2018年12月15日 (土)

曾田本その1の9居合兵法の和歌原文32首1~5

曾田本その1
9.居合兵法の和歌原文
32首 1~5
1)
 居合とハヘ知まの可ハ能たん婦くろ
      すっきりとしてミハどっちやら
読み
 居合とは糸瓜(へちま)の皮の段袋
      すっきりとして身はどっちやら
2)
 居合とハ心を静抜く刀
      奴希れバや可て勝を取奈り
読み
 居合とは心を静め抜く刀
      抜ければやがて勝を取るなり
3)
 居合とハ人耳切られ春
      人切らす唯請とめて平にかつ
読み
 居合とは人にきられず
      人切らず唯請けとめて平らかにかつ
4)
 居合とハ心に勝可居合也
      人尓逆ふハ非刀としれ
読み
 居合とは心に勝つが居合なり
      人に逆うは非刀としれ
5)
 居合とハ刀一つ尓定らす
      我可仕掛を留る用阿り
読み
 居合とは刀一つに定まらず
      我が仕掛けを留める用あり
 

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2018年12月14日 (金)

曾田本その1の8その他読み解く4神妙剣

曾田本その1
8.その他読み解く
4、神妙剣
 深キ習二至テハ実ハ事(業)無シ常二住座臥二有之事二シテニ六時中忘レテ不叶事ナリ彼レ怒ノ色見ユルトキハ直二是ヲ知ッテ怒ヲ抑ヘシムルの□知アリ唯々気ヲ見テ治ムル事肝要中ノ肝要也是戦二至ラシメズシテ勝ヲ得ル也去ナカラ我臆而誤(謝)テ居ル事ト心得ル時ハ大二相違スル也兎角シテ彼レ二負ケサルノ道也止事ヲ得サル時ハ彼ヲ殺サヌ内ハ我レモ不死ノ道也亦我カ誤(謝)ヲモ曲ゲテ勝ニワ非ス誤(謝)ル可キ筋ナレバ直二誤(謝)ルモ勝也
 彼カ気ヲ先々二知テスグ二應スル道ヲ神妙剣ト名付ケタル也委シクハ書面二アラワシ尽シ難シ心ヲボヱノ為二其ノ端ンヲ記置ク也
読み及び読み解く
 土佐の居合の最終章は「神妙剣」です。
 曽田本その1の順番をもう一度振り返ってみます。そこには見事に神妙剣に至る順序たてがされている様に思えます。
 それはランダムに見せられた伝書を曽田虎彦先生が組み立てたのか、伝書そのものに土佐の居合の根元に至る順序立てがなされていたのか解りません。
 曽田先生に曽田本を本にしてその古伝の心を公開していただきたかったけれど、叶わぬ夢となりました。
 河野先生も曽田先生の手書きメモを「読み下す」ので宗家という立場上精一杯だったと思われます。
 夢想神傳流の木村栄寿先生も土佐の古伝を河野先生同様に「読み下す」だけで終わってしまいました。その後神傳流の方からそれを研究し古伝を学ぼうとされる方を知りません。
 曽田本はこの順序で校正されていました。
1、神傳流秘書
2、英信流目録
3、業附口伝
4、免許皆伝目録
5、居合兵法極意秘訣
 1)老父物語
 2)当流申伝之大事
 3)英信流居合目録秘訣
  ①外之物ノ大事
  ②上意之大事
  ③極意ノ大事
 4)居合兵法極意巻秘訣
6、居合兵法の和歌
7、曽田虎彦私創研究中抜刀術
 1~3は土佐の居合之業技法の順番を行う手附に過ぎません。それでも棒も仕組(組太刀)も和(体術、柔術)も網羅され、順然たる居合はその三分の一以下の仮想敵相手の一人稽古に過ぎません、其れも大江先生の教えによる現代居合は奥居合が絞られ変形しています。
 4は根元之巻で林崎甚助重信の免許皆伝の江戸期に伝わったものですが、読み下せても読み解く事は厄介です。
 現代でも発行されておられる処もある様ですが、文言の写し書きでその心を伝えられているか疑問です。
 5項目目以下が、土佐の居合の心持ちを伝える極意に成ります。此処が現代居合に正しく伝承できれば、稽古の質も大きく変化するでしょう、然し或門流の宗家からのものは、業名だけの目録ばかりに過ぎません。
 現代居合の業名と運剣の標準を教えたよ、というものです。
 準範士以上の允可は人に、現宗家から宗家のやり方で業の形を指導していいよというもので、譬え十段であっても其の域を出るものでは無いのです。
 其の域を出たい者は、自ら学ばなければならないものです。その道筋が5項目以下なのですが、時代背景もあって、読み捨てたり、語学力不足で十分読みこなす能力がないのが実態でしょう。
 もっと大切なのは、本物の自己実現を目指す真摯な心で文字の外にあるものを求め学ぶ心、そして其の域の近くまで達していなければ一歩も進めないでしょう。
 真似事に終始して師匠に「出来ている」など言われて見てもむなしいばかりです。
 先日ある所で、居合を止めて違う剣術の道場の門をたたいた若者の話を聞いていました。
 何故やめたのか「かたちばかり要求して、其の形は何故そうするのか、と聞いても答えをくれず、そうするのがこの流の形とだけしか言わない」「段位による序列ばかり優先して威張っている」 
 さて、神妙剣を読み解いてみましょう。然しその奥にあるものは、己を正しいと信じ貫き通すだけの物を持たなければ唯のバカにすぎません。
 業技法も、居合の極意も充分修練を積み重ね、何時如何なる変が起ころうとも応じられるに至って、其処で実はその様な業事では無く、常住坐臥(いかなる時でも)この心を持ち、ニ六時中忘れてはならない事が神妙剣である。
 彼れ怒りの色が見える時は、直ぐに是を知って怒りを抑えしむる叡智を身に着け、即座に気を見て納める事が肝要中の肝要である。
 是、戦に至らしめずして勝ちを得るものである。さりながら、我は彼の怒りに臆して謝り(原文は誤)て居る事と心得る時は大いに相違するのである。
 兎に角、彼に負けざる道で、彼の怒りを納める事が出来ない時は、彼を殺さないうちは我も死なないと云う程の道である。
 亦、我が誤っていることを何が何でも正しいと云い張り曲げて勝つのではない、謝るべき筋があるならば直ぐに誤りを正し謝るも勝なのである。
 彼の気を先に知って直ぐに応ずるの道を神妙剣と名付けたのである。委しい事は書面に書きあらわし難い、心覚えの為にその一部を記し置いた。
 如何に武術が優れ、どの様な相手と対しても負ける恐れはないとしても、行き着く所は戦に至らしめずに勝ちを得る事であると云い切っています。
 コミュニケーションの最終手段として武術が用いられるとするのも、いつの時代にも、国と国、個人と個人で行われしかと扱われていたかもしれません。然し突き詰めると一部の権力者が保身の為に用いて来た手段とも取れるものばかりでしょう。
*
 この曽田本に記された最終章は、勝つとは何かを考えさせる一文でもあるでしょう。
 現代居合は長い年月を棒振りしていただけで手に入れた、意味不明の段位の力だけで、人を服従させられると錯覚して、権威を後ろ盾にした権力をもって「段位が欲しければ俺の言う事に従え」と脅し、己の教えや指示が全てである、反論も聞か無いと云う者が見受けられます。
 年月が来て金で買った様な段位が全ての様にして、出来ても居ないのに形ばかり追い懸けて、本物を目指す事も無い者を相手にしていては、未熟者の私など馬鹿らしくなって、こちらから身を引く事となってしまいます。
 
 寄り添うものは前に向かって進む、己の心ばかりかも知れません、信じた道を歩く以外に道は無いのでしょう。
 論語に「君子は上達す、小人は下達(かたつ)す」。並以下にもかかわらず、時期が来たのでもらえた段位に、其れも目録程度の印可です。それにもかかわらず俺は最高段位で地位もあり凄い権力がある者だと周囲に睨みを聞かせて、保身に必死な小人を下達と云うのでしょう。業技法は愚か、人間としても小人にいたずらに段位を与える事は何を意味しているのでしょう。
 居合以外に目ぼしい事も無い者が、高段位を手に入れて威張っている、そんなものをほしがる輩がお世辞たらたら走り寄る、哀れです。
 その上高段位の者の演武見れば、よろよろしていて看取り稽古にもならない。
 指導を受けたら随分前の宗家の動作しか出来なくて、ご宗家の業を「やれ」と云いながら、云う事とやる事がめちゃくちゃです。
 自分が間違っていても、沽券にかかわると謝る事はしない、やれやれ。
 
 曽田本その1の最終章は、神妙剣で終わりますが、続いて「居合兵法の和歌」がどっしりと控えています。
 
 
 
 
 
 

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2018年12月13日 (木)

曾田本その1の8その他原文4神妙剣

曾田本その1
8.その他原文
4、神妙剣
 深キ習二至テハ実ハ事(業 曽田メモ)無シ常二住座臥二有之事二シテニ六時中忘レテ不叶事ナリ彼レ怒ノ色見ユルトキハ直二是ヲ知ッテ怒ヲ抑へシムルノ□知アリ唯々気ヲ見テ治ムル事肝要中ノ肝要也是戦二至ラシメズシテ勝ヲ得ル也去ナカラ我臆而誤テ戻ル事ト心得ル時ハ大二相違スル也い兎角シテ彼レ二負ケサルノ道也止事ヲ得サル時ハ彼ヲ殺サヌ内ハ我レモ不死ノ道也亦我カ誤ヲモ曲ゲテ勝ニワ非す誤ル可キ筋ナレバ直二誤ルモ勝也
 彼カ気ヲ先々二知テスグ二應スル道ヲ神妙剱ト名付ケタル也委シクハ書面二アラワシ尽シ難シ心ヲホヱノ為二其ノ端ンヲ知置ク也
読み
 深き習いに至りては、実は事(業)では無し、常住座臥に之ある事にして二六時中忘れて叶わざる事なり。彼の怒りの色が見ゆる時は直ぐに是を知って怒りを抑えしむる□知あり。唯々気を見て治むる事肝要中の肝要也。是戦に至らしめずして勝ちを得る也。
 去りながら我臆して誤(謝)りて居る事と心得る時は大いに相違する也、兎角して彼に負けざるの道也、止むことを得ざる時は彼を殺さぬ内は我も死なずの道也。
 亦、我が誤りをも曲げて勝には非ず、誤(謝)るべき筋なれば直ぐに誤(謝)るも勝也。
 彼が気を先に知って直ぐに応ずるの道を神妙剣と名付けたる也。委しくは書面に現し尽くし難し、心覚えの為に其の端を記し置く也。

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2018年12月12日 (水)

咄々々(とつとつとつ)

 咄々々 
 平成30年の書初めのお題は、雲門宗の開祖雲門文偃の雲門広録から
「咄々々(とつとつとつ)」
 意味は、舌打ちしたり、怒ったり、驚いたりする咄から「あらまあ」「これはこれは」などと云った、想いも寄らない事に感動する事、それを表した禅語を選んでみました。
 雲門の言葉としてよく知られているのは「日々是好日(にちにちこれこうじつ)」でしょう。
 「 にちにち」と読むのが正し様ですが、「ひび」でもさして違いは無いと云えば、識者が怒るかもしれません。
 どの様な日でも、悪い出会いや良い出会いがあったりします。
 日々は水の流れの如きもので、とどまる事は無いものです。それを踏み越えていくのが人生でしょう。
 出会いとは人との関わりばかりでなく、見たり、聞いたり、感じたこと全てと思えばいい、ふと感じた今までの人生と是からの人生への気付きなどで有ってもいいのでしょう。
 
 そんな日々の出合いの中で、想いも寄らない「あらまあ」と思わず口に出して、喜んだり、悲しんだり、怒ったり、ほめたりするのが「咄々々」の語といわれます。
 家内は保育園に勤めています。その日の子供たちの言動に「あらまあ」と驚く事ばかりだそうで、楽しそうに話してくれます。
 お座りもちゃんと出来ない幼児が、いつの間にか這い出して、ある日突然立ち上がり一歩踏み出し満面に嬉しそうな笑顔を浮かべる姿、それを「あらまあ」と驚喜する様子は眼に浮かびます。
 その子のパパやママより先に、歩けた嬉しさを自慢げに見せてくれる幼児に、感動すると共に複雑とも話してくれます。
 意図的に人を感動させる事が出来たら、行事の主催者は是までの苦労が報われた気持ちになるでしょうし、参加された方も思いもよらぬ感動に嬉しくなってますますのめりこむでしょう。
 
 善い事、悪い事「あらまあ」と、つい口から出てしまう、素直に云える日々でありたいものです。
 「咄々々」の書初めは、文字の書体も配置も用紙の大きさも、特定せず皆さんの思うままに書き込んで、正月明けの教室に持って来てもらいます。
 「あらまあ」と云って、新年早々にその作品を皆さんと一緒に鑑賞します。
 喜んだり悲しんだり、抱負に一杯の新しい年を迎え、五月には新しい年号に臨んで行きたいものです。
 2019年は亥年です、新年のご挨拶は「咄々々」とだけ書いてお送りします。
 
 
 

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曾田本その1の8その他読み解く4太刀堅

曾田本その1
8.その他読み解く
4、太刀堅
 甲冑帯シタルトキ人々色々ト刀ヲカラメ堅ムル也甚抜キ難シコゝ二太刀堅メトテヨキ堅一ツ有□ノ緒ノ如ク中二布ヲ入レ上ヲ絹ニテ縫包ミ長ケ六尺計ニテ具足櫃二入レ置クベシ
*
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*
扨刀ノ紐ヲ腰二當右脇ニテ留メ上帯ヲシテ其上帯一重ニテ彼ノ堅メノ見ヱヌ様二覆ヒ置也脇差ハ上帯皆へ常ノ如ク二指スベシ扨刀ヲヌクニ自由二〆抜易シ或ハ切岸亦ハ塀抔ヲ乗ル時刀ヲ背ヲゝニモ宜し其侭刀ヲ後二引廻し下緒ヲ肩二掛テ乗時ハツカユル事ナシ此ノ堅メ至〆佳ナリ
読み及び読み解く
 甲冑を帯したる時、人々色々刀を絡め堅めるものである、甚だ抜き難い、ここに太刀堅めと云って良い堅め方が一つある。
 □の緒の如く中に布を入れて上を絹にて縫い包み、長け六尺ばかりにして具足櫃に入れて置くのである。
 扨、刀の紐を左の腰に當てて右脇にて留める、其の上に上帯をしめて、その上帯一重の所で彼の堅めの見えない様に覆って置く。
 脇指は上帯を皆締めて、常の如く帯一枚上の処に指すのである。扨、刀を抜くのに自由にして抜き易いものである。
 或いは、切岸亦は塀などを乗り越える時、刀を背負うによく、其の侭刀を後に引き廻し下緒を肩に掛けて乗る時は閊える事は無い。この堅め至って佳いものである。
 この太刀堅の図から連想するのは、戦国時代後期には刀は差す様になり、江戸期では刀を腰帯に吊るす方法は見られなくなったようです。これは刀を帯びると云う方法で太刀を吊るす方法を思い描きます。
 太刀堅を鞘に付けた図が「クワノコ?」の文字でありますが其れを右腰で結んだのでしょう。太刀は図とは逆に刃部が下向きになる筈です。
参考
 居合心持肝要之大事付大小指違之事より
 大小指違と云うは、世人脇差を帯二重に指し刀を三重に指すなり、居合の方にては二重に刀を指し三重に脇を差す也、敵に出合いたる時大小を筋違へて脇差をば下ろし指しにして刀を抜き戦うべし、然る時は脇差の柄まぎる事無し、亦刀の鞘の鐺跳ねる故に足を打つ事無く働きの自由宜し常に此の如く指すべし。

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2018年12月11日 (火)

曾田本その1の8その他原文4太刀堅

曾田本その1
8.その他原文
4、太刀堅
 甲冑帯シタルトキ人々色々ト刀ヲカラメ堅ムル也甚抜キ難シコゝ二太刀堅メトテヨキ堅一ツ有□ノ緒ノ如ク中二布ヲ入レ上ヲ絹ニテ縫包ミ長(タケ)ケ六尺計ニテ具足櫃二入レ置クベシ
○扨刀ノ紐ヲ腰二當右脇ニテ留メ上帯ヲシテ其上帯一重ニテ彼ノ堅メノ見ヱヌ様二覆ヒ置也脇差ハ上帯皆ヘ常ノ如ク二指スベシ扨刀ヲ抜クニ自由二〆抜易シ或ハ切岸亦ハ塀抔ヲ乗ル時刀ヲ背ヲゝ二モ宜シ其侭刀ヲ後二引廻シ下緒ヲ肩二掛テ乗時ハツカユル事ナシ此ノ堅メ至〆佳ナリ
* 
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*
読み
 甲冑を帯したる時、人々色々刀を絡め堅むる也、甚だ抜き難し。ここに太刀堅めと云って良い堅めが一つある。
 □(判読不能)の緒の様に中に布を入れ、上を絹にて縫い包んで長さは六尺ばかりにして具足櫃に入れて置くべし。
 さて刀の紐を腰にあて右脇にて留め、其の上から上帯を締める、その上帯一重にして彼の堅めの見えない様に覆って置く也、脇差は上帯の皆へ常の如く指すべし。 さて、刀を抜くのに自由にして抜きやすし。或いは切岸又は塀などを乗り越える時、刀を背負うにも宜しい、そのまま刀を後に引き廻し、下緒を肩に掛けて乗る時は閊える事は無い、此の堅め至って佳き也。

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2018年12月10日 (月)

曾田本その1の8その他読み解く3羽織

曾田本その1
8.その他読み解く
4、羽織
 介錯ノ時麻上下ノ上二羽織ヲ着ル血飛故也夫故常二上下ノ上二羽織ハキロウ也
読み及び読み解く
 介錯の時、麻上下(裃)の上に羽織を着る、血が飛び裃を汚すからである。それ故に何時もの登城の時などでは、忌み嫌って裃の上に羽織を着るのを嫌うのである。
 介錯の一連の教えは、江戸時代の武家社会に於けるお話しとして、通り過ごすのも良いかも知れません。
 しかし、無調法なので仕来たりの作法は出来ませんと、断る根底に介錯は武士のやるべき事ではないという思いがあって断る事が本来でしょう。現代社会でも何でも請け負うばかりが良いとは言えません。
 自分の意に反する事は、やるべきでは無いでしょう。真正面からやりたくないからごめんなさいでは角が立ってつながらなくなります。
 そこで無調法ですから仰せの通りは出来ませんので、御断りをと下手に出る。それでもと云う事であれば自分の思う存分の働きをすればいい。と言えるかもしれません。
 意に反することをそんな事でやらなければならない状況は無さそうでもあり、尻尾を振るのが好きな人には有りそうにも思います。
 まだまだ、頭越しに命じて来る事もありそうです。嫌ならやめればいい、というのも一つですが、それによってやりたいこともやれなくなるのも、有りそうです。NOと云えな情けない自分を捨てていくには覚悟もいるものです。
 裃の上に羽織を着ないは、介錯の際裃の上に羽織を着るので、普段は裃の上には羽織を着ないと云う心持ちも理解できます。
 それ程の事なのに、古伝の大森流居合之事の7本目順刀は介錯であるとの証しは何処にも見いだせないのです。江戸末期辺りに、替え業が業毎に幾つも行われていたかもしれません。
 その一つが、順刀を介錯に変えて行ったかもしれません。介錯の運剣を何の疑問も無く教えられたとおりに、稽古することに、此の業を稽古日毎にせっせとやっていたことの不思議を今更ながら思い描いています。
 敢えて言えば、自分の犯した非は、自分で腹を斬り、とどめは理解してくれる人に頼んで果てる潔さを持てよと教えているのか、その苦しみを少しでも和らげてやる思いやりを心に持てよと教えているのか。
 平家物語などを読んでいますと、平安末期の武士は戦いに敗れて自ら腹を斬り、頸動脈を切って果てています。
 首取は勝ったものの誉として大将に献上されたものでしょう。
 大森流居合の7本目順刀は「右足を立て左足を引といっしょに立ち抜き打つ也、又は八相に切り跡は前(流刀)に同じ」で介錯の運剣の裁きと一緒ですが、抜刀術としては素晴らしい業となるものです。
 しかし7本目順刀の次は8本目逆刀の初動は、向こうより切って懸るを先々に廻り「抜き打ちに切る」です、其の動作は7本目順刀と同様でしょう。
 順刀には敵の切って懸かる動作に応じる事が何も書かれていないので、これは一方的に抜き打つ動作と捉えられます。だから介錯なんだと云う事も成り立ちそうです。
 だがしかし、一本目初発刀も左刀、右刀、當刀もそして陽進陰退も敵の仕懸けて来る動作は記述されていませんから、一方的な仕かけも古伝には大いにありでいいのでしょう。
 証明できるものは何処にも無い事ですから、大江先生、細川先生系統は現代居合として介錯は順刀として何の疑問も無く稽古すればいい事です。
 但し、古伝を学ぶ者は、上に抜き上げて斬り下ろす抜刀術も心掛けてもおかしな事では無いでしょう。
 古伝神傳流秘書抜刀心持之事には抜刀があります。
 「歩ミ行中に抜打二切敵を先二打心也」
 大森流居合之事には順刀
 「右足を立左足を引と一処に立抜打也又ハ八相二切跡は前二同之」
 全剣連居合の12本目抜き打ち
 「相対して直立している前方の敵が、突然、切りかかって来るのを、刀を抜き上げながら退いて敵の刀に空を切らせ、さらに真っ向から切り下ろして勝つ」
 全居連の刀法二本目前後切
 「敵我が真向に斬込み来るを受流すや顔面に双手上段から斬附け、直ちに後敵の真向に斬下し、更に前敵の真向に斬下して勝つ」
 この前後切の参考にした業は無外流の連です。
 「理合 前後に敵を受けた場合で、先ず前敵の眉間に諸手で抜きつけ、後ろを振り向くや、後敵を真向に斬り下ろして仕留める」
 動作はさして違いの無いものと思います。どの様な状況下でこの業を繰り出すのかがポイントでしょう。
 敵の害意とは、我が果たすべき事は、何時も我に斬られるへぼばかりが居合の仮想敵でしょうか。
 
