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2011年11月24日 (木)

極意の秘歌(21首目世は広し)

新庄藩の林崎新夢想流 秘歌之大事 二十一首目

「世ハ広し折尓よ利てそ加王るらん □礼志流計よしと於もふ奈」

「世は広し折によりてぞ変わるらん われ知るばかりよしと思うな」

* 世の中は広いものだ折りに触れて変わるであろう 我の知っている事ばかりで良いと思うな。

田宮神剣は居合歌の秘伝では、前に出てきました「池の蛙」が類似の歌でしょう。

「世の中は我より外のことはなし 思わば池のかへるなりけり」

「世は広し我より事の外なしと 思ふは池の蛙(かわず)なりけり」

是は、下村派にも新庄藩の歌にも出てきました。

此の二十一首目は自惚れるなよと云うような戒めではなく、世の中は折りに触れ時により変わるのだから、今まで知り得ただけで善しとするものではないと云う「守・破・離」の「破・離」の「離」に至る奥義の教えを云えるのでしょう。

「折りによりてぞ変わるらん」と世の変遷、武器や戦闘方法も変わるものです。習い覚えた事で事足りるなどありえません。其処から始まるのは何時の世も、どのような事でも同じ事です。

新庄藩の林崎新夢想流はなかなか心の大きな者が林崎甚助重信の極意を身につけ伝承したのでしょう。

それにつけても、これら秘歌之大事を紐解きながら、現代居合の稽古が形に拘り、人としての積むべき事の幾つかを忘れている様な気がしてなりません。それは私だけの思いでしょうか。

業技法の発せられる時、たとえ仮想敵を認識したものであったとしても、人を理解できていなければ唯の棒振りに終ってしまいます。

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