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2014年7月26日 (土)

曽田本その2を読むの4曽田メモの5居合術の伝統の8大江正路

曽田本その2を読むの4曽田メモの5無双直伝英信流居合術の伝統の8

第17代 大江正路子敬(蘆州と号す)
旧姓濱田と云う、高知江ノ口の人、剣を馬詰栄馬に居合は五藤正亮に就いて学び大日本武徳会剣道教士。居合術範士にして元第二中学校剣道教師として奉職し一方居合術も担当せり。
後第一中学剣道教師武徳会高知支部剣道教師たり。谷村樵夫歿後は居合術おもに担任せり。
昭和2年没せらる。

*大江正路は「おおえまさじ」と読みます。一般におおえまさみちと聞き覚えている様です。
大江先生の娘さん「メリー・キヨシ・キヨオカ」(明治明治29年1896年から平成8年1996年百歳で没す)が語るのを手記して息子の「ロイ・キヨオカ」が出版した「カナダに渡った侍の娘(Mother Talk by Kiyooka)」によりますと、「おおえまさじ」とルビされています。

大江先生は嘉永5年1852年生れ。
明治維新1868年戊辰戦争出陣
明治3年1870年藩立文武館剣道専業拝命
明治33年1900年高知2中剣道教授
明治42年1909年高知1中赴任
大正2年1918年大江・堀田共著「剣道手ほどき付録」
大正13年1923年居合道範士
昭和2年1927年没

現代居合を古伝から改変して、無双直伝英信流居合術の新生を計った先師として大江先生の居合以外は流派の居合に非ずという処もある位です。
先師の教えを聊かも変えてはならないと云う割には、大江先生の居合が直に伝わって来ないのも何か不思議な気がします。

業の理合は変わらずとも、時代の環境変化は大きく、体格・生活習慣・心に影響します。
如何に理合が継承されていても動作に変化があって当たり前でしょう。
相当の段位の方が、師匠筋に対し業に於ける動作が毎年の様に変わって習う者は困惑している、と言って師家の逆鱗に触れた様です。
動作の違いなど当たり前の事で一つ覚えの所作通り敵が攻撃してくれる訳など有る筈もなく、初心者ならばともかく、道理を弁えない呆れた話だろうと思います。

日々進化すると共に、元を振り返って「何故違うのか」を理解しなければならないのでしょう。
稽古とはそういうものだろうと思っています。

更に現代科学が先師の血と汗で築いた人の動作を、より有効な運剣動作として示唆してくれるのかもしれません。
武術である居合文化の継承を何に求めるのか、形に拘って伝統文化の継承と称して剣舞に終るのか、今を生きる者の知恵として武術の真諦を追い求めるのか、はたまた居合体操としてか、何かがじわじわと変化して居る様な気がしています。

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コメント

ミツヒラ様、毎日暑いですね。
ましてや居合に対する気持ちも熱い夏です。
以前にコメントいたしました『序破~止めて、急』の抜き出しもですが、左耳後を切っ先で突く様な振りかぶりも、自分の体の中心軸から右手首を左(左頬に右手首が触れるくらい)に入れている方が多いのも、居合ワザとしてではなく、形のポイントとして審判員から分かりやすくすると云う学生の居合風剣道形あたりから始まった可能性がありますね。 整体した横一文字でも半身の横一文字であっても、体の中心から右手首を左に入れて振りかぶるのが何故ダメなのかは、正面に対敵を意識すれば分かると感じますが、どうでしょうか?
刀は攻撃と防御の役目がありますからと云えば気付くでしょうか?
この不自然な右手首の動きに、「右耳後を切っ先で突くような振りかぶりが出来ている」と安心する様な審判員は大丈夫?と思ったわけです。 しかし、こんな不自然な右手首の動きを体得してパフォーマンス出来るほどに身体能力は抜群に高いので勿体無いですね。居合風剣道形から居合の剣理や術理をしっかり理解した後は、素晴らしい演武が出来ると感じます。 せっかく真剣に制定居合12本を練習している方々が自信を持って演武出来ると良いなと思っております。
変な癖を付けてから、古流を学ぶ時に苦労するのはつらいと感じます。
後、初心者は、いきなりやっても出来ないからと云って、持論を含めたり、中間に動きを追加(多分、序破~止めて、急も?)されて、その補助的?動作が抜けなくなったり、残ったりは無責任でしょうね。
だから観ていてもあまり感動が無いのかなぁと自問自答しております。
自流のワザ前は生き生きして演武される方々や御高齢でもキリッとした演武が観れるのに不思議です。

からくり侍さま
コメントありがとうございます。
流派のもつ特色を失わせてしまうような形を強要する事については違和感を感じます。
本来古流を阻害する様な事が無い様に組み立てられても、指導者や審査する方の思いが希薄ですとあらぬ方に行ってしまうでしょう。
同時に古流を思う方が段位に拘ると流派の特色は薄らぐものと思っています。
更に古流は消えゆく運命もあるようで、最後に残ったのが制定居合であったら泣けてしまいます。
古流をしっかり身に着けて、制定居合を稽古する仕組みが必要でしょう。
古流道場主のつらいところでしょう。
          ミツヒラ

投稿: からくり侍 | 2014年7月26日 (土) 15時39分

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