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2011年11月11日 (金)

極意の秘歌(8首目居合とは押し詰め)

新庄藩の林崎新夢想流の「秘歌之大事」八首目

「居合とハ押詰比しと□春刀 刀ぬく連ハ や可天徒可流ヽ」

「居合とは押し詰めひしと出す刀 刀ぬくればやがてつかるゝ」(伊藤先生)

新庄藩の林崎新夢想流の寛政12年(1800年)の伝書では

「居合と盤おし詰ひしと□刀  かたなぬくれ盤や可て津可流ヽ」

「居合とはおし詰ひしと□刀 かたなぬくればやがてつかるゝ」

* この歌は、下村派の伝書にも田宮流の「居合歌の秘伝」にも類似の和歌が一番目にあります。

居合とは心を志ずめたる刀 刀ぬくればやがてつかるる」

「居合とは心を志ずめだす刀 ぬくればやがて勝ちをとるなり」

下村派の伝書の居合兵法之和歌にこんな歌があります。

「居合とは心を静指す刀 抜れはやかて勝をとる也」

田宮流の場合、おなじ心持を歌に詠んだとも言えるように見えそうですが、しかし前の歌は下の句の感じが後の歌と全く違います。

後の歌は刀を抜いてしまえばやがて勝つ事になるような雰囲気です。

前の歌は「刀抜くればやがてつかるゝ(疲るゝ)」ともとれます。前の歌は上の句で「居合と云うものは心をしずめたる刀法である」下の句で「刀を抜いてしまえばやがて疲れてしまう」と所謂居合と剣道の違いを諭しているように思うのです。

新庄藩の歌心を前の歌は引き継いだように思いますが、後の歌はよく意味が呑み込めません。

後の歌は、「居合と云うものは心をしずめて抜きつける刀法で、抜けばやがて勝ちをとる」と云った感じがして、上の句と下の句の意図する事が良く解りません。

新庄藩の此の歌は文字の判読不明な部分をそれなりに解釈して、「居合とは心を押さえ詰めてやむなくここぞとばかりに抜き放つ刀法」の事を意味し居合の「鞘の内の理念」そのものと思います。下の句は「つかるゝ」にどのような意味を持たせたかによりますが、簡単に抜いてチャンバラとなれば「やがて疲れてしまう」とあっさりとさせてみました。其の方が居合の理に適った「秘歌」になるように思います。

この時代の文学を研究された方が読み解いていただくか、伝承された解釈にお任せしませんと手に負えません。

業技法や形の良し悪しばかりが稽古になっていて、居合の根元など心得るべき事が既にすっぽ抜けて、歌を読みこなす能力も無いと云う時代になってしまっています。古参の高段位の方に食い入っても答えはナシです。

新庄藩の伝書の□は文字の判読が出来ずにいます。原本に触れて見たくなりました。現在は居合振武館の陳列ケースに展示されているそうです(林崎明神と林崎甚助重信より)。

 

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