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2014年7月18日 (金)

曽田本その2を読むの4曽田メモの4居合と剣道

曽田本その2を読むの4曽田メモの4居合術と剣道の関係

剣道、柔道は今や中等学校の正科となり且つ武徳会に於ても之が奨励をなすを以て大にその普及発達をなし各隆盛に向いつゝあるは実に喜ぶべきことで而して我居合術は剣道の一派にして実に剣道とは密接の実像あり。
居合術は剣理用法整然たるものがある、所謂普通剣道の基として深味があるから徳川幕府時代には盛に之を修習し一層胆力の養成に資する所がある。

然るに当今立派なる武道家、殊に剣道家に在て単に竹刀の業のみを以て能事畢れりとなし真剣用法は勿論日本刀の名称すら知らざる者多々あるは実に痛嘆の堪えざる所である。
茲に於て之を慨し居合術の効果を力説し之が普及にかむること必然たるを疑わず。

居合術と剣道とは共に其の目的を一にし且つ其の用法は多岐に渡り臨機変化之要諦を尽くしたるものにて剣道とは□歯□□の如し(ここには4字熟語で二番目に歯の付くものを入れてみてください)。
然るに世人ややもすれば居合術を単に保守的武術視し敢て重きを置かざるものあるも是は誤れるの甚しきものにて居合術の真義を解せざるものというべし。

*この論文は、何を言いたいのかよくわかりません。「居合は剣道の一派にして実に剣道と密接に実像あり」と云って、「居合は剣道の一分派」と云った河野先生の無双直伝英信流居合術全の書き出しに「分派にあらず剣道の一部門だ」と文句を付けておき乍ら(2014年7月15日居合術)、今度は「一派」と云って居ます。
居合は剣術の一部門であって刀を抜いて立合う以前に鞘の内に勝負を決するものでしょう。また日本刀を以て仮想敵に対して応ずる空間刀法で、相手を要し打突による竹刀剣術とはその稽古には違いがあっても剣術の目的とする所には違いは無いと思っています。精神論などはどのような事でも其の積りになれば得られるはずで居合ばかりを良しとするものではないでしょう。
居合が真剣による空間刀法と云えばある藁切屋さんは実際に物を斬らねば意味なし、と仰います。
形、当てっこ、空間切、据物切、次は動態切ですか。

相手を切って勝負を決する事は許される訳はないのは当然です。当てっこも竹刀剣術にルールを決めスポーツ化した為に真剣の日本刀の操作法が失念し打突のみに終始してしまうと云われます。

曽田先生はその辺の事から、竹刀剣術では白兵戦の際用をなさないのだから真剣刀法の居合をもっと評価しろといっているのでしょう。
竹刀剣術の合同稽古で号令による一糸乱れぬ打込みを見ていますと、従順な兵士の養成には良い方法だったと思えてきます。
精神論ばかりで殺されてしまった同朋の多くを思うと胸が痛みます。
この論文は昭和10年代のものと思います。日中戦争、太平洋戦争へとひた走る時期だったと思います。
居合は、個人教育による部分が多く、個性豊かな剣士を生み出せるようですが号令に従って運剣操作する業は乏しいものです。
河野先生は昭和14年に合同稽古向けに大日本抜刀流(現在の抜刀法)8本を創作されています。

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