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2014年3月10日 (月)

曽田本その2を読む7故行宗貞義先生記録写

曽田本その2を読む 

7.故行宗貞義先生記録写

◎註 三つの声と云う事(武芸叢書)
敵より初めにかくる声はいかほどもかさを懸けて声をかけ又戦う間の声は調子をひきひき底より出ずる声にてかゝり勝て後あとに大きにつよくかくる声是三つの声也。

*武芸叢書とは早川純三郎の武芸叢書(大正4年発行)だろうと思います。
三つの声という事。
敵が仕掛けて来る時の声は嵩にかかった声で威嚇して来る、戦っている時の声は調子に合わせて腹の底より出すような声、勝を制した声は強く掛ける声。というのでしょう。

武芸叢書には宮本武蔵の五輪書も収録されています。五輪書火之巻「三つの声と云う事」ここより取られたものでしょう。

「敵を動かさんがため、打つと見せてかしらよりえいと声をかけ、声のあとより太刀を打ち出す物也、・・」

「不意に発声なくして撃つを古来「聾撃(つんぼうち)」とて武士は之を忌めり」高野佐三郎剣道より。

河野先生の無双直伝英信流居合道の「懸け声」
「当流に於いては之をなさず、すべて無声を以て行う。即ち此の無声たるや、有声を以て行う以上に至難とする所なり。されば先ず初心の間は、一動毎に其の閉じたる口中に於いて声を発し、其の気分の発声によりて業を活かし、剣に威力を加うるに努め、而して鍛錬の功を積みて、真の無声の境地を悟べきなり。

1、抜打

・右半身にて剣先は己が正中線上にあるような抜付けについて「この形を以て三角の曲尺とするは大いに不可なり」

・やや右半身で切先は我が正中線と平行になる抜付けについて「この形を以て三角の曲尺とするは独可也」

*一般に下村派は半身の抜付け、谷村派はがま口に斬る抜付けの様に言われますが曽田先生による行宗先生の記録でがま口に斬るのを良しとしています。

凡そ居合術は曲尺を以て身体の所置手足離合等を論ずるものなれば其宜しきに違戻すべ・

かならず又常に行う時も行わざる時も恒に身心を正しうすべし
居合術を学ぶ者は注意すべき点にして掲くれば左の如し
1、人と対談する時
1、多衆人の中に通路する時
1、暗夜通路の時
1、路の曲りを通行する時

古歌一首

剣とる道は数多に岐るれど
         敵の心を我が物とせよ

*居合と云うのは身体の姿形、敵との位置関係、有効な体の捌きを論ずるものなので、身体のありようや手足の離合を正しく習うものである。

必ず常に、行う行わないに関わらず常に心身を正しくしておくこと。
心身を正しくとは、歪みのない一方に偏らない、自然体の心身を指すのでしょう。

居合術を学ぶ者の注意点は格別に注意をして行けと言います。注意の仕方は「心身を正しく」でしょう。
1、人と対談する時、1、大勢の人の中を通行する時、1、暗夜の通路を通る時、1、路の曲がり角を通る時

古歌一首

剣術の方法や流派はいくらでも有ろう事なれど、敵が我に何をしようとするのか敵の心を我がものとする事が肝要である。

*敵の心を我がものとする、その方法は「身心を正しうする」ことなのでしょう。この土佐の居合にある「神妙剣」の教えなのでしょう。2013年11月20日、21日、22日、12月1日

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