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2011年11月30日 (水)

極意の秘歌(27首目引もまよ)

新庄藩の林崎新夢想流 秘歌之大事 二十七首目(最終)

「引もまよかゝ留も満とハ知奈可ら ぬかぬ尓き留ハ非か多也希里」

*此の歌の読みを天童郷土研究会長伊藤文治郎先生

「引もまよいかかるもまどい知ながら ぬかぬにきるは非かた也けり」

と読まれています。注意書きに「註 引もまよい いの字ぬけにしやう」とされています。「満とハ」の所は伊藤先生は「満とい」、「ハをい」と見ました。「は」の片仮名は「ハ」で前後関係や書き手の癖により判断します。古文書解読の微妙な所です。

私は書かれた儘に読みを入れてみました。

引もまよかかるもまとは知ながら ぬかぬにきるは非がたなりけり」

「引も間よ掛かるも間とは知ながら 抜かぬに切るは非がたなりけり」

伊藤先生は元禄14年の伝書のみで判読されたのでしょう。ご苦労をお察しします。

寛政3年1791年の新庄藩 林崎新夢想流の伝書では

「引も間よかゝ流も間とハ知奈可ら 怒かぬ尓き類は非方也介利」

「引も間よかかるも間とは知ながら ぬかぬにきるはひがたなりけり」

* 以後の伝書も読みは同じと見えますから、私の読みが伝えられたとして良いのでしょう。

「引くのも間、掛かるのも間が大事とは知りながら 相手が抜かないのに切ると云う法は無いでしょう」と云う意味でしょう。

柳生宗矩の兵法家伝書にある活人剣のことを思い浮かべました。そして居合は間がもっとも大切な要素であり、敵の仕掛けが発せられる寸前で敵が後戻りできないポイントをとらえ対応すると云う鞘の内の極意を詠んだと思います。

是も奥義の歌として直訳のような歌心でしょうか。此の林崎新夢想流の伝書の最後を飾る秘歌の大事です。

間と間合いはどのような事に於いても正しいと信ずる事を貫こうとするには大切な事だろうと思います。しかし相手も同様に信じた事を貫いて行こうとしている筈です。とことん話し合い解決すべきであって力で打ち勝つ事は本意では有りません。私はそのように解釈してみたいのです。

武道好きの者はともすると威圧する事によって、自己顕示しようとする傾向が有るやも知れません。それは暴力に過ぎません。

あるいは、段位とか経験年数などの年功序列と云う借り物による威圧です。是も権力をバックにした空威張りでしょう。

どれも、振りかざすほどに哀れです。

林崎新夢想流の根元之巻秘歌之大事は免許皆伝の先にある根元を示唆していました。

今回を以って新庄藩の林崎新夢想流の秘歌之大事を終了します。

古文書の解読には書き手の文字の癖が読みを誤らせます、原本とはかけ離れた5mm角程度の文字で用紙は江戸時代の密画に用いられる最高級の鳥の子和紙との事、刷り込まれた絵柄も細字の邪魔をしますから厄介でした。白黒写真の印刷からの限界です。ぜひ現物を拝見したいものです。

読みは古文書解析の専門ではないにもかかわらず、知りたい一心で取り組んでみました。

読めても意味が解らない、極意の伝書なのに何を言っているのだろうと何度も声に出して読んでみました。

結局いつもの「思いつくままに」で納めてみました。「思いつくことも出来ないもの」はそれはそれで、有識者の教えを待つばかりです。「今在る自分の精一杯の事」と思っています。

折に触れて読み直しながら手を入れてこれぞ極意としたいものです。

極意を知りえても秘しておいて、この時代に何の意味があるのでしょう。己が消えれば消えてしまいます。

公開されたとしても、それにふさわしい力量の者意外は知りえても無用の長物です。事理一致の修養が無ければ極意を得たい思いだけで終わってしまうでしょう。

流派の業技法を秘すなど動作は初歩に過ぎないものを何のために隠すのでしょう。この時代に意味などは全く無いものと信じています。まして極意の文書は、持つべき者以外は、唯の骨董品、あるいはレプリカにすぎません。

同様に業技法についても、業の意義、剣理、理合とか云われるものは、正しく習い、稽古し、その意義を達成する技法は、より無駄の無いものとし、心の発する事を全うするため日々進化するのが当然の事と思っています。もしその心が無ければそれは所作鍛錬に培われたとしても武道とは異なる伝統芸能の伝承ではないでしょうか。

無外流の百足伝にこんな和歌が伝わっています。

「我が流を教へしまゝに直にせば 所作鍛錬の人に勝つべし」

参考に、此の「極意之秘歌」は、平成3年に発行された「林崎明神と林崎甚助重信」編著林崎甚助重信公資料研究委員会 財団法人居合振武会発行の初版本をテキストにしています。

発行までに13年の資料収集、続いて7年の出版準備あわせて20年の歳月をかけて発行された貴重な図書です。

現在は発行事業を山形県村山市が引き継ぎ、平成18年に復刻版が発行されています。

在庫僅かとのことでした。

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