2020年4月 4日 (土)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の28我が流を教へしまゝ

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の28我が流を教へしまゝ

百足伝
我が流を教へしまゝに直にせば
        所作鍛錬の人には勝つべし

 我が無外流を教えたままに素直に行えば、所作の形を学んだ人には勝でしょう。

 この歌心は、直ぐには読めませんでした。無外流は他の居合の流派のように形の所作だけを指導され、その後に奥義の心を教えられるのと違い、無外流真伝剣法訣とその十剣秘訣を心構えとして学び其の心を以て所作の修行しているのだから、当然他流のように業の運剣動作だけを鍛錬しただけの人には勝って当然でしょう。
 無外流真伝剣法訣及び十剣秘訣については本稿の4の17に今あるミツヒラなりの解釈をさせていただいています。この百足伝を終る頃にはもう一歩でも解釈が適切であればと思うばかりです。
 

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2020年4月 3日 (金)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の27兵法は行衛も知らず

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の27兵法は行衛も知らず

百足伝
兵法は行衛も知らず果てもなし
       命限りの勤めとぞ知れ

 兵法は何処が目的地なのかその行方も知らず果ても無い、命のある限り修行するものと知りなさい。

 歌を其のまま読んで見ました、更に奥があるのではと思うよりもこのサラッと読んだ事の奥深さは並の事では無いでしょう。
 武術に限らず歌でも踊でも、お芝居でも、書でも絵画でも、芸事全般に言われますから自然にそんなものかと思って居るようですが、本当にそう思って死ぬまで修行を続けられる人はどれくらい居られるでしょう。
 そこそこ段位も上がって、門弟など取るようになると、己の修行より弟子を育てて、昇段させたり競技会で優勝させたりすることに精を出し、挙句は団体などの役員などに打ち込んで益々己の修行を疎かにしてしまうのを見かけます。それでも70代ぐらいまでは、稽古も弟子達並みかそれ以上やっていても、目標が己の兵法の修行では無くなってしまい、其の内足腰も弱って剣を振るのも億劫になってしまうものです。
 目標が居合の極意を目指したのは遠い昔になってしまい、段位に依る権威と権力を振りかざして悦に入ってしまう者や、パワハラの大家になって指導者は愚か修行者の心は何処へやらでは、あの若き情熱に満ちた姿は見られなくなるものです。
 或いは、未だ見えないものを追って日々稽古に励む者も、人前では「稽古に出ないと体が弱る」と燃える気持ちを恥じらうようにする者も居るものです。
 「兵法は行衛も知らず」は「あそこ迄」「あれさえできれば」と思っても「そこまで行き着けば」更に向こうにチラチラ見えるものがあるものです。昨日よりは今日、今日よりは明日と幾つになっても励めよ、そして励みつつ天命を全うできれば素晴らしい人生でしょう。 

田宮神剣は居合歌の秘伝
世の中は我より外のことはなし
        思わば池のかへるなりけり
世はひろしわれより事の外なしと
        思ふは池の蛙なりけり
千八品草木薬を聞きしかど
       そのあてがひを知らでせんなし

曽田本居合兵法の和歌
世は広し我より外の事なしと
       思うは池の蛙なりけり
大事おば皆請取れと思うとも
       磨かざるには得道はなし
物をよく習い納と思うとも
       心掛ずば皆すたるべし
目の前のまつげの秘事をしらずして
       とやかくせんと一期気遣う
目の前のまつげの秘事をしりぬれば
        唯速やかの一筋のみち

笹森順造著一刀流極意仮名字目録原文古歌
是のみと思ひきはめつ幾数も
       上に上ありすいもうのけん
世はひろしことはつきせしさとりては
       わかしるはかり有とおもふな
(世は広し事は尽きせしさりとては
       我が知るばかり有ると思うな)

 
 
 

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2020年4月 2日 (木)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の26雲霧は稽古の中

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の26雲霧は稽古の中

無外流百足伝
雲霧は稽古の中の転変ぞ
       上は常住すめる月日ぞ

 雲や霧で周囲が見えなくなることは稽古の中でのことに過ぎない、雲や霧の上は常に澄んで月も日もはっきり見えるものだ。

 この様に読んでみたのですが、無外流の普段の稽古の中に「雲霧は稽古の中の転変」というものを互に発しながら行われているならば、うらやましい限りです。
 現代の形稽古は大抵の処は、約束された順番を打ち合うばかり、初心の内はゆっくり正しい刃筋を維持しながら約束された間合いで、気の合う相手とばかりやり合って、だんだん慣れて来ると早く強い打ち合いになるばかりです。YouTubeなど見ても、なれ合いの早打ちばかりで何処にも雲や霧など見られません。
 稽古相手も、形だからと決めつけ、間が近いの遠いの、打ち込む角度が高いの低いのと、泡吹いています。遠いならば足を盗め、近ければ引き足で打て、角度が違えば木刀を打たず腕を押さえろ、幾らでもやり様は有る筈です。
 更に居合では相手を置かずに仮想敵相手で、抜き付けの刀の位置だの、拳が何処だの是も有る特定の部位に特定の条件で抜付ける初歩の稽古の形ばかりです。
 相手になって貰えば、形の順番を知っているので、肩を打てというのに小手を打ちに来り、出鱈目に崩しに懸るばかりで、武術の本質を知らないニセモノばかりです。肩をどの様に打つかは相手に任せて其の起こりを捉える稽古にはならないものです。
 私のような天邪鬼はその方が自分の稽古相手には良いのですが、運剣の正しい道筋を以て崩す相手で無ければ、唯のチャンバラに過ぎず相手を勤めるべき資格はないと思っています。変化業は流派の業を以て変化するのでなければ、其処に稽古に来る意味など全くないのです。 

 「雲霧」とはそれがあって氷壺に相手の月が移らない、その中での転変は稽古でやっているだけにしろ、本来は雲や霧の無い晴れ渡った天空のように己が心を澄ませて相手の心を己が心に移してその隙を打つものぞ。
 妄心ばかりでチャンバラをしていても業の真髄は望めないものです。

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2020年4月 1日 (水)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の25前後左右

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の25前後左右

百足伝
前後左右心の技直ならば
      敵のゆがみは天然と見ゆ

 前後左右どちらにも偏らない心の置き所が直ぐであれば、敵のゆがみは自然に見えるものだ。

 「心の技」とは何でしょう。其の上その「技」が直ぐである事とはへそ曲がりには理解できないものです。敵と対して、威丈高になって機を窺う素振りや、今にも打込むぞと見せつける、此の様に来れば一気に打込まんなどと、兎や角相手の出方を想像して、いつの間にか妄心に覆われて平常心を忘れてしまう、懸ると待の心持ちも、懸るばかりに偏ったり、待にばかり偏ったり、妄心は自由勝手に走り回るものです。妄心に惑わされない本心を以て心静かに相手に向かうのであれば、逆に相手の心の歪みが自然に我が心に移って来るものだ、相手はこの様に誘いを懸ければこの様にするだろう抔思いめぐらし、誘いを懸けて来る。
 翻車刀の教えのように互に相争っている様に見えても、心の技直ぐなれば相手のゆがみが手に取るように見えるので不動の心で環り得るのでしょう。見せかけや、誘いに乗らずに動くとしても相手に随って無我の境地で応じるもの。飽くまでも心も体も軸をブラさない自然体と云えるのでしょう。そしてここぞという水月をとらえて打込んで行く、相手は其の打ち込みを逃れる事は出来ない。無外流真伝剣法訣十剣秘訣がここでも示されていると思います。

  

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2020年3月31日 (火)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の24長短を論ずる

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の24長短を論ずる

無外流百足伝
長短を論ずることをさて置いて
       己が心の利剣にて斬れ

 刀の長短を有利だ不利だと論ずるよりも、己が心の利剣を以て斬るのだ。

 この歌の読み解くべき処は「己が心の利剣」です。広辞苑に依れば利剣とは「煩悩を破りくだく仏智をたとえていう語」。煩悩とは「衆生の身心を悩乱し、迷界に繋留させる一切の妄念。貧(とん)・瞋(じ)・痴(ち)・慢(まん)・疑(ぎ)・見(けん)の一切の妄念。」と解説しています。
 剣術に於いては、刀が長いの短いのと其の理をとやかく論ずることなく、己の心の中にある妄念を取り去って無心となって斬れ、と云うのでしょう。
 妄念といえば沢庵和尚の不動智神妙録の「心こそ心まよわす心なれ心に心心ゆるすな」の歌を思い描きます。
 柳生宗矩の兵法家伝書の活人剣に西行法師の歌として「家を出る人としきけばかりの宿に心とむなとおもふばかりぞ」とあげて、「兵法に此歌之下の句をふかく吟味して、しからんか。如何様の秘伝を得て手をつかふとも、其の手に心がとゞまらば、兵法は負くべし。敵の働きにも、我が手前にも、きってもつひても、其所々にとどまらぬこころの稽古、専用也」とあります。この歌の状況での心の煩悩があれば、是であったらと欲を思い描き、其の事に心をとどめてしまう事をさておいて、己が心を妄信から解き放って本心に戻り無心となれよと歌うのです。

 無外流真伝剣法訣の虎闌入の「形裡に目を注ぐは象外に神を注ぐ如からず」の教えなのでしょう。

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2020年3月30日 (月)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の23朝夕に心にかけて

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の23朝夕に心にかけて

無外流百足伝
朝夕に心にかけて稽古せよ
      日々に新たに徳を得るかな

 朝夕に心にかけて稽古しなさい、日々新たな徳を得るものです。と云っています。「心にかけて」の解釈は、歌の文言だけでは朝夕心掛けて毎日稽古しましょう、と聞こえます。
 朝夕毎日稽古するばかりで毎日新たな徳を得られるのか、何か無外流の持つ思想的問題を心掛けて朝夕稽古したいものです。
 やはり、無外流始祖の無外流真伝剣法訣と十剣秘訣の一語一語の教えを胸に秘めて稽古すると考えたいものです。あれは極意の秘伝だから一通り形が打てるようにならなければ教えられないと言われるのでしょうか。
 現代はインターネットで簡単にそれは手に入り、解説までされています。昔はどうだったのでしょう。
 意味も解らず、形を教わった通りに順序良く元気に打っていればいいのでしょうか。それでも健康維持のための運動不足解消の一役としての意味は十分あります。
 武術は何の為にこの化学兵器が充満している世界に役立つのでしょう。何となくきな臭いこの頃、下手をすれば、白兵戦にも物おじしない、皇国の為に天皇陛下万歳と叫んで突入する兵士養成に戻されてしまいそうな予感もします。
 武術は先ず己の為に、己の人生を身も心も正しく生きて行く為の知恵と体を作ってくれます。不意の出来事にも、おたおたしないで瞬時に応じられる体と心を養ってくれます。「もっと先に」と今ある事の先を見つめて努力する事は何にもまして楽しいものです。

 先日、古流剣術の形稽古をしていて、「形を要求された順序やかたち通りに出来てから、変化を求めるのが筋で、出来てもいない内にやるべきではない」など、解った様な嘘を平気で言って居る指導者面した者がしゃべっています。
 「形の要求された通りにやって、術が効いたから出来たと思っても、それはいつも同じ人と組んでのことで本当に出来たのか疑問ですよ。それに自分より下手な人には効いても、直ぐ上の先輩にすら効かない、まして師匠には簡単に外されてしまいますよ。何か勘違いしていませんか。
 それにその形が出来たというのは、他人が判断するものでは無く自分がこれならば誰とやっても有効だと判断するもので、少々形の順番を覚えて「かたち」だけ出来る様な人がとやかく言うものでは無いでしょう。」当然ながら彼は不満気な、お前に何が解ると云う顔をしていました。

 形の有るべき姿を現代は矢鱈統一した見栄えで判断する癖がつき過ぎです。
 その原因が武術指導の目的以前にある、連名や協会による「形」の昇段審査などの弊害です。試験問題を順序良く足捌きも、打込みの位置も規定通り形よく出来なければならないのですから、「かたち」だけで終わってしまいます。その形が求めるものの何が出来ていなければならないかなどは何処かに行ってしまったようなものです。「かたち」が似て居れば「形」が出来たと云えるのでしょうか。

 古流剣術も流派によっては「かたち」が異なります、それは目録から業名を知り、手附を求めたが書かれたものは「メモ」に過ぎず、「口伝」でおしまいです。ですから幾つも「かたち」があって当たり前です。然し有効な術になっているかは別物です。

 中川申一著無外流居合兵道解説の正座の部五用の二本目「連」は全居連の刀法の二本目前後切の参考となった業です。この初動の刀の抜き上げを中川先生の解説書から:「理合」前後に敵を受けた場合で先ず前敵の眉間に諸手で抜きつけ、後ろを振り向くや、後敵を真向に斬り下ろして仕留める。
 「方法」両足の爪先を立て腰を上げると共に刀を上方に抜き上げる。刀を抜き上げると共に左手を柄に掛け、諸手上段となり、右足を踏み出して眉間に斬りつける、両膝を浮かし・・・以下略」
 中川先生の連の刀の抜き上げの写真は明らかに敵の斬り込みを意識し、右手は正中線上を上に抜き上げています、従って手附けには無くとも敵の刀を受流す意図が含まれた抜刀です。

 無外流の無外流居合道連盟編著の塩川寶祥の武芸極意書真伝無外流居合兵道にある五用の二本目連の抜刀の写真からは、後向きである事も有るでしょうが、柄頭が上に45度位で抜き出されて居る様で中川先生の雰囲気は伝わってきません。真向打ち込みも両腕が充分伸びた状態で敵の眉間に斬りつけられている様で、敵との間が遠い想定かと思われ、受け流す必要は無いとも思えます。しかし無外流真伝剣法訣の「神妙剣」の教え「事の先を為さず動きて輙(すなわち)随う」を受けていれば、必ず敵が真向に斬り込んで来るのを察して応じるもので抜刀に受け流し心が欲しいと思ってしまいます。敢えて言えば、この写真による抜き上げは合し打ち或いは相手の小手に打込む十文字勝の動作かも知れません。他流の手附に無い部分を写真から判断するのは慎むべき事とは充分承知していますが、百足伝の今回の歌を解読するためには、手元にあるあらゆる資料を駆使しませんとその歌心が読めないのです。無外流の方からご指摘いただければ、更に一歩前に歩き出せるかと思い、ご容赦の上御指導お願いいたします。
 
 全居連の刀法昭和31年1956年10月1日制定、昭和52年1977年5月1日配布全日本居合道刀法解説「前後切」:「意義」敵我が真向に斬込み来るを受流すや顔面に双手上段から斬付け、直ちに後敵の真向に斬下し、更に前敵の真向に斬下して勝つ。
 「動作」腰を上げ爪立つや刀を頭上に抜き上げ左斜下に敵刀を受流し直ちに双手上段となり右足を踏み込みて前敵の面部に斬付けるや膝を浮かし・・以下略」全居連の刀法2本目前後切の動作は無外流の連から作られたとされています。

 故全居連会長池田聖昂著全日本居合道刀法解説平成5年2003年5月1日発行「前後切」:「剣理」我れ、座したる前後に同じく座したる敵を受け、前の敵、我が真向に斬り込み来るを受け流すや否や、其の敵の顔面に切り付け、直ちに後敵の真向に斬り下ろし、更に、前敵の真向に斬り下ろして勝つの意なり。
 「術理(動作運用)」前敵、我が頭上より真向に斬り下ろし来るを、我れ両手を刀に掛けるや、否や我が右柄手を我が顔前を通して刀を上に抜きかけつつ腰を上げ、爪先立つと同時に我が頭・左肩を覆う形にて、刀を頭上に払い上げる様に抜き取りて左斜め下に敵刀をすり落す様に受け流す。「註」受け流す為に抜刀する時、刀刃を外懸け(外側に倒す)にしながら払い上げる様に抜き取る。この際、鞘も下に引き落とす感じにて抜刀する。決して鞘を後方に引いてはならない。・・・以下略」

 無外流の連がどんどん昇華して行きます。無外流そのものではなくなっているのです。これは連盟という元々異なる集団によって発生したものですが、無外流の中でも発生が異なれば往々にしてありうるものです。
 古流剣術では道場ごとに異なっていたりします。そしてどれも間違いではないのです。ポイントの押さえ方一つで業は変化してしまうものです。其の上師匠が更に上の奥義を求める人であれば、この間教わった形が今日は違って見えるものです。私は形は生きていると思っています、是でいいなどの安易な思いは少しも持ち合わせていないつもりです。

 この歌は、修行する初心者から師と仰がれる人にも共通した歌心であると思います。何も思わずに体が動いて業の「かたち」をなす、素晴らしい言葉でしょうが「稽古」は考え考え抜き付け、思った様に出来ない処を「何故」と反芻して見るものでしょう。解らなければ、師に問う也資料を求めるなりするものです。習い・稽古・工夫のスパイラルによって「日々に新たな徳を得る」のかな。

 

 
 

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2020年3月29日 (日)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の22兵法を使へば

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の22兵法を使へば

無外流百足伝
兵法を使へば心治まりて
      未練のことは露もなきもの

 無外流の兵法を身に付け試合に臨むならば、心は治まり、生死について未練な事は露ほども無いものだ。

 「兵法を使へば」は何の心得も無く戦いに臨むのでは不安だらけで、押しつぶされそうになって逃げだしてしまいそうです。此処は矢張り無外流の兵法を以て仕合に臨む心持ちでなければならないでしょう。
 無外流は、居合や組太刀の形については無外流の流祖辻月丹は手附を残していないとされています。口伝に依る形は有ったかもしれませんが、道統が引き継がれる内に変化して元の形は見えなくなってしまうのが一般です。
 この無外流も江戸末期までには江戸では無外流は絶えてしまい、明治まで残ったのは高知の山内藩と姫路の酒井藩だけであったようです。
 その形も代を重ねるうちに変化してしまい、中川申一先生が師と仰ぐ高知出身の無外流を伝承した高橋赳太郎先生からどの様に指導されたのか中川申一先生の無外流居合兵道も古流であるとは言えないかもしれません。

 高知に持ち込んだ林六太夫守政の無雙神傳英信流居合兵法が無雙直傳英信流居合兵法として大江正路先生が明治維新によって消え去ろうとしたものを復活させたこととよく似ています。
 幸いなことに無双直伝英信流は業手附を記述した伝書が江戸後期初めに山川幸雅先生が原書を書き写したものが引き継がれ曽田虎彦先生に依って神傳流秘書として古伝の手附がよみがえっています。

 無外流は始祖は形の手附を残さず「無外真伝剣法訣、十剣秘訣」を以て無外流を伝承させ、形は口伝に依るばかりです。
 無外流兵法の形は、無外真伝剣法訣及び十剣秘訣によってその心から業を展開する流と言えるのでしょう。ですから無外流は敵に対する心構えから展開されるわけで、十剣秘訣によって心構えが出来た上での兵法と云えるのでしょう。心構えが充分理解された上での兵法であれば敵と対しても、心は治まっており、未練の事は露ほども無いものとなるのでしょう。

 然し未解決の「萬法帰一刀」の修行は終生続けられる。その修行の途中で己より「萬法帰一刀」に近づいたものに出合うならば、大森曹玄禅師の云う「一刀流仮名字免許に、これのみとおもひきはめつゆくかずも上に上ありすゐまうのけん(此れのみと思い極めつゆくかずも上に上あり吸毛之剣)を上げています。「白雲未在」永遠になおこれ未在である。そこであるが、そこではない。これが極意だ。」とされておられます。

 無外流の剣術については山口流の山口左馬之助を師事した辻月旦によるもので「無外真伝剣法秘訣 十剣秘訣」との関係は解るが、百足伝は辻月旦が師事した居合の自鏡流祖多賀自鏡軒盛政の歌だろうと別物に捉える人は無外流の学者には居ないと思いますが、知ったかぶりの人は別物、心が違うだろうと云われるかもしれません。
 居合も武術である事には変わらない、現代居合は「相手の害意を察して」という意味不明の仮想敵相手に一方的に抜き付けるばかりの稽古をしていますから「無外真伝剣法秘訣 十剣秘訣」は、如何なる流派にも適応する教えですから、学ぶ価値は高いものです。

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2020年3月28日 (土)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の21立合はゞ

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の21立合はゞ

無外流百足伝
立合はゞ思慮分別に離れつゝ

      有るぞ無きぞと思ふ可らず

 立合えば、相手がどのようにするだろうと、相手の動きを思い慮って分別をするのをやめようとしてているのに、あれも有るだろう是は無いだろうなど思ってはならない。
 無心になって相手の出方に応じればいい、と、云って居るのでしょう。「有るぞ無きぞ」は相手の仕掛けは目に見えるものでは無く、それを兎や角思う事とも、手に持つ刀の長短までも、極端には自分の獲物の有る無しにまで及ぶとも云えるでしょう。無心になれよと云う歌心でしょう。

 曽田本英信流居合心持肝要之大事居合心立合之大事で「敵と立合兎やせん角やせんとたくむ事甚嫌ふ況や敵を見こなし彼が角打出すべし、其所を此の如くして勝んなどとたくむ事甚悪しゝ。先づ我が身を敵の土壇ときわめ何心なく出べし。敵打出す所にてちらりと気移りて勝事なり。常の稽古にも思いあんじたくむを嫌う、能々此念を去り修行する事肝要中の肝要也」と云っています。
 形稽古だからと云って指導された通りに、足は何歩、打ち込み角度は、と寸分違わない動作を何十年やっていても、踊は上手に成っても武術は少しも進歩しません。

 この歌心に応ずるとすれば、無外流真伝剣法秘訣の十剣秘訣によって読み解いてみます。
・獅子王剣「太極より出ずれば則ち其気象見え難し、気象より発すれば則ち厥痕(そのきず)を窺い易し」。平常心で臨めばうかがい知る事も有る。
・翻車刀「互換の争い有るに似たり、鼓の舞のように還りて動かず」
・玄夜刀「微により顕れる漠(なく)陰陽測れず之を神と謂う」。夜は物が見えないように之を推し測れるのは神である。
・神明剣「人の変動は常に無く敵に因って転化す。事の先を為さず動きて輙(すなわち)随う」である。
(この教えは一刀流兵方目録の天地神明之次第にある「敵に因って転化し事を先に為さず、動にて輙(すなわち)随う」と同じ文言です。)
・虎闌入(こらんにいる=虎の猛る姿)「無我の威で虎賁(ひふん)に当たる無し」虎の憤る姿のものでは無い、物静かなうちに威がある自然体にとる。
・水月感応「氷壺に景像無く猿猴水月を捉ふ」澄みきった心にはなにも思うものは無く、心に移った相手の思いを捉えるのです。
・玉簾不断「窮まれば変じて通ずる」によって、瀧のように絶えず打ち出される相手の仕掛けに応じつつ、窮まれば、変化し相手の隙を見出すものとします。
・鳥王剣「正令當に行われ十方坐断」出来るのです。
・無相剣「明頭は見易く暗頭は察し難し」と云います。これは気性の暗い者は察し難く、気性の明るい者は、何も思わない無相の処から実相を見出しやすいと云うのでしょうか。
・萬法帰一刀「問うて云う萬法一に帰す、一は何れの処の位置に帰す。我答えて云う。青洲一領の布杉を作り、重き事七斤。更に参ずること三十年」多くの業技法を学びおおせても一に帰す、という其の一とは何れの所の一か、と問えば意味不明な返答しか帰って来ない。更に三十年の修行を志そう。と云うのです。

 中川申一著無外流居合兵道解説では、無外流の立業の部の最後に「万法帰一刀(まんぽうきいつとう)」という業があります。
 「理合:はるか前方にある敵の殺意を察し、威圧せんとするも敵之を察すること能わず、故に鯉口を外切りにして左足より進み、斬る気勢を示す。敵始めて之を察し、心の動揺するや、速やかに進んで腰のあたりの空を斬る。敵する能わざるを知って逃ぐるを見送る。」動作はさして難しいものでは無いでしょうが、その理合にある、我と相手との心理状況は、居合と云う一人演武による見た目の動作で容易に表現できるでしょうか。三十年のこれからの修行で身に付けられるでしょうか。百歳を幾つも超えてしまいそうです。武術に到達点はないのでしょう。大分無外流に深入りし過ぎてしまった様ですが、武術は翻車刀なんです。其の上「萬法帰一刀」です。

 宮本武蔵の兵法35箇条いとかねと云亊「常に糸金を心に持つべし。相手の心に、いとを付て見れば、強き処、弱き処、直き所、ゆがむ所、たるむ所、我が心をかねにして、すぐにして、いとを引あて見れば、人の心能くしるゝ物也。其のかねにて、丸きにも、角なるにも、長きをも、短きをも、ゆがみたるをも、直なるをも、能知るべき也。工夫すべし」相手の心に糸を付けて物差しで計れと云います。

 柳生宗矩の兵法家伝書殺人刀に病気の亊「かたんと一筋におもふも病也。兵法つかはむと一筋に思ふも病也。習いのたけを出さんと一筋におこふも病、かゝらんと一筋におもふも病也。またんとばかりおもふも病也。病をさらんとおもひかたまりたるも病也。何事も心の一すぢにとゞまりたるを病とする也。此様々の病、皆心にあるなれば、此等の病をさって心をととのふる事也」心の居付きは病なんでしょう。くそ真面目な人程この病に侵されやすそうです。「放心心を具せよ」という心を放す心をもて、「心を綱を付けて常に引きて居ては不自由なぞ、放しかけてやりても、とまらぬ心を放心心と云ふ。此放心々を具すれば、自由がはたらかるゝ也。綱をとらへて居ては不自由也。」

 この歌心の置き所は「放心々」なのか・・。歌に捉われずに・・。

 

 

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2020年3月27日 (金)

第27回・28回古伝研究会

土佐の居合 古伝神傳流秘書による古伝研究の集い
第27回・28回古伝研究の集い
 無双直伝英信流、夢想神傳流の古伝神傳流秘書を曽田虎彦先生の直筆本から読み解いて江戸時代中期の居合を研究しています。
 今年は、主として古伝抜刀心持之事(古伝の奥居合)及び坂橋流棒を研究いたします。
 師伝が如何様であろうとも、古伝をご存知の方は少ないものです。ご参加いただいた方が、夫々「我が師」である事をご認識頂き、ご自由な意見を出され共に学ぶ研究会です。俺の指導に従えと云う武道にありがちな事とは異なります。
      記
1、期日
27回・令和2年3月12日(木)
 15:00~17:00 見田記念体育館 
  *コロナウイルスにより休館中止
    ・令和2年3月26日(木) 
 15:00~17:00   見田記念体育館
 *コロナウイルスにより休館中止
28回・令和2年4月9日(木)
 15:00~17:00 見田記念体育館
  *コロナウイルスにより休館中止
・令和2年4月23日(木)
 15:00~17:00 鎌倉体育館
*コロナウイルスにより休館中止
2、住所
 見田記念体育館
 248-0014鎌倉市由比ガ浜2-13-21
 Tel0467-24-1415 
 鎌倉体育館
 248-0014鎌倉市由比ガ浜2-9-9
 Tel0467-24-3553
3、アクセス
 JR横須賀線鎌倉駅東口下車徒歩10分
 (駐車場 鎌倉体育館に有り)
4、費用:会場費等の割勘つど 500円
5、参加申込み 直接会場へお越しください
      Email :sekiun@nifty.com
6、研究会名:無雙神傳英信流居合兵法
  湘南居合道研修会 鎌倉道場
7、御案内責任者:ミツヒラこと松原昭夫
  令和2年3月27日改訂 松原記す

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道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の20兵法の強き内

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の20兵法の強き内

無外流百足伝
兵法の強き内には強味なし
       強からずして負けぬものなり

 兵法で強い打ち込みをしている内には、真の強みとは言い難い、強くなくとも負ける事など無いものだ。
 この歌の「強き内には」の解釈ですが、「強い打ち込みには」ともとれるし「強い打ち込みをしている間は」ともとれます。居合で横一線の抜き付けでは、片手に依る抜付けなので、そこそこ出来るようになれば極端に強いとか弱いは序破急の抜き付けによってさしたる強み弱みは見られず、敢えてゆっくり抜いて居る人に違和感を覚えます。
 然し真向に振り冠って打ち下ろすとなると肩を怒らし、首筋の筋肉まで盛り上がって、腕から拳まで上筋が張って、肘が内側に絞られ、腰が据わってしまった真向打ち下ろしを、刃筋が通って鋭い打ち下しで迫力があって良い、などと指導して居る高段者が見られます。横一線の抜き付けで相手の戦力を殺いでしまっているのに、とどめの一撃とばかりにむきになっている様でこれでも武術なんでしょうか。薪割りでも慣れた人は力など何処にも入っていません。
 そうかと思うと、上段に振り冠ってから、両手を上にあげて拍子をつけて振り下したり、手と刀を前方に振り込んでから切り下したり意味不明な動作でも良しとしている、競技会でのおかしな審査員もいたりします。
 強く打とうとして、振り冠りに一呼吸入れる様な拍子を付けたり、握りを強くしたり、反り返ったり、それらは隙を作っているようなものです。
 私の近くに93歳になる御婆さんがいます。娘の頃より父親にしごかれ畑を耕し、畝を作り、種を撒き、雑草を取り、収穫する、今でも十分働いています。
 そのクワを振る姿は重いクワも軽々と何処へも力も入らず、膝・腰・腹・肩・頭の位置は上下動も無く、前後に触れる事も無い、体がクワと一体になったようでサクサクと流れ、クワを振っている時は、声をかけるのもつい控えてしまいます。是は芸術と云えるものです。休み休みでも午後3時間は畑に居られます。

 妻木正麟著詳解田宮流居合田宮流伝書「口伝」よりによれば、打ち下ろしは力を捨て前進の気を以て打つに非ざれば切り難し。力は身に限りあり、心術は比すべからず。腰、腹に納まるの気より業に移らざれば、形崩れ全きを得難し。術は腹を以てと教ふれども、その実は腰に至らざれば心気に至りがたし。気腰に集まるとき自ら腹に渡り充つる。

 宮本武蔵の兵法35箇条兵法上中下の位を知る事では、兵法に身構有り。太刀にも色々構を見せ、強く見へ、はやく見ゆる兵法、是下段と知るべし。又兵法細かに見へ、術をてらひ、拍子能き様に見へ、其品きら在りて、見事に見ゆる兵法、是中段の位也。上段の位の兵法は、強からず弱からず、角らしからず、はやからず、見事にもなく、悪しくも見へず、大に直にして、静に見ゆる兵法、是上段也。能々吟味有るべし。

 これらの教えを、やろうとすると古参の者や訳知り顔した師匠が、初めの内は全身に気力を振り絞って力一杯素早く打ち込みなさい、最初から気の抜けた打込みは意味はない、と云われます。
 ゆっくり足・腰・肩・腕・刀と狙った位置に寸分たがわず斬り込む稽古をした方が遥かに上達は早く、刃筋も正しい自然に鋭いものになります。

 

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2020年3月26日 (木)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の19兵法は強きを

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の19兵法は強きを

無外流百足伝
兵法は強きを能しと思いなば
      終には負けと成ると知るべし

 兵法は強い打ち込みが出来ればいいのだと思っていると、終いには負ける原因になると分かって来る。

 若い人は、早い強いはお手のものでしょうが、年を取って来ると強く早い打込みなど、だんだんできなくなります。天性のものをたよりに稽古してきた人は若者に負けて当たり前でしょう。人生には何度か過去の自分を忘れて変えていかなければならない事があるものです。武術は死ぬまでも修行し、負けない武術を生み出していくものなのでしょう。年を取ったから負ける様な武術は武術とは言えないのでしょう。

妻木正麟著詳解田宮流居合より田宮神剣は居合歌の秘伝
 居合とはつよみよはみに定まらず兎にも角にも敵によるべし
 つよみにて行きあたるこそ下手なれやまりに柳を上手とぞいふ
 初学には調子を習へ兎に角に早きにまさる兵法はなし

曽田本居合兵法の和歌
 強みに行当るおば下手としれ鞠に柳を上手とぞいう
 早くなく重くあらじな軽くなく遅き事をや悪しきとぞ云

笹森順造著一刀流極意の一刀流兵法仮名字目録
 風にそよぐ萩の如し、柔剛強弱此処也、敵つよからん処を弱、弱からん処をのっとりて強勝事也。強きに強、弱きに弱きは、、石に石綿に綿の如し、石は石に当てとひかえる時は勝に非ず、綿は綿に逢時は生死みへず、故に一刀流は拍子の無拍子、無拍子の拍子と云々。

宮本武蔵の五輪書風之巻他流におゐて、つよみの太刀といふ事
 太刀につよき太刀よわき太刀といふ事はあるべからず。つよきこころにてふる太刀はあらき物也、あらきばかりにてはかちがたし。又つよき太刀といひて、人をきる時にしてむりにつよくきらんとすればきれざる心也。ためしものなどにきる心にも、つよくきらんとする事悪し。誰におゐても、かたきときりやふによわくきらん、つよくきらんと思ふものなし。‥若しは、つよみの太刀にて、人の太刀をつよくはれば、はりあまりて必ずあしき心なり。人の太刀に強くあたれば、わが太刀もおれくだくる所也。然るによって、つよみの太刀などといふ事、なき事也。・・物事に勝つといふ事、どうりなくして勝つ事あたはず。わが道におゐては、少しもむりなる事を思はず、兵法の智力をもって、いかやうにも勝つ所を得る心也。能々工夫有るべし。」

 

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2020年3月25日 (水)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の18兵法の先

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の18兵法の先

無外流百足伝
兵法の先は早きと心得て
       勝をあせって危うかりけり

 兵法の先を取ると言う事は早い事だと思って、勝ちを焦って、相手の動きなど見もしないで一方的に打込み危うく打たれる処だった。

この歌に関連すると思う歌を他流から探してみます。

曽田本居合兵法の和歌
 強味にて行当るおば下手としれ鞠に柳を上手とぞいう
 待もする待っても留る事ぞ有懸待表裏二世の根元
 早くなく重くはあらじ軽くなく遅き事をや悪しきとぞ云

妻木正麟著詳解田宮流居合歌の伝
 敵合に早き業とは何を云ふこゝろとどめぬ人をいふなり
 居合とはつよみよはみに定まらず兎にも角にも敵によるべし
 早くなくおそくはあらしかるくなしをそきことをぞあしきとぞいふ
 つよみにて行きあたるこそ下手なれやまりに柳を上手とぞいふ
 待ちもするまたでも留まるやうもありかける表裏にせの根元
 初学には調子を習へ兎に角に早きにまさる兵法はなし

