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2014年12月

2014年12月31日 (水)

神傳流秘書を読む12.抜刀心持之事三本目賢之事四本目クゝ捨五本目軍場の大事

神傳流秘書を読む

12.抜刀心持之事

 三本目(二十二本目)賢之事

 四本目(二十三本目)クゝリ捨

五本目(二十四本目)軍場の大事

 具足のゆるきを取り押上る心得肝要也故に着料の具足は押上られてものどにつかへざる様に仕置べきなり高き所などより飛ぶ時おのづとのどにつかゆる事有るもの也心得に有儀なり

*五本目軍場の大事以外は何も記載がありません。軍場の大事についても解説は具足をのどにつかえさせるなという、どこか抜刀心持之事には似つかわしくないとんちんかんなものです。

賢之事を檀崎先生や山蔦先生は大江先生の袖摺返の業に当てておられます。
クゝリ捨は隠れ捨としたのか大江先生の門入りの業に当てています。
いずれもその真相は手持ちの資料では不明です。

是は事実は解りませんが、檀崎先生が関東の初代会長大田次吉先生に奥居合を習いにこられたと云う話が伝わっています。
中山博道先生が細川義昌先生に奥居合を習って居れば、白石元一風の業であったろうと思います。
夢想神傳流の奥居合の不思議でしょう。

以上で抜刀心持之事を終わります。
抜刀心持之事は、概ね現代居合の奥居合居業あるいは立業に伝承されています。
然し、業名の改変や動作の入れ替えは何故そのようにしたのか、大江先生の仕業なのか、そうであれば大江先生の述懐がどこかにあるはずです。或はお聞きになった人もいるはずです。
江戸末期には谷村派だとか下村派だとか、何が派なのかよくわからない事で混乱して変わってしまっていたのか土佐に眠る伝書の公開がない限り調べる手立てはありません。

現代でも代の変わるたびに、どこかがいじられています。
或は師匠に正しく習っていながら思い違いや癖などで変化しています。
動作の変化などにとらわれず、古伝のおおらかな手附を流の掟に添って解釈して、一つ業に幾つもの運剣動作の変化を状況次第に繰り出す、それが日本刀の術理に叶う様になるのが古伝の稽古なのだろうと思っています。

私の剣術の師匠は「伝統武術というと形を学ぶことであると誤解される場合が多い。しかし形はそれだけ学ぶと形骸化に陥りやすい。形骸化は武術で最も警戒しなければならないことである。」と仰っています。
かと言って、「先師が生死をかけて身に着けた武術は学ぶことから始めなけばならない、そこに学び自ら身に着けること。しかしそれにいつまでも留まってはならない」と述べられています。

範士十段ともあろう人が、当代の前で「毎年所作が変わって困惑して居ます」とやったそうです。
同じ理合でも想定は幾つもありうるはずです。

まず、基本の形を勝手に解釈せずに流の掟を学び稽古する事が始めでしょう。
そこから生み出される変化も基本の掟によることが二段階でしょう。
掟を内蔵していながらしかも放れて自由に応じられて三段階でしょう。
無形に至るのが四段階。
最後に気を見て収める神妙剣に至ることなのかもしれません。

今日は平成26年12月31日大晦日です。
このブログを平成8年9月から始めてから足掛け7年の歳月が流れていました。その間一日も書き込みをアップしなかった日はありません。
この居合を学ぶ方々の多くのアクセスをいただいて、「思いつくままに」始めた事でもいい加減なことが書けなくなって未熟な自分をさらけ出している毎日です。
嬉しい事に、知らない事を教えていただき、誤りがあればご丁寧なご指導をいただき、考え違いを諭してもいただきました。
貴重な資料をお送りいただき、眠れる居合が起きだしたものもいくつもありました。
ブログを通じて御友達もたくさんできました。
本当にありがとうございました。
これからもよろしくお願いいたします。そして、よいお年をお迎えください。

来春早々から、この神傳流秘書の最終章、夏原流和之事に踏み込みます。
和(わ・やわらぎ)など居合には無関係と云って無視せずに、この居合に付随していたものです。
相方がいなくても、夏原流を読んでいますと、居合の動作と重なってきて相手を組み伏せていたりします。

それは居合による仮想敵相手の稽古法が為せる技だろうと思います。
特に、投げられて脳震盪を起したり、骨の折れやすいお年寄りや、ご婦人には組み合って投げられて怪我をするより遥かに有効です。
頭の体操にもなりボケ防止にもなりそうです。

その道の専門家は、特別の術を用いない人体操作からこの夏原流を甦らせてください。
細かい手附は相変わらず有りません。大らかに組み伏せてください。
多くの事を学ばなければならなかった江戸武士も、現代人もややこしい技術は不要です。

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2014年12月30日 (火)

神傳流秘書を読む 12.抜刀心持之事二十本目抜打・二十一本目弛抜

神傳流秘書を読む

12.抜刀心持之事

*前回で抜刀心持之事の十九本は終わっているはずですが、続いて五本の業名が記載されています。
何として扱うべきなのか何処にも解説されていません。

一本目(二十本目)抜打

歩み行中に抜打に切敵を先に打心也

*歩み行き敵との間に至れば抜打ちに切る、敵に先に打ち込む心持ちである。と云うのでしょう。
是もどうやら不意打ちの心得の様です。
特段の業技法の手附けは有りません。

全剣連の制定居合の12本目の場合は「前方の敵が突然切りかかって来るのを刀を抜き上げ乍ら退いて敵に空を切らせて、真向に切下す」ので是は仕掛けられたのに応ずるものです。

此の古伝の立っての抜打を伝える業は細川先生系統と思われる白石元一先生の抜打に見られます。
「放打の如く左足にて抜刀用意、右足を踏み出すと同時に右片手にて正面に斬りつけて納刀」
片手打ちですが真向に打ち下していますし、右足を踏み込んでいますから是はこちらから仕掛けたと読めそうです。

二本目(二十一本目)弛抜

前の如歩み行敵より先に打を体を少し開き弛して抜打に切也

*双方歩みつつ行き間合いに至るや前方の相手から抜き打ちに真向に斬り下ろして来る、我は左足を右斜め前に踏み込み体を開くや左肩を覆う様に刀を抜き上げ右足を踏み込み相手の打ち込みを外し其の儘右足を左足に踏み揃え相手の首に打込む。是では現代居合の奥居合立業の受け流しです。

「体を少し開き弛して」ですから右なり左なりに筋を替えて相手の打ち込みを外すのでしょう。受け流しとは違います、相手の太刀を受けるのでは無いのです。
「抜打に切」さてどの様に抜き打つのか・・「抜き打ちに切」ですから刀を上に抜き上げ斬り下ろすのでしょう。
左に外して、右通りで相手の打ち込む小手を打つ。右片手袈裟に斬る。
右に外して受流しの要領で相手の首に打込む。横一線に胴を斬る。
良い稽古業になりそうです。

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2014年12月29日 (月)

神傳流秘書を読む 12.抜刀心持之事十七・十八・十九本目抜打上中下

神傳流秘書を読む

12.抜刀心持之事

十七・十八・19・抜打 上中下

暇乞三本)格の低き者に対する黙礼の時等輩に対する礼の時目上の者に対する礼の時

 以上十九本

*曽田先生のメモで暇乞三本が抜打上中下と書き込まれています。上中下の三本でここまでゞ抜刀心持之事は十九本と云う事になります。

抜打上中下については自分より格が低い者へ、同輩の時、目上の時と有りますが特にどの様にするのか何もありません。
自分より「格の低き者に黙礼」ですから順次手を床に着く、頭を低く下げるなどの格式に応じた暇乞いの時の礼法が明確だったので、それに従い礼をした上で不意打ちを仕掛けたものと考えられます。

現代居合の暇乞その1、その2、その3の方法と変わらなかったと思います。
この暇乞については英信流居合目録秘訣では極意の大事の項目の始めに心得があります。
暇乞「仕物抔を云付られたる時抔其者之所へ行て四方山の咄抔をして其内に切べし隙無之ときは我が刀を取て又近日と立さまに鐺を以て突き倒し其儘引ぬいて突也又は亭主我を送て出るとき其透間を見て鐺にて突たおして其儘引ぬいて突くべし」

*これ等の暇乞の業は、極意の不意打と考えられ、決して相手に仕掛けられたから応じたという風にはとらえられません。戦国時代の風を引きずった業技法も残っていたのでしょう。

現代居合では「暇乞いは上意討ちとも称される。主命を帯びて使者に立ち、敬礼の姿勢より抜き打ちする意にして、彼我挨拶の際、彼の害ある動向を察知し、其の機先を制して行う刀法」とされています。

此処で抜刀心持之事十九本が終了しています。
如何した訳かこの後に後五本が述べられています。

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2014年12月28日 (日)

神傳流秘書を読む 12.抜刀心持之事十六本目虎走

神傳流秘書を読む

12.抜刀心持之事

十六本目虎走

 居合膝に坐して居立って向へ腰をかゞめつかつかと行抜口の外へ見へぬ様に抜付打込納又右の通り腰をかゞめ後へ引抜付打込也

*居合膝は右足膝を立て左足を折り敷いた所謂現代居合の立膝か、左足を爪立った体構えか判りませんが、恐らく前者だろうと思います。
この文面からこの業は、間遠のところに居る相手にも周囲の者にも気付かれない様に抜付けるのですから不意打ちの状態でしょう。掛け声すら掛けていないようです。上意打ちとも読めます。

