神傳流秘書14‐8抜刀心持之事

2014年12月31日 (水)

神傳流秘書を読む12.抜刀心持之事三本目賢之事四本目クゝ捨五本目軍場の大事

神傳流秘書を読む

12.抜刀心持之事

 三本目(二十二本目)賢之事

 四本目(二十三本目)クゝリ捨

五本目(二十四本目)軍場の大事

 具足のゆるきを取り押上る心得肝要也故に着料の具足は押上られてものどにつかへざる様に仕置べきなり高き所などより飛ぶ時おのづとのどにつかゆる事有るもの也心得に有儀なり

*五本目軍場の大事以外は何も記載がありません。軍場の大事についても解説は具足をのどにつかえさせるなという、どこか抜刀心持之事には似つかわしくないとんちんかんなものです。

賢之事を檀崎先生や山蔦先生は大江先生の袖摺返の業に当てておられます。
クゝリ捨は隠れ捨としたのか大江先生の門入りの業に当てています。
いずれもその真相は手持ちの資料では不明です。

是は事実は解りませんが、檀崎先生が関東の初代会長大田次吉先生に奥居合を習いにこられたと云う話が伝わっています。
中山博道先生が細川義昌先生に奥居合を習って居れば、白石元一風の業であったろうと思います。
夢想神傳流の奥居合の不思議でしょう。

以上で抜刀心持之事を終わります。
抜刀心持之事は、概ね現代居合の奥居合居業あるいは立業に伝承されています。
然し、業名の改変や動作の入れ替えは何故そのようにしたのか、大江先生の仕業なのか、そうであれば大江先生の述懐がどこかにあるはずです。或はお聞きになった人もいるはずです。
江戸末期には谷村派だとか下村派だとか、何が派なのかよくわからない事で混乱して変わってしまっていたのか土佐に眠る伝書の公開がない限り調べる手立てはありません。

現代でも代の変わるたびに、どこかがいじられています。
或は師匠に正しく習っていながら思い違いや癖などで変化しています。
動作の変化などにとらわれず、古伝のおおらかな手附を流の掟に添って解釈して、一つ業に幾つもの運剣動作の変化を状況次第に繰り出す、それが日本刀の術理に叶う様になるのが古伝の稽古なのだろうと思っています。

私の剣術の師匠は「伝統武術というと形を学ぶことであると誤解される場合が多い。しかし形はそれだけ学ぶと形骸化に陥りやすい。形骸化は武術で最も警戒しなければならないことである。」と仰っています。
かと言って、「先師が生死をかけて身に着けた武術は学ぶことから始めなけばならない、そこに学び自ら身に着けること。しかしそれにいつまでも留まってはならない」と述べられています。

範士十段ともあろう人が、当代の前で「毎年所作が変わって困惑して居ます」とやったそうです。
同じ理合でも想定は幾つもありうるはずです。

まず、基本の形を勝手に解釈せずに流の掟を学び稽古する事が始めでしょう。
そこから生み出される変化も基本の掟によることが二段階でしょう。
掟を内蔵していながらしかも放れて自由に応じられて三段階でしょう。
無形に至るのが四段階。
最後に気を見て収める神妙剣に至ることなのかもしれません。

今日は平成26年12月31日大晦日です。
このブログを平成8年9月から始めてから足掛け7年の歳月が流れていました。その間一日も書き込みをアップしなかった日はありません。
この居合を学ぶ方々の多くのアクセスをいただいて、「思いつくままに」始めた事でもいい加減なことが書けなくなって未熟な自分をさらけ出している毎日です。
嬉しい事に、知らない事を教えていただき、誤りがあればご丁寧なご指導をいただき、考え違いを諭してもいただきました。
貴重な資料をお送りいただき、眠れる居合が起きだしたものもいくつもありました。
ブログを通じて御友達もたくさんできました。
本当にありがとうございました。
これからもよろしくお願いいたします。そして、よいお年をお迎えください。

来春早々から、この神傳流秘書の最終章、夏原流和之事に踏み込みます。
和(わ・やわらぎ)など居合には無関係と云って無視せずに、この居合に付随していたものです。
相方がいなくても、夏原流を読んでいますと、居合の動作と重なってきて相手を組み伏せていたりします。