阿部鎮著家伝剣道の極意
(樋口達雄 剣道いろは歌詳解) 
 先を打て先を打たるな稽古にも習ひは常に習慣となる
(柳生宗矩 兵法家伝書 福井久蔵編)
 勝といふ先々に後かちて又先々に先後先後に
(原田隣造著 高野佐三郎)
 機を得ずに先に出づれば後の先をかれに取られる事多きなり

 「先をとる」について柳生新陰流の「兵法家伝書殺人刀懸待二字仔細」の事を読んでみます。
 懸とは、立ち合うやいなや、一念にかけてきびしく切ってかゝり、先の太刀をいれんとかゝるを懸と云ふ也。敵の心にありても我心にても、懸の心持ちは同じ事也。
 待とは、卒爾にきってかゝらずして、敵のしかくる先を待つを云也。きびしく用心して居るを待と心得べし。懸待は、かゝると待つとの二也。
 「身と太刀とに懸待の道理ある事」
 みをば敵にちかくふりかけて懸になし、太刀をば待になして、身足手にて敵の先をおびき出して、敵に先をさせて勝つ也。身足を懸るにするは、敵に先をさぜむ為也。
 「心と身とに懸待ある事」
 心をば待に、身をば懸にすべし。なぜならば、心が懸なれば、はしり過ぎて悪しき程に、心をばひかへて待に待ちて、身を懸るにして、敵に先をさせて勝つべき也。心が懸なれば、人をまづきらんとして負けをとる也。
 又の儀には、心を懸に、身を待にとも心得る也。なぜなれば、心は油断無くはたらかして、心を懸にして、太刀をば待にして、人に先をさするの心也。身と云ふは、即ち太刀を持つ手と心得ればすむ也。然れば、心は懸に、身は待と云ふ也。両意なれども、極る所は同じ心也。とにかく敵に先をさせて勝つ也。」
 
 宮本武蔵は五輪書風之巻に「他の兵法に、はやきを用ゐる事」
 兵法のはやきといふ所、実の道にあらず。はやきといふ事は、物毎に拍子の間にあはざるによって、はやきおそきといふ心也。その道上手にては、はやく見へざる物也。武蔵の兵法35箇条にも「拍子の間を知ると云う事」で拍子の間を知るは、敵により、はやきも在り、遅きもあり、敵にしたがう拍子也。・・。

 笹森順造著一刀流極意の一刀流兵法本目録にも「懸中待・待中懸」の心得があります。
  進み懸る際にも敵の色を見てその急変に即応する心構を失ってはならない。敵の寄正を見定め、我が動静をかけ、待つ中に懸ることよくして勝を一瞬にのがさぬようにしなければならない。
 もう一歩進めて懸待一致之極意をしめす。即ち懸の太刀を正しく遣うとそのまま待の太刀となって敵の変化に即応する。従って懸による破綻は決して起こらない。また待の太刀が正しければそのまま何時までも懸るの働きをなし勝はその中にある。

 この百足伝の歌は奥の深い、然し古流剣術の業は当たり前としてあったもので、現在行われている組太刀も、単なる太刀打ちの、演舞から離れればいくらでも考えられるものです。

 

 

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2020年3月24日 (火)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の17我が流を使いて(無外流真伝剣法訣)

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の17我が流を使いて

無外流百足伝
我が流を使いて見れば
      何もなくして勝つ道を知れ

 無外流の事(わざ)を学んで見るならば、何も之と云った、決まりごとの業や技巧を凝らす訳でもない、ただ勝つ道を知る事になるのである。この歌を直訳すればこんなところでしょう。
 「これでは無外流を知らないので歌のままでは何も伝わってきません」と云ったならば「お前如きに解るものか」と訳知り顔の、無外流を習いも稽古もしたことのない、へぼ先生にあざけられてしまいます。
 しかし、どの武術流派でも根本的な処は単なる業の形を追うだけでは、大道芸に過ぎないもので、初心の稽古形としてとか同じ形を毎日繰り返すことに依る禅的修行や老人体操には良しとしても、武術としては程遠いものでしょう。其の業を身に付けるには、その業のもつ精神的な理も知らなければならない。そうでなければ、相手の害意を察した顔をして一方的に斬り殺さざるを得ません。
 
 中川申一著無外流居合兵道解説には載せられていませんが、無外流には「無外流真伝剣法訣」という伝書がありその中に十剣秘訣と云う、無外流の流祖辻月丹が書いた無外流の心得が残されています。それは形の順序を示す様な業手附ではなくどの流派の業にも適用できる精神面の心得を綴ったものです。
 無外流百足伝のブログ3月21日4の4「とにかくに本を勤めよ末々はついに治るものと知るべし」の処で紹介してあります。
 辻月丹は伝書に「伝を誤り真をみだし或は奇抜俗をまどわす、連城の声ありと雖も甕瓦の功に異ならず、嘆ずるにたうべけんや」と云い、形が崩れるのはその精神が伝わらず形ばかりの形骸だけが誤って伝わる事を恐れて書き残された十則の教えです。
 この教えだけで充分研究課題としては素晴らしいものです。無外流の方々のブログにアップされていますのでそちらを開いてご研究をお願いするだけにしておきます。
 さわりだけと云う方には、大森曹玄著剣と禅の「一法無外へなへな剣の都治月丹」をお勧めします。これだとて十剣秘訣の教えを充分解読された剣法書と云えます。

 武術は人としてあるべき何物にも侵されない姿、然し優しく和する心を持った、平常心によって何時如何なる場合でも瞬時に応じられる修業を基としています。
 其の為には、基軸となる思想はもちろん、姿も軸がしっかりして居なくてはなりません。
 相手の思いは、暗がりで物を見ようとしても目に見えるものでは無いように憶測であってはならない。従って、憶測で物を言わず、動かず、相手の僅かな言葉や動作に従って反応すべきものです。しかし、人は眼に見える動きや、聞える言葉の裏に本性があるもので、表の状況に惑わされやすいものです。己を無我の境地で相手に接する必要があります。
 そのように、相手も澄み切った心であれば、水に写る月のように実態はないものです。
 無我の境地で相手に従って応じて行けば、次々に打ち出される事毎にも応じられるものです。そんな打ち合いに於いても、打つべき時には躊躇せずに全身全霊を以て打込むべきもので、此の事は業形によってなすものでは無く心に映じたものによって、手足が動くものです。手足が状況に応じて自由に動くには、日々の稽古によるあらゆる状況に応じられる修業と同時に、無我の心を養うものでしょう。

 流派に依る、業の違いや、運剣動作が如何様に有ったとしても、勝つべき道は一つと歌っている様です。
 
 

 

 

 
 

 
 
 

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2020年3月23日 (月)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の16我が流を使はゞ

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の16我が流を使はば

無外流百足伝
我が流を使はゞ常に心また
       物云ふ迄も修行ともなせ

 我が流の亊を使うならば、常に心もまた物を云うまでに修行しなさい。古伝を読んでいますと「亊」の文字が使われて「業(わざ)」と読ませています。曽田本でも「亊」ですが曽田先生は是は「業ではないか」とされていますが強いて文字を変えていません。
 「我が流を使はゞ」については、無外流と言う武術ですから、業技法もその考え方も「使う」事になりますから、それを単なる刀法に絞らずに「亊」として読んでみました。動作は体が覚えて行くのですが、体を動かすのは心である、心が物を云い体を動かす様に修行せよと云うのです。心が物を云う訳は無いので、無心と成れば、状況に応じて習い覚えた動作が自然に発して来る迄修行せよと云うのでしょう。
 
  宮本武蔵の五輪書火の巻は実戦の場に臨んで、敵に打ち勝つ要諦を書きあらわしたとされています、その序文の末尾に「此道の達者と成り、我が兵法の直道世界におゐて誰か得ん、又いづれかきわめんとたしかに思ひとって、朝鍛夕練してみがきおほせて後、独り自由を得、おのづからきどく(奇特)を得、通力不思議有る所、是兵として法をおこなう息なり」意味は、この道の達人となって我が兵法の正しい道を知り、極めようと思い立ち、朝鍛夕練して磨き上げて見ると、何物にも縛られる事のない心の自由を得、心が特別な働きをしてくれる。万事に不思議な力があるところを知り得た。是が武術を修業する本来の心意気というものである。

 柳生宗矩著兵法家伝書の殺人刀に「平常心是道」という景徳伝登録巻28の言葉があります。是は「道は修を用いず、ただ汚染する事なかれ、何をか汚染となす、ただ生死の心ありて造作し趣向するは、皆是れ汚染なり。若し直にその道を会せんと欲せば、平常心是れ道なり。
 いわゆる平常心は、造作なく是非なく、取り締まり無く断常なく、凡無く、聖無」渡辺一郎校注より。
 宗矩は「此の平常心をもって一切の事をなす人、是を名人と云う也。・・いつとなく功つもり、稽古かさなれば、はやよくせんとおもふ事そ
ゝのきて、何事をなすとも、おもはずして無心無念に成りて、・・この時我もしらず、心になす事なくして身手足がする時、十度は十度ながらはずれず、その間にも、いさゝかも心にかゝりたれば、はづるゝ也。無心なる時、皆あたる也。無心とて、一切心なきにあらず。唯平常心なり。」

 

 

 

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2020年3月22日 (日)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の15兵法の奥義は

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の15兵法の奥義は

無外流百足伝
兵法の奥義は睫の如くにて
      余り近くて迷いこそすれ

 兵法の奥義は睫毛のように、余りに近くにあるものでこれで良いのかと迷いこそするものだ。と歌っています。兵法の奥義はそれほど手近なところにあるのでしょう。然しそれが解ったとしてもその瞬間にスルスルと為せるものなのでしょうか。
 奥義は我が心に由来するもので、心の修行とか言いますが、修行しなくとも本来あるものを自ら蔑ろにして居るに過ぎないのでしょう。無双直伝英信流では「我が身をまず土壇と為して後自然に勝有、その勝所は敵の拳也」とあるのですが、我が身を土壇と為す事が容易な事ではありません。こう来ればああしよう、ああであればこうしよう、相手を威圧するように姿勢を正して凛とした姿を見せよう、などと思いめぐらせてしまいます。心静かに無心となれば、相手の思いは我が心に移るものとは聞かされていても我が心が一番遠くにあるようです。

 高野佐三郎著剣道では「諺に秘事は睫毛といふ如く、睫は目の傍にあれども、自分は見ることは能はず。鏡を取りて照せば始めて見ゆるなり。その鏡を取りて見よといふが秘事にて、聞きて見れば何の難しき事も無しといふのである。」睫毛を見るたとえに鏡は理解しても睫毛と武術の秘事とは同じになりそうも無いのでこまります。たとえを真面目に鏡で見れば秘事も見えるよと云う程度の事でも無さそうです。

 この歌で15首目ですが、ここまでに15もの教えが歌われています。「この様におやりなさい。それが出来れば奥義の秘事ですよ」と云われても、出来ないのは、己が心が邪魔するのです。

 沢庵和尚の不動智神妙録に「心こそ心迷はす心なれ、心に心心ゆるすな。」と歌っています。
 柳生新陰流の柳生宗矩は兵法家伝書でこの歌の解説をしています。「さる歌に 心こそ(妄心とてあしき心也。我が本心をまよはする也)、心まよはす(本心也。此心を妄心がまいはす也)、心なれ(妄心をさして心なれと云ふ也。心をまよはす心也とさしていふ也。妄心也)、心に(妄心也。此妄心にと云ふ也)、心(本心也。心殿とよびかけて、本心よ妄心に心ゆるすなと也)心ゆるすな(本心也。妄心に本心をゆるすなといふなり)」。
 本心が妄心に左右されて、誤ったことをしてしまう、本心そのものの思いが極意とも取れます。 

 この歌と同様の歌
曽田本居合兵法の和歌
 目の前の睫毛の秘事を知らずして兎角せんと一期気遣う
 目の前の睫毛の秘事を知りぬれば唯速やかの一筋のみち

他に
 なかなかになほ里近くなりにけりあまりに山の奥を訪ねて
 極意とて表の内にあるものを心尽しに奥な尋ねそ
 われとわが心の月を曇らせてよその光を求めぬるかな



 

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2020年3月21日 (土)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の14とにかくに

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の14とにかくに

無外流百足伝
とにかくに本を勤めよ末々は
       ついに治まるものと知るべし

 この歌は、どの様に解釈すれば歌心が読み取れるのでしょう。とにかく武術の基本をしっかりと身に付ければ、自然とものになると思いなさい、とでも歌っているのでしょうか。
 ここでの「本」とは何を言うのでしょう。「治まる」とは何が治まるのでしょう。百足伝は無外流の始祖が残された和歌ですから、無外流の基本となる「本」を知らなければなりません。武術は流派の違いは有っても至る所は同じと考えてもいいのですが其の流の治まる処は何かある筈です。
 中川申一先生の無外流居合兵道解説の序文に、無双直伝英信流第20代宗家河野百錬先生もお書きになっていますが「思ふに真の剣道を知らんと欲せば、真剣日本刀を以てする居合に依らなければ、その真髄は得難く、竹刀剣道の叩き合いのみでは真の剣道とは言い難い。この両者が相まって始めて真の剣道となるものと確信する。・・道は一つであり、他流の者と雖も本書によって、斯道の真髄を体得し得るであろう。」と述べられています。
 中川申一先生は石井悟月先生の序に依れば「先生は先師から伝えられた目録によって失われた技を探求し、各流の師家を訪ねて研究され、五用、五箇、走り懸り、五応、内伝に分類され、更に他流に殆ど失われている、脇差の形と居合の形を集録されて茲に大成された。」と、述べられ、失われた無外流の業を整理されて居られます。
 中川申一先生の自序では、「居合はスポーツに非ずと合同を拒んだ全日本剣道連盟が、昭和31年に居合道部を設置」を、当時遺憾とされておられます。更に「正しき理念と正しき術とを指導する者がなければ、真の精神や術は失われることとなり、只刀を振るだけならば大道芸人と何等異なる所がない。」とも書かれています。此の事は現代居合を指導される先生方も今一度考えてみるべきもので、単なる業技法の統一的指導に終わらせない事が今後の「何の為に居合を学ぶのか」の問いに明確に答えられる指導者を育てなければならない事でしょう。
 中川申一先生は自序の終りに、多くの方に助けられて本を出されていますが「お陰を以て本の体裁をなすに至ったが、内容に至っては自分では満足してはいない。殊に精神面の説明表現に至っては、忸怩たるものがある事を自ら認めている。」と残念がられています。

 この百足伝の和歌に戻ります。どの流であれ剣術や居合を学ぶ者は、立姿や座し方、刀の握り方、構や、斬り付けをその流の形として教本にも書かれて指導されています。流に依る独特の形は教本や一律な講習会指導では見いだせないものです。其の上連盟と称する団体の昇段基準や競技判定基準によって流独特の方法は何処かへ行ってしまった様な気もするものです。従って現代では指導され教本にある形で出来たとしていればそれなりです。それをこの歌の「本」と捉えるのはお粗末すぎると思うのです。其の流の業を全うできる手の内や、体の使い方は他流とは異なって然るべきものですし、それも状況次第で出来なければ武術とは言えそうにありません。
 例えば無外流の五用の一本目真の正座から斬り込まんとする敵の右脇の下への切り上げは、無双直伝英信流の正座の部一本目前の横一線の抜き付けとは明らかに異なります。
 武術としての抜き付けと、現代居合による演舞用の抜き付けで良しとしていたのでは考えさせられてしまいます。

  中川申一先生の全日本居合道新聞昭和38年4月1日の論説の一部です「無外流兵法の祖辻月丹の伝書である無外真伝剣法訣の序文中に「劉輪之巧妙非糟粕(たくりんのこうみょうそうはくにあらず)の語がある。荘子の天道篇の中にある比喩である」
 これは、書物では本当の処はわからないのであって、糟を読んでいるようなものだということとして知られています。
 中川申一先生は「居合なども古人の糟粕に過ぎないのである。然らば抜刀納刀や刀の振り方姿態のみに捕らわれ、外形のみを事とする時は一生糟粕を嘗め続けるもので祖師の苦心の作も一介の瓦のかけらに過ぎない。・・祖師の居合を行ぜんとするならば、その居合を行ずる事によって悟りを得て、既に滅せる心術を把握し極妙の精を再び我が物とした時に始めて祖師の居合を行じて居る事となるのである。故に居合を志す者は他を批判する前に先ず己の心の修行こそ大事である。心の修行未だ至らざるに拙者の居合こそ◯◯流の正しい居合で彼の居合は正しからざる居合であるなどと広言を吐く達人を見るが、これは己の屁の臭きを知らずして他人の屁を嗅いで廻る卑劣な行為で自己を冒瀆し自己の下劣さを暴露して居る人である。また居合道範士等の肩書を有する人で技の理合や理論も充分説明し能わずして兎角自己を高く見せんがために云う人があるが、いやしくも最高称号の受有者ならば如何なる居合の技でも充分に説明し得る迄研究して貰いたいものである。また居合修行者として大切な事は技術・理論も然りであるが歴史についても研究していただきたい。・・・無外流の流祖は「劉輪之巧妙非糟粕」の一句を伝書に入れて後進者に強い教訓を与えている。」

 お前もその一人だ、と諭されています。だからこそ本物を求めて日々道場に立って一本ずつを抜いているのですが、習い覚えた22代、23代の居合が自然と出て来るばかりです。少しずつでも前に進められたらと思うばかりです。 

 

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2020年3月20日 (金)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の13軍にも

道歌
4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の13軍にも

百足伝
軍にも負勝あるは常のことまけてまけざることを知るべし

「軍にも」いくさにもと読みますが、戦いに於いても負けるとか勝とかは常の事だ、負ける事によって負けない事を学び知るものだ。と云うのでしょう。軍とは戦い、試合・仕合などとも解しますが、真剣勝負では斬られて死ぬ事も有るでしょう。大らかに考えて、自分ばかりでは無く誰かが真剣勝負で敗れた、その破れから何故勝てなかったかを学ぶことも出来るものでもありでしょう。常の稽古でも負け勝は常の事です。

 山田次郎吉著身心修養続剣道集義より一刀斎先生剣法書「術者負る所、勝たざる所を知るべし、負る所と云ふは先づ勝つ所なり、勝たざる所と云ふは敵の能く守る所なり、其負くる所我に有り、勝ざる所敵に在り。
 妄りに勝たんと欲する者は敵の勝つ所を知らざる故なり、我勝たざれば負けず、我負けざれば勝たず、故に十分の勝に十分之負あり、十分之負に十分之勝あり、勝ちて負くる所を知り、負けて勝つ所を知るは術の達者也。
 我が事理を正し、彼が事理を察して敵に因りて転化すべし。孫子曰、彼を知り己を知るは百戦殆からず、彼を知らずして己を知るは一勝一負、彼を知らず己を知らずは戦う毎に必敗す。」

 同書の窪田清音による剣法神秘奥義の奥義七ヶ條先勝「勝は常の学びに在り。旦暮怠りなく学ぶときは勝つこと其の身に備はるが故に戦へば必ず勝つ。之を先勝の術と謂ふ。平素修行を怠れば時に臨み先勝を得ず。戦はざれば勝負を分ち難し。此の心を以て修行怠らざる者は勝を常にして後に戦ふが故に畏るゝ所なし。」
 又、その奥義七箇条離勝「修行至り神明身に備はらざれば必ず勝たんことを思ふの病あり。勝つことを求めずして勝つことを離勝と曰ふ。離勝の位に至りては相応ずるものなし。」

 柳生新陰流の始終不捨書十問十答之事に「初心稽古之時截合悪き時は目迦ると覚えたる悪し、外るる物一つ有 口伝」で初心の稽古の時に切り合いが上手くできないのは目付けが上手くできない、その原因は一つ有る、口伝。と云うのです。其の心は「心也」とされています。その原因は迷いや不安、焦り、気負い、などで集中力を欠き、大事な目付を外してしまうためでその元は「心」が無くなってしまう事でしょう。(柳生延春著柳生新陰流道眼より)。
 
 曽田本居合兵法極意秘訣より「・・足を踏みつけずに体の居付かぬ様に浮き浮と立って、右の事(いろいろの業)を行うべし、敵と気分の喰い合わぬ様に我は敵と別々と成る心也。敵は〆合わせようとするを此方はそれに移らず、ふわりと出合うよし、ふわりとせねば右云う夫々の変出る事無し、考えるべし、右の働きを敵がすれば此方の負けと成る事の上にてこれより外の仕筋無し、深く工夫有るべし。
 修行の厚薄と勇気と臆病と此の二つの違いばかり也。此の処は我と得道すべし、外人より教え難し、我が心に合点して無理に事をせず気分一杯に働き見るべし、此の上にいかぬは、不鍛錬か心惑い得合点せぬか、吾臆病か、真剣の時は天命天運外に無し。当流の印可居合柄口六寸の勝、軍用之剱是口伝免べき亊此の外に無し。」

 勝負けについては、古今それぞれの思いを残されています。

 

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2020年3月19日 (木)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の12曇りなき

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の12曇りなき

百足伝
曇りなき心の月の晴れやらば
      なす業々も清くこそあれ

 曇りのない心であれば心に写る月は晴れ晴れとして見えるものである、そうであれば打出す業の数々も清いものであろう。分かったようでわからない歌の解釈です。
 分からないのは、先ず歌い出しの「曇りなき心」とは、相手がこのように来るならばああしよう、ああなればこのように、とか、この様にして打ち負かそうなど一方的に思いめぐらし、相手の事など何処かに置いてしまい気ばかり勝った状況を取り去り無心になる事を意味していると思います。

 曽田本にも居合心持肝要之事居合心立合之大事に「敵と立合兎やせん角やせんとたくむ事甚嫌う況や敵を見こなし彼が角打出すべし其所を此の如くして勝ん抔とたくむ事甚悪し、先づ我身を敵の土壇ときわめ何心なく出べし、敵打出す所にてチラリと気移りて勝事なり、常の稽古にも思いあんじたくむ事を嫌う能々此念を去り修行する事肝要中の肝要也」。この教えが、百足伝の歌を解説しています。兎や角しようとせずに無心と成れば、相手のしようとする事が心に晴れやかな月のように移り込んで来る、そうであれば応じる業もスッキリとしたものとなって勝つことが出来る。

 笹森順造著一刀流極意の一刀流兵法仮字目録の水月之事にもこの歌の心を思わせる一節があります「身を充分に守っていると隙間もないが、ただ相手を打とう打とうと思うて自然に己の守りが不足し隙が出ると、そこを打たれる。月が清く心が明鏡止水のようであると、相手の姿やそのたくらみは月の光の中の斑点も悉く見える様に写るものである。わが心に写ると手に写り手から刀に写り、相手の隙を一刀のもとに制する事が出来る・・。」

 此処で注意しなければならないのは、心を無にして相手の動きを待つだけでは無いという事でしょう。相手の動きを察知して機先を制する事が「なす業々も清くこそあれ」につながると思います。懸と待の根本的考えは柳生新陰流の始終不捨書による「懸のうちの待。待の内の懸。懸々に非ず。待々に非ず。」と教えています。更に始終不捨書では「水月活人刀と云習いは昔の教なり。悪し。重々口伝」でその心は敵の移りり来るを待つ心ではなく、わが先をもって敵を「移れと移す心」である。(柳生延春著柳生新陰流道眼を参考) 
 

 

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2020年3月18日 (水)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の11稽古にも

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の11稽古にも

百足伝
稽古にも立たざる前の勝にして
      身は浮島の松の色かな


 百足伝9首目の歌は「兵法は立たざる前に先づ勝ちて立合てはや敵はほろぶる」でした。孫子の兵法により「戦わずして勝」という言葉はよく知られています。
 但し孫子は「是故百戦百勝 非善之善者也 不戦而屈人之兵 善之善者也」(是の故に百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり 戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり)。この様に戦うのでは善に非ず、戦わない事だというわけです。其の為には五亊の道・天・地・将・法を充分に理解して居る事。更に兵は詭道也としています。此処は解説しませんが孫子の計篇にある計り考える事として挙げられています。
 ここでの兵法は、いざという戦闘の場合、居合では仕合における勝負と見れば良いのでしょう。
  百足伝11首目は兵法に代り「稽古にも立たざる前の勝にして」しかも「稽古にも」ですから。稽古をするに当たっても、相手と打ち合う前に勝つのだというわけです。
 現代居合は概ね、相手の攻撃を意義なり理合なりによって想定し、それに応じて機先を制するもので、仮想敵に負ける事は想定外です。従って抜き付ける部位は一寸違わず抜き付ける事が出来、相手のどのような状況に於いて抜き始め、抜刀するかが自分の描いた仮想敵に適切でなければ稽古の意味などないも同然です。
 座して二呼吸半で刀に手を掛け、柄がしらを仮想敵の喉元に付け、序破急を以て抜き出し、横一線に抜き付け、抜き付けた拳の高さは、剣先の高さは、剣先は何処を向いている、などの形ばかりに拘っていたのでは、仮想敵に抜き付ける前に刀の抜き付けの標準値を繰返すばかりになってしまいます。
 昇段審査や演武競技などではそれで充分と思いますが、実戦を意図した稽古でそれでよいかは別物です。抜き付けはあくまでも相手の小手と決めたらあらゆる状況でも小手に抜き付ける事を瞬時に実施するものです。
 仮想敵ならば、自分と同じ様に横一線の抜き付けで右肩を狙って来る、或いは上に抜き上げ切り下して来る、相手は立って上段に構えて来る。
 どのような状況においても抜き付ける前に勝っている事が「稽古にも立たざる前の勝にして」に対応できるものでしょう。
 心を静め何時如何なる状況にも応じられる様に、業技法を身に付ける様に心掛け、その座した姿は、小さな浮島に凛として生え、塩を含む雨にも風にも負けずに居る松の風情なのでしょう。
 
 

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2020年3月17日 (火)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の10体と太刀と

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の10体と太刀と

百足伝
体と太刀と一致になりてまん丸に
        心も丸きこれぞ一円

 体と太刀が一つになってまん丸になり、それに心も丸くして気・剣・体一致したものが一円となる。
 この歌心は、無外流に入門して稽古の中から自ら会得する以外に他流の状況から軽々しく判断すべきではないかもしれませんが、武術流派と云うのは一流を興す以前に指導を受けていたとしても、先師の体格や思想、子供のころからの癖などから作り上げられたもので、至る所は同じ様に至る所と最近は思うようになってきました。
 無外流の五用の真・連・左・右・捨を手附けに随い稽古しながら、真で一人を倒したが連で敗ける。左・右で勝ったが捨で拳を斬られ返す刀で踏み込もうとしていた右膝を斬られ、なすすべもない。

 まず、太刀と体の一致した斬撃は意外と出来ていないもので、太刀の振り下しを手首の上下や、伸べ手になっていたり、腕だけで振っていたり、肩だけであったりするものです。
 居合だけをやって来たとか、竹刀剣道をやってきた人に多く見られます。
 居合だけの人が何故と思ったのですが、居業から稽古をするので、足腰が居付く傾向にあり手打ちになり安いからかも知れません。組太刀があるだろうと云うのですが、矢鱈手だけでポンポン当てっこするばかりで、大人の棒振りチャンバラです。木刀で木刀を受けてどうする、でしょう。
 居合の手打ちも年を取って体に柔軟性が無くなると、張り子の虎の首が動いて居る様な打ち下しばかりです。
 竹刀剣道は当てっこと云われるだけあって、飛び込んで手首で打ち込んでいるようで切ってるわけではないのです。真剣ならば当たれば素肌なら致命傷でなくとも切れるからまあいいか。

 妻木正麟著詳解田宮流居合規矩準縄では「業になれ術を得て心静かに心気の術を得て、気躰の三つ一にならざれば、其はたらき業自由ならず。心気力の三者調はざれば全く成り難し。心を治め、気を静にして力を養ふは修行に在り。(環の伝)心、気、業、一致して環の如きこと。」個々の事は兎も角環になる事のようです。

 笹森順造著一刀流極意之極意秘伝に剣身不異という教えがあります、「剣をとって敵に立ち向かう時に剣と体とが離れ離れになっていたのでは用をなさない。剣と体とは一体になり、体の構えは剣中の体であり、剣の構えは体中の剣でなければならない。切るのには手にした剣の働きばかりで切れるものではない。剣中にある体を運び、体中に蔵する剣を働かせ、体の主たる心中の剣を手にした剣を揮って切って初めてその用を達するものである。」
 又、金の輪の中に「すべて下手の働きはここにつかえあそこに行詰まり、角々しく四角八角となるが、慣れるに従って角が段々ととれ、角が鈍くなり十六角三十二角と角張った所が円くなり、上手に至ると丸くなる。内容が入れ物に充実すればするほど丸くなる。此の上達が成就して一円相、立体の球となり、一切を金の輪の中のものとせばわが働きもまた円満具足して欠くる所がなく、わが打突は必ず功を奏することになるのである。」円相から球体にまで変化して行く事まで求めています。

 曽田本英信流目録秘訣として第九代林六太夫守政の口受に「手の内:敵と刀を打合はするに合刀せずと云亊なし、其合刀したる所にて敵の拳を押へて突くべし。 輪之内:敵と打合はするに輪にならずと云亊なし、上にて打合せ亦下にて合へばすぐに輪と成る、堅横皆同じ、其輪をはづして勝べし。 十文字:敵と打合すれば、輪と成り十の形となる、互に打合せたる所は是十の形也、其十の形に成りたる所にて手を取れば勝也。手の内、輪の内、十文字は別の亊ならず皆一つに唱る事なり、外の事にはあらず、拳を取れと言う事の教へ也。」拳を取る当流の極意は手の内輪の内十文字に合刀する事無く外して輪と成って拳に打ち勝つ教えと云っています。この教えは現代居合では失伝してその心得も伝わってはいません。居合や組太刀の幾つかの業の中に忍ばせてあるとしても、古伝の心得を学ぶ者は少ない現状です。

 この百足伝の歌心をどの様に読み取るかは、其の人の力量によるのでしょう。

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道歌5柳生石舟斎宗厳兵法百首5の94兵法の利方それぞれ数ふれば

道歌
5、柳生石舟斎宗厳兵法百首
5の94兵法の利方それぞれ数ふれば

兵法百首
兵法のりかたそれぞれ数ふれば
       おほひなるかなけんこんの徳

兵法の利方それぞれ数ふれば
       大いなるかな乾坤の徳

 兵法を修業する事は利する事を夫々数えてみれば大変なものだなあ、乾坤(天地)の徳がある。

 「利方」とは、利益のある方法・便利な考え方。
    同じ音読みで「理方」があります、この意味は、理窟・原理。此処では「利」の文字が原文では使用されています。
 「お本ひ奈留可奈」は「おほいなるかな」よみは「おおいなるかな」は「大いなるかな」意味は、大きいものだなあ・大変なものだなあ。
 「乾坤」とは、易の卦の乾と坤と。天地。陽陰。いぬい(北西)とひつじさる(南西)。

    武術の教本は一般的には、其の流の発生の由来と目録による業技法の手附が主なものですが真陰流の場合は江戸期の中期以降には業手附が整備されている様で、石舟斎の伝書である新陰流截相口伝書亊や没茲味口伝書からは業技法についての手附は見られません。新陰流の兵法修行するに当たっての心構えが主となっています。

 柳生宗矩の兵法家伝書などでも、解りやすい兵法書と云っても、どんな勢法があるのか、何を読めばいいのか解らない、前に紹介しておいた三学円太刀一刀両段などでも勢法の流れは解っても細部は「口伝」とされてしまいます。
 どんなに細かい手附が合ったとしても、時代ともに変化し、指導者によっては自分の癖に合う様に形を変えてしまう事も有るでしょう。然しっ石舟斎の新陰流截相口伝書亊・没茲味口伝書、柳生兵庫助の始終不捨書は現在でも新陰流を学ぶ根本の考え方として生きています。
 それは「目付」であったり「色に付き色に随う」や「風水の音を知る」、「まろばし」や「懸待表裏」、「無刀」などの考え方は新陰流の兵法の思想であり根本原則であるからでしょう。
 柳生宗矩による兵法家伝書の殺人刀、活人刀がその根本思想を体系ずけて解説されています、活人剣が「相手の働きに随って勝つ」根本思想であれば、「相手を威圧して勝つ」事とは全く異なるもので、この思想は、磨き上げればまさに「乾坤の徳』とも云える思想でしょう。清水博著「生命知としての場の理論柳生新影流に見る共創の理」でうたう「リアルタイムの創作知」で、これからの時代益々人としても国としても磨き上げなければならないものなのでしょう。
 
 
 

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2020年3月16日 (月)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の9兵法は立たざる前

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の9兵法は立たざる前

百足伝
兵法は立たざる前に先づ勝ちて
        立合てはや敵はほろぶる

 孫子の兵法では戦わずして勝つ事を善之善と云っています。此処での兵法を大軍を率いての兵法として読み解く事も間違ってはいないでしょうが、百足伝が其処までを要求しているとは思えません。
 しかし当然のことながら宮本武蔵の兵法35箇条にいう、兵法の道見立て処の亊「此道、大分の兵法、一身の兵法に至迄、皆以て同意なるべし。今書付る一身の兵法、たとへば心を大将とし、手足を臣下郎党と思ひ、胴体を歩卒土民となし、国を治め身を修る事、大小共に兵法の道におなじ。」同じ事と思います。

 兵法は立ち上がらない前にすでに勝ち、立合った時には敵は亡びているものだ。居合の勝負として立たざる前に先ず勝つとしたのですが、兵法は立合う前に既に勝を得ている、相手を気で圧しているというのでは小説の一節に過ぎません。
曽田本居合兵法の和歌には立合う前に勝つべき心構えや理を歌に歌っています。
居合とは心を静め抜く刀抜ければやがて勝を取なり
居合いとは心に勝が居合也人に逆うは非刀としれ
居合とは刀一つに定まらず敵の仕掛を留る用あり
寒夜にて霜を聞くべき心こそ敵にあうても勝を取るなり
待もする待っても留る事ぞ有り懸待表裏二世の根元

 妻木正麟著詳解田宮流居合の規矩準縄では「・・居合の術は勝負に拘はり、勝負を離れ、己れに克ちて己を正し、業に由りて心気を治むるの心法なり。即ち業を盡して心膽を練り、心気を治めて神明に至る。・・神術を得れば、見んことを思はずして明らかに見、問うことを思はずして心に得、聞くことを思はずして能く聞え、手の活気を求めず、足の進退を思はず、心に留めずして動静変化其の機に至る。」としています。

