« 2014年10月 | トップページ | 2014年12月 »

2014年11月

2014年11月30日 (日)

神傳流秘書を読む 10.大小立詰五本目蜻蛉返

神傳流秘書をよむ

10.大小立詰

五本目蜻蛉返

相手後より来り我が右の手を取り刀の鐺を取り背中に押付られたる時其儘後へしさり中に入て倒す

*蜻蛉はトンボです。蜻蛉返ですから後転と思う処です。
相手後から来て我が右手を右手で取り刀の鐺を左手で取って背中に押付けて来る、其の時その体勢の儘後づさりして相手に密着するや体を低めて投げ倒す。
さて前に倒すか後ろに倒すか、状況次第ではどちらでも出来そうです。
倒すにあたっては、相手に密着して足技を併用するなり工夫次第でしょう。

曽田先生に依る五藤先生の業附口伝を参考にして見ます。
大小立詰蜻蜓返「打は仕の後より仕の右手首を後に引き鐺を前に押す直ちに右足を以て掬い中に入る也鐺を後に引き右手首を前に押す時は左足を以て中に入る也
(後ろより右の手首をおさへ跡へ引左手鐺をおさへ前へおす時中に入る)

*五藤先生は小内刈を掛ける様です。小外刈もいいかななど、相手の動作に合わせて右廻り、左廻りと応じるのでしょう。五藤先生は( )の方法で古伝に合わせています。

| | コメント (0)

2014年11月29日 (土)

神傳流秘書を読む 10.大小立詰四本目〆捕

神傳流秘書を読む

10.大小立詰

 四本目〆捕

 相懸りに両方より懸る時相手両手にて我刀の柄を留我左の手にて相手の脇つぼへ入れて両手を〆引上如何様にも投る也

*大小立詰は我は太刀を差し、相手は小太刀を差しての立合いです。
刀を抜く以前の攻防を習うもので、居合は刀を抜くものとばかり思っていたのでは、柄に手を懸けるや制せられてしまいます。

双方相懸りに歩み寄る時、相手我が柄を両手で押さえて抜かさない様に制して来る。
我は左手で相手の脇坪に一當して怯む隙に、相手の両手を抱きかかえ締め上げ左足を退くや体を沈め左脇に投げ倒す。

此の場合は、我は柄に手を懸けている、或はいない、特に指定されていません。
三本目の鍔留が柄に手を掛けた処其の手を留められていますから、ここは柄に手を懸ける前に相手に柄を制せられるとするのでしょう。

「両手を〆上げ」は相手の両腕の肘のかがみを裏から抱く様に締め上げるのか、手首を取って締め上げるのか、これも特に指定されていません。

曽田先生による五藤先生の業附口伝大小立詰では〆捕は一本目になっています。
一本目〆捕{互に対立する也打は両手にて仕の柄を握るを仕は左手を以て打の左手首を握る也更に此の時直ぐに仕は右手にて打の両腕を絞め込み我が体を台にして之れを極める也
(敵両手にて柄を取る左手にて敵の左の手首を抑え右手にて敵の両肱を押え体を込み〆付ける)

*第九代の林六太夫守政の時代から150年程後の業手附が五藤先生のものでしょう。
古伝は、相手の脇坪に一当てしていますが、此処では相手の左手を押えて後に、相手の両肱を右手を巻き込んで締め込んでいます。
其れでなければならないと言う事ではないと思いますが先ず指示された通りと云うのが稽古の筋でしょう。

*現代居合では失伝してしまった大小立詰などの古伝を政岡先生は神傳流秘書を元にその著「無双直伝英信流居合兵法地之巻」で復元されておられます。
大小立詰の〆捕の業の順番が神傳流秘書と異なり、この〆捕は一本目にセットされています。業手附は神傳流秘書の通りです。この違いは其の出典が何処から出たものか疑問です。
政岡先生のテキストでは、神傳流秘書と曽田先生による五藤先生の業附口伝との混線が見られます。
政岡先生の古伝解説は、出典は曽田先生の書き写された曽田本を元にされたか、河野先生が曽田先生から曽田本を得て書かれた無双直伝英信流居合叢書に依るか、はたまた古伝神傳流秘書の原本に依るのか興味の有るところです。

| | コメント (0)

2014年11月28日 (金)

神傳流秘書を読む 10.大小立詰三本目鍔打返

神傳流秘書を読む

10.大小立詰

 三本目鍔打返

 相懸りに懸り我刀を抜かむとする其の手を留られたる時柄を放し手を打もぐ也

*この業はすでに、大小詰の四本目小手留で解説しています。

四本目小手留「立合の鍔打返に同じ故に此処にては不記」

立業ですから相懸りに懸り合って、我は柄に手を懸け抜こうとする処、相手が右手を取って押さえられる。我は柄手を離し相手の手を鍔で打ち付けもぐ。

右手で柄を握った処を相手に右手で押さえられる、或は両手で押さえられる、そこで柄から手を離し、左手に持つ鍔で相手の手を打ち据えもぐ、と読んでみました。

古伝は「手を打ちもぐ」とばかりですから想像を働かせるところでしょう。

曽田先生による五藤先生の業附口伝大小立詰鍔打返
「互に対立する也打は仕の抜かんとする右手首をとる也仕は右手を放すと同時に左手に持てる鍔にて打の手首を打つ也
(抜かんとする時其手を押へる左手にて敵の手首を打)

時代が下がると、どんどん技が固定化されていくのはいつの時代も同じです。より克明にと云うことか、特定しないと満足できないようです。

| | コメント (0)

2014年11月27日 (木)

神傳流秘書を読む 10.大小立詰二本目骨防返

神傳流秘書を読む

10.大小立詰

 二本目骨防返

 相懸りに懸りて相手我刀の柄を留めたる時我右の手にて柄頭を取り振りもぐ也

*此の業は大小詰の二本目骨防扱に有りました。「立合骨防返に同じ故に常になし」と大小詰ではいつもは稽古しないと言っていました。

大小立詰めは、打太刀は小太刀を差し、遣方は太刀を差しての立業です。
相方スカスカと歩み寄り、相手が我が刀の柄を両手で取って抜かさない様に押し付けて来る。
我は透かさず右手を柄頭に取って柄を上に引上げ相手の手を振りもぐ。
相手の我が柄を取るのが、右手だけ、両手、左手など在りそうですが工夫次第でしょう。
振り捥いだら、後は抜き打ちでも柄當でもありでしょう。
古伝は語らずです。

繰り返しになりますが、座した時の大小詰の骨防を参考にしてみます、曽田先生による五藤先生の業附口伝大小詰二本目骨防
「互に対座、打は両手にて仕の柄を握る仕は右拳を顔にあて其のひるむ時に乗じ右足を柄越にまたぎ右足内側より右手を柄に添へ右足にて敵の両手を押払うと同時に柄を防ぎ取る也此の時敵は我右脇へ匍ひ倒る也
(向ふて居る両手にて柄を押し付る時直に右手にて面へ当て其儘に乗り右足をふみ込み柄へ手をかけもぐ)」

五藤先生の骨防返の業附口伝大小立詰四本目骨防返
「互に対立する也打は仕の柄を両手にてとりに来る也我は右手にて敵の両手を越して柄頭をとって両手にて上にもぎとる也
(敵両手にて柄を取る時引廻しもぐ)

*五藤先生の「引廻しもぐ」も稽古しておくと良いかも知れません。形や方法が一つだけでは実戦に役立たない場合もあります。
形ばかりに拘って稽古熱心であっても、喧嘩慣れしたやくざにはコロッと負ける話も聞いたような・・。江戸末期に竹刀による試合稽古に慣れた者に古流の形稽古しかしていなかった者が打ち負かされる話も聞きます。
現代でも同様で、形稽古に工夫がなければ、藁は切れてもスポーツ剣道にポンポン叩かれます。

| | コメント (0)

2014年11月26日 (水)

神傳流秘書を読む 10.大小立詰一本目袖摺返

神傳流秘書を読む

10.大小立詰(重信流立合也)

 一本目袖摺返

 我が立て居る処へ相手右脇より来り我が刀の柄と鐺を取り抜かせじとする時其儘踏みしさり柄を相手の左の足のかゞみに懸け中に入り又我右より来り組付をひじを張り躰を下り中に入る