立ち上がり、腰をかがめ、つかつかと間に至り、「抜き口の外に見えぬ様に抜付」はどのようにするのでしょう。
間に至れば、両手を刀に掛け右足を踏み込み首に抜き付け、即座に真向に振り冠って左足を踏み込み打ち下ろす。下から切り上げる。片手袈裟に切る。そしてその場で納刀。
現代居合ではお目にかかれない抜刀術の妙を言うのかも知れません。

又からの処は、現代居合の奥居合居業の八本目虎走の様に、目的を果たした処、討ち果たした相手の味方が前方より走り込んで来るのを、我は腰を屈め後退しつつ相手間に至れば抜き付け、真向より打ち下し、納刀する。

此の業のポイントは相手に接近する動作と、抜口を見せない抜き付けにあるのでしょう。
現代居合では失念した動作です。

英信流居合目録秘訣の上意之大事の最初に虎走の心得があります。
「仕物抔云付られたる時は殊に此心得入用也其外とても此心得肝要也敵二間も三間も隔てて坐して居る時は直に切事不能其上同座し人々居並ぶ時は色に見せては仕損る也さわらぬ躰に向ふえつかつかと腰をかゞめ歩行内抜口の外へ見えぬ様に体の内にて刀を逆さまに抜きつくべし虎の一足の事の如しと知るべし大事とする所は歩みにありはこび滞り無く取合する事不能の位と知るべし」

*ここでも「抜口の外へ見えぬ様に」とあり「体の内にて刀を逆さまに抜きつくべし」そして「虎の一足の事の如し」と言います。
「同座し人々居並ぶ時・・」ですから、邪魔が入らないように刀に手を掛けるや否や抜刀し刃を下にし低く切り上げるのでしょう。
甲冑を付けた股間を斬り上げるなどの刀法も有ったかもしれません。

現代居合では不意打、闇打は無く、相手の害意を察して抜き付ける様に教えられています。それは教育上の中学生向きの事であって、古伝はしばしば不意打の心得を伝えて来ます。
対敵との単なる仕合では無く、主命を帯びての役割を果たすべき心得も伝えているのでしょう。

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2014年12月27日 (土)

神傳流秘書を読む 12.抜刀心持之事十五本目放打

神傳流秘書を読む

12.抜刀心持之事

 十五本目放打

行内片手打に切納ては又切数きはまりなし

*歩み行きながら、片手抜き打に切り納刀し、又片手抜き打ちに切り納刀する。これを何度も繰り返す業です。
敢えて片手打と言っていますから片手袈裟と飛躍してもいいかもしれませんが横一線でも上に抜き上げ真向でも、下から切り上げてもいいかも知れません。

これも英信流居合目録秘訣を探してみましたが、見当たりません。これは大勢の敵に詰められ我は一人の場合を想定しますが「片手打に切納刀し、又・・」ですから敵は前方から現れるのを切り倒し、刀を納める。するとまた敵が現れるのでそれを仕留めて納める。現代居合の惣留の業を思わせます。

居合兵法極意巻秘訣に細道之事として「両脇難所道も無く行道一筋にて狭きを云うケ様の所にては敵は多勢我は一人の時は利をもとむべし其利は敵大勢有りとも我を前後左右取り廻す事能えず若敵前後より来る時は脇へ開て敵を向うに受我が左の方の敵に合うべし若脇に浅き川池などあらば飛込んで打べし我飛込と敵つづきて飛入物也其間を勝事大事也」と心得を伝えています。

また「多勢一人之事」として「敵多勢我一人の時は地利を第一と心得べし地利あしくば敵を前一面にうくべしはたらき心得は我左の方の敵を目当てにたたかうべし敵後へ廻らば我も左の敵に付後へ廻るべし真中に取籠られば走りにぐべし敵一度に来ぬもの也其間に先立来る敵を打つべし幾度もにげては打つべし」

細川義昌先生の系統と思われる白石元一先生の放打(暗夜前方より来る敵を抜き打ちに数名連続斬る意)「・・右足を出すと同時に右斜前の敵に対し抜き打ちに右片手にて斬り付け(やや半身となる)直ちに納刀と同時に左足を右足に揃え一足となり、更に第二に現れたる敵に対し前と同様斬りつけたる後納刀。又第三の敵に対して斬りつけ納刀(同時に足も一足となる)」

*古伝に業名は忠実です、動作も古伝を思わせます。

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2014年12月26日 (金)

神傳流秘書を読む 12.抜刀心持之事十四本目五方切

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12.抜刀心持之事

十四本目五方切

歩み行内抜て右の肩へ取り切又左より切又右より切又左より切段々切下げ其儘上へ冠り打込也

*此の業は現代居合の惣捲のようです。「抜て右の肩へ取り」は間境で右足を踏み出し刀を前に抜出し、右足を引いて左足を踏み出し八相に構えるのです。
そして右足を踏み込み相手の左・右・左・右と「段々切げ」ですから「左面・右肩・左胴・右膝」に歩み足で追い込みながら切り付けて行く。
この際相手は、我が切込みを刀で受けつつ下がるも、外しながら下がるも、切られつつ下がるもありでしょう。
「其儘上へ冠り打込」ですから、四刀目の切り付けは左足を踏み込み十分切り払って右から上段に振り冠り右足を踏み込んで打ち込むでしょう。

これも英信流居合目録秘訣によれば「惣捲形十」としてあります。
「竪横無尽に打振て敵をまくり切る也故に形十と有也常に稽古の格には抜打に切り夫より首肩腰脛と段々切り下げ又冠り打込也」

ここで「惣捲」の文言があって引き継いだのでしょう。現代居合の惣捲は左面・右肩・左胴・右腰・真向です。空間刀法の切り替えしです。

細川義昌先生の系統の白石元一先生の「五方斬」
「右足を出すと同時に左側にて刀を大きく抜くや直ちに上段に取り、先ず右袈裟がけに斬り振り冠り続いて左袈裟掛けに切り、返す刀にて右より胴を払い腰を落して左より足を払い、再び立姿となり右方より上段に取り真向に斬り下ろす」

*それぞれ大いに稽古して見るものです。現代居合は形を限定していますがそれは、大会や審査の形と割り切って確実にそれを演じられることも必要でしょう。

相手に先を取られ、撃ち込まれたのを外して左面に打ち込む・・いい業です。

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2014年12月25日 (木)

神傳流秘書を読む 12.抜刀心持之事十三本目追懸切

神傳流秘書を読む

12.抜刀心持之事

 十三本目追懸切

 抜て向へ突付走り行其儘打込也

*此の業は現代居合では見る事も無い業です。
刀を抜き出し、正面の相手に切先を突き付け、走り込んで間境に至れば上段に振り冠って右足を踏み込んで真向に打ち下すと云う業でしょう。

相手は抜刀せずに歩み来るのか、抜刀して上段に構えているのか手附は何も指定していません。
或は前方を後ろ向きに歩み行くのか、状況を判断し、どのように走りこむのか難しい業です。

英信流居合目録秘訣の外之物の大事に遂懸切が有ります。
「刀を抜我が左の眼に付け走り行て打込但敵の右の方に付くは悪し急にふり廻りぬきはろうが故也左の方に付て追かくる心得宜し」

古伝の追懸切を補足している様です。
「刀を抜我が左の眼に付け」ですから左足前の左正眼の構えでしょう。距離が離れていれば左足・右足・左足と常の走り込みでいいでしょうが、間境では左足前にして上段となり右足を大きく踏込んで打ち下す。
次の「但敵の右の方に付くは悪し」ですが、敵の右側から打ち込まんとすれば「急にふり廻り抜はろう」と云う事は敵は後向きで同方向に歩み行く、それを追いかけて刀を打ち下すと解釈できます。従って敵の左側から追掛けて切れというのでしょう。

古伝の追懸切は想定を指定して居ません。英信流居合目録は、一つの想定からの運剣の心得でしょう。此の業は、闇打ちの心得の様です。大江先生の中学生向きの業としては教育上不向きです。

下村派細川義昌先生系統と思われる白石元一先生には「追掛(前方を行く敵を追い掛けて斬る意)」という業があります。「・・右足にて刀を抜き刀先を返し柄を手許にし左手を柄に添えて持ち中段に構えたる儘にて数歩小走りに追掛け、左足を踏み出したる時に振り冠り、右足を出すと同時に大きく真向より斬り下す」

古傳の手附ではカバーできないので色々考案されていったのでしょう。江戸時代後期には、敵は後向きに前方を歩み行くのを追い掛けている想定になっています。

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2014年12月24日 (水)

神傳流秘書を読む 12.抜刀心持之事十二本目夜ノ太刀

神傳流秘書を読む

12.抜刀心持之事

 十二本目夜ノ太刀

 歩み行抜て体を下り刀を右脇へ出し地をハタと打って打込む闇夜の仕合也

*闇夜の仕合の時の業でしょう。月夜や星のない夜は本当に真っ暗です。最近は山に登っても町明かりが届いて真っ暗闇に出会うこともなくなってしまいました。
此の業の雰囲気から大江先生の現代居合の奥居合立業の信夫でしょう。

真っ暗闇で相手の居場所も判らない時、歩行きて相手の気配を察し、刀を抜出、体を沈めて右脇の地面に「ハタ」と刀の切っ先を打ち付け、相手がその音に誘われ打ち込んでくる処を打ち込んで勝。

足さばき体裁き、運剣法などは現代居合に準じればいいのでしょう。
相手の存在位置を事前に察知して誘いをかけるのか、相手の存在位置を知らずに音を立てて誘うのか後者はよほどの手慣れでないと難しそうです。