宮本武蔵の五輪書火之巻の枕をおさゆるとゆふ亊「枕をおさゆるといふは、我実の道を得て敵にかゝりあふ時、敵何ごとにてもおもふきざしを、敵のせぬうちに見知りて、敵のうつといふうつのうの字のかしらをおさへて、跡をさせざる心」ここまで出来る様になれば、百足伝の歌心「兵法は立たざる前に先づ勝ちて」に至れるものでしょう。立合った時には敵は何も成す事も出来ず「立合てはや敵はほろぶる」。

 

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2020年3月15日 (日)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の8わけ登る麓の道

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の8わけ登る麓の道

百足伝
わけ登る麓の道は多けれど
      同じ雲井の月をこそ見れ


 山に登る麓からの登山口は幾つもあるけれど、何処から登っても頂上で見る雲井の月は同じだ。と歌っています。武術で云えばどの流派から稽古をしても修行の行き着く処は同じだろう、と云うのでしょう。更に其の流の業技法ではどの業から始めても修行を重ねれば同じ奥義に達するよ、とでも云うのでしょう。

 現代居合では、初心者が始めに習う業は無双直伝英信流ならば正座の前からと決まっている様な感じです。教本の一番最初に書かれているし、初めての稽古業は前から始まり、前ばかりの毎日です。
 河野百錬著大日本居合道図譜に於いて「初心の間はみだりに奥の業を追はず正座基本の業をよく研尽すべし」と言い切っています。

 無外流の中川申一著無外流居合兵道解説でも「正座の部五用の真、連、左、右、捨の五つの用法は無外流居合の根幹をなすもので、正座の姿勢から左足、右足を踏み出し、又は退きつつ斬突の動作をなすことは立居合よりは困難で、脚部の各関節と腰の運動量は夥だしく多い、故に之を熟すれば、他の正座又は立居合は労せずして行うことが出来る、されば充分之に熟して後他の居合に進むべきである。」

 宮本武蔵は五輪書風の巻で「他流に奥表といふ事 兵法のことにおゐて、いづれをおもてといひ、何れを奥といはん。芸により、ことにふれて、極意・秘伝などといひて、奥口あれども、敵と打合ふ時の理におゐては、表にてたゝかい、奥をもってきるといふ事にあらず。我兵法のおしへやうは、初めて道を学ぶ人には、其わざのなりよき所をさせならはせ、合点のはやくゆく理を先におしへ、心の及びがたき事をば、其の人の心をほどくる所を見分けて、次第次第に深き所の理を後におしゆる心也。され共、おおかたは其のことに対したる事などを、覚へさするによって、奥口とゆふところなき事也。されば世の中に、山のおくを尋ぬるに、猶奥へ行かんとおもへば、又口へ出づるもの也」。この五輪書の一文は百足伝の歌心を指している様の思えてしまいます。
 この五輪書に引用された歌は「なかなかになほ里近くなりにけりあまりに山の奥をたづねて」。

 無双直伝英信流正座の部一本目前の意義「正面に対座する敵の害意を察知するや機先を制して其の抜刀せんとする腕より顔面にかけて我が右足を踏み込みて斬付け返す刀を双手上段に冠りて真向に打ち下し勝を制する意也。」

 無外流五用の一本目真の理合「敵が刀を抜き上げた刹那に、右脇に向かって斬り上げて脇下の腱を斬る。敵は右腕の自由を失って体勢が崩れる。その時左袈裟を斬って仕留める。」
 この手付は、仮想敵をしっかり描けない人には業になりそうにありません。是が一本目の業なのです。下からの切り上げは無双直伝英信流では、河野百錬先生創案の抜刀法の奥居合立業前敵逆刀です。

 田宮流の表の巻一本目稲妻の想定「我と対座している敵が立ち上がって右斜め前方から上段から切りかかろうとするので、我はすばやく立ち上がりつつ敵の肘に抜き付け、さらに真っ向から切り下ろして勝つ」
 この業は、無双直伝英信流の立膝の部3本目稲妻そのものです。初心者への指導法を一律に行うべきか、其の人の状況を能く見てどこから始めるべきか指導者の力量が試される処でしょう。

 この三つの流においても是だけの一本目の違いがあるものです。武蔵の業における洞察は実戦に依って鍛えられた思想に裏付けされているもので机上のものとは異にしています。

 柳生新陰流の始終不捨書の十問十答之事に「初心に初より巧者の如く直す事悪し。先ず成り次第に十禁十好之習を癖にさせて足を動かし、心のかたまる所を見つけ直すべし」とされています。人に依り一様ではないが、やりたいようにやらせて、この流の基本となる所はしっかり身に付けさせるのだと云います。然し一方的に押し付けるのではなく、其の人の心が固まって居る所をよく見て導くのだと云うのです。
 武術が趣味の世界では無かった時代の考え方は、将に本物の教育指導要領が出来上がっていたのです。己ばかりが強くて偉いと錯覚している現代と違って、優れた弟子を生み出せなければ、其の流は消えて行ったのも頷けます。

 どうも河野百錬先生の無双直伝英信流は、指導者が見本を示し、門人達が指導者の手打ちによって一斉に同じ業を繰返す、戦時中の何が何でも最前線で殺される新兵教育の感がしてしまいます。此の流の傍系では名人上手は不要と言い切った指導者さえもいる様です。新陰流の始終不捨書は柳生兵庫助によって父親の柳生石舟斎宗厳の新陰流截相口伝書事の幾つかを否定して居る位です。

 私の指導をしていただいたのは、漫画家の田中正雄先生で、居合は異論の事柔道、剣道、杖道を治められて、私の要求で習い始めて一年少々で無双直伝英信流居合の正座の部から奥居合、更に早抜き迄指導して下さいました。
 その時を思い出すたびに、正座の部一本目前に固執するより、立膝の一本目横雲を途中で習い、正座より複雑な動きに馴れると正座が楽にこなせてしまう事を知った事です。
 

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2020年3月14日 (土)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の7山河に落ちて

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の7山河に落ちて

百足伝
山河に落ちて流るゝ栃殻も
      身を捨てゝこそ浮かむ瀬もあれ

 この歌は空也上人の空也上人絵詞伝とされる様ですが、空也上人は延喜3年903年から天禄3年972年頃の浄土教の上人で、この絵詞伝が成立したのが天明2年1722年の事と聞きます。
 谷川に落ちて流れる栃殻も、実を犠牲にすれば浮ぶ事も出来るであろう。と歌っています。「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」という事で知られる、難問にさいなまれていても自分を捨てて懸れば助かる道も開けよう、という事に使われます。
 捨て身の人になれば、という事ばかり前に押し出し徒に懸って行ったのでは相手の思うつぼに過ぎませんが、ここでの歌心を稽古における心構えとして捕えてみます。
 いくら稽古をしても、形は何とかなっていても、術が決まらない、そんなことは誰でもある事ですが、自分より下位の者には容易に決まるのに、上位の者には刃が立たない。特に竹刀剣道を長くやって少しは実績を残した人に多く見られる現象です。
 習い覚えて結果を出してきた、体の使い方が古流剣術には通用しない事は多々あります。悔しいので「形はかたちだから」と嘯いて見ても其の流の、足遣い、腰、肩、手の使い方が出来なければ業にはなりません。もがいて見ても、力任せにやって見ても出来ないものは出来ない。今までやって来た良しと思えること毎を一度忘れ去って、白紙の自分になった時、其の流の業技法が目の前に浮かび上がって来る事があります。
 過去に良しとしたことを捨てて見るなど、簡単に出来ないかもしれませんが、習うという事はそんな事から始めなければ習いにならないのです。
 「身を捨てて」ほどの大袈裟な事では無いと思うかも知れませんが、其処まで思い切らなければ、習い・稽古・工夫のどれも出来ないのは当然です。どんなに思い切って捨てて見ても、習い覚えた仕草は、折りに触れ出てしまうものです。
 
 
 

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2020年3月13日 (金)

道歌4田宮流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の6吹けば行く

道歌
4、田宮流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の6吹けば行

百足伝
吹けば行く吹かねば行かぬ浮雲の
         風にまかする身こそやすけれ


 風が吹けば流れていく、吹かなければ其処に留まっている浮雲のように、相手の動きに身を任せて応じるのは容易ですよ。

 田宮流居合歌の伝に「居合とはつよみよはみに定まらず兎にも角にも敵によるべし」。居合と云うのは我が方から仕掛けて強くとか弱くとか云う事では無く、兎にも角にも相手次第である。と云うのです。新庄藩の林崎新夢想流元禄14年1701年では「居合とはよわみ計りてかつ物をつよみて勝は非かた也けり」と田宮流と少々異なる歌心が詠まれています。
 風におまかせする雲と同じような応じ方を良しとするのでしょう。
 しかし一方、曾田本居合兵法の和歌では「待もする待っても留る事ぞ有懸待表裏二世の根元」といって、相手の出方を窺うとは言え懸る様にして待つ、待つようにして相手を誘い望みの所に打ち込ませて裏をとる、懸待表裏、の根元とも歌っています。曽田本の原本は文政2年ですから1819年に書かれた伝書です。1700年代半ばに第9代林六大夫守政が江戸から土佐の持ち込んだものでしょう。

 他流派などでそこそこ修行して来た人で、新たに稽古に来た時など、何故か負けてはならないと思うのでしょうか。むきになって強く打ち込んで来たり、打ち込めばこれまたむきになって請け太刀になって、居付いています。この百足伝の歌を読みながら、この歌は業技法の根元を歌っているよりも、初心の者が稽古をつけてもらう際のもっとも大切な心構えを歌っている気がしてきました。
 指導する人の一言も聞き漏らさず、云われた通りに打込んだり、受けたりする中から、その流の根元を知る事ができるのに、道場破りの気分でやって見ても何にも身につかずに終わってしまう。そんな顔が幾つも浮かんできました。相手に身を任せれば容易に知り得る術理をもったいないことです。

 更に修業が進んで再びこの歌に出合って、相手の動きを知り得る様になれば応じ方も自然に出て来る事が分ってきます。
 然し此処で武術はそんな安易なものでは無い、相手は我が打ち込みを誘うように隙を見せている、其処へうかうかと打ち込めば、ハッと思った時には我が太刀は外され相手の剣先が喉の寸前で止まっています。

 柳生新陰流の教えに截相口伝書の懸待有之事では「懸は意待に在り、待は意懸に在り。」
 更に始終不捨書では「懸の内の待、待の内の懸。懸々に非ず、待々に非ず。此の如く用いる者世に多し。懸々、待々、有々と位に備る所を知る者少し」と述べています。有とは働きと解説されています。(柳生延春著柳生新陰流道眼より)

 一刀流兵法本目録でも懸中待・待中懸の教えがあります。笹森順造著一刀流極意に依れば「・・進み懸る際にも敵の色を見て其の急変に即応する心構を失ってはならない。・・待つばかりでわれから攻める陽の気がかけたら勢がなく、敵に先んぜられ、敵の隙に乗ずることが出来ない」とされています。

 この歌は、初心から修行を積んだ人までも、其の歌心の深さを感じさせてくれる歌なのでしょう。同時に武術は人生を全うするあらゆる事象に対応できるものであって初めて武術と云えるのでしょう。 
 


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2020年3月12日 (木)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の5稽古には

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の5稽古には

百足伝
稽古には山沢河原崖や淵
      飢も寒暑も身は無きものにして

 稽古には、山、沢、河原、崖や淵、飢えも寒さ暑さもあるもので、自分に都合の良い条件ばかりでは修行にならないよ。と云うのでしょう。是は自然条件を例に挙げていますが、稽古相手についても言えるもので人はついつい甘えが先に立って、己の不詳は棚に上げて、厳しい指摘や、強い打ち込みなどをする相手を避けてしまうものです。
 上手いうまいと、ほめられておだてに乗って、出来たつもりになっても忽ち叩き落されます。

 こんな稽古の歌が歌われています。「吹く風も雪も霰も咲く花も勤る業の工夫とはなる」この歌心も稽古相手とみて。苦手な者や気の合う者も含めて誰彼となく教えを乞うべきものでしょう。
 曾田本居合兵法の和歌には「下手こそは上手の上の限りなれ返すかえすも誹りはしすな」という歌がありますが、何年やってもへぼや、入門したばかりの者を、自分の修行には意味が無いと誹るのではなく、その人から何故その様になってしまうのか、何故変われないのかなど学ぶ事は幾つもあるのにと歌っています。

 
 

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2020年3月11日 (水)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の4幾千度

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の4幾千度

百足伝
幾千度闇路をたどる小車の
       乗り得て見れば輪のあらばこそ

「いくちたびやみじをたどるおぐるまののりえてみればわのあらばこそ」歌の読みはこの様ですが、読み解くのは厄介です。
「幾度となく闇路を辿って来た小車なんだが、乗って来れたのは車輪があったればこその事だ」。
 イメージとして浮かぶのは、「幾度となく先の見えない闇路を行くような剣術の修行なんだが、やって来れたのは、回転しながら前へ進んでいく輪のようなものがあったればこそだ」。
 それでは其の輪とは何だろうと直読みして見てもグット握り締められような歌心が伝わってきません。車輪の回転は、車夫に依るのか牛や馬に依るのかですが、武術修行の輪は己の心の中にある、武術の奥義を求める強い志なのかもしれません。
 もう一つ、歌心を思って見ます。
 稽古の度に幾度も襲って来る術が決まらない不甲斐なさは誰にでもあるでしょう。出来たと思っても、兄弟子には通じない、まして師匠には全く通じない、そんな闇路を辿る様な修行だが、この流の道場で修行を幾たびもするうちに、小車の輪が回転するように少しずつ目的に近づいている様で輪は、人の和なのかもしれない。

 百足伝のこの歌に相当する歌は曾田本居合兵法の和歌には見当たりません。この歌の歌心は無外流の方ならばなんなく読み解けるのでしょうが、ついついもっと奥深い教えがあるのでは、と思ってしまいます。歌は己の力量で見渡せる範囲でしか読み取れないものです。修行を積み重ねいつの日か本物に気が付く事も有るものです。

 百足伝の書き出しに中川申一先生が書かれている「この百足伝40首の道歌は自鏡流祖多賀自鏡軒盛政が、門人を指導する毎に人体の差別を見て、指摘した口受である。人に大小長短幼老貧富の差別がある故指導者はこの点に心を配り、其の人に応じて指導すべきで、決して画一的に指導すべきではない。指導者の心得うべき事である。」と述べられています。
 

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2020年3月10日 (火)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の3うつるとも

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の3うつるとも

百足伝
うつるとも月も思はずうつすとも
       水も思はぬ猿沢も池

 月も写るであろうとも思わない、水も写そうとも思わないのに猿沢の池には月が写っているよ。と其の侭読めばいいのでしょう。塚原卜伝の歌とか誰が言いだしたのか有る様ですが、その真相はわかりません。
 曾田本神傳流秘書の抜刀心持引き歌では「水や空空や水とも見へわかず通いて住める秋の夜の月」という恐らく猿沢の池より大きな湖水の夜の風情を歌った歌があります。この歌は、湖面とも空とも区別がつかないのだけれど、どちらにも月が写った様に見えている風景を指して歌っている様です。
 武的歌心は、自分のはやる心ばかり前に出さずに、相手がどのように思って何処に打ち込もうとするのか其の心を、己の心を静めて見れば見えて来るよ。と歌っています。

 一刀流仮字目録の水月の事「敵をただ打つと思うな身をまもれおのづからもるしずがやの月」。敵を討たんと思はねども、己が身をよく守りたれば、悪しき処を知らずして己と勝理なり。

 新庄藩林崎新夢想流秘歌之大事には「萍をかきわけ見ずば底の月ここにありとはいかでしられん」。うき草をかきわけて見なければ水に月が写っているのはわからないよ、と歌っています。うき草とは心を無にする事を邪魔する心でしょう。

 田宮流歌伝口訣では「水月をとるとはなしに敵と我心の水に澄むにうつらふ」。清水に月が移る如く敵の機の我に移ることを水月と名付ける。

 それでは、相手の動きが我が心に移って来る迄待つことが良いのかと云えば、それは消極的過ぎると異論を持ち出しているのが尾張柳生の始終不捨書でしょう。「風水の音を知る習い 昔の教は是も悪し 今の位之有り口伝」「風水に声無し 形無く 敵に随う 形静心険なり」。(柳生延春著柳生新陰流道眼より)

 無双直伝英信流第20代宗家河野百錬先生は正座一本目前の意義に於いて「正面に対座する敵の害意を察知するや機先を制して其の抜刀せんとする腕より顔面にかけ斬付けんとす」とされています。「害意の察知とは。敵に随うのか」と、問われる処と云えるでしょう。「形は静にして心は険なり」と答える事となるでしょう。

 

 

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2020年3月 9日 (月)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の2夕立の

道歌
3、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の2夕立の

百足伝
夕立のせきとめかたきやり水はやがて雫もなきものぞかし

 夕立がざあざあ激しく降ってきて庭や草花に鑓水をするまでもない、堰き止める事もならずに葉先から流れる水には、やりみずの涼し気にしたゝる雫の風情すらない。
 直訳すれば、こんな風情を詠んだ歌でしょう。普段は夕方の暑気払いに、手桶と柄杓で水撒きをする、如何にも涼し気で草花も葉先からポタリ・ポタリと雫を落として爽やかな気分にひたれる一時です。
 この歌心を居合の奥義の歌心を求めれるならば、突然抜刀して斬り込み、斬り倒すや「どうだ」とばかりに威丈高に去っていく荒々しいものを、「それは違うよ」といさめている様に思います。
 静かに刀に手を掛け、抜き打つや静かに相手を思いやる残心を以て納刀し何事もなかった様に立ち去って行く、そんな居合が望ましいというのでしょう。
 前回の「稽古には清水の末の細々と絶えず流るゝ心こそよき」とも相通ずる静かに澄んだ心構えを望まれている様に思えます。
 中川先生も無外流居合兵道解説の自序に「正しき理念と正しき術とを指導する者がなければ、真の精神や術は失われることとなり、只刀をふるだけならば大道芸人と何等異る所がない。」この大道芸人と云う表現がそのまま夕立とも言い切れるかもしれません。

 「無外流居合兵道解説」に無双直伝英信流第20代宗家河野百錬先生が序文を書かれています。
 「・・思ふに真の剣道を知らんと欲せば、真剣日本刀を以てする居合に依らなければ、その真髄は得難く、竹刀剣道の叩き合いのみでは真の剣道とは言い難い。この両者が相まって始めて真の剣道となるものと確信する。然るにこの武道の根元とも言うべき居合を学ばんとしてもその書に乏しく、学者の之を嘆ずるの時、茲に中川氏が写真版によって、順を追ふて説明を付し、手をとる如くに意義方法を解説せられたる本書の出版は最も時機に適した企てで、斯道の研究者にとって洵に好個の良書と信ずる。道は一つであり、他流の者と雖も本書によって、斯道の真髄を体得し得るであろう。・・。」

 そこで、「やり水の雫」の基礎となる居合の礼法から正座を読んでみます。
 「上体を正しくして、肩の力を落し、肘は張らず、両手は指先を内に向けて股の上に置く、頭は正しく、眼は遠山の目付で前方を見る両膝の開きは肩の幅とする。腰を充分伸ばして臀部を両足の上に落ちつけ、両足の拇指を重ねる程度とする、刀は右側に刃を内側にして置く、下緒は輪にしたまゝ、鍔は膝の線にあるようにし、柄だけが膝から前に出る。」
 この正座の方法は全居連の刀法に沿ったもので、無双直伝英信流もこのように座します。無外流本来のものであったか否かは知りませんが、この座し方を以て相対せば、むやみやたらに抜刀して斬り合う気持ちは自然、腹に納まって来るものです。立居合からは得られないもので居合心を知るものでしょう。
 

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2020年3月 8日 (日)

道歌4無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌4の1稽古には

道歌
4、無外流百足伝と曾田本居合兵法の和歌
4の1稽古には

無外流百足伝
稽古には清水の末の細々と
     絶えず流るゝ心こそよき
*
 無外流は江戸時代土佐でも相当稽古されていたと思われます。明治以降の高知の剣道家川崎善三郎も無外流でした。
 武術の和歌はどの流派でも持たれていますが。独特の歌と云うより他流と同様の歌であったりしますが、まとまって残されているのは古伝の無双神傳英信流居合兵法、現在の無双直伝英信流や夢想神傳流。田宮流の歌は林崎甚助重信の系統としてほぼ土佐の居合と同じような和歌であった事は前回でご紹介しました。
 今回は、中川申一著「無外流居合兵道解説」より百足伝40首の和歌を曾田本と対比しながら居合心を学んでみたいと思います。中川先生の「無外流居合兵道解説」は昭和30年1959年発行の非売品で神戸の凌霜剣友会発行で古書としてもなかなか見つけられない状況にあると思います。 
 百足伝については、他に「塩川寶祥の武芸極意書真伝無外流居合兵道」が塩川寶祥監修無外流居合道連盟編著で平成18年2006年に発行されその中に「百足伝解」として40首掲載されています。
 本来ならば無外流に入門してその居合の歌を学ぶべきものでしょうが、古伝の解説同様、土佐の居合の現代居合をベースに其の歌心に迫って見たいと思います。
 無外流の先生方にお叱り頂くとは覚悟の上で、進めて行きます。本物を何としても身に付けて残して行きたい一修行者のわがままをお許し下さい。

 百足伝に戻ります。
 稽古をする心構えを湧き出す清水の細々とでも絶えず流れている風情に譬えて歌っています。この歌は日本の伝統文化のあらゆる分野にも共通する心でもあると思います。

 静かな山の奥から湧き出て、流れ落ちてゆく澄んだ水に心を洗われる歌でしょう。前回の田宮流までは居合の奥義の心を歌った歌が殆どでしたが、無外流の一首目の歌に百足伝を纏められた自鏡流祖多賀自鏡軒盛政の人となりを偲ばせます。
 百足伝の序文に無外流宗家中川申一先生は「流祖多賀自鏡軒盛政が、門人を指導する毎に人体の差別を見て、指導した口授である。人には大小長短幼老貧富に差別ある故指導者は此の点に心を配り、其の人に応じて指導すべきで、決して画一的に指導すべきではない。指導者の心得うべき事である。
 百足とは「ムカデ」のことである。百足は歩くのに此の数多い足を絡ませる事無く、緩急自在に運んでいる。これ無意識なるが故である。居合を行うに当たっても之と同様で刀に気をとられ、手や足に気をとられては充分な動作は出来難い。無意識の状態に入ってこそ真の居合が出来るので、この境地へ迄行くのが修行である。」と述べられています。

 柳生新陰流の柳生兵庫助利厳が尾張大納言に柳生新陰流兵法正統第四世の印可相伝の際もたらした「始終不捨書」のはじめに、円の上に等分の三点を書き「三摩之位」とし「習い・稽古・工夫」の三磨を示されています。

 入門すると早く上手くなりたいとばかりに向きになって勵むも、しばらくするとサボりがちになっていつの間にか消えてしまう人も居ます。そうかと思うと低段者の頃、演武大会などで良い結果を出すと、それから猛烈に励んで何年かは続きますが、やがて初期の業技法から抜け出せずに結果が出ずに消えていきます。
 どこでも、4、5年くらい迄は師匠や古参が兎や角指導らしきことを口挟みますがやがて知らん顔、新人に興味が移って相手にされずほおって置かれます。此処から本来の自分自身で磨き上げる稽古が始まるのかも知れません。
 今の昇段制度は、そんな浮き沈みを程よく慣らす格好の制度かもしれません。

 曾田本居合兵法の和歌に「物を良く習い納むと思うとも心懸けずば皆すたるべし」と歌われています。百足伝の歌とは違い、体力気力器用さも時間が自由になる事もあって、幾らでも稽古が出来て湧き出る清水がいつの間にか大河になった気分になると、曾田本の和歌になってしまう様です。それでも最高段位迄30年も40年もかかる仕組みでは何とか其処までは良さそうですが、そこから先がお粗末です。昇段にのみ頑張って来た人は目標を失って何のために武術を修業して来たのかも見えなくなってしまう。借り物の武士道精神を持ち出して得々としてみても始まらない。稽古をおろそかにするため力量は忽ち低下し、口先ばかりになり、はては「俺は最高段位」とばかり権威を嵩に権力を振るうだけになってしまいます。其の原因の一つが昇段制度に依る、技量の区分けがもたらすもので、段位が高ければ人としても上位であるとの錯覚を起こさせるものでもあるのでしょう。
 果ては段位を金で忖度するのでは、やれやれです。

 

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2020年3月 7日 (土)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の26うき草は

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の26うき草は

田宮神剣は居合歌の秘伝
うき草はかきわけみればそこの月
       ここにありとはいかで知られん

曾田本秘歌の大事
この歌は有りません。

新庄藩林崎新夢想流秘歌之大事
萍をかきわけ見ずば底の月
      ここにありとはいかでしるらん

 この歌の元歌がどこかにありそうな雰囲気ですが、是と云って見つけ出せずにいます。池一面に浮かんでいる萍を掻き分けて見れば、池の底に今日の月が写っていた。此の場合池の底に月は写るものなのか、水面に写るものなのか見たままの状況を詠んだのでしょう。
 武術では、相手の心を我が心に移しとって応じる水月の心が謡われています。

 無外流の百足伝「うつすとも月も思はずうつすとも水も思はぬ猿沢の池」
 一刀流の水月之亊では笹森順造先生は「早き瀬に浮かびて流る水鳥の嘴振る露にうつる月かけ」「敵をただ打と思ふな身を守れおのづからもる賤家の月」などの歌心を例に挙げて「清く静かな心を養うと相手に少しでも隙があるとそれが心の明鏡に写って打てるようになる。これが水月の教えである」と一刀流極意で解説されています。

 この歌は柳生新陰流の柳生但馬守宗矩の子柳生十兵衛三厳の月之抄(寛永19年1642年)の「真之水月之事」に見られます。「うき草をはらいてミればそこの月寔(ここ)にありとハ唯かしるらん」今村嘉雄著史料柳生新陰流より。
 新庄藩の林崎新夢想流秘歌之大事が元禄14年1701年ですから59年前に記録されています。きっとどこかに元歌があったのでしょう。 
 ちなみに、妻木正麟先生の田宮流は寛文10年1670年に紀伊大納言松平頼宜公の次男頼純公が、紀州家の分家である伊予西条藩に入部したとき、紀州田宮流が田宮対馬守長勝の弟子である江田儀左衛門尉によって伝えられたことにはじまる。(妻木正麟著詳解田宮流より)

 曾田本古伝神傳流秘書の書き出しにある「抜刀心持引歌」に居合太刀打共水月の大事口伝古歌に「水や空空や水とも見へわかず通いてすめる秋の夜の月」などの歌がこの歌の関連の歌と思われます。
 浮草を掻き分けて見なければ月は見えない、我が心を静めて無心にならなければ相手の心はわからないよ、と歌っている様に思います。

 田宮流歌の伝にある26首の歌を終ります。
 田宮平兵衛は林崎甚助重信と修行の旅をしたような足跡が東北地方の伝書からそれと無く感じられます。その時に感じた居合心を歌に詠んだのかも知れません。田宮平兵衛業政之歌32首として林六太夫守政は江戸から持ち帰った歌は32首あります。
 田宮神剣は居合歌の秘伝は26種でしたが同じ歌もあってそのルーツが偲ばれます。居合の形は違っても同じ居合心が引き継がれているのでしょう。
 
 居合を修業する心は同じでも、状況に応じる業技法は人に依り歳月により変化するのも当然ながら、人それぞれが受けて来た人生そのものがその人の癖となって業技法に現れて当然と思います。

 妻木正麟著詳解田宮流居合から居合道歌を拝借させていただきました、居合修行をする者の通過点として是非学ばねばならなかった歌心を勉強させていただきました。
 ありがとうございました。何かございましたらコメントをいただければ幸いです。

 もう少し歌心から居合に取り組んでみたいと思います。
 次回から中川申一著無外流居合兵道解説より百足伝を勉強させていただきます。

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2020年3月 6日 (金)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の25寒き夜に

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の25寒き夜に

田宮神剣は居合歌の秘伝
寒き夜に霜を聞くべき心こそ
      敵にあひても勝はとるべし

曾田本居合兵法の和歌
寒夜にて霜を聞くべき心こそ
      敵にあふても勝を取なり

新庄藩林崎新夢想流秘歌之大事
寒夜にて霜を聞くべき心こそ
      敵にあふての勝をとるべき

 それぞれ少々ニュアンスが異なりますが「寒い夜に霜が結ぶ音を聞き分けられる程に静かに澄んだ心ならば、敵に出合っても勝つことが出来る」。
 心を静めて相手の心の動きを知ることが出来れば勝てるものだ、と歌心は歌っています。敵に出合えば勝とうと焦って、一方的に打ち込んだり、相手がこのように出てきたらこうしようなど画策したり、中には怯えてしまうものです。そこを心を落ち着かせて相手の思いを我が心に移して懸待表裏の活人剣にいたる事を奥義として歌っているのでしょう。
 曾田本の居合心持肝要之大事居合心立合之大事には「敵と立合兎やせん角やせんとたくむ事甚だ嫌う、況や敵を見こなし彼が角打出すべし、其の所を此の如くして勝たん抔とたくむ事甚だ悪しゝ、先ず我が身を敵の土壇ときわめ何こころなく出べし、敵打出す所にてチラリと気移りて勝事也、常の稽古にも思い案じ巧む事を嫌う。能々此の念を去り修行する事肝要中の肝要也」と述べています。
 曾田本古伝神傳流秘書の巻頭にある抜刀心持引歌の中の一節。“兵法に曰く端末未だ見ざる人能く知る事なしと有り。歌に「悟り得て心の花の開けなば尋ねん先に花ぞ染むべき」。「霜うずむ葎の下のキリギリス有かなきかの声ぞ聞ゆる」”。
 普段の稽古でも此の心は磨くことは可能でしょう、然し自分に都合の良い仮想敵相手や、形を「かたちだから」と初めから歩数何歩、打ち込む角度何度とやっていたのでは何も磨かれる訳は無いでしょう。
 

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2020年3月 5日 (木)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の24世の中は

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の24世の中は

田宮神剣は居合の秘伝
世の中は我より外のことはなし
       思わは池のかへるなりけり
(世の中は我より外のことはなし
       思わは池のかわずなりけり)
(世はひろし我より事の外なしと
       思ふは池の蛙なりけり)

曾田本居合兵法の和歌
世は広し我より外の事なしと
       思うは池の蛙なりけり

庄内藩林崎新夢想流秘歌之大事
世の中に我より外の物なしと
       おもふ池の蛙なりけり

 この歌は荘子外篇秋水第17によるものと思われます。「井戸の中の蛙に海の事を話してもわからないのは自分のいる狭い場所に拘っているからである」に依るのでしょう。「野語に之有り、曰く、道を聞くこと百にして以て己に若く者なし」これは、ことわざにわずかな道理を聞きかじって、自分に及ぶ者はいないと思うというのがあることをさしています。
 この歌もそこから、世の中は我より外に此の居合を知る者はいない、その様に思うのは池の中の蛙と同様だ、と歌っています。田宮流の括弧内の歌も歌の意味は同じでしょう。
 庄内藩の秘歌之大事には「世は広し折りによりてぞかわるらんわれしる計りよしとおもふな」と田宮流の括弧の(世はひろし我より事の外なしと思ふは池の蛙なりけり)より厳しく、世の中は、相手に依っても、状況によっても、時代によっても変わっていくものだ、今の侭で良いわけなどはない。と歌っています。たとえ今いる場所からより大きな所へ出たとしても、其のままであるわけはないぞという教えなのです。
 諺に「井の中の蛙大海を知らず」と云うのがありました、「大海は折に触れてぞ変わるらん」と武術には卒業など無いのです。

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2020年3月 4日 (水)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の23下手見ては

道歌
3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の23下手見ては

田宮神剣は居合歌の秘伝
下手見ては上手の上のかざりなり
       返すかえすもそしりはしすな
(下手こそは上手の上のかざりなり
       返すかえすもそしりはしすな)

曾田本居合兵法の和歌
下手こそは上手の上の限りなれ
       返すかえすもそしりはしすな

新庄藩林崎新夢想流秘歌之大事
下手こそは上手の上のかたりもの
       かえすがえすもそしりはしすな

 元の歌がどれなのか判りませんが、この歌は古くから歌われて後世の者が文字が読めなかったか、取り違えたかして変化して来たとしても大きな違いは無さそうです。
新庄藩の秘歌之大事は原文の文字は草書ですが楷書で書いておきます。
「下手こそハ上手能上乃可多りものかへ春〵もそし里者之春奈」
この草書体ですから、根元之巻授与の際どの様に読み解いたかはわかりません。

 歌の意味はそのまま読めば「下手こそは上手の上の飾り物(限り者・語り者)、どう考えても(幾度も繰り返すが・本当に・丁寧に)悪く言う(非難する・けなす)ものではない。」
 初心の内はいくら指導しても上手くならない、不器用な人はいるものですが、そこそこ年月が経過して真面目に稽古に励んでいても指導された様には出来ない、そんな人も居る者です。
 上手とは、指導された様に真似できる人を云うのか疑問ですが、大抵その程度のものです。真似が下手、覚えが悪い人の中には単なる真似事で「良し」としない人もいるものです。
 この歌は、どの程度の事を歌っているのか解りませんが、下手が居るから上手に見えるに過ぎない、だから下手を誹るなでは奥義の歌とは思えません。
 「何故そうするのか」の問いに答えられない「へぼ指導者」はいっぱいいます。真似だけして出来たとする事が出来ない本もの思考の人も居るのですから、そこを良く見て上手い下手を論じる事が忘れられています。
 みんな同じ様に出来て「あ~よかった、おれの指導も是で良い」では名人達人は愚か、真の伝承者すら残せないでしょう。
 

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2020年3月 3日 (火)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の22無用する

