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2015年7月25日 (土)

居合兵法の和歌7.身の曲尺の位

居合兵法の和歌

7.身の曲尺の位

身の曲尺の位を深く習ふべし留ねど留る事ぞ不思議や

*身の曲尺(かね)のくらいを深くならうべし留めねど留まることぞふしぎや

我が身と敵との間合いを知り、間積りの有り様を深く身に付けること、さすれば敵の打ち込む太刀を受け太刀にならずとも、我が身に当たる事無く留まってしまう事の不思議な事よ。

「身の曲尺の位」曲尺とは直角に折れ曲がった物差しを言うのではなく、我と敵との間合い、打出す間についての事でしょう。

武蔵は兵法三十五箇条に「間を積る様には色々在れども・・大形は我が太刀人にあたる程の時は、人の太刀も我にあたらんと思うべし。人を打たんとすれば、我が身を忘るゝ物也よくよく工夫あるべし」

また「常に糸かねを心に持べし、相手の心に糸を付て見れば、強きところ、弱きところ、直きところ、ゆがむところ、たるむところ、我が心をかねにして、すぐにして、糸を引きあて見れば人の心よく知るゝものなり。そのかねにて円きにも、角なるにも、長きをも、短きをも、ゆがみたるをも、直なるをも、よくしるべきなり。工夫すべし」

この歌も表は武術の間と間合い、兵器の特色、相手の技量などを充分習い覚えて稽古すべしと諭しているようです。

身の曲尺を広義に解釈して、人との交わりに於ける様々な場面に思い至るものです。そしてその立場立場での思いやりなど心を砕くものでしょう。解かれば心を許せるものです。
とことん話し合わないでいても何も解決する事は無いでしょう。きっと何処かでいやな思いをする事になるはずです。

あまりの理不尽に「一対一で話しをさせてほしい」といいますと「いつでも」と言いつつ逃げてばかりの腑抜けも、形ばかりの序列ではありうることです。
上司と部下、監督と選手、先輩と後輩、師匠と弟子、教師と生徒、父と子などの序列の上に乗っての対話では、解決できないものも沢山あります。
人と人の対話が心を得るものでしょう。

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