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2014年8月14日 (木)

曽田本その2を読むの4曽田メモの7河野文通の6大森流

曽田本その2を読むの4曽田メモの7河野文通の6大森流

(大森流始祖は大森六郎左衛門との御説に依り確信を得まして心より感謝いたします)

*河野先生が感謝した内容は、大森流に就いて、「林六太夫(9代の)剣の師匠大森六郎左衛門が真陰流の古流5本の形から案出して英信流に附属せしめた・・・との説を根拠として大森流は始祖大森六郎左衛門とする一説」
によるのでしょう。

(A)然してその時代(9代林六太夫先生)迄は正座大森流はなく(B)長谷川流の立膝は英信のはじめたものとすれば英信以前には立膝及び正座は無き訳ですが無双神伝流として林崎より伝来せしものは(現今の業を以て称へば)今の奥居合の居業、立業のみであったのですか。

結局
1、奥居合も居業、立業は林崎先生以来伝承今日に至る
2、立膝は英信に始まる
3、正座は(始祖大森六左衛門)にて9代林先生の頃より始まる

と見て差支え無いでしょうか

◎然して現今大森流を(9代以来)附属せしめて之を無双直伝英信流と称すとして差支え無く之然るや

*この辺りはすでに流名、大森流などの事を2014年8月8日から12日の処でやり取りした締めくくりの様な物でしょう。

古伝神傳流秘書に依れば、大森流は9代林六太夫の剣術の師大森六郎左衛門によって創案され9代が土佐の居合に組み入れたとされています。

英信流と云う流名は7代長谷川主税助英信が達人だったので神傳流秘書の居合兵法伝来では「目録には無双神傳英信流居合兵法とあり是は本重信流というべき筈なれども長谷川氏は後達人なる故之も称して英信流と揚げられたる由也」とあります。
無双神傳重信流居合兵法を無双神傳英信流居合兵法としたと云う由来が述べられていました。
其の後どうした理由か無双直伝英信流居合兵法とされて神傳が直伝になったのです。
根元之巻や東北地方の流名を考えると「夢想神傳重信流居合兵法」がもっとも始祖との関係を思わせる流名でしょう。
一歩譲って「夢想神傳英信流居合兵法」でしょう。
「無双直伝」では無い様な気がします。

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