それは居合による仮想敵相手の稽古法が為せる技だろうと思います。
特に、投げられて脳震盪を起したり、骨の折れやすいお年寄りや、ご婦人には組み合って投げられて怪我をするより遥かに有効です。
頭の体操にもなりボケ防止にもなりそうです。

その道の専門家は、特別の術を用いない人体操作からこの夏原流を甦らせてください。
細かい手附は相変わらず有りません。大らかに組み伏せてください。
多くの事を学ばなければならなかった江戸武士も、現代人もややこしい技術は不要です。

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2014年12月30日 (火)

神傳流秘書を読む 12.抜刀心持之事二十本目抜打・二十一本目弛抜

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12.抜刀心持之事

*前回で抜刀心持之事の十九本は終わっているはずですが、続いて五本の業名が記載されています。
何として扱うべきなのか何処にも解説されていません。

一本目(二十本目)抜打

歩み行中に抜打に切敵を先に打心也

*歩み行き敵との間に至れば抜打ちに切る、敵に先に打ち込む心持ちである。と云うのでしょう。
是もどうやら不意打ちの心得の様です。
特段の業技法の手附けは有りません。

全剣連の制定居合の12本目の場合は「前方の敵が突然切りかかって来るのを刀を抜き上げ乍ら退いて敵に空を切らせて、真向に切下す」ので是は仕掛けられたのに応ずるものです。

此の古伝の立っての抜打を伝える業は細川先生系統と思われる白石元一先生の抜打に見られます。
「放打の如く左足にて抜刀用意、右足を踏み出すと同時に右片手にて正面に斬りつけて納刀」
片手打ちですが真向に打ち下していますし、右足を踏み込んでいますから是はこちらから仕掛けたと読めそうです。

二本目(二十一本目)弛抜

前の如歩み行敵より先に打を体を少し開き弛して抜打に切也

*双方歩みつつ行き間合いに至るや前方の相手から抜き打ちに真向に斬り下ろして来る、我は左足を右斜め前に踏み込み体を開くや左肩を覆う様に刀を抜き上げ右足を踏み込み相手の打ち込みを外し其の儘右足を左足に踏み揃え相手の首に打込む。是では現代居合の奥居合立業の受け流しです。

「体を少し開き弛して」ですから右なり左なりに筋を替えて相手の打ち込みを外すのでしょう。受け流しとは違います、相手の太刀を受けるのでは無いのです。
「抜打に切」さてどの様に抜き打つのか・・「抜き打ちに切」ですから刀を上に抜き上げ斬り下ろすのでしょう。
左に外して、右通りで相手の打ち込む小手を打つ。右片手袈裟に斬る。
右に外して受流しの要領で相手の首に打込む。横一線に胴を斬る。
良い稽古業になりそうです。

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2014年12月29日 (月)

神傳流秘書を読む 12.抜刀心持之事十七・十八・十九本目抜打上中下

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12.抜刀心持之事

十七・十八・19・抜打 上中下

暇乞三本)格の低き者に対する黙礼の時等輩に対する礼の時目上の者に対する礼の時

 以上十九本

*曽田先生のメモで暇乞三本が抜打上中下と書き込まれています。上中下の三本でここまでゞ抜刀心持之事は十九本と云う事になります。

抜打上中下については自分より格が低い者へ、同輩の時、目上の時と有りますが特にどの様にするのか何もありません。
自分より「格の低き者に黙礼」ですから順次手を床に着く、頭を低く下げるなどの格式に応じた暇乞いの時の礼法が明確だったので、それに従い礼をした上で不意打ちを仕掛けたものと考えられます。

現代居合の暇乞その1、その2、その3の方法と変わらなかったと思います。
この暇乞については英信流居合目録秘訣では極意の大事の項目の始めに心得があります。
暇乞「仕物抔を云付られたる時抔其者之所へ行て四方山の咄抔をして其内に切べし隙無之ときは我が刀を取て又近日と立さまに鐺を以て突き倒し其儘引ぬいて突也又は亭主我を送て出るとき其透間を見て鐺にて突たおして其儘引ぬいて突くべし」

*これ等の暇乞の業は、極意の不意打と考えられ、決して相手に仕掛けられたから応じたという風にはとらえられません。戦国時代の風を引きずった業技法も残っていたのでしょう。