 

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2018年12月 9日 (日)

曾田本その1の8その他原文3羽織

曾田本その1
8.その他原文
3、羽織
 介錯ノ時麻上下ノ上二羽織ヲ着ル血飛故也夫故常二上下ノ上二羽織ハキロウ也
読み
 介錯の時麻上下の上に羽織を着る、血が飛ぶ故也、夫れ故に常には上下の上に羽織は嫌う也。

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2018年12月 8日 (土)

曾田本その1の8その他読み解く2紐皮を掛る

曾田本その1
8.その他読み解く
2、紐皮を掛る
 他流ニテ紐皮ヲ掛ルト云事
 仰向ニ倒ルゝヲ嫌テヒモ皮ヲ残スト云説ヲ設ケタル見ヱタリ當流二テハ前二云所ノ傳有故二譬如何様二倒ルゝ共失二非ス其上紐皮ヲノコス手心何トシテ覚ラルベキヤ當流二テハ若シ紐皮カゝリタラバ其ノ侭ハ子切ルベシサッパリト両断二ナシ少シモ疑ノ心残ラサル様二スル事是古伝也
読み及び読み解く
 他流では切腹者の首を斬った時、首の皮を残す「紐皮を残す」という説を設けて居るやに見える。首を斬ると、仰向けに倒れるのを嫌い、紐皮を残し頭の重さで後ろに倒れないようにする作法を云うのです。
 そんな作法を設けて居る様な流派も有ろうが當流では、前項に有る様に「無調法に御座候但し放討ならば望所に御座候」と介錯をお断りするのが前提で、何としても介錯せよとの事ならば、作法に拘わらず、紐皮を残せなくとも作法を失する事にはならないと当流の仕方を述べています。
 従って事前に断っておくことで、譬え如何様に倒れても作法を失する事にはならない。その上紐皮を残す手心など、どの様な事をして悟り得られるだろうか。
 当流では若し紐皮に刃先が掛かったならば其の侭、はね切って、サッパリと両断して少しも疑いの心を残さない様にする事、これが古伝である。
 古武士の風格を残す教えですが、この前提には介錯などは武士の役割ではない、何故ならば死人を切るのと変わらない事で武士の誉にはならない、という思いがあると思われます。
 従って介錯の作法は「無調法」なので望まれる様には出来ないと断りをする事、それでもと云う事であれば、請ければ良い。先に断っているので作法を失する事は無いと云うわけです。
 作法の一つに首を斬った時、仰向けに倒れないように首の皮一枚残すべきと云う事があるが、当流では斬った際に紐皮に至ってもサッパリと斬り落しそれが当流の仕方であるともいいます。
 紐皮を残す手心はどうやって覚のか知らん、と開き直っている様です。
 

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2018年12月 7日 (金)

曾田本その1の8その他原文2紐皮を掛る

曾田本その1
8.その他原文
2、紐皮を掛ける
 他流ニテ紐皮ヲ掛ルト云ウ事
 仰向ニ倒ルゝヲ嫌テヒモ皮ヲ残スト云説ヲ設ケタル見ヱタリ當流ニテハ前二云所ノ傳有故二譬如何様二倒ルゝ共失二非ス其上紐皮ヲノコス手心何トシテ覚ラルベキヤ當流二テハ若シ紐皮カゝリタラバ其ノ侭ハ子切ルベシサッパリト両断二ナシ少シモ疑ノ心残ラサル様二スル事是古伝ナリ
読み
 他流にて紐皮を掛けると云う事
 仰向けに倒るゝを嫌いて紐皮を残すと云う説を設けたるを見えたり、當流にては前に云う所の伝有り、故に如何様に倒るゝとも失にあらず。
 その上紐皮を残す手心何として覚らるべきや、當流にては若し紐皮かゝりたらば其の侭はね切るべし、サッパリと両断になし少しも疑いの心残らざる様にする事是古伝なり。

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2018年12月 6日 (木)

曾田本その1の8その他読み解く1介錯口伝

曾田本その1
8.その他読み解く
1、介錯口伝
 古代ニハ介錯ヲコノマズ其故ハ介錯ヲ武士ノ役ト心得ベカラス死人ヲ切ル二異ナラス故二介錯申付ラルゝ時二請二秘事有リ介錯二於テハ無調法二御座候但シ放討ナラバ望所二御座候ト可申何分介錯仕レト有ラバ此上ハ介錯スベシ作法二掛ルベカラズ譬切損シタリトモ初メニコトワリ置タル故失二非ス秘事也能覚悟スベシ
読み及び読み解く
 介錯に就いての口伝、古代には介錯を好まなかった、其れは介錯を武士の役目であると心得ていない、死人を切るのと異なる事は無く名誉とは思わなかったからである。
 介錯を申し付けられた時は、請けるには秘事がある、「介錯に於いては無調法に御座候、但し放打ちならば望む所に御座候」と申すのである。
 「何分介錯仕れと有らば此の上は介錯すべし」、譬え切り損じても、初めに断っているので作法に拘わらず礼を失するには当たらない。秘事である、能く覚悟(悟り覚える)ものである。
* 
 介錯の歴史に付いては、興味のある方にお任せします。事実か否かに拘わらず、武士は死人同様の据者を切るのは意に非ずと言う事でしょう。
 戦場での首取とは違い、切腹を仰せつかった者への介錯人の命令、あるいはその者からの所望などあるのでしょう。
 とにかく「無調法」と云って断る事、それでもと云うのであれば、無調法を断ってあるので堂々と役目を果たせと云うのです。
 介錯の業を第17代大江正路先生は大森流居合(正座之部)の七本目に組み入れています。
 古伝神伝流秘書の大森流居合之事には七本目に「順刀」と有って以下の様です。
 「右足を立左足を引と一処に立抜打也又は八相に切跡は前に同じ」
 何処にも、介錯の方法である事が文面からは見出せません。
 大森六郎左衛門の大森流に介錯の仕方を敢えて入れる必要は無いと思われますので、これは、左足を引き立ち上がって抜刀するや、その足踏みのまま、片手で真向に打ち込む、あるいは、左手を添えて八相に切り下ろす、凄まじい業を想像させます。
 神傳流秘書より後のものと思われますが安永五年1776年第12代林益之丞政誠が書き、嘉永五年1852年に第15代谷村亀之丞自雄による英信流目録の大森流居合之位7本目順刀は以下の様です。
 「是は座したる前のものを切る心持なり我は其の侭右より立すっと引抜かたより筋違に切る也是も同じく跡は脛へ置き逆手にとり納る也」
 是も介錯の仕方を示唆する文言は見当たりません。すっと立つや刀を抜き取り、筋違いに切るは、八相に切るでしょう。
 「・・座したる前のものを切る心持ち・・」の文言が解釈を思わせるかも知れません。
 しかし、現代居合の介錯を思わせるのは、大森流7本目は介錯として何の疑いも無く学んで来たためでしょう。古伝は抜けがあって、抜けた所は口伝により学ぶのが一般的です。口伝に介錯が隠されていたかもしれません。
 私は抜刀法として居合の業と思います。なぜなら土佐の居合は介錯は無調法だから断れと云っています。紐皮一枚残す技なんか持ち合わせていないと云うのです。
 既に証明のしようは有りません。
 細川義昌先生系統の無双神傳抜刀術兵法尾形郷一貫心先生の大森流之部7本目順刀
 「(介錯すること)正面に向ひ切腹する者の左側へT字形に三尺位離れて正座し(知人之善人の介錯を頼まれたる場合は慣れぬ事故若し切損じがありましても御免を蒙るとの挨拶をするを礼とす) 
 機を見て鯉口を切り右手を柄に掛け、右足を少し右前へ踏出し其方向へ刀を静かに引抜き(抜き払はぬ事)立上りつつ右足を退き左足に踏揃へ体を引起し、直立の姿勢となりつつ刀尖を左後へ突込む様に右手を上げて頭上を越させ、血振ひする直前の様に(右肩後へ釣下げて待つ)
 切腹者が(介錯頼むと)両手を前につかえると同時に右足を踏出しつつ(悪人の首を切る場合は右足を前へどんと音のする様に踏出し其の音は斬られる者の心気を一転させ)(怨霊を去る口伝)刃部を左斜下へ向け、体を前掛に(右片手にて)大きく斬込み(首を落とす)、斬込むと同時に左手で柄頭を握り諸手となる。
 左足を一歩退き、左拳を左斜上へ突出し(刃部を向フへ向け)刀尖を右膝頭上へ引付け(懐紙を出して血のりを拭ふは略す)右手を逆手に執りかへ、刀を振り返して納めつつ左膝を跪くと同時に納め終る(血振ひせぬ事)」
 大江先生と細川義昌は同門で下村茂市定(下村派)より指導を受けています。時代背景から大江先生は大森流だけは下村茂市から充分手ほどきを受けているでしょう。此処では介錯の運剣を述べられています。
 第17代大江正路先生の正座之部7本目介錯
 「正面に向きて正座、右足を少しく前へ出しつゝ、刀を静に上に抜き、刀尖が鞘と離るゝや右足を後へ充分引き、中腰となり、刀を右手の一手に支へ、右肩上にて刀尖を下し、斜の形状とす、右足を再び前方に出し上體を稍前方に屈し刀を肩上より斜方向に真直に打下して、前の首を斬る。血拭は足踏のまま六番(受流)と同じ様に刀を納む。」
 細かい所を除けば、細川義昌先生と大江正路先生の動作は、同じと云えるでしょう。
 右足を前に踏み出しつつ刀を抜いて立上り、左足に踏揃え直立体になるのが尾形先生、右足を後へ充分引き中腰と成るのが大江先生。
 現代居合では、中腰になっていない人の方が多そうです。
 いずれにしても、大森流居合之事の順当は江戸末期より明治になって介錯の運剣動作と特定されてしまったと思われます。
 私は、大森六郎左衛門が真陰流から独創するに当たり、大森流居合に介錯の仕方を入れたのかどうか疑問に思っています。
 鞘の内による抜刀の妙は介錯には必要ないものでしょう。居合に介錯の心持ちを持つ事も意味があるのでしょうか。
 現代居合では「介錯」は正式な演武会では演じてはならない留め業です。
 介錯口伝と大森流7本目順刀を重ねる気にはならない、順刀は居合の心持ちで稽古して極めるのも間違いではない、寧ろ介錯の刀法とする方がおかしいばかりです。現代居合は江戸末期から明治にかけて多くを失って大江正路先生の仕方に随っています。言われたまま稽古する安逸な不心得を見直すことも大切でもあるでしょう。

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2018年12月 5日 (水)

曾田本その1の8その他原文1介錯口伝

曾田本その1
8.その他
1、介錯口伝
 古代ニハ介錯ヲコノマズ其故ハ介錯ヲ武士ノ役ト心得ベカラス死人ヲ切ル二異ナラス故二介錯申付ラルゝ時二請二秘事有リ介錯二於テハ無調法二御座候但シ放討ナラバ望所二御座候ト可申何分介錯仕レト有ラバ此上ハ介錯スベシ作法二掛ルベカラズ譬切損シタリトモ始メ二コトワリ置タル故失二非ス秘事也能覚悟スベシ
読み
 古代には介錯を好まず其の故は、介錯を武士の役と心得うべからず、死人を切るに異ならず、故に介錯を申し付けらるゝ時に秘事有り。
 介錯に於いては、「無調法に御座候但し放し討ちならば望む所に御座候」と申し「何分介錯仕れ(つかまつれ)と有らば介錯すべし、作法に掛かるべからず、譬え切り損じたリともはじめに断り置きたる故失に非ず」秘事也能く覚悟すべし。

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2018年12月 4日 (火)

曾田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く29神心八相事3軍中首取様ノ事

曾田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
29、神心八相事
3軍中首取様ノ事
 軍中首取様ノ事 敵ノ首ヲ取ル二咽ノ方ヘ刀ヲヤリカキ切ルトキハ切レヌ物也切レテモ間ヲ取ルナリ先錣ヲ上へ押シ上ゲウナシヨリ刀ヲ突立首ノ大骨ヲ突切ッテ後刀ヲ踏テフミ切テ一方ノ肉ヲカキ切ルベシ故二上手ノ搔キタル首ハ二刀二切目手際二切レテ有ルトゾ
 以上 居合印可口受之覚終
読み及び読み解く
 軍中に於いての首の取り様の事が語られています。
 敵の首を取るのに、咽の方へ刀を当てて搔き切る時は切れないものである。切れても手間を取るので、まず錣(しころ)を上へ押し上げ項(うなじ)より刀を突き立て首の大骨を突き切って、後、刀を踏んで切って一方の肉を搔き切るのである。
 それ故に上手の人の搔き切った首は、二筋の刀の切れ目があり手際よく切れている、とのことである。
 以上 居合印可口受の覚え書き終わり
 「軍中首取様ノ事・・・・・・・切レテ有ルトゾ」で締められています。この覚えを語ったのは第九代林六大夫守政で覚書したのは第十代林安大夫政詡でしょう。戦場での経験が無い二人でしょうから、経験を語ったとは言えないので、この様に締めたのでしょう。
 この項を書きながら、首を取る事の意味を改めて思いに耽るのでした。ほんの400年前の事なのです。
 日本人同士の殺し合いは、150年前の事であり、若者を戦場に駆り立ててお国の為と云って銃砲に晒したのは、たった73年前の事です。
 そして同様に、戦闘員では無い多くの民間人が無差別殺戮にあったのも73年前の事です。
 それを、戦争を仕掛けなかったらば国が亡びるのだから仕方が無かったと考える人は、73年前までに戦闘員育成教育を受けた方達の頭の中にこびりついている筈です。
 既に国という仕切り線は多くの所で切れています。人としてこの地球に如何に共存して生きていくかが問われている時代でしょう。
 この時代、居合を学ぶ事、更に武術として修錬する事は何なのか、得るものは何かこの道に踏み込んだ人が、一人一人の思いで考え、やるべき事を強い意志をもって貫き通す時代でしょう。付和雷同して安住の地を求めている様な、あるいは思い通りにならないのは社会や誰かさんによって虐げられているなどと暴力を振るうなどは、人頼りもいいとこです。
 此処までの曽田本その1は術理を語ってくれていました。武術の術理は日常生活を全うするにも良い導きを示してくれている事に思い至った方も多かったと思います。
 更にその先にあるものは、「武術は人間のコミュニケーションの最終手段である」事を思いながら、人殺しの武術を昇華出来ればと思いながら、残された曽田本その1を読み進んで行きます。
 

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2018年12月 3日 (月)

曾田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文29神心八相事3軍中首取様ノ事

曾田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
29、神心八相事
3軍中首取様ノ事
 軍中首取様ノ事 敵ノ首ヲ取ル二咽ノ方へ刀ヲヤリカキ切ルトキハ切レヌ物也切レテモ手間ヲ取ルナリ先錣ヲ上へ押上ゲウナシヨリ刀ヲ突立首ノ大骨ヲ突切ッテ後刀ヲ踏テフミ切テ一方ノ肉ヲカキ切ルベシ故二上手ノ搔(カ)キタル首ハ二刀二切目手際二切レテ有ルトゾ
 以上 居合印可口受之覚終
読み
 軍中において首取り様の事 敵の首を取るに咽の方へ刀をやり搔き切る時は切れぬもの也 切れても手間を取るなり 先ず錣(しころ)を上へ押上げ項より刀を突き立て首の大骨を突き切って 後刀を踏みて踏み切って一方の肉を搔き切るべし 故に上手の搔きたる首は二刀に切目ありて手際に切れて有るとぞ
 以上 居合印可口受之覚終

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2018年12月 2日 (日)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く29神心八相事2虎乱剱事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
29、神心八相事
2虎乱剱事
 虎乱剱事山野幽谷ヲ通ルトキ虎狼抔或ハ手負獅子抔我ヲ目懸テカゝリ来ルトキ場ヲ見合セ前一方明テ三方フサガリタル穴ノ如クノ所二寄ッテ膝ヲ組刀ヲ抜キ切先ヲ向フ二シ右脇ヱ引付テ構ベシ猛獣飛デカゝレバ己ト貫カルゝ也柄を腹へ當テゝ真向フニ構ル事ナカレ猛獣ノイキヲイニテ腹へ強ク當リ不覚ト成ル也
読み及び読み解く
 虎乱剱の事(こらんけんのこと)、山野幽谷を通る時、虎狼などあるいは手負の獅子など我を目掛けて懸かり来る時、其の場の状況を見合せ、前一方が開いていて三方(右左後)が塞がっている穴の様な所に身を寄せて、膝を組んで刀を抜き、切先を前に向けて右脇に柄を引き寄せて構えるのである。
 猛獣が飛び懸って来れば自ずと貫かれるのである。柄を腹に当てゝ真前に切先を付けて構えてはならない。猛獣の勢いによって腹へ強く当たり不覚と成るものである。
 前方から飛び懸って来る相手への応じ方の一つとも広義に解釈できるかなとも取れます。
 日本には江戸時代でも虎、獅子の類は生存していないけれど、この例として凶暴な猛獣の攻撃に応じる方法を述べているのでしょう。
 狼も明治には耐えてしまったようですが、野犬はいたでしょう。
 譬えを猛獣としていますが、一人対大勢などの場合や、集団戦争の様な場合にも、この心得は持つべきものかも知れません。
 前を開けて一方からしか攻めてこれない場取りの重要さを上げて居ます。
 次に刀を前に向けて攻め込んで来ても、相手は多くの死傷者を出す状況と、我はいたずらに逃げ回るのでは逆に隙だらけとなって勝つ事は出来ないと教えているのでしょう。
 更に、敵の攻撃によって自損しない防御と攻撃が一体となった体勢を、低く座して切先を前に向け右脇に絞めて構える事を促しています。
 この場合の坐仕方は、右膝を立て左膝を地に着き踵を挙げた八文字、所謂体構えの立膝でしょう。
 集団での攻防でも背水の陣で逃げ道は無く、前方からしか攻撃を仕掛けて来られない場の取り方まで示しています。

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2018年12月 1日 (土)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文29神心八相事2虎乱剱事

曽田本その1
7.い合い兵法極意巻秘訣原文
29、神心八相事
2虎乱剱事
 虎乱剱事山野幽谷ヲ通ルトキ虎狼抔或ハ手負獅子抔我ヲ目懸テカゝリ来ルトキ場ヲ見合セ前一方明テ三方フサガリタル穴ノ如クノ所二寄ッテ膝ヲ組刀ヲ抜キ切先ヲ向フニシ右脇ヱ引付テ構ベシ猛獣飛デカゝレバ己レト貫カルゝ也柄ヲ横ヘ當テゝ真向フニ構ル事ナカレ猛獣ノイキヲイニテ腹へ強ク當リ不覚ト成ル也
読み
 虎乱剱事(こらんけんのこと) 山野幽谷を通る時 虎狼抔あるいは手負の獅子抔我を目懸けて掛かり来る時 場を見合せ前一方を開けて三方塞がりたる穴の如くの所に寄って 膝を組み刀を抜き 切先を向こうにし(前に向け)右脇へ引き付けて構えるべし 猛獣が飛んで懸れば己と貫かるゝ也 柄を横へ当てゝ真向に構える事勿れ 猛獣の勢いにて腹へ強く当たり不覚と成る也

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2018年11月30日 (金)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く29神心八相事1手裏剱

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
29、神心八相事
1手裏剣
○柄口六寸  敵ノ柄口也
○軍場太刀
○手裏剱
 手裏剱他流ニテ敵二刀ヲ投付タルヲ手裏剱ト云當流ニテ云所ハ別也敵ノ透間ヲ見テカタ手ヲハナシテ敵ノ面二突込ムナリ亦互二ユキ合二我ハ片手ヲハナシノリニテスグ二突込ム也躰ハ自然二ヒトヱ身二成ル也敵太刀ヲ下スト云へ共我太刀ニテカラリト避ル心持アリ鎗二突手ナシ剱術二切手ナシ云是也大イ事故二諸流共二突手ハ仕組二アラワサゞルナリ手裏剱ト軍場ノ剱似タレ共心二甚違フ
読み及び読み解く
 先ず「神心八相」を「神心入相」と読んでみました、意味は「神の心を相いれる事」でしょう。
 河野百錬先生の無双直伝英信流居合兵法叢書では「神心八相事」と書かれています。「かみごころはっそうのこと」と読んだのでしょう。曽田先生の癖字は、雰囲気が「八」と「入」が似ています。
 「入」は左の払いの上に右払いがすき間なく付いて乗っていますが、「八」は左払いの上に離れて右払いが書かれています。この写本では「入」にしか見えません。
 木村栄寿先生の昭和63年再版「林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流伝書集及び業手付解説」では、居合兵法極意巻秘訣印可部に「神心八相事」とP82に読み取られて、河野先生同様にされています。
 細川家の原本から借用された伝書であれば、「八相」が正しい書写であるかも知れません。
 極意の秘訣ですから「神心及び釈迦の教えの事」を我が心に極意とすると意味を捉えるものだろうと思います。
 「八相」は、仏教用語にある「釈迦八相」を意味しています、それは釈迦の生涯を意味するもので以下の八相です。
①降兜卒(ごうとそつからこの世に下りて来る)
②託胎(受胎する)
③出胎(生れ出る) 
④出家(家を出る)
⑤降魔(悪魔を降伏)
⑥成道(正覚をひらく)
⑦転法輪
⑧入滅
 その外に八相は「威・厚・清・古・孤・薄・悪・俗」の八つの人相を表わすもので、剣術の八相の構えを想像するものでは無いでしょう。
 しかし「神心と八相の事」のままでは意味が通じません。答えも恐らく古伝を最後まで読み進み、何度も足踏みしながら、其の時の自分のレベルでしか理解し得ないかもしれません。
 土佐の居合には時々思いもよらぬ業名や呼称が付けられています。意味不明な符号程度に読み覚えても良いかも知れません。しかしそこに留まり、自分なりに読み解かなければ先師の教えには届かず、業の決まらない棒振りに明け暮れてしまうでしょう。
手裏剣を読み解く
 手裏剣は他流においては、敵に刀を投げつけたるを以って手裏剣と云う。当流にて云うところは別である。
 敵の構えの透間を見出だすや、両手で柄を握り 構えているその片手を放して敵の顔面に突き込むのである。
 亦、互に行き合う時に我は片手を放し、敵の打ち込む刀に乗って直ぐに突き込むのである。
体は自然と一重身になるものである。
 敵は太刀を振り下ろすと云えども我が太刀にてからりと避ける心持である。槍に突き手なし、剣術に切り手なしと云うのは是である。
 おおいこと故に諸流共に突き手は仕組(組太刀)の業技法に顕わしてはいないものである。手裏剣と軍場の剣とは似ているが其の心には甚だ違う。
 この文章から、動作を付けて業としての術が十分果たせるには、敵の打込みや槍などの突きなども、からりと避けて突き込むと書かれています。「からりと避ける」は「ひらりと避ける」では無さそうです。
 更に、突くには一重身になるのですから敵の打込みも突きも筋を入れ替えて突くのでしょう。
 その上 敵の、槍での突きも切らんとする 打込みも受け乍ら外してしまう極意とも取れます。それを「我は片手を放し「のり」にて直ぐに突き込む」の事が表している様です。
 神の御心や仏の心が無ければ出来るものでは無い、かも知れません。
 
