝の文言を修正してあります)

「業附口伝」詰合之位「岩波」:「詰合て坐する也前の如く左の足一足引てさかさまに抜合せ敵よりすぐに我が右の手首を左の手にてとる也、我其侭敵の右の手首を左の手にて取り右手を添へて我が左脇へ引倒す也刀を合せ血振ひ納刀(曽田先生添え書き「遣方右手を添える時刀を放し直に相手のひぢをとるなり」)。」

三谷義里著「詳解居合無双直伝英信流」昭和61年1986年詰合(詰合之位形)3本目「波返」:「理合 1本目と同様に互に膝頭に抜き付け切り結ぶや、互に右手首を取り合い、仕太刀は打太刀を倒し、拳で顔面又は水月を強く突く。
動作
1、仕打共に帯刀して立膝で対座する。
2、打太刀は静かに両手を刀にかけ、腰を上げ左足を引いて仕太刀の膝頭に抜付ける。仕太刀も左足を引いて抜合わせ、すかさず打太刀は左足を踏み込み左手で仕太刀の右手首を逆に取る
3、同時に仕太刀も左足を踏み込んで左手で打太刀の左手首を取る。互に右手を引き合い仕太刀は右足を大きく引き、右手を強く引いて打太刀の手を引き外しながら刀を後方に投げ、打太刀の右肘の「かがみ」を取り、左膝を床につきながら左脇に引き倒し、右拳(肘)で打太刀の顔面(水月)を突く。
4、双方刀を合わせ
5、血振り納刀
6、立ち上り次の動作に入る。
(わざの動作に支障のない程度に文言を変えてあります)

 三谷先生の「波返」は古伝の「岩浪」の言外を補っているのか、変えてしまっているのか微妙です。師匠より口頭で指導されたとすれば政岡壱實先生か山本晴介先生でしょう。政岡先生は前回解説させていただきましたので、政岡先生の教えに自分流を交えたとするのが妥当でしょう。

古伝の業名は「岩浪」、「業附口伝」では「岩波」でした。師匠の政岡先生「岩波」です。
 三谷先生は「英信流居合之事」の6本目「波返」としています。間違えたのか、その様に指導されて来たのか疑問です。「波返」:「鱗返に同じ後へ抜付打込み開き納る後へ廻ると脇へ廻ると計相違也。」古伝の「岩浪」の業は波が打ち寄せては返す雰囲気を思い描かれたのかも知れません。
 添付されている写真では、双方膝への抜き付けを受けている際の、切先は相手の膝に届かない様な写り具合です。居合膝での対座の距離が左膝の間隔で3尺以上に見えます。是で左足を引いて抜き付けたのでは、切先外れになってしまいそうです。古伝の「刀を逆に抜き留」は動作に織り込まれていないのは、刀を合わせるだけだからでしょうか。古伝は打太刀の膝への斬り付けを、仕太刀は乕一足の様に刀を逆にして請け留めるのでした。双方で刀を逆にしてしまっては意味無しですが、その様に指導された先生もおられます。
 相手の右手首を取る時、左足を相手の右足側面に踏み込んでおけば、相手との密着状況ですから、右足を敢えて踏み込まずとも、仕は打の右肘を取って体を落し左脇へ引き倒せるはずです。
 相手との間合は相手次第で変化しますから、「砕き・替え業」でいいのでしょう。




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2022年10月17日 (月)

古伝神傳流秘書4詰合3本目岩浪2(政岡壱實)

古伝神傳流秘書
4詰合
3本目岩浪
2(政岡壱實)

古伝神傳流秘書詰合3本目「岩浪」:「拳取の通り相手より拳を取りたる時我よりも前の如く取り我が太刀を放し右の手にて敵のひぢのかゞみを取り左脇へ引たおす」

古伝神傳流秘書詰合3本目「岩浪」:「楽々居合膝に坐したる時、相手左の足を引き下へ抜付けるを、我も左の足を引て乕の一足の如く左足を引き刀を逆に抜きて留め、相手より左の手にて我が拳を取りたる時、我よりも左の手にて相手の右の拳を取り、我が太刀を放し右の手にて敵のひぢのかゞみを取り左脇へ引たおす」(「前の如く」により古伝の文言を修正してあります)

「業附口伝」詰合之位「岩波」:「詰合て坐する也前の如く左の足一足引てさかさまに抜合せ敵よりすぐに我が右の手首を左の手にてとる也、我其侭敵の右の手首を左の手にて取り右手を添へて我が左脇へ引倒す也刀を合せ血振ひ納刀(曽田先生添え書き「遣方右手を添える時刀を放し直に相手のひぢをとるなり」)。」

政岡壱實著「無雙直傳英信流居合兵法地之巻」昭和49年1974年詰合(詰合之位)3本目「岩浪」:「(下に抜合せ拳を取られるので同時に拳をとり、刀を捨て右手で肘を取り引き倒す) 「拳取の通り相手より拳を取たる時我よりも前の如く取り我が太刀を放し右の手にて敵のひぢのかゞみを取り左脇へ引たおす」(古伝「拳取」の文言と同じ) 
1、打太刀徐々に両手をかけ(立上がりつつ写真による)左足を引き膝頭へ抜き付ける、仕太刀同じく抜合せ留る
2、前の仕の如く左足をふみ込んで手首をとる、仕殆ど同時に左足をふみ込んで手首をとり右手を強く引いて打の手を引き外しつつ刀を後に投げるや打の右肘のかゞみをとり、左足を引いて膝をつきつゝ左脇に引き倒し右拳で水月或は顔に当てる
3、太刀を合す。
4、右に開いて納刀。
注、仕は打の身体に両手をかけて引き起こし、打は中段となり互に間合を取って立つ、打は中段のまゝ仕の刀のある場所まで仕を追い左膝をつく仕も同時に左膝をつき刀を取って(打に注目のまま)刀を合せ中央に来り左膝をつき右に開き納刀。

 政岡先生の「岩波」は古伝の「岩浪」ではなく「浪」が「波」に変えられています。古伝の「下へ抜き付ける」が、「膝頭へ抜き付ける」と特定されています。「拳を取る」が「手首をとる」。
 打に握られた右手首の外しは「右手を強く引いて」外します。
「打を左脇に引き倒し「右拳で水月或は顔に当てる」と勝ちを示しています。
 元の位置に戻るに当たり如何にも「演武会向け形」とした作法が付け加わっています。
 古伝を元とした書き出しにも関わらず「業附口伝」の動作を取り込み、独創なのかその様な稽古に刺激を受けられたのか、昭和49年1974年ですから詰合も現代風になって来たようです。 
 

 

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2022年10月16日 (日)

古伝神傳流秘書4詰合3本目岩浪1(福井春政)

古伝神傳流秘書
4詰合
3本目岩浪
1(福井春政)

古伝神傳流秘書詰合3本目「岩浪」:「拳取の通り相手より拳を取りたる時我よりも前の如く取り我が太刀を放し右の手にて敵のひぢのかゞみを取り左脇へ引たおす」

古伝神傳流秘書詰合3本目「岩浪」:「楽々居合膝に坐したる時、相手左の足を引き下へ抜付けるを、我も左の足を引て乕の一足の如く左足を引き刀を逆に抜きて留め、相手より左の手にて我が拳を取りたる時、我よりも左の手にて相手の右の拳を取り、我が太刀を放し右の手にて敵のひぢのかゞみを取り左脇へ引たおす」(「前の如く」により古伝の文言を修正してあります)

「業附口伝」詰合之位「岩波」:「詰合て坐する也前の如く左の足一足引てさかさまに抜合せ敵よりすぐに我が右の手首を左の手にてとる也、我其侭敵の右の手首を左の手にて取り右手を添へて我が左脇へ引倒す也刀を合せ血振ひ納刀(曽田先生添え書き「遣方右手を添える時刀を放し直に相手のひぢをとるなり」)。」
(「業附口伝」の前の如く2本目拳取:「是も同じく詰合て坐しさかさまに抜合すこと前同様也・・」。
1本目八相:「是は互に鞘に納めて詰合て相向ひに右膝を立て坐するなり、互に左足を一足引きて倒様に抜合する也(互に右膝へ抜付る)・・」。

 古伝と「業附口伝」との違いは、古伝は乕一足の様に、打太刀の下への斬り込みを、仕太刀は刀刃を下に向けて抜き出し請け留める処でしょう。もう一つは古伝は「拳」を制する処です。
「業附口伝」は互に刀刃を下に向けて抜合せています。更に「右の手首」を制するのです。

第19代福井春政先生の詰合3本目「岩浪」は昭和17年に福井先生に手ほどきを受けられた嶋専吉先生の「無雙直傳英信流居合術形乾」から稽古して見ます。
 嶋専吉述「無雙直傳英信流居合術形乾」昭和17年1942年詰合(詰合之位)3本目「岩浪」:「仕打共に帯刀し詰合い右膝を立てて座す 双方左足を一歩後方に退き立上ると同時に相手の右脛に剣尖を下にして抜合わす。打太刀左膝を床に着き左手にて仕太刀の右手首を取る、仕太刀も応じて打太刀の右手首を取り、右手にある刀を拳を内側に捻る様にして放し、相手の手から外して、内側から相手の右上膊部に添えて左脇へ投げ倒す。刀を合わせ血振り納刀する。」(原文の意図を外さない様にしながら変えてあります)

 嶋専吉先生の動作は概ね「業附口伝」と思いますが、独創は左手で相手の右手首を制するや、刀を放し、右手で相手の右上膊部に添えて左脇へ投げ倒す処でしょう。古伝は左手で相手の拳を取り、右手は相手の肘の屈みを取って、己が左脇へ引き倒す、でした。投げ倒すための右手の掛ける位置を肘より上に添えたのだと云えるのでしょう。投げ倒すと云えば、投げ飛ばすと錯覚される人も居るでしょうが相手は刀を握ったままです。ここは引き倒すがベターでしょう。

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2022年10月15日 (土)

古伝神傳流秘書4詰合3本目岩浪

古伝神傳流秘書
4詰合
3本目岩浪

古伝神傳流秘書詰合3本目「岩浪」:「拳取の通り相手より拳を取りたる時我よりも前の如く取り我が太刀を放し右の手にて敵のひぢのかゞみを取り左脇へ引たおす」

古伝神傳流秘書詰合2本目「拳取」:「如前楽々足を引抜合左の手にて相手の右の拳を取り刺す也」

古伝神傳流秘書詰合1本目「発早」:「楽々居合膝に坐したる時相手左の足を引き下へ抜付けるを我も左の足を引て乕の一足の如く抜て留め打太刀請る上へ取り打込み勝也」

古伝神傳流秘書英信流居合之事2本目「乕一足」:「左足を引き刀を逆に抜て留め扨打込み後前に同じ(開き足を引て先に坐したる通りにして納める)」

 古伝は前に語った事は語ってくれません。「岩浪」に至るまでに英信流居合之事「乕一足」・詰合1本目「発早」・詰合2本目「拳取」を十分稽古して次の業に入るのだと教えてくれています。纏めてみますと「岩浪」が見えてきます。

古伝神傳流秘書詰合3本目「岩浪」:「楽々居合膝に坐したる時、相手左の足を引き下へ抜付けるを、我も左の足を引て乕の一足の如く左足を引き刀を逆に抜きて留め、相手より左の手にて我が拳を取りたる時、我よりも左の手にて相手の右の拳を取り、我が太刀を放し右の手にて敵のひぢのかゞみを取り左脇へ引たおす」

 神傳流秘書の原文写真では「楽々居合膝に坐し」と「楽」の草書体で書き出されていますが、曽田先生も其の儘「楽々」とされています。しかし是では意味不明です。原書の文字の誤りかも知れません。現代に於ける常識で読み直せば、尤も適切なのは「互に居合膝に坐し」でしょう。
 江戸時代末期に谷村樵夫自庸先生相伝の「業附口伝」に依れば「詰合之位」1本目「八相」の書き出しに「是は互に鞘に納めて詰合て相向ひに右膝立て坐する也」と有ります。
 此の「業附口伝」の存在は明確ではありません。曽田先生は「昭和20年7月4日午前二時高知市爆撃の際家財道具一切と共に焼失す」と書かれています。木村栄寿先生の細川家から得られた古伝の「林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流伝書集及び業手付解説」にも「業附口伝」は見当たりません。木村先生は「楽々あるいは楽尓」の文字を誤字として「互に」とされたのかも知れません。ミツヒラブログは曽田先生の直筆の物を読んでいますので「楽に・楽々」を使用しておきます。

 「発早」も「拳取」も「岩浪」も抜き合わすのではなく、1本目「発早」に随い相手の抜き付けを「我も左の足を引て乕の一足の様に左足を引き刀を逆に抜きて留め」るのです。双方刀を逆に抜のではなく打太刀は我が右膝に向って抜き付けて来る。我は鞘を逆に返し刃を下にして下から相手の斬り込みを受け留めるのです。
 状況によっては左足を引き間を外しその瞬間下から相手の小手に抜付けてしまう極意技が秘められていると読めるでしょう。相打ちでは無い事がポイントです。まして刀をお互いの間で打ち合わせるなどありえない。
 「岩浪」は「拳取」を相手に仕掛けられた時の返しを稽古して置けというのでしょう。相手が先に拳を取ってきたら刀に拘らず、刀を捨てて即座に相手の右拳を左手で取り、相手の右手を制してしまい、我が右手で相手の肘の屈みを取り左脇に相手を引き倒す。体術の心得を要求しています。

 参考に「業附口伝」詰合之位「岩波」:「詰合て坐する也前の如く左の足一足引てさかさまに抜合せ敵よりすぐに我が右の手首を左の手にてとる也、我其侭敵の右の手首を左の手にて取り右手を添へて我が左脇へ引倒す也刀を合せ血振ひ納刀(曽田先生添え書き「遣方右手を添える時刀を放し直に相手のひぢをとるなり」)。

 

 

 

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2022年10月14日 (金)

古伝神傳流秘書4詰合2本目拳取7(木村栄寿)

古伝神傳流秘書
4詰合
2本目拳取
7(木村栄寿)

古伝神傳流秘書4詰合2本目「拳取」:「如前楽々足を引抜合我左の手にて相手の右の拳を取り刺す也」

「業附口伝」詰合之位2本目「拳取」:「仕打納 是も同じく詰合て座しさかさまに抜合すこと前同様也我其の侭左の足を踏み込み敵之右手首(拳ならん曽田)を左手にて押へる也後同断」
(前同様:「是は互に鞘に納めて詰合て相向ひ右膝を立て坐する也 互に左足を一足引きて倒様に抜合する互に右脛へ抜き付ける)」

木村栄寿著「林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流伝書集及び業手付解説」昭和52年1982年詰合(詰合業手付及び口伝)「拳取」:「如前互に足を引抜合せ我左の手にて相手の右の拳を取り差す也 發早に同じ(互に約2尺の距離に、詰合って居合膝に座る。打太刀、先に刀に手を掛けるを見て、仕太刀も刀に手を掛ける。)。
 打太刀、刀を返し刃を下にして、立ち上がり左足を引いて、仕太刀の脛に抜き付ける(ヤー)。仕太刀刀を返し、刃を下にして、立って相手より一瞬早く、虎一足の如く下に抜付ける(ヤー)。(前の如くの動作)
 打太刀左足を引かんとするを、仕太刀左足を踏込み左手で打太刀の右拳を掴み手首を殺し、右手は右腰に切先を打太刀の水月に付け突く位勢を示す(ヤー)。打太刀左足を引いて右拳を掴まれ制され。刀を合わせ血振り納刀。」

 木村栄寿先生の詰合「拳取」は、抜き合わせる処までは前回の詰合1本目「發早」と同じと云う事で傍線部分は省略されています。かけ声は他の先生の手附にも記入されていますが、古伝神傳流にも「業附口伝」にも要求されていないもので、恐らく明治以降の剣道連盟の仕方を取り入れたと思われます。
 居合膝に座した相手の脛に抜付ける、然も立ち上がって左足を退いての抜き付けです。抜き付けるのは膝を立てた相手の右足です。低い位置にあるのですから、抜き付け易くさせるには、打太刀が先に刀に手を掛け、仕太刀の上半身の部位に、たとえば、こめかみ・首・肩に柄頭で攻める気が必要です。それに仕太刀が誘われ刀に手を掛け腰を浮かして抜付けんとする、瞬間に打太刀は抜刀して右膝に抜付けるのが誘いです。その誘いに乗った振りをして仕太刀は請け太刀となって刀を合わせる。
この時「刀を返して、刃を下にして・・」の動作を入れていますが、この刃を下にして抜き付ける意味はあるでしょうか。下から切り上げる素振りを見せるだけでしょうか。相手の脛や膝には横一線の無双直伝英信流の抜刀法で充分対応して少しも遜色はないと思います。
 下から切り上げるならば、仕太刀は左足を引いて刀を上に抜上げ外すや、即座に斬り下せば相手の小手を斬り落せます。ここは「砕き(替え業・変化業)という事で納得します。
 仕太刀が相手の拳を取る際、左足を踏み込んでいますが、添えられている線画は仕太刀の足は、打太刀に届いていません。相手に密着するほどに接近して制しておかなければ返されてしまいます。ご自分で描かれたのか、絵心は有っても武的センスの乏しい方に依るものか気になります。
 古伝の形は、驚く程おおらかですが、正しい体裁きが出来なければ業が決まりません。江戸末期から明治・大正・昭和・平成には「剣術の形」が忘れられ稽古量も、其処から得られる術理も無いまま、形を打ち、順番通りに運剣するばかりだったのでしょう。古流剣術の多くが防具を着けた竹刀剣道に翻弄されて来たことは否めません。

 
 

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2022年10月13日 (木)

古伝神傳流秘書4詰合2本目拳取6(福井聖山)

古伝神傳流秘書
4詰合
2本目拳取
6(福井聖山)

古伝神傳流秘書4詰合2本目「拳取」:「如前楽々足を引抜合我左の手にて相手の右の拳を取り刺す也」

「業附口伝」詰合之位2本目「拳取」:「仕打納 是も同じく詰合て座しさかさまに抜合すこと前同様也我其侭左の足を踏み込み敵の手首(拳ならん曽田)を左手にて押へる也後同断」
(前同様:「是は互に鞘に納めて詰合て相向ひ右膝を立て坐する也 互に左足を一足引きて倒様に抜合する也互に右脛へ抜き付ける)」

第21代福井聖山著「無雙直伝英信流之形」平成3年1993年詰合(極意之形詰合之位)2本目「拳取」:「仕打共に立膝 打太刀左足を引いて抜き合わす、仕太刀同様に左足を引き抜き合わす。仕太刀直ちに立ち上がり、左足を打太刀の右足外側に踏み込み、打太刀の右拳を取り(手首を握ってヒジで押える)、右膝を跪き引き寄せて残心、打ち太刀右拳を取られ体を前に引き付けられる。」

