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2011年11月26日 (土)

極意の秘歌(23首目金鉢の)

新庄藩の林崎新夢想流 秘歌之大事 二十三首目

「金鉢乃両部能二川と見し尓希利 兵法あ連ハ居合者しまる」

「金鉢の両部の二つと見しにけり 兵法あれば居合はしまる」

* 此の歌もサッパリわかりません。

新庄藩の伝書寛政12年1800年

「金鉢の両部二つとみへ尓介り 兵法あ連ハ居合はじまる」

同じく明治44年1911年の伝書

「金鉢の両部の二つと見へ介利 兵法阿連は居合はしまる」

200年も少しの違いで其の儘の歌です。

此の歌は田宮真剣は居合歌の秘伝に類似の歌があります。

「金銀の両部正に見えにけり 兵法有れば居合はじまる」

「金胎の両部正に見えにけり 兵法有れば居合はじまる」

下村派の伝書にも見えます。

「金胎の両部と正に見へにけり 兵法あれは居合初まる」

* 金鉢ですから托鉢の鉢、仏教の両部とは金剛界と胎蔵界を言い表わしているのでしょう。あるいは神仏混淆の両部かもしれません。

新庄藩は出羽国にあったわけで、出羽三山に由来する山伏の修験場とも大きく関係していた地方です。当然密教の影響は有り得るでしょう。

ここでは「金剛界と胎蔵界の両部の二つと見しにけり」と解してみました。

堅固な者と慈悲の者が二人まみえるならば、兵法であれば居合が初まるであろう。

金胎両部も金剛界と胎蔵界の両部を表していますので同様と見てよいのでしょう。

極意の秘歌は其処から更に奥へ思いをめぐらせて此の秘歌をとらえなければ成らないでしょう。

どちらも引く事ない者同士が居合う時、まして自ら先んじて己の信念を貫かんとする時、如何にして居合の真諦は発揮され天地万物と和する事が適うのでしょう。

私の解釈が間違いなければ、根元之巻は流派の業を上手に演じるだけの武術者には不要のものです。

林崎新夢想流に残され、流派を超えて伝承された奥義の命題なのでしょう。

健康の為に、家内に背中を押されて始めた居合がここまで登って来いと手招いているように思えてきました。

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