 

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2018年11月29日 (木)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文29神心入相事1手裏剱

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
29、神心入相事
1手裏剱
○柄口六寸  敵ノ柄口也
○軍場太刀
○手裏剱
 手裏剱他流ニテ敵二刀ヲ投付タルヲ手裏剱ト云當流ニテ云所ハ別也敵ノ透間ヲ見テカタ手ヲハナシテ敵ノ面二突込ムナリ亦互二ユキ合二我ハ片手ヲハナシノリニテスグ二突込ム也躰ハ自然二ヒトヱ身二成ル也敵太刀ヲ下スト云へ共我太刀ニテカラリト避ル心持アリ鎗二突手ナシ剱術二切手ナシ云是也大イ事故二諸流共二突手ハ仕組二アラワサザルナリ手裏剱ト軍場ノ剱似タレ共心二甚違フ

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2018年11月28日 (水)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く28中夭之大事11軍場ノ剱

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
28、中夭之大事
11、軍場ノ剱
 軍場ノ剱鹿相成革具足ハ格別惣而甲冑ハ切ッテハ中々切レ難シ況ヤ心懸ノ武士ハ甲冑の札堅キヲ撰テ着スル故二切ッテハ却而マケヲ取ルベシ我モ能キ鍛ノ甲冑ニテ身ヲフサギタレバ少シモ恐無ク少々切ラレテ成共我ハ敵ノ面二突込ベシ相下シ二下ス所二而切先ハ面二残シスグ二突込ムベシ返々我ハ切ラレテ敵ヲバ突合点肝要也
読み及び読み解く
 軍場の剱(ぐんばのけん・いくさじょうのけん)とは、鹿にて相成る革具足は格別である。
 総じて甲冑は切っては中々切れ難し、況や心掛けの良い武士は、甲冑の札(さね)堅きを選びて着する故に、切っては却って負けを取るであろう。
 我も良き鍛えの甲冑にて身を塞いでいれば少しも恐れなく少々切られても、我は敵の面に突き込のである。
 双方とも刀を相下ろしに下す処、切先は打ち下ろした顔面に残し、すぐに敵の面に突き込むのが良い。
 返すがえす、我は切られて敵をば突くのである。合点する事肝要である。
 軍場の剱についての解説がやっとはっきり理解できました。甲冑は簡単には切れないものであるから、切ったんでは致命傷にならないから負けるよ、と云っています。
  鹿革で堅い札(さね)を使った甲冑を選んで着すこと、そうすれば、少々切られても恐れる事は無い。
 我は切らずに突くのが良いので、双方打ち下ろした時、我は下まで打ち下ろさずに顔面で留めて即座に突き込む事が肝要だ、合点しておくようにと教えています。
 是で命半ばで不慮の死を遂げない様に、如何に心がけるかの極意の数々の教えを終ります。
 一読して、「何だ迷信に過ぎないじゃないか」と、打ち捨てる程度のものとしておくには勿体ない気がして、如何に昔の人であっても、全ての人が証明のない事を信じたかは疑問でした。
 「おおらか」な気持ちで考えて見れば、昨日と違う今日の現象を運勢にこじつけて、為すべきことを全うするために、出がけに今一度心を落ち着かせて、これで良いのかと見直してみる心構えの大切さ、譬え迷信であろうといつもと違う現象に心を落ち着かせる事も極意と云うのかも知れません。
 
 
 

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2018年11月27日 (火)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文28中夭之大事11軍場ノ剱

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
28、中夭之大事
11軍場ノ剱
 軍場ノ剱鹿相成革具足ハ格別惣而甲冑ハ切ッテハ中々切レ難シ況ヤ心懸ノ武士ハ甲冑ノ札堅キヲ撰テ着スル故二キッテハ却而マケヲ取ルベシ我モ能キ鍛ノ甲冑ニテ身ヲフサギタレバ少シモ恐無ク少々切ラレテ成共我ハ敵ノ面二突込ベシ相下シ二下ス所二而切先ハ面二残シスグ二突込ムベシ返々我ハ切ラレテ敵ヲバ突合点肝要也
読み
 軍場ノ剱は、鹿にて相成る具足は格別である、総じて甲冑は切っては中々切れ難し。況や心がけあるの武士は甲冑の札(さね)樫きを選びて着する故に、切っては却って負けを取るべし。
 我も良き鍛えの甲冑にて身を塞ぎたれば少しも恐れ無く、少々切られてなるとも我は敵の面に突き込むべし。
 相下ろしに下す所にて切先は面に残し直ぐに突き込むべし、かえすがえす我は切られて敵をば突く、合点肝要也。

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2018年11月26日 (月)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く28中夭之大事10神明剱

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
28、中夭之大事
10神明剱
 神妙剱他流二テハ心ヲ明二〆敵ノ働ヲ見ヨト云トハ大二違ヘリ生死ノサカイナレバ平気トハ異リ然共忘ルマジキ事一ツ有リ則柄口六寸也柄口六寸実ハ抜口ノ事に非ス極意ニテ伝ル所ハ敵ノ柄口六寸也カマヱハ如何ニモ有レ敵ト我ト互二打下ロスカシラニテ只我ハ一図二敵ノ柄二打込也先身ヲ敵二ウマウマト振フテ右ノ事ヲ行フ事秘事也是神明剱也
読み及び読み解く
 神明剱について、神妙剱と云ったり神明鏡と云ったりその区別が明確になされているのか同じ事を云っているのかよくわからない処ですが、読み込んでみます。
 神妙剱は他流にては心を明らかにして(しめ)敵の働きを見よと云う、其れとは大いに異なり当流では、生死の境なれば平気とは異なり、然れども忘れる事があってはならない事が一つ有る。
 則ち柄口六寸である。柄口六寸実は刀の抜き口の事では無い。極意によって伝えるところは敵の柄口六寸である。
 構えは如何に有っても、敵と我と互に打ち下す頭にて只我は一図に敵の柄に打ち込むのである。
 先ず、身を敵にうまうまと振る舞い右の柄口六寸の事を行う事は秘事である。是は神明剱である。
 神妙剱は他流では心を明らかにして敵の働きを見て応じるのだと云います。一方当流は、そんな心を明らかになどと云っても生死の境なので平気である筈はない、心は暗闇だと云います。そんな状況でも忘れてならないのは、双方打ち下ろす頭に、我は一図に敵の柄に打ち込むのだと云います。それには、我が身を「只一打ちと打込ます様に振る舞い」我は敵の柄に一図に打ち込むのだとしています。それは秘事であり、神明剱だと云うのです。此処では神明剱と神妙剣は異なる様に思えます。
 あまり拘らずに先に進んでみましょう。少しずつ見えて来るかも知れません。それにしても不明瞭な言い回しです。
 
 

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2018年11月25日 (日)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文28中夭之大事10神明剱

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
28、中夭之大事
10神明剱
 神妙剣他流二テハ心ヲ明二〆敵ノ働ヲ見ヨト云トハ大二違ヘリ生死ノサカイナレバ平気トハ異リ然共忘ルマジキ事一ツ有リ則柄口六寸也柄口六寸実ハ抜口ノ事二非ス極意ニテ伝ル所ハ敵ノ柄口六寸也カマヱハ如何ニモ有レ敵ト我ト互二打下ロスカシラニテ只我ハ一図二敵ノ柄二打込也先我身ヲ敵二ウマウマト振フテ右ノ事ヲ行フ事秘事也是神明剱也
読み
 神妙剱は他流にては、心を明らかにしめ敵の働きを見よと云うとは大いに違えり、生死の境なれば平気とは異なり、然れども忘るまじき事一つ有り、則ち柄口六寸実は抜口の事に非ず、極意にて伝わる所は敵の柄口也。
 構えは如何にも有れ、敵と我と互に打ち下す頭にて只我は一図に敵の柄に打ち込む也。
 先ず我が身を敵にうまうまと振るうて右の事を行う事秘事也、是神明剱也。

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2018年11月24日 (土)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く28中夭之大事9打太刀の心

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
28、中夭之大事
9打太刀の心
 柄口六寸ノ勝行フ心持常ノ修行二習覚ニハ手近云へバ仕組ノ打太刀ノ心二ナルベシ打太刀ヨリ遣方二非ヲ入レヨク見ユル者也故二カサ二フルマウ事大事也カサ二掛ルノ気ハツカイ形ノ気トナルナリ工夫肝要ナリ心明鏡ノ事
読み及び読み解く
 柄口六寸の勝を行う心持ちは、常の修行で習い覚えるには、手近の事で云えば、仕組み(組太刀)の打太刀の心になるべし。打太刀より遣方に非(隙を?)を入れよく見えるものである。それ故に嵩に振る舞う事大事である、嵩に掛かるの気は遣い方(遣り方)の気となるので工夫肝要である。心明鏡の事である。
 さてこの読み下しでは、厄介です。以下の様に読み解いてみました。
 柄口六寸の勝を取るには、それをふだんの修行で習い覚えるには組太刀の打太刀の心になって遣方に打ち込みやすい非の打ちどころが有ると思わせることである。それ故に嵩に懸かっていく様に振る舞えば、遣方はここぞとばかりに嵩に懸かって来る。そこを逆に柄口六寸に取り勝事で心明鏡のことである。
 雷電刀の極意、「勝事無疵に勝と思うべからず我が身を先ず土壇となして後自然に勝ありその勝つ所は拳也」であれば、非の打ちどころを見せて打込んで来る処に自然に勝つ事を示唆して居ると考えます。
 まさに柳生新陰流の活人剣、剣術の極意でしょう。

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2018年11月23日 (金)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文28中夭之大事9打太刀ノ心

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
28、中夭之外事
9打太刀ノ心
 柄口六寸ノ勝行フ心持常ノ修行二習覚ニハ手近云へバ仕組ノ打太刀ノ心二ナルベシ打太刀ヨリ遣方二非ヲ入レヨク見ユル者也故二カサ二カゝルヲ嫌フ也ガッサリト明テ敵ハ只一ウチト打込マスルヤフ二フルマウ事大事也カサ二掛ルノ気ハツカイ形ノ気トナリ工夫肝要ナリ心明鏡ノ事
読み
 柄口六寸の勝を行う心持ちを、常の修行に習い覚えるには、手近に云えば、仕組みの打太刀の心になるべし。
 打太刀より遣方に非を入れよく見えるものである、ゆえに嵩に懸かるを嫌うなり、がっさりと開けて敵は只一打ちと打込まする様に振る舞う事大事也、嵩に懸かる気は遣方の気となり工夫肝要也。心明鏡の事。

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2018年11月22日 (木)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く28中夭之大事8柄口六寸

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
28、中夭之大事
8柄口六寸
 雷電剱諸流ノ剱術ノ教皆以我心ヲ明カ二シテ勝ヲ取事ヲ肝要トス當流ノ極意ハ表裏ノ違也敵二向カヱバ如何成人モ心ハクラ闇ト成ルナリ其マホウクラヤミ(真方暗闇 曽田メモ)ノ所ニテ一ツ行フベキ事有則柄口六寸ノ勝也是當流ノ極意也雷電刀ハ惣名二而変而ハ神妙剱トナリ軍場ノ太刀ト成ルナリ
読み及び読み解く
 この項は、前項と同じようなものですが、異なるのは、諸流の剣術は皆、心を明らかにして勝を取るのを肝要としているが、当流は、敵に向かえば、誰でも心は暗闇になるのである、その明暗の表裏の違いである。
 其の真っ暗闇の所で、一つ行うべき事は、則ち柄口六寸の勝、敵の拳に勝つものである。 
 是は当流の極意である、雷電刀は居合の業の総名であって、変じて神妙剱となり軍場ノ太刀となるのである。
 柄口六寸は敵の二星である、柄を握る拳に勝つ事である、と前回解説しました。同様の極意の記述ですが、此処で新たに述べられているのは、他流では敵と相対しても、心を明るく斬られるなど後向きに思わず勝つことが肝要と教えている。それに引き換え当流は敵と対すれば命を無くす事も有ろうと真っ暗になってしまう。と真逆の心理から勝を取るものだと云うのです。
 そのポイントは敵の打ち込んで来る拳に勝つ事なのだと云う事です。恐らくこの教えは大森六郎左衛門の真陰流の教えであろうと思います。
 真陰流は上泉伊勢守信綱によるものでしょう。大森六郎左衛門の真陰流が如何様の物であったかは不明ですが、上泉伊勢守信綱の新陰流でしょう。
 神傳流秘書の大森流居合之事では、前え書に「此の居合と申すは大森六郎左衛門の流也 英信に格段意味相違無き故に話して守政翁(第9代林六郎左衛門守政)之を入れ候。六郎左衛門は守政先生剣術の師也。真陰流也、上泉伊勢守信綱の古流五本の仕形(組太刀)有りと言う」とされています。大森流あるいは無双直伝英信流正座の部は新陰流から大森六郎左衛門が創作したものでしょう。現代の新陰流にはそれらしき形跡は見られませんが、初期の大森流には新陰流と交わるものがあったかもしれません。
 上泉伊勢守信綱が新陰流を創始したのは天文十年代(1541~1550年)と言われます。
 柳生新陰流の柳生宗厳による新陰流截相口伝書事は慶長8年1603年の事と言われます。
 この土佐の居合の古伝神傳流秘書は文政二年1819年に山川幸雅によって書き写されたもので元の原本は無いものと思います。第9代の伝えたものを第10代が書き記したと思われ、1750年以降のものと推察しています。新陰流創設からの200年、柳生新陰流の伝書から150年以上後のものですから、元になったものが何なのかすらわからないと云えます。
 大森六郎左衛門の真陰流が何かはわからないでしょう。しかし土佐の居合の古伝の至る所に現代でも読む事や学ぶ事が出来る新陰流が見え隠れするのに驚いています。

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2018年11月21日 (水)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文28中夭之大事8柄口六寸

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
28、中夭之大事
8柄口六寸
 雷電剱諸流ノ剱術ノ教皆以我心ヲ明カ二シテ勝ヲ取事ヲ肝要トス當流ノ極意ハ表裏ノ違也敵二向カヱバ如何成人モ心ハクラ闇ト成ルナリ其マホウクラヤミ(真方暗闇 曽田メモ)ノ所ニテ一ツ行フベキ事有則柄口六寸ノ勝也是當流ノ極意也雷電刀ハ惣名二而変而ハ神妙剱トナリ軍場ノ太刀ト成ルナリ
読み
 雷電剱は諸流の剣術の教えが皆以て心を明らかにして勝を取る事肝要とす。当流の極意は表裏の違い也。
 敵に向かえば如何なる人も心は暗闇となるなり、其の真方暗闇の所にて一つ行うべき事有り、則ち柄口六寸の勝ちなり。
 是れ当流の極意也、雷電刀は総名にして、変じては神妙剱となり戦場の太刀となるなり。

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2018年11月20日 (火)

第17回古伝研究の集い

土佐の居合 古伝神傳流秘書による古伝研究の集い

第17回古伝研究の集い

 無双直伝英信流居合の古伝神傳流秘書を曽田虎彦先生の直筆本から読み解いて古の居合を研究しています。

 今年は主として大剣取・小太刀之位を古文書を紐解きながら動作に転換してまいりました。17回からは主として大小詰・大小立詰を研究いたします。

 参加していただいた方の師伝が如何様であろうとも、他流や居合以外の武術であろうともそれを参考に古伝の手附から学んでいきます。

 ご参加いただいた方が、夫々「我が師」であることをご認識いただければ幸いです。

ー記ー

1、期日

  第17回:

    平成30年12月13日(木)

    15:00~17:00

    見田記念体育館 多目的室

    ・

    平成31年1月24日(木)

    15:00~17:00

    見田記念体育館 多目的室

2、住所

   見田記念体育館

   248-0014

   神奈川県鎌倉市由比ガ浜2-13-21

   TEL0467-24-1415

 3、アクセス

  ・鎌倉体育館・見田記念体育館

 JR横須賀線・総武線快速(大船乗り換え)

   鎌倉駅東口下車海岸方向へ徒歩10

   鎌倉警察署裏

   (駐車場 鎌倉体育館にあり)

4、費用:会場費等割勘のみ500

5、参加申込: このブログにコメントいただくか直接ご来場ください。

6.研究会名:湘南居合道研修会 鎌倉道場

7、御案内責任者:ミツヒラこと松原昭夫

         平成31年11月20日 訂正記

 

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曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く28中夭之大事7雷電刀

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
28、中夭之大事
7雷電刀
 雷電刀ハ惣名也則柄口六寸也変而神妙剱ト成戦場之剱ト成智仁勇備ラザレハ其事(業)行フ事不能智仁勇ノ三徳有ト云へ共眼心足能ク利サレバ勝ヲ取ル事ナラス故二如図配當セル也
 読み及び読み解く
 雷電刀は惣(総)名である、則ち柄口六寸である。変じて神妙剱となる。戦場の剱となる。智仁勇備わざればその事(業)行う事能わず。
 智仁勇の三徳有りと云え共眼心足能く利(キメ 曽田メモ)ざれば勝を取る事ならず、故に図の如く配当せる也。
 この一文は全くこのままでは意味不明の教えであって、失念したまま消えてしまうと思われます。
 雷電刀は総じて居合兵法を指すもので、それは柄口六寸之事である。この事は英信流居合目録秘訣の外之物ノ大事述べられている事から、当流の秘中の秘で「夢うっつの如くの所よりひらりと勝事有、其の勝つ事無疵に勝と思うべからず。我が身を先ず土壇となして後、自然に勝ち有り、其の勝つ所は敵の拳也」と示されています。
 現代居合では拳に勝つ「柄口六寸」の極意は、まず聞かされたことも、業として見せられたことも、当然指導された事も無いものです。
 組太刀の「詰合」は一本目出合は「楽々居合膝に座したる時相手左足を引き下へ抜き付けるを我も左の足を引きて虎の一足の如く抜いて留め・・」と相手の足への斬り込みを我は受けていますが、この可笑しな抜き合わせは一本目から「四本目鱗形」まで続きます。
 「詰合は二星につづまる敵の拳也二星一文字と云う時は敵の拳を抜払う事也惣じて拳を勝事極意也」とされ、詰合の稽古は手附に拘らず奥へ奥へと踏み込むことを示唆しています。
*
Img_1593
添付写真の図は曽田本に付されたものです。
左から(上から)
観音・弁財天・勢至 是れ三つは尊き具足也
智・仁・勇
雷電剱・神妙剣・軍馬剱
眼・心・足
 

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2018年11月19日 (月)

第六回違師伝交流稽古会を終えて

第六回違師伝交流稽古会を終えて
 ミツヒラブログを発端として、同じ無双直伝英信流でもその師伝の異なる方々との交流稽古会をいつの間にか第六回を迎えました。
 11月17日は雨かも知れない、と天気予報に敏感になっていたのですが、良い天気に恵まれ新幹線からの富士山も雪を被って光っています。
 
 新神戸駅で12時に全員集合できました。
 
 違師伝交流稽古会は第一回は大森流・第二回は英信流・第三回は太刀打・第四回は小太刀之位・第五回は詰合と続けて来ました。
 恐らく、無双直伝英信流を業ずる方は、最初に師と仰いだ師匠の業技法に捉われその範囲を超える事も、消化する事も昇華することも出来ず、初代関東地区連盟会長の太田次吉先生の言われる「弟子たる者師匠の出来ない事でもやれ」すら聞かされる事も無く「師匠の言う通りやっていればいい」と言われたままその形のみを励んでおられる事でしょう。
 そして、勝手な解釈をして「昔はこうだった」といじくりまわして出鱈目な居合を良しとしているのでしょう。
 第六回は大剣取、古伝を片手に師伝により身に着けた業技法を元としながら、古伝の文言を解釈して業技法を復元し、志のある方達と己の解釈とそれによる技法の実技演武を二日間に亘り行いました。
 
