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2015年1月

2015年1月31日 (土)

神傳流秘書を読む 13.夏原流和之事3小具足九本目髻附

神傳流秘書を読む

13.夏原流和之事

 3、小具足

 九本目髻附

 此事は亦常の通り座して居時相手後より手を廻したぶさを取て押伏せむとするをきに其手を前へ押はづし堅る

*この業は、八文字に対座している時、相手がせり出してきて我が後ろに両手を廻し髻(たぶさ)を取り押し伏せようとされたので、掴まれた相手の手を掴んで「押しはづし」押し返すようにはずして前にかためる。

髻はたぶさ、もとどりの読みで良いのでしょう。
この文面からは、相手はどこに座していたのか、「常の通り座して居時」ですから対座でしょう。ここまでの八本がすべて対座していますからその様に解する方が自然でしょう。

髻を取らせてしまったのは不覚ですが、相手もそれとなくスッと髻を取るのでしょう。
いや、我から髻を取らせる様にしたのでしょう。
「押伏せむとするをきに」の「き」をとらえられなければ押伏せられてしまいます。
髻の無い現代では此の業は替え業を考えてみるのも面白い様です。

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2015年1月30日 (金)

神傳流秘書を読む 13.夏原流和之事3小具足八本目位ノ弛

神傳流秘書を読む

13.夏原流和之事

 3、小具足

 八本目位ノ弛

 相手胸を取るを左の手にて取り合手立上り短刀を抜て打込むを我右の手にて打込み留躰を入って中に入り倒す

*互いに八文字に座す処、相手腰を上げ右足を踏み出し、左の手で我が胸を取る。我は即座に腰を上げ右足を踏み出し、相手の左手首を左の手で取る。相手立ち上がり短刀を抜いて我が頭上に打ち込んで来るのを、我は下から右手で相手の右手首を打ち留め、体を相手に付け入って押し倒す。

相手が立ち上がり短刀を打ち込まれる際、我は低く相手に附け入って右手で叩き留める。されに体を沈めて付け入って倒す。
相手が立ち上がっても中腰に座したまま短刀を打ち下ろす相手の右手首に我が右手を突き上げて留める。そのまま付け入って倒す。
「相手立上り短刀を抜て打込むを我右の手にて打込み留」の文言の通りの打ち込みは相手の動作にどの様に応じるかは稽古次第でしょう。

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2015年1月29日 (木)

神傳流秘書を読む 13.夏原流和之事3小具足七本目逆ノ折

神傳流秘書を読む

13.夏原流和之事

 3、小具足

 七本目逆ノ折

 此事は立合の支劔の事に同じ座して居る違ひ計也

*この逆ノ折の業は立合の業にあった四本目支劔の業に同じで、その座した時の業だと云います。
此の業の呼び名もどの様に読めばいいのでしょう。

支劔「相手我が胸を左の手にて取る我が右の手にて其手首を取り相手右の手にて打込を我が左の手にて請留右の手を相手のひじのかがみに外より懸向へ折常の稽古には引廻したおす」

是は立業でしたから、八文字に互に座しての攻防に変えて見ます。
双方八文字に坐し居る処、相手腰を上げ右足を踏み出し我が胸を左手で取る、我は即座に腰を上げ右足を踏み出し我が右の手で相手の左手首を取る、相手右手にて打ち込んで来るのを、我は左手で請け留め、相手の左手首を持ったまま相手の右手の肘のかがみに「外から懸け」相手の肘関節を折る。
常の稽古では左脇に引き廻し倒す。

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2015年1月28日 (水)

神傳流秘書を読む 13.夏原流和之事3小具足六本目逆ノ劔

神傳流秘書を読む

13.夏原流和之事

 3、小具足

 六本目逆ノ劔

 前の如く相手の手首を留たる時相手短刀を抜いて突んとするを膝を少し立弛し右の手にて其突手を取り前の如くあおのけに倒す也

*神傳流秘書の文章は、省略が多くてこのように業毎の読み切りにすると厄介です。
前の如く(如前)が六本目逆ノ劔から五本目繰返、四本目瀧返、三本目先手と四回続きました、二本目劔當詰まで戻る事になります。

前の如く相手の手首を留たる時は「相手左の手にて我が胸を取る我が左の手にて其手首を取る・・」ですから、相手が腰を上げ右足を踏み込んで左手で我が胸を取るのを我は即座に腰を上げ、右足を踏み込んで其の手首を取る。相手短刀を逆手に抜いて突こうとするのを、我は、右足を引き弛ずし右手で其の突き手を取り前の如くは前回の五本目繰返の「相手短刀を抜て打込を右の手にて留其手を相手の額に押當あおのけにねじたおす」でしょう。ここで業名の「逆ノ劔」に拘って相手は短刀を逆手に抜出し、突いて来るのでしょう。
相手の突き手を制して額に押し付け左手を引き左脇にあおのけにねじ倒す。

「膝を少し立弛し」は右足を引いて膝を付け、左足を踏み込んで右脇にあおのけに倒すのも出来そうです。
前の如くが二回もあって、省略しているのですが、此処はポイントだと示されて居る様な気のする処です。

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2015年1月27日 (火)

神傳流秘書を読む 13.夏原流和之事3小具足五本目繰返

神傳流秘書を読む

13.夏原流和之事

 3、小具足

 五本目繰返

 又前の如く手首を留たる時相手短刀を抜て打込を右の手にて留其手を相手の額に押當あおのけにねじたおす

*また前の様に、相手が腰を上げて右足を踏み出し我が胸を左手で取るので、我も右足を踏み出し左手で相手の左手首を取る。
相手右手で短刀を抜出し、上から頭上に打ち込んで来るのを、我右手で相手の短刀を持つ右手首に当て制するや相手の右手首を取って相手の額に押し当て左手を引き込み相手を仰向けにねじ倒す。

この繰返は手の左右の裁きが書かれていませんが、「相手短刀を抜て打込むを右の手にて留」によって、相手は右手で短刀を抜く、我は右手で其の打ち込みを留めると、理解できます。従って相手は左手で我が胸を取り、我も左手で相手の左手首を取るとできます。当然、前の業の様にすれば左手で我が胸を取るのです。

この場合、相手左手で我が胸を取る、我はとっさに右手で相手の左手首を取る。相手右手で短刀を抜き上から打ち込んでくるのを我は右手で相手の左手を持ったまま其の打ち込みを留め、そのまま相手の額に押し込んでねじ倒す。もありかもしれません。

