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2011年11月25日 (金)

極意の秘歌(22首目面にむかふ)

新庄藩の林崎新夢想流 秘歌之大事 二十二首目

「□尓む加ふ七□たのみに帝 左右をハ何と婦せ加ん」

「面にむかふ長遠たのみにて 左右をば何とふせがん」

天童郷土士研究会長 伊藤文治郎先生の読みを拝借しました。先生は初めの「□を面」としました「七□」を「長遠」と読まれました。「長」は「ふ」から下りて来た連綿線が草書体の「長」と読んだのでしょう。次の□は遠とも追うの草書体でしょうが判読不能です。原本を観て判断出来るかわかりません。

* 原文もまして伊藤先生のものも、此の歌は全く意味が解りません。

伊藤先生の上の句の「面に向う長をたのみて」 での「面」、「長を」の部分は文字が不明としか言いようがありません。

「左右をば何とふせがん」の下の句はそのため解釈できません。

新庄藩の林崎新夢想流の伝書で寛政3年1791年、上記の伝書から90年後相馬中左衛門から数えて七人目の押切傳之進へ伝えられた秘歌之大事に此の歌があります。

「必尓む可ふ七川を堂の三丹て 左右をは何と婦せ可む」

* 「必にむかふ七川をたのみにて 左右をば何とふせがむ」

「必に向う七つを頼みにて 左右をば何と防がん」

上の句の初めが「必(かならず)」になっています、テキストとして使っている元禄14年1701年の伝書の書き出しも「必」を一筆書きした様に見えないこともありません。さすれば後二字の判読です。是も「七追」とも見えますから伊藤先生の「長遠」は「7つ」でしょう。

参考に変体かなでの「つ」は川・徒・都・津・追の変体の草書体です。

寛政3年の「七川」の部分は文字が正しければなんと解するのでしょう。

明治44年1911年新庄藩の林崎新夢想流の伝書に此の歌は伝承されています。既に210年の歳月を経た歌です。

「か奈ら徒にむ可ふ七つを頼支て ひ多り右をハ何とゆふらん」

* 「かならずにむかう七つを頼みきて 左右をば何とゆうらん」と読めます。

歌が繋がってきました。下の句が変わっていますが問題は「七つ」に絞られてきました。

「七つ」が判らなければ先へ進めません。

「必ずに向う七つを頼みにて 左右おば何と防がん」

無理やり解釈してみました。

「かならず、前に向って七つの業(幾つもの方法)で攻める事が肝心だ、しかし左右の防ぎ手にも気をくばれよ」

天明8年1788年の秋田藩の林崎流居合に向之次第として第一から第七の業名があります。この伝書の業次第は七つで括られています。是との関係かもしれませんが不明です。

今までの秘歌から私の解釈よりもっと奥に秘められた極意があるはずです。どなたかはきっと楽々と解釈できているのでしょう。しかし文字も読めず、意味も分からずでは、伝書を受けても何の意味もありません。秘してある意味すら感じることはできません。読めて解釈できても実行できるだけの自分であるかが極意なのでしょう。

200年もの歳月を歌い継いだのですから、絶対に解釈がなされていたはずです。キーワードは「向う七つ」と「左右の防ぎ」なのでしょう。

極意の歌は「秘歌」でした。

「七つ」について

キリスト教に七つの大罪があります。

傲慢・嫉妬・憤怒・怠惰・強欲・暴食・色欲

仏教には七つの布施があります。

眼施・和顔悦色施・言辞施・身施・心施・牀座施・房舎施

武士道には

義・勇・仁・礼・誠・名誉・忠義

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