*立って居る処へ、相手我が右脇から近寄って来て、我が柄を右手で鐺を左手で取り抜かさない様に鐺を背なかに押し付けて来る、我は其の儘後ろにさがり、柄を相手の左足のかゝみに懸けて体を低めて中に入り退き倒す。
又相手が我が右より近づいてきて組付くのでひじを張って相手の組み付を緩め腰を低くして中に入り退き倒す。

この手附は「中に入り」で終わっています。後の先を取って次の動作はご自由にと云う処とも思えませんがそこまでです。
引き倒してみましたが、すっきりしかねます。

曽田先生による五藤先生の業附口伝大小立詰二本目袖摺返
「打は横より組付仕肱を張りて一當すると同時にすぐに打の刀を足にすけて後に投る也
(五藤先生は一當して中に入り刀を足にすけ後へ投ると記せり)
(左右共同前横合より組付ひじを張り一當して中に入り刀を足にかけ後へ投げる左右共同前)」

*五藤先生の場合は、組み付いてくるので肘を張って、相手の脇腹に一當して怯む隙に「打の刀を足にかけ」と云って、相手の刀を相手の足のかゞみに懸け後ろに投げるのですが、此処は我が刀の柄を相手の足のかゞみに懸け後ろに投げ倒す五藤先生の教示の方が良さそうです。

この業附口伝は神傳流秘書の大小立詰一本目は袖摺返ですが五藤先生の業附口伝は二本目が袖摺返です。
一本目は「〆捕」でして業の内容が異なります。〆捕は神傳流秘書では四本目に位置します。
順序は好きなようにしてもいい、気乗り次第だと云って居ましたが敢えて順番を変えた理由が解りません。

業名の袖摺返は大江先生が奥居合立業の七本目袖摺返として古伝抜刀心持之事の十一本目行違を改変した業に名付けています。大江先生が奥居合を改変されたと言われていますが其の痕跡は証明できません。大江先生以前に変えられた様な気がしています。

古伝抜刀心持之事十一本目行違
「行違に左の脇に添へて払い捨冠って打ち込むなり」

| | コメント (0)

2014年11月25日 (火)

神傳流秘書を読む 9.大小詰八本目山影詰

神傳流秘書を読む

9.大小詰

 八本目山影詰

 是は後より相手組を刀を抜き懸其手を切ると一拍子に我も共に後へ倒るゝ也

以上八本

*この大小詰はこの業で終わります。
我を前にして相手は後ろに座す。後ろから相手が抱き着いて我が両腕を絞めて来る時、刀を抜き上げて組み付いている相手の手を切りその拍子に後ろに相手と一緒に押し倒れる。

曽田先生による五藤先生の業附口伝大小詰八本目山影詰
「打は仕の後ろに坐す後より組み付也其時仕は頭を敵の顔面に當て敵ひるむ隙きに我が刀を抜きて打の組みたる手を切る也
(五藤先生は一當して仰向に反りかえると記せり 後ろより組付く頭を一當して仰向にそりかえる)」

*古伝には無かった組付かれたら頭で相手の顔面を打ち怯ませる技が追加されています。
しっかり羽交い絞めされると為すすべが無いのですがこの技の追加はあり難いものです。
組付いた相手の手を切って戦力を奪う事が大切で、羽交い絞めから摺り抜けるなどの技に転化してしまうと古伝が失われます。

| | コメント (0)

2014年11月24日 (月)

神傳流秘書を読む 9.大小詰七本目左伏

神傳流秘書を読む

9.大小詰

七本目左伏

 是は左の手を取る也事右伏に同左右の違計也尤も抜かんとする手を留められたる時は柄を放し身を開きて脇つぼへ當り又留られたる手を此方より取引倒す事も有也

*前回の右伏の逆でしょう。座し方に指定は無いのですが、此処は我が左側に相手は並び座すとします。
相手腰を上げ我が左手を取る。我右手を相手の斜めに首筋から廻し胸を取り身を開いて左に押し伏せる。

尤も我が抜かんとして柄に右手を懸けているならば其の右手首を相手に取られて抜かさない様に押し付けて来る。我は此の時柄手を放し、左足を引いて左に開き、鍔を持つ左手で相手の脇坪に打ち当てる。
又、柄手を留められた場合、柄手を放し相手の手を取り左手を相手の肘に懸け体を開き引き伏せる事も有。

右伏・左伏も状況に応じて臨機黄変に対処する事を教えている様です。

古伝は、流の奥義を悟られない様に抜けだらけの文言が通例と聞いていますが、寧ろ微細な業技法に拘らず千変万化の動作を要求している様に思えます。

現代居合は、昇段審査や競技大会の審査に容易な様に限られた技法を突き詰めてしまい
古伝の大らかな奥深さを忘れています。

曽田先生による五藤先生の業附口伝大小詰左伏
「右伏の反対業也」
(左脇に坐す右手胸にとり其手を押へ前へ伏)

*随分簡略な反対業の手附です。どの様な方法でも相手を制せられれば正解でしょう。

武術は形ではない、と古流剣術の先生から強く指摘されます。現代居合が形にこだわり振り冠りの角度は・・、など些細な処に目を付けるほどの事ばかりをしていますと踊りになってしまいます。

| | コメント (0)

2014年11月23日 (日)

神傳流秘書を読む 9.大小詰六本目右伏

神傳流秘書を読む

9.大小詰

 六本目右伏

 我右の方に相手並び坐し柄を取られたる時直に我右の手を向の首筋へ後ろより廻し胸を取り押伏せんとするに相手いやとすくばるを幸いに柄を足に懸て後へ投倒す又抜かんとする手を留められたる時も右の通りに取倒す

*我が右側に相手は並んで坐す。
相手右手を伸ばして我が柄を取る、我直ぐに右手を相手の首筋へ後ろから廻し相手の胸を取り、押伏せようとすると、相手押し伏せられまいと柄を放して力を入れて反り返ってくるを幸い、柄を反り返って浮いた左膝下に懸けて後ろへ投げ倒す。
また、我が抜こうと柄に手を懸けた時に相手が我が柄手を取り右から押し付けてくる時も、我は柄手を放し相手の首筋に右手を後ろから廻し胸を取り押伏せる、相手は押伏せられまいと後ろに反り返ろうとするのを幸いに、浮いた相手の左膝下に柄を懸け後ろに投げ倒す。

曽田先生による五藤先生の業附口伝大小詰六本目右伏
「打は仕の右側に並びて坐す打左手にて仕の胸をとる仕はすぐに其の腕を巻き込みて逆手を取り前に伏せる也
(右脇に坐す左手にて胸を取り来る其手を押え前へ伏せる)

*この江戸末期の手附は古伝の業技法とは異なります。
相手は我が柄では無く左手で我が胸を取る、我は直ぐに其の相手の左腕に右腕を上から巻き込み左手で相手手首を逆手に取り前に押し倒す。

古伝は柄をとるのを、右手、左手どちらとも云って居ません。五藤先生のでは左手で胸を取る。首に巻くのではなく、五藤先生は取に来た左腕を逆手に取って制しています。

古伝神傳流秘書の成立から大よそ100年弱経っているのですから、業技法も変化するのでしょう。
古伝は特定の人しか見る機会はなかったとも言えますから、口伝・口授などではどんどん変わってしまうでしょう。
この業を古伝と江戸末期のものと見比べていますと、谷村派の五藤先生は第九代が江戸から土佐に持ちこんだ居合の神傳流秘書の存在を知らなかったのではと思えてきます。
古伝は下村派にしか伝わらずとの説もあながち想像でもなさそうな気になってしまいます。

| | コメント (0)

2014年11月22日 (土)

神傳流秘書を読む 9.大小詰五本目胸留

神傳流秘書を読む

9.大小詰

 五本目胸留

 詰合たる時相手我胸を取り突倒さんとする時我右の手にて其手を取り左の足を後へ引柄頭にて相手の脇へ當る又引く時は随って抜き突く也

*詰め合って座している時、我が鍔に手を掛けるや、相手は腰を上げ右足を踏み込んで我が胸を右手で取り、突き倒そうとする。
我も腰を上げ右手でその手を取るや左足を後方に退き柄頭を以て相手の脇腹にあてる。

又は、左足を引くに従って刀を抜出し、切っ先を返して抜き突く。
この場合は、相手に我が胸を取らせたまま、押されて退くのに従って抜き出し突くでしょう。
又は、相手が我が胸を取り突き倒そうとして、我に防がれ後へ引くに従って刀を抜き突く。