 この文章は、講習会のためのもので、動作の細部は口頭もしくは実演による看取り稽古となるのでしょう。福井先生の詰合はビデオに残されておられます。
「拳取」:双方立膝に座し詰合、打太刀刀に手を掛けるや仕太刀も刀に手をかけ腰を浮かし、打太刀立ち上りつつ左足を退いて、仕太刀の右脛に抜き付ける、仕太刀も同様に立ち上がりつつ左足を退いて抜き合わす。双方の間合いが遠く何処に抜付けて刀を合わせたのか、ビデオでは刀を合わせるために抜き合わせた様に見えてしまいます。
 ここは仕太刀が打太刀の右膝への抜き付けを受け留めるとしたい処です。
 ビデオでは仕太刀が初動遅れによって、やや遅れたため受け留めた様に見えます。教本は抜き合わすのでした。
 抜き合わすや仕太刀は左足を打太刀の右足外側(側面)に踏み込み、打太刀の右手首を取り下へ押し下げるや踏み込んだ左足の左膝を床に着け、(ここは始めの詰め合う間合いが遠い為に起こった現象かもしれません、右足も追い足になっています。)、右膝を右に開き半身となって、右拳を腰に付け刀の切先を打太刀の咽に付ける。
 打太刀は右手首を取られ押し下げられ、右足前のまゝ左膝を床に着き体を崩す処、仕太刀に喉を突かれる。
 双方切先を合わせ仕太刀左足を引き右足前となり打太刀右足前のまゝ正眼となり血振り納刀す。

 このビデオの動作は、「業附口伝」の動作に依るものと思います。居合膝に座した時の双方の間がやや遠い為、抜き合わせた双方の刀を相手の右膝にもまして脛になど届いていません。「形」であっても気になる処です。其の為仕太刀が打太刀の右足側面に踏み込む時、大きく踏込むので右足を前に進めて間の調節をする事と成ります。
 抜き付けの際立上り拳取り(手首取り)で踏み込み膝を着いて押し落しています。相手もそれにより跪く事になりますが、無理に押し落す様で気になります。
 居合の先生方の形稽古はどちらかと云うと、力が入り過ぎな上に、間積りが不十分なのか無駄な動きが目に付きます。是は居合の稽古は十分すぎる程なのに形稽古は恐らく少なすぎる為だろうと思えますし、稽古する相手が何時も同じ為に起こる不必要な見せ場作りに依る様に思えます。
 双方の間合は左膝頭で2尺が相対し話し合う程よい位置でしょう。でもそれでは近すぎ三尺の間を見るべき論もあってしかるべきでしょう。福井先生の「拳取」は状況に応じて変化するべきであると教える良い教材でしょう。砕き(変化業・替え業)は一つの業に幾つもある事を「形」を稽古する際心得て置くべきでしょう。合同演舞として何組もが並んで合わせて踊るのも、或る一面から見れば、廻りに調子を合わせられる能力を養える稽古法とも云えます。

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2022年10月12日 (水)

古伝神傳流秘書4詰合2本目拳取5(檀崎友影)

古伝神傳流秘書
4詰合
2本目拳取
5(檀崎友影)

古伝神傳流秘書4詰合2本目「拳取」:「如前楽々足を引抜合我左の手にて相手の右の拳を取り刺す也」

「業附口伝」詰合之位2本目「拳取」:「仕打納 是も同じく詰合て座しさかさまに抜合すこと前同様也我其侭左の足を踏み込み敵の右手首(拳ならん曽田)を左手にて押へる也後同断」
(前同様:「是は互に鞘に納めて詰合て相向ひ右膝を立て坐する也 互に左足を一足引きて倒様に抜合する也互に右脛へ抜き付ける)」

檀崎友影著「居合道その理合と神髄」昭和63年1988年詰合(詰居合の位)二本目「拳取」:「打太刀、仕太刀とも納刀より始まる。1本目と同様、詰合いて座り、互に膝に抜き付け(右膝を立てて座し、互に腰を上げ左足を引いて左膝を床に着けた中腰に座したまま相手の右膝に抜き付ける)。
 そのまま仕太刀は左足を踏み込んで打太刀の手首を左手で制し(握る)刺突の姿勢を取る(抜付けて双方打ち合った中腰に座した姿勢で右足膝を床に着け左足を打太刀の右足側面に踏込み、打太刀の左手首を握り下に押し下げ、右拳を腰に付け剣先で打太刀の咽を突。)・・刀を合わせ血振り納刀」檀崎先生の原文に、二枚の写真の様子からカッコに補足してあります。

 檀崎先生の詰居合の位2本目「拳取」は、居合膝で詰め合った状況での攻防とされたのかもしてません。
 双方立膝で詰合、打太刀刀に手をかけ左足踵に乗せていた臀部を浮かすと同時に左足を爪立ち、後方に退くと同時に抜刀して、左膝を床に着けるや仕太刀の右膝に抜付ける、仕太刀も同様に臀部を左踵から浮かし左足を退いて抜刀し打太刀の右膝に抜き付け左膝を床に着くと同時に刀を合わす。仕太刀即座に右膝を床に着け、打太刀の右足側面に左足を踏み込み、左手で打太刀の右手首を取り下に引き、右拳を腰に付け剣先を打太刀の咽に付ける。・・刀を合わせ血振り納刀。

 1、仕太刀が相手の手首を取りに行く際、右膝を前に倒し間を詰めて尚且つ左足を相手の右足側面に踏み込む。
 2、仕太刀が相手の手首を取りに行く際、右足を後に退き膝を元の右足の位置に着き、左足を相手の右足側面に踏み込む。
 3、仕太刀が相手の手首を取りに行く際、右足をそのままに左足を相手の右足側面に踏み込み、相手の手首を取るや右足を後に退く。
この動作の、解説は文章にも写真にも見られません。座した状況での抜合については、それを強調すべき理由が抜き付ける部位が右膝なので、刀を抜かんと左足に乗せた臀部を浮かすのですから、右足も同時に右に倒して居れば立てる事になる筈で、十分座しても抜き付けられます。
 他の先生方は概ね、立ち上がって抜き付けています。左足を引いて抜き付けるにも、其の方が容易です。相手の手首を制する為に、仕太刀の左足の踏み込みは容易であり、相手の右手を制するのも座したままより強く行えます。「砕き・替え業」として稽古しておくといいのでしょう。仕太刀は、打太刀の動作に即応する事がポイントでしょう。
 古伝は相手の右拳を制す、「業附口伝」は相手の右手首です。檀崎先生がこの「詰居合の部」を書かれた頃には。古伝神傳流秘書は河野先生によって世に出され30年程立っていた筈です。何故「業附口伝」を元とされたのでしょう。興味のある事ですが、何方か研究される事を楽しみとしておきます。

 

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2022年10月11日 (火)

古伝神傳流秘書4詰合2本目拳取4(大田次吉)

古伝神傳流秘書
4詰合
2本目拳取
4(大田次吉)

古伝神傳流秘書4詰合2本目「拳取」:「如前楽々足を引抜合我左の手にて相手の右の拳を取り刺す也」

「業附口伝」詰合之位2本目「拳取」:「仕打納 是も同じく詰合て座しさかさまに抜合すこと前同様也我其の儘左の足を踏み込み敵の右手首(拳ならん曽田)を左手にて押へる也後同断」
(前同様:「是は互に鞘に納めて詰合て相向ひ右膝を立て坐する也 互に左足を一足引きて倒様に抜合する也(互に右脛へ抜き付ける))

 大田次吉先生は明治25年1892年土佐宿毛生まれ、山本宅冶先生に師事されています。昭和51年1976年全日本居合道関東地区連盟会長を就任されておられましたが、昭和59年1984年92歳で亡くなられています。

大田次吉著「土佐英信流」昭和55年1980年詰合(詰合之位)2本目「拳取」:「仕打立膝に座し、双方左足を一歩引き打合す(写真で相方腰を上げ立上がり左足を引いて膝に打合す様に見えます。詰合1本目「八相」では相方立上り相手の脛に斬りつける
)。
 仕太刀は直ちに立ち(此処は抜き付けた際立ち上がっている写真があるので重複か)、左足を打太刀の右外側に踏み込み、右手首を取り引き付け、(写真より左膝を着いて打太刀を引き付け胸部を突く構えを取る)打太刀は仕太刀に右手首を握られ前に引き付けられ(写真より左膝を着いて胸部を刺突される)。双方刀を合わせ残心、血振り納刀。」

 写真では立ち上がって左足を引き打ち合わせていますが、解説文では(座したままなのか)左足を引いて打合わす、とあり疑問はありますが、写真が正規の動作でしょう。
 互に抜き合わせた刀の切先が相手の膝に届かない位置で抜き合わされているのは、刀での打ち合いを目的としているようで、そのせいか抜き付ける部位の説明は見当たりません。
 1本目「八相」では写真の解説に「相手の脛」と明記されています。双方の座した時の間が遠く水平の抜付けでも届かないかもしれません。写真写りの為か、或いは真剣での形を演じる為臆したか、とは思いますが、コマドリ写真なのですから離れすぎは教本として疑問です。

 仕太刀が打太刀の右手首を取る際、「直ちに立ち」と有りますが、既に左足を引いて抜刀した状況の写真で、立ち上って抜き付けています。写真で解説を修正すれば、「双方居合膝に座し詰合、互に立ち上がりつつ左足を退いて抜き合わせ、仕太刀左足を打太刀の右足側面に踏込み、打太刀の右手首を取り、下に引き付け、左膝を着き、引き付けられた打太刀も左膝を着く処、仕太刀は打太刀の刀の上から右拳を腰に付けその胸部を刺突する構えを取る・・・。」

 大田先生は土佐出身で、土佐に無双直伝英信流の道統を戻す事を願い第21代に強く「三年ぞよ」と云われたという。三年で宗家を返上しろと云うのでしょう。土佐発生の無双直伝英信流とは言え、土佐の田岡傳先生などは「第20代河野先生に宗家を正統印可された第19代福井春政先生が亡くなられた時に、竹嶋先生を福井先生の遺言とかで第20代として土佐の方々が河野先生に話も無く傍系として立てられたという。
 大田先生は教本の題名を大江先生の命名された「無双直伝英信流」と云わず、「土佐英信流」と名付けしている事は、自ら全国に広まった無双直伝英信流を放棄し「土佐」に閉じ込めてしまった様で、是では大江先生も第9代林六太夫守政も歎いているでしょう。狭量としか言いようは有りません。
 大江先生直伝の土佐の古参の人達の気持ちは判らないでもないですが、無双直伝を修業する多くの土佐以外の人がいる現実として、如何なものでしょう。一人一人は素晴らしい人だったのかもしれません、然し国衆となると裏の或いは本来の「我」だけが前面に出てしまう弱い人達なのかもしれません。
 

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2022年10月10日 (月)

古伝神傳流秘書4詰合2本目拳取3(三谷義里)

古伝神傳流秘書
4詰合
2本目拳取
3(三谷義里)

古伝神傳流秘書4詰合2本目「拳取」:「如前楽々足を引抜合我左の手にて相手の右の拳を取り刺す也」

「業附口伝」詰合之位2本目「拳取」:「仕打納 是も同じく詰合て座しさかさまに抜合すこと前同様也我其侭左の足を踏み込み敵の右手首(拳ならん曽田)を左手にて押へる也後同断」
(前同様:「是は互に鞘に納めて詰合て相向ひ右膝を立て坐する也 互に左足を一足引きて倒様に抜合する也(互に右脛へ抜き付ける))

三谷義里先生は政岡先生に師事されておられたとか、まず政岡先生の詰合の2本目「拳取」を稽古しておきます。

政岡壱實著「無雙直傳英信流居合兵法地之巻」昭和49年1974年詰合(詰合之位)2本目「拳取」:「(下に抜合せ拳をとる) 如前楽に足を引抜合我は左の手にて相手の拳を取りさす也 
構仝前(双方居合膝)
1、仝前(打太刀徐々に両手をかけ左足を引き膝頭へ抜き付ける。仕太刀抜合せ留る
2、打太刀引かんとす。仕太刀左足を打の右足の外側へふみ込み左手で右手首を逆にとって左下に引く同時右手を腰に当て剣尖を喉につけ
3、以下仝前(太刀を合わす。右に開いて納刀(右足を引きつける))。立って次へ

三谷義里著「詳解居合無双直伝英信流」昭和61年1986年詰合(詰合之位[形])2本目「拳取」:「理合 1本目「発早」同様双方居合膝に座し、互に膝頭に抜き付け切り結び、仕太刀は打太刀の拳を逆に取って(手首を制して)剣先を喉につける
動作※(動作に問題が無い範囲で文章を変えています。原文を御望みの方は原書をお求めください)
1、仕打共に帯刀し立膝に座し相対す。
2、打は静かに両手を刀にかけ、腰を浮かし左足を退いて、仕の右膝頭に抜付ける。仕も同様に左足を退き抜き合わす
3、打が退かんとするを、仕は左足を打の右足外側に踏み込み、左手で打の右手首を逆に取って左下に引く同時に仕は右手を腰に当て剣先を打の喉又は水月につける。
4、双方刀を合わせ、血振り納刀、立ち上り次の業に入る。

 三谷先生の詰合2本目「拳取」は政岡先生のそっくりさんです。一ケ所仕が刺突する際の部位が「喉又は水月」を突くとしています。大江先生の英信流居合の型2本目「拳取」は「・・刀尖を胸に着け、残心を示す・・」で「胸」を「水月」とされたのか突然の発想です。
 此の動作は前回の第19代福井春政先生の詰合2本目「拳取」にありますので、その教えを何処かで見聞きしたかも知れません。:「・・打太刀の右手首を逆に取り己の左下方に引き、打太刀の体勢を崩しつつ右手で刀を右腰に支え刃を右にして打太刀の刀の下から水月を突く」嶋専吉先生の覚書より。

 

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2022年10月 9日 (日)

古伝神傳流秘書4詰合2本目拳取2(政岡壱實)

古伝神傳流秘書
4詰合
2本目拳取
2(政岡壱實)

古伝神傳流秘書4詰合2本目「拳取」:「如前楽々足を引抜合我左の手にて相手の右の拳を取り刺す也」

「業附口伝」詰合之位2本目「拳取」:「仕打納 是も同じく詰合て座しさかさまに抜合すこと前同様也我其侭左の足を踏み込み敵の右手首(拳ならん曽田)を左手にて押へる也後同断」
(前同様:「是は互に鞘に納めて詰合て相向ひ右膝を立て坐する也 互に左足を一足引きて倒様に抜合する也(互に右脛へ抜き付ける))

政岡壱實著「無雙直傳英信流居合兵法地之巻」昭和49年1974年詰合(詰合之位)2本目「拳取」:「(下に抜合せ拳をとる) 如前楽に足を引抜合我は左の手にて相手の拳を取りさす也 
構仝前(双方居合膝)
1、仝前(打太刀徐々に両手をかけ左足を引き膝頭へ抜き付ける。仕太刀抜合せ留る
2、打太刀引かんとす。仕太刀左足を打の右足の外側へふみ込み左手で右手首を逆にとって左下に引く、同時に右手を腰に当て剣尖を喉につけ
3、以下仝前(太刀を合わす。右に開いて納刀(右足を引きつける))。立って次へ

 政岡先生の「拳取」の手附は「仝上」として文章を省略していますから戻してあります。古伝及び「業附口伝」さらに戻って、大江先生の「英信流居合の型」二本目「拳取」:「・・膝にて抜き合せ、仕太刀は、左足を打太刀の右の側面に踏み込み、左手にて打太刀の右手頸を逆に持ち下へ下げる、打太刀は其まゝにて上體を稍や前に出し、仕太刀は其れと同時に右手の拳を腰部に當て、刀尖を胸に着け、残心を示す・・」をミックスされた様です。

 古伝はおおらかです、居合膝に座し打太刀は仕太刀の何処に抜付けるかは、どう見ても左足を退いて抜き付けるならば、右こめかみ・右頸・右肩・右膝・右脛でしょう。何処に打込まれても応じられる稽古を要求されている、横一線の抜き付けを我が顔面に向けんとするのを、察するや我も即座に腰を浮かせ、右足をそのまま相手の斬り込む部位として残し、相手が抜き打って来れば、抜刀して請け留めるのも「色に就き色に随う」の柳生新陰流の教えの一つでしょう。
 詰合の1本目「発早」の「業附口伝」に「左足を引きて倒れ様に抜き合わす也(互に右脛へ抜き付ける)と」と政岡先生は1本目「発早」の末尾に注書きされています。「倒れ様」になってしまえば相手はより水平に抜き打ててしまうでしょう。相手の懸かりを誘い、誘いに乗るやその裏を取るそれが示された形からの稽古なのでないでしょうか。何も考えずに「かたち」を追ってもそれは其処までです。
 古伝神傳流秘書の文面に現われない部分は、自ら工夫し納得する処で、師匠の教えや、先生方の教本を頼りにするのはほんの初期の内とすべきものでしょう。

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2022年10月 8日 (土)

古伝神傳流秘書4詰合2本目拳取1(福井春政)

古伝神傳流秘書
4詰合
2本目拳取
1(福井春政)

古伝神傳流秘書4詰合2本目「拳取」:「如前楽々足を引抜合我左の手にて相手の右の拳を取り刺す也」

「業附口伝」詰合之位2本目「拳取」:「仕打納 是も同じく詰合て座しさかさまに抜合すこと前同様也我其侭左の足を踏み込み敵之右手首(拳ならん曽田)を左手にて押へる也後同断」

第19代福井春政先生の教本は見当たりませんので、昭和17年1942年土佐に行2週間指導を受けられた嶋専吉先生覚書「無雙直傳英信流居合術形乾」昭和17年1942年詰合(詰合之位)2本目「拳取」:「仕打帯刀のまま向い合い右膝を立てて座す。双方左足を一歩退き立上るや相手の右脛に抜き付け刀を合わす。仕太刀は即座に左足を打太刀の右足側面に踏み込み、右足を左足をその後方に踏み、体を開き、打太刀の右手首を逆に取り己の左下方に引き、打太刀の体勢を崩しつつ右手で刀を右腰に支え刃を右にして打太刀の刀の下から水月を突く。双方刀を合わせ適当な位置に復し左膝を跪き血振り、右足を退き納刀す。」嶋先生の原文を元に文言を変えてあります。

 福井先生の教えは、「業附口伝」と「古伝」及び「大江先生の英信流居合の型」二本目「拳取」のミックスの様です。
 立膝に座し、双方腰を上げ左足を退きつつ立上り、相手の右脛に抜き付け、同時に刀を合わせ打ち留る。「業附口伝」の「さかさまに抜合す」のイメージは無く古伝の「抜合」抜き合う、抜き合わす、抜き打ち刀を合わせる。仕太刀は即座に左足を打太刀の右足側面に踏み込み、右足を左足後方に踏み換え左身となって、打太刀の右手首を制する。此処までが「業附口伝」の手附です。ここからは「古伝」の手附から敵を制しています。「体を崩させ、打太刀の刀の下から相手の水月を刺突する。」
 古伝の「右の拳を取り」は「業附口伝」の「右手首」を取るですが、福井先生の教えは更に「右手首を逆に取り己の左下方に引き」と砕き(替え業)が続きます。
 是は、大江先生の拳取「仕太刀は、左足を打太刀の右足側面に踏み込み、左手にて打太刀の右手頸を逆に持ち下へ下げる、打太刀は其まゝにて上體を稍や前に出し、仕太刀は其れと同時に右手の拳を腰部に當て、刀尖を胸(水月)に着け、残心を示す」そっくりです。古伝の「拳を取り」については手附に依る解説は有りません。拳の甲に拇指を押し当てて逆手に取るもよし、拇指を相手の拇指の側に押し当て逆手に取るもよし、逆手に取らずに押し付けるも良し、幾つもの方法があるでしょう。

