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2014年8月18日 (月)

曽田本その2を読むの4曽田メモの8神道無念流居合一本目

曽田本その2を読むの4曽田メモの8神道無念流居合一本目

神道無念流(立居合12本)

一本目意義
数歩前方にある敵が将に刀を抜かんとする機に先立ち敵の右前肘を下方より切るも、続いて敵前進し来るを以て後退して切り、更に敵の後退するを進んで切るのであって此の時敵は倒れたるものとす。

動作
第1.右足より前進し2歩目左足にて柄を握り3歩目右足を出すと同時に抜刀(此の時左手で鞘を前方に出す気持を加え後方に振り上げ上体を左斜めにして十字形をなし左足は右足につれ前方に送り左足先を右踵に接する如くする)敵の右前肘を下より切り上ぐ。

第2.次に右手を左肩より振り冠り左手を添え右足を一歩引き敵の正面を切る。

第3.更に右足一歩進め真向より切る。

第4.納刀

*解りやすい手附ですからこのままにしておきます。
一刀目の切上げの刀は、切先天を衝けば全剣連の5本目「袈裟切り」、床に水平ならば全居連の3本目「切上げ」です。
「左手で鞘を前方に出す気持ちを加え後方に振り上げ」解りにくい表現ですが、其の儘書かれている順番にやればいいのでしょう。

二刀目は敵の攻めに応じて踏み込んだ右足を引いて「正面を切る」ですから諸手真向切り。

三刀目は敵が臆して退く処を右足を踏み込んで真向切りです。

足捌きは一刀目は右足を踏込み斬り上げると同時に連れ足捌きです。二刀目は左足を軸に右足を後方に引いて真向、三刀目も左足を軸に右足を踏み込んで真向。

*納刀は前回の方法です。

1.右の足を左足に引き付けると同時に刀を左肩に担ぐ如く持ち来たり左手は鯉口を持ち鞘を正しくす。

2.左手の拇指と食指とにて「はばき(鎺)」の近くを挟み右手の拇指は縁頭の近くを其の他の指は下より鍔及び柄を持つ。

3.左足を後方に一歩引くと同時に右手を以て刀身を前下に引き刀尖を鯉口の処に持ち来る。

4.右足を左足に引きつゝ刀身を鞘に納める。

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コメント

ミツヒラ様

立居合の一本目の初太刀切り上げの足さばきは、(此の時左手で鞘を前方に出す気持を加え後方に振り上げ上体を左斜めにして十字形をなし左足は右足につれ前方に送り左足先を右踵に接する如くする)となっていますが歩幅が狭く感じられます。八戸伝では一文字になるように腰を落とすのですが、腰を落とさず切り上げをするとのことなのでしょうか?

machidaさま
コメントありがとうございます。
この立居合は神道無念流の立居合12本中の一本目ですが、曽田先生の出典を捜していたのですが、どうやら太田龍峰先生の居合読本を参考に、一部文言を変えて曽田本2に残されたものでしょう。意義も動作もそっくりです。
お尋ねの腰を落とすか、突っ立ちかですが神道無念流の開祖は野州の産天明年中の人也です。天明は1781年から1789年ですから徳川政権期の第10代家治のころです。
甲冑を着しての剣法は素肌剣法に変わって来ている、しかし甲冑剣術も捨てられない懐古趣味も旺盛だったでしょう。
江戸に出て四谷に道場を構えていたそうです。
幕末には三剣客の一人斉藤彌九郎を出しています。
時代背景から見て江戸遣いの素肌剣法がこの流の基本でお話しにある八戸伝は、運剣は流の方法を取り入れ、その地方の習慣に則して変えてしまった伝承だろうと思います,が事実は判りかねます。
此処では「一刀目の抜付けが敵の刀を抜かんとする右前臂です。遠間からでしょうか右足を大きく踏み込み、斬り上げるや左足を追い足で攻め込んでいます。右前臂を切られても浅手なのか其の儘敵が攻め込んで来るので踏み込んだ右足を一歩後方に退いて間を外し上段から真向に斬り下し、今度は下がる敵に右足を踏み込んで敵を真向から斬り下し左足を追い足に右足に引き付けています。
斬って間を詰め、間を外して斬り、間を詰めて斬る。
右足を左足に踏み揃え同時に刀を左肩に担ぐ様にして、柄を右手で逆手に持ち替え左足を後方に退いて、刀尖を鯉口に持ち来たり、右足を左足に引き付け納刀する、斬った敵から離れつつ納刀しています」
土佐の居合と違う処は、大きく足を前後に開いたまま斬っている土佐の居合の居つく状況を嫌っていると思われます。抜刀から剣術への術理でしょう。
時代の要請に合わない武器、武術は実戦に向きません。
この一本目を設対者を設けて、様々な攻撃を仕掛けてもらえば、高い姿勢も低い姿勢も。半身も入身も全て状況次第で無ければ応じられない事が理解出来ます。
自然に足腰の動きが作られる筈です。無理やり腰を落とし、両足を開き、四股を踏む態勢を絶対とするのは稽古途中の方便であったり、それで良いかは疑問です。
戦国期の甲冑を着け太刀を帯する術理は古伝伝承として趣味の範囲で楽しめばいいものだろうと思います。
当然その時真向打ちは・・。
            ミツヒラ

投稿: machida | 2016年8月 4日 (木) 04時32分

ミツヒラ様

コメントありがとうございます。この曽田本に残されている立居合ですが、戦前に国士舘大学にて夢想神伝流とともに稽古されていたようです。(警視流及び戸山流も)

machidaさま
コメントありがとうございます。
ネットですと現在は田宮流だそうですが全剣連に加盟されている様ですから、競技会や段位に目が行ってしまい、田宮流を卒業までにどこまで出来ているのか指導者次第ですね。
稽古も毎日出来るので社会人より恵まれている筈です。古流をしっかりやれればいいですね。
         ミツヒラ

投稿: machida | 2016年8月 4日 (木) 23時47分

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