現代居合では「暇乞いは上意討ちとも称される。主命を帯びて使者に立ち、敬礼の姿勢より抜き打ちする意にして、彼我挨拶の際、彼の害ある動向を察知し、其の機先を制して行う刀法」とされています。

此処で抜刀心持之事十九本が終了しています。
如何した訳かこの後に後五本が述べられています。

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2014年12月28日 (日)

神傳流秘書を読む 12.抜刀心持之事十六本目虎走

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12.抜刀心持之事

十六本目虎走

 居合膝に坐して居立って向へ腰をかゞめつかつかと行抜口の外へ見へぬ様に抜付打込納又右の通り腰をかゞめ後へ引抜付打込也

*居合膝は右足膝を立て左足を折り敷いた所謂現代居合の立膝か、左足を爪立った体構えか判りませんが、恐らく前者だろうと思います。
この文面からこの業は、間遠のところに居る相手にも周囲の者にも気付かれない様に抜付けるのですから不意打ちの状態でしょう。掛け声すら掛けていないようです。上意打ちとも読めます。

立ち上がり、腰をかがめ、つかつかと間に至り、「抜き口の外に見えぬ様に抜付」はどのようにするのでしょう。
間に至れば、両手を刀に掛け右足を踏み込み首に抜き付け、即座に真向に振り冠って左足を踏み込み打ち下ろす。下から切り上げる。片手袈裟に切る。そしてその場で納刀。
現代居合ではお目にかかれない抜刀術の妙を言うのかも知れません。

又からの処は、現代居合の奥居合居業の八本目虎走の様に、目的を果たした処、討ち果たした相手の味方が前方より走り込んで来るのを、我は腰を屈め後退しつつ相手間に至れば抜き付け、真向より打ち下し、納刀する。

此の業のポイントは相手に接近する動作と、抜口を見せない抜き付けにあるのでしょう。
現代居合では失念した動作です。

英信流居合目録秘訣の上意之大事の最初に虎走の心得があります。
「仕物抔云付られたる時は殊に此心得入用也其外とても此心得肝要也敵二間も三間も隔てて坐して居る時は直に切事不能其上同座し人々居並ぶ時は色に見せては仕損る也さわらぬ躰に向ふえつかつかと腰をかゞめ歩行内抜口の外へ見えぬ様に体の内にて刀を逆さまに抜きつくべし虎の一足の事の如しと知るべし大事とする所は歩みにありはこび滞り無く取合する事不能の位と知るべし」

*ここでも「抜口の外へ見えぬ様に」とあり「体の内にて刀を逆さまに抜きつくべし」そして「虎の一足の事の如し」と言います。
「同座し人々居並ぶ時・・」ですから、邪魔が入らないように刀に手を掛けるや否や抜刀し刃を下にし低く切り上げるのでしょう。
甲冑を付けた股間を斬り上げるなどの刀法も有ったかもしれません。

現代居合では不意打、闇打は無く、相手の害意を察して抜き付ける様に教えられています。それは教育上の中学生向きの事であって、古伝はしばしば不意打の心得を伝えて来ます。
対敵との単なる仕合では無く、主命を帯びての役割を果たすべき心得も伝えているのでしょう。

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2014年12月27日 (土)

神傳流秘書を読む 12.抜刀心持之事十五本目放打

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12.抜刀心持之事

 十五本目放打

行内片手打に切納ては又切数きはまりなし

*歩み行きながら、片手抜き打に切り納刀し、又片手抜き打ちに切り納刀する。これを何度も繰り返す業です。
敢えて片手打と言っていますから片手袈裟と飛躍してもいいかもしれませんが横一線でも上に抜き上げ真向でも、下から切り上げてもいいかも知れません。

これも英信流居合目録秘訣を探してみましたが、見当たりません。これは大勢の敵に詰められ我は一人の場合を想定しますが「片手打に切納刀し、又・・」ですから敵は前方から現れるのを切り倒し、刀を納める。するとまた敵が現れるのでそれを仕留めて納める。現代居合の惣留の業を思わせます。

居合兵法極意巻秘訣に細道之事として「両脇難所道も無く行道一筋にて狭きを云うケ様の所にては敵は多勢我は一人の時は利をもとむべし其利は敵大勢有りとも我を前後左右取り廻す事能えず若敵前後より来る時は脇へ開て敵を向うに受我が左の方の敵に合うべし若脇に浅き川池などあらば飛込んで打べし我飛込と敵つづきて飛入物也其間を勝事大事也」と心得を伝えています。

