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2014年9月11日 (木)

神傳流秘書を読む 1.抜刀心持引歌の7行違の太刀

神傳流秘書を読む

1.抜刀心持引歌の7行違の太刀

 行違の太刀抜事古人大事と言えり 工夫有るべし 歌に

 夏日向冬日の影と歩むべし
           独り行にはさわる人なし

 行違う敵の足に目を付けよ
           手は自ら留るもの也

組合の時太刀抜様が敵組付とはや我身に付て抜事と知れ 歌に

身に付けて抜習有人はただ
           組付かぬ間に切とこそ聞け

 居合とは刀一つに定まらず
           敵の仕懸を留る様有り

 敵太刀打がたき我に切て懸るにはやく抜合せんとすれば必ず負事有能く工夫有るべし 歌に

 居合おば知ったふりしてつかるゝな
           居合の道を深く問うべし

 身の曲尺の位を深く習うべし
           留めねど留る事ぞふしぎや

*行違う時の抜刀については古人は大事な事があるよ、工夫するべきものですと言って歌心を示されています。

夏の太陽は真上から照らし影は短い、夏は陽に向って歩き、冬は影は長く伸びます影を踏む様に歩くのが良い、一人で歩く時には、障りないものである。意味の解らない様な解った様な歌です。
影を意識しながら動きをうかがえと云うのでしょう。

行き違う時敵の足の動きに目をやると相手の次の動きが判るものです。手も留まります。其の機に我が手は自然と合わせるように応じる事、と読んでみましたがどうでしょう。

近頃は、乗り物に乗る事が多く影をとんと意識しないこの頃です。歌の心がスッと飲み込めなくてこんな程度です。

*組合とは、組打ちでしょう、組み合う時の太刀の抜き様は、敵は我が身に組付くや抜刀する心と知るべきである、歌に

自分の身に引き付けておいて太刀を抜く癖のある者との組合は、組まずに切る事である。

居合と云うのは、刀を抜いて切る事ばかりでは無く、敵の仕掛け様とする其の起こりを察して押さえてしまう方法もあるものだ。

*敵の太刀を打ち難い様な時、敵が我に切って懸るのを、負けじと速く抜き合せようとすれば必ず負けるものである。良く工夫すべきものである。歌に

居合を知っている積りで「つかるゝな」が読みこなせません。突かれる、付かれる、疲れる、漬かる、浸かる、どれも該当しそうでそうでもないようです。
居合を知ったふりしてそれに拘り過ぎるな、居合の道を深く問うは深く修練せよでしょう。形ばかりの居合では歌さえも読みこなせないのは何なのでしょう。

先日ある先生の仰る事に、道場で合同体操の様にせっせと手拍子に合わせ抜くばかりで居合の真諦など掴める訳もない、相手の有り様もわからず、座学も出来ない、そんな者を作り出してどうなる。と嘆かれていました。

己の対敵との間合いや攻防の間を知らずに抜き付けても意味は無いでしょう。まして動く敵の柄口六寸の極意などは、仮想敵も描けない空間刀法の稽古では、独りよがりの剣舞でしょう。
下の句の「留めねど留る事ぞふしぎや」は身の曲尺が認識出来ていれば行くも止まるも自由自在だと言うのでしょう。

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コメント

追伸
『関八州 浅利の柄の 個性あり
居業(居合業)の味も うましぞと云う』

浅利の貝殻の柄って、ひとつとして同じ模様はなく、個性的な天に授かった美しい着物を羽織っているような、それでいて何にも損も得も欲もさほどなく。煮ても焼いても美味い浅利。 様々な柄の浅利をまとめて汁にすればそれも良い味わいとなる。
居合のワザ前の良し悪しも、上手いとか云うけれど…。
9月は浅利の実が大きくなる旬なのだそうです。 今夜は浅利バターと浅利汁で舌鼓です。
秋刀魚も出てまいりました。

からくり侍さま
コメントありがとうございます。
今度はアサリですか。この処アサリを食べてないので、すっかり食べたくなってしまいました。
明日はアサリの味噌汁と行きます。
サンマも旬ですが冷凍物が年中出ていてリンゴみたいです。
            ミツヒラ

投稿: からくり侍 | 2014年9月13日 (土) 22時18分

ミツヒラ様、一句『蚊に刺され、居合の猛者も、泣きにけり』稽古中に気が付けば刺されて痒いこと。
最近の報道にて蚊の存在は、笑い事では無さそうです。
早急の事態終息を願うのみです。

居合の歌って良いですね。 特に『毬に柳、水鳥等』の風や波に身をまかせるような自然体を、居合のワザ前や心待ちが必要とさり気なく云っているのでしょうか。
四季の陽の変化による影を、または相手の足を見て動きの変化を知れなどは、なかなか車社会の現代人にはピンと来ないかも知れないですね。

私も一度、ワラジを履いて歩く体験をしてみたいと思っております。
きっと慣れないとマメだらけて長距離は歩けないかも知れないですね。
古伝の歌の思いは、便利を捨て、過去に戻っての体験をして初めて理解や納得できることと考えると温故知新は大切ですね。
各流派の居合のワザのルーツを紐解くことも価値の高いことと感じます。
最近の先生方の中で、自流の歴史もワザなども、所作の違いも説明できない高段の先生方々がボウフラのように増えていることが気になります。
成虫になって刺されると厄介でしょう。

からくり侍さま
コメントありがとうございます。
日本の気候も生き物も熱帯並に成って来たような気もします。
デング熱に耐えられる体を持ち合わせ無いとやっかいですね。
少し前に鯉ヘルペスでしたか、抗体の無い日本の鯉が沢山死んでいました。
学者に聞くと鯉に抗体が出来るか、もともと耐えられる個体だけが其の内残る、と学者に聞いていました。
その様で、今街を流れる川に鯉も一杯繁殖してウミウの行列が見られます。
居合の歌など話してくれる様な人に巡り合えなくて解釈に悩んでいます。
間違っていても書いてしまえば、誰かが正してくれる、それでいいと大らかにしています。
    ミツヒラ

投稿: からくり侍 | 2014年9月11日 (木) 21時49分

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