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2012年12月

2012年12月24日 (月)

巳年の行方

朝日が里山に射して冬色の木の葉を紅色に染めています。
もう少しで巳年の始まりになります。

選挙も終わって、今までと違う様相を見せようと自民党の幹部がメディアで連日語りかけてきます。
選挙前に「巳年のこと」で政権如何でどうなるかを思っていました。
自民党の返り咲きです。そこでほとんど公約違反のような前回の事も気になって自民党の公約を振り返って見ます。

2012年12月15日(土)朝日新聞による選挙公約

原発:原発再稼動の可否は3年以内に結論を目指す。
安全性は原子力委員会の判断にゆだねる。
遅くとも10年以内に電源構成のベストミックスを確立。

*あれだけの災害に遭っていながら可否判断を引き伸ばし、安全性は委員会に任せるといいますが「原子力委員会」が企業寄り、政府寄りにならざるを得ないようなことでは不安は解消できそうもありません。電源構成のベストミックスを10年などと言わず3年以内に確立し稼動させるくらいのスピードがほしいものです。新たなビジネスチャンスを生み出せるはずです。

復興:必要な財源とマンパワーの確保。
復興予算の使途は被災地の復興に資するものを優先。
福島第一原発廃炉は国主導。
国土強靭化基本法の制定。事前防災の制度化。

*復興予算の使途は明確にすべきものでしょう。「・・優先」はまやかしを誘発させます。
強靭化基本法をもってしても「想定外」は避けられない。国土の利用の仕方を考え100年の計を立てるほどの事の様に思います。

経済政策:デフレ、円高からの脱却、3%以上の経済政策。
物価目標2%を設定。日銀法改正も視野に大胆な金融緩和。
「官民強調外債ファンド」創設。
新政権発足後、速やかに「第一弾緊急経済政策」断行。

*金融緩和、要らない公共事業、一過性のばら撒きどれも失敗しています。地デジ対応や低燃費の車の補助など一部企業を一時的に潤しても結局時間稼ぎにしかなりませんでした。公共事業は起こす時点で金を使うのは仕方のない事ですが、出来てから金を生み出す事でなければ要らない道路、要らないダム、要らない箱物にもこりごりです。維持管理に金が出るだけで生産性は無しでしょう。
研究開発や航空機、などの遅れている産業や保護政策で死に態の農業に国を挙げて投資する時期のように思うのですが。

社会保障:消費税(当面10%)を含む行財政抜本改革で、持続可能な財政確立。
消費税収は社会保障以外に使わない。
肥大した生活保護の見直し。
年金一元化見直し。

*一過性の公共投資でインフレ政策の失敗によりさらに消費税増税を呼ばなければいいのですが。不良息子の無駄遣いは諸刃の剣ですから。税収は社会保障以外に使わない、社会保障も限定し見直さないと、いくらでも「社会保障の用」とこじつける事は可能です。
陳情に弱い政党とコネと顔を重んじる悪弊は戦前からの国民性です。

外交安保:日米同盟の強化のもと、国益を守る、主張する外交を展開する。
官邸の司令塔機能強化のため「国家安全保障会議」を設置。
集団自衛権の行使を可能とし、「国家安全保障基本法」を制定。
憲法改正により自衛隊を国防軍に。
日米防衛協力ガイドライン見直し。

*日米防衛協力の名の下に戦闘機も戦艦も武器類も買わされていては先端技術の進歩は覚束ない。ついでに原発しかりです。自前の開発でしょう。戦闘機も旅客機も国産のハイテクを乗せて飛ばさなければ集団自衛権は米国の手先になることが優先されそうです。
自衛権行使はいくらでも拡大解釈され、戦前の様な方向もあり得るものです。足元では水資源の山林も企業も工場までも他国に買収されている現状と、企業の脱日本とは官民上げての問題です。

憲法:国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の3つの原理は継承。
平和主義は継承しつつ自衛権発動を妨げないこと、国防軍保持を明記。
緊急事態条項を新設。
憲法改正の発議要件を衆参それぞれの過半数に緩和。

