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2011年11月20日 (日)

極意の秘歌(17首目ひしとつく)

新庄藩の林崎新夢想流 秘歌之大事 十七首目

「比しと徒くちやうと留は居合也 突可ぬ尓きるは我を害春る」

「ひしとつくちやうと留るは居合也 突かぬに切るは我を害する」

* なんだか訳の分からない歌です。直訳してみます。

厳しく突いて来るを丁と留めるのが居合である 突いても来ないのに切るのは己を害するばかりである。もう少し踏み込んでみます。

己を土壇にして、敵が打ち込んでくるのを瞬時に受け止め切り返すのが居合の本領である、切っても来ぬのに切り込んだのでは返って切られるぞ。

考えすぎかもしれませんが、奥義の歌はもっと奥深い事を指しているかもしれません。ふと根元之巻などに記されている業名や一部動作の絵などより、歌の方がよほどその道の奥義を照らしてくれているように思えてきました。

業の伝承だけでなく秘歌も正しく伝えてほしっかったと思います。

下村派の伝書には此の歌は見当たりません。

田宮神剣は居合歌の秘伝

「ひしとつくちょうと留まるを居合とす つかぬを切るは我を害する」」

「ひしとつく敵の切先はずすなよ 刀をたてに身をばよくべし」

* 妻木先生の田宮流居合歌の伝には此の二つの歌が6番目、7番めと並んでいます。違う事を云っているようにも、後の歌が前の歌の解説をしているようにも受け取れます。

「極意とは表の内にあるものを 心尽しに奥な尋ねそ」

意味合いは違いますが、歌の心も表をよく噛み締めて見るだけでよいのかも知れません。

此の、新庄藩の林崎新夢想流の秘歌は其の儘明治44年1911年の伝書にも引き継がれています。残念なのは此の伝書を授けた松坂次郎左衛門は時に74歳、受けた早坂理三は13歳であったといいます、早坂理三は大正15年に28歳でなくなっています。

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