英信流居合目録秘訣では、極意の大事に「地獄捜」そして「夜之太刀」として心得があるのですがいささか異なります。

地獄捜「闇りに取籠り者有るときの心得也夫れ巳成らず惣じて闇にて人をさがすの術也刀の身と鞘と半分抜掛て鐺を以て一面にませ捜すべし鐺に物之さわるを證に抜て突べし亦鞘口三寸計に切先を残し居ながら静かに四方へ廻してさぐるべし九尺四方何事も知れ申」

夜之太刀「夜中の仕合には我は白き物を着べしてきの太刀筋能見ゆるなり場合も能知るゝものなり放れ口もなり安し白き肌着抔を着たらば上着の肩を脱ぐべしかまえは夜中には下段宜し敵の足を薙ぐ心得肝要なり或は不意に下段になして敵に倒れたる見せて足を薙ぐ心得もあるべし」

更に居合兵法極意巻秘訣には月夜之事・闇夜之事とあって「是従兵術嗜の个條迄先生御註訳」

月夜之事「月夜には我は陰の方に居て敵を月に向わすべし我はかくれて敵をあらわす徳有り」

闇夜之事「闇の夜は我が身をしずめて敵の形を能見透かすべし兵器の色をはかるべし若難所有らば我が前に当て戦うべし敵のすそをなぐる心持よし」

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2014年12月23日 (火)

神傳流秘書を読む 12.抜刀心持之事十一本目行違

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抜刀心持之事

 十一本目行違

 行違に左の脇に添へて払い捨冠って打込也

*この手附は、「行違に」ですから、相手が前から歩み来り、擦違う時に相手の害意を察しての動作でしょう。
「左の脇に添えて払い」は相手は前から来て我が左脇を通り過ぎようとするか、我から相手の左脇に外すかは自由です。
行き違う寸前に刀を前に抜き放ち左脇に刀の棟を当て切先を後ろに刃を外向けて、左腕の上に右腕を乗せて、右足を一歩前に踏み出しすれ違い様相手の左胴を引き切る。
その足の儘左廻りに相手に振り向き上段に冠り打ち下す。

此の業の初動は現代居合の奥居合立業袖摺返の動作です。
英信流居合目録秘訣の上意之大事では行違「我左脇を通す宜し切る事悪しと知るべし行違さまに抜て突事宜し又敵先に抜んとせば先んじて早く柄にて胸を突くべし行違の詞の掛様の事大事有夜中に往来をするにうさんなる者の有時は自分の姓名を急に呼かくべし我に敵するものなればはいと答るもの也其所を切るなり旅などにては白昼にも此心得有るべし又何んぞ言を云かけて見るに我に敵する気有者は必ず返答にあぐむものなり」

*英信流居合目録では左脇をすれ違う時に突くのが良いと言っています。或は相手の胸を突いてしまえというのです。払い捨てる行違とは相手を左脇を通す様にする処は同じようですが後は異なります。

細川先生系統と思われる白石先生の摺違「歩行中摺違ふ際敵を斬る意、歩行中敵と摺れ違う一歩手前に於いて(左足にて鯉口を構え右足を踏み出して)刀を抜き、左足を出すと同時に刀を左側に取る。此時右手は左肘の外に位置し、左手は鯉口を持ちたるまま、右脇腹に取り左右の腕は交叉す。続いて右足を踏み出し摺れ違いざまに敵の胴を横に払い、直ちに振り返り右足を出すと同時に、再び上段より斬り下ろす。」

*この白石先生のテキストは昭和12年の発行大森流長谷川流伯耆流居合術手引きによります。古伝の趣を伝えていると思います。

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2014年12月22日 (月)

神傳流秘書を読む 12.抜刀心持之事十本目連達

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12.抜刀心持之事

 十本目連達

 歩み行内前を右の拳にて突其儘に左廻りに振返り後を切り又前へ振向て打込也

*連達ですから同じ方向に連れだって行くわけです、前を歩いて行く敵の後頭部を右拳で突き、其のまま左廻りに後ろに振り向いて、後ろの敵に抜き打ちに切り付ける、右廻りに振り向いて前の敵に真向から打ち込む。
後の敵には「後を切り」ですからどの様に抜き付けるか指定されていません。上に抜き上げ真向に斬る、或は袈裟に斬る、廻りながら物打ちまで抜いて横一線に抜き付ける、斬り上げる、如何様にも状況次第です。
足さばきは、「其儘」の文言に従い前の敵に右足を踏み込み後頭部に突きを入れた右足前で振り返り左足前で斬る。振り返って前の敵を斬るも足捌きは其の儘右足前で真向に斬る。但し前に振り返るのは右廻りです。
然し、足を踏み替えて左に廻り左足を踏み込んで打ち込むもありでしょう。

此の業は現代居合の奥居合立業の行違の動作の原型の様です。
行違は敵は前方から歩み来り行き違うのが本来です。ここは我を中にして縦に並んで歩み行くのです。
古伝は拳の突きですが、大江先生は柄頭で前方の敵の人中を打ち突くの違いです。

英信流居合目録秘訣の外之物の大事に連達が有ります。
外之物の大事とは「外の物とは常の表の仕組より外の大事と云う事也」といって其の儘では通常の居合の業技法では無い技法とでも云うのでしょう。
連達「是亦歩行く内に向を刀の柄にて突き左廻りに後ろえふり廻る拍子に抜打に後ろを切又初柄にて突たる方を切是は我前後に敵を連達たる時の事也旅行抔のとき盗賊抔跡先つれ達時此心得肝要也

*これは現代居合の行違と動作は同じですが敵は同方向に我を中に歩み行く分けで、敵が前方から来るのとは敵の想定が異なります。

大江先生の行違は「進行中正面を柄頭にて打ち、後を斬り又前を斬る」で敵は業名の「行違」から判断すれば前方より歩み来るでしょう。

細川先生系統と思われる白石元一先生は連立(前後に重なりて歩行中の敵に対して行う)、と前置きして「右足を踏み出すと同時に前方の敵を抜き打ちに右片手にて斬り付け、返す刀にて後方の敵を斬る(両手にて)」と拳で突くとか柄頭で突くとかは無く、さっぱりしています。

どちらも、古伝の替え技になっています。時代とともにより有効な動作に変化するのは当然ですが、想定を変えてしまった大江先生の場合は、それによって他の古伝もいじることになってしまいます。
次回の古伝行違は消されてしまいました。意図的な事というより、江戸末期から明治の武士の混乱期に正統な伝承がされなかったと考えた方が妥当と思えるのです。

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2014年12月21日 (日)

神傳流秘書を読む 12.抜刀心持之事九本目行連

神傳流秘書を読む

12.抜刀心持之事

九本目行連

立って歩み行内に抜て左を突き右を切る両詰に同事也

*抜刀心持之事は七本目からは立業です。
両詰は抜刀心持之事の四本目「両詰」です。
「抜て片手にて左脇を突き直に振向いて右脇を切る、(右脇へ抜打に切り付け左を切る)」

立って歩み行くところ、行連れに左右より詰め寄られ害意を察し、右の敵を柄頭で牽制し、左に振り向き、抜刀するや左敵を刺突し、すかさず振り返って右の敵を真向から切下して勝。

両詰に同じであれば、右敵をまず片手抜き打ちに切り、振り向いて左敵を切る、もありでしょう。

古伝はあくまでも左右の敵であって、そこから敵の位置関係の変化は説いていません。

大江先生の現代居合はこれを奥居合立業の「行連」と「連達」の二つの業に改変されています。
「行連」は右敵に抜き打ち、左敵に振り向いて上段から切り下しています。
「連達」は左敵を刺突し、右敵を上段から切り下しています。

大江先生の改変の意図が全く理解できません。
この神傳流秘書は第九代林安大夫守政により伝えられたものですから、谷村派、下村派」の分離以前の伝書です。
其れを下村派の山川久蔵幸雅が書き写した物が残ったのです。

現在の無双直伝英信流の奥居合の手附は、江戸末期には変わって来ていたかもしれません、そうであれば正しい伝承は大江先生の道統には無かったとも思われてしまいます。
かと言って、大江先生は初め下村派を習い後に谷村派を習ったと事実は解りませんが聞き伝えています。両方の根元之巻を受けていた証しは無さそうです。
解からない事に捉われず、古伝は古伝、現代居合は現代居合として理解することから得るものを得れば良いのだろうと達観しています。

古伝の心持ちは英信流居合目録秘訣の上意之大事「両詰」で紹介しておきましたが振り返ります。
「是又仕物抔言付られ又は乱世の時分抔には使者抔に行左右より詰かけられたる事間々これあるなりケ様の時の心得也尤其外とても入用也左右に詰かけられたる時一人宛切らんとするときはおくれを取るなり故に抜や否や左わきの者を切先にて突すぐに右を切るべし其わざ唯手早きに有亦右脇の者に抜手を留らるべきと思う時は右を片手打に切りすぐに左を切るべし」

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2014年12月20日 (土)

神傳流秘書を読む 12.抜刀心持之事八本目人中

神傳流秘書を読む

12.抜刀心持之事

 従是立事也

 八本目人中

 足を揃え立って居る身にそへて上へ抜き手をのべて打込む納るも躰の中にて納る

*この八本目からの業は立業である。

足を揃え立って刀を身に添えて上に抜き上げ、足を踏み込まず手を延ばして打ち込む、刀を納めるのも体の内で納める。謎めいた手附ですが、人中と云う業名に拘ってみればこれは人ごみの中での運剣操作の教えでしょう。
刀を身に密着させて抜き上げるのは、人を傷つけない為の所作で、上に抜き上げ拝み打ちに打ち下ろすのです。