曽田先生による五藤先生の業附口伝大小詰五本目「胸捕」
「互に対座、打は仕の胸を捕へて突く仕すぐに右手にて支え左手に持たる柄頭を敵の脇壺に當てる也又胸を捕りて引く時はすぐに刀を抜きて突く也
(向をて居る右手にて胸をとり突く時は其手をおさえ左手にて脇坪へ當る)」

*この業附口伝は神傳流秘書と変わらないようです。

| | コメント (0)

2014年11月21日 (金)

神傳流秘書を読む 9.大小詰四本目小手留

神傳流秘書を読む

9.大小詰

 四本目小手留

 立合の鍔打返に同じ故に此処にては不記

*「立合の鍔打返と同じ」とは大小立詰の三本目鍔打返之事でしょう。

大小立詰「鍔打返」
「相懸に懸り我刀を抜かむとする其の手を留められたる時柄を放し手を打ちもぐなり」

立業ですから相懸りに懸り合って、我は柄に手を懸け抜こうとする処、相手が右手を取って押さえられる。我は柄手を離し相手の手を鍔で打ち付けもぐ。

右手で柄を握った処を相手に右手で押さえられる、或は両手で押さえられる、そこで柄から手を離し、左手で持つ鍔で相手の手を打ち据えもぐ、と読んでみました。

大小詰では相対して座して居るわけですから、相手が身を乗り出して、我が抜かんとする右柄手をとり押さえて抜かさじとする、我は右手を柄から離し、鍔で相手の手を打ちもぐ、でしょう。

曽田先生による五藤先生の大小詰小手留
「打は仕の左側に並びて坐す打の抜かんとする右手を仕向き直りて右手にて捕らへ引き寄せると同時に左手にて柄頭を敵の脇坪に當てる也」
(左脇に座す抜かんとする右手を把る其手をおさえ左手にて脇坪へ柄頭を以て當てる)

*この手附では神傳流秘書の鍔打返(小手留)にはならない様です。
其の上打(相手)と仕(我)は逆になっています。

これらの、古伝を変えてしまう、この流の癖は江戸時代から伝統的に行われていたのかも知れません。

| | コメント (0)

2014年11月20日 (木)

神傳流秘書を読む 9.大小詰三本目柄留

神傳流秘書を読む

9.大小詰

 三本目柄留

 抱詰の通り両の手にて柄を取り下へ押付られたる時向のわきの辺りへ拳にて當扨我右の足にて相手の手を踏み柄をもぐ常の稽古には右の足□□を押膝にてこぜもぐ

*抱詰の様に相手が両手で我が柄を取って下へ押し付けられた時、我は相手の脇の辺りに右拳で打ち突く、相手が怯んだ隙に我が右足を踏み込んで相手の柄を取った手を踏み付け柄を捥ぎ取る。
常の稽古では、相手の手を足で踏み付けるのは礼を失するので右の膝で手を押し膝でこぜもぐ。
「こぜもぐ」はよくわかりません。政岡先生は「無理して放す」とされていますがそんな感じでしょう。

政岡先生の引用された伝書と少し文言が異なるので読ませていただきます。
「抱詰の通り両手にて柄をとり下へおしつけられたる時相手のあぎの辺りへ拳にて当て扨我が右足にて相手の手を踏み柄をもぐ常の稽古には右の足にて押膝にてこぜもぐ」
「あぎ」はあご、「もぐ」ははなす、「こぜる」は無理して動かす。

曽田先生による五藤先生の業附口伝大小詰三本目柄留
「打は仕の右側に並びて坐す、仕の抜かんとする柄を留む、仕は右手を頚に巻き敵を前に倒さんとす、打倒されまじと後に反る、其の時すぐに仕は打の体の反りて前足の浮きたる下より(膝)柄をかけて後へ倒す力を添ふる也
(左脇に座す抜かんとする右手を把る其手をおさへ左手にて脇坪へ柄頭を以て当てる)

*五藤先生による手附で曽田先生の実兄土居亀江の口伝を書き表したとされていますが古伝神傳流秘書とでは別物です。
( )内が五藤先生の御教示との事です。そこでは、古伝の様な拳では無く柄がしらで相手の脇坪に打ち付けるのですが、それ以降が蜻蛉切れの様です。

江戸中期と末期の間に、この柄留が変わってしまったのか、大小詰の冒頭にある「是は業にあらざる故に前後もなく変化極りなし始終詰合居合膝に坐す気のり如何様ともすべし先大むね此順とする」とありました。
業の順番だけでなく、如何様にでも応じていいとも取れる文章です。
古伝の持つ独特の雰囲気は、形に拘るなと教えてくれている様です。

| | コメント (0)

2014年11月19日 (水)

神傳流秘書を読む 9.大小詰二本目骨防扱

神傳流秘書を読む

9.大小詰

二本目骨防扱

立合骨防返に同じ故常になし

*此の業名の読みは、曽田先生のルビが施されています「骨防扱(ほねもぎ)」さてどうでしょう。
骨防扱は「立合骨防返」に同じだから、何時もは稽古しない、と云っています。
立合とは「大小立詰」のことでしょう。

大小立詰の二本目「骨防返」
相懸りに懸りて相手我刀の柄を留めたる時我右の手にて柄頭を取り振りもぐ也

大小立詰めは、打太刀は小太刀を差し、遣方は太刀を差しての立業です。
双方スカスカと歩み寄り、相手が我が刀の柄を両手で取って抜かさない様に押し付けて来る。
我は透かさず右手を柄頭に取って柄を上に引上げ相手の手を振りもぐ。
相手が柄を取るのが、右手だけ、両手、左手など在りそうですが工夫次第でしょう。

立業では無い坐したる骨防扱では、体を乗り出して柄を取りに来るなど是も同様に我は柄頭を取り上に引上げ振りもぐ。
振りもぐや打太刀の顔面に柄当てする、其の儘鞘手を引いて片手真向に斬り下す、など出来そうです。

この「骨防扱」「骨防返」については政岡先生は「防」は「捥」の誤写かも知れない、と仰っています。
防は防ぐ、ささえる、はらう、そなえる、かためる。
捥はもぎる、もぎ切る、ねじきる、ねじってはなす。

無双直伝英信流は現在では土佐より伝わると思い、土佐の方言がよぎるのですが、本来奥羽地方のものであり、居合以外の業は、何処かのものと混在していますので時々意味不明の文言に行き当たり当惑します。
かえって業名に意味を籠めすぎますとあらぬ方に行ってしまうもので、「浮雲」とか「颪」の様な業名の方が正しく伝わる様にも思います。

曽田先生による五藤先生の業附口伝大小詰二本目骨防
「互に対座、打は両手にて仕の柄を握る仕は右拳を顔にあて其のひるむ時に乗じ右足を柄越にまたぎ右足内側より右手を柄に添へ右足にて敵の両手を押払うと同時に柄を防ぎ取る也此の時敵は我右脇へ匍ひ倒る也
(向ふて居る両手にて柄を押し付る時直に右手にて面へ当て其儘に乗り右足をふみ込み柄へ手をかけもぐ)」

*神傳流秘書の時代は単純でした、江戸末期にはここまで複雑な動作を要求して居ます。幾らでも変化はありうるでしょうが、業技法は単純なものほど有効だろうと思います。

| | コメント (0)

2014年11月18日 (火)

神傳流秘書を読む 9.大小詰一本目抱詰

神傳流秘書を読む

9.大小詰

一本目抱詰

楽々居合膝に詰合たる時相手両の手にて我が刀の柄を留る時我両の手を相手の両のひじに懸けて躰を浮上り引て其儘左の後の方へ投捨てる

*この業名は抱詰(だきずめ)でしょう。
相手は小太刀を差し、我は太刀を差して向かい合って居合膝に坐す。「楽々居合膝に詰合たる時」の楽々をどのように解釈するのか、失伝した大小詰であり当然のようにその「楽々居合膝に詰め合う」仕方も失念しているのでしょう。

