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2011年11月 9日 (水)

極意の秘歌(6首目鍔はたゞ)

新庄藩の林崎新夢想流の秘歌之大事の六首目

「鍔ハ多々拳能楯と聞物を 婦とくもふとくな幾ハひ可こと」

「鍔はただこぶしの楯と聞くものを ふとくもふとくなきはひがごと」

此の歌は田宮流の秘伝にも十番目に伝わっています

つばはただこぶしの楯とするものを ふとくはふとくなきはひがごと」

*直訳します。 鍔の役割はただ拳の楯とする物なので 太い方がいい鍔が無いのでは僻事(不都合なもの・心得ちがい)である。

さて突然、鍔と云う刀装具の役割を極意の秘歌に持ち出すとも思えません。鍔の使い方は流派に依っても種々あることでここで、鍔の操作技法が秘歌となるとは思えません。

鍔を何かに譬えて伝えているのしょうか。しかも太ければ太いほど役に立ち、鍔が無いのでは道理に合わないとしています。

極意に至れば刀などの戦闘道具は用はないとも云われます。

兵法の極意に心いたりなば 刀道具はおよばざるもの」

ここでは、鍔の如く楯となる心積りをして居なければならない、心積もりが大きければ大きいほどいいのであって、無ければ道理に合わないとでもこじつける事も出来るかもしれません。しかしそれも心の楯ではスッキリしません。幾つかの歌から感じる物と異なり「おや」と思う次第です。

田宮流の十一番目に

「ふっと出る刀をおもいさとるべし 夢想の刀鍔は構はし」

将に極意の一刀について「ふっと出る・・」「夢想の刀」と何となく修業の暁にはそんなものかと解るような気もするところですが、「鍔は構わし」でここに再び「鍔」が登場します。

前の歌とも関連しそうな気もして「前の歌が鍔を意識しろよ、と言いつつ後の歌では鍔を構うな」と二つの矛盾した歌を詠まされました。

鍔はやはり弛まぬ修練により心技体一致してこそ得られる夢想の鍔なのでしょう。

この「秘歌之大事」の冒頭の一首「八千品木草薬と聞きしかど どの病にとしらで詮なし」をふと思い出しました。

どなたか、此の歌の意味はこう伝えられたと云われる方はお教えください。

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