 大剣取は信頼できる業手付の解説書は、政岡壱實先生の無双直伝英信流居合兵法地之巻位でしょう。之には仕打の攻防の方法及び写真も付されています。
 解説の無い古伝の文言は、曽田虎彦先生から神傳流秘書を送られた河野百錬先生の無双直伝英信流居合兵法叢書、細川義昌先生の伝授された伝書による木村栄寿先生の林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流伝書集及び業手付解説の目録口伝和口伝居合兵法極意書「和大剱捕軍場組附」に見られます。何れも絶版で国会図書館辺りでしか手にする事は難しいと思います。
 他に見るべきものは見当たりません。
 何処かで打たれてビデオ撮りされyoutubeに投稿されているかと探すのですが見当たりません。あったとしても古伝の解釈であるか疑問です。
 無双直伝英信流の組太刀は太刀打之事・詰合・大小詰・大小立詰・大剣取が順番になっています。
 現代居合では古伝の太刀打之事すら打てず大江先生が中学生向きに改変した無双直伝英信流居合之型を太刀打之位と称して可笑しなものを七本打っているのがせいぜいです。
 横道にそれましたが、古伝を解釈して今に伝えているのは政岡壱實先生の地之巻をバイブルとされる方のみが政岡先生解釈の大剣取を打たれておられると思います。
 せっかく残された木村栄寿本も河野百錬本も本立ての隅に埋もれていたり、遺族の方が捨ててしまったりしているのでしょう。それらの貴重な資料すら知らないお偉いさんがごろごろおられて権威を嵩に権力を振りかざしているのも哀れです。
 私達古伝研究会のメンバーは政岡先生の大剣取りを充分研究した上、古伝の文言に従って一字一句も見逃さず、自分達の力量の精一杯を出し合ってこの違師伝交流稽古会に臨みました。
 古伝研究会そのものも、違師伝の方達の集まりであり、合気道も、古流剣術も学び、同じ無双直伝英信流も師匠も流派も連盟も異なる方達による研究会なのです。
 従って解釈も業技法も異なります。それでも「こうであろう」という一致は見出して行かれるものです。
 そして、一つの方向を見出し、違師伝交流稽古会に臨んで行きました。
 大剣取は無双直伝英信流の居合から剣術に至り、極意の柄口六寸を身に着け更に無刀に至る門口に立つ業技法の修得を目的とするすさまじい業です。
 交流稽古会は、居合の所属年数や段位に少しも拘らず、まして男女や年齢も拘る事はありません。
 同じ古伝のたった二行ほどの文言から、業を繰り出してゆきます。
 参加者は大きく三団体に別れますので三ケ所の解釈による模範演武を拝見し、何故その様に解釈したかの説明をいただきます。
 批判はしてもその理由に納得し否定はしない、これは交流稽古の鉄則でしょう。とことん稽古された中から生み出されたものは、稽古もしていない者に否定できるわけはないものです。
 説明を受ければ納得です。模範演武を拝見して早速夫々組を作って研究会です。経験や力量に応じてそれぞれの業技法を学んでみます。
 形だけでも簡単に出来ませんし、まして術が決まるには十分な修練が必要です。
 自分達の研究したものとの違いから気付く事も多く改正の糸口も広がります。
 初心の方はきっと、一本目の極意技「相手居合膝に坐し居る處へ小太刀をさげかくる相手抜き打つを放し入りてさす」の抜き付けられて避ける事からつまづくことになります。
 しかし、あきらめずに繰り返すうちに何とかなり始めるものです。
 一本の業を一時間程かけて学ぶ、しかもベテランも初心者も同じ事を体感し稽古することは素晴らしい事です。
 身に着けた方から手ほどきを受けて即座に開眼する事も、頭で解っても体が理解できないもどかしさも、すべて良い経験として古伝を学ぶ切っ掛けが得られた事でしょう。
 二日間、ひたすら学ぶ姿は素敵です。
 教わる事は教える事、教える事は学ぶ事。
 自らそれを再認識した素晴らしい二日間でした。
 来年の違師伝交流稽古会の課題は、大小詰・大小立詰の研究会となります。明治以来特定の先生の系統として演じて固執して来た無双直伝英信流の業技法を、同流他派の方達と素直な気持ちで学び直すなど私達だけの至福の一時です。
 師伝をより完成させ昇華できれば「弟子たる者師匠の出来ない事でもやれ」の大きな心に近づいて行けるのかも知れません。
 参加された皆様ありがとうございました。
 帰路につく新神戸駅近くの布引ハーブ園のロープウエーから眺める神戸の街、海の向こうに見える陸地と、茜に染まる空に、何時までも同じままでは無い自然の有り様を思う時、この道を歩く勇気が湧いて来るのもうれしい事です。
 
 

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曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文28中夭之大事7雷電刀

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
28、中夭之大事
7雷電刀
 雷電刀ハ惣名也則柄口六寸也変而神妙剱ト成戦場之剱ト成智仁勇備ラザレハ其事(業)行フ事不能智仁勇ノ三徳有ト云へ共眼心足能ク利(キメ)サレバ勝ヲ取ル事ナラス故二如図配當セル也
読み
 雷電刀は惣名(総名)也 則ち柄口六寸也 変じて神妙剱となる 智仁勇が備わらざれば其の事(業)行う事不能 智仁勇の三徳有りと云えども 眼心足能く利(キメ)ざれば勝を取る事ならず故に図の如く配當せる也 
*
Img_1593_2

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2018年11月18日 (日)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く28中夭之大事6脇道を行

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
28、中夭之大事
6脇道を行
 亦曰難二逢事ヲ知ル事ハ前二云フ也知テ行カズシテ不叶事有其時ハ道ヲカヱ気ヲ転而可行気転スル時ハ自然二難ヲモ避ル事有ルベシ道ヲカユルト云フハ本道ヲ行所ヲ行カス〆脇ノ小道ヲ行クノ類ナリ
読み及び読み解く
 亦 曰く 難に遭う事を知る事は前に述べて来ているのである。知っても行かなければならない事がある其の時は、道を変え気を転じて行くのである。
 気を転ずる時は自然に難も避ける事があるであろう。
 道を変えると云う事は本道を行かずして脇の小道を行くような類の事である。
 ここの本道と云う意味は、一般的な人の行き交う道、あるいは目的地に至る近道などと考えられます。難に遭う事がわかったならば、今行くはずの道を避けて脇ノ小道を行けばよい。
 それには気を変えるべきだ、そうすれば難も自然に消えてしまう。
 そうかも知れません、一度この道と思うと何が何でも其処から離れようとしないのも人の常の様です。飽きっぽいとか、恩知らずとか世間体が気になってしまうものです。
 気を変えて、違う脇道から目的地に行く方が自分には合っているかもしれません。高い金を払って有名な師匠に付くよりも、安くとも名を知られて居なくとも、本物の師匠は別に居るかもしれません。道を選ぶことが出来るのは自分です。師を選ぶことが出来るのも自分です。
 到達するために、無駄な時間や金をかけ、ろくでもない師とも言えないぼんくらにかかずらわっていてもだめはダメでしょう。変わるのも、勇気のいる事です。目的は何であったかを忘れてしがみつくのは、居場所が無いと不安だからに過ぎないのです。初心の目的は何だったのでしょう。
 少々脇道にそれましたが、目的を達するには、難がある事がわかったならば別の路から目的地へ向かいやるべき事を達成しましょうと、極意はいっている筈です。 
 

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2018年11月17日 (土)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文28中夭之大事6脇道を行

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
28、中夭之大事
6脇道を行
 亦曰難二逢事ヲ知ル事ハ前二云フ也知テモ行カズシテ不叶事有其時ハ道ヲカヱ気ヲ転而可行気転スル時ハ自然二難ヲモ避ル事有ルベシ道ヲカユルト云フハ本道ヲ行所ヲ行カス〆脇ノ小道ヲ行クノ類ナリ
読み
 亦曰く 難に遭う事を知る事は前に云う也 知りても行かずして叶わざる事あり 其の時は道を変え気を転ずる時は自然に難をも避ける事があるべし 道を変えると云う事は本道を行く所 行かずして脇の小道を行の類いなり

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2018年11月16日 (金)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く28中夭之大事5心ノ落カセ様

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
28、中夭之大事
5心ノ落カセ様
 亦曰心ノ落カセ様二習有先口ヲフサギ噛ヲ呑ミ込ミテ心ヲ静ムベシ亦ハ小用ヲ達ス可シ能ク心ヲチツクモノ也
読み及び読み解く
 亦いわく心の落ち着かせ様に習い有り先ず口を塞ぎ噛む(唾を?)呑み込みて心を静む(沈む)べし 亦は小用を達す(たす)べし能く心落ち着くもの也
 行けば死ぬぞと脅されたので、心を落ち着かせなければ役目を果たせない、其処で心を落ち着かせる方法が述べられています。「心ノ落カセ」と書いてありますが「心の落ち着かせ」と読んでおきます。古文書は抜けが有ったりしますが「おおらかに」。
 亦曰く 心の落ち着かせの方法で習った方法がある。先ず口を閉じて奥歯をしっかりと噛む、噛んだら呑み込んで、高ぶった心を静めるのである。
 是で心が落ち着くのか解りませんが、気を紛らすには手っ取り早そうです。信じれば可能な事かも知れません。
 亦は、落ち着きが亡くなった場合は、小用をすれば心は落ち着くものである、とも言っています。この方が、自然に行われていた事かも知れません。心を落ち着かせるために小用をするのか、心が騒いで小用を催すのか経験のありそうなことです。
 
 

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2018年11月15日 (木)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文28中夭之大事5心ノ落カセ様

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
28、中夭之大事
5心ノ落カセ様
 亦曰心ノ落カセ様二習有先口ヲフサギ噛ヲ呑ミ込ミテ心ヲ静ムベシ亦ハ小用ヲ達ス可シ能ク心ヲチツクモノ也
 亦曰 心の落ち着かせ様に習い有り 先ず口を塞ぎ噛む(?)を呑み込みて心を静むべし 亦は小用を達すべし 能く心 落ち着くもの也

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2018年11月14日 (水)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く28中夭之大事4手ノ内ノイジ

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
28、中夭之大事
4手ノ内ノイジ
 亦曰放シ打(討)抔蒙ルト云カ亦ハ先二盗賊抔有二其道ヲ行時カ何フケ様ノ事有時ハ先ツ我カ手ノ内ノイジイジト有形ヲ見ベシ其形見へサル時ハヨクヨク心ヲ落シ付ケテ後行ベシ是我カ心転動シ闇マリタル印也
読み及び読み解く
 この教えも良くわからないものですが素直に読み解いてみます。
 亦曰 放し打ち抔蒙るですが、飛び道具でしょうか、それとも遠方に打つ事を命ぜられて出かけるのでしょうか。
 亦は先に進むと盗賊抔が居る事がわかっていながらその道を行かざるを得ない、その様な時は、先ず、我が手の内のイジイジ有る形を見るのである。「手の内のイジイジ」って何でしょう。状況から判断すれば、手相の線とも取れます。当時の流行語又は一部の人達だけに通ずる方言でしょうか。とにかく手の内で何か見えるものは、指紋、手相位がせいぜいです。
 それが、危険な所に行かざるを得ない時に見えない時は、「能々心を落し付けて」は心を落ち着けて、その後に行くべきである。
 是は我が心不安で動転してしまい、真っ暗闇になっている印である。
 やらねばならないが、状況を知れば事の重大さを知って、心が動転して判断できる状況で無くなるものです。
 手相すら見えない程の混乱です、心を落ち着かせてから行動しなさい。と云っているのでしょう。
 それにしても、「放し打」は初めて聞く言葉ですが、何処かにご存知の方はおられるでしょう。それでもこの読み解いた心づもりの内容で十分だと思います。
 菊池壮蔵さまから。「放し打ち」の解説のコメントをいただきました。ありがとうございます。
 上意による処刑の一つで、野放しの罪人を打ち果たす様に命じられるなどの事の様です。
 
 
 

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2018年11月13日 (火)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文28中夭之大事4手ノ内ノイジ

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
28、中夭之大事
4手ノ内ノイジ
 亦曰放シ打(討)抔蒙ルト云カ亦ハ先二盗賊抔有二其道ヲ行時カ何ンフ(ゾ)ケ様ノ事有時ハ先ツ我カ手ノ内ノイジイジト有形ヲ見ベシ其形見ヘサル時ハヨクヨク心ヲ落シ付ケテ後行ベシ是我カ心転動し闇マリタル印也
読み
 亦曰放し打ち抔蒙ると云うか 亦は 先に盗賊抔有るに其の道を行く時か 何ぞケ様の事有る時は 先ず我が手の内のイジイジと有る形を見るべし 其の形見えざる時は 能々心を落とし付けて後行くべし 是 我が心転動し闇まりたる印也

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2018年11月12日 (月)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く28中夭之大事3口中ノ事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
28、中夭之大事
3口中ノ事
 湯茶ヲ呑ム時我影不移ハ必毒飼カ其外難二逢フト知ルベシ
読み及び読み解く
 人生事半ばで死んでしまう事の無念さを避けるための用心と覚悟を教えている項目と思います。
 湯茶を呑む時に、我が影が茶碗の湯茶に映らなければ、必ず毒を飲まされるか(毒飼(毒害))、その外の難に遭遇するだろうと認識するべきである。
 毎朝食事時にお茶を飲んでいますが、茶碗の中に自分の影が映っているか否かを気にかけた事など有るでしょうか。
 茶碗の色によっては映りずらいのも有る様ですが、呑むほどに顔を近づけると大抵映っています。
 それと、我にふりかかる事態の予測とは証明のしようがありません。
 前回までの眼脈は迷信として伝えられているようです。小便の泡立ちは医学的に健康状態を判断する研究もされている形跡は有る様ですが、むしろ尿検査での数値の方が気になります。
 小便の泡が立たなかったら毒を盛られるなどの関係は現代では誰も気にしていないでしょう。
 この湯茶に影が映るうつらないは、毎日同じ場所で、同じ光線の中で、同じ茶碗で、同じ濃さのお茶で、同じ傾きでは確実に移るものです。
影の映り込みよりも、小便の色の方が健康では気になります。透明であれば糖尿病を、茶色であれば肝臓や腎臓の障害を気にしなければなりません。
 と云う事は、日常とは違う環境に置かれた場合には、その状況を読み取って安全に心掛けなさいと云う教えと考えれば、誰でもいつでも、何処ででも無意識にやっている事なのでしょう。
 戦いに臨む時の心得として、平常心になれよとの教えで納得です。
 
 
 

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2018年11月11日 (日)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文28中夭之大事3口中ノ事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
28、中夭之大事
3口中ノ事
 湯茶ヲ呑む時我影不移ハ必毒飼カ其外難二逢フト知ルベシ
読み
 湯茶を呑む時 我が影の映らざるは必ず 毒飼(毒害)か其の外の難に遭うと知るべし

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2018年11月10日 (土)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く28中夭之大事2小用之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
28、中夭之大事
2小用之事
〇朝起テ小用ヲトゝノフル二常ハ小用二泡立ツ也モシ泡立タザル時ハ其日毒飼二逢カ何ソ難二逢フト可知ル
読み及び読み解く
 朝起きて小用をする時に常には小用が泡立つのに もし泡立たない時は其の日毒飼(毒害 ?)に遭うか何ぞ難に遭うと知るべし
 この教えも、前回同様に、小便の泡立ちと毒を飲まされる事の科学的関連性には疑問です。小便が泡立たなければ其の日何か難に遭遇すると云うのも同様でしょう。
 小便が泡立つ場合は糖尿病や肝機能障害を指摘する医者もいるようですが、確定できるものでも無さそうです。
 この場合は、常に泡立っていたのに泡立たないから問題があると云う事で、何時も泡立っているならば食事や酒、運動などの影響が毎日決まって出ていたのかも知れません。
 泡立たない方が問題が無さそうですが、この極意の教えは、人知で計り知れない事への不安を取り去る為か、用心する心を持つ事の切っ掛け作りを教える、古人の経験かも知れません。
 いつもと様子が違う排尿に付いては、病気との関連性もある事も有るでしょうから勉強しておくのも悪い事では無さそうです。

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2018年11月 9日 (金)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文28中夭之大事2小用之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
28、中夭之大事
2小用之事
〇朝起テ小用ヲトゝノフル二常ハ小用二泡立ツ也モシ泡立タザル時ハ其日毒飼ニ逢カ何ゾ難二逢フト可知ル
読み
 朝起きて小用をとゝのうるに常は小用に泡立つ也 若し泡立たざる時は其の日毒飼いに遭うかなんぞ難に遭うと知るべし

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2018年11月 8日 (木)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く28中夭之大事1眼脈之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
28、中夭之大事
○眼脉(脈)之事
 眼脉(脈)之事人意趣有ッテ我ヲ招ク時カ或ハブッソウナル道ヲ通ラントスル時カ其外何ゾ気ガカリ二思ヘドモ行カズシテ不叶時我眼頭ヲ一寸押シテ見可シ常ハクルクルト火ノ散如クノ物見ユル也押テ火見ヱサル時ハ必ツゝシム可シ難二逢フノシルシ也
読み及び読み解く
 「中夭之事」とは、一般に使われるとは偏らない事の中庸とは違い、不審の死や若死の中夭を呼称に当てています。
〇眼脉(脈)之事(がんみゃくのこと)
 人が意趣あって我を招く時か、あるいは物騒な道を通らんとする時か、其の外何ぞ気がかりに思うのだが行かずしては叶わざる時、我が目頭を一寸押してみるべきである。常にはクルクルと火が散る様に見えるものだが、火の見え無き時は必ず慎むべきである、難に遭遇する徴しである。
 気がかりな事があれば、目頭を押して火が散らなければ不慮の死に遭うと云います。眼脈法とか三脈法などと何時の時代からか、云い伝えられた危険余地の方法だそうです。
 土佐に伝わる居合の極意とは言えませんし、関連性は無いでしょうが、用心には越したことは無いので、何か気がかりであれば過剰に反応し臆病になるか、過剰に反応し威嚇してしまうか、常の心得で用心するのか心の持ち様で状況は動くかもしれません。
 その覚悟を目頭を押してみて決めなさいと云うのでしょう。生死をかけての事ではそれも覚悟の切っ掛けであっても良いのだろうとふと思った次第です。

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2018年11月 7日 (水)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文28中夭之大事1眼脈之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
28、中夭之大事
〇眼脈之事
 眼脈之事人意趣有ッテ我ヲ招ク時カ或ハブッソウナル道ヲ通ラントスル時カ其外何ゾ気ガカリ二思ヘドモ行カズシテ不叶時我眼頭(マカシラ 曽田メモ)ヲ一寸押シテ見可シ常ハクルゝト火ノ散如クノ物見ユル也押テ火見ヱサル時ハ必ツゝシム可シ難二逢フノシルシ也
読み
 眼脈之事 人は意趣有って我を招く時か 或いは物騒なる道を通らんとする時か その外何ぞ気がかりに思へども行かずして叶わざる時 眼頭を一寸押してみるべし 常はクルクルと火の如く物見ゆる也 押して火が見えざる時は必ず慎むべし 難に逢(遇)うの徴し也

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2018年11月 6日 (火)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く27兵術嗜之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
27、兵術嗜之事
 武士ハ常二人二無禮スマジキ事無禮ハ敵ノ本也ツツシムベシ人ト口論スル共詞ヲタシナム可シインギン二無慮外我二勝ヲ可置事也扨夜中亦ハ旅道中気遣ノ所行時ハ左右ノ袖二小石ヲ入可持先々ノ勝有可秘々
Img_2323_2
 是は唯タ一二帰セヨト云フ事ナリ千変万化モツイニハ一二帰ス修行鍛錬シテヨク其一ヲ守ルノ外無シ其一トサス物ハ雷電刀柄口六寸ノ勝也當流二主トスル所ハ此外二無シト知ル可シ
読み及び読み解く
 兵術嗜(たしなみ)みの事の極意の呼称です。呼称と内容が不一致なのは土佐の居合に度々出て来るので軽く受け流すところですが、この項目は奥深いものです。
 武士は常に、人に礼を失する様な事をするものではない。無礼は敵を作る本である、慎むものである。
 人と口論したとしても、言葉を謹んで取り乱さない様にすべきものである。慇懃(親しみ深く丁寧)に慮外(無礼の無い様に)の無い事が我に勝をもたらすものである。
 扨、夜中亦は旅の道中で気遣いのあるような所を行時は、左右の袖に小石を入れて持つべきである、其れくらいの用心は怠ってはならない、先々の勝はあるものである。秘すべし、秘すべし。
 極意の意の教えに小石を用意する教えが付いているのは、違和感があるのですが、おおらかに読み込んでみました。
 次に丸の中に一の字が描かれ、大きい丸と小さい丸ですが意味の有るものか理解出来ていません。
 是はただ、一に帰せよと云う事である。千変万化の業技法も心得も終には一に帰す。
 修行鍛錬して能く其の一を守る外ない。其の一とは雷電刀、柄口六寸の勝の事である。当流に主とするところは此の外には無いと知るものである。
 この雷電及び柄口六寸はこの流の極意中の極意である事を強調しています。雷電に付いては英信流居合目録秘訣の外之物ノ大事5、6項目に述べられています。また、居合兵法極意巻秘訣にも詳しく後に出て来るものです。
 何度でも振り返って極意を頭に入れておきます。
雷電霞八相
 雷電霞の二ヶ条當流極秘中の秘にして大事この外に無し。請流に心明かにして敵の働きを見ると云う教え有れ共、當流には雷電の時の心、亦、霞越しに見るが如くの心の所に大事の勝ある事を教える也。
 夢うつつの如くの所よりひらりと勝事有、其勝事無疵に勝と思うべからず、我が身を先ず土壇となして、後自然に勝有、其の勝つ所は敵の拳也。くわしき事は印可に有。
 八相は四方八方竪横自由自在の事也、故に常に事形の修錬熟せざれば時に臨んで其の習い出る事無し。
 本文には教えを広く云う、亦、曰八相に打下すところにて大事の勝あり、即ち二星也。

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2018年11月 5日 (月)

己亥(つちのとい・きがい)