「楽々」の書写が間違っていることもあるでしょうが、そのまま曽田先生に敬意を払って、相手をにっくき敵と意識する事無く貴人と接するが如く、さりとていたずらに緊張せずに作法に従って楽々居合膝に互いに接する。
相手は腰を上げて、爪立つや我が刀の柄を両手で抜かさないように抑えてくる。
我は相手の両肘に下から両手を掛け絞り上げるように同時に腰を上げ、相手が浮き上がる処、左足を引き体を左に開いて左後方に投げ捨てる。

曽田先生による第十六代五藤孫兵衛正亮の業附口伝を参考にしてみます。
大小詰一本目抱詰
「互に対座打は仕の柄を両手にて取らんとす、すぐに仕は両手にて打の二の腕を下より差し上ぐる様に掴み我が左脇に引き倒さんとす也」

(向ふて居る敵我刀の柄を両手にて押付る時敵の両肱へ手をかけうすみ上げ左へ振り倒す(五藤先生教示))

古伝は「相手両の手にて我が刀の柄を留る時」とあります、我が柄に手を掛け刀を抜こうとするのを留められたと読めます。ここでは「打は仕の柄を両手にて取らんとす」と言って打が仕掛けてきた、両手で我が柄を取ろうと手を伸ばしてきたがまだ取っていない様な書きぶりです。
「我が左脇に引き倒さんとす」も引き倒す心持で終わっています。
五藤先生の教示は古伝を思わせます。「両肘へ手をかけうすみ上げ・・」の「うすみ上げ」はよくわかりません。抱詰ですから抱き込んで下から持ち上げる、押し付けられるに任せて下から肱に両手を掛け腰を上げると同時に浮き上げる。などでしょう。相手の肘を締めあげ浮かせる業も有ろうかと思います。

*この手附は後藤先生の口伝を曽田先生の実兄土居亀江が口伝を書き記したもので、その書付に五藤先生が朱書きを入れたのが教示だろうと思われます。
曽田本では「五藤先生の高弟土居亀江の口伝よりあらましをしるしたり」とこの業附口伝について説明されています。後藤先生の朱書きの教示は実兄土居亀江の手附文へ施されたものかも知れませんが分かりません。
五藤先生は明治30年1897年に亡くなっています。
曽田先生は明治23年1890年生まれ、行宗先生に師事したのが明治36年1903年です。
曽田先生と五藤先生の直接の接点はありえないでしょう。

此の業の手附に政岡先生の地之巻の抱詰
「楽に居合膝に詰合たる時相手両の手にて我が刀の柄を留る時我両の手を相手の両ひぢに懸け少し体を浮上り引くに其儘左の後の方へ投捨てる」

| | コメント (0)

2014年11月17日 (月)

神傳流秘書を読む 9.大小詰序

神傳流秘書を読む

9.大小詰

 (是は業にあらざる故に前後もなく変化極りなし始終詰合組居合膝に坐す気のり如何様ともすべし先大むね此順にする)

 重信流

*序
詰合は、矢張り重信流と云う事で、奥の事として極意であるから格日(確実)に稽古するものと始めに有りました。
双方太刀を帯して居合膝に坐したる時の攻防、或は立っての攻防でした。
大小詰は相手は小太刀、我は太刀を帯します。

此の大小詰は、「是は業にあらざる故」と云います。是は業では無いと云うのはどの様な事をさすのか解りません。
刀を抜いて抜き打つ居合の業技法では無いと言うのでしょうか。内容から見て心得とは云い難いのですが、柔術でも剣術でも無く其の混合とでも言うのでしょうか。

「前後もなく変化極りなし」は順番はどうでもいいから前後して稽古しても、状況に応じて変化極まりないと考えて工夫しろと言う様です。

「始終詰合組居合膝に坐す」と座し方は双方詰合って組む。詰合うとは膝詰と云う様に双方の間隔は近く手を伸ばせば容易に相手の胸ぐらを掴める程でしょう。
居合膝の名称が出ていますが、どの様であったかは不明です。
片膝立ちした座仕方として置きます。此の頃すでに居合膝と云ったのか、この武術を習う人達の通称かも知れません。

そして、気のり次第にどの様にしても良いが、大むねこの伝書の順序で稽古すれば良い、と云って居ます。

詰合は双方太刀でした、この大小詰は打太刀は小太刀で、遣方は太刀を差しての攻防です。相手との間は近いもので膝頭で2尺位が妥当でしょう。

この大小詰も曽田先生による五藤孫兵衛正亮の業附口伝を参考に古伝をひも解いてみます。

| | コメント (0)

2014年11月16日 (日)

神傳流秘書を読む 8.詰合十本目霞剣

神傳流秘書を読む

.詰合

 十本目霞剣

 眼関落の如く打合せたる時相手引かんとするを裏よりはり込み真甲へ打込み勝亦打込まずして冠りて跡を勝も有り

*眼関落とは古伝神傳流秘書のここまでの業に出て来ていない業名です。
従ってこのままでは業の初動を特定できません。
八本目から双方高山に構えて場合にて真向に打ち合っていますから上段に構え場合にて真向に打ち合い相打ちとするのでしょう。
演武では双方の間合いの中央で物打辺りの鎬で合わせていますが、相手より早く打込相手が「切り落」なり「合っし打」なりを心得る者ならば頭を割られています。

詰合の八本目柄砕の打ち合いが、太刀打之事六本目独妙剣と同じ打ち合いで、之も同様であれば「相懸也打太刀高山遣方切先を下げ前に構え行場合にて上へ冠り互に打合尤も太刀をつく心持有・・」ですから、相手は上段、我は下段に構え歩み寄り、間に至るや我は切先を相手の喉を突き上げる様に振り冠って上段となり、相手真向に打込むを我も真向に打ち込み太刀を合せる、でしょう。

真向に中央で打ち合わせ、双方切先を正眼に取りつつ退く処、我は刀を相手の刀の裏に張り込みその拍子に踏み込んで真向に打ち込み勝。
打込まずに上段に冠って勝ちを示すも有。
「裏よりはり込み真甲へ打込み」は、どのようにするのか失伝しています。
相手の刀が我が刀の左、我が刀は相手の刀の右で互いに切っ先を喉元に付けています。
相手引かんとする其の機に、我が刀を僅かに下げ相手刀の裏に添えるや、刀を右に返すように張り込みその拍子に上段に振り冠る・・。

この業も、曽田先生による五藤先生の業附口伝から霞剣を研究してみます。
「是も互に立合也敵待かけても不苦互に青眼の儘スカスカと行場合にて互に拝み打に討也互に太刀の物打ちのあたり合たる所を中段に直る我其儘左の足を踏み込み裏より払いかむり勝也五歩退り相中段に次に移る也」

ここで、神傳流秘書の詰合は終わっています。以上十本です。
五藤先生の詰合之位はあと一本「討込」が残っています。
「双方真向に打ち込み物打を合はす也」

*十一本目は「討込」ですがすでに霞剣で此の真向打ち合いは終わっていますから業としてはそう意味のある動作を要求していません。
五藤先生の時代江戸末期から明治維新の頃は仕組の太刀は竹刀による試合剣法に取って変わられて仕組剣法は影を潜めていた時代です。
「申し合わせの形」しか稽古していないのでは、竹刀による打ち合いによる試合勢法に勝てる分けは無かったのでしょう。
この「討込」は伝書には無いが「留めの打ちなり」として演武の締め業として演じられたのでしょう。

| | コメント (0)

2014年11月15日 (土)

神傳流秘書を読む 8.詰合九本目水月

神傳流秘書を読む

8.詰合

九本目水月

相手高山にかまへ待所へ我も高山にかまえ行て相手の面に突付る相手払ふを躰を替し打込み勝

*相手上段に構え待つ所へ我も上段に構えスカスカと歩み行く、歩みつつ間境で切先を下し右足を踏み込み相手の面に突き付ける、相手之を右足を退き上段から我が右に八相に払って来る、払われるに随い左足を左斜めに踏み込み体を躱し右足を踏み替え相手の面に打込み勝。

相手の面へ切先を突き付け相手我慢が出来ずに払って来る機をとらえて体を躱して打ち込む。
或は我が刀を払う当たり拍子に体を替って打込む。
この時相手は、踏み込んで払ってくる事も、退って払うも有りでしょう。我が気勢によるものでしょう。
古伝は、如何様にも変化しても「それは違う」などと言うことなどなさそうです。
師伝の異なる方と、太刀打之事や詰合を稽古しますとその事が理解出来申し合わせの「剣舞」とは違う事が認識できます。