大江先生による現代居合の奥居合立業の壁添そのものです。
壁添は両側狭い壁などの障害がある場合の運剣操作を理合としています。
人ごみの中での運剣法は、袖摺返しが相当します。これは神傳流秘書の行違の替業になっていて業名は大小立詰の一本目からの盗用でしょう。

英信流居合目録秘訣では上意之大事に「壁添」という教えがあります。
「壁に限らず惣て壁に添たる如くの不自由の所にて抜くには猶以腰を開ひねりて躰の内にて抜突くべし切らんとする故毎度壁に切あてかもいに切あてゝ仕損する也突くに越る事なし就中身の振廻し不自由の所にては突く事肝要」

*こちらは、壁や鴨居に切りあてるから突けと言っています。
これは業というより心得です。

細川義昌先生系統と思われる白石元一先生の人中は「多人数の中にて前方の敵を斬る意」と言っています。

神傳流秘書のような伝書が下村派に残り谷村派から出て来ない事や、大江先生の改変により古伝が失伝しているなどから、下村派こそ道統を引き継いだのではないかとの意見を聞いたことがあります。
かといって下村派の実態は明治以降消えてしまったようです。
夢想神伝流は中山博道亡き後お弟子さん方が師の教えをまとめたものでこれも正統とは言えそうもないようです。

神傳流秘書は派にかかわらずある土佐の居合の原点です。

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2014年12月19日 (金)

神傳流秘書を読む 12.抜刀心持之事七本目棚下

神傳流秘書を読む

12.抜刀心持之事

 七本目棚下

 大森流逆刀の如く立て上へ抜打込む時躰をうつむき打込む是は二階下様の上へ打込ぬ心持也

*此の業は、二階の下などの様に、上に打ち込むと天井に刀がつかえてしまう様な場所では、体を俯けて刀を前に抜出し打ち込む様にすると云って居ます。
「大森流逆刀の如く・・」は「向より切て懸るを先々に廻り抜打に切足を進んで亦打込み足踏み揃へ又右足後へ引冠逆手に取返し前を突逆手に納る也」の「先々に廻り抜き打つ」の部分をさしているのでしょう。
相手刀を摺り落す様に左肩を覆う様に上に抜き上げる、のを体を上に上げるのではなく前に俯けろと言うことでしょう。

英信流目録秘訣によれば上意之大事の九番目に「棚下」が有ります。
「二階下、天井の下抔に於て仕合うには上え切あて毎度不覚を取物也故に打込む拍子に脺(そつ)を突いて打込むべしこの習を心得るときはすねをつかずとも上へ当てざる心持ち有」

脺(せつ、そつ)は良くわかりません。この対裁きから類推すれば「打ち込む拍子に膝をついて打ち込むべし」とするのが妥当かと思います。原本の誤字と言ってしまえば簡単ですが有識者の判断にお任せせざるを得ません。

何れにしても低い場所では刀は上に抜かず、体を俯けて前に抜いて打ち込めというのでしょう。

現代居合では大江先生による奥居合居業の「棚下」でしょう。低い棚下や縁の下から抜け出して打ち込むとされたのは場を限定解釈によるものでしょう。
棚下などから抜け出さずにその下で勝つ技法の稽古であったのでしょう。
大江先生も「頭を下げて斬る」と前書きされています。

細川義昌系統と思われる白石元一先生の棚下「左足を十分後方に伸ばしたるまゝ退きて上体を前方に傾け(此時右足太ももに上体を接す)刀を左側にて抜き、直ちに振り冠り上体を起こすことなく前方の敵を斬る」

この場合斬るを突くとすることも工夫すべき事だろうと思います。

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2014年12月18日 (木)

神傳流秘書を読む 12.抜刀心持之事六本目四角

神傳流秘書を読む

12.抜刀心持之事

 六本目四角

 抜左の後の角を突右の後の角を切右の向を請流し左の向を切又右の向を切る也

*此の業の敵の配置は解りやすい。先ず左の後、右の後。右の前、左の前です。向は前ですから右前、左前で良いはずです。
我の位置は×の交点に正面向きに座しているのです。敵は我が方に向いて仕掛けんとしているわけです。
三角と同じ様に、左後の敵を刺突するや、右廻りに左前の敵の紋所を横に払い、右前の敵の紋所を横に払い、右後ろの敵の紋所を払って、右肩を覆う様に上段に振り冠って真向に斬り下し、右肩を覆う様に刀を振り冠りつつ左廻りに左前の敵に上段から真向に斬り下し、即座に左肩を覆う様に振り冠りつつ右廻りに右前の敵に振り向き真向に斬り下す。
此の場合の回転の軸は左膝で、夫々右足を踏み込んで打ち込むでしょう。

追記

右後方の敵をビクとさせて真向から斬り下す際、回転の余勢に合わせ右肩を覆う様に振り冠りましたが、ここは、右手首を左に折って、切先を左耳の後方を突く気勢を以って振り冠り真向に斬り下ろす、とする事も十分考慮すべきところでしょう。
夢想神傳流檀崎先生の足運びはこの方法の様です。そして右後ろの敵に対する振り冠りは右肩を覆う様に冠っています。(昭和54年発行の居合道教本より)

尚、足裁きは、左足膝を軸に四方の敵を倒す。或は右後ろの敵を斬り下ろすや左廻りに右肩を覆う様に振り冠りつつ振り向き、同時に右足膝を床に着き左足を踏み込んで左前の敵を真向に斬り下ろす、即座に右前の敵に振り向き左肩を覆う様に振り冠り左膝を床に着いて右足を踏み込んで右前の敵を真向に斬り下し勝。
無双直伝英信流では、忘れられた足の踏み替えも大いに此の業で研究できるものです。

右後ろの敵に、廻転のまま左膝を着き、右足を踏み立てて斬り下ろすや、即座に、左前(後方)の敵に振り向き、その足踏みの儘やや腰を浮かせ、右回りに右肩を覆う様に振り冠って右膝を着くや真向に斬り下ろす。右前に振り向き。左肩を覆うように振り冠りつつ足を踏みかえ左膝を床に着いて右足を踏み込んで斬り下ろす。
此れは全居連刀法2本目前後切の要領ですが、無外流の「連」からの応用ですから起ち上がらずに振り向くことが大切でしょう。(追記 2015年8月26日)

四角は四人の敵に囲まれた場合の刀法ですから相手は×も有+も有です。変形の四人だってあるでしょう。
大江先生の四方切は左後・左前・正面・右前の配置です。この変形はどの様な意図で創作されたのか不思議です。

英信流居合目録秘訣では上意之大事「四角」は三角にかわる事無し是は前後左右に詰合う之心得也故に後へ迄まわって抜付ける也。

*四角は三角と変わらない、是は前後左右に詰め合う時の刀法で、後ろまで廻って抜き付けるのだと云って居ます。其の儘解釈すれば、正面向きに座って、敵の害意を察し、正面に抜きつけるが如く刀を抜き出しつつ後ろに廻って抜き放つと言う様に読めてしまいますが、そこまでは思いつめる事もないとは思いますが、稽古して見る意味は有りそうです。

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2014年12月17日 (水)

神傳流秘書を読む 12.抜刀心持之事五本目三角

神傳流秘書を読む

12.抜刀心持之事

五本目三角

抜て身を添へ右廻りに後へ振り廻りて打込也

*此の業名は江戸時代前期から中期には何と読んだのでしょう。
さんかく・みすみ・みつかど、みすみでは聞いただけでは??です。

業名もしかと読めず、技はおろか対敵の位置関係も解りません。
業名の三角から我を囲んで三人の敵と対座していると、勝手に思います。
次に敵の配置ですが「後へ振り廻りて打込」ですから一人は後ろに座している。
そうであれば、我が左右に一人ずつ、後ろに一人の三角。
あるいは、我が左前に一人、右前に一人、後ろに一人。我は三角形の中に囲まれた状態など思い描きます。
正面に一人、右に一人、後ろに一人もありです。右が左でもあるでしょう。
後ろに二人、前に一人も想定できそうです。

三人の敵に我は囲まれ、挑まれた状況でしょう。
そこで、我は、敵の害意を察し、刀を抜き放ち刀に身を添うようにして後方の敵を刺突し、右廻り右に振り向き、上段に振り冠って右の敵を切り、右肩を覆うように上段に冠りつつ左廻りに左側の敵に振り向き真向に打ち下ろし勝。

対敵の位置によって、違いはあっても、「抜て身を添え」で後ろを刺突して見ました。そこから右廻りに左の敵を切先外れに牽制し、右の敵にも切先外れに刀を通過させておいて、刀を右肩から振り冠って右の敵に斬り付ける。そして左廻りに右肩を覆いつつ戻って左の敵を斬る。

英信流居合目録秘訣という伝書があります。これも第十代林安太夫政詡の記述と思われますがそこに上意之大事として「三角」が解説されています。

三角「三人並居る所を切る心得也ケ様のときふかぶと勝んとする故におくれを取る也、居合の大事は浅く勝事肝要也、三人並居る所を抜打に紋所のあたりを切先はづれにはろうときはビクとするなり其所を仕留る也三人を一人づつ切らんと思う心得なれば必仕損ずる也一度に払ふて其おくれに付込んで勝べし」

夢想神伝流には此の業名が伝わっていますが山蔦先生の場合は戸詰(三角)としていますし、大江先生の戸詰ですから古伝とは言い難いと思います。檀崎先生は三人の敵を迎え、古伝の趣があります。
細川義昌系統と思われる広島の白石元一先生の三角も古伝を感じます。