平成31年2019年は己亥(つちのとい・きがい)です。
 平成31年は1月1日から4月30日までと決められ、五月1日から新たな年号が始まる予定です。
 年号が変わる理由が今上天皇が退位し皇太子に地位が譲られると云う異例な事によるものです。是を機に新しい時代の先駆けとなる事を期待したいものです。
 天皇は男性のみが継承することになっているのもこの際うやむやにせずに、男女何れでも相応しい方で何の支障も無いと思います。
  残り少ない平成30年を振り返ってみます。
 相変わらず、政治家に対する陳情と、政治家の忖度が話題になって、国会で大騒ぎしても次の事件でマスコミが目をそらせば忘れ去られていきます。やったもの勝ち、やれやれ。
 文書の書き換えなどは都合が悪ければ日常茶飯事の様です。黒塗りの書類が続々、戦前の軍部の検閲による都合の悪い部分の消去の様です。
 沖縄米軍基地の移転についても、振り返る時間はまだあるのに強引に進めていく、民意を問うより、権威の崩壊を恐れている様に思えてしまう。
 国内を締めている米軍基地と空路、通信網などを考えれば米軍基地の縮小をもっと積極的に考える時でしょう。いつまでよその国の子達に頼っていくのでしょう。
 医学部入試に女子の評価が低く抑えられる可笑しな状況が表ざたになりました。何がそうさせたのかとことん追求すべきでしょう。
 私の主治医は全て女性で適切な判断を下していただいており、もう20年からのお付き合いです。
 このブログを読まれる方の多くは居合をされる方の様です。「居合をやってます」といえば「大変ですね」といわれて恥ずかしかったこと。
 居合はスポーツでは無いと云っていますが、スポーツよりひどい実態です。
 権力を手にしたと錯覚したスポーツ連盟の会長や指導的立場の人が、金品を要求したり、勝ち負けの判定までに口を挟んだりひどいものです。
 オリンピックで金メダルを取っている選手から練習場所を奪ったり、トレーナーや監督を切り離して他の者を押し付けようとしたり。
 やるべき事がわかっていない現状が浮かび上がっています。己亥の年にはそれらを綺麗に払拭したいものです。
1、
平成31年2019年の干支は己亥(つちのとい・きがい)
十干十二支の36番目
己(つちのと(土陰弟))は、十干の六番目、古代中国では天地の全ての物質を形づくるもとで五行(木・火・土・金・水)では土に当て、土の弟。
 己の読みはコ・キ・おのれ・つちのと。
 曲がりながら起き立つさまを示す。植物の若芽がむっくり起き立つ時期。学研漢和辞典では、古代の土器のもようの一部で、屈曲して目立つ目じるしの形を描いた象形文字。はっと注意をよびおこす意を含む。人から呼ばれてはっと起立する者の意からおのれを意味することになった。
 己の熟語、一己・自己・克己・励己・知己・修己など。
2、
 亥(い)の文字、ブタの全身に行き渡った骨組みを表わす。全部に行きわたることで十二進法が全部終結する意。よみはガイ・カイ・い。
 十二支では12番目時刻では午後十時及びその前後2時間、方角では北北西、動物ではイノシシに当てる(学研漢和辞典)
3、
亥の諺
  イノシシあるいはブタにちなんだ故事、諺、熟語はあまり使われる事は無いようですが少し紹介しておきます。
 後先見ずの猪武者
 射殺した猪 (死んでしまえば恐くない)
 猪も七代目には豕(いのこ)になる
 豕を抱いて息を忘る (欠点や醜さは自分では気が付かない)
 片側破りの猪武者 (進む事を知って退く事を知らない者)
 ししを食った報い (良い思いには困る事も起きるのは当然)
 猪の堀ったよう (乱雑で惨憺たる光景)
 猪見て矢を引く 
 猪突猛進
 猪垣・猪脅し・猪鍋
4、
猪を祀ってある神社
 京都   護王神社
 名古屋  猪子石神明社
 東京   福徳神社
 滋賀   馬見岡綿向神社
5、
猪を詠んだ和歌や俳句
 猪は俳句では季語は秋です。
 現代俳句や和歌には楽しいものが幾つもある様ですが、古いものはどうもピンと響いてきません。
 芭蕉 猪もともに吹かるる野分かな
 野分も猪も季語は現代では秋では無かったでしょうか。
6、
猪年の年齢と有名人
 1923年大正12年96歳
 1935年昭和10年84歳     美輪明宏・倉本聰・ジェームス三木
 1947年昭和22年72歳     西田敏行・泉ピン子・千昌夫・伊東ゆかり・ビートたけし
 1959年昭和34年60歳(己亥)渡辺謙・池上季実子・山口百恵・森公美子・榊原郁恵
 1971年昭和46年48歳
 1982年昭和58年36歳
 1995年平成07年24歳
 2007年平成19年12歳
 2019年平成31年00歳(己亥)
7、
己亥の年はどんな年だったでしょう。60年前から過去に遡ってみます。
①昭和59年1959年
 昭和天皇
 第二次岸信介内閣
 政府・自民安保条約改定試案発表・皇太子結婚式
 メートル法施行・教育テレビ開局・国民年金法公布
 伊勢湾台風・水俣病・岩戸景気はじまる
②明治32年1899年
 明治天皇
 第二次山県有朋内閣
 北海道旧土人保護法公布・特許法、意匠法、商標法各公布・国籍法公布
 中学校令公布・実業学校令公布・高等女学校令公布・著作権法公布・私立学校令公布
③天保10年1839年
 仁孝天皇
 徳川家慶将軍
 幕府渡辺崋山、高野長英らを捕える
 越前三国町で打ちこわし
 釧路厚岸で大地震
④安永8年1779年
 光格天皇
 徳川家治将軍
 ロシア船松前藩に通商要求拒否
 桜島大噴火
⑤享保4年1719年
 中御門天皇
 徳川吉宗
 松前矩広万石以上の格とし蝦夷渡航・通商規則定める
 江戸町奉行減員して2名とする
⑥万治2年1659年
 後西天皇
 徳川家綱将軍
 長崎飢饉、前年翌年各地区に風水害
 江戸両国橋架橋
⑦慶長4年1599年
 後陽成天皇
 豊臣秀頼大阪城に入る
 前田利家、毛利輝元、上杉景勝ら家康が伊達政宗、福島正則らと私に婚を約した事を責  る・石田三成家康を襲おうとする・三成家康を頼る
 八幡船禁止
⑧天文8年1539年
 後奈良天皇
 足利義晴将軍
 近畿、関東大洪水
⑨文明11年1479年
 土御門天皇
 足利義尚将軍
 蓮如山城山科に本願寺建設
⑩応永26年1419年
 称光天皇
 足利義持将軍
 明、南蛮の来襲(応永の外寇)
⑪延文4年1359年
 後光厳天皇・後村上天皇
 足利義詮将軍
 筑後川の戦い
 新千載和歌集成る
⑫正安元年1299年
 後伏見・伏見天皇
 久明親王将軍
 北条貞時執権
 元使鎌倉にて和平国書呈する
 一遍上人絵伝成る
⑬延応元年1239年
 西条天皇・後堀河天皇
 藤原頼経将軍
 北条泰時執権
⑭治承3年1179年
 高倉天皇
 清盛により関白を替え、法皇の近臣39人を解任
 後鳥羽法皇を鳥羽殿に幽閉
 平氏一門知行増加
 梁塵秘抄成る
⑮元永2年1119年
 鳥羽天皇・白河法皇
⑯以下略
 そうは言っても平成30年は平和だったというかも知れません。然しそうだったでしょうか。大雨、大地震、台風被害が頻発し、今までの安全安心の想定が通用しないような自然災害というより想定ミスが表面化しています。同じような事は自分の町や村でも起こり得るものでたまたま当たらなかったに過ぎない筈です。
 相変わらず企業の安全数値のごまかしや検査もれも頻発しています。これなどそれを担う行政機関や企業のモラル、担当部署のミスジャッジとしか言いようはありません。
 日本の技術は誇れるもの等の嘘に誤魔化されず、実態を把握して誇れるものになるべきでしょう。
 ガソリン価格の上昇や石油製品の海洋汚染は予測された事態なのでしょう。ガソリン車からハイブリットに切り替えただけでガソリンの消費が二分の一になりました。それでもガソリン車を売る業界にも首を捻ってしまいます。同時に石油製品の使用後処理のお粗末は原発同様子孫につけを廻しているにすぎません。
 少子化対策に学費の無料化などのバラマキ、そんな事よりも努力すれば認められ、望みが達せられる社会であってほしいものです。格差社会の拡大は眼に見えています。
 働き方改革なども同一労働同一賃金は当たり前の事であって差別して居た事の方がおかしい事です。しかし地位の補償と自己実現と云う世界は契約社員にはうやむやに見えてしまいます。
 働く場所も、グローバル企業はドンドン国外に生産拠点を移しています。我が家の近辺も御多分に漏れず企業移転が続々です。要するに無国籍企業になりつつあるのです。
 原因は、低賃金の労働力を求めての移転に過ぎません。目先の移動は生き残るためやむなしでしょうが、生産技術のロボット化などもっとむきにならなければ何れ安易な低賃金移動では限界になります。
 政府は逆に低賃金労働者を海外から移住させようとしています。問題は建設、農業、福祉関係の低賃金による労働者不足、それによる企業倒産を回避しようとする一過性の政策の様です。これもおかしなことで、住む処も、食べ物も、介護も他国の低賃金労働者に任せるなど論外の事でしょう。賃金を上げる政策を考えるべきもので、他国の方達を馬鹿にしています。
 このつけも必ず返されると思います。
 原発を容認する政府の姿勢も何処かゆがんで見えてしまいます。原発が無くても電力は賄えています。火力ではコストアップとなるそうですが、だから自然エネルギーの開発は急務なのでしょう。ともかく、その運用の仕組みは従来の電力会社に委ねられている様で遅々として進まず、国のテコ入れと方向性の明示も必要でしょう。
 風水害予想地区の見直しは急務です。人口減少、空き家の増加している今たてるべきでしょう。農業政策もお粗末で、草だらけの田畑を見ているだけでゾッとします。
 地方創生の実態も見えず口ばかりに過ぎません。
 アメリカ一国に委ねる防衛政策は限界なのでしょう。国防は自分で考え実行すべきであって、戦略的に他国の協力を仰ぐものでしょう。其の際一部の悪魔的思想によって過去の過ちを繰り返さず、全世界が平和で幸せな地球を目指すべきなのでしょう。戦地に赴いた方達が天寿を迎えられています。その子も既に70を過ぎなんとしています。生き字引が失われる前に本物の平和志向を目指せる国に住みたいものです。
 観光地に行きますと、ここは何処の国かと思う程の様々な方達の訪問であふれています。ありがたい事ですが、海外からの観光客をもてなす仕組みは地方都市では不十分です。
 インフラ整備をすればいいと云うものでは無さそうです。観光とは名所旧跡を見て帰るばかりではいずれ沈滞してしまいます。
 其処へ行けば、何かを経験し、人生が豊かな気持ちになれる様な発見を得られるもてなしを用意したいものです。
・・・・思いつくままに
 
 
 
 
 

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曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文27兵術嗜之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
27、兵術嗜之事
 武士ハ常二人二無禮スマジキ事無禮ハ敵ノ本也ツゝシムベシ人ト口論スル共詞ヲタシナム可シインギン二無慮外我二勝ヲ可置事也扨夜中亦ハ旅道中気遣ノ所行時ハ左右ノ袖二小石ヲ入可持先々ノ勝有可秘々
Img_2323
 是ハ唯タ一二帰セヨト云フ事ナリ千変万化モツイニハ一二帰ス修行鍛錬シテヨク其一ヲ守ルノ外無シ其一トサス物ハ雷電刀柄口六寸ノ勝也當流二主トスル所ハ此外二ナシト知ル可シ
 兵術嗜みの事
 武士は常に 人に無礼すまじき事 無礼は敵の本也 慎むべし 人と口論するとも ことばを嗜むべし 慇懃に慮外なく我に勝を置くべき事也 扨 夜中亦は旅 道中に於いて気遣いな所を行く時は左右の袖に小石を入れ持つべし 先々の勝ちあり 秘すベシ秘すべし
 是はただ一に帰せよと云う事也 千変万化も終には一に帰す 修行鍛錬して能くその一を守るの外に無し その一と指すものは雷電刀柄口六寸の勝也 当流に主とするところはこの外に無しと知るべし

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2018年11月 4日 (日)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く26倒臥之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
26、倒臥之事
 倒臥ス者ハアオノケ二臥タラバ首ノ方ヨリ打ベシ首ノ方依ラスバ左ノ方ヨリ打ツベシ左ノ方モ寄ラスバ右ノ方ヨリ打ベシウツブシ二フシタラバ足ノ方ヨリ打ツベシ手負イテ臥スカ計(ハカリゴト)ニテ臥カト知レカタキ時ハ石ヲ投付テ見ル可シ太刀刀ヲ出スヲ見ルト其侭打ツベシ
読み及び読み解く
 この極意の呼称もどの様に読み下すのでしょう。「倒臥之事」ですから、とうがのこと、たおれふすのこと、何れでもほかの読みでもあればそれでもいいのでしょう。もう誰も本当の処は解らないものです。
 倒れ臥す(仆れ伏す)者は、なのに、仰のけに臥すのですが其れもありです。敵が倒れて仰のけになっているならば、首の方より打ち込むのである、首の方に寄るのが不自由ならば左の方より打つのが良い、左の方も寄るのが不自由ならば右の方より打つのである。
 不自由を場の状況ではかろうとも、合わせて敵の武器の位置や手の位置なども考慮の内です。
 足の方から打たない処がポイントでしょう。理由は打ち込まんとすれば反撃して来る事を注意している様です。
 倒れている者を打つとは首を取るか止めを刺すかでしょう。敵ならば要注意です。更に云います。
 うつ伏せになっているならば足の方より打つのが良い。これはそうだなと思えます。
 それでも、傷を負って瀕死で臥しているのか、我を倒さんと謀り事で伏しているのか、顔が見えないので良くわからない、その様な時はうつ伏せになっている敵に石を投げつけて反応を見る事が大切である。
 石をぶつけられて反応したり、太刀刀を出して来れば其の侭打込んでしまえ。
 何か、幼稚な判断方法の様にも思えますが、そんなものでしょう。

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2018年11月 3日 (土)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文26倒臥之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
26、倒臥之事
 倒臥ス者ハアヲノケ二臥タラバ首ノ方ヨリ打ベシ首ノ方二依ラスバ左ノ方ヨリ打ツ可シ左ノ方モ寄ラズバ右ノ方ヨリ打ベシウツブシ二フシタラバ足ノ方ヨリ打ツベシ手負イテ臥スカ計(ハカリゴト)ニテ臥カト知レカタキ時ハ石ヲ投付テ見ル可シ太刀刀ヲ出スヲ見ルト其侭打ツベシ
読み
 倒臥之事(倒れ臥すの事、とうがのこと)
 倒れ臥す者は 仰のけに臥したらば首の方より打つべし 首の方に依らずば 左の方より打つべし 左の方も寄らずば右の方より打つべし うつ伏しに伏したらば足の方より打つべし
 手負て臥すか図り事にて臥すかと知れ難き時は 石を投げ付けて見るべし 太刀刀を出すを見ると其の侭打つべし 

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2018年11月 2日 (金)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く25翔通之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
25、翔通之事
 翔通ル者ハ向様ニハ打タレヌ也我カ前ヲヤリ過シ敵ノ右方後ヨリ打ツ可
読み及び読み解く
 この文章も解りづらいのですが、古文の言い回しを思い出して素直に読めばいいのでしょう。
 極意のこの項目の呼称は、「翔通の事」、翔け通る事を心得ろと云うのです。前を駆け抜けていくものは容易に、向う様(相手)には打たれないのである。
 我が前に居る敵をサットやり過ごし、敵の右後ろに廻り込んで打ち込むのである。
 剣道などと如何にも精神性を重んじるような、正面からの攻防以外は認めない不勉強な方には、この極意の教えは理解出来ても気にいらない事でしょう。
 そのくせ、誘いの隙を平気で作って裏をとる業の勉強はせっせとして居たりして。強くて速いばかりの剣術は剣術とは言えません。
 孫子の兵法も、兵法家伝書も、五輪書も読んだ事も無い、読もうとしない居合の古参がごろごろおられる様です。一般の方や海外でもよく読まれているものなのに・・。
 今頃、剣術を習って棒振りが上手くなっても、実戦で棒振りが役立つような白兵戦などやっていたのでは笑われてしまいます。上手に演舞しても自己満足に過ぎません。
 武術の極意の教えは、企業経営にも行政にも役立ちます。困難にぶつかった時にふと思い出して解決策がひらめくものです。何のために修行しているのか・・人間形成だと云った最高段位の先生「黙って俺に従え」だそうです。
 前に居た相手が突然消えて背後から斬られる・・・極意は切る方が身に着けるものです出来るかな~。

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2018年11月 1日 (木)

曽田本その1の7ページ居合兵法極意巻秘訣原文25翔通之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻き秘訣原文
25、翔通之事
 翔通ル者ハ向様ニハ打タレヌ也我カ前ヲヤリ過シ敵ノ右方後ヨリ打ツ可
読み
 翔通之事(しょうつうのこと、かけとうるのこと)
 翔け通る者は 向う様には打たれぬ也 我が前をやり過ごし敵の右方後より打つべし

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2018年10月31日 (水)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く24多勢一人之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
24、多勢一人之事
 敵多勢我一人ノ時ハ地利ヲ第一と心得可シ地利アシクハ敵ヲ前一面二ウクベシハタラキ心得ハ我左ノ方ノ敵ヲ目當二タゝカウ可シ敵後ヘ廻ラバ我モ左ノ敵二付後へ廻ルベシ真中二取籠ラレバ走リ二グ可シ敵一度二来ヌモノ也其間二先立来ル敵ヲ打ツ可シ幾度モニゲテハ打二スベシ
読み及び読み解く
 多勢に一人で戦う時の心得になります。その時、先ず地の利を第一と心得るのである。居合兵法極意巻秘訣では極意の心得が述べられてきました。地利には、自然現象もあると広義に解釈すべきでしょう。此処で振り返っておきます。
1、日を背に受ける
2、月を背にする
3、闇夜は身を沈める
4、風を背に受ける
5、雨の時は頭を垂れ、上段に構え敵を仰のかせる
6、雪の時は動かず敵の来るのを待つ
7、寒い時は生姜を口に含む
8、稲光を背に受ける
9、間が遠ければ敵の来るのを待つ
10、山坂では高い方に居る
11、細道では敵を前に受ける
12、逃げ道の無いところでは地利を計る
13、大道では敵を前面に受ける
14、山川岸堤踏石戸壁障子の類は我が右の脇に受ける
15、山川池沼深田石原草原下がりたる地では右に受ける
16、平地ちかければ飛び下り敵を足場の悪い所に置く
17、築地塀を右に受ける
18、野町では敵の足を薙ぐ
19、門戸を隔て敵多勢我一人、身を開いて居る
20、戸障子の有る方に敵が居る敵の構えを知り無形で応ずる
21、茂みでは逃げるフリをして敵を茂みから引き出す
 地利が悪い場合は敵を前一面に受ける様にして、戦う心得は、我の左の方の敵を目当てにして戦うのである。
 敵が後ろに廻り込んで来ようとするならば、我も左の敵に付けながら多敵の後に廻り込む要領で常に前面に敵を受けるように心得る。
 「敵後ろへ廻らば我も左の敵に付き後ろへ廻るべし」は、敵に後ろに廻られたらば、ではなく、敵の動きを察して応じるべきものでしょう。
 我は後ろに廻り込まれて真中に取り籠られたならば、左の敵を攻めている筈で取籠められた筈ですから、その隙を見つけて即座に走り逃げる。敵は一斉に追っては来れないもので、追いついて来た者を斬り、亦逃げ追いつかれたら斬るを繰り返し敵を崩してしまう。
武蔵は五輪書の水之巻で「多敵のくらいの事」で多敵との戦い方を述べています。
 「我が刀脇差を抜きて、左右ひろく太刀を横にすてゝかまゆる也。 敵は四方よりかゝるとも一方へおいまわす心也・・敵を一重に魚繋ぎに追いなす心にしかけて、敵のかさなると見へば其儘間をすかさず強くはらいこむべし、敵あいこむ所ひたと追い廻しぬれば はかのゆきがたし、又敵の出づるかたかたと思へば待つ心ありてはかゆきがたし。敵の拍子をうけてくづるゝ所をしり勝事也・・」(宮本武蔵著、渡辺一郎校注「五輪書」より抜粋)
 

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2018年10月30日 (火)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文24多勢一人之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
24、多勢一人之事
 敵多勢我一人ノ時ハ地利ヲ第一ト心得可シ地利アシクハ敵ヲ前一面二ウクベシハタラキ心得ハ我左ノ方ノ敵ヲ目當ニタゝカウ可シ敵後へ廻ラバ我モ左ノ敵二付後へ廻ルベシ真中二取籠ラレバ走リ二グ可シ敵一度二来ヌモノ也其間二先立来ル敵ヲ打ツ可シ幾度モニゲテハ打二ス可シ
読み
 敵は多勢我は一人の時は 地の利を第一と心得るべし 地利悪しくば敵を前一面に受くべし 働き心得は我が左の方の敵を目当に戦うべし 敵が後ろへ廻らば我も左の敵に付き後ろへ廻るべし 真中に取り籠らば走り逃ぐべし 敵は一度に来ぬものなり その間に先立ち来る敵を打つべし 幾度も逃げては打つにすべし

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2018年10月29日 (月)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く23一人大勢之事

曽田本その1
7.居合兵法極巻秘訣読み解く
23、一人大勢之事
 敵一人味方大勢ノ時ハ前後左右より取リマワシ打ツベシ
読み及び読み解く
 敵は一人で味方は大勢の時は、前後左右より取り廻して打つのである。「前後左右より取り廻し」は前後左右より取り囲む、取り籠める、とも違うのか首を捻る所です。
 次回に、我一人敵大勢の逆の状況の極意があります。その場合は取籠められた場合は、「走り逃ぐべし」と教えています。逃げるには相手が留まって隙が必要です。或は個々の場取りが不十分で、動きもまちまちで隙が出来る、其処を逃げる事になろうかと思います。
 ここでは、取り籠めるよりも、「取りまわし」逃げる隙を与えないか、取り籠めるや即座に斬るべきでしょう。

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2018年10月28日 (日)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣23一人大勢之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
23、一人大勢之事
 敵一人味方大勢ノ時ハ前後左右ヨリ取リマワシ打ツベシ
読み
 敵は一人味方は大勢の時は 前後左右より取り廻し打つべし