業名の繰返の意味は、相手が我が胸を取る業の繰り返しの稽古を意味するのでしょうか。胸を取られる業は未だ続きます。
繰返は、くりかえしと読むのでしょう。

相手が短刀を抜き出し打ち込むのは、右手を逆手に短刀の柄を握り抜き出すのが自然でしょう。

小具足は一本目から相手左手で我が胸を取り、我は右手で相手の左手を取る、相手右手で短刀を抜き・・・。と八本目まで続いています。

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2015年1月26日 (月)

神傳流秘書を読む 13.夏原流和之事3小具足四本目瀧返

神傳流秘書を読む

13.夏原流和之事

 3、小具足

 四本目瀧返

 前の如く胸を取を我も前の如く其手首を取り右の手をひじに懸うつむけに横へ伏せる也

*前の如くは、三本目先手の前の二本目劔當詰まで戻ります。
双方八文字に座し、相手腰を上げて右足を踏み出し左の手にて我が胸を取る。次の「前の如く」のここは三本目先手の様に我も腰を上げ右足を踏み出し我が右の手で相手の左手首を取り、右手のひじを相手の左手のひじに懸け左足を引いて相手を右脇にうつむけに横に伏せる。

業名は「瀧返」これは、たきかえしえと読めばいいのでしょう。業名から動作のイメージが浮かんできません。文字を読んで頭に入れて体裁きをしていたのでは瀧返しにならないのでしょう。それと相手がゆるゆると我が胸を取るのであれば瀧とも言えません。相手も瀧が落下する如き動作があればそれを拍子に返すイメージも浮かびます。
しかし、強く早い動作ばかりが良いとは言えません。相手も何気なく我が胸を取るとされた場合の動作もありうるので課題です。

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2015年1月25日 (日)

神傳流秘書を読む 13.夏原流和之事3小具足三本目先手

神傳流秘書を読む

13.夏原流和之事

 3、小具足

 三本目先手 

前の如く胸を取我右の手にて相手の手首を取相手短刀を抜んとする処をすぐに右の手を相手の胸に押當足を込みてあおのけに倒す

*双方向かい合って爪先立って左の膝を付き右の膝を浮かせて八文字に座す時、相手が腰を上げて我が胸を前の劔當詰のように左の手で取る、我右の手で相手の左手首を取る。
相手は右手で短刀を抜こうと柄に手を掛けようとする処、我はすぐに右の手を相手の胸に押し当て、右足を踏み込んで相手を仰のけに倒す。

此の業も、相手の仕掛けてくる動作にすぐ応じて機を外さない事がポイントでしょう。
相手が短刀を抜こうと手を柄にかけるまでに踏み込むことが大切で、抜いてからでは当然のことながら危険です、「相手短刀を抜んとする処」です。
相手は左手で我が胸を取り右手で短刀を抜こうとしています。
我は相手の左手を右手で制し、尚且つ短刀を抜こうとする際再び右手で相手の胸に押し当てて居ます。
左手が役に立って居ません。
左手は相手の小太刀の柄又は柄を取った相手の右手を制し相手の柄を押し付けるのでしょう。
業名は「先手」です。これは、せんしゅ・さきて・せんて、何れが正しい読み方でしょう。

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2015年1月24日 (土)

良寛の般若心経

我が剣友がこんな詞を送ってきました。

古人の跡を求めず 
       古人の求しところを求めよ

 松尾芭蕉「許六離別の詞」

 抜け殻に固執せずに古人の求めたものを追い求めよというのです。

 空海の「性霊集」の「古意に擬するを以て善しと為し 古跡に似るを以て巧と為さず」がもとになるだろうとされています。

「擬する」は当てはめる、なぞらえる、まねる、などの意味になります。味わい深い詞です。

彼が送って来た処の意味は、一つは私の古伝神傳流秘書への憧憬を戒めて、形を追及せずに古伝の心を追えよと言っているのでしょう。
もう一つは、文字も言葉も、まして動作など本当の処が解らない古伝よりも、現代居合をもっと見つめて励みなさいと言っているのでしょう。
優しい心で、現代居合の根元は古伝にあるからこれで良いと励ましてくれているのでしょう。
本意は判りません。

書の臨書の心得に当てはまるものです。
先ずしっかりとお手本を見て、お手本通りに何回も何回も書き込んでみます。
そのうち何度書いても形は似ていても、少しもお手本に近づかないのです。
体が違う、哲学が違う幾らでも理由は見つかります。それでも懲りずに手習いします。
其の内1000年以上も多くの先達の手本となった意味が少し見えてくるものです。

書の教室で、9月から良寛の般若心経を宿題にして手習いをしてもらっています。
あの淡々として、鉛筆で描いたような楷書の般若心経です。
良寛は求められた時も、自ら求めて書いた時も、声に出しつつ書いたのだろうと思います。そこに良寛の生き様があるようです。

宗派が違うと云って手にしようとしない者。
般若心経は活字体のカチッとした楷書でなければと、お経に不敬と言って拒否する者。
この仮名釘流の文字が書の手本になるほどの価値があるのかと見る者。
市販の引き写しに頼ろうとする者。
とにかく真似てみる者。
文字だけ真似ても全体が整いすぎる者。
良寛関係の書物を読み始めた者。
般若心経のとりこになり始めた者。

一見弱々しく、粗雑な感じに見えるにもかかわらず、良寛の厳しい線と誰でも受け入れてくれる豊かな心持ちの現れた般若心経にいま皆さん魅せられ始めています。
般若心経には経典のすべてが凝縮されているはずです。

般若心経は色々な人が書き残されています。古いもので手本にされているものは王羲之の集字による集字聖教序の般若心経・空海のものといわれる般若心経・良寛の般若心経などでしょう。現代では数知れず写経というよりも般若心経を書いた造形でしょう。

12月の書道教室の稽古納に此の良寛の般若心経の臨書作品が出来上がって来ました。
どんなに臨書しても、10人10色はここにも表現されてきます。
書けば書くほど、そして般若心経を学べば学ぶほどその人の思い入れが表面に現れてくるようです。

このブログは2014年11月24日「場違い」の後半に付しておいたものですが、久しぶりに「書を楽しむ」のカテゴリーに加筆して移しておきます。

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神傳流秘書を読む 13.夏原流和之事3小具足二本目劔當詰