此の業は神傳流秘書の太刀打之事六本目水月刀と同じ様な業でしょう。
「相手高山或は肩遣方切先を相手の面へ突付て行を打太刀八相へ払ふ処を外して上へ勝つ或は其儘随て冠り面へ打ち込み勝も有り」

曽田先生の五藤先生による業附口伝詰合之位九本目「水月刀」
「是も同じく立合て真向へかむり相掛りにても敵待かけても不苦我真向へかむりてスカスカと行場合にて太刀の切先を敵の眉間に突き込む様に突く也其の時敵すぐに八相に払う其時我すぐにかむり敵の面へ切込み勝也互に五歩退り血振納刀以下同じ」

*此の業は相手に払われるに随い体を変わって打ち込むのですが、相手に我が太刀を払わせる誘い、払わずにいられない状況に追い込むことがより高いポイントでしょう。

| | コメント (0)

2014年11月14日 (金)

神傳流秘書を読む 8.詰合八本目柄砕

神傳流秘書を読む

8.詰合

八本目柄砕

両方高山後は弛し木刀に同じ

「弛(はずし)木刀」(太刀打之位独妙剣の事ならむ 曽田メモ)

*双方上段に構え、後の動作は弛し木刀に同じだと省略されてしまいました。
曽田先生は、之を太刀打之位(神傳流秘書では「太刀打之事」の独妙剣の事だろうと言うのですが、太刀打之事独妙剣は「相懸也打太刀高山遣方切先を下げ前に構え行場合にて上へ冠り互に打合尤打太刀をつく心持有柄を面へかえし突込み勝」というものです。
「弛し木刀」なる業名がない限り断定する事はできません。

曽田先生の業附口伝によれば詰合之位「眼関落」が七本目燕返の次なる業になります。
「是も互に立ち敵も我も真向へかむり相掛りにてスカスカと行き場合にて互に拝み打に討也その時敵の拳と我拳と行合也其時我すぐに柄頭を敵の手元下より顔へはね込み勝也(右足をドンとふみ急に左足を踏み込む也)
互に五歩退り納刀以下同じ

曽田先生は五藤先生の業附口伝を元にして考察されたと思われます。
神傳流秘書の詰合と五藤先生の業附口伝以外に詰合を書き表した伝書が見当たらない限り当面はこのような業で稽古する以外にありません。

木村栄寿先生の林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流傳書集及び業手付解説の神傳流業手付では詰合八本目は柄砕「両方高山跡は地の木刀に同じ」とあって「弛と地」の読み違いでしょうがどちらも証明不能です。
「眼関落」が同じ業である様な「詰合業手付及び口伝」にありますが引き当てるべきものが見当たりません。

政岡先生の無双直伝英信流居合兵法地之巻にある無双直伝英信流居合兵法之形は文政二年山川幸雄述坪内長順記神伝流秘書による、と書かれています。幸雄は幸雅と思われますが正誤表に記載されていませんので坪内長順が書写した際の誤記かもしれません。
そこでの詰合は詰合之位とされ八本目は眼関落の業名を採用しています。

眼関落「(相上段から互に切り結び鍔押となる処をはね上げて顔に当てる 政岡先生述)両方高山にかまえ行打合尤も打太刀をさく心持あり柄をかえして突込勝」とされています。この部分は神傳流秘書の太刀打之事七本目「独妙剣」の文言に類似です。この政岡先生の神伝流秘書の出所は不明です。

| | コメント (0)

2014年11月13日 (木)

神傳流秘書を読む 8.詰合七本目燕返

神傳流秘書を読む

8.詰合

 七本目燕返

 相手高山我は抜かずして立合たる時相手より打込むを我抜受に請る相手引を付込み打込相手右より払ふを随って上へ又打込払ふを上へ取り打込扨切先を下げて前へかまへ場合を取り切居処へ相手打込を受流し体を替し打込勝又打込まず冠りて跡を勝もあり

*詰合の仕組の中での大業は先に出た四本目八重垣とこの燕返だろうと思います。
相手は上段に構え、我は刀を鞘に納めたまま立ち合う、双方すかすかと歩み行き場合に至れば、相手より右足を踏み込み真向に打ち込んで来る、我は顔前頭上に右足を踏み込み抜受けに受ける。
相手右足を引き上段に取らんとする処を、我は左足を踏み込んで付け入って諸手にて上段から打ち込む。
相手これを右より八相に払って来る、払われた当たり拍子に上段に振り冠って右足を踏み込んで真向に打ち込む。
相手左足を引いてこれを又払って来るのを同様に当たり拍子に上段に振り冠って左足を踏み込み真向に打ち込む。
相手これを一歩引いて外す。我は外されたまま切っ先を下げて下段に構える処、相手真向に打ち込んで来る、我は切先を上げて突き上げる様に受け流し右足を右前に踏み込んで体を替って相手の首に打ち込む。
又打ち込まずに上段に構え勝ちを取るもあり。
受け流しの方法は、左足を後方に引きながらも出来るでしょう。ここは受け、流すに拘ってみました。

相手は高山ですから上段です。我の打ち込みも「相手引を付込み打込」ですから真向打にしました。
ここは八相でも良いかもしれませんが文章に忠実に従いました。
打ち込むや相手は八相に払ってくる、または横に払ってくる様ですから当たり拍子に上段に取って打ち込む廻し打ちを思い描いてみました。
恐らく、林六太夫守政の剣術の先生大森六郎左衛門は真陰流(新陰流?)であれば廻し打ちはお手の物だったでしょう。

曽田先生の業附口伝から五藤先生の詰合之位七本目燕返
「是は敵も我も立つ也敵は刀を抜てかむる我は鞘に納めて相掛りにて行く也場合にて敵我が面へ打込む也我其時右片手にて抜き頭上にて請けすぐに左手を柄に添え打ち込む也
敵又裏より八相に払う也我又すぐにかむりて打込む也敵又すぐに裏より八相に払う也
我又すぐにかむりて敵の面へ打込也(左足を一足踏み込)其時敵後へ引我空を打つ也
其時我切尖を下げ待也敵踏み込みて我真向へ打込也我其時左足より一足退り空を打たせ同時にかむりて一足踏込み敵の面へ勝也互に五歩退り納刀後再び刀を抜き相上段にて次に移る」

*この業附口伝の動作が現在行われている様です。「裏より八相に払う也我又すぐにかむりて打込む也」の運剣動作は大いに研究すべき処でしょう。
最後のところで「敵に空を打たせ・・」は古伝を変える必要があったとは思えません。
時代が進むと、どんどん安易な方法に変化してゆくのは、進歩と取るか退歩と取るかですが、白刃の下を掻い潜って身に着けた時代と平和ボケの時代の違いの様な気もしています。

| | コメント (0)

2014年11月12日 (水)

神傳流秘書を読む 8.詰合六本目位弛

神傳流秘書を読む

8.詰合

六本目位弛

我居合膝に坐したる所へ敵歩み来りて打込むを立ざまに外し抜き打に切る或は前の如く抜合たる時相手より打を我も太刀を上へはづし真向へ打込み勝

*我居合膝に座して居る処へ相手上段に振り冠って歩み来たり、真向に打込んで来るのを、立ち上がり右足を引き刀を上に抜き上げ拳を返して真向に打込む。

或は双方居合膝に坐し、左足を引いて膝に抜合う、相手より上段に振り冠り打込んで来るを、我は右足を左足に引き付け刀を上に突き上げる様に相手刀を摺り上げ上段に振り冠り踏み込んで真向に打込み勝。

位弛の業では「或は・・」以下の業は殆ど見る事の無い動作です。
別の業とも思えるのですが、心持ちは同じと言えます。
刀を体すれすれに引き上げる様に切先下りに抜き上げて相手の打ち込みを右足を引いて間を外すや打込む、相手が深く討ち込んで来た場合は上に抜き上げた表鎬で摺り落してしまうわけです。
大森流(正座の部)逆刀(附込)の「向より切て懸るを先々に廻り抜打に切・・」の動作の仕組みとなります。

或は以下は、双方抜き合せた所よりの変化です。「太刀を上へはずし」をどのようにするかがこの間合いでの応じ方でしょう。
「位弛(くらいゆるみ)」弛は、はずす事ですから、我が体を打ち間から外す事が大切です。太刀にて相手の切り込みを請けるのは目的では無さそうです。

