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2011年11月14日 (月)

極意の秘歌(11首目世の中は)

新庄藩の林崎新夢想流 秘歌之大事十一首目

「世能中尓我よ利外能物奈しと 於もふ池農蛙奈利介利」

「世の中に我より外のものなしと おもうも池の蛙なりけり」

* この歌は、諺に「井の中の蛙大海を知らず」でいろはカルタにも出てきます。

少し出来がよくなると、戒めの為に散々聞かされて来た方も多いと思います。出来が良くなかったから出来の良い子に向って揶揄していただけ、と云う方もおられるかもしれません。

天狗になるな世の中にはもっと凄いのがいるぞ、もっと励めとも、世の中に出て更に励めとも言われたものです。其の言葉の前に「お前はとても出来が良い、誉れであるだが・・」でありたいものです。

こんな事を言われて更に励むより、叩かれないように程ほどにやって、引っ込み思案で自己主張も出来ない臆病者を作る可能性も秘めていると言ったら僻事でしょうか。私はお山の大将が大好きです。そして一杯に陽を浴びて成長するのが一番です。

人は褒めて育てるものです、褒める事の苦手な人や、自惚れを嫌う人の言葉とも受け取れます。中には僻み根性の人も居て人を褒められない人もいます。

褒めて育てられ、世に出て完膚なきまで叩かれて、踏ん張った人にしか得られない栄誉もあるものです。

田宮流 田宮神剣は居合歌の秘伝24番目

「世の中は我より外のことはなし 思わは池のかへるなりけり」

「世はひろし我より事の外なしと 思ふは池の蛙なりけり」

無外流の百足伝

「麓なる一木の花を知り顔に 奥も未だ見ぬ三吉野の春」

* 少々雰囲気は違うようですが、此の歌はいいですね。もっと奥山に踏み入りたくなります。是は師匠に云われるより自ら悟り口ずさむ歌でしょう。

下村派の古伝

「世は広し我より外の事なしと 思わ池の蛙なりけり」

このような歌に刺激されてより上を目指す、あるいは天狗を戒められるのもよいでしょう。しかし世に出たならば「俺しか出来ない」と云うぐらいの気概は欲しいものです。大抵は上司や政治家に求めるばかりで批評家で終ってしまうのは残念です。

いつだったか、私の言動がよほど気に触ったのでしょう「お前は何様だ!」と大声でののしられた事があります。私は「俺さま」であって誰でもない・・「何様だ」と言った方は「何様」なのでしょう。・・・・

此の歌は奥義に達し根元之巻をいただき、それですべてと、浅はかにも思う事の無いように、更に励めと皆伝とともに渡されたものでしょう。

免許皆伝とは流派の掟をことごとく授かり守ったと云う事でしょう。守・破・離の破・離はこれからとも云うものでしょう。

そして、今の環境で一番といっても知れています。

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