神傳流秘書を読む

13.夏原流和之事

 3、小具足

 二本目劔當詰

 相手左の手にて我が胸を取る我が左の手にて其手首を取る相手小太刀を抜て下を突くを左の膝を少し立帰りてはづし右の手にて突手を打落引伏せ堅

*この「劔當詰」はどう読むのでしょう。「けんとうつめ」「つるぎあてつめ」わかりません。
双方八文字に爪先立ちして坐す処、相手より左の手を伸ばして、突然我が胸を取る、我は即座に左手で相手の左手首を取る、相手小太刀を抜いて「下を突く」は左膝に突き込んでくるので左膝を「立帰りてはづし」は、左膝を少し後ろに引いてこれを外し、右手で相手の突き手を打ち落とし、左手の肘に右手を掛けて左脇に引き伏せ固める。

「立帰りてはずし」の部分を突き込んでくるのでこれを、左膝を引いて外してみましたが、立て帰るようには見えません。左膝は元々床に着いているか、胸を取られた際、踏み込んでいるかどのようにするでしょう。
左足を踏み込んで相手の手首を取っているならば、小太刀を抜いて突かれそうになる際、左足を引いて突きを外し、右手で突き手を打ち落す事も出来ます。
古伝は何も示していません。
この業は、相手の動作に即応じるのであって、我から先をとっているようには見えません。
組み合って互いに研究するよい例題でしょう。

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2015年1月23日 (金)

神傳流秘書を読む 13.夏原流和之事3小具足一本目呪巻

神傳流秘書を読む

13.夏原流和之事

 3、小具足

 両方足を爪立左の膝を付き右の膝を浮けて折る八文字に坐す

 一本目呪巻

 相手左の手にて胸を取る右の手にて短刀を抜胸に押當てたる時我左右の手にて相手の両のひじを打もぎすぐに相手の右の手首を取て一方の手をひじに懸てうつむけに引伏せ堅める

*小具足とは簡単に
  1. 甲冑の鎧・兜・袖鎧以外のものを指す。籠手や脛当。
  2. 柔術・和のひとつ。
  3. 小具足術は最古の柔術流派と言われる、竹内流がある。開祖竹内久盛は「この術を身につければ、短刀を帯びたのみで小具足姿と同じように身を護れる」とした。
  4. 竹内流は、天文元年(1532年)、美作国一ノ瀬城主竹内中務大輔源久盛によって創始された。

神傳流秘書の書かれた時代が何時であったか明確ではないのですが、第九代林六太夫守政(寛文年1662年~享保17年1732年)によって土佐にもたらされ第十代林安太夫政詡(安永5年1776年没)が覚書していると思われます。
夏原流の発生は皆目見当が付きませんが、竹内流などから派生したのか、あるいは参考に組み立てられたのではないかと推察しています。
それを第七代長谷川英信が林崎甚助重信公の居合に組み入れ第八代荒井勢哲が林六太夫に伝授したのであろうと思います。

*小具足の座仕方は、現在の立膝(居合膝)の座仕方のようですが、両足の爪先は立てていますので、いつでも変に応じられる体構えでしょう。
「両方足を爪立左足の膝を付き右の膝を受けて(浮かして)折る八文字に座す」
八文字は両膝の開いた姿を指しているのでしょう。

双方八文字に坐し相対する時、相手腰を上げて右足を踏み込み、左の手で我が胸を取り、右手で短刀を抜いて我が胸に押し当てて来る。
我はその時、腰を上げるや両手で相手の左右のひじに同時に打ち付けもぎ離すや、左手で相手の右手首を取り、右手を相手の右肘に懸け、左脇に引き伏せ固める。

 

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2015年1月22日 (木)

神傳流秘書を読む 13.夏原流和之事2立合十一本目水車

神傳流秘書を読む

13.夏原流和之事

 2、立合

 十一本目水車 

行□(違いに)りに相手の胸を右の手にて逆手に取り左の手にて相手の前の帯を取り組入扨相手突掛るを機に後の膝を突其拍子に我が右の脇へなげる

以上十一本

*水車は、双方歩み寄って、行き違いに我から相手の胸を右手で逆手に取り、左手で相手の前帯を取って、相手が突っかかって来る拍子に後足を床に着いて身を沈め我が右脇に投げる。

稽古では「逆手に取り」「前の帯を取り」のように取るは、つかむ、握る、抑える、触れるいろいろに解釈し「相手突掛るを機に後の膝を突其拍子に」を最も有効に利かせるものを手に入れるべきものでしょう。

業名が水車ですから、この業は右脇に引き倒すのではなく、一回転させるように仰向けに投げ倒すのかもしれません。
機を捉えた拍子がポイントでしょう。

この手附の書き出しは「行違に相手の胸を・・」ですが「行□りに相手の胸を」が正と思います。
なぜなら「行違」の「違」の草書体に曽田先生は「違」と読ませるようメモをいれています。
しかしこの草書体の文字は前回の「十本目追補」の書き出しにあった「後より行□りに」の□の文字と全く同じ草体なのです。違の草体の誤字と言えばそうかもしれません。
ですが、もし「行違」であれば、行き違いの際に相手の胸を右手で逆手に取り左の手にて相手の前帯を取り・・ですから行き違っていては不自然です。

以上で立合十一本は終了です。

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2015年1月21日 (水)

神傳流秘書を読む 13.夏原流和之事2立合十本目追捕

神傳流秘書を読む

13.夏原流和之事

 2、立合

 十本目追捕

 後より行□りに相手の背中を我が両手にて一寸突其儘下り足をおぐりうつむけにたおす

*この業は「追捕」ですから追いかけて行って捕える、という意味でしょう。
相手の後ろから近づき「行□りに」は追い越す間際にでしょう、相手の背中を我が両手で一寸突いて、相手にはっとさせておいて、直ぐに身を沈めて相手の両足を掬い取って俯けに倒す。

「行□り」は後ろから近づいて「相手の背中を我が両手にて一寸突」ですから「行違い」も「擦違い」も「追い越し」てもいないでしょう。□の草書が読めません。
河野先生は「行違い」と読まれていますが、「乱」の草体に近いですから「違」には当たりません。
それに、後ろから歩み寄って背中を両手で一寸突く雰囲気は出せませんので、河野先生が無理やり読まれた「違」では手附が成立しません。

「おぐり」は「を・具に点々を打ってぐ・り」です。
河野先生の無双直伝英信流居合兵法叢書では「そぐり」と書いていますが曽田先生の直筆では、「を」を「そ」には読めませんのでここでは「おぐり」としました。
「おぐり」は、何処かの方言か既に死語となった意味不明な単語ですが状況から、掬い取る様にしてみました。