 

 

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2022年10月 7日 (金)

古伝神傳流秘書4詰合2本目拳取

古伝神傳流秘書
4詰合
2本目拳取

古伝神傳流秘書4詰合2本目「拳取」:「如前楽々足を引抜合我左の手にて相手の右の拳を取り刺す也」

「業附口伝」詰合之位2本目「拳取」:「仕打納 是も同じく詰合て座しさかさまに抜合すこと前同様也我其侭左の足を踏み込み敵の右手首(拳ならん曽田)を左手にて押へる也後同断」

 此の詰合の「拳取」には、既に稽古した古伝神傳流秘書太刀打之事2本目「附入」があります:「前の通り抜合せ相手後へ引かむとするを附入左の手にて拳を取る右の足なれども拳を取る時は左の足也」

 同様「業附口伝」の太刀打之位2本目「附込」があります:「是も出合の如く相懸りにて右の足を先にして場合にてさかさまに抜合せ敵の引かんとするを我左の足を一足付込左の手にて敵の右の手首を取る此の時は左下に引きて敵の体勢を崩す心持にてなすべし、互に刀を合せ五歩退き八相に構へ次に移る也」

 太刀打之事は帯刀したまま立って相懸かり、相手が下へ抜き付けるのを仕太刀は抜き合わせ留める。
 詰合は双方帯刀して居合膝に座し、相手左の足を引き下へ抜き付けるを我も左の足を引いて乕の一足の如く抜いて留める。この体勢は太刀打之事「附入」の立って右足前の左足後の体勢と同じとなるでしょう。
 立つのが好ましく無いとして左膝を床すれすれで抜き留めるのも砕きの一つでしょう。但し詰合の「拳取」は太刀打之事の「附入」の様に、相手後へ引かむとする拍子に左足を踏み込んで相手の右の拳を取りで終わってはいません。詰合は相手を刺すと云っています。ここは左足の退き具合で相手との間合いが異なりますので臨機応変で対処する、と云う意図なのかと思います。古伝の手附はおおらかです。

 「業附口伝」の手附は「右手首を左手にて押へる」で太刀を持つ右手を制する処で終わっています。「業附口伝」の太刀打之位「附込」では手首を取って「左下に引きて敵の体勢を崩す心持」です。
 此の2本目拳取りは古伝神傳流秘書の詰合2本目「拳取」に随って、居合膝での攻防を稽古研究する処でしょう。

 

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2022年10月 6日 (木)

古伝神傳流秘書4詰合1本目発早7(木村栄寿)

古伝神傳流秘書
4詰合
1本目発早
7(木村栄寿)

古伝神傳流秘書詰合1本目「発早」:「楽々居合膝に座したる時相手左の足を引下へ抜付るを我も左の足を引て乕の一足の如く抜て留め打太刀請る上へ取り打込み勝也」

「業附口伝」詰合之位1本目「八相」:「仕打納 (口伝に発早とあり)是は互に鞘に納めて詰合て相向ひに右膝を立て坐する也、互に左足を一足引きて倒様に抜合する也互に右腰へ抜き付ける)其侭膝をつき仕太刀はかむりて面へ打込也、此の時打太刀は十文字に頭上にて請け止むる也。互に(刀を)合せ血振ひ足を引き納刀。」

木村栄寿著「林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流傳書集及び業手付解説」昭和57年1982年詰合(業手付及び口伝)1本目「發早」:「手附 互に居合膝に座したる時相手左の足を引下へ抜付るを我も左の足を引て虎(乕)の一足の業の如く抜て留め直に打太刀請る上へ取り打込み勝つ也」 

 曽田乕彦先生の古伝神傳流秘書1本目「発早」と木村栄寿先生の1本目「發早」の、古伝を書写された文言を見比べてみます。先ず書き出しで、曽田先生は「楽々居合膝に座し」ですが木村先生は「互尓居合膝に座し」なのです。曽田先生の写された原本は出所不明ですが、木村先生は細川家から借り出したものと明記され、原本の写真が附されています。其れによりますと、「楽尓居合膝に坐し」と読め「互」ではなく「楽」でしょう。前後の文章の繋がりから「互に居合膝に座し」とした方が意味が明解ですが、「楽々居合膝に座し」は敵と相対した時の緊張感などを吹き払って「平常心で対せよ」との教えとなるでしょうから、武術音痴の書道家に読み下しを求めれば「楽」の草書体を「互」の草書体と読み変えてしまったかもしれません。
 次に木村先生の「虎の一足の業の如く」で原本は「乕の一足の業の如く」で。曽田先生は「業の」文字が欠落しています。更に仕太刀に抜て留られて打太刀は「直に打太刀請る」で「直に」の文字が曽田先生にはありません。
 木村先生の写し書きは書き出しは兎も角「原本に忠実」と見られます。曽田先生は原本の存在を明確に示しておられませんから「原本」との対比は不可能です。
 この様な、分析はどなたか研究好きな方にお任せしておきます。そんな事より原本が違っても、どうでも、根本的な動作の理合は同じ事と認識し稽古して問題なしと判断します。
 無双直伝英信流の人が木村本を「あれは夢想神傳流の参考書だ」と云って手にもしていない事を知ったかぶりして言っていました。夢想神傳流も無双直伝英信流も同じで第9代林六大夫守政が江戸で修行して土佐に持ち帰った「無雙神傳英信流居合兵法」の手附「神傳流秘書」が元になっているものなのです。

 木村本には「転載・複製を禁ず」と明記されておられます。著作権等の法的保護もある事ですから、業手附の「意義・理合」は古伝神傳流秘書による曽田本をもって記載し、文言等で事なる場合は明記する事でお許しください。
 木村本の運剣動作については、木村先生の意図に反しない様に文言などを変えさせていただきます。木村先生も木村本発行に当たり、「本流正技を研鑽修行に邁進されんことを念願し、正真本流の修行を奨める目的を以って、本書を作成したものである。」と意図を語られています。

 木村本の「詰合」1本目「發早」の運剣動作で一ケ所「仕太刀は打太刀が先に刀に手をかけるを見て、我も刀に手をかけ、刀を返し、刃を下にして、立って相手より一瞬早く、虎一足の如く下に抜付ける・・」この「相手より一瞬早く・・抜き付ける」の部分は古伝は「抜て留め」で、私は、相手の抜き付けんとするのを、立膝の立てている「右足」に抜き付けさせ、それを「抜て留め」即座に先を取って打込むとして理解します。

 先々と攻め立てるのが、居合抜とすれば、必ず自分より早い者が居る。相手に懸らせ受け留めた拍子に切り替えす「奥儀」を学ぶ1本目と思います。それでも打太刀は我が打込みを頭上で請けているほどの器量なのでしょう。その上左手を切先に添える余裕迄あっては、仕太刀はこの1本目を物にするには、「かたち」ばかりの稽古では、「とてもとても」でしょう。 

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2022年10月 5日 (水)

古伝神傳流秘書4詰合1本目発早6(福井聖山)

古伝神傳流秘書
4詰合
1本目発早
6(福井聖山)

古伝神傳流秘書詰合1本目「発早」:「楽々居合膝に座したる時相手左の足を引下へ抜付るを我も左の足を引て乕の一足の如く抜て留め打太刀請る上へ取り打込み勝也」

「業附口伝」詰合之位1本目「八相」:「仕打納 (口伝に発早とあり)是は互に鞘に納めて詰合て相向ひに右膝を立て坐する也、互に左足を一足引きて倒様に抜合する互に右腰へ抜き付ける)其侭膝をつき仕太刀はかむりて面へ打込也、此の時打太刀は十文字に頭上にて請け止むる也。互に(刀を)合せ血振ひ足を引き納刀。」

無雙直傳居合兵法正統第21代福井聖山著「無雙直伝英信流之形」平成3年1991年詰合(詰合之位(極意之形))1本目「八相」:双方立膝に座し左足を引き抜き合わす(抜付は目付互いの脛)。仕太刀抜き合わすや刀を振り冠り打太刀の面に打込む。打太刀左膝を着いたまま頭上に十文字に受け込む。互にその場で刀を合わし血振り納刀す。」

 この福井聖山先生の教本は、稽古会のメモ程度の冊子で、居合道形「太刀打之位」と極意之形「詰合之位」が収納されています。正統第17代大江正路先生の道統ですから、「太刀打之位」は大江先生独創に依るもので7本となります。「詰合之位」は1本目の業名が「八相」と有りますからこれは、谷村樵夫自庸先生相伝による免許皆伝目録で曽田虎彦先生が所蔵していたものです。昭和20年1945年7月4日の米軍による高知市への空襲により原本は焼失したと曽田本には書かれています。
 昭和13年1938年の河野百錬先生による「無雙直伝英信流居合道」によって活字とされ、その後は土佐でも古伝として稽古されて来たようです。
 古伝神傳流秘書による「詰合」は第9代林六太夫守政が江戸から持ち来ったもので、上記の様に「古伝」と「業附口伝」は異なります。古伝神傳流秘書は曽田先生によって出版されるはずだったでしょうが、敗戦により頓挫し、出版されずに昭和25年1950年に曽田先生は亡くなられてしまいました。
 昭和30年1955年に河野百錬先生によって「無雙直傳英信流居合兵法叢書」が限定発行され、古伝神傳流秘書が書かれたこの「無雙直傳英信流居合兵法叢書」は当時の高段者には求められていたと思われます。近年は原本を見る事は出来る状況では無い様です。

 第21代福井聖山先生は「無雙直傳英信流居合兵法叢書」を手にされていた筈と思いますが、大江先生の形を優先された御心から推測すれば、「詰合」は「業附口伝」を優先されたのだろうと思います。

 福井先生の稽古会のこの教本は業についての細部に渉る解説がありません、一方礼法については詳しく、ばらばらな状況を統一されたのだろうと思います。業技法は稽古会の際口頭で話され、稽古もさせ指導されたのだろうと思います。
 

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2022年10月 4日 (火)

古伝神傳流秘書4詰合1本目発早5(檀崎友影)

古伝神傳流秘書
4詰合
1本目発早
5(檀崎友影)

古伝神傳流秘書詰合1本目「発早」:「楽々居合膝に座したる時相手左の足を引下へ抜付るを我も左の足を引て乕の一足の如く抜て留め打太刀請る上へ取り打込み勝也」

「業附口伝」詰合之位1本目「八相」:「仕打納 (口伝に発早とあり)是は互に鞘に納めて詰合て相向ひに右膝を立て坐する也、互に左足を一足引きて倒様に抜合する互に右腰へ抜き付ける)其侭膝をつき仕太刀はかむりて面へ打込也、此の時打太刀は十文字に頭上にて請け止むる也。互に(刀を)合せ血振ひ足を引き納刀。」

檀崎友影著「居合道その理合と神髄」昭和63年1988年詰合(詰居合の位)1本目「八相」:「(口伝に発早とあり)打太刀、仕太刀とも納刀より始める。互に鞘に納めて詰合いて相向い右膝を立てて座り、互に左足を一歩退いてさかさまに抜き合わす(互に右膝に抜付ける)そのまま膝をつき仕太刀は冠って面に打込む。この時打太刀は十字に頭上にて請け留める。互に合せ血振し足を退いて納刀する。」写真により動作を示されていますので、文章だけでは補足が必要です。ここでは檀崎先生の原文のまま使用させていただきました。

 檀崎先生は無雙直傳英信流では無く「夢想神傳流」と認識していますので、参考とされたものが「無雙神傳英信流居合兵法」の「業附口伝」であっても時流に添った名称で古伝神傳流秘書の「詰合」を「詰居合の位」と改めたのでしょう。自分流だと意思表示された様な、その反面其の1本目は「八相」と云い「業附口伝」の1本目の業呼称を使われています。複雑な気がして来ます。

 仕太刀、打太刀共に帯刀し相向い合い右膝を立てた「立膝」にて座す。(立膝は戦国時代に発達したもので、鎧を着用しているので立膝をする。左足を「胡坐(あぐら)」足にし、その踵の上に尻の穴が没するように臀部を乗せ、右膝を右斜めに立て、爪先が左膝頭を出ぬ程度にして下腹を引き、上体を垂直にして、両手は軽く両膝に指を上向け握っておく。(檀崎先生の居合道その理合と神髄より其の侭引用))詰居合の位「八相」の座す間合は写真より想定すれば左膝頭の間隔略1尺5寸ですから体軸では4尺から4尺5寸の間合いで相対するのでしょう。
 互に左足を一歩退いて「さかさまに抜き合わす(互に右膝に抜付ける)」右膝に抜付けると切先は斜め下向き、刃は相手の膝に向くのは自然ですからあえて「さかさま」と云うと刃を下に向けて抜き出す錯覚に陥りそうです。
 写真は左足を退き床に接し右足を立てた中腰で、抜き付けた右拳が返って刀の角度が不自然に下を向いています。左足を退き膝を床に接しなければ相手との斜めの距離が取れますので十分切先に乗った抜き付けが出来ると思います。相打を意識しないで、打太刀の抜打ちを古伝の様に仕太刀が「抜て留」であれば、見事に決まる筈です。
 ここは、相手の懸かりを我は待ち、斬り込んで来たものを請けるや左から廻して上段に振り冠って斬り込む「表裏」の極意技を仕太刀は学ぶ良い機会です。その仕太刀の上段からの斬り込みに、檀崎先生は見事な十文字請けを見せておられます。古伝は「打込み勝也」ですから、打太刀が十文字請けする態勢を整える前に仕太刀は打ち込めなければ、勝ちにはならない処です。この1本目の業の持矛盾を「形」だからと云って見過ごすのも情けないでしょう。
 

 

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2022年10月 3日 (月)

古伝神傳流秘書4詰合1本目発早4(大田次吉)

古伝神傳流秘書
4詰合
1本目発早
4(大田次吉)

 大田次吉先生は明治25年1892年土佐宿毛の小築紫村伊予野生まれ昭和59年1984年92歳で亡くなられています。大田先生の履歴は著書「土佐英信流」の末尾に経歴が記載されています。深く知りたい方は平成23年発行の小林士郎先生ならびに「大田次吉先生居合道伝」出版発起人一同による「玉成録・我等が居合の師・太田次吉先生伝」をお読みください。 
 昭和51年1976年全日本居合道連盟副会長・全日本居合道関東地区連盟会長を勤められておられました。
 
古伝神傳流秘書詰合1本目「発早」:「楽々居合膝に座したる時相手左の足を引下へ抜付るを我も左の足を引て乕の一足の如く抜て留め打太刀請る上へ取り打込み勝也」

「業附口伝」詰合之位1本目「八相」:「仕打納 (口伝に発早とあり)是は互に鞘に納めて詰合て相向ひに右膝を立て坐する也、互に左足を一足引きて倒様に抜合する互に右腰へ抜き付ける)其侭膝をつき仕太刀はかむりて面へ打込也、此の時打太刀は十文字に頭上にて請け止むる也。互に(刀を)合せ血振ひ足を引き納刀。」

大田次吉著「土佐英信流」昭和55年1980年詰合(詰合之位)1本目「八相」:「打太刀、仕太刀共立膝に座し、互に左足を一歩引き抜合わす。仕太刀は打太刀の面に打ち込み、打太刀は打ち来る刀をそのまま頭上に受け止める。互にその場で刀を合せ血振り納刀する。
 双方立膝に座し間合5尺程で相対し、双方立上るや相手の膝に抜き付け刀を合わす
 仕太刀左膝を床に着き上段に振り被るや打太刀の真向に斬り下す、打太刀左膝を床に着け、物打に左手を添え仕太刀の打込みを十文字に受け止める。
 双方中段に直り物打を合わせ、血振り、右足を引いて納刀、右足を踏出し左足を右足に引き付け立上る。」

 大田先生の詰合之位1本目は古伝の業名は「発早」です、大田先生は「八相」を業名にされ古伝をないがしろにして「業附口伝」を元に構成されています。河野百錬先生の「無雙直傳英信流居合兵法叢書」によって古伝の如何なるかはご存知だったと想像します。
 動作のあらましですが、動作ごとに写真があります。 
 抜合わせの際左足を引くのが「業附口伝」です。膝を床に着いて、踵に臀部を乗せた左足の位置から左足を引いて相手の右脛に抜付けている様です。
 然し双方の剣先は1尺以上相手脛の手前で打ち合わされています。形を演ずるだけの動作の様に思えてしまいます。相手の膝に当たる位置で打ち合わされなければ、相手の抜き付けは空振りするのですから、仕太刀は間と斬り込みの状態を把握し刀を上に抜上げ上段から斬り下せば勝負あったになってしまうでしょう。次からの動作は不要です。写真の写し方が剣術を知らない素人と云う事で・・。
 仕太刀の上段からの斬り下しを打太刀は身を後に反らせて受けている写真が掲載されています。体を反らせてしまえば其処に居付く事になってしまいます。1本目の仕太刀の勝ちを意図した打太刀の動作を示したのでしょうが、一本目の動作が元になって次々に複雑な極意業が展開するのですからこの反り身の請けは疑問です。
 無双直伝英信流の太刀打之事(太刀打之位)、詰合(詰合之位)とした、形の延長線上の稽古業は対敵相手に応じる貴重な居合の稽古業です。
 演武会や奉納居合の見世物にしてしまっては流祖がどのように歎くでしょう。刀を以って戦う時代ではないのだから「演舞」であればいいのでしょうか。
 鞘木刀でしっかり稽古するべきで、真剣や刃引き、居合刀などで演舞しても意味の無いものです。
 

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2022年10月 2日 (日)

古伝神傳流秘書4詰合1本目発早3 (三谷義里)

古伝神傳流秘書
4詰合
1本目発早
3(三谷義里)

 三谷義里先生は明治34年1901年高知県生まれ昭和60年1985年84歳で亡くなられて居ます。戦後は政岡壱實先生、山本晴介先生に師事されています。
 古伝、「業附口伝」、政岡先生の詰合、を稽古し、三谷先生の「詳解居合無双直伝英神信流」昭和61年1986年から
詰合を稽古して見ます。初版本発行の時には既にお亡くなりになられています。政岡先生は古伝を元に「業附口伝」を参考にされ、ご自分の考えられた動作を示されておられましたが、三谷先生はどのように捉えられたでしょう。豊富な写真が物語っているように思えますがどうでしょう。三谷先生のお考えになられた「詰合」を学ぶ為に著書を参考にさせていただきますが、そのままの転写は憚られますので、文言等動作が外れない様に替えさせていただきます。
 その前に、古伝、「業附口伝」、「政岡先生の詰合」を読み直して稽古しておきます。