大江先生はこの三角は捨て去っています。
大江先生は初め下村派、後に谷村派を習って谷村派第17代を名乗ったと言われていますが、大江先生には伝書が伝わっていなかったかもしれません。
知っていても、中学生向けに業技法を教育上変更せざるを得なかったかも知れません。
或は大江先生の時代にはもう古伝は失伝していたかも知れません。
然しその事は同時代を生きた細川先生が古伝を継承していますから言いきれません。
時を得て谷村派が脚光を浴びて全国に普及したのですが、古伝伝承は下村派に残って消え去る運命にあったものが中山博道先生によって夢想神伝流として生まれ変わり、古伝を伝える正統下村派は消え去ったのかも知れません。

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2014年12月16日 (火)

神傳流秘書を読む 12.抜刀心持之事四本目両詰

神傳流秘書を読む

12.抜刀心持之事

四本目両詰

抜て片手にて左脇を突き直に振向いて右脇を切る

(右脇へ抜打に切り付け左を斬る)曽田先生追記有

*両詰の業名は大江先生の改変によって、我が左右に障碍物壁など在って、横一線に抜き付けるのが出来ない様な場の状況で、刀を前に抜出し切先を返して前方の相手を刺突し上段に振り冠って打ち下し勝、障害物に当たらない様に狭めた横への血振り、納刀も半身になって上から落とし込む様な納刀をする業として指導されています。

古伝は、相手は一人では無く、左右に一人ずつ詰め寄って座す場合の運剣を、この業としています。
従って、先ず右脇の相手を柄頭で牽制し、刀を右に抜くや、左の敵を見て左の敵を刺突し、右の敵に振り向いて上段から斬り下し勝。左右の敵に応じるものです。左右に障碍物は無く、対敵に対する想定なのです。

また、右の敵に片手で抜き打ちに斬り付け、左に振り向き真向に斬り付ける。
この、左の敵を突いてから右敵を斬る技と、右敵を片手で抜き打ち、左の敵を斬る、二つの動作で、左右から詰め寄る敵を倒す技です。

この動作から、是は現代居合の奥居合居業三本目戸詰、四本目戸脇だと気付きます。現代では戸詰、戸脇と場を表す語句に反応して、戸襖の有る場の攻防に変化してしまいました。

古伝は大らかです、左右の敵は、大まかに左側、右側位に考え、敵の位置を動かして二つの動作を使って運剣を自由自在に出来れば良いのでしょう。

古伝は、大森流も英信流も対敵意識が前面に出ていますが大江先生の現代居合は場の想定が敵よりも優先して動作を変えさせる様にいじってしまったのです。

英信流居合目録秘訣の上意之大事「両詰」では「是又仕物抔言付られ又は乱世の時分抔には使者抔に行左右より詰かけられたる事間々これあるなりケ様の時の心得也尤其外とても入用也左右に詰かけられたる時一人宛切らんとするときはおくれを取るなり故に抜や否や左わきの者を切先にて突すぐに右を切るべし其わざ唯手早きに有亦右脇の者に抜手を留らるべきと思う時は右を片手打に切りすぐに左を切るべし」

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2014年12月15日 (月)

神傳流秘書を読む 12.抜刀心持之事三本目向詰

神傳流秘書を読む

12.抜刀心持之事

 三本目向詰

 抜て諸手を懸け向を突打込む也

*居合膝に相対して坐す。相手の害意を察し刀に手を懸け腰を上げ、柄頭を相手の中心に付け前に抜き出し、切先を返して諸手となり、正面の敵を突く。即座に引き抜き上段に振り冠って真向に斬り下ろして勝。
現代居合のこれでは奥居合居業の両詰です。
両詰は、両側が狭く障碍物に阻まれて、自由に振り廻せない場での刀の操作法を稽古する業となっています。我が体の内で刀を抜き突き打込、血振り納刀もやや半身で狭い場所を意識したものです。

古伝は、場の想定は有りません。狭い場などの事は業名を両詰などに改変した為に動作まで制約してしまったのでしょう。
寧ろ相対する相手との攻防でこの流の得意とする横一線のがま口に切る抜き付けをせずに、突きを目的にしています。

この抜刀の方法は爪先立ち腰を上げて前に刀を抜き出し、相手を牽制するや切先を返し右足を踏み込み上体を乗り出す様にして諸手突きに相手の柄口六寸に摺り込み水月から喉元へ突く心持でしょう。
引き抜き、上段に冠って打ち下す。

場の想定を思い描くよりも、横一線では不向きと判断し、突き業にしている事に思いを寄せるべき業では無かろうかと思います。
或は、流の横一線の抜付を知る相手の動作に、横一線を予測させる抜き出しから、即座に切っ先を返して突きで応じるのでしょう。

其れにしても、古伝の業名を改変する理由は何だったのでしょう。大江先生が改変されたと言われますが証拠は無く、大江先生に指導された中学生剣士から伝わった言い伝えでしょうか。
江戸末期にすでに改変の兆しが在った様に思えてなりません。

先だって、ある人と話している中で、「伝書類は下村派からばかりから出て来て、谷村派からは何も出て来ない、正しい伝承は下村派ではないか」と云われます。
其の下村派も谷村派と混線してしまい、明治以降はどれがどうとも云えずになっています。
近年は更に、昇段審査の基準などのルールに縛られ古伝は失せつつあるようです。

谷村派、下村派の分離したのが、第十一代大黒元右衛門清勝からと云われます。この神傳流秘書の筆者が第十代林安太夫政詡かその義父第九代林六太夫守政であれば両派の違いなどは無関係なものです。

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2014年12月14日 (日)

神傳流秘書を読む 12.抜刀心持之事二本目柄留

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12.抜刀心持之事

 二本目柄留

 虎之一足の如く下を留て打込

*虎之一足は英信流之事の二本目「虎一足」でしょう。
「左足を引き刀を逆に抜て留め扨打込み後前に同」「後前に同」は「開き足を引て先に坐したる通りにして納る」

居合膝に座して対座し、相手下に抜き付けて来るを、我は刀に手を懸け、左足を引いて切先を下にして抜き請けに受け払い、左膝を右足踵に引き付け上段に振り冠って真向に斬り下し、刀を横に開き、右足を引いて座したる様にして刀を納める。

現代居合の脛囲をイメージして柄留を演じて見ました。対座する相手が同じく座する我が右脛に抜き付けて来るなど有るのでしょうか。

此処は、相手抜き付けんと刀に手を懸けるを、我刀に手を懸けるや左足を引いて刀を返し刃を下にして相手の柄口六寸に抜き付け、怯む相手を即座に真向から斬り下し勝。
柄口六寸への抜き付けは、逆刀で応じました。
横一線の低い角度での抜き付けも柄頭を低くして抜き出せばいかようにも状況次第でしょう。
手首を折った切っ先のみ低い横一線の抜き付けもあるようですが、手首の弱い私には不向きです。

第十代林安太夫政詡による英信流居合目録秘訣による雷電霞八相より
「雷電霞の二ヶ条当流極秘中の秘にして大事、此外に無、請流に心明らかにして敵の働を見と云教有れ共、当流には雷電の時の心亦霞こしに見るが如くの心の所に大事の勝ある事を教る也、
夢うつつの如くの所よりひらりと勝事有其勝事無疵に勝と思うべからず我身を先ず土壇となして後自然に勝有、
其勝所は敵の拳也委しき事は印可に有、
八相は四方八方竪横自由自在の事也故に常に事形の修練熟せされば時に臨て其習い出る事無し
本文には教を広く云う亦曰八相に打下ろす所にて大事の勝ち有則二星也

大小詰の極意は霞蹴込につづまる夫とは敵の眼を我手を以払ふ敵おくるゝ所にて勝、
手うごかし難きときは我頭を敵の顔に突付べし又は足にて敵の陰嚢を蹴る也

詰合には二星につづまる敵の拳也二星一文字と云時は敵のこぶしを抜払ふこと也惣じて拳を勝事極意也」

*この「柄留」は古伝であって現代の「脛囲」ではないはずです。すでに失念した極意業でしょう。
同時に一本目の「向払」も「柄口六寸」に抜き付け、更に返す刀で「柄口六寸」の払いでも良いはずです。
競技会や審査会では指定された理合、術理で演じるのは当然ですが、稽古は幾通りも仮想敵を想定し応じるものでしょう。

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2014年12月13日 (土)

神傳流秘書を読む 12.抜刀心持之事一本目向払

神傳流秘書を読む

12.抜刀心持之事
(格を放れて早く抜く也 重信流)

 一本目向払

 向へ抜付返す刀に手を返し又払いて打込み勝

*抜刀心持之事は現代居合では奥居合に相当するものです。
大江先生の奥居合居業、立業は業名も、想定も動作も独創が入ってしまい古伝の継承とは云い難いのですが、その心持ちは残っていると言えるでしょう。

この業は「格を放れて早く抜く也 重信流」とあります。格とは掟と形と云った意味合いです。
抜刀心持ちは掟や形に捉われずに早く抜くものと云うのでしょう。そして重信流ですから林崎甚助重信の伝承だと言います。

座仕方などの解説は有りませんが、立膝に座すとするのが妥当でしょう。
「向へ・・」は立膝に座し相対する相手に、左から右に抜き付け、返す刀で手を返して右から左に切り払い、左から上段に振り冠って打ち込み勝。

横一線に抜き打ちに斬り付けたが相手に外され、不十分なので刀を返して、さて、何処に斬り付けるかは相手次第でしょう。尤も近いのは相手の出足とも云えるし、踏み込んで抜き打っているでしょうから、相手が後方に退く余裕が無ければ顔面、首も充分狙えるはずです。

