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2014年9月22日 (月)

神傳流秘書を読む 2.居合兵法伝来

神傳流秘書を読む

2.居合兵法伝来

 林崎神助重信-田宮平兵衛業正-長野無楽入道槿露斎-

 百々軍兵衛光重-蟻川正左衛門宗続-萬野團右衛門信定-

 長谷川主税之助英信-荒井兵作信定(勢哲清信)-

林六太夫守政-大黒元右衛門清勝-松吉八左衛門久盛-

 山川久蔵幸雅-(下村茂市定)-(行宗藤原貞義)-

 次に曽田虎彦

 目録には無双神伝英信流居合兵法とあり 是は本重信流と言うべき筈なれども長谷川氏は後の達人なる故之も称して英信流と揚られたる由也

*居合兵法が伝来する道統が書かれています。
始祖は林崎神助重信と書かれています。林崎甚助重信の間違いなのか敢えて神助にしたのか分かりません。
以後の土佐に於ける根元之巻は林崎神助重信を筆頭に上げています。戦後の根元之巻は林崎甚助重信になっていますが、変えた理由もなく不思議なものです。

9番目の林六太夫守政の後は林安太夫政詡のはずですが、ここでは抜けています。おそらくこの居合兵法伝来は林安太夫政詡の執筆に成ると思われます。
従って林六太夫までしか元の伝来は書かれていなかったと思われます。
大黒元右衛門勝清以降は、神傳流秘書の書写をした山川久蔵幸雅が追記したか、曽田先生が追記したのでしょう。括弧内は明らかに曽田先生に依るでしょう。

目録には「無双神伝英信流居合兵法」とあるが、是は本来重信流と言うべき筈のものであるが、長谷川英信は林崎神助重信以降の達人なので、英信流とも称する。とされています。
奥羽地方に残された根元之巻では林崎流、林崎夢想流、林崎新夢想流の流名が一般的です。
重信という名を流名に使っていません。それに根元之巻にあるように、林崎明神の霊夢によって居合の妙を得たということですから、「無双神伝・・」の冠は少々おかしいでしょう。
「夢想神伝英信流」であるはずです。
百々軍兵衛光重、蟻川正左衛門宗続、萬野團右衛門信定については、情報がありませんが、長谷川主税助英信、荒井勢哲清信は北信濃の松代藩にその足跡がみられるレポートが南山大学の榎本鐘司先生から上げられています。それによると「無双直伝流」として伝承された様にあります。
江戸詰めの林六太夫が荒井勢哲に無双直伝流を習った可能性は時代の重なりからありうるかも知れません。
無双直伝流の「居合根元之序」は土佐のものに近いものです。ただし霊夢を受けたのは土佐における林崎神助重信ではなく林崎甚助重信です。
神助と甚助については単なる間違いか、意図的なものなのかわかりません。
この件は興味のある方がさらに突っ込んで研究されることをお願いしたいと思います。

土佐の林六太夫以後の居合はこの神傳流秘書にあるもので藩主山内家に守られてきたものでしょう。
現在の無双直伝英信流は、林六大夫によって土佐に持ち込まれ、醸成され林崎甚助重信の林崎流でも無く、長谷川英信の英信流として発展を遂げたものなのでしょう。
そして、その後も進化しつつ第17代大江正路先生の居合と、第20代河野百錬先生の居合とは少しずつずれて来ている様に思います。
それは、足捌き、体捌きに在る様に思うのです。

古伝は飽くまで武術として闘争の術です。
大江先生は其の事を残し乍ら居合文化の伝承に力を入れられたのでしょう。
河野先生は居合文化の伝承に加え現代風の竹刀剣道との互換性を取り入れられた様に思います。

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