古伝を原書のまま読んで少しは読みが解るかも知れませんが、当て字・癖字・誤字も有る筈です。
荒井勢哲の口伝を、林六太夫が受け、林 安大夫が神傳流秘書として書き残し、それを山川幸雅が書き写し・・曽田虎彦が書き写しですから誤った文字も見間違い、聞き間違いもあるでしょう。
業技法は、指導される方の体格、癖、力量や哲学にも依って様々に変わってしまいます。
文字は約束された形と意味を持つのですが楷書はまずまずですが草書ではかなり形に癖が混入し判読が厄介です。

この様な相手の背中を一寸突いて気を背中に寄せさせて、ハッとしたところ下から掬う様な業は、稽古をして見ても申し合わせでは滑稽な感じになってしまいそうです。
形稽古を、武術だと拘り過ぎてごちごちに演じた動画を見ますが力を抜き、緩やかに稽古するものでしょう。
古伝は手附を原文で読んで、自らの力で読み解き、動作に転換する事がポイントでしょう。
居合と和は別物と考えずに、居合の稽古で身に付けた仮想敵を想定しての攻防の動作でかなり出来るはずです。

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2015年1月20日 (火)

神傳流秘書を読む 13.夏原流和之事2立合九本目杉倒

神傳流秘書を読む

13.夏原流和之事

 2、立合

 九本目杉倒

 後より行て相手の両の肩を我が両の手にて取り腰を足にて踏みあおのけにかへす

*この業名は杉倒です。切り倒される杉の木を想像してしまいますが、杉にこの業をかけたら押しつぶされてしまいます。

後ろから相手の立つ所へスカスカと近寄り、相手の両肩に両手を掛けるや、腰に足を掛けて相手を仰のけに倒す。

立合は「皆相掛」ということですが、こゝでは我が方から一方的にしかも後ろから仕掛けて行きます。
何度も言いますが、古伝は決して相手の害意を察して機先を制するなどと言うものでは無さそうです。
勝機は逃さないのが兵法であって、戦う以前に戦わなければならない事が前提なのです。

柳生新陰流の但馬守の「兵法家伝書」の冒頭は、古にいへる事あり「兵は不祥の器なり。天道之を悪む。止むことを獲ずして之を用ゐる、是れ天道也」と、此のこと如何にと・・。

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2015年1月19日 (月)

神傳流秘書を読む 13.夏原流和之事2立合八本目打込

神傳流秘書を読む

13.夏原流和之事

 2、立合

 八本目打込

 気素に相手打込むを右の手にて請留うつむけに引たおし詰る

*気素の文字はどのように読んだらいいのでしょう。恐らく「けさ」袈裟でしょう。
しかしこのような当て字を書くべき意味があるとも思えません。
この打込は、相手が小太刀を抜いて袈裟懸けに切り込んでくるのを相手の右手首に右手で請けるや相手に付け入って左手で相手の肘のかがみを巻き込んで、右手で相手の手首を固め右廻りにうつむけに引き倒す。

河野先生の無双直伝英信流居合兵法叢書ではこの夏原流和之事立合「打込」の書き出しのを「気乗りに相手打込むを右の手にて請留伏向に引倒し詰る也」とされています。大江先生に続く大家の読みですからそうとも取れます。紛らわしい草書体に泣かされます。
元は曽田先生による神傳流秘書によります。
「うつむけ」を伏向と書き改めていますが意味は通じますが、漢字ならば俯けでしょう。
夏原流和之事を書き記した原書が出てこない限りこの業はお手上げです。

気分の乗った処で相手袈裟に打ち込んで来る。
気分の乗った処で相手右拳で我が顔面に打込んで来る。

何れにしても打ち込まれて、右手で請け留め、俯けに引き倒せれば正解でしょう。
古伝は大らかです。

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2015年1月18日 (日)

神傳流秘書を読む 13.夏原流和之事2立合七本目燕返

神傳流秘書を読む

13.夏原流和之事

 2、立合

 7本目燕返

 玉簾の通り我が指を取り折付引かんとするを其儘付入って中に入り倒す

*燕返は玉簾の様に我が左右の手の指を相手が取り上に折上げ、引き倒そうとする処、相手の引くに任せ、相手の手を親指で握り込み其の儘相手に附け入って体を密着させ押し倒す。

玉簾も燕返も、抜けが多くて「これでどうだ」と云い切れない様な感じもしますが、技をあえて細かく云わない処が古伝のおおらかな処と解釈して、あらゆる可能性を追求して稽古する事に意義ありとすべきでしょう。

決められた形を順序良くやって見ても、相手の状況によっては意味なしの場合があるものです。
此の場合も、指を制せられて、折り上げられ引き落とされそうになるのに附け入って相手の手を握り締めて足を絡めて仰のけに倒す事も出来るでしょう。附け入れば倒す方法が見つかるものです。
或は、相手が我が指を折り上げて、胸の高さに引き上げたまま一歩退くならばより容易に残り足に仕掛けられそうです。

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2015年1月17日 (土)

神傳流秘書を読む 13.夏原流和之事2立合六本目玉簾

神傳流秘書を読む

13.夏原流和之事

 2、立合

 六本目玉簾

 相手我が左右の指を取り上へ折上る処を此方より其親指をにぎり体を入って相手の手を引もじ指を肩にかけて相手の左の手を前へ取り体をぬけて引廻す

*この業名は玉簾(たますだれ)です。南京玉簾は大道芸で見ることもなくなったものですが、ひねると形が変わったりして楽しませてくれます。この捻りを業名に被せたのでしょう。

双方歩み寄る処、相手より我が左右の手の指を取って上に反らせる様に折り上げる、其の時我の方から相手の親指を握りこんで体を相手に密着させて、手を引いて相手の握って居る手を逆に引く様にして「引もじ」ひきねじり指を自由にして、左手を相手の肩に懸け、「相手の左の手を前へ取り体をぬけて引廻す」の処は、右手で相手の左手首を取って体を左に廻し乍ら引き廻し倒す。

「体をぬけて引廻す」の処は沈み込んでとも取れるし、後ろに廻り込む様にとも取れます。
現存する合気の業などに、このような指を返される業は、甲手返し、木葉返しなど幾つもある様です。

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2015年1月16日 (金)

