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2014年7月31日 (木)

曽田本その2を読むの4曽田メモの6メモの4小詰

曽田本その2を読むの4曽田メモの6メモの4

小詰(獅子洞出・獅子洞入の事)
小詰は尖(するど)になじると云うことなり、相手の右手の膝に太刀を押し当るが如くに鋒先をさゝえて構うるなり。
この形を獅子の洞出と云い洞穴より猛獣のたけって出るに喩ゆ、此太刀さき三寸へつけてより(弓)手の肘を捧げ相手の太刀さきを押さえる、相手拳を払う時太刀を摺り込んで両腕を押へ詰めて勝なり。
この有様を獅子洞入りと云い鋒をもって敵の胸板をつらぬくことを小詰と云う。

*これは特に出典が書かれていません、これも武術叢書からの引用でしょう。
江戸期の古文書ですから大凡意味は通じるでしょうが、読み込んでみます。
「小詰は鋭く切先で相手を攻めると云う事である。相手は右膝に太刀の柄を押しあてる様にして切先を立てて構えるのである。
この形の構えを獅子の洞出と言って、洞穴より猛獣が猛り狂って飛び出して来るのに応じるのに譬えるものである。この太刀先3寸に我が太刀先3寸を付けて寄り、右手の肘を捧げる様にして相手の太刀先を押える。
相手は我が拳を獅子洞出の構えから左拳を払って来る時、我は太刀を摺り込んで受け外し相手の両腕を押さえ詰めて勝なり。
この有様を獅子洞入りと云い切先を以て敵の胸板を貫く事を小詰と云う。」

武術叢書の中に柳生新秘抄が含まれています。
「本書は柳生宗在(宗冬の子)の門弟佐野嘉内勝舊の手になれる新陰流の形の目録の註釈書なり。全く禅理を離れたる武功上の談理にしてこの種のものとしては最も古きものなり。正徳6年1716年の著なり」とあります。
柳生新陰流の「兵法家伝書」が寛永9年1632年に柳生但馬守宗矩によって書かれています。柳生新陰流の勢法(形)の手附の様ですからこの頃にしては最も古いものというのでしょう。
この小詰は上泉伊勢守が当時の主だった流派である念流・新当流・陰流などから極意を九個にまとめたものとして九箇之太刀の中に見られます。

この小詰を曽田先生は何故メモされたのでしょう。柳生新陰流の勢法を知っていたとは思えませんので、「獅子洞入り・獅子洞出」の文言が英信流居合目録秘訣と同じ事に気が付きメモしておいたのでしょう。

この「小詰」の勢法を稽古して見ます。尾張柳生の赤羽根先生の「江戸武士の身体操作柳生新陰流を学ぶ」をお借りします。
打太刀、右膝を折り腰を低くして太刀を右膝の上に斜めに立てて構える。
仕太刀、下段に構えた太刀を、右拳を左目の高さに上げ刃を上に向けながら進み、間に入って打太刀の左胸を突く勢いを示して、腰を低く構える。
打太刀、仕太刀の拳を小さく打っていく。
仕太刀、拳に当たる寸前、膝を得まし腰を落として、打太刀の太刀を右峰で斜め下に打ち落す。太刀を中段に戻しながら中墨を突いて残心。

稽古の後に曽田メモを読み直しますと「小詰」が読み解けます。
なお曽田本の居合兵法極意巻秘訣に神心入相事というのがあって其の中に「虎乱剣」があります。
「虎乱剣事山野幽谷を通るとき虎狼抔或は手負獅子抔我を目懸てかゝりきたる時場を見合せ前一方明て三方ふさがりたる穴の如くの所に寄って膝を組刀を抜き切先を向うにし右脇へ引付て構べし猛獣飛でかかれば己と貫かるゝ也、柄を腹へ当てゝ真向うに構ることなかれ猛獣のいきおいにまけて腹へ強く当たり不覚とる成る也」

この虎乱剣の構えを小詰の右膝上に刀を立てて構えるのに似ていると反応されたかとも思います。

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