また「多勢一人之事」として「敵多勢我一人の時は地利を第一と心得べし地利あしくば敵を前一面にうくべしはたらき心得は我左の方の敵を目当てにたたかうべし敵後へ廻らば我も左の敵に付後へ廻るべし真中に取籠られば走りにぐべし敵一度に来ぬもの也其間に先立来る敵を打つべし幾度もにげては打つべし」

細川義昌先生の系統と思われる白石元一先生の放打(暗夜前方より来る敵を抜き打ちに数名連続斬る意)「・・右足を出すと同時に右斜前の敵に対し抜き打ちに右片手にて斬り付け(やや半身となる)直ちに納刀と同時に左足を右足に揃え一足となり、更に第二に現れたる敵に対し前と同様斬りつけたる後納刀。又第三の敵に対して斬りつけ納刀(同時に足も一足となる)」

*古伝に業名は忠実です、動作も古伝を思わせます。

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2014年12月26日 (金)

神傳流秘書を読む 12.抜刀心持之事十四本目五方切

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12.抜刀心持之事

十四本目五方切

歩み行内抜て右の肩へ取り切又左より切又右より切又左より切段々切下げ其儘上へ冠り打込也

*此の業は現代居合の惣捲のようです。「抜て右の肩へ取り」は間境で右足を踏み出し刀を前に抜出し、右足を引いて左足を踏み出し八相に構えるのです。
そして右足を踏み込み相手の左・右・左・右と「段々切げ」ですから「左面・右肩・左胴・右膝」に歩み足で追い込みながら切り付けて行く。
この際相手は、我が切込みを刀で受けつつ下がるも、外しながら下がるも、切られつつ下がるもありでしょう。
「其儘上へ冠り打込」ですから、四刀目の切り付けは左足を踏み込み十分切り払って右から上段に振り冠り右足を踏み込んで打ち込むでしょう。

これも英信流居合目録秘訣によれば「惣捲形十」としてあります。
「竪横無尽に打振て敵をまくり切る也故に形十と有也常に稽古の格には抜打に切り夫より首肩腰脛と段々切り下げ又冠り打込也」

ここで「惣捲」の文言があって引き継いだのでしょう。現代居合の惣捲は左面・右肩・左胴・右腰・真向です。空間刀法の切り替えしです。

細川義昌先生の系統の白石元一先生の「五方斬」
「右足を出すと同時に左側にて刀を大きく抜くや直ちに上段に取り、先ず右袈裟がけに斬り振り冠り続いて左袈裟掛けに切り、返す刀にて右より胴を払い腰を落して左より足を払い、再び立姿となり右方より上段に取り真向に斬り下ろす」

*それぞれ大いに稽古して見るものです。現代居合は形を限定していますがそれは、大会や審査の形と割り切って確実にそれを演じられることも必要でしょう。

相手に先を取られ、撃ち込まれたのを外して左面に打ち込む・・いい業です。

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2014年12月25日 (木)

神傳流秘書を読む 12.抜刀心持之事十三本目追懸切

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12.抜刀心持之事

 十三本目追懸切

 抜て向へ突付走り行其儘打込也

*此の業は現代居合では見る事も無い業です。
刀を抜き出し、正面の相手に切先を突き付け、走り込んで間境に至れば上段に振り冠って右足を踏み込んで真向に打ち下すと云う業でしょう。

相手は抜刀せずに歩み来るのか、抜刀して上段に構えているのか手附は何も指定していません。
或は前方を後ろ向きに歩み行くのか、状況を判断し、どのように走りこむのか難しい業です。

英信流居合目録秘訣の外之物の大事に遂懸切が有ります。
「刀を抜我が左の眼に付け走り行て打込但敵の右の方に付くは悪し急にふり廻りぬきはろうが故也左の方に付て追かくる心得宜し」

古伝の追懸切を補足している様です。
「刀を抜我が左の眼に付け」ですから左足前の左正眼の構えでしょう。距離が離れていれば左足・右足・左足と常の走り込みでいいでしょうが、間境では左足前にして上段となり右足を大きく踏込んで打ち下す。
次の「但敵の右の方に付くは悪し」ですが、敵の右側から打ち込まんとすれば「急にふり廻り抜はろう」と云う事は敵は後向きで同方向に歩み行く、それを追いかけて刀を打ち下すと解釈できます。従って敵の左側から追掛けて切れというのでしょう。

