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2011年11月29日 (火)

極意の秘歌(26首目執心の)

新庄藩の林崎新夢想流 秘歌之大事 二十六首目

「執心能あらん人尓ハ傳婦遍し くらゐ残春奈大事奈累□(事)」

「執心のあらん人には伝ふべし くらい残すな大事なること」

* 此の歌も新庄藩の林崎新夢想流に200年伝承していますが、田宮流や下村派の伝書にも見当たりません。

直訳してみます。

「林崎新夢想流に深く思いを込められずに居る人に伝えるべき事である 種々の位を食らい残すなそれが大事だと」

居ますね、種々の武道をつまみ食いしている人。幾つ習おうとそれは自由ですが、どれも中途半端な食いつきでは何もしなかったのと変わらないのではないでしょうか。目指す事が何かわからずに興味本位でやっているのかもしれません。形稽古を主とする古武道を他所で稽古しているにもかかわらず、居合になると全く一人芝居で敵のいない処をせっせと切っていたりして・・・。健康体操と思えばそれはそれでよいのでしょう。

一つの事を精魂込めて突き進んでいくと、壁にぶち当たって身動きが取れなくなります。そんな時何かを始めますとヒントが目の前に現れ忽ち壁が開ける様に思えることがあります。同じ居合でも、無双直伝英信流ならば夢想心伝流とか田宮流とか他流がとても良い参考になります。よほど偏屈者でない限り誠意をもってお尋ねすれば他流と知りながらお教えいただき得られる事もあります。

此の歌の解釈は此の程度のことで良いのでしょうか。根元之巻を伝授される人への師からの秘歌とは思えません。

確かに自ら起こした流儀は最高のものです、正しく伝承し活かされるべきと信じるものです。根元之巻を伝授の際「お前も弟子を持ち、正しく伝えよ、つまみ食いする弟子にも迷いはあるよ此の事心して伝えなさい」とでも言いたいのでしょう。

そんな思いもあるでしょうが、「心を込めて流儀の位を残さず身につける事が大事だ」と秘歌之大事は歌っているのでしょう。

無外流の百足伝に幾つか

「とにかくに本を勤めよ末々はついに治るものと知るべし」

「我流を使はゞ常に心また物云う迄も修業ともなせ」

「朝夕に心にかけて稽古せよ日々に新たに徳を得るかな」

「我流を教へしまゝに直にせば所作鍛錬の人には勝つべし」

「目には見えて手には取られぬ水の中の月とやいはん流儀なるべし」

直心影流にこんな事が伝えられています

「急ダラリ、ダラリ急。早ク上手ニナルベシト急ギテ修業シタリトテ、スグニ上手ニナルモノニ非ズ。サレバトテ、気ヲ長ク、ナマケテ、ブラブラト稽古シテ、上達スル事ナシ。

急ガズ、ダラリト、心ヲ長ク、ユルユル、ダラリト気ヲモマズニ、怠ラズ、油断ナク、急ニスル気持ニテ修業セネバ、上達スル事ナシ。

不急不弛不怠不油断シテ、修業可致也。如此心得テ、心ガケ申スベキ也

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