詰合(重信流也 従是奥之事 極意たるに依而格日に稽古する也)
 詰合之前書きですが、林崎神助(甚助)重信から伝わったもので、奥の業だと云います、極意なので格日(確実?)に稽古するもので安易にするなと有ります。前回の「太刀打之事」では「鞘木刀也、立合之事也」と有りました。土佐の組太刀を真剣や刃引きなどで稽古したり演武したりしている人の動画や教本が溢れていますが、これ等の業は稽古業ですからしっかり確実に打込むべきでそれを受けたり外したりすべきでしょう。 
 大道芸の真似事をしていたのでは意味の無いものです。

古伝神傳流秘書詰合1本目「発早」:「楽々居合膝に座したる時相手左の足を引下へ抜付るを我も左の足を引て乕の一足の如く抜て留め打太刀請る上へ取り打込み勝也」

「業附口伝」詰合之位1本目「八相」:「仕打納 (口伝に発早とあり)是は互に鞘に納めて詰合て相向ひに右膝を立て坐する也、互に左足を一足引きて倒様に抜合する也互に右腰へ抜き付ける)其侭膝をつき仕太刀はかむりて面へ打込也、此の時打太刀は十文字に頭上にて請け止むる也。互に(刀を)合せ血振ひ足を引き納刀。」

政岡壱實著「無雙直傳英信流居合兵法地之巻」昭和49年1974年詰合(詰合之位)一本目「発早」:「(下に抜合せ正面)楽に居合膝に座したる時相手左の足を引き下へ抜き附るを我も左の足を引いて虎の一足の如く抜いて留め打太刀請る上へ取り込み勝也。
 構居合膝
1、打太刀
徐々に両手をかけ左足を引き膝頭へ抜きつける。
  仕太刀同様徐々に両手をかけ左足を引き抜き合せ留める
2、打太刀太刀を合す気持で右足を引きつけ中段にならんとする処へ正面へ切り下されたので左膝を引きつゝ柄を左に刀を水平にして額前で十文字に請留める(刃は上に向く)。
  仕太刀は左足を送りつつ中段より振り被り右足をふみ込んで正面に斬り下す。
3、打太刀太刀を合わす。
  仕太刀太刀を合わす。
4、打太刀右に開いて納刀(右足を引き付ける)。
      仕太刀同様。
5、立って次へ
注、目録(業附目録之事でしょう)に、「左足を引きて倒れ様に抜き合わす也(互に右脛へ抜き付ける)と」

 三谷義里著「詳解無双直伝英信流」昭和61年1986年詰合(詰合之位[形])1本目発早:「理合 打太刀より抜付け、仕太刀は抜合わせ、打太刀中段に取ろうとする処、仕太刀は正面に切り下ろす、打太刀これを受ける。
動作 
1、打仕共に帯刀し立膝にて対座。
2、打太刀静かに両手を刀にかけ左足を引いて仕太刀の右膝頭へ抜き付ける。仕太刀も左足を引いて抜き合わせる。(写真は双方の間合いが遠く、物打で抜き合わせている様です)
3、打太刀中段にならんとするところ、仕太刀は(左足を右足に寄せ)右足を踏み込みつつ(打太刀の刀を押し上げる様に)中段から振り被り、右足を踏み込んで真向に斬り下し(同時に左膝を床に着く)。
 打太刀は右足を引きつつ(左足右足と引きつつ)柄を左に(柄に右手を掛け)刃を上にして水平に額前で十文字に受け止め(左膝を床に着けて十文字に受け止め)る。双方刀を合わせ血振り納刀。
注 実戦では横一文字の抜き付けであるべきだが、次の変化が出来なので膝頭へ抜き付ける(かたち)にした。横一線の気持ちで抜付ける様心掛ける事。」
 文言を変え、カッコ内に写真からの動作を付記しました。

 古伝は、双方抜き合わせるのではなく「抜て留」と、打ち太刀の斬り込みを「抜て留」のです。相打ちにしてしまうために、政岡先生は打太刀が引きながら中段になるという動作を盛り込まれ、其の三谷先生も踏襲されたのでしょう。是も一つの変化業(砕き)と云えるでしょう。
 仕太刀は、相手の抜打ちを受け留めれば、左膝を右足踵に引き付けて床に着け上段に振り冠って真向に斬り込めば、圧せられた相手は右足を引いて、左足を引くや床に着け、十文字請けする。三谷先生の写真から手附とは異なる雰囲気が漂ってきます。是ももう一つの変化業(砕き)と云えるでしょう。
 更に、十文字請けの際、左手を物打下の峯に添えて請ければ、打太刀の反撃を示唆する極意技が見え隠れするはずです。大江先生の十文字請けを政岡先生は変えられなかった処と思います。
 
 
 

 

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2022年10月 1日 (土)

古伝神傳流秘書4詰合1本目発早2(政岡壱實)

古伝神傳流秘書
4詰合
1本目発早
2(政岡壱實)

詰合(重信流也 従是奥之事 極意たるに依而格日に稽古する也)
古伝神傳流秘書詰合1本目「発早」:「楽々居合膝に座したる時相手左の足を引下へ抜付るを我も左の足を引て乕の一足の如く抜て留め打太刀請る上へ取り打込み勝也」

「業附口伝」詰合之位1本目「八相」:「仕打納 (口伝に発早とあり)是は互に鞘に納めて詰合て相向ひに右膝を立て坐する也、互に左足を一足引きて倒様に抜合する也(互に右腰へ抜き付ける)其侭膝をつき仕太刀はかむりて面へ打込也、此の時打太刀は十文字に頭上にて請け止むる也。互に(刀を)合せ血振ひ足を引き納刀。」

政岡壱實著「無雙直傳英信流居合兵法地之巻」昭和49年1974年詰合(詰合之位)一本目「発早」:「(下に抜合せ正面)楽に居合膝に座したる時相手左の足を引き下へ抜き附るを我も左の足を引いて虎の一足の如く抜いて留め打太刀請る上へ取り込み勝也。
 構居合膝
1、打太刀
徐々に両手をかけ左足を引き膝頭へ抜きつける。
  仕太刀同様に徐々に両手をかけ左足を引き抜き合せ留める
2、打太刀太刀を合す気持で右足を引きつけ中段にならんとする処へ正面へ切り下されたので左膝を引きつゝ柄を左に刀を水平にして額前で十文字に請留める(刃は上に向く)。
  仕太刀は左足を送りつつ中段より振り被り右足をふみ込んで正面に斬り下す。
3、打太刀太刀を合わす。
  仕太刀太刀を合わす。
4、打太刀右に開いて納刀(右足を引き付ける)。
      仕太刀同様。
5、立って次へ
注、目録(業附目録之事でしょう)に、「左足を引きて倒れ様に抜き合わす也(互に右脛へ抜き付ける)と」

 古伝は、相手の斬り込みに応じて我は抜刀して請け留め、当たり拍子に左足を踏み込み刀を引っ被り真向に打込む、相手は中段にならんとする間も無く請け太刀となる、と読めます。
 政岡先生は、古伝の理合を掲げておられますが、動作は全く同時進行されて請け留めて居ます。古伝の解釈をどの様にされたのか、寧ろ古伝を掲げて動作は「業附口伝」を以って行ったと思えてしまいます。
 仕太刀の頭上への打込みの切っ掛けは、打太刀が抜き打ちに斬り込んだのに、仕太刀が直ぐに応じて抜打ちに留めた。打太刀は右足を左足に引き付けつつ仕の太刀を摺り上げる様にして中段になる処、仕太刀は中段より振り被っています。相手の切先は我が水月に向いています。その状況で剣先を外して上段になるのは難しそうです。
 抜き打ちで双方刀が交わるや、当たり拍子に仕太刀は左足をふみ込みつつ右肩から引き被り真向に斬り下すならば、打太刀は請けに廻らざるを得ないでしょう。其れには、相打ちの思想は無く、打太刀に打込ませて、仕太刀は請けるや攻撃に廻る「懸待表裏」の心得を思うのですが。出来れば双方左足を引いて抜き付けるのですから間合いが遠くなり、相手の剣先は我に当たらない可能性が高そうです。刀で刀を受けなくとも、外すや相手の小手に抜き打つ居合の妙が出来そうです。

 まず、政岡先生の動作で充分稽古しながら、研究して見るのも楽しそうです。

 

 
 

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2022年9月30日 (金)

古伝神傳流秘書4詰合 1本目発早1(福井春政)

古伝神傳流秘書
4詰合
1本目発早
1(福井春政)

詰合(重信流也 従是奥之事 極意たるに依而格日に稽古する也)
古伝神傳流秘書詰合1本目「発早」:「楽々居合膝に座したる時相手左の足を引下へ抜付る我も左の足を引て乕の一足の如く抜て留め打太刀請る上へ取り打込み勝也」

「業附口伝」詰合之位1本目「八相」:「仕打納 (口伝に発早とあり)是は互に鞘に納めて詰合て相向ひに右膝を立て坐する也、互に左足を一足引きて倒様に抜合する也(互に右腰へ抜き付ける)其侭膝をつき仕太刀はかむりて面へ打込也、此の時打太刀は十文字に頭上にて請け止むる也。互に(刀を)合せ血振ひ足を引き納刀。」

 古伝の詰合1本目「発早」は、打太刀が先に仕掛けて、仕太刀が抜いて留めるのですが、「業附口伝」は「互に左足を一足引きて倒様に抜合する」で同時に互いの右腰へ抜き付け刀を合わせています。太刀打之事でも、「業附口伝」は懸かり待ことも、色に就き色に随う事も無く、相打による運剣動作を語っています。是では「業」の「かたち」を稽古するばかりの事で武術の習得は疑問です。


 第19代福井春政先生に土佐まで出かけて昭和17年1942年太平洋戦争のさなか2週間に亘って稽古を付けてもらった嶋専吉先生著「無雙直伝英信流居合術形乾」詰合之位1本目「発早」:「(口伝に発早とあり、ハ相とも録す)仕打互に帯刀し、右膝を立てて座す。
 双方左足を退き立上るや互に相手の「右脛」に抜き合わせる。双方そのまま左膝を地に着けて、仕太刀は振り冠って上段より打太刀の真向に打込む、打太刀は剣先を右に頭上にて請け留める。互に刀を合わせ元の位置に復し、左膝を着き血振り、右足を引いて納刀す

 福井先生の教えは、「業附口伝」による様ですが、抜き付ける部位が「右腰」では無く「右脛」です。低い位置ですから互の刀が打ち留る間は腰に抜付けるより近く無ければ、当たらない運剣となって稽古になりません。相手の打ち込んで来る色に就き、空振りさせて上から小手を切り落とせばいいでしょう。相打ちの場合、仕が真向に打込むには打を圧する気魄は当然としても打の打ち込まんとする動作に先んじて攻めなければならないでしょう。

 詰合1本目「発早」の業名の「八相」は古伝にも「業附口伝」にも当て嵌まる気がしません。「発早」は漢文ならば「早く発する」意味と読めます。この辺りの心得を教えているかも知れません。

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2022年9月29日 (木)

古伝神傳流秘書4詰合1本目発早

古伝神傳流秘書
4詰合
1本目発早

詰合(重信流也 従是奥之事 極意たるに依而格日に稽古する也)
古伝神傳流秘書詰合1本目「発早」:「楽々居合膝に座したる時相手左の足を引下へ抜付るを我も左の足を引て乕の一足の如く抜て留め打太刀請る上へ取り打込み勝也」

 楽々居合膝に座す、とは是如何になのですが何処にもその座し方の説明がありません。左膝を床に着け足を伸ばし、右膝を床から離した現代の英信流の座し方と解しておきましょう。答えは有りません。
 双方向いあって居合膝に座す時、相手が突然刀に手を掛け左足を退くや抜刀して抜き付けて来る、抜き付ける部位も「下へ抜付る」で
特定していません。居合膝に座した左膝は床に着いた低い位置ですから最初からそんな処を狙って来る筈はありません。
 居合膝に座した我が右肩から右こめかみの辺りが狙い所です。我がすばやく応じて同様に立上りつつ抜刀するならば、相手の刀は我が右膝上から間が近ければ右腰です。
 それならば「我も左の足を引て乕の一足の如く抜て留め」られる。この動作は英信流の2本目「乕一足」:「左足を引き刀を逆に抜き留め扨打込み後前に同じ」で稽古した業を使う事に同じです。
 相手の抜き付けを抜刀して請け留めるや、刀を左から廻して相手の真向に打込む、相手左手を物打辺りの棟に添え請け留める。「打太刀請る上へ取り打込み勝也」ですが、請け留められてしまったのでは「打込み勝」にはなりません。我が打ち込みも立った状態で打ち込むのか、左膝を右足に引き付けて床に着き右足を踏み込んで打ち込むのか、指定されていません。
 状況次第で自由に行え「打込み勝」のだと云うのでしょう。1本目「発早」は抜打ちされた場合の応じ方を学ぶ事が目的でしょう。相手の打込みを刀で応じて留めて見ても、其処から仕太刀が相手の面に打込んでも請け留められて勝負無しです。

 この詰合の「業附口伝」1本目「八相」:「仕打納 (口伝に発早とあり)是は互に鞘に納めて詰合て相向ひに右膝を立て坐する也、互に左足を一足引きて倒様に抜合する也(互に右腰へ抜き付ける)其侭膝をつき仕太刀はかむりて面へ打込也、此の時打太刀は十文字に頭上にて請け止むる也。互に合せ血振ひ足を引き納刀。」

 「業附口伝」の業名は「八相」と書かれています。古伝は「発早」です読みは「はっそう」で同じですが「業附口伝」の業名の意味は、意図する事が伝わって来ません。
 古伝の「早く発する、或いは、発するは早く」で、この業で勝つには、抜き付けられたから留るのではなく、「抜かんとするを留め勝」まで稽古して磨けと云われている気がします。形に終わらせず「砕き(変化)」を求められていると思えれば「詰合」は概ね理解出来たと云えるかも知れません。


 
 

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2022年9月28日 (水)

古伝神傳流秘書4詰合 前書の2 参考書

古伝神傳流秘書
4詰合
前書の2 参考書

 古伝神傳流秘書の「詰合」に入る前に、参考にさせていただいた先生方の書籍を上げさせていただきます。

 1)曽田乕彦写「山川幸雅書写「神傳流秘書寫」文政2年1819年」昭和初期不明直筆
 2)木村栄寿著「林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流伝書集及び業手付解説」昭和57年1982年より
  坪内清助書く「神傳流業手付」天保12年1841年
 3)曽田乕彦記「谷村樵夫自庸相伝「免許皆伝目録」の「業附口伝」」昭和初期不明直筆
 4)河野百錬著「無雙直傳英信流居合道」昭和13年1938年
 5)嶋 専吉述「無雙直傳英信流居合術形乾」昭和17年1942年
 6)山本俊夫述「無雙直傳長谷川英信流居合術極秘」昭和18年1943年直筆コピー
 7)河野百錬著「無雙直傳英神信流居合兵法叢書」昭和30年1955年
 8)政岡壱實著「無雙直伝英信流居合兵法地之巻」1974年昭和49年
 9)太田次吉著「土佐英信流」昭和55年1980年
10)三谷義里著「詳解居合・無双直伝英信流」昭和61年1986年
11
)檀崎友影著「居合道その理合と神髄」昭和63年1988年
12)福井虎雄著「無雙直伝英信流之形」平成3年1991年

 無双直伝英信流居合の組太刀は大江先生の独創されたと思える「太刀打之位」7本ですら、居合を学ぶ者の半分も居ないと想像します。まして「詰合」は居合膝に依る組太刀にも拘わらず、「太刀打之位」を打てる人の一割もいるかどうかでしょう。
 とりわけ難し過ぎる動作と云う訳でもないと思いますが、その奥は「太刀打之位」より難しいと前触れされていたのか敬遠されています。
 居合は何とか段位相当に指導出来る先生は居るが、組太刀は十分指導も出来ず、自分でも稽古してこなかった為と云えるのではないかと思います。
 此処に掲げた先生以外に多くの先生方が居合の教本を書かれていますが、組太刀は不問、「太刀打之位」は書き込んでも「詰合」は不問という居合抜ばかりの先生が多い事を示しているのでしょう。その原因は、居合の段位は居合抜だけで評価される段位制度によるものだろうと思います。
 無雙神傳英信流居合兵法は総合武術であったものが、江戸時代末期には居合抜ばかりが稽古され剣術は別物、柔術、体術も別物とされて明治を迎えてしまったのでしょう。

 「詰合」の稽古の手附は古伝神傳流秘書を原本として「業附口伝」を参考に古伝を稽古して行きます。その際「太刀打之事」で学んだように各先生方の教本の考え方や動作を振り返ってみます。
 稽古の基本は、あくまでも第9代林六太夫守政が土佐に持ち帰った古伝神傳流秘書による「詰合」となります。其れも其の業の基本動作ばかりではなく「砕き(変化業)」も、見えない奥まで読み取って見たいと思います。

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2022年9月27日 (火)

古伝神傳流秘書4詰合 前書の1

古伝神傳流秘書
4詰合
前書の1

 古伝神傳流秘書の書かれている順番は、稽古の順番と考えられますが、現代居合を納められている方の稽古具合から組み立てを少しいじらせてもらい稽古しやすい様にして見ました。
1、古伝神傳流秘書の順番
 1)抜刀心持引歌
 2)居合兵法伝来
 3)大森流居合之事
 4)英信流居合之事
 5)太刀打之事
   6)棒合(坂橋流之棒)
   7)太刀合之棒(坂橋流之棒)
 8)詰合
 9)大小詰
10)大小立詰)
11)大剣取
12)抜刀心持之事
13)夏原流和之事

2、ミツヒラブログによる読み直し
 古伝神傳流秘書
 1)大森流居合之事(2022年1/15初)
 2)英信流居合之事(2022年4/17初

 3)太刀打之事(2022年8/1初

 4)詰合(2022年9/27初)
 5)大剣取
 6)抜刀心持之事
 7)棒合(坂橋流之棒)
 8)太刀合之棒(坂橋流之棒)
 9)大小詰
10)大小立詰
11)夏原流和之事
12)抜刀心持引歌
13)居合兵法伝来

 古伝神傳流秘書には、槍、薙刀などの長物は組み込まれていませんが、他流に残されているところもある様ですから学んでおくのもいい勉強になります。

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2022年9月26日 (月)