古伝の追懸切は想定を指定して居ません。英信流居合目録は、一つの想定からの運剣の心得でしょう。此の業は、闇打ちの心得の様です。大江先生の中学生向きの業としては教育上不向きです。

下村派細川義昌先生系統と思われる白石元一先生には「追掛(前方を行く敵を追い掛けて斬る意)」という業があります。「・・右足にて刀を抜き刀先を返し柄を手許にし左手を柄に添えて持ち中段に構えたる儘にて数歩小走りに追掛け、左足を踏み出したる時に振り冠り、右足を出すと同時に大きく真向より斬り下す」

古傳の手附ではカバーできないので色々考案されていったのでしょう。江戸時代後期には、敵は後向きに前方を歩み行くのを追い掛けている想定になっています。

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2014年12月24日 (水)

神傳流秘書を読む 12.抜刀心持之事十二本目夜ノ太刀

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12.抜刀心持之事

 十二本目夜ノ太刀

 歩み行抜て体を下り刀を右脇へ出し地をハタと打って打込む闇夜の仕合也

*闇夜の仕合の時の業でしょう。月夜や星のない夜は本当に真っ暗です。最近は山に登っても町明かりが届いて真っ暗闇に出会うこともなくなってしまいました。
此の業の雰囲気から大江先生の現代居合の奥居合立業の信夫でしょう。

真っ暗闇で相手の居場所も判らない時、歩行きて相手の気配を察し、刀を抜出、体を沈めて右脇の地面に「ハタ」と刀の切っ先を打ち付け、相手がその音に誘われ打ち込んでくる処を打ち込んで勝。

足さばき体裁き、運剣法などは現代居合に準じればいいのでしょう。
相手の存在位置を事前に察知して誘いをかけるのか、相手の存在位置を知らずに音を立てて誘うのか後者はよほどの手慣れでないと難しそうです。

英信流居合目録秘訣では、極意の大事に「地獄捜」そして「夜之太刀」として心得があるのですがいささか異なります。

地獄捜「闇りに取籠り者有るときの心得也夫れ巳成らず惣じて闇にて人をさがすの術也刀の身と鞘と半分抜掛て鐺を以て一面にませ捜すべし鐺に物之さわるを證に抜て突べし亦鞘口三寸計に切先を残し居ながら静かに四方へ廻してさぐるべし九尺四方何事も知れ申」

夜之太刀「夜中の仕合には我は白き物を着べしてきの太刀筋能見ゆるなり場合も能知るゝものなり放れ口もなり安し白き肌着抔を着たらば上着の肩を脱ぐべしかまえは夜中には下段宜し敵の足を薙ぐ心得肝要なり或は不意に下段になして敵に倒れたる見せて足を薙ぐ心得もあるべし」

更に居合兵法極意巻秘訣には月夜之事・闇夜之事とあって「是従兵術嗜の个條迄先生御註訳」

月夜之事「月夜には我は陰の方に居て敵を月に向わすべし我はかくれて敵をあらわす徳有り」

闇夜之事「闇の夜は我が身をしずめて敵の形を能見透かすべし兵器の色をはかるべし若難所有らば我が前に当て戦うべし敵のすそをなぐる心持よし」

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2014年12月23日 (火)

神傳流秘書を読む 12.抜刀心持之事十一本目行違

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抜刀心持之事

 十一本目行違

 行違に左の脇に添へて払い捨冠って打込也

*この手附は、「行違に」ですから、相手が前から歩み来り、擦違う時に相手の害意を察しての動作でしょう。
「左の脇に添えて払い」は相手は前から来て我が左脇を通り過ぎようとするか、我から相手の左脇に外すかは自由です。
行き違う寸前に刀を前に抜き放ち左脇に刀の棟を当て切先を後ろに刃を外向けて、左腕の上に右腕を乗せて、右足を一歩前に踏み出しすれ違い様相手の左胴を引き切る。
その足の儘左廻りに相手に振り向き上段に冠り打ち下す。