英信流居合目録秘訣では当流申伝之大事に此の業は居合仮名として「向払」が有りますが解説は有りません。

大江先生の奥居合居業の霞が相当すると思われます。師伝によって大江先生の霞ですら返す刀の切払う位置はまちまちです。

参考に、大江先生の霞「正面に座して抜き付け、手を上に返して、左側面水平に刀を打ち返す」

古伝はおおらかですが、現代居合は指定された特定な部位でないと「違う!」の怒声が飛んできます。

向払を相手に仕掛けられた場合の応じ方は大剣取の三本目外石に見られます。

大剣取「外石」
是無剣の如く放したる時又右より打を留入りてさす

是は相手居合膝に坐し居る処へ小太刀を下げかくる相手抜き打つを、出足を引いて外す、相手抜き打ちを外され手を返し左膝を右膝に引き付け、右足を踏み込んで右から払って来るのを小太刀で請け留め、即座に中に詰め入って相手の柄を持つ手を制し突く。

この場合は小太刀を下げてスカスカ相手の間に入った時の攻防です。
相対して座して居た場合の応じ方も同様に工夫して応じて見るのも向払の妙でしょう。

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2014年12月12日 (金)

神傳流秘書を読む 11.大剣取十本目水月

神傳流秘書を読む

11.大剣取

 十本目水月

 相手高山我切先を向へさし付行時八相に払うを外し拳へ打込み勝

*相手は上段に構え、我は「切先を向へさし付け」ですから正眼に構え切先は相手の喉元でしょう。
正眼に構えスカスカと間境を越すや、切っ先を右に振り左拳に誘い相手我が左小手に八相にて払って来るのを、我は左手を右肘に引付これを外し、左足右足と踏んで透かさず相手の拳に切り込む。

柳生新陰流の「半開半向」をやってみましたが、ここは素直に相手が我が正眼に構えた刀を上段から八相に払って来るのでこれを、出足を引いて刀を上段に振り冠って外し踏み込んで相手の小手に打ち込む。
「八相に払う」は何処を八相に払うかは指定されていません。チャンバラでは無いので、一刀の下に我が戦力を奪える処へダイレクトに打ち込まれるのでなければ此の業は活きて来ません。

政岡先生は、相手上段、我は正眼に差し出して行く。相手斜めに我が刀を払って来るのを切っ先を下げて外し、ふみこんで小手を取る。

*これは竹刀剣道の常道でしょう。
相手も太刀で太刀を払う様な方法はどうも好きになれません。
相手にわが身を土壇となして撃ち込ませそれを外して勝は土佐の居合の根底に流れている様に思っていますがいかがでしょう。

以上十本

以上十本で大剣取を終わります。
太刀打之事十本、詰合十本、大小詰八本、大小立詰七本、大剣取十本、合計四十五本の仕組(組太刀)は現代居合では指導する人も無く、稽古する人も疎らです。
心ある方は何人かで研究しあって、この「思いつくままに」の仕方を完成させていただければと思います。

第17代大江宗家の残された形のみに固執し、古伝の形を遺棄する方達も居られます。
然しその方達は土佐の居合が総合武術であったことを忘れ、他流の形や動作をいかにもそれらしく取り込んでいたりします。
大江先生の教えだけでは不足と考えられ、総合武術としての修行を目指すとする事には異論などあろうはずは有りません、然し元々あったものを学ぶ事を拒否したのでは先師を蔑ろにする事で恥とすべきものでしょう。
秘事と称して伝書を公にしてこなかったのか、伝授された方の子孫に其の素養が無かったかは知りません。

この時代居合に依って人を殺傷するなど論外の事です。日夜弛まず抜きつけていく修行によって己を見つめ直し、あるべき姿を描き出し、其れに向って目指す事が究極の目的でしょう。

誤りと気づく事があれば素直に直せばよいだけです。いたずらに立場を固執すればこの道を外してしまいます。

弟子を持ち師匠と云われる先生方は文化の伝承を担っていると認識し、たとえそれが己の直近の先師が持ちこんだものであっても、明らかに他流の形や動作であれば、見直して常に古伝と照らした上で古伝に返るべきものと思います。

古伝は大らかです。自流の古伝を伝える者が無ければ、他流から学んだものを工夫して古伝の大らかな手附から業技法を生き返らせる事も許されるでしょう。
現代まで継承される流派は多くは体系的にも充分研究されています。我が国の伝統文化そのものです。
それが現代風に変化していても決して間違いではない筈です。
そんな研究を弟子達とフランクに出来る様にならなければこの道は廃れて行くでしょう。
「俺の習ったものと違う」など当たり前のことでしょう。

然し、竹刀剣道の様に統一理論を以て「ルールやかたち」を統一してしまっては、伝統文化の破壊ともなり一部の管理者によって本質を誤る事も有りうるのです。

現代は、この神傳流秘書の様に、誰でもに公開されています。流派の掟は一部の人に隠されたものでは無く、志す万人に公開されているのです。

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2014年12月11日 (木)

神傳流秘書を読む 11.大剣取九本目雷電

神傳流秘書を読む

11.大剣取

 九本目雷電

 相手高山我左の脇へ切先を上構へ行時打込む処を留勝又相手車にかまえる時は我切先を下げて行也

*この雷電も抜けだらけで困りました。
相手は上段に構える、我は「左の脇へ切先を上構え行」、この構えは左青眼に構え行くとも取れます。この場合は相手が真向に打ち込んで来るのを、右足を踏み込み受けるや跳ね上げて相手の左面に打ち込み勝。

或は左手に柄を持ち左腰に付け右手を切っ先に添えて切先を上げ、スカスカと間境を越し、相手が真向に打ち込んで来るのを、左手を上げ右手をやや低く顔前頭上に相手の刀を十文字に受け、体を右入り身となって刀を擦り落とし詰める。

次の「又相手車にかまえる時は我切先を下げて行也」です。相手は車に構え待ちかけています。
我は下段に構えスカスカと間境を越します。相手車から我が左小手に打ち込んで来るを左手を右腕に引付相手の打ち込む刀を外し、相手の流れる小手に打ち勝。

政岡先生は「上段に対しては右足を引いて体を開き物打の峰に左手をかけ右拳を右腰に当て剣尖を高く構。
車に対しては左足をふみ出して刀を水平に構える意ならん。尚「打込処を留勝」となっているが六本目の如く右足をふみ込んで額前で受止め直ちに左足をふみ込みつつ右にすり落として左足からふみ込んで水月を突くべきである。

「車に対しては」左足を前にして切先を下げ刀を水平に構え、相手が車から上段に振り冠って真向に打って来るのを六本目の栄目の様に額前で受止め右に摺り落とし水月を突く。というのです。車の構えから上段に振り冠って真向に打ち込むのは明治以降の竹刀剣道の方法です。余り参考にしたい方法では無いでしょう。車から打ち込む方法は幾つにも有る筈です。
我が構えの隙は何処か、其処へ誘いたいものです。

雷電については林益之丞政詡の居合兵法極意秘訣から「老父物語」の雷電を読んでみます。

原文のまゝとします。
雷電、片手に持ひっさげ敵の両眼え突込やいなや跡へ引亦敵打かくる処を請込、敵の右の足を打はずし打也是口伝大事・・・太刀おっ取ってするするとゆく敵切ればきるべし切らずば切るまじ。
亦するすると行かずして身を沈み車にかまえ敵切ってかかる、其拍子を、うけず其間合を勝事、我が心に浮み出ずべし、我より知るべし。
亦太刀をあだ切をして二の太刀にて勝位も有、是も我より気にのりて行くべし。
亦相懸にて敵来る時先に敵の太刀をころして勝位有、古人和卜(かぼく)刀とも云えり。
亦敵先に切って懸る時左右えひらき勝位有皆我気のはたらき也。
亦太刀を敵へ差懸切らせて引きすかして跡を切位有。
亦時によりて青眼にかまえて身をよくかこい敵より切、一度にすり込鍔きわにて勝位有。
亦敵打時我身を沈み沈体にて敵の手首を打払いて勝位有。
亦中墨を打払いて勝位も有総体足を踏み付けずに体のいつかぬ様に浮き浮きと立って右の事を行うべし、敵と気分のくいあわぬ様に我は敵と別々と成る心也、敵は〆合わせうとするを此方は夫々移らすふわりと出合ふよし、ふわりとせしは右云夫々の変出事無し。
考えるべし右の働きを敵がすれば此方の負け成る事の上にて是より外の仕筋無し深く工夫有るべし。・・

*この辺の処を読んでいますと、柳生新陰流の剣術の心得を彷彿とさせます。

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2014年12月10日 (水)

神傳流秘書を読む 11.大剣取八本目橇橋

神傳流秘書を読む

11.大剣取

 八本目橇橋

 相手高山我も高山にて懸る場合にて車にきっしりとしたる時向の眉間へ切先をさし付手本を上突込み勝

*この橇橋は業名も不思議ですが、この文章の解読は難解です。
相手も上段、我も上段にてスカスカと間境に至り、「車にきっしりとしたる時」は相手か我か解らないのです。
先ず相手が上段から車に構えを替えた時、我は相手の眉間に上段から切先をさし付け手もとを上げて突き込み勝。
是では相手は何故車に構えを取ったのか相手の意図が読めません。
下手に突き込めば踏み込まれて小手を打たれそうです。

そこで、車にきっしりとするのは我として見ます。
双方上段に構えスカスカと間境に至り我は、車に構える、相手左肩に上段から打込んで来るのを、腰を左に捻って外すと同時に相手の眉間に切先をさし付け手元を上げ突き込み勝。この方がすっきりします。柳生新陰流の一刀両断かとも思えます。