曽田先生による五藤孫兵衛正亮の業附口伝詰合之位六本目位弛を読んでみます。
「是は敵は立ち我は坐する也敵は太刀を抜てかむる我は鞘に納めて右片膝立て座する也敵すかすかと来て拝み打に討つ也我其時あたる位にてすっかりと立ち其儘左足を一足引きて抜き敵に空を打たせ同時に右足を一足踏み込み面へ切り込み勝也
仕太刀は此の時刀を合わせ五歩退きて血振い納刀
打太刀は其位置にても五歩退りても不苦

*五藤先生の業附口伝では神傳流秘書の「或は・・」の業は消えています。
相手の打ち込みを立つなり左足右足と追い足に退きつつ刀を抜き上げて相手に空を切らせ相手が退かんとする前に真向に打ち下すのです。
刀の抜き上げは体に接する様に抜上げるもので、前に抜出す様に抜上げるべきでは無いでしょう。

| | コメント (0)

2014年11月11日 (火)

神傳流秘書を読む 8.詰合五本目鱗形

神傳流秘書を読む

8.詰合

 五本目鱗形

 如前抜合せ相手打込むを八重垣の如く先に左手を添え請留直に敵の太刀を摺落し胸をさす也

*前の如く抜き合せ、ですから是も居合膝に相対し、相手より左足を引いて右足に抜き付けて来るのを請け止め、上段に振り被らんとする処、相手左足を右足に引き付け右足を踏み込んで真向に打込んで来る。
我顔前頭上にて切先を左にして左手を添えて十文字に刃で請ける。
十文字請けした交点を軸にして、左手を相手の顔面に摺り込む様に、右手も引きつつ相手太刀を右下に摺り落とし左足を踏み込んで相手の胸に詰める。

詰合の一本目発早の場合は、双方膝前で抜き合せ、我が先んじて上段から真向に打ち込んで勝ちを制しました。
今度は相手が我が真向に打ち込んで来るのです。一本目で勝ち口を理解しないまま、此の五本目鱗形にしてようやく仕組みが申し合わせの棒振りではならない事を気付かせてくれる良い業です。

是も曽田先生による五藤孫兵衛正亮の業附き口伝詰合之位「五本目鱗形」を参考にして見ます。
「座り方同前左足を一足引きて抜合す也其時敵すぐに我面へ上より打つ也我もすぐに太刀の切尖へ左の手を添えて十文字に請て左の足を踏み込み摺り込み勝也刀を合せ血振い納刀」

十文字請けの方法をどの様にするかは、簡単に「切尖へ左の手を添えて」しか表現されていません。
切尖は切先ですが、物打ち辺りに拇指と食指の股に刀の棟を当て四指を外向けにして添える様に指導される様ですが、是で良いのでしょうか。
拇指と食指の股から小指の下の膨らみへ斜めに刀棟が乗る様に添える事も研究すべきでしょう。
強い打ち込みを想定すれば左手の添え方は充分考慮すべきものです。
又十文字請けと云いますと、顔前頭上に水平に請けるのが如何にもですが、是も左手をやや右手より高く上げ柄頭は真横では無く稍相手を攻める程の気を持った十文字請けも研究しておきたいものです。

或は柄手を先手より稍高く取り十文字請けするも有でしょう。
古伝神傳流秘書は踏み込む足も左右何れも指定して居ません。

| | コメント (0)

2014年11月10日 (月)

神傳流秘書を読む 8.詰合四本目八重垣

神傳流秘書を読む

8.詰合

 四本目八重垣

 如前抜合たる時相手打込を我切先に手を懸けて請又敵左より八相に打を切先を上にして留又上より打を請け相手打むと冠るを直に切先を敵の面へ突詰める(我切先に手を懸けて請け敵右より八相に打を切先を下げて留又敵左より八相に打を切先を上にして留め又上より打を頭上にて十文字に請け次に冠るを従て突込むもあり 曽田メモ)

*大江先生の正座の部五本目八重垣の業名はこの詰合から取ったものでしょう。元の大森流陰陽進退あるいは陽進陰退の方が業名らしいのですがかえらざる望みでしょう。
「嫌なら夢想神伝流に変わったら」です。

双方居合膝に座し、相手左足を引いて下に抜きつけるを我も左足を引いてこれを下に請ける。
相手即座に右足を左足に引付右足を踏み込んで真向に打ち込んでくるを、我左足、右足と引いて、切先に左手を添え顔面頭上にこれを十文字に請ける。
相手再び上段に振り冠って左足を踏み込んで我が右胴に八相に打ち込んでくる。我右足を引いて切先を上にし柄を下にして右脇にこれを刃で請ける。
相手再び上段に振り冠って撃ち込んで来るを、左手を切先に添えたまま顔前頭上に受ける。相手再び撃ち込まんと上段に振り冠る処、我すぐに右足を踏み込み切先を相手の面に突き詰める。

神傳流秘書は、下で合わせ、十文字に上で請け、右脇で請け、再び頭上に十文字受け、直ぐに突き詰めるのですが、曽田先生のメモは、下で合わせ、十文字に上で請け、右脇で請け、左脇で請け、又十文字に上で請け、直ぐに突き詰める。と云うのも有り括弧書きで挿入されています。

何度でも撃ち込まれて稽古するのも良いのですが機を捉えて反撃する事も学ぶ例でしょう。

曽田先生の五藤先生による業附口伝による詰合之位四本目八重垣
「是も同じく詰合て坐し前の如く左足一足引てさかさまに抜合也敵其儘我面を打ってくるを我又太刀の切尖へ左手を添えて面を請くる也
それより立て敵すぐに我右脇を打つを我其儘刀を右脇にさかさまに取りて此の時右足を一足引き請け留る也
敵又立ちて左の脇を打ち来るを我又左足を一足引て左脇を刀を直にして請け止むる也
敵又上段より面へ打ち来るを我又右足を引きて上を請て敵かむる処を我右足より附込み勝也
刀を合せ原位置に帰り血振納刀」

*江戸時代末期にはこの八重垣もいつの間にか我が右脇で受ける切先の位置が神傳流秘書では上であったものが下になり、左脇への相手の打ち込みも加わっています。
右も左も稽古することと云う事でしょう。
古伝の稽古では、下で合わせ、十文字受けして、次は相手次第で右か左に受けるのもありでしょう。仕組みは演武会用の見世物ではなく、申し合わせに終わるものならばそれだけのものです。

| | コメント (0)

2014年11月 9日 (日)

神傳流秘書を読む 8.詰合三本目岩浪

神傳流秘書を読む

8.詰合

三本目岩波

拳取りの通り相手より拳を取りたる時我よりも前の如く取り我が太刀を放し右の手にて敵のひじのかがみを取り左脇へ引たおす

*双方下に抜きつける処、今度は相手が先に我が拳を制してくる。
引き落とされる前に我も即座に相手の拳を取り、拳を取られた右手の太刀を放すと同時に右手を後ろに引くや相手の手を外し、相手の右手の肘のかがみに右手を付け左脇へ引き倒す。
後はどの様に制するかは指定がありません。顔面を、水月を、金的を拳で打つもあり、脇差を抜いて突くもありでしょう。

これも曽田先生による五藤孫兵衛正亮による業附口伝詰合之位「岩波」を見てみます。
「詰合て坐する也前の如く左の足一足引てさかさまに抜合せ敵よりすぐに我右手首を左の手にてとる也我其儘敵の右の手首を左の手にて取り右手を添えて我左脇へ引倒す也刀を合わせ血振い納刀
(遣方右手を添える時刀を放し直に相手のひじを取るなり 曽田メモ)

此の業を演ずるのを見ていますと、打太刀が遣方の右手首を先に取っているだけで、遣方が右手を取りに来るのを待っているような仕方がまま見られます。
ゆっくり順番通り稽古するのは当然ですが、打太刀が二本目の拳取の如く拳を取るや下に制されると、遣方は手も足も出ません。
遣方はどのタイミングで応じるのか、二本目の稽古を生かす事はできるのかなど課題を持ちませんと意味のない踊りです。
知ったかぶりで、「申し合わせだから」ではすまされ無いとても難しい業です。

| | コメント (1)

2014年11月 8日 (土)