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の22無用する

田宮神剣は居合歌の秘伝
無用する手詰論おばすべからず
      無理の人には勝ちてせんなし

曾田本居合兵法の和歌
無用なる手詰の話をすべからず
      無理の人には勝って利はなし

新庄藩林崎新夢想流秘歌之大事
この歌は有りません。

 田宮流の歌と曾田本の歌とは略同じと見ていいのでしょう。
必要も無いのに、攻め立てる様な話を仕掛けるものではない、理屈の分らない人には理論で勝っても何の益も無いよ。広辞苑の解く所に従って解読すれば、この様な歌の意味だろうと思います。
 「無理の人」とは「理の無い人」で「理屈が分からない人」、でもあるし「無理やり自分の考えを押し付けてくる人」とも取れます。業技法だけは一人前だが、人としてはチョットと云う先生に多い傾向でしょう。
 業技法だけに留めて自分流を見せつけるならば素晴らしいとも云えるでしょうが、それを嵩に弟子を思い通りに抑え込もうとするなど論外ですが、業技法の教え方も「習った通りに何故出来ない」と馬鹿だのチョンだの言い放題では弟子は育たないものです。
 人の師足らんと思う人は、自分の習った半分の時間で自分のところまで弟子を引き上げ、更に自分と共に上を目指す師でありたいものです。
 この歌は、そんな師弟関係でも通用する歌で、無駄な時間は不要です。
 昨年来の監督やコーチと選手、果ては昇段審査に金銭授受の忖度など、人の弱みに付け込んだ話がありましたね。

 この歌心はそんなくだらないことばかりを云うのではなく、もっと深く武術の奥を指示してくれている歌と思います。
 沢庵和尚の不動智神妙録に「事の修行を不仕候えば、道理ばかり胸に有りて、身も手も不働候。事の修行と申し候は、貴殿の兵法にてなれば、身構の五箇に一字の、さまざまの習事に手候。理を知りても、事の自由に働かねばならず候。身に持つ太刀の取りまわし能く候ても、理の極り候所の闇く候ては、相成間敷候。事理の二つは、車の輪の如くなるべく候。」
 理が分っていても、自由に働かせる業が不十分では役に立たない。また太刀の扱いがどんなに良くても、理が解らなければ唯の人殺しの棒振りに過ぎない、事理揃って武術は意味のあるものと云っています。
 

 

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2020年3月 2日 (月)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の21至らぬに

道歌
3、田宮流居合歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の21至らぬに

田宮神剣は居合歌の秘伝
至らぬゆるしこのみをする人は
      その道ごとに恥をかくべし

曾田本居合兵法の和歌
この歌は有りません。

新庄藩林崎新夢想流秘歌之大事
至らぬにゆるしこのみをする人は
      居合の恥を我とかく也

 新庄藩の寛政3年1791年の伝書では「秘歌の大事」に「いたらぬに免許このみする人は居合の恥を我とかくらん」と変化して免許を欲しがる人と明瞭にしています。
 更に新庄藩の明治44年1911年の伝書では居合秘歌巻に「初心にてゆるしこのみをする人は居合のはじを我とかく也」と更に至らぬよりも「初心」にまで引き下げています。
 田宮流では「至らぬに許し好みをする人はその道毎に恥をかくべし」。まだその道の奥義に達しても居ないのに、免許を欲しがる人は、その道その道で恥をかくであろう。直訳すればその様に聞こえます。
 秘歌之大事では、そのまま、居合の奥義に達しても居ないのに、免許を欲しがる人は、居合の恥を我とかくであろう。ですが「我とかく」が気になります。此処を許しこのみをした本人と、それを許した師匠である我とも取れるし、二人とも恥をかくとも取れそうです。
 免許皆伝の意味は、指導された業数を教えたよ、と云うのが業目録、師匠の指摘されたことが出来たかどうかは疑問です。更に免許皆伝は皆伝えたよと云うだけのことです。取り敢えず指導は終わったよ、後は自分で磨き上げなさいというものでしょう。
 曾田本居合兵法の和歌には「物をよく習い納むと思うとも心掛けずば皆廃るべし」と厳しいことを歌っています。

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2020年2月29日 (土)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の20我が道の居合一筋

道歌
3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の20我が道の居合一筋

田宮神剣は居合歌の秘伝
我が道の居合一筋誰伝ふに
     知らぬ理かたの事をかたるな

(我が道の居合一筋さうだんに
     知らぬ兵法事をかたるな)

曾田本居合兵法の和歌
我道の居合一筋雑談二
     知らぬ兵法亊を語多る那

新庄藩林崎新夢想流秘歌之大事
この歌は有りません

 この歌は、木村栄寿先生の居合歌之屑では「我道の居合一筋雑談にしらぬ兵法事をかたるな」とあります。田宮神剣は歌の秘伝は元歌が変化していったのか解りませんが、大凡曾田本と同じ歌心であろうと思います。
 曾田本は「我が道の居合一筋雑談に知らぬ兵法亊(わざ)を語るな」。解釈は、我が一筋に修行する居合について、雑談であろうと知らぬ兵法の亊(業)を語るな。
 田宮流の歌は「我が道の居合一筋誰伝うに(云うの誤字か)知らぬ理方の事を語るな」。解釈は、我が居合一筋の道であるが、その居合を誰に伝えるにしても、知らない理方(意義)の亊(業)を語るな、でしょう。
 
 何れの歌も、雑談でも誰かに話すにしても、居合について知らない事は語る事ではない。それでは当然のことを言って居るに過ぎないようですが、この奥に秘められた歌心は、はて、と頭をひねっています。
 更に他流に自流の業技法が漏れてしまう事を恐れる為の事であれば、その程度の事で不利となる武術では奥が知れています。この程度の事では極意に相当する内容とは思えません。
 何流にしても入門に際して起請文を入れていた様で今でも、恰好をつけて居る所もありそうですが、中山博道先生が細川義昌先生にお出しになった起請文が、木村栄寿先生の林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流伝書集及び業手付解説に掲載されています。この歌を読み解くに当たり歌心を求める者に此処に引用させていただきます。

 起請文
1、無双神傳英信流居合兵法修行之事
1、先師の御遺言堅相守他流混雑等非道之事
1、御相傳之儀におゐては親子兄弟たり共他言他見之事
右条々堅可相守若於違背仕者神明之義罰可罷蒙者也
 大正5年12月 中山博道

 この起請文の2項の「他流混雑」は何故いけないのか・3項の「親子兄弟たり共他言他見」に記された事の意味は何なのか。
 古流剣術は始祖の死闘の末に作り上げられた武術とも云える、それを学ぼうとするならば、それまでに習い覚えた武術を封印して習うべきもので、「竹刀剣道では」とか「神道無念流では」とか得々として持ち出す者が多い、居合もしかりといえます。習う時は素直に総てを習い覚えなければ本来の習いにはならないし、その奥義に到達する事を妨げてしまいます。それでも過去に習い覚えた動作は知らずに出てしまうものです。
 「親子兄弟たり共他言他見之事」は「親子兄弟たり共他言他見せざる之事」でしょう。聞いたり見たりしただけで奥義を相伝した内容に迫れるかは見たり聞いたりした者が、既に他流の奥義に到達する程の者でない限り大した障害にはなりそうもありません。特に現代のように、昇段審査や演武競技にとらわれ、形を「かたち」として演ずることしか出来ない様になってしまいますと、形から次々にほとばしる「まろばし」が失われ「格を放れ」ることすらできなくなってしまうものです。
 現代では、武術論を得々と述べて見ても、その世界に居る一部のもの以外は耳を貸すことも無いでしょうから、「好きにしたら」でいいのでしょうが、自慢げにしゃべれば品位を失うばかりでしょう。

 

 

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2020年2月28日 (金)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の19本の我に勝つ

道歌
3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の19本の我に勝つ

田宮神剣は居合歌の秘伝
本の我に勝つがためぞといいならひ
      無事いふは身のあとなる

曾田本居合兵法の和歌
本の我勝が居合之習なり
      なき事云はゞ身の阿だと成る

新庄藩林崎新夢想流秘歌之大事
本乃我尓勝可居合之大事也
      人尓逆婦ハひが多なり介里

 この歌の「本の我に勝つ」までは、三首とも同じですが、そこからそれぞれの言い回しですが、歌心は同じと見ていいのではないでしょうか。「本の我に勝つ」の「本の我」とは本心なのか妄心なのかですが、妄心に本心が負けるわけには行かないでしょう。
 木村栄寿本の居合歌之屑では「本の我勝が居合の習なりなき事一つ身の仇となる」と読み下しています。
 そこで此処の「本の我」は本心が妄心に打ち勝つ事によって相手が見えて来るものだ、それが居合の大事な習い処である、無いものねだりする様な、相手がこうあってほしいなどの事を云っていては身の仇となる。とこの歌心をとらえてみました。
 田宮流居合歌の伝では4首目に「居合とは心に勝つが居合なり人にさかふは非法なりけり」と有りました。この歌の「心に勝つ」は「妄心」に勝つことを意味しています。
 沢庵和尚の不動智神妙録に「心こそ心迷はす心なれ心に心心ゆるすな」とあります。既説していますが、柳生宗矩の「兵法家伝書」ではこの歌を「心こそ(妄心とてあしき心也。我が本心をまよはする也) 心まよはす(本心也。此心を妄心がまとはす也) 心なれ(妄心をさして心なれと云ふ也。心をまよはす心也とさしていふ也。妄心也) 心に(妄心也。此妄心にと云ふ也) (本心也。心殿とよびかけて、本心よ妄心に心許すなと也) 心ゆるすな(本心也。妄心に本心をゆるすなといふなり)」と解釈しています。

 
 

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2020年2月27日 (木)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の18千八品

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の18千八品

田宮神剣は居合歌の秘伝
千八品草木薬を聞きしかど
      そのあてがひを知らでせんなし

曾田本居合兵法の和歌
この歌はありません。

新庄藩林崎新夢想流秘歌之大事
千八品木草薬と聞し可と
      と乃病尓と志らて詮なし

 千八品(せんやしな・1008種類)ある草木薬(木草薬)と聞いてはいるが、その薬はどの病に効くのか宛がいを知らないのではどうしようもない。こんな意味合いでしょう。
田宮流と秘歌之大事に残された和歌ですが、文言に違いがありますが、歌心は伝わった様です。
 然しこの歌は居合の道歌ですから、居合に関連付けて読み解きませんと、「幾つもある、居合の業技法だが、どの様な状況に際して対応したらいいのか解らなければ意味はない」と、単純に幾つもある居合の業技法と理合(意義)に相当する仮想敵との攻防の状況と云えるのでしょう。
 例えば、相手の害意を察して機先を制して、立膝の横雲で抜き付けようと刀に手を掛けた瞬間、相手は詰寄って我が柄を両手で押さえて来た、大小詰の抱詰です。柄の押さえ方もいくつかあって下へ押し付ける、柄を握った右手を制せられる、など。
 この状況に対する応じ方は幾つも想定出来るでしょう。現代居合では稽古業は正しい抜刀の方法だけを示していますが、あらゆる状況に自然に対応できなければ修業を積んだとは言えそうにありません。
 一つの病に幾つもの草木薬が必要の場合もあるでしょう、同様に居合も習い覚えた業技法の瞬時の組み合わせが必要な場合もあるものです。左足を退て横一線に抜き付ける抜刀法のみで応じる事を前提としても、左廻りの横雲、右廻りの横雲、ある・ある・あるです。
 
 
 

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2020年2月26日 (水)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の17金胎の両部

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の17金胎の両部

田宮神剣は居合歌の秘伝
金銀の両部正に見えにけり
      兵法有れば居合はじまる

(金胎の両部正に見えにけり
      兵法有れば居合はじまる)

曾田本居合兵法の和歌
金胎の両部と正尓見へ尓介り
      兵法有れハ居合者しまる

新庄藩林崎新夢想流秘歌之大事
金鉢の両部の二つと見しにけり
      兵法あれば居合はじまる
  (天童郷土研究会長伊藤文治郎氏読み)

 田宮神剣は居合歌の秘伝の「金銀」は恐らく「金胎」の間違いが伝書に書かれていたのでしょう、妻木先生も「金銀」を(金胎)とされています。伝書ですから敢えて訂正は憚られたのでしょう。
曾田本兵法の和歌は「金胎の両部と正に見えにけり兵法有れば居合始まる」とされています。曽田先生と伝書違いでしょう、木村栄寿先生の「林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流傳書集及び業付解説」でも「金胎の両部とまさに見へにけり兵法有ば居合はしまる」と、「金胎」から始まっています。この資料は細川家より拝借された「居合歌之屑」からのようです。歌の順番や歌の中に曾田本と異なる歌がありますので、両先生それぞれの伝書からの引用でしょう。
 新庄藩の歌は「金鉢」で文字は鉢の草書体ですから、当初から「金鉢」として書かれた様で、明治になっても訂正されず「金鉢」で通されています。
 古伝の歌は、意味不明でも、先師の残されたものなので消去されずに残ったと云えるでしょうが歌心迄読み取れたでしょうか疑問です。

 金胎とは仏教における、金剛界と胎蔵界を意味するもので、金剛界は大日如来を智徳の面から開示したもの、胎蔵界は理から説いたもので金胎両部と云われる様です。

 智徳とは、「智と徳と。知恵と徳行と。智徳合一。諸仏三徳の一。一切の法を照らしてさまたげなき菩提をいう。またこの徳をそなえた高僧をいう。」(広辞苑)
理とは、「物事の筋道。ことわり。道理。中国哲学で宇宙の本体。物の表面にあらわれたこまかいあや。文理。」(広辞苑)

 金胎両部のごとく智徳と理の一体であればよいものを、両部と別れて見える時には、和する事もならず、コミュニケーションの最終手段である武術に依る決着を計ろうと居合が始まる。この歌の意味はこんなところでしょうか。
 仏教用語が居合の歌心に使われたと云えますが、どこまでこの歌を理解し得たのか、寧ろ往時の武士の方が難なく読み解いたのでしょうか。
  意見の食い違いよりも、当座の利益が相反する時に兵法が前に出て来たでしょう、と云ってしまうと何か情けなくなってきます。

 

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2020年2月25日 (火)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の16待ちもする

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の16待ちもする

田宮神剣は居合歌の秘伝
待ちもするまたでも留まるやうもあり
       かける表裏にせの根元
(待ちもするまたでも留まることぞある
       懸待表裏二世の根源)

曾田本居合兵法の和歌
待ちも春る待たでも留る事ぞ有
       懸待表裏二世の根元

新庄藩林崎新夢想流秘歌之大事
この歌はありません。

田宮神剣は居合歌の秘伝は、二首同じ歌が並べてあります。伝書を直接拝見していませんので想像すると、妻木正麟先生は初めの歌の方は書かれてある儘の文字を並べられたのかも知れません。括弧内の歌は無双直伝英信流の伝書を参考にされたかもしれません。
 妻木正麟著詳解田宮流居合は平成3年1991年に発行されています。
 この歌を載せて発行された無双直伝英信流の解説書では河野百錬先生の無双直伝英信流居合兵法叢書が昭和30年1955年に出されています。権威ある方の書籍ですからこれを参考にされたかもしれません。この叢書は河野先生が曽田先生からメモをいただいて曽田先生の死後に発行されたものです。
 田宮神剣は居合歌の秘伝の一首目では上の句は何とか意味をとらえられても、下の句は全く意味が分からない「かける表裏にせの根源」の句です。括弧の二首目は妻木先生が伝書によって解明できずにで古伝を研究され田宮流の伝書以外から引用されたものかも知れません。

 懸待表裏
 柳生宗矩の兵法家伝書にある懸待表裏から二世は二星かと想像するわけです。
 「懸とは、立ちあうやいなや、一念にかけてきびしく切って懸り、先の太刀をいれんとかゝるを懸と云ふ也。」
 「待とは、卒爾にきってかゝらずして、敵のしかくる先を待つを云ふ也。きびしく用心して居るを待と心得べし。懸待は、かゝると待つとの二也。「心をば待に身をば懸にすべし。なぜになれば、心をが懸なればはしり過ぎて悪しき程に、心をばひかへて待に持ちて身を懸にして、敵に先をさせて勝つべき也。
 心が懸なれば、は人をまづきらんとして負けをとる也。又の儀には、心を懸に、身を待にとも心得る也。なぜになれば、心は油断無くはたらかして、心を懸にして、太刀をば待にして、人に先をさするの心也。身と云うは、即ち太刀を持つ手と心得ればすむ也。然れば、心は懸に、身は待と云ふ也。両意なれども、極る所は同じ心也。とかく敵に先をさせて勝つ也。」

 「表裏は兵法の根本也。表裏とは略(はかりごと)也。偽り(いつわり)を以て真を得る也。」

 二世はこの懸待表裏から推測すれば「二星(にしょう)は敵の柄を握った両手のこぶしの動きをいう。」で二世は誤字か秘伝に依る伏字かも知れません。田宮流の「にせの根源」ではこの歌からは私は読み解けません。意味不明です。

 林崎甚助重信の活躍した頃に懸待表裏とか二星とかの文言が使われていたかは解りませんが、田宮流や無双神伝英信流居合兵法の成立した頃には柳生新陰流は徳川家の剣術師範として名を成し、各大名家にも浸透しその教えの幾つかは流布されていたであろうと思われます。

 上の句の「待ちもする待たでも留まる事ぞ有る」は、待ちもするが、待ちの仕掛け依って留まる事も有る、と云うのでしょう。これはまさに懸る待つ、其の表裏としてのはかりごとで、ここぞという時に相手の拳に抜き付ける事がこの居合の根元である、として下の句と一体になるのでしょう。
 歌には拳への抜き付けが根元とまで言い切っていますが、拳に抜き付ける稽古業は少く、江戸中期までに業が大きく変わったと推測されます。刀も太刀から打刀に代り、甲冑を帯びる事も無く平服での攻防に変化していった時代と云えるでしょう。
 然し、肩阿を抜かせてしまっての攻防では無く、相手が抜く前に其の機先を制して二星に抜き付ける小さな動く目標に対する業の修得と、相手の戦力を奪うだけで切り殺さないこの居合の根元は学ぶべきものだろうと思います。

 
 

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2020年2月24日 (月)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の15つよみにて

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の15つよみにて

田宮神剣は居合歌の秘伝
つよみにて行きあたるこそ下手なれや
        まりに柳を上手とぞいふ

曾田本居合兵法の和歌
強身にて行當るおば下手と志れ
        鞠に柳を上手とそいふ

新庄藩林崎新夢想流秘歌之大事
津よみ尓て行あ多るをバ下手と云
        鞠と柳を上手とぞいふ

 秘歌之大事にあるのですから、この歌も古くから歌われてきた極意の歌なのでしょう。戦国末期にも蹴鞠は貴族や上級武士には遊ばれていたのかも知れませんがよくわかりません。
 三首の歌とも同じ歌心で良いでしょう、竹刀剣道を続けて来た人が居合に転向してきて、強い早いを初心者に指導していますから、自然に力一杯に肩を怒らし、歯を食いしばって抜き付け、斬り下しをやっています。
 無駄な力を入れて、早く抜こうとするから力いっぱいの腕だけの抜き付け、斬り下しですから刀が鞘離れしたり、振り下されてからはそこそこ早く見えるのですが、無駄な動きや手足の拍子外れで動きに無理が出て結局抜こうとしてから抜付ける迄はもたもたしている様に見えます。
 その上っ強く握り締めていますから、剣尖は水平にも、真っ直ぐの斬り下しも出来ないものです。
 「力身で抜付けるのは、下手だと思いなさい、鞠に当たっても軽く往なしている柳の柔軟さを上手と云うのですよ」と修行の行き着く処を示唆しています。
 しかしこれは、見るからに力いっぱいの動作を否定していますが、手の力いっぱいが早い訳ではなく、足腰肩などを十分生かした動作は手打ちよりはるかに速い刀の動きが得られること、それが柔軟な体の動きから鋭い切先の走りが得られることを教えてくれているのです。

 8首目の処で「早くなく遅くはあらじ軽くなし遅き事おぞ悪しきとぞ云う」を歌ってきました。この歌も「柔らかく無駄のない身体操作」が目的を果たせることを教えていた筈です。
 現代居合の組太刀で居合道形や太刀打之位、詰合などを見ていますと、力一杯打込んでがっちり受け止めて、飛び跳ねる様な動作をよく見かけます。
 形はゆっくり正確な打込みと請けが出来るように、それも小手先でポンポン打込む悪癖をやめて、体を充分使って稽古して居れば自然に不必要な力みは抜けて、柔軟な素早い動きが養成され技が決まりだすものです。

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2020年2月23日 (日)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の14せばみにて

道歌
3、田宮流居合歌之伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の14せばみにて

田宮神剣は居合の秘伝
せばみにて勝をとるべき長刀
      短き刀利はうすきかな

曾田本居合兵法の和歌
狭ミ尓て勝を取へき長刀
      短き刀利ハ薄きなり

新庄藩林崎新夢想流秘歌之大事
せばみにて勝をとるべき長刀
      みじかき刀利はうすき也

 新庄藩の秘歌之大事の歌の文字は「勢者美尓て勝をと留偏幾長刀ミ之可記刀利はうすき也」の草書体の文字で書かれています。
 読みは三首とも同じ「ぜばみにてかちをとるべきながかたなみじかきかたなりはうすきかな(なり)」で「狭い所での切り合で勝を得られるのは長い刀であって短い刀では利は薄いであろう」というものです。
 さて、本当にそうなのか、誰でも頷く得物の長短の違いによる有利性だけを論じた歌なのでしょうか。そんなレベルの秘歌之大事や秘伝なのでしょうか。
 曾田本に依る英信流居合目録秘訣上意之大事に壁添之心得があります。「壁に限らず総じて壁に添たる如きの不自由の所にて抜くには、猶以て腰を開きひねりて体の内にて抜き突くべし。切らんとする故毎度壁に切りあて鴨居に切りあてゝ、仕損ずる也。突くに越したる事なし。就中身の振り廻し不自由の所にては突くこと肝要」と教えています。

 この歌は「短き刀利は薄き也」と歌っていて「利はない」とは言っていません。ここが秘歌之大事として300年も残されてきた、然も流派を越えて引き継がれた秘伝なのでしょう。
 短い刀は長い刀より狭い所でも容易に抜ける、諸手突きや添手突きの必要は無い、摺外してそのまま突き込める、入り身になって突き込めば長さは補える。いくらでも対応策は考えられそうです。
 次いでですが、居合の稽古に不必要な長刀を自慢げに抜いている人を見かけます。何を基準にしているのか疑問です。
 

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2020年2月22日 (土)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の13抜かば切れ

道歌
3、田宮流居合歌之伝と曾田本居合兵法の和歌
2の2の13抜かば切れ

田宮神剣は居合歌の秘伝
抜かば切れ抜かずば切るなこの刀
       たい切ることに大事こそあれ

曾田本居合兵法の和歌
抜けば切る不抜バ切与此刀
       只切る事二大事こそ阿れ

新庄藩林崎新夢想流秘歌之大事
ぬけばきるぬかねばきれよ此刀
       ただきる事は大事こそあれ

 田宮神剣は居合の秘伝の下の句「たい切ることに大事こそあれ」ですがここは「ただ切る事に大事こそあれ」を「たゝ」を「たい」と読まれたかも知れません。曾田本と秘歌之大事はほぼ同じと見ていいのだろうと思います。

 田宮流:抜かば切れ抜かずば切るなこの刀
          たい切る事に大事こそあれ
 曾田本:抜けば切る抜かねば切れよこの刀
          只切る事に大事こそあれ

 田宮流は、刀を抜けば切る、抜かないのならば切るなこの刀、只切る事に大事がある。
 曾田本は、刀を抜けば切る、抜かなくとも切れこの刀、只切る事に大事がある。
 
 田宮流は相手が抜かないのならば切るな、曾田本は相手が抜かなくとも切れと云っています。居合は鞘の内の教えがあるならば、相手も鞘の内に殺意を秘めているものです。抜く抜かないに拘わらず、切りかからんとする意図を察したならば抜き付ける修行を基とします。ここぞという時に抜き付けるべきものでしょう。
 ここぞという時は、左手が鞘に触れた時、鯉口を切った時、右手が柄に触れた時、刀を抜きつつある時、抜刀の瞬間、斬り込んできた時。田宮流の「抜かずば切るな」は刀を抜き出していないのならば、抜き付けるなと云うのでしょうか。
 柳生新陰流の抜刀を稽古しています。
 刀を前半差しに帯に差しています。抜き付けは、左右同時に刀に手を懸け瞬時に抜刀します。その際鯉口は切ることはしません。前半差しですから、既に刀は半分抜いた状態にあります。左手を後に引き、右手を前に出せば瞬時に抜き付ける事になります。此の抜刀を破るには相手が刀に手を掛ける瞬間には相手の拳に抜き付けていなければならないでしょう。其の為には抜刀しようとする起こりを察知する気が必要です。相手が抜いてからでは斬られてしまいます。

 

 

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2020年2月21日 (金)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の12人さまに

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の12人さまに

田宮神剣は居合歌の秘伝
人さまに腹を立てつついかるとも
       こぶしを見つめ心志ずめる

曾田本居合兵法の和歌
如何に人腹を立つゝ怒るとも
       拳を見込み心ゆるすな

新庄藩林崎新夢想流秘歌之大事
人いかに腹を立てつゝいかるとも
       心に刀拳はなすな

田宮神剣は居合歌の秘伝の読みは「人様に腹を立てつつ怒るとも、拳を見つめ心静める」でしょう。「人さま」を「人様」と読んでみましたが、何となくぎこちない気もします。この三首の歌は上の句はほぼ同じ意味合いで「どんなに人に腹を立てて怒っても」でしょう。下の句は田宮神剣は居合歌の秘伝では、「拳を見つめて怒りの心を静める」というもので怒りがこみあげて来る心を静める、本心の働きを強く持たねばなりません。
 曾田本の下の句は「拳を見込み」とはどういう意味か解りませんが、「拳を見つめ」の誤りか「拳を見込んで怒る心を本心が諭す」のでしょう。
 新庄藩の秘歌之大事は「心に刀拳放すな」ですから「怒る心と刀と拳を本心が放すな」と読むのが良さそうです。
 心をとらえた歌に沢庵の不動智神妙録の歌に「心こそ心まよわす心なれ心に心心許すな」と有ります。
 柳生宗矩の兵法家伝書ではこの歌の解釈を以下のようにされています。
 心こそ(妄心とてあしき心也。わが本心をまよわす也) 
 心まよわす(本心也。此の心を妄心が迷わす也)
 心なれ(妄心をさして心なれと云う也。心をまいわす心也とさしていう也。妄心也)
 心に(妄心也。この妄心にと云う也)
 心(本心也。心殿とよびかけて、本心よ妄心に心ゆるすなと也)
 心ゆるすな(本心也。妄心に本心をゆるすなというなり)
 
 この歌心は、様々な場面に適用できる心遣いですが、時にどれが本心でどれが妄心なのか見極めがつかないのも未熟の為せるものかとふと立ち止まるものです。
 宮本武蔵も兵法35箇条で「残心・放心は事により時にしたがふ物也。我太刀を取りて常は意のこころをはなち、心のこゝろをのこす物也。又敵を慥に打時は、心のこゝろをはなち、意のこゝろを残す。残心・放心の見立、色々在る物也。能々吟味すべし」と二つの心を述べています。

 人は如何に、意見の食い違いや利益に反することが互にあるとも、コミュニケションの最後の手段として武術(戦)をもって解決すべきものではない。この居合は、戦国時代の真っ最中の頃に始まり、関ケ原の戦い、二度の大坂の戦いを経て平和な時代に学ばれたものです。戦う事の意味を強く意識されたものでしょう。

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2020年2月20日 (木)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の11ふっと出る

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の11ふっと出る

田宮神剣は居合歌の秘伝
ふっと出る刀をおもいさとるべし
      夢想の刀鍔は構はし

曾田本居合兵法の和歌
与風出る太刀を思い覚るへし
      無想の刀鍔は可満王じ
ふうと出る太刀を思い覚るべし
      無想の刀鍔は構わじ)
新庄藩林崎新夢想流秘歌之大事にもありません。

 田宮神剣は居合歌の秘伝では「ふっと出る刀を想い悟べし、夢想の刀鍔は構わじ」この前の歌は「鍔は只拳の楯とするものを太くは太く無きは僻事」でした。
 鍔は大きければ大きいほど拳の楯になるが、斬り込んで来る相手の刀を受けていたのでは、柄口六寸の勝はもとより、斬り込むことも出来ない、かと言って無ければ柄と刀身との境も、バランスもとれない無ければ不自由だ、夢想神伝による居合の極意は鍔にかまわず抜き打つものだ。というのでしょう。
 曾田本居合兵法の和歌では「ふうと出る太刀を思い覚るべし夢想の刀鍔は構わじ」とあって同様に四首前に「鍔は只拳の楯とするものを太くも太く太無きは僻事」とあります。
 無双直伝英信流はすでに柄口六寸の極意を失念してしまったのか拳への抜き付けは無いも同然です。肩・首・こめかみなどに抜き付け、真向から斬り下して相手を制しています。
 妻木正麟著詳解田宮流ではどうなのでしょう、林崎甚助重信の極意は継承されているでしょうか。表之巻11本の抜き付けの部位を読んでみます。
 一本目稲妻:肘
 二本目押抜:鍔打して右脇腹
 三本目除身:受流して右側頭部
 四本目廻り掛:右胴
 五本目胸之刀:右腕
 六本目柄外:顔面
 七本目突留:柄にて相手の突きを押さえ足(腹)
 八本目白波:水月に突き
 九本目逃身:左敵の胴
 十本目追立:右側頭部から顎
 11本目嶺上:真向
 
 歌の秘伝が成立した時期は、妻木先生の業手付より古いものでしょう、表之巻に肘又は腕が二本あります。鍔を意識する業は見当たりません。虎乱之巻では、五本目右腕の右袈裟抜打の写真が小手に抜打ちされています。虎乱之巻十一本目月陰の太刀が両腕があります。これは無双直伝英信流の正座の部月影の抜打に相当します。
 其の他下からの切り上げがありますのでこれは小手への抜き付けに使えます。
 他流の事なので深読みは差し控えますが、大江居合より小手への抜き付けは残っていると云えるでしょう。
 
 

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2020年2月19日 (水)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の10つばはただ

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の10つばはただ

田宮神剣は居合歌の秘伝
つばはただこぶしの楯とするものを
       ふとくはふとくなきはひがごと

曾田本居合兵法の和歌
鍔は只拳の楯とするものを
       大くも婦とく無きハひがこと

新庄藩林崎新夢想流秘歌之大事
鍔はたゞ拳能楯と聞く物を
       ふとくもふとくなきはひがごと

 この歌は、文言の違いはあっても、300年の時を経ても伝承されて来ています。
 「鍔は、相手が真向に斬り込んで来りした時に、請け太刀となっても辷り込んで来る時があるので拳の楯とするものと聞いているが、太くも太くあった方がよいだろう、しかし無いのでは不都合である」と直訳できるでしょう。
 秘歌之大事で解説済みですが、田宮流の田宮神剣は居合の秘伝にはこの歌の次に「ふっと出る刀をおもいさとるべし夢想の刀鍔はかまはじ」と続いて記載されています。「拳を守る楯だけれども鍔にかまわず応じなさい」と読めます。
 
 よく聞く話で、竹刀の打ち合う音や木刀の打ち合う音で、力量の有る無しを云々するのですが、さて如何なものでしょう。請け太刀の稽古で見事に木刀で相手の打込みを受けても、真剣ならば折れる事も刃がボロボロになる事もあり、お勧めの事とは言えません。其れよりも受けられてしまう様な打ち込みそのものが「へぼ」なんでしょう。
 古伝神伝流秘書の太刀打之事や詰合、大剣取、などでも例えば太刀打之事一本目出合「相懸りにかかり相手より下へ抜付るを抜合せ留て打込相手請る右足なり」とあります。
 古流の形も受太刀を手附としていますから、初心者にはそこから指導されていくことになるでしょう。この一本目に相当する居合の業は大森流居合之事の陽進陰退(大江居合の八重垣)、英信流居合之事の虎一足でしょう。
 現代居合では相手の斬り込みを、抜きざまに受太刀をしていますが、古伝の手附は陽進陰退では「初め右足を踏出し抜付け左を踏込んで打込み開き納、又左を引て抜付跡初本に同じ」、虎一足では「左足を引き刀を逆に抜て留め扨打込み後前に同じ」と教えています。是は刀刃を下にして、抜き付けんとする相手の拳に下から抜き付ける業なのですが失念してしまい、斬り込まれたら受太刀になってしまっています。
 この流の古伝は極意とする処は「柄口六寸」所謂拳に勝つことです。相手が斬り付けるその刀を受けるのではなく拳に抜き付ける事を示唆しています。
 木刀や居合刀、或いは真剣で相手の拳に抜き付けるわけには行きませんから、便宜上受太刀として稽古している様になっていると解釈すべきでしょう。それがいつの間にか、受太刀の形は「こうすべき」とかになって、本来の目的から逸脱している事を良しとしているようなものです。
 太刀打之事の一本目で、打太刀の下への斬り込みを、仕太刀は相手の拳に抜き付け此処で一本終りになるのですが、続け遣いとして、打太刀が引く処を追い込んで真向に打込み打太刀はこれを頭上で請けています、是も受けられたのでぐいぐい押し付けているなど論外で、打太刀は先ずしっかり受けてやる、しかし仕太刀の力量が上がって来れば、受けた瞬間に摺り落してしまう、更には頭上に打ち込ませるように誘い受太刀の形で誘い打ち込まれた瞬間に身を外してしまう、と進化していくことが形稽古なのです。
 業に決められた形は無いはずが、いつの間にか形骸化して武的踊りになってしまったと思われます。それでは仕合の形をとる防具に身を固めた竹刀剣道に蹂躙されて当然だったでしょう。

 鍔と拳の歌から横道を辿りつつこの歌心を味わってみました。刀と刀を打ち合って良い音を出したり、鍔で受けたり、鍔迫り合いを平気でやっていたり、私の求める古伝神傳流秘書の指し示す武術とは程遠いものです。
 この歌は、鍔は大きければ拳の楯にはなるけれど、それで、いいの、と云っています。無ければ構造上もバランスも安全性にも支障があるよとは言っていますが、其の事に気を執られて異物を作るよりも「与えられた刀を駆使すべきだよ」と聞こえて来ます。

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2020年2月18日 (火)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の9急な為に

