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2015年3月25日 (水)

居合兵法極意秘訣 2.當流申傳之事5暗夜の気遣

居合兵法極意秘訣

2.當流申傳之事

5、暗夜の気遣

暗夜気遣しき所を通時手頃の石を三つ四つ袖に入るべし何にても向に見る物を當るまじくを考て打付くべし先の勝也驚所にて此方より切立追散すべし亦之四尺程の鉄のくさりの先に五十目程の玉を付けて持べし杖にても脇指のさやにても右のくさりを付て四方一面にふり廻すべし皆之敵を打払によし第一は旅行には半弓を持べし辻切強盗に出合時よし

*暗い夜道を行く時、どうも何かが起こりそうだと云う様な所を通る時、手頃な石を三つ四つ袖に入れて、何であるかを考慮せずに前方に見えるものに打ち当てる事を考えて打ち付けるのである先に仕掛けて勝のである。相手が驚いている処を此方より切り立て追い散らすのである。
また、このように気遣わしい所では四尺程の鉄の鎖の先に五十目(五十匁187.5g)程の玉を付けて持つのが良い、杖でも脇指の鞘にでもその鎖を付けて、四方一面に振り廻し手当たり次第に打ち払うのがよい。
第一に良い心がけは旅行には半弓を持つべきである、辻切、強盗に出合う時に有効だ。

此の居合兵法極意秘訣の書かれた頃は、明和元年1764年の事と奥書きに有ります。
第十代徳川家治の時代です。徳川政権の中期で国内の戦いはすでに一世紀以上昔に終焉したとはいえ、治安は中々だったようです。
このころ、各地区で農民一揆、うちこわしも横行し、平和を手に入れたが生活は楽では無く不満は多かったのでしょう。あぶれものも多く出て、物騒な時代だったのでしょう。
最近の関わりのない人をも殺傷する事件にも、そのような心のありようが見られて胸を痛めます。
ただ、徒党が組めない、政治にも無関心な若者達の個人主義はあの頃とは意味合いが違うようです。

以下にその一部

1750年寛延3年:幕府農民の強訴・徒党・逃散を厳禁する。讃岐丸亀藩、伊予大洲藩、肥前諫早藩、甲斐幕領などで一揆。

1751年宝暦元年:信濃松代藩田村騒動。

1753年宝暦3年:備後福山藩強訴・打ちこわし。大和芝村藩農民一揆。

1754年宝暦4年:美濃郡上藩郡上一揆。

1755年宝暦5年:土佐津野山郷紙専売制に反対一揆。米沢・山形・天童でうちこわし。

1756年宝暦6年:米価高騰。阿波徳島藩農民藍の重税に一揆。

1758年宝暦8年:美濃郡上藩再び江戸に越訴、藩主改易。

1761年宝暦11年:米価下落。信濃上田藩年貢、課役の減免を要求し強訴、うちこわし。

1762年宝暦12年:信濃飯田藩千人講騒動。江戸門訴の厳禁。

1763年宝暦13年:御家人子弟の風俗紊乱を取り締まる。

1764年明和元年:宇都宮藩籾摺騒動。日光東照宮150回忌法要に伴う増税に傳馬騒動。

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