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2011年11月 4日 (金)

極意の秘歌(1首目千八品)

武道には古来、印可と共に極意の歌が伝えられています。

それは門弟に時に応じて師から歌の心と共に指導されたのでしょう。業の掛かりの心持など歌に託して伝えるなど古の指導者は強いばかりでなく人としてもよき師であったのでしょう。

枝葉の動作や、フィニッシュばかりを指導する事で、門人を心無い演舞者にして満足していては武道指導者の資格は無い者と言えるでしょう。

長谷川英信流にも業歌があり、前回の英信流業歌のカテゴリーで勉強してみました。居合は対敵を仮想敵とし空間刀法によるものですから独り善がりになり易いものです。業歌が詠まれ伝承された意図も認識されて然るべきと思います。

下村派の古伝「神伝流極秘 居合兵法之和歌」として天保10年(1839年)島村易秀が坪内長順先生から伝えられたとして「三十二首右田宮平兵衛業政之歌」があります。

同じく下村派の「居合兵法極意巻秘訣」に「居合兵法之和歌 以上三十二首 右田宮平兵衛業政之歌」

居合歌之屑(文字の検索?)」には三十四箇條之歌屑(?)として元祖長谷川英信内蔵之助所伝伝授之也此段依調望與之者也として貞享元年(1684年)、此偏者兵法之深義祥盡吾門之外可秘耳

貞享元年に元祖の長谷川英信内蔵之助が伝える所の伝授は之で、之は調べるように望まれてものだとしています。この偏者は兵法の深い意義を詳らかにつくした者で、門外には聞かせてはならない。

寛政四年(1792年)に書写され天保七年(1836年)に夷則綺節書(夷則は7月、綺節は?」に島村秀易が書き写したとされます。

ここでは、新庄藩に残された「林崎新夢想流」の元禄十四年(1701年)の伝書である「秘歌之大事 二十七首」を中心に詠んでみたいと思います。

この伝書は「林崎明神と林崎甚助重信」林崎甚助源重信公資料研究委員会の編になるもので、昭和58年に発見された相馬忠左衛門政住から田口彦八郎に伝授されたものによります。

細字で変体仮名ですから判読は厄介です、天童郷土研究会長伊藤文治郎氏の解読を合わせて詠み解いてみます。

先に出した下村派の古伝田宮流の妻木正麟先生の「詳解田宮流居合」や阿部先生の歌伝剣道の極意」、中川申一先生の「無外流居合兵道解説」etc、 思いつくままに参考とさせていただきます。

林崎新夢想流 秘歌之大事

千八品木草薬と起支し可と と乃病尓と志らて詮奈し

千八品木草薬と聞きしかど どの病にと知らで詮なし」

(せんやしなぼくそうやくとききしかど どのやまいにとしらでせんなし)

* 千もの(八品)沢山の木や草の薬と聞いてはいるが どの病に効くのか知らないのでは詮方なしである

此の歌は妻木先生の田宮流の「田宮流居合 歌之伝」にも18番目に有ります。

「千八品草木薬を聞きしかど そのあてがひを 知らでせんなし」

林崎新夢想流のトップを飾るにふさわしい歌でしょう。

幾つもの業を習ったとて、実戦ではどのような場面に有効なものか解らなければ為すすべは無い。

何か、現代の受験勉強を思い出しました。先の震災による原発事故の対応を如何にすべきか対応不能の机上の学者を思い出してしまいました。

稽古もろくにせずに、滞留時期が過ぎたので昇段してきた高段者が居合を論ずるようなものです。

これから道場に駆けつけます。

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