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の9急な為に

田宮神剣は居合歌の秘伝
急な為によくも丹練いたすべし
       心と刀こぶしはなすな

曾田本居合兵法の和歌
如何に人腹を立てつゝ怒るとも
       拳を見込心ゆるすな


新庄藩の林崎新夢想流秘歌之大事
人いかに腹を立てつゝいかるとも
       心に刀拳はなすな


 田宮流にしか見られない居合に臨む際の心得を歌い上げたものだろうと思います。この歌を読み解くには「急な為に」の語句に惑わされ「よくも丹練いたすべし」でまどわされ、下の句の「心と刀こぶしはなすな」でさらに落としどころが読めなくて一瞬唸ってしまいます。
 其の侭素直に読み解けば、突然刀を抜いて抜き付ける必要が出来てしまった、その時の為に十分鍛錬して置くように、常に心と刀と拳を一体にして応じられる様に心かけなさい。そんな修行の心掛けを歌っている様に思うのです。
 免許皆伝を受けても、その後稽古を怠れば、唯の棒振り体操になるばかりです。
 曾田本居合兵法の和歌及び新庄庵林崎新夢想流秘歌之大事では、人に腹を立てて怒ったとしても、拳を見つめて心を許すな、或いは心に怒りをおさめて拳を心から放してはいけない、と争いを避ける歌心です。
 田宮流の歌にも後で出て来るのですが「人さまに腹を立てつついかるともこぶしを見つめ心しずめる」とありますから、今回のこの歌は純粋な心技体及び刀の一体を悟らせる歌かも知れません。

 もう一つは、「よく鍛錬して危急に応じられる様にしなさい、心と刀は一体にして相手の拳から眼を放さないように」とも、状況によっては読めます。田宮流の目付は拳では無く「打込みは気の中すみをわするゝな」(峯谷のかねの大事なり)とあるのですが「打込みは兎角気の向かふ所に打込むものゆえ、気の中スミを敵の眉間に押しわたして其のまゝツボに打込むべし目付はいつにても敵の眉間也。これが打込みの目付也。峯谷のカネとは、峰は右肘、左肘を谷とよび、腕のかがみは両腕の縮みをいう。」妻木正麟著詳解田宮流居合より。歌には拳に目を付けると有っても眉間ですから、西條藩に伝わった田宮流の目付でしょう。峯谷の解説は新陰流の言葉を使っていますが解釈が異なります。

 しかしいくら丹練されて磨かれたとしても、曾田本にはこんな歌があります。
 大事おば皆請取れと思ふとも
           みがかざるには得道はなし

 物をよく習い納むと思ふとも
         心かけずば皆すたるべし

  

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2020年2月17日 (月)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の8早くなく

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の8早くなく

田宮神剣は居合歌の秘伝
早くなくおそくはあらしかるくなし
       をそきことをぞあしきとぞいふ

曾田本居合兵法の和歌
早くなく重くあらしな軽くなく
      遅き事おや悪しきとそ云

新庄藩の林崎新夢想流秘歌之大事
早くなくおそくはあらじ重なく
      かるき亊をばあしきとぞ云

 珍しくこの歌心は夫々に伝承されたのでしょう、指導者にとってわかりやすかったのかも知れません。
「早くなく」の書き出しは同じなのですが、上の句は田宮流は「遅い・軽い・遅い」で「重い」がありません。曾田本は「重い・軽い・遅い」。秘歌之大事は「遅い・重い・軽い」とそれぞれです。
 下の句で悪いのは田宮流と曾田本が「遅き事」を悪いと言って居ますが、秘歌之大事は「軽き事」を悪いと言っています。いずれにしても悪いのは「早い・遅い・軽い・重い」の四つは悪いという事です。それではどうすればいいのかは、歌を味わって自分で考えろと云うのでしょう。
 この歌に抜けている事に「強い・弱い」、「硬い・柔かい」という言葉ですが、組み合わせを色々やって見て納得すればいいのでしょう。例えば「早く・軽い」「早く・重い」「軽く・遅い」「重く・遅い」。
 いずれにしても、相手に応じて「ちょうどいい」抜き付けをすべきもので、現代居合のように仮想敵相手に抜き付けるばかりでは、自分のやりやすいものになりやすく、競技会や審査の審査員の思い込みに引きずられて同じような動作ばかりが目に付きます。

 宮本武蔵の五輪書を読まれた方は気が付かれたと思いますが「兵法のはやきといふ所、実の道にあらず。はやきといふ事は、物事の拍子の間にあはざるによって、はやきおそきといふ也。其道上手になりては、はやく見へざるもの也。たとえば、人にはや道といひて、四十里五十里ゆくものもあり。
 是も朝より版迄はやく」はしるにてはなし。道のふかん(未熟)なるものは、一日はしるやうなれども、はかゆかざるもの也。乱舞の道に、上手のうたふ謡いに、下手のつけてうたへば、おくるゝこころありていそがしきもの也。
 又、鼓・太鼓に老松をうつに、静かなる位なれ共、下手は是にもおくれさきだつ心あり。高砂はきゅなるくらいなれども、はやきといふ事悪しし。はやきはこけるといひて、間にあはず、勿論おそきも悪しし。是も上手のする事は緩々と見へて、間のぬけざる所也。
 諸事しつけたるもののする事は、いそがしくみえざる物也。此のたとへをもって、道の理をしるべし。殊に兵法の道において、はやきといふ事悪しし。其子細は、是も所によりて、沼・ふけなどにて、身足ともにはやくゆきがたし。太刀はいよいよはやくきる事なし。はやくきらんとすれば、扇・小刀のやうにはあらで、ちゃくときれば、少しもきれざるもの也。能々分別すべし。
 大分の兵法にしても、はやくいそぐ心わろし。枕をおさゆるといふこころにては、少しもおそき事はなき事なり。亦人のむさとはやき事などには、そむくといひて、静かになり、人につかざる所肝要也。此心の工夫・鍛錬有るべき事也。」

 田宮流「規矩準縄」で歌伝口訣の中に「敵合に早き業とは何をいふこゝろとどめぬ人をいふ也。」「初学には調子を習へ兎に角に早きにまさる兵法はなし」歌だけ読んでいますと、言っている事が矛盾している様に聞こえて来ます。


 

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2020年2月16日 (日)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の7ひしとつく敵の切先

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の7ひしとつく敵の切先

田宮神剣は居合歌の秘伝
ひしとつく敵の切先はずすなよ
       刀をたてに身をばよくべし

曾田本居合兵法の和歌にはこの歌は有りません。

新庄藩の林崎新夢想流秘歌之大事にもこの歌は有りません。
似た歌は前回紹介した「ひしとつくちゃうと留は居合也突ぬにきるは我を害する」でしたが、この歌とは歌心が大きく異なります。

 田宮神剣は居合歌の秘伝のこの歌の直訳は「(彼此(あれこれ))ひしと突いて来る敵の切先を外してはならない、刀を楯にして身を避けるべし」ただ相手の突きを我が刀を以て楯のようにして受けて身を避けるのでは、受太刀の教えを述べるばかりです。相手の突きを受けてどうするのでしょう。
 直訳が違うとばかりに「刀を縦にして身をば避くべし」ではどうでしょう。これならば受太刀とならずに身を躱して切り付けられそうです。

 前回の3の2の6で妻木正麟著詳解田宮流居合から表之巻7本目突留を稽古しています。この想定は「対座している敵が、突然、太刀を抜いて突かんとするので、我はすばやく柄にて敵の太刀を押さえたあと、敵の足(腹)に抜き付け、さらに真っ向から切り下して勝つ。」でした。

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2020年2月15日 (土)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の6ひしとつく

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の6ひしとつく

田宮神剣は居合歌の秘伝
ひしとつくちょうと留まるを居合とす
        つかぬを切るは我を害する

曾田本居合兵法の和歌にはこの歌は有りません。

新庄藩の林崎新夢想流秘歌之大事
ひしとつくちゃうと留は居合也
     突かぬにきるは我を害する

 直訳すれば「ひし(彼此)と突くちょうと留めるのが居合である、突いて来ないのに斬り込んだのではやられてしまう。」と云うのでしょう。
 相手の仕掛けに応じろという戒めなのでしょう。しかし此処では相手が突きを入れて来るその拳に勝つ、突いて来もしないうちに抜き付ければ外されて突かれてしまうぞ、というのです。
 まさに現代居合が忘れてしまった、根元之巻にある「柄口六寸」の教えと思い、歌心を味わって見たいと思います。

 妻木正麟著詳解田宮流居合の表之巻7本目突留がこの歌を思わせる業です。「対座している敵が、突然、刀を抜いて突かんとするので、我はすばやく柄にて敵の太刀を押さえたあと、敵の足(腹)に抜き付けさらに真っ向から切り下ろして勝つ」

 この田宮流の突留は無双直伝英信流の両詰の業を制するものです。
 古伝神傳流秘書抜刀心持之3本目3向詰「抜て諸手を懸け向を突打込む也」でどのように抜き突くのかは何も語られていません。

 妻木正麟先生と同時代の無双直伝英信流の河野百錬先生の大日本居合道図譜から奥居合居業7本目両詰が相当するのですが、明治時代に大江正路先生からいつの間にか業名が向詰から両詰に代ってしまい、両側に障壁ある場の条件が附されて刀を横一線に抜き付けられない状況下での抜刀法に特定されています。従って相手も横一線の抜き付けは出来ないのです。やってみます「右手をかけるや刀を前に抜き取りて青眼に構ゆ。右足を踏込み(左足も進めて)て刺突し、刀を引抜く心持にて上体を進めて諸手上段に冠り敵の真向に斬下す。」

 古伝神傳流秘書の場の条件の無い処での向詰に対する田宮流柄留の対応、河野居合の狭い場所での両詰に対する田宮流突留との対応、研究して置くのも面白いものです。
 

 

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2020年2月14日 (金)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の5居合とはつよみ

道歌
3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の5居合とはつよみ

田宮神剣は居合歌の秘伝
居合とはつよみよはみに定まらず
       兎にも角にも敵によるべし

曾田本居合兵法の和歌にこの歌は有りません。

新庄藩の林崎新夢想流秘歌之大事にも有りませんが「強い弱い」を歌う歌があります。
居合とはよはみ計てかつ物を
       つよみて勝は非かた也けり

 田宮神剣は居合歌の秘伝は「居合とは強味弱味によって決まるものではない、兎にも角にも敵の状況に依るのだ」と云っています。稽古では「もっと強く打て」とか「力が入り過ぎ」とか見た目の強弱をガミガミ言われますが、相手次第だよと言って居ます。
 この歌に重ねるような別な歌が田宮神剣は歌の秘伝に「早くなくおそくはあらしかるくなしをそきことをぞあしきとぞいふ」早くなく遅くはあらじ軽く無し遅き事をぞ悪しきとぞ云う。
 同様に曾田本居合兵法の和歌にも「早くなく重くあらじな軽くなく遅き事をや悪しきとぞ云う」とあります。それではどうするんだ、と云いたい処です。
 「兎にも角にも敵に依るべし」で、強い・弱い・早い・遅い・重い・軽いを相手の意図すること次第で使い分けるものでしょう。
 新庄藩の歌は「居合と云うのは相手の弱み(隙)を計り其処へ抜き付け勝つもので、一方的に攻め込んで勝つのでは居合兵法とは言えない」というものでしょう。
 強弱遅速軽重に加え、相手の弱みを推し測って応ずるもの、その最も大切な事は「居合とは心をしずめ抜く刀抜ければやがて勝を取る也」(曾田本居合兵法の和歌で歌われています。
 心を静めるとは無心となって相手の心を我が心に写す、水月の教えとなります。その教えもただ無心に相手の動きを読み取るのではなく、我が方の誘いに相手が乗って来る起こりの移り(写り)に応じるとまで深読みさせられます。
 
 その上「つよみにて行きあたるこそ下手なれやまりに柳を上手とぞいふ」(田宮神剣は居合歌の秘伝・曾田本居合兵法の和歌・新庄藩秘歌之大事)と歌い居合ばかりではなく人生哲学にも通ずる極意を歌っています。

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2020年2月13日 (木)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の4居合とは心に勝つ

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の4居合とは心に勝つ

田宮神剣は居合歌の秘伝
居合とは心に勝つが居合なり
      人にさかふは非法なりけり

曾田本居合兵法の和歌
居合とは心に勝可居合也
      人に逆ふは非刀としれ

新庄藩の林崎新夢想流秘歌之大事
居合とは心に勝がゐあいなり
      人にさかふは非がた也けり

 田宮神剣は居合歌の秘伝も、曾田本居合兵法の和歌も秘歌之大事にも、この歌は上の句は「居合とは心に勝つが居合也」でどれも違いの無いものとして歌われています。下の句の「非法・非刀・非がた」となっていますが、曾田本の居合兵法の和歌の「人に逆うは非刀と知れ」の「非刀」のひがたなの文言が気になります。
 この歌の解釈は「居合と云うのは我が心に勝つのが居合である、人と争うなどは居合のあるべき事ではない」というのでしょう。「非刀」を流の刀法ではないよ、と考えられなくはないのですが、この方が心に響いてきます。文言は兎も角同じ様に「あるべき方法ではないと知りなさい」と諭しているのだろうと思いたいものです。

 木村栄寿著「林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流傳書集及び業手付解説」ではこの歌は居合歌之屑として「居合とは心に勝る居合なり人にかゝらは非がたなりけり」と記載されています。
 直訳すれば「居合というのは心に勝るのが居合である人と関わるのは居合に非ず」となりますが、心に居合兵法が勝ったのではどうかと思いますので、此処は「居合とは心に勝が居合なり」の誤写と思いたいのですが、原本の写真が部分写しですからこの歌は写っていませんので不明です。

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2020年2月12日 (水)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の3居合とは刀一つに

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の3居合とは刀一つ

田宮神剣は居合歌の伝
居合とは刀一つにさだまらず
     敵のしかけをとむるやうあり

居合とは刀一つにさだまらず
              敵のしかけに留まることあり

曾田本居合兵法の和歌
居合とは刀一つ尓定らず
      敵の仕掛を留る用阿り

新庄藩の林崎新夢想流秘歌之大事にはこの歌は有りません

田宮神剣は居合歌の伝による、一つ目の歌は、居合と云うのは刀によるばかりの事ではない、敵の仕懸けて来る事を留める用意もあるものだ。二つ目は、居合と云うのは刀によるばかりではなく、敵の仕懸けによっては抜刀をやめる事も有る。とでも云うのでしょう。一つ目の主体は我ですが、二つ目は敵に主体性があるように聞こえます。然し何れも、敵の状況によっては抜刀を止めるという事では同じ事でしょう。
 曾田本兵法の和歌も同じ事を歌っています。この歌心を、相手を威圧して止めさせる、とか武術で制する様な事を歌心として思いたくはありません。居合とは刀による決着をするばかりではなく、互に納得できる状況を生み出し和する事もある、と読みたいものです。土佐の居合の古伝による神妙剣は「唯々、気を見て治むる事肝要中の肝要也、是戦に至らしめずして勝を得る也。・・彼の気を先に知ってすぐに応ずるの道を神妙剣と名付けたる也」とあります。

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2020年2月11日 (火)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の2居合抜ぬくとばかり

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の2居合抜ぬくとばかり

田宮神剣は居合歌の秘伝
居合抜ぬくとばかりを頼みにて
      丹練なくばふかくたるべし

曾田本居合兵法の和歌及び新庄藩秘歌之大事にはこの歌は有りません。

田宮神剣は居合歌の秘伝
「居合抜 抜くとばかりを頼みにて丹練(鍛錬)無くば不覚たるべし」
 意味は居合抜は抜刀の(速さ)ばかりを頼みにしていたのでは、より業を深く鍛錬しなければ不覚を取るであろう。

 この歌の前の歌は「居合とは心を静めたる刀 刀抜くればやがてつかるる」でした。此の二つの歌を同時に味わってみると、前の歌は「居合と云うのは心を静めて抜く刀法だが、こころを沈めてしまっては、抜いても直ぐに突かれてしまうよ」と心のありようは「沈める」のではないよと言って居る様に聞こえて来ます。「相手の心の動きを我が心に写して、即座に応じる、水月の心」を示唆している様に思えて来ます。
 
 柳生新陰流の柳生但馬守の兵法家伝書活人剣に「心は水の中の月に似たり、形は鏡の上の影の如し。右の句を兵法に取り用いる心持は、水には月のかげをやどす物也。鏡には身のかげをやどす物也。人の心の物にうつる事は、月の水にうつるごとく也。いかにもすみやかにうつる物也。神妙剣の座を水にたとへ、わが心を月にたとへ、心を神妙剣の座へうつすべし。心がうつれば、身が神妙剣の座へうつる也。心がゆけば、身がゆくなり。心に身はしたがう物也。・・。」神妙剣とは中墨、へそまわりを云います。此の場合は我が心を神妙剣の座に移せと言っているわけです。
 相手の心の動きに応じるのでは、不覚を取ると柳生新陰流の柳生兵庫助は異論を唱え、先を仕掛けて相手を動かす水月の教えを始終不捨書では説いています。

 今回の歌の「丹練なくば」は心の鍛錬をしなければ抜刀術に長けただけでは不覚を取る、と歌っている様です。

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2020年2月10日 (月)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の2の1居合とは心をしずめ

道歌
3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の2の1居合とは心をしずめ

妻木正麟著詳解田宮流居合を参考にさせていただき、曽田本の居合兵法の和歌を見直してみたいと思います。以前に書いた歌心と異なる解釈が出来ていれば少しは進歩したかも知れません。居合道歌は目にしても素通りしてしまう先生方も有る様ですが、道場の稽古に加えて歌心を皆で話し合ってみる機会など得られれば、新たな発見も有ろうかと思います。日本の国語読解力は極端に落ちてきているとか、今のうちに居合道歌にも光をあてませんと本当に消えてしまうかも知れません。

田宮神剣は居合の秘伝
居合とは心を志ずめたる刀
     かたなぬくればやがてつかるる

居合とは心を志ずめだす刀
     ぬくればやがて勝をとるなり

曾田本居合兵法の和歌
居合とは心を静抜刀
     奴希ればや可て勝を取なり

新庄藩の秘歌之大事
居合とは押詰ひしと出す刀
     刀ぬくればやがてつかるゝ

*
 妻木正麟著詳解田宮流居合では、「居合とは心をしずめたる刀(だすかたな)刀ぬくればやがてつかるゝ(かちをとるなり)」とあって「居合とは心をしずめだす刀ぬくればやがて勝をとるなり」とも歌うように書かれています。歌の解釈に迷って、つけくわえられたのか、元歌が見つかったので書き加えたのか解りませんが、どちらにしても意味が読み取れない歌です。曽田本は田宮流の二本目の歌と似ています。新庄藩の歌は「押詰ひしと出す刀」の解釈が厄介です。
 元歌はどれなのか、別のものなのかもわかりません。
 田宮心剣の歌から「居合と云うのは心を静めて応じる刀法である、刀を抜いてしまっては直に突かれてしまう」或いは「居合と云うのは心を静めて抜き付ける刀法である、刀を抜くや勝をとるものだ」と云うのかも知れません。曾田本は大凡後者の解釈でしょう。新庄藩の歌は「居合と云うのは相手を威圧してひしと抜き付ける刀法である、ただ抜くならばすぐに突かれる」と解釈しても少しも納得できません。
 勝っても突かれても、歌にして残す程の歌心を感じません。歌は免許皆伝を許されたほどの人に更に磨けと与えられる奥義の歌と思いたいので、もう一歩奥に入らないと読めないのかも知れません。
 「つかるゝ」の解釈を「突かれる」・「疲れる」・「浸かる」・「付かれる」では意味不明です。
 「勝をとるなり」では平凡ですが居合の根元を表現している感じです。「居合と云うのは心を静めて抜き付ける刀法である、刀を抜くや勝を取るものだ」が本来の歌で「つかるゝ」で終わる歌は迷想している歌かも知れません。
 但し「浸かる」については、この歌が田宮心剣では第一首目にある事を思うと「居合とは心を静めて(鎮めて)抜く刀法である、抜刀して見るとすっかり浸ってしまう」と歌心を思うのもいいかも知れません。そんな思いで稽古に励む私です。

 新庄藩の秘歌之大事は「居合とは心を沈めて相手を圧しながら抜き出す刀法である、刀を抜けば忽ち突かれる」では意味が無いのでここも「居合に浸ってしまう」とした方がいい様に思います。居合もその歌も、其の域に達しなければ教えを理解できないのは同じかもしてません。
 

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2020年2月 9日 (日)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の1規矩準縄13打込みは

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の1規矩準縄
13打込みは

田宮流伝書和歌より
打込みは気の中すみをわするゝな
       峯谷のかね大事なりけり

曾田本居合兵法の和歌にはありません。
*
 この歌の文言は、田宮流のものであったのか他流からの借り物だったのかですが、そんなことはどうでもいいことです。
 妻木正麟著詳解田宮流居合より「打込みは兎角気の向ふ所に打込むものゆえ、気の中スミを敵の眉間に押しわたして其まゝツボに打込むべし、目付はいつにても敵の眉間也。これが打込みの目付也。峯谷のカネとは、峯は右肘、左肘を谷とよび、腕のかがみは両肘の伸び縮みをいふ。」

 柳生新陰流の柳生宗矩による兵法家伝書(寛永9年1632年)では二星、嶺谷、遠山の目着(目付)が示されています。二星は敵の柄を握った両手の拳。嶺谷は腕のかがみ、右肱を嶺、左肱を谷。遠山は両の肩先、胸の間とされています。
 中スミとは中墨と書き神妙剣の座を云い、太刀のおさまる所「臍の廻り5寸四方」。

田宮流伝書口伝に戻ります。「打ち下しは力を捨て前進の気を以て打つに非ざれば切り難し。力は身に限りあり、心術に比すべからず。腰、腹に納まるの気より業に移らざれば、形崩れ全気を得難し。術は腹を以てと教ふれども、それは腰に至らざれば心気に至りがたし。気力腰に集まるとき自ら腹に渡り充つる。」

 どうやら、この歌の意味が読めて来ました。「真向に打込むには心気を以て敵の眉間に目付をして、敵の中心線を臍下まで切り下す、其の際両肘を突っ張らずゆるみを持たせ、腹を以て切り下す事が大事である。」というのでしょう。又、同様に己の中心線を真直ぐ切り下す事とも言えます。

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2020年2月 8日 (土)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の1規矩準縄12右膝の頭

道歌
3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の1規矩準縄
12右膝の頭

田宮流伝書「口伝」之秘歌
右膝の頭を規矩に抜く刀
      三角のカネの大事こそあれ

曾田本居合兵法の和歌にはこの歌は有りません。
*
 田宮流独特の抜き付けの教えでしょう。
 妻木正麟著詳解田宮流居合より田宮流伝書口伝「刀を抜くに手が前に出れば敵に押さえられ、脇に抜けば敵間遠し、右膝の頭をカネ(曲尺)に三角に抜くは自然のカネになる故、たとえ敵に手口を押えられても気筋は向かふにわたる。その抜き付くる刀は敵にあたる。」

 田宮流を稽古される方には、普段の教えで容易なこの和歌も、私のように大江先生から伝わる、抜き付けの技法を河野先生に依ってわかりやすくされて学んで来た無雙直伝英信流の抜き方は、河野百錬宗家の無双直伝英信流居初心集居合道基本「抜付」に詳しい。
 それは田宮流の「右膝を左の腰の規矩にして、打つかすがいを腰詰と云う」また、鞘引きのさい「左手は小指が帯を押せるまで左肘を背中につく気持ちで鞘が後ろに一文字になる様に左肩を充分に引いて抜き付ける」「抜き付けた切先は正中線の延長線上」のとは異なります。この抜付けに依って抜き付けた切先は右膝の線上にあり、両肩は正面正中線に対し45度左向きとなる半身の筈です。

 河野流の抜き付け
「初本の抜きかけの柄頭は、体の中心から敵の中心に向けて抜くのが正しい。」
「抜付けたる刀身の位置は、右拳から正面に引きたる直線上に剣先部がある事を初心指導上の原則とするも、錬熟の暁は、剣先を以て敵に附け入る心気の為め、幾分剣先が内方になるは可なり。」
「抜き付けた刀の高さは、肩を落としたる状態に於て両肩をつなぐ水平線より上がらぬ事」
「右拳は踏み出したる右膝の横線上にある程に前に出す事」
「刀は水平を原則とするも、剣先部が上るよりも幾分下る心持ちなる事」
「上体は、下腹を前に出し、腰部に(丹田に)十分なる気力を注ぎて真直に、而して踏み出したる右足の膝の内方角度は90度を超えざる事」「後足の膝と上体とはほぼ一直線をなす事」
「抜き付けたとき、上体は飽くまで敵に正対し、右拳はグット強く握り締め(小指と無名指の中程でグット引き、拇指の基部にてグット押す心)左手は鞘を握りたるまま肘と共に後方に引く心持の亊」

 正対した抜き付けと半身の抜き付け、抜き付けた切先の位置などの違いは可否を論ずる必要では無く、対敵との状況次第で如何様にも出来て当たり前と思います。

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2020年2月 7日 (金)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合之和歌3の1規矩準縄12初霜の目付

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の1規矩準縄
12初霜の目付

田宮流歌伝口訣
初霜の目付にこゝろゆるすまじ
      これぞはなれの大事なりけり

曾田本居合兵法の和歌
田宮流以外にこの歌は見当たりません。

「初霜の目付」については妻木正麟著詳解田宮流居合の田宮流伝書より、には「初霜の目付というのは抜き付けの目付であって、敵の吭(のどぶえ)を目付にして抜き付くるを云う。初霜とは、至って薄き霜ゆへこれに朝日が照りそう時は忽ちに消滅するなり。其如く吭に抜付ける時は一太刀にて即死する也。故にそこを譬へて名付けたるもの也。平常の稽古の節、かた通りに抜き付けよとの教ゆるは則ちこの目付の矩(かね)を教ゆる所也。然れども秘伝ゆへにその名目を秘して云い聞かせぬ故に、其の理を悟ることを得ず。」とあります。

 吭に目付をする心持ちを忘れてはいけない、これぞ抜き付けの大事な教えである。と歌っているのでしょう。
 妻木先生の解説では「平常の稽古では形どうりに抜き付けよというのはこの目付の「規矩準縄」を教えているのであるが、秘伝であるからこれを秘しているので、その理を悟ることはできない。」と仰っています。

 「初霜の目付」の初霜への抜き付けは現代田宮流にどの様に残されているのか「極意とは表の内にあるものを心盡しに奥な尋ねそ」の歌から表之巻一本目稲妻からは読み取れません。此処では抜き付けは上段から切りかかろうとする敵の肘に抜き付けています。
 宮本武蔵は五輪書で「目の付けようは、大きに広く付ける目也。観見二つの亊、観の目つよく、見の目よわく、遠き所を近く見、近き所を遠く見る事」といい、兵法35箇条では「大体顔に付けるなり。目のおさめ様は、常の目よりもすこし細き様にして、うらやかに見る也。目の玉動かさず、敵合近く共、いか程も、遠く見る目也。其目にて見れば。敵のわざは申すに及ばず、左右両脇迄も見ゆる也。」といい一点を凝視する目付を嫌っています。
 田宮流の「初霜の目付」も恐らく吭へ抜き付ける為の照準合わせを意図したものではないと思います。 

 田宮流も林崎甚助重信に従って居合を学んだ田宮平兵衛業正であれば抜き付けは「柄口六寸」であったろうと思いますが、田宮流を名のる頃から変化していったことは想像されます。いずれにしても林崎甚助重信の居合は何処かにその片鱗が残って居るのでしょう。

 

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2020年2月 6日 (木)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の1規矩準縄11極意とは

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の1規矩準縄
11極意とは

田宮流歌伝口訣
極意とは表の内にあるものを
       心盡しに奥な訊ねそ

曾田本居合兵法の和歌
この歌は曾田本居合兵法の和歌にはありません。

 極意とは表の内にあるのだが、心尽くしの為に奥を訪ねてみるのもいいのでは。「表の内」の意味は、流によっては表裏とか表奥とか業の内容で区分していたりする事も有る様です。
 田宮流では、妻木正麟著詳解田宮流居合の業は「表之巻11本、虎乱之巻14本」に別れています、この表11本に極意は有ると云うのでしょう。心盡しとは広辞苑で「様々に物思いをする事、また、気をもませられる事、心をこめてする事。」と云う事だとしています。
 田宮流居合の極意は「表之内11本の内にあるのだが、心をこめて奥の虎乱之巻の奥を訪ねなさい。」と云う事なのかもしれません。妻木正麟著詳解田宮流居合の「田宮流伝書口伝より」を読んでみます。
 「居合の極意は何所に有るかと尋ね見れば矢張り表の内の一本に有る事ぞ。あれをなぜに極意と云うぞなれば、あの手数は唯三角に抜きて納める迄なれども気躰にヒヅミなく三角のカ子(曲尺)に抜放したる中に発して敵を両断となすの鋭機を含みて寂然不動たる処は生まれの侭の本体である。是れ天然の躰を教ゆる所にて気躰に毫髪も虚隙なき所より贏理(えいり)は備はる。此所を始終修行の基として成就の場も是に外ならす他の手数もあれより発する。極意の萬事抜(萬の亊抜く所はどこで抜くも一理なるわけにて皆この一本より発するの意にて萬事抜と名付く)ともいう。」
 ここでは、表之巻の一本目(稲妻)に極意が秘められていると言って居ます。これは無雙直伝英信流の立膝の部三本目稲妻と同様の理合でしょう。

 宮本武蔵の五輪書「風之巻」に「他流に、奥表といふ事 兵法のことにおゐて、いづれを表といひ、何れを奥といはん。芸により、ことにふれて、極意・秘伝などといひて、奥口あれども、敵と打合ふ時の理におゐては、表にてたゝかい、奥をもってきるといふ事にあらず」というのです。其の通りでしょう。この武蔵の表、奥とは奥だけが極意では無いという事では、同じですが意味合いが違います。

 無外流の中川申一著無外流居合兵道解説の百足伝には「兵法の奥義は睫毛の如くにて余り近くて迷いこそすれ」と歌っています。

 曾田本古伝神傳流秘書の抜刀心持引歌に「本来の事より出て事に入りあわれ知らばや事の深さは」


       

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2020年2月 5日 (水)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の1規矩準縄10居合とは我が身の勝

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の1規矩準縄
10居合とは我が身の勝

田宮流居合歌伝口訣
居合とは我が身の勝を元として
      扨その後に人に勝つなり

曾田本居合兵法の和歌
居合とは心を静抜刀抜ければやがて勝を取なり
居合とは心に勝が居合也人に逆うは非刀としれ

 田宮流のこの歌心とは聊か乖離がある様に思えます。それは「扨」の一文字に依ります。
 「・・扨その後に人に勝つなり」ですので、居合と云うのは先ず我が身を鍛え、流の技法を身に付け、心を強く妄心に負けない様に、相手の思いと和する努力を怠らず、やむなきに至るならば、扨それから心を鎮めて相手の起こりを察して抜き付ければ敗ける事はないのでしょう。
 
 新庄藩に伝承された秘歌之大事に「居合とはよわみ計(はかり)てかつ物をつよみて勝は非かた也けり」に近いものかも知れません。然し相手の弱みに付け込むばかりでは、秘歌之大事の「居合とは人にきられず人きらずたゞうけとめてたいらかにかつ」には至れそうも有りません。

 この田宮流居合歌伝口訣の歌の解説は妻木正麟著詳解田宮流居合では「我身の勝とは手前の気体のヒズミを正しくすることなり。其我身に勝つ趣は上章に段々論じた通り、カ子(かね・・曲尺)、気の位が調う時は我身に勝なり。手前の気体調いて虚隙無き時は、敵より撃つべき非はなき也。そこで敵に勝たるゝ也。これ孫子に「先勝而後求戦(先ず勝て後、戦を求む)」と云える語意也。」とあります。

 中川申一著無外流居合兵道解説の無外流の百足伝にも歌は違いますが幾つかあります。
兵法は立たざる前に先づ勝ちて立合てはや敵はほろぶる
とにかくに本を勤めよ末々はついに治るものと知るべし
心こそ敵と思いてすり磨け心の外に敵はあらじな
 

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2020年2月 4日 (火)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の1規矩準縄9初学には調子

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合の和歌
3の1規矩準縄
9初学には調子

田宮流居合歌伝口訣
初学には調子を習へ兎に角に
       早きにまさる兵法はなし

曾田本居合兵法の和歌
 この歌は有りません。

 初めて居合を習う者は兎に角調子を習いなさい、早きに勝る兵法はない、と歌っています。そこで「調子」とは何ぞやですが広辞苑で引いてみると以下の様です。  
   ●音律の高低、しらべ、音調
 ●楽曲の調、調弦法、箏(しょう・こと)の平調子、三味線の本調子
 ●雅楽の一種の前奏曲
 ●いいまわし、語調、口調
 ●ほどあい、ぐあい
 ●はずみ、勢い
 この様に使われる言葉として表示されています。この歌は居合或いは剣術の有り様を示すための言葉であれば、「ほどあい・ぐあい・はずみ・勢い」が適当と思われます。下の句の「早きに勝る兵法は無し」から類推すればこの調子は最も初心者向けなのは「勢い」、次いで「はずみ」次は「具合、ほどあい」かなと思います。
 「早きに勝る兵法」の早きとは何だとここでも疑問が出てきてしまいます。相手の先をとるのを早いというのと、勢いよく早いのとは意味が違うのですが其の事も含まれるとしたら、初学で相手の気に先んずる、起こりに先んずる、打込みに先んずるなどは余程でなければ出来そうにも有りません。そうするとただ早い動作を兎に角身に付けろと云うのでしょう。
 妻木正麟著詳解田宮流伝書口伝では「居合は抜付け一本にて勝つの教えゆえに、初学より先ず調子を習うが専一である。初めより、三調子に習はすこと肝要なり。それより二調子に、次に一調子に抜かすこと。この一調子は「ハナレの至極」という。初学よりは一調子にゆかぬ故、三調子、二調子の場合より習わすことが肝要なり。」
 妻木先生の解説では「三調子とはハ・ア・八ッと抜く、二調子とはハ・アと抜く。そして最後の一調子とは八ツと抜くのをいうのである。」とされています。
 