神傳流秘書を読む 8.詰合二本目拳取

神傳流秘書を読む

8.詰合

 二本目拳取

 如前楽々足を引抜合我左の手にて相手の右の拳を取り刺す也

*前の如くですから、一本目発早の如く「楽々居合膝に坐したる時相手左の足を引下へ抜付るを我も左の足を引て虎の一足の如く抜て留め我左の手にて相手の右の拳を取り刺す也」でしょう。

「楽々」の文言が気になります。楽に座すのは解りますが、「楽々足を引抜合」は、奥の業ですから当然とは云え強いばかりが信条の人には難しいものです。
相手我が右膝下に抜き付けて来るのを、虎一足の如く刀を逆にして右足の少し斜め前で刃で請け、相手引かんとする処左足を相手の右足側面に踏込み、左手で相手の右拳を制し、相手を右斜め下に崩し、右足を左足後方に摺り込み相手の胸部を刺突する。

相手の足への抜き付けを、我も同様に相手の足に抜き付け双方の中央で相打ちの如くやる、見えるのは古伝の「相手左の足を引下へ抜付るを我も左の足を引て虎の一足の如く抜て留め・・」とは違うでしょう。

相手の右足側面に踏込むのは、手を伸ばして相手の拳を取るのではなく、体で相手に接する瞬間に拳を取って引き下ろすのです。

拳の取り様は種々有るでしょうが、最も容易な方法が正しいと言えるでしょう。拳を制するのが目的では無く、拳を取って相手の体を崩し反撃できないように制して胸部を刺突するとするのが目的です。
単純なのは、相手の右手首に我が左手を乗せ其の儘下へ押し下げるなども有効です。
最も悪いのは、相手の拳を制しようと不器用な左手で複雑な術を弄することでしょう。

此の業も曽田先生の実兄による五藤孫兵衛正亮の業附口伝で江戸後期の詰合之位を見てみます。
詰合之位 拳取
「是も同じく詰合て坐しさかしまに抜合すこと前同然也我其儘左の足を踏み込み敵の右手首(拳ならん 曽田メモ)を左手にて押える也後同断」

この業附口伝では「左手にて押える也後同断」です。相手の手を左手で押えるのはわかりますが「後同断」では全然わかりません。一本目と同断でもこの場合は相手の真向に「発早」の如く打ち込めないでしょう。
打ち込めたとしても何のために相手の右手首を押えるのかわかりません。
ここでの同断は、太刀打之位の二本目「附込」かもしれません。立ち技ですが参考にしてみます。
「是も出合の如く相懸りにて右の足を先にして場合にてさかさまに抜合せ敵の引かんとする処を我左の足を一足付込左の手にて敵の右の手首を取る此の時は左下に引きて敵の体勢を崩す心持にてなすべし互に刀を合せ五歩退き八相に構え次に移る也」
此処では相手の体勢を崩す処で終わっています。
体勢を崩しても気を抜けば反撃されます「拳を取り刺す」でしょう。

| | コメント (0)

2014年11月 7日 (金)

神傳流秘書を読む 8.詰合一本目発早

神傳流秘書を読む

8.詰合(重信流也従是奥之事 極意たるに依而格日に稽古する也)

*詰合(重信流である、これより奥の事、極意なので確実に稽古するものである)
この詰合以降の業は極意業と言っています。
古伝を置き捨ててしまった明治の土佐の居合は奥の稽古が不十分です。
その分、業の技法の末節に拘り過ぎているようです。
場の想定を特定してしまい、物差しで測るような運剣動作のありように、先師は嘆いているでしょう。
古伝の教えを知らなかった為に、他の武術を取り込みおかしな動作を得々として指導したりしています。
中には、大江先生が残した業以外は無双直伝英信流に非ずと息巻く次第です。
大江先生も中学生向けにやむなく古伝を置いてきただけかも知れません。
詰合もそんな憂き目にあっている仕組の太刀打です。おおいに稽古し、独りよがりの空間刀法から抜け出るきっかけを作りたいものです。
最近は詰合を、演武会の出し物の様にされている処も有る様ですが、あくまで稽古業であるはずです。
形から抜け出せなければただの申し合わせの踊りでしょう。

一本目発早

楽々居合膝に座したる時相手左の足を引下へ抜付るを我も左の足を引て虎の一足の如く抜て留め打太刀請る上へ取り打込み勝也

*「楽々居合膝に座したる時」ですが居合膝の座し方が解りません。相対して座す時の武士の座し方は時代考証ではどうだったのでしょう。
戦国末期では正座は一般的でなかったと云う事を信じれば、胡坐か片膝を立てた坐り方だったでしょう。
即座に応じられる座り方は片膝を立てもう片方を爪立って床に着いた立膝の構えでしょう。其の儘尻を下ろせば略現代の居合膝です。
この詰合は戦国末期に林崎甚助重信から引き継いで居る業ならば片膝立てた座仕方と云えそうです。
河野先生は甲冑を付けた時の座仕方と云い切っていますが其れも有でしょうが疑問です。寧ろ攻撃態勢を保持した体構えと考えた方が自然です。

此処で、神傳流秘書が「居合膝」と言い切るのは、居合う、互に座して向かい合う時位の意味のもので、座仕方は何時でも応じられる体構え胡坐では無い片膝立の座し方なのでしょう。
正座はこの頃ようやく武士の中に浸透してきた頃でしょう。

互に片膝を立てて座して居る時相手より、腰を上げて左足を引くや我が右足に抜き付けて来る、我も即座に左足を引いて相手の刀を右足斜め前で虎一足の様に(左足を引き刀を逆さに抜て留め)受け留める。

古伝は、相打ちではありません。相手に抜き付けられ請け止めています。
相手請け止められて、上段に冠らんとする処我左足膝を右足に引き付け座すや相手の真向に打ち下す、相手頭上にて十文字に之を請ける処刀諸共斬り下ろして勝。

曽田先生の実兄が指導を受けた第16代五藤孫平衛正亮・谷村樵夫自庸の口伝が曽田先生の業附口伝として残されています。

業附口伝 詰合之位
「一本目八相(口伝に発早とあり)
是は互に鞘に納めて詰合て相向い右膝立て座る也
互に左足を一足引きて倒様に抜合する也(互に右脛へ抜付ける)
其儘ひざを突き仕太刀はかむりて面へ打込也此の時打太刀は十文字に頭上にて請け止むる也
互に合せ血振い足を引き納刀」

*古伝の教えを失って、形ばかりの仕組の手附になってしまった様です。下に互に抜き合せる相打ちです。
古伝は打太刀に抜き付けられ、相手の剣先は我が膝下に付き我が剣は相手の刀を受払う事で後の先を取って勝ちとなっています。
稽古は古伝の心持ちでしょう。

| | コメント (0)

2014年11月 5日 (水)

神傳流秘書を読む 7.太刀合之棒七本目見返

神傳流秘書を読む

7.太刀合之棒

 七本目見返

 右の手にて棒を引摺り行を相手後より付来たり打込を其儘右へ振り向き棒先を面へ突込む

*七本目は見返ですから振り向いて応じる業です。
右の手に棒を持って引きずって歩み行くのですから六尺棒でしたら棒の中を右手で持って歩くと棒の先が地面を引きずります。
四尺二寸の杖ですと三分の一辺りでしょう。
棒は刀より無造作に扱われていたようですね。

相手は後ろから付いて来て、突然刀を抜いて真向に打込んで来る。
無言で打込むのは武士の作法に卑怯とされますから、名を呼ぶなりして打込む事を知らせるのですが、此処はどうしましょう。
不意打ちに応じられる迄稽古を積めば無言の闇打ちも感じられるかもしれません。チャンバラ映画の見すぎですからそんな事も思ってしまいます。

我は、害意を察するや、左足を右足の前に大きく踏み出し、左手を逆手に棒の先に取り右に廻りながら、棒の先を地摺りから打込まんとする相手の面へ突き込み勝。

左足の大きな踏み込みで相手の打ち込みの間をはずしておきました。

是も第12代の林益之丞政誠の英信流目録から見てみます。
居合棒太刀合巻 棒太刀合之位七本目「見返」
「是は右の手にて棒の端をさげ引きずり行也敵跡よりおがみ討に討所を其拍子に連れて見返りざまに左の手にて棒の端を取り右の手にて中をおさえ敵のみけんを突也」

