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2014年9月 9日 (火)

神傳流秘書を読む 1.抜刀心持引歌の5沈成躰

神傳流秘書を読む

1.抜刀心持引歌の5沈成躰

 敵太刀打がたき切て掛るに沉成躰に勝有事の位にて教えし工夫有るべし古語に 寸の虫かがむも身をのびんが為 歌に

 長からむさゝげの花は短くて
          短き栗の花の長さよ

 (沉成躰→沈成体なり 敵に対し我が体を沈め低くする事也、気を落ち着ける事也 曽田メモ)

 右の心にて工夫有べし みな陰合〆陽に出る位あるべし 古人も心は之内に有りとの給う也
ものとしたる(物賭したる 曽田メモ)事に勝負の位知る事なし 深く工夫有るべしこの沈成躰心よりよく敵の心見ゆるもの也
兵法に曰く 端末未だ見ざる人能く知る事莫れと有り 歌に

 悟り得て心の花の開けなば
          たづねん先に色ぞ染むべし

 霜うづむ葎(むぐら)の下のきりぎりす
          有るかなきかの声ぞ聞ゆる

*敵の打込む太刀に応じ難い時に沈成躰によって勝つ事が出来る位がある、工夫すべきである。古い教えに寸の虫でも身を屈めるのも身を伸びようとする為であるとある。
是は、菜根譚の前集116にある「以屈為伸」を言っているのだろうと思います。
「巧を拙に蔵し、晦をもってしてしかも明にして、清を濁に遇し、屈を以て伸となす。真に世を渉るの一壺にして、身を蔵するの三屈なり」身を沈めるのは我が身を安全に保つ蔵し方とでも言うのでしょう。

歌に
 ささげの実は長いどじょういんげんの様であるが花は短く、コロッとした栗の実の花は長いことよ
この歌は尺取り虫の身を屈める姿と合わせて見れば、長は短の元、短は長の元とでも読めばよいのでしょう。
曽田先生の沈成躰に対する解釈は、敵に対し嵩に掛っていくのではなく、身を沈め、気を落ち着ける事だと仰っています。

その様な心で以って工夫するべきものである。相手が大きく出れば小さく、小さく出れば大きく、或は小さく小さくして大きく返していくなど陰合〆陽に相対して応じる位を知ることである。出たとこ勝負の様な賭け事では勝負の位を知ることは出来ない。この沈成躰の様に心を沈めて見れば相手の心も読み取ることは出来るものである。
兵法に相手の心の端を感じる事がまだわからない人には相手を知ることはない、とある。

歌に

 悟りを得て心が開けて無心と成れば、尋ねるまでも無く相手の動かんとする機を感じられるものだ。

 霜に埋もれた葎の下のコオロギのか細い声も聞こえてくるように、心を澄ませばわかるものだ。

沈成躰は身の掛を低くする事のみでは無く、心を静め無心にする事の教えでしょう。

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