無雙神傳英信流居合兵法(神傳流秘書)3、太刀打之事  後書の2古伝太刀打之事が求めた事その2

無雙神傳英信流居合兵法(神傳流秘書)
3、太刀打之事 
後書の2古伝太刀打之事が求めた事その2

 古伝神傳流秘書太刀打之事の1本目から5本目に引き続き、今回は6本目から10本目迄を考えてみます。

6本目「水月刀」:「相手高山或は肩遣方切先を相手の面へ突付て行を打太刀八相へ拂ふ処を外して上へ勝つ或は其侭随て冠り面へ打込み勝も有り」
  「水月刀」の勝口は我が切先を相手の面へ突き付けた正眼の構えでスルスルと間を越さんとする所、相手は高山又は八相ですから我が左上から右脇に我が刀を八相に拂って来るのを、刀を右下に下げて外し即座に左足を左斜め前に踏み込みそのまま右肩から廻打ちに相手の頭上に打込み勝。或いは相手に刀を同様に払わせて当たり拍子に左斜めに踏み込んで相手の頭上に打込み勝ものです。高山から右方向に打込んで来た場合は左下に外し右足を斜め前に踏み込み左肩から廻し打ちする。当たり拍子も同様です。
 この業は、古伝三本目「請流」の勝口そのものでしょう。「・・相手又打たんと冠るを直に其儘面へ突込み、相手八相に拂ふをしたがって上へ取り右の足にて真甲へ勝」しかしここでは払われるに随っていますが6本目「水月刀」では「打太刀八相へ払ふ処を外して上へ勝」が本当の決め手です。

7本目「独妙剣」:「相懸也打太刀髙山遣方切先を下げ前に構へ行場合にて上へ冠り互に打合尤打太刀をつく心持有柄を面へかへし突込み勝」
 「独妙剣」は相手上段、我は我が中心軸に取った下段の構えから間に入るや双方上段に振り冠って打合う、新陰流の合し打ちを思い描きますが「互に打合」ではただの双方の真中で刀合わせかと思えるのですが「尤も打太刀を突く心持有」です。この心持は、古伝5本目「月影」の「遣方右の脇に切先を下げて構へ行く打太刀八相に打つを、切先を上て真甲へ上て突付て留」を更に難しくした、相手真向に打込んで来るのを、下段から摺り上げる「合し打ち」を思い描きます。後は拳を合わせ押し合う拍子に我が柄頭を相手の面へ突込み勝。

8本目「絶妙剣」:「高山に構へ行て打込み打太刀より亦打込むを請て相手の面へ摺り込み相手肩へ取る(請来る時は切先に手をそへ頭の上にて十文字に請け留むるあり)」
 この「絶妙剣」は一本目「出合」の「・・抜合わせ留て打込相手請る」動作を相手打込んで来るのを、相手に正対し右足前でも左足前でも「請来る時は切先に手をそへ頭の上に十文字に請け留」るや体を入り身に変じて相手の刀を摺り落し切先を相手の面に摺り込む極意業です。この業は古伝神傳流秘書の「詰合」の五本目「鱗返」に「・・相手打込むを八重垣(詰合の4本目)如く切先に手を添へ請留直に敵の太刀を摺落し胸を刺す」になります。請けて力任せにねじ落すのとは違います。

9本目「心妙剣」:「相懸也打太刀打込を指すなりに請けて打込み勝也、打込む時相手の刀をおし除ける業あるべし
 相手は上段、我は帯刀し相懸かり間に至るや相手が真向に斬り下すのを、我は刀を抜上げ請け流すや真向に打込み勝。請け流さずに抜き請けに請け留めた場合は、相手刀を押し落す。刀で打ち込まれた相手太刀を受ける様な稽古は興味が沸かない。寧ろ相手の斬り込みを体を躱しながら抜き上げ切り下す事を稽古したいものです。太刀打之事の業は記述に忠実に稽古すると同時に想定出来る変化業をも研究し稽古すべきものと思います。

10本目「打込」:「相懸又は打太刀待処へ遣方より「請?・詰?」て打込勝也」
 「・・遣方より請て打込勝」を解釈すれば、相手待処へ進み行き間に至るや、相手が真向に打込んで来るのを「請」て我も真向に打込勝。と見えてきます。是は相手の打込みに僅かに遅れて我も真向に打込み、相手太刀を鎬で摺り落し我が太刀は相手の頭上に斬り込んで勝。柳生新陰流の「合し打ち」一刀流の「切り落とし」と解釈します。「相手太刀を外した時が斬った時」と心得ます。相手の斬り込みを刀で「がっちり請け」てしまう、或いは相手の太刀を払う様な太刀遣いをしたのでは、相手太刀を止める事は出来ても、其処から再び闘争が始まるようでは、稽古を重ねる意味が無いと思います。

 太刀打之事は、初歩的動作を身に付ける10本の業に見えるのですが、この手附の裏には奥の奥が隠れている様です。何を読み取れるかは力量次第でしょう。
 古伝神傳流秘書による太刀打之事を繰り返し稽古し順番通り決められた通りに動作が出来ても出来た事にはならないでしょう。このブログでも教本を書かれた先生方の動作は夫々微妙に異なっています。古伝の手附は決め事は奥深い条件を示していました。書かれていない部分は幾通りでも自分が書いて見て、稽古して見る事なのだろうと思います。神前での奉納演武や演武会での特別演武として組み立てられたものでは無く、実戦での対敵を相手とした、心と運剣動作を学ぶものです。随って古伝には、礼法作法や足運びなどの決め事は有りません。

 次回は、古伝神傳流秘書より「詰合」を稽古して見ます。

 

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2022年9月25日 (日)

無雙神傳英信流居合兵法(神傳流秘書)3、太刀打之事  後書の2古伝太刀打之事が求めた事その1

無雙神傳英信流居合兵法(神傳流秘書)
3、太刀打之事 
後書の2古伝太刀打之事が求めた事その1

古伝神傳流秘書太刀打之事は10本設定されています。一本目から古伝を読み直し業が求めている事をこれまでの稽古から纏めて行きます。

1本目出合:「相懸りにかゝり相手より下へ抜付るを抜合せ留て打込相手請る右足也」
  帯刀したまま、相懸かりに、間に至るや相手が我が胴下に抜付けて来るを、抜合わせて留めるや即座に打込む、相手は我が打ち込みを右足を前にして請け留める。
 相懸かりに声を発して走り込んでもいない、相手が打ち込んで来る部位は「下へ抜付る」であって膝でも脛でも指定していない。打太刀の動作から即座に請ける拍子に打ち返す事を学ぶ事。更に打ち返しても「相手は右足を前にして請ける」で請け留められてしまう事も学んでおく事が1本目出会のポイントでしょう。
 初心者でも応じられそうな相手の下への抜き打ちですが、胴でも、胸でも、首でも、こめかみでも、或いは抜打ちに左右の肩、頭上もあるもので、1本目の稽古で充分研究して稽古を重ねるべきものでしょう。
 それも受け太刀になるばかりが上手くともそれまでの事で、相手から膝に抜付けられんとするならば、察するや出足を引いて斬り込みを外し、即座に抜刀して小手を斬る等、所謂柳生新陰流で云う「砕き(変化に応ずる)」姿勢を身に付ける事。
 請け留められてしまえば其処から抜き身での剣術が始まる事を知るものでしょう。太刀打之事は演武会用の形では無いと認識すべきでしょう。1本目から様々な変化を思い描き、応じられなければ抜打の抜刀が如何に早かろうと命は全うできない事も知るべきものでしょう。

2本目「附入(附込)」:「前の通り抜合せ相手後へ引かむとするを附入り左の手にて拳を取る右の足なれ共拳を取る時は左の足也」
 1本目同様に相手が抜付けて来るので、抜合わせて留める。相手は請け留められて、態勢を換えんとして「引かむ」とする。
 其の「就色随色」(色に就き色に随う)と云う、敵の動きに随って、1本目出会と違い請けた拍子に切り替えさず、相手の出方を測って附け込んで相手の拳を制する。或いは前の如く斬り込まんと前に出る気を発すれば相手は思わず引かんとするものです。
 拳を制してしまえば、後は我がなすべき事は状況次第で、切先で刺すなり、投げ飛ばすなり、如何様にも為せるものです。何も記述の無いと云う事は自分で考えろと云うのでしょう。
 大江先生は「相手の右手首を逆に持ち下へ下げる、打太刀は其まゝにて上體を稍や前に出し、仕太刀は其れと同時に右手の拳を腰部に當て、刀尖を胸に着け、残心を示す」とされています。形として一つの動作に縛り付けたのでは、活きた剣術は生まれて来ないでしょう。

3本目「請流」:「遣方も高山相手も高山或は肩へかまへるかの中也、待処へ遣方歩行右の足にて出合ふ、打込を打太刀請、扨打太刀の方より少し引て裏を八相に打を左足にて出合ふて留、相手又打たんと冠るを直に其儘面へ突込み、相手八相に拂ふをしたがって上へ取り右の足にて真甲へ勝」
 3本目請流しは、抜刀して我は上段、相手も上段もしくは八相で構えて待つと指定しています。1本目出合、2本目附入で学んだ、相手との切間を外さずに相手の斬り込みに応じる足捌き手捌きを稽古します。前に出るばかりではなく相手は下りつつ斬り込んで来る、我はその動きに随って歩み足での附入りを身に付け、手捌きは右足前の順勢、左足前の逆勢の斬り込みを身に付ける。我はこの業では先に仕掛けて、相手の請けと斬り込みを誘い機を見て突き込むのは、相手が嫌って我が太刀を払う、それに従って(請け流して)勝つのです。
 形稽古の基本的な体裁き刀捌きでしょう。打太刀も請けてから次の動作に入らず、請けた時は斬る時の切っ掛けとしての剣捌きを以って対しなければ「請流」の部分ばかりが浮き上がってしまいます。

4本目「請入」:「前の如く打合相手八相に打を前の如くに留め、又相手より真甲を打を躰を右へ開きひじを切先にて留勝
 3本目同様に我が仕掛け相手が下がり乍ら打ち返す、我がそれを請けるや相手は更に下がって真向に斬り込んで来るので右に体を躱して肱に勝つ。というもので、3本目の「砕き(変化業)」でしょう。

5本目「月影」:「打太刀冠り待所へ遣方右の脇に切先を下げて構へ行て打太刀八相に打を切先を上て真甲へ上て突付て留め互に押相て別れ両方共車に取り相手打をはづす上へ冠り打込み勝」
 この業は大江先生の5本目「鍔止」に似ていますが、其の動作の心持ち、動作そのものも難しい。相手上段に構えて待つ処へ我は右下段に構えてスルスルと間を越すや、相手は上段から右足を踏み八相に斬り込んで来る、我は切先を上げ右足を踏み込み相手の真甲に突き付ける様にして打ち留める。
 即座に拳を合わせ押し合い相手押すに乗じて右足を引いて左車にとる、相手も同様に右足を引いて左車に取る。
 相手は我がどの部位に打込むかは古伝は指定していません。現代では大抵この車は剣道連盟の車に随った「かたち」ですが、古伝は正面右を向いて体を開いた左足前の入り身で、腰を沈め、剣先は稍々下がるも、刃は僅かに斜め下向き、剣先は相手に見せている。
 相手の打ち込む部位は我から誘うならば、左肩、左腰、左膝、左脛でしょう。然し腰から下は、左足を引いてしまえば容易に外されてしまいます。
 現代では車の構えから上段に振り冠って膝や脛に斬り込む様指導されますが、無駄な動作で、振り冠る動作の内に我から斬り込まれてしまいます。現代風にすれば相手は車の構えから上段に冠り目標の腰下の左足部位に斬り込まんとして作動するや、我は左足を退くや上段に振り冠って、相手の斬り込みを外す拍子に真甲に打ち下し勝。と云う事でこの業を古伝に添って取り敢えず稽古を重ねたとしても、無駄な動作は無駄でしょう。
 双方車の構えから、相手は右足を左足に踏み換え同時に我が左肩を切って来る、我は斬り込んで来る相手の刀が左肩に振り下されんとするや左足を退き右足と踏み換え、体を入れ替え相手の斬り込みを外すと同時に相手の小手に斬り込み勝。柳生新陰流三学の一刀両断の心持が望まれます。車に構える前の双方拳を合わせる迄の、剣捌きは相手が左面もしくは左肩を八相に切って来るのを、右下段の構えから摺り上げる如く制して鍔押しに持ち込むと解するもので、右下段から上段に冠り直して打ち合うなどは、古伝の文章からは読み取れません。

 次回に6本目から10本目までの、古伝の思いを探って行きます。
 
 

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2022年9月24日 (土)

無雙神傳英信流居合兵法(神傳流秘書)3、太刀打之事   後書の1

無雙神傳英信流居合兵法(神傳流秘書)
3、太刀打之事 
後書の1

 無雙神傳英信流居合兵法(神傳流秘書)3、太刀打之事 の後書は頭を悩ませます。この流の現代居合の多くの先生方の教本を読みYouTubeを見、実際の形稽古に触れ、古伝神傳流秘書の太刀打之事の10本の形の持つ奥義を理解しないまま稽古して来た分けで、動作を覚えれば出来たとばかりに神前で、或いは大会の演武として真剣を以って演舞したことを恥じるばかりです。
 何もわからない現代人や、優しく大らかな神様はニコニコされて「現代は刀で切り合う事は無い、それでよい」と褒めたたえてくれても、それは此の道を求める事では無いものでしょう。

  仮想敵相手の一人稽古が主となる居合では、ともすると自分に都合よく敵が切られてくれます。太刀打之事は我は仕太刀で敵は打太刀であって対敵意識などの事とは違ってれっきとした人が相手です。
 初心の内は、教えられた形で順番に随って動作を演じれば、出来た事になりそうです。然しその形の持つ意義も知らずに只動作だけ演じて見ても、馴れて来ればスムーズに形が演じられ、其の上速さも力強さも加われば、さらに出来たと錯覚してしまいます。

 新傳流秘書による古伝太刀打之位10本は、非常に簡単に業の意義を述べているばかりです。是では幾つも稽古の動作が出来てしまうでしょうし、形は基本の動作を稽古し身体を形に慣らす事が目的なんだ位に思うような指導者に付けば、その形の意義など何処へやら意味不明の運剣動作でお茶を濁されてしまいます。
 稽古の形を固定化してしまうのは、刀の角度や足の運びの歩数や、打ち込む場所、或いは請ける刀の部位を特定して稽古形を作ってしまい、其れに随って形や動作を稽古して居れば出来たと錯覚してしまうわけです。

 江戸時代後期に作成された、谷村樵夫自庸による「業附口伝」がその稽古形を固定してしまい、業の本来求めるべき奥儀が見えなくなってしまった「業手附」でしょう。それに明治維新と云う大きなうねりが本物を見えなくしてしまったと云えるかもしれません。
 昭和になって、再び武術が見直され、土佐の居合も、大江先生の独創居合や太刀打の位の古伝が見え始めた時、曽田乕彦先生が「業附口伝」を元に太刀打之位を公に演じたり、その写し書きを見せたりしてたちまち「業附口伝」が広まってしまったのでしょう。
 河野先生の昭和13年1938年に出された「無雙直傳英信流居合道」も「業附口伝」を掲載して土佐の古伝は是とばかりに稽古されてしまったのだろうと思います。

 本来の神傳流秘書による古伝「太刀打之事」は戦後10年して、河野先生の「無雙直伝英信流居合兵法叢書」昭和30年1955年によって世に出て来たと云えるでしょう。是は発行部数も少なく今では原本を持つ人も少ないでしょう。戦後教本を書かれた先生方のほとんどが「業附口伝」の真似事であるのも止むおえない事と云えます。

 ミツヒラブログは「古伝神傳流秘書」による「太刀打之事」をベースに土佐の組太刀を見直して来たわけです。ここにご登場いただいた先生方の「太刀打之事(太刀打之位)」は本来第9代林六大夫守政が江戸で習い覚えたものでは無い事を明らかにしただけでその10本の業の奥儀とも云える意義を垣間見たにすぎません。

 次回「後書の2」として一本ずつ振り返ってみます。
 

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2022年9月23日 (金)

無雙神傳英信流居合兵法(神傳流秘書)3、太刀打之事  10本目打込4(檀崎友影)

無雙神傳英信流居合兵法(神傳流秘書)
3、太刀打之事  
10本目打込
4(檀崎友影

・であって
古伝神傳流秘書太刀打之事10本目「打込」:「相懸又は打太刀待処へ遣方より請て打込勝

「業附口伝」太刀打之位10本目「打込一本」:「(伝書になし口伝あり)(留の打込なり仕打中 双方真向に物打にて刀を合はし青眼に直り退く」

檀崎友影著「居合道教本」昭和54年1979年・「居合道ーその理合と神髄」昭和63年1988年太刀打之事(太刀打の位)10本目「打込」:「仕打中段、相進み真向に物打にて打ち合わせ留、青眼に直り五歩退き、血振り納刀す。」

 檀崎先生の太刀打の位10本目「打込」を以って古伝太刀打之事を締めて置こうと思うのですが、土佐の居合「無双直伝英信流居合兵法」は古伝を正しく継承出来ず、武術にならず、剣術の演舞形を稽古して来ただけに終わってしまいそうです。
 第9代林六大夫守政が江戸で修行して、纏められた「無雙神傳英信流居合兵法」の武術としての心得を手に入れる事は、明治以降の現代居合では如何に師匠の教えに従ったとしても届かない、そんな気分に侵されてしまいます。
 それは、スポーツ化した勝負にこだわる竹刀剣道や、仮想敵相手の形に拘っただけの居合を下地にしていたのでは無理かもしれません。まして、大道芸化した早抜きや寸刻みの斬り込みなどでもないでしょう。
 古流剣術にしても、数ある稽古形を覚えただけで允可された目録保持者では、形(かたち)を演ずるのが精一杯でその形の秘めた極意は伝えられそうも無い。

 檀崎先生の教本は「相進み真向に物打にて打ち合わせ留」で、その動作は、江戸末期に書かれた谷村派の傍系谷村樵夫自庸による「業附口伝」の「双方真向に物打にて刀を合はし」てどちらも古伝の「遣方より請て打込勝」が出来ていないでは無いですか。教本の写真では言われた通り双方の間の真中で、物打で刀を合わせ止まっています。その切先の放物線上に相手の頭は無い。打込み勝てていれば仕太刀の物打が打太刀の頭上で留まり、打太刀の刀は物打が仕太刀の頭上に当たる筈が左右何れかに摺り落されているのでなければ「請て打込勝」にはならないのです。
 実戦では我が刀は敵の頭上に斬り下され顎の下で留まり、敵の刀は左右何れか我が肩をかすめる程に摺り落ちる。我は古伝の「遣方より請て打込勝」事が出来たのです。

 この「打込」の手附で、前回の竹嶋壽雄先生のお弟子さん福富麒六先生の写真では、双方の物打が相手の頭上に斬り込まれる位置に刀刃が合わされています、物打より下部で鍔近く接しなければ刀刃斬り込めない。双方の間合は右足踏み込んで斬り得た場合体軸間で三尺が目安でしょう。
 この教本の手附に「(上段で相打ちの状態、刀がお互いを認知した状態で自然に止まる)原文のまま・・」苦肉の一節だろうと思います。武術の持つ師匠の教えを少しも違えないもの、と云う「べき論」の為せるものかも知れません。
 
