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2011年12月 3日 (土)

極意の秘歌(残歌4首目居合とはこころ)

田宮流歌伝口訣より抜粋

「居合とはこゝろの上手下手なれ 刀をぬくは下手と知るべし」

凡そ技芸の道に心の上手技の上手と云差別有り。居合の上にて云はゞ、長き刀などを立派に抜き放してハデなる技をするを技の上手と号る也。然るに居合の術は刀室(さや)の内に贏理(えいり・かちみ)は有るもの故に、心が上手なればいつにても勝つの理也。されば抜きつけ一本にて勝つの教えゆへに敵合に臨んで気を修め、ジリジリと詰寄せ4寸の鉄の塩合いにて初霜の目附をあやまたす抜き放つ時は必ず勝つの理有る也。さるほどに心気をゆりすへ昏迷せざる時は目附をあやまたず抜き付けるべき也。これを心の上手と号る也。心の上手云々なれとは居合は心の上手こそ居合の上手でこそあれと云事也。技が上手でも心が下手なれば勝つ事はならぬ也。さるほどに長い刀を立派に抜くなどと云ふは第二第参の事にて下手の仕業ぢゃと云事也。

「我気にて己が身をつかふものそよし 業はこゝろを奪ひ取らるな」

* 此の歌は上記の歌心をよく解説しているように思えます。心の思うように身を動かす事ができればよいでしょう。一人稽古の居合はその点「気にて身を使うこと」がなかなか出来ず何時まで経っても右足左足と敵も心もどこかに、形を追いかけて暢気なものです。せめて形を打つことが出来れば少しは変わるでしょう。形は上級者のものと何時の間にか怠け者が決めてしまったような事もあるようです。

形は初心のうちに木刀でしっかり稽古してから刀を抜かせるべきでしょう。チャンバラ好きの新人はそんな思いより摸擬刀を振り回したい気持ちの方が強いようです。

基礎は、対敵との間と間合い、気を以って身を使うことなのですが・・・・。

無外流の百足伝より

「我流を使はゞ常に心また 物云ふ迄も修業ともなせ」

「朝夕に心にかけて稽古せよ 日々に新たに徳を得るかな」

「長短を論ずることをさて置て 己が心の利剣にて斬れ」

「前後左右心の技直ならば 敵のゆがみは天然と見ゆ」

下村派の伝書より

「身の曲尺や心位の有ものを よそを見こそ懸るなりけれ」

「数ならぬ故々路に身をばまかせねど 身にしたかふはこゝろなりけり」

「あたにのみ人をつらしと何かおもふ 故々路よ我を憂ものとしれ」

* 心を歌ったものは多くあります。なるほどと思います。しかし心は百足伝にある「心また物云ふ迄も修業ともなせ」でなければ心だけが上滑りしてしまいそうです。

下村派の「身にしたかふはこゝろなりけり」で心に身を任せずに、ともすると人は楽な方に心を従わせてしまうものです。

かといって苦虫噛み潰したような心に支配されても困ったものです。

折にふれ、「心こそ心迷わす心なり心に心心許すな」と唱えるほどで迷い迷って頭を掻いていたいものです。

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