« 神傳流秘書を読む 3.大森流居合之事十一本目抜打 | トップページ | 神傳流秘書を読む 4.英信流居合之事一本目横雲 »

2014年10月 5日 (日)

神傳流秘書を読む 4.英信流居合之事序

神傳流秘書を読む

4.英信流居合之事

 

 是は重信翁より段々相伝の居合然者を最初にすべき筈なれ共先大森流は初心の者覚易き故に是を先にすると言えり

*英信流居合は林崎甚助重信公よりだんだん相伝して来ている居合である。英信流居合を最初に稽古すべき筈であるが、先ず大森流は初心者には覚えやすいので大森流を先に稽古すると云う。

英信流については、2.居合兵法伝来で「目録には無双神傳英信流居合兵法とあり 是は本重信流と言べき筈なれども長谷川氏は後の達人なる故之も称して英信流と揚られたる由也」とありました。

土佐の居合の流名は無双神傳英信流居合兵法とあるが之は本無双神傳重信流居合兵法と云うべき筈と云って居ます。
奥羽地方の林崎甚助重信の起した流名は林崎流(三春藩元禄7年1694年)・林崎新夢想流(新庄藩元禄14年1701年)・林崎無想流(宝暦8年1758年)・林崎流居合(秋田藩天明8年1788年)などで、姓の林崎を出して名の重信は無いのです。
無双神傳・・と云う流名も有りませんので、土佐と奥羽地方とはどこかで分岐したものと思われます。
この神傳流秘書のもとになる第9代林6太夫守政が江戸で長谷川英信や荒井勢哲に出会い居合を治めているとすれば、彼らの流名が無双神傳重信流であったかも知れませんが証明できません。
南山大学の榎本鐘司先生の「北信濃における無双直伝流の伝承について」の論文から類推すれば「無双直伝重信流」であり長谷川英信を後の達人として「無双直伝英信流」に置き換えたとした方が土佐に於いては納得出来そうです。

英信流居合と林崎甚助重信の奥羽地方の業名を対比してその根源を求めるのですが容易に当てはまりません。

夢想神傳重信流として稽古をされている所も有、動画も見られます。
相手は正座で小太刀を差し、我は立膝で大太刀を差して対して居ます。
我と相手とは膝を重ね合す程に座し、相手が小太刀に手を掛けるや左足を引いて首に抜き付けています、上段に振り冠る処相手小太刀を以て胸部を突きに来る、それを筋違いに外して首を斬る又小手を切るなどです。
英信流の遠い昔を忍ぶとも云えそうな運剣動作とも思えます。

笹森順造先生の一刀流極意にある詰座抜刀などは津軽藩に伝わった新夢想林崎流(林崎新夢想流?)かも知れません。

詰座抜刀向身押掛
打方 正座し小太刀を帯し、仕方 趺踞し大太刀を帯し・・・左足を引き抜刀して打方の胸を横一文字に切る・・・

これを長谷川英信が改変して現在の形を創作したのかも知れません。

|

« 神傳流秘書を読む 3.大森流居合之事十一本目抜打 | トップページ | 神傳流秘書を読む 4.英信流居合之事一本目横雲 »

神傳流秘書14-3大森流・英信流・太刀打」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 神傳流秘書を読む 3.大森流居合之事十一本目抜打 | トップページ | 神傳流秘書を読む 4.英信流居合之事一本目横雲 »