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2018年10月27日 (土)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く22二人一人之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
22、二人一人之事
 敵二人我ハ一人ニテ仕合時ハ二人ノ敵ヲ向二ウケテ右方ノ敵二掛ルべし気色ヲ見セテ左ノ敵ヲ立廻スベシ右ノ方ノ敵後ヱ廻ル時脇ヘ開キテ左ノ敵ヲ打ツベシ心得ナリハタラキワソノ時二有ベシ
読み及び読み解く
 我は一人で二人の敵を相手にする時の心得ですが、文章の表現が不十分なのか状況が明確に浮んで来ないのには困りました。
 敵が二人で我は一人で仕合う時は、二人の敵を正面に受けて、右方の敵に懸かっていく気色を見せながら左の敵を立ち廻すのである。
 この「左の敵を立廻すべし」の解釈ですが、我が右の敵を切る様な素振りなので、隙あらば切らんと様子をうかがっている左の敵の隙に付け込んで、我は斬り込むのですからあわてて「立ち惑う」とでも読めばよいかも知れません。
 次の文章「右の方の敵後へ廻る時」は、新たな状況を述べているのか、右方の敵に斬りかかって来るかと思って身構えた所、左の敵に反転され、其の間に我が後ろに廻らんとするのか抜けだらけで読み切れません。
 どちらにしても、右の方の敵が我が後ろに廻る時は、左の脇へ開いて左の敵を打つのが、二人の敵を相手にした時の心得である。
 左の敵を追い立てて打てば、右の敵は其れに連れて後ろへ廻り込もうとするので反転して右の敵に斬り込む、
 どの様な、体捌き、運剣かはその時の状況次第だ、と云い切っています。
 英信流居合目録秘訣における外之物ノ大事の行連や連達、上意之大事の両詰、三角、四角などで学んだ事が基本の動作に活かせればよいのでしょう。
 現代居合の奥居合居業の戸詰、戸脇や奥居合立業の行連、連達を思い浮かべる処でしょう。
*
 柳生新陰流の天狗抄に「二人懸り」があります。左右から詰めかけられた場合、二人の敵を同時に見える様に下がって、右の敵を追い込んで、即座に左の敵に打ち込み、反転して右の敵に打ち込みます。
 

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2018年10月26日 (金)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文22二人一人之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
22、二人一人之事
 敵二人我ハ一人ニテ仕合時ハ二人ノ敵ヲ向二ウケテ右方ノ敵二掛ルベシ気色ヲ見セテ左敵ヲ立廻スベシ右ノ方ノ敵後ヱ廻ル時脇へ開キテ左ノ敵ヲ打ツベシ心得ナリハタラキワソノ時二有ルベシ
読み
 敵二人 我は一人にて仕合う時は 二人の敵を向こうに受けて 右方の敵に掛かるべし(き)気色を見せて左の敵を立ち廻すべし 右の方の敵が後ろへ廻る時は脇へ開きて左の敵を打つべし(き)心得なり 働きは其の時に有るべし

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2018年10月25日 (木)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く21森林之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
21、森林之事
 惣躰繁ミノ中ニテ太刀刀ニテ打ハアシゝ見合突可シ木枝ニテ眼突カヌ心得有ル可シ木ノ根二爪ツク事アリ心得ベシニゲルフリシテ敵ヲ引出スベシ
読み及び読み解く
 そうたい、茂みの中にて太刀刀にて打つは悪しゝ 見合うや突くべし 木の枝にて眼を突かぬ心得を持つべきである 木の根に躓く事有り 心得るべきものである 逃げる振りをして敵を引き出すのである
 ここでも敵と見合うや突くとか、木の枝で眼を突かない心得とか、木の根に躓かない心得とかはどの様にするのか現代人には即座に思い出せないものです。古伝は、当然知っているだろうと思うのか何も語ってくれません。それとも口伝口授があったのでしょうか、判りません。
 逃げる振りをして逃げて敵を誘き出すなど、敵は容易に乗ってくれるか疑問ですが、本気で稽古して見れば答えはあるのかも知れません。
 

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2018年10月24日 (水)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文21森林之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
21、森林之事
 惣躰繁ミノ中ニテ太刀刀ニテ打ハアシゝ見合突可シ木枝ニテ目突カヌ心得有ル可シ木ノ根二爪ツク事アリ心得ベシニゲルフリヲシテ敵ヲ引出スベシ
読み
 そうたい茂みの中にて太刀刀にて打ち合うは悪しゝ 見合うと突くべし 木の枝にて眼を突かぬ心得あるべし 木の根に躓く事有り心得るべし 逃げる振りをして敵を引き出すべし

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2018年10月23日 (火)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く20戸壁障子之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
20、戸壁障子之事
 戸壁障子ノ有方二敵居時我左之方二居レバ敵ノ太刀刀ハ上段二構テ切ト知ルベシ若シ中段ナラバ突心得ト計ッテ我ハ前二引提構テ出ベキ也亦敵我カ右ノ方二居ルハ太刀刀中段ニテナグト心得ベシ若シ上段ナラバ打心得ト知ッテ身ヲシヅメ前二引サゲ出フ(出アフ)ヨシ大方シカケ知ルゝ物也能心得可シ
読み及び読み解く
 極意の4項目目の「風吹之事」では風を背に受けて働き、家の内ならば壁を後か右に受けて戦うのでした。然し戸障子の場合は後ろに受けてはいけない、何故ならば人が其処から来るかも知れない。というのでした。
 今回の極意はその居るべきでない戸壁障子の内の壁はともかく、戸障子の有る方に敵が居るのです。
 ここは壁の前に敵が居る、あるいは戸障子の向こうに人が居ない想定とすればよいのでしょう。
 この辺りの展開の仕方はどうもスッキリしませんが「老父物語を書付置く久しき事故失念之事多しあらましこの如く覚え候儘記し申すなり」の書き出しを以って「おおらか」に読み解いていきます。
 戸壁障子の有る方に敵が居る時、ですが戸・壁・障子の順に有る様な部屋を想定して見れば敵は良い場取りをしたかも知れません。「我は其の時左の方に居れば」、は、敵の左であれば我は場の右方向、敵の右であれば場の左方向です。
 この辺の書きつけ方に法則を持っていない様な土佐の居合ですから、此処では敵の左としてみましょう。
 敵は上段二太刀を構えて切ると知れる、若し中段ならば突くと思え、其の時我は刀を前に引っ提げて構えて出るべきである。敵は上段、若しくは中段ですから我は下段に構える事、あるいは引っ提げですから無形にて進めということでしょう。
 そこで、間に入った時、敵は上段ならば、何処をどの様に切って来るのか、中段ならば突いて来るわけです。
 我は無形ですから真向に斬り下ろされる、又は胸を突いて来られるのでしょう。状況に応じて戦うのでしょう。
 次の「亦、敵は我が右の方に居るならば太刀刀中段にてなぐと心得べし」との文章ですから、我も敵の右方に居る事になります。双方右斜めに位置すると読めます。
 その時敵は中段に構えて横に薙ぎる(撲る?)と心得なさい、若し敵が上段ならば「打つ」は打ち下ろすと心得て、身を低くして刀を前に引っ提げ(下段もしくは無形)て出合うのが良い。 大方の敵の仕掛けは知れるものである、よく心得ておくものである。
 極意ですから口伝口授があったかも知れませんが、この覚書では抜けだらけでよく解りません。双方で色々工夫して場を考慮し、双方の立ち位置をもって「なる程」に至れば良いのですが当時もその後も現在まで誰も研究した気配が感じられません。
 現代居合や、竹刀剣道だけで育った者では答えられそうにありません。

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2018年10月22日 (月)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文20戸壁障子之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
20、戸壁障子之事
 戸壁障子ノ有方二敵居時我左之方二居レバ敵ノ太刀刀ハ上段二カマエテ切ト知ルベシ若シ中段ナラバ突心得ト計ッテ我ハ前二引提構テ出ベキ也亦敵我カ右ノ方二居ルハ太刀刀中段ニテナグト心得ベシ若シ上段ナラバ打心得ト知ッテ身ヲシヅメ前二引サゲ出(ア)フヨシ大方シカケ知ルゝ物也能心得可シ
 読み
 戸障子の有る方に敵居る時 我は左の方に居れば 敵の太刀刀は上段に構えて切ると知るべし 若し中段ならば突く心得とはかって我は前に引っ提げ構えて出ずべきなり 亦 敵我が右の方に居るは太刀刀中段にしてなぐる(撲る・薙ぐる)と心得べし 若し上段ならば打つ心得と知って身を沈め前に引っ提げ出合うよし 大方仕掛け知るゝもの也 能く心得るべし

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2018年10月21日 (日)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く19隔門戸事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
19、隔門戸事
 敵多勢我一人ノ時ハ利有敵多勢有共我ヲカコミテ打事ナラズ油断スレバ敵他所ヨリ廻リ来ル事有故二身ヲ開テ居ルベシ
読み及び読み解く
 この極意の教えも呼称と教えがつながってくれません。「隔門戸事」ですから「門戸を隔てる事」が読み下しでしょう。
 敵は多勢で我は一人の時は利は有る 敵は多勢であれども我を囲みて打つ事ならず、はどういう状況でしょう。
 衆を頼みの敵ならば、誰か一太刀を浴びせてくれないかとうろうろするからでしょうか。それとも我に打ち込まれる隙が見いだせないからでしょうか。現代でも刀での勝負は無くとも会議などではよく目にする光景です。特にここは原文からは読めませんので想像にお任せします。
 誰も我に掛って来ないけれど、油断して目先ばかりに注目していると敵は思わぬ所から来ることがある、だから門戸などから離れた場所に足場を置く事だよとも言っている様にも思えます。
 そこで、我は一方ばかりに着目せずに身を大きく開いて前後左右に気を配る事なのでしょうか。
 抜けだらけの極意の教えですが消化不良です。
 第6代林6大夫守政は、宮本武蔵の「卍石甲二刀至極の伝来守政先生限にて絶」と古伝神傳流秘書の大森流居合之事の書き出しに有りました。柳生新陰流にも尾張柳生には武蔵の圓明流が伝わっていますので、武蔵の教えは聞き及んでいるかも知れません。
 武蔵が没してから既に100年以上後の事です。
 武蔵の五輪書水之巻「多敵のくらいの事」(宮本武蔵著渡辺一郎校注)
 「多敵のくらいといふは、一身にして大勢とたたかふ時の事也。我刀わきざしをぬきて、左右へひろく、太刀を横にすてゝかまゆる也。敵は四方よりかゝるとも、一方へおいまはす心也。敵かゝるくらい、前後を見分けて、先へすゝむものに、はやくゆきあい、大きに目をつけて、敵打出すくらいを得て、右の太刀も左の太刀も、一度にふりちがへて、待つ事悪しし。はやく両脇のくらいにかまへ、敵の出でたる所を、つよくきりこみ、おつくづして、其儘又敵の出でたる方へかゝり、ふりくづす心也。いかにもして、敵をひとへにうをつなぎにおいなす心にしかけて、敵のかさなると見へば、其侭間をすかさず、強くはらいこむべし。敵あいこむ所、ひたとおいまはしぬれば、はかのゆきがたし。又敵の出づるかたかたと思へば、待つこころありて、はかゆきがたし。敵の拍子をうけて、くづるゝ所をしり、勝つ事也。折々あい手を余多よせ、おいこみつけて、其心を得れば、一人の敵も、十二十の敵も、心安き事也。能々稽古して吟味有るべき也。」
 

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2018年10月20日 (土)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文19隔門戸事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
19、隔門戸事
 敵多勢我一人ノ時ハ利有敵多勢有共我ヲカコミテ打事ナラズ油断スレバ敵他所ヨリ廻リ来ル事有故二身ヲ開テ居ルベシ
読み
 門戸隔てる事
 敵は多勢で我は一人の時は利がある 多勢であるとも我を囲みて打つ事ならず 油断すれば敵は他の所より廻り来ることあり 身を開いているべし
 

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2018年10月19日 (金)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く18野町撃之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
18、野町撃之事
 この極意の呼称も読み方がスッキリ読めません。「野や町で撃つの事」と云った意味合いの呼称です。
 野二テハ先敵ノ足ヲ切ル心吉シ町二テハ敵ノ首ヲ切心ヨシ野ニテ足ヲ切レハ働キ成ラス聲ヲ出ストイエドモ人家遠ク助勢無キモノ也町ニテモ野ニテモ足ヲ切レバ追来ル事ナラス色々心得有ベシ
読み及び読み解く
 野や町にて之を撃つ事
 野にて戦う時は先ず敵の足を切る心得が良い 町にては敵の首を切るのが良い 野にて足を切れば働くことが出来ない 聲を出しても人家遠く助勢無きものである 町にても野にても足を切れば追いすがって来る事は出来ない 色々心得有る事がたいせつである
 野では敵の足を切り、町では敵の首を切るの何故は、野では人家が遠ければ助けに来る者が無いので良いそうです。町では首を切れと云うのは、足を切ったのでは声を張り上げ助勢を求められるからでしょうか。
 次に云う事が可笑しいもので、町でも野でも足を切れば敵は追い懸けて来る事は出来無いよ、いろいろ心得を考えなさいと云うのでしょう。
 この辺の極意を読んでいますと、古伝は「おおらか」で良いなと思うのですが、この流の発生はともかく、伝承されてきたのが武士と百姓の間にある人達によって引き継がれたことが浮かんできます。
 厳格な仕来たりの中での極意と違い、長閑なそれでいて、状況次第に自由に応じる庶民の武術を思い描きます。
 もともと、武術は戦場に連れて行かれた庶民が、生き残り国に帰れる最も大切な術であったかも知れません。
 戦国時代が過ぎて徳川政権となっても、失業した浪人達は帰る家も土地も無く、盗賊になったりそれを守るものになったりお殿様の剣術ではない命がけのものが必要だったのでしょう。
 それも過ぎて平和な時代における武術の心得はドンドン心の有り様に転化していったはずです。
 それはお殿様剣術に近いものになって行ったはずです。明治以降の庶民は今度は個人の剣術から、術はともかく集団で闘う術を身に着けさせられてきたはずです。それは号令によって一糸乱れず斬り込んで行く「あれ」だったでしょう。
 今でも、時代錯誤の道場では、手拍子で一斉に刀を抜き、同じ形が出来るまで稽古させられているはずです。少しでも本物の剣術を目指す者は異端児となってしまうのです。
 
 
 

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2018年10月18日 (木)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文18野町撃之事

曽田本その1
7居合兵法極意巻秘訣原文
18、野町撃之事
 野二テハ先敵ノ足ヲ切ル心吉シ町二テハ敵ノ首ヲ切ル心ヨシ野ニテ足ヲ切レハ働キ成ラス聲ヲ出ストイエドモ人家遠ク助勢無キモノ也町ニテモ野ニテモ足ヲ切レバ追来ル事ナラス色々心得有ベシ
読み
 野町にて之を撃つ事
 野にては先ず敵の足を切る心が良い 町にては敵の首を切る心が良い 野にて足を切れば働きならず 聲を出すと云えども人家遠く助勢無きもの也 町にても野にても足を切れば追い来る事は成らない

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2018年10月17日 (水)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く17城乗之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
17、城乗之事
 ツイジヲ右二ウクベシ人ノ中二有テハ働キ自由二不成ハナレテ居ルべし第一進ミ安第二兵器ノ術自由也第三二敵ノ矢ヲフセグ徳有第四二功名マギレナク能人二(々)見ルモノ也心得第一也
読み及び読み解く
 築地を右側に受けて行べきで、人の中に居たのでは働きは自由に成らない、人と離れて居る様にするのである。
 第一に進み易い、第二に兵器の術が自由にできる、第三に敵の矢を防ぐに有利である、第四に功名紛れなく能く人に見える物であるこれが心得第一である。
 ここでは城に攻め入った時の心得を述べているのでしょう。築地塀を右にして進めと云うのは、前項以前からの教えで孫子の兵法に則ったものでしょう。
 その利点は、人に混じっていたのでは自由に働くことが出来ないので、離れて進めと云うのです。
 第一は進み易い、それはそうかもしれませんが障害物を右にして進むには我と同じ考えの者が幾人も居るとかえって進みずらい事もしばしばです。
 第二に兵器の術自由也です。兵器は槍、薙刀、刀、あるいは弓、鉄砲その他何かあるでしょう。先陣を自由に進める地位の者にしか許されないもので足軽雑兵では咎められそうです。
 第三は敵の矢を防ぐに良いと云います、この教えが書かれた時期が1700年中期ですし、学ぶ者もそれ以降です。いたずらに築地の脇を一人で進めば鉄砲で狙いやすいものでしょう。
 第四は単独行動の我が功名が特定できるので一番だと云います。
 戦闘の状況によっては、個人の行動と考えずに、我が率いる集団で考える事も出来る行為とも考えられます。
 個人では、村を襲って来る盗賊などとの戦いなどに使えそうです。
 現代では、人殺しの戦争と考えずに、企業活動の中での他社より有利になる作戦に取り入れる事など考えて見れば、これらの居合兵法極意秘訣も面白いものです。これは、大昔の戦争の場面位に思って流してしまうのではもったいないかも知れません。
 武術はマニュアル通りにやれば利を得る事も出来ますが、それは自分より修練の足らない者には有効であっても、同等若しくはそれ以上の者には一向に術にならないものです。
 形(マニュアル)を越えていく修錬は自分で身に着ける以外に有りません。教えられた極意はマニュアルを越えてはいない筈です。
 
 

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2018年10月16日 (火)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文17城乗之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
17、城乗之事
 ツイジヲ右二ウクベシ人ノ中二有テハ働キ自由二不成ハナレテ居ルベシ第一進ミ安第二兵器ノ術自由也第三二敵ノ矢ヲフセグ徳有第四ニ功名マギレナク能人二(々)見ルモノ也心得第一也
 城乗之事(しろのりのこと)
 築地を右に受くべし 人の中にては働き自由に成らず 離れて居るべし 第一進み易し 第二兵器の術自由也 第三敵の矢を防ぐ徳有り 第四に功名紛れなく能く(良く)人々見るもの也

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2018年10月15日 (月)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く15楷石壇之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
15、楷石壇之事
 我平地ヱ近クバ平地へ飛下リ敵ヲ高ミ二置可シ平地遠クバ敵ヲ下へオロシ我上二戻ルベシ上ル所ヲ打ベシ
読み及び読み解く
 この極意の教えも、項目の呼称が意味不明で読み切れません。「楷石壇之事」ですから、石段の法則の事とでも読めばいいのかも知れません。然し原文との関連を考えると全く手に負えないので困ってしまいます。
 取り敢えず読んでみます。
 我の位置は高みであるが、平地に近く位置するならば平地へ飛び下り、敵を高みに置くのが良い。
* 
 何故平地が我の位置する高みに近いなら、平地に飛び下りた方がよいのか説明は有りません。平地に飛び下り追って来る敵も飛び下りれば足場の良い所で待ち受けて打つのでしょうか。
 敵を足場の悪い高みに残し疲れるのを待って打つのでしょうか。
 或いは、我は高みから飛び降りて平地に居る敵を高みに追い上げるとも、一緒に高みに居たのだが我のみ飛び下りたのか解らない所です。
 読み進みますと、「平地遠くば敵を下に下ろし我上に戻るべし」ですから敵と共に高みに居て足場が悪かったのでしょう、折角飛び下りたのに上に登り直せと云います。
 それでも疑問は「上る所を打つべし」です。敵も一緒に飛び下りて一緒に上がる際に打てと云うのでしょうか。
 それとも上に居たままの敵を下から上がりながら打つのでしょうか。
 下に一緒に飛び下りた敵が我が上がったので追いすがって来る処を打つのでしょうか。
 古伝の問題点は、文章に抜けがあって読み切れない所に問題があります。当時は当たり前の動作であっても現代では理解不能という事も度々あったものです。ここは解らないので決めつけずに置きます。
 

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2018年10月14日 (日)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文16楷石壇之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
16、楷石壇之事
 我平地ヱ近クバ平地ヘ飛下リ敵ヲ高ミ二置可シ平地遠クバ敵ヲ下ヘオロシ我上二戻ルベシ上ル所ヲ打ベシ
読み
楷石壇之事(石段の法則の事?)
 我れ 平地へ近ければ平地へ飛び下り 敵を高みに置くべし 平地遠ければ敵を下へ下し我れ上に戻るべし (敵?)上る所を打つべし
 

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2018年10月13日 (土)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く15後用捨之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
15、後用捨之事
 山川池沼深田石原草原後下リタル地皆々後二スベカラズ懸引不自由也思ハヌ負有難所ヲ後二ウケバ左へ身ヲ開クベシ
読み及び読み解く
 この極意の教えの呼称は「後用捨之事」は漢文調に読めば「後ろを用いるは之を捨てる事」或は「後ろを用捨の事」でしょう。そのまま読めば「ごようしゃのこと」表題からは意味を読み取れません。
 山川、池沼、深田、石原、草原、後下がりの土地、是等は皆どれも後にして戦ってはならない。
 懸り行くにも、退くにも自由にならず、思わぬ負けをする。難所を後に受けたならば左へ身を開くべきである。
 文章通り読めば後ろに難所を受けたならば左に向きをかえろと云っています。そうすると今まで嫌っていた、左に障害を受ける事になってしまいます。
 前項の「脇道之事」にあった様に「山川岸堤踏石戸壁障子の類は何れも我が右の脇に受くべし」と逆となってしまいます。
 左右の文字の書き違い、思い違いによるものか、左右の逆も又同然と解するのか、机上では判断しかねるところでしょう。
 ここは、「左へ身を開くべし」を「左身となる」とすれば右に難所を受け、敵を左に受けることとなります。
 宮本武蔵は五輪書火之巻
 「扨戦になりて敵を追廻す事我が左の方へ追廻す事、我左の方へ追ひまわす心難所を敵のうしろにさせいづれにても難所へ追掛くる事肝要也。
 難所にて敵に場を見せずといひて敵に顔をふらせず油断なくせりつむる心也。
 座敷にても敷居鴨居戸障子縁など亦柱などの方へ追ひつむるにも場をみせずといふ事同前也。
 いづれも敵を追懸くる方足場のわるき所亦は脇にかまい有る所いづれも場の徳を用ゐて場のかちを得るといふ心専にして能々吟味し鍛錬有るべきもの也」と云っています。
 五輪書は宮本武蔵が正保二年1645年に書いたとされています。
 第九代林六大夫が五輪書を読めたかどうかは疑問です、武蔵も孫子の兵法は読んでいると随所に其れを感じます。
 柳生但馬の兵法家伝書も孫子の兵法は読みこなしているようです。
 英信流居合居合目録秘訣は明和元年1764年頃の書き付けですから、是等の伝書は見れなくとも伝え聞く事もあったでしょうし、孫子の兵法などはよく読まれていた筈です。
 但しすでに徳川政権となって最後の大きな戦いは島原の乱であって寛永14年1637年に起こっています。それから127年も後の事ですから、実戦経験者も既に無く机上の孫子の兵法が虎の巻きであったことは否めません。
 
