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2011年12月 8日 (木)

極意の秘歌(残歌9首目水月をとる)

田宮流歌伝口訣より

「水月をとるとはなしに敵と我 心の水に澄むにうつらふ」

水月とは機の移りをいう。清水に月の移る如く敵の機の我に移ることを水月と名付ける。我心の水澄めば敵の機は彼より来たって移る理ぞ、そこを譬えて水月と云う。水は無心なるものにて月を求めとらんとすることなけれども、明らかなるもの故に月の方より移る。心は元来明らかなるものにて清水の如し然れども意識にからまされて濁る故に修業の功を積み、無我の住に至る時は澄む時は敵の機は水月の移る如く彼よりのって移る理ぞ。そこを澄むにうつらふと云う。うつらふとは移ると云う詞である。

* 無我の境地になれば敵の機は我心に移ろうと云う、敵も無我の境地であれば如何に、稽古を積み上げ、自信に満ちた位の高さが明暗を分けるのでしょう。先に機を発したものが敗れるのでしょうか。

沢庵和尚の不動智神妙録に

「思はじとおもうも物をおもふなり 思はじとだに思はじや君」

*  思わないぞと思うのだが物を思うものだ 絶対に思わないと思うのでしょう君は。無心にはなりがたいものです。無心になろうと思ったのでは無心にはなれません。

それよりも無心になるべき機会を持たないなどの事もあるかもしれません。好きな事をやっていても「夢中」にはなれても「無心」にはなれない、夢中でああしよう、こうしようと錬ってしまいます。

「留まる所なき心を無心と申候、留まれば心に物があり、留まる所なければ心に何もなし、無心の心に能くなりぬれば、一事に留めず一事を欠かず、常に水湛へたるやうにして、この身にあって用の向く時出して用を叶ふる也」

無外流百足伝より

「うつるとも月も思はずうつすとも 水も思はぬ猿沢の池」

「吹けば行く吹かねば行かぬ浮雲の 風にまかする身こそやすけれ

塚原卜伝の歌と言われる歌

「武士の心の鏡くもらずば 立ちあう敵うつし知るべし」

一刀流兵法仮名字目録に「水月ノ事」

水月ノ事 水ニウツル月也其ノ月影ヲ亦汲器ニウツス処也月ハ汲ツルトイヘトモ影ウツラスト云ウ事ナシ。自身体サハキテ不見分ニヨリ汲ツル水ニ月ナキト見ユル是ヲ狐気ノ心ト云ウ心誠ニテ汲テ見ヨ汲ツル水ニモ同月在

* 心が清く静かで明鏡止水のようであれば相手の隙が見えてくる。と云うたとえでしょう。

「早き瀬に浮かびて流る水鳥の嘴振る露にうつる月影」

* 極意の歌などと思わなければよい情景描写です。情景描写だけでは、歌の先生が冷たく「それでどうした」と横を向かれそうです。水鳥が浮き上がって嘴を振ると水玉が飛んでそれにも月が映っているよ、あんな小さな水玉の瞬間の動きでさえも心を静めて観れば見えるものだ。

「敵ヲタタ打ツト思ウナ身ヲマモレ オノツカラモルシツカヤノ月」

言ハ負ナカラン太刀ニカカハルハ非也或ハ賤トイヘド己カ庵ヲ漏ルト思ハネトモ事不足シテフク故ニ月ハ一天ニアレトモ自然ニ影モル也 其の如ク敵ヲ討タント思ハネドモ己ガ一身ヲヨクマミリタレハ悪キ処ヲ不知シテ己ト勝理也手前ノ守ル事ヲ忘敵ヲ討タント思ヒ身体少少サワキタル時ハ負大ヒナルヘシ

* 「敵をただ打つと思うな身を守れ 自ずから漏る賎茅の月」

お金が無くて葺く茅が少なかったために、月影が隙間から漏れてきてしまった。そのように敵を討とう思わずに己の身をよく守れば隙は無い、守る事を忘れて敵を討とうと思うと隙が出来て負けてしまう。

一刀流に伝わる仮字書目録の一節でした。

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