「業附口伝」の「双方真向に物打にて刀を合はし青眼に直り退く」は、書かれていない動作を書き込めば「双方真向に斬り込み相手の頭上にて打ち留め、物打にて刀を合はし青眼に直り退く」稽古の動作はこの様でなければ如何に稽古を重ねても意味の無いものです。

 河野先生の「無雙直傳英信流居合道」昭和13年1938年の太刀打之位10本目「打込」では(以下記す所は當流古傳の略述にして文責筆者に在り)とされ:「双方共も真向に物打にて刀を合はし、青眼に直りて退く也」として原文は無い、句読点の位置が河野先生の理解された「打込」なのでしょう。是では間が抜けてしまい真向打込む意味は無さそうです。
 この時河野先生が古伝神傳流秘書をご存知であれば「あらぬ方向」に進む事は無かったかもしれません。

 

 

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2022年9月22日 (木)

無雙神傳英信流居合兵法(神傳流秘書)3、太刀打之事  10本目打込3(竹嶋壽雄)

無雙神傳英信流居合兵法(神傳流秘書)
3、太刀打之事  
10本目打込
3(竹嶋壽雄


古伝神傳流秘書太刀打之事10本目「打込」:「相懸又は打太刀待処へ遣方より「請?・詰?」て打込勝

「業附口伝」太刀打之位10本目「打込一本」:「(伝書になし口伝あり)(留の打込なり仕打中 双方真向に物打にて刀を合はし青眼に直り退く」

 竹嶋先生の太刀打之事(太刀打之位)10本「打込」は福留麒六著「土佐英信流居合」平成28年2016年組太刀英信流太刀打之位より「打込」:「相八相又は中段にて相進み間合いにて上段に振り冠り正面に切り結び、刀が互いを認知するや打留める。互に正眼となり五歩退き血振り納刀」

 竹嶋先生指導による「打込」は、「業附口伝」によると思われます。双方相進み、間に至れば真向から打込み、双方の刀が触れ合うと同時に,打ち留めてしまうとするものです。互に相手の中心線上の頭上へ打込むのでしょう。鎬が触れ合うや打ち留てしまう分けで、勝負は無い。
 古伝は、打太刀待つ処へ歩みより、打太刀が上段から真向に斬り込んで来るや仕太刀は其れを「請けて」真向に斬り下し、仕の太刀が打の太刀を打ち外す「極意技」を示唆して居ます。土佐の居合が第9代林六太夫守政によってもたらされ、その覚書を第10代林安太夫政詡が書き留めたものです。六太夫の教えは江戸で習い覚えた第8代荒井勢哲清信の居合と大森六郎左衛門による真陰流の剣術及び居合によるものです。新陰流か真陰流かの判断は既に失念されて定かではありませんが、神傳流秘書を含む目録類の随所に「柳生新陰流」の用語や心得が見られるところから、私は「柳生新陰流」の教えを受けたと判断しています。
 従ってこの「打込」は柳生新陰流の「合し打ち」によって、打太刀の真向への打込みを、仕太刀は僅かに遅れて同様に真向に打込み、打太刀の刀に乗って摺り落す、極意業を示しているものと理解します。

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2022年9月21日 (水)

無雙神傳英信流居合兵法(神傳流秘書)3、太刀打之事  10本目打込 2(政岡壱實)

無雙神傳英信流居合兵法(神傳流秘書)
3、太刀打之事  
10本目打込
2(政岡壱實


古伝神傳流秘書太刀打之事10本目「打込」:「相懸又は打太刀待処へ遣方より「請?・詰?」て打込勝也

「業附口伝」太刀打之位10本目「打込一本」:「(伝書になし口伝あり)(留の打込なり仕打中 双方真向に物打にて刀を合はし青眼に直り退く」

政岡壱實著「無雙直傳英信流居合兵法地之巻」太刀打之事(無双直伝英信流居合兵法之形 太刀打之位)10本目打込:「(切り結ぶのみ)相懸り又は打の待つ処へ遣方より請て打込み勝也 構打太刀中段、仕太刀中段 双方間に入り正面へ切り結ぶ(打は」待っても可)。仕打太刀を合わす。右に開いて納刀、終りの作法。注:「伝書になし、口伝に留の打也と)」

 政岡先生の「打込」は手附は古伝神傳流秘書なのですが、注:の部分は「業附口伝」そのものです。
「業附口伝」は江戸時代末期のもので既に古伝の武術としての心を無くした「形」であり「かたち」に陥っているとしか言いようは有りません。どの剣術の流でも、江戸末期には既に武術としての内容は「手附」からは読み取れないもので、本物を「失念」した武的「かたち」と思われます。
 それは自流の奥儀は一部の弟子以外は伝授せずに隠して来た事によると思われます。それにより知ったかぶりの兄弟子がしかとして後輩に指導するのを許した結果でもあるでしょう。
 古伝神傳流秘書の文章と睨めっこしていますと、その業が求める心持に極意が見えて来るはずです。極意に至る論理が見えても厳しい稽古を重ねなければ業の求める極意は身に付くはずは無いでしょう。
 残念ながら政岡先生の手附では「仕打太刀を合わす」で、物打辺りで鎬を摺り合わすなら未だしも、刃と刃で打ち合わしたのでは「留の打也」でしょう。「留」てしまったら、其処から又斬り合いが始まってしまいます。

 古伝は、構を特定していませんが、中段ならば間境で上段に振り冠る、或いは初めから上段に振り冠って相進むか、打太刀待つ処へ仕太刀進み行き、間に至れば、打太刀が頭上に打込んで来るのを察知して、同様に打太刀の頭上に打込み打太刀の刀に乗って摺り落して勝、と読めてきます。所謂柳生新陰流の合し打ちです。
 刀を合わせる様に受け太刀になって切り結んではいません。「業附口伝」の様に双方真直ぐに相手の頭上に打込み物打ちが触れ合う処で手を絞めて打ち留るのとも違います。実戦では顎の下まで切り下ろすのですが、稽古では敢えて言えば、打太刀の打ち込みに一瞬遅れて打込み打太刀の頭上に当たる寸前で寸止めするのです。決して相手の刀を払ったり、受けたりしては成らない極意業です。
 

 

 

 

 

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2022年9月20日 (火)

無雙神傳英信流居合兵法(神傳流秘書)3、太刀打之事  10本目打込1(福井春政)

無雙神傳英信流居合兵法(神傳流秘書)
3、太刀打之事  
10本目打込
1(福井春政)

古伝神傳流秘書太刀打之事10本目「打込」:「相懸又は打太刀待処へ遣方より「請?・詰?」て打込勝也」

「業附口伝」太刀打之位10本目「打込一本」:「(伝書になし口伝あり)(留の打込なり)仕打中 双方真向に物打にて刀を合はし青眼に直り退く」

第19代福井春政先生の太刀打之事(太刀打之位)は嶋専吉先生の土佐での修行による覚書「無雙直傳英信流居合術形乾」昭和1年1942年に残されています。
 太刀打之事10本目「打込」は、太刀打之位10本目「留之剣打込1本、但し傳書になし):「仕打共に中段 相進み間合いに至り真向より物打ち辺りにて軽く打ち合い(激しく音を立てず静かに)、青眼になり残心、血振い、納刀。」補足に前進し正座し刀礼、後退し対立の上相互に黙礼、神前の礼にて退場す。」(嶋先生の覚書よりミツヒラ書く)

 福井先生の「留之剣」は(打込1本)と補足されていますので「業附口伝」によるものでしょう。恐らく福井先生も曽田乕彦先生の持たれている「業附口伝」を参考にされたと思います。それにしても大江先生の直弟子で第19代の道統を引き継いだはずなのに大江先生の「英信流居合の型」7本目「真方」を指導して居ないのは何なのでしょう。
 河野先生は第18代穂岐山波雄先生に大江先生の「真方」を習い、昭和18年1943年の大日本居合道図譜では「無雙直伝英信流居合道形(太刀打の位)」7本目「討込」として掲載しています。
 河野先生も曽田先生との交流もあって、昭和13年1938年に「無雙直傳英信流居合道」には大江先生の「太刀打の位」7本と「業附口伝」の「太刀打之位」10本を載せて居ます。大江居合を古伝に戻そうとする動きが芽生えていたのかも知れません。道統を引き継ぐには大江居合を表にせざるを得なかったかも知れません。

 福井先生の「留之剣」は双方同時に真向に打ち下し、物打付近で打ち止めるもので、稽古業としてこの程度で止めたのでしょう。古伝は柳生新陰流の「合し打ち」を匂わせる手附です。その心を稽古に匂わせたのでしょう。古伝に依る土佐の居合には柳生新陰流がちらつくのを、強く感じる「打込」です。大江先生の「真方」では感じられない処です。

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2022年9月19日 (月)

無雙神傳英信流居合兵法(神傳流秘書)3、太刀打之事  10本目打込

無雙神傳英信流居合兵法(神傳流秘書)
3、太刀打之事  
10本目打込

古伝神傳流秘書太刀打之事10本目「打込」:「相懸又は打太刀待処へ遣方より「請?・詰?」て打込勝也」

「業附口伝」太刀打之位10本目「打込一本」:「(伝書になし口伝あり)(留の打込なり)仕打中 双方真向に物打にて刀を合はし青眼に直り退く」

 太刀打之事10本目は古伝は「打込」ですが「業附口伝」は「打込一本」です。古伝は双方の構えは特に記載されていません。前の業「心妙剣」の終了についても記載がありませんから、上段でも中段でも八相でも、納刀してでもいいのでしょう。
「業附口伝」は「仕打中」ですから中段でしょう。
 古伝は相懸又は打太刀待、「遣方より請て打込勝」と読みましたが、河野先生も「請て打込勝」です。曽田先生の手書きの文字は言べんにつくりは青の草書体です。
「請」で読みますと、「相懸かり又は打太刀待処へ(双方歩み行き、打太刀の打ち込むのを)遣方より請けて打込勝也」と云う補足を入れれば、是は柳生新陰流の「合し打ち」そのものになります。
「詰」で読みますと、「相懸かり又は打太刀待処へ遣方より詰めて打込勝也」と読めますので遣方が間を詰めて打込勝、となるでしょう。柳生新陰流の「
合し打ち」を知らない人ならば、遣方の方が剣勢が勝っているのだろう、その様に力を込めて打込もうとするでしょう。その上力強いものが勝ってしまうのだから、双方の間の中間で「刀を止めて合わせばよい事」としてしまうでしょう。それが「業附口伝」の「双方真向に物打にて刀を合はし」勝負無し、として何の業技法も無い「かたち」にしてしまうのでしょう。

 読み取りにくい、古伝の文章ですが、太刀打之事の10本目「打込」は打太刀からの真向への打込を仕太刀も真向に打込む、相手の刀に乗って摺り落し勝。
 極意業の修練であって出来てはじめて太刀打之事の目録を得られると読んでおきます。くれぐれも「請て」なのだから相手の真向への打込みを、刀を斜めにして請け留めたのでは「勝」にはなりません。「請」は留ではなく。拍子を「合わせ乗る」なのです。

 大江先生の「英信流居合の型」7本目「真方」:「打太刀は其儘にて左足をだして八相となり、仕太刀は青眼のまゝ左足より小さく五歩退き上段となり、右足より交叉的に五歩充分踏み込みて、打太刀の真面を物打にて斬り込む、打太刀は右足より五歩出で仕太刀を斬り込むと同時に左足より右足と追足にて退り、其刀を請留める、互に青眼となり打太刀は一歩出で仕太刀は一歩退り、青眼のまゝ残心を示し互に五歩引き元の位置に戻り血抜ひ刀を納む。」

 大江先生の創作なのか他流の形の引用なのか解りません。仕打共に打込まんと間に入ったが、仕太刀の打込が勝ると見て、斬り込もうとした打太刀は、左足を退き右足を退き付け頭上にて十文字に請け留めてしまう。凄い打太刀の反応ですが、是だけの動作が出来るならば「合し打ち」しても勝てるでしょう。十文字に請け留めてしまっては其処から又「チャンバラ」が始まってしまいそうです。

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2022年9月18日 (日)

無雙神傳英信流居合兵法(神傳流秘書)3、太刀打之事  9本目心妙剣5(加茂治作)

無雙神傳英信流居合兵法(神傳流秘書)
3、太刀打之事  
9本目心妙剣
5(加茂治作)

古伝神傳流秘書太刀打之事9本目「心妙剣」:「相懸打太刀打込を指すなりに請けて打込み勝也、打込む時相手の刀をおし除ける業あるべし

業附口伝9本目「心明剣」:「仕納、打上、是も相掛りにても相手待ちかけても苦しからず、敵は真向へかむり我鞘に納めすかすかと行也其時我片手にて十文字に請る也、其儘に敵引也、すぐに我打込み勝也、気合大事也、云々、最後に打込む時は敵の刀を押し除ける様にして左足を踏み込、敵の首根に打ち込む

加茂治作著「居合道入門」昭和43年1968年太刀打之事(英信流太刀打ちの位)9本目「心明剣・心妙剣」:「心明剣(略説):上段納刀正面からくるのを業受(抜受の誤植か)けにし、相手が退こうとするので左手を柄にかけ、刀を押しのけるようにかぶり、左足を踏み込んで首根を打つ。
 心妙剣(詳説):打太刀は左上段、仕太刀は納刀のまま。
1、出合うなり打太刀は正面、仕太刀は抜受けで止める。(注意)刀をひたい前に一文字に抜き、刃の中央で受け止める。鍔近くで受けると、次の動作に移りにくい。
2、仕太刀は、直ちに左手を柄頭にかけて引きおろし、右下へまき落とす。刀先は、上から右下うしろ左上を回るように右足を踏み込み、体をひらいて、首根を斜めに斬る。
3、刀を合わせて退く。・・・」

 加茂治作先生は土佐の山本晴介先生に師事されていたと仰っています。
 業名は当初「心明剣」と略説にはされていますが、詳説では古伝の業名「心妙剣」とされています。後に出された「無双直伝英信流居合道」では「心妙剣」とされています。
 相手の打込みを抜き請けに額前で十文字に受け止め、左手を柄に掛け、右下に押し落とし、刀を右から後ろ左と廻して左足を踏み込み相手右首根を打つ、という動作の流れでしょう。動作の基本は「業附口伝」によると思われます。「業附口伝」には、打太刀が仕太刀の真向に打込む處仕太刀が十文字に受けたので「敵引」のですが、この打ち込んだ敵の刀に「ふっと」力が抜ける瞬間に押し落事は容易でしょうが、中には押し込んで来る事も有るでしょう。その場合はこの加茂先生の「押し除ける」動作が容易とは思えません。押し除けたとしても、「押し除けるや廻し打つ」一連の動作は十分稽古が必要でしょう。
 形は動作と順番に縛られ、なれ合いに陥り意味の無い動きになってしまいます。打太刀も余程の手練れであるべきです。

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2022年9月17日 (土)

無雙神傳英信流居合兵法(神傳流秘書)3、太刀打之事  9本目心妙剣 4(檀崎友影)

無雙神傳英信流居合兵法(神傳流秘書)
3、太刀打之事  
9本目心妙剣
4(檀崎友影)

古伝神傳流秘書太刀打之事9本目「心妙剣」:「相懸也打太刀打込を指すなりに請けて打込み勝也、打込む時相手の刀をおし除ける業あるべし

業附口伝9本目「心明剣」:「仕納、打上、是も相掛りにても相手待ちかけても苦しからず、敵は真向へかむり我鞘に納めすかすかと行也其時我片手にて十文字に請る也、其儘に敵引也、すぐに我打込み勝也、気合大事也、云々、最後に打込む時は敵の刀を押し除ける様にして左足を踏み込、敵の首根に打ち込む也。

檀崎友影著「居合読本」昭和54年1979年、「居合道その理合と神髄」昭和63年1988年太刀打の位「心明剣」:「仕太刀帯刀、打太刀上段にて相進み、間合いにて打太刀右足を踏み込んで真向より討込んで来るを、仕太刀右足を踏み込み抜刀するや右片手で抜き請けに十文字に受ける。
 打太刀退くところ仕太刀物打ち辺に左手を添えて打太刀の刀を押し除ける様にして左足を踏み込み打太刀の首根に討ち込む。仕太刀二歩退き、相正眼となり五歩後退し血振り納刀」

 檀崎先生の業名は「心明剣」ですから参考にされたのは古伝では無く「業附口伝」だろうと思います。打太刀が打ち込んだ処、仕太刀が抜き請けに受け止めたので、体を退かんとして刀を緩めた処、仕太刀は即座に左手を物打辺りに手を添え、打太刀の刀を押し除けるや、左足を踏み込み打太刀の首根に討ち込む。左手を物打辺りの棟に添えて、押し除ける動作が見えませんが、相手の刀を押し除けた仕太刀の切先が相手の首根に斬り込まれるならば、今迄の先生方と違って、押し除けた時が斬った時となり、古伝の趣が出ていると思います。押しのけて置いて改めて振り冠って斬るのでは、初心者向きの方になってしまうと思います。文章表現によりますが「打太刀の刀を押し除ける様にして(から)左足を踏み込む」のでは二拍子となり今迄の先生方と変らないと思います。
 抜き請けに右片手で十文字に受けた瞬間に左手を物打辺りの棟に添えるや左足を踏込み、摺落し(押し除け)切先を相手の首根に付ける(打ち込む)と出来れば古伝の想いが生きて来そうです。「押し除ける様」であって、「押し除ける」そのものでは無いと考えて稽古をしてみたいものです。

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2022年9月16日 (金)

無雙神傳英信流居合兵法(神傳流秘書)3、太刀打之事  9本目心妙剣3(竹嶋壽雄)

無雙神傳英信流居合兵法(神傳流秘書)
3、太刀打之事  
9本目心妙剣
3(竹嶋壽雄)


古伝神傳流秘書太刀打之事9本目「心妙剣」:「相懸打太刀打込を指すなりに請けて打込み勝也、打込む時相手の刀をおし除ける業あるべし

業附口伝9本目「心明剣」:「仕納、打上、是も相掛りにても相手待ちかけても苦しからず、敵は真向へかむり我鞘に納めすかすかと行也其時我片手にて十文字に請る也、其儘に敵引也、すぐに我打込み勝也、気合大事也、云々、最後に打込む時は敵の刀を押し除ける様にして左足を踏み込、敵の首根に打ち込む也。

 竹嶋壽雄先生の太刀打之位はお弟子さんの福富麒六先生著「土佐英信流居合」組太刀英信流太刀打之位に見られます。その9本目「心妙剣」:「打太刀八相、仕太刀納刀 相懸かりに進み打太刀間に至れば上段に振り冠って、仕太刀の真向に打込む、仕太刀大森流9本目月影の要領で、右足を踏み込んで打太刀の斬り込んで来る刀を受け止める。
 仕太刀左手を柄に掛け、打太刀の左肩の方に体重を乗せて押し落すや、左足を踏込み体を右に開き上段に振り冠って打太刀の正面を斬る
 双方正眼に構え中央に戻り残心。」

