« 極意の秘歌(15首目居合とは心に勝) | トップページ | 極意の秘歌(17首目ひしとつく) »

2011年11月19日 (土)

極意の秘歌(16首目人いかに)

新庄藩の林崎新夢想流 秘歌之大事 十六首目

「人い加尓腹を立徒々い可類とも 心尓刀拳者奈春那」 

「人いかに腹をたてつついかるとも 心に刀拳はなすな」

* 昨日の秘歌と類似の歌のようです。昨日は「居合とは心に勝が居合なり 人にさかうは非がたなりけり」でした。

今日の此の歌は、人がいかに腹を立て怒っていても、心に刀を静めて拳を放すなよ、と云う堪忍の心を歌っています。

「人いかに」は相手が我に怒るとも我が相手に怒るともでしょう。どちらも堪忍の心を以って放すな、と解釈するのがいいですね。

しかしもう少し奥がありそうに思えて仕方がありません。じっと耐えて我慢しているばかりでは解決できない事は一杯あります。

田宮神剣は居合歌の秘伝

「人さまに腹を立てつついかるとも こぶしを見つめ心志ずめる」

* 人に腹を立てて怒りが込み上げてきても 拳を見つめて心をしずめよ、と其の儘です。「短気は起こすなよ」と諭されているように此の歌は聞こえてきます。

下村派の伝書では

「いかに人腹を立てつついかるとも こふしを見込心ゆるすな」

「いかに人腹をたてつついかるとも こぶしを見詰心ゆるすな」

* 相手が腹を立てているのが下村派の古伝、田宮流は相手に己が腹を立てています。心を静めるのか心を許すななのか随分違うとらえ方です。

腹を立て怒りまくっては平常心は失われます、相手の怒りが爆発して我を忘れて打ちかかってくれば既に勝ったも同然です。心を静め期をじっと待つ事により居合の本領は発揮されるでしょう。相手も我に返って平常心を取り戻せれば互いに理解し合えることにもなります。何時如何なる場合にも対応できる身のこなしは平常心あってのことでしょう。

|

« 極意の秘歌(15首目居合とは心に勝) | トップページ | 極意の秘歌(17首目ひしとつく) »

秘歌之大事」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 極意の秘歌(15首目居合とは心に勝) | トップページ | 極意の秘歌(17首目ひしとつく) »