 ついでに、剣術では拍子と云う言葉がよく出て来ます。拍子とは何か広辞苑で引いてみます。
 ●一定の拍(はく)がひとまとまりとなってリズムの基礎をなすもの。拍の数により二拍子・三拍子などという。
 ●しお、おり
 ●はずみ、とたん
 ●ぐあい。調子
   調子と拍子は同じような意味合いとして捉えられそうです。この歌心を以て習うならばただむやみに早いのではなく三調子の間合いを詰めて一調子で抜けと云う事が早い抜で「早きに勝る」ものだという風に考えるべきものでしょう。
 左手を鯉口に懸け鞘送りしつつ鯉口を切る、同時に右手を柄に掛け抜き出しつつ、切先まで抜き出すや鞘引きと同時に抜き付ける。この一連の動作を一拍子、一調子に行えるよう稽古する事となります。その際総ての動作が初期に習った所作が全部行われていなければ一調子にはなり得ないし目的は果たせないはずです。

 この一調子を無理やりやろうとすると、こんな歌が聞こえて来ます。妻木正麟著詳解田宮流田宮流居合歌の伝より

 居合抜抜くとばかりを頼みにて
       丹錬なくばふかくたるべし

 居合とはつよみよはみに定まらず
       兎にも角にも敵によるべし

  早くなくおそくはあらじかるくなし
       おそきことをぞあしきとぞいふ

 つよみにて行きあたるこそ下手なれや
       まりに柳を上手とぞいふ

 無外流の中川申一著無外流居合兵道解説百足伝からもこんな歌が聞こえて来ます。

 兵法の先は早きと心得て
        勝をあせって危うかりけり

 兵法は強きを能きと思いなば
        終には負けと成ると知るべし

 兵法の強き内には強味なし
       強からずして負けぬものなり

 宮本武蔵の兵法35箇条に「兵法に身構有り。太刀にも色々か前を見せ、強く見へ、はやく見ゆる兵法、是下段と知るべし。又兵法細かに見へ、術を衒らひ、拍子能用に見へ、其品きら在て、見事に見ゆる兵法、是中段の位也。上段の位の兵法は、強からず弱からず、角らしからず、はやからず、見事にもなく、悪しくもみへず、大に直にして、静にみゆる兵法、是上段也。能々吟味有るべし。」

 

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2020年2月 3日 (月)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の1規矩準縄8居合とは早き

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の1規矩準縄
8居合とは早き

田宮流歌伝口訣
居合とは早き業とは何をいふ
      こころとどめぬ人をいふなり

曾田本居合兵法の和歌
この歌は存在しません。新庄藩秘歌之大事にも有りません。

 居合での「早き業」と云うのは何を言うのかと云うと、「心留めぬ人を云う」のだ。と歌っています。抜刀の抜き方がスムーズで素早い事を居合抜が早いというのでは無さそうです。
 前回の歌が「寒夜にて霜を聞くべき心こそ敵にあいての勝をとるなり」で心を鎮めよ、と云う歌心でした。今度は心を鎮めて其処の居付いてしまわないで相手の起こりを知るや否や打込みなさいと云うのです。それが心を留めぬ人で、それが「早き業」だと云います。

 妻木正麟著詳解田宮流の解説をお借りします「敵合に臨んで、敵がカウスルゾ、ナラバ、ヶ様にしようと色々思慮按排にわたる時は勝負合鈍くなる也。故にそこに心を留めず敵に向かふと、まだ敵の刀も振り上げぬと云やうふ(な?)る未発の場合に打込む時は必勝を得る也。思慮按排にわたらず無分別の住より見込みたる所を一断撃に討ち取るを心をとどめぬと云う也。」
 これは、心を静めて立合うや、相手の心の動きも、起こりも見る事無く先手必勝の「早き業」のように思えます。前回の歌で心を静めて相手の心を読み、相手の出方にここぞと云う隙を見出し、「こころとどめず」打込む其の事を「居合とは早き業とは」なんだと云う解答なのでしょう。

 さてこの解説は田宮流の思想ですから、無雙神傳英信流居合兵法の「身を土壇となして後自然に勝有その勝所は敵の拳也」とは聊か異なるようです。敵の拳とは「極意にて伝る所は敵の柄口六寸也カマエは如何にも有れ敵と我と互に打下ろすかしらにて只我は一図に敵の柄に打込也、先我が身を敵にうまうまと振ふて右の事を行ふ亊秘事也是神明(妙)剱也」と云う事で「我が身をうまうまと振ふて」、「互に打ち下ろすかしらに」打込むのを居合の「早き業」と考えたいところです。

 「こころとどめぬ人」にも「身を土壇となして」も、常の稽古で心掛けない限り身につくことは出来そうもありません。居合の仮想敵は何も攻め込んで来ない弓の「まと」程度に思い描いたり、組太刀での「形」だから約束の所に約束の間で「打込んでよ」という様な申し合わせではまず、身につかないものでしょう。

 

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2020年2月 2日 (日)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の1規矩準縄7寒夜にて霜を聞く

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の1規矩準縄
7寒夜にて霜を聞く

田宮流居和歌之伝
寒夜にて霜を聞くべき心こそ
      敵にあいての勝をとるなり

曾田本居合兵法の和歌
 寒夜にて霜を聞くべき心こそ
      敵にあうても勝を取るなり

新庄藩林崎新夢想流秘歌之大事
寒亊にて霜を聞べき心こそ
      敵にあうての勝はとるべき

多少違いますが同じ歌が伝わって来たと思います。
寒い夜に霜が結ぶ音を聞く程の心であれば、敵に出合ったとしても勝を取れるよ。と歌っています。「霜を聞くべき心」は妻木正麟著詳解田宮流では「霜を聞く程に心を鎮めよ。心の騒ぎは怒りから出る。臆するところより出るなり敵を打つべきと思うに、怒るに及ばず、臆するに及ばず、心のおさまり第一。」とされています。

 この歌も前回の「水月をとるとはなしに敵と我心の水に澄むにうつらふ」の下の句の心持ちの様に思われます。心に相手の心の移りを読み取るのは心を無にする事と同じでしょう。あれやこれや思っていたのでは其の事に心を奪われ、相手の心の移りなど得られる訳も無い。
 しかし「無」だけでは相手は動かず、我も動かず。西行法師の歌に「家を出る人としきけばかりの宿に心とむなとおもふばかりぞ」と兵法家伝書活人剣に「敵の働きにも、我が手前にも、きってもついても、その所々にとどまらぬ心」の稽古が望まれると思います。「心こそ心まよはす心なれ心に心心ゆるすな」とも古歌を歌ってもいます。
 宮本武蔵の五輪書の火之巻や兵法35箇条、柳生新陰流の兵法家伝書や始終不捨書とその解説に心の持ち様が述べられていて、いま一歩なぜか居合の歌には物足りないものを感じます。それは、霜の結ぶ音を聞く事に気を取られてしまうのでは、その事に居付いてしまいそうです、「霜を聞くべき心」は「形稽古」を順序正しく足踏みまでもテキスト通りに追うばかりで、馴れて来ると約束事として矢鱈早く、其の上力任せの強い打ち合では得られそうにも有りません。


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2020年2月 1日 (土)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の1規矩準縄6水月をとる

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の1規矩準縄
6水月をとる

田宮流歌伝口訣
水月をとるとはなしに敵と我
      心の水に澄むにうつらふ

曾田本居合兵法の和歌には有りません。古伝神伝流秘書抜刀心持引歌に水月之大事として古歌が有ります。
水や空空や水とも見へわかず
      通いて住める秋の夜の月
おしなべて物を思わぬ人にさへ
      心をつくる秋の初風
秋来ぬと目にはさやかに見えねども
      風の音にぞ驚かれぬる


 田宮流の上の句は、敵と我が相対してそれと無く水月を取る、と云うのですから是は、水に月は写るその写る状況を我を水として相手を月として見れば下の句との関連が読めて来そうです。

 一刀流仮字書目録が流祖伊藤一刀斎景久から教えを受けた教えを文書化したもので、その中に「水月之事」の項目が有ります。そこでは、水に写る月のように「清く静かな心を養うと相手に少しでも隙があるとそれが心の明鏡に写って打てるようになる。これが水月の教えである」笹森順造著一刀流極意より。

 田宮流伝書口伝では「水月とは機の移りをいう。清水に月の移る如く敵の機の我に移ることを水月と名付ける。我が心の水澄めば敵の機は彼れより来たって移る理ぞ、そこを譬えて水月と云う。・・。」妻木正麟著詳解田宮流より。写るを移るの文字で表しています。
「我が心を無心として澄み渡れば、相手の思う事は水に移る月の如く手に取る様にわかるもの」と歌心は歌っています。

 新庄藩の秘歌之大事から似た歌心を求めれば「寒事にて霜を聞くべき心こそ敵にあふての勝は取るべき」が有ります。霜の結ぶ音を聞き分けるには心を無心にして居なければならない。この歌は曾田本居合兵法の和歌では「寒夜にて霜を聞くべき心こそ敵にあうても勝を取るなり」として伝えています。
 いま一つは「萍をかきわけ見ずば底の月ここにありとはいかでしられん」浮草を掻き分けとは、心を無にして澄んだ水面の如くしなければ其処に月が有る事はわからないよ、というものです。

 一刀流の水月之事に「早き瀬に浮かびて流る水鳥の嘴振る露にうつる月かげ」水鳥が嘴を振る水しぶきにも月は写る、僅かな変化も見分けられる、と水と月を譬えて歌っています。

 無外流の百足伝には「うつるとも月も思はずうつすとも水も思わぬ猿沢の池」「剣術は何にたとえん岩間もる苔の雫に宿る月影」

 
これらの歌だけを詠んでいると、心を無にして相手の心を我が心の鏡に写し、その動きを察して斬り込むのだと思ってしまいそうです。
 宮本武蔵の五輪書空之巻に「心のまよう所なく、朝々時々おこたらず、心意二つの心をみがき、観見二つの眼をとぎ、少しのくもりもなく、まよひの雲の腫れたる所こそ実の空と知るべき也」と無心とは言っても「心意」の二つがあることを述べています。更に「兵法35箇条の心持之事」では「心の持ち様は、めらず、からず、たくまず、おそれず、直にひろくして、意のこゝろかろく、心のこゝろおもく、心を水にして、折りにふれ、事に応ずる 心也。水にへきたんのいろあり。一滴もあり、蒼海も在り。能々吟味あるべし。」と唯無心では済まされない事を述べられています。

 曾田本居合心持肝要之大事居合心立合之大事では「敵と立合兎やせん角やせんとたくむ事甚だ嫌う況や敵を見こなし彼が角打出すべし其の所を此の如くして勝たんなどとたくむ事甚だ悪しゝ。先ず我が身を敵の土壇ときわめ何心無く出べし、敵打出す所にてチラリと気移りて勝事也。常の稽古にも思い案じたくむ事嫌う能々此の念を去り修行する事肝要中の肝要也」とあります。「我が身を敵の土壇と極め」はこのままではただの無心に過ぎない物となってしまいます。
 棒振り剣術を良くする訳知り顔の者が得々と説いて来ても、武蔵も唯無心になれなどと云っていないなあ、と思ってしまいます。

 柳生新陰流に截相口伝書が有ります。そこに「水月・付位をぬすむ事」を。更に歿滋味手段口伝書では「水月活人刀之事」。そして柳生兵庫助による始終不捨書には「水月活人刀と云う習いは昔の教えなり。悪し。重々口伝」として「敵の移り来るを待つ心ではなく先の心を以て敵を移れと移す心」を述べています。(柳生延春著柳生新陰流道眼より引用)

 

 

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2020年1月31日 (金)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の1規矩準縄5我気にて

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の1規矩準縄
5我気にて

田宮流歌伝口訣
我気にて己が身をつかふものそよし
      業にこゝろを奪ひ取らるな

曾田本居合兵法の和歌
 この歌は居合兵法の和歌にはありません。
  新庄藩の秘歌之大事にも有りません。

「我が気にて己が身を使うものぞ良し業に心を奪い取らるな」。直訳すれば、我が体は状況に応じた気(こころ)で使うもので、業手附に拘って心を奪い取られてはならない。と戒めています。
 現代居合の教本を読んで見ても、組太刀の手附を読んでみても明治以降から年数が新しくなればなるほど、形の有り様や、足の運びまで委しく書かれています。
 指導者による指導も、教本丸暗記の指導を越えて来ません。中には教本の読み違いや、師伝の認識違いでおかしな指導も山ほどです。初心の頃は何も分からないものですから、それでも素直に言われた通り、直された通りに学ぶのが一番です。教本を手に入れ貪るように暗記し、宗家のビデオに釘付けとなって形を学びました。
 お陰様で、演武大会などでは良い成績を得られたものです。

 然し、打ち込んで来る相手に、二呼吸半とか一呼吸半とかの間を取っていたのでは頭上に打ち込まれ一瞬気が遠くなりそうです。見事な抜付けをしたらそこで一瞬の居付きが出来て第二の敵に応じられません。右足から踏み出し、左足踏み出しながら刀を抜き出し、右足踏み込んで斬り付けようとして刀に乗ったつもりで前懸りしたら、その前に頭を打たれたり。送り鞘をしっかり取ったら小手を打たれたり。
 その流の形を覚えても、何も役に立ってくれません。この歌心は業の順番や決まり事ばかりに捉われていては、状況に応じた気による攻める体の使い方が疎かになり死に物の剣術踊りになってしまうよ、と戒めています。

 妻木正麟著詳解田宮流居合「田宮流伝口伝より」この歌の解説を読んでみます。
「身の構へはヶ様、足の踏みやうはこの様と業に拘泥する時は、気が次になって、此の身を自由に使うことならず死物のごとくなる。心気は一身の主宰なれば、心の如く体はいかやうにも使うべき也。たとへば気に行んと欲すれば、体も行く、其の如く気強剛なる時は、発する技も自ずから強い。」

 居合抜ばかりを稽古している人は、相手を想定して抜き付けていれば少しは役に立ちそうですが、その仮想敵も自分に都合の良い動作で応じる想定ばかりでは、稽古にすらならず、居合体操「一本目前」になってしまいます。
 設対者によって間と間合いを身に付けるのには、組太刀の太刀打のことや詰合などが初心には有効ですが、是とて型にはまった稽古で、相手も自分に都合の良い何時もの相手では打太刀が相当力量が有れば別ですが、形は「かたち」だから位の認識では剣舞よりお粗末でしょう。

 古流剣術のかたちは非常によくできていると思います。そうでなければ弟子は皆斬られてしまいます。現代は其の形が何とかできれば良いだけの指導ですから武術とは程遠いのは当たり前です。それでも本物は求めればその中にもある筈です。

 
 

 

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2020年1月30日 (木)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の1規矩準縄4居合とは心の上手下手

道歌
3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の1規矩準縄
4居合とは心の上手下手

田宮流歌伝口訣
居合とはこゝろの上手下手なれ
      刀をぬくは下手と知るべし

曾田本居合兵法の和歌
 「居合とは」で始まる歌は6本ありますが、この歌は曾田本居合兵法の和歌にはありません。
  新庄藩の秘歌之大事にも見当たりません。

 田宮流歌伝口訣に残されたこの歌は、「居合とは心の上手下手なれ」という上の句の云う上手・下手をどの様な基準で計るのかですが、下の句では「刀を抜くは下手と知るべし」と断定的に言って居ます。刀を抜いたのでは下手だというわけです。
 刀を抜かないで、相手を制することが出来なければ下手なのでしょうか、このままでは読み解けません。妻木正麟著詳解田宮流の規矩準縄に、)(田宮流伝書「口伝」より)、としてこの歌を解説されています。抜粋させていただきます。
 「凡そ技芸の道に心の上手業の上手と云う差別有り。居合の上にて云わば、長き刀などを立派に抜き放してハデなる技をするを技の上手と号る也。今世の居合の術を見るに大抵此の如のもの多き也。然るに居合の術は刀室(さや)の内にかちみは有るもの故に、心が上手なればいつにても勝つの理也。
 されば前にも論ずる如く抜付一本にて勝つの教えゆへに敵合に臨んで気を修め、ジリジリと詰寄せ四寸の鉄の塩合にて初霜の目附をあやまたず抜き放つ時は必ず勝つの理有るなり。さるほどに心気をゆりすえ昏迷せざる時は目附をあやまたず抜き付けるべき也。
 これを心の上手と号る也。心の上手云々なれとは居合は心の上手こそ居合の上手でこそあれと云亊也。技が上手でも心が下手なれば勝つ事はならぬ也。さるほどに長い刀を立派に抜くなどゝ云うは第二第三の事にて下手の仕事じゃと云亊也。」

「心気をゆりすえ昏迷せざる」心のありようを上手、刀を抜いて技に拘るのを下手と取れます。さらに深く捉えれば場に臨んでの心のありようの上手、下手も有り得るでしょう。そして形ばかりの指導者による演舞向け居合を論外の下手と云うのでしょう。 

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2020年1月29日 (水)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の1規矩準縄3物をよく習い納

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の1規矩準縄
3物をよく習い納

田宮流歌伝口訣
物をよく習ひ納むとおもふとも
       心懸けずばみな廃るべし

曾田本居合兵法の和歌
物をよく習納むと思ふとも
       心掛ずば皆すたるべし

この歌は、田宮流も無雙神伝英信流居合兵法も文字の違いが有っても全く同じ歌です。直訳すれば「物を良く習い納めたとしても、常に心掛けていなければ、忘れてしまうでしょう」というものです。
 居合で云えば「居合の目録を得られるまで習い納めたとしても、何時も心掛けて稽古して居なければ習い覚えた運剣動作を忘れてしまうよ」と云うので、更に奥深く免許皆伝の根元之巻を得られたとしても同様でしょう。
 それは居合に限らず何事でも、十分修得したと思っても、稽古を続けていなければ、咄嗟には習い覚えた業技法は出てこないものです。体で業技法を十分修得しその理合も十分納得して居ても、状況によって自然に手足が応じてくれるには毎日の稽古の積み重ねを怠れば、まず応じられないでしょう。
 年を重ねて来れば、習い覚えた動作では、衰える体力とのアンバランスが単なる繰返しの稽古では効果を発揮してくれないものです。腕力や早いばかりの無駄無理な運剣動作を、全身を使ったゆるゆるとした無理のない動きに変えて行き、更に力と速さで応じたものをゆるゆると見えてもコンパクトな動作で拍子の見事に合った無理のないより早いものに変化させなければならないでしょう。若者に負けるような武術は武術を修業しているとは言えないかもしれません。

 

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2020年1月28日 (火)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の1規矩準縄2天芸を願はゞ

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の1規矩準縄
2天芸を願はゞ

田宮流歌伝口訣
天芸を願はゞこゝろ一筋に
      師教の道をふかくしんぜよ

曾田本居合兵法の和歌
同じような歌は見当たりません。

 天芸とは修行成就して天下に並びなき達人を謂うのだそうで、それに到達しようと思うならば師匠の教えを迷うことなく信じなさい。という事を歌っています。天芸を得た達人と、一般的には師匠は同レベルの人なのでは無さそうです、と云うと「当たり前だ」と帰って来るかしら。
 師匠には天芸を得た人と、トレーナーや監督、世話役と分けて考えた方がいい場合もありそうです。それを段位制で一括りにするとおかしな現象が起こるのでしょう。
 前回は田宮流歌伝口訣は「師に問いていかで大事を悟べきこゝろを盡しねんごろに問へ」、曾田本居合兵法の和歌は「師に問わず如何に大事をおしゆべし心をすまし懇に問へ」でした。師に分からない事は聞きなさい、さすれば答えを得られるだろう、と言う歌心でした。この歌は教えられたことを一途に信じて修行しなさい、と云っています。
 ここで気になるのは、前回では問うべき人であるか否かが気がかりであり、今回も師は天芸に達した人なのかが気がかりです。
 聞くべきでもない人に聞いてみても疑問も迷いも晴れない、同様に天芸になって居ない人に指導されても天芸は望めないと思うのは、もともと貴方が天芸に至る修行者の心が不足していると思えて仕方が有りません。
 そのような人は、もともと人の師であるべき人としての資格がないのに、弟子を取り指導者ぶっているニセモノに従っている程度に過ぎないのでしょう。 
 すでに曾田本居合兵法の和歌で学びましたが「下手こそは上手の上の限りなれ返すかえすも誹りはしすな」と有りました。下手こそは上手に成る為のお手本なのだと歌心は歌っています。
 天芸に至らずとも、或いは名人上手でなくとも、時が来れば師範と為り得ることは日頃いくらでも見聞きするはずです。それでも「会う人皆我が師」という思いがあれば輝いて見えるものです。そして、連盟の段位などで着飾った人が、権威をバックに権力を振りかざすのを見れば、求める道が違うだけにすぎず、よくぞそこまで名誉のために頑張ったね、金も時間も惜しまずにと感心するばかりです。
 この歌を、修行の心得として考えるならば、頭越しのパワハラ師匠からは、志が違うならば早々に失礼しませんと無駄な時間ばかりかかってしまいます。

 天芸を身に着けていない人でも「弟子たる者師匠の出来ない事でもやれ」と仰ったという初代関東地区連盟の太田次吉先生の言葉を思い出します。最近は世界に通用するマラソンの選手を育てられた小出義男監督などが偲ばれます。
 問うべき人、学ぶべき人とは、修行中にふと迷いに陥った時、共に考え、自分では思いもよらなかったアイデアを出してくれるような人でしょう。それは肩書きによる師では無いかも知れません。

  参考に阿部鎮著「歌伝「剣道の極意」から幾つか
・師もいかで問わぬに大事を教ふべき
         心をつくしねんごろに問へ

・案内する人をたよりにわけ入らば
         いかなる道か踏み迷うべき

・ともすれば悪き道にぞ引れ行く
         心の胸に手綱ゆるすな

・よき技を教えられても皆癖の
         つたなきところを習う人かな

・稽古をば疑う程に工夫せよ
         解きたるあとが悟りなりけり

 弟子も師匠も色々で面白いですね。両方ちゃんと見て師につく事も武術の修行なんでしょうね。
 中国のことわざに「三年勤め学ばんより三年師を選ぶべし」
 道元禅師は「正師を得ざれば学ばざるにしかず」
 師たるもの常に学び進歩していなければ師たる資格はない、と云えば師は辛いものです。
 一刀流兵法仮字目録に師之教之事には、師の教えを学ぶとしても、形だけ真似て其の本意を自分のものにしないと意味はない琴柱を膠でつけて音を出すようなもので愚かな事である。師が業技法のやり方を得たままに教えるのを自ら心得なければ教えられることにはならない。
 無外流では始祖は業手附を残さず、形は人に依り変化する為、形の心を無外流真伝剣法訣の十剣秘訣に残し稽古の指針とされたとしています。
 
 
 

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2020年1月27日 (月)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の1規矩準縄より1師に問いて

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の1規矩準縄
1師に問いて

田宮流歌伝口訣
師に問いていかで大事をさとるべき
        こゝろを盡しねんごろに問へ

曾田本居合兵法の和歌
師に問はず如何に大事をおしゆべし
        心をすまし懇に問へ


 田宮流歌伝口訣の和歌「師に訊ねて何とかして大事な事を悟べきものです、心を尽くして念入りに問いなさい」

 曾田本居合兵法の和歌「師に問う事も無いのにどうして大事な事を教えねばならないのだろう、心を清めて念入りに問いなさい」

 下の句では、同じ様に心を籠めて知りたいことを念入りに尋ねるのですよ、と云っています。上の句は田宮流は師に問う事で大事な事を悟のです、と云っています。
 曾田本の方は、師に問う事もして来ないのに大事な事を教えられませんよと、何が知りたいのかも言って来ずに教えられませんよ、と言うのでしょう。
 言い回しが違いますから、別の事を云っている様に思えますが、師匠は一方的に大事な事を押し付けては来ないのだから、自分から理解したいことは聞きなさいと云うのです。
 
 田宮流の方は曽田本と云ってもお判りでは無いでしょう、少し解説しておきます。現在の無双直伝英信流や夢想神傳流の古伝を昭和初期に集められて手書きで写された曽田虎彦先生の写本です。この写本の原本をそのまま無双直伝英信流の第20代宗家河野百錬先生は無双直伝英信流居合兵法叢書を昭和30年に非売品でとして発行されておられます。1700年代中期に土佐に江戸から持ち込まれた無雙神傳英信流(重信流)居合兵法となります。土佐藩士の第九代林六太夫守政のメモなどもあって江戸時代中期以前の大森流、英信流は基より、棒術、太刀打の形、和術などの総合武術を書き残されています。とあるご縁でミツヒラの手に巡ってまいりました。業技法のありようは現在の田宮流と異なり略現在の無双直伝英信流の古伝として認識しています。それは時代経過による変化というより大森流・英信流を土佐の居合は取り込んだために変わったと云えるかもしれません。奥居合の古伝に田宮流との関係を匂わす業技法がどこかにあろうかと思うのですが検証しておりません。田宮流歌之伝と曾田本居合兵法の和歌は同じ歌心であろうと思われ、田宮平兵衛業政の歌と奥書されています。

 稽古を始めた時に幾つもの大事な事を、教えられて居ても、力量不足では理解できず、やがて理解出来た時には何故と言う疑問が湧き出て来ます。
 問えば流派の掟の所作と答えるばかり、ひどいのは「こう習った」でおしまい。形ばかりに拘って何故そうするかも考えた事も無い様な師なら聞いても意味はないものです。
 無雙神傳英信流居合兵法の大小詰の一本目は抱詰「楽々居合膝に詰め合いたる時、相手両の手にて我が柄を留める時、我両の手を相手の両肘に懸けて体を浮上がり引きて其の侭左の後の方へ投げ捨てる」
 此の時、何故相手は我が柄を留めに来たのかの問いに、相手は「我が刀の柄を取って抜き出して我を制しようとした」のでしょうか、此処は文章をしっかり読めば、「我が柄を留める」ですから、我が抜刀せんとする機先を制して柄を留めたのでしょう、ですから我は相手の肘を決めて体を崩して投げ捨てたはずです。それも遠くへなど投げれば相手は「しめたとばかり」に我が柄を握ったまま飛んで我が刀を抜き出し斬り込んできてしまいます。我れが相手を切ろうとするので相手は留に来た、我は相手を切り捨てる覚悟をしていたのですから目的は果たすべきでしょう。手附は始末の仕方まで書き込んではいないものです。
 聞くべき師に師事しなければ業一つも満足に身に付けられないものです。

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2020年1月26日 (日)

道歌3田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌3の1規矩準縄より 前書き

道歌
3、田宮流居合歌の伝と曾田本居合兵法の和歌
3の1規矩準縄より
前書き

曾田本に記述されている「居合兵法の和歌」は32首有りました。
奥書
田宮平兵衛業政之歌 
干時文政4年1821年辛巳歳秋七月吉日書之 
坪内長順
山川幸雄自先生傳

 山川幸雅より坪内長順に伝えられた田宮平兵衛業政の歌である、と記されています。田宮平兵衛業政は妻木正麟著「詳解田宮流居合」では林崎甚助重信の「神夢想林崎流」の直門である田宮平兵衛業正で業政と業正の違いがあります。
 東北地方に残された伝書は林崎甚助源重信公資料研究委員会による「林明神と林崎甚助重信」の「江戸時代の伝書より」に写真入りで現存する伝書を掲載されています。
 津軽藩元禄4年1691年ころ 林崎新夢想流 林崎甚助重信ー田宮平兵衛照常ー長野無楽齋槿露
三春藩元禄7年1694年 林崎流 林崎甚助ー田宮平兵衛業正ー長野無楽齋槿露
新庄藩元禄14年1701年 林崎新夢想流 林崎甚助重信ー田宮平兵衛照常ー長野無楽齋槿露
秋田藩天明8年1788年 林崎流居合 林崎甚助重信ー長野無楽槿露
秋田・仙台藩寛政2年1790年 林崎夢想流 林崎甚助重信ー永野天楽斎正次
新庄藩寛政3年1791年 林崎新夢想流 林崎甚助重信ー田宮平兵衛照常ー長野無楽齋槿露
新庄藩寛政12年1800年 林崎新夢想流 林崎甚助重信ー田宮平兵衛照常ー長野無楽齋槿露
二本松藩文化10年1813年 林崎神流 林崎甚助重信ー永野無楽入道槿露
秋田藩角館 弘化3年1846年 林崎流 林崎甚助重信ー永野無楽齋正次
秋田・仙台藩 安政2年1855年 林崎夢想流 林崎甚助重信ー永野無楽齋
新庄藩 明治44年1911年 林崎新夢想流 林崎甚助重信ー田宮平兵衛照常ー長野無楽齋槿露

 林崎甚助重信が生まれたのは天文11年1542年と林崎明神社霊験記に記されています、徳川家康の生誕と同じころとなります。元和3年1617年林崎甚助奥州へ旅立ち再び不帰と有りますから、田宮平兵衛との師弟関係は永禄2年1559年から元和3年1617年の間の事でしょう。田宮平兵衛業正の名前は三春藩の林崎流に見られますが、他は田宮平兵衛照常となっています。妻木先生の「神夢想林崎流」は奥羽地方の現存する伝書には見られませんので、江戸時代以前、若しくは林崎甚助重信と別れた後の流名かも知れません。
 
 曾田本に依る土佐の居合は、居合兵法伝来では「目録には無雙神傳英信流居合兵法とあり、是は本重信流と言うべき筈なれども長谷川氏は後達人なる故之も称して英信流と揚られたる由也」と有ります。これも「重信流」と云いますが奥羽地方の伝書は「林崎」の姓を使用して重信は見られません。
 木村栄寿先生が「林崎抜刀兵法夢想神傳重信流」と伝書集の流名を「夢想神傳流」にふさわしく流名「無雙神傳英信流居合兵法」を改変された様に時代と共に、或いは地域ごとに相応しい流名に改変されてきたものかも知れません。

 幕府や大大名のお抱え剣術師範として名を成さない限り、市井の剣客の生歿や流名は伝統はぼやけてしまってもやむおえないものでしょう。

 歌に戻ります、田宮流歌傳口訣や田宮流居合歌の伝と曾田本による居合兵法の和歌には田宮平兵衛業正(業政)の歌として伝えられています。妻木正麟著「詳解田宮流居合」から曾田本の居合兵法の和歌、および新庄藩の「秘歌之大事」などを対比しながら歌を以て伝えようとされた居合の奥義を振り返ってみます。
 ミツヒラは田宮流を指導されたわけではありませんので、手附に従って形は演じられたとしても口伝口授に依る田宮流の奥義を得ることは難しいと思います。歌の伝から思いを馳せて見たいと思いますので、田宮流の先生方からのご指摘をいただければ幸いです。妻木正麟先生も快くお許しいただけると信じています。
 尚、田宮流についてより詳しく知りたい方は妻木正麟著詳解田宮流居合をお読みになるか、田宮流に入門されるかでしょうから、此処では居合道歌のみに絞らせていただきます。
 居合や古流剣術を齧った人以外にはたとえ国文学に精通されていても居合道歌は理解できないだろうと思います。言い過ぎでしたら理由をお聞かせください。武術は体で覚え心で応じるもので、武術書を精通されても理解できないものです。居合をされる方は形を辿るだけの実技ばかりではより深いものは読み取れないかもしれません。
 歌も居合も進めば進んだなりに理解が変わるだろうと、今ある自分を出すばかりです。

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2020年1月25日 (土)

道歌2古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌2の28鞠を蹴る8極楽は

道歌
2、古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌
2の28鞠を蹴る
8極楽は

敵色々と有りて我を騙すとも油断する事勿れ例えば鞠を蹴るに同じ我が鞠と人の鞠との色を良く見る事也

極楽ははるか二遠く聞き之かど
      唱へて至る所なりけり

居合心持引歌終

読み
「極楽は遥かに遠く聞きしかど唱えて至る所なりけり」極楽ははるか遠くにあるものと聞いていたのだが(南無阿弥陀佛・南無阿弥陀佛と)唱えれば極楽に至る所である。
 敵に対すれば、相手の打込みを躱せずに切られてしまい、死んでしまうのだろうなどと、死を恐れ、相手を恐れて居すくんでしまうものです。
 居合兵法極意巻秘訣では神妙剣に「他流にて心を明にしめ敵の働を見よと云とは大に違えり、生死の境なれば平気とは異なり、然れども忘るまじき事一つ有り。則ち柄口六寸也、柄口六寸実は抜口の事に非ず、極意にて伝える所は敵の柄口六寸也、構は如何にも有れ敵と我と互に打ち下ろす頭にて只我は一図に敵の柄に打込也。
 先我身を敵にうまうまと振うて右の事を行う事秘事也、是神明剱也」
 無雙神傳英信流居合兵法、現代の大江居合による無双直伝英信流の古伝が語る「一図(一途)に敵の柄に打込む」極意です。この極意は新陰流にも同様な「合し打ち」、「十文字打ち」を思い描きます。如何なる部位に打ち込まれようとも迷うことなく相手と正対して中心線に打ち下すものと言えます。将に南無阿弥陀仏の唱えて極楽浄土に至ると教えた時宗のご詠歌そのものとも思えます。
 極楽浄土に至る事なのですが、相手との死闘に打ち勝つ事が武術そのものの最終目的で勝てば極楽と云えるかどうかは、人としてどうあるべきかにおいても、正しいと信じた事は寸分も曲げずに貫き通す人に、曲げてでも従えと迫られた場合だけに与えられるものが武ど云えます。南無阿弥陀仏と称える心で打ち下ろし、たとえ勝を得られても心は晴れるとは言い切れません。更に求められるのは、武術を行使せずに相手と和する事が出来た時、将に極楽浄土に至ったと云えるのでしょう。曾田本の最終章にある神妙剣の教えで「相手の怒りの気を見て治る亊」なのです。
 
 古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌を改めて読み直してみました。神傳流秘書の巻頭を占めるこの歌の教えは、何時詠んでも難関でした。しかしこの難問を巻頭に掲げた上で大森流居合之事、英信流居合之事、太打之事、坂橋流之棒、詰合、大小詰、大小立詰、大剣取、抜刀心持之事、夏原流和之事と亊(業)が進んで行きます。夏原流和之事によって無刀に至る所まで辿り着き、そこからは武器に依る戦いの形から、戦う以前の心持ちに至り、神妙剣に至る一連のパノラマが書き込まれていたのです。
 
 此の抜刀心持引歌は江戸勤番の折に修行した第九代林六太夫が師匠の第八代荒井勢哲清信から伝授されたのでしょうか、或いは第七代長谷川英信より伝承したのでしょうか。もしそうであれば、市井の剣客にあり得るであろうかと思えるほどの、広い知識と此の流の根元を紐解いた高さは並のものでは無いと改めて感じてしまいました。
 田宮平兵衛業政の歌として伝承された歌とは立ち位置が違いますがこれ等を合わせ、棒振り踊の枠から、武術の根元を見直すことは、居合を修業する者の使命かも知れません。

