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2014年8月 6日 (水)

曽田本その2を読むの4曽田メモの6メモの7霊夢

曽田本その2を読むの4曽田メモの6メモの7霊夢

昭和13年3月14日午前2時頃、虎彦霊夢により故行宗先生日頃の稽古着にて夢枕に立たれ、ご生前の如く親しく問答を交わしたり。
而して余は刀の納め方につき御示教を乞いたる処、詳にご伝授ありたり。

即ち、居合技に於て最も秘蔵にして重きをなすものは抜刀、納刀の妙諦を得るにあり。
納刀技は鯉口に刀棟を上より降ろすことなく、開きたる刀を其の儘左斜めに持ち来たり、棟にて恰も爪の皮を剥ぐ如く摺り上げ、鯉口の処にて巧みに刃を上に返して鯉口を後に繰り、右手は体の前方に伸ばし指3本にて支え、右手の伸びたる時は鞘と刀身とは一直線になる様に懸くべしと。

此の時先生は見事なる居合刀を持たれて居たが、「土居君(余をさす)此の刀で抜いてみたまえ」と云われたが、何は兎もあれ先生に「一本拝見さして頂き度し」と請えば、先生早速「然らば伯耆流居合を抜いて見せん」と立ち上がられたが此の時はかなくも夢醒めてそぞろの感に打たれたが之が所謂神秘夢伝とも云うべきであろう。

*この話は、岩田先生の平成元年発行の「土佐の英信流旦慕芥考」の名士の記録の中に霊夢として掲載されています。
岩田先生には大田次吉先生の御弟子さんから、曽田本の写しが送られたものです。

行宗先生が納刀の指導を夢の中でされた方法は、立膝の部の右に開く横血振りから、鯉口に「左斜め水平に持ち来たり、刀の棟で恰も爪の皮を剥ぐ様に摺り上げ」運び、この文章の意味はよくわかりません。鯉口の処で刃を上に向け、鯉口を後ろに引き、右手は前方に伸ばし、小指、薬指、中指の3本で支え、右手を伸ばして鞘と刀身を一直線にして納刀する、と教示されたのでしょう。
上からクルット落し込む様な納刀では無いようです。

夢が覚めてしまい行宗先生の伯耆流は見られなかったのでしょう。残念です。
この昭和13年1938年は曽田先生48歳、行宗先生は亡くなられて24年経っています。存命ならば88歳でしょう。
曽田先生の多感な中学時代に、当時50代半ばの円熟した行宗居合に導かれた恩師への懐かしい思いなのでしょう。
この頃昭和10年に穂岐山先生が亡くなり、共に形を打った竹村静夫先生が昭和13年1938年に亡くなっています。

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