« 曽田本その2を読むの4曽田メモの1居合術 | トップページ | 曽田本その2を読むの4曽田メモの3居合とは »

2014年7月16日 (水)

曽田本その2を読むの4曽田メモの2居合の意義

曽田本その2を読むの4曽田メモの2居合術の意義並修行の目的

*前回同様曽田先生は目についた事は、熱心にメモされたり新聞、雑誌の類は切抜きをされています。
残念ながら、その出典が書かれていません、新聞記事などは日時等もありません。ご自分の修行の糧とされたのでしょう。

「剣を学ぶは道を学ぶであって凶器を弄ぶでない」とは古哲の言である。
居合術は真剣を以て行う正真正銘の剣道であるからその目的とする所は実にここにある。
然らば吾人は居合に因て如何なる道を学ぶか、心身の鍛錬をするのである。
人として忠孝、礼儀、廉恥、質実、剛健の諸徳を養成するのである。
身心の鍛錬は之を調身、調心、調息の三つに分類する事が出来る。

◎調身とは姿勢を調えることである。
居合には始終礼儀、座る、立つ、抜き付、打ち下、皆夫々の作法姿勢があり而して全身の元気を気海丹田に収ることになって居る、之が調身である。健康上より云うも錬膽上より云うも気海丹田に力を入ることの肝要なることは敢えて喋々するまでもなく禅学等皆然り。

◎調息とは呼吸を調えることである。
呼吸すは風、喘、息、気の四種あり。
息が調相余り乱相であるけれども正気は武道の重んずる処である。

◎調心とは精神を調えることである。
大敵を見て懼れず小敵を見て侮らず無念夢想万物一如の域に達するのを窮極するので此処に達するには慎独克己から始まるのである、古来より我が日本武士道に於ては正義を貴ぶ。

*曽田先生はこの身心の鍛錬の調身、調心、調息の教えを座禅から引用され、そして居合の修行に当て嵌められたのでしょう。

居合を修行される方は座禅を好まれる方も多くおられる様です。この辺の所は座禅を試みられて実感していただくとか、書籍では佐藤道次先生の「武道の真髄」をお読みいただくのも宜しいかと思います。
2カ月ほど前に、座禅をしてきました。
30分してしばし休息し再び30分の座禅でした。
居合に因っていつの間にか鍛えられていたようで、姿勢を調え坐する事のみは然したる事も無いのですが、無念無想などとんでもない、妄想も思考の世界にも入れず、睡魔さえも襲って来ずに、ただ丹田に気を集めるばかりに終始して終了です。

|

« 曽田本その2を読むの4曽田メモの1居合術 | トップページ | 曽田本その2を読むの4曽田メモの3居合とは »

曽田本その2を読むの4」カテゴリの記事

コメント

ミツヒラさま
最近、手にしました
加茂治作先生の書籍にも、居合いの大事が書かれていました。
得てして、業の形ばかりに執着し、自身で研究もせず、教えられたままにされる方を、しばしば、見かけます。
そういう風体に、悲しい気持ちが湧いてしまいます。
簡単にやってしまうことに、どのような意味があるのでしょうか。
業をできれば、それでいいような風潮は、居合いの衰退に繋がります。
気剣体の意味も飾りになっています。
せっかく、居合いに出会いながら、大層勿体ないことだと思う、今日この頃です。
ann☆

annさま
コメントありがとうございます。
居合も武術、武芸ですから師伝を習って形から学ぶのも当然でしょう。
それについては、どの習い事も同じでしょう。
形らしく見せるのは、女性に叶いません。
同時に門を叩けば大方女性の方が上手に見えるでしょう。
まして美しい方が、理に適った動作をされれば、大抵魅せられてしまいます。
美形でも無い不器用な男が目指す物は何かですが、不器用な人は、其のうち業技法の修練を怠り、居合は人格形成を目指すものなどと言って嘯いています。
さて・・。それでは守破離などありえません。習い・稽古・工夫・習・稽古・工夫のスパイラルによって身につくものがあると信じています。
習いも稽古も無く、工夫だけではどうなってしまうでしょう。
          ミツヒラ

投稿: ann | 2014年7月17日 (木) 02時24分

ミツヒラ様、まとまりの無い私的なコメントを新たなる御教示を含めて、まとめていただけた様に感じております。
云いたい事を、上手く文章で表現するが子供の頃より苦手な私ですが、ミツヒラ様の胸を借りて稽古させていただいております。
本当にもったいない! 制定居合と云う居合風剣道形でも良いですから、しっかりとした『抜き付け、鞘引き、気勢気迫』に判定の旗を上げるべきですし、序破急の無い切っ先の死んだ居合、新体操や姿形重視、または人間関係のしがらみで判定される様なジャッジでは素人が見ても感動は無いでしょうし居合を馬鹿にしているのでは?と思ったわけです。
素人や若段者の目は馬鹿に出来ないでしょう。次回の大会観戦者、参加者の数は良い目安ですし、考えどころでしょう。
以前に所属しておりました道場も、しっかりとした御目付役が引退後は、心得違いの方々の舵取りで先輩剣士が次々と離脱しまた、残った者には十分なる指導も受けれない空白が数年続き、我々の上には名ばかりの指導者とその取り巻き体制になってしまったため、当然のこと、上記の様に大会や講習会参加者激減し始めました。それを止めるために、個人管理カードを作成し大会や講習会の参加ごとに印を押してもらう小学生の様な団体になったわけです。
またこのカードの印の多い少ないで、昇段審査の個人権利まで操作出来れば、抜き付けも出来ない名ばかりの代表や指導者でも一応締め付けが効くと安易な発想になって行きます。
良い先生や先輩剣士も多いのですが、あまりの馬鹿らしさに閉口です。
そんなこと二度とゴメンです。
幸いなことに、模範的演武をされる白髪になった御高齢の男女の多くの先生方の『鋭い気勢気迫と抜き付けと年輪にともなった、味わい深い居合』をまだ拝見いたせる現在の団体に所属していることは素晴らしいです。今の内に良い舵取りをと願っております。
学生居合などの姿形の体操、刀の振り込みの力強さなど何する者ぞ!勉強せいよと…私も何時かは斯くありたいと…。

投稿: からくり侍 | 2014年7月17日 (木) 10時23分

ミツヒラさま
お返事いただき、ありがとうございます。
師より、対面でのお稽古を受けさせていただき、ほんの最近、気を練ることが、どういうものか漠然と感じ始めてきました。
師は、わたしに、気剣体を自得することを促されているのだと感じています。
師が、業に入るまえ、気のうねりのようなものを感じます。
風林火山のような。
わが師を、例えるなら、そのような方です。
居合いのすべてを、惜しげもなく、見せてくださり、わたしは、それを真似るだけでなく、湧いてくる疑問を、自ら考え、検証し、師に問います。
業に対しての理解が、より深まるのは、ミツヒラさまのいわれる大事が、そこにあるからだと思っています。
すべてに、感謝しております。
ann☆

投稿: ann | 2014年7月17日 (木) 10時29分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 曽田本その2を読むの4曽田メモの1居合術 | トップページ | 曽田本その2を読むの4曽田メモの3居合とは »