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2011年11月 7日 (月)

極意の秘歌(4首目本の我)

林崎新夢想流 秘歌之大事四首目

「本と能我尓勝可居合農大事也 人尓逆婦ハひ可多なり介里」

「本の我に勝つが居合の大事也 人に逆うはひがたなりけり」

* もとのわれに勝つが居合の大事な極意である 人に敵対するのは僻みからの本当の事ではない。「本のわれ」といっていますから「本心の我」でしょう。「われ」は複数「我の中に存在」するその「本のわれ」に勝・・・う~ん。

逆う(さかう、したがわない、さからう、そむく、はむかう、敵対する)、ひがた(僻む、道理にもとる)

田宮流居合歌の伝 田宮神剣は居合歌の秘伝 4番目

「居合とは 心に勝つが居合なり 人にさかふは 非法なりけり」

* 解り易いですね、居合とは、自分の心に勝が居合である、人にはむかうのは人の道に外れることだ。

類歌に「居合とは 己の心に勝つばかり 人の非を見て人にさかふな」

沢庵の不動智神妙録の最後に「歌に」として古歌を載せています。

「心こそ心迷はす心なれ 心に心心許すな」

* 居合の至極は常に鞘の中に勝ちを含み、刀を抜かずして天地万物と和する所にありとされます。極意は業技法のもっとずっと奥の深いものと思います。しかし人は目先の地位や序列にあるいは貧富によって地位を持ったと錯覚し、安心し、惑わされるものです。

先日、修業に寄った剣士の技に聊か剣理を忘れた動作が目立ちました。指導されていた方にもそのような癖があります。「あれでは斬られます、如何様に指導を受けていたのでしょう」と要らぬお節介を致しました。

いかに見事に演舞をしても居合は武道です、みすみす斬られる技を習い持ち帰らせるのもいかがなものでしょう。指導されていた方は私より古参の高段者でした。

「不愉快だ!」と大騒ぎです。プライドを疵つけられて怒りまくっています。

さて、見て見ぬ振りをして舌を出しているのが良かったのでしょうか。私の言葉に、配慮が欠けていたのでしょう。

無外流の百足伝に「性を張る人と見るなら前方に 物争いをせぬが剣術」

更なる修業の幕開けとなりました。

古伝 居合兵法之和歌に

「居合いとは心に勝が居合也 人に迷ふは非太刀とこそしれ」

「無用なる手詰の論をすべからず 無理の人には勝って利はなし」

「世は広し我より外の事なしと 思わ池の蛙なりけり」

無外流の百足伝

「吹けば行く吹かねば行かぬ浮雲の 風にまかする身こそやすけれ」・・いかに・・

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