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2015年4月12日 (日)

居合兵法極意秘訣 4.道統7百々軍兵衛

居合兵法極意秘訣

4.道統

 7、百々軍兵衛

 百々軍兵衛は相知らずとぞ一説には金五中納言に仕人と申よし

*百々軍兵衛については知らないといっています。一説では金吾中納言に仕えた人だといいます。金五は多分金吾中納言でしょう。

金吾中納言は天正10年1582年~慶長7年1602年20歳までの短い人生ですが、秀吉の妻高台院の兄木下家定の五男に生まれ羽柴秀吉の養子となり高台院に育てられ、丹波亀山城主となる。
秀頼生誕によって疎まれ小早川隆景の養子となり小早川秀秋と改名、秀次謀反の連座として丹波亀山城を没収される。
小早川隆景の隠居に依り筑前城主となり30万7千石。朝鮮の役で苦労し、関ヶ原の役で家康に寝返りなど数奇な運命をたどった戦国末期の武将です。

百々軍兵衛は百々軍兵衛光重として古伝神傳流秘書の居合兵法伝来の道統林崎甚助重信
田宮平兵衛業正
長野無楽入道槿露斎
百々軍兵衛光重
蟻川正左衛門宗績

百々軍兵衛光重は土佐の居合の4番目に位置して居ます。
この居合兵法極意秘訣は第10代林安大夫政詡誌、ですから神傳流秘書と異なるのは疑問です。
第9代林六太夫守政の頃には師匠の荒井兵作(勢哲)以前は良くわからなかったかもしれません。

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