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2011年11月18日 (金)

極意の秘歌(15首目居合とは心に勝)

新庄藩の林崎新夢想流 秘歌之大事 十五首目

「居合とハ心尓勝可為安比奈利 人尓さ可不ハ非加堂也希利」

「居合とは心に勝がいあいなり 人にさかうはひがたなりけり」

* 居合とは己の心に勝つのが居合である 人と敵対するのは筋違いである。とでも直訳してみました。このままでは居合の本来の意味が何処かへ行ってしまいそうです。心に勝つ事は自分を徒に抑える事ではないでしょう。

「居合(いあう)」人と居合わせることは己の心を自由に遊ばせていても、居合わせた人と和する事が出来ること、是が居合と云うものだ。人と争う事は本来の事ではない。私はこのように解釈します。極意の上は是で行きたい。

とても簡単な事ではないでしょう。じっと耐えて己を殺し我慢する方が何ぼ楽か解りません。是では極意の下でしょう。

技を繰り出す一瞬は己の心の迷いがなせるものだ、心の迷いに勝つ事が居合の根元である、人の心の動きや動作に依ると思うようではならない。少し手前勝手ですが極意にも上中下はあるでしょう。

田宮神剣は居合歌の秘伝

「居合とは心に勝つが居合なり 人にさかふは非法なりけり」

無外流百足伝

「心こそ敵と思いてすり磨け心の外に敵はあらじな」

下村派古伝

「居合とは心に勝る居合なり 人にかゝらは非がたなりけり」

「居合とは心に勝か居合也 人に逆ふは非刀としれ」

この歌を、敵と対した場合に戻してみるとどのような動作であるのでしょう。

勝ちたいと思うハヤル心、切られるかもしれない恐怖にも無心となり、敵の切り込みを土壇となって受け流し勝ちを得る。後の先の極意を歌っているのかも知れません。

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