それでは「車にきっしりとしたる時」が何となくぼけますから、双方車に構え、相手より我が右肩に打ち込んで来るのもいいでしょう。

その次の「・・時向の眉間へ切先をさし付け手本を上突込み勝」とありますから相手が車に構えるのに乗じて、我が切っ先をさし付けるのでしょう。
うかうかと、突き込めば一刀両断されそうです。

いずれにしても抜けだらけの手附けですから想像の域を出ません。

政岡先生は、互いに上段で間に入り、相手引いて車にとるところ、我は透かさず眉間に突き込んで勝。

相手車に取らんと足を踏み替えんとするを機に、我は剣先を下げて正眼に構え踏み込んで眉間に突き込んで勝でしょう。
他流の技を心得ていれば、返し技も出てきそうです。
申し合わせの形打に終わったのでは古伝が泣きそうです。
かと言って独創も憚られます。

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2014年12月 9日 (火)

神傳流秘書を読む 11.大剣取七本目山風

神傳流秘書を読む

11.大剣取

 七本目山風

 相手高山我切先をさげ前に構へ行時相手打込を左右何れなり共請請流し拳へ勝

*相手上段、我は下段に構えスカスカと間境を越す、相手は真向に打つ、或は右面、左面に打込んで来るも、請け留め請け流し拳へ勝。

上段からの打ち込みですから真向、左面、右面いずれでも「請請流し」の文言に従って、顔前頭上で十文字に請け留めて、体を躱して摺り落し相手の拳に打ち込み勝。
十文字請けは真向及び左面へ切込まれても切先を左で請け右に体を躱して打込む、右面の場合は切先を右に十文字に請け体を左に躱して打込む。

上段からの左右の打ち込みを見分けられない様では応じられず、切先左のみの「請請流す」では不都合も有りそうです。
出足が右だろうと左だろうと左右いずれにも応じられるようになりたいものです。
体捌きとそれに付随する足捌きのよい稽古です。
「請請流し拳へ勝つ」にポイントがある業です。
真向打ちを誘う様に下段から切先をすっと僅かに上げるのも有でしょう。
下段からの請け流しは、顔前頭上で正座の部の受流の様にしてみましたが、ここにも幾つもの工夫があってしかるべきものです。例えば、切先を突き上げる様にして請け請け流す。
現代居合の不十分な処を補う良い業です。
そして相手の「拳へ勝」ですから、相手は流されて打たしてくれる首や肩ではありません。

政岡先生は「左右何れなり共請請流し」を左右の足捌きにあてておられます。
「下段に構えて間に入る時、右足の出た時打下されたなら左足を左前にふみ込んで右に請け流し、左足の出た時打下されたなら右足を右前にふみ込んで左に請流すべきならん」
とされています。

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2014年12月 8日 (月)

神傳流秘書を読む 11.大剣取六本目栄月

神傳流秘書を読む

11.大剣取

 六本目栄月

 相手高山我切先を左へさし胸へ横に當かまえ行時相手打込を切先に手を添え請入る

*栄月とは何とも風流な業名です。
相手は上段に振り冠り、我は柄を右に、切先を左に、左手で刀の物打ち下に添え、刀の棟を胸に宛て、スカスカと間境を越し、「ふっと」止まるや相手真向に打ち込んで来るを両手を上げ顔前頭上に刃を上にして十文字に請ける。
即座に相手の刀を右に摺り落とし、左足を踏み込んで相手喉に突き込む。

是は面白い業です。刀を抜き出して切先を左に向け横にして左手で刀身をささえて刃を前に向けてスカスカ歩み行くのでしょう。
我の異様な接近に相手がオヤと思う処をチョット立ち止まって相手の打ち気を誘ってみました。
十文字請けからの摺り落としは太刀打之事や詰合ですでに稽古済みです。

政岡先生は「栄目」と業名をあげておられますが之は誤植で「栄月」に訂正されています。
「左足をふみ出して正面向きのまま柄にかけた右手は腹の右前、物打の峯に添えた左手は腹の左前で、刀は水月の前で刃は前に向き、両前膊は水平に構える。間に入るや正面に切り下されたので額前で十文字に受け止める(刃は上向く)直ちに左足をふみ込みつゝ右にすり落し、左足からふみ込んで水月を突く。

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2014年12月 7日 (日)

神傳流秘書を読む 11.大剣取五本目栄眼

神伝流秘書を読む

11.大剣取

 従是相寸

 五本目栄眼

 相手高山我は左青眼に構へる時相手横に払を放して拳へ勝

*是より相寸、ですから我も相手も太刀を持っての攻防です。
相手高山ですから上段に構えています。
この上段は、太刀を頭上に45度に高く構え、左拳は頭上、又は顔前頭上(額の上)でしょう。
顔前頭上は竹刀剣術の統一方法の構えでしょう。

我は左青眼ですから、太刀の切っ先を相手の右目に付け、又は相手の上段に構えた右肘につけ左足前にしてやや半身に構えます。

相手上段、我は左青眼に構えスカスカと間に入るや「相手横に払う」、さて相手は我のどこを横に払ってくるかは何も書かれていません。
左青眼に構えた太刀かも知れません、右拳かも、左拳かも知れません。あるいは肩かもしれません。

上段から「横に払う」は動作が大きくなりますから、相手も工夫が必要です。
相手は上段ですから左右いずれでも打ち下ろせます。

我は左青眼ですから剣先は左です。右拳が誘う様にあるのですが、ここでは、相手は八相に我が太刀を払ってくるのを左足を引いて太刀を上に外し即座に右足を踏み込み相手の小手に切り込む。

政岡先生は相手が太刀を八相から横に払って来るのを切っ先を下に外し、流れた相手の拳に切っ先を挙げて打ち込む。

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2014年12月 6日 (土)

神傳流秘書を読む 11.大剣取四本目鉄石

神傳流秘書を読む

11.大剣取

 四本目鉄石

 是も前の如く坐し是は廻り寄りて切らんと心得て抜かざる時行なりに小太刀にて地をハタと叩いて氣をうばうて入りてさす

 従是相寸

*是も相手は「前の如く坐し」ですから居合膝に坐す処、我が「廻り寄りて」は、めぐりよりて、めぐってきて、そばに寄ってくれば切ろうとしているが抜こうとしない時、我は小太刀を下げてスカスカと間境に歩み行き、体を低め、小太刀で地をハタと叩き相手の気を奪って、相手が抜こうと抜くまいと体を低めたまま中に入り、柄手を制して刺す。

いささか、文章が解りずらいですが、抜こうとしているが、抜く気があっても抜こうとしない相手の気を奪って付け込んで刺す、という業です。
仕組の稽古でこの気を出せるかは難しいでしょうが成りきって稽古する事も大切な事だろうと思います。

政岡先生は、相手が抜かないので抜刀して地面をはたと打つと抜きはじめる、そこを飛び込んで右手をおしあげてさす。としています。

「従是相寸」これより相寸、四本目までは相手は太刀我は小太刀での攻防でした。
五本目以降は相寸です。双方太刀を帯して行います。

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2014年12月 5日 (金)

神傳流秘書を読む 11.大剣取三本目外石

神傳流秘書を読む

11.大剣取

 三本目外石

 是無剣の如く放したる時又右より打を留入りてさす

*これは、奥居合居業の一本目現代居合の「霞」古伝の抜刀心持之事の一本目「向払」に応じるものでしょう。

相手居合膝に座す処へ我はスカスカと小太刀を下げて間境を越すや、相手抜き打ちに出足を払って来るので出足を引いてこれを外す。相手手を返して、進んで我が右方より切り替えして来る、これを踏み込んで小太刀で請け留め、中に入って刺す。

間境を左足で踏み越える処、相手その左足に抜き付けて来る、我は左足を引いてこれを外す。
相手抜き払って手を返し、左足を右足に引き付け右足を踏み込んで我が右足に切り返して来る。我は右足を少し踏み込んで小太刀でこれを請け留め、相手上段に取らんとするを、我れ右足踵に左膝を引きつけ相手に付け入って刺突する。

形にはなりますが、すさまじい技です。

政岡先生は、打の動作は奥居合「霞」の動作である。相手のぬき付けを引き外し、返す刀を受け留め、跳ね上げて飛び込んでさす。

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2014年12月 4日 (木)

神傳流秘書を読む 11.大剣取二本目水石

神傳流秘書を読む

11.大剣取

二本目水石

如前く待処へ小太刀をさげかくる時相手深く懸って抜付るを小太刀を持たるなりに止入りてさす

*相手居合膝に座す処、我は小太刀を下げてスカスカと間境を越して切先を相手の眉間に付ける、相手、我が胴に抜き付けて来るを、踏み込んで小太刀にて請け止め、踏み込み後足の膝を着いて身を低め相手の懐に入り、左手で相手の右肘を制し刺す。

間境にスカスカと入るは、左足で踏み込み相手の打ち気を誘う様にして、抜き付けて来るや右足を踏み込み小太刀で相手の刀を請け止め、左膝を右足踵に引き付け体を下げ、右足を踏み込み相手の中に付け入って、左手で相手の右肘或は右手首を、下に押し付けて制するか、相手が、請け止められて、即座に上段に振り被る機に相手の右肘を我が左手で押上げ小太刀で刺突する。

足踏みなどを付けてしまいますと、その様にするものと拘ってしまいますから、色々試してみる方が良いと思います。

政岡先生は、相手が抜き付けて来るのを抜請けに留め、小太刀で相手の太刀をはね上げ飛び込んで刺します。

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2014年12月 3日 (水)

神傳流秘書を読む 11.大剣取一本目無剣

神傳流秘書を読む

11.大剣取(此の太刀打は和之伝に有也)