 この項を以て古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌を終了します。

 表題は「抜刀心持引歌」でしたが何故か「居合心持引歌」で「終」でした。

 
 

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2020年1月24日 (金)

道歌2古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌2の27鞠を蹴る7唱うれば仏も

道歌
2、古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌
2の27鞠を蹴る
7唱うれば仏も

敵色々と有りて我を騙すとも油断する事勿れ例えば鞠を蹴るに同じ我が鞠と人の鞠との色をよく見る事也

唱うれハ仏も我も無かりけれ
      南無阿弥陀佛の声計りして
読み
「唱うれば仏も我も無かりけれ南無阿弥陀佛の声ばかりして」お経を唱えてみても仏も我も何処にも無い、南無阿弥陀佛の声ばかりするよ。歌心は神仏を頼みに唱えて見ても、仏も我もどこにも見いだせない、お経の声しか聞こえないよ、無心になる以外に道は開けない。こんな歌心と読んでみましたが、へそ曲がりですから私などは仏に頼る事など考えた事はないのです。とことん稽古するとか勉強して場に臨んでは無心になる以外に己を導く方法など思いつかないのです。
 
 この歌は時宗の一遍上人が修行の際、「唱うれば仏も我も無かりけれ南無阿弥陀佛の声ばかりして」と歌えば、師の心地覚心禅師はまだまだと突っ返してきた。次に「唱うれば仏も我も無かりけれ南無阿弥陀佛なみあみだぶつ」と歌えば「出来た」と許されたという一遍語録にある歌です。
 仏と我が個々に独立した歌は、前の歌で我も仏も一体となって唱えるのが後の歌とされています。仏も我もでは無く我其のものが仏となり一心不乱に無心となる事を示唆しているものです。この歌心を古伝神傳流秘書は居合心のあるべき心としているのです。
 神も仏も日常の生活からいつの間にか、遠のいてしまった様な現代社会においても、様々な場面で学び修行した事が自然に行われるには、頭で考えてから行動するとか、習い覚えた事だけで、頭が一杯になって場に不都合なのに無理やり対処するのでは解決できるわけはありません、どの様な場面でも閃くなかで自然に応じられる修業が求められるのでしょう。
 

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2020年1月23日 (木)

道歌2古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌2の26鞠を蹴る6兎に角に

道歌
2、古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌
2の26鞠を蹴る
6兎に角に

敵色々と有りて我を騙すとも油断する事勿れ、例えば鞠を蹴るに同じ我が鞠と人の鞠との色をよく見る事也。

兎二角二言ふへき様ハなかりけり
       九重の堂の上のあし志ろ
読み
「兎に角に言うべき様はなかりけり九重の堂の上のあししろ」兎に角言うべきさま(よう)ではない、九重の堂(塔)の上の足代。
 あれやこれやと言うものでは無いでしょう、九重の塔の上に掛かっている工事用の足場ですよ。直訳しましたが、足場は建築が終われば最終的には取り払われるものです。九重の塔の良し悪しをあれこれ言うものではないのです。
 相手は足場を掛ける様にして攻め口を見せて来り、隙を見せてきたりするのですが、本当にやろうとすることは、その奥にある相手の本心でしょう、それを騙されずに読み取るものですよ。

 この歌心を、大江居合の正座之部一本目前で演じるにはどのように、一本目の前を想定するでしょう。
 古伝神傳流秘書の大森流居合之事の一本目初発刀:
「右足を踏み出し向へ抜付け打込み扨血震し立時足を前に踏み揃え右足を引て納る也」

 谷村亀之丞自雄による英信流目録の大森流居合之位一本目初発刀:
「平常の如く坐し居る也右の足を一足ふみ出し抜付打込亦左の足を出し右に揃え血ぶるいをして納むる也血ぶるいの時立也右足を引納る也」

 剣道手ほどきより大江居合の大森流居合一番目前:
「我体を正面に向け正座す、右足を出しつつ刀を抜付け前の敵首を切り更に上段になり同体にて前面の頭上を真直に切り、血拭い刀を納む」

 居合読本より中山博道居合の大森流居合1、初発刀:
「(意義)互に四尺位離れて対座せる時、急に敵の目の附近を横薙に切り付け、相抜きの場合は敵の抜つけし拳に切り込む、倒るる所を直ちに上段より斬る業である。(動作)徐かに両足尖を爪立てつつ左手拇指にて鯉口を切り僅かに外方に傾け右手を以て鍔より五分離して握る。次に右足踵が左膝頭附近に来る如く踏み著来ると同時に刀を抜く、・・・略す」

 河野居合は無雙直傳英信流居合術全より正座之部一本目前:
「正面に正座し十分気の充ちたる時、左手を鯉口に取り拇指にて鯉口おば切る、右手の全指を延したる儘柄に掛けて握り、柄を少し中央に寄せる様にし腰を左にひねりて刀を抜きつつ両足先を爪立て、膝を延び切るや右足を前に踏み出すと同時に刀を抜き払い、・・。略す」

 河野居合の10年後は大日本居合道図譜の正座の部一本目前:
「(意義)正面に対座する敵の害意を察知するや機先を制して其の抜刀せんとする腕より顔面にかけ斬付けんとす・・以下略」

 政岡居合は無雙直傳英信流居合兵法地之巻大森流一本目正面(初発刀):
「(目的)正座して対座せる敵の殺意を感じたので、先んじて「こめかみ」目がけて一文字に抜きつけ、真甲から切り下す動作・・略す」

 相手の心を読めと云うのですが、現代居合の教本は、河野先生の大日本居合道図譜以降は相手の殺意を察して一方的に横一線に相手の腕なり顔面に抜き付けています。然しこれでは害意也殺意であって、相手はまだ何も起していないかもしれません。相手の力量が上であれば、殺意がある如き素振りを、目や肩などに「ふっ」と見せれば我は「ここぞと」柄に手を掛けてしまいそうです。相手は我が動作をゆっくり見ながら、柄頭で相手の中心線を攻めるそぶりの瞬間、我に一瞬で抜き付けて来る筈です。むしろ読まれてしまうものです。ひどいのは、我が「十分気の充ちたる時、左手を鯉口に取り」などであれば、笑いながら斬られてしまうでしょう。

 形(かたち)の稽古ばかりに終始していたのでは、古伝の伝承者には程遠い者と云えるかもしれません。神傳流秘書の構成は、初めに抜刀心持引き歌で居合の何たるかをズバリと教えて来ます。次に業技法、所謂居合の形を見せ、それを十分一人で形通りに抜けるようになったところで、武術的素養を仕組みと称する組太刀で習わせ、無刀に至る体裁きを身に付けさせる構成になっています。補足は寧ろこれが奥義と云える極意を伝えて来ます。従って、抜刀心持引歌は初心の者は当然のことながら、には棒振りの順番を習っただけですから、歌の詠まれている意味は読み取っても、其の居合心に至れるかは稽古の仕方を考えて自得する以外に無さそうです。 
 

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2020年1月22日 (水)

道歌2古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌2の25鞠を蹴る5引きよせて

道歌
2、古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌
2の25鞠を蹴る
5引きよせて

敵色々と有りて我を騙すとも油断する事勿れ例えば鞠を蹴るに同じ我が鞠と人の鞠との色を良く見る事也

引よせて結へば柴の庵尓て
     解れハ本の野原なりけり

読み
「引き寄せて結べば柴の庵にて解ければ元の野原なりけり」引き寄せて束を結べば柴の庵になるのだが、解けてしまえば元の野原ですよ。人の縁も結ばれている時は家族であったり親子で会ったりしますが、縁が解けてしまえば元の野原同前になるものです、縁とはそのようなものです。と歌っています。
 夫婦であれ、どちらかが亡くなってしまえば己一人となってしまいます。頼るべきものもないものです、無心になって相手の心を読み取って我が身一つで応じるばかりです。歌心はこんな風に聞こえて来ます。親子夫婦であれば、その思いは亡くなっても強く思い出されますし、こんな時はあんな風に考えてこうするだろうと想像もされるでしょう。然し一時の集まりでの事ではそうもいかないもので、よほど心に残る事も無ければ、柴の庵かも知れません。
 とやかくして守りを固めて見たとしても、相手の仕掛けで守りが解けてしまえば無に帰すばかりですよ、無心になって相手の仕掛けに自然に応じたらいかが、と聞こえてきます。
 

 

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2020年1月21日 (火)

道歌2古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌2の24鞠を蹴る4打解けて

道歌
2、古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌
2の24鞠を蹴る
4打解けて

敵色々と有りて我を騙すとも油断する事勿れ例えば鞠を蹴るに同じ我が鞠と人の鞠との色をよく見る事也

打解けてねるが中なる心古そ
      誠の我を顕はしにけり

読み
「打ち解けて寝るが仲なる心こそ誠の我をあらわしにけり」打ち解けて心を許し合って寝る様な仲になって初めて本当の自分を見せる事が出来るものだ。

 この歌の上の句の意味を、男女の仲ととらえて寝る様な仲とするのでは、艶めかしい気がして「はてな?」ですが、それも誠の心をあらわす仲の事でもあるでしょう。比喩としては解りやすいが、違う方向に気が行ってしまいそうです。
 此処では、敵、味方の区別なく心を無心にして立合うことが出来れば、誠の我を晒す事も出来て相手の心も読めて来る。と歌うのでしょう、前書きの「我が鞠と人の鞠との色をよく見る事」とは相手の「誠の心の色を読め」という事でしょう。
 それには、この居合の心持ちとして「我が身を先ず土壇と為して後、自然に勝有り」とあります、その居合心持肝要之大事で「敵と立合い兎やせん角やせんと企む事甚だ嫌う。況や敵を見こなし、彼が角打出すべし其の所を此の如く勝たんなど巧む事甚だ悪しゝ、先ず我が身を敵の土壇と極め、何心なく出べし。敵打出す所にてチラリと気写りて(移りて 原本)勝事也。常の稽古にも思い案じ企む事を嫌う。能々此の念を去り修行する事肝要中の肝要也」
 此処でも、沢庵の云う「事理を極め無心になる」思想が垣間見られます。順番通りの形稽古に明け暮れていても上手な武的演舞は出来ても武術にはなりそうにも有りません。
 術理を極め、業技法に精通し、状況に応じて自然に技が繰り出されるには、無心にならざるを得ないでしょう。日常の生活の中にも大なり小なり自然に行われている事でもありますが、武術と構えてしまうと、情けないほど未熟です。

 

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2020年1月20日 (月)

道歌2古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌2の23鞠を蹴る3吹けば鳴る

道歌
2、古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌
2の23鞠を蹴る
3吹けば鳴る

敵色々と有りて我を騙すとも油断する事勿れ例へば鞠を蹴るに同じ我が鞠と人の鞠との色をよく見る事也

吹けば鳴る鳴かねば鳴らぬ笛竹の
     聲の主とハ何を言うふらん

読み
「吹けば鳴る鳴かねば鳴らぬ笛竹の声の主とは何をいうらん」
「吹けば鳴る鳴かねば鳴らぬ」では意味が通じません。此処は木村栄寿本に依る「吹けば鳴る吹かねば鳴らぬ」が正しそうです。吹けば鳴り吹かなければ鳴らない竹笛の当たり前の事ですが、その鳴った時の音聲の主は何を言うのであろうか。こちらが仕掛けなければ応じて来ない相手、或いは相手の仕掛けに応じる我のその主は何だと問われている様です。
 主は笛竹です、剣術試合では主は我其のものです。相手から見れば相手そのものです。仕掛けるのは相手の心が為せるもの、無心な相手を動かすには「誘い」でしょう。然し相手を知らなければ相手の誘いに乗せられて我は騙され斬られてしまう。
 この様に、解釈して見たのですが、今の力量では此処までが精一杯です。修行を積みこの歌を理解出来る時が来るのでしょうか。林六太夫守政が江戸からもたらした「無雙神傳英信流居合兵法」は、此処まで奥深く示唆されているとは、現代居合の指導者は何処まで理解出来ているのでしょう。
 他の武術でも、相手は初心者か我が門弟に過ぎず、勝って見てもそれは、架空の亊、全く知らなかった相手に我が術はかかるのでしょうか。得意げに指導者として形を演ずるだけでは、事理の両輪は遠いものです。

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2020年1月19日 (日)

道歌2古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌2の22鞠を蹴る2本来の事

道歌
2、古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌
2の22鞠を蹴る
2本来の事

敵色々と有りて我を騙すとも油断する事勿れ、例えば鞠を蹴るに同じ、我が鞠と人の鞠との色をよく見る事也

本来の事より出て亊二入り
      あわれ知らばや事のふかさハ

読み
「本来の事より出でて事に入り哀れ知らばや事の深さを」。本来の事はこの様にするものと覚えてはみたが、それだけでは本来の事を果たす事さえできないと知って事の深さに気が付いて、何も知らなかったと嘆いています。
「 本来の事」の「事」とは何かの解説がありません。「亊」は「わざ」とも読まれます。恐らく口伝が有ったとも思われるのですが、沢庵が柳生但馬守に与えた不動智神妙録に「理の修行 事の修行と申す事の候」の一節が有ります。「亊の修行を不仕候らえば 道理ばかり胸に有りて 身も手も不働候」とあって、「理を知りても事の自由に働かねばならず候 身に持つ太刀の取りまわし能く候ても 理の極り候所の暗く候ては 相成間敷く候 事理の二つは車の輪の如くなるべく候」と結ばれています。
 理とは「唯一心の捨てようにて候」ですから「とらわれない心」と言う事になります。
 「本来の亊」は「亊」は「わざ」、剣術の業と捉えれば良いのでしょう。沢庵や柳生但馬守の時代は寛永の頃(1624年~1643年)徳川三代将軍家光の頃です。従って事は業と読んで見れば、歌の意味が見えて来る様です。
 本来習い覚えた業の形より始まり、更にその形の変化を相手が打ち出せば元の業も変えざるを得ません、次々に相手の打出す業の変化に手も足も出ないものです。免許皆伝は教えた事が出来ただけで得られたもの、そこから始まる奥深さに唖然とさせられるものなのです。
 然し「本来の亊」は恐らく大森流居合之事や英信流居合之事の一本目初発刀、及び横雲の亊(業)を意味するでしょう。そこから始まり更に事(業)が複雑に深まっても「本来の事」で身に付けた事が基となると云うのでしょう。
 「形だから習った通り打て」とばかりに一つ覚え、挙句は脚の幅から歩数迄整えて見ても何も意味するものは得られそうも有りません。
 亊(業)と理は人それぞれの得て不得手や、癖、或いは哲学に及ぶでしょう。その奥深さもそれぞれです。何が打ち出されるかは己を無にして応じられる迄修行するものなのでしょう。
 
 

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2020年1月18日 (土)

道歌2古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌2の21鞠を蹴る1鞠と思いて

道歌
2、古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌
2の21鞠を蹴る
1鞠と思いて

敵色々と有りて我をたますとも油断する事勿れ例へハ鞠を蹴る二同之我が鞠と人の鞠との色を見る事也

敵をたゞ鞠と思いて皆人の
     つめひらきせバいかににがさん

読み
敵色々と有りて我を騙すとも、油断する事なかれ、例えば鞠を蹴るに同じ、我が鞠と人の鞠との色を見る事也

敵をたゞ鞠と思いて皆人の詰め開きせば如何に逃がさん

 抜刀心持引歌の最終章は、敵には色々の人が居て、我を騙す者も居るが油断する事が無いようにしなさい。例えば鞠を蹴るに同じと思い我が鞠と人の鞠との色合いを見る事なのだ。と前置きして歌が8首並んでいます。前段は色んな人が居るけれど騙されるなと言う事ですが、後半は人の鞠と我が鞠を見分けろと云うのですが、なぞなぞの様です。
 1首ずつ解きほぐしながら前書きを紐解いてみます。
 その1首目が、敵を単なる鞠と思って皆で、詰めたり開いたりしていれば、如何にしても逃げられてしまうよ。と歌っています。鞠には心が無いのですから、鞠の思いで動くわけは有りません。相手は人です如何にこの場を有利にしようかと考え行動するのですから、その思いを察して応じるものでしょう。
 其の色を察するのは、相手をよく理解する事で、相手が我ならば如何にするかだけでは読み切れません。そこには、我が騙される意図せざる行動もあるものでしょう。

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2020年1月17日 (金)

道歌2古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌2の20瀧落

道歌
2、古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌
2の20瀧落

瀧津瀬の崩るゝ事の深けれバ
     前に立添ふ者もなき哉

読み
「瀧津瀬の崩るゝ事の深ければ前に立ち添う者もなきかな」
 瀧のような急流が深い瀧坪なっていれば、その前に立ちはだかる者も居ないだろう。直訳すればこんなところかとも思えるのですが、ズキンと胸に響いてきません。

 瀧落の古伝神傳流秘書の手附
「刀の鞘と共に左の足を一拍子に出して抜て後を突きすぐに右の足を踏込み打込み開き納る、此事は後ろよりこじりを押っ取りたる処也故に抜時こじりを以て當心持有」


 座している処、後から鐺を取られたので、立ち上りながら左足を退き、鐺を上にあげ、左足を右足の前に踏込み出し柄を右胸に引き付け相手の鐺をつかむ手をふりもぐ。
 右足を一歩踏み出して柄を下げ後方の相手を鐺で打ち付けて刀を前方に抜き出し、その足踏みのまま左廻りに後ろに振り向くや相手を刺突する、右足を踏み込み上段から斬り下し、刀を右に開き納刀。
 古伝の手附から想像しながら演じるとこんなところでしょう。
「俺の教わったのと違う」って吠えてもそれ以上は書いてありません。

 大江居合の瀧落「後を向き、徐ろに立ちて左足を後へ一歩引き鞘を握りたる左手を其の儘膝下真直に下げ鐺を上げ後方を顧み、右手を膝上に置き同体にて左足を出し、右手を柄に掛け胸に当て右足を前に進むと同時に抜き、刀峯を胸部に当て、同体の儘ひだりへ転旋して、体を後向け左足を前となし、その体の侭胸に当てたる刀を右手を伸ばし刀は刃を右横に平として突き左足を出しつつ上段に取り、左膝を着き座しつつ頭上を斬る、血拭い刀を納む」

 中山博道居合の瀧落の意義「敵が我が鐺を握ろうとするのを、之を避けて立ち上がったが、尚ほ追い迫るを以て再び之を避け、遂に抜刀して振り向きつつ敵を突き刺し、尚ほ追撃する業である」
 鐺を取られたのではないそうですが、これでは長谷川英信流居合とは違ってしまうのですが、それは我慢しても、後方の相手が鐺を取ろうとする素振りを前を向いたままよくできるものです。修行が足りないと笑われそうです。

 瀧落の歌として、「瀧津瀬」は瀧のような急流で、水は川底を滑り落ちて来るのです。この業は手附の動作を演じると技が一つずつぶつぶつ切れそうで、一拍置いて次の動作に移ったのでは間抜けな隙だらけになってしまいます。滑らかな上に緩急を織り交ぜるもので、まさに瀧津瀬を滑り落ちる水の雰囲気が欲しいものです。
 瀧落をイメージし過ぎてなのか術理としてどうなのか、檀崎先生や山蔦先生の夢想神傳流の瀧落の後方刺突の動作が「・・引手をきかせて上から落すように敵の胸部に刺突し・・」の文言が気にかかります。

 歌の下の句「前に立ち添う者もなき哉」は上の句の「崩るゝ事の深ければ」を受けているのでしょうが、瀧のような急流から緩い川底に至れば瀧坪も出来ます。急流のように緩急織り交ぜてスルスルと敵手を外し、抜刀しながら相手を一打ちし後方に振り向けば、相手はそこに無防備に立って居るばかりです、右手を相手に差し込めば刺突は容易です。こんな瀧落しのイメージが浮かんできます。 

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2020年1月16日 (木)

道歌2古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌2の19鱗返・浪返

道歌
2、古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌
2の19鱗返・浪返

 鱗返:瀧津浪瀬上る鯉の鱗は
        水せき上て落る事なし
 浪返:あかし波瀬戸越波の上にこそ
        岩尾も岸もたまるものかわ
(参考 下村先生の本には「波返」、「鱗返」と有り従て(此歌は前後ならんかと自雄▢)との特に註あり。・曽田メモ)

 読み
「瀧津波、瀬上る恋の鱗は、水堰き止めて落ちることなし」滝や瀬を登る鯉は 水をせき止める様にしながら上って行くよ。
「明石波瀬戸越す波の上にこそ岩尾も岸も堪るものかわ」明石の海峡を行く波は岩も岸も乗り越えてしまう。

 古伝神傳流秘書英信流居合之事
 鱗返:左脇へ廻り抜付打込ミ開き納る(秘書には岩波と同じ事を記しあり口伝口授のとき写し違へたるならん 曽田メモ

 波返:鱗返二同し後へ抜付打込ミ開き納る後へ廻ると脇へ廻ると計相違也

 どちらの歌も、相手を圧して制する迫力ある強さを示しています。
 我が左側にこちらを向いて坐す相手の機先を制する抜刀は相手が見えているだけに、気の違い以外に相手を制する事は出来そうにも有りません。
 後に座す相手に対するものも同様ですが、相手の気を察するや、静かに左向きになり、そこから怒涛の如く攻め込んでいく気勢が必要でしょう。

 

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2020年1月15日 (水)

道歌2古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌2の18岩波

道歌
2、古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌
2の18岩波

行舟のかぢ取り直春間もなきは
       岩尾の浪の強く當れバ

 読みは「行く舟の舵取り直す間も無きは岩尾の浪の強く当たれば」
 手漕ぎの小舟は、海面近くに出ている岩に当たる波に翻弄されて舵を取り直す暇もない。と歌っています。
 海面に出た岩に波が当たれば、たちまち押し返され、次に来る波と挟み撃ちになって、高く跳ねあがるのもあって、見ている分には楽しいものです。
 静かな海面でもうねりが少しでもあれば、海底に岩や、断層などが有れば波だって来ます。サーファーが好んで行く海岸はそんな処なのです。
 この歌も英信流の岩浪の業名称の岩と波の文字がある歌として作られたのか、昔からあったのか解りませんが岩浪の業の雰囲気が頭の中に浮かんで来るから面白い。

 古伝神傳流秘書の英信流居合之事岩浪:左へ振り向き左の足を引刀を抜左の手切先へ添へ右の膝の外より突膝の内に引後山下風の業に同。

 河野居合の岩浪の意義:我が左側の敵が我が柄を制せんとするを、其機先を制して胸部を刺突して勝の意なり。

 中山博道の長谷川英信流居合岩浪の意義:我が左側に接近して坐せる敵の季動部を刺突し直ちに敵を引き倒して後、斬る業である。

 右に座せる相手への対応は「颪」、左敵への対応は「岩浪」で左右の違いばかりの事ですが、颪は相手を打突して抜き付ける、岩浪は相手の伸ばして来る手を摺り切る動作で退かせておいて、その隙に振り向き抜刀して刺突する。
 颪と同様の動作を以て左からくる相手を制する事も可能です。岩浪はややこしい運剣動作を要求して居るようですけれど、抜刀して右に向きを変える動作と、刺突が独特なのです。 
 歌心を読み取って見れば、我が左側に座す相手が、我が柄を制しようと、右に向き直り身を乗り出して我が柄を掴もうとする、その機先を制して刀を前に抜き出し、牽制し、相手が引かんとすると同時に、我は左向きに転じ刺突する、その相手が向きを変える間もなく、我は向きを変えて刺突する、とでも読めば良いのでしょう。

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2020年1月14日 (火)

道歌2古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌2の17山下風

道歌
2、古伝神傳流秘書より抜刀心持之事
2の17山下風

 高根より吹下す風の強けれバ
      麓の木々ハ雪もたまら春


読み「高峰より吹き下ろす風の強ければ麓の木々は雪もたまらず」高峰から吹き降ろして来る風が強ければ、ふもとの木々には雪も積もる事はない。所謂、山颪、颪を歌った歌でしょう。

 古伝神傳流秘書英信流居合之事5本目「山下風」
 右へ振り向き右の足と右の手を一所尓て打倒し抜付後同前但足は右足也 浮雲と足は相違也

 歌心より古伝の「山下風」の手附の動作が読み取れません。
 「右へ振り向き」ですから、相手は我が右に座すのでしょう。相手が仕掛けて来たのか、我から仕掛けて行くのか、手附は語らずですから「右へ振り向き右の足と右の手を一所にて打ち倒し」ではどうする。河野居合では相手の害意を察して機先を制するのですが、相手が抜刀して斬ろうと柄に手を掛けるなら、相手の仕掛けです。話の合間に相手から殺意を感じて動作をするならば我からの仕掛けです。

 河野居合から「颪」の意義:我が柄を取らんとするを我れ柄頭を敵の顔面に当てる、敵退かんとするを直に其胸部に斬込み右に引き倒して上段より胴を斬下して勝つ」(大日本居合道図譜より)

 中山博道の長谷川英信流居合山下風の意義:右側面に坐せる敵が抜刀せんとするを取り敢えず刀柄を以て其の手瀬を強打しヒルム所を抜刀して斬りつけ、其の殪(たお)るゝを再び正面より胴部に向ひ切り下す業である。居合読本より。

 細川義昌居合と思われる広島の梅本三男「居合兵法無雙神伝抜刀術」の英信流表之部山下風:(右側に座して居る者を斬る)正面より左向き居合膝に座し、例に依り左手を鯉口に執り腰を伸ばしつつ右膝を立て、体を右へ廻し正面へ向くなり右足を引付けると同時に柄を右胸部へ引上げ右手を柄に逆手に掛け右足を踏出すと共に鍔にて対手の左横顔を打ち、直右足を引寄せる。同時に鯉口を腹部へ引付け刀を右真横へ引抜き(切先き放れ際に)左膝を左へ捻り正面より左向きとなり、対手の胸部へ(切先き上りに手元下りに)斜に抜付け、更に体を右へ捻り戻しつつ・・。」

 大江居合の颪:左向き腰を浮めて右斜めに向き、柄止め、直に左へ足を摺り込み、其踵へ臀部を乗せ右斜向体となり、斜刀にて筋変へに打ち其形状にて左手は刀峯を押へ・・。剣道手ほどきより。

 明治以降の動作は既に古伝から飛躍し始めて居ますから、その様な教えが伝承されていた、と信じて、それも有りとするのがおおらかでいいでしょう。相手が我が柄を取りに来る、相手が抜刀しようと柄に手を掛ける。何れもありでそれに応じる業としておきます。

 歌心は、相手が我が柄を取りに来るので、それを左に外し、即座に柄にて相手顔面を強打する、或いは相手抜刀せんとするを、即座に其の柄手を我が鍔で強打する、更に我は抜刀して相手に斬り付ける。この一連の動作は、静から動へ一気に吹き降ろす山風の如き激しさを求めたのでしょう。是では打たれ斬り込まれたものは堪らず成すがままに引き倒され胴を切られる。歌心を描きながらこの業を演じるとすれば、相手の手を外して打ち突く動作は一拍子で、打ち突や抜刀して斬り付け、引き倒すもので、一連の動作は素早いもので間を開けないとも思えるものです。

 
 

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2020年1月13日 (月)

道歌2古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌2の16浮雲

道歌
2、古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌
2の16浮雲

麓より吹上られし浮雲ハ
     四方の高根を立つゝむなり

 読み「麓より吹き上げられし浮雲は四方の高峰を立ち包むなり」山の麓から吹き上げられてくる浮雲に依って、四方の山々は包まれていく。

 古伝神傳流秘書英信流居合之事4本目浮雲
 「右へ振り向き足を踏みもぢ彳腰をひねり抜付左の手を添へて敵を突倒春心尓て右の足上拍子に刀を春ねへ引切先を後へはね扨上へ冠り膝の外へ打込ミ後同前、又刀を引て切先を後へはね春して取って打込事も有」

 大江居合では我の右側に二人が同列上に並び、その一人置いた二人目の敵が我が刀の柄を取りに来る想定とされています。古伝はその様な事は言って居ません。大江先生の師匠下村茂市の弟子でもあった細川義昌に指導された植田平太郎系統の広島の『居合兵法無雙神伝抜刀術」では「右側に座して居る者を斬る」であって、敵が横並びで二人とも、その二人目の敵とも言って居ませんが、「右側に座して居る者を斬る」ですから、敵二人とも一人とも取れるかもしれません。然し明らかに敵二人で一人置いた二人目にすべき運剣動作は細川居合も大江居合にも見られません。
 
 
 浮雲の歌心は、右側の相手が我が柄を取りに来るのを察して、我は「左向き静かに立ち、中腰となりて左足を後へ少し引き、刀を左手にて左横に開き、・・大江居合」この部分の立ち上がる姿に、麓より吹上られてくる浮雲を連想したのでしょう。浮雲の業を修得した者が謡ったというよりも、既に、誰かが詠んだ歌を持って来たような気もします。浮雲の運剣動作は敵手を外した後に怒涛の如く斬り込んで、引き倒すすさまじい業と認識していますので、違和感を覚えてしまいます。

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2020年1月12日 (日)

道歌2古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌2の15稲妻

道歌
2、古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌
2の15稲妻

諸共二光と知れと稲妻の
    跡なる雷の響知られす

 読みは、「諸共に光と知れと稲妻の後なる雷の響き知られず」。
 お互いに、稲妻の閃光を知り得ても、その後に来る雷鳴を知り得るだろうか。と直訳して見ました。

 この歌は英信流居合之事の3本目稲妻、大江居合では立膝の部3本目稲妻でしょう。
 古伝神傳流秘書の英信流居合之事3本目稲妻
 左足を引き敵の切て懸る拳を払ふて打込ミ後同前
 英信流は相手の斬り込みを、立膝に座した状態で腰を上げ、左足を引くと同時に抜刀して相手の小手に斬り込み、上段に振り冠って真向に打込み、刀を右に開き、右足を退きつつ納刀する。
 其の歌心は、諸共とは相手と我でしょう。相手は上段から真向に打ち下ろさんとする、その刀尖の光も相手の拳に抜き付ける我が刀の閃きをも互に知り得ても、雷鳴を聞くことは(相手は)出来ないだろう。雷鳴とは相手の崩折れる事を意味しているのでしょう。

 

 

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2020年1月11日 (土)

道歌2古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌2の14虎一足

道歌
2、古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌
2の14虎一足

虎一足

猛き虎の千里の歩み遠からず
     行より帰る足引

「猛き虎の千里の歩み遠からず行より帰る足引き」。猛き虎は千里の道のりもものともせずに行くのだが、引き足の速さには驚かされる。剣術の鉄則の一つにゆっくりとした歩み足で前に進み、間を外して下がる時は速やかに退く事を聞かされています。
 この歌は、大江居合の無雙直傳英信流の立膝の部二本目虎一足、古伝神傳流秘書の英信流居合之事の二本目虎一足の業歌の様ですから古伝の虎一足の業手附を紐解いて、「敵太刀打かたき我に切て懸るに早く抜き合せんとすれば必ず負ける事有 能く工夫有るべし」との関係を考えてみます。
 
 古伝神傳流秘書英神流居合之事虎一足「左足を引き刀を逆に抜て留め扨打込み後前に同じ

 現代の大江居合では「正面に座す、静かに立ちながら左足を引きて刀を抜付くと同時に膝を圍う、此の圍は体を左向き中腰となり、横構にて受止める事、此体形にて刀を上段に冠り正面に向き座しながら斬り下すなり」

 後の大江居合の穂岐山先生指導による河野居合では「正面に対座する敵が我が右足の方向より斬付け来るを之に応じ其の退かんとするに乗じて上段より斬下して勝つの意なり。
 中腰になり乍ら抜きかける。右足(左足の誤植)を一歩後方に退き腰を捻るや抜付けて刀棟を以て敵刀を反撃す。左足をつきつつ右手を頭上に把り剣先を下げたるまま運びて上段にならんとす。註 諸手上段となりつつ右足に左膝を進め真向に斬り下し血振り納刀する事一本目に同じ。

 細川居合では「正面に向い居合膝に座し、例により鯉口を切り、右手を柄に掛けるなり立ち上がり、左足を一歩後へ退く、同時に刀を引抜き(刀尖放れ際に)左腰を左後へ捻り、体が左向きとなるなり(対手が向脛へ薙付け来る)差表の鎬にて強く張受に受止め、左膝を右足横へ跪きつつ諸手上段に引き冠り、更に右足踏込んで斬込み、刀を開き納め終る」細川居合は香川の剣道家植田平太郎の教えに依るもので尾形郷一貫心による梅本三男先生に伝授されたものです。

 この、虎一足の業手附けと、「早く抜き合せんとすれば必ず負ける」の歌心は、河野居合の「中腰になり乍ら抜きかける」に表されています。更に虎一足の下の句の「行より早く帰る足引き」は斬り込んで来る相手の太刀を張り受けに受ける細川居合に「左足を一歩退く退き同時刀を引抜(尖放れ際に)・・以下の手附に引き足と張り受け」のポイントを示しています。
 相手太刀を受け留めれば相手は反撃しようと前に攻めるか、後に引くかですが、その動きを張り受けた刀を以て圧するように、ぐいと攻め込み左膝を右足踵に引き付け乍上段に振り冠り、相手が引く処を、更に右足を踏み込んで切り下す。気の位勝とも云えるところでしょう。ここの心持ちは、この歌の上の句に於ける虎を思わせる処なのかとも思えます。
 
  

 

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2020年1月10日 (金)

道歌2古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌2の13横雲

道歌
2、古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌
2の13横雲

横雲

深山には嵐吹くらし三吉野の
     花か霞か横雲の空

 この歌は抜刀心持引歌のそれぞれにあった前書きが有りません。
 前回の「敵太刀打かたき我に切て懸るにはやく抜合せむとすれば必ず負事有能く工夫有るべし。 歌に、 居合をば知ったふりしてつかるゝな居合の道を深く問うべし。 身の曲尺の位を深く習ふへし留めねど留る事ぞふしぎや」の次の行に突然書き込まれています。
 この、心得を歌に託したと云うのが横雲・虎一足・稲妻・浮雲・山下風・岩波・鱗返・浪返・瀧落の9首の歌が続きます。歌の題は英信流居合之事は10本ですから此処に無いのは現代の大江居合では「真向」所謂「抜打」の歌が無いだけです。歌の順番と業の順番では7首目と8首目の順番が入れ替わっています。
 前回の「敵太刀打かたき我に切て懸るにはやく抜合せむとすれば必ず負亊有能く工夫有るべし」の教えを念頭に置いて、それに英信流居合之事の業手附を合わせて解読してみます。
 その前に、古伝神傳流秘書の英信流居合之事の前書きに「是は重信翁より段々相伝の居合、然るものを最初にすべき筈なれども先ず大森流は初心の者、覚え易き故に是を先にすると言えり」とあります。
 現代居合では大江先生の改変で「立膝の部」となっていますので「英信流」と云うと長谷川英信の改変した居合と思ってしまうのですが、英信流は重信流が伝承されて来たものなのでしょう。
 古伝神傳流秘書の「居合兵法伝来」という道統が始祖林崎神助(甚助の誤認)より書かれている後付けに「目録には無雙神傳英信流居合兵法とあり、是は本重信流と言うべき筈なれども長谷川氏は後の達人なる故之も称して英信流とあげられたる由なり」とあります、従って英信流は重信流が元になって伝承されたと、第9代林六太夫守政は述べています。長谷川英信が改変したので英信流というのでは無さそうです。

