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2014年4月17日 (木)

曽田本その2を読む14長谷川流奥居合抜方6行違

曽田本その2を読む

14、6長谷川流奥居合抜方(大江正路先生、堀田捨次郎先生著)

△立業

14.行違(進行中正面を柄頭にて打ち后を斬り又前を斬る)
右足の出たる時(敵の顔面を柄頭にて)左手は鞘と鍔を拇指にて押へ、右手は柄を握りたるまゝ前方に伸ばし柄当てをなし、其足踏みの儘体を左へ廻して後方に向いつゝ抜き付、右手(? 曽田メモ)にて斬り、直に前方の右へ振り向き上段にて切る。

*この業は古伝神傳流秘書の抜刀心持之事では「連達」でしょう。
「歩み行内前を右之拳にて突き其儘に左廻りに振返り後を切り又前へ振向て打込也」

古伝の「行違」は「行違に左の脇に添えて払い捨て冠って打込也」というもので、前進中前方から歩み来る敵が左脇を通過する寸前に、刀を抜き左肘の上に乗せ左脇に添えて右足を踏み込んで敵の左胴を払い捨てに斬り付け左に反転して上段から斬り下す、と云うものです。袖摺返の様な運剣が含まれるものです。
大江先生によって改変の際捨て去られた大業です。

古伝の連達は前方から二人の敵が歩いて来て、先頭の敵を遣り過ごすや後方の敵に右拳で打込み怯む隙に後方へ振り向き、異変に気付いて振り向く敵に斬り下し前に振り返って真向から斬り下すものです。

曽田先生は大江先生の後の敵を斬る際「ここで右片手抜き打ちかい?」というのでしょう。

下村派の行宗先生の「行違」「柄頭にて前をつきふり返りて切る」だけです。

下村派細川義昌先生の系統と思われる白石元一先生の場合は、「摺違(歩行中擦違う際敵を斬る意):歩行中敵と擦違う一歩手前に於いて右足を踏み出し刀を抜き、左足を出すと同時に刀を左側に取る。此の時右手は左肘の外に位置し、左手は鯉口を持ちたる儘右脇腹に取り左右の腕は交叉す。
続いて右足を踏み出し擦れ違いざまに敵の胴を横に払い、直ちに振り返り右足を踏み出すと同時に、再び上段より斬り下す」古伝の「行違」です。

古伝では大江先生の技は「行連」なのでしょう。「行連」の業名は既に奥居合立業の部一本目に使ってしまいました。
大江先生は「行連」は同一方向に歩み行もの、「行違」は前方から歩み来て擦違うものとされたのでしょう。

このように、古伝の業名と業技法をいじらなければならなかった理由が伝わってこないのはどうしてでしょう。
土佐の居合に大森流を入れたりしてもその理由が述べられていたし、重信流を英信流と呼びならわす理由も古伝は伝えて来ています。
運剣の所作が刀の形状や帯刀の違い、そして人の力量と共に変化するのは当然ですが、大江先生の改変は釈然としません。
明治維新の大改革の中で何か大きな空白を感じています。

古伝神傳流秘書抜刀心持の業名と大江先生の無双直伝英信流の奥居合の業名とを対比しておきます。

古伝:大江先生
向拂:霞、柄留:脛囲、向詰:両詰、両詰:戸詰・戸脇、三角:なし、四角:四方切(変形)、棚下:棚下(変形)、

人中:壁添、行違:連達、連達:行違、行違:なし(袖摺返変形)、夜之太刀:信夫、追懸切:なし(正座の部追風変形)、五方切:惣捲(変形)、放打:惣留、虎走:虎走、抜打:暇乞(1・2・3)、なし:門入(創作)、

抜打:なし、弛抜:なし(受流変形)、賢之事(不明):なし、クゝリ捨(不明):なし、軍馬之大事(具足の心得):なし

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