 竹嶋先生の教えは「心妙剣」ですから古伝の「心妙剣」と業名は同じです。打太刀八相とされていますが、添付写真では「上段」と書かれて居ます。写真は左半身の上段の様に見えます、上段から一歩踏み込んだ処でしょうか。
 仕太刀は打太刀に真向に斬り込まれ、抜受けに右片手で打太刀の刀を受けています。この状況では抜き請けに相手刀を受けるよりも、相手の小手を、切り上げるか、抜打ちに斬った方が良さそうです。然し、とりあえず形ですから随っておきましょう。古伝の心持からこの場を演ずれば、相手上段から斬り込んで剣先45度で我が頭上に振り下されんとする寸前に刀を抜き上げ、当たり拍子で摺落してしまうか、振り下される刀を抜き打ちに相手の右から左に打ち払うか、がっちり受けた瞬間に左手を刀の物打下に添え体を入れ替えて摺り落すでしょう。いずれにしても当たり拍子に相手の刀を外してしまうものです。
押し落にしても、我が拳が相手より低い位置にあったのでは難しそうです。形では、打太刀が力を緩めてくれるので出来たと思ってしまう稽古は好ましいと云えません。
 古伝は、得られるべき結果を記述しているので、動作は自ら考えて行うべきと思います。左足を摺り込んで相手刀を外したならば、右足を踏み換え、古伝は「打込」で「業附口伝」は「敵の首根に打込む」、竹嶋先生は「左足を踏込み体を右に開き上段に振り冠って打太刀の正面を斬る」です。足捌きは、前の動作に準じているならば、「右足を踏込み打太刀の斬り込んで来る刀を受け止め」・「左足を踏込んで押し落とし」・右足を踏込んで正面を斬る」でしょう。
 稽古が進めば「左足を踏み込んで相手の斬り込んで来る刀を受けるや、右に摺り落し、右から振り冠って右足を踏み込み打込む。」間が近い、或いは拍子によれば、足の踏み換えは有効です。
  

 

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2022年9月15日 (木)

無雙神傳英信流居合兵法(神傳流秘書)3、太刀打之事  9本目心妙剣 2(政岡壱實)

無雙神傳英信流居合兵法(神傳流秘書)
3、太刀打之事  
9本目心妙剣
2(政岡壱實)

古伝神傳流秘書太刀打之事9本目「心妙剣」:「相懸打太刀打込を指すなりに請けて打込み勝也、打込む時相手の刀をおし除ける業あるべし

業附口伝9本目「心明剣」:「仕納、打上、是も相掛りにても相手待ちかけても苦しからず、敵は真向へかむり我鞘に納めすかすかと行也其時我片手にて十文字に請る也、其儘に敵引也、すぐに我打込み勝也、気合大事也、云々、最後に打込む時は敵の刀を押し除ける様にして左足を踏み込、敵の首根に打ち込む也。

政岡壱實著「無雙直傳英信流居合兵法」昭和49年1974年太刀打之事(太刀打之位)9本目「心明剣」:「(正面を抜請にして刀を払って首を切る){相懸り也打太刀打込むを抜なりに請て打込み勝也}構え打太刀左上段、仕太刀納刀のまま。
 打太刀間に入り仕太刀の正面を打つ、仕太刀間に入り抜請て留る(額前で十文字に刃は上向)直ちに左手を柄頭にかけつゝ左足をふみ込み体を開きながら刀を右下にまき落し、刀を後からまわして首根を斜に切る。打太刀左にまき落されて上体は前に傾く
 双方太刀を合し五歩退く(打は引かずまつも可)」

 政岡先生の業名は「業附口伝」の9本目「心明剣」ですから、業の基本は古伝神傳流秘書の「太刀打之事」では無い様です。但し{打太刀打込を抜くなりに請て打込み勝也}の手附の文言は古伝のものです。
 打太刀の構えは「左上段」ですが古伝にも「業附口伝」にも指定されていません。「左上段」の構えは、剣尖を左に傾けた上段と思いますが、その様な構えを打太刀にさせる意味があるとは思えません。或いは左足前に出した上段です、是は右足を踏み込んで打込む形ですが、ここでこの左足前の上段とする意図が伝わって来ません。
「仕太刀の正面を打つ」のですから「左上段」から「上段」に構え直して、真向に打ち下ろすのでしょう。或いは右足を踏み込んで真向に打下すのでしょう。
 仕太刀は右足を踏み込み、額前で刀を水平刃を上にして十文字に受けるのですから、水平に抜き出し、右手を上に上げて十文字請するか、刀を上に抜上げ十文字請けするかでしょう。
  請るや左手を柄頭に添えて、我が右、敵の左に左足をふみ込んで巻き落とし、刀を後から廻し打ちに(右足をふみ込んで・・書かれていませんが)首根に打ち込む。

 「敵の刀を押し除ける様にして左足を踏み込首根に打ち込む」のが古伝の動作です。政岡先生は「左足をふみ込み体を開きながら刀を右下に巻き落とす」なので左足の踏み込みが巻き落としに使われてしまい、相手に打ち込むには右足を踏み込む事が自然に出てしまいます。間が近ければ踏み換えでも良いでしょう。
 古伝は、相手の刀を「押し除ける」と云うのですから、「右足を踏み込み抜刀して額前に十文字請けするや、左手を物打ち下部に添え左足を踏込み押し上げる様にして摺上げ、右足を踏込んで摺り落し廻し打ちに相手の首根に打ち込む」いわゆる受流しの変形が使えます。
 或いは「左足を踏み込み抜刀し額前に十文字請けするや、左手を物打下部に添え、体を左入り身に替え相手太刀を右下に摺り落し、直ちに八相に振り冠って右足を踏出し左足を引いて相手の首根に打ち込む」こんな事も出来る筈です。
 「押し除ける」の文言に固執して、力で巻き落す様な事は如何なものでしょう。古伝は極意業を敢えて秘したと思いたい処です。

 

 

 

 

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2022年9月14日 (水)

無雙神傳英信流居合兵法(神傳流秘書)3、太刀打之事  9本目心妙剣1(福井春政)

無雙神傳英信流居合兵法(神傳流秘書)
3、太刀打之事  
9本目心妙剣
1(福井春政)


古伝神傳流秘書太刀打之事9本目「心妙剣」:「相懸也打太刀打込を指すなりに請けて打込み勝也、打込む時相手の刀をおし除ける業あるべし

業附口伝9本目「心明剣」:「仕納、打上、是も相掛りにても相手待ちかけても苦しからず、敵は真向へかむり我鞘に納めすかすかと行也其時我片手にて十文字に請る也、其儘に敵引也、すぐに我打込み勝也、気合大事也、云々、最後に打込む時は敵の刀を押し除ける様にして左足を踏み込、敵の首根に打ち込む也。

 福井春政先生に指導を受けられた嶋専吉先生の覚書「無雙直傳英信流居合術形乾」昭和17年1942年太刀打之事(太打之位)9本目「心明剣」:「仕太刀納刀、打太刀上段にて相掛りに進み、打太刀上段より右足を踏み込み仕太刀の面に打込む、仕太刀右足を踏み込みつつ刀を上に抜刀して頭上で十文字に受け止める。打太刀止められて、其の位置で体を僅かに後方に退く其の引き際に、右片手にて打太刀の刀を右下に押し除ける様に払い落し、刀を右から廻して上段になり左足を打太刀の右に踏み込み打太刀の首根に打ち込む。
 この業「気合大事」と云われ心すべし。
 尚この形には仕太刀諸手で打ち払う、或いは左足を踏み込んで振り払い打込む事有。工夫有るべし。刀を合せ五歩退く」(嶋専吉先生の覚書を元に書き加えてあります)

 福井先生の「心妙剣」は「心明剣」と書かれて居ますから「業附口伝書」に依るのでしょう。打太刀の上段からの打込みを、頭上で受け止めてしまっています。打太刀が体を引く瞬間の弛む隙をつかんで、右片手で右下に押し落としています。気合大事の一コマでしょう。形として演じる心持であれば、打太刀も押し落しやすい様に、弛みを使ってくれるでしょうが、それではいくら稽古しても、実戦には役立たないでしょう。首根への打込みの左足の踏み込みは逆袈裟の要領ですが、打太刀が足は打ち込んだ時の状況であれば、左足は踏み込まず、右足と踏み換えないと、接近し過ぎてしまいます。
 稽古の初めは、福井先生の教えで間と間合、拍子を掴んで、請けた時が斬った時となる程に稽古を積みかさねるべきでしょう。刀でガチンと刀を請ける稽古は好みません。

 

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2022年9月13日 (火)

無雙神傳英信流居合兵法(神傳流秘書)3、太刀打之事  9本目心妙剣

無雙神傳英信流居合兵法(神傳流秘書)
3、太刀打之事  
9本目心妙剣

古伝神傳流秘書太刀打之事9本目「心妙剣」:「相懸也打太刀打込を指すなりに請けて打込み勝也、打込む時相手の刀をおし除ける業あるべし

業附口伝9本目「心明剣」:「仕納、打上、是も相掛りにても相手待ちかけても苦しからず、敵は真向へかむり我鞘に納めすかすかと行也其時我片手にて十文字に請る也、其儘に敵引也、すぐに我打込み勝也、気合大事也、云々、最後に打込む時は敵の刀を押し除ける様にして左足を踏み込、敵の首根に打ち込む也。

 古伝は「神妙剣」です。「業附口伝」は「心明剣」読みは「しんみょうけん」でしょう。「しんめいけん」でも意味は通じますが「心を明らかにする剣技」ではこの業の心は通じ難そうです。
 古伝は仕太刀納刀、打太刀も納刀でも、抜刀して上段に構えて歩み寄ってもいいのでしょう。双方相懸かりです。
「業附口伝」の様に上段に構え待つ所へ仕太刀は納刀したまま間境を越えると云うのも稽古して見る意味はありそうです.
 相懸かりで打太刀上段に構えて進み仕太刀納刀したまま進む。
 或いは双方納刀したまま歩み寄り、打太刀が刀を抜上げ真向から打下すを、仕太刀抜き請けに受け流すや斬り込み勝。既に大森流で請流も摺落も稽古してきているのですから出来て当たり前です。打ちこまれる際仕太刀は、真っ直ぐ歩きつつ受け流すのも、右に体を外しながら受け流すのも出来る筈です。
 「業附口伝」で打太刀は打ち込んで、仕太刀に受け止められたので、その瞬間「其儘に敵引く」の手附に随うならば摺り落す事も無く、相手の引くに従って巻き落とす様に右に相手刀を外し、振り冠って打ち込む事も出来そうです。
 古伝の場合の「業」は、請流が充分出来れば不要な動作でしょう、敢えて業として稽古するとしても、相手の刀を頭上でがっちり受け止めてしまい、力任せに右に巻き落とすのは演舞ならばいざ知らず、やるべき技とは思えません。とは言えやれと云うのですから、右足を踏み込んで抜き請けに頭上で受け止めるや、左手を物打に添え、左足を踏み込み右に巻き落とし、敵退くところを右から刀を廻し振り冠り、左手を柄に掛けて打太刀の頭上に振り下す。前回の8本目「絶妙剣」を取り入れるのも「神妙」でしょう。

 この「神妙剣」は第17代大江正路先生の「剣道手ほどき」の英信流居合の型6本目「請流」に残された様です。:「刀を腰に差したるまゝ、静に出で打太刀は刀を抜きつゝ左、右足と踏み出し上段より正面を斬り、體を前に流す、仕太刀は左足を右足の側面に出し、刀を右頭上に上げ受け流し左足を踏み変へ右足を左足に揃へて體を左へ向け打太刀の首を斬る、仕太刀は左足より左斜へ踏み、打太刀は左足より後へ踏み、退きて青眼となり次の本目に移る。」

 大江先生の「請流」は、至極自然な応じ方で、見事なものです。重信流として伝わっている「抜刀心持之事」にある「弛抜」:「如前(納刀の侭)歩み行敵より先に打を躰を少し開き弛して抜き打に切る也」に至れば稽古の遣り甲斐もまして来ると思えます。

 

 

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2022年9月12日 (月)

無雙神傳英信流居合兵法(神傳流秘書)3、太刀打之事  8本目絶妙剣4(檀崎友影)

無雙神傳英信流居合兵法(神傳流秘書)
3、太刀打之事  
8本目絶妙剣
4(檀崎友影)

古伝神傳流秘書太刀打之事8本目「絶妙剣」:「高山に構へ行て打込み打太刀より亦打込むを請て相手の面へ摺り込み相手肩へ取る(請来る時は切先に手をそへ頭の上にて十文字に請け留むるあり)」

谷村樵夫自庸先生相伝免許皆伝目録従実兄小藤亀江傳来「業附口伝」太刀打之位8本目「独妙剣」:「山川先生の秘伝には絶妙剣とあり 是も同じく抜也 敵待かけても相掛りにても不苦 八相にかたきてスカ〵と行場合にて打込也其時敵十文字に請け又我が真向へ打込也其時我又本の侭にて請け面へ摺り込み勝也(我請たる時は左手を刀峯に當て次に摺り込み勝也)摺り込みたる時敵刀を右肩にとる也」

 檀崎友影著「居合道その理論と神髄」昭和63年1988年組太刀の部太刀打の位「独妙剣」:「仕打八相で相進み、仕太刀間合いにて打込む、打太刀右足を右横に踏み換えながら十文字に受け、直ちに仕太刀の真向に打込む、仕太刀左手を刀の物打辺りの棟添えて、頭上に受ける、請けるや打太刀の面に切先を摺り込んで勝。仕太刀二歩退き、相正眼となり、五歩後退して血振り納刀する。」

 檀崎先生の「独妙剣」は「業附口伝」の教えに依るものなのか、業名が「業附口伝」と同じになっています。古伝は高山(上段)にて相進み、仕太刀から真向に打ち込んでいます。
 檀崎先生は八相の構えで相進み仕太刀が同様に打込んでいますが、相手の左こめかみに打ち込むのか、一旦上段に振り冠って真向に打ち込むのか記載は有りません。
「十文字に受け」と有りますが、八相の打込みでも刃と刃を合わせる打ち合いでは十文字に受けると一般的に言いますから、記載無ければどちらでも良いでしょうが、仕太刀が先に上段に振り冠れば打太刀が八相から仕太刀の肘に楽々打込めるでしょう。
 又この時の上段とは、切先上りの上段なのか、英信流の体軸に45度切先下がりの上段なのかふと迷います。無双直伝英信流の上段の深い振込は見ていても隙だらけで、好ましいとは思えません。切先が天を突く上段であるべきでしょう。
 打太刀の反撃を、仕太刀は刀に左手を添えて頭上に受けるのですが、相手との間合が近くでも丁度良いとしても、頭上より額の前辺りが適切でしょう、特にここは請けるや相手の面に摺り込むと云うのですから。
 古伝でも「業附口伝」でも打太刀は仕太刀に打込み摺り落され、面に付けられても、負けを意思表示する「刀を右肩にとる」動作が消えてしまっているのは、時代の為せるものでしょうか。

 手附を書かれて其れに随って形を演ずるのは解りますが、形で終わったのでは稽古する意味がなくなってしまいます。ポイントはしっかりとらえて置く事が大切でしょう。
 現代は居合ばかりの稽古をされる人が多いものです。業の形を演ずる動作すらままならない程、武的センスが欠如しています。手附を書かれた当時は当たり前の事であった動作が当たり前ではなくなっています。真剣を以って形を演ずるなど不要の事です。形の有るべき動作を見直す時期でしょう。まず、双方の打ち合いで、どう見ても目標に届いていない間合い、それにも関わらず打ち合うのでは、人前で演ずる以前の事です。
 

 

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2022年9月11日 (日)

無雙神傳英信流居合兵法(神傳流秘書)3、太刀打之事  8本目絶妙剣3(竹嶋壽雄)

無雙神傳英信流居合兵法(神傳流秘書)
3、太刀打之事  
8本目絶妙剣
3(竹嶋壽雄)

古伝神傳流秘書太刀打之事8本目「絶妙剣」:「高山に構へ行て打込み打太刀より亦打込むを請て相手の面へ摺り込み相手肩へ取る請来る時は切先に手をそへ頭の上にて十文字に請け留むるあり)」

谷村樵夫自庸先生相伝免許皆伝目録従実兄小藤亀江傳来「業附口伝」太刀打之位8本目「独妙剣」:「山川先生の秘伝には絶妙剣とあり 是も同じく抜也 敵待かけても相掛りにても不苦 八相にかたきてスカ〵と行場合にて打込也其時敵十文字に請け又我が真向へ打込也其時我又本の侭にて請け面へ摺り込み勝也(我請たる時は左手を刀峯に當て次に摺り込み勝也)摺り込みたる時敵刀を右肩にとる也」

 竹嶋先生の太刀打之位は「独妙剣」で「絶妙剣」ではありません。矢張り「業附口伝」が参考になったかもしれません。竹嶋先生は第19代福井春政先生のお弟子さんで、戦後傍系宗家として第20代河野百錬先生がありながら、土佐で立たれたとされています。土佐の秘伝が全国に普及しその宗家が土佐から出せなかった悔しさを背負わされたと云えるかもしれません。その波風は第21代福井聖山先生が立たれるに及んでも吹いていた様です。
 そんな事よりも、土佐に持ち込まれた古伝の発掘に土佐の方々は全力を尽くし、現代居合を見直すべきだったかもしれません。然しその切っ掛けも河野先生に先んじられていた事は否定できません。
 曽田先生が努力しても下村派の行宗貞義先生の直弟子であって、大江先生の弟子で無かった事にも由来するかもしれません。曽田先生を持ち上げれば、大江先生の否定にもつながり複雑です。
 しかし太刀打之位を大江先生の7本で進めず、「業附口伝」であっても業数10本を福井春政先生も竹嶋壽雄先生も稽古されていた事は、何を意味するのでしょう。本物を求める事と義理人情は複雑です。

 福富麒六著「土佐英信流居合」平成28年2016年太刀打之事(組太刀太刀打之位)8本目「独妙剣」:「相八相に進みに上段に振り冠って左面に斬り込み相打ち。打太刀左右と踏み込み上段から真向に打込む、仕太刀右足を左足に引き付け左足を引きつつ左手を物打ちの峯に添え額前で受ける。
 仕太刀左足を打太刀の右足外に踏み込み、刀の打ち合わされた所を支点にして切先を打太刀の鼻に付け相手の刀を押し落す。互に正眼となり中央に戻り、五歩退き血振り納刀す。」(土佐英信流居合英信流太刀打之位より手附及び写真に添って構成す)。