此の業の初動は現代居合の奥居合立業袖摺返の動作です。
英信流居合目録秘訣の上意之大事では行違「我左脇を通す宜し切る事悪しと知るべし行違さまに抜て突事宜し又敵先に抜んとせば先んじて早く柄にて胸を突くべし行違の詞の掛様の事大事有夜中に往来をするにうさんなる者の有時は自分の姓名を急に呼かくべし我に敵するものなればはいと答るもの也其所を切るなり旅などにては白昼にも此心得有るべし又何んぞ言を云かけて見るに我に敵する気有者は必ず返答にあぐむものなり」

*英信流居合目録では左脇をすれ違う時に突くのが良いと言っています。或は相手の胸を突いてしまえというのです。払い捨てる行違とは相手を左脇を通す様にする処は同じようですが後は異なります。

細川先生系統と思われる白石先生の摺違「歩行中摺違ふ際敵を斬る意、歩行中敵と摺れ違う一歩手前に於いて(左足にて鯉口を構え右足を踏み出して)刀を抜き、左足を出すと同時に刀を左側に取る。此時右手は左肘の外に位置し、左手は鯉口を持ちたるまま、右脇腹に取り左右の腕は交叉す。続いて右足を踏み出し摺れ違いざまに敵の胴を横に払い、直ちに振り返り右足を出すと同時に、再び上段より斬り下ろす。」

*この白石先生のテキストは昭和12年の発行大森流長谷川流伯耆流居合術手引きによります。古伝の趣を伝えていると思います。

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2014年12月22日 (月)

神傳流秘書を読む 12.抜刀心持之事十本目連達

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12.抜刀心持之事

 十本目連達

 歩み行内前を右の拳にて突其儘に左廻りに振返り後を切り又前へ振向て打込也

*連達ですから同じ方向に連れだって行くわけです、前を歩いて行く敵の後頭部を右拳で突き、其のまま左廻りに後ろに振り向いて、後ろの敵に抜き打ちに切り付ける、右廻りに振り向いて前の敵に真向から打ち込む。
後の敵には「後を切り」ですからどの様に抜き付けるか指定されていません。上に抜き上げ真向に斬る、或は袈裟に斬る、廻りながら物打ちまで抜いて横一線に抜き付ける、斬り上げる、如何様にも状況次第です。
足さばきは、「其儘」の文言に従い前の敵に右足を踏み込み後頭部に突きを入れた右足前で振り返り左足前で斬る。振り返って前の敵を斬るも足捌きは其の儘右足前で真向に斬る。但し前に振り返るのは右廻りです。
然し、足を踏み替えて左に廻り左足を踏み込んで打ち込むもありでしょう。

此の業は現代居合の奥居合立業の行違の動作の原型の様です。
行違は敵は前方から歩み来り行き違うのが本来です。ここは我を中にして縦に並んで歩み行くのです。
古伝は拳の突きですが、大江先生は柄頭で前方の敵の人中を打ち突くの違いです。

英信流居合目録秘訣の外之物の大事に連達が有ります。
外之物の大事とは「外の物とは常の表の仕組より外の大事と云う事也」といって其の儘では通常の居合の業技法では無い技法とでも云うのでしょう。
連達「是亦歩行く内に向を刀の柄にて突き左廻りに後ろえふり廻る拍子に抜打に後ろを切又初柄にて突たる方を切是は我前後に敵を連達たる時の事也旅行抔のとき盗賊抔跡先つれ達時此心得肝要也

*これは現代居合の行違と動作は同じですが敵は同方向に我を中に歩み行く分けで、敵が前方から来るのとは敵の想定が異なります。

大江先生の行違は「進行中正面を柄頭にて打ち、後を斬り又前を斬る」で敵は業名の「行違」から判断すれば前方より歩み来るでしょう。

細川先生系統と思われる白石元一先生は連立(前後に重なりて歩行中の敵に対して行う)、と前置きして「右足を踏み出すと同時に前方の敵を抜き打ちに右片手にて斬り付け、返す刀にて後方の敵を斬る(両手にて)」と拳で突くとか柄頭で突くとかは無く、さっぱりしています。

どちらも、古伝の替え技になっています。時代とともにより有効な動作に変化するのは当然ですが、想定を変えてしまった大江先生の場合は、それによって他の古伝もいじることになってしまいます。
次回の古伝行違は消されてしまいました。意図的な事というより、江戸末期から明治の武士の混乱期に正統な伝承がされなかったと考えた方が妥当と思えるのです。

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