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2015年7月17日 (金)

介錯口伝・他・神妙剣5.神妙剣

介錯口伝・他・神妙剣

5.神妙剣

深き習に至ては実は業無し常住座臥に之有事にして二六時中忘れて叶わざる事なり彼れ怒の色見ゆるときは直に是を知って怒を抑へしむるの頓智あり唯々気を見て治むる事肝要中の肝要也是戦に至らしめずして勝を得る也去りながら我臆して誤て居る事と心得る時は大に相違する也兎角して彼れに負けざるの道也止事を得ざる時は彼を殺さぬ内は我れも不死の道也亦我が誤をも曲げて勝には非ず誤るべき筋なれば直に誤るも勝也
彼が気を先々に知てすぐに応ずるの道を神妙剱と名付けたる也委しくは書面にあらわし尽し難し心おぼえの為に其の端しを記置く也


 深く習練するに至っては、実は業ではなく常住坐臥(いつでも)に有る事で二六時中忘れてはならないことがある。彼れに怒りの色が見える時は、直に是と知って彼の怒りを抑える事の出来る頓智が有る。
 ただ気を見て治める事が肝要中の肝要である。是は戦に至らずに、彼を静めて勝を得るのである。そうではあるが、我は臆して謝る事と思うのとは大いに違うのである。兎角彼に負けない道である。止む事を得ない時は彼を殺さない内は我も死ねない道理である。
 我が誤りを曲げて勝つのでは無く、誤っている筋ならばすぐに謝るも勝つ事になる。彼の気持ちを、先に廻って知り、それに直ぐに応じる道を神妙剱と名付たのである。
 詳しい事は書面に書き表すのは困難である。心覚えの為に心掛ける事の端を書き置いて置く。


 神妙剣の云わんとするものは、業技法に頼って、威圧して戦い勝つのではなく、相手の心をとらえて正しく応じる事に依って、相手の気持ちを静め勝を得ると云うのです。
 武術の求める処は、この究極のコミュニケーション能力の開発にあると思います。そうでなければ武術を弄ぶ芸に過ぎず、そこまででしょう。


 「和」について、安易に語られ言葉と文字に幻を見ている場合が多いのではないでしょうか。

和について
 「和には小乗の和及び中乗の和 大乗の和あり。
 誰れでもかまわぬ、悪いとは知りつつ 何も意見せず、当たりさわりなくすることを小乗の和と云う

 又一歩進んで一応は注意を与える程度で 本人に如何すればよいかの指針も与えざるが如き、八方美人的な和を中乗の和と云う

大乗の和とは、本人の為にあらず又他人に迷惑を及ぼす等々徹底的に話し合ひ真に本人を改めさすべく凡ゆる努力をなす。改心せず、為に協同体が崩れると判断するに於て断乎とした処置をなす自己の決断を有する、此れを以って大乗の和と常に館長の信念に之有」


 是は元無双直伝英信流事務局長の「無双直伝英信流居合道理合動作解説」に書かれているものです。
 多くは小乗の和に甘んじているものです。居場所が無いと不安でならない日本人の特に武術の団体の特徴かもしれません。

 孫子は「吾れを知り彼を知れば百戦危うからず」と云っています。
 「武術をやる者は、距離を取って自分のやっていることを客観的に見直してみることがなかなか出来ない。
 武道を目指す者は他流の技や他武術などにも目を開く事も必要であろう。こと武道とか武術に関しては物事を理論的に厳密に考えることが少なく、物を感情的にとらえる傾向が強い。だから心情的な意見や好嫌の情を正当化する為の論理を使うことがある。

 一般的に、日本人には批判と悪口というものの区別がつかないため、自分の考えと違うことを言われたり反論されたりすると、直ぐに悪口を言われたような気になる。武術や武道の世界ではこの傾向は特に強く、時には病的な反応さえ出て来る」(時津賢児先生の「自ら成し、自ら成す 武的発想論 眠れるサムライたちへ贈る真武道理念より) 


 これらの説は、無双直伝英信流の極意の神妙剣にあたり、思い出したものです。其の上、権威(古参とか高段位)などの事をバックにしているようでは、神妙剣の極意はおろか哀れです。

これで居合兵法極意秘訣の全てを終わります。

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