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2014年4月23日 (水)

曽田本その2を読む2の1英信流居合の形序

曽田本その2を読む2

 英信流居合の形(大江正路先生、堀田捨次郎先生著) 序
(自分昔中学時代二、三、四指導を大江先生より受けたる際単に長谷川流の形と云て居たり(明治37年頃))

無双相伝英信流伝書の業付とは全部不合也(大江先生の独創ならん)

「元来居合術は敵を斬る形なり故に居合には形と云うものあるべからず伝書に示さるゝ詰合之位、太刀打之位と云うべきなり」

*大江先生の形は大正7年の「剣道手ほどき」によって「英信流居合の型」が文字になっています。
曽田先生は大江先生の「英信流居合の形」について、中学時代に2、3、4回大江先生から指導を受けた事がある、その当時は長谷川流の形と云っていた。明治37年頃の事だと云います。
無双相伝英信流伝書の業付にはどの業も適合しないので大江先生の独創だろうとしています。

曽田先生は明治23年1890年に生まれています。中学時代ですと明治35年1902年12歳の頃です。明治36年1903年でしょうか高知二中に入学しています。この年行宗先生に入門しています。
明治33年1900年大江先生は高知二中の剣道教授となっています48歳でした。

「英信流居合の形」は古伝の相伝されたものにも見当たらない、全部業付とも合致しないので大江先生の独創だろう。と云います。
業名は独創ですが、内容は出合(出合)・拳取(附入、附込)・絶妙剣(請入、請込)・鍔留(月影)・真法(打込)などは古伝太刀打之位を参考にされています。括弧内は古伝の業名です。
独妙剣・請流は大江先生の独創でしょう。
業名を変えてしまうと業の持つ意義も異なる様になるものですからその辺にも独創風の印象が強かったと思われます。

大江先生の「英信流居合の形」と云う言い方は、居合と云うのがもともと敵を斬る「形」なのに其の上「居合之形」と云う言い方は無いだろう。
古伝の言う様に「詰合之位」とか「太刀打之位」とか「位」と云うべきだろう。と云うのです。

大江先生、堀田先生の「剣道手ほどき」は大正7年1918年に発行されたものです。
曽田先生が大江先生から指導されたのが明治37年1904年頃ですからすでに14年ぐらい経っています。
明治19年1886年警視庁が「指導上の統制から「警視庁流撃剣形十本」を作っています。
明治39年1906年には「大日本武徳会剣術形天・地・人三本」が発表されています。
その後明治44年1911年には中学校の正科に剣道が加えられ、統一普遍の「形」が求められ大正元年1912年には「大日本帝国剣道形太刀形七本、小太刀形三本」が制定されています。

大江先生の「長谷川流の形」という明治37年1904年頃の言い回しの方が「居合と云う形」に「形」を重複させないので良いという程度のものでしょう。
形はどの流派にもあったもので、土佐の居合は、「位」「仕組」他流では「組太刀」「「形」「勢法」などいろいろです。
土佐の居合も太刀打之位・詰合之位・大小詰・大小立詰・大剣取・小太刀之位などよく整理されていました。位よりも形が一般的だったのでしょう。

現代ではこの大江先生の「英信流居合居合の型」を「無双直伝英信流居合道形」と呼び中には「太刀打の位」とも呼び習わしています。

大江先生の「英信流居合の形」と詰合之位はぜひ勉強して置くべきと思います。
出来れば、太刀打之位、大小詰、大小立詰、大剣取などを稽古されれば、剣術の有り方が理解できてくるはずです。
総合武術にまで至りたい方は夏原流和や板橋流棒などによって体捌きや運剣の至らない部分を補って余りあるものになるでしょう。
残念ながらこれらをすべて指導できる先生は現在の土佐の居合である無双直伝英信流の中に居られるかどうか知りません。

土佐の居合の古伝神傳流秘書を片手に研究会をやっています。道場や師伝を越えて持てる技能を惜しみなくご披露いただければ道は開けると思ってます。

有る先生曰く「古伝などいくら研究しても真実はつかめない」、又ある先生は「自流の掟を破壊する行為である」、又曰「大江正路先師の教え以外に無双直伝英信流は無い」。
更に「古伝など研究するから競技会で勝てない」だそうです。

現状認識しか無いそれも真実でしょう。
何か、近現代史を正しく学ばなかった戦後の日本教育によって、近隣諸国からの抗議に対し国民一人一人が正しく反論し、或は正しく謝罪する術を知らない様な鬱々としたものを感じます。

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コメント

ミツヒラ様、まさに「陽だまりの樹」になりつつありそうな御話ですが私も「大会でする業を先生に申告しないと参加させない」と云われ、しぶしぶ教えたことあります。すると「この業はダメ、あの業はダメ」終いには「競技大会で勝つためには先生が指定した業をやらないと出さない」など、日頃大した指導もしていないのに競技大会が近づくと騒ぎ立て、最初の師匠が亡くなってからはこの事務方あがりの二代目代表と取り巻き先生には散々でした。
競技大会の業は日頃、稽古している無難な業は選ばずに、へそ曲がりにも少し難しい業を好んでやりました。「自分自身の勉強のために、こういった場所で挑戦しなくて何の意味がありますか?」と云ったことを思い出します。

最初の師匠は、私を信じてくださって、業選びに口出ししたこと無かったですが。

師匠や先生、指導者と呼ばれる方たちが今、もっとも必要なことは「信」の道ではないでしょうか。
「信」とは人+言で、約束をまもること。つまり言うこととすることを同じくすることです。これを言行一致といい、これは禅のもっとも大切にするところです。つまり「信」とは言行一致の精進の上に成り立つのです。
言行一致の精進をして始めて人に用いられるようになります。これを「信用」といいます。信用されてさらに精進することで、人に頼られるようになります。これを「信頼」といいます。

私のよく行く禅寺の和尚の言葉を真似てみました。

信頼の証の前差しが泣いております。

5月の京都の大会も、各地方の方々の演武を目にして勉強するチャンスですから、自称京都つうを気取って、演武を見学せずに、ぶらぶらしている方は御用心、見苦しいですね。

からくり侍様
コメントありがとうございます。
良いお話ですね、挑戦する弟子には、とことん付き合って納得のいくものとしてやるべきでしょうね。最初からダメでは何を指導してきたのやら・・。
もう京都大会もすぐです。相変わらず物見遊山がてらの似非修行者はいないと信じています。
        ミツヒラ


投稿: からくり侍 | 2014年4月23日 (水) 13時37分

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