神傳流秘書を読む 13.夏原流和之事2立合五本目車附

神傳流秘書を読む

13.夏原流和之事

 2、立合

本目車附

 支劔の通り胸を取るを我左の手にて取り扨相手突むとする我右の手にて留すぐに入って中に入る倒す

*前回の支劔の様に相手が我が胸を左手で取る、我は今度は左手で相手の手首を取って制する。
相手右手で小太刀を抜いて(或は拳で)突こうとするのを、我は右手で其れを請け留めて直に中に附け入って倒す。

扨、以降が良くわからない文章ですが、相手が右手で突き込んで来ようとするのを、右手で請け留め、相手の懐に入って、背負い投げとしたいのですが、左脇へ引き廻し倒すが無難でしょう。
何も書かれていませんから自由に状況に応じて対処する処です。

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2015年1月15日 (木)

神傳流秘書を読む 13.夏原流和之事2立合四本目支劔

神傳流秘書を読む

13.夏原流和之事

 2、立合

 四本目支劔

 相手我が胸を左の手にて取る我が右の手にて其手首を取り相手右の手にて打込を我が左の手にて請留右の手を相手のひじのかがみに外より懸け向へ折常の稽古には引廻したおす

*前回の三本目裾取は我から相手の胸を取って押したのですが、今度は、相手がわが胸を左手で取る(つかむ)、我は右手でわが胸を掴んでいる相手の左手首を取る。
相手は小太刀を抜いて(或は拳で)打ち込んで来るので我は左手で其れを請け止め、右手を相手の肘のかがみに外側から巻き懸けて相手の肘を折る。
普段の稽古では引き廻して倒す。

「右の手を相手のひじのかがみに外より懸け向へ折」ですが、我が左手は相手に右手を制しています、右手は相手の左手首を取っています。その右手で相手の右手の肘のかがみに外より懸ける。
ここで我が右手は相手の左手首を持ったまま相手の右肘のかがみに懸ける事も相手次第で可能です。
右手を相手の左手から離して相手の右肘のかがみに懸けるのも可能です。
いずれも、油断しますと骨折させてしまいそうです。

常の稽古では、相手の左右の手を取った状態で左廻りに引き倒すでしょう。この場合も相手を俯けにするか仰のけにするか工夫次第でしょう。

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2015年1月14日 (水)

神傳流秘書を読む 13.夏原流和之事2立合三本目裾取

神傳流秘書を読む

13.夏原流和之事

 2、立合

 三本目裾取

 曰(?)相手の胸を我が右の手にて押相手あらそふて前へ押懸るをきに我が左の手にて相手の右の足を取り右の手にて相手のうなじを取ってうつむけに引たおす

*業名は裾取(すそとり)です。「曰(?いわく)」から手附に入るのを神傳流秘書では見たことがありませんので、違和感を覚えます。この一字は原本が出た時に確認しましょう。

立合の業ですから双方歩み寄り、我から相手の胸を右手で押す、相手押されじと争って前に押しかかって来る拍子に、沈み込んで相手の右足を左手で掬い取り、右手を相手の首に廻して、左脇にうつむけに引き倒す。

業名の裾取は沈み込んで相手の左手で相手の右足の裾付近を掬い取る処から付けられたと思える業です。
「あらそふて前へ押懸るをきに」の拍子をとらえて行うのでしょう。

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2015年1月13日 (火)

神傳流秘書を読む 13.夏原流和之事2立合二本目無想

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13.夏原流和之事

 2.立合

 二本目無想

 行合に相手の足を取り送り右の手にて膝を押のけてたおす

*業名は「無想」何も思わずにと云うのでしょう。「行合」ですから、双方立って行き合う、所謂歩み寄る時、ふっと身を屈め左手で相手の右足を取って引き上げるようにして送り込み、右手で左足の膝を押し除ける様に引き込み後ろに倒す。

業名は無想です。想うこと無くさっと繰り出すのでしょう。

「相手の足を取り送り」のところは、「送り」か「急に」か文字の判読が良くわかりません。
河野先生の無双直伝英信流居合兵法叢書では「行合に相手の足を取り急に右の手にて脺(せつ・そつ)を押のけてたおす」と「急」と読まれています。

然し此処は「送り」であって「急耳(きゅうに)」ではないでしょう。
もう一字「脺」の文字ですが之は「膝」で誤字でしょう。曽田本の中に時々出てきますが「脺」は、そつ、せつ、すいとか読んで意味はもろい・よわいでしょう。
膵臓の膵臓の膵の字を「脺」に当てていたりしているのも有ります。

古文書は、書かれた人の知識次第で正しい文字があて字になっていたりします。それを書き写す場合も又その人の能力の範囲で変化してしまいます。ですから、凡てを信じる訳に行きません。
原書と対比して見る事が出来たとしても書かれた人の思いが100%伝わる事は無いかも知れません。思いつくままに・・

相手の右足膝を左手で抱え込んで送り出すや否や、右手で相手の左膝を掬う様に引き込めば相手は仰のけに倒れるでしょう。

抱え込む相手の出足を取るでよいでしょう。相手は後足で片足立ちになってバランスを崩しながら後ろに下がる処を「右の手にて膝を押のけ倒す」とやってみました。

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2015年1月12日 (月)

神傳流秘書を読む 13.夏原流和之事2立合一本目行違

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13.夏原流和之事

 2、立合  皆相掛

 一本目行違

 左脇を行違いさまに我が左手にて相手の左の手を取り右の足にて相手の足を蹴ると一拍子に後へ引たおす但たぶさを取る処を常は肩を取る也

*夏原流和之事の二番目は立合です。双方立って居る場合の攻防です。
此の立合も我から仕掛けています。
相手の立って居る処へスカスカと歩み寄り、左脇を行き違い様に左手で相手の左手首を取り、後ろに廻り右足で相手の左足を蹴ると同時に右手でたぶさ(もとどり、曲げの集めて結わえてあるところ、てぶさ、腕)を掴んで後へ引き倒す。
但し普段の稽古ではたぶさを取らず相手の肩を掴んで後ろへ引き倒す。

「左脇を行違さまに」は相手の左脇なのか我が左脇なのか迷います。ここでは我が左脇を行違うとしてみました。
一般に言う、行違うのですから、相手の左脇も我が左脇も同じ事です。
左手どうしが触れ合う行き違いです。

「右の足にて相手の足を蹴る」は相手の右足でも左足でもいいのでしょう。

参考に、

行違は、行きちがうこと、すれちがうこと、くいちがうこと、手筈が狂うこと・・。行き来する、行き交う、互いに違った方向に行く、すれちがう、物事がうまく行かなくなる・・。