 土佐の居合の組太刀での相手太刀を左手を添えて十文字に請けてからの動作はこの竹嶋先生譲りの方が多い様です。竹嶋先生は決してその様にする事を要求されなかったかも知れません。然し形と動作を特定してしまうと習う者はそれを越えられないものです。随って練習用の形の教えを越える事無く、神前や大会の余興向けに発展してしまうのもやむなしでしょう。
 真剣での演舞や、木刀での力任せの打ち合い演舞に初心者は度肝を抜かれるでしょうが、武術の妙とは言い難いものに変化してしまうものです。

 
 

 

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2022年9月10日 (土)

無雙神傳英信流居合兵法(神傳流秘書)3、太刀打之事  8本目絶妙剣 2(政岡壱實)

無雙神傳英信流居合兵法(神傳流秘書)
3、太刀打之事  
8本目絶妙剣
2(政岡壱實)

古伝神傳流秘書太刀打之事8本目「絶妙剣」:「高山に構へ行て打込み打太刀より亦打込むを請て相手の面へ摺り込み相手肩へ取る請来る時は切先に手をそへ頭の上にて十文字に請け留むるあり)」

谷村樵夫自庸先生相伝免許皆伝目録従実兄小藤亀江傳来「業附口伝」太刀打之位8本目「独妙剣」:「山川先生の秘伝には絶妙剣とあり 是も同じく抜也 敵待かけても相掛りにても不苦 八相にかたきてスカ〵と行場合にて打込也其時敵十文字に請け又我が真向へ打込也其時我又本の侭にて請け面へ摺り込み勝也(我請たる時は左手を刀峯に當て次に摺り込み勝也)摺り込みたる時敵刀を右肩にとる也」

政岡壱實著「無雙直傳英信流居合兵法地之巻」昭和49年1974年太刀打之事(太刀打之位)8本目「独妙剣」:「(斜めに切り結び受け止めすり落としして突){高山にかまへて行て打込打太刀より亦打込むを請て相手の面へ摺込み相手肩へ取る
 1、双方構八相(高山でも可)、打太刀待ち受けるところ仕太刀間に入り右より面、打太刀待ちうけ引いて応ず。
※2、打太刀左足をふみ込んで左より面、仕太刀右足を引いて応ずる。
※3、打太刀右足をふみ込んで仕太刀の正面に打こむ、仕太刀左足を引き左手を物打の峯に添額前で十文字に請け留る。
 4、仕太刀左足をふみ込みつつ右下にすり落し左足からふみ込んで打太刀の水月を突く
 打太刀すり落され太刀を合す、仕太刀同じく太刀を合わす。
 打太刀そのまゝまつ。仕太刀右に開いて納刀。打太刀五足引く、仕太刀五歩引く。」

 政岡先生の「絶妙剣」は業名は「業附口伝」の「独妙剣」を採用しています。古伝神傳流秘書をご存知なのに是は、腑に落ちない気分です。
 {・・・}の部分は古伝の手附ですからそれに随った動作とされると思った処、一本目は仕太刀から八相に打ち込むのを打太刀八相に請けています。
※二本目は打太刀が左からですから逆八相に仕太刀に斬り込んで、仕太刀も逆八相に請けて居ます。この二本目は政岡先生の独創か勘違いか古伝にも、「業附口伝」にも指定された動作ではありません。
※三本目は打太刀が上段から仕太刀の面に打込んでいます。これが古伝の二本目の打込みなので是を仕太刀は十文字に請け留めて摺り落し、打太刀の面へ摺り込む処、摺落して面に突き込んでいます。随って左足の踏み込みが踏み直しに見えてしまいます。摺り落した時が突き込む時を要求していると思うのですが、ここも指導する動作としては疑問です。
 摺り落されて「相手肩へ取る」動作は消されています。面へ摺り込まれた打太刀が負けを示す處で古流剣術に見られる動作でしょう。

 この業の凄さは「我打ちこんだところ、相手請けるや即座に討ち返して来る処、それを我は請けるや摺り落し勝」この請けての動作は当たり拍子に打ち返す、或いは請けるや体を右半身から左半身に入れ替え摺り落す妙技を修練する処でしょう。決してがっちり受けたり、請けてから押し落す様な摺り落しではありません。

 

 

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2022年9月 9日 (金)

無雙神傳英信流居合兵法(神傳流秘書)3、太刀打之事  8本目絶妙剣1(福井春政)

無雙神傳英信流居合兵法(神傳流秘書)
3、太刀打之事  
8本目絶妙剣
1(福井春政)

古伝神傳流秘書太刀打之事8本目「絶妙剣」:「高山に構へ行て打込み打太刀より亦打込むを請て相手の面へ摺り込み相手肩へ取る請来る時は切先に手をそへ頭の上にて十文字に請け留むるあり)」

谷村樵夫自庸先生相伝免許皆伝目録従実兄小藤亀江傳来「業附口伝」太刀打之位8本目「独妙剣」:「(山川先生の秘伝には絶妙剣とあり) 是も同じく抜也 敵待かけても相掛りにても不苦 八相にかたきてスカ〵と行場合にて打込也其時敵十文字に請け又我が真向へ打込也其時我又本の侭にて請け面へ摺り込み勝也(我請たる時は左手を刀峯に當て次に摺り込み勝也)摺り込みたる時敵刀を右肩にとる也」

 太刀打之事8本目の業名は古伝は「絶妙剣」です、「業附口伝」は太刀打之位「独妙剣」です。前回の7本目では古伝は「独妙剣」「業附口伝」は「絶妙剣」で逆でした。
 古伝神傳流秘書の成立は江戸時代中期1700年代半ばには書かれていたと推察します。第9代林六太夫守政が亡くなったのは享保17年1732年70歳でした。
 神傳流秘書を書かれたのは第10代林安太夫政詡とすれば、明和元年1764年には林安太夫政詡は「居合兵法極意秘訣」を書いていますので、恐らくそれ以前と思います。1732年の前後と推察します。
 一方「業附口伝」は谷村樵夫自庸相伝免許皆伝目録で、谷村樵夫自庸先生は打15代谷村亀之丞自雄ー楠目繁次成栄ー谷村樵夫自庸の系統となります。
 第15代谷村亀之丞自雄ー第16代五藤孫兵衛正亮ー第17代大江正路子敬と道統は引き継がれていますから谷村派の傍系となるのでしょう。第15代谷村亀之丞自雄先生が英信流目録2巻を書き写したのが嘉永5年1852年です。英信流目録は第12代林益之丞政誠で安永5年1776年に書かれています。英信流目録は2巻には大森流居合・棒・小太刀之位・居合心持引歌が残って後は無くなってしまっていた様です。
 「業附口伝」は誰が何時まとめたのか、どの様に傍系の谷村樵夫の原本はこの英信流目録にあったものを纏めたのか、分かりません。いずれにしても古伝神傳流秘書より後で、江戸末期から明治にかけてのものと推察します。

 原本は昭和20年1945年の米軍による高知空襲で曽田先生が所蔵していたものが焼失し、曽田本に書き込まれているもの以外は全く不明です。曽田先生の書き写した「業附口伝」の「太刀打之位」が、再び居合を志す人の目に触れたのが河野百錬先生の昭和13年1938ね発行の「無雙直傳英信流居合道」でしょう。曽田先生はそれ以前に昭和11年1935年には竹村静夫先生と陸軍戸山学校天覧武道場で「太刀打之位」を演じています。その事は高知では話題に上った事でしょう。

 第19代福井春政先生指導による嶋専吉先生記載の「無雙直傳英信流居合術形乾」昭和17年1942年より太刀打之位8本目「独妙剣」:「仕打共に八相 双方歩み行き間合いにて仕太刀は右足を踏み込み打太刀の面に打ち込む、打太刀その場で(八相の構えによる左足前)十文字に請け留め、打太刀其の場で体を前に押し出し仕太刀の真向に打ち込む、仕太刀左手を刀の棟に添へ、刃を上にしてその場で上体を後に退き頭上に十文字に請ける(双方その場で足を踏み換える事無く行う)。仕太刀左足を踏み込み打太刀の刀を摺り落し打太刀の喉に切先を付ける。打太刀その場で左足前のまゝ上体を後方に退く。双方刀を合わせ五歩退く。」

 福井先生の教えは略「業附口伝」によると思います。打太刀は仕太刀に打ち込まれた時、八相の構えからの十文字請けの様子が見えませんが、柄を左に刀を右にして請ける、或いは左手を刀の棟に添えて請ける、いずれも出来るでしょう。請けるや仕太刀に打ち込む動作は相手の刀を請けるや廻し打ちするか、当たり拍子にはね打ちするかが稽古されれば、左手を刀に添える請けでは間が開いてしまいます。
 仕太刀の請けは左手を刀に添える様指定されていますから、摺落す事になります。然し多くの先生方の摺り落しは力任せの押し落としの様です。受ける際左手を物打に添え、右手を高く左手を低く斜めにして頭上に請け、左足を踏み来むと同時に体を右半身から左半身に左右入れ替えれば相手の刀はすり落ちてしまいます。
 古伝も「業附口伝」も仕太刀に摺り落されて切先を付けられた時、「刀を右肩に取る」負けの姿勢が福井先生の教えでは欠如しています。

 

 

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2022年9月 8日 (木)

無雙神傳英信流居合兵法(神傳流秘書)3、太刀打之事  8本目絶妙剣

無雙神傳英信流居合兵法(神傳流秘書)
3、太刀打之事  
8本目絶妙剣

古伝神傳流秘書太刀打之事8本目「絶妙剣」:「高山に構へ行て打込み打太刀より亦打込むを請て相手の面へ摺り込み相手肩へ取る(請来る時は切先に手をそへ頭の上にて十文字に請け留むるあり)」

 8本目は古伝は「絶妙剣」ですが「業附口伝」は「独妙剣」です。古伝神傳流秘書の太刀打之事以外に、第九代林六太夫が江戸から土佐に持ち込んだこの流の業手附は無い筈です。
 第9代の業手附を第10代林安太夫政詡が書き込んだものが神傳流秘書なのですから、これ以上古いものはないと判断できます。ですから8本目は「絶妙剣」が正しいと判断します。第10代が書いたのは江戸中期1700年後半の頃でしょう。「業附口伝」は江戸末期に書かれたものですから、その間に入れ替った教えがあったとしか言いようは有りません。
 双方高山(上段)に構えて進み、間合いに至り我真向に打込む、敵これを請け、打太刀より亦(今度は)打込むのを、我は切先に左手を添えて頭の上で十文字に請け留め、
打太刀の面に摺り込む、打太刀八相に構える。

谷村樵夫自庸先生相伝免許皆伝目録従実兄小藤亀江傳来「業附口伝」太刀打之位8本目「独妙剣」:「(山川先生の秘伝には絶妙剣とあり) 是も同じく抜也 敵待かけても相掛りにても不苦 八相にかたきてスカ〵と行場合にて打込也其時敵十文字に請け又我が真向へ打込也其時我又本の侭にて請け面へ摺り込み勝也(我請たる時は左手を刀峯に當て次に摺り込み勝也)摺り込みたる時敵刀を右肩にとる也」

 古伝と「業附口伝」とは業名以外には、上段の構えが八相に替って居ますが、我が打込み敵が請け、次に敵が打込のを「我又本の侭にて請け」とはどの様な意味なのか解りません。括弧書きの「左手を刀峯に添へ」と有りますから「本の侭」とは古伝を指すかもしれませんがどうでしょう。動作は古伝と業附口伝は同じです。

 この業は大江先生の独創と思われる「英信流居合の型」7本には含まれていません。

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2022年9月 7日 (水)

無雙神傳英信流居合兵法(神傳流秘書)3、太刀打之事  7本目独妙剣4(檀崎友影)

無雙神傳英信流居合兵法(神傳流秘書)
3、太刀打之事  
7本目独妙剣
4(檀崎友影)

古伝神傳流秘書太刀打之事7本目独妙剣:「相懸也打太刀髙山遣方切先を下げ前に構へ行場合尓て上へ冠り互に打合尤打太刀をつく心持有柄を面へかへし突込み勝」

 谷村樵夫自庸先生相伝「業附口伝」7本目絶妙剣:「山川先生の秘書には独妙剣とあり、是は我前へ切先を下げスカ〵と行き場合にて互に拝み打に討也敵と我と拳と拳と行合せ其時すぐに面へ柄頭を突込み勝也 (相掛りにても敵待ちかけても不苦我鍔ぜりとなるや右足をドンと踏み直に左足を踏み込みて敵の拳の下から人中に当てる也〇(構か?)不明なるも八相ならん」

 夢想神傳流の檀崎友影著「居合道教本」昭和54年1979年太刀打之事(太刀打の位)7本目「絶妙剣」:「仕太刀下段、打太刀八相にて相進み、互に拝み打ちに討つ。双方右足を踏み込んで拳を合わす。打太刀直ちに上段に取るを、仕太刀間髪を入れず打太刀の拳の下より人中に柄当する。この時一歩トンと右足を踏込む。仕太刀二歩退り互に正眼、五歩後退し血振り納刀」(原本とは差し障りのない範囲で文言を変えてあります)

 檀崎先生の業名は「絶妙剣」です、古伝は「独妙剣」ですから「業附口伝」に随ったか、それを演ずる英信流のどなたかに手ほどきを受けられたのでしょう。双方相進み、間に至れば仕太刀下段から上段に振り上げ双方「拝み打ちに討つ」。後の文章も「業附口伝」の動作に随ったと思います。
 何故「古伝」を稽古せずに江戸末期の手附に随ったのか疑問です。この「居合道教本」は昭和54年であれば河野先生によって昭和30年に古伝神傳流秘書は「無雙直傳英信流居合兵法叢書」によって公にされているのです。無双直伝英信流は太刀打之事は、大江先生独創の7本に依る「英信流居合の型」、「谷村樵夫自庸先生の「業附口伝」、古伝神傳流秘書の太刀打之事の三つがあると云う事になります。

 

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2022年9月 6日 (火)

第58・59・60回古伝研究会

第58・59・60回古伝研究会

 無雙神傳英信流居合兵法(無双直伝英信流・夢想神傳流の古伝)の研究会を、コロナ禍により当分の期間月一回として継続しています。
 令和4年は古伝無雙神傳英信流居合兵法の神傳流秘書による居合の研究を、ミツヒラブログに沿って大森流から見直して来ました。
 58回(9月)夏原流和之事に入ります。
「古きを尋ねて新しきを知る」、ご参加いただいた方々が夫々「逢人皆我師」である事をご認識頂き、ご自由な意見を出され共に学ぶ研究会です。「俺の指導に従え」と云う「習い稽古する」稽古会とは異なります。古伝を読み参加者が自ら「工夫する」研究会です。どの連盟、他流派、他道場等ご自由にお出で下さい。

 記
1、58回
      9月22日(木)見田記念体育館
  13:00~17:00
2、59回
  10月27日(木)見田記念体育館
  15:00~17:00
3、60回
  11月24日(木)見田記念体育館
  15:00~17:00

4、住所
  見田記念体育館
     248-0014鎌倉市由比ガ浜2-13-21
     ℡0467-24-1415
     鎌倉体育館・駐車場
  248-0014鎌倉市由比ガ浜299
  鎌倉警察署向かい側
5、アクセス:JR横須賀線鎌倉駅東口下車徒歩10
6、参加費:会場費等割勘つど500
7、参加申込:直接見田記念体育館にお越しください
  *コロナ対策として事前に参加連絡を
  お願い致します。
   mail:sekiun@nifty.com
8、研究会名:無雙神傳英信流居合兵法
  居合道研修会鎌倉(湘南居合道研修会鎌倉道場)
9、御案内責任者:ミツヒラこと松原昭夫
      sekiun@nifty.com
10、注意事項
 ・コロナ対策として以下の事項に一つも
  該当しない事
 ・平熱を越える発熱
 ・咳、喉の痛みなど風邪の症状
 ・倦怠感、息苦しさ
 ・臭覚や味覚の異常
 ・体が重く感じる、疲れやすいなどの症状
 ・新型コロナウイルス感染症「陽性」
  とされた者との濃厚接触があった
 ・同居家族や身近な知人に感染が疑われる
  方が居る
 ・過去14日以内に、政府から入国制限、
  入国後の観察期間を必要とされている
  国・地域等への渡航又は当該在住者との
  濃厚接触がある
 ・マスク着用、三密を避けるetc
 *ワクチン接種されている事

 2022年9月6日 ミツヒラこと松原昭夫  記

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無雙神傳英信流居合兵法(神傳流秘書)3、太刀打之事  7本目独妙剣3(竹嶋壽雄)

無雙神傳英信流居合兵法(神傳流秘書)
3、太刀打之事  
7本目独妙剣
3(竹嶋壽雄)

古伝神傳流秘書太刀打之事7本目独妙剣:「相懸也打太刀髙山遣方切先を下げ前に構へ行場合尓て上へ冠り互に打合尤打太刀をつく心持有柄を面へかへし突込み勝」

 谷村樵夫自庸先生相伝「業附口伝」7本目絶妙剣:「山川先生の秘書には独妙剣とあり、是は我前へ切先を下げスカ〵と行き場合にて互に拝み打に討也敵と我と拳と拳と行合せ其時すぐに面へ柄頭を突込み勝也 (相掛りにても敵待ちかけても不苦我鍔ぜりとなるや右足をドンと踏み直に左足を踏み込みて敵の拳の下から人中に当てる也〇(構か?)不明なるも八相ならん」

 竹嶋先生は公に教本を書かれていない様です。お弟子さんの福留麒六先生著「土佐英信流居合」平成28年2016年太刀打之事(組太刀)7本目「絶妙剣」:「打太刀八相、仕太刀下段。双方歩み寄り間合いに入り上段から正面に切り結ぶ。双方間を詰め鍔迫り合う。打太刀(仕太刀の誤植か)仕太刀体を沈め鍔で迫り合う打太刀の刀を外す様にして押しを外し、右足で床を踏み、打太刀の柄をはね上げ、左足を打太刀の右足側面に踏み込み、刀を右肩に担ぐ如くせり上げ、柄頭を返し打太刀の鼻或は眉間に突き込む。・・」(動作に影響のない程度に文章を変えてあります)

 竹嶋先生の「独妙剣」も「業附口伝」が参考の様で「絶妙剣」の業呼称に替って居ます。昭和13年1938年発行の河野百錬先生の「無雙直伝英信流居合道」による「業附口伝」が影響しているのでしょう。或いは曽田乕彦先生から神傳流秘書の手書きの写しをもらっているかもしれません。矢張りここでも真向打ち合わせる拝み打ちは、意味不明の「正面に切り結ぶ」と云う、打ち込む途中で打ち込みを止めて留めるか、刃を外に向けて打ち合わせるかのいずれかでしょう。一刀流の切り落とし、柳生新陰流の合し打ちを学び、正面から打ちこまれた相手の刀を打ち落す極意業を研究すべき処でしょう。打太刀の打ち込みを同様に真向に打ち込み打ち外せれば、それで勝負は着きます。その上で鍔競合いに入り柄当するならば完璧でしょう。
 第9代林六大夫守政が真陰流(新陰流)を大森六郎左衛門から習っていたとするならば、柳生新陰流の合し打ちは、知り得ていたかもしれません。

 

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