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2015年4月 8日 (水)

居合兵法極意秘訣 4.道統3長野無楽斎槿露

居合兵法極意秘訣

4.道統

3、長野無楽斎槿露

長野無楽斎槿露は田宮重正の弟子也井伊侍従に仕え五百石下さる者の頭勤るなり九十一歳にて死すと云う無楽斎弟子三ノ宮左太夫照信と云う有武田勝頼に仕刀術の妙得たる人と申す

*この長野無楽斎についても本朝武芸小傳に依ったと思われます。
無楽斎は田宮平兵衛重正の弟子と云って居ますが、奥州地方に残された傳書では以下の様です。
・津軽藩の林崎新夢想流では、林崎甚助重信―田宮平兵衛照常―長野無楽斎槿露―一宮左大夫照信
・三春藩の林崎流では、林崎甚助―田宮平兵衛―長野無楽斎-中譒三九郎
・新庄藩の林崎新夢想流では、林崎甚助重信―田宮平兵衛照常―長野無楽斎槿露―一宮左太輔照信
・秋田藩の林崎流居合では、林崎甚助重信―長野無楽斎槿露―市宮左大夫忠重
・二本松藩の林崎神流では、林崎甚助重信―永野無楽入道槿露
・秋田・仙台藩の林崎夢想流では、林崎甚助重信―永野無楽斎
などがあって、長野無楽斎槿露は林崎甚助重信直弟子とも取れます。

無楽斎は上州箕輪城主長野信濃守の一族で武田に滅ぼされ、奥州で林崎甚助に弟子入りしたとも云われます。

弟子の三ノ宮左太夫照信は本朝武芸小傳では一宮左太夫照信となっています。
武術流祖禄では、さらに上泉孫次郎義胤にその宗を伝授したとあります。

上泉孫次郎義胤は上泉伊勢守の族縁と云われ無楽斎から術を受け、上泉権右衛門と云う者が柳生兵庫と居合で勝負し尾張に伝わった様な話もある様です。柳生新陰流の抜刀はこの上泉孫次郎義胤による林崎甚助重信の抜刀を繋ぐ一つかも知れません。

山田次郎吉の日本剣道史によればこのような幾つか逸話があります。出典は武芸名家伝のようですが不明です。

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