擦違は、擦れ合って通りすぎる、きわどいところで行き違う。

摺は、たたむ、ひしぐ、する、すり。紙や布を折りたたむ、ひっぱて折る、印刷する。

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2015年1月11日 (日)

神傳流秘書を読む 13.夏原流和之事1捕手和之事十一本目鐺返

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13.夏原流和之事

 1、捕手和之事

 十一本目鐺返

 相手の左脇を行通り我が左の手にて相手の左の手を取る右の手にて小尻を取りうつむけにおしたおし堅める

以上十一

*相手居合膝に坐す処、我はスカスカと歩み行き、相手の左脇を通りしなに身を屈めて我が左手で相手の左手首を取り、相手の後に廻り込み、右手で相手の小太刀の鐺を取り背中に押付け押し倒して俯けに固める。

此の業名は「鐺返」こじりかえし、でしょう。
鐺を取って背中に押付ける様にして押し倒す。
捕手和之事の業の一つですから、相手に捕まえに来た事を悟られない様にして、押さえこんでしまう一方的な攻撃です。

 以上十一本

捕手和之事(使者捕・砂乱・弓返・附入・右転・右詰・抜捨・胸點・向面・遠行・鐺返)を終わります。

こうして、捕手和之事を稽古して見ますと、現代居合が相手の害意を察して其の機先を制する、と云う素晴らしい居合の精神性が、動作にも拘ると、何とも小さく見えてしまいます。
何が何でも、与えられた役目を全うする事は、後の先くらいの対応では無く、先々を打てなければならないのでしょう。その状況の中で後の先を認識すべきなのでしょう。

是を一方的な騙し討ち、闇打ち、と云い切れるかどうか疑問です。
現代居合の奥居合暇乞の業を、闇打ちだから正式な演武会ではやらないと云う人も居ます。
いや、あれは相手が挨拶の際に抜き付けんとするのを察して機先を制する居合の本領を最も良く伝える業だと云う人も居ます。
そんなレベルの事では無く、何の為に刀を抜くのかが先ず有る筈です。
その後は、身を土壇にしてとか、兵法家伝書とか孫子の兵法でも研究するところでしょう。

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2015年1月10日 (土)

神傳流秘書を読む 13.夏原流和之事1捕手和之事十本目遠行

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13.夏原流和之事

1、捕手和之事

十本目遠行

前の如く相手の右脇を通り後へ廻り両手にて相手の肩を一寸叩く相手小太刀を抜かんとする処を両のひじのかがみに手を懸け背中を膝にて押引かる

*相手居合膝に座して居る所へ、スカスカと歩み寄り、相手の右脇を通り後へ廻り込み、両手で相手の肩を一寸叩く、相手小太刀を抜かんと小太刀に手を掛ける処、後ろから相手の両手の肘のかがみを押え、膝を相手の背中に押付け引き倒す。

「膝にて押引かる」が判断しずらい処です。相手の背後から両手を廻し相手の肘のかがみを押え、膝を背中に押付けると相手は前屈みになるので、反撃しようと反り返る処を引き倒すと読んでみました。
前にうつ伏せに押し倒すのも出来るでしょうが「和やわらぎ」と云う事では一寸強引です。
相手の力を借りるべきかと思います。

業名の「遠行」は、えんぎょう、えんこう、おんぎょう、いずれにしても、もう読めない業名です。
動作との関連を思って見るのですが心当たりが有りません。

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2015年1月 9日 (金)

神傳流秘書を読む 13.夏原流和之事1捕手和之事九本目向面

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13.夏原流和之事

 1、捕手和之事

 九本目向面

 右脇を通りしなに此方よりせり懸る相手よりもせり懸る処おしたおし右の如くうつむけに押たおし堅める

*相手居合膝に坐す処へスカスカと歩み行き相手の右脇を通りしなに、相手の肩に両手を掛け競り懸ると相手も腰を上げて下から競り懸って来る。更に強く競り懸って仰のけに押し倒し、相手の右肩に右足を掛け、左手を取って引き倒し俯けに押しかためる。

相手の「右脇を通りしなに此方より競り懸る」の動作ですが、相手の右脇を通りしなにどの様に競り懸るのかがポイントでしょう。どこにもその方法が述べられていません。
相手の両肩に両手を掛けて押し倒そうとしてみました。
右脇と指定して居るので相手の右手首を右手で取って相手の左肩に押し付け乍ら左手は相手の右肩に置いてせり懸るのも方法です。
相手よりのせり懸りの効果は少なく容易に仰のけに倒せそうです。

「右の如くうつむけに押したおし堅める」ですから仰のけに押し倒しておいて、俯けに返さなければなりません。

「右の如く」は夏原流和之事捕手和之事六本目「右詰」でしょう。2015年1月6日
「前の如く歩み行て右脇を行違ひにしなに相手の右の手を我が右の手にて取り左の手をひじに上て引伏せ堅める」

相手は抗って右手で抵抗して来る処、その右手を右手で取って、其の儘右手を引き体を右に開いて左手を相手の右肘に掛け俯けに引き倒す。

この業の業名は「向面」です、むこうつら、むこうめん、むきめんどの様に読んだのか解りません。其の上、正面の相手の顔に何か仕掛けを要求して居るかもしれません。
右脇を通りしなに、相手の顔面に右手を懸け右肩を左手で取ってせり懸って押し倒す・・。

古伝の復元はいくつも出来て来そうです。
ある人曰く「古伝の復元など出来る分けは無い」だそうです。
古伝は、現代居合の様に形に嵌め込まれていません。

師匠に手解きされた、初心者向けの動作、審査用の動作にとらわれた、マニュアル人間の寂しい発想に思えます。

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2015年1月 8日 (木)

神傳流を読む 13.夏原流和之事1捕手和之事八本目胸點

神傳流秘書を読む

13.夏原流和之事

1、捕手和之事

八本目胸點

歩み行相手の胸を足にて蹴る平常の稽古には此業なし仔細は胸を蹴る故也

*相手居合膝に坐すところへスカスカと歩み行き、相手の胸を足で蹴り倒す。平常の稽古には此の業は行わない。その理由は胸を足蹴にするからである。

此の業名「胸點」と読みましたが、其の場合は、きょうてん・むねてん・むねつけとなるでしょう。
「點」の行書の様に書かれていますが「占」と「犬」は同じ様な崩しですから「胸黙」とも読めます。それでは、きょうもく・むねもく・きょうぼく・むねだまり・・。

