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2014年9月10日 (水)

神傳流秘書を読む 1.抜刀心持引歌の6義公御歌

神傳流秘書を読む

1.抜刀心持引歌の6義公御歌

 居合も太刀打も敵と我と立合うといなや是道なくては勝事なし然共上を打たんとして下を打つ様成る事にてなしまっすぐ□行間移行是道有り此処詞にのべ難し数月数年の事修練の巧にて合点行べし能くよく日夜修行有べき事也  義公御歌 古歌に

 きおいくる敵にさりなく出あうな
           あいしらいしてしおをぬかせよ

居合と申は第一に太刀抜かぬ以前に勝事大事也 歌に

 抜ば切れ抜ずば切るな此刀
           たゞ切る事に大事こそあれ

 あまたにて勝れざりしと聞しかど
           心明釼の太刀を楽しめ

*居合も太刀打も敵と我とが立合うや否や「是道このみち」でなければ勝つことはないであろう。
「是道」と読んだのですが、曽田先生も原本を判読出来ず「是道」としています。
木村栄寿先生は「危道」と此処を読まれています。恐らく細川家本は危道と読めたのでしょう。
危・詭・奇ですと孫子の兵法に有る奇抜な、或は欺くとかいつわる方法、相手の裏をかく仕業と、とることが出来そうです。

然れども、上を打つように見せて下を打つ様な事では無い。真直ぐに「行間移行」は間に入るや筋を替るのかもしれません。
木村先生の読み方を借りれば「行間移行の危道有り」、此の処詞に述べ難し。
数か月、数年の修練によって合点出来るものである。よくよく日夜修行する事である。

義公御歌 古歌に 

義公とは誰の事か解りません。水戸光圀、黄門様かも知れません。

気負い込んでかさに掛って来るような敵に、さりげなく相手にするのでは無く、あしらいながらここぞという時に抜かせてそこを打て、というのでしょう。

居合と云うものは第一に太刀を抜かずに勝事が大事である 歌に

抜かざるを得なければ、抜いて無心に切る事、抜かなくて良いならば切るな、然し切る事にのみ大事がある。

次の歌に、多くの者からあれには勝つことが出来ないと聞こえている、然し心明釼の太刀があるではないか、それを楽しむ事である。
心明釼は神妙剣でしょう。
神妙剣は林安太夫政詡による居合兵法極意巻秘訣 印可部の最後にある教えで「我が身をうまうまと振るもうて奥義の柄口六寸をもって構えは如何にも有れ、敵と我と互に打ち下すかしらにて只我は一途に敵の柄に打込む也」の技法であり、「彼が気を先に知りてすぐに応ずるの道を神妙剣と名付けたる也」とあるように、気を見て兎角して相手に負けずに治める事なのです。

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