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2014年9月27日 (土)

神傳流秘書を読む 3.大森流居合之事四本目當刀

神傳流秘書を読む

3.大森流居合之事

 四本目當刀

 左廻りに後へ振り向き左の足を踏み出し如前

*「左廻りに後ろへ振り向き」ですから、相手は我が後方に座し、我れ害意を察し、左廻りに後ろに振り向き左の足を踏み出し抜付け打込む。

現代居合では大森流(正座の部)の左刀(右)が右脇の相手の害意を察し、機先を制して左廻りに振り向き抜付け打込むのです。この大森流(正座の部)當刀(後)は相手は後ろに我と同方向を向いて座すとしています。
現代居合の左刀(右)が90度左へ振り向くならば、この當刀(後)は180度左廻りに振り向くわけです。

左刀(右)が左廻りの回転業であれば、當刀(後)も左廻りの回転業です。
右廻りの回転業が右刀(左)ですが、右廻りの當刀(後)はセットされていません。何故でしょう。
右廻りの當刀(後)はやってみれば容易です。
前後左右360度何れに相手が居ようと右廻りも左廻りも応じられる様に稽古するのも良さそうです。
もう一度大森流之事の初発刀から四本目まで古伝神傳流秘書を読み直します。

一本目初発刀(前):右足を踏み出し向へ抜付打込・・・
二本目左刀(右):左の足を踏み出し向へ抜付け打込・・・
三本目右刀(左):右足を踏出し右へ振り向抜付打込・・・
四本目當刀(後):左廻りに後へ振り向き左の足を踏み出し如前・・

木村栄寿先生の「林崎抜刀術兵法夢想神伝重信流傳書集及び業手付解説」では、夢想神傳重信流「表身右剣・右身左剣・左身右剣・後身左剣」より取り入れた業であると解説されていますが、その「夢想神傳重信流」なるものが何処に有るのか見当たりません。
奥州地方の林崎流(三春藩)の根元之巻には、表・左・右・後の区分に業名が複数記述されています。
秋田藩の林崎流居合では、向之次第・右身之次第・左身之次第などに複数の業名が書かれています。
そこでは業は敵との位置関係による工夫が見られます。
然し木村先生の様に言い切るだけの資料にはなりません。
ご存知の方はご教授ください。

安永5年1776年の第12代林益之丞政誠による英信流目録の大森流之位當刀

是は後に向て座す也正面へ左より廻り左の足を出し抜付すぐに打込み血ぶるひの時立右の足を左に揃納る時左を一足引納る也

江戸で荒井勢哲清信に英信流を伝授され土佐に持ち帰った林六太夫守政は享保17年1732年に亡くなっています。
子供が幼かったので後を継いだのは安田道元と云う医者の次男坊を養子に貰い家督と居合を伝授した、それが第10代林安太夫正詡です。
此の人が神傳流秘書を書いたかも知れません。
安永5年1776年に林安太夫正詡は急死して、第11代が大黒元右衛門清勝で此の人の伯母が第9代林六太夫守政の奥さんです。
英信流目録を書いたのが先の林益之丞政誠です。後に第12代となっています。
神傳流秘書は1732年以前に書かれていたかそれ以降1776年までの間に書かれていたのか判りません。
然し林六太夫の亡くなった年に書かれた英信流目録ですから、神傳流秘書の抜けは補ってあります。

左刀は左脇の相手に抜き付ける、右刀は右脇の相手に抜き付ける事がこの林益之丞の英信流目録で証明されているようなものです。

大森流(正座の部)四本目當刀(後)
剣理:我れ正面に対して後向きに座し、我が後方に座せる対敵に対する業にして、(対敵も我と同様我が後方に我と同じく後向きに座したる状態にある)
第一本目「前」と同意義也。然して第二本目「右」と同じ態にて実施する。

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