 英信流居合之事一本目横雲「右足を向へ踏み出し抜付け打込み開き足を引きて先に座したる通りにして納る」
 これだけですから、英信流を知らない人には何が何だか分からない手附です。簡単に一本目を手付け通りに演じれば、右足を前に踏み出し正面に座す相手に、横一線に抜き付け、上段に振り冠り真向に斬り下し、刀を右横に開き、右足を左足に引き付けつつ納刀、本の座した姿勢となる。というものです。
 この歌が「深山には嵐吹くらし三吉野の花か霞か横雲の空」三吉野の奥山では春嵐が吹いているのだろうか、山の端にサクラが散ってなのか春霞なのか横雲が掛かった様に見える。桜の季節の心地よい長閑な風景を詠んでいます。横雲という横にたなびくように見える雲の語句を業名と合わせてみたというだけかもしれません。英信流の歌は総て業名に由来するので、歌心が居合の業と会うかは疑問ですが、違和感があっても合わせて見ます。
 武的歌心を、無理やり思い描くならば、相手の気を察し、圧して来るに乗じて、横一線に抜き付けろ。とでも解釈すればいいのでしょう。

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2020年1月 9日 (木)

道歌2古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌2の12身の曲尺

道歌
2、古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌
2の12身の曲尺

敵太刀打かたき我二切て懸る二はやく抜合せむと春れハ必す負事有能く工夫有へし 歌に

居合をば知ったふりしてつかるゝな
      居合の道を深く問ふへし

身の曲金の位を深く習ふへし
      留めねど留る事ぞふしぎや

「敵太刀うちかたぎ我に切って懸るに早く抜き合わせんとすれば必ず負ける事有り能く工夫有るべし」。敵は太刀をうち担ぎ我に切って懸るのに、早く抜き合わせ様とすれば、必ず負ける事有、能く工夫有るべし 歌に
 敵が太刀を上段に振りかぶって、我に切って懸る場合に、早く抜き合わせて請け太刀になろうとすれば必ず負ける事である、と云い切っています。
「抜合せむ」ですから、打ち込まれるのを抜き請けに請けようとすると解釈して見ました。竹刀剣道や木刀での太刀打などでは安易に打ち合わせて居ますが、真剣勝負では好ましいと云えません。間を外すとかの工夫は居合の稽古業にもあるもので心すべきものでしょう。

 「居合をば知ったふりして突かるゝな居合の道を深く問うべし」この句の難問は「つかるゝな」の処かも知れません。相手が青眼に構えて間境に達する時、来るなら来いとばかりに、居合抜きで倒そうなどと思う事は、相手に「突かれ」てしまうよ、居合の道を深く考えて見なさい。という解釈も有るでしょう。「つかるゝ」は「疲弊する」とも読めます。
 勝負の戒めでは無く、居合の事を、少し習った程度で知った振りして得意になっていると、ひどいめにあう、居合の道はそんな程度のものではないのだから、十分この道を会得できるようにするべきです。この様な解釈の方がすっきりします。
 竹刀剣道や格闘技などをやって来た者が、居合を習い数年で出来たつもりで得々として論じているのを見ていますと、先ず嫌われて相手にされなくなって演武会などにも呼んでもらえなくなったりしています。
  習い覚えた事は自分の中にしっかりしまって置く、其の上で新しい流派の業を磨く、それから自分の武術を作り上げること。論理性と実技に叶う事でも誹謗中傷するのを何とも思っていないようですから始末に負えません。
 此処では業じゃないよ磨くのはと、読めるでしょう。

 「身の曲尺の位を深く習うべし留めねど留る事ぞ不思議や」この歌は前の歌の解説とも取ることが出来そうです。上段から相手が打ち込んで来ようと接近して来る時、何時何処へ抜き付けるかは「身の曲尺」を間合いと取れば、稽古では相手の太刀が打ち込まれる間合いを如何なる状況でも応じられるように十分習い覚える事。「留めねど留る」は相手の太刀を受けた時は切っている、いや切った時には相手の太刀は筋を外されているとも云えると考えます。
 

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2020年1月 8日 (水)

道歌2古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌2の8義公御歌

道歌
2、古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌
2の8義公御歌

 居合も太刀打も敵と吾と立合といなや是道(危道・・木村栄寿本)なくては勝亊なし 然共上を打たんとして下を打つ様成る事にてなし まつ春く耳行間移行是道(危道)有り此処詞にのへ難し 数月数年の亊(業・・木村栄寿本)修行の功にて合点行へし 能く能く日夜修行有へき亊なり
 義公(義経公・・木村栄寿本)御歌 古歌に

きおひくる敵にさりなくであふな
      あひしらひしてしほをぬかせよ

 「居合も太刀打も敵と吾と立合うといなや是の道(危道)無くては勝事なし」居合も太刀打も立合うや否や危道(普通とは変わった方法)で無くては勝つことはない。然れども上を打たんとして下を打つ様なる事にては無い。真直ぐに行き間を移して行く危道がある。此の處は言葉に述べ難い。数月数年の亊修行の功にて合点行くべし、能々日夜修行有るべき事也 義公御歌 古歌に」
 居合も太刀合も敵と我とが立合う時は、当たり前の事をして居たのでは勝事は出来ない、けれども上を打とうとして下を打つような事ではない。真直ぐに行き間を移しながら行のは危道である。(あるいは、ここは「先ず直に行き、間を変えて行くのも危道である」)この処は言葉では述べ難い。数月数年の事修行の功を積んで自ら合点するものだ。能々日夜修行すべきものである。
義経公の歌 古歌に
 「気負い来る(勢い来る・・木村栄寿本)敵に然り無く(さりなく)出合うな、あいしらいして潮を抜かせよ」気負って来る敵に其のままに出合ってはならない、取りさばくようにして機会を見て抜きなさい。

 嵩にかかって行くのではなく、あしらいながら機を見て抜き付けろと云うのです。現代居合も竹刀剣道も、やたら元気よく相手の事など気にもせずに抜き付け打込むのが良いと思われて居る様で、是では年寄りは若者の強い早いの動作に打ち負けてしまっている様です。教えは理解出来ても実行できる人はまれでしょう。だからこそ修行の意味があるのでしょう。若者にコロコロ負ける様なら飛び道具でも持って居た方がましです。

 

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2020年1月 7日 (火)

道歌2古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌2の11組合の時

道歌
2、古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌
2の11組合の時

組合の時太刀抜様は敵組付とはや我身二付て抜事と知れ 歌に

身に付けて抜習有人ハたゞ
     組付かぬ間二切とこそ聞け

居合とは刀一つに定まらす
     敵の仕懸を留る様有り

「組み合うの時の抜き様は敵組み付くと早や我が身に付けて抜く事と知れ 歌に」相手と古伝神傳流秘書では敵と云わない相手と云うと言っておきながら「敵」が出てきてしまいましたが、歌からの連想と思えば良いのでしょう。
 組み合う時の抜き方は相手が組み付いて来るや否や刀を身に添え刀刃を内側に向け敵の組み付く手を摺り切ればいい、と云います。この業は組太刀の大小詰8本目山影詰に有ります。
 「これは後より相手組を刀を抜き懸其手を切ると一拍子に我も共に後へ倒るゝ也」

「身に付けて抜く習いあり人はただ組み付かぬ間に切れとこそ聞け」身に付けて切る教えを習ったのだが、他所の人は、ただ単に組み付かれぬ前に切るものだと言って居る。理屈はそうで、組み付こうとする気配を感じて応ずるもの、などと、いかにも武的なかっこいい事ですが、まず組み付かれた時の抜刀の仕方をしっかり身に付けるべきでしょう。

 「居合とは刀一つに定まらず敵の仕懸けを留る様有り」居合と云うのは刀で相手を抜き打ちに切り倒すばかりの事ではない、敵の仕懸けて来る業を止める事も学ぶものです。現代居合は刀を抜くばかりの稽古をさせられ、この歌の教えなどとんと聞かされたり、やって見せられる事も無い。古伝神傳流秘書には大小詰、大小立詰の業手附が残されています。それらをマスターして居合、相手と居合う時の武術になるのです。
 その上で、更に決着を求めるのが双方立合っての稽古が組太刀となる場合もあるのです。

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2020年1月 6日 (月)

第25回・26回古伝研究会

土佐の居合 古伝神傳流秘書による古伝研究の集い
第25回・26回古伝研究の集い
 無双直伝英信流、夢想神傳流の古伝神傳流秘書を曽田虎彦先生の直筆本から読み解いて江戸時代中期の居合を研究しています。
 今年は、主として古伝抜刀心持之事(古伝の奥居合)を研究いたします。
 師伝が如何様であろうとも、古伝をご存知の方は少ないものです。ご参加いただいた方が、夫々「我が師」である事をご認識頂き、ご自由な意見を出され共に学ぶ研究会です。俺の指導に従えと云う武道にありがちな事とは異なります。

      記
1、期日
 25回・令和2年1月23日(木)
 15:00~17:00鎌倉体育館

 26回・令和2年2月13日(木)
 15:00~17:00見田記念体育館
    ・令和2年2月27日(木)
 15:00~17:00鎌倉体育館
2、住所
鎌倉体育館
248-0014鎌倉市由比ガ浜2-9-9
TEL0467-24-3553
見田記念体育館
248-0014鎌倉市由比ガ浜2-13-21
TEL0467-24-1415
3、アクセス
 JR横須賀線鎌倉駅東口下車徒歩10分
 (駐車場 鎌倉体育館に有り)
4、費用:会場費等割勘つど 500円
5、参加申込み 直接会場へお越しください
 Email:sekiun@nifty.com
6、研究会名:無雙神傳英信流居合兵法
  湘南居合道研修会 鎌倉道場
7、御案内責任者:ミツヒラこと松原昭夫

  令和2年1月6日 松原 記

 

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道歌2古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌2の10行違の太刀

道歌
2、古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌
2の10行違の太刀

行違の太刀抜亊古人大事と言へり 工夫有べし 歌に

夏日向冬日の影と歩むへし
     独り行二ハさわる人なし

行違ふ敵の足二目を付希与
     手ハ自ら留るもの也

行き違う時太刀を抜くには古人大事な事があると云えり 工夫有るべし 歌に

「夏は日に向かい冬は日の影と歩むべし 独り行には障る人はいない」。夏は太陽に向かって歩く事、冬は太陽を背にして自分の影と一緒に歩み行けば、障る人はいない。直訳すればこんな所でしょう。夏は太陽は高い所にあるから、お日様に向って歩けば行き違いの際横を通る者の動きが見える。冬はお日様を背中にして自分の影とともに歩けば、後より来る者の動作が影になって見えるので対処しやすい。

「行き違う敵の足に目を付けよ手は自ずから留まるもの也」行き違う時は敵の足に目を付けてすれ違えば、その足捌きに依っては手は自ずから鯉口に掛かるものだ。この様に歌心を読んでみたのですが、果たしてどうでしょう、すれ違う相手の動きが足を見ているだけで読めるのでしょうか。敵の仕掛ける動きは気で感じると云うのは簡単ですが、目で見る訓練もやって見なければ解かりません。
 古伝神傳流秘書抜刀心持之事10本目行違「行違いに左の脇に添えて払い捨て冠って打込也」の業を切られるのが我で稽古して見ます。

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2020年1月 5日 (日)

道歌2古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌2の9抜かば切れ

道歌
2、古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌
2の9抜かば切れ

居合と申は第一に太刀抜かぬ以前に勝亊大事也 歌に

抜は切れ抜すバ切な此刀
     たゝ切る事二大事こそあれ

あまた尓て勝れざりしと聞しかと
     心明剱の太刀を楽しめ


居合と申すのは第一に太刀を抜かぬ以前に勝亊が大事である 歌に

「抜かば切れ抜かずば切るなこの刀ただ切る事に大事こそあれ」この歌は我なのか相手なのか首を捻ってしまいます。この歌の上の句の別な歌い方に「抜かば切れ抜かずば切れよこの刀ただ切る事に大事こそあれ」とあると曽田先生は追記しています。
 
 神傳流秘書の巻末に居合兵法の和歌として田宮平兵衛業政の歌として次の歌が有ります。
「居合とは心を静ずめ抜く刀抜けばやがて勝を取るなり」
「居合とは人に切られず人切らず唯受け止めて平らかに勝」
「居合とは心に勝が居合也人に逆うは非刀としれ」
「居合とは刀一つに定まらず敵の仕掛けを留る用あり」

 これらを読んでいると、居合道歌は矛盾している様に思えるのですが、「抜かば切れ抜かずば切れよ・・」では相手が抜くならば切れ、抜かなくとも切れ・・。となって是は人殺しでしょう。もっとひどいのは、敵と決めつけて、一方的に抜いて切ってしまえ、抜かなくとも切るんだ・・。としたらどうなあるのでしょう。
 下の句の「・・ただ切る事に大事こそあれ」は、切り付けるならば遮二無二切る事、抜き始めて躊躇するなと云うのでしょう。そうでなければ、田宮平兵衛業政の歌が死んでしまいます。
 相手が抜いて来るならば切れ、抜く気配がないなら切るな、居合は抜けば躊躇なく切るものだ、と云うのだろうと私は思います。
 歌の読みはそれでいいかも知れませんが、「居合と申すは第一に刀を抜かぬ以前に勝亊也」の心持ちはもっと考えてみるべきものだろうし、第九代の江戸から持ち込んだこの居合の抜刀心持の解釈にはなり切れません。古伝神傳流秘書の「神妙剣」を思い出すものでしょう。
 
 次の歌は「数多にて勝たれざりしと聞くのであるが、(その時には)心明剱の太刀を楽しめ」です。敵が複数では勝事は難しい、多ければ勝てない、と言われている、その様な状況では「心明剱」の太刀を楽しみなさい。
 戦う事ばかりを思い描く者を戒めている歌で、文字は違いますが「神妙剣」の事だろうと思います、「彼れ怒の色見ゆるときは直に是を知って怒りを抑えしむるの叡智あり、唯気を見て治むる事肝要中の肝要也、是戦に至らしめずして勝を得る也。彼の気を先に知ってすぐに応ずるの道を神妙剱と名付けたるなり」私はこの教えを取りたい。
 業の術理や動作は、先天的な器用さや、武的身体操作の出来ている者は容易に目録位には達せるでしょう。戦わずして勝事は心の修行によるもので、古伝神傳流秘書の随所にその心を教えているのですが、「我と敵」ばかりを描いて演武してしまうのが現実です。「相手と我」という使い方は何を意味するのかでしょう。
 正座の部大森流居合之事も立膝の部英信流居合之事も、我が動作ばかりを稽古させ相手の動作は想定に任せているので初歩の段階での居合抜ばかりを知っている師匠に指導を受けると「相手」は「敵」とイコールになってしまい「相手と我」でもなく、「人と人」ではなくなってしまうかも知れません。
 相手と云い始めるのは「太刀打之事」からです。これは「遣方と相手又は打太刀」、「仕方と打方」、「仕太刀と打太刀」として組太刀の用語となっています。何故「敵と我」とは言わないのでしょう。
 稽古形なので打太刀は上位者で仕太刀は下位の者が指導を受けるからとばかりに思うのも一つですが、術理の稽古形は本来実戦に即応できるもので、演武会の出し物や、居合の間と間合いを覚える程度のレベルのものではない筈です。常に同じメンバーで仕打も決まっている稽古ばかりしている武的演舞好きはそれで良しとしても、仕打の入れ替わりは勿論、相手を変えて稽古しなければ稽古にはならないものです。
 古伝神傳流秘書は「相手」と呼んでいますが、江戸末期の谷村亀之丞自雄の伝書では「敵と我」と変わっています。
 曽田先生による五藤孫兵衛正亮伝来の業附口伝も「敵と我」となってしまっています。
 「敵」という呼び方がイメージさせるものは我を害するものであって、憎むべきものなのでしょう。
 「相手」は我と同じ「人」であって我との違いは人としての哲学の違いや、其の人の守るべき環境をイメージします。第9代林六太夫守政のもたらした居合の根底に流れる武術の思想がうかがえる気がします。

 第7回違師伝交流稽古会は大小詰、大小立詰でした、手附に依って夫々素晴らしい術をお見せいただいたのですが、小手返しなど腕を逆手に固めたり、其の侭投げれば骨折も有り得るもの、業が終了してから斬り倒したり、命を奪う動作を補完されているのを見たり、これ見よがしに複雑な技を演ずるのを見ていて是は違うと感じてしまいました。相手を傷めずに、するりと持ち込める業が出来なければ古伝神傳流秘書の奥義には程遠い者に過ぎないと強く感じたものです。
 
 「心明剱」の文字によるものでは「先ず我が身を敵にうまうまと振るまうて、敵と我と互に打ち下ろす頭にて只我は一途に敵の柄に(柄口六寸に)打込むなり」という極意をも指しています。まさに古流剣術の極意業です。

 また、多勢との戦いでは「敵大勢我一人の時は敵を向へ一面に受くる良し。大勢は向こう両脇より掛かる、我其の時右の敵に合うよしに見せて左の敵に合う、左の敵に掛かる由にて右の敵を打つべし、働く内に我が左の敵に付きて廻すべし。されども敵大勢故前後左右に取り廻さんとす。我其の時は知るべし。敵追って来る事大勢故、一同に来たらず先き立ち来る敵を、或は開きて打つ、或は伏して打つべし、又逃ぐる良き間を考えるべし」と大道之事に書かれています。

 どの様に戦ったらよいのかを教える歌とも取れるし、戦わずして勝つ心の修行を求める歌とも取れるものです。

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2020年1月 4日 (土)

道歌2古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌2の7沈成体に勝

道歌
2、古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌
2の7沈成躰に勝

敵太刀打かたき切て掛るに沈成躰に勝有亊の位にて教へし工夫有へし古語に 寸の虫かゞむも身をのひん可為 歌に

長からむさゝげの花は短くて
      短き栗の花の長さよ

(沈成躰→敵に対し我が体を低くすること也、気を落ちつけること也)

右の心尓て工夫有るへし みな陰合〆陽に出る位有へし 古人も心は之内二てき有りとのたもふ也 ものとしたる事二勝負の位知る事なし 深く工夫有へし この沈成躰心よりよく敵の心見ゆるもの也
兵法に曰 端末いまだ見ざる人能く知ること莫れ と有り 歌に

悟り得て心の花の開けなば
      たづねん先二花ぞ染むべき

霜うづむ葎の下のキリギリス
       有かなきかの声ぞ聞ゆる

 敵が太刀打の難しい切懸けをして来るのを、沈成体(身を低くして外して勝事がある)、その事にて教えるべき工夫が有る。
 古語に「寸の虫屈むも身を延びんがため」一寸ばかりの小さき虫でさえ、身を屈めるのは、おおきく伸びあがる為である。歌に
 
 「長からんささげの花は短くて短き栗の花の長さよ」長いささげの実なのに花は短い、反面短い栗の花は長いものだ、長いものは短く、短いものは長くの様に、気を沈めて応じるものだと歌います。
 この心掛けの工夫をすることは、どれも陰で合せ、陽にて出ることである。古人も心の内にこの様な敵ありというものである。漠然とした中には勝負の優劣を知る事は出来ない。深く工夫有るべきものである。
 この心を落ち着けることに依り敵の心もよく見えるものである。
 兵法に言われる、心の端末を未だ見えざる人には、良く敵を知る事はあり得ない、とある、歌に

 「悟りを得て心の花が開けるならば、訪ねる先に花が染まって見えるものだ」

 「霜が降って葎を埋める様であっても、その下にいるキリギリスの有るか無いかの声でも聞こえるものだ」

 心を落ち着かせ、体を沈める事で、難しい太刀打ちに応ずる業が出せるものだと云うのでしょう。

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2020年1月 3日 (金)

道歌2古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌2の6止ると思はば其所に止れよ

道歌
2、古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌
2の6止ると思はば其所に止れよ

居合抜覚へるとはやく抜せす故に詰合の位能く執行有へし只太刀を抜くと計り思ふへから春抜春して勝の利あり是亊の位にて教ゆへし 人の我をとらへて抜かさしと春る時必す抜まし我をとらゆる人を此方より取りたおすへし或ハ先に(とられてもかつこともあり)とられぬ位在るべし 敵の仕懸により春く二とゞまり勝亊も有り 或ハ其気をさけて勝事も有り みな敵の仕懸に依るなり
工夫有るへし 歌に

止ると思はゞ其所に止れ与
      行と思はゞとくとくと行け

あだとのみ人をつらしと何か思ふ
      心与我を憂きものと知れ

右の心にて工夫あるべし 然れ共剛力或ハ色々と理屈を云うふ人有らば皆我敵と知れ 然れ共夫々に心を取られ迷ふ亊勿れ 歌に

無用なる手詰の論を春へから春
      無理な人二ハ勝て利はなし

「居合抜覚えると早く抜かせず、故に詰合の位よく執り行う事有るべし」この文章は何を云いたいのかよくわかりません。原書の写し違いなのかですが、曽田先生は「・・早く抜かせず」ですが写し書きの際「・・早人抜かせず」として「く」を「人」と書かれているのを迷って「く」と決められています。
 木村栄寿先生は林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流傳書集及び業手付解説」ではここを「・・早人抜かせす」と読まれています。行草連綿の江戸期の書体、それも当時は余程の能筆で役所の決まりごとに依る字体を持たない市井の人での書は厄介です。「く」は「久」の崩し字か、「く」でしょうから「人」の崩し字は使う文章を理解出来ていないと泣かされます。
 ついでに河野先生の「無双直伝英信流居合兵法叢書」ではこの部分で「・・・執行有へし」を「・・執行省へし」と曽田先生の「有」の草書を「省」に読んでいます。
 此処は、読んだ人がこの全体の文章の流れから、想像しなければならない処でしょう。何処で文章を区切るのかも句読点は無いので想像せざるを得ません。
 「居合抜覚えても直ぐに抜くばかりを考えてはならない、従ってお互いに詰め合って座す時の位取り(位置)をしっかり学ぶ事です」私はこの様に解釈します。「詰合の位」と有るのですぐに組太刀の「詰合」を思い描くのはいいのですが、その「詰め合う」意味を考えるべきでしょう。棒振りばかり思い描かない事です。ついでに、古伝は「詰合」であって「詰合之位」とは言って居ません。
 次の文章は「ただ太刀を抜くとばかり思うべからず、抜かずして勝の利あり、是は事(業)の処で教えるべきである」ここでの「位」は「位置付け」でしょう。
 「人の我を捕えて抜かさじとする時、必ず抜くまじ、我を捕らゆる人を、此方より取り倒すべし。或は先に捕られぬ位(方法、業技法)有るべし。(捕られても勝事も有り)」この教えは、敵が我を羽交い絞めするなり、の柄を押さえるなり、ぬかんとする手を取るなり、古伝の大小詰や大小立詰で基本的な業と業手付が古伝神傳流秘書には示されています。その敵の抜かせないようにする防禦を脱するには、無理に抜こうとしないで相手を、取り倒してしまえというのです。「取り倒すべし」ですから相手を逆に倒して押さえなさい、という事で切り捨てろなどと云ってはいない事を考えて置くべきです。武術は敵を殺す事が目的ではない、土佐の居合の教えを思い出すべきでしょう。
 「敵の仕懸けに依り、(直に抜刀して斬ろうとする心)を留める事で勝事も有る、或いは其の気を避けて勝事も有る、皆敵の仕懸けに依るのである、斬り倒すばかりに思いを寄せずに、工夫有べきでしょう。 歌に」この項の教えを読み解きますと、土佐の居合は、コミュニケーションの食い違いを、武力で解決するなよ、先に武力で仕懸けて留められても、振りほどいて更に相手の出方を見て和する心を持ちなさい、と神傳流秘書の巻頭の「抜刀心持引歌」で既に語っているのです。

 武力行使の戒めを語っているのですが、歌にはそうであっても、やらねばならない時はやりなさいと歌っています。
「止まると思うならば、止まりなさい、行くべきと思うならば速やかに行きなさい」
「憎むべき人に情けを何故か思う事もある、我が心の憂いは有るものです」
「右の心にて工夫あるべし、然れども、剛力、或いは色々と理屈を云う人もあるならば、皆我が敵と知るべきでしょう。然れども、いろいろの事を考えて心を取られて迷う事はダメです。歌に」
「無用な小手先の理屈を云い合うべきでは無い、無理やり(自分に有利にしようとする)人と口論で勝っても何の利するものも無い」

 土佐の居合の根底に流れている武術哲学が語られています。武術論を棒振りのみと考えていたのでは、竹刀剣道を50年やってきた人が「若い人に勝てない」などと云って嘆くのと何ら変わらないでしょう。武術を修業する事の意味を考えさせられるところです。

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2020年1月 2日 (木)

道歌2古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌2の5乗り得ても心ゆるすな

道歌
2、古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌
2の5乗り得ても心ゆるすな

偏二大海を渡る二陸尓て行けは命を失ふ、故二舟二乗りて行也、居合柄口六寸の大事偏二彼の舟の心持としるへし。然れ共舟尓てかなら春渡海春と思ふへからす 歌に

乗り得ても心ゆる春な海士小舟
     浪間の風の吹かぬ日ぞなき

右浪間の風能く合点しては舟ものら春 古歌に

有となしと堺を渡る海士小舟
     釘も楔も抜希果てにへり

此の心尓てよく工夫有へし 口伝


一途に思い込んで、大海を渡ろうとする時、陸にて行けば命を失う、故に舟に乗って行くのである。と、云うのですが海を渡るのに陸からばかリ行く事など出来るわけもないのですから、船に乗らざるを得ないのは道理です、其の上陸から遠回りすれば危険が一杯と云うのでしょう。
 だから舟に乗って真直ぐに行く、居合の「柄口六寸」の教えの大事は、敵の斬り込みに対し一途に敵の拳に切り込む、十文字勝の心得は舟に乗って行く心持ちと悟るべきものである。
 然し船にて必ず渡海出来ると思ってはいけない、歌に「乗り得ても心許すな海士小舟浪間の風の吹かぬ日ぞなき」と一途に拳へ打込んでも間と間合いが合わなければ目的は果たせない、浪間に風が吹いて、海が荒れてしまえば思い通りに目的が果たせない事もある。
 この浪間の風を十分に知らなければ舟に乗る事も出来ないのである。敵との間と間合いに対する心得を身に着けなければ「柄口六寸」の教えは果たせないのです。
 浪間の風の有る無しに拘わらず、渡海する海士小舟も、状況判断を誤れば、舟の釘も楔も抜けて沈没してしまうよ。この心得を知って良く工夫すべきでしょう。

 現代居合は仮想敵相手の一人演武が指導されます、それも自分に都合の良い想定です。或は想定などお構いなしの形だけがほとんどでしょう。此処での想定は、敵が黙って斬られるような都合の良い状況では無さそうです。敵の害意を察して、こうするなどの勝手な妄想に依るのではないでしょう。
 敵が我が肩、胴、足いずれにでも斬り込んで来る、その敵の心の動きと同時にほんのわずかな動作を知って、拳に遮二無二打込んで「柄口六寸」の勝を制する極意業への心構えを歌い上げていると解釈できます。

 十文字勝については敢えて解説しませんが、敵の刀を受けてから斬り込むのではなく、また、外して斬り込むのとも異なります。敵の「柄口六寸」に打ち込んだ時が切った時であり、敵の刀を外した時と云えるでしょう。
 土佐に持ち込まれた居合は、抜刀術がメインでは無く、総合武術としての教えを秘めています。

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2020年1月 1日 (水)

道歌2古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌2の4敵に従う

道歌
2、古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌
2の4敵に従う

敵に従って可勝心持ち 春風を切ると云ふ 古歌

風吹は柳の糸のかたよりに
     なびくに付て廻る春かな

強身尓て行當るをは下手と知れ
     まりに柳を上手とそいふ

敵と出合ふ時かならず討勝と思ふへからす況や恐るゝ古となし間に不加豪末雷電石火の如くちらりと我が心二移時無二無三に打込亊居合の極意也然れ共只打込でなし是に柄口六寸の習なり此習を以敵の場へふん込み討つ也


敵に従って勝つべき心持ち、春風を切ると云う 古歌
風吹けば柳の糸の偏りに
    靡くに付きてめぐる春かな
強みにて行き当たるをば下手と知れ
    まりに柳を上手とぞ云う

敵に従って勝つ為の心得は、春風を切ると云う事である。古歌にある。
 風が吹けば柳の糸の様な枝が風の吹いて行く方に靡いて偏る様に、春の訪れは其処から感じられる。
 この歌は金葉和歌集にある白河院の歌を当てている様です。風を受ける柳のように風を往なす心持ちで敵に対すれば、やがて勝口が見えて来ると教えているのでしょう。
 力一杯に斬り込むなどは下手と思いなさい、まりが当たった柳の枝が逆らわずに靡くのを上手と云う。
 次の歌は、斬り込むにしても力一杯に力んで斬り込むなど下手の証拠のようなものだ、まりが柳の枝に当たっても何の抵抗も無く元の姿に戻っているよと云うのでしょう。強みに頼るものではないとの教えです。
 敵と出合う時に必ず打ち勝つと思うものではない、況や恐れて居すくむものでも無い、身を土壇にして、無心に間に至れば雷電石火の如く「ちらり」と打つべき瞬間が見えて来る、其の時無二無三に打ち込むのがこの居合の極意である。
 然れども、ただ打込むのではなく「柄口六寸」相手の拳に打込むのである。この教えを以て敵の場に踏み込んで打つのである。敵が我が肩なり胴、足に打ち込んで来れば、何も考えずに、上段から真直ぐに打ち下ろして敵の拳に勝つ、新陰流の十文字勝の気分でしょう。
 

 

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道法自然

道法自然

 新年あけまして

    おめでとうございます

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令和二年庚子元旦

道法自然は老子の象元二十五にある言葉で「人法地 地法天 天法道 道法自然」によります。
道は天地に先だって生じていた、「人は地に法り、地は天に法り、天は道に法り、道は自然にのっとる。」従って根元たる「道」を基として自然であれと云う事です。
地球温暖化の影響で今年も自然の猛威には逆らえないかもしれません。
それだけに、平和で争いの無い自由な毎日であってほしいものです。

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2019年12月31日 (火)

道歌2古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌2の3水月之大事

道歌
2、古伝神傳流秘書より抜刀心持引歌
2の3水月之大事

居合太刀打共 水月之大事 口伝 古歌に

水や空空や水とも見へわかず
      通ひて住める秋の夜の月

おしなへて物を思はぬ人にさへ
      心をつくる秋のはつ風

秋来ぬと目にはさやかに見へねども
      風の音にぞ驚かれぬる

右の心にて悟るへし我は知らね共敵の勝をしらする也、其ところ水月、白鷺、とも習有るべし、又工夫すべし

居合、太刀打ともに「水月之大事」で口伝、歌に託す

 水や空空や水とも見えわかず通いて住める秋の夜の月「水なのか空なのか、空なのか水なのか区別が出来ないような澄んだ日には、どちらにも通って住んでいる様に秋の月は見えるよ」と歌っているのでしょう。橘俊綱の歌会で「水上の月」」のお題に、それを聞いた田舎兵士が歌ったものとか、ミツヒラは和歌の道など歌を詠んでなるほどな~と関心はしても、その歌の詠み人や出典を知ろうなどと思う事すら暗すぎてトンと出典は判りません。
 居合太刀打の歌心は其の澄み切った無心で敵と対すれば、相手の心が我が心に見えて来るものだというのでしょう。

 おしなべて物を思わぬ人にさへ心をつくる秋の初風「一般的に物思いなどしない人でさえ、もののあわれを覚えさせる秋の初風」と読んでいますが、この歌は新古今集にある西行法師の歌とされます。
 物を思うは恋心とも解釈できるでしょう、「恋心を感じた事も無かったのに、頬に当たる秋の初風は、もののあわれを覚えさせる風であれば、台風でも無さそうだし、心地よい秋風でも無さそうで、冷たく木の葉を吹き散らす風をイメージしてしまいます。そんな風が吹くとしみじみとした気持ちになるというものです。
 さて、居合太刀打の「水月の大事」に残された歌として、どの様に結び付けたらいいのでしょう。相対して向かい合う時、無心な我が心に、相手の僅かな動きに、相手の変化を感じとれるものだ、と云うのでしょう。

 秋来ぬと目にはさやかに見えねとも風の音にぞ驚かれぬる「秋立つ日詠める」と題された古今和歌集にある藤原敏行の歌「秋立つ日とはいうものの、秋を目にハッキリ見えないのだけれど、吹く風にハッと気が付く」と歌っているのでしょう。対する敵も静かに構えているのだが突然ここぞと打込まんとする気勢によってハッと感じて応ずるものだ。

 この三首の歌心である水月の大事と白鷺心を習得する事によって相手の動きを知り応じられなければ敵を勝たせるばかりである、其の処を良く習いなさいと言って居ます。

 古伝神傳流秘書の居合心持肝要之大事の居合心立合之大事では「敵と立合い兎やせん角やせんと巧む事甚だ嫌う、況や敵を見こなし彼が角打出すべし其所を此の如くして勝たんなどと巧む事甚だ悪しし、先ず我身を敵の土壇と極め何心なく出べし。敵打出す所にてチラリと気移りて勝亊なり、常の稽古にも思い案じ巧む事を嫌う、能々此の念を去り修行する事肝要中の肝要也」と居合太刀合の心持が述べられています。
 常の稽古にも此の心持ちを忘れずに稽古するのだと諭してもいます。

     

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