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2015年5月 8日 (金)

英信流居合目録秘訣 2.上意之大事11行違

英信流居合目録秘訣

2.上意之大事

 11、行違

 我左脇を通す宜し切る事悪しと知るべし行違さまに抜て突事宜し又敵先に抜んとせば先んじて早く柄にて胸を突くべし行違の詞の掛様の事大事有夜中に往来をするにうさんなる者の有時は自分の姓名を急に呼かくべし我敵するものなればはいと答るもの也其所を切るなり旅抔にては白昼にも此心得有るべし又なんぞ言を云かけて見るに我に敵する気有る者は必ず返答にあぐむものなり

*行き違う時、我が左脇を相手に通す事は良い、斬る事は良くないと知るべきである。
行違い様に抜いて突く事は良い、又、敵が先んじて抜かんとするならば我は素早く柄で相手の胸を突くべきである。

行き違う時は、言葉の掛け様も大事な事である。
夜中に往来をする時、胡散臭いものを感じる時は、自分の姓名を相手に呼びかける事、そうすれば我に敵する者は「はい」と答えるものである。
其処を切ればよい。旅などの時は白昼でも此の心得は有効である。

又何か言葉を言いかけて見ると、我に敵する気のある者は必ず返答にあぐむものである。

行き違いに抜いて突くのが良い、と云います。行違は古伝神傳流秘書の抜刀心持之事では「連達」に似て居ます。
「連達:歩み行内前を右の拳にて突其儘に左廻りに振返り後を切り又前へ振向いて打込也」
これでは、行き違うのではなく我を中に前後に敵を連れ立って行く様です。

もう一つは同じ抜刀心持之事に「行違」と同名の業があります。
「行違:行連に左の脇に添えて払い捨冠って打込なり」
これは、行き違うのですが、抜き打ちに払い捨てるので、動作は異なるのですが、此の業で、切らずに突きを研究しろというのかも知れません。

言葉の掛け様については、そうかも知れないし、生死の狭間を行く時の彼我の心情は計り知れません、この教えも記憶の中に入れておきますが、さてどうでしょう。
確信は持てません。

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英信流居合目録秘訣15-4」カテゴリの記事

コメント

ご回答ありがとうございます。「土佐の居合は先師を批判する癖がある」ですか?(笑)。直門では勇気のいることです。が、ミツヒラ様のご指摘により気付きました。私も思い当たる節があります。祖父の刀法を、子や孫が大改編するケース。赤羽根先生なら、ニヤリとされるでしょう。直系の親子なら、伝書改編のハードルは低い。お陰さまで、目録秘訣の作者!、確信に近い推測になりました。

兵法流浪さま
コメントありがとうございます。
林崎甚助重信公の居合も、土佐に届く前に改変されて英信流になり、大森流も追加され、明治になれば大森流の業名も、奥居合も、動作まで変化しています。
先師の教えの不合理を質したのかどうか、夢想神傳流もそれまでの動作を中山博道先生が改変したことにして成り立っています。
後世の多くの人は、それに従順に従って屁理屈をこねて納得し現代居合が成り立っていると思えば納得です。
しかしそれすら、変化しているのも事実でしょう。
講習会の度に、所作の部分が変わるのもそれでしょう。
本物は、自分の中にしか無いかもしれません。
           ミツヒラ

投稿: 兵法流浪 | 2016年11月26日 (土) 01時09分

英信流居合目録秘訣と神伝流秘書。この技では、抜刀後に「左の脇に添えて払い捨」よりも「突け!」と記されてます。確かに、突く方が自然で速いです。自分で最初に「切れ」と書きながら、後から「切るのは良くない、突け」と書くなんて、考え難いです。目録秘訣の作者は、先に技を考案した神伝流秘書の作者と互角の技量をもった別の剣客と思えてなりません。しかし、わざわざ、かたや英信流、かたや神伝流の文字を冠したのでしょうか?作者はそれぞれ、林一族の可能性大と思えますが、流派名を変えるほどの理由はあるのでしょうか?理由が無いとしたら、やはり英信流と神伝流は一つ、元々が混然一体のもの、ということではないのでしょうか?

兵法流浪さま
コメントありがとうございます。
英信流居合目録秘訣の作者は不明です。
「先生口受ノ侭ヲ記」と有るのですが、奥書が無いので確認できません。
第9代林六大夫守政が第10代林安太夫政詡に、「江戸で習ったけれど変だよ」と語ったかも知れません。10代以降の山川久蔵系統の下村派の人かも知れません。
土佐の居合は先師を批判する癖がある様で替え業も幾つもあって明治以降は疑問だらけです。
細川義昌-植田平太郎・・白石元一の系統はこの行違を古伝の様に伝承しています。
お尋ねの、英信流は江戸中期に長谷川英信以降の呼称で、「神傳流」は中山博道系の夢想神傳流の方による、我こそは本流と云いたい呼称かも知れません。
林崎甚助重信公の流名は、「神夢想林崎流」とか、松代藩に伝わったものは「無双直伝流」とかの様です。
神傳流秘書では「無双神傳英信流居合兵法とあり是は本重信流と言うべき」と云っています。
            ミツヒラ

投稿: 兵法流浪 | 2016年11月24日 (木) 23時44分

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