河野先生の無双直伝英信流居合兵法叢書では、この業名は「胸蹴」とされています。
恐らく「點」か「黙」判断できず、業の有り様から「蹴」に変えてしまったのでしょう。
この業は後に「本手之移」という中に「支點當」或は「支黙當」と云って鐺を取られて陰嚢を蹴る業がありますので、其処では河野先生も「支点當」と「點」を当用漢字の「点」にしています。
何れが正しいかは判りません。

武士の顔や胸を足蹴にされるのは屈辱です。稽古中だとて心すべきことだったのでしょう。
胸などは簡単に肋骨が折れることもあるでしょうから稽古では古伝に従うのがよさそうです。

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2015年1月 7日 (水)

神傳流秘書を読む 13.夏原流和之事1捕手和之事七本目抜捨

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13.夏原流和之事

 1、捕手和之事

 7本目抜捨 

相手の左の脇を行通りしなに相手の左の手を我が左の手にて取り後へ廻る相手右の手にて後へ振り向小太刀を抜付るを右の手にて留左の手を放しひじに添へて引たおし堅める

*居合膝に座して居る相手の方にスカスカと歩み寄り、相手の左脇を通りすがりに腰を屈め相手の左手首を我が左手で取り、相手の後に廻り込むと、相手小太刀を右手で抜くや左廻りに振り向き様抜き付けて来る、我は右手で相手の右手首を取ってそれを留め、左手を相手の左手から離し、右手の肘に掛け左に廻りながら引き倒しかためる。

ぐるぐる左廻りをして見ました。此の業の細かい所は何も語られていません。兎に角相手の左手首を我が左手で取って固めようとして見ます。
相手も右手で小太刀を抜き付けるには、小太刀は鞘ごと抜けてしまうとかそれなりの準備が必要です。
相手の右手を留め左手で肘を取るのも幾つか方法がありそうです。

もう一つ、相手の左手を我が左手で取り後ろに廻って押し付けようとする処、相手右手を逆手に小太刀を抜いて、右脇から我が腹部に突き込んで来るのを右手で相手の右手首を取り、左手を離して相手の右肘に付け右廻りに引き倒しかためる。
状況に応じ如何様にも応じられて古伝は生きて来るのでしょう。その反面喧嘩をしたことも無い優しい現代のマニュアル人間には簡単に稽古の出来ないものです。

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2015年1月 6日 (火)

神傳流秘書を読む 13.夏原流和之事1捕手和之事六本目右詰

神傳流秘書を読む

13.夏原流和之事

 1、捕手和之事

 六本目右詰

 前の如く歩み行て右脇を行違ひしなに相手の右の手を我が右の手にて取り左の手をひじに上て引伏せ堅める

*相手座している処へスカスカと歩み行き、行き違う時にさりげなく腰を屈め相手の右手首を我が右手で取り右腰に引き寄せるように静かに引き、伸びた右手のひじの上から左手を抑えるように取り、左膝を付くや右廻りに引き伏せ堅める。

行き違いざまに相手の右手をさりげなく取る事が出来れば、技は懸りそうです。この業は捕手和之事ですから、主命によって相手を捕縛するために行くわけです。
和は「やわらぎ」です柔らかい態度で相手が安心して構えて力まない様にするわけです。

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2015年1月 5日 (月)

神傳流秘書を読む 13.夏原流和之事1捕手和之事五本目右転

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13.夏原流和之事

1、捕手和之事

五本目右転

前の如く歩み行て相手手を止る処を両の手にて指を取りわけ左の方へ引廻し又たおし砂乱の如くうつむけに引廻して堅める

*段々業が幾つも繰り出されて複雑に展開していきます。この夏原流の業の構成は只の喧嘩に強い剛の者の組み立では無さそうです。

「前の如く」は使者捕の四本目附入です「前の如く歩み寄って右の手にて相手の胸を突く・・・」2015年1月4日

「砂乱」は使者捕の二本目砂乱「・・相手たおされじとするをきに左の手にて突きたおし扨右足を相手の肩へ歩み込みうつむけに直しかたむる也」2015年1月2日

相手座す処へスカスカと歩み寄り、右足を踏み込み右手で相手の胸を突かんと突き出す処、相手其の手を右手で受け留める。
我は、其の相手の手を、両手で親指と他の四指と取り分けて握り込み、左に身を開いて引き廻し、相手倒されまいとする処を後ろに押し倒し、右足を相手の肩に踏み込み、こらえ様と踏ん張るのを右脇に引き廻して俯けにして堅める。
右転が業名です。初めに左の方へ引き廻していますから、次には右へ引き廻す事を指しているのでしょう。

動作はこんな処でしょうか、さて相手は思う様に掴まれた右手に軽々といたぶられるかは、拍子次第とも云えそうです。
力任せでは動かす事は出来そうにありません。

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2015年1月 4日 (日)

神傳流秘書を読む 13.夏原流和之事1捕手和之事四本目附入

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13.夏原流和之事

 1、捕手和之事

 4本目附入

 前の如く歩み寄って右の手にて相手の胸を突あおのけにたおす也

*相手が坐す処へ我はスカスカと歩み寄り右足を踏み込み左足を突くや右手で相手の胸を突き仰向けに倒す。
随分単純な業です、如何に捕縛に来たと気付かれずに間に入れるかがポイントでしょう。倒した後の始末が書かれていません。当然相手の反撃も有ろうかと思います。
この業の返し業は六番目の本手之移として相手が附入を外す業が四本目変之弛(へんのはずし)に有ります。
「附入の業にて突倒さんとするを体を開後へ送る也」要するに筋変えに外せと言うのでしょう。
夏原流和之事も形ではない事を示唆しています。業の想定を習い稽古し工夫し自由自在に応じられる様に組み立てられています。
生真面目な知ったかぶりの大人は形を演じられれば変化に容易に対応できると云うのですが、人は自分が危ない場合は本能的に予期せぬ防御と思わぬ攻撃をしてくるものです。
約束事の形にこだわれば踊りになってしまいます。

剣友に合気の達人が居ます。居合を始めて5、6年で英信流の業を全て修得しています。いつの間にか合気の捌きがコラボとなって独特の動作も垣間見られます。
それでは元の形は、と問えばすらすらと演じてくれます。
人が人と対する事は、得物が有る無しに関わらず、武術における人の動きは同じ事なのでしょう。
相手の居ない居合による運剣動作しか知らない剣士でいては前に進めそうもありません。
組太刀・棒・和の手附を齧ってみれば何かに気付く筈です。

