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2012年6月 7日 (木)

英信流居合と板垣伯1

英信流居合と板垣伯

居合術教士・剣道錬士 中西岩樹

*曽田先生のスクラップは切り抜かれた順なのかそれとも意図する事があるのか河野先生の無双直伝英信流居合術の間に此の板垣伯のスクラップが挿入されています。これも出典不明です。何処かで引用されているかも知れませんが、曽田先生の手ずから切り抜き貼り付けられた、手作りのスクラップと云うことでご了解ください。

尚、岩田憲一先生の「土佐の英信流 旦慕芥考」P128にこの「英信流居合と板垣伯」は記載されています。曽田メモを曽田先生のご長男から「私は居合をやらないので君が持っていてくれ」と渡された方が、岩田先生と縁あってそのコピーを送られたそうです。其のいきさつは岩田先生もお亡くなりになり、渡された方もご高齢で記憶が薄れられておられるようです。ですからそれ以上は分かりません。

近来時局の影響する所が一般的の趣味にしても剣舞詩吟謡曲の如きものが非常に隆興を来したように思われるが、殊に武道の方では居合が急激に倍々旺盛となってきたように考えられる誠に喜ばしき現象である。

今から20年を回顧してみると当時京都の武徳会本部大会に居合を以て出演する者は実に寂寥々たるものであった。
而して諸流又其の抜方斬方の皆各々の特徴が有って、決して今日見るが如き整うたものではなかった。


只独同流にして発祥の地を一にする東京の中山先生の御門下生と高知県よりの出演者が長谷川英信流又は業に依る部分的名称大森流或は長谷川流と称して抜いていた居合が其の抜刀斬突納刀の鮮かな技に於て断然頭角を抽いて居たように覚えて居る。

夫れが今日に於ては毎年の大会出演者実に二百名に垂んとする盛況を呈し、而も高知県を発祥の地とする居合が其の約七割を占め居合界に君臨するの躍進を遂げたという事は誠に欣快に堪えない処である。之は居合の所作其のものに負う処も決して少なくはないであろうが、又一は先輩諸先生の並々ならぬ苦心の賜物と謂はなければならぬ。

由来高知県より出でた居合は始祖林崎甚助重信先生より第七代目長谷川主税之助英信先生に至って一大進歩を遂げ長谷川流と呼ばれ或は英信流と唱えられ又は長谷川英信流と称せられたもので第十代目高知藩士林六太夫守政先生之を高知県に伝えて以来連綿と今日に及んだものである。現今流名は右記の外、大森流、無想直伝英信流、夢想神傳流等と言われているも元来同流に外成らぬ。

さて此の居合が一時衰微の極にあった剣道の如く否より以上更に深刻に最早既に其の伝統の断絶せんとした場合此の危機を救うて呉れたのみならず、今日の出世発展の直接原因を造って呉れた恩人が茲にあったとしたならば、我々は大いに其の人を徳とし絶大なる感謝の念を捧げて然るべきではあるまいか。
然らば其の恩人とは誰ぞや?、即ち高知県の大先輩故板垣退助伯である。

以下次号

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