 一本目無剣

 相手居合膝に坐し居処へ小太刀をさげかくる相手抜打つを放し入りてさす

*神傳流秘書に有る太刀打は太刀打之事10本・詰合10本・大小詰8本・大小立詰7本・大剣取10本合計45本あります。
更に安永五年1776年に第12代林益之丞政誠による英信流目録に小太刀之位六本が記載されています。是は神傳流秘書には無い太刀打ですが間と間合いを覚えるには良い業です、この英信流目録以外に見られないものなので最終回に譲ります。

大剣取は「此の太刀打は和之伝に有也」ですが之は、神傳流秘書の和は夏原流の和です。
「和」はやわらぎと読む様です。
夏原流に有る小具足・小具足割に小太刀(短刀)による仕組が有りますからその辺を言うのかも知れません。
小具足とは素手による格闘技では無く短刀を用いた格闘技を一般的に云うものです。

大剣取は神傳流秘書のみに記載されているもので、今までの様に曽田先生による五藤先生の業附口伝は存在しません。従って古伝の抜けた部分を補うものは居合から類推するばかりです。

*相手居合膝に坐している処へ我は小太刀を右手に下げてスカスカと間境を越し切っ先を眉間に付け懸って行く。
相手抜き打ちに我が小太刀を払って来るのを出足を引き右手を上げて、「放し」はずして透かさず相手の中に入り左手で相手の右腕を制し刺す。

小太刀を払ってみましたが、間境を越した我が出足を払って来るでも、腰を払って来るでもいいでしょう。
相手は外されて即座に上段に振り被るか、手を返して霞の様に打ち返すかも知れません。

居合膝はどのようにするのか不明ですが、現在の立膝の座仕方と思えば良いのでしょう。
夏原流の小具足の処に「両方足を爪立左の膝を付き右の膝を浮けて折る八文字に坐す」とあります。両足爪先立っている様です。

現存するテキストでは政岡先生の無双直伝英信流居合兵法地之巻ぐらいです。
政岡先生は「小太刀をさげてかゝる」二本目は「持ちたるなりに」となっているので、抜刀して正眼とも考えられるが、居合の形として考えて納刀のまゝとしたものである。抜刀して左手を腰に、中段「入身の構」でも可ならん。
「間に入った時払われたので引いて外す、飛び込んでさす」

上段に振り被る処踏み込んで左手で相手の肘を制しています。

*ここは「小太刀をさげかくる」を優先して、小太刀を抜刀して右手にひっさげて無形の位で間境を越す、が古流の伝らしく、あえて居合の納刀に拘るものでもなさそうです。

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2014年12月 2日 (火)

神傳流秘書を読む 10.大小立詰七本目電光石火

神傳流秘書を読む

10.大小立詰

 七本目電光石火

 如前後より来り組付を躰を下り相手の右の手をとり前に倒す

 以上七本

*すごい業名です電光石火です。後ろから組付かれた時は即座に相手の右手を取って体を沈めて前に投げる。
一本背負いを彷彿とさせます。
後ろから羽交い絞めにされたので、相手の右手をそのままでは取れそうもない場合は、体を沈めて相手の手が緩んだ処を一本背負いでしょうか。

ここも曽田先生による五藤先生の業附口伝大小立詰を探してみましたが、同名の業が見当たりません。
業附口伝では七本目は「移り」(伝書になし口伝)
「敵後より組付きたるを我体を落して前に投る也(後ろより組付躰を下り前へ投げる)」

*業名は「移り」になっていますが手附はほぼ同様です。
ここでは、あえて右手に拘らず体を落として前へ投げる。
これらの業は業では無いので変化極まりなし、よりよい方法、状況に応じた瞬時の判断を研究すべきでしょう。
形に拘っても技はかからないのです。

以上七本で大小立詰は終わります。
此処も相手は小太刀、我は太刀を帯して行います。
この大小立詰は余り見る機会が有りません。之だと言う伝統も有るのか無いのか失伝してしまった業でしょう。手附に従ってあーだこーだと研究して一つ業に三つ四つ技を繰り出していただければ愉快です。
技を懸けるに当たり、専門的名人が繰り出す妙技を取り入れるべきものでは無いでしょう。
ごく自然で容易であって有効な方法が当然ベターと思います。

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2014年12月 1日 (月)

師伝違い

 朝方降っていた雨も、西へ走るのぞみの窓外では、雲がどんどん東に走り去っていきます。
下りたった駅ではすっかり止んで11月末とも思えない温もりが心地良くほほを撫でます。

 一年ぶりに交流稽古会にやって来ました。
 去年お会いしたお顔がにこやかな笑みを浮かべて出迎えてくださいます。先に来られて始めてお会いする方とも、何故か親しみを感じてずっと前から存じ上げて居たような懐かしさを感じます。
 それは、幾度もコメントやメールで取り交わした事で得られるものでは無く、きっと同じ思いを以てこの流に志す者の底に流れる感性に依るのかも知れません。

 同じ流を学んでいても、道場によっては所属する連盟も、師匠も異なりますと業技法にズレが生じて来ます。
 此のズレは、大きいか小さいかであって、終局は一人一人のことでもあるのでしょう。
ですから、稽古に明け暮れ、その根源を求める者に付いてくる物なのでしょう。
 習い・稽古・工夫のスパイラルのうちに作り出されるもので、時として自己流に陥り、理を外す事も、癖となってしまうなど有りうるものです。
 それは自分や、いつもの道場仲間とでは素通りしてしまい、気が付かずにいます。それを交流稽古の中から見つけ出せるかもしれません。

 交流稽古はそんな師伝の違う人達と、流の業を順番通り演じ其の術理を述べて見取り稽古をするのです。

 武道に於いては、道場主以外の他の者の指導を受ける事はおろか、教えたこと以外は強く排除する事も在って、同一流でありながら交流の乏しいのが普通だったのでしょう。
 免許皆伝ともなると、回国修行と云ってすぐれた流派に指南を求めたり、求めさせたりして常に最高の術理を求めさせたことも有った様です。
 然しへぼは、流の奥義が他流に漏れて不利と成るとも、また弟子の道草に依る成果の遅れの原因とも云われ囲い込みにあったものです。

 ダメな師匠でも囲い込みをしていれば、日本人の特性である居場所を求めて個性を埋没させ安心する習性によって、弟子の流出を防げて生計を立てて居られたのだろう、などとの事も勘ぐりたくなるものです。
この時代、どの様に囲って見ても隠せる方法は無く、隠せば先師の教えは消え去るのみでしょう。

 この交流稽古の目的は、他のものを見取り、良いものを取り入れるとか、否定する事ではありません。
 飽くまで己の学んだことの肯定とより高いものに気が付く事に寄与するものです。
ですから師の教えをとことん追求した者だけに許されることかも知れません。
 其の上で己の誤りに気づき、直せればこれ以上の稽古は無いかも知れません。

 そして、道に入ったばかりの者には、己の師が真摯に語り掛けて来た自流の掟を改めて目の当たりに出来るものです。

 他人の演武は見ただけでは理解出来ても動作につながらないかもしれません。解説をしていただいてもなお至れないものです。
 それは、それを理解し己のものにするだけの力量の度合いに寄るのでしょう。交流稽古の度毎に、至らない処が丸見えになって又剣を取って道場に立ち尽くしています。

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神傳流秘書を読む 10.大小立詰六本目乱曲

神傳流秘書を読む

10.大小立詰

 六本目乱曲

 如前後より来り鐺を取り頻りにねじ廻し刀を抜かせじとする時後へ見返り左の手か右の手にて取たるかを見定め相手左の手ならば我も左にて鯉口を押へ相手右ならば我も右にて取る後へ引付んとするを幸しさりに入り倒す

*前の蜻蛉返の様に相手後ろより歩み来たり我が鐺を取る。トンボ返しの場合は相手は「我が右の手を取り刀の鐺を取り背中に押付られたる時」でした。
乱曲は、我が鐺を左手か右手で取ってねじ廻し抜かせない様にするのです。其の時我は後ろを振り返って相手が左手で取っていれば我も左手で鯉口を押える。
相手が右手を出して鐺を取れば右半身になっているでしょうから、我も右半身になるとでも思えばいいのでしょう。
「相手右ならば我も右にて取る」ですが、我は右手で何処を取ればいいのでしょう。
左手は鯉口を握るのは常識でしたら右手は柄でしょう。
文章からは鯉口を右手で取ると読めます。
相手後ろへ引かんとするを幸いに、後ろへ下がり相手に向き相手の懐に入るようにして足払いで倒す。

ここも曽田先生による五藤先生の業附口伝を参考にしてみます。
大小立詰乱曲「前後に立ちて行く也敵後より鐺を取りくるくる廻し引く也我其の時すぐに後向きて左右何れなるやを見合せ右手なる時は我左足にて敵の右足を又左手なる時は我右足にて敵の左足を掬い中に入る也
(後ろより鐺を取りくるくる廻し引其時左右を見合せ中に入る)

*古傳神傳流秘書を少し詳しくしているようですが、左右の手の何れかによって足払いの仕方を変えるようにしています。
古伝の鯉口を握る手を左ならば左手、右ならば右手の事は無くなり、右手ならば左足にて相手の右足、左手ならば右足で相手の左足を払うになっています。
何れも相手の状況に応じた体捌きについての教示です。

この乱曲と前の蜻蛉返の様に、英信流の瀧落も鐺を取られています。瀧落では鐺を取られ後ろを振り向き右手か左手か確かめていますがその違いは何も示されていません。
大小立詰は「重信流立合也」と有りますから、林崎甚助重信公より伝承したもので英信流にその面影が投影しているのかも知れません。

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