○×式の試験問題を記憶力を頼りにこなしてきた者には、決められた形がないと不安で仕方がないのでしょう。
昇段審査や競技会の課題や演武は形であり掟なのでしょう。課題が変わっただけで悲鳴を上げる情けない指導者が多すぎます。
「俺が習った形と違う」だそうです。
そして、毎年指導要領が変わって困ると言う範士十段も居たりして、平和で戦う事も無い時代のなせる事かも知れません。

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2015年1月 3日 (土)

神傳流秘書を読む 13.夏原流和之事1捕手和之事三本目弓返

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13.夏原流和之事

 1、捕手和之事

 三本目弓返

 相手坐処へ前の如歩み寄って左の手にて相手の左の手を取り右の手にて相手の小太刀の柄を取て脇へねじたおし其柄を右の足にてふみ向の小手をかためたる時相手右の手をもって打込むを我も右の手にて留左の手を相手のひじにそえてうつむけに引直し堅める

*相手坐す処へすかすかと歩み寄って、腰を屈め左の手で相手の左手首を取り、右手で相手の小太刀の柄を取って、左に廻り左脇にねじ倒し、柄で相手の左手を押え右足で柄を踏み付け相手の小手をかためる。
相手右手で我が顔面に打ち込んで来るのを右手で受け留め、手首を取り、左手を相手の右肘に添えて、右脇にうつむけに引き直しかためる。

弓返の意味が解らなかったのですが、矢を射た後、弦を前にくるりと返すあの雰囲気でしょう。相手を左脇にねじ倒し、右に引き直す動作を弓返しに譬えたのでしょう。

又相手を右脇にあお向けにねじ倒して、左脇にうつむけに引き直しかためるも同様に出来そうです。
我が右脇にあお向けにねじ倒す時相手右手で顔面に打ち込むのを右手で留め左手を肘のかがみに添え、更に右に廻ってうつ伏せに引き直しかためる。
是も相手をあおのけに倒し、うつむけに弓返しの如くに成りそうです。
相手の左手を柄で押さえてしまう技が出来るかどうかがポイントでしょう。

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2015年1月 2日 (金)

神傳流秘書を読む 13.夏原流和之事1捕手和之事二本目砂乱

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13.夏原流和之事

 1、捕手和之事

 二本目砂乱

 相手坐し居る処へ我は立って歩み行使者捕の如く引たおさむとする相手たおされじとするをきに左の手にて突きたおし扨右足を相手の肩へふみ込みうつむけに直しかたむる也

*相手が座している処へ我は立ったまま、すかすかと近付き、腰を屈め相手の右手首を右手で取り、右脇に引き倒そうとするところ、相手は倒されまいと後ろに反るを機に左手で相手の胸を突き倒し、反身になるところを右足で相手の右肩を踏みつけうつむけに直し固める。

これも、我から一方的に攻め込んでの捕り物です。
居合は相手の無い仮想敵による空間刀法ですから、いつでもどんなへぼでも独りよがりで勝つことはできますが、和はそうもいきません。
仲間といろいろ研究して見てはいかがでしょう。この古伝の指定する方法を変えずに試す事が大切で、古伝を否定しては相手の機や拍子を学べなくなってしまうかもしれません。
たとえば、相手の右手を我が右手で取るのですが、相手の右手の何処という指定はないのです。最も有効な所は手首なのか、肘なのか、前腕なのか・・。右足で相手の肩への踏み込みは何処なのか・・。仰向けの相手をどのように俯けに直すのか・・。
夏原流の解説はどこにもありませんので柔術や体術、合気、空手などを参考に研究され復活されればと思います。

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2015年1月 1日 (木)

神傳流秘書を読む 13.夏原流和之事1捕手和之事一本目使者捕

神傳流秘書を読む

13.夏原流和之事

 1捕手和之事

 是より以上六段之和は夏原氏より段々相伝也長谷川流に至りて居合和集うしたる者也

*夏原流和は六段と言って1捕手和之事11本・2立合11本・3小具足11本・4後立合11本・5小具足割10本・6本手之移11本、の65本がセットされています。
夏原氏および夏原流和の謂れは皆目見当がつきません。段々相伝して第七代長谷川英信の頃英信流と一体化したものであると言うようです。

土佐の居合には居合、棒術、仕組(組太刀)、和(やわら)がセットされて第九代目林六太夫守政が土佐に持ち込んだと思われます。
この和の術の伝書は神傳流秘書にあるだけで他に見られないものです。

夏原流和之事を公開されたのは第二十代河野百錬先生が曽田先生から曽田本の写しを得て昭和30年1950年に無双直伝英信流居合兵法叢書として発行されて世にでたものと思われます。

木村栄寿先生の昭和57年1982年発行の林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流傳書集及び業手付解説にはありません。

ここでは、曽田先生の直筆による夏原流和を稽古してみます。武術はともすると神業のような術を以て良しとする事があるようですが、普通の人が、不意の出来事に自然に応じられる様に手附に則って極自然に稽古してみます。

一本目使者捕

楽々対し坐したる時向の右の手を我が右の手にて取り向の右の膝を足にて踏我が右脇へ引きたおしてかたむる也

*楽々は相変わらず意味する処は良くわかりません、草書体の楽の文字ですから、ほぼ間違いはない読み方でしょう。構える事も無く自然に座すのでしょう。
座仕方ですがここには居合膝とも正座とも指定が有りません。
三本目の小具足、五本目の小具足割は「左の膝を付き右の膝を浮けて折る八文字に座す」ですから居合膝を指定して居ます。
二本目立合、四本目後立合は立っての事です。
この古伝を土佐に伝えたのが第九代目林六太夫守政です。守政は大森流正座を取り入れていますから、第七代長谷川英信の頃に居合和集された夏原流和は全て居合膝かも知れません。
此の業を稽古して見て居合膝でも正座でも出来ると、思います。

*楽に座して居る時、我が方から腰を上げ相手の右手首を右手で取り、右足を踏み込んで相手の右膝を踏み付け、右脇に引き倒しかためる。

此の業は、我が方から一方的に仕掛けています。それは此の業が捕手和之事使者捕と云う業名に由来します。
主命を請けて捕り者に行き取り押さえる事が役目だからです。そうであれば相手を警戒させない楽々座すも此方からの仕掛けも納得できるものです。

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