 

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2018年10月12日 (金)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文15後用捨之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
15、後用捨之事
 山川池沼深田石原草原後下リタル地皆々後二スベカラズ駆引不自由也思ハヌ負有難所ヲ後二ウケバ左へ身ヲ開クベシ
読み
 後用捨之事(ごようしゃのこと?、うしろ用捨(ようしゃ)の事)
 山川 池沼 深田 石原 草原 後下がりたる地 皆々後ろにすべからず 駆け引き不自由也 思わぬ負けあり 難所を後に受けば 左に身を開くべし

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2018年10月11日 (木)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く14脇道之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
14、脇道之事
 山川岸堤踏石戸壁障子ノ類ハイヅレモ我カ右ノ眼二ウク可シ後二スベカラズ
 読み及び読み解く
 やま 川岸 堤 踏み石 戸 障子の類は 何れも我が右の目に受けるもので 後ろにするものではない
 読み下せば、こんな所でしょう。これらの障害物は我が右眼の方に受ける、要するに我が右に障害物を置いて、場取りするのであって決して背中の後にしてはならない。と云っています。
 そこで疑問は、まずこの極意の呼称が「脇道之事」なのですが呼称と解説文がマッチして呉れないのです。それは、解説が無いので読み解けません。
 居合兵法極意巻秘訣をもう一度読み直してみましょう。
1、日中の事 日を背に受ける
2、月夜の事 月夜には我は陰の方居る
3、闇夜之事 闇の夜は身を沈めて敵を透かし見る
4、風吹之事 風を背に受ける
         壁を後か右に受ける
         戸障子を後に受けない
5、雨中之事 頭を垂れて敵の兵器を見る
6、雪中之事 敵の来るのを待つ
7、寒天之事 口に生姜を含む 酒を手足に塗る
         臍に胡椒を当てて置く
         丁子油を塗っておく
8、雷電之事 稲光を後ろに受ける
9、相間之事 間が遠ければ敵の来るのを待つ
10、山坂之事 高き方に居る
11、細道之事 まず左の敵に打ちこむ
12、絶道之事 上に登って利を計る
13、大道之事 左の敵に掛かる
14、脇道之事 右に障害物を受ける
 孫子の兵法に「凡そ軍は高きを好みてひくきを悪み、陽をとうとび陰を賤しむ。・・丘陵堤防には必ずその陽によりてこれを右背にす。これ兵の利、地の助けなり」と有ります。この辺が右方に障害を位置する事を学んだかも知れません。江戸で荒井勢哲や長谷川英信の教えの様には思えないのは、彼らが市井の武術の指導者であって術のみに達した人であったように思えてしまうからです。第9代林六大夫の教えには教養の高さを感じるのは土佐の居合の中を流れるものがただの棒振りの達人と思えないのです。
 江戸時代には既に刀を以って戦う事は無く、刀の振り廻し方を身に着けてもさしたる意味はなくなっています。
 如何に藩政に貢献できる知識と行動力が求められていた筈です。そのためにはかなりの勉強が必要であったはずです。
 脇道へ反れてしまいましたが、孫子の兵法には地形篇に「我れ出でて不利、彼も出でて不利なるは、曰支(すなわちわかれる)、わかれる形には敵我利すといえども我出ることなかれ引きてこれを去り・・」という教えがあるのですが之が分かれ道、所謂脇道でしょう。
 時々、土佐の居合には呼称と内容の不一致と思われる項目にぶつかりますが、私の不勉強か林安大夫が不勉強か悩みます。

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2018年10月10日 (水)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文14脇道之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
14、脇道之事
 山川岸堤踏石戸壁障子ノ類ハイヅレモ我カ右ノ眼二ウク可シ後二スベカラズ
読み
山 川岸 堤 踏み石 戸 壁 障子の類は何れも我が右の目に受けるべし 後ろにすべからず

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2018年10月 9日 (火)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く13大道之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
13、大道之事
 敵小勢味方多勢ノトキハ前後左右ヨリ取廻シ打ツ可シ敵大勢我一人ノ時ハ敵ヲ向フヘ一面二ウクル吉シ然共大勢ハ向両脇ヨリ掛ル我其時右ノ敵二合ヨシ二見セテ左ノ敵二合左ノ敵二掛ル吉ニテ右ノ敵ヲ打ツベシハタラク内二我カ左ノ敵二付キテ廻可シ去レ共敵大勢ナル故前後左右二取廻サントス我其時走ルベシ敵ヲ追ッテクル事大勢故一同二不来先達チ来ル敵ヲ或ハ開テ打或ハ臥テ可打又二クル吉間ヲ可考
読み及び読み解く
 敵は小勢で味方は多勢の時は 前後左右より取り廻して打つのが良い 敵は大勢で我は一人の時は敵を向へ(前に)一面に受けるのが良い しかれども大勢は向う両脇より掛かって来る 我はその時は右の敵に合わせて行くように見せて左の敵に合わせ 左の敵に掛かるように見せて右の敵を打つのが良い 働くうちに我が左の敵について廻すのである されども敵大勢の為に前後左右に取り廻そうとする 我はその時走るべし 敵追って来る事に大勢なので一同には来ることはできない 先だって来るものを或は開いて打ち 或るは臥して打つべし そして又逃げるのである 間を考えるべきである
 我一人で敵を正面に受ける様にして大勢受けた時は、右の敵を受ける様に見せて左に向き直り、即座に右に向いて懸っていくように見せて左の敵を打つのだと云います。見事な騙し討ちです。
 河野先生もこの教えは、曽田先生から見せられていたでしょうが、無双直伝英信流正統会には伝承されていません。
 是は極意の兵法であるばかりではなく、信じた道を貫き通す者の心得としても学んで置くことでもあるでしょう。
 正面切っての仕合などは、競技スポーツか天覧試合の一コマに過ぎません。かと言って常にダマシであるわけは無く、此処でも我一人敵多勢と断り書きも明瞭です。
 現在でも其団体の地位の有る物が部下や選手を力で自由にしようとする事は日常茶飯事です。特に戦前教育を受けた者に指導された者には明瞭ですし、地位による統制を主眼とする社会には明瞭に見られるものです。
 それに一個人による応じ方は、黙って打たれるばかりではないでしょう。逃げるばかりではなく場を移しながら利を得て目的を達する事は簡単ではないでしょうが、後味の悪い負けを許すならば、居合などやっても意味なしでしょう。

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2018年10月 8日 (月)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文13大道之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
13、大道之事
 敵小勢味方多勢ノトキハ前後左右ヨリ取廻シ打ツ可シ敵大勢我一人ノ時ハ敵ヲ向フへ一面二ウクル吉シ然共大勢ハ向両脇ヨリ掛ル我其時右ノ敵二合ヨシ二見セテ左ノ敵二合左之敵二掛ル吉ニテ右ノ敵ヲ打ツベシハタラク内二我カ左ノ敵二付キテ廻可シ去レ共敵大勢ナル故前後左右二取廻サントス我其時走ベシ敵ヲ追フテクル事大勢故一同二不来先達チ来ル敵ヲ或ハ開テ打或ハ臥テ可打又二クル吉間ヲ可考
読み
 敵小勢にして味方多勢の時は、前後左右より取廻し打つべし 敵大勢にして我一人の時は、敵を向こう(前)に受けるのが良い。
 然れども大勢は向う(前)で、両脇より掛かる、我は其の時右の敵に合わせる様に見せて左の敵に掛かる様に見せて右の敵を打つべし 働くうちに我が左の敵に付き廻すべし。
 されども敵大勢なる故に前後左右に取り廻さんとする 我其の時走るべし 追って来る事大勢故に、一同(一度・一動)に来られず 先立ち来る敵をあるは開いて打ち あるは伏して打つべし 又逃げるのが良い 間を考えるべし

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2018年10月 7日 (日)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く12絶道之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
12、絶道之事
 絶道ノ仕合ハ左右後ノ三方ニハ道無前ニハ敵多有ヲ云左様ノ地二テワ少シモノガレント思フベカラス死ヲ本トス可シ伝云両脇川池深田抔ノ類二而後ハ山成時ハ不去不退二而利ヲ計ルベシ両脇ノ内二山有テ後池抔有時ハ先ノ上ヱ登リテ利ヲハカルベシ
読み及び読み解く
 絶道と云うのは、左右後の三方には道が無く前には敵が多くいる様な場合を云う。その様な地では、少しも逃れようと思わず、死して元々と思うものである。
 伝に云うには両脇川、池、深田などの類があり、後には山がある時は去るも退くもならない そこで利を計るものである。両脇のうち山ありて後ろに池など有る時は、先ず上へ登り利を計るものである。
 孫子の兵法には「凡そ用兵の法は高陵に向かう事勿れ、背丘にむかうる事勿れ、絶地に留まる事勿れ・・」と有ります。これは、高い所に居る敵を攻めてはならない、丘を背にした敵を迎え撃ってはならない、険しい場所にいる敵に対してはならない、といった意味あいでしょう。
 さらに「凡そ軍は高きを好み下を悪む」とあって場取りは高い方が有利であり、陽を浴びて健康にも良い場所とも云っています。
 この居合兵法極意巻秘訣は「従是兵術嗜之个个條迠先生御註釈」と前書きに有ります。然し先生とはだれで、是を受けたのは誰なのか明確ではありません。
 但しこの一連の「居合兵法極意秘訣」は「老父物語」から端を発していますので、恐らく第9代林六大夫守政が第10代林安大夫政詡に口授したものでしょう。武士と農民の境目を生きた江戸前期から中期の武人たちの業技法がこの書き付けによって業技法に終わらず昇華されていったと思えて仕方がありません。
 明治以降に忘れられた事々が綴られて眼を覚まさせてくれるものです。
 
 
 

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2018年10月 6日 (土)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文12絶道之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
12、絶道之事
 絶道ノ仕合ハ左右後ノ三方ニハ道無前ニハ敵多有ヲ云左様ノ地二テワ少シモノガレント思フベカラス死ヲ本トス可シ伝云両脇川池深田抔ノ類ニ而後ハ山成時ハ不去不退二而利ヲ計ルベシ両脇ノ内二山有テ後池抔有時ハ先ノ上ヱ登リテ利ヲハカルベシ
読み
 絶道の仕合は 左右後の三方には道は無く 前には敵が多く有るを云う 左様の地にては少しも逃れんと思うべからず死を本とすべし 伝に云う両脇に川、池、深田などの類にて後は山なる時は不去不退にして利を計るべし 両脇のうちに山が有りて後ろは池などある時は 先の(まずは)上へ登りて利を計るべし

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2018年10月 5日 (金)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く11細道之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
11、細道之事
 両脇難所道モ無ク行道一筋ニテ狭キヲ云ケ様ノ所ニテハ敵ハ多勢我ハ一人ノ時ハ利ヲモトム可シ其利ハ敵大勢有リ共我ヲ前後左右取廻ス事不能若敵前後ヨリ来ル時ハ脇ヱ開テ敵ヲ向フ二受我カ左ノ方ノ敵二合フ可シ若シ脇二浅キ川池ナドアラバ飛込ンテ打ベシ我飛込ト敵ツヅキテ飛入物也其間ヲ勝事大事也
 読み及び読み解く
 両脇は難所で(他に)道も無く、行く道一筋の状況の狭い道を細道と云う。 かような所では敵は多勢で我は一人の時は利のある状況を求めるのである、其の利は敵が大勢であっても我を前後左右から取り廻す事は、せまい為に不可能である。
 若し敵が前後から来る時は、脇へ寄って道を開いて敵を正面に受けて、左の方の敵と打ち合うのである。
 若し脇に浅き川や池があれば、其処に飛び込んで打つのである。何故なら我が飛び込めば敵も続いて飛び込んで来るのでその飛び込んで来る間を押さえて勝つことが大事である。
 書かれてあるように読めばこんな所でしょうがすっきり来ません。細道だから前後に敵を受ける事も有るでしょう。それだけ狭いの「脇へ開て敵を向うに受け」は脇によって、敵を正面に見て、その左の敵から打ち合わすのだと云っている様です。
 ここは、単純に狭いながらも脇に身を寄せて前を開けて置いて、左側の敵に斬り込んで行くようにしなさいとも取れる処です。
 道の脇に跳び込むような浅い川や池があれば、パット飛び込み敵が続いて追って来るから間を開けずに斬ってしまえと云うのでしょう。
 敵だって其の侭逃げられるか、其処に我が止まるかを判断してから飛び込むでしょう。
 細道は其処に居れば有利であると孫子は地計篇で述べています。
 「せまき形には、我先ずこれに居れば、必ずこれをみたして以て敵を待つ。若し敵先ずこれに居り、みつればすなわちしたがう事勿れ」この孫子の兵法には何故が読み切れませんが当時の読み物としては貴重なものです。

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2018年10月 4日 (木)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文11細道之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
11、細道之事
 両脇難所道モ無ク行道一筋ニテ狭キヲ云ケ様ノ所ニテハ敵ハ多勢我ハ一人ノ時ハ利ヲモトム可シ其利ハ敵大勢有リ共我ヲ前後左右取廻ス事不能若敵前後ヨリ来ル時ハ脇ヱ開テ敵ヲ向フ二受我カ左ノ方ノ敵二合フ可シ若脇二浅キ川池ナドアラバ飛込ンテ打ベシ我飛込ト敵ツヅキテ飛入物也其間ヲ勝事大事也
読み
 両脇は難所で道も無く 行く道一筋にて狭きを(細道と)云う ケ様の所にては敵は多勢で我は一人の時は利を求めるべきである その利は敵は大勢ありとも我を前後左右に取りまわす事は出来ない 若し敵が前後より来る時は脇へ開いて敵を向こう(前に)受ける 我が左の方の敵に向き合うのである 若し脇に浅き川や池などあれば飛び込んで打つのである 我が飛び込むと敵は続いて飛び込んで来るものである その間を勝つ事大事である

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2018年10月 3日 (水)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く10山坂之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
10、山坂之事
 高キ方二居ルヨシ一二敵ヲ見下シ徳有二二進ム二行ヨシ三二ワ我躰上二有レハ危キ事ナシ去レ共高所足場悪シクバ其所ヲ去レ去二三ツノ心得有第一後高方ヱ去ハ心を静メ足ヲ高不可上 第二左右へ開時ハ心ヲ動テ足ヲ軽クハコフ可シ第三前ヒキゝ方ヱ行ニハ風ノ発スル如ク早クトブ可シ敵シタガッテ追ハゝ左右ヘ開打ツベシ亦敵高キ方二居我ヒキゝ方二居ルトモ右ノ心得可然
読み及び読み解く
 高き方に居るのが良い 一つには敵を見下ろし徳有り 二つには進むに行き易い 三つには我が体が敵の上に有れば危うき事はない されども高き所の足場が悪ければ其の所を去れ 去るには三つの心得が有る 第一に後ろ高き方へ去るならば心を静め足を高く上げてはならない 第二は左右へ開く時は心を動かして足を軽く運ぶべし 第三は前が低き方へ行には風の発する如く早く跳ぶべし 敵はそれに随って追うならば左右へ開き打つべし 亦 敵が高き方に居て我は低き方に居る 我低き方に居るとも右の心得同じ事である
 解りにくい文章ですが、この様に読めばよいのだろうと思います。
 孫子の兵法行軍篇に「凡そ軍は高きを好みて低きを悪み、陽を貴びて陰を賤しむ。生を養いて実に処り、軍に百疾なきは、是れを必勝と謂う。丘陵堤防には必ず其の陽に処りて而してこれを右背にす。此れ兵の利、地の助けなり」と有ります。この辺りから学んだものが伝わったと思われます。

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2018年10月 2日 (火)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文10山坂之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
10、山坂之事
 高キ方二居ルヨシ一二敵ヲ見下シ徳有二二進ムニ行ヨシ三二我躰上二有レバ危キ事ナシ去レ共高所足場悪シクバ其所ヲ去レ去二三ッノ心得有第一後高方ヱ去ハ心ヲ静メ足ヲ高不可上第二左右へ開時ハ心ヲ動テ足ヲ軽クハコフベシ第三前二ヒキゝ方ヱ行ニハ風ノ発スル如ク早クトブ可シ敵シタガッテ追ハゝ左右へ開キ打ツベシ亦敵高キ方二居我ヒキゝ方二居ルトモ右ノ心得可然
 読み
 高き方に居るのが良し 一つに敵を見下ろし徳あり 二つに進むに行き良し 三つに我が体上に有れば危なき事なし されども高き所は足場が悪しくば其所を去れ 去るに三つの心得有り 第一に後ろの高き方へ去れば心を静め足を高く上げるべからず 第二は左右へ開く時は心を動かして足を軽く運ぶべし 第三は前に低き方へ行くには風の発する如く早く跳ぶべし
 敵随って追わば左右へ開き打つべし 亦 敵高き方に居て我低き方に居るとも心得然るべし

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2018年10月 1日 (月)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く9相間之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
9、相間之事
 我ト敵間タ(多の誤写か)有時ハ敵ノ来ルヲ待ッテ行ベカラス待ニ利有リ一ニハ身ヲクルシメザル利アリ二ニワ心ドヲセズ三ニハ工夫スル間アッテ吉四ニ悪所二行掛ラス天利自然ノ利アリサレ共我ガ待所アシクバ前後左右二心ヲ付利能シ
 我と敵の間多く有る時は 敵の来るを待って自分から行くものではない 待つに利あり 一つには歩み行く際の危険や道中などで身を苦しめることが無い利である 二つには心が動く事は無い 三つには工夫する時間があって良い 四つには悪所に行き掛る事が無い 天の利自然の利あるものである されども我が待つ所が悪ければ前後左右に心を付ければ利はよい
 敵との距離があれば、気ばかりはやって自分から相手に攻撃を仕掛ける様に進んではならない、身を穏やかにして待てばいい、其の間に作戦を練る、攻撃を仕掛けて先んじて行けば、悪所も有るだろうし穏やかで居られるわけは無い、じっとして居れば天の利も有ろう、でも廻りが戦うには悪そうならば、前後左右の状況をよく観察して心をつけておけば利は得られる、と言うのです。
 居合心持肝要之大事では、居合心立合之大事で次の通りでした。「敵と立合兎やせん角やせんとたくむ事甚だ嫌ふ、況や敵を見こなし彼が角打出すべし 其の所を此の如く勝たん抔と頼む事甚悪しゝ 先ず我が身を敵の土壇と極め何心なく出べし 敵打出す所にてチラリと気移りて勝つ事なり 常の稽古にも思い案じ企む事を嫌ふ能々此の念を去り修行する事肝要中の肝要也」
 これらの教えを能く理解し、身に着け、結果として身を土壇となせるものでしょう。、稽古の形ばかりの棒振り剣士ではならないのです。
 

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2018年9月30日 (日)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文9相間之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
9、相間之事
 我ト敵間タ(多の誤写か)有時ハ敵ノ来ルヲ待ッテ行ベカラス待ニ利有リ一ニハ身ヲ苦シメザル利アリ二ニワ心ドヲセズ三二ハ工夫スル間アッテ吉四ニ悪所二行掛ラス天利自然ノ利アリサレ共我ガ待所アシクバ前後左右二心ヲ付利能シ
読み
 我と敵 間多く有る時は敵の来るを待って行くべからず 待つに利有り 一つには身を苦しめざる利あり 二つには心が動ぜず 三つには工夫する間あって吉 四つには悪所に行き掛らず天の利自然の利有り されども我が待つ悪しくば前後左右に心を付けなば利良し

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2018年9月29日 (土)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く8雷電之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
8、雷電之事
 雷鳴時稲光ヲ我ガ後ヱ受雷二敵ノヲクルゝ所打可シ
 読み及び読み解く
 雷の鳴る時は稲光を我が後ろへ受け 雷に敵が臆した處を打つのである
 後ろには眼は無いし、雷鳴と稲光はビクとしても正面に受ける者の方が多少は気が散るかも知れません。
 この極意は、第9代林六大夫に伝えた誰かのものか、林六大夫の独創か判りませんが「・・であろう」と云った妄想の感じがします。
 戦う相手もそれなりの人であればものに動じない修業は当然の事だろうと思います。但し軍を率いての場合は部下の格差もあるでしょうからこの教えに従い、場取りには十分の配慮が必要な気もします。
 机上のっ空論ですが・・思いつくままに。

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2018年9月28日 (金)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文8雷電之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
8、雷電之事
 雷鳴時稲光ヲ我ガ後ヱ受雷二敵ノヲクルゝ所打可シ
読み
 雷の鳴る時 稲光を我が後ろへ受け 雷に敵の臆るゝ處を打つべし

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2018年9月27日 (木)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く7寒中天之事

曽田本その1
7.居合へ兵法極意巻秘訣読み解く
7、寒天之事
 寒夜ハ手足冷兵器持二不覚取落ス事アリ故二口二生姜ヲフクミ手足二酒ヲヌリテヨシ第一コセフヲ一ツブヲ二ツ二割リ火ニテイリ能ク帋二包テホソ二當置可手足コゞヱズ
 丁子ノ油ヲワタ二シテ印籠二入レ持ツ可シ手足二ヌリテコゞエザルナリ□野往来ノ時ヌレバ毒虫ナド近ツク事曽而無之也
読み及び読み解く
 寒中天之事と有るのですが「中」の字に〃〃×が曽田先生によって書かれています。内容から見れば「寒中之事」でも「寒天之事」でも差支えない、むしろ「寒夜之事」でもあるでしょう。
 寒い夜は手足が冷えて兵器を持つのに思わず取り落す不覚がある そこで口に生姜を含み手足に酒を塗っておくのが良い 第一は胡椒の粒を二つ割にして火で炙って 紙に包んで臍に当てて置けば手足が凍える事は無い。
 丁子の油を綿にしませて印籠に入れ持って行くと良い 手足に塗れば凍える事は無い 山野往来の時に塗れば毒虫などが近付くことな大方無いのである。
 生姜は生であればジンゲロールが血管を拡張する働きがあるそうで血流効果が有りそうです。生姜を加熱したり乾燥させればジンゲロールがショウガオールになり呑めば体の芯からジワリと温めるそうです。
 胡椒は含まれている辛み成分のピぺリンが血行を良くし食欲増進、栄養素の吸収、脂肪の燃焼、抗酸化作用、発汗作用などあるそうです。但し食べ物に入れての事ですから紙に包んで臍に当てて置いても効果があるとも思えません。
 酒を手足に塗り込んで寒さ知らずの効果はどうでしょう。寧ろ酔わない程度に飲んだ方が良さそうですが。
丁子油については、刃物の錆止めとして昔から言われていますが、椿油や鉱物油が現在は一般的の様です。錆止め効果の程ははっきりしていません、いつの時代かに日本に持ち込まれ椿油より高価だったりして、商売人に乗せられた可能性は高そうです。
 手足に塗る効果はどうなんでしょう。登山をしていた頃、冬山などではグリセリンをべたべた塗った事を思い出しました。
 昔からの言い伝えをわけも解からずに後生大事にしている事も多いのですが、「何故」を捜せば「なるほど」もあれば「「うそ」もあります。
 古伝も同様ですが、やって見て現代居合との違いを認識し何が本物か見極めて見たいものです。
 本物を求めだすと、「そのように習った」としか言えない指導者にはついて行けません。自分でやるしかないのです。
 
