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2014年8月15日 (金)

曽田本その2を読むの4曽田メモの7河野文通7先又は后之先

曽田本その2を読むの4曽田メモの7河野文通の7先又は后之先

居合は本来の目的よりして剣道の所謂、先々の先にあらずして先又は后の先の一刀と信じますが・・上意打ちは別とし(是とて上意と呼びなすと□る)一切敵を「だまし」打にする事は之無と信じますが、立膝の岩浪に於て左向き右足にてトンと踏みたる時、敵ハッと右に振りたる其の胸(又はのど)をさすと説くは丁度之にては「ダマシ」打の教あり、本業の正しき解義を是□御教示の程御願申し上げます。

解答
正面より我刀を押さえんとするにより我先に柄を右によじて刀を抜き敵を突く技にして決して「ダマシ打」にあらず。
当突く時足を「トン」と踏むは突く刀勢を添うるものなるにより(又一説には敵我が刀を押さえんとする其柄を踏む心持ちありと)音にせずして突くもある事心懸くべし」

*河野先生は居合は先又は后の先を以って敵に応じるものだと信じている。敵を騙し討ちにする様な一方的不意打ちは無い、あっても上意打ち位だろう。上意打ちも「上意」と声を懸けるや抜き打つだと信じている。
そうであろうが岩浪の時、相手に振り向いて足をトンと踏み鳴らして相手をハッとさせてこちらを向いた瞬間に相手の胸を突くというダマシ打ちの教えが在るがこの業の本当の処を教えてくれと云って居ます。

その答えは、相手が我が刀を押さえて抜かさない様にするので、其の手を外して突く、足をトンとさせるのは刀勢を強くするので騙し討ちではないと返しています。
或は一説に敵が我が刀を押えんとして柄で押し付けてくる其の柄をトンと踏み付ける事も心懸けて置くことだ。と答えています。

河野先生の昭和13年の無双直伝英信流居合道の立膝の部岩浪の注意事項
「刀を突きこむ時、敵稍々距離ある時はトンと踏み鳴らして右足を前に踏み込み、敵近接する時は右足は音を立てずその位置にてなす」

*何か解った様な解らない様な事を仰っていますが今ではどこかでこんな事を指導している先生が居るのでしょうか。

政岡先生は地之巻で「足をトンと踏み鳴らすことは、敵の気を奪う為に行うものである」と仰います。

大江先生の岩浪「右に向き、左足を後へ引き、刀を体前に抜き直に左手にて刀尖を押へ、右膝頭の処へ着け、左足を右足に寄せ、体を正面に直し、左手と右手とを水平とし、其右足を其儘一度踏み全体を上に伸し、直に体を落し、左膝をつき右手を差伸し、左手は刀尖を押へたる儘、伸ばして刀を斜形として敵の胸を突き・・」と、トンと足踏みはしないでその場で足踏みして弾みをつけて突くわけです。

古伝神傳流秘書英信流居合之事岩浪「左へ振り向き左の足を引刀を抜左の手切先へ添え右の膝の外より突膝の内に引後山下風の業に同じ」

*曽田本その2はここから先は直心影流兵法目録次第・鹿嶋神傳元祖・神道無念流居合・行宗先生より中村虎猪ぎに授与したる中傳書写・刀剣各部の名称・起請文前書等のメモ書きがありますが、神道無念流居合以外は写書きしただけですから、割愛させていただきます。
神道無念流居合の業に就いては稽古をして見ようと思います。
カテゴリー及び題は「曽田本その2を読むの4曽田メモの8神道無念流居合」とします。

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曽田本その2を読むの4」カテゴリの記事

コメント

ミツヒラ様、何時も楽しみにしております。
『岩波』がダマシ打ちか?と云う書簡のやり取り、面白いですね。初めて私は知りました。
『暇乞い』は、ダマシ打ち故に演武は控える事は口伝にて聞きました。
本日は8月15日、69回目の終戦記念日。
あの真珠湾攻撃から始まった戦争ですが、アメリカ人側からは「日本のダマシ打ち」にあったので、やむなく日本と開戦に至ったとか…真偽の程は闇の中ですが、『ダマシ打ち』などと云う卑怯な行いを嫌う日本人気質が、居合ワザのお話しの中からも感じられます。
日本の軍事に『武道精神』を利用し使い勝手の良いサーベルから重い日本刀に差し替えて、最後は突撃玉砕、原爆投下と多くの命が失われました。そして69回目の夏、道場で稽古しておりますと、昼のサイレンと共に、しばし黙祷。
うばい合えば足らぬ
わけ合えばあまる
うばい合えばあらそい
わけ合えばやすらぎ
うばい合えばにくしみ
わけ合えばよろこび
うばい合えば不満
わけ合えば感謝
うばい合えば戦争
わけ合えば平和
うばい合えば地獄
わけ合えば極楽
相田みつを

沖縄の美しい海を埋め立てて。 何故か、上記の言葉が響いて来ました。

からくり侍さま
コメントありがとうございます。
お礼遅くなりました。涼しい処に少々遊んでただいま戻りました。
だまし討ち、闇討ちは当たり前の戦術ですが、問題はその闘争に至るきっかけと、いかにしてそれを避けるかの事が大切なのでしょうね。
他国を見くびったり、人種や、宗教を厭う悲しい現実の後ろに、糸を引く人間の魔性を感じています。
かといって何も生み出さないまま、和を口にするのはいやですね。
戦後69年人として本音で語り合い、互いの幸せを求める時代であってほしいものです。

      ミツヒラ

投稿: からくり侍 | 2014年8月15日 (金) 23時13分

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