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2014年9月 1日 (月)

神傳流秘書を読む序の2

神傳流秘書を読む序の2

新陰流の流祖上泉伊勢守信綱は介者剣術を革新して新陰流を編み出し、柳生石舟斎に「兵法は時代によって、恒に新たなるべし。然らざれば、戦場戦士の当用に役立たず。また忠孝節義の道を践み行うことはできない」と遺訓を述べています。

形ばかりに拘って身に付かずにいた先輩達が前出の宗家訓に強く思いを馳せてしまったのでしょう。

そんな事を思いながら、平成23年2011年に第17代宗家大江正路先生の居合をどの様に変えて現在あるのかを辿って居ました。
そんな、私のブログを読まれた方の中から「曽田虎彦先生の直筆メモを解読しないか」との話が出ました。
平成23年の暮れも押し詰まった12月18日曽田本をお預かりいたしました。

曽田本は、曽田先生の息子さんが東京に居られ、ある方と会社が一緒という事も有り「私は居合をやらないからあなたが持っていてほしい」と譲り受けられたものです。
巡り巡って私の手元に託されました。原本は貴重な宝ですからコピーをいただき読み始めました。

細いペンで書かれた曽田先生の直筆は、私の様に戦後の国語教育によって読めなくなってしまった行草連綿が随所に有り、癖のある崩しなどもあって、紙の経年変化と相まって、難物でした。
江戸時代の文章ですから読めれば意味は通じて来ます。

幸い、翌年早々には、入院する予定がありましたので、文字辞典と曽田本を携えて手術後のベッドの上で、ひたすら読み耽り退院の日には大方読み終わって居ました。
そこで、平成24年2012年2月13日から4月9日までに曽田本の読み下しをブログに掲載しました。
其の後、平成24年2012年10月30日から平成25年2013年12月31日までかかって曽田本その1の解説付きをブログに掲載しました。
曽田本その2はこの平成26年8月30日に解説付きで大方掲載しました。

曽田本に書かれている古伝は、曽田先生が原本を書写していずれ出版の意図もおありだったようですが、太平洋戦争によってままならず、写された原本も高知空襲によって焼失してしまっています。
曽田先生も昭和25年1950年に60歳でお亡くなりになっていてご自分では出版できなかったのは残念だったでしょう。
しかし、曽田先生の書写された土佐の居合の古伝は、次の先生方によって世に出ています。

河野百錬先生の「無双直伝英信流居合兵法叢書」昭和29年発行
坂田敏雄先生の「無双直伝英信流居合道入門」昭和48年発行
政岡壹實先生の「無双直伝英信流居合兵法地之巻」昭和49年発行
木村栄寿先生の「林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流伝書集及び業手付解説」昭和57年発行
岩田憲一先生の「土佐の英信流旦慕芥考」平成元年発行

こんな処でしょうか。すべて絶版ですから殆ど手にする事は現在では困難です。
河野先生は昭和23年頃曽田先生から曽田本の写しを送られその大部分を出版されています。

政岡先生も曽田先生のものかとは思われますが、地之巻の中に部分的に古伝はとか秘伝書と云う言い回しで挿入されています。

木村先生は下村派の細川義昌家からの借用本によるものでこれが出所がはっきりしたものです。
対比しても、文字の判読の違い程度で曽田本と殆ど変りません。

岩田先生は、曽田本のコピーを関東のある方から送られています。旦慕芥考に曽田本その2の一部が記載されています。

坂田先生はおそらく河野先生の著書に依ったのだろうと推察します。

曽田本の原本とその解説付きでミツヒラブログを読まれた方は、無双直伝英信流の大江正路先生以前の古伝を目にする事が出来たと思っています。
一部の限られた方しか見る事の出来なかった古伝を誰でもが読み、稽古する事が可能になった筈です。
近年は、漢字も限られた文字しか教育されず、武術用語は失念しており、マニュアルと動画では武術の動作は身につかず、先輩諸氏の手取り足取りの指導がなければ動作もままならない時代になってしまいました。その先輩も現代居合ばかりです。古流をこなせる体捌きすら知らない方が殆どでしょう。

それでも、ブログと云う新時代の伝達方法に古伝を載せますと、理解できる方も多くあると気が付きました。
ブログを見る事の出来るのは新人類ばかりで、時代に取り残された諸先輩は相変わらず古伝の蚊帳の外でしょう。
それも時代でしょう。

再び土佐の居合の原点であった「神傳流秘書」に限り読み直してみます。
「曽田本を読む」の重複ともなりますが、少しは知識も増えた様で、前のものに拘らず新たに読み込み、書き込んで行こうと思います。

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コメント

ミツヒラ様

いつも勉強させて戴いております。
神傳流秘書の再考察、楽しみにしております。
私も最初は所属する道場の業と当代宗家の業との違いに疑問を持ち、先代と当代の手附を収集する処から始めました。
河野先生の著作群、政岡先生の地の巻、山越先生の著作、大江先生の手ほどきに至り、「毫末も変える事無く」とは何を指すものか解らなくなり、英信流の真髄を求めるにはより古い業手附に依らざるを得ないと考えました。
ところが木村先生の秘書、河野先生の叢書を見ると、大江先生の業手附の時点で古伝から大きく乖離しており、最早大江先生以前の古伝には遡ることが叶わない、口伝が無い以上復元は出来ない物と思っておりました。
そのような折、ミツヒラ様のブログで曽田先生の、大江先生以前の手附に廻り合わせ、また現代の英信流の業を修業していれば文献からでもある程度まで復元出来る事が解りました。
今はこの古伝と通ずる動きや流れの基本的特徴が、英信流の掟と考えております。
口伝の部分は最早知る術もありませんが、現代の下村派から参考出来ることも多いと思います。
英信流の基本は、どの派であっても修業により身に染み着き、錬磨することにより道に到るものと信じ、稽古しております。
一方、「斬れずは斬らずにあらず」の持論から、独演形を踊りにしない為、組太刀による武術としての稽古が不可分であると考えております。
大江先生の英信流形では多くを失っており、この神傳流秘書による稽古が現代の居合を武術、武道に近づけるものと思っております。
また新たな視点からの考察、勉強させて戴きます。
長文失礼致しました。

玄さま
コメントありがとうございます。
多少の想定違いや、年齢・体力・武術経験の度合いなど、あるいは姿、形の好き嫌い、はたまた人格にまで及んで良し悪しを言っているなど情けないものです。
人のやれる事は自分もできると信じて形にとらわれず結果を得られればよいのでしょう。
同じことを思えば同じになる筈と思っています。
神傳流秘書の行方はどうなるか・・・。
           ミツヒラ

投稿: 玄 | 2014年9月 1日 (月) 09時19分

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