*英信流目録では「右手で棒の端をさげ引きずり行」と棒の持ち様を指定して居ます。振り返って「左手で棒の端を取り」、「右手にて中をおさえ」ですから右手を棒中に滑らせて棒の先を相手の面に突き込むのでしょう。

| | コメント (0)

2014年11月 4日 (火)

神傳流秘書をよむ 7.太刀合之棒六本目笠之羽

神傳流秘書を読む

7.太刀合之棒

 六本目笠之羽

 相手高山にかまえ居る処へ如此棒をかつぎ行を相手打込を一方にて合せ一方にて張り扨一つ廻して詰る

*五本目までは、同様の技を下から上に棒を扱うことを学んできました。
六本目は、「笠之羽」という変わった業名です。

これには絵がついています。棒を首の後ろで両肩にかつぎ左右の手で支えています。所謂天秤棒を担ぐ形です。それが「如此・・」のところです。

相手、太刀を上段に構えている所へ、棒をかついですかすかと行く。
相手、右足を踏み込んで真向に打ち込んでくるのを、我は右足をやや右斜め前に踏み込み棒を担いだまま頭上に上げ左足を右足の後ろに摺り込み相手打ち込む太刀を右から合せ打つ。

相手、右足を引いて左足を踏み込み再び上段から打ち込んでくる、我、右足を左足に引き寄せ左足をやや左斜め前に踏み出し右足を左足の後ろに摺り込み相手打ち込む太刀を張る。

我、頭上で棒を一つ水車にまわし、相手上段に取って引くを右足を踏み込み棒を相手の眉間につけて詰める。

相手の真向打ちを筋を変わりながら、右から合わせ、左から張り、頭上で一廻りさせ追い込んで詰める、としてみました。

この笠之羽も第12代林益之丞政誠による英信流目録の居合棒太刀合之巻より 
棒太刀合之位「笠之羽」
「是は我首へ横に置き両手をかたのあたりまでおさへ相懸りにて行く場合にて敵物討に討所を右のはしを合せ其儘左のはしを以強く横にはね勝也則ち棒のはしをかえし跡堅る也」

*相手が打ち込んでくるのを右足を踏み込み右の端で合わせ打ち、軸をそのまま足を踏みかえ左端を以て張り込んで、勝、「則ち棒のはしをかえし」の部分で「跡堅る」は古伝の「一つ廻して詰る」と続く処でしょう。

| | コメント (0)

2014年11月 3日 (月)

神傳流秘書を読む 7.太刀合之棒五本目小鬢流

神傳流秘書を読む

7.太刀合之棒

 五本目小鬢流

 小鬢へ打懸る外先に同じ

*五本目は脛をなぐ、腰をなぐ、小手をはね上げる、小手を払い落すの次として小鬢へ打懸る技になります。

相手高山から遣方の左面に打込んで来る。遣方、右手を逆手にして左手の下方に持ち、右肩から廻して棒の下を上にして相手の打ち込みを右足を踏み込んで張る。
又、相手刀を上段に振り上げるところ、我は棒の先を右上に上げ左足を右足に引き付け透かさず右足を踏み出し相手の左小鬢に打ち懸ける。
相手之を右足を引いて外す。

又、相手、右面に打ち込んで来るを、右手を其の儘左手で棒を後ろに引いて左から廻し棒の下を上にして左足を踏み替え左半身になって相手の打ち込みを張る。
相手再び上段に振り上げるところ、即座に右足を左足に引き付け棒の先を左上に上げ左足を踏み込み相手の右小鬢に打ち懸ける。相手左足を引いて之を外す。

扨、引く相手を、棒を水車に取り廻し追込んで行く、相手態勢を整え真向に打込んで来るのを、我れ右身であれば「下にするを」は棒の先を少し下げておいて棒の先を相手の面に突き付ける心持で突き上げて張り込んで勝。

「小鬢に打懸る」ために、有効な棒の操作がいくつもありそうです。

これも英信流目録に残っています。
棒太刀合之位「小鬢流」
「是は鬢を打也跡回し前も同じ」

相手との間合いによって脚さばきは、踏み込み足、踏み替え、継足、追い足など、自由に捌く様にしても良いと思います。
体さばきも右身・左身足に連れ棒に連れさばいてみます。
棒の捌きも棒は上下何れにても有効に打つことが出来る武器ですから、太刀の様にも使えるし、棒の先を相手に付けたまま上下反転させることも出来、槍のように繰り出すこともできるる優れものです。

| | コメント (0)

2014年11月 2日 (日)

神傳流秘書を読む 7.太刀合之棒四本目小手落

神傳流秘書を読む

7.太刀合之棒

 四本目小手落

 是又上に回し小手を払い落し常に太刀を張る水車同前之業なり

*四本目は脛をなぐ、腰をなぐ、小手をはね上げるの次として小手を払い落す技になります。

相手高山から遣方の左面に打込んで来る。遣方、右手を逆手にして左手の下方に持ち、右肩から廻して棒の下を上にして相手の打ち込みを右足を踏み込んで張る。
又、相手刀を上段に振り上げるところ、我は棒の先を右上に上げ左足を右足に引き付け透かさず右足を踏み出し相手の左小手を払う。
相手之を右足を引いて外す。

又、相手、右面に打ち込んで来るを、右手を其の儘左手で棒を後ろに引いて左から廻し棒の下を上にして左足を踏み出し相手の打ち込みを張る。
相手再び上段に振り上げるところ、即座に右足を左足に引き付け棒の先を左上に上げ左足を踏み込み相手の右小手を払う。相手左足を引いて之を外す。

扨、引く相手を、棒を水車に取り廻し追込んで行く、相手態勢を整え真向に打込んで来るのを、我れ右身であれば「下にするを」は棒の先を少し下げておいて棒の先を相手の面に突き付ける心持で突き上げて張り込んで勝。

「小手を払い落す」ために、有効な棒の操作がいくつもありそうですが、前の業と同様な動作で応じてみました。
「常に太刀を張る」はこの場合、相手太刀を受けるのではなく張る心持を言うのだろうと思います。

これも英信流目録の棒太刀合之棒より「小手落」
「手首を上より討つ也跡同じ前も同じ」

*小手揚では神傳流秘書の小手上を「こてあげ」と読めばいいのですが「こてうえ」では「小手落」とかぶりそうですから、小手を下から跳ね上げたのでしょう。これは上から払い落とすのです。

| | コメント (0)

2014年11月 1日 (土)

神傳流秘書を読む 7.太刀合之棒三本目小手上

神傳流秘書を読む

7.太刀合之棒

 三本目小手上

 腰をながずして小手をはね上る也水車同前

*三本目は脛をなぐ、腰をなぐの次として小手をはね上げる技になります。

相手高山から遣方の左面に打込んで来る。遣方、右手を逆手にして左手の下方に持ち、右肩から廻して棒の下を上にして相手の打ち込みを右足を踏み込んで張る。
又、相手刀を上段に振り上げるところ、我は棒の先を右下に下げ左足を右足に引き付け透かさず右足を踏み出し相手の左小手をはね上げる。
相手之を右足を引いて外す。

又、相手、右面に打ち込んで来るを、右手を其の儘左手で棒を後ろに引いて左から廻し棒の下を上にして左足を踏み替え左半身になって相手の打ち込みを張る。
相手再び上段に振り上げるところ、即座に右足を左足に引き付け棒の先を左下に下げ左足を踏み込み相手の右小手をはね上げる。相手左足を引いて之を外す。

扨、引く相手を、棒を水車に取り廻し追込んで行く、相手態勢を整え真向に打込んで来るのを、我れ右身であれば「下にするを」は棒の先を少し下げておいて棒の先を相手の面に突き付ける心持で突き上げて張り込んで勝。

「小手をはね上げる」ために、有効な棒の操作がいくつもありそうですが、前の業と同様な動作で応じてみました。

これも第12代の英信流目録の居合太刀合巻 棒太刀合之位 「小手揚」
「手首を下たよりはねあげる也跡同じ前も同断」

*小手上の文字が小手揚になっています。小手の上から打つのではない、小手を跳ね上げるんだと拘ったのでしょう。
英信流は拘りと改変が常にあったようです。それだけ十分に研究されたものであったとも言えないし、より良い事は先師の教えに守破離をも以て返していく良い風潮もあたのでしょう。

| | コメント (0)

« 2014年10月 | トップページ | 2014年12月 »