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2014年12月15日 (月)

神傳流秘書を読む 12.抜刀心持之事三本目向詰

神傳流秘書を読む

12.抜刀心持之事

 三本目向詰

 抜て諸手を懸け向を突打込む也

*居合膝に相対して坐す。相手の害意を察し刀に手を懸け腰を上げ、柄頭を相手の中心に付け前に抜き出し、切先を返して諸手となり、正面の敵を突く。即座に引き抜き上段に振り冠って真向に斬り下ろして勝。
現代居合のこれでは奥居合居業の両詰です。
両詰は、両側が狭く障碍物に阻まれて、自由に振り廻せない場での刀の操作法を稽古する業となっています。我が体の内で刀を抜き突き打込、血振り納刀もやや半身で狭い場所を意識したものです。

古伝は、場の想定は有りません。狭い場などの事は業名を両詰などに改変した為に動作まで制約してしまったのでしょう。
寧ろ相対する相手との攻防でこの流の得意とする横一線のがま口に切る抜き付けをせずに、突きを目的にしています。

この抜刀の方法は爪先立ち腰を上げて前に刀を抜き出し、相手を牽制するや切先を返し右足を踏み込み上体を乗り出す様にして諸手突きに相手の柄口六寸に摺り込み水月から喉元へ突く心持でしょう。
引き抜き、上段に冠って打ち下す。

場の想定を思い描くよりも、横一線では不向きと判断し、突き業にしている事に思いを寄せるべき業では無かろうかと思います。
或は、流の横一線の抜付を知る相手の動作に、横一線を予測させる抜き出しから、即座に切っ先を返して突きで応じるのでしょう。

其れにしても、古伝の業名を改変する理由は何だったのでしょう。大江先生が改変されたと言われますが証拠は無く、大江先生に指導された中学生剣士から伝わった言い伝えでしょうか。
江戸末期にすでに改変の兆しが在った様に思えてなりません。

先だって、ある人と話している中で、「伝書類は下村派からばかりから出て来て、谷村派からは何も出て来ない、正しい伝承は下村派ではないか」と云われます。
其の下村派も谷村派と混線してしまい、明治以降はどれがどうとも云えずになっています。
近年は更に、昇段審査の基準などのルールに縛られ古伝は失せつつあるようです。

谷村派、下村派の分離したのが、第十一代大黒元右衛門清勝からと云われます。この神傳流秘書の筆者が第十代林安太夫政詡かその義父第九代林六太夫守政であれば両派の違いなどは無関係なものです。

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