*押し付けられたように感じる憲法から開放されて新たな憲法が欲しい様な気もします。その改正が「自衛権行使」と「国防軍保持」だけであったなら将来に禍根を残す事にもなりそうです。

子供:「人間力」と「基礎学力」の向上に努め、道徳教育を充実。
6・3・3・4制の見直し。
教科書検定基準を抜本的に改善。近隣諸国条項も見直し。
「いじめ防止対策基本法」の成立。
幼児教育の無償化。

*人間力は十分にあるはずです、発揮できる土壌を造るのが政治の役割でしょう。道徳とは何か見直して見る時期でしょう、忠孝ではないでしょう。外交・憲法・子供は関連するものです。政治家任せによる事ではないと思います。

この公約をよく噛み締めて見ますと、そろそろ日本は本当の脱皮をする時期に来ていると思うのです。
当面の重点政策は金融緩和による公共事業の復活とか。掲げた公約はこの政策の下にすべて反故では何の為の政権返り咲きかと再び泥沼にはまります。

敗戦後来年は68年です。昭和18年生まれの赤子が古希を迎えます。もう2年すると戦争を知らない赤ちゃんが古希を迎えるのです。いつまでも敗戦国の名残を留めているのも情けないことです。
平成25年巳年に皆で脱皮することが出来るでしょうか。

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2012年12月 7日 (金)

大江正路宗家の娘

土佐に於ける居合の今日あるは第十七代大江宗家による時の中学生への指導が大きいと思われます。
その大江先生の事は知るようで知らないものです。
だからこそ明治以降の土佐の居合、無双直伝英信流の神様の如き思いを抱かせるものです。

ここに、大江先生の娘さんが嫁いだ相手とカナダに移住し、カナダに於ける日系一世として当地で果てた語りを息子さんが綴り一冊の本になっています。

ある日、京都の先生から私の疑問を晴らされるようにお送りいただいたこの本の中に維新後の侍の苦渋と大江先生の生活が娘さんの眼を通して垣間見れたものでした。

私の知る限りにおいて居合をされる先輩諸氏にお聞きしてもご存知の方はおられませんでした。

ページを追って少しご披露して置きます。

カナダに渡った侍の娘 ある日系一世の回想

ロイ・キヨオカ 増谷松樹訳 (株)草思社 発行2002年

・トランクの中に分厚い土佐の本を大事にしまってある。・・・あたしの父の大江正路(おおえまさじ)のことも出ている。長谷川流居合の最後の大名人で、山内家の師範であったことがちゃんと書いてある。

*大江正路は「おおえまさじ」と読むのでしょう。

・俸禄も失い、年金もくれる人がいなかったらどうして暮らしていける?

・父は生計をたてるために、地区の高校と警察で剣道を教えていた。

・あたしが生まれたとき、父はもう五十近かった・・父の生まれたのは明治の前よ明治維新の頃は20歳くらい。・・父は昭和二年に七十六歳でなくなった・・ガンで死んだらしいけど・・

・佐々木信綱が千載館と云う名付けをしてくれた筆を作って家の前に小さな店を出して自分の筆や筆記道具を売っていた。

後はぜひこの本をお読みいただき、土佐の居合を味わっていただければと思います。

語りは大江先生の娘メリー・キヨシ・キヨオカ、1896年土佐の士族、大江正路の長女として生まれ1917年に見合い結婚しカナダに渡り7人の子を儲け、太平洋戦争時のカナダで日系一世の方々と同様に迫害にあっています。100歳で1996年になくなられています。
筆者のロイ・キヨオカはメリー・キヨシ・キヨオカの次男です。原題はMothertalk訳者は増谷松樹先生。

居合の話しはともかく大江先生の娘さんの生き様を通して明治の日本人、明治の女の心を見ることが出来ます。

そして無双直伝英信流居合術の第十七代宗家として土佐の居合を今日に導かれた門下の方にとっては神様の如き大江正路先生も神ならぬ人としてこの世におられた事を偲ぶ事となるでしょう。

人生を歩んで来られた方々には感慨深くお読みいただけるものと思います。

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