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2015年4月 4日 (土)

神傳流秘書の棒の流名訂正

神傳流秘書の棒の流名訂正

曽田虎彦先生の神傳流秘書にある棒術の流名について訂正させていただきます。

記事としてアップした流名 は以下の通りです。
「棒合 是は板橋流之棒也と言」

訂正する流名
「棒合 是は坂橋流之棒也と言」

訂正すべき理由は、過日木村栄寿先生の「林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流伝書集及び業付解説」の正誤表をお探しの読者の方から、木村先生は坂橋とあって正誤表に板橋との訂正が見られないとのご指摘をいただきました。

再度原本の曽田本を開きましたところ、神傳流秘書では上記の様に「棒合 坂橋流之棒也と言」と有って、坂の土偏を木偏に小生が誤認して板橋流之棒と記述してしまいました。
お詫びと共に現在掲載して居るすべての坂橋流之棒関係記事を訂正いたしました。
尚、木村栄寿先生の神傳流秘書、河野百錬先生の神傳流秘書も総て坂橋流之棒となっています。いずれも手書伝書からの書き写しに依るもので現存する手元資料ではそれ以上正否を追及する事は現段階では不能です。
ミツヒラブログは曽田本を元としていますので曽田本のミツヒラの誤認は状況から訂正すべき事です。

「棒合 坂橋流之棒也と言」の坂橋流の流名表示は一か所しかありません、「坂」か「板」かの一字のみによる対比出来るものは神傳流秘書の中には他に見当たりません。

業名の研究課題は残ります、政岡壱實先生の無双直伝英信流居合兵法地之巻では居合兵法の内容と題する記述に神傳流秘書によるとして「棒合 是は板橋流之棒也と云う」とあり、「板橋流之棒」と記述されています。

訂正しました記事

神傳流秘書14-4棒
神傳流秘書を読む6.棒合 2014年10月26日~10月29日
神傳流秘書を読む7.太刀合之棒 2014年10月30日~11月6日

曽田本を読む英信流目録1,2,3,4、
棒太刀合之棒 2013年5月24日~5月31日
棒合 五つ 2013年6月1日~6月5日
心持之事 2013年6月6日~6月10日
極意之大事 2013年6月7日~6月18日
尚この英信流目録には坂橋流である流名表記は有りません。

坂橋流之棒についての発生と伝承の詳しい事は不明です、残された伝書はこれを元に動作を研究し稽古しうるものと思っています。
夢想神傳流あるいは無双直伝英信流を学ぶ方の内、棒術を他流で学ばれておられる方は是非、坂橋流棒を手附けによって演じられると違う居合が見えてくるかも入れません。

坂橋流之棒ですが南山大学の榎本鐘司先生の「北信濃における無双直伝流の伝承について」の論文から該当する業名をピッキングしてみました。

滝沢家所持の資料より
・棒合(神傳流秘書棒合)
・すね払(神傳流秘書脛砕・英信流目録脛砕)
・腰車(神傳流秘書腰車・英信流目録腰車)
・小手揚(神傳流秘書小手上・英信流目録小手揚)
・小手落(神傳流秘書小手落・英信流目録小手落)
・見帰り(神傳流秘書見返・英信流目録見返)
・笠場(神傳流秘書笠之羽・英信流目録笠之羽)

北信濃では和や棒、居合は長谷川英信と小菅兵作(荒井勢哲)により指導されて居たのであろうとされて居ます。
土佐の居合は第九代林六太夫守政によって土佐にもたらされたとされます。
北信濃にまで修行に出かける余裕は無かったろうと思われますので江戸に在住の折りに長谷川英信と荒井勢哲に何らかの接触が有って稽古されたものと思われます。
荒井勢哲は北信濃の時代に既に御年80歳とも・・。
詳しくは南山大学の榎本鐘司教授の論文をご検討下さい。

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