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2012年6月 9日 (土)

居合の疑義につきての解説1

居合の疑義につきての解説

穂岐山先生より数回に亘りて筆者に賜はりし御書簡の写

*河野先生が第十八代穂岐山宗家から受けた書簡による居合の疑義についてが語られています。河野先生は解らない事があれば、聞き確認されておられたのでしょう。曽田先生にも良く聞いておられたようですし、現代居合はその努力の結晶でしょう。

此の質問と答えについても河野先生の昭和8年の発行になる無双直伝英信流居合術全に同様の題によって書き込まれています。

1、正座抜付けの場合の右拳の高さに就いて。

右拳の高さは、左右肩の高さに同じ。

2、抜付けの場合の右拳の位置について。

右拳の位置は、左右の肩を結ぶ線上より拳の位置に於て約6、7寸位い前方に出づるを可と致し候。拳を其線上に置く時は所謂引き切りの気味と相成り面白からず、拳を少し前方に出し従て腕と刀との角度は九十度よりも約三十度位い鈍角に広く開きて握りしめると同時に、少し刀を前に出す心持肝要に御座候。此時の気持は抜きつけに限らず真向其他の切り付けと同一に御座候。剣道に於て面に打込みたる時手を握り締めると共に前に出す気持と同様に御座候。

3、刀尖は拳の高さと同じ水平線上にあるや。

貴説の通りなるも幾分下がるも宜しく候、是は刀は水平なるを原則とするも、前方より見たる時刀の裏を見せず表を見するよう致し候、(刀の下方を見するより上方の面を見するを可とす)

4、腕と刀の角度は九十度にて可なるや。

答、第二項に説明の通り、約三十度位広角度となすを可と致し候、是又然らざる時は引切りの気味となり、且充分刀尖に気勢籠らざるものに御座候。

 此の腕と刀のありようは、やや開き気味で尚且つ切先が少々内に入るような状況に思えます。しかし第二項の「刀を前に出す心持肝要」を加味しますと腕は正中線に四十五度位開き、刀は正中線に平行で、刀尖は正面を向きます。右拳の高さは左右の肩の高さ、刀は床に平行で切先やや下がりを想像します。
曽田先生の教えと是は一致していますので下村派の伝系も谷村派の伝系も此の横一線の抜き付けのフィニッシュは同じ形に納まるを善しとしたと思います。

5.正座納め刀の場合

答、此場合初心の者に説明するには、血振の時の拳のまゝ手首(少しく)と腕を曲げ刀身を鯉口にあて納むる如くすれ共、実際においては練習を積むに従い是にては何となく業の堅くしてやわらか味無き感を来し候、此意味に於て血振いの位より起動の為め、心持拳を右にかやし直ちに復旧して刀刃を上方に向けつゝ鯉口の位置に運ぶものに候。
然れ共是は極く瞬間的のものにして他より見て、拳を右に返す動作の明に認め得るが如く大きくゆっくりと動作するには之無く、只起動の為つまり動作を速にするために候。
然し原則としては拳は返す事無く、血振いの位置より其儘運ぶものなる事を忘れざる事肝要に候。

以下次号とします。

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