 
 
 

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2018年9月26日 (水)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文7寒中天之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
7、寒天之事
 寒夜ハ手足冷兵器持ニ不覚取落ス事アリ故二口二生姜ヲフクミ手足二酒ヲヌリテヨシ第一コセフヲ一ツブヲ二ツ二割リ火ニテイリ能ク帋二包テホソ二當置可手足コゝヱズ
 丁子ノ油ヲワタ二シテ印籠二入レ持ツ可シ手足二ヌリテコゴヱザルナリ□(山、亦)野往来ノ時ヌレバ毒虫ナド近ツク事曽而無之也
読み
 寒い夜は手足冷えて兵器を持つに覚えず取り落す事あり 故に口に生姜を含み 手足に酒を塗りてよし 第一は胡椒を一粒を二つに割り火にて煎り 能く紙に包みて臍(ほぞ、へそ)に當て置くべし 手足凍えず
 丁子の油を綿にして印籠に入れ持つべし 手足に塗りて凍えざるなり □(山、又)野往来の時塗れば毒虫など近づく事総じて之れ無きなり

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2018年9月25日 (火)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く6雪中之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
6、雪中之本
 地二雪ノ積リナバ間ヲ隔テ敵ノ来ルヲ待ツベシ我行ベカラス敵雪二辷リコロブ物也地二積ラズハ雨中ノ心得ト同前上段ヨシ
 読み及び読み解く
 地に雪が積もっているならば 間を隔て敵の攻め込んで来るのを待つのがよい 我は進んで間を詰めようとしてはならない 敵は間を詰める事ばかり心がけて雪に辷って転ぶものである 雪が地に積もらない様な時は雨中の心得と同様に頭を垂れて雪が顔に掛らないようにして敵の太刀構えを見ながら 太刀を上段に構え 敵が仰向く様に誘い 敵の顔に雪が降りかかり眼が見えにくくなると思うや 打ち下ろす
 雨は降っても雪は大したことも無さそうな土佐の居合之心得です。恐らく第9代林六大夫が江戸で習った時に聞かされた教えでしょう。
 あまり有効な方法とも思えませんが、拮抗した状況を破るには、太陽も月も暗闇も、風や雨や雪も場の条件を使いこなして有利を得るものだと述べているのでしょう。

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2018年9月24日 (月)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文6雪中之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
6、雪中之事
 地二雪ノ積リナバ間ヲ隔テ敵ノ来ルヲ待ツベシ我行ベカラス敵雪二辷リコロブ物也地二積ラズハ雨中ノ心得ト同前上段ヨシ
読み
 地に雪の積りなば間を隔てて敵の来るを待つべし 行くべからず 敵は雪に滑り転ぶものなり 地に積もらずば雨中ノ心得と同前 上段よし

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2018年9月23日 (日)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く5雨中之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
5、雨中之事
 間ヲ積り間ヲ隔て頭ヲタレ敵ノ兵器ノ色ヲ見ル可シ扨我ガ太刀ハ上段二構テ敵ノアヲノク様二ハカロフ可シ
読み及び読み解く
 敵との距離を測って 間を稍々隔てて頭を低く垂れて敵の武器の状況を見極めるのである さて 我が太刀は上段に構えて敵が仰のく様に計らう事が大切である
 雨の日の仕合では、上を向くと眼に雨が入って遅れを取る、其処で刀を上段に構えて頭を低く垂れて、間合いを計って間を常よりも広く取り、上目遣いに相手の武器の状況を見て、切先を前後に綾を切る様にしながら、敵が切先を気にして上を向くや雨粒が眼に入って見にくくなった瞬間に打ち込んで勝負をつける。
 「アオノク様二ハカロフ可シ」では突き放されてしまいそうです。上段の構えで綾を切るよりも、稍々遠間から上段の切先を徐々に下げながら間を詰めて行き、敵が我慢できずに我が切先を越して打込まんと上向きになるや突き込んで行く。色々方法はありそうです。然しこの様にしよう、あの様にしようなど算段をして見ても敵の乗りが悪ければ意味なしです。
 下俯いているのですから、打ち込まれれば負けてしまいそうです。

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2018年9月22日 (土)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文5雨中之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
5、雨中之事
・ 
 間ヲ積リ間ヲ隔テ頭ヲタレ敵ノ兵器ノ色ヲ見ル可シ扨我ガ太刀ハ上段二構テ敵ノアヲノク様二ハカロフ可シ
読み
 間を積り 間を隔て 頭を垂れ敵の兵器の色を見るべし 扨我が太刀は上段に構へて敵の仰のく様に計らうべし

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2018年9月21日 (金)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く4風吹之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
4、風吹之事
 風ハ四季二ヨリテカワル春風ハ地ヨリ空ヱ吹上ル夏ハ中ヲ吹也秋ハ上ヨリ下ヱ吹冬ハ下ヲ吹右ノ心ヲ以テ風ヲ背二受テ働ベシ敵ヲ風二向ハセルヨフ二計ル可シ眼クラミテ先ヲ得見ヌ也家内ニテハ自家他家ニテハ壁ヲ後ロカ右二ウクベシ戸障子を後ロ二ウクベカラズ外ヨリ人来テアシゝヒビキ驚クモノナリ心得ベシ
読み及び読み解く
 風は四季によって変わる 春風は地より空へ吹き上げる 夏は中を吹くのである 秋は上より下へ吹き 冬は下を吹く 右の心を以て風を背に受けて働くのである 敵を風に向かわせるように計るのである 眼くらみて先を見えぬのである 家の内にては家により 他家(外家 家の外)では壁を後ろか右に受けるのである 戸障子を後ろに受けるべきではない 外より人が来て悪い 響き驚くものである
 風の吹き方を述べていますが、地方や地形などで一概に言えるか判りません。季節風の風の場合は夏は南風、冬は北北西などと大雑把にとらえています。海風と山風などもあります。
 気圧の状況によって風は吹くのでしょうから、季節やその日の状況で吹き方をキャッチして風を背に受ける様な場の取り方を考えろという事でしょう。極意とは其処まで意識できるようになれということでしょう。
 「家内二テハ自家他家二テハ壁ヲ後ロカ右二ウクベシ」の文章は不明瞭ですが家の中で相対した場合、家の外での場合ともに壁を後か右にして対応しろというのでしょう。

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2018年9月20日 (木)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文4風吹之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
4、風吹之事
 風ハ四季二ヨリテカワル春風ハ地ヨリ空ヱ吹上ル夏ハ中ヲ吹也秋ハ上ヨリ下ヱ吹冬ハ下ヲ吹右ノ心ヲ以テ風ヲ背二受テ働ベシ敵ヲ風二向ハセルヨフニ計ル可シ眼クラミテ先ヲ得見ヌ也家内二テハ自家他家ニテハ壁ヲ後ロカ右二ウクベシ戸障子ヲ後ロ二ウクベカラズ外ヨリ人来テアシゝヒビキ驚クモノナリ心得ベシ
読み
 風は四季に依りて変わる 春風は地より空へ吹き上げる 夏は中を吹くのである 秋は上より下へ吹き 冬は下を吹く 右の心を以て風を背に受けて働くのだ 敵を風に向かわせる様に計るものである (敵は)眼眩みて先を(が)見えぬものである 又家の内にては家により 他家(外家 家の外)にては壁を後ろか右に受けるのである 戸障子を後ろに受けるべからず 外より人が来て良くない 響き驚くものであって心得る様にすべきである
 

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2018年9月19日 (水)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く3闇夜之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣読み解く
3、闇夜之事
 ヤミノ夜ハ我カ身ヲシヅメテ敵ノ形ヲ能見透カス可シ兵器ノ色ヲハカルベシ若難所有ラバ我カ前二當テ戦フ可シ敵ノスソヲナクル心持ヨシ
読み及び読み解く
 闇の夜には我が身を沈めて(身を低くして)敵の様子をよく透かして見るのである 兵器が何であるか、遣い様の慣れているものかその様子を計るのである 若し難所が在るならば我が前に難所を当て敵が難所を背になる様にして戦うべきである 身を沈めているのだから敵の裾を薙ぐる心持が良いのである。
孫子の兵法行軍篇
 「凡そ地に絶澗・天井・天牢・天羅・天陥・天隙あらば、必ず亟(すみやか)にこれを去りて、近づく事勿れ。吾れこれに遠ざかり、敵には近づかしめよ。吾はこれを迎え、敵にはこれを背せしめよ。」
 孫子も難所には近づくな、敵に近づかせろ、我は難所を迎える様に前に見て、敵には難所を背にするようにさせろというのです。
 この「闇夜之事」と同じ事を言っています。第9代林六大夫守政は能く兵書を学んでいた様です。
 突然説明も無く「敵の裾を薙ぐる(殴る?)心持ちよし」の攻撃方法が伝えられるのですが、ここはせっかく身を沈めて我が状況を計れない様にしているのですから、その姿勢のまま先手を打つならば下方に斬り付けるのが順当でしょう。
 

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2018年9月18日 (火)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文3闇夜之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
3、闇夜之事
 ヤミノ夜ハ我カ身ヲシヅメテ敵ノ形ヲ能見透カス可シ兵器ノ色ヲハカルベシ若難所有ラバ我カ前二當テ戦フ可シ敵ノスソヲナクル心持ヨシ
読み
 闇の夜は我が身を沈めて敵の形を能く見透かすのである 兵器の色(様子、形、獲物など)を計るのである 若し難所があれば我が前に当てて戦うのが良い 敵の裾を薙ぐる心持ちがよい

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2018年9月17日 (月)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く2月夜之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻き秘訣読み解く
2、月夜之事
 月夜ニハ我ハ陰ノ方二居テ敵ヲ月二向ハス可シ我ハカクレテ敵ヲアラワス徳有り
読み及び読み解く
 月夜の仕合の立ち位置を教えています。我は月を背にして顔や手足の様子が看取れない陰となる様にし、敵は月に向かう位置に追込むのである。
 我は隠れた様になって、敵からは我の詳細は読みずらい、敵は月光にさらされてよく見えるのである。
 前回の日中之事でも「日を背に受く可し」で月夜之事と同様に強く光る物を背にして立ち、敵は光を正面に向う様に追い込む事、「此方の色〆(いろめ)を見る事不成也」と同様です。
 どの様にすれば、この様な有利な条件を手に入れられるかの教えは特に無さそうです。相手も充分な判断力もあり腕も立つのであれば、我は平常心を保ち、相手の判断力を失わせるほど怒らせるなどあるでしょう。そんな場合が作れるならば最初から立合う程の事も無く呑み込んでしまってもどうと云うことでも無さそうです。
 宮本武蔵も五輪書の火之巻之に「場の次第」として書いています。
「場のくらいを見わくる所、場におゐて日をおふという事有り、日をうしろになしてかまゆる也。若し所により、日をうしろにする事ならざる時は、右のわきへ日をなすやうにすべし。座敷にても、あかりをうしろ、右脇となす事同前也。うしろの場つまらざるやうに、左の場をくつろげ、右のわき場をつめてかまへたき事也。夜にても敵のみゆる所にては、火をうしろにおい、あかりを右脇にする事、同前と心得てかまゆべきもの也。
 敵をみおろすといひて、少しも高き所にかまゆるやうに心得べし。座敷にては上座を高き所とおもふべし。扨戦いになりて、敵を追廻す事、我左の方へ追ひまはす心、難所を敵のうしろにさせ、いづれにても難所へ追掛くる事肝要也。 
 難所にて、敵に場を見せずといひて、敵に顔をふらせず、油断なくせりつむる心也。座敷にても、敷居・鴨居・戸障子・縁など、亦柱などの方へ追ひつむるにも、場をみせずといふ事同前也。いづれも敵を追懸くる方、足場のわるき所、亦は脇にかまいの有る所、いづれも場の徳を用ゐて場のかちを得るといふ心専にして、能々吟味し鍛錬あるべきもの也。」(宮本武蔵著渡辺一郎校注「五輪書」より)
 場の取り様の事は孫子の兵法にも記述されてよく読まれていたと思われます。
 「・・凡そ軍は高きを好みて下(ひく)きを悪み、陽を貴びて陰を賤しむ。生を養いて実に処り、軍に百疾なきは是れを必勝と謂う。丘陵堤防には必ず其の陽に処りて而してこれを右背にす。此れ兵の利、地の助けなり・・」(金谷治訳注「孫子行軍篇」より)
 

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2018年9月16日 (日)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文2月夜之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣原文
2、月夜之事
 月夜ニハ我ハ陰ノ方二居テ敵ヲ月二向ハス可シ我ハカクレテ敵ヲアラワス徳有り
 読み
 月夜には我は陰の方に居て 敵を月に向かわすべし 我は隠れて 敵を表わす徳(得)有り

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2018年9月15日 (土)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣読み解く1月日中之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣
  従是兵術嗜之介條迠先生御註釈
1、日中之事
 日ヲ背二受ク可シ気盛二ナルノ利有亦敵日二向ヱバ眼マバユクシテ此方ノ色メヲ見ル事不成ラ也
読み及び読み解く
 居合兵法極意巻秘訣是より兵術嗜の介條迠先生御註釈
 陽を背にして受けるのである 気が盛んになり利がある 亦 敵は陽に向かえば眼がまぶしく此方の色目(思いを密かに見る)を見る事は成らない
 太陽を背にして気が盛んになるでしょか、そうだと思えばいいのでしょう。我が太陽を背にすれば当然敵は太陽を前にして眩しいのでしょう。我が仕掛けて来る様子が眩しくてよく見えないと言います。
 効果の程は、自身で確認していただければと思います。あまり頼るものでも無さそうですが、入射角が程よいならば其の通りでしょう。
 この居合兵法極意巻秘訣は第9代林六大夫守政によるもので、項目ごとに林六大夫が第7代林安大夫政詡に註釈されたものを覚書したのでしょう。
 老父物語から書き出されたものの一部と捉えれば納得できます。居合兵法極意秘訣の書き出しは「老父物語ヲ書附置久敷事故失念之事多し荒増如此覚候儘記申也」でした。
 

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2018年9月14日 (金)

曽田本その1の7居合兵法極意巻秘訣原文1日中之事

曽田本その1
7.居合兵法極意巻秘訣 印可部
  従是兵術嗜之介條迠先生御註訳
1、日中之事
 日ヲ背二受ク可シ気盛二ナルノ利有亦敵日二向ヱバ眼マバユクシテ此方ノ色メヲ見ル事不成ラ也
読み
 日(陽)を背に受けるべきである 気盛んになるの利がある 亦 敵日に向かえば眼眩くして此方の色目を見る事ならざるなり

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2018年9月13日 (木)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣読み解く4居合心持之大事8獅子洞入・獅子洞出

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣読み解く
4、居合心持之大事
8獅子洞入・獅子洞出
 是以戸口抔ヲ入ルノ習也其外トテモ心得可有或ハ取籠者抔戸口ノ内二刀ヲ振上テ居ルトキハ容易二入ル事不能其時刀ヲ抜テ背二負タル如ク二右ノ手二而振リ上ケ左ノ手ニテ脇差指ヲ提ゲウツムキテ戸口ヲ入ルベシ上ヨリ打込メバ刀ニテフセキ下ヲナクレバ脇指二而留ル向フノ足ヲナグ可シ獅子洞出是以同出入ノ心得ヲ知ラスル也
以上
居合目録口□(受)覚終
 読み及び読み解く
 是を以て戸口などを入る習いとする その外の状況でも心得て置くべきである 或いは取籠り者などが戸口の内に刀を振り上げて居る時は容易に入る事は出来ない その時刀を抜いて背に負う様にして右の手を振り上げ左の手に脇差を下げて俯いて戸口を入るのである 上より打ち込んで来れば背に負った刀で防ぎ下を薙ぐって来れば脇差で留めて 相手の足を刀で薙ぐのである 獅子洞出である 是を以て同じく出入の心得を知らすのである
 第17代大江正路先生は奥居合立業の部に「門入」と云う業名の業を独創されています。門入の呼称ですから門の出入りの業だろうと現代居合では第20代河野百錬先生が「門入」の解説をしています。(昭和17年大日本居合道図譜より)
 門入の意義「我れ門の出入に際し、門の内外に多数の敵を受けたる時(前後に多敵を受けたる場合と同意)我れ門の真中に進み内外の敵を仆の意なり。」
 門の内外から敵を受けたと場の想定を河野先生は附け加えてしまったのですが、(本来前後に多敵を受けたる場合)が元なのです。
 業名の過剰反応が後世の「門入」に更に付加されたのです。「頭上に鴨居又は門等ありて刀先の閊える場合に行う業也」(昭和58年第21代福井聖山先生著無双直伝英信流居合道第二巻より)
 第22代も之を引き継いで居ます。無双直伝英信流正統会の「門入」は門の鴨居を意識した動作が優先してしまった様です。動作のポイントは棚下の上に当たらない様な抜刀と振り冠り及び、切先が上に当たらない打ち込みにあるようです。手打しか出来ない居合では棚下での打下は殆ど無力です。
 恐らく、大江先生は古伝は伝承していないでしょう。奥居合も下村茂市に指導を受けられたか疑問です。
 独創された事は間違いないと思いますが、その後の河野先生の探求心がポイントを外してしまい、次代に引き継がれて門がメインになってしまったのでしょう。
 古伝英信流居合目録秘訣上意之大事
 門入「戸口を出入するの心得也戸口の内に刀を振り上げて待つを計り知る時は刀の下緒の端を左の手に取刀を背負いて俯き滞り無く走り込むべし我が胴中に切りかくるや否や脇指を以って抜き付け足を薙ぐべし」
 棚下
 「二階下天井の下などに於て仕合うには上へ切りあてゝ毎度不覚を取ものなり故に打込む拍子に膝(脛)を着いて打込むべし此の習を心得る時は脛を着かずとも上に当たらざる心持ち有り 
 大江先生の門入
 「(進行中片手にて前を突き後を斬り前を斬る)右足を出したる時、刀を抜き、左足を出して、刀柄の握りを、腰に當て刀峯を胸に當て、右足を出して、右手を上に返し、刀刃を左外方に向け、敵の胸部を突き、其の足踏みのまゝ體を左へ振り向け、後へ向き、上段にて斬り、直に右へ廻り前面に向き上段にて斬る」
 この動作は、前面の敵を刺突する初動に掛かっています。ただ動作のみ追ったのではただの体操です。
 門入の業名に捉われてしまうか、前後の敵に応じる緊迫した状況を充分学ぶかは指導者の居合哲学に因るかも知れません。
 しかし現代居合は場の想定を重要視していますが却って動作を複雑にしている様です。
* 次いでですから細川義昌先生の奥居合には立業の「門入」は無く居業の「棚下」があります。
 「(上の閊へる所にて前の者を斬る)・・右手を柄に掛け体を前へ俯け腰を少し浮かせ、左足を後へ退き伸ばし、其膝頭をつかへ、刀を背負う様に左後頭上へ引抜き、諸手を掛け、前者へ斬込み、其のまま刀を右へ開き納めつつ、体を引き起こし右脛を引き付ける也・・」
 是は大江先生も習われたか見たことがある下村派の奥居合です。棚下から這い出る動作は見られず棚下での抜刀及び斬り込む事がポイントです。(昭和49年貫汪館発行尾形郷一先生の無双神殿抜刀術兵法より)
Img_2129_3
                  曽田先生の写し
                  土佐の居合は腰布一枚の絵がほとんどです。
                  着衣から武士と百姓の間に位置する人の武術の様に
                  思えます。
以上
居合目録口□(受)覚終わり

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2018年9月12日 (水)

曽田本その1の6英信流居合目録秘訣原文4居合心持肝要之大事8獅子洞入・獅子洞出

曽田本その1
6.英信流居合目録秘訣)原文
4、居合心持肝要之大事
8獅子洞入 獅子洞出
 是以戸口抔ヲ入ルノ習也其外トテモ心得可有或ハ取籠者抔戸口ノ内二刀ヲ振上テ居ルトキハ容易二入ル事不能其時刀ヲ抜テ背二負タル如ク二右ノ手二而振リ上ケ左ノ手ニテ脇指シヲ提ゲウツムキテ戸口ヲ入ル可シ上ヨリ打込メバ刀ニテフセキ下ヲナクレバ脇差二而留ル向フノ足ヲナグ可シ獅子洞出是以同出入ノ心得ヲシラスル也
以上
居合目録口□(訣)覚終
読み
 是を以て戸口などを入るの習い也 其の外とても心得有るべし 或いは取籠り者抔戸口の内に刀を振り上げて居る時は容易に入る事能わず その時刀を抜いて背に負たる如くに右の手にて振り上げ左の手にて脇差を下げ俯きて戸口を入るべし 上より打込めば刀にて防ぎ  
 下を薙ぐれば脇差にて止める 向うの足を薙ぐべし 獅子洞出 是を以て同じく出入の心得を知らする也
以上
居合目録口□(受)覚終

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